北海道からの展覧会情報。光太郎オマージュが打ち出されています。

特別展「触覚的感覚-私と外(ほか)をつなぐ窓」

期 日 : 2026年10月10日(土)~2027年1月24日(日)
会 場 : 本郷新記念札幌彫刻美術館 札幌市中央区宮の森4条12丁目
時 間 : 午前10時~午後5時
休 館 : 月曜日 5月4日(月・祝)は開館し5月7日(水)は休館
料 金 : 一般600(500)円、65歳以上500(400)円、高大生400(300)円、中学生以下無料
      ※(  )内は10名以上の団体料金

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚…五感と呼ばれる感覚は、いずれも身体の感覚器官を通じて、外界の万象と接触しています。私たちは自らとそれ以外のものを区別し、そして認識するとき、常にこの接触を伴っています。インターネットやスマホがもはや生活インフラとなった現代社会では、その外界に溢れる豊富な情報を処理するために視覚が優位となりがちで、触覚を意識する場面はそう多くありません。しかし彫刻家はどうでしょう。日本を代表する二人の彫刻家は、次のように述べています。
彫刻性とは量感の裏に凡ゆる美的要素をふくませた、言わば触覚的感覚にうったえる形の性格を指すものである。 ―本郷新
彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる。 ―高村光太郎
 本展では、これらの言葉をたよりに、触覚を原始的な感覚、かつ他の感覚の基底を成すともいえる重要な感覚と捉え、その多義性に迫ります。本展に出品される、さまざまな技法・素材を用いて制作を行う北海道の現代作家の作品は、我々の認識と接触を通じて、感覚に対する新たな奥行を与えてくれることでしょう。

出展作家 岡碧幸 加藤浩子 河野菜穂子 KOMAKUS 清水宏晃 本郷新
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関連行事
 ●アーティストトーク1 日時:2026年10月10日(土)午後2時~3時
  出演:河野菜穂子、清水宏晃
 ●アーティストトーク2 日時:2026年11月14日(土)午後2時~3時
  出演:岡碧幸、加藤宏子、KOMAKUS(リモート出演)
  場所:本館展示室
  ※予約不要。入場には観覧料がかかります
 ●サンクスデー 学芸員によるスライドトークinサンクスデー(無料開放日)
  本展の見どころをガイドします。
  日時:2026年10月18日(日)午前10時15分~45分
  場所:本館研修室

案内文で「これらの言葉をたよりに」と引用されているうち、光太郎の「彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる」は、昭和3年(1928)に書かれた評論「触覚の世界」の一節です。新聞『時事新報』に3回にわたって連載されたもので、全文は長いため、当該箇所を含む段落のみ引用しましょう。

 彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる。彼の眼には万象が所謂「絵のやう」には映つて来ない。彼は月を撫でてみる。焚火にあたるやうに太陽にあたる。樹木は確かに一本づつ立つてゐる。地面は確かにがつしり其処にある。風景は何処をみても微妙に組み立てられてゐる。人体のやうに骨組みがある。筋肉がある。肌がある。さうして、均衡があり、機構がある。重さがあり、軽さがある。突きとめたものがある。

いわば光太郎の世界観が垣間見えますね。形而上的な意味ではなく、実際に両の眼でこの世界をどのように捉えているか、といった意味での。眼というより、実はこの一節の前にはいわゆる五感はすべて触覚に収斂されていくという趣旨の論があり、そこでタイトルが「触覚の世界」なのですが。
 
案内文で「これらの言葉をたよりに」とあるのが、単にお題目でない作品が並んでいることを期待します。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 89 『日本詩集1955』

昭和30年(1955)12月25日 三笠書房 日本文芸家協会編
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収録作家
 三井ふたばこ 北川多喜子 飯沼文 中桐雅夫 井上充子 壺井繁治 金子光晴 室生犀星
 依田義賢 大河原巌 志沢正躬 澤村光博 岡崎清一郎 長島三芳 新藤千恵 長尾辰夫
 笹沢美明 櫻本富雄 小野十三郎 谷川雁 小池亮夫 平林敏彦 高見順 吉本隆明
 安藤一郎 壺田花子 佐川英三 大江満雄 清岡卓行 遠地輝武 中村千尾 高野喜久雄
 串田孫一 飯島耕一 天野忠 神保光太郎 植村諦 高内壮介 深尾須磨子 金井直
 藤島宇内 谷川俊太郎 粒来哲蔵 竹中郁 衣更着信 友竹辰 堀口大学 和泉克雄
 町田志津子 会田綱雄 阪本越郎 安西冬衛 青山鶏一 山本太郎 安水稔和 瀧口雅子
 土橋治重 黒田三郎 蔵原伸二郎 山口洋子 真壁仁 田中冬二 中島可一郎 岡田刀水士
 馬淵美意子 丸山薫 西脇順三郎 北園克衛 安西均 上野菊江 清水深生子 扇谷義男
 高村光太郎 安東次男 三野混沌 藤原定 草野心平 杉山市五郎 北川冬彦 緒方昇
 岡本潤 木原孝一 高橋新吉 北村太郎 嶋岡晨 鳥見迅彦 三好豊一郎 西内延子
 平木二六 長安周一 森崎和江 木下夕爾 松岡寛 上林猷夫 山村順 櫻井勝美
 長谷川龍生 嵯峨信之 木津豊太郎 吉田一穂 吉野弘 三好達治 難波律郎 河邨文一郎
 村野四郎 堀内幸枝 相沢英樹 及川均 中江俊夫 大瀧清雄 乾直恵 高田敏子 中村稔
 大木惇夫 田村隆一 尾崎喜八 中村隆子 前田棟一郎 山田孝 永瀬清子 岸田衿子
 川上春雄 伊藤信吉 大岡信 川路柳虹 関根弘 本郷隆 山本健吉


光太郎詩は「十和田湖畔の裸像に与ふ」が収められています。










智恵子の故郷・福島二本松系の情報等をまとめてご紹介します。

まず、格安のモニターツアー。期日的には少し後ですが、締め切りが早いもので……。

ほんとの空ツーリズム! モニターツアー

期 日 : 2026年11月2日(月)・3日(火)
行 程 :
 1日目 福島駅西口(8:15)
      ↓
     塩沢登山口(9:00)~屏風岩~くろがね小屋(建て替え現場説明・岳温泉源泉見学)
     ~安達太良山頂~あだたら山ロープウェイ~奥岳登山口
      ↓
     岳温泉(16:00) 光雲閣宿泊
      
 2日目 岳温泉(9:00)
      ↓
     二本松周辺観光 龍泉寺・座禅体験~二本松の菊人形~神楽工房はしもと
・箸研ぎ出し体験
      ↓
     岳温泉
      ↓
     福島駅(解散)
料 金 : 1,000円(移動費、宿泊代、2日目昼食代、ガイド料、入場・体験料、傷害保険)
定 員 : 10名(最少催行3名)
受 付 : 10月1日(木)〜 10月16日(金)

安達太良山と二本松文化を体験する、特別な2日間。「晩秋の安達太良山トレッキング&二本松城下を巡る」1泊2日のモニターツアーを開催いたします。
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1泊2日で1,000円。なぜそれが可能かというと、「モニターツアー」だからですね。もっとも、昨年は無料でしたが。

「ほんとの空ツーリズム!」は、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語を冠したイベントで、福島県全体の「ふくしまデスティネーションキャンペーン」を受けて、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山とその周辺で展開されているものです。「ふくしまデスティネーションキャンペーン」自体は今年の4月から6月でしたが、来年の同じ時期に「ふくしまアフターデスティネーションキャンペーン」だそうで、それに向けての「モニターツアー」なのでしょう。

奮ってご応募下さい。

二本松系、もう少し。今月初めに始まった「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」につき、地方紙『福島民友』さんの報道はご紹介しましたが、もう1紙の『福島民報』さんの記事を取り上げていませんでしたので、ここで。

智恵子の油絵 現存3点一堂に 生誕140周年記念展 二本松で来月24日まで

 二本松市出身の洋画家高村智恵子生誕140周年を記念した企画展「智恵子の油絵総展示」は1日、同市の智恵子記念館で始まった。山梨県の清春芸術村が所蔵する智恵子の油絵「樟[くすのき]」を市内で初めて展示している。11月24日まで。
 智恵子が描いた油絵の多くは戦火で失われ、現存が確認されているのは3点のみ。2点は通常、智恵子記念館に展示されており、企画展は3点全てがそろう貴重な機会となる。
 「樟」は智恵子が日本女子大学校の級友を訪ね、静岡県にある生家に滞在した際、庭から見えた大木を写生した作品。青色を基調として、大木の生命力を気高く表現している。
 時間は午前9時から午後4時30分まで。入館料は大人(高校生以上)が410円、子ども(小中学生)は210円。問い合わせは智恵子記念館 電話0243(22)6151へ。
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智恵子の紙絵一堂に 生誕140周年記念展が開幕 二本松

 二本松歴史館特別企画展「智恵子の芸術」は3日、二本松市のにほんまつ城報館で始まった。市内出身の洋画家高村智恵子が制作し、市が所蔵する紙絵24点が初めて一堂にそろう。11月23日まで。
 市教委の主催。智恵子の生誕140周年を記念した企画。紙絵「青い魚と花」や「花[きく]」、「模様」のほか、資料やパネルなど計61点を紹介している。
 初日は同所で開場式を行い、三保恵一二本松市長と本多俊昭二本松市議会議長、渡辺惣吾二本松市教育長がテープカットした。
 時間は午前9時から午後5時(最終入館は午後4時30分)まで。料金は一般200円、高校生以下は100円。市内の智恵子記念館と二本松市大山忠作美術館が連携し、チケットの半券で割り引きを受けられる。
 問い合わせは市教委文化課 電話0243(55)5154へ。
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もう1件、『福島民友』さんの方では10月5日(月)の智恵子忌日「レモンの日」に行われた智恵子生家のライトアップの件も報じて下さっています。

レモン忌…生家に影絵 福島・二本松、高村智恵子の命日にライトアップ

 詩人・彫刻家高村光太郎の妻で、光太郎の詩集「智恵子抄」の「レモン哀歌」でも知られる福島県二本松市出身の洋画家・紙絵作家高村智恵子の命日の5日、同市の智恵子の生家・記念館はライトアップイベントを行った。
 「高村智恵子レモン祭」の一環として昨年に続き実施した。智恵子生誕140周年の記念の年に当たる今年は、智恵子と光太郎のシルエットなど幼少期、20代、晩年の智恵子の生涯を描いた影絵が生家に浮かび、幻想的な映像で彩った。
 生家内は上川崎和紙のランプシェードで演出され、来場者が智恵子への思いをはせた。ライトアップは11月21日(午後5時~同8時)にも行われる。問い合わせは市文化課へ。
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この日は、生家の座敷で管楽五重奏のミニコンサートも開かれました。予告には「智恵子も好んだクラシック曲等の生演奏」とあったのですが、詳細は存じませんでした。
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今後の特別企画展「智恵子の芸術」及び「レモン祭」の予定。

今週末、10月17日(土)の13:00から、二本松市コンサートホールさんで当方の記念講演「智恵子と光太郎」が開催されます。

来月に入ると、11月8日(日)にはやはり智恵子生家座敷で、13:30からコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」。元井美智子さん(箏奏者)、大西ようこさん(テルミン奏者)、荒井真澄さん(朗読家)のトリオによるものです。

そして「レモン祭」グランドフィナーレに近い形で、再び生家のライトアップ。11月21日(土)の17:00~20:00です。

それぞれぜひおいでください。

ついでというと何ですが、智恵子生家でもロケが行われた2時間ドラマの再放送があります。

<お昼のサスペンス>浅見光彦シリーズ22 首の女殺人事件

BSフジ 10月19日(月)  11:58〜14:00

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は? 宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは? 浅見光彦が事件の真相にせまる!! 原作 内田康夫

出演者
 中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作
 榎木孝明 野際陽子 ほか
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初回放映は平成18年(2006)、光太郎彫刻の贋作を巡る殺人事件が描かれ、二本松の智恵子生家、花巻の旧高村記念館等でのロケが行われました。

【高村光太郎書誌】

詩華集 88 『昭和詩集』昭和文学全集 第四十七巻

昭和29年(1954)10月30日 角川書店 高村光太郎著作者代表
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収録作家
 安西冬衛 安藤一郎 池田克己 石川道雄 伊東静雄 伊藤整 井伏鱒二 岩佐東一郎
 上田敏雄 植村諦 江間章子 大江満雄 大木惇夫 大木実 大手拓次 岡崎清一郎
 尾形亀之助 岡本潤 小熊秀雄 尾崎喜八 小野十三郎 片山敏彦 金子光晴 河井酔茗
 上林猷夫 菊岡久利 北川冬彦 北園克衛 北原白秋 木下杢太郎 許南麒 草野心平
 蔵原伸二郎 黒田三郎 黄瀛 近藤東 西條八十 阪本越郎 笹沢美明 佐藤惣之助
 佐藤春夫 釈迢空 城左門 白鳥省吾 神保光太郎 杉山平一 千家元麿 高島高
 高橋新吉 高見順 高村光太郎 瀧口武士 田木繁 竹内てるよ 竹中郁 立原道造
 田中克己 田中冬二 壺井繁治 津村信夫 峠三吉 富永太郎 中勘助 永瀬清子
 中西悟堂 中野重治 中野秀人 中原中也 中村真一郎 中山省三郞 西脇順三郎 能村潔
 野口米次郎 野田宇太郎 野間宏 野村英夫 萩原恭次郎 萩原朔太郎 林芙美子 原民喜
 春山行夫 菱山修三 日夏耿之介 火野葦平 平木二六 ひろしぬやま 深尾須磨子
 藤原定 逸見猶吉 堀口大学 真壁仁 丸山薫 宮澤賢治 三好達治 三好豊一郎
 武者小路実篤 村野四郎 室生犀星 百田宗治 八木重吉 山中散生 山之口貘 吉田一穂


奥付で光太郎が「著作者代表」と位置づけられています。確かに物故者を除き、このメンバーでは光太郎がそうなるべき立ち位置だったかなという感じです。

詩は「失はれたるモナ・リザ」「冬の朝のめざめ」「道程」「樹下の二人」「傷をなめる獅子」「あどけない話」「千鳥と遊ぶ智恵子」「山麓の二人」「梅酒」「「ブランデンブルグ」」「月にぬれた手」「典型」「クロツグミ」「山林」。明治期から戦後までが網羅されています。

自分の好きなデザイン等で切手が制作できる「オリジナルフレーム切手サービス」。自治体さんなどが「市制施行○○周年記念」「××指定記念」とかで発行するものが目立ちますが、企業さんなどでも「△△何周年記念」や流行りの何かにあやかったものを続々発行しています。最近の企業ものですと、例えば前者は「仮面ライダーシリーズ生誕55周年」「ウルトラマン60周年記念」、後者で「フェルメール プレミアムフレーム切手セット“光の魔術師”」「坂本花織 引退メモリアルフレーム切手セット“氷上の軌跡”」「りくりゅうメモリアルフレーム切手セット Two Hearts One Dream」など。ちなみに「坂口安吾生誕120年」などというのも発行されています。
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そんな中で、今週、光太郎がらみが発行されます。

オリジナル フレーム切手「宮沢賢治生誕130年&高村光太郎没後70年」の 販売開始および贈呈式の開催

 日本郵便株式会社東北支社(宮城県仙台市青葉区、支社長 斎藤 貴)は、下記のオリジナル フレーム切手の販売を開始します。
 このオリジナル フレーム切手は、今年生誕130年を迎える宮沢賢治と宮沢賢治にゆかりのある高村光太郎の魅力を伝えるため発行するもので、下記の郵便局において限定販売します。
 記載されている情報は発表日現在のものです。最新の情報とは異なる場合がありますので、ご了承ください。

商品名 宮沢賢治生誕130年&高村光太郎没後70年
販売/受付開始日 2026年10月16日(金)
販売/受付開始日(Web) 2026年10月25日(日)午前 0時15分
申込受付数 1,800シート
販売郵便局
 岩手県の花巻市、北上市、奥州市、和賀郡西和賀町および胆沢郡金ケ崎町内の郵便局 (70局)
 岩手郵便局での販売はございません。
 上記地域内の簡易郵便局でも販売する場合がございます。
商品内容 1シート(110円切手×10枚)
商品属性 店頭販売商品
販売単位 シート単位で販売します。
販売価格(税込) 1シート 1,850円
郵便局のネットショップ」でお取扱いする場合は、販売価格のほかに郵送料等が加算されます。
商品コード/カタログコード 2610000101775

贈呈式
 実施日時 2026年10月22日(木)午後 3時00分~
 場所 花巻市役所 市長応接室
 受贈者:花巻市 市長 小原勝(おばら まさる)様
 贈呈者:花巻末広町郵便局 局長 阿部正利(あべ まさとし)
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光太郎第二の故郷・岩手花巻で、光太郎顕彰にあたられているやつかの森LLCさんの藤原代表が元は郵便局にお勤めだったそうで、申し込み等に通暁されていることから実現しました。令和5年(2023)に発行された「オリジナル フレーム切手 高村光太郎と花巻」もそうでした。

今回、制作に協力させていただきました。左下の「光太郎 賢治の「初版本」」とタイトルのついたものに詩集『智恵子抄』が印刷されていますが、当方手持ちのものです。昨夜(というか今日未明)再放送が為されたNHKさんの「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」など、何度もテレビ「出演」もしているもので、持ち主より活躍しています(笑)。
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その他、全体レイアウト。原案では「宮沢賢治が世界的に広まった背景に高村光太郎の思いと尽力があった」という文言が入って居らず、「それだと二人の関係性が明確ではありませんね」的な指摘をさせていただき、入れてもらいました。

ちなみにタイトルの「天才は天才を知る」は、拙著『光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで』で使った文言ですが、やつかの森さん、えらく気に入られたようで、同書の帯にも使い、今回も。

今週末には岩手県内の上記郵便局さんで販売開始、10月25日(日)からはネットでも。10月22日(木)には市役所で「贈呈式」があるそうで、ことによるとその模様が報道されるかもしれません。その際にはまたご紹介させていただきます。

というわけでぜひお買い求め下さい。また、全国の美術館さん、文学館さんなど、オリジナル切手の発行の部分で検討なさるのもよろしいのではないかと思われます。ご参考までに。

【高村光太郎書誌】

詩華集 87 『山岳講座』

昭和29年(1954)5月30日 白水社 川崎隆章/近藤等編
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収録作家
 藤木九三 継宮明仁 秩父宮雍仁 尾上柴舟 高村光太郎 富田砕花 中村清太郎
 渡辺万次郎 辻村太郎 田中薫 井上宇胤 川崎一郎 大賀寿二 今村正二 田村剛
 川崎隆章 町田立穂 中沢義直 芳野満彦 冠松次郎 熊沢友三郎 平賀文男 望月達夫
 諏訪多栄蔵

散文が中心のものですが、光太郎作品は詩「山」と「あどけない話 」とが収録されています。



 

少し前にもちらっとご紹介しましたが、詳細情報を。

第78回企画展 高村光太郎没後70年「高村光太郎と岩手の人~手紙にみる交流~」

期 日 : 2026年10月14日(水)~2027年2月8日(日)
会 場 : 盛岡てがみ館 盛岡市中ノ橋通一丁目1番10号 プラザおでって6階
時 間 : 9:00~18:00
休 館 : 第二火曜日(祝祭日の場合はその翌日) 年末年始(12月28日(月)~1月3日(日))
料 金 : 一般 300(240)円 高校生 200(160)円 小中学生 100(80)円 ( )内20名以上団体

 高村光太郎(1883~1956)は、昭和20年(1945)、宮沢賢治の実家を頼って現岩手県花巻市に疎開し、上京するまでの7年間をこの地で過ごしました。
 厳しい自然に身を置き「自己流謫」の日々を過ごした一方、光太郎を慕う多くの人と交流を深めました。光太郎の手紙をとおして、岩手の人々との交流を紹介します。
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関連行事
 ギャラリートーク「高村光太郎と岩手の人~手紙にみる交流~」
 ①10月30日(金) ②1月23日(土)
 時間:10:30~11:15
 場所:盛岡てがみ館 展示室
 講師:①主任学芸員 中野千恵子 ②館長 紀修
 料金:入館料が必要です
 定員:各日10名

盛岡てがみ館さん。「先人の書簡(てがみ)を中心に原稿・日記等を収蔵・調査研究・展示する、全国でもユニークな施設」と謳ってらっしゃいます。平成26年(2014)には「第43回企画展 高村光太郎と岩手の人」を開催して下さいましたし、その他、光太郎の名を冠したものでなくとも、光太郎の書簡や原稿を展示する企画展をそれなりの頻度で行って下さっています。
・第48回企画展 宮沢賢治を愛した人々
・第51回企画展 文豪たちの原稿展
・第67回企画展 いわての芸術家の手紙

また、常設展示でも詩「岩手山の肩」(昭和22年=1947)原稿が展示されています。

今回はフライヤーによれば、光太郎もたびたび寄稿した地方紙『新岩手日報』編集部の松本政治、光太郎と学校ぐるみの交流があった岩手県立美術工芸学校の初代校長・森口多里らに宛てた、館蔵品が中心と思われます。ほとんどがペン字ですが、光太郎の筆跡は書簡であっても「書」として味わい深いものです。

館蔵品だけでも光太郎書簡類は数十点お持ちのはずで、『高村光太郎全集』にもれていたものも多数。それらは当方編集の全集補遺的な「光太郎遺珠」でご紹介していますが。また、新収品があるかもしれません。

それから、フライヤー表面には古写真の数々。これらもパネル展示等が為されるのでしょうか。

過日お伝えしました通り、すぐ近くの歩いていける深沢紅子野の花美術館さんでは、開館30周年記念展「深沢紅子と出会いの偉大なる人々 ~高村光太郎~」が開催中です。併せてどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 86 『日本詩人全集 第五巻 大正編(3)』創元文庫A-101

昭和28年(1953)11月30日 創元社 草野心平/金子光晴/藤原定編
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収録作家
 有島武郎 武者小路実篤 千家元麿 佐藤惣之助 深尾賛之亟 高村光太郎 尾崎喜八
 高橋元吉 百田宗治 賀川豊彦 中西悟堂 小畠貞一 中川一政 村山槐多 陶山篤太郎
 林信一 宮沢賢治 宮崎孝政 杉江重英 渡辺渡 国木田虎雄 上田静栄 大鹿卓
 森三千代 
   

光太郎詩は「あらそひ」「われ千たび君を抱かむ」「寂寥」「さびしきみち」「冬の朝のめざめ」「道程」「秋の祈」「雨にうたるるカテドラル」「傷をなめる獅子」「無口な船長」「触知」「もう一つの自転するもの」「地理の書」「山林」「おれの詩」「典型」。特に多いわけでなく、他の人々の作品も同程度採られています。

昨日は横浜に行き、神奈川近代文学館さんで特別展「佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝へてよ」を拝見して参りました。
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公式サイトに出品目録が出ていないため、どの程度光太郎に関わるのか不明でしたが、意外と光太郎がらみの展示物も多く、思いもよらなかった展示品もあって驚いたりもしました。

サブタイトルの「情(こころ)あらば伝へてよ」の通り、春夫と他の芸術家達との交流がメイン。「情(こころ)あらば伝へてよ」は春夫の詩の代表作「秋刀魚の歌」(大正10年=1921)の一節です。
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春夫から諸家へ、逆に諸家から春夫へのの書簡が多く、特に目立ったのはいろいろな意味で春夫との交流が深かった谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら。他に与謝野寛、生田長江、堀口大学、鈴木三重吉、島田清次郎、室生犀星、林芙美子、永井荷風、井伏鱒二など。春夫の人脈の広さがわかります。

残念ながら光太郎から春夫宛の書簡は現在一通しか確認できておらず今回も展示されていませんし、春夫から光太郎宛だと戦前・戦中のものは昭和20年(1945)の空襲で光太郎アトリエ兼住居と共に焼け、戦後のものは他の人物からの書簡類と共に当会顧問であらせられた北川太一先生が引き取って未だに北川家にあるはずなのですが、未整理です。

光太郎関係の出品物は、まず春夫の故郷・和歌山県新宮市の佐藤春夫記念館さんに寄贈され、現在、同館で展示中の油絵「佐藤春夫像」の写真パネル。おそらく原寸大カラーの高精細複製です。ただ、写真パネル類は上記の「出品目録」には掲載されていません。下の画像は昨年、和歌山県立近代美術館さんで展示された際のもの。
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昨日、たまたまこの絵を見ていたら、近くに若い女性の二人連れがいらして、「光太郎、絵、うまいねー」「そうだねー」。こちらは心の中で「そうでしょう!」(笑)。

それから展示の終わり近く、「第4章 真実は、事実にまさる 昭和戦後」という、歴史小説的なものや他の文学者の評伝小説などもけっこう書いていたという項で、光太郎に絞った一角が。

まず光太郎が没した昭和31年(1956)に、光太郎の葬儀委員長でもあった武者小路実篤主宰の雑誌『心』が6月号で光太郎追悼小特集を組みましたが、そこに寄せた「高村光太郎の詩-或は詩人高村光太郎-」の草稿。
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それから同じ昭和31年(1956)に書かれた『小説高村光太郎像』の草稿。さらにこの年から翌年に書けて雑誌『新女苑』に連載した『小説智恵子抄』(原題「愛の頌歌 小説・智恵子抄」)の草稿。
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『小説智恵子抄』は丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられていて、そのスチール写真が2葉。当方が寄贈したものでした(笑)。
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ネットオークションなどでこつこつ集め続けているのですが、複数点一括で出品の場合、既に持っているものと重複してしまうことがあってそれを寄贈したのですが、まさかそれが展示されているとは(笑)。出品目録に名前も書かれてしまいましたし(笑)。

ところで、このコーナーに掲げられていた、昭和29年(1954)撮影という春夫と光太郎のツーショットという写真パネル。これが光太郎ではありませんでした。禿頭の感じは確かに似ているのですが……。

そこで「こりゃちょっとまずいんじゃないの」と思い、指摘させていただき、善後策を講じるようお願いして参りました。学芸員女史曰く、新宮の記念館さんからお借りしたもので、そちらでも光太郎と伝えられているとのこと。

こういうケースも時々あります。花巻の宮沢賢治記念館さんで常設展示されている宮沢家で撮られた光太郎と宮沢一家らの集合写真が「昭和30年」とキャプションにありますが、昭和28年(1953)の誤りです。これも少し前に指摘したのですが、訂正されているかどうか……。

