光太郎に関わる各種の講座が開かれますので御紹介します。
日本近代文学館 講座「資料は語る 資料で読む「東京文学誌」」
2013年4月20日(土)14:00~15:30
駒場東大前 日本近代文学館ホール
青春の諸相―根津・下谷 森鷗外と高村光太郎
講師:小林幸夫(上智大学教授)
大正6年10月9日、34歳の高村光太郎は、55歳の鷗外に呼ばれて観潮楼の門を潜った。
その折の事が「観潮楼閑話」に記されている。
それを原稿で読みながら二人の議論を考察し、あわせて『青年』に描かれた観潮楼付近に触れる。
全6回の講座の1回目です。他の5回は「電車が作る物語-田山花袋と夏目漱石」「女性たちの東京-永井荷風と泉鏡花」「モダンな盛り場―浅草 川端康成・堀辰雄など」「震災と復興――銀座 水上瀧太郎・久保田万太郎・里見弴など」「太宰治―中央線時代の文学と恋。甲府の石原美知子~御茶ノ水の山崎富栄」。4月~11月まで、月1回の開講です。
参加費は6回で10,000円、1回のみで2,000円とのこと。当方、1回目のみ申し込みました。皆様もぜひどうぞ。
【今日は何の日・光太郎】3月16日
昭和27年(1952)の今日、花巻郊外太田村山口地区の屋号「田頭」高橋家で村人3,40人との酒宴に招かれました。

























も載せます。そちらはこれから作成します。また、当方の編集ではなく、千葉市美術館の学芸員さんの労作ですが、光太郎の書いたものの中から、個々の彫刻に関わる内容のものの抜粋。こちらにも『全集』未収録の、最近見つけたものをお願いして載せていただきます。








光太郎の色紙「牛」が含まれています。


の庭」という花壇もありました。季節が季節ですので、ほとんど花は咲いていませんでしたが、唯一、紅梅だけが花を咲かせていました。

瀬清子の生涯』も手に入り、早速、帰りの新幹線車中で拝読しました。こちらには、昭和9年(1934)の第1回宮沢賢治友の会の写真も掲載されており、光太郎も映っています。





、かつては立派な家だったことが窺えます。しかし現在は痛みが激しく、「永瀬清子生家保存会」という団体が募金をつのり、維持、修理を行っているそうです。





のかも知れません。ご存じの方はご教示いただけると幸いです。


