神奈川県からクラシック歌曲の公開講座情報です。

歌曲アンサンブル研究会 第286回 6月例会

期 日 : 2026年6月18日(木)
会 場 : ミューザ川崎 音楽工房 市民交流室 神奈川県川崎市幸区大宮町1310
時 間 : 18:30~20:30
料 金 : 会員は無料 非会員1500円(聴講のみ) 学生500円

この研究会は、1997年二期会ドイツ歌曲研究会のシステムの変更に伴い、そこに在籍していたピアニストを中心に「歌曲伴奏研究会」として結成されましたが、21世紀を迎えるにあたり、アンサンブルの重要性を再認識すべく「歌曲アンサンブル研究会」と改称し、現在に至ります。約100名のピアニスト、声楽家、作曲家と一般会員により、歌曲を中心に「例会・公開レッスン講座」、「試演会」「定期コンサート」の活動を行い、「研究会便り」を発行しています。

例会では、これまでに会の趣旨に賛同された各分野の第一線で活躍される多くの方々を、講師に招いています。海外からもウィーン国立歌劇場の専属歌手として活躍されたオリヴェラ・ミリャコヴィチ女史をはじめとして、元シュトゥットガルト国立音楽大学教授のブルース・アーベル氏他、経験豊かな講師陣をお迎えしています。

例会ではそれぞれの分野で活躍していらっしゃる方々を講師に招き、 和やかな中にも毎回充実した成果をあげております。
※原則として、受講(演奏)できるのは、会員のみとなっております。
※非会員の方も聴講可能です。

プログラム
 1. 君死にたもうことなかれ  与謝野晶子 詩 朝岡真木子 曲
   西澤しのぶ(Sop)  入佐弥生(Pf)
 2. 歌曲集「夕暮れ巴水」より 幸福の形/ゆきみち  林望 詩 朝岡真木子 曲
   本宮廉子(Sop)  南日美奈子(Pf)
 3. 組曲「智惠子抄」より レモン哀歌  高村光太郎 詩 朝岡真木子 曲
   広川法子(Sop)  末松茂敏(Pf)

講 師:朝岡真木子氏(作曲家・ピアニスト)

東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。2011年「音のポケット」により日本童謡賞を受賞。全音楽譜出版社より『朝岡真木子歌曲集』、『朝岡真木子歌曲集2』、組曲「あなたへ」(『二期会日本歌曲研究会作品集2』)、女声合唱曲集『花のなみだ』、女声合唱とピアノのための組曲『妖精模様』『まほろばの大和し美し』、カワイ出版より歌曲集『夕暮れ巴水』等が出版されている。CD(全作品の作曲及びピアノ演奏)として、『きっと 春は くる』〜木内弘子 朝岡真木子を歌う〜、『音のパレットⅤ』〜大澤一彰が歌う朝岡真木子の世界、組曲『智惠子抄』〜清水邦子が歌う、『子猫のミオとぼく』〜佐藤征一郎 バスバリトン 朝岡真木子の歌曲を歌う、等々がある。
楽譜・コンサート情報はangelongakuasaoka.blogspot.comに掲載しております。
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どういう形式なのか今ひとつわからないのですが、「受講(演奏)できるのは、会員のみ」とあるので、レッスンを公開するという感じなのではないかと思われます。過去の例を見てみますと、作曲家の方が講師を務められ自作の曲を課題として取り上げる場合もあれば、歌手の方(中堅からベテラン?)が講師となって他の歌手の方(おそらく若手なのでしょう)に指導なさるというパターン、それから「試演会」と銘打ち、コンサート形式に近い形でということもあるようです。

プロ、もしくはそれに近い歌曲アンサンブル研究会員の方々はもちろん、一般ピープルも聴講できるということです。

今回は連翹忌の集いにもいらして下さったことがおありの作曲家・朝岡真木子氏が講師。令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から「レモン哀歌」が取り上げられます。

他に2曲、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の詩「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)に曲を付けたものと、光太郎と同年生まれの川瀬巴水の新版画からインスパイアされた林望氏作詞のものも。

以前にも書きましたが、楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』、現在2刷が流通しているところ、近々3刷めとして重版の予定だとのことで、これまでの版に無かった詩集『智恵子抄』、歌曲集「智恵子抄」収録の詩篇についての解説を書けと頼まれ、書きました(昨日もその件でメールのやりとりでした(笑))。

こりゃ、行かざあなるめい、ということで行って参ります。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 32 『高村光太郎選集 1 一八九七-一九一二年 明治三〇-四五年』増訂版

昭和56年(1981)9月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 日記 彫塑雑記
 書簡 高村光雲宛
 随筆 「滝縞格子」より
 俳句 明治三三年(梅、自転車・花、桜、運動会・酒・茶)
 戯曲 青年画家
 短歌 明治三三・三四・三五・三六・三七(赤城山の歌・桂の葉)・三八・三九・四〇年
 書簡 紐育より二
 詩 秒刻 マデル 博士 
   敗闕録
    (一)われ千たび君を抱かむ (二)君を見き
 随筆 画室日記の中より
 書簡 出さずにしまつた手紙の一束
 随筆 珈琲店より
 書簡 ルセルンの旅舎より
   ミラノの本寺とダ ヸンチの壁画
 随筆 伊太利亜遍歴
 翻訳 LE HASHICH(シヤルル ボオドレエル)
 訳詩 眠れる人(アルチユウル ラムボウ) 小娘の言へること(ジアン モレアス)
    あはれなる者(エミイル ヹルハアラン)
 短歌 明治四二(盆・ECOMI NELA MIA PATRIA!)・四三(DES OŬONNAS)年
 評論 フランスから帰つて 第三回文部省展覧会の最後の一瞥 AB HOC ET AB HAC
    緑色の太陽 死んだ荻原守衛君 MÉDITATIONS SUR LE MAÎTRE
 日記 三月七日(火曜日)
 評論 粘土と画布 日本の芸術を慕ふ英国青年 「熊野」と公衆 純一な芸術が欲しい
 随筆 芋と南瓜の触感
 評論 明治の時代を画せる作品
 アンケート どちらが好きか
 詩 にほひ
   LES IMPRESSIONS DES OũONNAS(À MA BIEN-AIMÉE AU CAOŬATCHI-LEAU)
   友よ PRÉSENTATION 失はれたるモナ・リザ 根付の国 甘栗 亡命者 食後の酒
   雪の午後 声 (別れぎは) 新緑の毒素 廃頽者より――バアナアド・リイチ君に呈す
   「河内屋与兵衛」 金秤 「心中宵庚申」 泥七宝(一) 地上のモナ・リザ けもの
   かるた 髪を洗ふ女 父の顔 泥七宝(二) 青い葉が出ても プリマドンナ あをい雨
   泥七宝(三)
 追補 
  書簡 加藤景雲への書簡
  詩 なやみ――若き彫刻家のうたへる
  評論 英国ニ於ケル応用彫刻ニ就テ
  書簡 巴里より 書簡一束
 解題1 端緒の問題 吉本隆明
 解題2 第一巻収録作品について 北川太一

 月報 智恵子遺珠1
  書簡Ⅰ 安田卯作宛 福島高等女学校卒業式答辞 マグダに就て
  書簡Ⅱ 柳敬助八重子宛 熊田てい子宛 長沼せん子宛
  無題録
  書簡Ⅲ 宮崎千代子宛 長沼両親宛 柳八重子宛 宮崎千代子宛 長沼両親宛
 後記

全6巻+別巻1で刊行された『高村光太郎選集』第1回配本です。ほぼ完全な編年体で編まれ、さまざまなジャンルの作品を一冊に収めています。

初版は昭和41年(1966)ですが、手持ちのものは昭和56年(1981)の増補版で、目次の「追補」の部分が新たに初版の内容に付け加えられました。「月報」は「智恵子遺珠」と題され、この時点で見つかっていた智恵子文筆作品のすべてをやはり編年体で掲載しています。それらはすべて後の筑摩書房版『高村光太郎全集』別巻(平成10年=1998)に収められました。

毎年恒例ですが、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」ライトアップが為されます。

第61回十和田湖湖水まつり

期 日  : 2026年6月13日(土) 荒天の場合は6月14日(日)
会 場  : 十和田湖畔休屋桟橋憩いの広場 青森県十和田市奥瀬字十和田湖畔休屋486
問合せ  : 十和田湖観光交流センターぷらっと 0176-75-1531

タイムテーブル
 11:00 一の宮縁日(21:00まで)
 15:00 パフォーマーステージ(18:30まで)
 17:30 十和田湖メルティライト(バルーンランタン)引き換え開始 ・想い書込処オープン
 20:00 十和田湖ナイトクルーズ乗船開始
 20:15 十和田湖メルティライト(バルーンランタン)リリース
      十和田湖ナイトクルーズ出航
 20:30 メッセージ花火の打上げ
 20:45 湖水花火
 21:00 終了

北東北の夏の観光の幕開けを飾る「十和田湖湖水まつり」。静かな湖畔で、ランタンや花火でドラマチックに彩られる一日を体験してみませんか?
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一の宮縁日
 灯りとにぎわいが集まる「一の宮縁日」飲食店やキッチンカー、テント屋台が並ぶ一の宮エリア。ちょうちんの灯りとともに、レトロながら賑やかな縁日の雰囲気が広がります。

 豚専門店いろとん  さがり串 ホルモン串
 たご助  煮干したこ焼き トルネードポテト
 OIRASE TOWADAおまかせKitchen  バラ焼きうどん バラ焼きボール
 ほっとまん企画  生ハムカップ 生ハムサンド
 カレーハウスCoCo壱番屋  ポークカレー ロースカツカレー
 ナチュラルキャンディ&鶏笑  中津から揚げ フライドポテト
 トワダコボーイ  十和田バラ焼き風肉巻きおにぎり 油そば
 和のみせ  バラ焼きオムそば イカ焼き
 「こなもんや」田村商会  パイカ鍋 お好み焼き、オム焼きそば
 鉄板焼きかぐら  焼きそば 10円パン
 焼き芋専門店 芋姫  サツマスティック ロングチュロス
 宮本商店  たこ焼 バナナチョコ
 青空商店組合 華びし  シャカシャカポテト オム焼きそば
 湖白屋  ケバブサンド
 釡戸屋  はしまき てんぷら
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パフォーマーステージ
 まんなか広場では、パフォーマーによるステージを開催。会場を巡る途中に立ち寄って、のんびり過ごしながら音楽やパフォーマンスをお楽しみいただけます。

 15:00 声がヨーデル倶楽部 ソロ歌唱
 15:30 伊東恭子 民話の語りべ
 16:00 愛野由梨奈 弾き語り
 16:30 ギュゼル・ダンスチーム ベリーダンス
 17:00 Ast. HIPHOPダンス
 17:30 NAVILLERA K-POPダンス
 18:00 北里三源色 よさこい踊り
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飾らない十和田を飾る展/巡る展
 会場付近の「喫茶 憩い」「十和田神社」を含む「飾らない十和田」ポスターを展示します。また当日は、条件達成でプレゼントがもらえる「飾らない十和田を巡る展」も同時開催。詳細は、展示会場にてご確認ください。
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十和田神社 湖水まつり限定御朱印
 湖水まつり当日限定!十和田神社にて、数量限定で授与します。デザインは、湖水まつりをイメージした特別仕様。湖畔を巡る記念に、ぜひお受けください。
※初穂料500円 11:00〜17:00
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隠れ龍神をさがせ!
 十和田湖や十和田神社には、龍にまつわる言い伝えがあります。そんな龍をモチーフにした「隠れ龍神」が、会場内のちょうちん等に隠れています。一の宮縁日やまんなか広場など、会場を歩きながら探してみてください。
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十和田湖ナイトクルーズ 20:00~
 夜になると、十和田湖は静かにその表情を変える。湖の上で見るバルーンランタンと花火の共演。目の前いっぱいに広がるその景色は、ここでしか出会えない特別な時間です。限られた人だけが乗船できる「湖上の特等席」で、そのひとときをお過ごしください。
[早割] 6,800円 [通常] 7,200円
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十和田湖メルティライト 17:30~
 見上げる空と、見下ろす湖。その間に、私たちがいる。視界のすべてが光に彩られる時、あなたの知る十和田湖は、美しく塗り替えられる。世界で一つだけのバルーンランタンを打ち上げませんか。
[早割] 6,800円 [通常] 7,200円
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メッセージ花火 20:30~ 憩いの広場
 あなたの声をのせて、十和田湖の夜空へ花火を打ち上げる特別企画。 今年は、録音したあなた自身のボイスメッセージを会場内にお流しします。普段はなかなか伝えられない感謝の気持ち。記念日のお祝いや、新たな挑戦への宣言。そしてプロポーズの言葉まで。あなたの想い、お待ちしています。
 料金 10,000円(4号玉一発)~
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湖水花火 20:45~ 憩いの広場
 夜空を染める花火、湖上に浮かぶバルーンランタン。そのすべてを、十和田湖が映し出していく。 音楽にあわせて移り変わる光景は、 まるで空と湖がひとつにつながったよう。湖水まつりの最後を飾る幻想的なフィナーレです。

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公式サイトに記述がないのですが、問い合わせたところ、例年通りに「乙女の像」ライトアップも為されるとのことです。

厳冬期に開催される「十和田湖冬物語」の際には雪灯籠の灯りに照らされる「乙女の像」ですが、「湖水まつり」では夜空に浮かぶランタンや花火をバックにすることとなります。

ぜひ足をお運び下さい。ただし、クマ出没情報が出ていますので、十分にご注意を。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 31 『高村光太郎集』現代詩文庫1018

昭和55年(1980)6月15日 思潮社 芹沢俊介編・構成
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目次
 短歌
  明治三八年作 明治三九年作 明治四〇年作 明治四二年作
 詩篇
  明治四〇年(一九〇七)
   秒刻 マデル あらそひ 敗闕録㈣眠りてあれか目覚めよか
  明治四三年(一九一〇)
   失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
  明治四四年(一九一一)
   亡命者 侵蝕 寂寥 声 廃頽者より 父の顔 恐怖
  明治四五年・大正元年(一九一二)
   あをい雨 人に 或る夜のこころ さびしきみち 冬が来る 或る宵 狂者の詩
   郊外の人に
  大正二年(一九一三)
   よろこびを告ぐ 冬が来た
  大正三年(一九一四)
   道程 淫心
  大正五年(一九一六)
   妹に
  大正一〇年(一九二一)
   雨にうたるるカテドラル
  大正一二年(一九二三)
   樹下の二人
  大正一四年(一九二五)
   狂奔する牛
  大正一五年・昭和元年(一九二六)
   鯰 苛察 夜の二人
  昭和二年(一九二七)
   あなたはだんだんきれいになる 懐ふ 怒 母をおもふ その年私の十六が来た
   或る墓碑銘 冬の言葉
  昭和三年(一九二八)
   ぼろぼろな駝鳥 あどけない話 同棲同類 焼けない心臓
  昭和四年(一九二九)
   無題 激動するもの 孤独が何で珍らしい
  昭和五年(一九三〇)
   刃物を研ぐ人
  昭和六年(一九三一)
   美の監禁に手渡す者
  昭和七年(一九三二)
   非ヨオロツパ的なる もう一つの自転するもの
  昭和一〇年(一九三五)
   人生遠視 風にのる智恵子 ばけもの屋敷 詩の道
  昭和一一年(一九三六)
   堅冰いたる
  昭和一二年(一九三七)
   千鳥と遊ぶ智恵子 未曾有の時
  昭和一三年(一九三八)
   山麓の二人 或る日の記 正直一途なお正月
  昭和一四年(一九三九)
   レモン哀歌 つゆの夜ふけに 肉体 お化け屋敷の夜 へんな貧
  昭和一六年(一九四一)
   少女に 純潔のうた 必死の時 危急の日に 十二月八日 新しき日に
  昭和一七年(一九四二)
   寒夜読書
  昭和一八年(一九四三)
   戦に徹す
  昭和一九年(一九四四)
   必勝の品性
  昭和二〇年(一九四五)
   皇国骨髄の臣 戦火
  昭和二二年(一九四七)
   暗愚小伝
    家
     土下座 ちよんまげ 日清戦争 御前彫刻
    転調
     彫刻一途 パリ
    反逆
     親不孝 デカダン
    蟄居
     美に生きる おそろしい空虚
    二律背反
     協力会議 真珠湾の日 終戦
    炉辺
     報告
  昭和二三年(一九四八)
   人体飢餓
  昭和二五年(一九五〇)
   典型
 エッセイ
  詩壇の進歩 余はかく詩を観ず(アンケート) 生きた言葉 詩そのもの 詩について
  気について 詩の勉強 自分と詩との関係 詩精神 詩精神と日常生活 詩と表現
  詩の本質 戦争と詩 アンケート・貴方の愛読書は 詩について語らず 日本詩歌の特質
 年譜
 研究
  四月詩壇月評=福士幸次郎 福士さんへ=高村光太郎
 解説 光太郎の虚像と実像=芹沢俊介

この手のものとしては珍しく、ほぼ編年体による構成です。「詩集」と銘打ちつつ短歌や散文もそれなりの量が収められています。

新刊です。

酒場・下宿・路地をめぐる46人の「やらかしと逸話」 文豪てくてく散歩

発行日 : 2026年5月29日
著者等 : 進士泰丸
版 元 : KADOKAWA
定 価 : 1,700円+税

さあ、地図を片手に、天才たちの「黒歴史」の現場を歩こう! 太宰治が愛した一杯を味わえるバーから、いわく付きの事故物件跡まで。天才たちの「黒歴史」の現場を歩ける文学散歩本が誕生!

太宰治が愛し、『人間失格』にも登場する“あの一杯”。梶井基次郎が「アナーキスト万歳!」と叫んだ、新橋駅のホーム。江戸川乱歩が商才ゼロで潰してしまった古本屋跡。46人の文豪たちの“やらかし”と“逸話”を軸に、笑いと哀愁が滲む132スポットを超充実収録。これを片手に街を歩けば、文豪がもっと好きになる!

【散歩できる物語】
『雁』森鴎外、『坊っちゃん』夏目漱石、『たけくらべ』樋口一葉、『ローマ字日記』石川啄木、『墨東綺譚』永井荷風、『神楽坂七不思議』泉鏡花、『破船』久米正雄、『細雪』谷崎潤一郎、『注文の多い料理店』宮沢賢治、『五重塔』幸田露伴…他多数

【登場する文豪たち】
芥川龍之介、有島武郎、宇野千代、江戸川乱歩、尾崎紅葉、梶井基次郎、川端康成、菊池寛、北原白秋、小林秀雄、坂口安吾、佐藤春夫、島崎藤村、高村光太郎、太宰治、坪内逍遙、徳田秋声、中原中也、平塚らいてう、三島由紀夫、宮本百合子、室生犀星、与謝野晶子…他多数

【本書掲載エリア】
本郷・神保町・神楽坂・早稲田・銀座・浅草・吉原・田端・谷中・根津・千駄木
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目次
 はじめに
 本郷
  東京大学 鉄門/育徳園心字池/樋口一葉旧居「桜木の宿」跡・法眞寺/カフェ銀時計/
  「燕楽軒」跡/「菊富士ホテル」跡/石川啄木・金田一京助旧居「赤心館」跡/
  徳田秋声旧居跡・終焉の地/石川啄木・金田一京助旧宅「蓋平館別荘」跡/
  樋口一葉菊坂旧居跡・旧伊勢屋質店/樋口一葉終焉の地/金田一京助旧居跡/
  坪内逍遥旧居・常盤会跡/宮沢賢治旧居跡/石川啄木旧居「喜之床」跡/
  梶井基次郎旧居「蓋平館支店」跡/「藤むら」跡/竹むら
 神保町
  神保町ブックセンター/「らんぼお」跡/神田 天麩羅 はちまき/文房堂/「錦輝館」跡
 神楽坂
  紀の善ビル/志満金/泉鏡花旧居跡・北原白秋旧居跡/助六/丸岡陶園/末よしビル/
  「常盤屋」跡/「魚徳」跡/神楽坂 小割烹 め乃惣/善國寺/「尾澤薬舗」跡/
  「紅谷」跡/「いろは」跡/「牛込亭」跡/赤城神社/芸術倶楽部跡・島村抱月終焉の地/

  圓福寺/尾崎紅葉旧居跡/泉鏡花旧居跡
 早稲田
  早稲田大学坪内博士記念演劇博物館/夏目漱石誕生の地/新宿区立漱石山房記念館/
  有島武郎旧居跡/坪内逍遥旧居跡/永井荷風旧居跡/小泉八雲旧居跡/
  三島由紀夫生誕の地
 銀座 
  新橋駅/末げん/中央区立泰明小学校/きよ田/「銀座よし田」跡/石川啄木碑/空也/
  スタイル社跡/銀座ウエスト本店/バー・ルパン/「カフェー・タイガー」跡/
  Book café&&Bar十誠/鳩居堂/木村屋總本店/煉瓦亭/はち巻岡田/
  ローマイヤレストラン/資生堂パーラー/カフェーパウリスタ/「はせ川」跡/竹葉亭/
  MATSUZAKISHOTEN/改造社ビル
 浅草
  等光寺/風流お好み焼 染太郎/久保田万太郎生誕の地/亀十/尾張屋/神谷バー/
  弁天山美家古寿司/梅園/中清/浅草フランス座演芸場東洋館/「オペラ館」跡/
  木馬亭/「浅草凌雲閣」跡/草津亭/「老松」跡/池波正太郎生誕の地
 吉原
  吉原弁財天/鷲神社/台東区立一葉記念館/千束稲荷神社/浄閑寺
 田端
  芥川龍之介旧居跡/「天然自笑軒」跡/「楽天堂医院」跡/
  平塚らいてう・奥村博史旧居跡/北区立童橋公園/田端文士村記念館/
  サトウハチロー旧居跡/そば処浅野屋/室生犀星旧居跡/大龍寺/
  堀辰雄下宿「紅葉館」跡/ポプラ坂/佐多稲子旧居跡/小林秀雄・田河水泡旧居跡/
  萩原朔太郎旧居跡/上田端八幡神社
 谷中・千駄木・根津
  羽二重団子/「天王寺五重塔」跡/谷中霊園/幸田露伴居宅跡/菊見せんべい総本店/
  団子坂/文京区立森鷗外記念館・森鷗外旧居「観潮楼」跡/佐藤春夫下宿跡/
  宮本百合子旧居跡/高村光太郎旧居跡/養源寺/「三人書房」跡/青鞜社発祥の地/
  藪下通り/森鷗外・夏目漱石旧居跡/根津神社/根津遊郭跡/喜久月/
  国立国会図書館国際子ども図書館
 COLUMN
  菊地寛暴行事件の顛末 芥川龍之介と文 平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話
 春日ゆらの漫画でてくてく散歩!
  ①東京理科大学近代科学資料館に行ってみよう ②歌舞伎座と夏目漱石
  ③田端文士村で芥川龍之介旧居跡を探す
 文豪紹介
 おわりに

 参考文献

目次の通り、23区内の特にほぼ東半分、つまりはおおむね江戸府内だったエリアでの文学散歩ガイド的なものです。

現存する建造物等については現状の写真、「跡」となっているスポットは古写真などがふんだんに使われ、理解の手助けとなっています。また、目次では割愛されていますが、それぞれの場所に関わる「ミニコラム」、各スポットを舞台とした書籍の紹介なども細かく。

光太郎に関しては、「谷中・千駄木・根津」の章で旧駒込林町25番地(現・千駄木3丁目)の「高村光太郎旧居跡」が取り上げられ、そこに掲げられたミニコラム「高村光太郎と森鷗外の事件」で「軍服着せれば鷗外だ事件」が扱われている他、近くの「菊見せんべい総本店」の項でも光太郎の名が。

ただ「菊見せんべい総本店」さんの項では、勘違いもあるようです。第一に「高村光太郎は学生時代、菊見せんべいの店先で働く娘に一目惚れしちゃって毎日せんべいを買いに行ったという話がありますが、これはどうも根拠のない噂話のようです」とありますが、「一目惚れしちゃって」は光太郎によれば「根拠のない噂話」でなく事実です。

 塩せんべい屋は店先でせんべいを押し、刷毛で醤油を付けながら焼く。そこの娘がちゃんとしたきりっとした娘で、子供の時から店に出ていて私も知っていたが、美術学校に行く途中でその煎餅屋の前に来ると、私は顔が赤くなる。それが自分で分かる。何故か分からぬがそうなる。はじめは気がつかなかったけれど、毎日毎日そうなるので何だか恥ずかしくなってきた。店の処まで歩いてくると胸がどきどきして顔がほてって困った。しまいにはどうしてもその通りが通れなくなった。だから根津の方を遠回りして学校に行ったけれども、後で考えると、その娘に思し召しがあって、娘の顔を見ると顔がほてったのだと知った。むこうでも真っ赤になっていた。あれがむかしの純情な子供の気持ちなんだろう。(「私の青銅時代」昭和29年=1954)

「思し召しがあって」は、「気になるところがあって」といった意味ですね。「毎日せんべいを買いに行った」とは書かれていません。そういう話が流布しているのだとしたら、そちらは「根拠のない噂話」と言えるでしょう。

第二に、「その娘さんの名前は「智恵子」だったといわれ、高村光太郎の代表作『智恵子抄』になぞらえてそんな与太話が生まれたようです」とも書かれています。これも決して「与太話」などではなく、菊見せんべいさんの店主氏の証言が残っています。地域雑誌『谷中根津千駄木』第9号(昭和61年=1986)に掲載されています。
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話を戻しますが、『文豪てくてく散歩』、「青鞜社発祥の地」に関わるコラム「平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話」では、智恵子が『青鞜』創刊号表紙絵を描いたことが紹介されています。

全文は未読ですが、光太郎智恵子に関してはおそらく以上だと思われます。他にタイトルにある通り「46人の文豪」。なかなかの労作です。

ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 30 『高村光太郎集』日本の詩 第5巻

昭和53年(1978)10月25日 集英社 伊藤信吉編
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目次
 蝉を彫る<彫刻詩篇>
  五月のアトリエ 鉄を愛す 後庭のロダン 葱 鯰 金 首の座 刃物を研ぐ人
  鯉を彫る 孤坐 蝉を彫る 美しき落葉 十和田湖畔の裸像に与ふ 石くれの歌
 秋の祈<『道程』詩篇>
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 新緑の毒素 地上のモナ・リザ
  犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 冬が来た 道程 五月の土壌 秋の祈
 雨にうたるるカテドラル<人生的詩篇>
  わが家 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル クリスマスの夜 下駄
  落葉を浴びて立つ  少年を見る 新茶 冬の奴 母をおもふ 北東の風、雨 天文学の話
  平和時代 或る墓碑銘 冬の言葉 さういふ友 或る筆記通話 激動するもの
  孤独が何で珍らしい お化け屋敷の夜
 ぼろぼろな駝鳥<ヒューマニストの歌>
  白熊 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 火星が出てゐる 花下仙人に遇ふ 上州湯桧曽風景
  上州川古「さくさん」風景 似顔 もう一つの自転するもの
 レモン哀歌<「智恵子抄」>
  郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 晩餐 樹下の二人 夜の二人 あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 若しも智恵子が
  元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃
 青空<抒情小詩・エピグラム>
  泥七宝抄 とげとげなエピグラム抄
 典型<岩手の山小屋で>
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ
  別天地 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 鈍牛の言葉
  一九五〇年 典型
 暗愚小伝<生涯の途>
  家
   土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
  転調
   彫刻一途 パリ
  反逆
   親不孝 デカダン
  蟄居
   美に生きる おそろしい空虚
  二律背反
   協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
  炉辺
   報告(智恵子に) 山林
 高村光太郎・生命感の詩人 伊藤信吉
 年譜 北川太一