光太郎がらみの展示はこんなところでした。光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作の際、太宰の実兄だった青森県知事・津島文治と光太郎の橋渡し役を務めたのが春夫で、昭和27年(1952)6月の光太郎の十和田湖下見や翌年10月の像の除幕式(午前中には奥入瀬渓流での春夫詩碑除幕式も併せて挙行)に春夫が参列していますので、その辺りに言及されていればなおよかったのですが……。
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図録を兼ねた書籍が販売されていまして、購入して参りました。帯に「図録」の語が入っていますが、ISBNコード付きですので一般書店でも取り寄せ可能でしょう。

特別展 佐藤春夫 情(なさけ)あらば伝へてよ 

発行日 : 2026年10月3日
著者等 : 県立神奈川近代文学館/公益財団法人神奈川文学振興会編
版 元 : 港の人
定 価 : 2,200円+税

「秋刀魚の歌」「田園の憂鬱」などで知られる文豪・佐藤春夫(1892〜1964)。明治から昭和にかけて、詩歌・小説・随筆など多彩な分野で活躍した。反骨精神に富んだ春夫の文業をたどるとともに、谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら、多くの作家からの書簡を紹介。〈人間・佐藤春夫〉の実像に迫る。
「特別展 佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝えてよ」(県立神奈川近代文学館にて2026年10月3日−11月29日開催)公式図録

装丁 三橋光太郎
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目次
 巻頭言 情あらば伝へてよ 河野龍也
 寄 稿 きれいに謳える 蜂飼耳
     小田原事件から細君譲渡事件へ 千葉俊二
     骨肉相食む師弟関係──佐藤春夫と太宰治 安藤宏
     台湾から佐藤春夫を読む 林水福
     佐藤春夫の美術愛──旧蔵の美術作品から 宮本久宣
 座談会 孫が見た春夫の思い出 高橋百合子 竹田長男 竹田有多子 聞き手・河野龍也
 詩   少年の日 ためいき 秋刀魚の歌 海辺の恋 夕づつを見て 淡月梨花の歌
 第一章 反骨少年、故郷を出る 明治期
 第二章 秋刀魚にそそぐ涙の味 大正期
  「田園の憂鬱」 中国・台湾旅行 「小田原事件」 芥川龍之介-交友とその死
 間 章 愛用品から 絵画作品 装幀作品 谷中安規
 第三章 乱世に生きて 昭和戦前
  千代との結婚 太宰治と春夫 戦時体制のもとで
 第四章 真実は、事実にまさる 昭和戦後
  佐久からの再出発 フィクションで真実を
 コーナー 佐藤春夫と犬 春夫と童話 春夫とミステリ 春夫と怪談 関口町の家 春夫と猫
 略年譜
 主な出品資料
 執筆者一覧
 出品者・協力者一覧

おまけ、というと失礼かも知れませんが、本展はアニメ「文豪ストレイドッグス」との記念コラボと成っているそうで、入口にはその関係のパネルも。
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そんなこんなですが、皆様方もぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 85 『現代詩代表選集 1953 4』

昭和28年(1953)10月20日 創元社 日本文芸家協会編
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収録作家
 足立巻一 尼崎安四 鮎川信夫 安西冬衛 安藤一郎 安東次男 伊賀良一 池崇一
 池田克己 石垣りん 石出和 和泉克雄 一柳喜久子 井上充子 入江亮太郎 上田静栄
 植村諦 内田豊清 内山義郎 及川均 大江満雄 大岡信 大島博光 大瀧清雄 扇谷義男
 岡崎清一郎 岡田刀水士 岡本潤 緒方昇 押切順三 小野十三郎 遠地輝武 金井直
 金子光晴 河邨文一郎 上林猷夫 北川冬彦 北園克衛 木島始 木下夕爾 木原孝一
 許南騏 草野心平 窪田般弥 黒田三郎 小池亮夫 木暮克彦 後藤郁子 小花道也
 近藤東 嵯峨信之 佐川英三 櫻井勝美 笹沢美明 更科源蔵 澤村光博 柴田元男
 首藤三郎 杉山平一 高野喜久雄 高橋新吉 高見順 高村光太郎 竹中郁 田木繁
 谷川雁 谷川俊太郎 田中冬二 田村正也 田村隆一 壺井繁治 壺田花子 土橋治重
 鳥見迅彦 長江道太郎 中桐雅雄 長島三芳 中村千尾 中山きよ 西脇順三郎 野間宏
 長谷川龍生 波多野郁夫 濱田知章 原民喜 日向秋子 平木二六 深尾須磨子 藤島宇内
 藤原定 真壁仁 馬淵美意子 丸山薫 三好達治 三好豊一郎 宮原和夫 向井孝
 村野四郎 山中散生 山之口貘 山村順 山本太郎 吉田一穂 和田徹三


このシリーズ、最初は小山書店から刊行されていましたが、同社がいわゆる「チャタレー夫人裁判」の結果倒産し、版元が創元社に代わっています。光太郎詩は「山のともだち」が採録されています。

当会の祖・草野心平に関する大冊です。令和5年(2023)に出た第1回配本全3巻に続き、第2回配本全2巻。すでに発売されていると思われます。光太郎への言及もあります。というか、その部分、当方によるものも含まれています。

【文学・言語研究資料シリーズ4】『草野心平研究資料集』第2回配本 全2巻

発行日 : 2026年9月30日
著者等 : 澤正宏編・解題
版 元 : クロスカルチャー出版
定 価 : 71,500円(税込)

第2回配本は、心平の詩や詩集についての解説、それらに対する評論、研究を含めた「草野心平論」、「草野心平研究」である。第4巻では、これら心平とは他者である詩人や評論家、研究者などの心平に関する論考を、約17点復刻。第5巻では、心平記念館の心平に言及している年報記事や、同館記念館所蔵の心平資料、また、心平の家系に繋がる関内幸介、関内裕人両人氏や、心平研究者である北条常久氏らが執筆した随筆、評論、さらに各氏が所蔵する資料を収載。場合によっては、貴重と考えられる資料は、断簡零墨に至るまで収載した。こうした心平に関する論考の近年の傾向として、心平と中国との関係の研究に特色が出て来ている。1921年の嶺南大学入学から、1925年の帰国までの間の、真偽を腑分けしながらの、小説表現における心平の自伝的な研究(石川巧氏論文)、嶺南大学での心平の文学活動を詳細に追跡した約220頁に及ぶ研究(裴亮氏論文)、こうした近年の心平研究の動向の先駆的な役割を果たしている、とくに心平の戦時下の小説を読み込んだ研究(大橋毅彦氏論文)も収載した。
―編集・解題者の澤正宏福島大学名誉教授の「第2回配本の刊行にあたって」より
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目次
第4巻 草野心平の著作(補遺) 1928(昭和3)年~2025(令和7)年
草野心平の詩、詩集についての解説、草野心平論、草野心平研究など
   
〔草野心平の著作(補遺)〕
 1928(昭和3)年  随筆「蛙諸君についての言葉」
             批評「散彈的月評 『現代詩人自選號』を批評す」
 1935(昭和10)年   評論「宮澤賢治覺書」 随筆「『山羊の歌』とその著者」
 1936(昭和11)年   随筆「母岩その他」
 1938(昭和13)年   小説「臺灣海峽」
 1939(昭和14)年   随筆「北支と南支」
 1942(昭和17)年   新聞小説「方々にゐる」(全54回)
 1943(昭和18)年   詩「大東亞共同宣言國民大會」
 1947(昭和22)年   随筆「雜雜の俎 ⑵」 選評「選者の言葉 選後寸感」
 1950(昭和25)年  小説『琥珀の天』
 1958(昭和33)年  座談會「詩史のうらみち」
 1961(昭和36)年  小説『動亂』
 1973(昭和48)年  対談「五十年」 日記・紀行文「ヨーロッパ・インド日記」
〔草野心平(詩、詩集)の解説、草野心平論、草野心平研究など〕
 1929(昭和4)年   「草野心平の詩」新屋敷幸繁
 1949(昭和24)年  「草野心平」蔵原伸二郎
 1950(昭和25)年  「解説 架空『草野心平詩集』出版記念講演會での講演速記の一部」
土方定一
           「蛙」「學校詩集」「草野心平」「第百階級」「銅鑼」「歴程」
久保田正文、司代隆三編纂
  1961(昭和36)年  「草野心平」野田宇太郎
  1966(昭和41)年  「草野心平」村野四郎
  1980(昭和55)年  〔参考資料〕「草野天平について」
  1982(昭和57)年  「草野心平」江頭彦造
  1993(平成5)年  「『亡霊』/『生殖 Ⅰ』/『冬眠』草野心平」澤 正宏
  1994(平成6)年  「草野心平論▼〈円・螺旋運動〉のイメージを中心にして」大矢祐嗣
  2001(平成13)年  「草野心平『方々にゐる』にみえる夢のきしみ」大橋毅彦
  2002(平成14)年  「戦時下上海における亡命ユダヤ人と日本近代文学との出合い方
――白緑黒(ブロッホ)刻・草野心平説明『黄包車(わんぽつ)』の場合――」大橋毅彦
  2018(平成30)年  この二つの『方々にゐる(ある)』ものをめぐって
―草野心平と中国―」大橋毅彦
  2025(令和7)年  「草野心平の自伝的小説『琥珀の天』を読む(上)」石川 巧
  2013(平成25)年 「中国五・四時期“嶺南”文学の研究――文学研究会広州分会および
日本人留学生草野心平を中心に」裴亮

第5巻 関内幸介、関内裕人資料、北条常久資料、
草野心平記念文学館資料と『いわき市草野心平記念館年報』
  1998(平成10)年~2026(令和8)年 白井遠平関係の資料、
『いわき民報』掲載資料、心平最晩年の資料など
〔関内幸介資料〕
 「長橋だより」など 随筆集、草野悟郎著『父の新庄節』昭和62年
 詩「黒い地獄」昭和23年
〔関内裕人資料〕
 「最後の日々―心平と久代―」など
 自筆原稿(草野心平、最晩年の資料)
 書簡類  ・B4(封書) ・A4(葉書) ・心平の久代宛の色紙
〔北条常久資料〕
  ・黄瀛(心平の詩友)インタビュー/1998年9月16日
  ・黄瀛の写真
  ・評論 宮沢賢治、草野心平、黄瀛を結んだ赤津周雄
〔草野心平記念文学館資料〕
  ・草野心平自筆原稿
   全五枚(詩集『第百階級』より「蛙は地べたに生きる天国である」三枚、
「生殖Ⅰ」一枚、「冬眠」一枚)
『いわき市 草野心平記念館年報』(いわき市立草野心平記念文学館)より
 「(2)文学シアター/草野心平と『蛙』の詩」入沢康夫 
 「(1)講演会/年次詩集の刊行をめぐって――晩年の草野心平――」晒名昇)
 「(1)講演会/草野心平の画」粟津則雄
 「(1)草野心平16回忌 心平を語る会」草野雷、草野万吉、草野杏平
 「『日本沙漠』展記念講演会『心平と光太、北海道』」平原一良
 「(3)『詩の上州展 草野心平と群馬の詩人たち』」長谷川由美
 「(4)『新収蔵品展』記念講演会『草野心平の日常』」晒名昇
 「(2)『歴程の軌跡展』記念講演会『「歴程」の多彩な活動』
パネラー/朝倉勇、柴田恭子、高橋順子、司会/粟津則雄
 「(1)文芸講演会『〈月の光〉と〈蛙〉の交わる場所―中原中也と草野心平』」北川透
 「(2)『ふくしまの文学展 浜通り編』講演会『ふくしまの文学と暮鳥・心平』澤正宏
 「(1)「文学館講演会『草野心平と光太郎・賢治・黄瀛』」北条常久
 「(2)『草野心平と石』講演会『日本産鉱物と櫻井欽一先生の業績』」加藤昭
 「(1)スポット展示『教科書にみる草野心平の詩』講演会『草野心平の詩の授業』」西田晄志
 「(2)文芸講演会『蛙のうた 思い出の本の中の蛙たち』」相沢正一郎
 「卓話 没後26回忌『心平忌』・第20回『心平を語る会』」
鈴木和子、根本忠郎、国府田英二、草野好弘
 「没後27回忌『心平忌』・第21回心平を語る会
 卓話『川内村・天山文庫での草野心平先生』」秋元卓三
 「(1)文芸講演会『川端康成と草野心平――二人の作家の『戦後』」川端香男里
 「(2)講演会『あの日から詩について思うこと 5年を振り返って』」和合亮一
 「(2)没後29回忌『心平忌』・第23回心平を語る会
 卓話『草野心平と高村光太郎―魂の交流』」小山弘明
 「『(1)草野心平の詩 料理編』関連事業
 『心平さんの胃袋探訪~創作料理の試食と解説~』」中野由貴

目次で「光太郎」の文字が入っているのは、北条常久氏による文学館講演会『草野心平と光太郎・賢治・黄瀛』。平成28年(2016)に秋田県生涯学習センターさんで開催された「平成27年度あきたスマートカレッジ連携講座 支え合う文学者たち」の筆録と思われます。

それから、当方がやはり平成28年(2016)、いわき市の心平生家で行われた心平を偲ぶ「没後29回忌「心平忌」 第23回心平を語る会」で語ったものの筆記(心平記念館さんの館報第19号に掲載)が転載されています。昨年、いわき市立草野心平記念文学館さんで編者の澤正宏氏とお会いした際に、「転載していいかい?」「かまいませんよ」となったものです。

目次で明らかにわかるのはそれだけですが、他の箇所にも光太郎の名は随所に現れると思われます。

価格が価格だけに、個人で購入と云うことは想定されていない出版でしょうが、公共図書館さん、大学さんなどでぜひ揃えていただきたいシリーズです。よろしくお願い申し上げます。

【高村光太郎書誌】

詩華集 84 『近代日本抒情詩集』

昭和28年(1953)10月10日 中央公論社 佐藤春夫/吉田精一編
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収録作家
 北村透谷 島崎藤村 土井晩翠 与謝野鉄幹 河井酔茗 伊良子清白 横瀬夜雨 児玉花外
 与謝野晶子 上田敏 薄田泣菫 蒲原有明 澤村胡夷 野口米次郎 森鷗外 永井荷風
 茅野蕭々 石川啄木 木下杢太郎 北原白秋 三木露風 高村光太郎 福士幸次郎
 山村暮鳥 武者小路実篤 西條八十 室生犀星 萩原朔太郎 大手拓次 生田春月
 佐藤春夫 芥川龍之介 堀口大学 千家元麿 佐藤惣之助 百田宗治 宮澤賢治 中西悟堂
 大木惇夫 金子光晴 佐藤一英 吉田一穂 伊藤整 中勘助 井伏鱒二 城左門 堀辰雄
 中野重治 岡本潤 西脇順三郎 田中冬二 八木重吉 三好達治 丸山薫 竹中郁
 中原中也 立原道造 津村信夫 伊東静雄 蔵原伸二郎 神保光太郎 田中克己 永瀬清子
 草野心平 山之口貘 草野天平 木下夕爾 高見順 原民喜 釈迢空


昭和22年(1947)に天明堂が出版した『近代抒情詩選 花さうび』を再編したもので、七割方、同一の内容です。

光太郎詩は「秋の祈」「冬が来た」「ぼろぼろな駝鳥」「レモン哀歌」が収められています。


テレビ番組の再放送情報です。

まず「日曜美術館」本編45分の後におまけで放映される15分の「アートシーン」。全国の展覧会情報を紹介するコーナーです。信州安曇野の碌山美術館さんで開催中の特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」が取り上げられます。本放送は10月4日(日)でした。

日曜美術館 アートシーン「ニューヨークの藤田嗣治」展 [再] 

NHK Eテレ 10月11日(日)  20:45~21:00

「ニューヨークの藤田嗣治」〜1月11日 軽井沢安東美術館▼「高村光太郎・智恵子展」〜11月23日 碌山美術館▼「川端龍子プラスワン 川内理香子 LOVE,Wild Grape,Tiger,heart」〜11月8日 大田区立龍子記念館▼「梅野隆 美との対話」〜11月23日 東御市梅野記念絵画館・ふれあい館▼「松本陽子 宵の明星を見た日」〜11月1日 いわき市美術館


15分の番組中の2分ほどでした。メインが軽井沢安東美術館さんの「ニューヨークの藤田嗣治」展。それから東御市の梅野記念絵画館さんでの「梅野隆 美との対話」も紹介されるとあって、視聴する前は信州で一気にロケをやったのかなと思っておりましたが、碌山美術館さんの部分はロケではなく同館から提供されたであろう髙村達氏撮影の画像などを使っての紹介でした。
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ちなみに碌山美術館さんの特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」、10月18日(日)には学芸員・武井敏氏による関連行事としての講座があります。
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もう1件。

歴史探偵 暗殺事件と日本人 [再] 

NHK総合 10月12日(月)   23:50〜00:35

坂本龍馬・井伊直弼・大久保利通・犬養毅。共通点は“暗殺”されたこと。かつて日本に暗殺はびこる時代あり…。今回は幕末から昭和初期までの暗殺事件を徹底調査!幕末に暗殺が多発した理由は?明治時代、暗殺犯を主人公にした小説はなぜ流行したのか?五・一五事件で全国から暗殺犯の減刑を強く求める声が湧き上がったのは一体なぜ?時代が大きく変わりゆく中、日本人は暗殺事件をどのように受け止めてきたのか、その背景に迫る。

【司会】佐藤二朗 片山千恵子
【出演】多摩大学客員教授・歴史研究家 河合敦
【リポーター】秋鹿真人
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本放送が10月7日(水)でした。すると、その日のうちにX(旧ツイッター)に「不意に歴史探偵で出てくる高村光太郎」とか「高村光太郎、何やってんねんwww #歴史探偵」といった投稿。翌朝それに気づいて録画してあったものを見てみたところ、確かに光太郎に言及されていました。

番組全体が「暗殺事件と日本人」ということで、主に幕末から昭和戦前にかけての暗殺事件を追うものでしたが、時に暗殺実行者が世間でヒーロー扱いされたこともあったという文脈の中で……
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伊勢神宮に対する不敬行為があったという理由で、当時の文部大臣・森有礼を暗殺した西野文太郎がらみ。
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明治22年(1889)の事件後、谷中にあった西野の墓を詣でるとくじ運がよくなるという都市伝説が広まったそうです。

すると、谷中に住んでいた幼い光太郎もその恩恵を受けた(笑)という流れ。
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昭和20年(1945)の1月に出た雑誌『美術』第2巻第1号に載った談話筆記「回想録」(今泉篤男筆録)にそのくだりがあります。

 子供の時、私は籤を引くと必ず当るのでよく雇はれたものだ。当るのには訳があつて私は谷中の墓地は隅々まで精通してゐたから、文部大臣の森有礼を暗殺した西野文太郎の墓石を砕いてその一片(ひとかけ)を懐にして行くのである。私には確信があつて、此を持つてゆけば当ると信じて行けば必ず当るのである。よく無尽講の籤引に頼まれて行つて三四度当てた。父と時々往来してゐた牙彫の旭玉山さんのところの無尽講にも、誰かに頼まれて行つて当てたことを覚えてゐる。

「無尽講」というのは昔の庶民の知恵で、メンバーがあらかじめ積み立てをし、ある程度たまったところでとか、定期的にとかでくじ引きを行って、当たった者がそれを使えるというシステムで、頼母子講とも云います。そのくじ引き役を幼い光太郎がよく頼まれて実際に連戦連勝だったと、まぁかなり盛ってるのではないかと思われますが(笑)。あるいは「エスパーか?」と突っ込みたくなります(笑)。

その際の必勝アイテムが西野の墓石の破片だったとのことですが、「回想録」当該箇所をよく読むと「西野文太郎の墓石を砕いてその一片(ひとかけ)を懐にして行く」とあるので、そのたびごとに墓石を砕いて行ったようです。何とも罰当たりな(笑)。まさに「高村光太郎、何やってんねんwww 」ですね(笑)。

こうした墓石の破片をお守り代わりにするというのは他にも例があって、両国回向院さんにある長年捕まらなかった鼠小僧次郎吉のそれはギャンブルに霊験あらたかとか、「難関にもするりと入れる」からと受験のお守りになるとか云われていました。現在では削り取る専用のお前立ちの石材が墓の前に据えられているそうです。

さて、再放送というと、もうすでに最近2回ご紹介しましたが(笑)、昨秋に初回放映があり、当方がVで出演しました「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」の再放送も10月13日(火) 01:00~01:25にあります。
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それぞれ配信もありますし、ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 83 『日本現代詩大系 第五巻 近代詩 二』普及版

昭和28年(1953)1月15日 河出書房 矢野峰人編
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収録作家
 人見東明 加藤介春 三富朽葉 前田夕咲 佐藤楚白 今井白楊 齋藤青羽 永井荷風
 森川葵村 高村光太郎 上田敏 佐藤清 茅野蕭々 平野万里 長田秀雄 栗山茂
 佐々木好母 千葉莫哀 長島豊太郎 出野青煙 竹友藻風 日夏耿之介 柳沢健 熊田精華
 北村初雄 菊池香一郎 富田砕花 生田春月 矢野峰人 石川道雄 平井功 齋藤潔
 向井夷希微


光太郎詩は詩集『道程』しゅうろくの全篇、その後の作の「無為の白日」「海はまろく」「雨にうたるるカテドラル」「クリスマスの夜」「落葉を浴びて立つ」「清廉」「夜の二人」「あどけない話」「山麓の二人」「レモン哀歌」と、かなりの数が収録されています。

軽く光太郎に関わる都内での企画展情報、2件ご紹介します。

まず、既に始まっていますが、新宿発。

松本竣介と『雜記帳』―下落合の「綜合工房」―

期 日 : 2026年10月3日(土)~11月23日(月・祝)
会 場 : 新宿区立新宿歴史博物館 新宿区四谷三栄町12-16
時 間 : 9:30~17:30
休 館 : 10 月13 日(火)、26 日(月)、11 月9 日(月)
料 金 : 一般300円(常設展とのセット券は500円)、中学生以下無料

 淀橋区下落合(現在の新宿区中井)に暮らした画家・松本竣介(1912-1948)。本展では、「綜合工房」(そうごうこうぼう)と名付けられた彼のアトリエを舞台に、妻・禎子とともに編集・発行した雑誌『雑記帳』(ざっきちょう)や、ここで生み出された絵画作品などを通して、竣介の創造の世界をたどります。このほか、アトリエに遺されたゆかりの品や、疎開先の家族に宛てた手紙などの貴重な資料を通して、新宿の地に生きた一人の芸術家の息遣いと、その人間像をご紹介します。

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関連行事
●記念講演会1「松本竣介と下落合の画家たち」 【講師】田中淳(大川美術館館長)
 10 月4 日(日) 14:00 ~ 16:00 ※終了しました

● 記念講演会2「《立てる像》の見つめているもの」
 10月18日(日)14:00~16:00 ※要事前申込
 【講師】長門佐季(神奈川県立近代美術館館長)  【料金】1,000 円 

● 連続講座「松本竣介の創作と交流―人・場・『雑記帳』―」
 10月31日・11月7日・14日いずれも土曜日 14:00~16;00 ※要事前申込
 ① 10月31日  松本竣介とアトリエ村の画家たち 弘中智子(板橋区立美術館 副館長)
 ② 11月7日  松本竣介のアトリエをめぐって 小此木美代子(大川美術館 学芸員)
 ③ 11月14日  『雑記帳』に寄稿した作家・詩人・思想家
               宮川匡司(元日本経済新聞社 編集委員)
 【料金】3,000円(単回受講不可)

● トークイベント「父、松本竣介を語る」
 11月15日(日)14:00~16:00 ※要事前申込
 【登壇者】松本莞(松本竣介ご子息、建築家)
 【料金】1,000円

●ホワイエ朗読会
 10月31日(土)13:00~(30分程度)申込不要

「立てる像」などで有名な画家の松本竣介。東京生まれですが幼くして花巻に転居、さらに盛岡に移り、旧制盛岡中学校に通いました。従って石川啄木や宮沢賢治の後輩に当たります。

昭和4年(1929)に上京して、かつて智恵子も在籍していた太平洋画会に加入、画家として活動。そのかたわら自ら編集して発行したのが雑誌『雑記帳』です。既に亡くなっていた賢治の作品を転載したり、萩原朔太郎、室生犀星、三好達治、佐藤春夫ら当時の錚々たる面々に寄稿を依頼したりしました。光太郎も終刊号の第2巻第11号(昭和12年=1937)に詩「晴天に酔ふ」を寄せました。
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『雑記帳』全14冊が展示されているようですし、寄稿者として光太郎の紹介もあるのではと思われます。また、関連行事の宮川匡司氏による講座「『雑記帳』に寄稿した作家・詩人・思想家」が11月14日(土)にありますが、そこで光太郎に触れていただかないと困ります(笑)。また、10月31日(土)の「ホワイエ朗読会」も掲載作品の朗読が為されるそうなので、「晴天に酔ふ」も是非お願いしたいところです。

もう1件、光太郎と縁の深い森鷗外関連。明後日開幕です。

特別展「観潮楼歌会―鷗外の歌壇観測」

期 日 : 2026年10月10日(土)~2027年1月11日(月)
会 場 : 文京区立森鷗外記念館 文京区千駄木1-23-4
時 間 : 10:00〜18:00
休 館 : 10月26日(月)・27日(火)、11月24日(火)・25日(水)
      12月21日(月)・22日(火)、12月29日(火)~1月3日(日)
料 金 : 一般600円(20名以上の団体:480円)  中学生以下無料

 観潮楼歌会は、1907(明治40)年3月から約3年間、森鴎外が主宰し自邸・観潮楼(現・当館)で開催した歌会です。短歌に関心をもっていた鴎外が、結社の隔たりを縮めようと、当時の歌壇を代表する伊藤左千夫(根岸短歌会)や与謝野寛(東京新詩社)、佐佐木信綱(竹柏会)らを招き、始まりました。出席者には変動がありますが、上田敏、北原白秋、吉井勇、石川啄木、木下杢太郎、斎藤茂吉ら、今でもよく知られる歌人たち延べ21人が参加しました。
 「趣味及作風の異つた同士が毎月一回自作を持寄つて、直截なる批評を交換する会」(与謝野寛『文芸彙報』)で、作者名を伏せた詠草(詠んだ歌を記した紙)を回覧・選歌し、盛んに批評が交わされたといいます。評価を意識した歌風の変化、歌会の枠を超えた文芸談義など、刺激を与えあう交流は、鴎外や参加者の新たな創作への動きにつながっていきました。
 観潮楼歌会の正式な記録は残っていませんが、30回ほどの開催が確認でき、鴎外と参加者の日記や書簡、回想などから歌会の様子をうかがい知ることができます。本展では、それらを辿りながら、観潮楼歌会の全体像を観測します。

