昨日開幕の特別展です。

特別展「近代文学でよむ文の京の坂と名所」

期 日 : 2026年4月11日(土)~6月28日(日)
会 場 : 文京区立森鷗外記念館 東京都文京区千駄木1-23-4
時 間 : 10:00〜18:00
休 館 : 4月27日(月)・28日(火) 5月25日(月)・26日(火) 6月22日(月)・23日(火)
料 金 : 一般600円(20名以上の団体:480円)  中学生以下無料

 文の京(ふみのみやこ/文京区)には、根津神社や小石川植物園、団子坂など明治以前から現在に至るまで親しまれている名所や坂がたくさんあります。また、明治初期に本郷に移転した東京大学の周辺には、のちに作家となる若者たちが多く暮らしていました。
 明治から昭和初期の近代文学の中には、文の京を人々が行きかい、名所が登場する作品があります。鴎外『青年』では主人公が根津神社を通り過ぎ、夏目漱石『三四郎』は東京大学構内、石川啄木『天鵞絨(ビロウド)』は混雑した本郷三丁目、徳田秋声『みち芝』は牛天神(北野神社)、中野重治『むらぎも』は富坂、泉鏡花『外科室』は小石川植物園が書かれました。志賀直哉は『クマ』で飼い犬を追って護国寺へと走ります。樋口一葉は、日記に名所への外出を書き残しました。
 他方、鴎外の住んだ観潮楼は、秋に菊人形でにぎわった千駄木、団子坂上に建っていました(現・当館所在地)。周辺には高村光太郎、宮本百合子、室生犀星、江戸川乱歩なども住み、千駄木は彼らの生活圏であり、作品にも書かれました。
 本展では、明治から昭和初期の近代文学に書かれた文の京の坂と名所を紹介します。100年ほど前の風景や人々の営みを近代文学でよんでいきます。 
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イベント情報

「文豪とアルケミスト」 タイアップ企画
2026年4月11日(土)~2026年6月28日(日)
特別展会期中(2026年4月11日~6月28日)、文豪転生シミュレーションゲーム「文豪とアルケミスト」(DMM GAMES)とのタイアップ企画を行います。
地下展示室入口に描き起こしイラストのバナーと、森鴎外、高村光太郎、室生犀星、江戸川乱歩の等身大パネルを展示しています。
開催期間(4/11~6/28)のみ、《鴎外胸像》も共に撮影いただけます。SNSへのアップもOKです。文京区・千駄木にて、皆様のお越しをお待ちしております。
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特別展ギャラリートーク
2026年4月29日(水)
展示担当者による特別展「近代文学でよむ文の京の坂と名所」のギャラリートークです。
申込不要のイベントです。当日の展示観覧券をお持ちください。
日時:2026年4月29日(水・祝)14時~(30分程度)

デビュー前に団子坂で暮らした乱歩の生活と、この地を舞台にした小説「D坂の殺人事件」についてお話しします。
講師:杉本佳奈 氏(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)
日時:5月23日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座室
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:5月8日(金)必着

近年の旅行熱や「文豪」ブームなどで再脚光を浴びている文学散歩。その起源や魅力を鴎外や文京ゆかりの作家たちとともに語ります。
講師:大木志門 氏(東海大学教授)
日時:6月6日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座室
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:5月22日(金)必着

出品目録に依れば光太郎著書『某月某日』(昭和18年=1943)が出ています。その他、予告解説文には光太郎の名があるので、解説パネル等で鷗外同様団子坂近くに居を構えた光太郎についても少しは触れられているのではないでしょうか。それが無かったら見識を疑います(笑)。

関連イベントとして、ゲーム「文豪とアルケミスト」とのタイアップ企画。こちらではゲームキャラクターとしての光太郎の等身大パネル(上の画像で左端)も出ているそうです。

それから、6月6日(土)には東海大学さんの大木志門教授によるご講演。「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」と題されています。

野田宇太郎は文学散歩的な視点をメインに明治大正の文学史を俯瞰した書物を多く著し、そのうち『パンの会』(昭和24年=1949)は、当時花巻郊外旧太田村に隠棲していた光太郎にも送られ、光太郎からの礼状が遺されていますし、光太郎が当会の祖・草野心平に宛てた書簡や高見順との対談で、同書に深く感心したことが述べられています。また、野田はずばり『文学散歩』という雑誌も主宰。十和田湖にからめた光太郎の小特集を組んだり(昭和36年=1961)もしてくれました。直接、野田と光太郎に面識があったのかどうかは光太郎側からの資料では不明ですが。

講師の大木教授は昨年、神田の八木書店さんで開催された「近代文学特別講座 活字をはみだすもの 第25回 高村光太郎「独居自炊」の思想―宮崎稔宛書簡から」の講師も務められ、その際に知遇を得ました。タイアップ企画の「文豪とアルケミスト」にも関心を寄せられ、『文豪とアルケミストを本気で考えてみた』を共著で出されるなど、柔軟な思考をお持ちの方です。

当方、こちらを申し込みました。抽選に当たることを祈念しております。その前に展示のみは来週あたり拝見に伺うつもりです。

皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)15 『日本美術の鑑賞 古代編』 

昭和17年(1942)6月20日 帝国教育会出版部 北川桃雄/奥平英雄編
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目次
 序
 伊勢神宮 伊東忠太 ブルーノ・タウト
 埴輪 濱田耕作         法隆寺の建築 伊東忠太
 法隆寺の五重塔 関野貞     法隆寺の釈迦三尊 フェノロサ
 百済観音 会津八一 植田壽蔵     夢殿観音 フェノロサ
 夢殿秘仏抄 中村憲吉 島木赤彦 香取秀真 会津八一
 中宮寺観音 和辻哲郎      大和の国法起寺 木下利玄
 広隆寺の弥勒 田澤坦      法隆寺金堂阿弥陀浄土 児島喜久雄
 法隆寺の壁画 安田靭彦     薬師寺三重塔 足立泰
 薬師寺聖観音 木村素衛     薬師寺金堂薬師堂 足立康
 新薬師寺香薬師像 松本栄一   東大寺三月堂 関野克
 法華堂不空羂索観音 植田壽蔵  三月堂月光像 源豊宗 岡倉天心
 三月堂執金剛 瀧井孝作     戒壇院の増長天 高村光太郎
 戒壇院四天王 岡倉天心     夢殿 岸田日出刀 会津八一 北原白秋
 興福寺八部衆像 大口理夫    興福寺十大弟子 高村光太郎
 聖林寺十一面観音 和辻哲郎   唐招提寺金堂 東伏見邦英
 鑑真和上像 北原白秋      唐招提寺千手観音 東伏見邦英
 薬師寺の吉祥天女 和辻哲郎   鳥毛立女屏風 中井宗太郎
 神護寺薬師如来 源豊宗     法華寺十一面観音 植田壽蔵
 観心寺の秘仏 瀧井孝作     唐招提寺木彫如来形像 高村光太郎
 道明寺十一面観音 濱田耕作   高野の赤不動 野口米次郎
 清涼殿 中村憲吉        京都御所 岸田日出刀
 鳳凰堂 関野貞         定朝の阿弥陀像 矢代幸雄
 厳島神社 関野貞        光堂 泉鏡花
 一字金輪像 源豊宗       浄瑠璃寺吉祥天女像 丸尾彰三郎
 舞楽面 野間清六        普賢菩薩像 秋山光夫
 孔雀明王図 濱田耕作      二十五菩薩来迎図 西田直二郎
 高野山聖衆来迎図 田中一松   西本願寺三十六人集 佐佐木信綱
 源氏物語絵巻 田中一松     信貴山縁起 上野直昭
 鳥羽僧正の蛙 室生犀星     鳥獣戯画 森田恒友
 伴大納言絵詞 福井利吉郎    無著・世親像 丸尾彰三郎
 快慶「八幡神像」 野間清六     快慶「地蔵菩薩」 三才笹吉
 空也上人の像 西田直二郎    鞍馬寺の聖観音 村上華岳
 頼朝像 熊谷宣夫        北野天神縁起 大塚保治
 一遍上人絵伝 上野直昭     明恵上人像 平福百穂
 高野山不動堂 足立康      古瀬戸 小山富士夫
 解説 北川桃雄 奥平英雄

執筆者順ではなく、取り上げられている作品の時代順での配置。したがって、光太郎の文章は3箇所でとびとびに掲載されています。

それにしても戦時中によくまぁこれだけの豪華な執筆陣のものを出せたな、と思われます。物故者の旧稿もかなり入っていますが。

智恵子のふるさと、福島二本松からの情報。

まず市の広報誌『広報にほんまつ』今月号。同市は令和元年(2019)に「全国さくらシンポジウム」会場となり、それ以来その際のキャッチコピーで光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空にさくら舞う」を、毎年の4月号に転用し、市内の桜の名所を紹介しています。
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そして桜がらみの各種情報。その中で、智恵子の生家などを巡る周遊バス「二本松春さがし号」についても。

その件で、地方紙『福島民報』さん記事。

二本松市街地の桜楽しんで 観光協企画の循環バス運行

 福島県二本松市市街地の桜を楽しむ循環臨時バス「二本松春さがし号」は6日、運行を始めた。15日まで毎日6便が走る。
 にほんまつ観光協会の企画。JR二本松駅発着で、智恵子の生家、霞ケ城公園、大隣寺などを巡る。割安な1日フリー乗車券は中学生以上500円、小学生250円。
 初日にJR二本松駅前で出発式を行い、塩田英勝にほんまつ観光協会事務局長、鈴木友和福島交通二本松営業所長がテープカットした。
 問い合わせは同営業所 電話0243(23)0123、または観光協会 電話0243(24)7702へ。
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運行されている福島交通さんサイトから。

二本松の名所旧跡を巡る「二本松春さがし号」を運行いたします。

 二本松駅前より、詩人で彫刻家である高村光太郎の妻智恵子が育んだ住まい、少年隊も眠る丹羽家の菩提寺「大隣寺」などを巡る、二本松市内を循環する “二本松春さがし号”臨時バスを運行しますので、是非ご利用ください。
【注意事項】
・道路交通状況等により遅れが発生します。列車への乗り継ぎには十分余裕をお取りください。
・混雑時のマスク着用にご協力ください。
 ご理解ご協力を重ねてお願い申し上げますとともに、皆様のご乗車をお待ちいたしております。

運 行 日   : 2026年4月6日(月)~4月15日(水)毎日運行
運賃・時刻表  : 「二本松春さがし号」ご案内(以下PDFよりご確認ください)
お問い合せ先  : 福島交通㈱二本松営業所 0243-23-0123
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1日フリー乗車券で大人でもワンコインだそうですから、実に良心的ですね。

続いて智恵子のソウルマウンテン・安達太良山情報。奥岳登山口周辺であだたら高原リゾートを展開する富士急さんのプレスリリースから。

詩人・高村光太郎の妻 智恵子 が焦がれた “ほんとの空” の下、あだたら山ロープウェイ山頂駅に絶景読書ラウンジ【あ】の図書室 4月11日 始動

 富士急グループの富士急安達太良観光株式会社(福島県二本松市、取締役社長:渡邉康治)が展開する「あだたら高原リゾート」(同市)では、あだたら山ロープウェイ山頂駅にある休憩所をリニューアルし、2026年4月11日(土)に【あ】の図書室をオープンいたします。
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 あだたら高原リゾートでは、2024年のグリーンシーズンに山頂での楽しみ方を拡充する取り組みとして、「あだたらやま」の「あ」に着目した空間演出など、自然と遊び心を感じられる体験づくりを行ってきました。山頂展望広場に設置された【あ】のオブジェも、その一環として多くの来場者に親しまれています。
 今回新たにオープンする【あ】の図書室は、文学にゆかりのあるこの地ならではの“静かな過ごし方”を提案する空間です。安達太良山は、高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られ、その空を焦がれた智恵子の想いが今も息づいています。雄大な自然と、四季折々に表情を変える山並みに囲まれた山頂で、本を手に取り、ゆったりとした時間をお過ごしいただけます。
 日常から少し離れた場所で、デジタルデトックスとともに味わう、すこやかなひとときをお楽しみください。

【あ】の図書室概要
■リニューアルオープン 2026年4月11日(土)
■営業時間 9:00~16:00
※ロープウェイの上り最終15:50、下り最終16:20
■利用料金 無料 ※山頂に行くロープウェイの料金が必要となります。
【ロープウェイ料金】
 大人(中学生以上)片道: 1,300円、往復2,200円
 小人(4歳~小学生)片道: 1,000円、往復1,700円
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【あ】のオブジェ
 ロープウェイ山頂広場には「あだたらやま」の「あ」をモチーフにした不思議なモニュメント【あ】のオブジェがあります。大小さまざまな「あ」が並ぶ「あ」の道の先には、高さ約180cmのモニュメントがあり、安達太良山の空と阿武隈の山並みを背景に撮影を楽しめるフォトスポットとなっています。
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「あだたら高原リゾート」施設概要
■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
 「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
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■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
 標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂です。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。
【施設概要】
・営業日 年中無休※メンテナンス休業あり
・営業時間 10:00~19:00(最終入館18:30)
・施設内容 内湯(9㎡)、露天風呂(20㎡)※男女別
・利用料金 大人800円/小人(4才~小学生)500円
・泉質 単純酸性温泉
・適応症 神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え性・疲労回復・健康増進
     慢性皮膚病

「あだたら高原リゾート」営業概要
・営業時間 8:30~16:30
  ※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照下さい)
・お問い合わせ 福島県二本松市奥岳温泉 TEL:0243-24-2141
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奥岳登山口から出発するロープウェイの山頂駅に、今日「【あ】の図書室」がオープンするそうです。なぜに【あ】かというと、「だたらやま」の「あ」でもありますし、「あだたらやま」がローマ字だと「ADATARAYAMA」で、母音が全て【あ】ということに由来します。一昨年にはやはり山頂駅の外に「【あ】のオブジェ」が設置され、そちらと呼応する感じですね。

ところで「【あ】のオブジェ」、てっきり期間限定での設置だと思い込んでいまして、昨年4月に山頂駅に行った際に見逃しました。次に行く際には「【あ】の図書室」ともども拝見します。ちなみに山頂駅近くの薬師岳パノラマパークには、有名な「この上の空がほんとの空です」碑がありますので、これから行かれる方、そちらにもどうぞ。

長くなりましたがもう1件、お付き合い下さい(笑)。

やはり『福島民報』さんで、4月7日(火)掲載のコラム。

こけし

▽二本松市のチーズケーキ工房&カフェ風花が開発した新商品「ほんとの空サイダー」が人気を集めている。▽詩集・智恵子抄で詠まれた「ほんとの空」をイメージし、クチナシ由来の天然着色料で空色を表現。県産リンゴ果汁を用いた味わいが特徴。安達太良山の風景をラベルに描いた。360円(税込み)。店内のほか、道の駅安達などで販売している。▽企画担当の長田花梨さんは「温泉後の一杯に安達太良山を眺めつつ味わって」と青空のように爽やかなドリンクをPRしている。
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過日、当方も購入して参りました「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんの「ほんとの空サイダー」。人気を集めているそうで、「おお!」という感じでした。

実際、気になる方が多いようで、花巻からも「オンラインで手に入らんか?」と問い合わせがありましたし、過日の連翹忌の集いに持っていって光太郎智恵子関連の新刊書籍やパンフレット等と一緒に並べておいたら、参会の方から「これ、都内で手に入りませんかね?」。ちなみに持っていった一本は渡辺えりさんにさしあげました(笑)。

いろいろ調べたのですがどうも現地に行かないと無理っぽい感じです。「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんは岳温泉近く、それから今回の『民報』さんで、道の駅安達智恵子の里さんでも販売と知りました。智恵子生家/智恵子記念館に行った際にゲットしようと思いました。