この手の光太郎選詩集を何冊も編んだ伊藤信吉ですので、既存のものとの区別のためもあるのでしょうか、作品配列に工夫が為されています。いきなり「彫刻詩篇」と題して彫刻家としての光太郎自身が謳われる詩篇をもってくるあたり。

5月31日(日)、吉祥寺での「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」参加の前に、調布市の競輪場・東京オーヴァル京王閣さんで開催されていた「ごほうび浪漫博TOKYO」に立ち寄りました。この日と前日はレースが無く、広い敷地を使っての大規模なフリーマーケット的催しです。
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午前11:00からの開催で、10分ほど前に着いたのですが、入口には長蛇の列。こんなに混雑しているとは思っていませんでした。
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開門後、少しずつ入場させるという措置が為されており、入場できるまでにかなり時間がかかりましたが大きな混乱もなく、それはそれで良かったと思いました。いくつものエリアに分かれており入場客は思い思いに分散、入ってしまえばそれほどの大混雑ではありませんでした。
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まず目指したのは「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリア。
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「言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮」というわけで、ZINE(個人や少人数で発行する自主的な出版物)や文学系の小物など、古書籍や一般に流通している新刊を販売する店舗が約90店舗。各地で開催されている文学フリマに近い感じなのでしょう。
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その文学フリマにも出店されている「装幀室白亜」さん。
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近代文学の文豪たちの作品等をモチーフにしたZINEやハンドメイドの布製小物など。
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こちらで光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)のZINEが販売されているということで、足を運んだ次第です。

ありました。
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1,000円とのことで、一つゲット。
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右上はパッケージから出した状態。びろーんと広がるようになっていました。「レモン哀歌」全文が印刷されています。
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他に、光太郎と深い縁で結ばれた宮沢賢治系なども。購入はしませんでしたが。
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落ち着きのある上品でさらに統一感のある品ぞろえ、ごちゃごちゃしていなくて実に良いと感じました。

他店舗にも光太郎系が無いかと見て回りました。古書籍も販売している店舗で光太郎作品の載った古い詞華集が複数売られていましたが、既に持っているものでした。他には見当たりませんでした。

ただ、やはり文豪系の小物を販売している店舗で、与謝野晶子モチーフのポストカード。「文画師Gani」さんという方のお店で、残念ながら光太郎はありませんでしたが、他の文豪ものも。
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顔が浮かび上がっていますが、それぞれの文豪の作品を書いた文字がベースです。晶子のものは「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。「へー」と思って1枚購入し、この後参加した明星研究会主宰の松平盟子氏へのお土産としました。

まだ時間がありましたので、「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」以外のエリアもぶらぶら。
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自宅兼事務所付近でもフリマ的なイベントはありますが、千葉の田舎とは違い、さすが東京都、出店数が桁違いですし、何より一つ一つが実にシャレオツでした。逆にこちらにあるような穫れたて農産物の格安直売みたいなコーナー(笑)は見当たらず、まぁ、そういうコンセプトなんだろうなと思いましたが。

以上、レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 29 『高村光太郎』日本の詩

昭和50年(1975)12月1日 ほるぷ出版 岡庭昇編
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目次
 道程以前
  にほひ
 道程
  生けるもの 根付の国 画室の夜 亡命者 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素
  廃頽者より 夏 手 葛根湯 けもの 父の顔 友の妻 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 冬が来る カフエにて 夜 狂者の詩 カフエにて
  カフエにて 山 現実 冬が来た 冬の詩 道程 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る
  瀕死の人に与ふ 五月の土壌 秋の祈
 道程時代
  友よ 泥七宝 恐怖 或問 カフエ ライオンにて 粘土 あたり前
 道程以後
  花のひらくやうに 海はまろく 序曲 雨にうたるるカテドラル 真夜中の洗濯 下駄
  冬の送別 沙漠 冬の子供 とげとげなエピグラム
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 苛察 ぼろぼろな駝鳥 マント狒狒
  森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 猛獣篇時代
  車中のロダン あの詩人 後庭のロダン 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 無題 二つの世界 不平な人に 怒
  二つに裂かれたベエトオフエン
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 新感覚派
  詩人 美を見る者 母をおもふ その年私の十六が来た 殺風景 天文学の話 偶作十五
  或る墓碑銘 冬の言葉 当然事 触知 存在 古事一則 街上比興 その詩 北島雪山
  激動するもの 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 消えずの火
  のつぽの奴は黙つてゐる
 友よ 霧の中の決意 冬が来る 未曾有の時
 大いなる日に
  その時朝は来る 銅像ミキイヰツツに寄す
 智恵子抄
  或る夜のこころ 涙 おそれ 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 人に 愛の嘆美
  晩餐 淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人
 レモン哀歌 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 メトロポオル 裸形 あの頃
  智恵子の半生
 九十九里浜の初夏
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  人と作品 岡庭昇

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。度会純价氏による版画の挿画が実にエモい感じです。

手持ちのものは昭和60年(1985)の第三版です。

昨日は上京しておりました。2日に分けてレポートいたします。

メインの目的が、吉祥寺の武蔵野商工会議所さんで開催された「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「晶子短歌の全貌を見渡す~『みだれ髪』から『白桜集』まで」。
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明星研究会さんでは年2回、研究発表会を開催されていますが、1回はこの時期で、5月29日の与謝野晶子忌日・白桜忌に合わせての設定です。

会場での対面型と、Zoom使用によるオンライン開催でしたが、会場の方でも100名近く集まられたでしょうか。
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ご発表はお三方の歌人。それぞれが「明治」「大正」「昭和」を担当され、それぞれの時期の晶子短歌を中心に、さらに事蹟や社会情勢などを追ったものでした。

まず古谷円氏。演題は「明治の晶子、ほとばしる豊かな抒情『みだれ髪』~『青海波』」。
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晶子がはなばなしくデビューした明治期ですが、「恋」を一つのキーワードにその時期を。ただ、歌集の中で晶子が「恋」の語を多用したのは、実は明治期より大正期だったそうですが。また、かの『みだれ髪』についても、晶子自身、後になって「取るにたらないものだった」的な自作評をしていたというあたり、興味深いものでした。
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光太郎も第一詩集『道程』(大正3年=1914)については、同じようなことを語っています。

「道程」の構成がいはゆる詩集のやうでなくて、むしろ一つの雑綴のやうであるといふ 人もあるが、その通りである。当時私は世人のいふ詩集といふ特殊観念に鼻もちがならず、(詩集にガラスの宝石をちりばめるといつたやうな観念だ。)ただ製作順に自己の詩を並べて、注意深い読者におのつから筆者内面のエヴオリユウシヨンを見てもらはうとしたのである。それ故、装幀も無装飾、まるで違つたカテゴリイに属する詩篇も平気で並べたのである。お上品な、いはゆる詩人気質の好きな人は始から「道程」などを手に取らない方がいい。(「某月某日」昭和16年=1941)

ただ、ここにはある種の自負心は感じられますが。

続いて米川千嘉子氏が、「大正の晶子、人生にわたる浪漫『夏より秋へ』~『瑠璃光』」と題してのご発表。
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晶子というと「明治の歌人」というイメージがありますが、最も旺盛に執筆や出版を行っていたのが大正期ということで、さらに夫の寛との関係性の変化、生活上の苦労、明治期と異なる様々なモチーフ(滞欧体験、連作の試み、羈旅歌的な作他)や新たなジャンル(感想集、評論集、『源氏物語』訳、自由詩など)への挑戦といったお話。

智恵子の先輩にして『青鞜』主宰だった平塚らいてう等とのいわゆる「母性保護論争」などについても言及されました。

トリの松平盟子氏で、「昭和の晶子、その変節と不変『心の遠景』~『白桜集』」。
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昭和2年(1927)に与謝野家は荻窪に移り、同10年(1935)に寛、そして同17年(1942)に晶子が逝去。いわば晩年ですね。この頃になると晶子の作品発表先が、主宰していた雑誌『冬柏』は別として、『横浜貿易新報』などに限られていたというお話など。晶子自身も現場近くに居たという、関東軍による張作霖爆殺事件(昭和3年=1928)以後、満州事変(同6年=1931)、日中戦争(同12年=1937)と推移していく世情の中で、ある意味、かつての晶子スタイルの作は世の中にとって不要とされていくさまなど。

そして晶子も翼賛的歌文を書くように。松平氏、昭和9年(1934)の散文集『優勝者となれ』序文の一節を引かれていました。

 目前の日本は、国家としても、個人としても、破天荒の飛躍を断行しつつ、歴史を新しくする一大転機の中に動いてゐる。無用の旧憤、有害なる前例は之を破らねばならぬ。すべての人が各自の能力相応に日本の進転を円滑にする歯車の一つとして国民の本文を尽さねばならぬ。(略)この一大転機に歓呼して進む日本人は、もとより百難千苦の抵抗を前途に覚悟してゐる。

どこぞの大統領と会ってぴょんぴょん跳びはねた愚物が涙を流して有り難がるような文章ですね。

また、遡って昭和7年(1932)には、昭和とは思えないような文語定型の翼賛詩も発表しています。これは存じませんでした。
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昨年亡くなった晶子研究の泰斗・逸見久美氏はこのあたり、寛の代筆ではないかとおっしゃっていたそうです。さもありなん、ですね。

休憩を挟んで、最後に発表のお三方が揃ってご登壇なさり「まとめ 人生の歓喜も悲哀も詠み尽くすということ」。
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ちなみにスクリーンの下に写っている茶髪はシャンソン系歌手のモンデンモモさんです。2週間ぶりに会いました(笑)。荻窪の晶子顕彰団体・杉並与謝野晶子研究会さんに所属されているそうです。そういえば昨冬、当方が発表を仰せつかった「第19回 明星研究会シンポジウム 『明星』と美術~ 華麗にして心に響くカタチ」にもいらしていました。少し前から晶子短歌モチーフの曲を作られ、歌われているそうで。

関係の皆様のますますのご活躍、そして晶子研究のさらなら進展を祈念いたし、都内レポートその1、終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 28 『日本の詩歌 10 高村光太郎』中公文庫

昭和49年(1974)9月10日 中央公論社 編集委員 伊藤信吉/伊藤整/井上靖/山本健吉
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目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 食後の酒 寂寥 声
  新緑の毒素 廃頽者より 髪を洗ふ女 なまけもの 手 地上のモナ・リザ 父の顔
  泥七宝 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 狂者の詩 山 よろこびを告ぐ
  冬が来た 冬の詩 牛 道程 群集に 万物と共に踊る 五月の土壌 秋の祈 失走
  白昼の空気 あたり前 PRÉSENTATION  秒刻 マデル 豆腐屋
 道程以後
  わが家 花のひらくやうに 海はまろく 湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 無為の白日
  小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  クリスマスの夜 下駄 冬の送別 沙漠 落葉を浴びて立つ とげとげなエピグラム
  新茶
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥 竜
 猛獣篇時代
  聖ジヤンヌ 秋を待つ 火星が出てゐる 冬の奴 怒 花下仙人に遇ふ 母をおもふ
  その年私の十六が来た 詩人 偶作 平和時代 寸言 或る墓碑銘 冬の言葉 当然事
  さういふ友 あの音 夏書 焼けない心臓 街上比興 上州湯桧曽風景 或る筆記通話
  無題 激動するもの 上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ
  孤独が何で珍しい のつぽの奴は黙つてゐる 機械、否、然り 友よ 霧の中の決意
  非ヨオロツパ的なる もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 お化け屋敷の夜
  つゆの夜ふけに
 造型篇
  五月のアトリエ 鉄を愛す 月曜日のスケルツオ 車中のロダン 後庭のロダン 葱
  美を見る者 最後の工程 首の座 刃物を研ぐ人 似顔 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛
  孤坐 蝉を彫る 十和田湖畔の裸像に与ふ 偶作
 独居自炊
  秋風辞 地理の書 銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 最低にして最高の道
  百合がにほふ 手紙に添へて 新緑の頃 氷上戯技 晴天に酔ふ 独居自炊 われらの道
  美しき落葉 石くれの歌 春駒
 智恵子抄
  人に 涙 おそれ からくりうた 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
  人類の泉 人に 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 金 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
  レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 もしも智恵子が 元素智恵子
  メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 松庵寺
  智恵子と遊ぶ
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告 山林
  「ブランデンブルグ」  人体飢餓 悪婦 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型
  田園小詩
   山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地 ヨタカ
  女医になつた少女 山の少女 山のともだち 餓鬼 わが詩をよみて人死に就けり
 詩人の肖像 山本健吉
 鑑賞 伊藤信吉
 年譜 

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。文庫本としては異例の多くの作品を掲載し、さらに一篇ごとに伊藤信吉による的確な解説文が附されています。残念ながら絶版ですが。

手持ちのものは平成3年(1991)の9版です。

新刊です。

お気に入りのペンでなぞる 文豪たちの手紙

発行日 : 2026年5月20日
著者等 : 天野慶
版 元 : 幻冬舎
定 価 : 1,800円+税

著名な文豪たちがあふれる思いを託した手紙の数々を、その時代背景や解説とともになぞり書きで楽しむ一冊。芥川龍之介、宮沢賢治、向田邦子……33名が綴った珠玉の手紙を収録。“想い”が宿った一文を、なぞり書きで味わう!

選・著 天野慶 
 歌人。短歌を中心に百人一首や絵本など「ことば」の魅力を伝える活動をしている。『見て楽しむことば図鑑』(みっけ/共著)『百人一首スタートブック』(以上、幻冬舎)、『10代からのいいね! 万葉集』(誠文堂新光社)など著書多数。短歌作品に〈パピルスに初めて書かれた恋文と変わらぬ思いを受信しました〉などがある。

イラスト ネクタイ
 イラストレーター。北海道在住。見た人の心がふわっと楽しくなるような、物語のあるイラストを描く。紙もの雑貨の製作や販売も行っている。
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目次003
 はじめに
 この本の使い方
 芥川龍之介の恋文
 芥川龍之介の友人へのお見舞いの手紙
 芥川龍之介の恋文・続
 太宰治の友人への結婚祝いの手紙
 太宰治の友人への結婚祝いの手紙・続
 中原中也の旅先からの手紙
 宮沢賢治の親友への近況報告の手紙
 梶井基次郎の療養先からの山の手紙
 梶井基次郎の猫の楽しみ方の手紙
 夏目漱石の弟子へのお礼の手紙
 夏目漱石の芥川と久米正雄を励ます手紙
 小林多喜二の恋文
 森鷗外の戦地から家族への手紙
 岡倉天心の愛猫への手紙
 サン=テグジュペリのフライト先からの手紙
 寺田寅彦のベルリンからの手紙
 横光利一のホームシックな手紙
 寺山修司の入院先から恩師への手紙
 堀達雄の入院先からフィアンセへの手紙
 立原道造の藍ばんだ夕ぐれの手紙
 森茉莉の編集者への贅沢貧乏な手紙
 大庭みな子の娘の療養先からの手紙004
 向田邦子のカンヅメになったホテルからの手紙 
 向田邦子の小料理店開店の手紙
 太宰治の芥川賞を懇願する手紙
 武者小路実篤の志賀直哉への友情の手紙
 志賀直哉の新人作家へのアドバイスの手紙
 北原白秋の船の上から息子への手紙
 中島敦の熱帯の島から息子への手紙 
 織田作之助の恋についての手紙
 ビアトリクス・ポターの友人の子への手紙
 高村光太郎の夢の手紙
 太宰治の花の手紙
 太宰治の雨の手紙
 小泉セツの夫の小泉八雲への手紙
 若山牧水の恋人を海へ誘う手紙
 島崎藤村の夏の夜の手紙
 種田山頭火の俳句の入った年賀状
 三島由紀夫のドナルド・キーンへの日本語の手紙
 岡本かの子の息子への返事の手紙
 武者小路実篤の志賀直哉への友情の手紙2
 坂口安吾ののちの恋人への手紙
 中原中也の親友への返事の手紙
 芥川龍之介の手紙のその後の手紙
 手紙の全文・出典・選者による一言コメント
 文豪から学ぶ! 手紙のテクニック
 あてはめればすぐに使える! 季節の書き出し(季節の花と鳥編)
 あてはめればすぐに使える! 季節の書き出し(食べものと行事編)


最近ちょっとしたブームのペン字なぞり書き用のテキスト的な書籍です。本文が17ポイントくらいで薄く印刷されていて、それを好きなペンでなぞって書くという形です。すべてが文豪の手紙からの一節、というところがミソですね。

前半の志賀直哉までは1通につき見開き2ページ、光太郎を含む後半の北原白秋からは同じく1ページずつ割り振られています。

「高村光太郎の夢の手紙」は、大正2年(1913)の1月28日に、結婚前の智恵子へ宛てて書かれた手紙でした。智恵子は日本女子大学校の後輩・旗野スミの新潟にあった家に逗留していました。光太郎の書簡としてはそれなりに有名なもので、あちこちで引用されています。最近では昨年、Gakkenさんから刊行された『マンガで読む 偉人たちの恋文物語 日本編』。全文はこちら。本書巻末にも掲載されています。

そういう意味では取り立てて新しいものではありませんが、他の文豪たちの手紙を興味深く読みました。こういう機会でもないと他の文豪たちのそれはあまり読むこともありませんので。「いかにもこの人らしい」と思わせられるものもあれば、逆に「この人でもこんなことを書くんだ」と意外だったり、「そう来たか」というものもあったり。

ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 27 『高村光太郎資料 第三集』全集補遺Ⅱ

昭和47年(1972)12月5日 文治堂書店 北川太一編
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目次
 対談
  清談を聴く(対談者 伊東圭一郎)  自然と芸術(対談者 神崎清)
  新しき岩手の創造(対談者 国分謙吉)
 座談
  詩と文学(出席者 昇曙夢 川路柳虹 宇野浩二 泉与史朗)
  芸術と生活を語る(出席者 豊島与志雄 岸田国士)
  奉祝展洋画と彫刻(出席者 児島喜久雄 木下杢太郎)
  大東亜文化建設の課題(出席者 下村海南 笠間杲雄 岸本誠二郎)
  美と生活(出席者 菊池一雄 草野心平 佐藤春夫 谷口吉郎)
  詩の生命(出席者 三好達治 草野心平)
  簡素生活と健康(出席者 川島四郎 竹内てるよ)
  南沢座談抄(出席者 羽仁もと子 羽仁吉一)
  湖畔の彫像(出席者 佐藤春夫 辰野隆 豊島与志雄 武者小路実篤)
  敗けた国の文化(出席者 バーナード・リーチ 浜田庄司 柳宗悦 石川欣一)
  現代詩について(出席者 金子光晴 三好豊一郎 伊藤信吉)
  自然の中の芸術(出席者 佐藤春夫 田村剛 谷口吉郎 安倍能成)
 後記

一対一で行われた「対談」は、昭和33年(1958)に刊行された『高村光太郎全集』第11巻に10篇が収録されましたが、その後見つかった3篇を収めてあります。

それから3人以上での「座談」は『高村光太郎全集』で割愛されており(大人の事情がいろいろあったようで)、この時点で初めて一冊にまとめられました。

学会のご案内です。

有島武郎研究会 第 79 回 全国大会(ハイブリッド開催) 特集『白樺』派と〈美術史〉の転回 -〈民藝〉と〈アナーキズム〉の視座から-

期 日 : 2026年6月6日(土)
会 場 : 二松学舎大学九段キャンパス4号館6階 4061教室 千代田区三番町6-16
      Zoomによるオンライン
時 間 : 12:40開会
料 金 : 無料

===プログラム===(総合司会)石井 花奈

12:40     開会の辞 佐藤晋(二松学舎大学学長)
12:50〜14:00 《研究発表》 
       武者小路実篤における戦後作品 ——原爆のあとの「真理先生」——鳥海菜緒
       〈分身〉の諸相 —有島武郎個人雑誌『泉』における小説表現の一側面
—阿部高裕
14:00〜14:20 休憩
14:20~17:00 《特集『白樺』派と<美術史>の転回 〈民藝〉と<アナーキズム>の視座から》
       (司会)村田裕和
14:25~15:40 【報告】 文士たちの黒耀会 足立元
           有島武郎のアナーキズムにつながる美術への視座 三田憲子
           柳宗悦における「社会美」とは何か—民藝運動と共同体をめぐって
— 梶谷崇
15:40〜16:00 休憩・質問募集
16:00〜17:00 【討議】
17:00      閉会の辞 梶谷崇(有島武郎研究会会長)
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有島武郎と光太郎は、『白樺』を通じての交流がありましたし、有島の実弟・生馬と光太郎は留学仲間でもありました。むしろ武郎より生馬の方が光太郎に近かったと言えるでしょう。

光太郎と武郎とのつながりのうち最も有名なのが、大正12年(1912)に光太郎のブロンズ代表作「手」を武郎が入手した(戦後の光太郎日記では「有島武郎氏に進呈」と書かれています)こと。その際の武郎から光太郎宛の書簡が『有島武郎全集』に収められています。

今日は御制作「手」を態々お届け下さいまして難有う御座いました。拝見して驚きました。手といふものがあんな神秘的な姿を持つてゐるものだとは今まで心付きませんでした。あれは又一箇の群像でもありました。見てゐれば見てゐる程それは不思議です。明日は面会日ですから早速部屋にかざつて見る人を驚かさうと楽しんでゐます。「手」といふ題で感想を書いて見たいと思つてゐます。何しろ本当にありがたう御座いました。永く永く襲蔵して御厚情を記憶します。不取敢御礼迄。

余談ですが、この書簡、大正13年(1924)に叢文閣から最初に出た『有島武郎全集』では「手」を「牛」とするとんでもない誤植があります。冒頭部分が「今日は御制作「牛」を態々お届け下さいまして……」となっているのです。「まさかそれを真に受けて書いてるものは無いだろう」と思って調べたところ、残念ながらありました。しかも「牛」のイラスト入りで。頭を抱えてしまいました。
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頓珍漢ついでにもう1件。以前にも書きましたが、橋爪健というマイナーな作家が書いた『文壇残酷物語』(昭和39年=1964)という、有島や光太郎を含む数人の作家のゴシップ的な評伝集があります。そこに、「手」のモデルが自分の手だと有島が語った場面があり、以前はそれを真に受けて「「手」は有島の手がモデルである」と堂々と書いた修士論文だか博士論文だかがネット上で見られる状態でした。ネット上に出ていたということは、それが通ってしまったのでしょうね。

武郎書簡にある「「手」といふ題で感想を書いて見たい」は、武郎の個人誌『泉』の第2巻第4号(大正12年=1923)に発表された「手 (高村光太郎氏の製作にかかる左手のブロンズを見入りて)」という詩。
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結局、この直後に武郎は自裁してしまうわけなのですが……。

閑話休題。

今回の研究会のうち、美術史家の足立元氏によるご発表が「文士たちの黒耀会」。公式サイトに「発表要旨」が出ています。

 一九一九年末にアナキスト画家の望月桂を中心に結成された黒耀会は、革命と芸術の一致を目指し、美術、文学、音楽、演劇、社会運動など多彩な領域の者たちが参加した。その活動は、アンデパンダン形式の展覧会にとどまらず、演劇や音楽会にも展開した。本発表では、文学史に関する事柄を中心に、新たな資料群の発見によって現れたいくつもの謎や未解決の課題を整理する。そして、黒耀会を通して浮かび上がる、この時の文士(文学者)たちが振る舞った異例のあり方について考えてみたい。
 黒耀会の謎は、そこに参加した有名な文士たちが誰で、どのような絵や書を発表したのかである。有島武郎と加藤一夫については望月との合作がある。北原白秋の短冊も残る。望月の回想の他に裏付けはないが、中里介山、島崎藤村、高村光太郎も黒耀会展に参加していた。一九二一年の第三回黒耀会展は、民衆芸術展として開催したが、当時の記事によれば、武者小路実篤、与謝野鉄幹・晶子、長谷川如是閑らが出品していた。このように、黒耀会を通じて、当時の文壇とは別の文士たちのネットワークが浮かび上がる。当然それぞれの関わりに濃淡はあったにしても、アナキズムとの関わりにおいて当時の文学作品を捉え返すことも可能だろう。
 文士たちは、黒耀会展において、書や手書きの詩の短冊、あるいは画家との合作を並べていた。それは詩書画の一致という文人の理想像に重なるものであり、いわば近代の文士から近世の文人へと遡る振る舞いであったといえる。そのような意味で、当時の文士たちにとって黒耀会は新しくなかったし、むしろ自然で原初的な場だっただろう。だが今日から見るならば、黒耀会は、「文学」が活字の文字から解放され、パフォーマティブな総合芸術の一部となった先駆として評価することができる。

光太郎が東京美術学校で明治35年(1902)に彫刻科を卒業し、研究科に残ったあと、明治38年(1905)に入り直した西洋画科で同級生だった望月桂が、大杉栄らとともに立ち上げた「黒耀会」がメインで取り上げられます。足立氏、昨年、埼玉県東松山市の丸木美術館さんで開催され、現在、信州安曇野市の安曇野文書館さんで開催中の「望月桂 自由を扶くひと」展に深く関わられたようです。

「高村光太郎も黒耀会展に参加していた」とありますが、『高村光太郎全集』別巻の年譜では大正10年(1921)の項に「十二月二十日~二十三日、神田駿河台倶楽部で開催された黒耀会第三回展覧会に、島崎藤村の書、有島武郎の写経などと共に、ブロンズの「手」を出品する。プロレタリア美術運動の初期を飾るこの会の中心だったのは、洋画科に再入学した時の同級生望月桂だった」とあります。

この「黒耀会」と光太郎の繋がりが、今一つ詳しくわかっていません。第一回展が大正9年(1920)4月に牛込築土八幡停留所前の骨董店で、第二回展は大正10年(1921)の11月24日(23日とする文献も)から5日間、京橋の星製薬(星新一の父・星一が社主)で開催されましたが、そちらには光太郎の出品はなかったようです。

大杉が関わっていたからでしょう、第二回展は官憲の介入があり、初日に警視庁の検閲係長、特高課長等が会場を封鎖して検閲、20点あまりの出品作が撤去されるという事件がありました。治安維持法が施行されるのはまだ先ですが、既にそれに近い措置は行われていたようです。

そしてすぐ行われた第三回展で、光太郎が「手」を出品したわけです。おそらくこの時の「手」が、のちに武郎に進呈されたのだと思われます。また、結局は断られましたが、やはり大正10年(1921)には大杉の義弟・近藤憲二の主宰する『労働運動』編集部に「手」を寄贈したいと申し出たことがあったそうです。のち、ゴリゴリの大政翼賛に転じる光太郎ですが、この頃はアナーキズム・プロレタリア系のシンパ的な立ち位置でした。
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武郎の死後、この「手」は武郎と親しかった秋田雨雀の手を経て、現在は竹橋の東京国立近代美術館さんに収蔵されています。

さて、その黒耀会がらみということで、ぜひ拝聴したかったのですが先約があり、うかがえません。可能な方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 26 『高村光太郎資料 第二集』全集補遺Ⅱ

昭和47年(1972)9月20日 文治堂書店 北川太一編
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目次
 書簡
  明治三十二年(一八九九)頃 明治三十三年(一九〇〇) 明治三十八年(一九〇五)
  明治三十九年(一九〇六) 明治四十年(一九〇七) 明治四十二年(一九〇九)
  明治四十三年(一九一〇) 大正元年(一九一二) 大正三年(一九一四)
  大正五年(一九一六) 大正九年(一九二〇) 大正十年(一九二一)
  大正十一年(一九二二) 大正十二年(一九二三) 大正十三年(一九二四)
  大正十四年(一九二五) 大正十五年・昭和元年(一九二六) 大正期年代不詳
  昭和二年(一九二七) 昭和三年(一九二八) 昭和五年(一九三〇)
  昭和六年(一九三一) 昭和八年(一九三三) 昭和九年(一九三四)
  昭和十年(一九三五) 昭和十二年(一九三七) 昭和十三年(一九三八)
  昭和十四年(一九三九) 昭和十五年(一九四〇) 昭和十六年(一九四一)
  昭和十八年(一九四二) 昭和十九年(一九四四) 昭和二十年(一九四五)
  昭和二十一年(一九四六) 昭和二十二年(一九四七) 昭和二十三年(一九四八)
  昭和二十四年(一九四九) 昭和二十五年(一九五〇)
  昭和二十六年(一九五一) 昭和二十七年(一九五二) 昭和二十八年(一九五三)
  昭和三十年(一九五五)
 書簡索引
 後記  