観潮楼歌会の参加者一覧(参加順、全21名)
 伊藤左千夫(1864~1913) 佐佐木 信綱(1872~1963) 与謝野寛(1873~1935)
 平野万里(1885~1947)  上田敏(1874~1916)    長塚節(1879~1915) 
 石川啄木(1886~1912)  北原白秋(1885~1942)   吉井勇(1886~1960)
 都築甚之助(1869~1933) 賀古鶴所(1856~1931)   木下杢太郎(1885~1945)
 古泉千樫(1886~1927)  服部躬治(1875~1925)   平出修(1878~1914)
 斎藤茂吉(1882~1953)  平福百穂(1877~1933)   石井柏亭(1882~1958)
 森田草平(1881~1949)  高村光太郎(1883〜1956)  与謝野晶子(1878~1942) 
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関連行事
●展示関連講演会1「変遷・曲折・鴎外短歌」
 講師:今野寿美氏(歌人・宮中歌会始選者)
 日時:11月7日(土)14時~15時30分
 会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座
 定員:50名(事前申込制)
 料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
 申込締切:10月26日(月)必着
 ※詳しくはこちら
 文豪鴎外の偉業のなかに伝統詩としての短歌はどう位置づけるべきか。観潮楼歌会とは、いったい何だったのかを探ります。
 
●展示関連講演会2「観潮楼歌会に集った若者たち-木下杢太郎を軸に交流を探る-」
 講師:丸井重孝氏(伊東市立木下杢太郎記念館前職員)
 日時:11月28日(土)14時~15時30分
 会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座
 定員:50名(事前申込制)
 料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
 申込締切:11月13日(金)必着
 ※詳しくはこちら
 観潮楼歌会で鴎外の謦咳(けいがい)に接した若者たちの交流を、木下杢太郎を軸に辿ります。

光太郎の肖像写真もフライヤー表面に。確かに光太郎も観潮楼歌会に参加しています。しかし、光太郎は東京美術学校での恩師だった鷗外を敬して遠ざけるところがあり、歌会も積極的な参加ではありませんでした。逆に出来ればパス(笑)。

同館では光太郎から鷗外宛の葉書を4通所蔵していますが、以下の通りです。

拝啓 わざわざ例会の御案内にあづかりありありが度く存上候。当日遺憾ながら約束事の為め欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 三日夕 (明治42年=1909 12月3日)

御葉書難有存上候処当日丁度藤島先生の歓迎会有之候為め残念ながら出席いたしかね候。右御返事まで 二月三日夕 高村光太郎 光 (明治43年=1910 2月3日)

拝復 来五日の例会に御招き下され難有存上候ところ当夜よんどころなき用事有是遺憾ながら又又欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 四日 高村光太郎 (明治43年=1909 3月4日)
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拝復 十六日の例会の御案内状ありた度く存上候処丁度当日小生関西地方へ出発仕る事とて遺憾千万ながら欠席仕るべく 先是 右御返事まで 四月十二日 (明治43年=1909 4月13日)

結局、4通全て欠席の連絡です(笑)。ただ、出席した記録も残っています。明治42年(1909)の11月6日です。筑摩書房『高村光太郎全集』別巻の年譜には、「鷗外邸の観潮楼歌会例会に出席するが、つまらなくて一度でやめる。」とあります。この際に詠んだ歌が以下。当夜に同席していた石井柏亭が記録していました。

一力の小てるとわれと酒のめば飯をつぐとて盆を出すひと

「一力」は店の名、「小てる」は女給でしょうか。詳細が不明です。

さて、モリキネさんでの展示、おそらく上記の欠席通知はがきが並ぶのではないでしょうか。光太郎関連はこんなものですが、他の参会者等に関わる展示物は逸品が目白押しです。啄木からの「必ず出席する」と伝える葉書、平福百穂が歌会の様子を描いた絵、吉井勇や斎藤茂吉の歌会にまつわる自筆原稿等々。

新宿の「松本竣介と『雜記帳』―下落合の「綜合工房」―」展ともども、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 82 『現代短歌大系 第三巻 浪漫期』

昭和27年(1952)6月30日 河出書房 小泉苳三編
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収録作家
 与謝野晶子 山川登美子 増田雅子 間島琴山 小木曽旭晃 岡田鯨洋 村田光烈
 秋庭俊彦 半田良平 藤岡長和 高塩背山 三木露風 高瀬俊郎 岩淵要 川路柳虹
 井出八井 加藤武雄 橋田濤声 大貫かの子 佐野翠坡 白仁秋津 富田砕花 藤原東川
 前川千帆 長島豊田郎 岡田邦彦 原田琴子 加藤東籬 中川一政 小沢紫絃 夏山繁樹
 小田島孤舟 森鷗外 相馬御風 平野万里 平出修 高村光太郎 高村光太郎 茅野蕭々
 茅野雅子 万造寺齊 中原綾子 尾上柴舟 正富汪洋 尾張穂草 岩谷莫哀 森園天涙
 石井直三郎 小泉苳三 水町京子 上田英夫 岡山巌 岡野直七郎 井上雪下 細井魚袋
 淵浩一 鈴木康文 松田常憲 金子薫園 福田義三 武山英子 平井晩村 須藤鮭川
 吉植愛剣 佐々木寛綱 岡稲里 川合長流 矢ヶ崎柴垣 長谷川喬村 若山牧水 佐瀬蘭舟
 田波御白 前田夕暮 土岐湖友 吉植庄亮 太田水穂 川崎杜外 四賀光子 小田観蛍
 峰村国一 山下秀之助 芥川徳郎 野澤柿葺 大井廣 松木静泉


短歌のアンソロジーです。光太郎歌は明治期のものを中心に61首が掲載されています。大半は赤城山を舞台にし、『伊勢物語』を下敷きにして歌物語風に構成した連作短歌「毒うつぎ」(明治38年=1905)から。あとは欧米留学中のもの、『智恵子抄』所収の作、そして戦後の花巻郊外旧太田村での詠も含みます。

光太郎の父・光雲関連のイベント等、まとめてご紹介します。

まずは島根から美術館の企画展示、既に始まっています。

リニューアルオープン記念特別展「寧波と益田 もう一つの海のシルクロード」寧波市と益田市の交流 ー友好交流議定書締結35周年ー

期 日 : 2026年10月3日(土)~11月30日(月)
会 場 : 益田市立雪舟の郷記念館 島根県益田市乙吉町イ1149
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 毎週火曜日 ただし11月3日(火)は開館、11月4日(水)が休館
料 金 : 一般500(400)円 小中高150(120)円 ( )内20名以上団体料金及び各種割引料金

 益田市が友好都市提携を結ぶ中国・寧波市は、古くから国際貿易都市として栄え、明代には日本船の入港地に指定されていました。勘合を有する遣明船はこの港を目指して渡航し、多くの舶来品を日本にもたらしました。
 日本海に面し天然の良港を有する益田も、豊富な材木や鉱物資源を背景に日本海交易の拠点として発展し、寧波を経て多くの物資がもたらされたと考えられています。
 こうした交流の中で、文化を求めて海を渡った人物が画僧・雪舟等楊です。雪舟は応仁元年(1467)に遣明船で寧波へ渡り、中国各地で名品に学びました。帰国後、益田もその創作活動の重要な拠点の一つとなり、益田氏が所持した『益田兼堯像』(益田市立雪舟の郷記念館蔵)や『四季花鳥図屏風』(京都国立博物館蔵)、萬福寺・医光寺に伝わる庭園などにその足跡が残されています。
 本展では、交易 と文化を通じて海を越えて結ばれていた寧波と益田の関係を、出土品や美術作品から紹介します。それは東へと延びるもう一つの「海のシルクロード」を探る試みでもあります。

前期:10月3日(土)~10月31日(土)
後期:11月1日(日)~11月30日(月)
※一部展示替えがあります。

【前期展示】
重要文化財 雲谷等與『雪舟等楊像』山口県立美術館蔵
重要文化財 雪舟等楊『益田兼堯像』益田市立雪舟の郷記念館蔵

【後期展示】
重要文化財 雲谷等益『雪舟等楊像』山口市・常栄寺蔵 (山口県立美術館寄託)

【主な展示品 指定文化財】
萬福寺蔵「華南三彩貼花文五耳壺」  染羽天石勝神社蔵「華南三彩牡丹文壺」
高村光雲「雪舟禅師像」       伝雪舟「花鳥図」
粟島原遺跡出土品

【主な展示品】
東仙道土居遺跡出土品、中須東原・西原遺跡出土品
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雪舟の郷記念館さんがリニューアルオープンだそうで、それを記念しての企画展のようです。さらに中国・寧波市との交流事業35周年も兼ねてだそうで。

光雲の木彫「雪舟禅師像」(大正15年=1926)が出ています。これまでも同館でたびたび展示されてきたものですが、リニューアルオープンというおとで久々のお披露目なのでしょう。
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平成12年(2000)、千葉市立美術館さん他を巡回した「高村光雲とその時代展」の際に拝見しましたが、像高一尺程の実に緻密な作りの像です。

もう1件、都内での展示情報ですが、こちらは販売会を兼ねた催しです。

東美アートフェア2026

期 日 : 2026年10月16日(金)~10月18日(日)
会 場 : 東京美術倶楽部 港区新橋6-19-15
時 間 : 16日 10:00~19:00 17日 10:00~18:00 18日 10:00~17:00
料 金 : 前売 1,500円 当日 2,000円 学生以下無料

「東美アートフェア」は1999年より始まりました。東京美術商協同組合に所属する118の美術商が、それぞれが時間をかけて探し求めた、古美術・近代美術・現代美術・茶道具・工芸など美術品の優品珍品を、趣向を凝らした展示でご覧いただけます。観て楽しめるのはもちろんのこと、直接触れることや購入することもできる絶好の機会です。
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木彫の「弁財天像」が出ます。
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いい感じですね。

ところで、以前はオークション形式の情報もよく紹介していましたが、ある時、サムネイルの小さな画像で見ただけでも「これはいけない」と思われるものが平気で出品されており、それ以来、オークション情報は取り上げないことにしました。ご参考までに。

続いて岩手から講座情報。

第24回 もりおか悠久塾講演会

期 日 : 2026年10月12日(月・祝)
会 場 : 大國神社社務所 盛岡市津志田中央1-1-17
時 間 : 14:00~16:00
料 金 : 1,000円(学生無料)

第1部「新渡戸仙岳と啄木」
 講師:国際啄木学会会員 小林芳弘
第2部「高村光太郎の父・高村光雲の懐古談を読む」
 講師:悠久塾塾長・大國神社宮司 田村勝則

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石川啄木がらみと、光雲関連と2本立てだそうです。

最後に、テレビ番組。

究極ガイド 2時間でまわる☆☆☆ 2時間でまわる善光寺

NHK BS 2026年10月10日(土) 19:00〜21:00 放送時間 120分

今回は長野・善光寺。無宗派の寺として身分や性別など関係なく長く民衆の心のよりどころとなってきた。そんな善光寺の究極ルートを提案する。(初回放送日 2026年1月10日)

【語り】羽田美智子・田口浩正

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不定期で放映されている「究極ガイド 2時間でまわる」。東大寺編、江ノ島編などを以前に拝見しました。善光寺編が今年1月に初回放映があったそうですが、気づきませんでした。幸いに再放送があるとのことで。

善光寺さんでは光雲とその高弟・米原雲海による仁王像(大正8年=1919)が睨みを利かせています。
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その背後では、やはり光雲・雲海による三面大黒天像、三宝荒神像も。
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旅番組等で善光寺さん自体はよく取り上げられますが、これらの像はスルーされるか、紹介されてもほんの少し。今回は「2時間でまわる」ですので、少しは長めに映るのではと思われます。

ちなみに善光寺さんといえば、7年に一度のご開帳が来年です。前回は猖獗を極めていた新型コロナの影響で1年遅れの開催でしたが、つい最近だったような気がしていました。その際には近くの長野県立美術館さんで「善光寺御開帳記念 善光寺さんと高村光雲 未来へつなぐ東京藝術大学の調査研究から」展が開催されました。次回も何らかの形で仁王像などに関する企画等があるといいのですが。

さて、ご紹介しました展示/講座/テレビ番組、よろしくお願い申し上げます。

【高村光太郎書誌】

詩華集 81 『現代詩集 歴程篇』角川文庫343

昭和27年(1952)5月30日 角川書店 歴程同人編

収録作家
 会田綱雄 安西均 長光太 藤島宇内 藤原定 淵上毛銭 逸見猶吉 黄瀛 堀田善衛
 本郷隆 土方定一 原民喜 畑山浩 石川善助 伊藤信吉 井上靖 串田孫一 菊岡久利
 草野天平 金子光晴 今官一 北畠八穂 草野心平 馬淵美意子 松永延造 森田たま
 宮澤賢治 三野混沌 野上彰 中原中也 長江道太郎 尾形亀之助 岡本喬 岡崎清一郎
 大江満雄 緒方昇 小野十三郎 尾崎喜八 岡田刀水士 坂本遼 新藤千恵 嵯峨信之
 高橋新吉 高橋宗近 高橋元吉 鳥見迅彦 谷川俊太郎 高村光太郎 内山義郎
 宇留田敬一 山之口貘 八木重吉 山本太郎 山本和夫 吉田一穂

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光太郎詩は「東洋的新次元」「ブランデンブルグ」「元素智恵子」が収められています。

002昨日、10月5日(月)は智恵子忌日「レモンの日」でした。

そこで、実に多くの方々がSNSやブログ等で「今日は「レモンの日」だよ」という系の投稿等をなさってくださり、感謝に堪えません。特にX(旧ツイッター)では100件以上の「今日は「レモンの日」だよ」。ほとんどの投稿に「いいね♡」をつけさせていただきましたが見落としもあったと思われます。すみません。

ちなみに右画像はAIでモノクロ画像をカラー化したものです。

新聞さんの一面コラムでも、「今日は「レモンの日」だよ」。まず『千葉日報さん』。

忙人寸語

休日の膳に訪れた料理屋のドリンクメニューの中に「グリーンレモンサワー」の文字。見渡すと、仕事終わりと思われる常連客らがおいしそうにのどを潤している。たまらず注文し、フレッシュな香りを楽しんだ▼あまたの商品やコマーシャルの影響もあってか、レモンサワーといえば“黄色い”のイメージが強いが、店主いわく「グリーンの方がすっきりで、爽やかなんです」。秋の旬の味覚とおいしくいただいた▼きょうは「レモンの日」。〈そんなにもあなたはレモンを待つてゐた〉。詩人の高村光太郎の妻智恵子の命日(1938年)に当たる日で、臨終のきわを詠んだ詩「レモン哀歌」にちなんでつけられたそうだ▼〈えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた〉。こちらは梶井基次郎の短編小説『檸檬』。先週、放送が始まったNHK連続テレビ小説「ブラッサム」にも梶井がモデルとみられる若き天才作家が登場している▼果実の話ばかりで恐縮だが、国内のレモン栽培といえば、地域ブランド「瀬戸内レモン」で知られる主産地の広島県が有名。千葉県内でも安房地域で温暖な気候を生かした生産が盛んだ。間もなく出荷の便りが届き始めるという▼梶井の死から94年、光太郎からは70年の時が過ぎた。それでも今なお色あせない。遠い日の文人たちの作品にたくさん触れる「レモンの日」にしたい。

続いて『佐賀新聞』さん。

有明抄

詩人の高村光太郎(1883~1956年)に「レモン哀歌」という詩がある。妻智恵子(1886~1938年)への愛をうたった『智恵子抄』に収められている。「トパアズいろの香気」など印象的な言葉の一方で、智恵子の最期をみとる場面は何か切ない◆縁あって夫婦になっても、予期せぬ別れが待ち受けることがある。歌人の河野裕子さんは乳がんで2010年に亡くなった。病床でも歌を詠み続け、最後は夫の永田和宏さんが口述筆記で歌を残した。その一つが〈長生きして欲しいと誰彼数えつつ つひにはあなたひとりを数ふ〉◆恒例の金婚さん表彰式が今月行われる。今年から配偶者に先立たれた人も「ひとり金婚」として表彰する。半世紀連れ添えたことはもちろん素晴らしいが、長短にかかわらず、夫婦として残した軌跡に優劣はない。むしろ一人になった後、配偶者の分までと生きる覚悟を強めたのではなかろうか◆高村光太郎と智恵子の夫婦生活も20年余りで終わりを告げた。きょうは智恵子が52年の生涯を閉じた日で、「レモンの日」とされている。心を病んだ妻との日々は光太郎にとって安穏な時ばかりではなかったろう◆それでも苦しみ、悲しみを含めて共に歩むのが夫婦。レモン哀歌は思い出させてくれる。一人一人にある「大切な存在」が生きる力になると。

それぞれ「なるほど」ですね。

ちなみに「レモンの日」と直接の関係はありませんが、「レモンの日」だった昨日、『千葉日報』さんでも触れられたNHKさんの朝ドラ「ブラッサム」で、智恵子が表紙絵を描いた『青鞜』が使われました。
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智恵子の名は出ませんでしたが、智恵子を『青鞜』に引っ張り込んだ日本女子大学校の先輩・平塚らいてう、『青鞜』にも寄稿した光太郎の姉貴分・与謝野晶子の名。
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芥川龍之介や梶井基次郎、尾崎士郎らはドラマに登場することが公表されていますが、らいてうや晶子、できれば光太郎智恵子も登場させてほしいものです。ただ、他の文豪はすべて仮名なので、本名を出してしまったらいてうや晶子は登場しない公算が強いかもしれません。

テレビついでに、先週もフライングでご紹介しましたが、昨年10月6日に初回放映のあった「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」の再放送が公表されました。

グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー(再)

NHK Eテレ 2026年10月13日(火) 01:00~01:25(10月12日深夜)

仕事や子育てに追われながらも、ほっと一息つく大切な時間。お菓子にまつわる数々の物語、そして思いがけない誕生のドラマを、15代ヘンゼル(瀬戸康史)と魔法のかまど(キムラ緑子)がお届けします。

「智恵子抄」で知られる、詩人で彫刻家の高村光太郎。レモンには留学したパリで味わったコーヒーと、妻智恵子の思い出がしみ込んでいた。ロダンにあこがれ留学したパリで出会ったレモンコーヒーには、目の覚めるような思い出があった。一方、最愛の智恵子との悲しい別れにまつわるのも、レモンの記憶だ。智恵子の命日10月5日には、レモンを供え続けたという、光太郎の生涯とレモンの記憶をレモンスイーツとともにひもとく。

出演者 【声】キムラ緑子【出演】瀬戸康史
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当方もVで出演させていただいております。配信も為されますし、ご覧になったことのない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 80 『日本恋愛詩集』

昭和26年(1951)8月15日 羽田書店 草野心平編
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収録作家
 安西冬衛 会田綱雄 伊東静雄 和泉克雄 伊藤整 井上克子 池田克己 江間章子
 大江満雄 小野十三郎 長光太 岡田刀水士 大手拓次 岡崎清一郎 菊岡久利 木原孝一
 北畠八穂 草野心平 黒田三郎 小山晃三 佐藤春夫 佐沼兵助 坂本遼 嵯峨信之
 新藤千恵 田村隆一 田中冬二 竹中郁 高村光太郎 檀一雄 立原道造 壺田花子
 津村信夫 鳥見迅彦 中原中也 長江道太郎 中村真一郎 中勘助 中村稔 野間宏
 野田宇太郎 野上彰 萩原朔太郎 日夏耿之介 日高てる 深尾須磨子 藤島宇内 藤原定
 堀田善衛 堀口大学 丸山薫 馬淵美意子 三好豊一郎 室生犀星 村野四郎 村山槐多
 森田たま 森三千代 永瀬清子 原民喜


光太郎詩は「おそれ」「愛の嘆美」。いずれも『智恵子抄』収録作品です。



今日、10月5日(月)は、88年前に智恵子が南品川ゼームス坂病院で光太郎の持参したレモンをがりりと嚙んで機関を止めたことにちなむ「レモンの日」です。

それに合わせて智恵子故郷の福島県二本松市で始まった「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」を報じる『福島民友』さんの記事から。

高村智恵子の芸術巡ろう 生誕140周年記念で油絵展示

 二本松市出身の洋画家・紙絵作家高村智恵子生誕140周年を記念した特別企画展「智恵子の芸術」の開場式が3日、二本松市の二本松歴史館で行われた。二本松市教委の主催。
 期間中は市内の同館と市智恵子記念館が連携し、清春白樺美術館(山梨県北杜市)所蔵の智恵子の油絵「樟(くすのき)」の二本松初展示などを通して智恵子が残した偉大な芸術の足跡を紹介する。
 市智恵子記念館では11月24日まで「智恵子の油絵総展示~『樟』初展示」を開催。「樟」のほか、「花(ヒヤシンス)」(市所蔵)と「静物」(市寄託)も展示し、現存する智恵子の油絵3点が一堂に会する貴重な機会となっている。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。
 二本松歴史館では11月23日まで、市が所蔵する智恵子の実物紙絵全24点などを展示している。入館料は一般200円、高校生以下100円。
 また、二本松市の大山忠作美術館では日本画家大山忠作の「智恵子に扮(ふん)する有馬稲子像」を展示している。入館料は一般410円、小・中学・高校生は210円。

スタンプラリー実施
 期間中は、3館いずれかの半券を提示すると入館料が割引になる特典や3館を巡るスタンプラリーを実施し、市内の文化施設が一体となって智恵子の生誕140周年を盛り上げる。
 開場式では、三保恵一市長あいさつの後、テープカットが行われ、オープンを祝った。引き続き、出席者が紙絵などを鑑賞し智恵子の世界観を堪能した。
 問い合わせは市文化課(電話0243・55・5154)へ。
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ついでというと何ですが、紹介する機会を失っていましたので、ここで。同じ『福島民友』さんの一面コラムで9月25日(金)掲載分です。

編集日記

詩集「智恵子抄」で知られる芸術家の高村光太郎は、木彫の大家高村光雲の長男に生まれた。父が教える美術学校で学び、父の支援で留学もした。ただ彼の中では父とは違う「自分の芸術」への渇望が育っていた ▼父の言葉と逆のことしかしない。そんな、とがった彼を変えたのが、安達郡出身の長沼智恵子だった。「かなり不良性のあったわたくしを/智恵子は頭から信じてかかった」。彼女との出会いで「わたくし自身も知らない何ものかが/こんな自分の中にあることを知らされ」た、という(詩「あの頃」)▼智恵子の故郷にほど近い本宮市で26日、県現代詩人会企画の「詩祭」が開かれる。「県の昭和歌謡史」の講演など催しが多い中、会員らの詩の朗読が楽しみだ▼朗読は演者の個性が出る。聴衆は知っている詩にも新しい魅力を見つけ、詩になじみの薄い人も、自分の中の知らない何かと出会うかも知れない。それが芸術の妙だろう▼光太郎と智恵子が結婚した1914年、光太郎の第1詩集「道程」が出版された。その一編「秋の祈」は、季節の光景と胸中を流麗に歌い「空は水色/秋は喨喨(りょうりょう)と空に鳴る」と結ぶ。「水色」は川の町、本宮の代名詞。詩の舞台は整っている。

引用されている「あの頃」は、昭和25年(1950)の元日、雑誌『新女苑』に発表された連作詩「智恵子抄その後」中の一篇です。

    あの頃

 人を信ずることは人を救ふ。
 かなり不良性のあつたわたくしを
 智恵子は頭から信じてかかつた。
 いきなり内懐に飛びこまれて
 わたくしは自分の不良性を失つた。003
 わたくし自身も知らない何ものかが
 こんな自分の中にあることを知らされて
 わたくしはたじろいた。
 少しめんくらつて立ちなほり、
 智恵子のまじめな純粋な
 息をもつかない肉薄に
 或日はつと気がついた。
 わたくしの眼から珍しい涙がながれ、
 わたくしはあらためて智恵子に向つた。
 智恵子はにこやかにわたくしを迎へ、
 その清浄な甘い香りでわたくしを包んだ。
 わたくしはその甘美に酔つて一切を忘れた。
 わたくしの猛獣性をさへ物ともしない
 この天の族なる一女性の不可思議力に
 無頼のわたくしは初めて自己の位置を知つた。

ついでに後半で引用されている「秋の祈」(大正3年=1914)。おそらく詩集『道程』のために書き下ろされたものです。

    秋の祈

 秋は喨喨(りやうりやう)と空に鳴り
 空は水色、鳥が飛び
 魂いななき
 清浄の水こころに流れ
 こころ眼をあけ
 童子となる

 多端紛雑の過去は眼の前に横はり
 血脈をわれに送る
 秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る
 地中の営みをみづから祝福し
 わが一生の道程を胸せまつて思ひながめ
 奮然としていのる
 いのる言葉を知らず
 涙いでて
 光にうたれ
 木の葉の散りしくを見
 獣(けだもの)の嘻嘻として奔(はし)るを見
 飛ぶ雲と風に吹かれる庭前の草とを見
 かくの如き因果歴歴の律を見て
 こころは強い恩愛を感じ
 又止みがたい責(せめ)を思ひ
 堪へがたく
 よろこびとさびしさとおそろしさとに跪(ひざまつ)く
 いのる言葉を知らず
 ただわれは空を仰いでいのる
 空は水色
 秋は喨喨と空に鳴る