他にも二本松・安達太良山・ほんとの空がらみのいろいろがあるのですが、他にも紹介すべき事項が山積しておりまして、また後日。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)12 『ミケランヂェロ』 

昭和16年(1941)8月20日 アトリヱ社 天田文雄編
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目次
 ミケランヂエロの彫刻作品に題す 高村光太郎
 図版
 ミケランヂエロ年譜 富永惣一
 図版目次


ミケランジェロ・ブオナローティは、ロダン同様、あるいはそれ以上に光太郎が敬愛し続けた彫刻家です。その大判の彫刻写真集です。光太郎の文章が巻頭に置かれ、序文に近い感じですが、一応、部分的執筆の項に入れました。

たまたまなのでしょうが、発行日が昭和16年(1941)8月20日。これは詩集『智恵子抄』初版、それから散文集『美について』それぞれの発行日と全く同じ日です。

この項、刊行順に紹介していますが、一昨日取り上げた『仏蘭西詩集』、昨日の『生活と文化技術』と順番が前後してしまいました。すみません。

NHKラジオさんで放送されている「保阪正康が語る昭和人物史」。 3月までタイトルが「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」で、毎週日曜日の夜にオンエアされていましたが、4月から「放送100年」が取れて、単に「保阪正康が語る昭和人物史」と改題、放送時間も土曜の昼に変更となったそうです。そのリニューアル後の記念すべき初回が、「詩人・彫刻家 高村光太郎 第1回」ということで、先週4月4日(土)のオンエアでした。光太郎の肉声も流されました。
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聞き逃し配信の「らじる★らじる」さんで拝聴しました。ご出演は評論家の保阪正康氏と、ノンフィクション作家・梯久美子氏。番組途中までは、お二人の光太郎智恵子への思いなど。概ね好意的に光太郎を評して下さり、敬愛の念が感じられ、その点は良かったと思いました。

一つ気になったのは「家事」。画家として大成することを目指していた智恵子が「家事」に追われ……みたいな。お二人ともそういう論調でした(光太郎を非難するという感じではありませんでしたが)。

実際、智恵子没後の光太郎の散文「智恵子の半生」に以下の一節があります。

互にその仕事に熱中すれば一日中二人とも食事も出来ず、掃除も出来ず、用事も足せず、一切の生活が停頓(ていとん)してしまふ。さういふ日々もかなり重なり、結局やつぱり女性である彼女の方が家庭内の雑事を処理せねばならず……

結局やつぱり女性である彼女の方が家庭内の雑事を処理せねばならず」。この一言を以て「光太郎=結局は男尊女卑論者」説的なものがまかり通っています。80~90年代に毒舌のジェンダー論でテレビ番組に引っ張りだこだった女性論者など、頭からそう決めつけています。

しかしよく読むと、「一切の生活が停頓」する「さういふ日々」が「かなり重なり」ということは、実際にそういうことがたびたびあったわけで、智恵子が日々「家事」に追われていたわけでもないことが読み取れます。

また、同じ「智恵子の半生」で、

私と同棲してからも一年に三四箇月は郷里の家に帰つてゐた。田舎の空気を吸つて来なければ身体(からだ)が保(も)たないのであつた。

とあり、光太郎がゴリゴリの男尊女卑主義者であれば、そんなことは絶対に許さなかったのではないかと思われます。

また、光太郎は長男でありながら家督相続を放棄し、髙村家は実弟の豊周が嗣いで、光太郎は実家からは出たため、智恵子は舅姑の光雲夫妻と同居せず、「嫁」という立場ではなく、その分楽だったような気もしますし。それから、光太郎智恵子を知る人々の証言として、「光太郎が八百屋などで買い物をしているのはよく見かけたが、智恵子が買い物に出ているのは見たことがない」というのもあります。結局、光太郎、この当時としては一般の男性よりもかなり理解があったのではないかと思われますし、少なくとも「家父長論」的なものに縛られる人物ではなかったと断言できます。

閑話休題、放送の話に戻ります。番組中盤で、いよいよ光太郎肉声。

まずは昭和27年(1952)3月、やはりNHKのラジオ放送のため、花巻温泉松雲閣で詩人・真壁仁との対談が収録された後に収録された自作詩朗読3篇のうち、「風にのる智恵子」(昭和10年=1935)と「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)。いずれも昭和9年(1934)に智恵子が千葉九十九里浜で療養していた頃を回想して後に書かれた詩です。それから、智恵子没後の詩「梅酒」(昭和15年=1940)も収録されましたが、今回はオンエアされませんでした。

以前にも引用しましたが、録音に立ち会ったNHKの熊谷幸博アナウンサーの回想から。

 さらに私どもは詩の朗読の録音もお願いした。これも快く承諾されて、智恵子抄の中から“千鳥と遊ぶ智恵子”“梅酒”“風にのる智恵子”の三編を朗読された。梅酒のくだりではちょっと涙ぐんで朗読がとぎれた。この感動が伝わって私も涙ぐんだ。
(『日本放送史 下』昭和40年=1965 日本放送協会放送史編集室編 日本放送協会)

3篇全ての朗読はかつてNHKさんで販売していたCD『昭和の巨星肉声の記録 文学者編 室生犀星 高村光太郎』に収められています。その直前に収録された真壁との対談、それから下って最晩年の昭和30年(1955)、当会の祖・草野心平と行った対談も。
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また、「千鳥……」と「梅酒」の朗読は、平成14年(2002)山川出版社発行の中学校教材用CD『中学校 音の国語』にも収められています。それから「レモン哀歌」が現代の中田薫さんという方の朗読で。
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どちらも絶版のようですが……。

詩の朗読の後、美術史家で晩年の光太郎に親炙した奥平英雄との対談で、昭和28年(1953)12月27日の録音、翌年1月7日に文化放送さんでオンエアさた「彫刻と人生」から抜粋で。こちらは主に最近の生活ぶり。前年に生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため上京して住んでいた中野の貸しアトリエで、一部はその前に7年間隠棲していた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)での暮らしです。

こちらは奥平著『晩年の高村光太郎』特装本(瑠璃書房 昭和52年=1977)に対談を収録したカセットテープが附録として付いており、そちらをお貸ししました。
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「彫刻と人生」は、新潮社さん発行の『新潮カセットブック 高村光太郎詩集』(平成2年=1990)に一部が収録されています。どちらも古書籍市場等でしか入手できないようですが……。

ほぼ全文は『高村光太郎全集』第11巻に文字起こしして収められています。ところが良寛の書について述べた数十秒程の部分がなぜか脱漏していまして、その部分は高村光太郎研究会さん発行の『高村光太郎研究(30)』(平成21年=2009)中の当方連載「光太郎遺珠」に収録しました。

さて、4月4日(土)の「第1回」、聞き逃し配信の「らじる★らじる」さんで4月11日(土)午後0:45の配信終了まで聴けます。どうぞお聴き下さい。

また、「第2回」のオンエアが今週末。

保阪正康が語る昭和人物史 詩人・彫刻家 高村光太郎 第2回

NHKラジオ(AM) 2026年4月11日(土) 12:15-12:45

今年没後70年の高村光太郎。大正3年に結婚した智恵子は、次第に体調を崩し、昭和13年に亡くなります。昭和16年太平洋戦争が始まると光太郎は戦争賛美の詩を多数作り、敗戦後は花巻市郊外の山荘で自給自足の生活を送ります。その折々の気持ちをどう表現しているのか?昭和27年3月放送の「自作朗読」で、光太郎は智恵子を思う詩「梅酒」を朗読。昭和29年1月文化放送の「彫刻と人生」では戦後の人生を語っています。

出演 保阪正康 梯久美子


「彫刻と人生」の「第1回」で放送されなかった部分から抜粋があります。

ついでというと何ですが(笑)、当会の祖・草野心平編が4月18日(土)と4月25日(土)です。以前に頂いた企画書的なデータによれば4月18日(土)は「婦人の時間 智恵子抄について」(昭和27年=1952)、4月25日(土)で「わが文学わが回想」(昭和58年=1983)から心平肉声が流れるようです。

それぞれぜひお聴き下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)14 『生活と文化技術』 

昭和16年(1941)11月20日 白水社 網戸武夫編者代表
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目次
 国防と文化 岸田国士      芸術と国民生活 高村光太郎
 生活の真の楽しさ 島木健作   生活と文化 内藤濯
 生活の秩序 片山敏彦      平衡感覚の鍛錬 颯田琴次
 医者の立場から 小林彰     家と生活合理化の方向 大泉博一郎
 住居・生活・文化 網戸武夫   国語教育 高倉テル
 これからの親の責任 波多野勤子 児童文化と児童観の問題 百田宗治
 演劇と生活 遠藤慎吾      文化政策 城戸幡太郎
 文化と教養 上泉秀信

太平洋戦争開戦目前ということで、目次を見てもキナ臭い感じです。光太郎の「芸術と国民生活」は、この年4月の心平主宰『歴程』に載ったものの転載です。

既に始まっている展示の情報を2件。

まずは岩手から。地方紙『岩手日報』さん記事。

高村光太郎 交流の足跡 八重樫健一さん 花巻疎開80年で企画展

日報 北上市江釣子の八重樫健一さん(76)は地元の江釣子地区交流センターで、彫刻家・詩人高村光太郎の花巻疎開80年を記念した企画展を開いている。光太郎と住民の交流の様子などを伝えている。
 光太郎の作品や関連資料約150点を展示。本人と密接な関わりがあり、高村記念会事務局長などを務めた故宮森祐昭さんや疎開当時に世話人を務めた人物らの談話、さまざまな資料を八重樫さんが分かりやすくまとめた。
 光太郎を題材としたドラマの台本など、関係者から提供を受けた貴重な資料も並ぶ。関心を持ち、2年ほど前から準備してきた八重樫さんは「展示会を通した語り部として、(光太郎)先生の功績や苦楽を伝えたい。当時を知る人たちによるトークショーも開きたい」と語った。
 30日までで、午前8時半~午後5時。入場無料。


同じ件で『岩手日日』さん。

光太郎 花巻疎開80年 江釣子地区交流セ 記録、資料展示

日日 北上市江釣子の八重樫健一さん(76)は展示会「高村光太郎花巻疎開80年」を、同市の江釣子地区交流センターで開いている。彫刻家、詩人の高村光太郎(1883~1956)が花巻に疎開していた時代の記録や、地元住民との交流の記録を紹介している。30日まで。
 八重樫さんは、義理のいとこの宮森祐昭さんが疎開中の光太郎と交流を持ち、高村光太郎記念館の館長を20年務めたことなどをきっかけに研究を開始。今回の展示会は2年間の研究の成果として開催した。
 展示では、光太郎が太田村山口(現花巻市)に疎開していた7年間について解説する資料など約150点を展示。宮森さんの他、光太郎の疎開期間中に同村村長を務めていた高橋雅郎さんら光太郎を支えた地域住民についても紹介している。
 八重樫さんは「光太郎先生の花巻疎開から80年になり、当時を語れる人もわずかになった今、展示を通した語り部として先生の功績を伝えられればいいと開催した」とし「当時の人でも元気な人はいる。先生をしのぶトークショーなどの機会があれば、供養につながるのではないか」と話していた。


北上市は光太郎ゆかりの花巻市の南に位置しています。生前の光太郎と交流があり、財団法人高村記念会(現・花巻高村光太郎記念会)の事務局長を永らく務められた宮森祐昭氏の親族の方が個人的に企画したものだそうです。

どんなものが出品されているのか細かいところは不明ですが、花巻で光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCの皆さんでご覧になってくるということなので、報告を待ちたいと存じます。

続いて兵庫県。

こちらも報道というか、プレスリリースから。

【兵庫教育大学】文学を見て、触れて、嗅いで、いざ物語の世界へ飛び込もう!『ぞわる文学~五感がいざなう魅惑の世界』展を開催中!

 兵庫教育大学教材文化資料館では、2026年4月1日から8月31日まで企画展『ぞわる文学~五感がいざなう魅惑の世界』を開催中です。
 本展では、日本近代文学を中心に、梶井基次郎の『檸檬』や宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』など、五感を刺激する作品を紹介します。さらに、それら作品の一場面をそれぞれの感覚に焦点を当てて再現し、実際に香りを嗅いだり、音楽を聴いたりと「読む」だけではない、体で感じる文学体験をお楽しみいただけます。
 教科書でお馴染みの作品に加え、学校では教わらなかった妖しい作品も並びます。文豪たちの、ときに鋭く、ときに繊細な表現を、その文章のみでなく、見て、触れて、嗅いで、より物語に没入してみませんか。
 ぞわっと鳥肌が立つような、背筋がぞくりとするような、そんな魅惑の世界へご案内します。

2.主催   兵庫教育大学附属図書館 教材文化資料館
3.会期   2026年4月1日(水)から2026年8月31日(月)まで
4.開館時間 平日:8時45分から20時まで、土日祝:10時から17時まで
       ※開館日時は兵庫教育大学附属図書館に準じます。
5.会場   兵庫教育大学附属図書館内 教材文化資料館展示室
        〒673-1494 兵庫県加東市下久米942-1
                             https://www.hyogo-u.ac.jp/museum/
6.観覧料  無料
7.展示資料数 約40点

見て、嗅いで、触れて、あのワンシーンを体感しよう
 のれんをくぐった先の展示の入り口では、積み重なった画集の上に置かれたレモンが出迎えます。ここでは五感のひとつ、嗅覚に着目した展示として、梶井基次郎の『檸檬』、高村光太郎の『レモン哀歌』をとりあげます。それぞれの作品の中でレモンはどのように表現され、またどのような効果をもたらしているのでしょうか。詩や小説の一節を読みながら、その場で実際にレモンの香りを嗅いでご自身の鼻で確かめてみてください。すっぱいレモンの香りが、文学の世界へぐっと引き込んでくれます。
 また、展示室の中央には、江戸川乱歩の『人間椅子』の一節とともに、立派なアンティークチェアが置かれています。どうぞ、ご自由にお座りください。一見するとただの椅子ですが、『人間椅子』の内容に触れてから座ると、それはもうただの椅子ではないかもしれません。知ってしまったが最後、気づけば文豪が紡ぎ出す妖しくも魅惑的な世界の登場人物の一人になっていることでしょう。

懐かしの教科書作品から最新の映画化作品まで紹介
 文学作品の楽しみ方は「読む」だけにとどまりません。その文章からすこし目線を上げると、文学作品がさまざまな形で展開し、楽しみ方を広げていることが分かります。例えば、文学作品を朗読したオーディオブックは「聴く」という楽しみ方を提供しています。本展では、夏目漱石の『夢十夜-第一夜』と有島武郎の『一房の葡萄』の一節を朗読者を変え聴き比べることができます。女性か男性か、幼いか渋いかといった朗読者の声の違いは、同じ文章であっても物語の印象をどう変えるでしょうか。
 他にも、本の表紙デザインを「観て」楽しむコーナーや、学校で学んだ文学作品を振り返るコーナー、映画化作品のコーナーまで、文学作品の楽しみ方をあらゆる角度からご紹介しています。
 本を手に取って帰りたくなるような、そんな時間をお過ごしください。
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おそらく、現在も版を重ねている近代文学作品の書籍や当時ものの書籍、雑誌等を並べ、解説パネルで作品や作者について詳しく説明、そして作品からインスパイアされた現代アートのインスタレーション的な展示も為されている、と、そんな感じだと思われます。
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フライヤーでサムネイルとして取り上げられているのが集英社文庫で川端康成『伊豆の踊子』、太宰治『人間失格』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、リブレさんから出ている『江戸川乱歩傑作集3芋虫』、KADOKAWAさんの漫画『芋虫』(丸尾末広・画)、KADOKAWAホラー文庫で『芋虫江戸川乱歩ベストセレクション2』。