昭和33年(1958)に完結した第一次『高村光太郎全集』(筑摩書房)に漏れていた光太郎書簡の集成です。平成8年(1996)に刊行された増補版の『高村光太郎全集』第21巻にすべて収録され直すことになります。ただ、その後も600通ほどの書簡が見つかり続けています。つい最近もまた1通みつけました。

今年もクマの季節になってきたようで……。

RAB青森放送さんローカルニュース。

【クマ出没情報】5月26日 十和田湖畔・乙女の像付近で1頭(十和田市)

 十和田市や青森県の「くまログあおもり」によりますと、5月26日午後0時5分ごろ、十和田市奥瀬で子グマ1頭が目撃されました。被害は確認されていません。現場は十和田湖畔休屋の乙女の像付近です。市は付近の住民や通行する人に注意を呼びかけています。
 青森県内では全域に「ツキノワグマ出没警報」が発表されていて、県は以下のことに注意するよう呼びかけています。
・クマの出没状況に注意し、出没が相次いでいる場所には近づかないようにしてください。
・山に入るときは、クマの活動が活発になる早朝と夕方は避け、なるべく複数人で音を出しながら歩きましょう。
・クマを引き寄せる食べ物や野菜くず等の生ごみを屋外に放置しないでください。
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光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」附近での目撃情報。
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像の南側はホテルや飲食店、十和田湖観光交流センターぷらっとさんなどがある繁華街、像より北側は湖に突き出た二重カルデラ外輪山の半島で、原生林が広がる場所。確かにクマの出やすい環境です。
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平成28年(2016)には十和田湖を泳ぐ熊の姿が撮影されたというニュースも報じられました。

ニュースにあったサイト「くまログあおもり」によれば、近隣地区、奥入瀬渓流などでも目撃情報や「養蜂場が荒らされた」などの記述がありました。

クマといえば、岩手花巻郊外旧太田村の光太郎が7年間を過ごした山小屋(高村山荘)附近はきゃつらの巣窟ですし、福島二本松の智恵子生家/智恵子記念館裏手の智恵子の杜公園でも今年3月に目撃情報がもたらされました。

それらの場所に行かれる方、十分にご注意を。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 26 『高村光太郎資料 第一集』全集補遺Ⅰ

昭和47年(1972)4月2日 文治堂書店 北川太一編
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目次
 詩
  N――女史に かなしきこころ 或問 
  カフエ ライオンにて
 (何もかも) (アメリカ帰りの)
  (人間劣性の)〔断片〕 酔中吟 (四つの仮面は)
 短歌
  「挿柊」より 「剣気」より 「新星録」より 高村豊周『赤城旅行記』に
  『晶子歌話』より 木彫「柘榴」に 木彫「蓮根」に 山どりの瀬戸 歌集に オベリスク
  此山に
 俳句
  雪の朝 雑感 ベネチアにて 中之条
 短句
  一六~二一
 評論――美術――
  英国ニ於ケル応用彫刻ニ就テ〔一〕 英国ニ於ケル応用彫刻ニ就テ〔二〕
  巴里式屋外広告 彫刻家のみた女の姿 美は真に等し 絵を買ふ人に 肖像に就いて
  家具及住宅の美〔断片〕 所謂好趣味の人たる勿れ 帝展彫刻の技術観 彫刻実習
  木彫ウソを作つた時 ロダンに就いて二三の事 巨匠ロダン翁 興福寺十大弟子
  美の日本的源泉 美の源泉 芸術と農業 石井柏亭君を送る 大森商二君の木炭画
  岸田君の芸術の事 宮坂君について 高田博厚渡仏後援彫刻頒布会趣意
  父・光雲作の仏像 彫刻家建畠大夢
 評論――文学――
  詩と表現 言葉の美しさ 詩の本質 戦争と詩 昭和二年詩壇概観〔断片〕
  「渝らぬ友」-尾崎喜八- 写真の顔――若山牧水追悼 追憶――山村慕鳥
  童心と叡智の詩人-北原白秋の業績- 天性の詩人白秋 あの頃――白秋の印象と思ひ出
  倉橋弥一さん 福士さんへ 『槐多の歌へる』 田中清一詩集『永遠への思慕』読後感
  『ホヰツトマン雑孝』 所感――推奨『東方古典叢刊』 『蛙』に寄す
  読みながら思へる――今井邦子歌集『明日香路』 『現代詩人集』について
  大野良子詩集『馬頭琴』読後感 矢野克子詩集『太洋ノ母』読後感
  仲村久慈著『湯地丈雄』 河合酔茗詩集『真賢木』を読む 藤井照子詩集『石花菜』序
  照井瓔三著『国民詩と朗読法』序 伊波南哲詩集『麗しき国土』序
  矢野克子詩集『いしずゑ』序
 随筆
  巴里より ルセルンの旅舎より 消息 恋愛――結婚の話 イギリスの女とフランスの女
  千駄木より 書簡 有望なのは天然的遊園地 恵まれたる優性遺伝の十八名家
  悪趣味を排す 遙にも遠い冬 ビールの味 某月某日 かういふわけ 往復書簡
  『道程』の思ひ出 美しく懐かしき国、日本
 アンケート
  松籟颯々 文芸に現はれたる好きな女と嫌ひな女 最近の感想
  私は斯んな見方で、斯んな新聞を読んでゐる 本月の詩歌壇
  この夏はどうしてお暮しになりますか 詩人の好める詩人及び詩風
  取締を帝国美術院に アメリカ趣味の流入を防げ 新時代の家庭におくる言葉
  十四年度作品批評 どんな芝居をやつて見たいか? 不滅の価値――山本鼎論
  断想――既成文壇の崩壊期に処す 名士と食物 後継詩壇を背負ふ人
  あなたの御健康は如何ですか 新年に当り歌壇に与ふる言葉 古美術と現代美術
  装幀について 貴方の愛読書は
 日記
  彫塑雑記 明治三十六、七年 日記 明治四十三年
 雑纂
  高等科二学年試験答案 『大原海岸』あとがき 高村豊周『赤城旅行記』あとがき
  第一回中央協力会議議案
 翻訳
  「パミイル」より(ジヨオジ シエエヌブエル)
  反逆――ジヤン・クリストフより(ロマン・ロラン)
  ロダンといふ人(ジユジト クラデル) シヷのをどり(アウギユスト ロダン)
 後記

当会顧問であらせられた北川太一先生が、昭和35年(1960)からガリ版刷りで発行されていた冊子『光太郎資料』の主要な記事を全六巻の上製本として刊行することになりました。第三巻までが、昭和33年(1958)に完結した第一次『高村光太郎全集』(筑摩書房)に漏れていた作品の集成、第四~六巻が光太郎智恵子周辺人物の書き残した光太郎智恵子論・回想です。一部、第六巻にも全集補遺作品が収められました。

第一次全集補遺作品群は、のちに平成6年(1994)から同じく筑摩書房で刊行が始まった増補版の『高村光太郎全集』の第19巻から21巻及び別巻に一部を除いて収められることになります。

情報入手が遅れまして、先月から始まっている企画展示のご紹介です。会期が長いので助かりました。

ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」登録10周年記念・三重県誕生150周年記念 第43回企画展 まつりを旅する 受け継いできた三重の宝もの

期 日 : 2026年4月25日(土)~6月21日(日)
会 場 : 三重県総合博物館 津市一身田上津部田3060
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)
料 金 : 一般 800(640)円  学生 480(380)円 高校生以下無料
      ( )内団体料金 他に基本展示とのセット観覧割引有

多様な地域性をもつ三重には、多くのまつりが伝承されています。コロナ禍を経て、地域と人々をつなぐまつりの復活を私たちは心待ちにしていました。折しも2026年は、県内3団体が構成団体となっているユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の登録10周年にあたります。世界的にも評価されるこれらの行事に加えて、県内各地で広く伝承されてきたかんこ踊りや獅子舞など、三重のまつりの様々な魅力を一堂に集めて紹介します。

第1章 江戸時代から続く都市のまつり
 「上野天神祭のダンジリ行事(伊賀市)」の鬼行列の供奉面、華やかな楼車の幕等を紹介します。また、津まつりで行われている唐人踊りの資料等を通じて、異国への好奇心に満ちた人々の思いを紹介します。

第2章 日本唯一! 鯨船のまつり
 古式捕鯨の伝統を伝える鯨船行事は、日本中で三重県にだけ伝えられている祭りです。「鳥出神社の鯨船行事(四日市市)」は、豪華に飾られた鯨船とハリボテの鯨との激しい攻防が陸上で繰り広げられる祭りです。鯨船山車を飾る華麗な彫刻や幕などを展示して、地域の人々の熱い想いを紹介します。

第3章 日本一やかましいまつり 桑名石取祭
 40台に及ぶ華麗な祭車に据えられた大きな鉦と太鼓を激しく叩く「桑名石取祭の祭車行事(桑名市)」は、日本一やかましい祭りとして知られています。その華麗な造り物や幕などを展示します。

第4章 村落の祈り かんこ踊り
 かんこ踊りは、三重県を代表する民俗芸能で、県内の内陸部は雨乞い、沿岸部は盆供養を目的とすることが多く、その装束や被り物も地域により多様で華麗です。「勝手神社の神事踊(伊賀市)」をはじめ、多様なかんこ踊りの装束や被り物等を展示して、その魅力を紹介します。

第5章 獅子の国 三重
 現在も各地域に特色のある多様な獅子舞が伝わる三重県は、全国的にも獅子舞のルーツの1つとして知られています。北勢・中勢地域には江戸時代に広い地域を巡舞した鈴鹿の獅子舞の伝統、伊賀地域でも同様に地域内を巡舞していた獅子舞の伝統が今に引き継がれています。伊勢地域では、古い歴史を有し、獅子頭を神聖視する御頭神事が伝えられています。また、桑名市には、全国を旅する伊勢大神楽が現在も伝承されています。三重県で最も古い獅子頭を始め、これらの地域に伝えられている歴史ある獅子頭等を展示して、私たちの身近にある獅子舞の歴史と魅力を紹介します。
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三重県内の代表的な祭り等を紹介する展示。そのうち、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」登録10周年記念ということで、桑名市の石取祭も取り上げられます。毎年第1日曜日とその前日の土曜日に行われ、40台ほどの祭車(山車)が鉦や太鼓を盛大に打ち鳴らしながら練り歩き、「日本一やかましい祭り」と言われています。

光太郎の父・光雲の手になる装飾彫刻を施した「羽衣」の祭車が現役です。また、人手不足なのでしょうか、最近は出されていない「太一丸」という祭車。こちらは光雲の工房が装飾に関わっています。
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その「太一丸」祭車の上に屹立する木彫の神鹿が展示されています。
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中心になって手がけたのは、共に光雲が制作主任を務めた上野の西郷隆盛像の犬、皇居前広場の楠木正成像の馬を手がけた後藤貞行。動物彫刻のスペシャリストでした。

神鹿の足もと、手前に見える木彫の飾り板も祭車に取りつけられていたものでしょう。こちらが光雲工房作。どの程度光雲本人の手が入っているか不明ですが。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 25 『智恵子抄・道程』アイドルブックス10

昭和45年(1970)10月5日 ポプラ社 高村光太郎著
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目次
 智恵子抄 道程 猛獣篇 典型
 解説 高村光太郎の人と作品 北川太一
 年譜

少年少女向けのシリーズ「アイドルブックス」ラインナップの一冊。当初は函入りでしたがのちに函は廃され、濃い緑色のカバーの付いた装幀になります。偕成社の「ジュニア版日本文学名作選」ともども、小中学校の図書室にはマストだったシリーズです。

「ごほうび浪漫博TOKYO」。大規模フリーマーケット的なイベントのようです。レース開催のない日の競輪場を会場に行われるということで、なかなかのアイディアですね。スペースはいくらでもありそうですから。

「調布経済新聞」さん記事。

調布・京王閣でカルチャーの祭典 300組出店で地域盛り上げる

 京王閣が企画するイベント「ごほうび浪漫博TOKYO-GOHOUBI&ROMAN EXPO-」が5月30日・31日、京王多摩川駅近くの「東京オーヴァル京王閣」(調布市多摩川4)で開催される。
 競輪で知られる「京王閣」は1927(昭和2)年に遊園地として開園。大浴場やビリヤード場などの遊戯施設や、メリーゴーラウンドや豆汽車など備え、「東洋の宝塚」と評されるほどのにぎわいを見せた。戦時中に畑や軍の業務に使われるようになり、1947(昭和22)年に閉園。1949(昭和24)年に「京王閣競輪場」が開設された。
 現在、京王電鉄が「京王多摩川駅前開発プロジェクト」として新しい街づくりを進める中、同施設は「歴史ある京王閣を地域に開き、イベント拠点とすることで、さらに街を盛り上げたい」と、「KTaMA NOSTALGIA(ケータマ・ノスタルジア)」プロジェクトを立ち上げた。
 「ごほうび浪漫博TOKYO」は、同プロジェクトの第1弾のイベントとして開催。会場は、各地のご当地キャラ39体と触れ合うことができる「ご当地キャラ偏愛サミット」、作者が自作のZINEやイラストなど約90店舗が出店する「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」)、約50台の名車のオーナーが自慢の車を特別展示エリアで披露する「京王閣HISTORICA G.P.」のほか、約30店舗が出店する「花とオヤツのうつわ集め市」、約60店舗の「アナログライフ百貨展」、約30店舗の「レトロ!ザ・ワールド」、約20店舗の「いっちょうらCollection-洋裁&Vintage-」の7つのゾーンで構成。「世界のつまみぐい倶楽部(クラブ)」として、キッチンカー30台が集まるフードエリアも用意する。 
 会場内では「スナックPoraris スペシャルver」と題して、調布市内の「非営利型株式会社Polaris(ポラリス)」が調布駅周辺で開催している交流イベントも実施。地域の人が「ママ、マスター」として出迎え交流を持つ。京王線高架下の「1YY CLUB」では、マルシェイベント「けーたまるしぇ」を同時開催する。
 同社事業グループでKTaMA NOSTALGIAプロデューサーの加藤周一さんは「かつて多くの人を笑顔にした遊園地の記憶をよみがえらせたいと考え企画した。暮らしを彩る買い物体験から、39組のご当地キャラ、世界の名車展示まで、世代を超えた楽しさを詰め込んでいる。入場無料なので、ぜひ気軽に来場いただき、新緑の京王閣で自分への『ご褒美』を見つけていただけたら」と呼びかける。
 開催時間は11時~18時。入場無料。
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イベント詳細情報。

ごほうび浪漫博TOKYO

期 日 : 2026年5月30日(土)・31日(日)
会 場 : 東京オーヴァル京王閣 東京都調布市多摩川4丁目31-1
時 間 : 11:00~18:00
料 金 : 無料

レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車などが集まる、異色の大規模マーケットフェス。

【2026年5月開催】調布・京王閣が“ロマン”に染まる2日間。7つの独立した文化イベントが集結する「ごほうび浪漫博TOKYO」開催! ―― 全200店舗規模+α。レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車、そして食。自分の「好き」を労らう、異色の大規模文化博覧会 ――

AicoQ CircuLab(アイコクサーキュラボ:株式会社京王閣と愛国工業株式会社による共同事業体)は、2026年5月30日(土)・31日(日)の2日間、東京・調布の「東京オーヴァル京王閣」にて、独自の個性が光る7つのイベント(エリア)が集結する、大型文化祭典「ごほうび浪漫博TOKYO -GOHOUBI ROMAN EXPO-」を開催いたします。

新緑に包まれた歴史ある「京王閣」を舞台に、古き良き道具や手仕事の工芸品、レトロ雑貨に情熱的なZINE、愛らしいキャラ、クラシックカー、そして異国の香り漂うグルメが混ざり合い、ここでしか味わえない「エモくてちょっぴり不思議な非日常」を生み出します。会場を歩き回り、ふと目が合う。誰かの「ロマン」があなたの「ごほうび」に変わる。ぜんぶ見たい、全部ほしい。ワクワクしたいあなたのための新感覚よくばりワンダーランド。懐かしさの残る空間を背景に、あなただけの楽しみを見つけてくださいね。

【7大イベント(エリア)構成】
 1. 花とオヤツのうつわ集め市(約30店舗)
  最高の食卓と一輪の彩りを。心を満たす暮らしの庭
 2. アナログライフ百貨展(約60店舗)
  時を越えて愛される、一生モノの道具が集う交易局
 3. レトロ!ザ・ワールド(約30店舗)
  懐かしくて新しい「愛おしい」が交差する、記憶のパレード
 4. いっちょうらCollection -洋裁&Vintage-(約15店舗)
  自分を祝う「一着」に出会う。時を纏う服飾の郷
 5. ご当地キャラ偏愛サミット(キャラクター約35組)
  地域の魅力を再発見!キャラとふるさとの熱狂発信地
 6. TAMAGAWA BOOK CARNIVAL(約90店舗)
  言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮
 7. 京王閣HISTORICA G.P.(名車約50台 ※特別展示エリア)
  歴史を彩った名車が集結。時を忘れる大人の社交場

※会場内には「世界のつまみぐい倶楽部(約30組)」として、多種多様なグルメ・ドリンクを楽しめるフードエリアも登場します。
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「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリアが設けられ、80店舗以上が出店されるとのこと。「個性豊かなZINEや独立出版、活版印刷にイラスト、作り手の熱量がダイレクトに伝わる、紙とインクのロマンに浸るカーニバル」だそうです。「ZINE」は最近ちょっとしたブームの個人や少人数で発行する自主的な出版物を指します。
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各地で開催されている「文学フリマ」のような感じで、実際、「文学フリマ」に出店なさっている方がこちらにも数多く出てこられるようです。

「文学フリマ」で光太郎詩「レモン哀歌」モチーフの商品を販売なさったりされたことがおありの「装幀室白亜」さんがやはり出店されるそうで、Instagram投稿に光太郎の名。


手製本ZINEと布小物のお店を開きます。ZINEは紙と印刷にこだわった手製本です。

《短編書簡シリーズ》
純文学の世界観に浸るための新しい本の形です。手紙型の製本の中には、以下の3点のアイテムをセットで封筒に入れてお渡ししております。
 短編小説 ・・・メインとなるお話が一話分
 紹介カード①・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
 紹介カード②・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
夏目漱石セット、宮沢賢治セットなど、それぞれの作家の世界観を楽しめる装幀を施しました。
物語の世界からの手紙のように、あなたの日々の隙間に届きますように。
 高村光太郎 レモン哀歌  夏目漱石 夢十夜  宮沢賢治 春と修羅、よだかの星
 小川未明 金の輪  小泉八雲 夜光虫

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他店にも光太郎智恵子がらみがあるかもしれません。

5月31日(日)には昨日ご紹介した「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」に参りますので、方角的には同方向のため、ちょっとのぞいてみようかなと思っております。

他にもいろいろなコンテンツが用意されていますし、皆様方もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 24 『愛のきわみに』わが人生観13

昭和45年(1970)3月30日 大和出版 高村光太郎著
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目次
 愛について ――智恵子と私の出会い――
  智恵子の半生 智恵子の切抜絵 新茶の幻想 九十九里浜の初夏 某月某日
 人生について
  趣味という事 女みづから考えよ 女の生きて行く道 岩石のような性格
  日常の瑣事にいのちあれ 母性のふところ 若い人へ 玄米四合の問題 若い人へ
  玄米四合の問題 美しい生活 生命の創造
 若き日の思い出
  わたしの青銅時代 青春の日 遍歴の日
 美と真実の生活
  開墾 みちのく便り 山の春 山の秋 美と真実の生活
 詩について
  詩について 生きた言葉 所感
 智恵子像と社会観―解説― 藤島宇内
 年譜

全30巻ほどの「わが人生観」シリーズの一冊として刊行されたもので、収録されているのはすべて散文です。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第7刷です。カバーデザイン、造本などいろいろなバージョンがあるようです。

直接は光太郎智恵子等に関わらないでしょうが……。

第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「晶子短歌の全貌を見渡す~『みだれ髪』から『白桜集』まで」

期 日 : 2026年5月31日(日)
会 場 : 武蔵野商工会議所 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-10-7
      Zoom オンライン (定員100名)
時 間 : 14:00~16:30
料 金 : 2,000円
主 催 : 明星研究会
共 催 : 与謝野晶子倶楽部
協力・後援 : 国際啄木学会 落合直文顕彰会 日本現代詩歌文学館 平出修の会 
        劇団青年座

明星研究会の「与謝野寛・晶子を偲ぶ会」は、本年で20回を迎えます。それを記念して、晶子が生涯に詠んだ短歌を、23冊の詩歌集を中心に総合的に検証したいと思います。

晶子は明治・大正・昭和の3つの時代を生きました。それは近代と呼ばれる時空を心身に引き受けながら、内なる真実を追い求め、歌い続けることでもありました。恋にとどまらぬ多様なテーマを詠んだ晶子が、年齢・環境の変化をとおして成熟変貌していった経緯も見直したいところです。

今回は3人の歌人が迫ります。多くの皆さまのご参加をお待ちしています。

 ●プログラム●
 ①14:00~14:05 開会あいさつ
 ②14:05~14:45 
  講演「明治の晶子、ほとばしる豊かな抒情『みだれ髪』~『青海波』」古谷円
 ③14:45~15:25
  講演「大正の晶子、人生にわたる浪漫『夏より秋へ』~『瑠璃光』」米川千嘉子
 ④15:25~16:05
  講演「昭和の晶子、その変節と不変『心の遠景』~『白桜集』」松平盟子
 【休 憩】
 ⑤16:15~16:30
  まとめ「人生の歓喜も悲哀も詠み尽くすということ」古谷・米川・松平
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光太郎が『明星』出身ということで、明星研究会さんでは2度ほど発表もさせていただき、片足を突っ込んでいる状態です。事務局の仕事をやってくれ的なことも言われているのですが逃げ回っているところもあります(笑)。

今回は20回記念。「晶子が生涯に詠んだ短歌を、23冊の詩歌集を中心に総合的に検証」だそうです。

23冊中、『傑作歌選別輯高村光太郎与謝野晶子』(大正4年=1915)は2人の共著、また、『青海波』(明治45年=1912)の扉題字と扉絵、『白桜集』(昭和17年=1942)では光太郎が序文を担当しています。
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また、「23冊」に入っているかどうか不分明ですが、『晶子短歌全集 第三巻』(大正9年=1920)には挿画も。
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それから「23冊」中では晶子が光太郎に触れた箇所、光太郎作品の引用や評釈なども実に数多く。今回のどなたかのお話に、そういったことが少しでも含まれれば、とは思っております。

Zoomでのオンライン参加も用意されています。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 22 『高村光太郎詩集』

昭和44年(1969)1月10日 白鳳社 高村光太郎著 浅野晃編
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目次
 人に 
さびしきみち 郊外の人に 冬の朝のめざめ 山 冬の詩 牛 僕等 道程 秋の祈
 わが家 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル 米久の晩餐 クリスマスの夜
 落葉を浴びて立つ 樹下の二人 鉄を愛す 春駒 白熊 傷をなめる獅子 車中のロダン
 無口な船長 後庭のロダン 葱 鯰 象の銀行 夜の二人 聖ジヤンヌ 火星が出てゐる
 あなたはだんだんきれいになる 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ
 母をおもふ 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 当然事 あどけない話 同棲同類 旅にやんで
 首の座 上州湯桧曽風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 刃物を研ぐ人 南極
 風にのる智恵子 荻原守衛 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 晴天に酔ふ
 
手紙に添へて 潮を吹く鯨 地理の書 山麓の二人 レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩
 亡き人に 銅像ミキイヰツツに寄す 冬 へんな貧 蝉を彫る 梅酒 山林
 
「ブランデンブルグ」 山口部落 クロツグミ ヨタカ 岩手の人 もしも智恵子が
 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 元素智恵子 メトロポオル
 典型 東北の秋 十和田湖畔の裸像に与ふ
 
詩人の生涯(神保光太郎)
 鑑賞ノート(鈴木亨)
 年譜
 索引

ほぼ編年体の構成。函入りの上製本(愛蔵版)と、白いカバーの並製本が存在します。手持ちのものは昭和49年(1974)の第6刷です。

昨日ご紹介した旺文社文庫の『高村光太郎詩集』と順番が前後していました。すみません。

昨日は千葉市に行っておりました。千葉市文化センターさんで開催された「潮見佳世乃歌物語コンサート 羽衣伝説・智恵子抄」拝聴のためです。

何というわけでもないのですが、自家用車ではなく電車で行ってみました。同じ千葉県内でも千葉駅までは1時間ちょっとかかります。

自宅兼事務所最寄りのJR成田線佐原駅にて。
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こういうのが田舎のいいところです(笑)。

千葉駅から徒歩10数分、千葉市文化センターさん。
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14:30開演でした。
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「歌物語」は、ジャズ系シンガーでもあらせられる潮見佳世乃さんが、お父さまの故・高岡良樹氏から引き継がれたいわば登録商標のようなもので、「文学、演劇、音楽を融合させたこれまでにない芸能ジャンル」「琵琶法師や浄瑠璃など、物語を語る先人たちの伝統を引き継ぎながら、創作した物語に演劇的要素と音楽を取り入れ、奏でる音楽は、ジャズ、フォーク、ポップスなどを独自にアレンジしたもの」とのこと。

お父さまの代からのコアなファンの方々がいらっしゃるようで、チケットはSOLD OUT、100席ちょっとのキャパはほぼ満席でした。

第一部は「羽衣伝説」。日本全国に、というか世界中に類似の神話や伝説があるものですが、千葉市にも羽衣伝説があり、千葉市内には「羽衣公園」も設置されています。他の地域のそれと大きく異なるのは、実在の武将が主人公という点。千葉氏の祖・平常将(つねまさ)が、類型通りに羽衣を隠した天女と結ばれ、子を成し、しかし天女は天に還っていくというストーリーです。一部地域の羽衣伝説同様、星にかかわる部分を持ち、千葉市の妙見本宮千葉神社さんとの関連があります。当方、民俗学などにも興味関心が高いので、興味深いところです。

その伝説を基にした「歌物語」ということで、全体にはもの悲しいメロディーで統一。潮見さんの歌と語り、伴奏でピアノがTATOOさん、尺八の大河内淳矢さん、そして市川慎さんは通常の箏と十七絃箏の二張を行き来しつつ。和と洋のリミックスと申しましょうか、それが違和感なく展開されていました。天に還っていく天女。ある意味、智恵子も想起されるなぁ、と思いつつ拝聴しました。

休憩を挟んで第二部。「智恵子抄」に入る前に、「智恵子抄」以外の光太郎詩篇を朗読するというのが潮見さんのルーティンでして、昨日は「生けるもの」(明治43年=1910)と「道程」(大正3年=1914)でした。

そして「智恵子抄」。こちらの拝聴は今回で5度目となりましたが、何度聴いてもいいものです。とにかく高岡良樹氏の作曲になるメロディーラインがダイナミックかつ美しいだけでなく「歌物語」の名に相応しくドラマチックです。