智恵子の名はここに現れませんが、「多端紛雑の過去」と、いろいろあったこと、しかしこれからは智恵子と二人、手に手を携えて生きていこう、という決意が読み取れます。

もう1件、同じ9月25日(金)に『福島民報』さんの一面コラムでも「智恵子抄」由来の「ほんとの空」の語を使って下さいました。

あぶくま抄

〈月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月〉。十五夜の美をたたえた詠み人知らずの古歌と伝わる。暦と夜空それぞれの月をもじった。今年の中秋の名月はきょう25日。満ちるのは27日午前1時49分ごろだ▼「ほんとの空」を明るく照らす光を心待ちにしつつ、舌で秋を感じたい。月見といえば、古くはそば、うどん。黄身の周りの白身を雲に見立てた。鶏卵が普及した明治以降、庶民に定着したとされる。今や、目玉焼きをハンバーガーやサンドイッチに挟んだり、パスタにのせたりした限定メニューがめじろ押しだ。店頭の風物詩を目にするにつけ、腹が鳴る▼鶏卵からは良質なタンパク質を手軽に摂取できる。人の体内で合成できない必須アミノ酸9種類が全て含まれる。1日に「何個まで」との制限はないというが、「何個でも」とはいかない。「物価の優等生」はサイズ混合の10個入りパックで300円ほどで、一昔前より100円近く値上がりした。鳥インフルエンザや飼料価格高騰の影響が尾を引く▼飲食料品の消費税率が下がるのは、まだ半年も先だ。物価高で懐に秋風が吹き込んでいようとも、食欲にはかなわない。〈月見食す月はこの月の月見〉

十五夜は旧暦の8月15日ですので、新暦だと何月何日になるかは年によって異なります。今年は9月25日(金)でしたが、智恵子が亡くなった88年前の昭和13年(1938)は、智恵子の葬儀が行われた10月8日でした。

    荒涼たる帰宅

 あんなに帰りたがつてゐた自分の内へ
 智恵子は死んでかへつて来た。
 十月の深夜のがらんどうなアトリエの004
 小さな隅の埃を払つてきれいに浄め、
 私は智恵子をそつと置く。
 この一個の動かない人体の前に
 私はいつまでも立ちつくす。
 人は屏風をさかさにする。
 人は燭をともし香をたく。
 人は智恵子に化粧する。
 さうして事がひとりでに運ぶ。
 夜が明けたり日がくれたりして
 そこら中がにぎやかになり、
 家の中は花にうづまり、
 何処かの葬式のやうになり、
 いつのまにか智恵子が居なくなる。
 私は誰も居ない暗いアトリエにただ立つてゐる。
 外は名月といふ月夜らしい。

智恵子の死から3年近く経った昭和16年(1941)の作。おそらく詩集『智恵子抄』のために書き下ろされたと推定されています。一切の感情語を排し、淡々と眼前の光景を綴ったことで、逆に光太郎の深い喪失感が見てとれます。

さて、今日は「レモンの日」。それぞれの地で、智恵子に思いを馳せていただければ幸いです。

【高村光太郎書誌】

詩華集 79 『近代日本詩集』アテネ文庫162

昭和26年(1951)6月30日 弘文堂 日夏耿之介編
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収録作家
 北村透谷 島崎藤村 土井晩翠 薄田泣菫 蒲原有明 上田敏 与謝野鉄幹 伊良子清白
 北原白秋 三木露風 木下杢太郎 高村光太郎 萩原朔太郎 日夏耿之介

光太郎詩は「五月の土壌」と「狂者の詩」。

「アテネ文庫」は昭和20年代から30年代にに刊行されていたレーベルで、全300冊ほど。中には稀覯本扱いのものも含み、古書マニアの中では垂涎の的となっているものもあるやに聞いています。

昨日は智恵子の故郷・福島二本松に行っておりました。「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」のメイン会場である二本松歴史館(にほんまつ城報館)さんで行われた開場式に参加のためです。

早朝に愛車を駆って千葉の自宅兼事務所を出発、順調に進んで、開館時間の午前9時頃到着。
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ロビーでは、裏手の二本松城で10月10日(土)から始まる恒例の菊人形展に向けて、菊人形ふうの人形がお出迎え。左は二本松市の友好都市・長野県駒ヶ根市の方々が特産の繭玉約3800個を使って作られた「繭クラフト」。右は二本松市特産の上川崎和紙を菊に見立てた二本松産です。
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式典は10:00からでしたが、お世話になっている教育委員会文化課の方々のご配慮で、開場前の会場を見せていただきました。
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「智恵子抄」にはほとんどこだわらず、「光太郎の妻」「「智恵子抄」のヒロイン」だけではない智恵子を前面に押し出していて、「そうであってほしい」という構成でした。
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市で所蔵している智恵子の紙絵の実物24点がそろい踏み。旧安達町の智恵子記念館さんでは毎年春の「高村智恵子生誕祭」、秋の「レモン祭」それぞれの期間中に10点くらいずつ展示が為されるのですが、全点を一堂にというのはおそらく初めてではないかと思われます。
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旧安達町でそれらを入手した際に、当会顧問であらせられた北川太一先生が書かれた「覚書」も解説パネル代わりに展示されていました。いわば鑑定書というか、「折り紙付き」の「折り紙」というか、そういったものです。その脇には当方がお貸しした昭和26年(1951)と同28年(1953)に都内で開催された紙絵展のパンフレット。智恵子紙絵の現物、北川先生の筆跡、当方手持ちの資料が一緒に並び、感無量でした。会場外の壁面には複製の紙絵も。

出品目録。
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ちょうど10年前の平成28年(2016)に、こちらに移転前の元の二本松市歴史資料館さんをメイン会場に開催された「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」とかぶる展示物(写真パネルなどはほとんどそうだそうで)も多かったのですが、その後10年間、展示機会が無かったものもあり、ある意味懐かしく拝見しました。

200円だったかの簡易図録。20ページほどで、紙絵24点全てと、もう一つの会場の智恵子記念館さんで展示されている油絵3点、デッサン2点がオールカラーの画像で掲載されています。無料で頂いてしまいました。深謝。
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さて、10:00になり、開場式。
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参会の方々は市議会議員さんら。主催者あいさつということで、三保恵一市長。三保市長、この日のこのために紋付袴でいらしたわけではなく、ちょうど二本松の提灯祭りだったためだそうで(笑)。
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テープカット。
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お歴々が10年前と同じく文化課の佐藤さんのガイドで観覧。
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その後、当方は常設展を拝見してからこちらを後に、智恵子生家/智恵子記念館さんに向かいました。

途中で寄り道。
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先日、FCT福島中央テレビさんのローカルニュースで取り上げられた花月堂花屋さん。安達太良山を模した「揚げまんじゅう」が名物で、午前中には売り切れることもあるというので心配でしたがゲットできました。
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帰ってからいただきました。「あんドーナツみたいなもんだろ」と思っていたところ、さにあらず。周りはかなりカリカリで、中のこしあんはふわっと。家の者にも好評でした。

さて、智恵子生家/智恵子記念館さん。
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受付でまず驚いたのは、パンフレットが新しくなっていたこと。「ありゃま」でした。以前は横長の紙をびろーんと広げるタイプでした。
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新しいものはコンパクトにA4サイズ三つ折り。
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経費削減ということもあるのでしょうか。情報量が減っていますが、これでも充分かなとは思います。

まずは生家に。高村智恵子レモン祭期間中の土曜日なので、通常時は上がれない内部に入れます。
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11月8日(日)には、昨春に引き続きこの座敷で当会プロデュース扱いのコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」を開催予定です。ご出演は電子楽器テルミンの大西ようこさん、箏曲の元井美智子さん、朗読で荒井真澄さんです。

一階部分は通常時にも庭や土間から見られますが、智恵子の居室を含む二階部分はこの時期の土日祝日のみ公開。
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逆に当方は公開されていない時に行った方が少ないのですが(笑)。

つづいて裏手の智恵子記念館さん。
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こちらも「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」会場の扱いになっていて、先述の通り、現存が確認できている智恵子油絵3点、デッサン2点の全てが展示されています。
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油絵「樟」は山梨県の清春白樺美術館さん所蔵。同館で時折展示される他、各地での光太郎智恵子展へ貸し出されることがあります。ただ、福島県内では初。さらに云うなら他の「静物」「ヒヤシンス」とあわせて3点そろい踏みは、平成2年(1990)に呉市美術館さん、三重県立美術館さん、茨城県近代美術館さんを巡回した「高村光太郎・智恵子 その造型世界」展以来でした。また、その時点ではデッサン2点は見つかって居らず(発見が報じられたのは平成11年=1999)、現存が確認できている智恵子の絵が全て揃うのは史上初です。
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まだどこかに智恵子の絵がひっそり眠っている可能性もありますが。

レモン祭の企画の一つとして、「智恵子にメッセージを贈ろう」実施中で、専用のカードに一言書いて受付に提出すればグッズがもらえるということで、書きました。いただけたのは記念のステッカーでした。
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智恵子生家/智恵子記念館さんを後に、再び市街へ。二本松駅前の大山忠作美術館さんでは、久し振りに「智恵子に扮する有馬稲子像」が展示されているのでそちらも、と思いまして。
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ところが、駅前は提灯祭りの影響で混雑。館の駐車場は駐車待ちの車で行列が出来ており、全然進みません。それなら、と駅前の有料駐車場に行ってみたら、そちらは祭りで使うようで、閉鎖。あきらめて帰路に就きました。また10月17日(土)に「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」の関連行事としての講演会講師を仰せつかっており、その際にでも行ってみます。

帰途立ち寄ってガソリンを補充した東北自動車道安達太良SAから撮った智恵子ソウルマウンテン・安達太良山。
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販売コーナーでは安達太良山中腹にあるチーズケーキ工房&カフェ風花さんが今年2月に新発売なさった「ほんとの空サイダー」も販売されています。
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ちなみに昨日はよく晴れていて、随所で「ほんとの空」でしたが、10月17日(土)もそうであってほしいものです。

皆様方もぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 78 『現代詩代表選集 1951 2』

昭和26年(1951)3月30日 小山書店 日本文芸家協会編
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収録作家
 池田克己 野上彰 平木二六 櫻井勝美 阪本越郎 岡崎清一郎 山中散生 小野十三郎
 長光太 岡本潤 北川冬彦 山本沖子 安西均 高橋新吉 許南騏 三好達治 壺井繁治
 中村真一郎 殿内芳樹 北園克衛 村野四郎 河邨文一郎 原民喜 谷川俊太郎 堀口大学
 江間章子 祝算之介 安藤一郎 安東次男 鮎川信夫 安西冬衛 関根弘 田村隆一
 王榕青 近藤東 及川均 岡田刀水士 金子光晴 草野心平 佐藤春夫 高村光太郎
 ノエル・ヌエット 山内義雄訳 杉本直 鳥見迅彦 高見順 西脇順三郎 山本太郎
 新藤千恵 吉田一穂 町田志津子


光太郎作品は「典型」「鈍牛の言葉」「山荒れる」が収められています。

明後日、10月5日(月)は智恵子忌日の「レモンの日」です。そのからみで「レモン哀歌」(昭和14年=1939)のレモンなどに関わるグルメ系3件プラスアルファ。

まずは光太郎第二の故郷・岩手花巻でも「レモンの日」関連。レモンを使ったスイーツの大集合で、今年で3回目となるイベントです。

第3回 レモンの日イベント

期 日 : 2026年10月5日(月)
会 場 : 田舎labo 岩手県花巻市湯口字蟹沢13−1
時 間 : 11:00~16:00
料 金 : 無料

10月5日は花巻ゆかりの彫刻家で詩人・高村光太郎氏の“レモン哀歌”にちなんで制定された、特別なレモンの記念日です。レモン尽くしの爽やかな1日をぜひお楽しみください🍋

出店者
 パンだ。 (レモンピールメロンパン)
 焼き菓子工房シャノアール
(レモンビスケット・レモンケーキ・メイヤーレモンのドライフルーツ)
 バックシュトゥーべ(カプリのレモンケーキ)
 志たあめや (レモンたぬきさん)
 スイーツ工房ヘンゼル2
(レモンのバスクチーズケーキ・ハチミツレモンタルト・レモンのコンフィ)
 Cocoon BAKE (レモンパイ・レモンケーキ)
店頭販売
 うずら森のこよみ (レモンカード)
 ぱん☆d'argile (デリバリーひよこ隊レモンバージョン)
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田舎laboさん、光太郎が7年間の蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋からそう遠くない場所で、光太郎もたびたび足を運んだ鉛温泉さん、大沢温泉さんなどの花巻南温泉峡の入口に位置します。
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ぜひ足をお運び下さい。

続いて、智恵子の故郷・福島二本松の旧安達町では、学校給食が安達学校給食センターさんで調理を行っているとのことですが、旧町域の小学校さんの持ち回りで、食育の一環として児童の皆さんがメニューを考える「ほんとの空献立」の日があります。一昨日は道の駅安達智恵子の里さんにほど近い渋川小学校さんの6年生が考えた「ほんとの空献立」だったそうです。
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品目が活字になっていないのが残念ですが。

田舎laboさんの「レモンの日イベント」ともども、永続的に続けていただきたいものです。

「レモン」で「グルメ」と来れば、1年前にNHK Eテレさんで放映された「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」。やはりレモンの日に合わせてということでしょう、再放送があります。ちょっと先なのでまだ公式サイト等に情報が出ていませんが、NHKさんからお知らせを頂きました。
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グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー(再)

NHK Eテレ 2026年10月13日(火) 01:00~01:25(10月12日深夜)

仕事や子育てに追われながらも、ほっと一息つく大切な時間。お菓子にまつわる数々の物語、そして思いがけない誕生のドラマを、15代ヘンゼル(瀬戸康史)と魔法のかまど(キムラ緑子)がお届けします。

「智恵子抄」で知られる、詩人で彫刻家の高村光太郎。レモンには留学したパリで味わったコーヒーと、妻智恵子の思い出がしみ込んでいた。ロダンにあこがれ留学したパリで出会ったレモンコーヒーには、目の覚めるような思い出があった。一方、最愛の智恵子との悲しい別れにまつわるのも、レモンの記憶だ。智恵子の命日10月5日には、レモンを供え続けたという、光太郎の生涯とレモンの記憶をレモンスイーツとともにひもとく。

出演者 【声】キムラ緑子【出演】瀬戸康史
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当方、Vで出演させていただきました。一部界隈では「神回」と称された(笑)回です。深夜の放映というのが残念ですが、ご覧になっていない方、ぜひご覧下さい。

テレビ番組ついでに、もう1件。こちらは智恵子は関わりますが「グルメ」は関係ありません(笑)。

日曜美術館 アートシーン「ニューヨークの藤田嗣治」展

NHK Eテレ 10月4日(日)  09:45〜10:00 再放送 10月11日(日) 20:45~21:00

「ニューヨークの藤田嗣治」〜1月11日 軽井沢安東美術館▼「高村光太郎・智恵子展」〜11月23日 碌山美術館▼「川端龍子プラスワン 川内理香子 LOVE,Wild Grape,Tiger,heart」〜11月8日 大田区立龍子記念館▼「梅野隆 美との対話」〜11月23日 東御市梅野記念絵画館・ふれあい館▼「松本陽子 宵の明星を見た日」〜11月1日 いわき市美術館 

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「日曜美術館」本編45分の後におまけで放映される15分の「アートシーン」。全国の展覧会情報を紹介するコーナーです。信州安曇野の碌山美術館さんで開催中の特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」が取り上げられます。

こちらもぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 77 『現代詩代表選集 1950 1』

昭和25年(1950)7月20日 小山書店 日本文芸家協会編
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収録作家
 高村光太郎 吉田一穂 金子光晴 真壁仁 山之口貘 草野心平 近藤東 高橋新吉
 青山鶏一 扇谷義男 岡崎清一郎 北川冬彦 安西冬衛 村野四郎 池田克己 北園克衛
 西脇順三郎 馬淵美意子 田村隆一 安藤一郎 原條あき子 佐藤春夫 釈迢空
 深尾須磨子 永瀬清子 千家元麿 田中冬二 笹沢美明 緒方昇 淵上毛銭 日高てる
 高見順 小野十三郎 大江満雄 三好豊一郎 丸山豊 野村英夫 伊東静雄 竹中郁
 丸山薫 佐沼兵助 三好達治 島崎曙海 藤島宇内 吉塚勤治 許南騏 壺井繁治
 

光太郎詩は「悪婦」。本編のあと、北川冬彦による「詩壇展望」、三好達治の「後記」が収められています。

智恵子の故郷・福島二本松で明日開幕の高村智恵子生誕140年記念特別企画展「智恵子の芸術」及び同時開催の高村智恵子レモン祭につき、地方紙や市の広報誌に予告が出ていますのでご紹介します。

まず地方紙『福島民友』さん。

高村智恵子の油絵「樟」古里へ 10月から二本松で生誕140年企画展

007 二本松市出身の洋画家・紙絵作家高村智恵子生誕140周年を記念し、二本松市教委は10月から、同市の市智恵子記念館、二本松歴史館と連携し、清春白樺美術館(山梨県北杜市)所蔵の智恵子の油絵「樟(くすのき)」の二本松初展示などを盛り込んだ特別企画展「智恵子の芸術」を開催する。
 智恵子記念館で10月1日~11月24日開催する「智恵子の油絵総展示~『樟』初展示」では「花(ヒヤシンス)」(市所蔵)と「静物」(市寄託)も展示、現存する智恵子の油絵3点が一堂に会する貴重な機会となる。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。
 二本松歴史館では10月3日~11月23日、智恵子の実物紙絵全24点のほか、智恵子に関する貴重な資料を展示し、智恵子が独自の紙絵の世界を築いた軌跡をたどることができる内容となっている。入館料は一般200円、高校生以下100円。
 このほか二本松市の大山忠作美術館では、日本画家大山忠作の作品の中でもひときわ存在感を放つ「智恵子に扮(ふん)する有馬稲子像」を展示する。入館料は一般410円、小・中学・高校生は210円。
 期間中は、3館いずれかの半券を提示すると入館料が割引になる特典や3館を巡るスタンプラリーを実施し、市内の文化施設が一体となって智恵子の生誕140周年を盛り上げる。
 三保恵一市長が25日、定例記者会見で発表した。三保市長は「ぜひこの機会に、智恵子が残した偉大な芸術の足跡に触れ、その生涯に思いをはせていただくとともに智恵子の世界を満喫してほしい」としている。
 問い合わせは市文化課(電話0243・55・5154)へ。

続いて市の広報誌『広報にほんまつ』10月号から。

まず高村智恵子生誕140年記念特別企画展「智恵子の芸術」について。
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同時開催の高村智恵子レモン祭関連。
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さらに『民友』さんにも記述がありましたが、高村智恵子生誕140年記念特別企画展「智恵子の芸術」メイン会場の二本松歴史館(にほんまつ城報館)さん、レモン祭会場の智恵子記念館さん、そして《智恵子に扮する有馬稲子像》が展示されている二本松駅前の大山忠作美術館さんの市営3館でのスタンプラリーという件も。
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3館コンプリートでオリジナル智恵子グッズがもれなくもらえるようです。これは存じませんでした。

そういうわけで、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 76 『現代詩』現代日本文学選集Ⅺ

昭和25年(1950)5月31日 細川書店 日本ペンクラブ編纂
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収録作家
 北原白秋 川路柳虹 木下杢太郎 高村光太郎 山村暮鳥 日夏耿之介 萩原朔太郎
 室生犀星 堀口大学 佐藤春夫 千家元麿 佐藤惣之助 百田宗治 尾崎喜八 金子光晴
 深尾須磨子 吉田一穂 萩原恭次郎 岡本潤 壺井繁治 小野十三郎 草野心平 高橋新吉
 中野重治 北川冬彦 安西冬衛 竹中郁 宮澤賢治 三好達治 丸山薫 神保光太郎
 伊東静雄 立原道造 田中冬二 中原中也 蔵原伸二郎 西脇順三郎 北園克衛 菊岡久利
 山之口貘 永瀬清子 田中克己

光太郎詩は「冬が来た」「秋の祈」「山麓の二人」「雷獣」。それ以外に「作者のことば」「略歴」も光太郎自身によるものです。

神奈川県鎌倉市での光太郎及び光太郎と交流の深かった尾崎喜八、それぞれの親族の方々による展示です。

回想 高村光太郎 尾崎喜八 詩と友情 その13

期 日 : 2026年10月2日(金)~11月24日(火)の火・金・土・日曜日
会 場 : 笛ギャラリー 神奈川県鎌倉市山ノ内215
時 間 : 11:00~16:00
休 業 : 月・水・木曜日
料 金 : 無料

関連行事 詩の朗読会 11月21日(土) 15:00~
 高村光太郎と尾崎喜八の詩を朗読します。詩を朗読して下さる方を募集しています。
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笛さんの店主、山端氏の奥様が光太郎の直ぐ下の妹・しづ(静子)の令孫にあたり、こちらには光太郎の直筆の書、彫刻などが遺されています。それから、すぐご近所に尾崎喜八令孫の石黒敦彦氏がお住まいで、そちらには尾崎関連のさまざまな品々。その中から展示品をセレクトして毎年開催されています。

特に目玉は、大正13年(1924)、尾崎と、光太郎の親友だった水野葉舟の息女・實子の結婚祝いに贈ったミケランジェロ模刻のブロンズ「聖母子像」。石膏原型は失われており、全国にこれ一点のみしか存在しません。下の画像で中央下です。
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追記 画像追加しました。
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すでに展示作業が終わったようで、山端氏のフェイスブック投稿に会場内の画像。
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11月21日(土)には例年行われている朗読会も予定されています。一般の方々によるもので、飛び入り参加も可。過去の様子は下記をご参照下さい。令和6年(2024)はブッキングで拝聴に伺えませんでした。
 
 令和4年(2022)  令和5年(2023)  令和7年(2025)

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 75 『現代日本代表作詩集』

昭和23年(1948)10月30日 海口書店 池田克己編纂代表
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収録作家
 会田綱雄 浅井十三郎 飛鳥敬 鮎川信夫 安西冬衛 安藤一郎 池田克己 石井昌光
 伊東静雄 入江元彦 祝算之介 植村諦 右原尨 梅木三郎 江間章子 及川均 大江満雄
 大木実 岡崎清一郎 緒方昇 岡本潤 尾崎喜八 小野十三郎 金子光晴 川島豊敏
 上林猷夫 菊岡久利 北川冬彦 北園克衛 木原孝一 草野心平 蔵原伸二郎 黒木清次
 小池亮夫 小柳透 近藤東 坂井一郎 笹沢美明 更科源蔵 柴田元男 島崎曙海
 神保光太郎 菅原克已 杉浦伊作 杉山平一 杉山真澄 関根弘 高島高 高橋新吉
 高橋宗近 高見順 高村光太郎 瀧口武士 竹尾大吉 竹中郁 田中克己 田中冬二
 谷村博武 田村昌由 田村隆一 長光太 寺田弘 鳥見迅彦 中川信夫 永瀬清子
 西脇順三郎 野長瀬正夫 原田種夫 菱山修三 日高てる 平木二六 比良勢津子
 平林敏彦 深尾須磨子 福田律郎 藤原定 淵上毛銭 冬木康 堀口大学 真壁仁
 松畑優人 丸山薫 宮崎孝政 三好達治 三好豊一郎 村野四郎 向井孝 百田宗治
 八森虎太郎 山上順三 山中散生 山之口貘 山本信夫 吉田一穂 吉田欣一 吉塚勤治
 劉寒吉 和田徹三 伊藤信吉

編纂者代表の池田克己が主宰し、現在も続く詩誌『日本未来派』が母体のアンソロジーです。光太郎詩は「「ブランデンブルグ」」(タイトル自体に「」がついています)。

都内での演奏会情報です。

鈴木憲夫作品を歌う合唱団 創団10周年記念演奏会

期 日 : 2026年10月4日(日)
会 場 : 豊洲シビックセンターホール 江東区豊洲2-2-18
時 間 : 14:45~
料 金 : 無料(要予約)

「鈴木憲夫作品を歌う合唱団」初の単独演奏会‼️ 過去から歌いついできた曲、未来へ歌いついでいきたい曲、その歴史の真ん中で、〜言葉は祈りとなり、響きとなる〜

プログラム:
 1st. 鈴木憲夫合唱作品選集
  ・五月の森で(やなせたかし 詩)  ・ふるさとの木の葉の駅(坂村真民 詩)
  ・昼の月(坂村真民 詩)      ・念ずれば花ひらく(坂村真民 詩)
  ・さくらんぼ と 麦わらぼうし(金子静江 詩)
 2st. レモン哀歌(高村光太郎 詩)
 3st. 永訣の朝(宮沢賢治 詩)

指揮 伊澤俊雄  ピアノ 和田蕗子  ゲスト 鈴木憲夫
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鈴木憲夫作品を歌う合唱団さん、鈴木氏が主宰されているわけではなさそうですが、近しい立ち位置で、時には直接ご指導を仰がれているようです。

弟2ステージが「レモン哀歌」。組曲の一つというわけではなく、単体の作品です。それでも演奏時間約8分の比較的長い曲です。はじめ女声三部版が作曲され、平成23年(2011)にカワイ楽譜さんから出版されています。続いて独唱版と混声版が翌年に刊行されました。
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抒情性豊かで清澄なメロディーラインを基調に、奇を衒うことなく素直に光太郎智恵子の世界が表現されています。合唱曲となった「レモン哀歌」は少なからず存在しますが、当方の最も好むものの一つです。

鈴木氏による混声版の自作解説から。

 高村光太郎といえば「智恵子抄」と連想されるほど、氏の代表作として愛され、親しまれている作品です。とくに「レモン哀歌」はその中心ともいえる作品です。
 若い頃この作品に触れた時は、ひとりの詩人の遠い昔の、まるで別世界の物語として、セピア色の「光太郎と智恵子」の写真を眺めたものです。
 作曲する上で私の常とするところですが「詩・言葉」に作曲するのではなく、その作家の思いやその世界に描かれた風景を音楽にしたいと考えています。
 詩はとても平易に書かれています。感情的な起伏を抑え淡々として、詩稿をご覧になれば分かるように「段」を空ける事なく、まるで自身の感情を押し殺すかのような手法で書かれています。私もことさらに感情を煽るような作曲はせずに、行間に潜む光太郎の息づかいを思い作曲しました。
 はじめに取り組んでから完成まで1年半もの時間を要しました。2007年、私は妻・美智子を喪(な)くしています。自身の身の上、さらに様々な思いとが重なり作曲は遅々として進まず、その「鈍」とした仕事ぶりに自身で呆れ果ててはおりますが、しかしそれは私にとり必要な時であったのだと今にして思います。
 作曲を終えた今、合唱作品として新しい生命が吹き込まれたこの作品を、私は光太郎、智恵子、そして亡き妻の魂に捧げたいと思います。


第3ステージは宮沢賢治が最愛の妹・トシの死に際して謳った「永訣の朝」に曲を付けた作品。「永訣の朝」といえば、光太郎の「レモン哀歌」に影響を与えているであろうことが夙に指摘されています。その二つをセットにするというのも心憎い構成ですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 74 『近代絶唱詩集』