画像を見て、紹介されているのが確認出来る作家は、芥川龍之介、森鷗外、中原中也、夏目漱石、志賀直哉、中島敦。プレスリリースの本文中には梶井基次郎と光太郎の名も。

「ぞわる」の語の通り、妖しい感じですね(笑)。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)13 『仏蘭西詩集』 

昭和16年(1941)11月19日 青磁社 村上菊一郎編
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目次
 高村光太郎 午後の時 エミイル・ヹルハアラン
 小林秀雄 酩酊船 アルチュル・ランボオ
 堀辰雄 窓 ライナア・マリア・リルケ
 菱山修三 海辺の墓地 ポオル・ヴァレリイ
 三好達治 祝祷 シャルル・ボオドレエル
 堀口大学 知られぬ海 ジュウル・シュペルヴィエル其他
 村上菊一郎 ランボオ詩鈔
 山内義雄 散文詩 マルセル・プルウスト
 編纂者の言葉

後に設ける「詩華集(アンソロジー)」の項に入れようかとも迷ったのですが、光太郎の頁数も多く、とりあえず「本人著作(部分執筆)」の項に入れておきます。

その後出された各種の版が存在します。

奈良県から演奏会情報です。

田中彩子×藤木大地デュオ・リサイタル2026 大和高田公演

期 日 : 2026年4月11日(土)
会 場 : 大和高田さざんかホール 奈良県大和高田市本郷町6-36
時 間 : 14時00分~
料 金 : 一般3,500円 高校生以下1,000円(当日各500円増)
      友の会会員3,000円(1会員4枚まで、前売りのみ)

コロラトゥーラ・ソプラノとカウンターテナー 二人の声楽家が織りなす至上の響き

ハイコロラトゥーラの美しい歌声で人々を魅了する田中彩子と奇跡と呼ばれるカウンターテナー藤木大地が共演するプレミアムなリサイタル

出 演 : 田中彩子(ソプラノ) 藤木大地(カウンターテナー) 佐藤卓史(ピアノ)
 
曲 目 : G.F.ヘンデル 主は羊飼いのようにその群れを養い
       (オラトリオ《メサイア》より)
      E.ショーソン 二つの二重唱作品11 第1曲「夜」/第2曲「目覚め」
      A.L.ウェーバー ピエ・イエズ
      ペルゴレージ 《スターバト・マーテル》P.77
       Ⅰ悲しみの聖母 Ⅻ肉身は死して朽つるとも
      バッハ 《羊は安らかに草を食み》BWV208
      加藤昌則 レモン哀歌
      
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カウンターテナーの藤木大地氏。光太郎詩に曲を付けた加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」を持ち歌の一つとなさっていて、これまでも各地でのコンサート、リサイタル等で歌われています。昨秋は智恵子の故郷、福島二本松で演奏され、好評を博しました。

今回はソプラノの田中彩子氏と組まれてのデュオ。他にも群馬の高崎などでお二人のデュオ公演が組まれていますが、フライヤーに「レモン哀歌」が書かれているのはこの大和高田公演のみのように思われます。違っていたらすみません。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)11 『風経』 

昭和15年(1940)9月20日 昭森社 森谷均編
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目次
 鷗外先生の「花子」 高村光太郎    模様と工芸 富本憲吉
 花にそへて(陸凱) 小村定吉     帽子 玉村方久斗
 意匠の力 小池新二          支那の石 増田渉
 春江花月夜(隋煬帝) 小村定吉      大陸で見た松 小林勝
 野分 北園克衛            東行先生の質問 土方定一
 三戦争を識る人々 高橋邦太郎     吾々は最早ダンサーでしかない 神原泰
 邪食談義 長田恒雄          鮎 佐藤惣之助
 うるさい夢(ギイ・レヴィヌ・マノ) 山中散生
 電車とバスの話 石田周三       流行歌的生き方 中岡宏夫
 おるがにざとほる 小名木滋      ぜんまい(デツサン) 庫田叕
 恐ろしい大衆 里見勝蔵        毛蟲 蔵原伸二郎
 火翳御愛染(表紙) 棟方志功
 カツト 富本憲吉・里見勝蔵・棟方志功

光太郎を筆頭に、さまざまな人物のさまざまなジャンルの作品が載っている、としか言いようのない不思議な書籍です。並製のペラいもので紙質もよくありませんが、表紙が棟方志功の多色刷り版画だということで、高値が付く場合もあります。

光太郎の「鷗外先生の花子」は、恩師・森鷗外の短編小説「花子」についての評論的なもの。「花子」は確認出来ている限り唯一、ロダンのモデルを務めた女優です。

今週末、都内で開催される朗読劇のご紹介です。

小見川千明のお気楽文学サロンpresents 朗読劇「双視双愛-智恵子抄より-」

期 日 : 2026年4月11日(土)  4月12日(日)
会 場 : ガルバホール新宿  東京都新宿区西新宿6-21-1アイタウンプラザB103
時 間 : 4/11 18:00~ 4/12 14:00~ 18:00~
料 金 : 一般チケット ¥9,000(税込)
      メッセージ付きポストカード特典付き※数量限定前方2列 ¥12,000(税込)

同じ愛を求めていたはずなのに、同じ景色を見ることが叶わない 男女の愛のジレンマを朗読として再構築

原作 高村光太郎  原案 小見川千明  脚本 今浪祐介

出演者
 小見川千明 飯田江未加 飛田剛志 林寛太郎 春内涼花(五十音順)
 ピアニスト coba48  チェリスト 宮景琢充

【4月11日】
 17時 開場  18時 開演
 1部 朗読 春内涼花 飛田剛志
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 春内涼花 飛田剛志 小見川千明

【4月12日】
 13時 開場  14時 開演
 1部 朗読 飯田 江未加 林 寛太郎
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 飯田 江未加 林 寛太郎 小見川千明

 17時 開場  18時 開演
 1部 朗読 小見川千明
 2部 小粋なトークと贅沢なカラオケ大会 小見川千明
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アニメ「文豪ストレイドッグス」など多くの作品で声優としてご活躍の小見川千明さん。直接は存じ上げませんが、だいぶ以前からYouTube等に光太郎詩の朗読動画等あげられていて、それで存じていました。最近も今回の公演のプロモーションを兼ねてでしょう、「智恵子抄」収録作品の朗読動画等があがっています。


ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)10 『芸術方法論』 芸術論2

昭和15年(1940)7月5日 河出書房 山際靖著作者代表
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目次
 詩学 工藤好美
 天才と才能 杉田直樹
 環境 小林秀雄
 技巧論 山際靖
 素材と造型 高村光太郎

光太郎の評論「素材と造型」は書き下ろしです。

日中戦争は泥沼化、翌年には太平洋戦争開戦の年の刊行で、既に物資不足の状態と思われ、函も本体も紙質がよくありません。

昨日から宮城県に来ております。現在地は亘理町のファミリーロッジ旅籠屋仙台亘理店。モーターホテルタイプの宿で、3度目の利用です。
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何ゆえ宮城に来ているかと申しますと、過日の連翹忌の集いにもご参加くださり、いろいろお手伝い下さいました声優・朗読家の荒井真澄さんの朗読公演「声優による朗読の夕べ」がありまして、そちらが第一目的でした。公演の中で荒井さんも参会の方々にご紹介下さいましたが、平成24年(2012)以来の長い付き合いです。

そちらが昨日夕方で、その前に光太郎や宮沢賢治と交流があった仙台出身のマイナー詩人、石川善助についての調査。まず石川がらみの古い同人誌的な雑誌に光太郎が寄稿しているというこれまで知らなかった情報を得、その雑誌が仙台文学館さんに所蔵されていることをつきとめ、閲覧に伺いました。
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しかし残念ながら、石川の詩集「亜寒帯」に光太郎が寄せた序文の転載でした。まあ、よくあるケースです。他に数種類の雑誌など閲覧しましたが、結局収穫はありませんでした。

気を取り直して、石川の詩碑がたつ太白区の愛宕神社さんへ。詩碑そのものでなくかたわらの説明板に光太郎の名が記されているという情報を得たもので。
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「仙台総鎮守」と称するなかなかに由緒あるお社でした。

広瀬川流れる岸辺の河岸段丘に鎮座ましまし、市街が一望、遠く見える雪山は蔵王山系でしょうか。
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碑は境内の一角に。
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説明板には確かに光太郎の名。さらに賢治や当会の祖・草野心平の名も記されています。ガセ情報ではなくて、胸をなで下ろしました。

さて、朗読公演に。

会場は宮城野区の「となりのえんがわ」さん。こちらも由緒ある納豆工場の一角、倉庫をリノベーションして作られたレンタルスペース的な施設です。
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どうせ車なのでということで、彩りを添えるために智恵子紙絵と油絵の複製、それから過日の連翹忌の集いで参会の皆さんに配布した様々なフライヤーの残部を持参。
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申し遅れましたが、今回の公演は智恵子抄づくし。
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荒井さんの一つのポリシー的な感じで、全体を一つの流れにし、荒井さん曰く「私は旗を持ってツアー客の皆さんを先導するガイドさんのようなもので、ついて来てくだされば全てがわかります」という形にしたいとのことでした。なるほど、と思いました。

その荒井さん。
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照明の関係であまり写りが良くありませんが、実物は実に可愛らしい方です(笑)。

お客様は20名ほど。皆さん、光太郎智恵子の世界に聴き入られていました。過日、花巻で宮沢賢治実弟の清六令孫の宮沢和樹氏、賢治の親友だった藤原嘉藤治の顕彰に当たられている瀬川正子さんと当方の鼎談「トークイベント 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」を聴きにいらした一関の方もいらっしゃり、ありがたい限りでした。

終演後、荒井さんと夕食。この後も智恵子の故郷・福島二本松などで朗読なさるとのことでそのあたりの打ち合わせを兼ねて。

光太郎智恵子、それから荒井さんは元々賢治ファンでもあらせられ、末永くその世界の伝道師としてご活躍いただきたいものです。

当方、今日はこの後、千葉に帰ります。「高村光太郎書誌」は休みます。

4月2日(木)、光太郎忌日の連翹忌に合わせての発行となる定期刊行物2種、ご紹介します。

まず当方も加盟しております高村光太郎研究会から、『高村光太郎研究(47)』。
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同会では毎年秋に研究発表会を行っておりまして、その際の発表者の方がそれを元に一文を寄せるという慣例になっています。そこで昨秋の第68回研究会の発表者、武蔵野美術大学さんの前田恭二教授が「雑司ヶ谷の季節―フユウザン会前夜を中心に―」。明治末から大正初めの一時期、智恵子も暮らした雑司ヶ谷に集った芸術家たちの人間模様、といった感じです。ちなみに『智恵子抄』所収の光太郎詩「郊外の人に」(大正元年=1912)の「郊外」は雑司ヶ谷です。

それから光太郎と年の離れた従妹で、令和4年(2022)、105歳までご存命だった故・加藤照さんの子息、加藤千晴氏の「高村光太郎の渡米」。ご自宅に残る資料等を活用されてのものでした。

当方の拙稿が2本。まず1年間で発見した『高村光太郎全集』に漏れていた光太郎文筆作品の集成「光太郎遺珠」。散文「『新世界文学全集』推薦文」(昭和15年=1940)、アンケート「こうあってほしい鶏卵肉」(昭和26年=1951)、雑纂で「『詩洋』二十周年記念の会挨拶」(昭和18年=1943)、「詩集『智恵子抄』初版正誤表」、それから書簡が10通ちょっと。戦後、神奈川県の小学校教師だった岩本飛行六に宛てたものが7通まとめて見つかりましたし、斎藤茂吉、木山捷平などビッグネーム宛ても(1通ずつですが)。他に参考資料として、花巻郊外旧太田村に隠棲中の光太郎の訪問記。おそらく武者小路実篤の娘婿・穣の執筆と思われます。光太郎の語った言葉が中心ですが、地の文と分離しにくいので参考資料扱いにしました。昭和22年(1947)のものです。

さらにこのブログの昨年12月末に4回に分けて掲載したものをアレンジして「高村光太郎没後年譜 令和七年(二〇二五)」。

あとは主宰の野末明氏による一年間の「光太郎文献目録」、「研究会記録・寄贈資料紹介・あとがき」です。

奥付画像、上の方に貼ってありますので、ご入用の方、そちらまで。

002続いて当会発行の『光太郎資料 65』。手作りの冊子です。印刷のみは印刷屋さんに頼んでいますが。

 「光太郎遺珠」から 岩手にて その三  
 光太郎回想・訪問記  宮本甲治 高村光太郎と出会う 
 光雲談話筆記集成 奈良の彫刻を観て 
 昔の絵葉書で巡る光太郎紀行   九十九里町(千葉県)
 音楽・レコードに見る光太郎
     丘灯至夫作詞「智恵子抄」(その一)
 高村光太郎初出索引 (昭和13年に初出のあったもの)
 編集後記 

「「光太郎遺珠」から」は、上記『高村光太郎研究』に20年ほど載せ続けている「光太郎遺珠」掲載作品をテーマや時期で区切って再掲しています。今回は昭和21年(1946)と翌年のもの。主に花巻郊外旧太田村での隠遁生活にまつわるものです。

「光太郎回想・訪問記」は、やはり太田村でそこに住んでいるのが光太郎とは知らずに偶然訪れたハンターが、後になって、あれは高村光太郎だったんだ、という、特異な回想文です。

「光雲談話筆記集成」は、光太郎の父・光雲の、確認出来ている限り最も古いもの。東京美術学校に奉職した明治22年(1889)の雑誌『国華』に載っていました。

それから、昭和9年(1934)に智恵子が療養していた九十九里浜の紹介、昭和39年(1964)、故・二代目コロムビア・ローズさんの歌唱でヒットした丘灯至夫作詞「智恵子抄」の紹介などとなっています。

ご入用の方はお申し付け下さい。送料実費のみでお頒けします。

また、一金10,000円お支払いいただければ、永続的に年2回(4月と10月)、お送りします。必要であれば第37集以降のバックナンバーも(一部は品切れでコピー)。当会顧問であらせられた北川太一先生編集の第36集までは、手元に1冊ずつしかありませんのでお頒けできませんが。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)9 『マチス』

昭和14年(1939)12月10日 高見澤木版社 上村益郎編
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目次
 画論(1908・マチス) 高村光太郎  たわごと(1937・マチス) 硲伊之介
 マチスの頭のよさ 正宗得三郎     マチスを訪ふ 武者小路実篤
 マチス師のこと 青山義雄       マチス論 トオマス・クラヴン
 マチス伝その他 小野忠重
 年譜
 書誌

光太郎と軽く交流のあった、アンリ・マティスの大判の画集です。光太郎を筆頭に6名の解説文的な文章が掲載されています。

一昨日は光太郎忌日、第70回連翹忌でした。当日、『読売新聞』さん夕刊のコラムで触れて下さいました。

よみうり寸評

駅までの道中、川べりの土手で菜の花が咲いていた。その先の桜並木はもう満開。薄紅の花びらによる天然の回廊を道行く人が時折、立ち止まって見上げていた。◆草木の色の共演が楽しい季節になった。黄色の花を鈴なりにつける連翹(れんぎょう)も、街角に春を告げる使者であろう。きょう2日は、この花を好んだ詩人高村光太郎の命日、連翹忌である。今年で没後70年となる◆高村は「手紙に添えて」という詩のなかで、自然の美を生み出すこの世界を〈不思議に満ちた精密機械の仕事場〉と表現し、こう続けている。〈たった一度何かを新しく見てください/あなたの心に美がのりうつると/あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます〉◆心を病んだ妻智恵子を最期まで愛した高村は晩年、岩手県の山小屋で隠遁(いんとん)生活を送った。ひとり自然と向き合い、時間の裏や空間の外に心が飛ぶ経験をしたのかもしれない◆行き過ぎて尚連翹の花明り(中村汀女)。世俗を離れられぬ身なれども自然の美に心震わす感性は持ち続けたいものである。