40分程の中にしっかりと「起承転結」が込められています。「起」が「樹下の二人」(大正12年=1923)。「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」で始まる、まだ平穏な幸福に満ちていた光太郎智恵子が智恵子の故郷・福島二本松を訪れての場面。

ちなみに潮見さん、5月20日(水)の智恵子誕生日に二本松の智恵子生家/智恵子記念館さんに行かれたそうです。当方の二本松逍遥とは3日違いでした(笑)。下は潮見さんフェイスブック投稿から。
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「樹下の二人」に謳われている大正9年(1920)の光太郎智恵子揃っての二本松行は、智恵子の父・長沼今朝吉の三回忌法要のためでした。智恵子実家の長沼酒造は智恵子弟の啓助が継ぎましたが、この頃から業績は傾き始め、「あどけない話」で「東京に空が無い」と智恵子が呟いた昭和3年(1928)にはもはやどうしようもない状況、翌年には完全に破産します。そういう意味でも「樹下の二人」が「起」、「あどけない話」が「承」と言えるでしょう。

「転」に当たるのが「千鳥と遊ぶ智恵子」/「風にのる智恵子」(昭和12年=1937/昭和10年=1935)。よく似た2篇を一つの楽曲に。心を病んで千葉九十九里浜で療養していた昭和9年(1934)の智恵子の姿で、切迫感を煽るが如く不安な旋律。しかし、限りなく美しいメロディーです。高岡氏はかつて九十九里で「歌物語 智恵子抄」公演をなさったそうですが、地元の方々にはどのように聞こえたか、興味深いところです。

夢幻界を彷徨(さまよ)う智恵子の姿を謳う「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)と続きます。「山麓の二人」のみ、時系列とは異なる配置(九十九里に智恵子が移る前年の昭和8年=1933の裏磐梯が舞台)になっていますが、それはそれで良いと思われます。

そして「結」。「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「亡き人に」(同)。「起」の「樹下の二人」で奏でられたメロディーが再び用いられ、いわば変奏曲の形を取って終わりますが、この辺りが「羽衣伝説」の天に還っていく天女を想起させ、残される千葉常将と光太郎の姿がオーバーラップしました。

アンコールとして潮見さんオリジナル曲「海」。

終演後。
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少しお話しさせていただき、帰途に就きました。

関係の方々のますますのご活躍、そして「歌物語 智恵子」次の機会のあることを祈念いたします。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 23 『高村光太郎詩集』旺文社文庫

昭和44年(1969)3月1日 旺文社 高村光太郎著 北川太一編 
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目次
 『道程』
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 声 廃頽者より 父の顔 泥七宝(抄) 友の妻
  人に 涙 おそれ さびしきみち 或る宵 郊外の人に 人類の泉 よろこびを告ぐ
  冬が来た 牛 道程 秋の祈 雨にうたるるカテドラル 米久の晩餐 クリスマスの夜
  鉄を愛す とげとげなエピグラム(抄)
 『猛獣篇』とその時代
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥 象 森のゴリラ
  氷上戯技 車中のロダン 火星が出てゐる 冬の奴 花下仙人に遇ふ 母をおもふ
  冬の言葉 当然事 さういふ友 上州湯桧曽風景   孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人
  耳で時報をきく夜 レオン ドウベル もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 荻原守衛
  堅冰いたる 手紙に添へて 孤坐 つゆの夜ふけに お化け屋敷の夜
  銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 蝉を彫る 独居自炊 美しき落葉
 『智恵子抄』
  樹下の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類
  美の監禁に手渡す者 人生遠視 山麓の二人 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 梅酒 松庵寺 元素智恵子
  メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
 『典型』
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 人体飢餓 月にぬれた手 山荒れる 典型
  クチバミ 大地うるはし 十和田湖畔の裸像に与ふ 弦楽四重奏 生命の大河
 高村光太郎の生涯――「暗愚小伝」をたどつて―― 北川太一
 「ぼろぼろな駝鳥」について 尾崎喜八
 読書案内――より深く知るために――
 年譜
 あとがき 北川太一

当会顧問であらせられた故・北川太一先生の編集・解説。一篇ごとに語注と解説が付され、各章冒頭にも解説。ちょっと調べたいという時には現在でも最も役に立つものの一つです。

残念ながら旺文社さんは文庫事業から撤退し、基本的には古書市場でしか入手出来ませんが、お勧めです。手持ちのものは図書館廃棄本で昭和53年(1978)の第32刷です。

文庫判ですがハードカバーの愛蔵版も存在したようです。

光太郎第二の故郷・岩手花巻で、主に食を通じて光太郎顕彰にあたられているやつかの森LLCさんが、光太郎の日記などを元に、光太郎の作ったメニューや使った食材などを現代風にアレンジし、ランチとして提供するこうたろうカフェ。市内の旧東和町土沢地区にあるワンデイシェフの大食堂さんで厳冬期を除き、月イチで行われています。

今月は20日(水)に出店されたそうで、その際の画像がこちら。
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メニューは「こうたろう春巻き」「帆立のドレッシングサラダ」「ワラビの辛子和え」「ウドとタコの味噌かけ」「ほうれんそうの白和え」「餃子とチンゲン菜のスープ」「雑穀ごはん」「旬の漬け物」「よもぎ餅」「コーヒー」。これで1,200円です。

旬の山菜をふんだんに使い、しかも光太郎が7年間の蟄居生活を送っていた旧太田村で調達したものも含まれるそうで。ただ、一時期気温が高かったためウドやワラビは成長しすぎて大変だったとのこと。

先月は28日(火)に出店され、その際にはmit岩手めんこいテレビさんで毎週土曜日の18:30~19:00に放映されている「山・海・漬」という番組のロケが行われ、オンエアが昨日でした。背景に映っているのが先月分のこうたろうカフェ提供ランチです。
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旧東和町土沢地区は、明治末から大正初めのヒユウザン会(のちフユウザン会)で光太郎と共に活動した萬鉄五郎の出身地で、萬鉄五郎記念美術館さんもあり、そちらでのロケも行われたようです。
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レポーターはめんこいテレビさんの西島芽アナ。
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右上画像を見ると、土沢地区には宮沢賢治の足跡も残っているようですね。

こうたろうカフェ、メニュー考案から食材調達、調理となかなか大変とは存じますが、末永く続けていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 21 『智恵子抄』ジュニア版日本文学名作選47

昭和43年(1968)9月 偕成社 高村光太郎著
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目次
 智恵子抄 道程 『道程』以後 猛獣篇 典型
 解説 村野四郎


タイトルは「智恵子抄」ですが、実質的には生涯の作品全体からの抄出です。手持ちのものは昭和55年(1980)の第15刷です。

偕成社版のジュニア版日本文学名作選、この赤いカバー、懐かしいと感じる方も多いのではないでしょうか。

大阪から演奏会情報です。

クレモナラボ第20回定期公演 Carpe Diem

期 日 : 2026年5月30日(土) 
      大阪市北区西天満4丁目15-10
時 間 : 開場: 13:00   開演: 13:30
料 金 : S席 6,000円 A席 5,000円 B席 4,000円 (当日各500円増) 

モーツァルトもベートーヴェンも、かつては『最新の流行音楽』だった。現代においてその熱狂を受け継ぐのは、私たちの音楽だ。―20回の実験を経て、私たちは一つの答えに辿り着いた。形式美に閉じこめられた音楽を、解き放つこと。これはタンゴの皮を被った、魂のクラシックだ。私たちは20回かけて、この『新しいクラシック』のスタイルを研ぎ澄ませてきました。もはやこれは実験(ラボ)ではなく、ひとつの確信です。

演 奏 : クレモナラボ(旧『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ)
2016年結成。「アストル・ピアソラ」の遺志を継ぎ、クラシック音楽の「次の100年」へ繋げる、新しいスタイルの木管四重奏団。国内唯一の「ピアソラ専門」の室内楽団であり、これまで50曲以上を手がけ、全ての楽譜を自分たちの手でオリジナルアレンジをし、暗譜で演奏をする。対位法を駆使して新たな音響効果に挑戦し、歌口の異なる4本の管楽器それぞれの限界に挑戦したアドリブ・ソロの数々、まるで4本で演奏しているとは思えないような卓越した新しいサウンド、クリアな音像とストイックな演奏スタイルは、他のアンサンブルの追随を許さない。

フルート:西尾 佑季(ゆき)  ソプラノサックス:上野 舞子(みーこ)
ホルン:松田 あやめ(あやめちゃん)  バスーン:久保田 ひかり(ぴかりん)

演奏予定曲
 天使のミロンガ/ラ・カモーラⅠ(A・ピアソラ)
 8つの演奏会用練習曲より1「プレリュード」(N・カプースチン)
 memento mori/Carpe Diem/ほんとうの空/パルナソスへの階段(クレモナラボ)
 aqua(坂本龍一) ほか

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クレモナラボ(旧『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ)さん。昨年の暮れに開催された第19回定期公演「ほんとうの空」で、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)中の「ほんとの空」からのインスパイアで、オリジナル曲「ほんとうの空」を初演なさいました。下の動画で6:06頃から。


今回の第20回定期公演でも「ほんとうの空」を演奏予定のようです。ありがたし。

今回のサブタイトルは「Carpe Diem」。やはりそのタイトルのオリジナル曲の初演があるそうです。「Carpe Diem」はラテン語で、古代ローマの詩人ホラティウスの詩の一節。「その日の花を摘め」といった意味になります。「今を大切にせよ」「一期一会」といったニュアンスでしょうか。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 20 『高村光太郎詩集』日本の詩集 4

昭和43年(1968)5月10日 角川書店 高村光太郎著 河上徹太郎/吉田精一/串田孫一監修
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目次
 詩集 道程
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 亡命者 寂寥 声
  新緑の毒素 廃頽者より 髪を洗ふ女 地上のモナ・リザ 父の顔 泥七宝 友の妻
  人に 或る夜のこころ 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 郊外の人に 人類の泉
  よろこびを告ぐ 冬が来た 冬の詩 牛 道程 群集に 秋の祈
 道程以後
  無為の白日 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ
  米久の晩餐 冬の送別 五月のアトリエ 落葉を浴びて立つ 鉄を愛す
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥
 猛獣篇時代
  車中のロダン 後庭のロダン 火星が出てゐる 冬の奴 花下仙人に遇ふ 或る墓碑銘
  冬の言葉 触知 旅にやんで その詩 首の座 上州湯桧曽風景
  上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 刃物を研ぐ人 似顔
  もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 村山槐多 鯉を彫る 孤坐
 詩集 智恵子抄
  樹下の二人 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類
  風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌
  亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 元素智恵子 メトロポオル 案内 あの頃
  報告(あなたのきらひな)
 詩集 典型
  雪白く積めり 
  暗愚小伝
   転調
    パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    ロマン ロラン
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  山荒れる 鈍牛の言葉 典型 田園小詩 山口部落 別天地
 典型時代及びその以後
  女医になつた少女 山の少女 山のともだち 十和田湖畔の裸像に与ふ
 解説
  評伝 宋左近 鑑賞 吉田精一 詩の旅 大竹新助 年譜 

全12巻から成る「日本の詩集」シリーズの第4巻です。手持ちのものは昭和45年(1970)の第4版です。

附録として福田一雄作曲の楽曲をBGMとした赤城靖恵による朗読「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」を収めたソノシートが付いています。

この時期、同様のシリーズものが様々な出版社から相次いで刊行されましたが、その中でも角川書店は大々的な販売戦略を展開しました。現代では考えられませんが、テレビCMも流されていました。

5月12日(火)の『朝日新聞』さん夕刊に光太郎の名。京橋のアーティゾン美術館さんで開催中の「クロード・モネ —風景への問いかけ」展がらみで、同館の母体である公益財団法人石橋財団さんの特別助成を受け、日仏美術学会さんの主催で4月25日(土)に開催された「日仏シンポジウム クロード・モネ、新たな研究の地平」のレポート的な記事でした。この部分の前にアーティゾンさんの「クロード・モネ —風景への問いかけ」展の紹介記事が入っていましたが、長くなりすぎるので割愛します。

誤解された「印象派」 日仏シンポ

002 東京都内では4月25日、日仏シンポジウム「クロード・モネ、新たな研究の地平」(日仏美術学会主催)も開かれ、既存イメージと異なるモネ像が示された。
 アーティゾン美術館のモネ展を監修したオルセー美術館のシルヴィ・パトリ主任学芸員は基調講演で、セザンヌの「モネは目にすぎない。しかし、なんと素晴らしい目なのか」という言葉をひき、理知的と見られにくかったと指摘した。
 鳥が歌うように描きたいとモネ自身が語ったため、即興性の強い作品と見られがちだったという。さらに印象派の呼称の起源になった「印象、日の出」(1872年)を描いたことで感覚的だとみなされたという。001
 同時に、「印象」というのは現実へのアプローチ、再構成であり、例えば人物画でも風景のように描いたと話した。ブーダンらの影響にも触れ、「モネの『目』は獲得された成果であって、偉大な芸術家との出会いと対話から生まれた」と、展覧会同様、時代と社会に位置づけて論じた。 
 「日本においてモネはどう語られたか?」と題して語った日本女子大の馬淵明子・名誉教授は、1900~70年代の文献を分析した結果、かつてはモネの国内評価は高くなかった、という今から見ると信じがたい状況を報告した。
000 例えば、詩人・彫刻家の高村光太郎は15年に「感覚の画家」「思索の無い」と指摘。セザンヌらポスト印象派の画家の思索や精神性を高く評価する視点といい、パトリさんの講演とも符合。50年代から再評価が見られ、70年代になって美術評論家の峯村敏明氏が革命性を認めるように。その評価の遅さを指摘した。
 このほか、国家的な評価の生まれ方などについて報告が続いた。


引用されている光太郎のモネ評「感覚の画家」「思索の無い」は、大正4年(1915)に書き下ろしで天弦堂書房から刊行された光太郎の美術評論『印象主義の思想と芸術』中の「三 クロード モネ(附 新印象派画家)」が出典です。

これも全文を引くと長いので、抜粋で。まず章の冒頭部分。

 モネを語る事は技巧を語る事である。モネを評する批評家は皆彼を「風景画の抒情詩人」だといふ。私も此の比喩を拒まない。彼が風景の感情を読んだといふ意味に於てである。けれども彼の感情は平俗の感情である。万人の常に感じる感情よりも高い、若しくは美しい感情といふわけでは無い。彼は其の感情を問題としないで、其の感情を如何に現はすかを問題とした。彼にとつては其の感情も一つの客観である。対象である。此の意味で彼は技巧の鋭い描写家である。此の方が真に近いと私は信ずる。彼の絵画に於ける描写は、ゴンクールの小説に於ける描写に酷似してゐる。其は物を輪郭づけないで、物に学んだ印象をそのまま捕捉する処にある。そして捕捉したものを現はすに目のくらむ様な錦繍の技巧を以てした処にある。そして又其の印象の底に常に或る理法の巌存する事を明らかに意識してゐた処にある。おまけに其の神経感覚の人並み外れて微に入り細を穿つ力を持つて居た処にある。描写は似てゐるが、描写された常体はちがふ。此小説家は明らかに厭世家であつたが、モネは楽天家であつた。楽天家といふよりも唯光明の讃美家であつた。

この後、簡略なモネの評伝が続き、まとめにかかった部分。

 彼は後に印象派的技巧と目される程の技巧を皆持つてゐる。むしろ其等は彼が創り出したのである。単色使用、色調区分、盛上げ、下瞰的構図、視野の狭窄、筆触の強調等である。そして風景の外に多くの静物と少数の人物とを画いてゐる。彼は印象派展覧会には大抵出品してゐたが、一八八〇年には「現代の生活」社の主催で独立展覧会をやり、一八八九年にはジヨーヂ プチでロダンの彫刻と一緒に展覧会を開いて百四十五枚並べた。彼は其頃から社会的にも認められて来て、漸く経済的安定を得た。後にレジヨン ドヌールに叙勲される処だつたのを彼は謝絶した。六七年前はヹニスに居たが、今は何処に居るか私は知らない。
 彼の製作は無数である。彼の製作の性質が特に一二のものに際立つた集中力を寄せるよりも連続して無数に書き棄てて行く可きものであるからである。彼は全く眼の画家である。感覚の画家である。そして自然の「現象」に傾倒して、其外何も思はなかつた画家である。思索の無い彼の画に精神的潜力の無いのは怪しむに足らぬ。彼は十九世紀末に於ける人間の一度はきつと行く可き処を代表して行つた人間である。彼は時代の進化動力にそそのかされた時代の子である。自然は彼を見て彼を安撫してゐるだらう。彼は人類の為めに或る経験を教へた。彼はそれだけでよい。

決してモネを認めていないわけではなく、もしろパイオニアとしての彼を高く評価していることが窺えます。ただ、その後、モネの切り開いた道をさらに深化させていったセザンヌらポスト印象派の方により強く惹かれていたのも事実です。この点は一人光太郎に限らず、光太郎がパリに滞在していた20世紀初頭の潮流でもありました。極論すれば、その時点で「モネはもう古い」という感覚だったのでしょう。

実際、明治42年(1909)の帰朝後の光太郎は、父・光雲との確執から日本彫刻界とは距離を置き、ほとんど油絵画家と言っていい時期があり、その頃描いていた絵(中村屋サロン美術館さん所蔵の「自画像」など)は特にフォービズムに影響を受けたものでした。これも一人光太郎に限らず、岸田劉生やら梅原龍三郎やらもそうだったはずです。ただ、文展を中心としたアカデミズム系の画家たちはまだモネの受容にすら辿りついてなかったと思われます。

日本人はモネが大好きですね。しかし、モネが幅広く受容されるようになったのは、'70年代に入ってからだったというのは少し意外でした。その半世紀前に、光太郎らは既にモネを通り越していたわけで、そのあたりの先進性には舌を巻かざるを得ないな、と改めて感じました。ただし、何でもかんでも新しい物がよいという感覚でもなかったわけで、そこに「生(ラ・ヴィ)」が感じられないものは認められない、という姿勢もありましたし、古典的なものでもいいものはいいというスタンスでした。そのあたりのバランス感覚は、見習いたいものだと改めて感じました。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 19 『高村光太郎詩集』ポケット版・日本の詩人7

昭和43年(1968)2月15日 河出書房 高村光太郎著
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目次
 あたり前
 道程
  根付の国 あをい雨 犬吠の太郎 さびしきみち 戦闘 山 秋の祈 冬が来た 牛
  道程 歩いても 湯ぶねに一ぱい 小娘 冬の子供 雨にうたるるカテドラル
  とげとげなエピグラム
 猛獣篇
  傷をなめる獅子 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 象 森のゴリラ 後庭のロダン
  蝉を彫る 葱 感謝 ミシエル オオクレエルを読む 火星が出てゐる 無題 母をおもふ
  当然事 或る日 五月のウナ電 晴天に酔ふ
 智恵子抄
  人類の泉 人に 深夜の雪 冬の朝のめざめ 晩餐 樹下の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  レモン哀歌 亡き人に 裸形
 典型
  典型 人体飢餓 雪白く積めり 月にぬれた手 暗愚小伝 クチバミ
 大いなる手――高村光太郎の人間像―― 草野心平
 年譜

全18巻の「日本の詩人」シリーズの1冊です。巻末の草野心平による「大いなる手――高村光太郎の人間像――」は「伝記小説」と位置づけられ、40ページほどの長いもので、最も光太郎の近くにいた文学者であった心平の本領が発揮されたものです。

智恵子の故郷・福島二本松系の話題が続きましたので、若干先の話も含めてやはり二本松系の小ネタを3件。

まずはボランティアの募集。

二本松市太田地区で竹切り作業のボランティアを募集します!

二本松市太田地区で、日々の農作業を支える大切な「道」の整備をお手伝いいただける方を募集しています。今回は、山間にある農地へと続く農道の整備のお手伝いをお願いします!

活  動  日 : 2026年5月30日(土)~31日(日) どちらか1日だけの参加もOK!
活動場所 : 福島県二本松市長折四本松
必要経費 : 無料
募集対象 : 社会人 / 大学生・専門学生 / 高校生 / シニア
 ・農村や田舎の暮らしにちょっとでも興味がある方
  (18歳以上/未成年の方は保護者と一緒にご参加ください)
 ・自然のなかで学ぶことに関心がある方
 ・農業や、地球にやさしい暮らしに興味がある方
 ・家族で自然とふれあう体験をしてみたい方
 ・地域の人たちと一緒に何かやってみたいと思っている方
 ・募集人数 10名

 二本松城(霞ヶ城)を中心とした城下町として栄えた歴史があり、戊辰戦争では「二本松少年隊」の悲劇で知られ、会津藩と並び戦災に見舞われた場所です。また、「智恵子抄」で知られる詩人・高村光太郎の妻、智恵子の生家があります。
 登山やスキーが楽しめる安達太良山をはじめ、岳温泉、霞ヶ城公園など、四季折々の自然と風景が楽しめる観光資源に恵まれています。
 阿武隈山系と安達太良山の麓に広がる中山間地域では、地形の特性を活かした農業が営まれており、果樹・野菜・米を中心に高品質な農産物が数多く生産されています。
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智恵子生家/智恵子記念館とは少し離れた場所ですが、「智恵子抄」の語を使われてしまっては、紹介せざるを得ません(笑)。

続いては、以前も同様の件をご紹介しましたが、移住相談会の実施について。

【R8.6.6東京開催】二本松市移住出張相談会を開催します

期 日 : 2026年6月6日(土)
会 場 : ふくしまぐらし相談センター窓口 千代田区有楽町2-10-1東京交通会館8F
時 間 : 10時30分~16時30分 ※ご相談1回あたり約60分×4回
料 金 : 無料

二本松市移住出張相談会とは
 「ふくしま市町村出張相談デスク」として、二本松市の移住担当職員と福島県の移住相談員(※)がタッグを組み、皆さんの移住などに関する相談を受け付ける1日だけの相談会です。
※福島県が東京有楽町に設置する移住相談窓口「ふくしまぐらし相談センター」の相談員。

 移住って何から始めればいいの・・・という移住全般の相談から、移住してから不安なこと、市町村に住んでいないとわからないリアルなことなど・・・移住生活に興味はあるけれど具体的にイメージできない方、移住に向けて一歩踏み込んだ話をしたい方など、ぜひこの機会にお気軽にご相談ください。

福島県二本松市はこんなところです
 首都圏から新幹線で約2時間程度。「智恵子抄」で詠われた『ほんとの空』が広がる二本松市は城下町として栄え、温泉や里山など田舎暮らしをしたい方の望むものが揃う一方、病院や公園などの遊び場も多く、子育て世帯も住みやすい街です。福島県の中でも、県庁所在地である福島市と、人が多く集まる商業都市である郡山市のちょうど中間地点に位置しており、利便性にも優れています!

ご相談内容の例
 地域おこし協力隊制度・募集情報のご紹介
 二本松市での暮らし、仕事、住まいについてのご相談
 具体的な移住支援制度についてのご紹介
 子育て支援についてのご案内
 移住された方の事例についてのご紹介

相談のご予約
 ご予約は下記URLから、ゆびナビぷらすページへアクセス。
 https://NihonmatsuCity.ubinavi-plus.com/yb/page/ybSurvey.php?hidReportList=RPT0000249
 必要事項を入力のうえ、第1~2希望まで相談時間を選択してください。
 決定した相談時間などについて、あらためて二本松市秘書政策課よりご連絡いたします。
 申込締め切り 令和8年6月5日(金)15時までとさせていただきます。

お問い合わせ 二本松市秘書政策課総合政策係 移住窓口
 〒964-8601 福島県二本松市金色403番地1
 電話 0243-24-7120 ファックス 0243-22-7023
 Mail sougouseisaku@city.nihonmatsu.lg.jp
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最後についでですのでテレビ放映情報も。平成23年(2011)初回放映の2時間ドラマです。年に1、2回は再放送が行われていますが。

おかしな刑事8 居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査!東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!