昭和22年(1947)12月25日 日本読書組合 神保光太郎/中島健蔵編
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収録作家
 北村透谷 国木田独歩 森鷗外 島崎藤村 上田敏 与謝野寛 土井晩翠 河井酔茗
 薄田泣菫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 岩野泡鳴 野口米次郎 与謝野晶子
 永井荷風 石川啄木 北原白秋 木下杢太郎 三木露風 高村光太郎 武者小路実篤
 山村暮鳥 三富朽葉 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎 佐藤春夫 西條八十 日夏耿之介
 堀口大学 千家元麿 百田宗治 大手拓次 宮澤賢治

光太郎詩は「樹下の二人」「龍」「火星が出てゐる」「ぼろぼろな駝鳥」そして「レモン哀歌」。賢治作品には「永訣の朝」は採られていませんが、同じくトシの死を題材とした「松の針」が収録されています。

カバー画は武者小路実篤の手になるものです。

脚本家の倉本聰氏が亡くなりました。

時事通信さん配信記事。

倉本聰さん死去、91歳 脚本家、「北の国から」001

 「北の国から」シリーズや「前略おふくろ様」など、数多くの名作ドラマを手掛けた脚本家の倉本聰(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)さんが18日、多臓器不全のため北海道富良野市の自宅で死去した。91歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。11月3日にお別れの会を富良野演劇工場で開く。
 1959年、東京大文学部を卒業し、ニッポン放送に入社。63年に退社後、フリーの脚本家に。東京の下町の料亭を舞台にした青春ドラマ「前略おふくろ様」が、76年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞するなど好評を博した。
 77年、富良野市に移住。同市を舞台に、大自然の中で生きる家族の姿を描いた連続テレビドラマ「北の国から」(81~82年)が大きな反響を呼んだ。スペシャルドラマ8編も制作され、2002年まで続く人気シリーズとなった。
 他の代表作に「昨日、悲別で」「優しい時間」「風のガーデン」「うちのホンカン」などがある。84年からは私費を投じ、脚本家や俳優養成の場「富良野塾」を主宰。10年の閉塾後は、塾の卒業生が中心の劇団「富良野GROUP」を指導するなど、後進育成にも力を注いだ。
 近年は、高齢者が直面するさまざまな問題をコミカルに描く「やすらぎの郷(さと)」、続編の「やすらぎの刻(とき)~道」が話題を集めた。
 降旗康男監督の映画「冬の華」「駅 STATION」などの脚本も手掛けた。
 00年に紫綬褒章、10年に旭日小綬章を受章した。

倉本氏、実に多くのテレビドラマや映画、舞台の脚本を書かれましたので、古いものの中でも光太郎詩を使って下さったりということがあったかもしれませんが、こぬブログを始めてからの例ですと、記事にある「富良野GROUP」としての舞台「ノクターン―夜想曲(2015) -Nocturne 2015-」で「あどけない話」(昭和3年=1928)を使って下さいました。有名な「明日、悲別で」同様、東日本大震災後、反原発を訴えるものでした。
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そんな関係で、福島では平成30年(2018)に倉本聰展「森のささやきが聞こえますか-倉本聰の仕事と点描画展」が開催され、関連行事として「北の国から」の蛍役・中島朋子さんの朗読公演があって、「智恵子抄」からもプログラムに組み込まれました。

テレビドラマでも、令和元年(2019)放映の「やすらぎの刻(とき)~道」で、同じく「あどけない話」が使われました。
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「やすらぎの刻(とき)~道」は、平成29年(2017)に放映された「やすらぎの郷」の続編で、テレビ関係者のみが入居できるという高級老人ホーム「やすらぎの郷」が舞台。さらに「やすらぎの郷」に暮らす脚本家・菊村栄(石坂浩二さん)の戦前・戦時中・戦後を描いたシナリオ「道」が風間俊介さん主演の劇中劇で展開。「あどけない話」が使われた第47話、48話は「道」パートの中でした。

風間さん演じる公平の兄で、召集されて海軍航空隊に入営していた兄の公次(Kis-My-Ft2の宮田俊哉さん)が、久し振りの休暇で山梨の村・小野ヶ沢に帰省し、弟たちに「智恵子抄」を読むことを勧める、というエピソードでした。

富良野の自然に親しんだ倉本氏、「あどけない話」中の「東京に空が無い」が心に沁みたのでしょう。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 【高村光太郎書誌】

詩華集 73 『近代抒情詩選 花さうび』

昭和22年(1947)11月30日 天明堂 佐藤春夫著作者代表
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収録作家
 北村透谷 島崎藤村 土井晩翠 幸田露伴 与謝野鉄幹 河井酔茗 伊良子清白 横瀬夜雨
 児玉花外 与謝野晶子 石上露子 上田敏 薄田泣菫 蒲原有明 野口米次郎 森鷗外
 永井荷風 石川啄木 木下杢太郎 北原白秋 三木露風 高村光太郎 福士幸次郎
 山村暮鳥 日夏耿之介 西條八十 室生犀星 萩原朔太郎 大手拓次 生田春月 佐藤春夫
 芥川龍之介 堀口大学 千家元麿 佐藤惣之助 百田宗治 宮澤賢治 大木惇夫 中野重治
 立原道造 三好達治 中勘助 釈迢空

光太郎詩は「秋の祈」「冬が来た」「ぼろぼろな駝鳥」「夜の二人」。

タイトルの「さうび」は歴史的仮名遣いで、現代仮名遣いに直すと「そうび」。薔薇のことです。

都内から朗読講座の募集情報です。

『座』朗読塾「現代文学クラス」2026年度後期・受講生募集

期 日 : 2026年10月2日/16日 11月6日/20日 12月4日/18日
      2027年1月8日/22日 2月5日/19日 3月5日/19日
      すべて金曜日(月2回)
会 場 : 演劇倶楽部『座』サロン 新宿区新宿5-9-11 アルメリア新宿1F
時 間 : 11時〜15時
料 金 : 20,000円
定 員 : 高校生以上の男女 16名
講 師 : 壤晴彦

 俳優・声優として長年舞台・映像・アニメーションの分野で活躍してきた壤晴彦 が指導する、年間を通した朗読ワークショップです。
 小説、詩、随筆、戯曲など、日本文学のさまざまな作品を教材に、作品を深く読み解き、それを「声」と「ことば」によって聴き手へ届ける朗読表現を学びます。
 朗読は、単に文章を声に出して読むことではありません。言葉の響きやリズム、人物の心情、物語の流れを読み取り、作品の世界を立体的に立ち上げていく表現です。
 本講座では、日本文学の豊かな言葉に触れながら、作品の理解を深め、その魅力を伝える語りの技術を育むために、壤晴彦の俳優としての長年の経験をもとに、懇切な指導を行います。
 朗読に興味のある方、日本文学を声で味わいたい方、俳優・声優としての言葉の技術力を高めたい方まで、幅広くご参加いただけます。

※発声・発音(滑舌)など朗読の基礎トレーニングについては、別途開催する短期ワークショップにて指導しています。

 大正・昭和以降の近現代文学を中心に扱います。比較的現代に近い言葉の作品を通して、文章の理解を深め、語りの表現力を高めていきます。

教材:佐藤春夫『小説・智恵子抄』ほか
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『座』朗読塾主宰で講師の壤晴彦氏、確認できている限り、さいたま市、新宿区(拝聴しました)、秋田市においてご自身で「智恵子抄」系を含む公演をなさいました。また、朗読の指導にも熱意を持たれ、「智恵子抄」を教材としたCDをリリースされている他、昨年も今回同様の講座で「智恵子抄」を扱って下さいました。

今回は、佐藤春夫の『小説智恵子抄』が取り上げられます。同作は光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、光太郎と親交の深かった佐藤が雑誌『新女苑』に連載したジュブナイルです。連載当時のタイトルは「愛の頌歌(ほめうた) 小説智恵子抄」。昭和32年(1957)に実業之日本社さんから単行本化され、のち、角川文庫のラインナップに入り、現在も販売中のようです。また、丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられてもいます。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 72 『紺青 純情詩集』

昭和22年(1947)1月1日 雄鶏社 西條八十編
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収録作家
 国木田独歩 島崎藤村 土井晩翠 薄田泣菫 横瀬夜雨 伊良子清白 与謝野晶子
 児玉花外 北原白秋 三木露風 川路柳虹 高村光太郎 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎
 佐藤春夫 柳沢健 西條八十 堀口大学 百田宗治 佐藤惣之助 大木惇夫 春山行夫
 三好達治 田中冬二 竹中郁 菱山修三 丸山薫 稲垣恒子 英美子 村野四郎
 ウィルヘルム・アレント/上田敏訳 ヴェルレーヌ/上田敏訳 ドイツ民謡/近藤朔風訳
 リルケ/片山敏彦訳 ストルム/上田敏訳 アリエット・オドラ/堀口大学訳
 イタリア古謡/門馬直衛訳 ポ-ル・フォール/上田敏訳 ティースデール/西條八十訳


雄鶏社で発行していた雑誌『紺青』の新年号附録。12.7㌢×9.0㌢の、文庫本より一回り小さいサイズです。光太郎詩は「画室の夜」が収められています。

昨日ご紹介した『少年少女詩集 草の上』と発行順が前後していました。すみません。

明日から始まるNHKさんの新しい朝ドラ「ブラッサム」。
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小説家の宇野千代をモデルとした葉野珠が主人公で、石橋静河さんが演じます(晩年の珠役は加賀まりこさん)。

たまたま予告編を見ていたら、智恵子が表紙絵を描いた『青鞜』が使われていました。
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明治30年(1897)生まれの千代、実際に少女時代に『青鞜』に触れ、眼を開かされたという経験があったのでしょうか。『青鞜』創刊は明治44年(1911)です。

NHKさんのドラマでは、こういう展開が時折あります。

同じく朝ドラ、平成28(2016)年度上半期の「とと姉ちゃん」。
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主人公・小橋常子は、現在も続く雑誌『暮しの手帖』を創刊した大橋鎭子がモデルで、高畑充希さんが演じました。どの程度史実なのかわかりませんが、常子は女学校の東堂先生(片桐はいりさん)の影響で『青鞜』に魅せられ、同級生・中田綾(阿部純子さん)や妹の鞠子(相良樹さん)も。終盤には戦後の設定でしたが、真野響子さん扮するらいてうも登場しました。

朝ドラではありませんが、令和4年(2022)放映の「風よ あらしよ」。令和6年(2024)には全3回のテレビ版をつなげた劇場版映画として公開されました。
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吉高由里子さん演ずる伊藤野枝が主人公。野枝は『青鞜』を読んで社に加わり、やがてらいてう(松下奈緒さん)から発行権を譲り受けます。こちらは完全に史実です。

で、「ブラッサム」でも。
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「ブラッサム」、最初のうちは千代の故郷・山口県の岩国編ですが、のちに東京編となり、多くの文士らが登場します。光太郎はとりあえず登場しませんが。

光太郎と千代は直接の関わりがあったかどうか、寡聞にして存じません。ただ、千代は戦時には光太郎が詩部会長を務めていた日本文学報国会の女流文学者委員会の委員でしたし、報国会が全面協力した大東亜文学者大会に光太郎と共に列席していますので、面識程度はあったのではないかと思われます。

登場する文士らのうち、光太郎と直接の関わりがあったのは……
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「秋山格之介」こと芥川龍之介(高良健吾さん)。史実では、大正期に与謝野家で催された歌会で光太郎と同席し、その際に光太郎が書いた短冊を「ぜひに」と言ってもらっています。
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中央公論社社長・嶋中雄作。役名は「山中勇三」で、井浦新さんが演じられます。『中央公論』には光太郎も寄稿し、神奈川近代文学館さんには光太郎から嶋中宛の書簡が2通所蔵されています。『高村光太郎全集』にもれていたもので、いずれも嶋中の故郷・奈良の三輪そうめんを贈られた礼状。来春刊行の『高村光太郎研究』(高村光太郎研究会)所収の当方の連載「光太郎遺珠」で紹介する予定です。
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染谷将太さん演じる「西尾一路」。後に珠(千代)と結婚します。尾崎士郎がモデルで、尾崎は戦時中、光太郎と共に大政翼賛会中央協力会議の議員を務め、光太郎、菊池寛、山本有三と共に「翼賛四銃士」などと称されました。
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他に、光太郎とは直接の関わりはなかったと思われる梶井基次郎が「梶矢基一郎」の名で、佐藤緋美さん。吉屋信子は「土橋風子」で尾野真千子さん。
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さらに滝田樗陰と思われる「黒崎大三郎」(遠藤憲一さん)、今東光であろう「左良太」に北野秀気さん、イッセー尾形さんの「小山牛丸」は徳富蘇峰か徳富蘆花か、と言われています。

現段階で公表されているキャスト等はこんな感じですが、物語が進めば、光太郎と縁があった人物では史実に鑑みると藤田嗣治、谷崎潤一郎らは当然出てくるはずですし、ことによると菊池寛や佐藤春夫なども有り得ます。

それにつけても、ある意味奔放とも言える千代をよく主人公にしたな、という感じですが。
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ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 71 『少年少女詩集 草の上』

昭和22年(1947)1月25日 寶雲舎 阪本越郎編
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収録作家
 田中冬二 三好達治 菱山修三 神保光太郎 大木惇夫 室生犀星 津村信夫 西條八十
 高村光太郎 丸山薫 北原白秋 堀口大学 阪本越郎

光太郎詩は「約束」「冬の子供」の二篇でした。

大正期には若き自らの肖像画を光太郎に依頼し、光太郎晩年には生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」建立のため青森県との橋渡し役を務め、光太郎が没してからは草野心平らとともに顕彰活動の先頭に立って「連翹忌」名付け親ともなった佐藤春夫。

その春夫関連の展示等が2件、相次いで行われます。まずは完全に光太郎もからむ、和歌山。

移転リニューアルオープン記念特別展示

期 日 : 2026年10月7日(水)~12月10日(木)
会 場 : 新宮市立佐藤春夫記念館 和歌山県新宮市伊佐田町1-2-50
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 月曜、祝日の翌日
料 金 : 一般 330円 小中学生 160円(10/7~10/12は無料)

佐藤春夫記念館は10月7日(水)の午後1時よりリニューアルオープンいたします。12月10日までオープン記念特別展示として、高村光太郎画「佐藤春夫像」を新宮市初公開します。オープンから6日間を無料開放日としますのでぜひご来館ください。

貴重映像 「現代日本文学巡礼」(郡山市立こおりやま文学の森資料館所蔵)より佐藤春夫のパートを公開(12月27日(日)まで)

東京大学准教授・河野龍也先生の協力を得て、新しい研究成果も交えた詳細な解説パネルを新設(常設)

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同館は文京区関口にあった春夫の邸宅を故郷・新宮市の熊野速玉大社に移築、平成元年(1989年)11月に記念館としてオープンしました。その後、老朽化や寄贈品の収蔵庫も手狭になっていたということで、ゆかりの伊佐田町地区へ移転ということになり、令和6年(2024)から休館中でしたが、このほどリニューアルオープンだそうです。延べ床面積は約300平方メートルと大きくなり、使える部材を活用するなど従来の外観や内観をできるだけ維持して移転だとのこと。

共同通信さん配信記事。

作品舞台の地区に移転、開館へ 和歌山・新宮市の佐藤春夫記念館

005 和歌山県新宮市出身の作家佐藤春夫(1892~1964年)の愛用品などを展示する市立佐藤春夫記念館が老朽化のため移転リニューアルオープンするのに先立ち17日、市は報道陣向けの内覧会を開いた。10月7日に開館する。
 記念館は佐藤が住んでいた東京都文京区の邸宅を新宮市の熊野速玉大社境内に移築し、1989年にオープン。老朽化が進み寄贈品の収蔵庫も手狭になっていたため、市は佐藤の小説「わんぱく時代」の舞台となった市内の地区への移転を決め、2024年から工事を進めていた。
 楠本秀一館長(77)は「門弟3千人とも言われ、多彩な才能を発揮した佐藤春夫の足跡をぜひ見てほしい」と話した。

光太郎油彩画「佐藤春夫像」(大正3年=1914)は、和歌山県立近代美術館さんに寄託されていて、同館でことあるごとに展示して下さっていましたが、他の1万点を超える遺品などとともに、新宮市へ寄贈されました。有名な芥川賞受賞を懇願する太宰治からの書簡なども含まれています。上記案内文にある「新しい研究成果も交えた詳細な解説パネルを新設」は、そのあたりを受けてのことと思われます。
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もう1件、神奈川県から。こちらの方が先に始まります。

特別展「佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝へてよ」

期 日 : 2026年10月3日(土)~11月29日(日)
会 場 : 神奈川近代文学館 横浜市中区山手町110
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 月曜日(祝日は開館)
料 金 : 一般800円(600円)、65歳以上・20歳未満及び学生400円(300円)
      高校生100円(100円)、中学生以下は無料 ( )内は20名以上の団体料金

 明治から昭和にかけて、詩歌・小説・随筆など多岐にわたる分野で活躍した文豪・佐藤春夫(1892~1964)。〈門弟三千人〉といわれるほど多くの知友や弟子を持ち、日本の近代文学に与えた影響はきわめて大きなものでした。
 24歳のとき、神奈川県都筑郡中里村(現・横浜市青葉区)に暮らし、その体験をもとに書き上げた小説「田園の憂鬱」で作家としての地位を確立します。また、いわゆる「小田原事件」を背景に生まれた「秋刀魚(さんま)の歌」が日本近代詩を代表する抒情詩として知られるなど、神奈川ともゆかりの深い文学者です。
 本展では反骨精神に富んだ春夫の文業を辿るとともに、谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら、多くの作家からの書簡を紹介、人々の心をとらえた〈人間・佐藤春夫〉の実像に迫ります。
《会期中、「文豪ストレイドッグス」との記念コラボを実施します》
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関連行事
2026年10月11日(日) 佐藤春夫展記念講演会「夢の魔術師―佐藤春夫を読む愉たのしさ」
 講師=河野龍也(東京大学准教授、佐藤春夫展編集委員)
 ゲスト=東哲一郎(歌手、「秋刀魚の会」メンバー)
 講師=安藤宏(東京大学名誉教授)
 講師=辻原登(作家)、辻󠄀本雄一(新宮市立佐藤春夫記念館前館長)

「主な出品物」に光太郎の名は無く、よくあるPDFの出品目録等も公式サイトに出ていませんで、どの程度光太郎に関わるか不明ですが、解説パネルの片隅にでも光太郎の名が記されていて欲しいものです(笑)。
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招待状を頂いてしまいましたし、閲覧室での調べものもありますので、適当な時に行ってこようと思っております。
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新宮と併せ、皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 70 『現代名歌選』養徳叢書(11)

昭和20年(1945)12月20日 養徳社 吉井勇編
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収録作家
 明治天皇 昭憲皇太后 八田知紀 福田行誠 井上文雄 佐々木弘綱 与謝野尚絅
 天田愚庵 大和田健樹 小出粲 高崎正風 海上胤平 黒田清綱 大口鯛二 阪正臣
 山県有朋 森鷗外 福本日南 落合直文 正岡子規 佐佐木信綱 与謝野鉄幹 金子薫園
 尾上柴舟 伊藤左千夫 長塚節 島木赤彦 中村憲吉 古泉千樫 斎藤茂吉 釈迢空
 与謝野晶子 石川啄木 北原白秋 若山牧水 窪田空穂 岡麓 木下利玄 新井洸 川田順
 土岐善麿 前田夕暮 太田水穂 石榑千亦 相馬御風 尾山篤二郎 松村英一 半田良平
 土屋文明 吉植庄亮 久保猪之吉 服部躬治 蕨真 石原純 結城哀草果 土田耕平
 依田秋圃 橋田東声 岡橙里 田波御白 九條武子 大塚楠緒子 三ヶ島葭子 平野万里
 茅野蕭々 茅野雅子 若山喜志子 今井邦子 花田比露思 岡本大無 藤澤古実 高田浪吉
 竹尾忠吉 上松寿樹 橋本特寿 逗子八郎 村野次郎 河野慎吾 臼井大翼 岡野直七郎
 齋藤瀏 小泉苳三 前川佐美雄 明石海人 齋藤史 五島美代子 中原綾子 穂積忠
 木俣修 香取秀真 平福百穂 高村光太郎 小杉放庵 中川一政 石井柏亭 菊池幽芳
 谷崎潤一郎 会津八一 新村出 湯川秀樹 高田保馬 下村海南 吉井勇


確認できている限り、戦後初めて刊行された光太郎作品の載ったアンソロジーです。詩ではなく短歌のそれで、光太郎短歌は明治39年(1906)、欧米留学のため横浜港を出港したアセニアン号の船上で詠んだ「海にして……」が収録されています。

智恵子の故郷、福島二本松でのイベント。今年は智恵子生誕140周年ということで、少し大掛かりです。

まず展示系。2ヶ所での開催で、期日も若干ずれていますのでご注意下さい。

高村智恵子生誕140年記念特別企画展「智恵子の芸術」

歴史館
 期 日 : 2026年10月3日(土)~11月23日(月・祝)
 会 場 : 二本松歴史館(にほんまつ城報館) 福島県二本松市郭内三丁目303番地5
 時 間 : 9:00~17:00
 休 館 : 会期中無休
 料 金 : 一般 200(150)円、高校生以下 100(50)円 ( )は20名以上の団体料金

智恵子記念館
 期 日 : 2026年10月1日(木)~11月24日(火)
 会 場 : 二本松市智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
 時 間 : 9:00~16:30
 休 館 : 会期中無休
 料 金 : 大人 410(360)円 子供(小・中学生)210(150)円 (  )内20名以上団体料金

チケット半券により相互会場で割り引き有り

女流洋画家・高村智恵子は、明治19年5月20日、福島県安達郡油井村(現二本松市)の造り酒屋で生まれ育ちました。今年は智恵子が生誕140年を迎えるにあたり、記念特別企画として、智恵子記念館及び二本松歴史館にて智恵子が生んだ“芸術”を一挙公開します。

奇跡といわれる智恵子の紙絵
二本松歴史館では、実物紙絵の他、智恵子に関する貴重な資料を展示します。智恵子が入院中、夫・光太郎に見せるために創った紙絵。その繊細な美しい模様にぜひご注目ください。

智恵子の油絵総展示~「樟」初展示~
智恵子生誕140年記念特別企画展を二本松歴史館と共同開催し、智恵子記念館では当館初となる油絵「樟」を含む、現存する智恵子の油絵を総展示します。
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関連行事 記念講演会「智恵子と光太郎」

 期 日 : 2026年10月17日(土)
 会 場 : 二本松市コンサートホール 福島県二本松市亀谷1-5-1 
 時 間 : 13:00~15:00
 料 金 : 無料
 講 師 : 小山弘明(高村光太郎連翹忌運営委員会代表)

メイン会場は二本松城(霞ヶ城)近くの歴史館さん。二本松市で所有する智恵子紙絵の実物の展示がこちらで行われます。他に智恵子関連資料。手持ちのものをお貸ししました。智恵子が表紙絵を描いた『青鞜』、同じく日本女子大学校の文芸会(学園祭のようなイベント)に際して刊行された『三つの泉』(こちらはカットも智恵子)、智恵子のリトグラフがカラー口絵で使われている博文館発行の雑誌『少女世界』2冊、戦後の智恵子紙絵展パンフレット2種など。

智恵子記念館さんの方では、山梨県の清春白樺美術館さん所蔵の智恵子油絵「樟」をお借りし、展示。元々ある「ヒヤシンス」「静物」と併せ、現存が確認できている智恵子油絵3点がそろい踏みとなります。「樟」の福島県内での展示は初(のはず)。各地での光太郎智恵子展などで貸し出されたことは何度かあるのですが。

智恵子記念館さんでは、同じ敷地内の智恵子生家ともどもで、例年行っている「高村智恵子レモン祭」も同時開催。さまざまなコンテンツが用意されています。

高村智恵子レモン祭

期 日 : 2026年10月1日(木)~11月24日(火)
会 場 : 二本松市智恵子記念館/智恵子生家 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:30
休 館 : 会期中無休
料 金 : 大人 410(360)円 子供(小・中学生)210(150)円 (  )内20名以上団体料金
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蘇る智恵子season4~生家のライトアップ~【生誕140年ver.】
・実施日時 10月5日(月)、11月21日(土) 17:00~20:00
※生家正面のライトアップは、歩道よりご覧ください。
※実施中は生家を無料開放します。(記念館はご覧になれません。)
※通常公開部分のみのため、2階はご覧になれません。
10月5日の智恵子の命日に際し、生家に智恵子が蘇ります。上川崎和紙ランプなどに照らされた生家の幻想的な空間を堪能するとともに、智恵子へ哀悼の意を表しませんか。今年は智恵子も好んだクラシック曲等の生演奏とともにお楽しみいただけます。

高村智恵子 油絵「樟の木」ギャラリートーク
・日時 10月12日(月・祝) ①11:30~12:00 ②14:00~14:30
・場所 記念館 第三展示室
・講師 坂本富江氏(作家・画家・智恵子研究者)
・企画 智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~
    TEL:090-7075-6743(代表 熊谷)

智恵子の生家2階特別公開
・公開日 10月1日(木)~11月24日(火)の土日祝日
※10月24日(土)はイベントがあるため公開を一時中止する場合があります。

参加でノベルティをプレゼント!
・智恵子にメッセージを贈ろう
・生家フォトスポットSNS投稿キャンペーン ※ライトアップ時のぞく

音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた
・日時 11月8日(日) 13:30~15:00
・場所 生家1階
・出演者 元井美智子(箏奏者)、大西ようこ(テルミン奏者)、荒井真澄(朗読家)
・企画 高村光太郎連翹忌運営委員会
・料金 無料(要記念館/生家観覧料)
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というわけで、当会プロデュースのコンサートが1公演。元井美智子さん、大西ようこさん、荒井真澄さんのトリオ(自称・連翹三人娘(笑))によるコンサートは、同じ智恵子生家一階座敷で昨春、「高村智恵子生誕祭」の一環として開催しましたが、今年は秋のレモン祭に合わせての実施です。通常、一般人が生家座敷を使いたいといっても許可されないところ、当会主催ということであればお借りすることができるので、そうしています。