引用されている「手紙に添へて」は昭和13年(1938)1月の作。全文は以下の通りです。題名を含め『読売』さんでは新仮名遣いで表記していますが、旧仮名遣いで。

   手紙に添へて

 どうして蜜柑は知らぬまに蜜柑なのでせう
 どうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
 中にかわいい部屋を揃へてゐるのでせう
 どうして蜜柑は葡萄でなく
 葡萄は蜜柑でないのでせう001
 世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場
 あなたの足は未見の美を踏まずには歩けません
 何にも生きる意味の無い時でさへ
 この美はあなたを引き止めるでせう
 たつた一度何かを新しく見てください
 あなたの心に美がのりうつると
 あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます
 どんなに切なく辛(つら)く悲しい日にも
 この美はあなたの味方になります
 仮りの身がしんじつの身に変ります
 チルチルはダイヤモンドを廻します
 あなたの内部のボタンをちよつと押して
 もう一度その蜜柑をよく見て下さい

さて、連翹忌当日、光太郎が戦後の7年間隠棲した花巻郊外旧太田村では、太田地区振興会さん主催で、光太郎を偲ぶ「詩碑前祭」が開催されています。「詩碑」は、光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)敷地内の「雪白く積めり」碑。以前は5月15日(昭和20年=1945に光太郎が疎開のため東京を発った日)を記念する「高村祭」がこの碑の前で行われていました。昭和33年(1958)、光太郎自筆の原稿用紙を元に、実弟にして鋳金分野の人間国宝となった光太郎実弟の豊周がブロンズパネルに鋳造して作られ、地下には光太郎の遺髯が納められています。

今年、現地は霙(みぞれ)だったそうで、詩碑前ではなくやはり同じ敷地の高村光太郎記念館さんで開催したとのこと。岩手恐るべしで、数年に一度はこの日が雪だったりします。
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地元の皆さんが光太郎詩の朗読をなさって下さっています。中には生前の光太郎をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

都内で連翹忌を主催している立場上、こちらには伺えませんが、末永く続いて欲しいものですし、5月15日の「高村祭」の復活も心より祈念いたしております。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)8 『青沼彦治翁遺功録』

昭和11年(1936)9月5日 菅原京司編刊
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目次
 青沼彦治翁遺功録序 鎌田三之助
 序 衆議院議員 岡田喜久治
 序 国幣中社志波彦神社塩竃神社宮司 古川左京
 序 高村光太郎
 遺功写真集
 緒言
 青沼家の家系と翁の略譜
 青沼家系図
 翁の経歴
 翁の村葬
 弔詞
 青沼彦治翁の御遺徳を偲びて 青沼幸之助
 遺徳千歳 雲洞庵 新井石龍
 青沼翁の為に聊か無縫塔を描く 壽徳寺住職 熊谷泰壽
 宿植徳本 修禅寺住職 武中文山師
 発菩提心修菩薩行 南浦静夫
 翁の功徳也不朽 龍興院 高塲泰映氏
 神社より見たる翁 斗瑩神社社掌 橋本純氏
 本県酒造組合に対する翁の功績 宮城県酒造組合長 小野惣助
 青沼翁を憶ふ 高清水小学校長従七位勲六等 鎌田謙吉
 所感 古川町長 佐々木君五郎
 青沼彦治君の片影 宮城県古川商業学校長 三原篤治
 翁の報謝生活と其の識見 元古川税務署長 大友喜四郎
 青沼彦治翁を偲ぶ 前大日本体育協会専務理事 佐藤武雄
 所感 株式会社七十七銀行頭取 大庭経之輔氏
 青沼翁を憶ふ 同七十七銀行副頭取 氏家清吉
 我が大崎酒造業界に於ける青沼彦治翁の功績を偲ぶ
 宮城県酒造組合古川支部長 新澤順吉
 青沼彦治翁を追慕して 仙台警察署長 千葉与左衛門
 感想 古川警察署長 舘山久米蔵
 感想 宮城県古川高等女学校長 田中浅次郎
 青沼彦治翁に対する感想 古川裁縫学校長 尾花勇
 故青沼翁を追憶す 元古川中学校長 山下勝太郎
 青沼彦治翁の一面 元志田郡長 下山鉄之助
 偉材青沼彦治翁 遠田郡北浦村長 千葉多利司
 翁の映像 札幌市 農学士 松本精一
 翁を通しての私感 同 医学士 松岡幸七
 青沼彦治翁遺功の片鱗 元荒雄小学校長 川田素助
 荒雄村在郷軍人分会と青沼翁 帝国在郷軍人会荒雄村分会長 工藤観禅
 翁と吾等の団体 荒雄村婦人会長 早坂いし
 翁の功績と感想の一端 荒雄村消防組頭 矢越亥八郎
 所感 仙台市 三神備克
 翁を思ひ出づるがまゝに 赤尾穆如
 翁を偲びて 仙台市七十七銀行塩竃町支店長 鈴木充仁
 所感 玉造郡鳴子温泉 高野善兵衛
 私の翁に私淑せる動気 古川町 佐々木与右衛門
 青沼彦治翁の幼時 小牛田駅前 伊勢忠太郎
 感想 荒雄村役場財務課 竹中明
 郡村分合に就て 荒雄村長濱 高橋悟
 所感 古川町 豊島庄之助
 所感 東京市宮城館主 浅野謙六
 福浦区民鎮守の森に翁の遺徳を偲ぶ事 荒雄村福浦区学務員 佐々木忠之助
 翁の先見 荒雄村字馬寄区学務員 青沼敏夫
 在りし日の翁を慕ひ
 荒雄村馬寄区村会議員兼馬寄耕地整理組合会計 佐々木正衛
 大旦那様と私 青沼商店内 佐藤覚右衛門
 鴻恩に浴せし私の所感 同 菅泉亀治
 感激 同 青沼養蔵
 旦那様と建築 荒雄村字江合大工職 村田吉助
 感想録 古川町 鉄工職 鈴木寛三郞
 青沼彦治翁の芸術感に就いて 古川町川端 表具師 横山豊助
 御主人公御夫妻と成田山 古川町裏町 武力職 石川萬
 所感 樋口光平
 青沼彦治翁と厥郷土 古川町横町電気器具商 大泉良平
 青沼彦治翁の葬儀 荒雄小学校高等二年生 千葉義夫
 故青沼彦治翁に就いて 荒雄小学校高等一年生 青沼常雄
 所感 龍銅院檀頭 早坂与兵衛
 所感 素荒雄村長 相沢琢造
 荒雄村基本財産 現荒雄村助役 高橋勇吉
 村の恩人青沼翁 同助役 高橋勇吉
 青沼彦治翁を憶ふ 荒雄小学校長 土田徹三
 翁の赤誠奉安殿を新築寄付す 同校長 土田徹三
 翁の教育に与せられし厚儀 同校長土田徹三
 青沼彦治翁の至誠と敬神思想 神官 祇園寺大亮
 青沼彦治翁龍洞院に対する功績所感 龍洞院住職 工藤観禅
 信心歓喜を忍ぶ 工藤観禅
 翁を偲びて 荒雄村馬寄排地整理組合長 佐々木与一
 噫青沼翁 荒雄小学校内 三浦利康
 所感 同小泉区 関庸之助
 所感 青沼勇吉
 感想 佐々木壽治
 余録

たぶん函がついていたと思うのですが、手持ちのものには欠けています。

青沼彦治(慶応2年=1866~昭和10年=1935)は宮城県志田郡荒雄村(現・大崎市)で醸造業を営んでいた素封家です。大正14年(1925)、光太郎が父・光雲の代作でその銅像原型を制作しました。像は戦時中の金属供出のため現存せず、台座のみが大崎に残っています。

この書籍は主に地元の人々が青沼の功績を讃える文章等を寄せたものです。光太郎の文章は「序」となっていますが、序文的な内容ではなく、おそらく通常の寄稿者と同様に寄稿したもの。数多い執筆者中の特筆すべき人物ということで巻頭に置き、「序」の扱いとしたかと思われます。全文はこちら。十数年前に見つけたもので、『高村光太郎全集』には漏れていました。青沼像について詳細に述べているのはこの文章のみで、貴重なものです。

下記はこの書籍に載った青沼像の写真の一部です。左下の方には光太郎、光雲、豊周の父子三人も写っています。
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昨日は光太郎忌日・第70回の連翹忌でした。

夕方には光太郎智恵子ゆかりの老舗洋食店・日比谷松本楼さんにて関係の皆様にお集まりいただいての集いを開催いたしましたが、その前にルーティンとして2箇所の墓参。

まず文京区の浄心寺さん。永らく連翹忌の集いを主催されてきた北川太一先生ご夫妻の奥津城があります。「桜のお寺」としてもそこそこ有名です。
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続いて豊島区の染井霊園、光太郎らの眠る髙村家墓所。
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どちらも既に供花が成されていました(髙村家の方はレモンも)が、自宅兼事務所から剪って持参した連翹を追加で。それぞれに「いわずもがなですが、今宵は連翹忌の集いです。お見守り下さい」と祈願。

染井霊園周辺の旧染井村はソメイヨシノの発祥の地ということもあり、見事でした。年によってはもう散ってしまっている場合があるのですが、今年はまだ満開でした。
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正午前、千葉の自宅兼事務所を愛車で出発した際はまだ雨天でしたし、都内に入っても止んでいませんでしたが、午後2時過ぎのこの段階では青空となり、助かりました。

そして集いの会場、千代田区は日比谷松本楼さんへ。

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持参した光太郎遺影(写真家で光太郎令甥の故・髙村規氏撮影)と、連翹。
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配付資料の袋詰め、受付準備等、多くの方にお手伝いいただき、万全の備え完了。感謝に堪えません。

関東一円を中心に、大阪、長野、山梨、岩手、宮城、福島など各地からお集まりいただいたのは総勢65名。年度初めの平日にもかかわらず、この点も感謝感激でした。
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17:30分過ぎ、当方による開会宣言の後、光太郎、そしてこの1年に亡くなった関係の方々にという意味も込めて黙祷。

その後、5名ご参加下さった光太郎親族を代表し、光太郎令甥子息・髙村達氏に献杯の音頭を取っていただきました。
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そしてしばし喉を潤し、腹ごしらえ。着席ビュッフェ形式です。

恒例のスピーチ。

やはり光太郎親族(光太郎のすぐ下の妹・しづ(静子)令孫)の山端加寿子様、ご主人の通和様、そのご近所さんで、光太郎の親友だった水野葉舟令曾孫にして、やはり光太郎と親交の深かった尾崎喜八令孫でもある石黒敦彦氏。
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光太郎と同じ血を引くしづ(静子)が、やはり文才にも恵まれていたのでしょう、味のある俳句をたくさん遺し、その句集を刊行されるそうで、そのあたりを宣伝していただきました。
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光太郎第二の故郷・岩手花巻の高橋信一郎氏。一昨日付で市立高村光太郎記念館館長の役職に成られた方です。それから同じく花巻のやつかの森LLC・藤原正代表。
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続いて、デザイナーの杉本光志朗氏とフリーアナウンサーの早見英里子氏のご夫妻。お話に聞き入っていたらお二人の写真を取り忘れました。すみません。何と、連翹忌テーブルウェアを制作なさってくださいました。会場内でもご販売。
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ここで、実は大トリにと考えていたのですが、「みんな酔っ払う前にさっさとやらせてよ!」と、ある意味強引な(笑)渡辺えりさんと一色采子さんの女優コンビに光太郎智恵子の詩文朗読をしていただきました。渡辺さんの亡きお父さまは戦時中、戦後と光太郎と交流があり、一色さんのお父さまの故・大山忠作画伯は智恵子と同郷で、智恵子を描いた作品が複数おありでした。
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大輪の花を添えていただき、ありがとうございました。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰に当たられている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さん熊谷健一代表、東京青森県人会・山田安秀氏。
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光太郎智恵子がらみの公演を昨年もいろいろやられたテルミン奏者・大西ようこさん、朗読家・荒井真澄さん。お二人プラスご欠席でしたが箏曲奏者の元井美智子さんとのトリオで、昨春に続いて今秋、二本松の智恵子生家で朗読と音楽演奏のコンサートを予定しています。
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「高村光太郎研究会」主宰の野末明氏。それから今回初めてのご参加で、NHKさんの安藤佳祐アナウンサー。安藤アナはお父さまの仁隆氏が高村光太郎研究会会員でして、ご自身も平成25年(2013)に千葉市美術館さんで開催された企画展「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」の関連行事としての北川太一先生の講演「ひとすじの道―光太郎研究を回顧して―」(当方、「聞き手」でした)をお聴き下さったそうで。
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「きょうの料理」の司会、「あさイチ」のレポーターなどを務められている安藤アナ、女性陣に大人気でした(笑)。
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智恵子が学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術研究所の坂本富江氏、光太郎と親交のあった高田博厚顕彰のさかんな埼玉県東松山市役所の矢部良明氏。
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矢部氏は昭和58年(1983)、同市の新宿小学校さんに建てられた光太郎碑の除幕の際、児童代表としてご挨拶なさった経験をお持ちです。
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また写真を取り忘れましたが、つい先日もステージを拝聴したソプラノ歌手の黒川京子氏、お仲間のメゾソプラノ清水邦子氏。お二人は昨秋、杉並公会堂さんで開催された「POEM*CONCERTⅣ ほんとうの幸い 宮沢賢治も夢みた世界」にご出演、同じシリーズで今秋には光太郎をメインで扱って下さるそうで、ありがたいところです。
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信州安曇野碌山美術館さんで、一昨日に新館長に就任された平沢重人氏。また4月22日(水)には碌山忌ですぐお会いするのですが(笑)。最後に中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会の曽我貢誠氏。
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他にももっとスピーチを賜りたかったのですが、そうもいかず、20:00閉会。実に盛会となりまして、喜びに堪えませんでした。

また、お体の具合が思わしくないとか年度初めの平日で日程が合わないとかで欠席の方々からも、「盛会を祈念いたします」的なメッセージがたくさん寄せられ、ありがたく存じました。

基本、どなたにも門戸を開いております。このような肩の凝らない催しですし、ご興味持たれた方、二の足を踏まれているという方など、来年以降よろしくお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)7 『現代詩三十講』

昭和9年(1934)1月20日再版(初版刊行年月日不明) 四明社 大井清吉編
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目次
 詩の本質・形式 川路柳虹   詩学叙説 外山卯三郎
 西洋詩歌論 西脇順三郎    日本詩歌の発達 土田杏村
 日本歌謡の新研究 藤澤衛彦 
 童謡及民謡論
  童謡論 民謡論 北原白秋   小唄流行時代 西條八十
  現代童謡の鑑賞 濱田廣介   現代民謡の鑑賞 佐藤惣之助
  児童自由詩の問題 百田宗治  童謡・童詩の指導に就て 富原義徳
 仏蘭西近代詩研究 山内義雄   英米新興詩派の研究 阿部知二
 ダダと超現実主義(シユル・レアリスム) 瀧口修造
 純粋詩とフオルマリスム 春山行夫
 詩話十講
  小曲について 生田春月   生きた言葉 高村光太郎
  詩と散文 西條八十     詩と社会性 白鳥省吾
  詩作について 千家元麿   作詩の信條 佐藤惣之助
  詩劇と叙事詩 福田正夫   僕の詩に就て 佐藤春夫
  詩作に就いて 室生犀星   予の詩論の一縦断面 日夏耿之介

光太郎の散文「生きた言葉」が掲載されています。書き下ろしではなく昭和4年(1929)の『時事新報』が初出です。他の執筆者の掲載文について、寡聞にして存じませんが、やはり他からの転載なのでしょうか。