地上波テレビ朝日 2026年5月25日(月) 13:55〜15:50

ある日、東京タワー近くの公園を訪れた鴨志田は、30年前に同所で起きた幼女誘拐事件の被害者の父と再会する。その事件の主犯は交通事故死、懸命な捜査の甲斐なく共犯者の行方もわからないままだった。その夜、会社社長の冬木が刺され、重体となる事件が発生。冬木のもとには「東京タワーは知っている」という脅迫状が届いていた。そんな中、ホームレスの男・駒田が刺殺体で発見された。鴨志田は“駒田"という名字が気にかかり…

◇出演者 伊東四朗、羽田美智子、石井正則、小倉久寛、辺見えみり、山口美也子、
     木場勝己、小沢象、丸山厚人、菅原大吉 ほか
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事件関係者の一人が二本松の出身、そこで容疑者(実は無実)が二本松に潜伏、という設定で、智恵子生家/智恵子記念館を含む智恵子の杜公園や安達太良山などでロケが行われました。
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ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 18 『高村光太郎』日本詩人全集9

昭和41年(1966)11月10日 新潮社 高村光太郎著 草野心平編
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目次
 高村光太郎・人と作品 草野心平
 道程(詩集「道程」及びその時代)
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 寂寥 声 新緑の毒素 父の顔 泥七宝
  夏の夜の食慾 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 狂者の詩 よろこびを告ぐ
  冬が来た 牛 道程 群集に 婚姻の栄誦 五月の土壌 秋の祈 白昼の空気 泥七宝
  粘土 あたり前 わが家 海はまろく 晴れゆく空 無為の白日 序曲
  丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  クリスマスの夜 下駄 冬の送別 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム (詩歌の城に) 新茶
 猛獣篇(「猛獣篇」及びその時代)
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥
  竜 よしきり鮫 マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 春駒 月曜日のスケルツオ
  氷上戯技 首狩 車中のロダン 無口な船長 後庭のロダン 葱
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 深夜 火星が出てゐる 冬の奴 偉大なるもの
  怒 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ エピグラム 母をおもふ
  天文学の話 偶作十五 或る墓碑銘 彼は語る 当然事 さういふ友 夏書十題 触知
  存在 旅にやんで その詩 首の座 晴天に酔ふ  上州湯桧曽風景 或る筆記通話 無題
  激動するもの 上州川古「さくさん」風景 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人
  のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 似顔 霧の中の決意 レオン ドウベル
  もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛 堅冰いたる
  老耼、道を行く 天日の下に黄をさらさう 団十郎像由来 地理の書 つゆの夜ふけに
  へんな貧 蝉を彫る 最低にして最高の道 朋あり遠方に之く 寒夜読書 美しき落葉
 智恵子抄
  人に(いやなんです) おそれ 或る宵 郊外の人に 人に(遊びぢやない) 僕等 晩餐
  淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首
  松庵寺 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 あの頃 吹雪の夜の独白
  智恵子と遊ぶ
 典型(「典型」及びその時代)
  序 雪白く積めり 暗愚小伝 「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 おれの詩
  月にぬれた手 典型 田園小詩 人間拒否の上に立つ 十和田湖畔の裸像に与ふ
  弦楽四重奏 生命の大河
 詩の勉強 自分と詩との関係 生きた言葉 雅歌 雑記帳より 触覚の世界 人の首
 九代目団十郎の首 書について 楽聖をおもふ 満目蕭条の美 新茶の幻想 智恵子の半生
 姉のことなど 父との関係
 解説 草野心平
 高村光太郎年譜 北川太一
 月報
  高村豊周記(二篇) 林町のアトリエ 尾崎喜八 高村光太郎読書案内 北川太一

新書サイズよりやや大きめ、シリーズものの「日本詩人全集」の一冊です。

今日、5月20日は福島の安達太良山の麓で生まれた智恵子の誕生日です。生誕140年となります。

5月17日(日)に開催された第72回安達太良山山開きの報道を3件。

まず地方紙『福島民報』さん。

「ほんとの空」を間近で 安達太良山開きに4000人

 日本百名山の安達太良山(1700メートル)は17日、山開きした。晴天に恵まれ、県内外から訪れた約4000人の登山者は新緑を楽しみながら山頂を目指した。
 山開きは72回目。山頂で先着3000人にペナントが配られた。「ほんとの空大声コンテスト」もあり、男性部門は高橋武士さん(山形県天童市)、女性部門は林千明さん(猪苗代町)が大賞に輝いた。
 安全祈願祭は福島県二本松市の奥岳登山口で行われた。安達太良連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使でタレントのなすびさんらがシーズン中の無事故を祈った。
民報
同じく『福島民友』さん。

安達太良山開きに4000人 “ほんとの空”の下パノラマ満喫

 福島県二本松市、猪苗代町などにまたがる日本百名山の一つ、安達太良山(1700メートル)で17日、第72回山開きが行われた。県内外から訪れた約4000人が新緑の登山道を歩き、山頂を目指した。
 登山者の多くがクマ鈴を鳴らしながら歩を進めた。山頂からは磐梯山や残雪の飯豊連峰、阿武隈の山並みが一望できる絶景のパノラマを満喫。
 仙台市から職場仲間同士で訪れた54歳女性と43歳女性は「安達太良は登りやすく、好きな山の一つ」と声を合わせた。

大声大会を初開催
 山頂では安達太良連盟が記念ペナント3000枚を配布したほか、初の大声コンテストが開かれ、”ほんとの空の下”で20人が「ホントの気持ち」「今年の目標」などを叫んだ。
 同連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使のタレントなすびさん(福島市出身)らが審査した。
 大賞には高橋武士さん(47)=山形県、林千明さん(54)=猪苗代町=が選ばれた。
民友
NHKさんのローカルニュースでも。

安達太良山で山開き 青空の下 登山客でにぎわう 福島

 「日本百名山」のひとつ、福島県の安達太良山で17日、ことしの山開きが行われ、青空の下、多くの登山客でにぎわいました。
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 二本松市や猪苗代町などにまたがる標高およそ1700メートルの安達太良山は、磐梯朝日国立公園内にあり、県内外から多くの登山客が訪れます。
001
 17日は午前8時すぎから二本松市の「奥岳登山口」で安全祈願祭が行われ、地元の関係者などおよそ20人が玉串をささげて今シーズンの安全を祈りました。
 このあと、およそ4000人の登山客が、すっきりと晴れた青空の下、山頂を目指し、山の中腹では、周囲に連なる山々の景色を写真に収めたり、時折吹く心地よい風を受けて休憩したりしていました。
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 宮城県から訪れた女性は「最高の青空です。ほんとの空を見ることができてよかったです」と話していました。
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 また、登山客の多くはクマ鈴をつけるなどのクマ対策を取っていて、郡山市から訪れた男性は「クマも心配ですが、人が多くいれば少し安心だと思って来ました。磐梯山や奥会津の山にも登ってみたいです」と話していました。
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 二本松市によりますと、今シーズンの奥岳登山口からの登山客は、昨シーズンと同じおよそ7万2000人を見込んでいるということです。
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このニュース、泊めていただいた郡山市の宿で、翌朝に拝見しました。全国ニュースの一部で、ダイジェスト版でしたが。
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山開き当日だけでなく、この後の登山シーズンを通して多くの形にいらしていただき、「ほんとの空」を実感していただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 17 『高村光太郎全詩集』

昭和41年(1966)1月15日 新潮社 高村光太郎著 尾崎喜八・草野心平・伊藤信吉・北川太一編纂
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目次
 「道程」以前
  秒刻 マデル 豆腐屋 博士 あらそひ
  敗闕録
   ㈠われ千たび君を抱かむ ㈡君を見き ㈢遁れたる君は遣らばや
   ㈣眠りてあれか目覚めよか
  にほひ
  LES IMPRESSIONS DES OũONNAS
   TU VOIS?
   LE SOURIRE CACHÉ
   L'ABSINTHE
   POUSSE―POUSSE Á LA GUM―WA
 詩集「道程」 
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗
  庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素 頽廃者より
  「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの 手 金秤 はかなごと
  めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日 父の顔
  泥七宝
   (ちらちらと) (家を出づるが) (きりきりと錐をもむ) (もらつた人形を)
   (それと知つて) (かなしや人は) (つくづく見れば) (われは気違ひとぞとよ)
   (長き睫毛の) (生れてより) (女よ、高ぶるなかれ) (読みてゆけば) (知らぬ顔の)
   (酔へる人の) (八重次の首は) (女の涙を) (人ごみのおもしろや)
   (たてひき知らぬ人に) (おもしろや) (淋しい顔は) (両国橋の橋の上)
   (われをなげけとか) (「勝てば官軍」) (妻もつ友よ) (月さへいでて) (弱きは女の)
   (たとひ離れて) (それでみんなか) (さきがさきなら) (ひとりものには)
   (腕をくんで考へる) (腹をたつたむかしも)
  ビフテキの皿 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に(いやなんです)
  夏の夜の食慾 或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて
  梟の族 冬が来る カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ
  カフエにて 師走十日 戦闘 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山
  よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩 牛 僕等 道程 愛の嘆美 群集に
  婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐 五月の土壌 淫心 秋の祈
 「道程」時代
  友よ PRÉSENTATION 侵蝕 失走 或日の午後 街上夜曲 雪の午後 (別れぎは)
  (散りかかる) 縁日 狗ころ 祈祷 かるた 「おもひで」と「夜の舞踏」と 白昼の空気
  泥七宝
   (バタを造れば) (この守袋は) (陶宮には) (かの国より来し) (蛙が鳴く)
   (皮肉ものと) (言葉のほかにも) (無法な雷は) (蓮花の花の) (朝なれど)
   (はりに行くとは) (さけをつくるもね) (てんちりんち) (お嫁にゆくを)
   (ものおぼえよき人は) (こびとじまの画かきは)
  恐怖 隣のおきやん 雨 鍵と錠 プリマドンナ 二人 ヹネチヤの旅人 怨言 
  カフエ ライオンにて
   (何もかも) (アメリカ帰りの)
  粘土 あたり前
 「道程」以後
  わが家 花のひらくやうに 海はまろく 歩いても 湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 妹に
  無為の白日 猫 小娘 (奇麗にお化粧した) 序曲 メロン  丸善工場の女工達 
  雨にうたるるカテドラル かがやく朝  ラコツチイ マアチ 米久の晩餐  クリスマスの夜
  真夜中の洗濯 下駄 冬の送別 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ
  Yoki kora yo! 冬の子供 Abraham Lincoln 鐵を愛す Liluli
  とげとげなエピグラム
   (夜中になると) (大変いいけれども) (おれは求めてゐる) (雨蛙よ) (詩はおれの)
   (避難はたのもしい) (おもしろい電車の中) (自分のあたまの)
   (おれの手の届かないさきを) (人のよろこびまで) (おなかが減つて死んでも)
   (そんなにおれが) (人のきめてくれた) (自分で自分を) (いいわるいを抜きにして)
   (皮肉ならお止し、夜があけると) (それが哲学か) (君の思ふ壺から)
   (喰べたものを又喰べながら) (ロダンを嫌ふのが) (三界をまたにかけた)
   (彫刻は俺の錬金術) (「杉の芽のやうな」男に) (人麿よ、芭蕉よ)
   (あまりよく知りもせずに) (与謝野晶子の歌に) (六十を越したら)
   (どうかきめないでくれ) (この猛獣を馴らして) (詩歌の城に)
  新茶 Shina meshi
 猛獣篇
  「猛獣篇」Ⅰ (大正13年~昭和3年) 
   清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 雷獣
   ぼろぼろな駝鳥 竜
  Ⅱ (昭和12年~昭和14年)
   よしきり鮫 マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 「猛獣篇」時代
  月曜日のスケルツオ 首狩 少年を見る 校庭 狂奔する牛 車中のロダン あの詩人
  後庭のロダン 珍客 葱 十大弟子 滑稽詩(穴蔵に先祖代々の) 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル・オオクレエルを読む 秋を待つ 深夜 火星が出てゐる 冬の奴
  偉大なるもの 無題(すばらしいものを見た) 懐ふ 二つの世界 不平な人に あけぼの
  怒 笑 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遭ふ
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 詩人 新感覚派
  美を見る者 「詩」
  名所
   大湧谷 草津
  母をおもふ その年私の十六が来た 北東の風、雨 昔話 殺風景 天文学の話
  偶作十五
   (彫刻はおそろしい) (どうせ死ぬ首の中に) (おれは眼を見て) (急にしんとして)
   (人間のからだは) (桃の実は) (くるみの種を) (人生への怒は) (人情ぽいものよ)
   (真の自由の) (女がぽかんと) (おれは力が足らないから) (木を彫ると)
   (ふつとさう思ふことがある) (朝晩少しひやひやするアトリエで)
   (平和的な平和を)
  平和時代 或る墓碑銘 冬の言葉 最後の工程 彼は語る 龍 当然事 なにがし九段
  さういふ友
  偶作二篇
   (うやうやしいのは虎の皮)  (御嶽山の行者は)
  あの音 無限軌道
  夏書十題
   青空 底 寒山詩 (一生かかつて) さうか、寒公 (夜明けのかなかなに)
   (ヤマノイモの) 死ねば 無いからいい 一人づつが
  何をまだ指さしてゐるのだ 或る日 焼けない心臓 触知 存在 古事一則
  独り酸素を奪つて 旅にやんで 街上比興 その詩 首の座 北島雪山 上州湯桧曽風景
  人生 或る筆記通話   無題(詩人とは) 秋が来たんだ 激動するもの
  上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 孤独で何が珍らしい
  のんきな会話 刃物を研ぐ人 消えずの火 籠球スナツプ シヨツト
  “Die Welt ist scoen”
 のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 冷熱 南極
  機械、否、然り 友よ
 一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 卓上の七月
  検温 霧の中の決意
 ゆつくり急がう レオン ドウベル 非ヨオロツパ的なる
  もう一つの自転するもの
 五月のウナ電 「藤島武二画集」に寄す 「悪魔の貞操」に寄す
  寸言 秋風をおもふ
 ばけもの屋敷 村山槐多 詩の道 鯉を彫る 荻原守衛
  堅氷いたる 冬が来る
 未曾有の時 詩について 団十郎像由来 孤坐 日本の秋
  吾が同胞 子を産む書物
 新しき御慶 米のめしの歌 芋銭先生景慕の詩
  つゆのよふけに 上海陸戦隊をおもふ
 乃木大将を懐ふ 肉体 愛について
  お化屋敷の夜 紀元二千六百年 発足点 冬
 重大なる新年 護国神社 落日 雷電の夜
  朋あり遠方に之く 世界は美し  新年に与ふ
  清くして苦きもの 或会議に列して
  われら文化を 三十年 寒夜読書
 大いなる日に
  詩集「大いなる日に」序 秋風辞 夢に神農となる 老耼、道を行く
  天日の下に黄をさらさう 若葉 地理の書 その時朝は来る 群長訓練
  正直一途なお正月 初夏到来 事変二周年 君等に与ふ 銅像ミキイヰツツに寄す
  紀元二千六百年にあたりて へんな貧 源始にあり ほくち文化 最低にして最高の道
  無血開城 式典の日に 太子筆を執りたまふ われら持てり 強力の磊塊たれ
  事変はもう四年を越す 百合がにほふ 新穀感謝の歌 必死の時 危急の日に
  十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 新しき日に 沈思せよ蒋先生 ことほぎの詞
  シンガポール陥落 夜を寝ねざりし暁に書く 昭南島に題す
 記録
  詩集「記録」
   序
   <序篇>
    白熊 象の銀行 北東の風、雨 のんきな会話 非欧米的なる 秋風をおもふ
    未曾有の時 新しき御慶 紀元二千六百年 重大なる新年 新年に与ふ 危急の日に
   <主篇>
    大詔渙発 彼等を撃つ 夜を寝ねざりし暁に書く 特別攻撃隊の方々に
    或る講演会で読んだ言葉 独居自炊 帝都初空襲 戦歿報道戦士にささぐ
    民国の民と兵とに与ふ 真珠港特別攻撃隊 感激をかくさず 神とともにあり
    新天地
 覆滅彼にあり われらの道 戦に清めらる 決戦の年に志を述ぶ
    殄滅せんのみ
 紀元節を迎ふ 「撃ちてし止まむ」 あそこで斃れた友に
    海軍魂を詠ず 軍人精神
 突端に立つ 厳然たる海軍記念日 五月二十九日のこと
    山本元帥国葬
 報道の士をたたふ われらの死生 ビルマ独立 友来る
    おん魂来りうけよ 勤労報国
 粛然たる天兵 救世観音を刻む人
    フイリッピン共和国独立 四人の学生 全学徒起つ
 戦に徹す 断じてかへさず
    激戦未だ終らず 大決戦の日に入る
 第五次ブーゲンビル島沖航空戦
    十二月八日三度来る
  「記録」以後
   「まつた」を知らず 「江田島」を読んで 海上日出 熱鉄烈火の年 新年よ、熟視せよ
   新年は見る 昭南島生誕二周年 臣ら一億楠氏とならん 品性の美 少年兵 陽春の賦
   敵ゆるすべからず 必勝の品性 春暁におもふ 山林頌 美をすてず 保育
   米英自ら知らず 合せ祀らるる靖国の神に われらの祈 戦意愈々昂し 古代の如く
   根元の道 婦女子凜烈たり 南瓜賦 米英来る 美しき落葉 神州護持
   十二月八日四度来る われらの雄たけび わたつみのうた 大東亜の子ども達よ
   満三年
 新春に面す  皇国骨髄の臣 梅花かをる 無想の剣 おほぞらのうた
   栗林大将に献ず
 戦火 琉球決戦 薫風の如く 勝このうちにあり 一億の号泣
   犯すべからず
   小曲二篇
    (花はなにとて)   (木の実草の実)
   石くれの歌
    (石くれは動かない)  (あかい佐渡石が)
   非常の時 松庵寺 武装せざる平和 永遠の大道
 をぢさんの詩
  詩集「をぢさんの詩」
   序
   さくら 軍艦旗 こどもの報告 カタバミの実 約束 路ばた 迎火 少年に与ふ
   少女に 少女立像 五月のうた 少女の思へる 少女よ こころに美をもつ
   変貌する女性 新しき日に 逞しき一念 手紙に添へて 与謝野夫人晶子先生を弔ふ
   山道のをばさん 女性はみんな母である わが大空 新穀感謝のうた  歩くうた
   鬱勃たる健康 私は青年が好きだ 神の如く行へ みなもとに帰るもの 純潔のうた
   四月の馬場 新緑の頃 みかきにしん 漁村曙 仕事場にて 神これを欲したまふ
   さかんなるかな造船 供木のことば 無口な船長 春駒 氷上戯技 大きな嚔
   晴天に酔ふ 初夏言志 先生山を見る 偶成二首 蝉を彫る 提督戦死
  「をぢさんの詩」以後
   春の一年生 純潔 艦隊を見る ぼくも飛ぶ 貴さ限りなし  少年飛行兵
   少年飛行兵の夢
 マキン、タラワの武人達 南洋眼前にあり 写真を見て
   たのしい少女 弾薬手
 ほんとの力 黒潮は何が好き 最大の誇りに起つ
   大東亜の子ども達よ
 二千六百五年のむかし 皇太子さま御乗馬 青春のうた
   力を知る 神潮特別攻撃隊
 海軍記念日に 皇太子さま 雲
 智恵子抄
  詩集「智恵子抄」
   人に(いやなんです) 或る夜のこころ おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
   郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(あそびぢやない) 僕等
   愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
   あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
   人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
   或る日の記 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 
  松庵寺 報告(日本はすつかり) もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル
  裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 智恵子と遊ぶ
  報告(あなたのきらひな) 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 典型
  詩集「典型」
   序 雪白く積めり
   暗愚小伝
    家
     土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
    転調
     彫刻一途 パリ
    親不孝
     親不孝 デカダン
    蟄居
     美に生きる おそろしい空虚
    二律背反
     協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
    炉辺
     報告 山林 
   「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 おれの詩 悪婦 山荒れる
   月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 田園小詩 山菜ミヅ 山のひろば 山口部落
   かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地 岩手の人 山からの贈物 この年
  「典型」時代
   和について 国民まさに餓へんとす 絶壁のもと (観自在こそ) 田植急調子
   (リンゴばたけに)
   暗愚小伝断片
       (死はいつでも) (わが詩を読みて人死に就けり)
   蒋先生に慙謝す 試金石 岩手山の肩 ヨタカ お祝いのことば 新年
   女医になつた少女 山の少女
   滑稽詩二篇
    Rilke Japonica etc. 赤トンボ
   建てましよ吾等の児童会館 あいさつ 一九五〇年 偶作(人が機械をつくるといふ)
   金田一国士頌
  「典型」以後
   東北の秋 開拓に寄す 大地うるはし 人間拒否の上に立つ 明瞭に見よ 船沈まず
   遠い地平 初夢まりつきうた 岩盤に深く立て 山のともだち ばた屋 餓鬼         
   お正月に
 東京悲歌 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子 記者図 弦楽四重奏
 新しい天の火 開拓十周年 追悼 開びやく以来の新年 お正月の不思議 生命の大河
 編集後記
 詩作品年譜
 附録
  晩秋の午後の夢想 尾崎喜八
  人間高村光太郎の断片 草野心平
  一途の人 伊藤信吉
  光太郎のアトリエ 無署名
  詩集のことその他 北川太一

この時点で確認できていた光太郎の詩作品のほとんど全てを収録しています。一部、短歌や散文も。

単行詩集ごとに作品を配列、そこに収録されなかったものをその前後に置き、いわば紀伝体的な編集です。

5月17日(日)、智恵子ソウルマウンテンの安達太良山で、第72回山開きに参加したのち、奥岳登山口から愛車で下山しました。

中腹にある岳温泉さんの日帰り入浴・岳の湯さんに立ち寄り、汗を流しました。登山口にも奥岳の湯さんという入浴施設がありますが、そちらは激混みのようでしたので。
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山頂付近の源泉から引かれてくる湯は、ここの湯口の温度で49°とかなり熱めです。入浴後、マッサージチェアで横たわり、仮眠。完全には疲れや筋肉痛が取れませんが、ある程度シャキッとはできました。

続いて温泉街から少し離れたチーズケーキ工房&カフェ風花さんへ。
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3月にもお邪魔しましたが、その際同様、2月に発売された新商品「ほんとの空サイダー」をゲット。下界に降りれば道の駅安達智恵子の里さん、東北自動車道の安達太良SAでも販売しているという情報を得ていましたが、日程的にその2箇所に行けるかどうか、それから売り切れているかもしれないという懸念がありましたので、確実に手に入るところで。

元々の予定では、間に合えば午後3時から二本松駅前の市民交流センターで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんによるコンサート「モモの智恵子抄」拝聴、翌日に旧安達町の智恵子生家/智恵子記念館さん拝観というつもりでいました。このままで行けばコンサート開演に間に合いますし、その前に生家/記念館さんも廻れると思い、翌日は帰るだけとして、生家/記念館さんへ。
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智恵子生誕祭期間中の日曜ということで、通常は立ち入り禁止にしている生家二階部分(智恵子の居室、光太郎が宿泊した部屋を含みます)の公開が行われていました。
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白い折り鶴は、1年前の生誕祭で来場の人々が折った折り鶴です。当方も1羽折りました。昨秋のレモン祭で初めて展示されましたが、捨てるに捨てられないという感じなのでしょうか。

奥には智恵子手製と伝わる小物入れ。通常時は裏手の記念館で展示されているものですが、こちらに移されています。
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一階の座敷は、地元の上川崎和紙を使っての紙絵制作ワークショップ会場となっていました。
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担当の方が、出来上がっているポストカードを一枚、無料で下さいました。智恵子紙絵がモチーフです。ありがたし。
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縁側では、やはり上川崎和紙の小物、地元の銘菓などを販売中。
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ほんとの空サイダーも売られていました。「やられた」という感じでした(笑)。

こちらでは菓子処まつもとさんの「ねこどらレモン」、星野屋菓子店さんの「智恵子のふるさと音頭」、道の駅安達智恵子の里さんのドリップコーヒー(智恵子パッケージ)をゲット。
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その後、敷地内の智恵子記念館さんへ。

ロビーでは生家二階に展示してあった小物入れ関連。
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残念ながら、紙絵の実物展示の期間は終了していました。

3時近くになりましたので、コンサート会場へ。

この日、旧安達町の智恵子史跡等をめぐる「智恵子を偲ぶ鎮魂の集い」をなさっていた「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の皆さん、智恵子も所属していた太平洋画会の後身・太平洋美術会の坂本富江さん、それから二本松市長・三保恵一氏などのお姿も。下画像は三保市長とモモさんです。
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コンサートは2部構成。第一部が光太郎詩にモモさんがオリジナルの曲を付けて歌う「智恵子飛ぶ」。第二部はシャンソンのスタンダードナンバーを中心とした「高村光太郎とパリ」。
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色々とっ散らかっているのは演出上の関係です。休憩を挟みつつも3時間近い長丁場でした。

モモさん、来年以降は二本松を拠点に市民ミュージカル「智恵子抄」をやるという構想だそうです。光太郎智恵子の世界を地元で広めるには良い機会でしょう。

そんなこんなで福島行2日目が終わり、宿に戻ってコンビニ弁当の夕食を摂って就寝。翌朝、千葉に帰りました。以上、二本松レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 16 『高村光太郎詩集』銀河選書

昭和39年(1964)4月20日 大和書房 高村光太郎著 藤島宇内編
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目次
 道程時代 一九〇七-一九一四
  失われたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 亡命者 失走 寂寥 声 新緑の毒素
  廃頽者より なまけもの 泥七宝(一) 夜半 父の顔 泥七宝(二) あおい雨
  泥七宝(三) 友の妻 人に 或る夜のこころ 涙 おそれ 泥七宝(四) 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 戦闘
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 冬の詩 牛 僕等 現実 道程 愛の嘆美
  晩餐 淫心
 道程以後・智恵子抄以前 一九一六-一九二五
  無為の白日 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコッチイ・マアチ
  米久の晩餐 五月のアトリエ 樹下の二人 鉄を愛す 清廉 白熊 首狩
  傷をなめる獅子 狂奔する牛 車中のロダン 後庭のロダン
 智恵子抄・猛獣篇時代 一九二六-一九四一
  金 十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 夜の二人 雷獣 火星が出ている
  あなたはだんだんきれいになる 花下仙人に遇う 詩人 母をおもう 北東の風、雨
  平和時代 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 彼は語る 竜 あどけない話 あの音
  同棲同類 その詩 上州湯桧曽風景 のっぽの奴は黙っている 似顔
  美の監禁に手渡す者 もう一つの自転するもの 人生遠視 風にのる智恵子
  ばけもの屋敷 村山槐多 荻原守衛 堅冰いたる マント狒狒 象 千鳥と遊ぶ智恵子
  値いがたき智恵子 秋風辞 未曾有の時 団十郎像由来 地理の書 群長訓練
  レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 君等に与ふ 亡き人に
  お化け屋敷の夜 梅酒 荒涼たる帰宅
 大東亜戦争時代一九四一-一九四五
  大詔渙発 十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 沈思せよ蒋先生
  夜を寝ねざりし暁に書く 民国の民と兵とに与う 山本元帥国葬
  フイリッピン共和国独立 四人の学生 最大の誇に起つ 満三年 琉球決戦
 智恵子抄その後 一九四五-一九五一
  一億の号泣 雪白く積めり 田植急調子 
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちょんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調 
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  暗愚小伝断片
   (死はいつでも) わが詩を読みて人死に就けり
  蒋先生に慙謝す 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 噴霧的な夢 もしも智恵子が
  女医になった少女
  智恵子抄その後
   元素智恵子 メトロポル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
  鈍牛の言葉 山荒れる 一九五〇年 典型 人間拒否の上に立つ 船沈ます
  智恵子と遊ぶ
 東京における晩年 一九五二-一九五五
  餓鬼 報告 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子 生命の大河
 解説 藤島宇内

晩年の光太郎に親炙し、身の回りの世話なども焼いてくれた藤島宇内の編集です。奥付には記載がありませんが、函にその旨。概ね編年体、新仮名遣いです。戦後20年近く経ち、そろそろタブーも解けた感じで、翼賛詩もある程度含まれています。

横長の変わった版型で、角背の麻布装上製本。この後、通常の縦長並製のものも出されました。

昨日、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山に登って参りました。その後、予定では今日の午後に千葉へ帰りつく予定でしたが、先ほど帰って参りましたので、詳細なレポートを。

昨日は 第72回安達太良山山開き。前夜、泊めていただいた郡山の宿から愛車を走らせ、午前7:30頃に奥岳登山口に到着しました。あまり遅くなると下の方にしか駐車スペースが無くなりますので、早めに。
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ここから自分の足で登山道を上るのもありですが、そこまで本格的に登山をしたいわけでもありませんので、7合目くらいまで行けてしまうロープウェイに乗ることにしました。山開きの日のみ1時間早く運行開始で、すでに長蛇の列。
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わんこを連れている方も(笑)。ロープウェイ駅前では安全祈願祭の準備が進んでいました。

10分ほどで山頂駅。山頂といっても、安達太良山系の薬師岳山頂ということで、安達太良山頂まではまだ長い道のりです。

山頂駅には先月オープンした「「あ」の図書室」。
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入ってすぐ左に、市教委さんで設置されたと思われる「智恵子抄」がらみの大きなパネル。グッジョブです。
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靴を脱いで内部に。この時間は無人でした。
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ただ、数時間後、帰りがけにはけっこうにぎわっていました。
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駅舎を出て徒歩1分には「「あ」の広場」。

図書室も広場も、安達太良山が「ADATARAYAMA」で、すべての母音が「あ」ということからの命名で、広場には「あ」の巨大オブジェも。
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一昨年に作られたものですが、その時限定のものだと思い込んでおりまして、昨年、ここまで登ってきた時には見逃していました。

戻って、駅から徒歩5分ほどの薬師岳パノラマパーク、「ほんとの空」標柱。
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画像右奥が安達太良山山頂で、あそこまで登っていくわけです。ここからは自分の足が頼りです。

令和元年(2019)、第65回の山開きの際も登りましたが、その際は天候がよろしくなく、山頂付近は雲に覆われ、その雲の中に入っていくという感じでした。さらに雪融け水が登山道を流れ落ち、かなりの部分が泥の河状態でした。

今年も覚悟していたのですが、天候はこれ以上ないという位の快晴(まさしく「ほんとの空」が広がっていました)でしたし、雪融け水もほとんどの場所では影響ありませんでした。

それでも山頂手前には残雪。
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約1時間で山頂に到着。
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令和元年(2019)には悪天候で、最後の溶岩ドームはパスしたのですが、今年は登りました。ここだけ途中にハシゴを使うところがあります。
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ここにもわんこ(笑)。どうやってハシゴを登ってきたのでしょうか?
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ぐるっと360°、絶景でした。
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「智恵子抄」中の「山麓の二人」(昭和13年=1938)にも謳われた磐梯山。

安達太良山の爆裂火口・沼の平。
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やはり令和元年(2019)にはそちらもパスしましたが、行ってみることにしました。10分少々で行ける距離ではあります。

よく「地球とは思えない」と言われますが、まさにその通りでした。
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底の部分は硫化水素が吹きだしており、立ち入り禁止です。

そちらから見た山頂。
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また違った感じでした。

この後、午前11:00から山頂で初の試みの「大声コンテスト」が開かれるということでしたが、日を遮る場所もないところで1時間近く待つのもつらいと思い、元来た道を引き返しました。登山では上り優先ですので、まだまだたくさん登ってくる皆さんに路を譲り譲り下りていったところ、帰って下りの方が時間がかかったかも知れません。