「私もぜひ生家の座敷で演じたい」という方、お声がけ下さい。ただし、何でもかんでも可、というわけではありませんし、そのイベントとしての観覧料は取れませんので全額持ち出しです。「それでもいいからあの空間で演(や)りたい」という方のみ対象です。同じことは花巻の高村光太郎記念館さんでも可能です。

別件ですが、二本松がらみでもう1件。出版情報です。

旅の手帖 2026年10月号

発行日 : 2026年9月10日
版 元 : 交通新聞社
定 価 : 1,000円+税

特集1は温泉ハイキング。いい山の近くには、いい温泉がある。紅葉も温泉もハイキングも、さらにおいしいものまで、全部楽しむよくばり旅へ。特集2は、旅先の自由度を大きく広げてくれるサイクリング。最近はレンタサイクル施設が増えて、電動のe-bike なら10〜40㎞くらいは初心者でも挑戦できる。

特別付録「山口デスティネーションキャンペーンガイドブック」
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過日、二本松系の地方紙報道等を取り上げた際に一緒にご紹介するつもりでいたのを失念していました。

特集1の「紅葉も、名湯も! 秋の温泉ハイキング」に、「安達太良山+岳温泉 【福島県二本松市】  「ほんとの空」が広がる1700mの頂へ」が含まれ、光太郎智恵子に言及されています。
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他にも光太郎智恵子の名は出てきませんが、ゆかりの地がちらほら。栃木・塩原温泉、群馬・湯檜曾温泉、同じく四万温泉、信州・安曇野など。

まだ最新号の扱いですので、新刊書店さんに並んでいるはずです。お買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 69 『詩集 大東亜』

昭和19年(1944)10月20日 河出書房 日本文学報国会編
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収録作家
 足立重 安部宙之介 赤松月船 浅井十三郎 有海久門 青柳龍樹 安西冬衛 安藤一郎
 伊波南哲 井上淑子 井上多喜三郎 井上誠 井上靖 井上康文 生田花世 池永治雄
 石川道雄 石橋孫一郎 石原広文 泉浩郎 泉漾太郎 乾直恵 今田久 岩佐頼太郎
 岩佐東一郎 臼井喜之介 内田忠 内田義広 江口隼人 江間章子 小野忠孝 小野十三郎
 尾崎喜八 岡より子 岡村須磨子 岡本潤 長田恒雄 大江満雄 大木惇夫 大島庸夫
 大塚徹 大村美江 大野勇二 大谷忠一郎 加藤愛夫 加藤介春 梶浦正之 河井酔茗
 川口治洋 川口敏男 河西新太郎 川田総七 川路柳虹 川野辺精 上沼利三 蒲原有明
 喜志邦三 木原孝一 木村信吉 菊池美和子 北川象一 北園克衛 北原政吉 国井淳一
 倉橋弥一 蔵原伸二郎 小島秀一 小林愛雄 小林義雄 小森盛 高祖保 近藤東
 佐川英三 佐藤一英 佐藤清 佐藤信重 佐藤春夫 佐伯郁郎 西條八十 阪本越郎
 坂本茂子 坂本哲郎 真田喜七 更科源蔵 沢渡恒 時雨音羽 柴山群平 塩川秀次郎
 塩野筍三 島田磐也 清水房之丞 白鳥省吾 神保光太郎 杉浦伊作 杉本駿彦 鈴木初江
 鈴樹昌 千家元麿 曾根崎保太郞 田木繁 多胡羊歯 田尻稲子 田中喜四郎 田中令三
 高島高 高橋掬太郎 高橋新吉 高橋たか子 高村光太郎 瀧口修造 瀧口武士 滝下繁雄
 武井京 竹内てるよ 竹中郁 玉置瑩子 都築益世 塚本篤夫 角田竹夫 壺井繁治
 壺田花子 寺下宗孝 土井晩翠 東郷克郎 奈加敬三 仲村久慈 中村千尾 中山伸
 中山輝 長岡孝一 長崎透 永瀬清子 永田助太郎 長安周一 縄田林蔵 南江治郎
 南條蘆夫 丹塚もりえ 西方稲吉 野口米次郎 野長瀬正夫 能村潔 服部嘉香 英美子
 早川嘉一 林信一 林柳坡 日夏耿之介 人見東明 平木二六 平田内蔵吉 平野威馬雄
 深尾須磨子 福田正夫 藤浦洸 藤本浩一 藤田まさと 藤原定 古川賢一郎 堀口大学
 方等みゆき 真壁仁 町田志津子 松原至大 松本帆平 前田いさむ 前田鉄之助
 正富汪洋 三石勝五郎 水谷まさる 三ツ村繁蔵 宮崎孝政 宮崎丈二 村上成実
 村野四郎 室生犀星 百田宗治 八十島稔 矢野峰人 山内隆 山中散生 山田岩三郎
 山野井洋 山本和夫 山本信雄 与田準一 横沢千秋 吉野多美子

光太郎作品は全体の「序」、詩「軍人精神」。

光太郎が詩部会長を務めていた日本文学報国会の編集で、当時の詩人を総動員するような感じです。太平洋戦争も末期となり、もはや物資不足などのためこの手の詞華集で光太郎作品の載ったものはこれ以降確認できていません。おそらく光太郎詩が載っていないものも出版されていないと思われます。最後に咲いたあだ花のような一冊です。

9月22日(火)、信州安曇野の碌山美術館さんで特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」を拝見し、愛車を上田市に向けました。次なる目的、髙山植物園第12回公演
「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」観覧のためです。

そちらの会場は上田市中心街ですが、その前に、郊外塩田地区のご先祖様の墓所を参拝しました。亡父がこちらの出身、実家は伯父が継ぎ、おそらく戦国時代からそこまでの先祖代々が暮らしていた地です。

さて、無事墓参も終わり、市街に出て公演会場の犀の角さんに着きました。
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大通りに面したアーケード街の一角ですが、車の通行も少なく、騒音等は無縁でした。入口はそれでも二重になっていたようですが。

開演前のステージ。脚立は開演後、そのまま大道具としても使われました。
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ステージ前にひな壇状に並べられた客席は、100までは行かなかったようですが、60~70はあったでしょうか。さらに最前列は床の上で桟敷席。ほぼ満席でした。固定ファンの方々や演劇のお仲間がけっこういらっしゃったようですし、興味をひかれての一見さんもいらしたようです。父祖の地だからの身贔屓ではありませんが、信州人の文化程度というのは高いものがありまして。

開演までの間に、いただいたパンフレットを拝読。
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「ふむふむ」でした。智恵子と同じ福島ご出身・ご在住で脚本と演出の髙山さなえさん、所属されている劇団内での「女性」役に疑問を感じ続けていたという智恵子役の下地尚子さん、二人の女性による渾身の智恵子、どうなるかといやが上にも期待感。

19:00に開演、およそ60分の上演でした。

いきなり歌から始まったのには驚かされましたが、もうそれで「つかみはOK」的な。その後、下地さん演ずる智恵子のモノローグの形で進みます。途中でそれが明らかになるのですが、智恵子は既に此の世の住人ではない、彼岸の人という設定。明治末の日本女子大学校進学あたりからの生涯、その時々の思いが語られていきます。油絵への傾倒、光太郎との出会い、その光太郎と肩を並べようと必死の努力を重ねたこと……。

信州での上演ですので、大正2年(1913)、光太郎と二人で上高地に一夏を過ごし、婚約を果たした件がかなりクローズアップされました。故郷・二本松の風物と共に、上高地の思い出も生涯鮮やかに残り続けた、みたいな。「智恵子抄」所収の「樹下の二人」(大正12年=1923)の有名なリフレイン「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」と一対で「あれが穂高岳/あの光るのが梓川」というフレーズが繰り返し使われました。後半になると、そこに帰りたい、あの頃に戻りたい、的な心の叫びとしても。

やがて、心を病み、そして迎える終焉。そこに到るまでの過程の描き方は、一部でよく言われる家事労働などに時間を取られて……というものではありませんでした。そうではなく、光太郎に追い付き肩を並べようとし続けて、しかしそれが果たせず……という感じでした。光太郎の巨大な才能に対する嫉妬も、という場面もありましたし。

レモンが小道具として効果的に使われていました。梶井基次郎の「檸檬」を下敷きにする部分もあって、「レモン」=「爆弾」という描写も。終盤には下地さんの智恵子、レモンを「がりり」と嚙みました。「酸っぱ!」とおっしゃりつつ。「いや、そこまでやるか?」でした。

その前にはゼームス坂病院での紙絵制作で、油絵では果たせなかった納得の行く芸術作品の創造に成功したことなども語られ、救いとして描かれました。

この頃になると、既に語っている智恵子はもはや魂であることが明らかにされ、あの世では光太郎と仲睦まじくやっているとも語られます。曰く「対等とか、自立とか、芸術とか、才能とか、関係ない私たちがいます」さらにラストには「嬉しかったことも、悲しかったことも、愛されたことも、愛せなかったことも、間違えたことも、戻れなかったことも、全部、私の人生だ。私、この人生で良かったよ……そう思えるよ……ね、光太郎さん」。

光太郎を極度にディスるでもなく、智恵子を単なる可哀想な被害者と描くのでもなく、その点は非常に良かったと思いました。といって、ただのお涙頂戴でもありませんでしたし。それから、光太郎の戦争加担についてもきちんと取り上げられたのにも感心しました。全体的に良いもの(こと)は良い、悪いもの(こと)は悪い、しかしそれでもどうしようもない場合もある、的なスタンスが感じられ、バランス感覚が非常に良く取れていたなと感じました。

終演後の舞台挨拶。左が下地さん、右が髙山さんです。
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髙山さんは、この時以外にも舞台に乱入して下地さんとデュエットするシーンもあって、驚かされました(笑)。そういった部分などで、コミカルな演出もちりばめられ、観た方々が暗い気持ちで帰る……みたいなことにならなかったのも良かったと思います。

帰りがけ、お二人とお話しさせていただき、碌山美術館さんでの特別展、来月、福島二本松で開催される当方も関わっているイベントやコンサートのフライヤーをお渡ししたりしました。その際、お話しし忘れましたが、再演を希望します。それも都内とか、智恵子ゆかりの福島とかで出来るとなおよいと思うのですが……。いずれにせよ、関係の皆様のますますのご活躍を祈念いたします。

午後8時過ぎ、千葉の自宅兼事務所に向けて出発。昨日も往路での難儀をぼやきましたが、復路もなかなか大変でした。やはり事故渋滞(関越道で)に巻き込まれましたし、それ以外にも交通集中による自然渋滞が、上信越道で軽井沢を過ぎたあたりから関越道に入っても。シルバーウィークを舐めていました(笑)。カーナビの女性は最初「目的地までおよそ280㌔㍍です。4時間10分ぐらいかかります」と言っていたのに、5時間半かかりました。往復で14時間運転(笑)。余談ですが。

【高村光太郎書誌】

詩華集 68 『歴程詩集 2604』

昭和19年(1944)10月18日 青磁社 土方定一編
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収録作家
 高村光太郎 尾崎喜八 逸見猶吉 草野心平 藤原定 馬淵美意子 伊藤信吉 大江満雄
 尾形亀之助 山本和夫 平田内蔵吉 土方定一 赤木健介 菱山修三 小野十三郎
 岡崎清一郎 高橋新吉 山之口貘 金子光晴

光太郎詩は「講演会で読んだ詩」「われらの死生」「突端に立つ」「戦歿報道戦士にささぐ」「三十年」「朋あり遠方に之く」。

当会の祖・草野心平が主宰した詩誌『歴程』同人によるアンソロジーですが、心平はこの時期、南京政府の宣伝部顧問として大陸にいましたので、編集や刊行に向けての雑事は、同人で美術評論家でもあった土方定一が行いました。

「2604」は昭和19年(1944)が皇紀2604年であったためです。

昨日は信州に行っておりました。「昨日は」というより千葉の自宅兼事務所に帰り着いたのは今日の未明でしたが(笑)。

まずは往路、最初の目的地、信州安曇野の碌山美術館さんに向けて出発。「渋滞に巻き込まれないように早く出よう」と思ったのが裏目に出ました。高速道路としては東関東自動車道、首都高、中央道、長野道と乗り継いでいくのですが、朝、5時半に出発し、東関東自動車道に乗ったところ、すぐに「上り線成田JCT~千葉北IC、豪雨災害のため通行止め」の表示。雨は未明のうちに上がっていましたが、点検等のためだったようです。仕方なく成田で下りて、ほぼ並行する国道51号で西に向かいました。国道では既に水はほぼ引いていましたが、途中には大雨による冠水で動けなくなって乗り捨てられたと見られる車輌が10台近く。佐倉市では国道脇の低くなっている場所でまだ数十センチの冠水が認められました。

途中でカーナビが通行止め解除の報を察知し(どうも当方が成田で下りた直後くらいに解除されたようです)、佐倉から再び東関東自動車道に復帰したのですが、成田~佐倉間の国道51号が激混みで、それだけで1時間半ぐらいかかってしまいました。ようやく首都高に入ったのが7:30くらい。通常なら八王子あたりまで行けている時間です。さらに湾岸線をぬけ、大井トンネルから新宿で4号線に入ると、もう渋滞。調布で事故があったそうで。そこからが地獄でした。事故現場を過ぎても渋滞は全然解消せず、東京都を脱け、神奈川県を通過し、山梨県に入るまでに6時間以上かかってしまいました。もう少し遅く出て、成田で通行止めに遭わず、すんなり通れていればもっと全然早く行けたのではないかと思いました。こういうこともあるのですね。

そんなこんなで碌山美術館さんに到着。カーナビの女性が「目的地に到着しました。案内を終了します。ここまでの所要時間は8時間36分でした。運転お疲れさまでした」(笑)。10年以上前にも事故渋滞でそのくらいかかったことがありましたが、さすがに疲れました。

閑話休題(閑話が長くなってすみませんでした(笑))。
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光太郎の名も壁に刻まれた、本館的な碌山館。光太郎の親友、碌山荻原守衛の作品群です。

特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」は、他の2棟。まず第一展示棟。
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こちらでは通常時も光太郎ブロンズが入れ替えられながら5、6点は展示されていますが、今回は館蔵の10点全てが出ています。その代わり、戸張孤雁や中原悌二郎らの彫刻が舞台裏に引っこんでいます。「申し訳ない」という感じです(笑)。
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杜江館。こちらでは髙村家からお借りした品々。
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周りの壁面はほぼぐるっと智恵子紙絵、20数点。さまざまな書籍類の表紙や口絵などに使われている、いわば「有名な」作もあれば、中には初公開というのもあるそうで、確か見た記憶がないものもありました。
 
それから光太郎木彫「蝉」。今回のフライヤーにも使われています。
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智恵子が縫って光太郎が短歌を認(したた)めた絹の帛紗も併せて展示されています。

同じく木彫「沙魚(はぜ)」。ただしこちらは当会顧問であらせられた故・北川太一先生は光太郎真作とはお認めにならなかったものですが……。そしてその習作と思われるものも。これは存じませんでした。

さらに伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀作の特殊な共柄の彫刻刀。令和3年(2021)に東京藝術大学正木記念館さんで開催された「髙村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展で初公開されたものです。

それ以外に詩稿。「智恵子抄」から「あどけない話」(昭和3年=1928)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)の2作。複製ではなく実物です。

眼福でした。皆様もぜひ足をお運び下さい。

観覧の前後、学芸員の武井氏、濱田氏といろいろお話しさせていただき、当方の関わっているイベント、コンサートのチラシをグズベリーハウスに置かせていただきました。その後、門を出て、向かいのそば屋さんの前の自販機で缶コーヒーを買って飲んでいると、駐車場から平沢館長。この日はお彼岸なので飯田の方にお墓参りに行かれるためお休み、と伺っていましたが、当方がお邪魔するというので戻られたそうで、恐縮してしまいました。

11月2日(月)(平日ですが、平沢館長曰く「平日の方が地元のお年寄りが来やすい」とのことで)には、特別展関連行事として渡辺えりさんがバンドネオン奏者の鈴木崇朗氏を引き連れ、朗読イベント。その際にまたお邪魔します。今度は大渋滞に巻き込まれないように……とはいっても不可抗力の部分もあるのですが……。

この後、上田市に向かいまして、演劇公演「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」拝見して参りました。明日はそちらの様子を。

【高村光太郎書誌】

詩華集 66 『軍神につづけ 和歌三十首 俳句五十七句 詩十九篇』

昭和18年(1943)2月10日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編

収録作家
 太田水穂 川田順 窪田空穂 斎藤茂吉 齋藤瀏 佐佐木信綱 逗子八郎 土屋文明
 半田良平 松村英一 吉植庄亮 青木月斗 伊東月草 伊東松宇 飯田蛇笏 臼田亜浪
 荻原井泉水 小野蕪子 大谷句仏 佐藤肋骨 高浜虚子 富安風生 中塚一碧楼
 長谷川かな女 松根東洋城 水原秋桜子 室積徂春 山口誓子 山口青邨 渡邊水巴
 安西冬衛 伊東静雄 井上康文 尾崎喜八 大木惇夫 小野十三郎 川路柳虹 蔵原伸二郎
 西條八十 笹沢美明 佐藤一英 高村光太郎 竹中郁  野口米次郎 前田鉄之助 丸山薫
 三好達治 室生犀星 与田準一

 
この項、刊行順にご紹介していますが、脱漏していました。番号は後で訂正します。しかも、現物が絶対あるはずなのに見当たりませんので画像が載せられません。すみません。書架のどこか変なところに紛れ込んでしまっているようです。

光太郎詩は「みなもとに帰するもの」が収められています。

一昨日のこのブログでは花巻市と十和田市、昨日は二本松市と福島市、光太郎智恵子ゆかりの地での報道等をご紹介しました。本日はそれ以外の地の地方紙記事から。

掲載順に、9月14日(月)、『室蘭民報』さん。

はるみんオススメ書籍(34)『道程』 室蘭民報

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る
 ああ、自然よ004
 父よ
 僕を一人立ちにさせた広大な父よ
 僕から目を離さないで守る事をせよ
 常に父の気魄を僕に充たせよ
 この遠い道程のため
 この遠い道程のため

 敬愛する叔父が逝って1年。いまだ心がその事実に追いつかず、どこか宙に浮いたままの日々を過ごしている。父を失ったときもそうだった。時間が少しずつ痛みを薄めてくれることは、頭ではわかっている。それでも、叔父の不在はまだ生活の輪郭に馴染んでくれない。
 叔父との最初の出会いは、父の従妹である叔母と叔父の結婚式だった。7歳の私と4歳の弟は、花束贈呈という大役を任され、300人を超える参列者の前で緊張のあまり「おめでとうございます」の一言も言えずに花束を差し出した。その日から叔父は、折に触れて静かに寄り添ってくれる存在になった。「叔父さんがいるから大丈夫」―幼い心に灯ったその思いは、長い年月を経ても消えることがなかった。
 父が亡くなったときも、真っ先に駆けつけてくれた。心細かった私に、「通夜と告別式は用事があって行かれないから、今日はいてやるからな」と優しく声をかけ、葬儀社との打ち合わせを黙って見守ってくれた。その温かさは、今も胸の奥に灯のように残っている。
 後年、半世紀以上働き続けた叔父と食事をした折「あ~幸せ幸せ」と呟きながら箸を進める姿を見た。なんと美しい生き方なのだろう―その一言に、叔父の人生観が凝縮されているように思えた。生前に叔父がしたためていた「来し方」を読むと、叔父はまさしく自らの足で人生を切り開いてきた人だったと知る。多くの苦難のなかにあっても「報恩・感謝・貢献」を胸に刻み、仕事においても「創造力・想像力、信念と納得」を貫いた人。静かだが揺るぎない、ひとつの道を歩んだ人だった。
 その生き方は、高村光太郎の「道程」を思わせる。誰も人生の道を用意してはくれない。歩いたあとに初めて〝道〟が生まれる。自分の生き方は自分で創り出すしかない―その詩の祈りと決意が、叔父の背中と重なって見える。私は叔父から受け取ったものに、果たして報いることができるだろうか。あとどれほど生きられるかは分からない。だからこそ、最期まで人知を尽くし天命を待ち、生き切った叔父のように、日々を丁寧に歩んでいこうと思う。
 叔父さん、今まで本当にありがとう。感謝してもしきれません。そして、披露宴のときに言えなかった言葉を、今ようやく届けます。 「おめでとうございます。お幸せに」。
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「道程」高村光太郎(日本図書センター/愛蔵版詩集シリーズ)

同日、仙台に本社を置く『河北新報』さん。

東北の本棚 書評『父、吉野弘』久保田奈々子・著 娘がひもとく詩人の生

008 <二人が睦(むつ)まじくいるためには 愚かでいるほうがいい>。披露宴のスピーチなどで誰もが聞いたことがあるかもしれない「祝婚歌」の詩人、山形県酒田市出身の吉野弘さん(1926~2014年)の評伝だ。母の死や戦争を挟む激動の時代など詩の背景を、長女がひもとく。
 弘さんは1歳半の時に疫痢にかかり、生死をさまよった。腎臓病を患った母貞さんは、弘さんが酒田商業学校(現酒田光陵高)1年の12歳の時、51歳の若さで亡くなった。後年、現代詩誌「詩学」の新人賞を受賞した「I was born」(1952年)は、母への手向けの作品とされる。
 模範的な作文を書いた皇国少年だった。家庭が貧しくて進学はかなわず、帝国石油に入社。1945年8月20日に陸軍に入隊予定だったが、敗戦で免れた。職場の先輩に高村光太郎らの詩を薦められたのがきっかけになった。
 戦後は一転して労働組合の専従職員に。過労のため結核にかかった。入院中に詩友と出会い、結核感染前から詩作を始めていた弘さんは文学の夢を膨らませていく。
 第1詩集「消息」を自費出版した時、妻喜美子さんは制作費に充てようと、内緒で宝くじを買った。ほとんどの詩の第1読者は喜美子さんだった。弘さんが筆で生きる覚悟を決め、会社を辞めた時の喜美子さんの一言は-。家族の物語こそ一篇(ぺん)の詩のようだ。(青土社・2420円)

著者の久保田奈々子氏、連翹忌の集いにも複数回ご参加下さっています。

ある程度詩に詳しい方なら、奈々子氏を謳った父君の詩「奈々子に」はご存じでしょう。第二詩集『幻・現実』に収められ、のちにそれを表題作とした詩選集も出版されています。

   奈々子に 009

 赤い林檎の頬をして
 眠っている 奈々子。

 お前のお母さんの頬の赤さは
 そっくり
 奈々子の頬にいってしまって
 ひところのお母さんの
 つややかな頬は少し青ざめた
 お父さんにも ちょっと
 酸っぱい思いがふえた。

 唐突だが
 奈々子
 お父さんは お前に
 多くを期待しないだろう。
 ひとが
 ほかからの期待に応えようとして
 どんなに
 自分を駄目にしてしまうか
 お父さんは はっきり
 知ってしまったから。
010
 お父さんが
 お前にあげたいものは
 健康と
 自分を愛する心だ。

 ひとが
 ひとでなくなるのは
 自分を愛することをやめるときだ。

 自分を愛することをやめるとき
 ひとは
 他人を愛することをやめ
 世界を見失ってしまう。

 自分があるとき
 他人があり
 世界がある。
007
 お父さんにも
 お母さんにも
 酸っぱい苦労がふえた。
 苦労は
 今は
 お前にあげられない。

 お前にあげたいものは
 香りのよい健康と
 かちとるにむづかしく
 はぐくむにむづかしい
 自分を愛する心だ。 

これまで奈々子氏、父君の詩集を編まれたり、父君の詩を中心とした朗読会等の主催をなさったりということはあおりでしたが、評伝等は執筆されてこなかったそうで、数十年を経て、いわばこの詩への返し歌のような出版ですね。奈々子氏のブログに、この詩を巡る思い出が綴られています。ご高覧下さい。

続いて9月15日(火)、『奈良新聞』さん。

きょうは「老人の日」。そして今月21日は……

 きょうは「老人の日」。そして今月21日は「敬老の日」。自宅のカレンダーに「老人の日」はないが、県民手帳は「老人週間」と併せて記している。
 振り返ってみると、以前は9月15日の「敬老の日」だけだった。2003年にこの日が9月の第3月曜日に変更され、同月15日は「老人の日」となった。
 「敬老の日」は国民の祝日の一つ。「老人の日」は、高齢者福祉への関心・理解を深めることなどが意義付けされている。だから老人週間も15日から。
 現在普及している電車やバスなどの「優先席」も、1973年9月15日に旧日本国有鉄道(国鉄)の電車内に「シルバーシート」の名称で導入されたのが始まりだ。
 シルバーシートが優先席になっていったのは1997年頃らしい。高齢者、障害者から負傷者、体調不良者、妊婦、乳幼児連れなどへと対象が拡大された。
 わが身は既に「高齢者」の域に入っているが、改めて「高齢者」とか「老人」とは何かと自問する。「死ねば死にきり。自然は水際立ってゐる」(高村光太郎『夏書十題』より)の心境を保ち続けたい、とも思う。
000
かつて祝日「敬老の日」は9月15日に固定でした。その名残で同日は「老人の日」と命名されているようです。

引用されているのは、「夏書十題」(昭和3年=1928)の総題で10篇の短章を集めたもの。「夏書」は「げがき」と読み、仏教用語ですが夏の季語です。

    夏書十題

   青空

 青空は底が抜けて居るといふ。
 なるほど見てゐると
 真剣すぎるほどはるかなものだ。
 しばらく見てゐてそこらを見ると、001
 なんだかそこらがぺちゃんこだ。
 木でも草でも人間でも又鉄骨でも、
 ばかに近くて親密だ。
 あはは、同僚と言ひたくなる。

   底

 底がぬけるといふ事は
 そんなにやさしいことではない。
 だがまた
 そんなにやさしい事かも知れない。
 鏡の中に
 おれの眉毛が伸びてゐる。
 そんな文句は棄てて来い。002

   寒山詩

 蚊えぶしをたいて
 寒山詩をよんでゐると、
 小さな蚊がぱちんと落ちた。
 夜の風が櫻の葉を鳴らしてゐる。

   (一生かかつて)

 一生かかつて
 自己をジヤスチフアイしようとする。
 そいつは何かいやしい。
 そいつはなんだかうつたうしい。
003
   さうか、寒公

 寒山はいふ、
 王秀才はおれの詩を見て、
 蜂腰鶴膝も知らず平仄も解せぬといふが、
 奴の詩は盲が月に詠ずるやうなものだと。
 寒山でもこんな事を言ふのか。
 さうか、寒公