ちなみに「生きた言葉」についてちょっとした発見がありまして、いずれこのブログでご紹介します。

今日、令和8年4月2日(木)は、第70回連翹忌です(「光太郎忌」という呼称は使っておりません)。本日午後には当方は、光太郎らの眠る染井霊園の髙村家墓所に参拝、その後、日比谷松本楼さんで全国から関係の方にお集まりいただき、集いを開催いたします。
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毎年同じようなことを書いていますが、昭和31年(1956)4月2日早暁、季節外れの大雪にすっぽり包まれた中野の中西利雄アトリエで光太郎が没し、ちょうど70年が経過しました。

翌年、同アトリエで記念すべき第一回連翹忌の集いが執り行われました。その際はリンゴ箱に板を渡し、テーブルクロス代わりの白い布を敷いただけの即席会場だったそうですが、50人ほどが集まり、光太郎を偲んだそうです。「連翹忌」の名付け親は、発起人だった佐藤春夫や草野心平でした。席上、春夫は黒い手帳を取り出し、次の短歌を披露しました。
 
  れんげうにかなしみのいろあらたなりきみゆきてよりひととせをへぬ
 
以後、一ツ橋如水会館、銀座資生堂パーラーなどに会場が変遷しつつ集いは連綿と続き(パリでの開催もありました)、平成11年(1999)から日比谷松本楼さんに会場が落ち着いて今日に至っています。 日比谷松本楼さんは、明治末に光太郎と智恵子が訪れ、現在でも名物の氷菓(アイスクリーム)を食べた店ですし、光太郎も参加した芸術運動「パンの会」会場として使われたこともありました。途中、東日本大震災やコロナ禍により、集いは中止して代表者による染井霊園墓参だけとした年もありましたが、まがりなりにも70回の節目を迎えられたことを喜ばしく存じます。ひとえに皆様方のご協力の賜物と感謝いたしております。

連翹忌が今日であることにちなみ、近い日でということで、明後日、NHKラジオさんが光太郎の肉声を流して下さいます。来週土曜と2週連続の前後編です。

保阪正康が語る昭和人物史 詩人・彫刻家 高村光太郎

NHKラジオ(AM) 2026年4月4日(土)/4月11日(土) ともに12:15-12:45

「放送100年 保阪正康が語る昭和人物史」は2026年4月からタイトルが「保阪正康が語る昭和人物史」になります。放送時間はNHK AM 土曜昼0時15分からです。放送後1週間、らじる★らじる聴き逃し配信でいつでも聴くことができます。

詩人で彫刻家の高村光太郎は、明治16年東京生まれ、東京美術学校を卒業した後、詩集「道程」を発表し注目されます。その後のちに妻となる長沼智恵子と生活を共にし、昭和16年に詩集「智恵子抄」を出版します。昭和27年3月にラジオ第2で放送した「自作朗読」では、光太郎が「千鳥と遊ぶ智恵子」などの詩を朗読。昭和29年1月に文化放送で放送した「彫刻と人生」では、智恵子の思い出や岩手での一人暮らしを語っています。

出演 保阪正康 梯久美子
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ついでというと何ですが(笑)、当会の祖・草野心平編が4月18日(土)と4月25日(土)です。

光太郎編については制作に協力させていただきました。流される肉声のうち、「彫刻と人生」は美術史家で晩年の光太郎に親炙した奥平英雄との対談で、昭和28年(1953)12月27日の録音、翌年1月7日に文化放送さんでオンエアされました。奥平著『晩年の高村光太郎』特装本(瑠璃書房 昭和52年)に対談を収録したカセットテープが附録として付いており、そちらをお貸ししました。NHKラジオさんで光太郎の肉声は、一昨年、昭和24年(1949)に花巻郊外旧太田村での暮らしぶりを語った「朝の訪問」(聞き手は高橋忠アナウンサー)、同じ題で昭和27年(1952)に詩人の真壁仁と対談した録音も平成28年(2016)に使われ、それらNHKさんのアーカイブに残っている以外に何か無いか? というので。

ぜひお聴き下さい。

それから、連翹忌が近いからというわけではないのかもしれませんが、立て続けに新聞各紙に光太郎の名が。

3月31日(火)、『岩手日報』さん一面コラム。

風土計

通り雨が降る午後5時。東京・千駄木の通りで若い女性の工員たちと高村光太郎はすれ違う。その時の情景を詩にしている。〈ああすれちがつた今の女工達/丸善インキ工場の女工達/君達は素直だな〉▼〈さびしさうで賑(にぎ)やかで/つつましさうで快活だ/いろんな心配事がありさうで/又いろんな夢で一ぱいさうだ〉。寂しそうで控えめでも、にぎやかで快活。不安と夢が入り交じる工員たちを詩人は優しく見守る▼年度末の今だからかもしれない。若さへの賛歌であろうこの詩が、新たな一歩を踏み出す人への応援歌に響いてくるのは。あすの入社式に臨む若者たちも、いろんな心配事とともに、いろんな夢でいっぱいだろう▼新入社員だけではない。きょう退職辞令を受け、新しい世界に飛び込む人がいる。継続雇用でも、違う仕事に取り組む人がいる。転勤で新天地に赴く人がいる。不安と夢が入り交じるのは年齢に関係あるまい▼まだ見ぬ未来には、どんな世界が待っているのだろう。詩人は工員たちの姿に想像力を働かせる。〈さびしいが又たのしい世界/遠いやうで又近いやうな世界だ〉と▼入社の後も、退社してからも、人生の道のりは長い。長渕剛さんの「乾杯」から借りれば〈遙(はる)か長い道のりを歩き始めた君に幸せあれ〉。新たな世界で、「いろんな夢」がかないますように。

引用されている詩はずばり「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)。

   丸善工場の女工達

 「それでも善い方なのよ003
 傘貸してくれる工場なんか外に無い事よ」
 番傘の相合傘の若い女工の四五人連れ
 午後五時の夕立の中を
 足つま立つて尻はしよりしをらしく
 千駄木の静かな通を帰つてゆく

 ああすれちがつた今の女工達
 丸善インキ工場の女工達
 君たちは素直だな
 さびしさうで賑やかで
 つつましさうで快活だ
 いろんな心配事がありさうで
 又いろんな夢で一ぱいさうだ
 想像もつかない面白い可笑しい夢でね
 有り余る青春に
 ぱつと花開いた君達だ
 君達自身で悟るには勿体ないほどのだ酣酔だ
 八百屋から帰つて来る
 こののつぽのをぢさんを
 君達の一人は見て笑つたね
 をぢさんはその笑が好きなんだ
 いはれも無く可笑しい笑を
 ああ何といふ長い間私は忘れてゐた事ぞ004

 丸善の番傘の中に一かたまり
 若い小さな女工達は
 雨のしぶきに濡れながらいそいそと
 道をひろつて帰つてゆく
 どうやら通り雨らしい土砂降の雨あし
 ふと耳にした女工の言葉に
 不思議な世界は展開する
 さびしいが又たのしい世界
 遠いやうで又近いやうな世界だ
 何処かでもうがちやがちやが啼き出した

丸善インキ工場は、本郷区駒込林町(現・文京区千駄木)の光太郎アトリエ兼住居の近くにありました。

続いて掲載順は前後しますが、3月30日(月)の『日本経済新聞』さん夕刊。

匂いで読む、大地の予兆 土壌学者・藤井一至

 ここだけの話だが、私には特殊能力が備わっている。そう思っていた。雨が降る直前に気付く。風が匂うのだ。
 残念ながら、私以外にも類似の能力を持つ人々がいる。詩人、高村光太郎もその一人だ。「五月の土壌」には「野に まんまんたる気魄(きはく)はこもる (中略) 一面に沸き立つ生物の匂よ (中略) わが足に通(かよ)つて来る土壌の熱に 我は烈(はげ)しく人間の力を思ふ」という一節がある。土の生命力を讃(たた)えている。私は雨の匂いをエッセーに、高村光太郎は土の匂いを感知して詩に残した。
 まだ5月ではないが、すでに土は匂い始めている。温暖化の影響だろうか、約110年前(大正3年)の東京の5月上旬の気温(16度)と現在の3月下旬の暖かい日の気温は近い。冬のあいだは土の匂いは少ないが、虫が動き出す暦(啓蟄(けいちつ)。今年は3月5日)を前後して土は匂いを増す。生物活動の証(あかし)だ。
 特に、長く乾燥した土に雨が降ると、独特の香りがする。これはペトリコールと呼ばれ、ペトロスは石、イコールは神々の霊液を意味する。厳密には、石ではなく土から、神々の霊液ではなく根や微生物のエキスが出ている。乾燥を耐え抜くために植物や微生物が体内にため込んだ物質、雨によって死んだり増えたりした微生物の代謝産物、すなわちオナラが放出される。ペトリコールは単一の物質ではなく、数十以上の揮発性物質を含む。土の匂いは空気と反応し、雷とともにオゾンも発生させる。私が雨の直前に感知していたのも土の匂いだった。
 雨が続くと「大地の香り」と呼ばれる匂い物質、ゲオスミンが増加する。放線菌(ストレプトマイセス属の細菌)が出すオナラだ。かつて砂漠の町を結ぶシルクロードを旅したラクダのキャラバンが迷子にならなかったのは、オアシスから漂うゲオスミンのおかげだ。細菌の出す匂いがラクダを呼び寄せ、ラクダが土を掘って水にありつくと、胞子が鼻に付着して細菌は労せず胞子を拡散できる。私の特殊能力はラクダの鼻と同じで、多くの人の嗅覚は土の匂いを敏感に感知できることが分かっている。私の特殊能力はラクダの鼻と同じで、多くの人の嗅覚は土の匂いを敏感に感知できることが分かっている。科学はいろいろと面白いことを教えてくれるが、私に現実を直視することを迫る厳しさもある。
 皆が土の匂いを感知できることで落ち込んでいるのは私だけで、社会的にはプラスの面が大きい。土砂崩れが起きる手前、近隣住民から「腐った土の匂いがした」という証言が多数ある。この前兆もゲオスミンだ。酢酸発酵と同じ原理で、湿った土で増加する酢酸を取り込んだ放線菌がゲオスミンを大量に発生させる。伝統的な知恵と先端科学を活かせたならば、事前に避難して命を守る可能性が増す。
 ゲオスミンは魚や水道の泥臭さの原因物質でもあり、私たちは口にする前に鮮度を判断できる。一方で、ゲオスミンはワインの香りに深みを与えることもある物質だ。特殊な匂いに気付くことができるかどうかは、日ごろから匂いを意識しているかどうかにかかっている。例えば、森からは松由来のピネン、広葉樹由来のリモネン(レモンの香り)などがごく微量に含まれている。土の中のあまたの微生物たちが放出している名もなき物質も多く含まれる。季節の香りを楽しむ特殊能力を持つのは私だけではないのだから。 

「土壌」といえば宮沢賢治のような気もしますが(笑)。こちらで引用されているのは「五月の土壌」。内容的には、戦後花巻郊外旧太田村に隠棲し晴耕雨読の生活に入ってからのような感じですが、第一詩集『道程』に収められた大正3年(1914)、初期の詩です。

    五月の土壌

 五月の日輪はゆたかにかがやき
 五月の雨はみどりに降りそそいで
 野に
 まんまんたる気魄はこもる
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 肉体のやうな土壌は
 あたたかに、ふくよかに
 まろく、うづたかく、ひろびろと
 無限の重量を泡だたせて
 盛り上り、もり上り
 遠く地平に波をうねらす

 あらゆる種子をつつみはぐくみ
 虫けらを呼びさまし
 悪きもの善きものの差別をたち
 天然の律にしたがつて
 地中の本能にいきづき
 生くるものの為には滋味と塒とを与へ
 朽ち去るものの為には再生の穏忍を教へ
 永劫に
 無窮の沈黙を守つて
 がつしりと横はり
 且つ堅実の微笑を見する土壌よ
 ああ、五月の土壌よ

 土壌は汚れたものを恐れず
 土壌はあらゆるものを浄め
 土壌は刹那の力をつくして進展する
 見よ
 八反の麦は白緑にそよぎ
 三反の大根は既に分列式の儀容をなし
 其処此処に萌え出る無数の微物は
 青空を見はる嬰児の眼をしてゐる
 ああ、そして
 一面に沸き立つ生物の匂よ
 入り乱れて響く呼吸の音よ
 無邪気な生育の争闘よ

 わが足に通つて来る土壌の熱に
 我は烈しく人間の力を思ふ

なるほど、「一面に沸き立つ生物の匂よ」。ふと思ったのですが、光太郎詩には「におい」「香り」が盛り込まれているのが結構あるような気がします。まんま「にほひ」という題名の詩(明治42年=1909)ともありますし、かの「レモン哀歌」(昭和14年=1939)では「トパアズ色の香気」。他にもあったような……。それを言えば、嗅覚以外にも味覚、触覚、聴覚、そして当然視覚の五感がフル活用されているようにも感じます。「五月の土壌」でも「入り乱れて響く呼吸の音」だの「わが足に通つて来る土壌の熱」だの……。こんなところに着目すれば論文の一本二本、直ぐに書けそうです(笑)。

もう1件、『東京新聞』さん。

〈視点〉「ふるさと」とは何か 福島へのラブレター 前福島特別支局長・片山夏子

 桜、菜の花が一斉に開花し、春の訪れを知らせる。福島市の支局に着任して5年8カ月。4月からは東京本社での勤務になる。
 「ある日突然、住んでいた町から人が消えた。いったいどこに消えたんだろうって不思議な気持ちになる。人の声も、生活の音も、夕飯の香りも」
 原発事故が起きた年の暮れ。福島第1原発で働く福島県浪江町の作業員が、避難で人影が消えた町の写真を見せながらつぶやいた言葉が心に残る。「何年かかっても帰りたい。山があって海があって、何があるってわけじゃないけど何より人がいい。1人でふらりと飲みに行っても親しい飲み仲間ができる。そんな町だった」
 ふるさととは何か。東京で生まれ育った私は「何年たっても故郷に」という記事を書きながら、このとき何もわかっていなかった。原発事故から10年を前に、福島に住むようになってようやく「ふるさと」の意味を実感していく。
 磐梯山、安達太良(あだたら)山、信夫(しのぶ)山…。福島の山は、雄大で険しい山もあるが、やさしい稜線(りょうせん)の山が多い。県内どこを車で走っても、周囲を山々に囲まれ、山に抱かれているような気持ちになる。それを自覚したのは、郡山市から新潟市に避難した人が福島を懐かしむ言葉がきっかけだった。「新潟にも海も山もある。でもここは平地が広く、海も山も遠く感じる」
 避難先の家々を訪ねると、よく「ふるさとに風景が似ているからここにした」と聞いた。その気持ちに胸が痛んだ。
 詩人・高村光太郎の「智恵子抄」に書かれた「ほんとの空」の意味も知った。福島では、朝焼けから夕焼け、星空まで、とにかく空をよく見た。それは日常であり、空を見て地震が来ないか、あすの天気はどうかと地元の人に教えてもらった。いくつの美しい夕日を見ただろう。周辺の山々や紺碧(こんぺき)の海とともに心に残った。
 ふるさとの風景だけではない。避難で地域のつながりが無くなったことは人々を打ちのめした。「車が通れば誰の車かすぐわかった」「雨が降ったら洗濯物を誰かが取り込んでおいてくれた」「野菜も魚ももらったりあげたりだった」「悩んでも、近所でお茶飲みしながら話すうちに気持ちが晴れた」「地域みんなで子育てをし高齢者を手伝うのは当たり前だった」
 言葉の問題もあった。「福島の言葉が聞きたくて」。福島いのちの電話には、県外避難者からそんな電話がかかってくるという。
 福島第1原発に他県から来た作業員から「コンビニでも話しかけてくれる。地元の人と交流するうちに、福島のために役に立ちたいと思うようになった」とよく聞いた。福島のために、と思わせる人間関係や人柄の良さがあった。
 いつの間にか福島は私の帰りたい場所になっていった。そして思う。記者として話を聞き、1人でも心が少し晴れる時間がつくれただろうか。これは6年近く住み、これからも通う福島へのラブレターである。