再びロープウェイで登山口まで。
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下山後、二本松市街を目指しました。

長くなりましたので、続きは明日。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 15 『高村光太郎詩集』世界の詩 3

昭和38年(1963)7月20日 弥生書房 高村光太郎著 
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目次
 さびしきみち 
冬の朝のめざめ 山 冬の詩 牛 道程 五月の土壌 秋の祈 わが家
 湯ぶねに一ぱい 小娘 雨にうたるるカテドラル クリスマスの夜 米久の晩餐
 
落葉を浴びて立つ 樹下の二人 鉄を愛す 春駒 白熊 氷上戯技 傷をなめる獅子
 車中のロダン 無口な船長 葱 鯰 象の銀行 聖ジヤンヌ 雷獣 火星が出てゐる
 偉大なるもの あなたはだんだんきれいになる 二つに裂かれたベエトオフエン
 花下仙人に遇ふ 母をおもふ 北東の風、雨 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 彼は語る 龍
 あどけない話 無限軌道 旅にやんで 首の座 上州湯桧曽風景
 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 南極 レオン ドウベル 晴天に酔ふ 潮を吹く鯨
 地理の書 山麓の二人 レモン哀歌 蝉を彫る 梅酒 脱卻の歌 「ブランデンブルグ」
 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ 別天地 岩手の人 もしも智恵子が
 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 あの頃 山荒れる 典型
 東北の秋 十和田湖畔の裸像に与ふ 弦楽四重奏
 編纂者の後記 尾崎喜八

光太郎と交流の深かった尾崎喜八の編集です。初期から最晩年まで、おおむね編年体で幅広く作品を選択しています。

手持ちのものは平成3年(1991)の第31版です。

実は昨夜から福島県に来ております。2度ほど泊めていただいたゲストハウス郡山さん。
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こちらを拠点に2泊し、これから安達太良山に登って参ります。今日が智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の第72回山開きなもので。

その智恵子関連で報道等を2件。

まず一昨日の地方紙『福島民報』さん一面コラム。

あぶくま抄 偉大な女性芸術家

「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」。米国の女性美術史家リンダ・ノックリンの論文タイトルだ。1971(昭和46)年に発表された。半世紀を経た今も、この問いは社会に重く突き刺さったままだろう▼背景を探っている。美術教育や師弟制度が女性を排除してきた歴史がある。「偉大さ」「芸術」の基準が、男性の価値観によって作られてきたと喝破した。決して能力が劣っているわけでない。これまでの社会制度が足かせとなり、名を上げることが難しかった▼二本松市に生を受けた。「ほんとの空」の高村智恵子は洋画家でもある。女性解放を掲げた文芸雑誌「青鞜」創刊号の表紙を描いた。すっと背を伸ばした、異国風の淑女が描かれている。発起人平塚雷鳥の「元始、女性は太陽であった」という歴史的宣言を表現したとされる。夫の彫刻家光太郎との結婚では、妻の役割を求められた。芸術と「家」のはざまで精神の均衡を欠く▼今年は智恵子生誕140年の節目に当たる。生家近くの「智恵子の杜公園」を訪ねてみた。光沸く5月の大空が語りかけてくる。「日本には偉大な女性芸術家がいた」のだと。苦しみの果てに、美を見つけた。4c388e03-s

智恵子が手がけた明治44年(1911)の『青鞜』創刊号表紙絵について言及されています。元神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏により、智恵子オリジナルではなく、ヨーゼフ・エンゲルハルトというオーストリアの画家が、明治37年(1904)のセントルイス万博のために制作した寄木細工「Merlinsage」を模写したものと判明しています(おそらく執筆された方はご存じないのでしょう)が、そうであっても「青鞜」の文字や全体の装幀などには智恵子の芸術性が見てとれますが。

そしてその後の紙絵など、ある意味哀しい作品源ですが「日本には偉大な女性芸術家がいた」と言うにふさわしいと思われます。

もう1件、『朝日新聞』さん。今月9日、福島版の記事で、4月23日(木)から開催されている「令和8年度 高村智恵子生誕祭」についてです。

「智恵子抄」の高村智恵子生誕140年、故郷で催し 居室の特別公開

 詩人や彫刻家として活躍した高村光太郎の妻で、光太郎による追憶の詩「智恵子抄」で知られる福島県二本松市出身の洋画家・高村智恵子の生誕140年を祝う催しが、同市油井の市智恵子記念館で開かれている。5月24日まで。
 催しの期間中は、普段公開されていない智恵子の生家2階の居室が見学できる。居室では智恵子自作の小物入れが特別公開されているほか、記念館には夫の光太郎に見せるためだけにつくった紙絵の実物も展示されている。
 智恵子の生家の酒蔵でつくられていた清酒「花霞(はながすみ)」の振る舞い(数量限定)も行われる。生家2階の公開は5月24日までの土日と20日。紙絵の実物展示は10日まで。入館料は高校生以上410円、小中学生210円。問い合わせは智恵子記念館(0243・22・6151)へ。
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こちらには明日、足を運ぶつもりでおります。

皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 14 『光太郎のうた』現代教養文庫

昭和37年(1962)10月15日 社会思想社 高村光太郎著 伊藤信吉編
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目次
 刃物を研ぐ人――造型詩篇――
  五月のアトリエ 鉄を愛す 金 鯰 首の座 刃物を研ぐ人 蝉を彫る 美しき落葉
  十和田湖の裸像に与う
  触覚の世界 芸術の純粋性 裸体の美 蝉の木彫 人の首
 失はれたるモナ・リザ――『道程』前期――
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 寂寥 泥七宝 父の顔 食後の酒
  パンの会のころ
 秋の祈――『道程』後期――
  道程 秋の祈 冬が来る 冬が来た 晴れゆく空 落葉を浴びて立つ 火星が出てゐる
  母をおもふ 或る墓碑銘 さういう友 或る筆記通話
  冬の美 ホヰツトマンのこと 母の愛
 花のひらくやうに
  五月の土壌 わが家 花のひらくやうに 小娘 丸善工場の女工達 手紙に添へて
  クリスマスの夜 雨にうたるるカテドラル
  新茶のころ イタチのいる家 音楽のこと ノートルダム
 レモン哀歌
  郊外の人に 樹下の二人 あどけない話 風にのる智恵子 山麓の二人
  千鳥と遊ぶ智恵子 レモン哀歌 梅酒 裸形
  その人と為り 智恵子のこと 生きている面影
 ぼろぼろな駝鳥――猛獣篇――
  白熊 象の銀行 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 潮を吹く鯨
  智恵子の切抜絵
 もう一つの自転するもの
  激動するもの 上州湯桧曽風景 機械、否、然り もう一つの自転するもの
  上州川古「さくさん」風景
  詩における自己表現 奥利根の旅 詩作の立場 私の常用卓 手
 山小屋の四季
  山口部落 クロツグミ 別天地 山のともだち 女医になつた少女 山の少女
  山からの贈物
  山小屋で 畑作り
 雪白く積めり
  雪白く積めり 月にぬれた手 典型
  みちのく便り 東京のアトリエにて
 彫刻家としての生い立ち
 美術関係の著作
 交遊の輪
 「智恵子抄」の成立ち
 ぼろぼろな駝鳥 
 智恵子夫人の切抜絵
 高村光太郎の詩の世界
 高村光太郎年譜

目次では各章、詩と散文を分けていますが、詩の合間に散文が挟まれています。また、一篇ごとに編者の伊藤信吉による解説や語注も付され、さらに画像も多用。表紙は九十九里浜の「千鳥と遊ぶ智恵子」碑で、建立当時の画像です。まだ碑と波打ち際の間に自動車道が通っていない頃でした。

平成14年(2002)に版元の社会思想社が廃業し、店頭から姿を消しましたが、それが実に惜しまれる一冊です。

光太郎第二の故郷、岩手花巻の旧太田村ではかつて毎年5月15日に「高村祭」という催しがもたれていました。光太郎三回忌の年にあたる昭和33年(1958)に第一回が挙行され、その際には光太郎が7年間暮らした山小屋(高村山荘)を覆う形で建設された套屋のお披露目、敷地内にたてられた正式な光太郎詩碑の第1号、「雪白くつめり」詩碑の除幕が行われました。
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5月15日は、昭和20年(1945)、前月の空襲で駒込林町のアトリエ兼住居を失った光太郎が、宮沢家の誘いで疎開のために東京を発った日です。夜行列車で花巻に到着したのは翌日でしたが、きりもいいということもあったのでしょう、15日が「高村祭」ということになりました。

その後、「高村祭」は連綿と続けられました。当初は光太郎と直接交流のあった人々による回顧談的な講演、地元の山口小学校の児童による光太郎から贈られた楽器を使用しての音楽演奏などが行われていました。

その高村祭、令和元年(2019)の第62回をもって終了となってしまいました。翌年からはコロナ禍もありましたし、沈静化後も以前の形での開催はもはや難しい、との判断だったようです。

それに代わるというわけでもありませんが、「花巻 光太郎を知る会」さんという有志の市民団体が、「雪白くつめり」詩碑前にお集まりになり、かつての「高村祭」のように詩碑に献花(詩碑の地下には光太郎の遺髯が分骨のように埋められています)、光太郎詩の朗読などをなさっています。

昨日の様子。画像を送っていただきました。
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「高村祭」だった頃には市の協賛もあり、地元の皆さんの演芸大会的な要素もあったりで賑わっていました。何とかそれに近い形での復活を心から祈念いたしております。

花巻ついでに、「花巻 光太郎を知る会」さんと構成員がかぶるやつかの森LLCさんの活動。

まず厳冬期を除いて概ね月イチで、市内のワンデイシェフの大食堂さんで出店されている「こうたろうカフェ」。ワンデイシェフの大食堂さんがキッチンを貸し出す形で、さまざまな団体・個人がランチを作り、販売するというシステムです。

先月は28日(火)に出店されたそうで、その際の画像。
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「食の匠のバクロウおこわ」「コロコロチーズ入りミートローフ」「マカロニサラダ」「エッグボート」「クルミとゴボウの甘辛煮」「タラボの胡麻和え」「赤魚のお吸い物」「クレープシュゼットのオレンジバター」「コーヒー」。基本、光太郎が自炊していたメニューや使った食材などを参考にしたものです。

「食の匠のバクロウおこわ」とあるのは、令和6年度の「岩手県 食の匠」に認定された、やつかの森さんのメンバー・新渕和子さんが得意とする「ばくろう茸」を使用して作ったもの。花巻では正月などに振舞われるごちそうだそうです。

mit岩手めんこいテレビさんで毎週土曜日の18:30~19:00に「山・海・漬」という番組が放映されているそうです。番組説明欄には「岩手の魅力を満載した番組です。岩手の様々なジャンルと素材(ヒト、モノ、コト)を遊び心いっぱいに、新鮮パッケージ。話題のグルメや観光スポット、岩手にまつわる歴史・文化・伝統などを『山・海・漬』ならではの視点でご紹介。」とあります。
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まだ詳細情報が出ていませんが、来週、5月23日(土)の放映・#1324で「こうたろうカフェ」が取り上げられるそうです。ワンデイシェフの大食堂さんのオーナーさんの推薦だとのこと。確かに光太郎が自炊していたメニューや使った食材などを参考という点で、申し訳ありませんが他の一般の出店者さんとは一線を画す特徴的なコンセプトですので、テレビ的には扱いやすいでしょう。

上記の4月28日(火)にロケ隊が入られたそうです。
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視聴可能な地域の方、ぜひどうぞ。また、今日の放映(#1323 春の山菜・野菜バンザイ)オンエア後YoutUbeに予告動画が出るようです。そちらもご覧下さい。

「こうたろうカフェ」としての今月分ももうすぐで、5月20日(水)だそうです。メニューも予告されていて、以下の通りです。

・こうたろう春巻き ・帆立のドレッシングサラダ ・ワラビの辛子和え ・ウドとタコの味噌かけ ・ほうれんそうの白和え ・餃子とチンゲン菜のスープ ・雑穀ごはん ・旬の漬け物 ・よもぎ餅 ・コーヒー

もう1件、同じくやつかの森LLCさんがメニュー考案に当たられ、旧太田村の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント・ミレットキッチン花(フラワー)さんで調理・販売されている豪華弁当「光太郎ランチ」。毎月15日に限定10食の販売です。

昨日販売分。
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2605弁当
2605弁当メニュー
「ホッケの塩焼き」「アスパラ入りちくわ天ぷら」「わらびのおひたし」「ウドの金平」「卵焼き」「筍ご飯」「白米ばっけ味噌のせ」「よもぎ団子」。

「ばっけ」はフキノトウ。光太郎が最も好んで使った食材の一つです。「こうたろうカフェ」でもそうですが、季節がら山菜系が多用されていてヘルシーな感じですね。

本日取り上げたもろもろ、永続的に続いて欲しいものと思っております。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 13 『高村光太郎詩集』角川文庫

昭和31年(1956)9月30日 角川書店 高村光太郎著
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目次
 Ⅰ
  序曲(一九二〇) 丸善工場の女工達(一九二〇) 米久の晩餐(一九二一)
  雨にうたるるカテドラル(一九二一) かがやく朝(一九二一)
  ラコッチィ マアチ(一九二一) 真夜中の洗濯(一九二二) 沙漠(一九二二)
  五月のアトリエ(一九二二) 落葉を浴びて立つ(一九二二) 冬の言葉(一九二二)
  送別(一九二二) 鉄を愛す(一九二三) 春駒(一九二三)
  
月曜日のスケルツォ(一九二四) 氷上技戯(一九二四) 偶作七(一九二四)
  
少年を見る(一九二五) 葱(一九二五) 無口な船長(一九二六) 冬の奴(一九二六)
  
火星が出てゐる(一九二七) 或る墓碑銘(一九二七) 母をおもふ(一九二七)
  
怒(一九二七) 冬の言葉(一九二七) 美を見るもの(一九二七)
  
花下仙人に遇ふ(一九二八) 当然事(一九二八) さういふ友(一九二八)
  
街上比興(一九二八) その詩(一九二八) 或る日(一九二九) 人生(一九二九)
  
ひとり酸素を奪つて(一九二九) 上州湯桧曽風景(一九二九)
  上州川古「さくさん」風景(一九二九) 触知(一九二九) 冬(一九二九)
  刃物を研ぐ人(一九三〇) 冷熱(一九三〇) 孤坐(一九三〇) 似顔(一九三一)
  のつぽの奴は黙つてゐる(一九三一) 蝉を彫る(一九三一)
  
美の監禁に手渡す者(一九三二) 晴天に酔ふ(一九三三) 首の座(一九三三)
  ばけもの屋敷(一九三五) もう一つの自転するもの(一九三六)
  
手紙に添へて(一九三八) へんな貧(一九三九) 最低にして最高の道(一九四〇)
  雪白く積めり(一九四六) 山林(一九四七) 「ブランデンブルグ」(一九四八)
  脱卻の歌(一九四八) 人体飢餓(一九四八) 東洋的新次元(一九四八)
  おれの詩(一九四九) 悪婦(一九四九) 山荒れる(一九五〇)
  
月にぬれた手(一九五〇) 鈍牛の言葉(一九五〇) 典型(一九五〇)
  女医になつた少女(一九五〇) 東北の秋(一九五〇) 大地うるはし(一九五一)
  十和田湖畔の裸像に与ふ(一九五三)
 Ⅱ
  清廉(一九二四) 傷をなめる獅子(一九二五) 狂奔する牛(一九二五)
  白熊(一九二五) 象の銀行(一九二六) 鯰(一九二六) 苛察(一九二六)
  雷獣(一九二六) マント狒狒(一九二六) 象(一九二六) 森のゴリラ(一九二六)
  北冥の魚(一九二六) 潮を吹く鯨(一九二六) 龍(一九二八)
  
ぼろぼろな駝鳥(一九二八) よしきり鮫(一九三七)
 Ⅲ
  クリスマスの夜(一九二二) 車中のロダン(一九二二) 後庭のロダン(一九二二)
  十大弟子(一九二六) 聖ジヤンヌ(一九二六)
  
ミシェル・オオクレエルを読む(一九二七) 旅に病んで(一九二八) 存在(一九二八)
  北島雪山(一九二九) 古事一則(一九二九) 耳で時報をきく夜(一九三〇)
  南極(一九三一) レオン・ドウベル(一九三二) 村山槐多(一九三五)
  荻原守衛(一九三六) 老耼、道を行く(一九三七) 団十郎像由来(一九三八)
  芋銭先生景慕の詩(一九三九) つゆの夜ふけに(一九三九)
  
銅像ミキイヰッツに寄す(一九三九) 人間拒否の上に立つ(一九五一)
 Ⅳ
  樹下の二人(一九二三) 夜の二人(一九二六)
  
あなたはだんだんきれいになる(一九二七) 同棲同類(一九二八)
  風にのる智恵子(一九三五) 千鳥と遊ぶ智恵子(一九三七)
  
値ひがたき智恵子(一九三七) 山麓の二人(一九三八) レモン哀歌(一九三九)
  亡き人に(一九三九) 梅酒(一九四〇) 荒涼たる帰宅(一九四一)
  若しも智恵子が(一九四九) 元素智恵子(一九五〇) メトロポオル(一九五〇)
  裸形(一九五〇) 案内(一九五〇) あの頃(一九五〇) 吹雪の夜の独白(一九五〇)
  噴霧的な夢(一九五〇) 
  暗愚小伝(一九四七)
   家 転調 反逆 蟄居 二律背反 炉辺
 解説 草野心平
 年譜

光太郎が没した昭和31年(1956)の出版(手持ちのものは昭和42年=1967の第25版です)。

この頃、光太郎追悼出版的にいろいろな書籍が出されましたが、当会の祖にして本書の編集にもあたった草野心平が髙村家の番頭よろしく窓口となり、生前の光太郎と関わりの深かった出版社に「おたくはこれ」と、割り振りをしました。中央公論社では随筆集『山の四季』と詩集『典型以後』、新潮社だと随筆集『アトリエにて』及び新潮文庫版『智恵子抄』、筑摩書房に彫刻写真集『高村光太郎』と翌年から出る『高村光太郎全集』、そして角川書店に本書。

オリジナル『智恵子抄』版元の龍星閣のみ、それらと関わりなく単独で画集『赤城画帖』を出版しました。

昨年もおおむね同じ内容で開催されたワークショップです。

永岡綾『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第10期⑤文庫本の改装〜ドイツ装~ at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2026年5月24日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都立川市緑町3-1 グリーンスプリングス1階
時 間 : 13:30~17:00
料 金 : 5,300円(税込)

講 師 : 永岡綾
編集者。ときどき、製本家。イギリスでブックバインディング(製本)の基礎を、また製本家・伊藤篤氏に師事してルリユール(工芸製本)を学ぶ。著書に『週末でつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)、『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』(ブルーシープ)、編著書に『本をつくるー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)。編集の仕事に『エルマーのぼうけん展』『谷川俊太郎 絵本★百貨典』『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』『アーノルド・ローベルの全仕事』(すべてブルーシープ)などがある。noteにて、製本にまつわるあれこれを執筆中。
note)http://note.com/reliure

2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)、西調布のTEGAMISHA BOOKSTOREと場所を変えながら、毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約80回、のべ800名以上の方に参加いただいている人気のワークショップです。

そして2026年5月からは、TEGAMISHA BOOKSTOREの移転に伴い、立川・グリーンスプリングスでの開催となります! 今まで通ってくださった方はもちろん、立川近辺の皆様もよろしくお願いいたします。

製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡 綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。

2026年1月からの第10期では、『製本家とつくる紙文具』に掲載の作品や、アレンジを加えた作品を教えていただいています。5月にトライするのは本ワークショップでも人気の「ドイツ装」 。「 ドイツ装」とは、表紙の「背」と「平(ヒラ)*表表紙と裏表紙の部分」に別の素材を使った「継ぎ表紙」のこと。今回のワークショップでは、背にはお好きな色のブッククロスを、平には手紙社のオリジナルペーパーからお好きな柄を選び、自分だけの組み合わせをお楽しみいただけます。

表紙に使う手紙社のオリジナルペーパーは、なんと約400種!! ブッククロスのほか花布、栞ひも、見返しは複数色の中からお選びいただけますので、組み合わせを楽しみながら、あなた好みの一冊を完成させてください。コントラストをきかせた色選びをして、キリっと端正な佇まいにするのもおすすめです。

仕上がりは、しっかりとしたハードカバーにより、上製本の安定感がありつつも、どこか軽やか。表紙にはお好きな文字で箔押しを。本のタイトルを入れるもよし、所有者のお名前を入れるもよし、模様を加えるもよし。自分だけの愛おしい一冊となりそうです。
*箔押しに関しては、もしも時間内に終えられなかった場合は、材料をお渡ししご自宅にて行なっていただきます。その場合も手順をお伝えしますのでご安心ください。

また今回は参加費に文庫本代が含まれますので、受付時に以下よりお好きなものをお選びください(在庫がある分に関しては、当日の変更も可能です)。
*5/14以降にお申し込みの場合は、発注時期の関係上、ご希望に添えない場合がございますので予めご了承ください。

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<文庫本ラインナップ>

 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)   『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)      『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)     『桜桃』(太宰治 )
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)    『地獄変』(芥川 龍之介 )
 『風たちぬ』(堀辰雄)      『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)    『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)      『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)    『李陵・山月記』(中島敦)
 *全てハルキ文庫からのご用意となります。

手紙社のオリジナルペーパーを使って、製本技術を学びながら紙文具作りを行う「製本家とつくる紙文具」ワークショップは、各回新たな製本の技を習得しながら、わかりやすく教えていただけるので、1回のみの参加も大歓迎です。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版に仕立てたり、大切な人へのギフト本を特別に装丁したりと、楽しみは膨らむばかり……! ぜひお気軽にご参加ください。

<当日のスケジュール>
開催日:2026年5月24日(日) 
◎13:30 集合(受付は13:00〜です)
集合5分前までに、レジにて受付を行ってください
◎13:30〜17:00ワークショップ(3時間半)
400種ほどある中から表紙に使う紙を10分ほどでお選びいただきます。
紙は11:00〜13:30の間も店内にてじっくりご覧いただけます。
◎17:00終了予定
当日の状況により、終了時刻は前後する場合もありますのでご了承ください。
*ご希望の方にはご自宅で復習できる材料も販売いたします(参加者限定)。
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書籍を自分好みの装幀に変えるという方法。海外ではけっこう一般的だったそうで、そこで「フランス装」「ドイツ装」などの分類があるようです。

書架に書籍を並べると、大きさ、背の色や文字のフォントなど、とにかくバラバラです。それが嫌で統一感を持たせたい、さらに分類ごとに色を変えたりなどといった意図もあるのだと思われます。洋画などで見かける富裕層の書斎、見事に整った書架を見かけることがありますね。

手持ちの古書の中にも、元の持ち主が装幀したのが明らかに分かるものが複数あります。ほぼ雑誌の合本ですが。背の文字など、金の箔押しになっていたりします。製本所などに頼んで作ってもらったんだろうな、という感じです。

光太郎著書でもそういうものを一冊ネットで入手したことがあります。元々、函なしカバー付きで出版されたものですが、函がついていてその函のデザインが元々のカバーと同じ。「「異装本」ってやつか?」と思って購入し、よく見てみると、カバーを裁断して別の函に貼り付けてあるものでした。手が込んでいましたが、オリジナルのカバー付きが既に手元にあったので、二冊あっても仕方ないと、自装本の方は古書店に売りました。

そういう自装本を作ろう、というワークショップです。

素材となる本はすべてハルキ文庫さんのラインナップで、昨年と同一。『智恵子抄』(平成23年=2011)も入っています。
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ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 12 『高村光太郎詩集』岩波文庫

昭和30年(1955)3月25日 岩波書店 高村光太郎著
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目次
 はしがき
 「道程」より
   失はれたるモナ・リザ 根付の国 画室の夜 寂寥 声 風 新緑の毒素 廃頽者より
   『心中宵庚申』 夏 けもの 父の顔 あをい雨 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち 狂者の詩 戦闘 カフエにて 山 冬が来た 冬の詩 牛 道程
  万物と共に踊る 秋の祈
 「道程」以後
  わが家 小娘 花のひらくやうに 丸善工場の女工達 米久の晩餐
  雨にうたるるカテドラル 落葉を浴びて立つ クリスマスの夜 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム 清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 傷をなめる獅子
  車中のロダン 葱 後庭のロダン 無口な船長 象の銀行 十大弟子 苛察
  ミシエル・オオクレエルを読む 火星がでてゐる 怒 偶作四篇 花下仙人に遇ふ
  母をおもふ 冬の言葉 旅にやんで ぼろぼろな駝鳥 当然事 首の座
  孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 のつぽの奴は黙つてゐる 偶作 七 村山槐多
  ばけもの屋敷 象 孤坐 手紙に添へて 団十郎像由来 つゆの夜ふけに 冬 へんな貧
  蝉を彫る 救世観音を刻む人
 「智恵子抄」より
  人に 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 僕等 晩餐 樹下の二人 鯰
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 美の監禁に手渡す者 人生遠視
  風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 あとがき(奥平英雄)

この手のものとしては、光太郎生前最後となりました。また、この手のもので唯一、光太郎本人による「はしがき」が収められています。

編集は光太郎と親しかった美術史家の奥平英雄。収録詩の選択には光太郎の意図もかなり反映されているようです。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第25刷です。カバーデザインは変わりましたが現在でも版を重ねています。

埼玉県東松山市。元教育長の故・田口弘氏が戦時中から戦後にかけて光太郎と交流があり、昭和40年(1965)の連翹忌の集いで同じく光太郎と親しかった彫刻家・高田博厚と出会って意気投合、同市での高田個展の開催をお膳立てなさったた他、東武東上線高坂駅前から西に伸びる通りに高田の彫刻32体を配した「高坂彫刻プロムナード」建設にも尽力されました。
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32体には光太郎胸像(昭和34年=1959)も含まれています。
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他に肖像彫刻としては、海外だとポール・シニャック、タゴール、マハトマ・ガンジー、国内では棟方志功、新渡戸稲造、宮沢賢治、高橋元吉など。

その「高坂彫刻プロムナード」についての講座が開かれます。

文化芸術講座「高坂彫刻プロムナード」

期 日 : 2026年5月19日(火)
会 場 : 大岡市民活動センター 埼玉県東松山市大谷3400-10
時 間 : 10:30~12:00
料 金 : 無料
講 師 : 生涯学習課職員
対 象 : 市内在住・在勤・在学の人
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対象が「市内在住・在勤・在学の人」ということで、限られてしまうのですが、とりあえず。

同市は高田との結びつきで、毎年秋には「高田博厚展」を開催、それからシニア市民対象で様々な活動を行っているきらめき市民大学さんでの授業の一環で、毎年当方が一回講師を依頼され、光太郎、高田、そして田口氏の結びつきやプロムナード等についてお話をさせていただいています。

そういう関係で鎌倉にあった高田のアトリエ閉鎖に伴い、そちらにあった作品や遺品が同市に寄贈されたりもしました。

また、市内の新宿小学校さんにはこれも田口氏のお骨折りで光太郎筆跡「正直親切」を刻んだ碑も立っています。光太郎の母校・荒川区立第一日暮里小学校さんにも同じ碑が設置されているため、今後、光太郎がらみでの同区との交流なども視野に入れているそうです。

今後とも、彫刻の街として発展して行っていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 11 『高村光太郎詩集』