   (夜明けのかなかなに)
 
 夜明けのかなかなに起された。
 眼をつぶつてきいてゐると、
 水色の、青磁色の、雨過霽天の
 あくまで透明の、あくまで一途の、019
 又うつさうと暗いほど青々した
 あの土用波ののつぴきならない
 積極無道の夏がぷんぷん匂つて来た。

   (ヤマノイモの)

 ヤマノイモの蔓が
 三間梯子にからみつく。
 一段、二段、三段、
 毎日うまくのぼつてゆく。
 平気な奴だ。

   死ねば
020
 死ねば死にきり。
 自然は水際立つてゐる。


   無いからいい

 生きよ、生きよ、生き抜いて死ね。
 そのさきは無い、無いからいい。

   一人づつが

 一人づつが眼をあかないで、
 何の全体。
 おれは下からゆく。


続く一節の「生きよ、生きよ、生き抜いて死ね。/そのさきは無い、無いからいい。」あたりも実にいい感じですね。

さて、最後に『信濃毎日新聞』さん。9月18日(金)の掲載で、上田市での演劇公演「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」の予告記事です。

一人の女性の人生、演劇で深める 松本市の俳優の1人芝居、上田市で22、23日に 詩人高村光太郎の詩集「智恵子抄」を題材に

 上田市の民間文化施設「犀(さい)の角」で22、23日、松本市の俳優下地尚子さん(37)が1人芝居「智恵子という名の檸檬(れもん)」を上演する。詩人高村光太郎が妻智恵子をしのんで編んだ詩集「智恵子抄」を題材にしつつ、智恵子の視点からその人生を描く。男性が多い劇団で女性が担う役割を多く演じ、違和感も抱いてきた下地さん。困難を抱えた人が駆け込める宿を併設する犀の角で、一人の女性の人生を深める。
 下地さんは神奈川県出身。2012年から松本市が拠点の劇団「TCアルプ」や「シアターランポン」で活動してきた。そのうち10年ほどは各劇団で唯一の女性。自然と「妻」や「母」といった役が多くなったが、男性の手がける脚本や演出で求められる女性像を演じることに、しっくりこない思いもあった。
 4月に1人芝居への挑戦を決めた時、女性の演出でやりたいと以前から交流があった松本市出身の劇作家・演出家の高山さなえさん(福島県)に協力を依頼。1人の女性の人生を深めることになった。
 高山さんが題材に選んだのが「智恵子抄」。精神の安定を徐々に失っていく智恵子が光太郎の視点から描かれるが、智恵子は画家であり、紙を切り抜いて絵画を作る「紙絵」の作家でもあった。下地さんは、女性の役割から離れたところで「戦いたい」という智恵子の気持ちを感じ取り、共感したという。
 犀の角は、支援の必要な女性の相談に乗っている宿「やどかりハウス」を併設しているだけに、今回の上演に特別の意味合いを感じるという声もある。犀の角スタッフの伊藤茶色さん(34)は、6月、智恵子抄を題材にした別の演劇が上演された際に、「(智恵子が舞台に現れる場面で)やどかりハウスの当事者の1人として来ている感覚もあった」と振り返る。
 下地さんは、女性、芸術家として先輩の智恵子と対話するようにして表現を磨いている。「共感できるところ、甘えだと思うところそれぞれに向き合ってみたい」と意気込む。上演は22日午後7時と23日午後2時から。一般3千円など。専用フォーム= https://forms.gle/X4T8ZKAb58MLMwXy8 =から予約できる。 
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芝居で使う小道具を確かめる下地さん(右)と伊藤さん

というわけで、今日はこれから愛車を駆って信州へと旅立ち、こちらを拝見して参ります。その前に安曇野の碌山美術館さんでの「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」も開幕しましたので、そちらも併せて拝見してきます。台風25号は通り過ぎましたが、途中で土砂崩れだの洪水だのが起こっていないことを祈るばかりです。

【高村光太郎書誌】

詩華集 65 『近代名詩選集』

昭和19年(1944)2月10日 千歳書房 山田岩三郎編者代表
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収録作家
 土井晩翠 島崎藤村 河井酔茗 野口米次郎 伊良子清白 蒲原有明 薄田泣菫 横瀬夜雨
 高村光太郎 山村暮鳥 北原白秋 千家元麿 川路柳虹 萩原朔太郎 室生犀星 三木露風
 三富朽葉 日夏耿之介 佐藤惣之助 西條八十 堀口大学 百田宗治 深尾須磨子
 尾崎喜八 宮澤賢治 吉田一穂 笹沢美明 壺井繁治 佐藤一英 蔵原伸二郎 三好達治
 北川冬彦 丸山薫 高橋新吉 村野四郎 佐伯郁郎 岡本潤 平田内蔵吉 立原道造
 乾直恵 草野心平 永瀬清子 阪本越郎 田中冬二 竹内てるよ 中山省三郞 神保光太郎
 大江満雄 山之口貘 壺田花子 伊東静雄 安藤一郎 山田岩三郎 高祖保 大木実
 菱山修三 菊岡久利 津村信夫 村上成実 野田宇太郎 大島博光 田中克己 江間章子
 稲津静雄

光太郎詩は「老耼、道を行く」「樹下の二人」「鯰」「レモン哀歌」「秋風辞」「地理の書」。翼賛詩でないものが中心で、他の作者のものもそうです。中にはコテコテの翼賛詩も含まれていますが、どうもそのあたりはカムフラージュかな、と思われます。大政翼賛会などの主導に依らない出版物には、この手の「反戦」とは行かないものの「厭戦」的なニュアンスが感じられるものも存在しました。

智恵子の故郷・福島県二本松市と、智恵子が高等女学校での青春期を過ごした福島市からの情報等、これまたかなり長くなりますがお付き合い下さい(笑)。

まずはFCT福島中央テレビさんのローカルニュース。

安達太良山そっくり!? 1日2000個売れる人気の揚げまんじゅうにチュウモク

 磐梯山に、安達太良山と福島には全国にも知られた山が多くあります。一方で、その山にちなんだグルメやお菓子も多くあるんです。その一品にチュウモク!
 猪苗代湖の北にそびえる磐梯山に…。標高1700メートルの安達太良山。そして、吾妻小富士の山肌に現れる「雪の形」がうさぎに見えると、親しまれている吾妻山など。県内には全国的に知られた、いわゆる「名峰」が多く存在します。毎年、山開きの季節になると、登山客でにぎわいを見せますが、きょうは登山だけではない「名峰」の楽しみ方にチュウモクします。
 それが…グルメです! 例えば、猪苗代町などでは磐梯山をモチーフにした「カレー」が観光施設や道の駅で販売されています。さらに、吾妻山の名所、一切経山の「魔女の瞳」をモチーフにした…。ラーメンと、実は県内には山にちなんだおいしいものが、各地で販売されているんです。
 そのおいしいものはここ、二本松市にも。
■店主「いらっしゃいませ~」
■安部記者「こんにちは~」
■店主「こちら、安達太良山の形をした揚げまんじゅうです」
 二本松市の名峰と言えば、そう、安達太良山です。紅葉シーズンなど、多くの人に愛される山です。
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 その安達太良山の形をモチーフにして作ったのが、この「揚げまんじゅう」です。※1個120円(税込) 商品名「元祖あだたらの山の揚げまんじゅう」
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 どこを似せたのかというと、この部分!山頂にちょこんと岩石が盛り上がっているこの形です。なんとなく似ていますよね!
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 この形は専用の機械で作り上げているそうで、お店のオリジナル!
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 24年前に売り出したところ、そのおいしさが口コミで広がり、店の看板商品となりました! 1日2000個売れる時もあるそうで、県外のファンも多いんだとか。午前中には売り切れてしまうそうです。
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 気になるその味は…

■安部記者「揚げまんじゅうということで、生地はカリッとしていますね。中には、さっぱりとした甘さのこし餡が入っていて、何個でも食べたくなる味です。」
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 何でも、まんじゅうは一晩寝かせてから揚げるそうで、それが、おいしさの秘密です。
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 作っているのは佐々木さんご夫妻です。
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■花月堂花屋 佐々木朋子さん「県外から来たり、まとめ買いで100個とか50個とか買っていきます」「智恵子抄にちなんで、安達太良山っていうのを」「頭に浮かんで、山の形にしたっていうことです。」
■花月堂花屋 佐々木忠嘉さん「体が続く限りは(揚げまんじゅう作りを)やっていきたいと思う」
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 この「元祖あだたらの山の揚げまんじゅう」は冷やしてもおいしいということです。買い求める場合は午前中に来店するのがおすすめです。
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24年前からあるとのことですが、存じませんでした。花月堂花屋さん、慶応3年(1867)創業の老舗だそうですが、土湯温泉方面へ続く道の途中、市の中心部からは少し離れた場所で、お店自体存じませんでした。来月早々に二本松に参りますので、寄ってみます。

同じくグルメ系も関わる情報で、地方紙『福島民友』さん。

二本松の名所や祭り巡ろう ドライブスタンプラリー、19日スタート

 二本松市内の秋~初冬の祭りや名所を巡る「にほんまつドライブスタンプラリー」が19日スタートする。お薦めスポット20カ所を設定、スタンプ数に応じて抽選で岳温泉宿泊券(2万5千円分)やイチゴ狩りペアチケットなどをプレゼントする。12月13日まで。
 観光まちづくり団体にほんまつDMOが春に続いて実施する。菊人形のほか、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、とうぎたの赤ソバ、提灯(ちょうちん)祭り、針道のあばれ山車、小浜の紋付き祭りなど「祭り三昧の旅を楽しみながらスタンプを集め、二本松の魅力を体験してほしい」と話している。
 スマートフォンの位置情報を使ってスタンプを集める仕組みで、QRコードを読み込めばすぐ参加できる。問い合わせはにほんまつDMO(電話0243・24・7702)へ。
 スポットは次の通り。
 【二本松地域】にほんまつ城報館、エビスサーキット&東北サファリパーク、二本松神社(提灯祭012り)、安達ケ原ふるさと村(曼珠沙華まつり)、JAこらんしょ市二本松店、あだたら高原リゾート、岳温泉神社、鏡ケ池公園
 【安達地域】東北の赤そば畑、道の駅安達・和紙伝承館、智恵子の生家
 【東和地域】隠津島神社(木幡の幡祭り)、ウッディハウスとうわ、ふくしま農家の夢ワイン、古峯神社
 【岩代地域】杉沢の大杉、初森天狗塚公園、岩代図書館、名目津温泉、道の駅さくらの郷

毎年恒例のイベントです。スマホのアプリを使って、各スポットに行けばスタンプがもらえる仕組み。その後、廻った数に応じて豪華賞品の当たる抽選に参加できる仕組みです。
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旧安達町の智恵子生家がスポットに入っています。のちほど詳細は改めてご紹介しますが、来月早々にこれも毎年恒例の「高村智恵子レモン祭」および「高村智恵子生誕140年記念特別企画展 智恵子の芸術」が開催されますので、併せて足をお運び下さい。

また、今年の抽選で当たる景品のうち、スタンプ5つで応募できるD賞のそれには、安達太良山中腹にお店を構えるチーズケーキ工房&カフェ風花さんが今年2月に新発売なさった「ほんとの空サイダー」が含まれています。詳細はこちら。
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ちなみにチーズケーキ工房&カフェ風花さん、福島市の福島県観光物産館さんでは「“ほんとの空”色の缶に、山や森をイメージしたクッキーを詰め」た「あだたらを旅するクッキー缶」を50缶限定、1,680円で出品中です。
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続いて女優の一色采子さんが名誉館長を務められている大山忠作美術館さん情報。故・大山画伯は一色さんの父君です。地方紙『福島民報』さんから。

思い出の風景、人物並ぶ 大山忠作美術館常設展が開幕 二本松

 二本松市大山忠作美術館の常設展「描きたい、あの人、あの風景、」は16日、市内本町の同美術館で開幕した。故大山忠作さんが描きたかった人物や古里の風景に焦点を当てた計37点を展示している。2027(令和9)年3月14日まで。
 人物画「女と山羊」「K君像」、創作50年目を迎える「智恵子に扮[ふん]する有馬稲子像」をはじめ、代表的な画題の鯉[こい]を描いた「紅楓游鯉[こうふうゆうり]」や「双鯉[そうり]」を展示している。貴重なスケッチブックや画帖[がじょう]も公開している。
 開館時間は午前9時30分から午後5時まで。観覧料は一般410円、高校生以下210円。月曜休館(祝日の場合は翌日)。問い合わせは同美術館 電話0243(24)1217へ。
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展示詳細情報。

常設展33期「描きたい、あの人、あの風景、」

期 日 : 2026年9月16日(水)~2027年3月14日(日)
会 場 : 二本松市大山忠作美術館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 月曜日(祝日の場合は翌日) 12月29日(火)~1月3日(日)
料 金 : 一般 410円(310円) 高校生以下 210円(150円) (  )内団体料金

当館収蔵品の中でひときわ存在感を放つ作品のひとつ《智恵子に扮する有馬稲子像》。1976年(昭和51)、新橋演舞場で上演された、有馬稲子主演の「智恵子抄」に取材した作品です。本作は、同年第8回日展に出品され、1978年(昭和53)に二本松歴史資料館の開館によせて、二本松市へ寄贈されました。その後、2009年(平成21)、大山忠作美術館の開館に伴い、当館へ収蔵されています。

《智恵子に扮する有馬稲子像》が描かれてから今年で50年。現在も故郷二本松で愛される作品です。本展では《智恵子に扮する有馬稲子像》が描かれて50年を記念し、収蔵作品から大山が描きたかった人物や、故郷の風景等を主題とした作品を中心に巡ります。

「いつも自然体でいること。そして描きたいものを描く。描きたいように描く。題材にはこだわらない。そのときのわたしの心の赴くままに描いてきた」と語る大山。その作品は、おおらかで誠実、時に大胆な構図と色彩構成で見るものを魅了します。
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同館所蔵品の目玉の一つであり、制作から50周年という《智恵子に扮する有馬稲子像》が前面に押し出されています。目玉の一つですが、常に展示されているわけではなく、以外と久し振りに出た感じです。

案内文にある通り、昭和51年(1976)に新橋演舞場で上演された、北條秀司脚本、有馬稲子さん主演の「智恵子抄」公演の際に、画伯が楽屋を訪れて描かれたものです。
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その縁で有馬さんは平成25年(2013)に同館で行われた一色さんとのトークショーにもご出演なさいました。

同じ件、市の広報誌『広報にほんまつ』の今月号にも紹介が出ています。
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まだまだ続きます。

智恵子、福島県、と来ましたので、智恵子が高等女学校での青春期を過ごした福島市からの情報。福島市写真美術館さんで開催中の、光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝だった髙村規令孫(従って、光雲令曾孫)の写真家たる髙村達氏の個展「ReFlowers」について、仙台に本社を置く『河北新報』さんが報じています。

花の生命 押し花で再生 高村智恵子ゆかりの写真家が展示会 福島市写真美術館

 福島市写真美術館で、写真家高村達(とおる)さん(58)=東京都=による押し花の写真展「ReFlowers(リフラワーズ)」が開かれている。高村さんは「一度役目を終えた花の生命を再生させるイメージで制作した」と話している。23日まで。
 高村さん自らが、都内のほか、今回の展示のために福島市のあづま総合運動公園などで草花を採取。バラやヤマユリなどの押し花を作ったという。写真は光を工夫して立体的に仕上げ、腐食させた鉄板を花の背景にして時の経過を表現している。
 会場には37点が並ぶ。福島県二本松市の無職渡辺康子さん(75)は「黄色いチューリップの作品は鮮やかかつ繊細で、すてきだった」と語った。
 高村さんは彫刻家高村光雲のひ孫で、二本松市出身の洋画家高村智恵子は大叔母に当たる。日本大芸術学部を卒業後、1993年にフリー写真家として独立。光雲や智恵子らの作品の保存にも携わってきた。
 入場無料。午前9時~午後4時半。20日には高村さんによるギャラリートークもある(申し込みが必要)。「写真の日」記念写真展も同時開催中。連絡先は市写真美術館024(563)4990。
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現在の髙村家では、こだわって「髙」の字を使われているのですが、新聞だと用字の規定で通常の「高」にせざるを得ないのかも知れません。ただ、それはそれとして「大叔母」は誤りですので指摘しておきます。正しくは「大伯母」です。「伯父・伯母」は両親の兄姉、「叔父・叔母」は同じく弟妹。その使い分けをご存じない向きがもはや多数派なのかな、という気がしますが、それにしても歴史ある『河北』さんにしてもそうかと、残念です。

閑話休題、「ReFlowers」、明後日までです。上記の他のイベントはまだ先までの開催ですし、「揚げまんじゅう」は逃げませんが(笑)、これのみ閉幕が迫っていますのでよろしくお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

詩華集 64 『少国民詩 年刊Ⅰ』

昭和19年(1944)2月5日 帝国教育会出版部 社団法人日本少国民文化協会編
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収録作家
 北原白秋 萩原朔太郎 佐藤惣之助 巽聖歌 丸山薫 阪本越郎 八十島稔 及川甚喜
 稲葉健吉 小林純一 佐藤義美 与田準一 河井酔茗 藪田義雄 春山行夫 室生犀星
 平木二六 小野忠孝 吉田瑞穂 木村徳太郎 多胡羊歯 村野四郎 久保田宵二 白鳥省吾
 三好達治 西條八十 尾崎喜八 長田恒雄 山本和夫 水谷まさる サトウ・ハチロー
 永瀬清子 武田幸一 荒居稔 近藤東 都築益世 百田宗治 高村光太郎


光太郎詩は「特別攻撃隊の方々に」。ここで言う「特別攻撃隊」はいわゆる体当たり戦法の「特攻隊」ではなく(まだそれは始まっていません)、昭和16年(1941)の真珠湾攻撃の際に特殊潜航艇・甲標的で出撃し、1人を除いて9人が戦死した岩佐直治中佐以下の「九軍神」についてです。

光太郎、もう少し後になると体当たり攻撃の神風特別攻撃隊等に関する詩も書くようになります。

紹介すべき事項が山積しておりまして、今日明日明後日と、一気に色々片づけます。

今日は光太郎第二の故郷・岩手花巻と、生涯最後の大作「乙女の像」のたつ青森県十和田市がらみで。それだけでも長くなりますが、お付き合い下さい(笑)。

まずは花巻、毎月ご紹介しています道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント、ミレットキッチン花(フラワー)さんで調理・販売されるテイクアウト弁当「光太郎ランチ」。メニュー考案に当たられているやつかの森LLCさんから画像を頂いています。
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10月光太郎ランチ
10月日記
季節感あふれるメニューは「南瓜コロッケ」「鮭の塩焼き」「豚肉ときのこのソテー」「卵焼き」「栗ご飯」「おはぎ」」「漬物」「秋のくだもの」、基本的に光太郎が自炊した料理や使った食材が参考にされています。

「栗ご飯」が主食ですが、そろそろ光太郎が暮らした郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)の周りも栗がたわわに実り始めているでしょうか。今日明日の台風の影響が心配ですが。

同じく花巻で、市の広報誌『広報はなまき』9月15日(火)号から3件。

まず、「花巻市活力あるまちづくり表彰」。まちづくりに貢献した個人、団体のべ21組が表彰されました。
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「教育文化部門」で「高村光太郎山口会」さんが表彰を受けています。元は「高村記念会太田支部」とい名称で、毎年5月15日(光太郎が花巻疎開のため東京を発った日)に、高村山荘敷地内で行われていた「高村祭」の運営などに尽力されていました。かつての中心メンバーで、生前の光太郎をご存じだった故・浅沼隆氏、故・高橋征一氏も泉下で喜ばれていることでしょう。

また、「地域振興部門」では、「太田地区振興会」さんの元会長・平賀仁氏。同会は、光太郎忌日の4月2日の連翹忌に合わせ、高村山荘敷地内の「雪白く積めり」詩碑での「詩碑前祭」を毎年行って下さっていますし、やつかの森さんと共に「高村光太郎生誕140周年記念事業 対談講演会 なぜ光太郎は花巻に来たのか」、「五感で楽しむ光太郎ライフ」などを主催して下さったりもしました。

同じく『広報はなまき』9月15日(火)号最終ページ。
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006『広報はなまき』では毎月15日号に「花巻歴史探訪[郷土ゆかりの文化財編]」という連載が為されており、市の施設などが所蔵している逸品の数々が紹介されています。光太郎に関しても時折取り上げられ、今号も。

「レモン哀歌」(昭和14年=1939)の詩稿、髙村家から寄贈ということで、一瞬「えっ、本物か」と思ったのですが、複製でした。

もう1件、『広報はなまき』で、その名は書かれていませんが光太郎がらみ。

花巻市と十和田市が「友好都市」協定を結んでいるとのことで、毎年のように行われていますが、市民対象のバスツアーです。「乙女の像」も行程に入っています。

盛岡藩士で花巻出身だった新渡戸傳(つとう)が、江戸後期の文政年間に現在の十和田市中心部・三本木地区の灌漑工事を始め、明治期には息子の十次郎、孫の七郎(新渡戸稲造の兄)がそれを引き継いだという縁です。

そういえば、上記の太田地区振興会さんで同じように十和田湖へのバスツアーをされたこともありました。当方も十和田に行っており、湖畔の観光交流センター「ぷらっと」さんを会場に、皆さんに光太郎と十和田について一席ぶたせていただきました。

逆に十和田から花巻へのバスツアーもあり、高村山荘/高村光太郎記念館さんなどが行程に入る場合もあります。双方向で永続的に続けていただきたいものです。

その十和田湖関連で、地方紙『デーリー東北』さん、一般の方の投稿のようです。

 【こだま】十和田湖遊覧船の思い出

 「十和田湖に放置の遊覧船撤去」との全国紙の記事が目に留まり、興味深く読んだ。十和田湖の桟橋に不法係留されたまま10年以上放置されている遊覧船4隻について、行政代執行法に基づいた強制撤去が始まったことを知った。
 「なぜ今まで放置されていたのだろう」と思いながら、帰省して十和田湖を散策した時のことを思い出した。横倒しになっている遊覧船や、崩壊寸前のホテルを見るたびに十和田湖の景観を損なっていると感じた。子どもの頃のにぎわいを知っているだけに、残念に思っていた。
 奥入瀬渓流と十和田湖の風光明媚(めいび)な美しさは、四季を通じて楽しめる。春は目にまぶしい新緑、夏でも木々の中は涼しく、秋は紅葉と渓流、冬は雪をかぶった乙女の像が美しい。
 遊覧船で思い出したことがある。2年前、京都と群馬の友達を十和田湖に案内した。奥入瀬渓流の散策を楽しんだ後、湖畔の乙女の像の前で写真を撮り、十和田神社に参拝。ヒメマス定食を味わい、遊覧船に乗ろうとしたところ、強風で「本日の運航は中止になりました」の立て看板が。友達に遊覧船からの景色を見てもらいたかった私は、とても悲しかった。スタッフの方は「せっかく遠くから来たのに」と申し訳なさそうに、十和田湖や奥入瀬渓流の絵はがきをたくさんくれた。「リベンジでまた絶対来るね」と十和田湖を後にした。 (埼玉県草加市 72)

「十和田湖に放置の遊覧船撤去」との全国紙の記事は、『朝日新聞』さんで先月末に。

十和田湖に長年放置の遊覧船、ついに撤去へ 行政代執行、費用7億円

 十和田湖(青森県十和田市)に10年超放置されている遊覧船が4隻ある。船体はさびや塗装のはがれが目立ち、うち1隻は横転している。所有者側が再三にわたる「行政指導」や「撤去命令」などに応じず、青森県は行政代執行による撤去を26日に始めた。2027年度末までに終える予定で、費用は7億円強かかる見込みという。
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 26日午後1時半ごろ、遊覧船が放置されている十和田湖の宇樽部(うたるべ)地区で、県上北県土整備事務所の沢里秀典所長が代執行の開始を宣言した。
009
 県職員らは「事故に十分注意して」「所有者が来たら県庁に連絡を」といった指示を受けた後、桟橋への立ち入りを禁じるフェンスを撤去するなどの作業にあたった。今後は仮設の桟橋をつくり、周辺の水を抜いた上で船を解体する。
010
 県港湾空港課によると、4隻は十和田湖遊覧船企業組合(16年解散、清算中)の所有。放置は、県が管理する桟橋の使用料滞納をきっかけに14年11月に始まり、15年11月から今と同じ4隻が放置されている。25年にはうち1隻が雪や風の影響で横転した。
 県はこれまで組合側に対し、計26回の「行政指導」のほか、「撤去勧告」「撤去命令」「戒告」を行ってきた。だが組合側から「撤去に向けた具体的な回答は得られなかった」といい、行政代執行による撤去に踏み切った。
011
廃船の放置については昨年のこのブログでもご紹介しました。やっと強制代執行か、という感じですが、撤去費用が7億円……。逃げ得にならないようにしていただきたいものですね。何とかトークンだの、中傷動画だの、経歴詐称だの、とにかく「逃げた者勝ち」という嘆かわしい世の中ではありますが……。

明日は智恵子の故郷・福島系の報道等、やはりごっそりご紹介します。

【高村光太郎書誌】

詩華集 63 『青少年詩集 内原の朝 他十二篇』

昭和18年(1943)11月30日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化厚生部編

収録作家
 高村光太郎 尾崎喜八 平田内蔵吉 百田宗治 室生犀星 近藤東 三ツ村繁蔵 岩本修蔵
 丸山薫 西村皎三 千家元麿 大木惇夫 北原白秋

PXL_20260912_005123951 PXL_20260912_005143791 PXL_20260912_005210465
光太郎作品は散文で「謹解」、詩の「牛」。

扉の文句が実に痛々しいものです。

この本を、お読みになつたら隣組や、お友だちに回覧して下さい。これからは雑誌でも、本でも、一冊を十人も百人もの人で読めるやうに、お互ひに工夫してゆきませう。

敵国アメリカでは、前年にディズニー社がオールカラーのアニメーション映画「バンビ」を制作、公開していました。かたや粗悪な作りの冊子を回し読みしろ……どう考えても勝てる戦争であるわけがありません。