今年は福島二本松出身の智恵子生誕140周年にもあたります。光太郎没後70年と併せ、各地でそれらを記念してのイベント等が計画(一部は既に実施)されております。

今後ともその灯を絶やすことなく、次の世代へと引き継いでいきたいと存じますので、 さらなるご助力をお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)6 『近代作家論』岩波講座世界文学第九回配本

昭和8年(1933)8月15日 岩波書店 
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目次
 ホヰツトマン 長沼重隆  ボオドレエル 辰野隆
   ヹルハアラン 高村光太郎
 ショオ 石田憲次     ウェデキント 相良守峯  カイザー 武田忠哉

光太郎は敬愛していたベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレンについて書きおろしています。

分冊もののペーパーバックで、同じシリーズに光太郎単独執筆の『現代の彫刻』があります。同じ年に出た第7回配本でした。

光太郎と同じくロダンによって目を開かせられ、光太郎の親友だった彫刻家・碌山荻原守衛関連で2件。

まず、守衛を顕彰する信州安曇野の碌山美術館さんで、建屋2棟が新たに国の登録有形文化財指定を受けました。

『信濃毎日新聞』さん。

独特な意匠が特徴 安曇野市の碌山美術館の休憩室と旧収蔵庫、国登録有形文化財に

 文化審議会が登録有形文化財にするよう26日に答申した安曇野市にある碌山美術館の休憩室「グズベリーハウス」と旧収蔵庫「美術の倉」。いずれも開館10周年を記念して建てられ、独特な意匠が特徴。地域の教員や子どもが建築作業に携わり、手作りの温かみが感じられる。
 グズベリーハウスは1968(昭和43)年に作品展示や来館者の休憩が可能な「付属館」として建設。枕木を積み上げた校倉造りで屋根が小石で覆われている。同市出身の作家臼井吉見(1905~87年)の小説「安曇野」のラストシーンにも登場する。
 美術の倉は70年完成。床面積は7・3平方メートル。同館が作品収蔵する市出身の彫刻家荻原碌山(本名守衛(もりえ)、1879~1910年)がキリスト教の影響を受けたこともあり、扉などに十字架の装飾をあしらっている。
 碌山美術館では、荻原の作品を展示・収蔵する教会風の建物「碌山館」が2010年2月に国登録有形文化財となった。碌山館も地元住民や県内の子どもの寄付と協力で建てられた。学芸員の武井敏さんは敷地内の建物が「地域のボランティア精神によって完成したという経緯にも価値がある」と話している。
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『市民タイムス』さん。

碌山美術館の「グズベリーハウス」と「美術の倉」 国の登録有形文化財に

 安曇野市穂高の碌山美術館にある2棟の建造物が、国の登録有形文化財に登録されることになった。来館者の休憩室として使われている「グズベリーハウス」と、作品の収蔵庫として使われた「美術の倉」で、どちらも石置き板ぶき風の屋根や、払い下げの枕木を積み重ねて造った壁体が特徴だ。敷地の雰囲気に趣を添えている。
 国の文化審議会が26日、登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申した。登録される県内建造物は9件で、中信では同館の2件。
 グズベリーハウスは山小屋風の平屋93.9平方メートルで、会議や休憩用の場所として昭和43(1968)年に建設された。美術館設立に尽力した彫刻家・笹村草家人のデザインで、臼井吉見の長編大河小説『安曇野』の結末にも物語の舞台として登場する。
 美術の倉は高床式の7.3平方メートル。作品収蔵庫の不足を受けて45年に建設され、約20年前まで現役で使われた。破風板の上部に多くの十字架を飾り、屋根はこけむして独特な外観を有している。
 両棟とも旧南安曇郡の教員や学生らがボランティアで建設工事に携わった。グズベリーハウスのはりには、高校生の手による「自由 平等 献身」の言葉が彫り込まれている。学芸員の武井敏さん(52)は「ボランティアから始まった碌山美術館の成り立ちの一部を象徴している。珍しくもあり温かさもある建物を楽しんでほしい」と話している。
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SBC信越放送さん。

島崎藤村も訪れた楼閣風の建物や碌山美術館の展示施設も 新たに9件が国の登録有形文化財に登録へ

004 文豪の島崎藤村も訪れたという小諸市の水明楼や、安曇野市の碌山(ろくざん)美術館の展示施設など9件が、国の登録有形文化財に登録されることになりました。
 県の文化審議会が26日に文部科学大臣に対して登録有形文化財に登録するよう答申したものです。
 登録されることになったのは、長野市にある駒形嶽駒弓神社本殿、小山家住宅の主屋と土蔵及び離れ、長屋門、湯福神社の本殿と拝殿及び祝詞殿、小諸市にある水明楼、安曇野市にある碌山美術館のグズベリーハウスと倉の9件です。
 このうち、小諸市の水明楼は、小諸城跡南側の斜面に位置する小諸義塾塾長の木村熊二の旧書斎で、1900年に建設され島崎藤村なども訪れたという楼閣風の建物です。
 また、碌山美術館のグズベリーハウスは、1968年に美術館の開館10周年を記念して建てられたもので、払い下げられた枕木を積んで壁にしているほか、石置板葺風モルタル塗りの切妻屋根が特徴の山小屋風の展示施設です。
 登録有形文化財は、原則として建設後50年が経過し、国土の歴史的景観に寄与したり造形の規範になるなどしている建築物などを登録するもので、今回の9件が官報に告示されると県内の建造物の登録は671件になります。

最初、信越放送さんの記事見出しだけをネット上で見て、「碌山美術館」「登録有形文化財」といったワードで、てっきり本館にあたり、光太郎の名も刻まれた「碌山館」のことだと思い「あれっ?  とっくに指定されてたよな」と思いました。「碌山館」は平成22年(2010)に指定を受けています。
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ところが記事本体を読むと「グズベリーハウス」と「美術の倉」だとのことで「そっちかい」でした。
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「グズベリーハウス」は、毎年4月22日に開催される、守衛を偲ぶ碌山忌の集い会場です。毎回、冒頭に光太郎詩「荻原守衛」(昭和11年=1936)が参加者全員で群読されます。

「美術の倉」は、元々収蔵庫だったもので、上記鳥瞰図にはその名が記されていませんが、受付兼ミュージアムショップの隣に立つ校倉造りの建屋です。

ともに昭和40年代の建造で、それほど古いものではないのに、と思ったのですが、昭和40年代というともう十分にそういう対象なのですね。昭和30年代生まれとしてはある意味複雑です(笑)。冗談はさておき、文化財指定、実に喜ばしいことですね。痛みの激しかったグズベリーハウスも令和4年(2022)に行われたクラウドファンディングで集まった資金の一部で補修が成されましたし。

昨年急逝された、同館の理事も務められていた太田寛前安曇野市長も泉下で喜ばれていることでしょう。

もう1件。3月29日(日)に放映された、NHK Eテレさんの「日曜美術館」。この日は銀座の王子ホールさんで開催された「朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール」拝聴のため上京しておりまして、録画しておきました。帰ってから拝見したところ、碌山美術館さんにも触れられていまして、「おお!」でした。

この日の回は「日曜美術館」放映開始50周年記念の一環で、「放送開始50年特集 “わたし”の日曜美術館」と題された60分拡大版でした。スタジオには現司会者の守本奈実アナウンサーと坂本美雨さんに加え、歴代司会者のうち、檀ふみさん、井浦新さん、柴田祐規子アナウンサーが集われ、アーカイブ映像を振り返るというコンセプト。

その中で、初期の頃は各界の美術ファンが好きな絵画や芸術家について語る「私と○○」というコーナーがあったという流れで、碌山美術館さん。
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「私」が臼井吉見だったので、驚きました。臼井は昭和20年代、雑誌『展望』の編集長で、光太郎と交流の深かった人物です。光太郎は昭和22年(1947)、自身の半生と戦争責任を振り返る連作詩「暗愚小伝」20篇を『展望』に寄せ、一つのエポックメーキングとなりました。また、臼井は守衛や光太郎も登場する大河小説『安曇野』の作者でもあります。

当方、生きて動いている臼井の姿を動画で見るのは初めてでした。
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この言の裏側には、自身が親交のあった光太郎の姿も念頭に置かれていたのではないでしょうか。そして当方も自分自身光太郎顕彰に取り組む中で、いろいろ広がった人脈を思い、「そうなんだよなぁ」でした。

この頃の司会、太宰治息女の太田治子氏だったとは存じませんでした。司会と言えば、その後のアーカイブ映像で歴代司会者が続々映ったり、ビデオ出演されたりでしたが、こんな人も司会者だったんだと驚きの連続でしたし、臼井同様、存命だった美術作家や評論家などの生きて動いて喋っている姿もたくさんで、実に貴重だと感じました。

ちなみに同番組、光太郎メインの回(スタジオで収録を拝見しました)が「智恵子に捧げた彫刻~詩人・高村光太郎の実像~」として平成25年(2013)10月6日、光雲で「一刀に命を込める 彫刻家・高村光雲」が平成27年(2015)5月31日にそれぞれ放映されましたが、今回の中では紹介されませんでした。何せ2,500回にも及ぶ放映でしたので、いたしかたありますまい。

再放送が4月5日(日)にオンエアされます。

日曜美術館 放送50周年 放送開始50年特集「“わたし”の日曜美術館」

NHK Eテレ 2026年4月5日(日) 20:00~21:00

 日美50特集の総決算の今回は、長年番組を愛していただいた視聴者、そして出演者の皆さんへの感謝祭。歴代の番組司会者が大集合して、番組が伝えてきた“美”を振り返る。
  2026年4月に迫った放送開始50年へのカウントダウンとして、昨年10月から制作してきた「日美50」プロジェクト。その総決算となる今回は、長年番組を愛していただいた視聴者、そして出演者の皆さんへの感謝祭。案内役として歴代の番組司会者が大集合!スタジオだけでなく、VTRやナレーションでも懐かしいあの顔、あの声が。半世紀の歴史の中で番組が伝えてきた「美」の魅力を改めて振りかえる。

【出演】檀ふみ 井浦新 小野正嗣 はな 山根基世 柴田祐規子
【司会】坂本美雨 守本奈実
【語り】石澤典夫 加賀美幸子 森田美由紀
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ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)5 『世界美術全集別巻第七巻 西洋版画篇』

昭和5年(1930)12月15日 平凡社 下中弥三郎編
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目次
 総説
  西洋版画略史 石井柏亭     創始期の西洋版画 森口多里
  十八世紀の豔情版画 太田三郎  民俗版画 足立源一郎
  現代西洋版画展望 仲田定之助
 図版及解説

「図版及解説」中の「90 ユーゴー、ベローヌ ロダン作」を光太郎が執筆しました。分量はわずかですが、函には光太郎の名も執筆者として大きく掲げられています。

朗読メインの公演と、「朗読劇」と銘打ったそれと、2件ご紹介します。

まず、仙台から朗読。

となりのえんがわ企画「第二回声優による朗読の夕べ」

期 日 : 2025年4月5日(日)
会 場 : となりのえんがわ 仙台市宮城野区銀杏町4-29 宮城野納豆製造所敷地内
時 間 : 16:30開場 17:00開演 所要時間約1時間
料 金 : 大人1,500円 (当日券2,000円) 小中高生700円 カフェセット付き

出 演 : 声優・朗読家 荒井真澄

昨年11月に続き、となりのえんがわさんの企画で朗読のステージを務めることになりました。1回目は宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」を朗読しました。2回目は高村光太郎作品にスポットを当てます。2026年は智恵子さんが生誕140年光太郎さんが没後70年。お二人に想いを寄せて「智恵子抄」の中から、そして今お伝えしたい光太郎作品をセレクトしたいと思います。

私の求める朗読は、音楽のような朗読。聴く人の体に耳を通して自然に入ってしまう朗読です。人の耳にストレスなく届くことが1番大切だと考えています。心地よい声で内容が届くこと。今回もそれを目指して、皆さんに声で聴く文学を楽しんでいただこうと思います。

よろしければアイマスクご持参ください。寝てくださいということではありませんが眠っても大丈夫🙆‍♀️です。約60分でお届けします。敷地内に無料の駐車場があります。
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これまでも単独で、あるいはテルミン奏者の大西ようこさんや箏曲奏者の元井美智子さんなどと組まれて、「智恵子抄」系の朗読公演をなさってきた荒井真澄さん。今回はソロで「智恵子抄」だそうです。宮沢賢治ファンで、「銀河鉄道の夜」の朗読CDなどをリリースなさり、先月には花巻で開催され、当方も出演させていただいたトークイベント「光太郎と賢治―宮沢賢治全集ができるまで―」を聴きにいらして下さいました。また、明後日の光太郎忌日・連翹忌の集いにもご参加の予定です。

もう1件、こちらは都内で朗読劇公演。

朗読劇「ほんとの空・青い空」

期 日 : 2025年4月9日(木)~12日(日)全6公演
会 場 : シアター風姿花伝 東京都新宿区中落合2-1-10
時 間 : 4月9日(木) ・4月10日(金)19:00~  4月11日(土) 13:00~/19:00~
      4月12日(日) 12:00~/17:00~
料 金 : 4月9日(木)・4月10日(金)・4月12日(日)
       スペシャルシート(1.2列目) 8,000円 一般席 5,000円
      4月11日(土) 蒲鉾さち子氏によるBGM電子ピアノ生演奏
       スペシャルシート(1.2列目) 11,000円 一般席 8,000円
出 演 : 星宏美 津吹みゆ 駿河ヤマト 大滝ひかる 藤田光璃 内田茉莉花 清郷流号
      万姫 杉山菜穂 永森なつ美 堀越あやめ 岡本麻衣 上杉彩葉 山田ハチ

昭和から平成 そして令和へと繋なぐ家族の物語

令和8年春、父 時田 瞬と母 瑞季・娘の平和(ひより)は、小高い丘の公園にやってくる。ここは瞬と瑞季が出会った大切な場所だった。平成25年、亡くなった祖母の思いを継いで友人二人と公園にやってきた女子大生の瑞季は、そこでとある老人と出会う。持ってきた祖母の古い日記を老人に見せる瑞季。時は太平洋戦下の昭和19年、瑞季の祖母である高等女学校二年の佐々木和子のクラスに、田中智恵子という代用教員が赴任してくる。智恵子先生は、優しさの中にも芯の強さを持った女性であり、物語はこの智恵子先生と和子との絆を描きながら進んでいく。そして終戦・・・智恵子先生は? 和子は?・・・そして公園の老人の正体は?・・・

今作では、ラジオドラマでは描ききれなかったシーンと新たに令和時代を加筆し、作品により深みをましました。昨今、社会問題化されている先生と生徒の本来のあり方、生きることの尊さを描いたファミリーヒストリーです。
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複数スポーツ紙で「取材会」の模様が報道されています。