昭和28年(1953)6月25日 新潮社 伊藤信吉編
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目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 新緑の毒素 廃頽者より
  地上のモナ・リザ 泥七宝(七章) 犬吠の太郎 さびしきみち 夜 冬が来た 冬の詩
  牛 道程 群集に 秋の祈
 『道程』以後 晴れゆく空
  小娘 無為の白日 丸善工場の女工達 米久の晩餐 雨にうたるるカテドラル
  ラコツチイマアチ クリスマスの夜 冬の送別 沙漠 落葉を浴びて立つ
 火星が出てゐる
  象の銀行 白熊 苛察 冬の奴 冬の言葉 火星が出てゐる 何をまだ指してゐるのだ
  彼は語る 花下仙人に遇ふ ぼろぼろな駝鳥 当然事 あの音 焼けない心臓
  或る筆記通話 上州湯桧曽風景 上州川古「さくさん」風景 冬 似顔
  非ヨオロツパ的なる 化けもの屋敷 もう一つの自転するもの つゆの夜ふけに
  最低にして最高の道 人間拒否の上に立つ
 刃物を研ぐ人
  鉄を愛す 葱 車中のロダン 後庭のロダン 鯰 偶作 刃物を研ぐ人 孤坐 蝉を彫る
  首の座 村山槐多 荻原守衛
 智恵子抄
  或る夜のこころ 郊外の人に 冬の朝のめざめ 樹下の二人 狂奔する牛 夜の二人
  同棲同類 あどけない話 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 元素智恵子 メトロポオル
  裸形 案内 若しも智恵子が
 典型
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 人体飢餓 山荒れる 月にぬれた手 鈍牛の言葉
  典型 山菜ミヅ 山口部落 クロツグミ クチバミ 山のともだち
 暗愚小伝
  彫刻一途 パリ 親不孝 デカダン 美に生きる おそろしい空虚 ロマン ロラン
  暗愚 報告 山林
 高村光太郎の詩業について 伊藤信吉

四六判、並製。同じく伊藤信吉によって編まれた新潮文庫版の『高村光太郎詩集』(昭和25年=1950)と似たような編集方針です。

「智恵子抄」系の公演を2件ご紹介します。

まずもうすぐ開催の朗読会、青森発です。

第18回 リオンの朗読会

期 日 : 2026年5月16日(土)
会 場 : 八戸ポータルミュージアムはっち 2Fギャラリー2 青森県八戸市三日町11-1
時 間 : 14:00~16:00
料 金 : 無料
問 合 : リオンの会  090-7335-7552

<朗読作品>
 ・「赤い船」小川未明 作
 ・「智恵子抄」高村光太郎 作
 ・竹取物語より「命がけでにぎりしめたのに・・・」
 ・南部昔コ集より「貧乏神ど福の神様」
 ・日本昔話より「かっぱのおたから」  ほか

「リオンの会」さん、八戸を拠点に老健施設や親子を対象にした絵本の読み聞かせなどを行っているグループで、令和4年(2022)には公益社団法人読書推進運動協議会さんから全国優良読書グループ表彰を受けられたそうです。

続いて、コンサート情報は千葉県から。

潮見佳世乃歌物語コンサート 千葉開府900年記念「羽衣伝説・智恵子抄」

期 日 : 2026年5月24日(日)
会 場 : 千葉市文化センター 千葉市中央区中央2-5-1
時 間 : 開場14:00 開演14:30
料 金 : 前売 4,500円 当日 5,000円

出 演 : 
 潮見佳世乃(歌と語りと鳴り物) TATOO(ピアノ) 大河内淳矢(尺八)
 市川慎(箏・十七絃)
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歌物語は、潮見佳世乃の父、高岡良樹が創りだした、文学、演劇、音楽を融合させたこれまでにないジャンルです。琵琶法師や浄瑠璃など、物語を語る先人たちの伝統を引き継ぎながら、創作した物語に演劇的要素と音楽を取り入れ、奏でる音楽は、ジャズ、フォーク、ポップスなどをアレンジしたもの。音楽芸能のシーンに独自な世界観を切り開いています。

羽衣伝説
 天から池田の里に降りてきた天女と千葉常将のラブストーリー。羽衣伝説は全国にありますが、千葉の羽衣伝説は、時の権力者が登場する珍しい物語。千葉市の礎を築いた千葉氏にまつわる伝説です。千葉氏と妙見信仰との関わりも登場します。今年は千葉開府900年。千葉の繁栄を祈り、歌い語ります。

智恵子抄
 詩人高村光太郎が、妻智恵子について、結婚前からの30年間にわたり綴った詩や散文をまとめた智恵子抄。この書は、映画や小説などさまざまなカタチで作品化されました。精神を患った智恵子は、家族が暮らす九十九里浜で療養生活を送りますが、回復せず、光太郎を残し逝ってしまいます。
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連翹忌の集いにもいらして下さったことがおありの潮見佳世乃さん。ジャズ系シンガーであらせられますが、お父さまでシンガーソングライターの故・高岡良樹氏が作り上げられた「歌物語」というジャンルを引き継がれてのステージもなさっています。レパートリー的には「遠野物語」「おこりじぞう」「伊能忠敬物語」など。そして「智恵子抄」も。

何だかんだでこれまでに4回拝聴しました。

潮見佳世乃さん「歌物語コンサート「智恵子抄」」。
神奈川・静岡レポート その3 「潮見佳世乃起雲閣コンサート 歌物語×JAZZ」。
潮見佳世乃歌物語コンサート「智恵子抄・羽衣伝説」レポート。
潮見佳世乃 CD発売記念LIVE 歌物語✖️JAZZレポート。

恐縮ですが招待券を頂いてしまっており、参上いたします。

八戸の朗読と併せ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 2 『高村光太郎詩集』新潮文庫 

昭和25年(1950)11月20日 新潮社 伊藤信吉編  
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目次

 道程
  失はれたるモナ・リザ 寂寥 新綠の毒素 癈頽者より 地上のモナ・リザ
  或る夜のこころ 犬吠の太郎 郊外の人に 冬の詩 牛 群集に 秋の祈
 『道程』以後
  晴れゆく空 無爲の白日 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル 沙漠 
  米久の晩餐 ラコッチイマアチ 落葉を浴びて立つ 冬の送別 鉄を愛す 真夜中の洗濯
  車中のロダン 後庭のロダン クリスマスの夜
 ぼろぼろな駝鳥
  象の銀行 白熊 苛察 狂奔する牛 冬の奴 火星が出てゐる 花下仙人に遇ふ
  ぼろぼろな駝鳥 もう一つの自轉するもの 当然事 上州湯檜曾風景
  上州川古「さくさん」風景 似顔 非ヨオロツパ的なる 村山槐多 ばけもの屋敷
  何をまだ指してゐるのだ 首の座 刄物を硏ぐ人 冬の言葉 晴天に醉ふ
  
つゆの夜ふけに
 智恵子抄
  樹下の二人 夜の二人 あどけない話 同棲同類 風にのる智惠子 千鳥と遊ぶ智惠子
  値ひがたき智惠子 山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒
 「智惠子抄」その後(抄)
  元素智惠子 メトロポオル 案内 
 山林
  典型 山荒れる 鈍牛の言葉
 「暗愚小傳」(抄)
  パリ 親不孝 デカダン 美に生きる おそろしい空虛 ロマン ロラン 報告 山林
 解説・伊藤信吉

またやらかしまして、紹介する順番を誤りました。「選集等(単独)」の項、2番目に位置すべきものでした。

伊藤信吉の編集になりますが、伊藤を指名・推薦したのは光太郎自身でした。

新潮文庫といふのは小さな薄い書物のやうですが、小生はもともとたくさん詩作をしてゐないので、御選択次第でこれでも十分なのではないかとも考へられますし、大衆性といふやうな事は考へないでもいいと思ひますので、(どうせ小生のものには一般性はないやうに思はれます)、貴下さへイヤだと思はれなかつたら、編集して下さればありがたいと存じます(昭和25年=1950 5月28日 伊藤信吉宛書簡より)

昭和35年(1960)頃の版から光太郎彫刻「手」の写真を使ったカバーがかけられるようになりました。また、昭和43年(1968)には改版となり、一部収録詩の入れ替えが行われています。手持ちのものは昭和51年(1976)の第46版です。現在の版はカバーが智恵子紙絵となり、活字サイズが一回り大きくなっています。
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明日以降何日間か、これから開催されるイベント等の紹介を致しますが、その前にそうした形で事前に紹介できず、終わってしまったものについて。記録のためにも紹介しておきます。

まず、4月18日(土)に新宿区の音楽の友ホールさんで開催された「バーゼル国際歌曲コンクール2026 ファイナル」。
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ピアノ、ヴァイオリン、声楽、フルート、ハープの5部門から成る「バーゼル国際音楽コンクール」の声楽部門で、国籍学籍不問、プロアマ不問、若手声楽家の登竜門的なもののようです。
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一次審査、二次審査はYouTubeだそうで、これも時代の流れかなと思いました。最近はそれが一般的なのでしょうか。ファイナルのみが会場審査で、4月18日(土)に音楽の友ホールさんで開催されました。

ちなみに審査員のお一人、テノールの樋口達哉氏は智恵子の故郷・二本松市のご出身で同市の観光大使も務められていて、故・湯浅譲二氏作曲の「二本松市民の歌」なども歌われていますし、平成31年(2019)に同市で開催された「2019全国さくらシンポジウムin二本松~ ほんとの空に さくら舞う ~」などにもご出演なさっていました。

本選では時間が割り当てられるのでしょう、12名の各出場者が3曲から5曲を歌って審査に臨んでいました。

で、結果が以下の通り。敬称略ですみません。

 第1位   Geng LI (LEE) バリトン  中国
 第2位   川出康平 Kohei KAWADE  テノール  日本
 第3位   三神祐太郎 Yutaro MIKAMI バリトン 日本 
     Jana CVETKOVIC メゾソプラノ セルビア
 第4位   Juhyung Kim  バリトン  韓国
 第5位   郭冬家 GUO Dongjia  テノール 中国
 第6位   Elena Xanthoudakis  ソプラノ  オーストラリア 
 聴衆賞  Jana CVETKOVIC メゾソプラノ  セルビア
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このうちみごと第2位に輝かれた川出康平氏、演奏曲目が以下の通りでした。

 ・R.Strauss:“Heimliche Aufforderung”(リヒャルト・シュトラウス:“密やかな誘い”)
 ・R.Strauss:“Morgen!”(リヒャルト・シュトラウス:“明日に!”)
 ・O.Respighi:“Nevicata”(レスピーギ:“雪”)
 ・別宮貞雄:歌曲集「智恵子抄」より“人に”

国際コンクールですので(そうでなくてもそうかもしれませんが)、外国曲が3曲、そして故・別宮貞雄氏の歌曲集「智恵子抄」から「人に」。まさか樋口氏と二本松の関係から印象をよくしようとして選曲したというようなセコい意図はなかったはずですが(笑)、その偶然に驚きました。

別宮氏の「智恵子抄」、テノールの紀野洋孝氏が積極的に取り上げられ、さまざまな機会で歌われたり、CDに組み入れたりされています。また、他の声楽家の方もぽつりぽつり、毎年のようにどこかしらで歌われている感じです。

事前に曲目がわかっていれば、ぜひ聴きに行きたいところでした。

惜しくもグランプリは逃された川出氏ですが、「プロフェッショナル歌曲賞」も受賞、さらに川出氏の伴奏を務められたピアノの吉本有佑氏は「伴奏者賞」でした。

今後のさらなるご活躍に期待いたしますし、別宮氏の「智恵子抄」もどんどん取り上げていただきたいものです。

もう1件。5月9日(土)に世田谷区の三茶しゃれなあどホールさんで「朗読とお話 宮静枝の詩に投影された高村光太郎の戦後」というイベントが開催されたとのことです。世田谷区さんの広報誌で事前に小さく紹介が出ていましたが、気づきませんでした。
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気づいたのは、デザイナーの宮白羊氏のX(旧ツイッター)投稿で、当日でした。
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「父」というのが、写真家のみやこうせい氏(本名・宮暠成氏)です。

イベント標題にある「宮静枝」がこうせい氏のお母さま。岩手江刺の出身で、昭和26年(1951)秋に、花巻郊外太田村の光太郎の山小屋を訪れ、その時の体験を元に、平成4年(1992)、『詩集 山荘 光太郎残影』を上梓、第33回晩翠賞に輝いています。同書はまるっと一冊、光太郎を語った詩集で、実に多くの啓示を与えてくれるものでした。
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昭和26年(1951)11月11日の光太郎日記。

盛岡より宮静枝さん、甥(千葉氏)の人と子供二人つれてくる、新小屋。ライカにて撮影いろいろ、宮さんにカーテンぬつてもらふ。

「子供二人」にこうせい氏も含まれていますし、「ライカにて撮影」された写真が『詩集 山荘 光太郎残影』に14葉掲載され、そこにはこうせい氏も写っています。
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おそらくこうせい氏、この日の出来事などを語られたのでしょう。また、他の方々が『詩集 山荘 光太郎残影』から朗読をなさったのだと思われます。

下記は同書の復刻版を扱っているユニコ舎さんのX(旧ツイッター)投稿。
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これも事前に知っていたら、万難を排して駆けつけたのですが……。

『詩集 山荘 光太郎残影』、ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 10 『現代日本名詩選 道程・典型』

昭和28年(1953)3月10日 筑摩書房 高村光太郎著
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目次
 道程
  一九一〇年
   失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
  一九一一年
   画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
   新緑の毒素 廃頽者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏
   なまけもの 手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半
   けもの あつき日 父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
  一九一二年
   青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾
   或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
   カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
   師走十日 戦闘
  一九一三年
   人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た
   冬の詩 牛 僕等
  一九一四年
   道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
   五月の土壌 淫心 秋の祈
 典型
 序
 雪白く積めり 
 暗愚小伝
    家
   土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
  転調
   彫刻一途 パリ
  反逆
   親不孝 デカダン
  蟄居
   美に生きる おそろしい空虚
  二律背反
   協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
  炉辺
   報告 山林
 「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 おれの詩 悪婦 山荒れる
 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 
 田園小詩
  山菜ミヅ 山のひろば 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地
  岩手の人 山からの贈物 この年 
 年譜
 解説 中山義秀

第一詩集『道程』(大正3年=1914)と、結局は生前最後の詩集となる『典型』(昭和25年=1950)を一冊にまとめたものです。

やはり光太郎の山小屋を訪れたこともある中山義秀の解説が秀逸です。

004「水タバコ」という嗜好品があるそうです。紙巻きタバコは数十年愛用していますが、寡聞にして詳しいことは存じませんでした。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「中東で発展した喫煙具の一種」「シーシャ、水煙管(すいえんかん)、水ギセル(みずギセル)や水パイプ(みずパイプ)とも呼ばれ」るそうで、「欧米諸国でのブームを受けて日本でも水タバコが新たに注目を集めつつある」「2018年時点で、東京都内には200を超える水たばこ専門店がある」だそうです。

仕組みとしては、「火皿で燃えたタバコの煙を水にくぐらせ、濾過された煙を喫煙する。煙が水を通ることで冷やされ、やわらかい味わいになる」とのこと。物理や化学はお手上げの身としては、「煙が水を通る」というのがまずもって理解出来ませんが、「大型のものには吸い口が2本から4本とりつけられたものがあり、一包みのタバコを何人かで吸う。集まって車座になり、パイプをゆっくりと味わいながら喫茶や雑談をする生活様式に合わせられた喫煙具である」。また、「香りには果物からスパイス、花、コーヒー、ガムなど多くの種類がある。タバコ葉を原料としないノンニコチンフレーバーも登場した」。

そのあたりの説明を読んで、「ん? もしかしてあれがそれか?」と脳内で回路が繋がりました。ルーブル美術館蔵のウジェーヌ・ドラクロワ作「アルジェの女たち」(1834)。
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調べたらビンゴでした。アルジェリアは中東ではありませんが、そちらの方にも伝わっていたようです。別にドラクロワは好きでもないものの、なぜかこの絵は記憶にインプットされていました。

さて、先述の通り、この「水タバコ」、日本でも「水タバコを提供する場所(主に個人経営によるカフェバーなど)が首都圏や近畿圏では増えた」とのことで、京都の専門店の仕掛け。

【5-6月限定シーシャミックスメニューのお知らせ】

いつもご愛顧いただきありがとうございます。shisha cafe SUIREN KYOTOです。

【2026年6月末迄予定】
お待たせいたしました!期間中はスタッフより限定シーシャミックス3種(各¥3,200/シェア:¥4,700)をお届けします! ★別途+¥300にて一部ダークリーフ追加も可能です。

1.植物図鑑 by トキ
有川浩さんにも同じ名前の恋愛小説がありますね。すべての植物にも名前はあるとはいいますが、なんの植物のフレーバーが入っているか、是非探ってみてください。

2.レモン哀歌 不条理のそよ風  by 次郎
高村光太郎さんの妻、智恵子さんを詠ったレモン哀歌にちなみました。明るいようでどこか虚無的。
初夏のレモンに、優しく微笑む不条理をのせて。激しく抵抗するのではなく静かに受け入れるような余韻。哀しくも軽やかな一息をお楽しみください。

3.灰燼の王国 by りゅうき
スタッフりゅうき限定です。ダブルアップルの濃厚さとアイスのドライ、この2つが皆さんの喉を焼きに行きます。★ダークリーフ指定なので、上記価格+¥300〜です。

どうぞよろしくお願いします。

※詳細は、InstagramDM・X/旧TwitterDM、または営業時間内お電話にて承ります。お取り置きも可能です。
★お席の状況によりシーシャ提供後2時間制とさせていただく場合がございます。何卒ご了承くださいませ。
★お越しの際は、事前に来店時間・人数・フレーバーの指定(あれば)をご連絡いただけますと、スムーズにご案内できます。
並びにご不明点等ございました際も、お気軽にお尋ねください。
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shisha cafe SUIREN KYOTO(水たばこカフェ水蓮)さん、住所は京都市中京区大黒町42-1。京都市街中心部ですので「河原町三条」と言った方がわかりやすいかと思われます。金曜定休だそうです。
009
光太郎詩、特に「智恵子抄」系は、さまざまな美術、文学、音楽、舞台芸術、映像作品などの二次創作以外にも、そこからインスパイアされたシャレオツな紅茶、カクテル、ソフトドリンク、和菓子、それから飲食系でなくフレグランスなど、いろいろな商品等の元ネタとなっていますが、こういうのもありか、という感じでした。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 9 『高村光太郎選集 Ⅵ 随想 下』

昭和27年(1952)9月15日 中央公論社 高村光太郎著
6
6函 6扉 6奥付
目次
 1
  年越し 雪解けず 開墾 早春の山の花 季節のきびしさ 七月一日 ある夫人への返事
  夏の食事 みちのく便り 山の雪 山の人々 山の春
 2
  三陸廻り 雲と波 珈琲店より 出さずにしまつた手紙の一束 伊太利亜遍歴
 3
  与謝野先生を憶ふ 死んだ荻原守衛君 バアナアド・リイチのこと ヴアレリイに就て
  楽聖をおもふ 彫刻家ガツトソン・ボーグラム氏 宮澤賢治 八木重吉について
  逸見猶吉の死 尾形亀之助を思ふ
 4
  美の中心 天平彫刻の技法について カリカチュア 工房より 芸術を見る眼
  純一な芸術が欲しい 「夜明け前」雑感 琅玕洞より 一彫刻家の要求
  日本語の新しい美を 美の立場から 裸体画について 仏画賛 本面について
  上野の現代洋画彫刻 美術館の事その他
 5
  某月某日 七月の言葉 童謡・民謡・小唄 冬二題 触目いろいろ 間違のこと
  春さきの好物 雷ぎらひ しやつくり病 三十年来の常用卓 ほくろ 悠久山の一本欅
  蟻と遊ぶ 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 月報 リーチと高村さん 今泉篤男 高村光太郎小品展より

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第6回配本で、これで完結です。第5巻の「随想 上」同様、評論とエッセイとが入り交じっています(どちらともつかないものもあるのですが)。編年体ではなく、おおむね内容による分類。第5巻には含まれなかった戦後の作品が入り、しかし明治期のものも収められています。

5月1日(金)の『東京新聞』さんから。コラムニスト・泉麻人氏の連載です。

あの町、このメシ 上野アメ横で西郷丼 『酒亭 じゅらく 上野店』 ぐるり東京

020“西郷像”をスタートして、目指すは“西郷丼”。晩春の上野さんぽ
 上野の西郷さんの前にやってきた。上野公園の一角にあるこの西郷隆盛像ほどポピュラーな銅像は他にないだろう。没後20年ほど経った明治30年代に高村光雲が手掛けた西郷像、脇に従えた薩摩犬のツン(ウサギ狩りにいくところらしい)も含めて、キャラが立っている。もっとも、西郷の顔だちは歴史書でもおなじみのキヨッソーネ作の肖像画をお手本にしたものらしく、そもそも弟の従道と親戚の大山巌のルックスをベースにしたものだという。
 あいにくの雨だったが、多くの観光客でにぎわう上野公園。取材時(4月中旬)には、若葉が出始めた桜の木が公園を彩っていた。
021
 そこを始点に公園内を歩き始めた。桜の花の季節は過ぎ、動物園にパンダもいなくなったが、依然外国人の姿は多い。ここにくるといつも立ち寄る上野大仏(震災、戦災からしぶとく残った顔だけ飾られている)は、もう閉場の夕方4時を過ぎて拝めなかったけれど、五條天神や花園稲荷の参道を通りぬけて崖下の不忍池の方へ入った。弁天堂の周辺に建立された「めがね之碑」とか「スッポン感謝之碑」とか、昔からの上野の商業者たちが立てたユニークな石碑を瞥見(べっけん)して、池の南側を回って上野広小路東側のアメ横の一帯にやってきた。
 今回のターゲットは海産物や輸入雑貨の小店が並ぶブロックのさらに東方、JR高架線の狭間に続く飲み屋横丁の「酒亭 じゅらく」という店。西郷さんの銅像の前から出発したのは、ここの人気メニュー「西郷丼どん」というのをいただきたいからなのである。
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1日限定10食のランチメニュー「西郷丼」(2315円)。味噌汁とお新香付き。
 西郷丼というのを……、なんて書き方をしたけれど、僕はもう20年くらい前にこれを味わっている。場所は、西郷像の脇の崖際に存在した上野松竹デパートだったか、上野百貨店だったか……古びたショッピングビルのなかに入っていた「レストラン聚楽台」という同じ“じゅらく”系の店。確か、西郷丼がメニューに登場してまもない頃だったはずだが、その構造が当時のエッセー(『なぞ食探偵』)に記述されている。
 「アジサイの絵柄の大きな丼に、なんともゴージャスな具が盛り付けられている。真ん中にホウレンソウで縁どりされた温泉玉子が置かれ、豚の角煮(三個)、サツマ揚げ、明太子、鶏そぼろ、サツマイモ天、といった面々がそれを取り囲む。」
 要するに薩摩料理のラインナップを揃えた丼メシ、といったものだったが、大したボリュームだったことを覚えている。ちなみに西郷像脇のビルは「UENO3153」という新式のビルに改築されて「聚楽台」は入っていない。レストランとしては「じゅらく上野駅前店」というのがこの並びにあるけれど、西郷丼はここ酒亭(居酒屋)の看板メニューになっているようだ。
 夜はもちろん、昼飲みにも対応。玉子焼きなどの定番メニューや季節のアテとともに一杯いかが。
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 さて、久しぶりに注文した西郷丼、具の布陣は20年前と多少変わっていた。豚の角煮(鹿児島産黒豚使用)、明太子、温泉玉子といったあたりは不動だが、鶏そぼろは「さつま純然鶏もも岩塩焼き」という本格派に置き換わり、「きびなごの唐揚げ」が加わって、さつま揚げには西郷さんのキャラ絵が刻まれている。しかし、メシは悠々茶わん2杯分くらいはあって、相変わらずのボリュームでごわす。
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 お話を伺った店の責任者(レストラン営業1部業態リーダー)・川喜多淳一さんの名刺に〈笑顔をつないで100周年 1924〉と記したロゴマークが入っているが、1924年(大正13年)というのは関東大震災の翌年であり、「須田町食堂」という当初の店はその名のとおり、神田須田町交差点の名所・広瀬中佐像の西向かいあたりにあったという。
 15歳で新潟から上京した加藤清二郎という人物が創業者。リーズナブルな洋食(コロッケやハムライス)が震災後の新東京でウケて、とりわけ上野駅前の何軒かの店は、戦後の高度成長時代の上京者が初めて味わう洋食として知られるようになった。食堂にとどまらず、デパート、旅館業へと手を広げたが、ひと頃深夜のテレビでCMをよくやっていた「じゅらくよ〜」とマリリン・モンローのそっくりモデルがささやく伊東や水上の温泉ホテルももちろんココと同じ「じゅらく」だ。

今回訪れたお店
酒亭 じゅらく 上野店
住所 東京都台東区上野6-11-6
電話 03-3831-9640
営業時間 11:30~23:00(日曜、祝日11:30~22:00)
定休日 無休
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イラスト・なかむらるみ

上野で「じゅらく」というと、ファミリーレストランのさきがけのような「レストラン聚楽」が思い浮かびますが(幼い頃に行ったような記憶があります)、今回の「酒亭 じゅらく」さんも同じ聚楽グループのようです。聚楽グループといえば、一定以上の世代の方は『東京新聞』さんにもある「じゅらくよ~ん」というテレビCMが思い浮かぶと思われますが、そちらは同グループのホテルのCMでした。

「レストラン聚楽」は大正13年(1924)に神田須田町で開業した「須田町食堂」が最初で、翌14年(1925)には4店、昭和に入ってからは年間平均5店というハイペースでチェーンを広げたそうです。その中で上野が本拠となっていったようです。

大正15年(1926)12月、宮沢賢治が上京し、駒込林町の光太郎住居兼アトリエを訪問しました。その際、光太郎と賢治、それからもう一人の三人で、上野の聚楽に行って会食したという伝聞が、賢治研究の方面でまことしやかにまかり通っていた時期がありました。1970年代に出た『校本 宮沢賢治全集』の古い版の年譜の項に、そう書かれていたというのです。

しかし光太郎の回想には、賢治が訪ねてきたものの、アポ無しだったし、手が離せない状況だったため、玄関先で「明日もう一度来てくれ」と言って別れたと書かれています。おそらくその通りで、聚楽で三人で鍋をつついたというのはそう証言した人物の記憶違い、賢治や光太郎ではない誰かとの混同ということで落ち着いています。

ところが1970年代に出た『校本 宮沢賢治全集』の古い版の年譜だけ見て、未だに聚楽での会食があったと思い込んでいる人もいるようで、時折、ネットでそうした記述を見かけます。困ったものです。

閑話休題、 「酒亭 じゅらく」さんの「西郷丼」、ぜひご賞味あれ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 8 『高村光太郎選集 Ⅳ 芸術論 下』

昭和27年(1952)9月15日 中央公論社 高村光太郎著
4
4函 4扉 4奥付
目次
 印象主義の思想と芸術
  一 概観 二 エドワール マネ 三 クロード モネ及び新印象派画家
  四 アルフレ シスレー
 五 カミーユ ピサロ 六 オーギユスト ルノワール
  七 エドガー ドガ其他
 八 ポール セザンヌ、附、後期印象派 九 附言 年表
 芸術雑感
  第三回文部省展覧会の最後の一瞥 緑色の太陽 ノラの型 詩歌と音楽
  ミラノの本寺とダ・ヰ゛ンチの壁画 芸術雑話 七つの芸術 芸術鑑賞その他
  彫刻に何を見る
 人と作品
  ホヰツトマンの事 ホヰツトマンのこと ヹルハアラン ドナテロ小感 アンドレ ドラン
 月報 詩人と彫刻家 豊島与志雄 高村さんの近況 草野心平 無機 松下英麿