光太郎の父・光雲に関わるテレビ番組再放送情報です。本放送の際に情報を見落としていました。

歴史探偵 東京“幻の世界遺産” 徳川家霊廟

地上波NHK総合 2026年9月21日(月)  23:50〜00:35

「今あれば世界遺産間違いなし」ともされる壮大な建築群・徳川将軍家の霊廟が、かつて東京のど真ん中に建ち並んでいたのをご存じだろうか?その壮麗さは「パルテノン神殿の建築家やアルハンブラ宮殿の絵師が手掛けてもこれ以上のものはできない」とされるほど。今回徳川の末えいそしてなぜか英国王室協力のもと、この霊廟をCGで精細に復元!蘇った極彩色の世界から将軍たちの秘められた思い、そして失われた「国の宝」の謎に迫る

出演者
【司会】佐藤二朗 片山千恵子 【出演】多摩大学客員教授・歴史研究家…河合敦
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港区芝の増上寺さんにかつて存在し、太平洋戦争の空襲で焼失した徳川家の霊廟にスポットをあてたものです。
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特に規模も大きく絢爛豪華だったのが、2代将軍・秀忠(台徳院)のそれ。寛永9年(1632)の竣工だそうです。現在も現地に門が残る他、埼玉の寺院にも焼け残った門が移築されているとのこと。
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昭和20年(1945)の空襲で、他の霊廟も含め、ほとんどの部分は焼失。
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戦後すぐあたりは、家を失った人々が焼け残った門で雨露をしのぐ姿も。
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というわけで、霊廟本体は烏有に帰してしまいましたが、絵図や写真は残されてますし、明治43年(1910)、ロンドンで開催された日英博覧会出品のために作られた10分の1スケールの細密模型が現存しています。東京美術学校として依頼を受け、彫刻科の主任教授だった光雲が監修に当たりました。
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光太郎は既に学校を離れていましたので、関わっていません。

そのまま英王室に寄贈されましたが、第二次大戦等の関係で解体されていたのを、英国人研究者が数十年掛けて復元。
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平成27年(2015)、増上寺さんに里帰りを果たし、当方も拝見に伺いました。

さらに番組内では、精密なCGを披露。
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戦前・戦中に焼失前の姿をご覧になっていた方の証言や、戦後の様子ということで、焼け跡はテレビドラマのロケにも使われたという件も紹介されました。
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ドラマはかの「月光仮面」でした。実写版の放映は、すぐ隣に東京タワーが竣工した昭和33年(1958)から翌34年(1959)にかけて。「へー」という感じでした。

NHKさんのサイトで配信されていますし、深夜ですが再放送も。ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 62 『詞華集 初花』たしなみ叢書

昭和18年(1943)10月1日 増進堂 百田宗治編
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収録作家
 菱山修三 佐藤春夫 森鷗外 河井酔茗 蔵原伸二郎 三好達治 丸山薫 村野四郎
 笹沢美明 城左門 津村信夫 与田準一 巽聖歌 佐藤一英 西村皎三 山本和夫
 伊東静雄 竹内てるよ 永瀬清子 深尾須磨子 尾崎喜八 大木惇夫 宮澤賢治
 千家元麿 中勘助 武者小路実篤 萩原朔太郎 西條八十 室生犀星 高村光太郎
 百田宗治


光太郎詩は「あなたはだんだんきれいになる」「必死の時」。この時期、物資不足もかなりのもので、造本も簡易化。判型は小さく、扉がありません。

今月初めから始まっている展覧会ですが、館のPCだかサーバーだかプロバイダだかの不具合とのことで、公式サイトに詳細情報が出て居らず紹介できないでいましたところ、盛岡在住の光太郎親族・加藤千晴氏がフライヤーのコピーを送って下さり、とりあえず基本的な情報は掴めましたのでご紹介します。

開館30周年記念展「深沢紅子と出会いの偉大なる人々 ~高村光太郎~」

期 日 : 2026年9月3日(木)~2027年1月11日(月・祝)
会 場 : 深沢紅子野の花美術館 盛岡市紺屋町4-8
時 間 : 10:00~17:00(最終日は15:00まで)
休 館 : 月曜日(祝祭日の場合はその翌日) 年末年始(12月28日(月)~1月4日(月))
料 金 : 大人500円(団体20名様以上の場合は400円) 大高生300円 中小生200円

 画家・深沢紅子は、明治36年(1903)盛岡に生まれ育ちました。幼い頃から道端や川原に咲く身近な野の花を愛し、花との対話を楽しみながら、生涯、野の花を主題とした独自の画境で、女流画家の草分けとなって活躍しました。
 また、戦後ふるさとに疎開した折には、荒廃した地で気力を失った人々のくらしを憂い、夫であり画家の深沢省三とともに文化による復興を誓い美術指導に奔走、岩手の美術教育の礎となり尽力しました。小・中学校の子どもたちを対象とした日曜図画教室にはじまり、日中に働いている若者たちを集めて岩手美術研究所、やがて学校の形となる岩手県立美術工芸学校、盛岡短期大学美術工芸科、更に発展を遂げた岩手大学特設美術科など、当時同じように疎開した県出身の美術家達との力を合わせた取り組みは、全国に先駆け大きな機運をもたらしました。そんな深沢夫妻が熱心に美術教育に取り組む中、心の支えとなり大きな示唆と勇気を与えてくれた人に、高村光太郎氏がいました。縁あって岩手で疎開し独居生活を送られていた光太郎氏に、美術学校の生徒を連れ訪問したり、美術工芸学校のスタート時には祝辞を賜るなど、沢山の温かい交流がありました。
 この度の展覧会では、深沢夫妻が師と仰いだ高村光太郎氏についてもふれながら、岩手における文芸復興の大きな力となり、美の研鑽に励んだ深沢省三・紅子の功績を、あらためて讃える機会といたします。

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関連行事
 中津川のせせらぎセッション 秋風に音楽をのせて
   VARIETY SHORT LIVES by the Nakatsu River
 日 時 : 2026年10月24日(土) 14:00開演
 出 演 : フルート 村野井友奈 ピアノ 長谷川恭一
 料 金 : 入館料+500円 要申し込み


案内文にあるとおり、岩手県立美術工芸学校の創設に尽力し、その初期の活動を担った深沢夫妻と、同校名誉教授就任を打診されながら辞退したものの、何度も足を運んだり、会食に招かれたりして学校ぐるみの付き合いのあった光太郎との交流に関する展示です。

案内文の「同じように疎開した県出身の美術家達」は、初代校長にして美術評論家・森口多里、教授陣で彫刻家の舟越保武、画家の佐々木一郎、同じく池田龍甫など。

フライヤー裏面の画像のうち、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節を引いた書は、光太郎の揮毫。深沢夫妻の子息にして、雫石町に開拓入植した深沢龍一氏(戦時中の光太郎詩「四人の学生」のモデルにもなりました)に贈られたものです。龍一氏の息女・加藤真夢様が受け継がれて、令和3年(2021)、富山県水墨美術館さんで開催され、当方もいろいろとお手伝いした「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」の際にもお借りして展示しました。フライヤー裏面一番下の画像は雫石の龍一氏邸。背景にこの書が写っています。

ちなみに野の花美術館さんのすぐ近くで歩いて移動できる盛岡てがみ館さんでも、来月中旬には「第78回企画展 高村光太郎没後70年「高村光太郎と岩手の人~手紙にみる交流~」」が始まります。おそらく館蔵品が中心と思われますが、学芸員氏や館長氏によるギャラリートークなども予定されています。また近くなりましたら詳細をご紹介いたします。当方、こちらが始まりましたら2館併せてお伺いするつもりで居ります。

皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 61 『日本詩集 第二輯』

昭和18年(1943)9月5日 淡海堂出版 野長瀬正夫編
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収録作家
 大木惇夫 岡本潤 勝承夫 高村光太郎 南江治郎 中野繁雄 武者小路実篤 野長瀬正夫
 山本和夫 高祖保 江口隼人 安藤一郎 佐伯郁郎 阪本越郎 佐川英子 北村秀雄
 三ツ村繁蔵 日野岩太郎 杉原邦太郎 千家元麿

前年に同じ野長瀬の編で洛陽書院から出た『日本詩集』の続編という位置づけです。

光太郎作品は散文の「詩人も一兵である」、詩で「供木のことば」「紀元節を迎ふ」「撃ちてし止まむ」 「神の如く行へ」「みなもとに帰するもの」「覆滅彼にあり」「神これを欲したまふ」。

信州から演劇講演の情報です。取り上げるべき事項が山積しており、間際に近くなってのご紹介で申し訳ありませんが……。

髙山植物園第12回公演
『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜

期 日 : 2026年9月22日(火・休)/23日(水・祝)
会 場 : 犀の角 長野県上田市中央2-11-20
時 間 : 9/22 19:00~ 9/23 14:00~ 上演時間約60分
料 金 : 一般前売り 3,000円 18歳以下 前売り2,000円 当日は各500円増

作・演出:髙山さなえ(髙山植物園) 出演:下地尚子(シアターランポン)

『智恵子抄』は中学生の時に初めて読みました。それから、高校、大学と社会に出てからも続けて読んできた本の一冊です。そして、智恵子の亡くなった年齢に段々近づくにつれ、智恵子の精神が何故崩れたのか、疑問を持つ様になりました。そこに梶井基次郎の「檸檬」がまさに爆弾として加わります。と、私なりの解釈を台詞で綴ってみようと思います。これは、私の、いや、私と下地さんの大きな『冒険』でもあるのです。壮大な『冒険』に挑んでみたい、そんな気分です。(髙山さなえ)

髙山さなえさんに『一緒に何かやりませんか?』とお声がけし、高村智恵子さんをモデルに一人芝居をつくることになりました。私にとって、初めての一人芝居です。高村光太郎の妻として知られる智恵子さんですが、芸術家として奮闘していた彼女の生き方を想像するに、この作品を作る私たち二人の女性にとって、わかる部分、そしてわかりたくない部分があると感じています。高村智恵子さん、髙山さなえさん、そして私、三人の女性アーティストが一つの世界で相対するときに、時代や次元を超えて通ずるものがあると信じます。一人の女性の生涯を見届けていただければ、その時間が少しだけ誰かを救ってくれるような気がしています。……と、しんみりしてしまいそうな言葉を選んでしまいましたが、智恵子さんへのリスペクトを抱きつつ、髙山さんと自由に、弾けるように、笑いながら作品をつくっていきます!(下地尚子)
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女性の方の一人芝居ということでおそらく智恵子が主人公なのでしょう。大竹しのぶさんが初演、野田秀樹氏脚本の「売り言葉」をはじめ、玄海椿さん、茶山千恵子さんなどいろいろな方がこのスタイルで取り組まれています。

皆さん、それぞれの解釈で「智恵子抄」の世界を表現。今年6月に同じ会場で劇団百景社さんが公演を打った「売り言葉」は光太郎ディスり度が非常に高く、表面的にしか見られない人々は「これで光太郎が嫌いになった」というものです。裏側までしっかり味わえば単に「夫の創作に献身し、潰された智恵子」というだけではないのですが……。

今回の公演は「梶井基次郎の「檸檬」がまさに爆弾として加わります」だそうで、どう料理されるのか、非常に気になります。非常に気になるので、9月22日(火)のソワレ公演を予約いたしました。ついでにというと何ですが、同じ信州の碌山美術館さんでの「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」も開幕しますので、そちらも併せて拝見してきます。さらについでですが、お彼岸ですので上田でご先祖様の墓参りも(罰当たり(笑))。

皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 60 『大東亜写真戦記』

昭和18年(1943)8月20日 誠新堂新光社 大本営陸軍報道部監修
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目次
 詔書
 序文 大本営陸軍報道部長 陸軍少将 谷荻那華雄
 戦争絵画 宮本三郎 山口蓬春 向井潤吉 中村研一 藤田嗣治 鶴田吾郎  小磯良平 猪熊弦一郎
      田村孝之介
 報道写真 撮影・陸軍報道班員
 作戦要図
 大東亜戦争日記抄
 協力する盟邦諸国
 撃ちてし止まむ 森崎善一
 聖戦詩歌 高村光太郎 白鳥省吾 室生犀星 堀口大学


基本、写真集でして、いわゆる詩華集とは様相が異なりますが、このカテゴリに入れるしかないかな、というものです。

光太郎詩「新しき日に」「シンガポール陥落」「十二月八日」「必死の時」がとびとびに掲載されています。

さらに、昨年、竹橋の東京国立近代美術館(MOMAT)さんで開催され、光太郎もからんだ「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」で展示された、光太郎と東京美術学校西洋画科で同級生だった藤田嗣治の「シンガポール最後の日」などの戦争絵画も。ちなみにカバー画も藤田です。

9月13日(日)、恵比寿の東京都写真美術館さんで「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」を拝観後、六本木の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんに移動しました。こちらでは「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」が開催中で、さらにこの日は関連行事としてのトークイベント「『方丈記』巡礼」が行われました。レポートいたします。
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 21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさん、いくつか展示スペースがあり、目的の会場は向かって右のギャラリー1および2でした。
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展示は地下、受付が1階。受付の前はミュージアムショップとなっており、オリジナルグッズの他、今回の展示に関わるコーナーも。すると、新潮文庫版の『高村光太郎詩集』と『智恵子抄』も並べられていました。ありがたし。
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『智恵子抄』は皆川明氏装幀の新装版でした。

地下に降りて展示を拝見。

コンセプトは、鴨長明の『方丈記』を中心に据え、「建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの方丈の庵を構想します」だそうで。

まずギャラリー1。入口にはフライヤーにも使われ、展示全体のイメージアートとして使われている田部井美奈氏の絵画作品。田部井氏は後ほど拝聴したトークにもご出演。
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鴨長明が暮らした京都郊外の「方丈」の再現。
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トークの中で語られましたが、調度品等にもこだわったそうで。緑色の長方形の部分は寝床。干したワラビを敷きつめてあるとのこと。

周囲の壁には、『方丈記』受容史的なパネル展示。
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平成25年(2013)に乃木坂のTOTOギャラリー・間(ま)さんで開催された「中村好文展 小屋においでよ!」展についても触れられていました。

さらに鴨長明同様、「方丈」を構えた人々(良寛、松尾芭蕉、ソロー、猪谷六合雄ら)の紹介などもあって、光太郎も。戦後に7年間の隠遁蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)を中心に据えています。
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鴨長明の名は『高村光太郎全集』に見当たりません。しかし『方丈記』については記述がありました。松尾芭蕉の「古池や」の句を引用した後、

 此の俳句を読んでこの閑寂の美を味ひ得るためには、われわれはこの俳句の背後に千百年の歳月の連綿たるものがある事にも気づかねばならぬ。この俳句が美である為には、そのうしろに宗因があり、西行があり、新古今集があり、更に方丈記があり、平家物語があり、紫式部があり、往生要集があり、水にすむかはづの古今集があり、又杜甫があり、白楽天がある事を要する。さいういふ因子が無ければ此の俳句はただの自然記録であるに過ぎない。

昭和15年(1940)に書かれた「芸術上の良知」という評論の一節です。

光太郎が山小屋暮らしに踏み切った理由の一つに、実際に身近な人々の同様の例があったことも挙げられます。千葉三里塚の光太郎が設計した小屋に住んだ水野葉舟、甲州四尾連湖畔に小屋を建てて暮らした野沢一、蝦夷地で開拓に取り組んだ更科源蔵、「新しき村」の武者小路実篤、常陸牛久沼の小川芋銭、羅須地人協会の宮沢賢治ら。そして鴨長明のことも頭の片隅にはあったのではないでしょうか。

隣接するギャラリー2では、鴨長明の方丈オマージュ作品群。

江戸の町と現代の東京を織り交ぜた絵画で有名な山口晃氏。建築も手がけるとは……。
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神社建築風ですが、海外の方。
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プロレタリア文学者・川崎長太郎オマージュ。
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なんと、モバイルの「方丈」。
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中庭まで使った作品も。やはり後ほどのトークにご出演された正田智樹氏と、竹中工務店さん。
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幼い頃の「秘密基地」が彷彿とさせられ、ワクワクしてしまいました。しかし、令和の子供たちはそういう経験はしていないのでしょうね(笑)。

そうこうしているうちに、トークショーの開始時刻となりました。
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中央が展覧会ディレクターの塚本由晴氏、向かって左に田部井氏、右で正田氏。

ギャラリートーク的に、出品作等の解説、さらに本展のためにロケハンのように「巡礼」なさった場所の紹介。
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京都・糺(ただす)の森に復元された鴨長明の方丈(左)、同じく京都で平家滅亡後に建礼門院徳子が暮らした庵の跡地(右)。

花巻高村山荘も。
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最後の画像は、同じ花巻市内の宮澤賢治記念館さんで、20年ほど前でしたでしょうか、光太郎展的なものを開催した際の説明パネルの一部。廃棄するのももったいないので山荘套屋内部に掲げてあります。光太郎の装幀作品の一例ということでロマン・ロランの『愛と死の戯れ』(片山敏彦訳 大正13年=1924)、『ヘンデル』(高田博厚訳 昭和2年=1927)。無料でいただける文庫サイズの簡易図録が発行されていますが、田部井氏によればその裏表紙はここからのインスパイアだそうでした。
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そちらでの花巻パート。
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高村山荘以外に、賢治命名のイギリス海岸、光太郎と親しくなった僧侶にしてチベット仏教学者の多田等観が暮らした円万寺観音堂、賢治設計の花壇が残る茶寮かだんさんも。

公式サイトには京都、花巻のフォトレポートもアップされています。会場内でこれらをスライドショー的にモニターで上映するのもありかな、と思ったのですが……。

というわけで、なかなかに充実の展示でした。会期は比較的長く、来年1月11日(月・祝)までです。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 59 『岳』

昭和18年(1943)8月15日 山と渓谷社 川崎隆章編
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収録作家
 中村清太郎 安西徹 千家元麿 新村出 今西錦司 藤木九三 田辺和雄 佐藤昌彦
 木村幸一郎 小島三郎 岡田冝一 向井潤吉 金田一京助 館脇操 柳壮一 犬飼哲夫
 嶺一三 清棲幸保 三木露風 伊藤秀五郎 小寺融吉 大町文衛 龍居松之助 阿部庸三
 藤島亥治郎 結城哀草果 相馬御風 山口弥一郎 西川義方 中川善之助 藤澤古実
 会津八一 土屋文明 高村光太郎 半田良平  関口泰 依田秋圃 田中八百八 今村学郎
 田中薫 川崎隆章 本田正次 竹中要 前田夕暮 直良直夫 香取秀真 斎藤茂吉
 尾上柴舟 小島烏水 阿部正直 広瀬潔 藤原咲平 田辺泰 日夏耿之介 太田水穂
 田中冬二 野尻抱影 高田浪吉 釈迢空 茨木猪之吉 加納一郎 佐藤井岐雄 荻原井泉水
 今村巳之助 吉沢庄作 田口龍雄 川田順 中島正文 中西悟堂 八木貞助 富安風生
 中村星湖 吉村信吉 岡麓 鳥山悌成 佐佐木信綱 北田正三 伊東祐一 渡邊万次郎
 竹内亮 橋本伝左衛門 朝倉文夫 大谷東平 石川欽一郎 徳田御稔 逗子八郎
 西沢勇志智 下山重丸 南薫造 浅井治平 荒木俊馬 川崎隆章

戦時中にもかかわらず、ほぼほぼ戦争とは関係ない作品が集められています。口絵は岡田三郎助と牧野富太郎でした。光太郎作品は「浴泉歌」という題で、さまざまな時期の山岳に関わる短歌12首が収められています。

9月13日(日)に上京しまして、2件の展覧会をハシゴ。昨日はそのうち東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展をレポートいたしました。今日はもう1件の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんでの「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」をレポートしようかと思っておりましたが、「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展について書かれた『週刊金曜日』さんが届きまして、そちらからご紹介します。同展が9月21日(月・祝)までの開催なので、まごまごしていると終わってしまいますから。

9月4日号(1583号)と、9月11日号(1584号)の2号で「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展に触れられています。
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まず9月4日号(1583号)。「出光真子 
「私」のフェミニンが社会を動かす■映像作家が映した「おんな」の葛藤」と題し、6ページ。

初めに「半世紀前の映像が暴く2020年代の「見えない檻」 映像作家に聴く 見えない抑圧を予見した「眼」」ということで、出光氏へのインタビュー。

リード文。

自伝的な映像表現を通じ、密室化された家庭や性役割の抑圧を鋭く撃ち続けてきた出光真子氏。半世紀余りの作品を一堂に集めた回顧展には世代を超えた人々が詰めかけている。女性首相の誕生をめぐり社会が分断を深める中、保守回帰や目に見えぬ規範が人々を縛る2020年代の日本社会。86歳を迎えた先駆者は、自らの足跡と「現在」をいかに見つめているのか。

途中途中に附された小見出しが「「時代遅れ」の女性首相」「家父長制の抑圧」「映像は闘うための武器」「現代のデジタル監視社会」「《直前の過去》の恐怖」「世間に遠慮するな」。

「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展出品作にして「彫刻家で詩人の高村光太郎と画家の高村智恵子の関係を参照し構想され、さらに、パリで画家を志すも苦悩の末に急逝した長姉に捧げられている」という映像作品「清子の場合」については……

――《英雄ちゃん、ママよ》(83年)や《清子の場合》(89年)では、家庭という密室における母子の過密な依存関係や、表現への野心を持つ女性が家庭的役割によって潰(つぶ)されてゆく悲劇を描かれました。

 日本の女性は家の中では実質的な主権を握っていて強い側面もあります。台所も財布も任されている。だけど男性の側はそれを知らずに「俺がこの家の主だ」と思い込んでいる。一方、女性の側も「完璧な母・主婦でいなければならない」おいう見えない規範を内面化させられているんです。《清子の場合》は、家庭と芸術の板挟みで倒れた長姉と、私自身の体験を重ねて書いたシナリオですが、主婦という枠組みに押しこめられた女性の能力は、時に自分や子供を脅かす凶器になり得るのです。

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もう一つ、同様のテーマで制作された《加恵、女の子でしょ!》(平成8年=1996)については細かな言及がありませんでしたが、画像が大きく載っていました。
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会場でこのカットを拝見した際、当方はジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」を連想しました。
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同じイメージを抱かれた方も少なくないのでは、と思うのですがどうでしょうか。

さらに同志社大学さんの菅野優香教授による展覧会評「「主婦」の密室から自己監視の時代へ  
「奇妙な新しさ」の正体──出光真子の映像知」1ページも掲載されています。

それから9月11日号(1584号)。こちらでは「編集後記」。

 10年前の初秋、彫刻家・詩人の高村光太郎の妻、智恵子ゆかりの地を訪ねた。故郷・福島の安達太良山で彼女が焦がれた〈ほんとの空〉を仰ぎ、別の年には青森・秋田県境の十和田湖畔で、光太郎が刻んだ乙女像2体と向き合った。
 光太郎の詩集『智恵子抄』は、心を病んで命を落とす智恵子への鎮魂とされる。岩下志麻さんが彼女を演じた映画(1967年)は今も胸を刺す。画家の夢を捨て、夫の創作に献身した果ての心の破綻。「芸術」という美名の下に隠れた性差別が追い詰めたのだろう。
 「智恵子が自身の夢を追っていたら、あんなふうにはならなかった」。先日話を伺った映像作家・出光真子さんの見解だ(本誌9月4日号)。自身もかつて批評の名を借りた差別的言辞に苦しめられたという。米国人画家と別れ、再婚した修平さんの佇まいが清々しい。「僕はそっちのほうはわからないから」と、真子さんの創作に干渉しない。旺盛に自己表現を続けた真子さんの自由な翼は、この「良い意味で無関心な」伴侶に支えられていたと感じる。
 「献身」の果てに犠牲者を出すのはもう終わりにしよう。もし智恵子が自身の夢を追えていたなら、光太郎の詩も違った形になっていたはずだ。

気になるのは「夫の創作に献身した」という一言。たしかに智恵子は光太郎の巨大な才能に圧倒され、刀折れ矢尽きて毀れていった部分はありますが、決して「夫の創作に献身した」わけでもありません。1年に3、4ヶ月は光太郎をほっぽらかして福島の実家に帰っていた事実があるわけで。ただ、この二人の関係性には余人にははかりがたいものがあったことはもちろんで、もしかすると智恵子の意識としては「夫の創作に献身した」だったのかもしれませんが。

以上、『週刊金曜日』さん。

それ以外に、昨日も書きましたが、会場で無料配付のリーフレットにも出光氏へのインタビューが掲載されています。ただし、こちらでは《清子の場合》《加恵、女の子でしょ!》や光太郎智恵子に特化した部分はありませんでしたが。

繰り返しますが、東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展、9月21日(月・祝)までの開催です。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 58 『青年朗唱詩集 御楯われら』

昭和18年(1943)8月15日 旺文社 詩人同志会編
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収録作家
 野口米次郎 河井酔茗 高村光太郎 川路柳虹 正富汪洋 佐藤春夫 服部嘉香 西條八十
 白鳥省吾 奥栄一 前田鉄之助 大木惇夫 井上康文 佐藤一英 瀧口武士 齋藤光次郎
 勝承夫 月原橙一郎 与田準一 高木恭造 乾直恵 巽聖歌 江口隼人 杉本駿彦
 都築益世 木下夕爾 坂野草史 加藤健 鈴樹昌 竹内てるよ 佐川英三 仲村久慈
 笠豊秋 大野良子 南江治郎


光太郎作品は詩「夜を寝ねざりし暁に書く」と、前年に歿した北原白秋の追悼文「童心と叡智の詩人-北原白秋の業績-」。

扉には武人と思われる埴輪の絵。「武人埴輪」=「大王を警護する武人を象(かたど)ったもの」。そこで、「皇軍兵士」へと類推が働き、さまざまな美術作品や工芸品、書籍類の表紙その他に埴輪が「国威発揚」「戦意高揚」といった使命を担わされ、多用されました。一昨年にはそのあたりに的を絞った企画展「ハニワと土偶の近代」が竹橋の東京国立近代美術館(MOMAT)さんで開催され、光太郎にも触れられました。

タイトルの「御楯われら」は、既に敗色濃厚だったこの時期、われら皇国臣民一人一人が鬼畜米英の侵攻から「現人神」をお守りする「楯」たらん、ということでしょう。ついでに言うなら版元の旺文社さんは、元々「欧文社」だったものが、昭和15年(1940)に「欧」の字が敵性語と見なされ、社名を変更させられています。同盟国のドイツやイタリアも欧州なのに、むちゃくちゃですね。

発行日が8月15日です。2年後の同じ日に終戦の玉音放送があるなど、この時点では誰一人予想していなかったでしょう。

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