『日刊スポーツ』さん。

津吹みゆ 初の朗読劇心配は「福島なまりが出ないかどうか」

 女優星宏美(37)と歌手津吹みゆ(30)がダブル主演する朗読劇「ほんとの空・青い空」(東京・中落合のシアター風姿花伝、4月9~12日、6公演)の取材会が30日、都内で行われた。
 第2次世界大戦下の1944年(昭19)、高等女学校4年の佐々木和子(津吹)のクラスに代用教員の田中智恵子(星)が赴任してくる。2人の師弟愛を主軸にして生きることの尊さを描く。
 星は「お芝居を始めて20年たちますが初めて演出も手がけます。朗読劇ですが、情景を思い浮かべられるように、ひと言ひと言を自分のものにして伝えていきたい」と意気込みを明かした。
 津吹は「女学校4年の15歳の役です。時代的には祖父母と近い世代で、台本を読み進めると、今も各地で戦争が勃発しているし、まったく人ごとではない。1人でも多くの人に見てほしい。初の朗読劇でたくさんの学びがあります」。
 本職は歌手だ。「歌うのも朗読劇も詞の行間を読むのが通じている。歌も主人公の心情に寄せて歌うし、朗読劇も役柄になりきって心からせりふを言う」と説明した。そして「今回、ドキドキしているのが役が東京都出身なこと。私は福島出身なので、なまらずに最後までセリフを言えるかどうかが心配なんです。昨日もマネジャーさんに本読みを付き合ってもらったら、マネジャーさんも福島の出身。結局、なまっているのかどうかが分からないまま。歌はメロディーがあるからあまり気にならないが、そこは勉強していきたい」と真顔で心配していた。
 この日の会見では役の衣装で実施した。津吹は「昭和初期の格好ですが、もんぺがすごくしっくりしている。着替えた瞬間に周りの人から「写真から飛び出したみたい」と言われてうれしかった。学生時代はブレザーだったのでセーラー服に憧れていました」。
 星はこの日が津吹と初対面。「まだ本格的な稽古は始まっていないけれど、人となりがにじみ出ている。共演が楽しみです。一緒に切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」と期待した。
 男性歌謡ユニット、はやぶさの駿河ヤマト(32)と大滝ひかる(38)、藤田光璃(27)も登壇した。
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先月、キャスト募集の件でご紹介させていただいた際に書きましたが、元は令和2年(2020)のラジオドラマでした。

タイトルに光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語が入り、ダブル主演の主人公の一人の名が「智恵子」。太平洋戦争中の話がメインのようで、すでに『智恵子抄』は公刊されている時期です。ただ、どの程度『智恵子抄』オマージュの要素が入るのかは不明ですが。

それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)4 『ドラン画集』

昭和2年(1927)11月10日 アトリヱ社 
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目次
 著者肖像
 アンドレ ドラン  高村光太郎
 原色版
  裸体 風景 風景 マルチーグの松林(1912)
 単色版
  自画像 道化役者 不思議の森(1906) 音楽(1907) 風笛吹き(1911)
  公園を見下す窓(1912) マルチイク遠望(1913) 静物(1920)
  女の肖像・裸体(1920) 肖像(1920) 裸婦(1921) モデル(1922) モデル(1922)
  ペツクの風景(1922) 小橋(1922) サン シールの道(1922) 裸婦(1922)
  少年(1922) C夫人(1923) 裸婦(1923) C夫人(1923) 裸婦(1923) 
  栗色の髪のモデル(1924) ヴアルの風景(1925) 風景(1925) 静物 静物
  素描(1919) 素描(1921)   素描(1921) 素描(1921)

フランスのフォービズムの画家で、光太郎も影響を受けたアンドレ・ドランの画集です。光太郎は解説的な評伝「アンドレ ドラン」を寄せています。

光太郎以外の文章は載って居らず、その意味では光太郎の単独執筆に分類しても良いのかもとも思いますが、奥付に光太郎のはありませんし、とりあえず部分執筆扱いにしておきます。

昨日は久々に上京、銀座の王子ホールさんで開催された「朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール」を拝聴して参りました。
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令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲、「人に」「あどけない話」がプログラムに入っていまして、ご招待にあずかった次第です。
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アンコールまで含めて30曲余り、すべて朝岡氏の作曲です。これだけ精力的に歌曲を作曲、さらに発表なさっている例は稀有なのではないかと思います。「朝岡真木子歌曲コンサート」と銘打つ形はほぼこの時期の定期演奏会的な感じでもう9回を重ね、来年は第10回記念とすでに予告されています。それ以外の特別な演奏会もいろいろ手がけられていますし。

さらに特筆すべきは、全曲、ご自身でピアノ伴奏を弾かれていること。寡聞にして存じませんが、こういう例もあまりないのではないでしょうか。オーケストラ系で作曲者が指揮をするというケースは昔からよくありますが。ちなみに光太郎は、自身の「ラコッツィ行進曲」の初演でタクトを振ったベルリオーズを描いた長詩「ラコツチイ マアチ」(大正10年=1921)を書いています。

歌い手さんは総勢7名の方々。
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「智恵子抄」を歌われたのは、ソプラノの前澤悦子氏。朝岡氏作曲のコンサートご常連ですが、「智恵子抄」を歌われたのは初めてかと存じます(違ったらすみません)。伸びやかな歌声で、美しくも哀しい「智恵子抄」の世界を存分に表現されていました。

それから、昨年、清水邦子氏とのお二人を花巻にご案内した黒川京子氏もご出演。今回は歌われつつMCもなさり、さらに終演後にうかがったところによると、全体の構成もなさったそうで。清水氏はご出演されませんでしたが、客席にいらっしゃいました。ちなみに黒川氏、清水氏、4月2日(木)の連翹忌の集いにご参加予定です。朝岡氏ははずせない用事がおありだそうで……。

全30曲あまり、詩も曲もバリエーションに富み、飽きさせません。歌詞として古いものは、「智恵子抄」の二曲と、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。少し新しく、立原道造、茨木のり子。また、モチーフとして古いもので、光太郎と同年の明治16年(1883)に生まれた新版画の川瀬巴水作品からインスパイアを受けて、林望氏が書かれた連作詩「夕暮れ巴水」。朝岡氏、昨年には東京オペラシティさんで「秋に寄せる音楽のパレット 朝岡真木子の世界~新作「夕暮れ巴水」の郷愁~斉藤京子の歌とともに」という演奏会もなさっています。それが初演だったのでしょう。
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余談ですが、今、このブログを書いているPCのある自宅兼事務所の執務室には、巴水の複製が一枚、壁にかかっています(後はトイレにも(笑))。

朝岡氏、林氏以外の現代詩人の方々ともご昵懇で、その皆さんの詩に曲を付けられています。そのうち、何人かの詩人さんたちも客席にいらっしゃり、終演後に紹介されていました。星乃ミミナ氏、岡崎カズヱ氏、柏木隆雄氏など。これもこの演奏会での恒例ですが。

その終演後の、全出演者の皆さん。左からお二人目が朝岡氏、二人置いて「智恵子抄」を歌われた前澤氏、右からお二人目が黒川氏です。
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関係の方々の今後のさらなるご活躍を願って已みません。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)3 『アルス大美術講座』第3巻

大正14年(1925)7月31日 アルス 北原鉄雄編

目次
 油画科
  風景画法 鍋井克之 パステル画法 矢崎千代二
 東洋画科
  人物画法 土田麦僊
 彫塑科
  彫塑総論 高村光太郎 塑造 藤川勇造 鋳銅 藤井浩祐
 美術図案 恩地孝四郎
 工芸美術 畑正吉
 日本美術史(古代) 藤懸静也
 新興美術解説 一氏義良
 名作解説 木村荘八
 技法沿革史
  壁画及びフレスコ 寺崎武男 初学者のための手引 編輯部
  美術家のグループとその生活 編輯部

白秋の実弟・北原鉄雄のアルスから出された『アルス大美術講座』。初め、光太郎を含む当時の錚々たる美術家に執筆を依頼、大正14年(1925)5月から翌年2月まで全10巻で刊行されました。その後すぐに科目ごとに組替えされたり、合本になったりして何度も再刊されました。

光太郎の「彫塑総論」は20ページほど。なぜか8月29日刊行の第4巻にも重複して収められたようです。

手持ちのものは、組替え再刊による合本(大正15年=1926 5月31日)。
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それから昭和5年(1930)7月8日の組替え再刊。巻号が第5巻に変更されています。
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光太郎の父・光雲関連で2件。

まずは雑誌の最新号です。

『芸術新潮』2026年4月号

発行日 : 2026年3月25日(水)
版 元 : 新潮社
定 価 : 1,700円(税込)
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【特集】東京国立博物館×国立西洋美術館 対話するコレクション 比べてわかる日本美術と西洋美術
 案内役 [東軍]山下裕二 [西軍]宮下規久朗

 昨年、東京と京都で開催された「西洋絵画、どこから見るか?」展をご記憶ですか。内容は、サブタイトルに「ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館VS国立西洋美術館」とある通り。両館のコレクションはルーヴルやプラド程の規模ではないものの、それぞれ強いジャンルがあり、優れた作品にも事欠かない。互いの長所を組合せ、独自の切口で見せる同展のあまりの面白さに、同じことを東博と西美でやってみたい!と思ったのが、特集「比べてわかる日本美術と西洋美術 対話するコレクション 東京国立博物館×国立西洋美術館」の出発点です。美術史家の山下裕二氏と宮下規久朗氏がセレクトした東博・西美の作品を肖像・風景・聖像などのジャンルや「巧い」「かわいい」「ほのぼの」などのキーワードでペアリングしました。スリリングな二十番の絵合わせにより、作品を見る解像度がグーっとアップすること受け合い。そう、“比べてわかる”は伊達ではないのです。
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 一番 忘れられない肖像画
  [東博]一休和尚像》×[西美]フォンターナ《アントニエッタ・ゴンザレスの肖像》
 二番 近代彫刻の横綱たち
  [東博]高村光雲《老猿》×[西美]ロダン《カレーの市民》
 三番 驚異の工芸品
  [東博]濤川惣助《七宝富嶽図額》×[西美]橋本コレクションの指輪
 四番 版画のビジュアル・ショック 
  [東博]東洲斎写楽 第一期連作大首絵×[西美]カロ《戦争の悲惨(大)》
 五番 狂気と美
  [東博]上村松園《焔》×[西美]スーティン《心を病む女》
 六番 空間を創出する風景画
  [東博]長谷川等伯《松林図屏風》×[西美]モネ《睡蓮》
 七番 その巧さに舌を巻く
  [東博]林十江《鰻図》×[西美]ブーグロー《小川のほとり》
 八番 かわいくてキュンキュンしちゃう
  [西美]クラーナハ《ホロフェルネスの首を持つユディト》×[東博]《埴輪 踊る人々》
 九番 その渋さがたまらない
  [東博]伝周文《竹斎読書図》×[西美]シャヴァンヌ《貧しき漁夫》
 十番 やんごとなき聖像
  [西美]カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》×[東博]《普賢菩薩像》
 十一番 美麗本
  [西美]内藤コレクションの中世写本×[東博]《古今和歌集(元永本)》
 十二番 謎に満ちている
  [東博]《菩薩立像》×[西美]フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》
 十三番 ほのぼの、しみじみ
  [東博]久隅守景《納涼図屏風》×ゴーガン《海辺に立つブルターニュの少女たち》
 十四番 パノラミックな群像劇
  [東博]岩佐又兵衛《洛中洛外図屏風》×[西美]ルカ・ジョルダーノ《マギの礼拝》
 十五番 動物へのまなざし
  [東博]伝毛松《猿図軸》×[西美]クールベ《罠にかかった狐》
 十六番 リアリズムの行き着くところ
  [西美]バスケニス《楽器のある静物》×[東博]速水御舟《京の舞妓》
 十七番 あの世からうらめしや
  [東博]葛飾北斎 木版連作「百物語」×
  [西美]フュースリ《グイド・カンティの亡霊に出会うテオドーレ》
 十八番 もっと評価されるべき
  [東博]渡辺省亭《赤坂離宮花鳥図画帳下絵》×
  [西美]ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖トマス》
 十九番 さすが東博、さすが西美 近年の新収蔵品
  [東博]李公麟《五馬図巻》×[西美]スルバラン《聖ドミニクス》
 二十番 選者交代! 好きなんです
  [西美]カぺ《自画像》×[東博]李氏《瀟湘臥遊図巻》
 東京国立博物館 本館のコレクション展エリアMAP
 国立西洋美術館 常設展エリアMAP

70ページほどで組まれた特集は、共に上野にある東京国立博物館さんと国立西洋美術館さんが舞台。それぞれの収蔵品から、20のテーマで東西の名品を紹介しつつ、「比べてわかる日本美術と西洋美術」ということで、共に美術史がご専門の、明治学院大学さん山下裕二教授、神戸大学の宮下規久朗教授のお二人が熱いトークを繰り広げるというコンセプトです。作品の選択もお二人と思われますが、それで勝負をして何勝何敗、というわけではありません。

光雲に関しては「二番 近代彫刻の横綱たち」で東京国立博物館さん所蔵の「老猿」。対するは国立西洋美術館さん前庭に立つロダンの「カレーの市民」。
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山下教授と言えば、光太郎嫌いで有名です。昔は光太郎芸術を好意的に紹介して下さっていたのですが、教授が推し進めている明治期のいわゆる「超絶技巧」系を光太郎が腐していると知るや、方向転換なさったのではないかと思われます。

例えば「自在置物」。江戸期の甲冑師の流れを汲む職人たちの手によって作られた金属工芸で、動物の模型を写実的に作るのみならず、体節・関節の部分を本物のように動かすことが可能な造りになっています。下記はやはりトーハクさん所蔵のもの。
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以前にも書きましたが、光太郎、こうした「自在置物」をこう評しています。談話筆記「炉辺雑感」(昭和28年=1953)から。

 世間にはよく実物そつくり創ろうとする人がいる。ことに金でつくつたのなんかには、実に巧みに本物と似せてつくられているものがある。例えば、エビやカニの場合だつたらその足が動くようにできている。しかし、そういうものはいかに本物そつくりにできていても本物をへだゝること遙かに遠い。本物を創る為には本物にとらわれてはいけない。本物にとらわれて、本物に似せようとすると、本当の造型にはならないで、おもちやになつてしまう。

「おもちゃ」は言い過ぎだろ、と思うのですが、「具象」をどう進めるかという点での光太郎のスタンスがよく表されています。

その前後にはこういう言も。
 
 蟬のあの脚を木でこしらえるのは、実に大変な仕事だ。芸術は一つの創造だから、事実ありのまゝの模写じやいけない。細いものを細く創つたんじや駄目。蟬の羽根は非常に薄いが、あれをそのまゝ薄く創つたんじや変なものになつてしまう。決して薄くなんて見えない。厚く見える。思いきつて厚く創ると却つて薄く見える。これが芸術というものである。
 
 彫刻は、蟬なら蟬を創るにしても一遍蟬から離れて、別の立場に立つて創らなければならない。そうすることによつて、はじめて蟬が模写にもおもちやにもならず、本当の蟬となることができる。人間の顔でも、その人を生写しにするというのでは彫刻にならない。たゞその人らしいものはできる。その人らしいもの、その人の影法師みたいなものはできるが、その人はできない。本物の影のようなもの、泡みたいなものを掴んでこれが彫刻だと喜んでいる人も少くないが、僕らはそんなものは彫刻と思えない。彫刻は、本当に出来れば、その人以上にその人となる。蟬以上に蟬、石以上に石となる。実物そつくりというわけじやないが、実物以上に実物となる。――これが造形芸術の奥の手である。

当方は「自在置物」のような超絶技巧を頭から否定するわけではありません。その複雑な機構を可能ならしめる技術には舌を巻くばかりですし、そうした技術の継承は成されるべきと思います。しかし、光太郎の言うように、それを「芸術」としていいものかというと、首をかしげざるを得ません。

作者が自身のフィルターを通さずただ見たものを見たままに表現するだけでは、「本物そっくりだ」で終わりです。その作品を通して作者が何を訴えたいのか、そういうものが見えてこなければ「芸術」とは言えますまい。やはり超絶技巧系の彩色牙彫など、まさにそんな感じだと思います。ひところちょっとしたブームになってさまざまなメディア等に取り上げられたり、企画展の目玉となったりしましたが、最近は飽きられてきたようで、あまり聞きません。