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第5回配本です。

智恵子を主人公とした小説の新刊です。

尖(とんが)った山 高村智恵子と、同時代の人びと

発行日 : 2026年5月12日
著者等 : 入江いちろう
版 元 : 福島民報社
定 価 : 1,600円+税
コード : ISBN978-4-904834-74-9

「智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。」

今年5月は、高村智恵子が生まれて140年目 智恵子抄で高名な高村智恵子は終生尖った人生を生きた その素顔に迫る書き下ろし小説

高村智恵子の生きた姿を、同時代の人々の証言(挿話)と本人の文章で描き、智恵子の実像に迫った掌編小説
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目次
 はじめに
 第一部 智恵子の人となり
  プロローグ
  第一章 長沼智恵子の写真 そして小畑ナツ
  第二章 挿話「智恵子の写真撮影」
  第三章 挿話「智恵子の交友録 宮澤トシ」
  第四章 挿話「智恵子の交友録 服部ミネ」
  第五章 病の智恵子 その言動
  第六章 病院での死
  第七章 智恵子の人となり 私見
  エピローグ
 第二部 智恵子と、同時代の人びと
  第一章 長沼今朝吉 そして、浅倉哲蔵
  第二章 高村光太郎 そして、古松茂藤治
  第三章 挿話「油井の人びと」
  第四章 明治病院百周年記念誌「百年のあゆみ」
  エピローグ
 あとがき
 おわりに
 参考文献
 追記


著者の入江氏から贈られたものです。版元は福島民報社さんですが、自費出版の扱いだそうで。だから、というわけでもないのでしょうが、同社の書籍サイトに掲載がありません(2年ほど更新もされていないようですが)。Amazonさんなどでも取り扱いがないようです。そこでこのブログで紹介して欲しいとのことでした。

『民報』さんに紹介の記事は載りました。

智恵子の生涯 小説に きょう 福大卒の入江さん出版

 福島市の福島大経済学部卒で、愛知県在住のパソコン関連会社社長、入江いちろうさん(74)は1日、小説「尖(とんが)った山 高村智恵子と、同時代の人びと」(福島民報社)を自費出版した。
 秋田県出身の入江さんは同大で学び、静岡県浜松市のヤマハ(旧日本楽器製造)に就職。定年退職後、会社を起業した。学生の頃から「智恵子抄」に興味があった。大学時代を過ごしたことや妻が福島市出身だったことで、福島に思い入れが強かった。智恵子の生涯を小説で描きたいと執筆を思い立った。
 本書は2部構成。1部は「智恵子の人となり」として智恵子の交友関係をひもとき、著者独自の視点で人物像に迫っている。2部は「智恵子と、同時代の人びと」。父の長沼今朝吉や夫の高村光太郎ら智恵子の関係者の生き方や実家「花霞酒造」の経営破綻など当時の資料を織り交ぜ、物語に仕上げた。
 入江さんは「今年は智恵子の生誕140年に当たる。彼女の功績や新たな魅力を知るきっかけになれば」と話している。
 A5判122ページ。1760円(税込み)。県内書店、福島民報販売店で取り扱っている。問い合わせは福島民報社事業局出版部(平日午前10時~午後5時)電話024(531)4182へ。


語り手的な主人公は入江氏ご自身が投影されているようですが、あくまで小説ですので、内容の大半はフィクションと思われます。

明治病院第一部に登場する「人びと」のうち、日本女子大学校において智恵子と同窓で、福島市の明治病院に嫁いだ幡ナツは、智恵子と浅からぬ縁がありました。女子大学校卒業後の明治42年(1909)、智恵子がそれまで住んでいた卒業生向けの寮が閉鎖され、ナツは自分も住んでいた駒込動坂の日本画家・夏目利政宅に智恵子も下宿できるよう手配してくれました。また、同45年(1912)、智恵子が太平洋画会展覧会に出品した油絵「雪の日」は福島の明治病院の庭を描いたと伝えられています。

本書の表紙は幡家の人々と撮った写真をモチーフにしたもので、貼り絵作家の小倉玲奈さんという方の作だそうです。写真自体は明治病院滞在時の明治45年(1912)はじめか前年暮れ頃に撮られたと推定されています。

そこで寮の件やこの写真を撮影した際のことなどが描かれています。そして語り手的な主人公の妻は、ナツの孫という設定です。

同じく第一部では、宮澤トシや服部ミネ。

トシは宮沢賢治の最愛の妹。「あめゆじゆとてちてけんじや」の人です。やはり日本女子大学校に学び、しかも家政科でしたから智恵子の後輩です。ただ、在学は大正4年(1915)~同8年(1919)で、明治40年(1907)に卒業した智恵子とはかぶっていません。小説では在学中のトシが光太郎智恵子夫妻の暮らす駒込林町のアトリエを訪れて、兄・賢治の作品の載った同人誌『アザリア』を読んでくれ、と光太郎に渡すという設定になっています。

服部ミネは、智恵子の油井小学校時代の恩師にして、一度教員になってから退職し、日本女子大学校に進学した服部マスの姪。智恵子はマスの影響もあって女子大学校に進みました。そしてミネ。特筆すべきは大正12年(1923)、関東大震災後のドサクサで、無政府主義者・大杉栄とその内縁の妻にして旧『青鞜』同人の伊藤野枝らを殺害した憲兵大尉・甘粕正彦の妻だったこと。小説では甘粕との結婚前に、ミネがマスに連れられてやはり駒込林町の光太郎智恵子の元を訪ねるという内容になっています。

このあたりはフィクションですが、そういうことが絶対に無かったとは言い切れない内容です。

第二部では、昭和4年(1929)の智恵子実家・長沼酒店の破産などが描かれています。福島の郷土資料等を詳しく調べられたようで、それを元にしています。この件についてはいろいろ裁判沙汰などもあり(後に智恵子の母・センと智恵子の妹夫婦が九十九里に移ったのも無関係ではありません)、関係者の子孫等が存命で、登場人物の名が実名でなく仮名になっている箇所があります(第一部でもそうでしたが)。このあたり、コンプライアンス的になかなか難しいのでしょう。

さて、福島県外で購入という場合、上記『民報』さん記事末尾の「問い合わせは福島民報社事業局出版部(平日午前10時~午後5時)電話024(531)4182へ」というところで電話注文も可能かも知れませんし、お住まいの地域の新刊書店さんに書名やISBNコード(ISBN978-4-904834-74-9)を伝えれば入手できるかと存じますのでよろしくお願いします。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 7 『高村光太郎選集 Ⅱ 詩 下』

昭和27年(1952)5月10日 中央公論社 高村光太郎著
2 (1)
2 (2) 2扉 2奥付
目次
 樹下の二人 鉄を愛す Lululi とげとげなエピグラム 氷上戯技 偶作 七 珍客 清廉
 月曜日のスケルツオ 白熊 傷をなめる獅子 少年を見る 狂奔する牛 車中のロダン 葱
 後庭のロダン 象の銀行 十大弟子 苛察 聖ジヤンヌ 夜の二人 雷獣 冬の奴
 無口な船長 滑稽詩 マント狒狒 象 森のゴリラ 北冥の魚 潮を吹く鯨
 あなたはだんだんきれいになる 怒 偶作 四篇 母をおもふ 或る墓碑銘 北東の風、雨
 冬の言葉 ミシエル・オオクレエルを読む 火星が出てゐる 偉大なるもの 美を見るもの
 「詩」 龍 あどけない話 同棲同類 何をまだ指してゐるのだ 存在 旅にやんで その詩
 彼は語る 二つに裂かれたベエトオフェン 花下仙人に遇ふ 天文学の話 ぼろぼろな駝鳥
 当然事 無限軌道 街上比興 さういふ友 あの音 夏書二題 北島雪山 古事一則
 或る日(昭和三年九月二十八日) 人生 ひとり酸素を奪つて 焼けない心臓 或る筆記通話
 触知 上州湯桧曽風景 無題 上州川古「さくさん」風景 冬 無題 刃物を研ぐ人
 耳で時報をきく夜 冷熱 孤坐 美の監禁に手渡す者 似顔 のつぽの奴は黙つてゐる
 南極 蝉を彫る 非ヨオロッパ的なる レオン・ドウベル 先生山を見る 晴天に酔ふ
 首の座 人生遠視 風にのる智恵子 村山槐多 ばけもの屋敷 「藤島武二画集」に題す
 「悪魔の貞操」に題す もう一つの自転するもの 荻原守衛 千鳥と遊ぶ智恵子
 値ひがたき智恵子 よしきり鮫 夢に神農となる 老耼、道を行く
 一艘の船が二艘になること 地理の書 山麓の二人 団十郎像由来 手紙に添へて
 レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 初夏言志 亡き人に
 銅像ミキイヰッツに寄す へんな貧 梅酒 最低にして最高の道 秋風をおもふ
 太子筆を執りたまふ 荒涼たる帰宅 青年 与謝野夫人晶子先生を弔ふ 三十年 寒夜読書
 救世観音を刻む人 南瓜賦 美しき落葉 雪白く積めり 山菜ミヅ 暗愚小伝 山のひろば
 「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 山口部落 かくしねんぶつ
 クロツグミ 別天地 おれの詩 悪婦 岩手の人 若しも智恵子が 山からの贈物
 滑稽詩 二篇
  Rilke Japonica etc. 赤トンボ
 山荒れる 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 クチバミ 元素智恵子 メトロポオル 裸形
 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 田植急調子 噴霧的な夢 女医になつた少女 東北の秋
 大地うるはし 人間拒否の上に立つ
 月報 個人として(下) 高田博厚 高村光太郎の彫刻 真壁仁 強靱積極の生活 池田克己

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第4回配本です。収録詩篇は大正12年(1923)の「樹下の二人」から昭和26年(1951)の「人間拒否の上に立つ」まで、概ね編年体です。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰に当たられている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さん主催のイベントおよびそれとセットで開催されるコンサートの案内です。

高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂の集い~

期 日 : 2026年5月17日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館周辺 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 8:45~
料 金 : 1,500円
申 込 : 熊谷健一 TEL/FAX 0243-23-6743 〒969-1404 二本松市油井八軒町75

智恵子の生家、記念館、「樹下の二人」詩碑などゆかりの地を説明を聴きながら巡り歩き最後に安達駅前「智恵子像」の前で参加者による「智恵子抄」朗読を行います。定員20名(先着順)。

001
二本松市のさらに旧安達町内、それほど広くない範囲で智恵子ゆかりの地を巡るいわば文学散歩的な催しです。たぶん参加費に昼食代が含まれていると思われます。
002
当方、令和5年(2023)とその翌年に参加いたしました。それほど広くない範囲ですが、歩いて巡るとなるとけっこう大変です(「青空ウォーク」と銘打ってそうしていた時期もかつてありましたが)し、雨天の場合も有り得るので、近年は夢くらぶさん会員の方の車に分乗して巡るスタイルになっています。

最後にJR東北本線安達駅前の智恵子像「今 ここから」(光太郎の父・光雲孫弟子の故・橋本堅太郎氏作)でオープンマイク的に朗読会だそうで。

それが終わった段階で、二本松市街地に移動して下記のコンサート鑑賞という流れのようです。おそらく希望者のみということになるのでしょうが。

モモの智恵子抄

期 日 : 2026年5月17日(日)
会 場 : 二本松市民交流センター 福島県二本松市本町2-3-1
時 間 : 15:00~
料 金 : 前売 3,500円 当日 4,000円
申 込 : モンデンビューロー  mondenmomo@mac.com

 高村智恵子さん生誕140年記念のイベントが今年の5月に二本松で行われます。そしてこれは2028年ミュージカル『智惠子抄』へのスタートでもあります。二本松市 二本松市教育委員会 二本松音楽協会 そして智恵子のまち夢くらぶの後援をいただきモンデンモモの智惠子抄 音楽劇『智恵子飛ぶ』そして前夜祭として劇団徳子福島公演『MOMO NO MOMO』の公演が行われます。
 いよいよ準備が本格的にはじまりました
 1990年から 智惠子抄を歌でお届けする活動が始まりました。そして2023年 舞踊音楽劇として『智恵子飛ぶ』が上演されました。今回リクエスト公演として高村智恵子さん生誕140年にむけ智恵子さんの生誕の地で再演されます。それは2028年のミュージカル『智惠子抄』への始まりでもあります。
 智恵子さんの学ばれた油井小学校の子供達に智恵子さんの素敵さを上演していただきたい演じていただきたいそんな思いから4歳から90歳までのプロと愛好家の最高の融合をモットーとする劇団徳子が 手がけます
 油井の子供達と大人たちと輝く智恵子さんの『懐かしい未来』を〜お伝えしたいとかんがえています。 素敵な、そしてすごい時代です!! 東京からたくさんの仲間たちが引っ越し公演をいたします。あなたも!!二本松に!!いらしてくださいね!!おまちしています。
001
光太郎詩にオリジナルの曲を付けて歌われている、シャンソン系歌手・モンデンモモさんによるコンサートです。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 6 『高村光太郎選集 Ⅴ 随想 上』

昭和26年(1951)12月10日 中央公論社 高村光太郎著
5
5函 5扉 5奥付
目次
 回想録など
  回想録 子供の頃 母のこと 姉のことなど 美術学校時代 揺籃の歌 谷中の家
  智恵子の半生 二世代
 彫刻のことなど
  肖像雑談 自作肖像漫談 蝉の美と造型 ロダンの素描 ロダンの手記談話録
  自刻木版の魅力 彫刻的なるもの 彫刻寸言 美の健康性 芸術上の良知 永遠の感覚
  普遍と独自 美 比例均衡 美意識について 美の影響力 美を求める欲望 詩の深さ
  書について 気について 小感 言葉の事 生きた言葉 触覚の世界
  詩人の知つた事ではない
 アトリエにて
  小刀の味 信親と鳴滝 ある首の幻想 手 鷗外先生の「花子」 家
 
断片
  新茶の幻想 「道程」改訂版 内部の矛盾 木つ葉童子の手紙 ジヤン コクトウ
  さやゑん豆 鯉の木彫 或日 文語 智恵子の新盆 型
 月報 個人として(上) 高田博厚 アトリエのあつたお家 森田たま

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第3回配本です。「随想」の題ですが、評論とエッセイとが入り交じっています(どちらともつかないものもあるのですが)。

編年体ではなく、おおむね内容による分類。一応時期での区切りがあり、戦後のものは含んでいません。ただ、後に出る「随想 下」では遡って明治期のものが収められたりします。

毎年この時期にご紹介していますが、「ほんとの空」の広がる安達太良山の山開きが行われます。

第72回 安達太良山山開き001

期 日 : 2026年5月17日(日)

福島県出身のタレントなすびさん(安達太良山観光大使)が今年も山開きに参加!! ぜひ一緒に登山を楽しみましょう!!(記念撮影可能)

奥岳登山口(あだたら高原スキー場)でのイベント
 安全祈願祭【午前8時~】
  1年間の安達太良山登山の無事を参加者で祈願します。
  (荒天時はランデブー内で実施します)

山頂でのイベント
 ➀ペナント配布【午前9時30分~】
  先着3,000枚を配布します。(無くなり次第、終了となります)
 ②ほんとの空大声コンテスト【午前11時~】
  山頂で募集します。テーマに沿った内容で大声を出してもらいます。
  男性部門の大賞、女性部門の大賞を決定します。(定員20名)
  大賞には豪華景品をご用意しております。また、参加された方へも参加賞がございます。
  ※荒天時は中止となります。ご了承ください。
000
かつて行われていた「ミズあだたらコンテスト」が昨年から無くなり、代わって「ほんとの空大声コンテスト」が山頂で予定されています。昨年も計画には入っていたのですが、荒天のため中止となってしまったので、今年行われるとすれば初の開催ということになります。

『広報にほんまつ』今月号、山開き全般。
002
三保恵一市長の連載コラム。
015
公式サイトにシャトルバスの情報がまだアップされていませんが、例年通りであればJR東北本線二本松駅から、中腹の岳温泉を経由、奥岳登山口までのそれが運行されるはずです。

ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 5 『高村光太郎選集 Ⅰ 詩 上』

昭和26年(1951)10月10日 中央公論社 高村光太郎著
1
1函 1扉 1奥付
目次
 秒刻 マデル 博士 あらそひ 
 敗闕録
  ㈠われ千たび君を抱かむ ㈡君を見き ㈢遁れたる君は遣らばや
  ㈣眠りてあれか目覚めよか
 LES IMPRESSIONS DES OũONNAS
  TU VOIS?  LE SOURIRE CACHÉ  L'ABSINTHE 
  POUSSE―POUSSE Á LA GUM―WA
 友よ PRÉSENTATION 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜
 熊の毛皮 人形町 甘栗 亡命者 寂寥 侵蝕 祈祷 或日の午後 声 新緑の毒素
 廃頽者より 『河内屋与兵衛』 髪を洗ふ女 手 『おもひで』と『夜の舞踏』と 白昼の空気
 金秤 はかなごと 地上のモナ・リザ 夜半 けもの 父の顔 泥七宝 恐怖 あをい雨
 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 涙 からくりうた
 さびしきみち カフエにて ビフテキの皿 梟の族 冬が来る カフエにて 或る宵 夜
 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 師走十日 戦闘 カフエにて 深夜の雪
 人類の泉 人に 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩 牛 僕等 道程
 愛の嘆美 群集に 婚姻の榮唱 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐 五月の土壌
 淫心 秋の祈 わが家 晴れゆく空 小娘 海はまろく 花のひらくやうに 歩いても
 湯ぶねに一ぱい 無為の白日 序曲 丸善工場の女工達 米久の晩餐 
 雨にうたるるカテドラル かがやく朝 ラコツチイ マアチ クリスマスの夜 冬の送別
 真夜中の洗濯 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ

 月報 根付の国 日夏耿之介 無題 吉野秀雄 山小屋の人 伊藤信吉

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第2回配本です。明治40年(1907)の「秒刻」から大正11年(1922)の「落葉を浴びて立つ」までの詩が、編年体で収められています。

しばらくの間、智恵子およびその故郷・福島二本松関連の話題が続くかも知れません。

今日は智恵子のソウルマウンテン・安達太良山にオープンした「「あ」の図書室」関連の報道を2本。

まず、業界紙『観光経済新聞』さん。

山頂駅に無料図書室をオープン 「あ」がモチーフ あだたら山ロープウェイ

 富士急安達太良観光(福島県二本松市)は11日、同社が展開するあだたら高原リゾートの「あだたら山ロープウェイ山頂駅」内休憩所をリニューアルし、「あ」をモチーフにした図書室をオープンした。文学にゆかりのある同地ならではの”静かな過ごし方”を提案。休憩室と展望室を兼ねた空間として、無料開放する。
 あだたら高原リゾートでは近年、グリーンシーズンの楽しみ方を拡充させる取り組みを展開している。2024年からは、「あだたらやま」の「あ」に着目した空間演出など、自然と遊び心を感じられる体験づくりを提供。山頂展望広場に設置された「あ」のオブジェはその代表作で、多くの来場者に親しまれている。
 今回新たにオープンする「あ」の図書室は静かな過ごし方を提案する空間として整備。高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られる安達太良山の山頂で本を手に取り、ゆったりとした時間を堪能できる。図書室には、詩集のほか登山などのアウトドア、 旅行、二本松市紹介関係の書籍が置かれている。
006
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「高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られる安達太良山の山頂」とありますが、正確には「安達太良山の山頂」ではありません。安達太良山系の薬師岳山頂ということで、ロープウェイは「山頂駅」と命名されていますが。安達太良山自体の山頂(標高1,700㍍)は、ここからさらに2時間ほど登ったところ。さすがに立派な建造物を建てるのは不可能でしょう。

続いて、TUFテレビユー福島さんのローカルニュース。

“ほんとうの空”の下で読書を…安達太良山の山頂駅に図書室オープン 福島

これから本格的な登山シーズンを迎えますが、それを前に、福島県の安達太良山の休憩所がリニューアルオープンです。この休憩所、空を見渡しながらあることを楽しめるそうです。

平岡沙理アナウンサー「きょうは雲一つない青空!気持ちいいですね!山頂駅にある休憩所がリニューアルしたということで、どんな施設に生まれ変わったのか行ってきます!」
000
やってきたのは、標高1700メートル、日本百名山に数えられている安達太良山。早速ロープウェーに乗り、出発進行!といきたいところでしたが…高所恐怖症の平岡アナは若干苦笑い。それでも、ゴンドラに乗ると見える雄大な景色に、うっとりしています。

およそ10分、ロープウェーの旅を楽しんで山頂駅に到着!

平岡アナ「着きました!ちょっと怖かったです。行きましょう!気を取り直して!」

 「ほんとうの空」の下で、読書を
駅を降りて見えてきたのは、大きく書かれた「あ」の文字。ここが、新しくできた読書ラウンジ「あ」の図書室です。安達太良山の母音がすべて「あ」であることから、その名前が付けられました。
002
4月11日にオープンしたこの図書室には、絵本や登山の本、さらにはマンガまで、およそ300冊がそろっています。こだわりは内装にも。
003
平岡アナ「中は木が基調となっていて、この階段をのぼると、見てください!絶景が広がっています。柔らかな日差しも浴びられてとても心が落ち着きます」

安達太良山の空といえば、高村光太郎の妻・智恵子が愛した「ほんとうの空」。「あ」の図書室では、この「ほんとうの空」の下で、読書を楽しむことができます。大自然に囲まれた静かな空間で、登山や日々の疲れを癒してほしいという思いから、生まれました。
001
東京から訪れた人「(この場所は)知らなくて、祖父がこっち出身で連れてきてもらいました。すごく景色も良くて来てよかったと思います」

新潟県から訪れた人「来てみてちょっとおもしろそうなのがあったから入ってみようかなという感じで、ゴンドラが真横に見えて、なかなか撮れないかなと思って」

「あ」の図書室は入場無料で、ゴールデンウィーク期間中の5月10日までは毎日営業しています。ぜひ皆さんも、静かな空間に癒されてみてはいかがでしょうか?図書室に行くまでのロープウェーは、別途料金がかかりますので詳しくはホームページでご覧ください。

二本松に足を運ばれる際は、ぜひお立ち寄りください。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 4 『高村光太郎詩集』創元選書

昭和26年(1951)9月15日 創元社 高村光太郎著
PXL_20260502_023433141.MP PXL_20260502_023447880 PXL_20260502_023512118
目次
 明治四十年(一九〇七)
  秒刻 マデル 豆腐屋 博士 あらそひ
  敗闕録
   (一)われ千たび君を抱かむ (二)君を見き (三)遁れたる君は遣らばや
   (四)眠りてあれか眼覚めよか
 明治四十三年(一九一〇)
  Les impressions des oũonnas
   tu vois? le sourire cache l'absinthe pousse-pousse a la gum-wa 友よ
      Presentation 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国  
 明治四十四年(一九一一)
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 侵蝕
  失走 縁日 狗ころ 祈祷 或日の午後 声 風 新緑の毒素 夏 頽廃者より
  「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 なまけもの 手
  『おもひで』と『夜の舞踏』と 白昼の空気 金秤 はかなごと めくり暦
  地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日 父の顔 泥七宝 恐怖
 明治四十五年(一九一二)
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に  夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 涙 からくりうた さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
  カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
  師走十日 戦闘
 大正二年(一九一三)
  カフエにて 深夜の雪 人類の泉 人に 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐 五月の土壌 淫心 秋の祈
 大正五年(一九一六)
  わが家
 大正六年(一九一七)
  晴れゆく空 小娘 海はまろく 花のひらくやうに 歩いても 湯ぶねに一ぱい
  無為の白日
 大正九年(一九二〇)
  序曲 丸善工場の女工達
 大正十年(一九二一)
  米久の晩餐 雨にうたるるカテドラル かがやく朝 ラコツチイ マアチ
 大正十一年(一九二二)
  クリスマスの夜 冬の送別 真夜中の洗濯 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ
 大正十二年(一九二三)
  樹下の二人 鉄を愛す Liluli 春駒 とげとげなエピグラム
 大正十三年(一九二四)
  氷上戯技 偶作 七 珍客 清廉 月曜日のスケルツオ
 大正十四年(一九二五)
  白熊 傷をなめる獅子 少年を見る 狂奔する牛 車中のロダン 葱 後庭のロダン
 大正十五年(一九二六)
  象の銀行 十大弟子 鯰 苛察 聖ジヤンヌ 夜の二人 雷獣 冬の奴 無口な船長
  滑稽詩 マント狒狒 象 森のゴリラ 北冥の魚 潮を吹く鯨
 昭和二年(一九二七)
  あなたはだんだんきれいになる 怒 偶作 四篇 母をおもふ 或る墓碑銘
  北東の風、雨 冬の言葉 ミシエル オオクレエルを読む 火星が出てゐる
  偉大なるもの 美を見るもの 「詩」
 昭和三年(一九二八)
  龍 あどけない話 同棲同類 何をまだ指しているのだ 存在 旅にやんで その詩
  彼は語る 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ 天文学の話
  ぼろぼろな駝鳥 当然事 無限軌道 街上比興 さういふ友 あの音 夏書十題
 昭和四年(一九二九)
  北島雪山 古事一則 或る日 人生 ひとり酸素を奪つて 焼けない心臓 或る筆記通話
  触知 上州湯桧曽風景 無題 上州川古「さくさん」風景 冬 名所 昔話 無題
 昭和五年(一九三〇)
  のんきな会話 刃物を研ぐ人 耳で時報をきく夜 冷熱 孤坐
 昭和六年(一九三一)
  美の監禁に手渡す者 似顔 のつぽの奴は黙つてゐる 南極 蝉を彫る
 昭和七年(一九三二)
  非ヨオロツパ的なる レオン ドウベル 先生山を見る
 昭和八年(一九三三)
  晴天に酔ふ 首の座
 昭和十年(一九三五)
  人生遠視 風にのる智恵子 村山槐多 ばけもの屋敷 「藤島武二画集」に題す
  「悪魔の貞操」に題す
 昭和十一年(一九三六)
  もう一つの自転するもの 荻原守衛
 昭和十二年(一九三七)
  千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 よしきり鮫 夢に神農となる 老耼、道を行く
 昭和十三年(一九三八)
  一艘の船が二艘になること 地理の書 山麓の二人 団十郎像由来 手紙に添へて
  子を産む書物
 昭和十四年(一九三九)
  レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 初夏言志 亡き人に
  銅像ミキイヰッツに寄す へんな貧
 昭和十五年(一九四〇)
  梅酒 最低にして最高の道 秋風をおもふ 太子筆を執りたまふ
 昭和十六年(一九四一)
  荒涼たる帰宅 青年
 昭和十七年(一九四二)
  与謝野夫人晶子先生を弔ふ 三十年
 昭和十八年(一九四三)
  寒夜読書 救世観音を刻む人
 昭和十九年(一九四四)
  南瓜賦
 昭和二十一年(一九四六)
  雪白く積めり
 昭和二十二年(一九四七)
  山菜ミヅ 
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  山のひろば
 昭和二十三年(一九四八)
  「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 山口部落 かくしねんぶつ
  クロツグミ 別天地
 昭和二十四年(一九四九)
  おれの詩 悪婦 岩手の人 若しも智恵子が 山からの贈物
 昭和二十五年(一九五〇)
  山荒れる 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 クチバミ 元素智恵子 メトロポオル
  裸形
 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 田植急調子 噴霧的な夢 女医になつた少女
  東北の秋
 昭和二十六年(一九五一)
  大地うるはし 人間拒否の上に立つ
 編纂覚え書 草野心平


編年体による、この時点で編纂者の草野心平が把握していた光太郎詩をほぼすべて網羅したものです。ただし、戦前・戦時中の翼賛的なものはほとんどカットしました。それ以外でも抜け落ちている詩篇はまだまだありましたが、それは心平の検索の網に引っかからなかったものでしょう。

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