もっとも、超絶技巧系の作者たち(特に「自在置物」など)は、自らの作を「芸術」とは捉えていなかったように思われます。また、逆に技巧を伴わない稚拙な作品を「芸術」と呼べるか、ということにもなります。

光太郎、「書」を論じる中で、そのあたりにも言及しています。やはり基本的な技巧はしっかり身につけておくべきであると言うのが立脚点です。昭和14年(1939)の「書について」という散文から。

 書はもとより造形的のものであるから、その根本原理として造型芸術共通の公理を持つ。比例均衡の制約。筆触の生理的心理的統整。布置構造のメカニズム。感覚的意識伝達としての知性的デフオルマシヨン。すべてさういふものが基礎となつてその上に美が成り立つ。さういふものを無視しては書が存在し得ない。

ところが、時折、こまごまとした技巧に囚われない、我流だけれどもいい書に出会うことがあるとします。

 生れたままの自然発生的な書といふものにもいろいろあつて、生れながらに筆硯的感覚を多分に持つてゐる人のは、或る点まで立派に書格を保有し、無邪気で、自然で、いい加減な習字先生のよりも遙に優れたものとなる。(略)いつの間にか、性格まる出しの、まねてまねられない、或は奇逸の、或は平明清澄の妙域に進み入り、ことに老年にでもなると、おのづから一種の気品が備はつて来て、欲も得もない佳い字を書くやうになる。

後半部分、まるで相田みつをの書ですね。しかし、それを手放しで褒めるかというとそうではありません。

 さういふ佳品を目にするのはたのしいものであるが、さればといって、此を伝統の骨格を持ち、鍛冶の效をつんで厳然とした規格の地盤に根を張つた逸品の前に持ち出すと、やつぱり免れ難い弱さがあり、浅さがあり、何となく見劣りのするものである。

このくだりを読むと、書家の方々が相田みつをの書を書と認めない理由がうなずけるような気がします。

そしてこうも。

 人工から起つたものは何処までも人工の道を究めつくすのが本当であり、それには人工累積の美を突破しなければならないのである。生れながらに筆硯的感覚を持つてゐる人のですらさうであるから、もともとさういふ性来を持たない者の強引の書となると多くは俗臭に堕する傾がある。意地ばかりで出来た字、神経ばかりで出来た字、或は又逆に無神経ばかりで出来た字、ぐうたらばかりで出来た字が生れる。

「感性」頼りではだめ、ということですね。

ところが「技巧」ばかりでもいけないわけで、ちゃんとその点も押さえて「なまじつか習つた能筆風な無性格の書」「うまいけれどもつまらない」と、「技巧」だけのものも否定しています。

「感性」と「技巧」、結局は優れた「感性」を以て「人工累積の美を突破しなければならないのである」というところに尽きるかと思います。突破するためにはそれらをしっかり身につけた上で、ということにもなります。10代の少年のうちに写実の技法をほぼ究めてしまい、その上でキュビスムを編み出したピカソなどが良い例でしょう。

そういう見方でいわゆる「超絶技巧」の作品群を捉えたいものです。もっとも、さまざまな分野のものを「超絶技巧」とひとくくりにするのもどうかと思われますが。中には光太郎曰くの「人工累積の美を突破」したといえるものもあれば、「技巧」だけの「本物の影のようなもの」もあるわけで。

長くなりました。急ぎます。

光雲の木彫が出る展示、仙台で来月始まります。

春の展覧会 2026年度・上期『島川コレクション展』Ⅱ期

期 日 : 2026年4月6日(月)~10月8日(木)
会 場 : 島川美術館 宮城県仙台市青葉区本町2-14-24
時 間 : 11:00~15:00
休 館 : 毎週金・土・日 祝祭日
料 金 : 一般 1,000円(800円) 高校生 800円(300円) 小・中学生 300円(100円)
      ( )内20名以上団体料金 

総展示作品は140点以上

メイン展示作品
 横山大観《霊峰不二》1939年      山川賀壽雄《朝(はじまり)》2017年
 川合玉堂《山村晩煙図》           葛西四雄《風景》
 森本草介《ひざまずくヌード》2007年  高村光雲《聖観世音菩薩》1928年
 森本純《夏みかん》            森本草介《ジャーマンアイリス》1978年
その他展示作品
 加山又造「しだれ桜」           岸田劉生「麗子像」
 小磯良平「踊り子」            佐伯祐三「キュラソーの瓶のある静物」
 杉山寧「嵤」               田中一村「黄昏」
 中島千波「紅牡丹」「白牡丹」      速水御舟「芙蓉」
 東山魁夷「春静」             平山郁夫「流沙浄土変」
 森本草介「POSE」            カシニョール「海に面したバルコニー」
 ユトリロ「サントセシル ラヴァールズ」 マリーローランサン「チェロと女」
 他
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001光雲作品は「聖観世音菩薩」昭和3年(1928)。当方、令和6年(2024)に拝見して参りました。光雲晩年の作で、見事な造りです。

しかし光太郎にかかると……

 父の作品には大したものはなかつた。すべて職人的、仏師屋的で、又江戸的であつた。楠公は五月人形のやうであり、「南洲」は置物のやうであり、数多い観音、阿弥陀の類にはどれにも柔媚の俗気がただよつてゐた。

やはりちょっと言い過ぎ感がありますね。山下教授、こういう言も光太郎を嫌う一因なのでしょうか。

続く部分では「老猿」についても容赦なく……

大きな栃の木で作つた「老猿」も部分の肉合ひなどに彫刻的面白味がないではないが、大体の着想なり、表現形式なりがあまり幼稚なので高くは買へない。

もっとも、光雲にしてみれば、「自分は「芸術家」などではない」という感覚だったのかも知れませんが。

引用文は昭和29年(1954)の「父との関係」からのものですが、同じ文章の中で光雲の若い頃の作は褒めています。

 むしろ丁稚奉公時代に作つた「犬の首」の木彫習作とか、宮内省蔵の「ちやぼ」とか、皇后職にある筈の「狆」とかいふものが、いちばんいい。それには青年の純粋な、真剣な意気込が感じられ、又自然の美にめざめた者の驚きとその美へのひたむきな肉迫とが見てとれる。これは時代的にも意義がある。

なかなか親子関係というものは難しいものですね……。

閑話休題、島川さんのコレクション展、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)2 『高村光太郎 与謝野晶子』傑作歌選別輯

大正4年(1915)12月5日 抒情詩社 高村光太郎/与謝野晶子著 内藤鋠策編
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目次
 高村光太郎 1902-1907
 第一
 第二
 第三
 第四
 与謝野晶子 1901-1913

光太郎、そして姉貴分の与謝野晶子の、主に『明星』に載った短歌を集めたものです。前年に出た詩集『道程』版元の抒情詩社の内藤鋠策が、光太郎の才能に惚れ込み、実入りにしてやろうと編みました。すでに『みだれ髪』で名を成していた晶子と一冊にすれば売れるだろうという意図だったそうです。

光太郎第二の故郷、岩手花巻からの情報等です。

まず地方紙『岩手日報』さんに載った、都内の方からの投稿。

光太郎と賢治感じた花巻旅

◇花巻へ行った。2日の旅の初日3月13日。太田の高村山荘。偶然だがその日は高村光太郎の誕生日だった。宮沢賢治を世に知らしめた光太郎。天才は天才を知るという。この2人の関係はまさにそれだ。
 こんなにも質素な住まいに7年暮らした光太郎。田畑を耕し詩作や書の芸術にも専念する姿は、堅持の精神を具現化するものと言っていい。その精神力と体力は信じがたいほど強かったに相違ないが、同時に地元の人々との交流と支えがなければ続かなかったことと思う。
 光太郎は岩手を心から愛していた。「岩手の人沈深牛の如し」「つひにその成すべきを成す」「ニッポンの背骨岩手」とうたい上げている。
 賢治と光太郎ゆかりの大沢温泉に1泊し、翌日「雨ニモマケズ」の賢治詩碑を訪ねた。光太郎の書によるものだが、詩の後半部分のみで誤字脱字のまま刻印されたとの挿話も心引かれる。
 早池峰山は白く輝き美しい。こんなにもすばらしい場所に羅須地人協会はあったのか。昼食は花巻市街でそばを食べサイダーを飲んだ。心の洗われる2日間であった。

冨田淳治 64歳 東京都北区 公務員

現在、高村光太郎記念館さんでは「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」が開催中で(今月いっぱい)、そちらをご覧下さった上での内容となっています。ありがとうございます。

続いて、主に「食」を通して光太郎顕彰に取り組まれているやつかの森LLCさんの取り組み。市内東和地区のワンデイシェフの大食堂さんで、「こうたろうカフェ」としてやつかの森さんが厳冬期を除いてランチタイムに月イチで出店されていますが、今年初の出店が3月24日(火)でした。
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基本、光太郎の日記などを元に、実際に光太郎が作った料理や使った食材などを現代風にアレンジして饗するランチです。

「和風なタンドリーチキン」「大根のそぼろ餡」「漬けマグロのとろろかけ」「葱の酢味噌」「鱈子と糸コンの和え物」「旬の漬け物」「ふんわりニラ卵汁」「白ご飯・バッケみそ」「花巻銀糖」「コーヒー」。これで価格は1,200円だそうですので、割安感があります。

「バッケ」は方言でふきのとう。光太郎が好んで使った食材の一つです。全国的にそうでしょうが、特に東北では春を告げる象徴的なものですね。

この取り組み、長く続くことを願って已みません。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)1 『後期印象派』現代の洋画第十六号

大正2年(1913)8月1日 日本洋画協会 北山清太郎編
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目次
 後期印象派論(リュイス・ハンド) 木村荘八
 ポール・セザンヌ(マイエル・グレーフェ) 同
 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(同) 同
 ポール・ゴーガン(同) 高村光太郎
 ポール・セザンヌ(テオドル・ドュレ) 木村荘八
 ポール・セザンヌ(ジェムス・ハネカー) 同
 画論(アンリ・マティス) 高村光太郎
 トウルーズ・ロートレク(アルビーン・アレキサンドル) 同
 ゴォホとゴーガン 岸田劉生
 挿画目次

今日からこの項、光太郎が部分的に執筆していたり、他の人物との共著だったりの書籍をご紹介して参ります。雑誌、序跋文を書いただけもの、多数の作者の作品を集めたアンソロジーはここでは除外します。

初回がいきなり例外で雑誌ですが、この号は特別号で、現代の感覚のムックに近いもののため、実質的に光太郎、木村、岸田の共著書籍として捉えられることがほとんどです。

戦後最も早く、さらにまとまった一冊のものとして我が国で初めて光太郎を論じた故・吉本隆明氏関連の新刊を2冊、ご紹介します。

まず評論。

『共同幻想論』に挑む ——家族人類学的考察

発行日 : 2026年3月10日
著者等 : 鹿島茂
版 元 : 筑摩書房
定 価 : 4,600円+税
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国家の起源にある謎とは?吉本隆明の主著にして難解をもって知られる『共同幻想論』に、鹿島茂が〈遡行読み〉という手法、またE・トッドらの家族人類学の最新の知見を武器に挑む!

国家の成り立ちをめぐって書かれた、戦後最大の思想家・吉本隆明の主著にして難解をもって知られる『共同幻想論』に、博覧強記の仏文学者・批評家が〈遡行読み〉そしてE・トッドらの家族人類学の最新の知見を武器に挑む! ロジックを追うスリルと興奮溢れる、知的刺激に満ちた1500枚に及ぶ圧倒的論考、ここに誕生!!

目次
 Ⅰ 『共同幻想論』はなぜ書かれたか
  1 『共同幻想論』の「わからなさ」――「出所不明の異形の意志」 
  2 日本的「転向」は「家」の問題
  3 高村光太郎と了解可能性/不可能性
  4 日本的「家」の問題――情感/権威のマトリックス
  5 『マチウ書試論』――「家」の問題と対幻想
  6 大衆の原像と国家の共同幻想
  7 「面従腹背」知識人と国家の思想
  8 天皇のために死ねるか?
  9 不問に付された〈天皇(制)〉 
  10 『古事記』の宣長的解釈から、『共同幻想論』へ
 Ⅱ 『共同幻想論』を遡行的に読む
  11 序をどう読むか? 往路の省略
  12  『共同幻想論』を最終章「起源論」から読む
  13 「罪責論」へ遡行、スサノオの解釈
  14 「罪責論」を母系制(サザエさん型家族)から分析する
  15 ヤマトタケル挿話の家族人類学的分析
  16 「母制論」と二つの対幻想
  17 カップルの対幻想と兄弟姉妹の対幻想
  18 対幻想と共同幻想の同致の問題
  19 遠隔対象性と近親婚の禁止
  20 兄弟姉妹の対幻想の空間性の問題――カラアゲ屋「サザエさん」
  21 宗教法人「サザエさん」――吉本は間違っていても凄い
 Ⅲ 家族人類学が明らかにしたこと
  22 進化主義人類学からアメリカ人類学へ――居住規則の浮上
  23 アメリカ人類学の居住規則を再浮上させたエマニュエル・トッドの家族四分類
  24 トッド家族人類学の大転換
  25 居住規則による分類を世界地図にマッピングすると「周縁の保守性原則」が浮上する
  26 父方居住システムの変化
  27 父方居住の起源
  28 父方居住直系家族の誕生
  29 長子相続から直系家族へ
 Ⅳ 蝶番としての「祭儀論」
  30 家族人類学と『共同幻想論』の接続
  31 縄文サイクルと弥生サイクルはいかに交錯したか?
  32 「祭儀論」を家族人類学的に読む
  33 吉本的立場と家族人類学的立場
  34 農耕祭儀の家族人類学的再検討
  35 世襲大嘗祭の家族人類学的分析
  36 「他界論」の死の問題と時間性/空間性
  37 「他界」を空間性と時間性に分割する
 Ⅴ 「巫覡論」「巫女論」「憑人論」「禁制論」が持つ意味
  38 「巫覡論」で「当て馬」として使われた芥川の『歯車』
  39 『共同幻想論』前半のハイライト「いづな使い」
  40 「巫女論」①巫女とは共同幻想を性的対象とする女性である
  41 「巫女論」②シャーマンとは自己幻想を共同幻想に同致できる特殊能力者だ
  42 「憑人論」①自己幻想と共同幻想が逆立しない遠野村という位相
  43 「憑人論」②「遠野物語」の民譚には対幻想という媒介項がない
  44 「禁制論」①フロイト批判から禁制という共同幻想へ
  45 「禁制論」②「遠野物語」の山人譚と既視体験の比較分析
  46 「禁制論」③山人譚の恐怖の共同性の分析
 Ⅵ 『共同幻想論』を順行で読みなおす
  47 順行読み①「禁制論」
  48 順行読み②「憑人論」
  49 順行読み③「巫覡論」と「巫女論」
  50 順行読み④「他界論」
  51 順行読み⑤「祭儀論」①
  52 順行読み⑥「祭儀論」②
  53 順行読み⑦「母制論」①
  54 順行読み⑧「母制論」②
  55 順行読み⑨「対幻想論」①
  56 順行読み⑩「対幻想論」②
  57 順行読み⑪「対幻想論」③+「罪責論」①
  58 順行読み⑫「罪責論」②
  59 順行読み⑬「規範論」①
  60 順行読み⑭「規範論」②
  61 順行読み⑮「起源論」①
  62 順行読み⑯「起源論」②
  63 順行読み⑰「起源論」③
 Ⅶ 『共同幻想論』から見えてくる吉本隆明
  64 番外的考察①
  65 番外的考察②
  66 総括①
  67 総括②
  68 総括③
 あとがき
 人名索引

仏文学者・鹿島茂氏による吉本論です。タイトルの通り、吉本の代表作の一つである『共同幻想論』(昭和43年=1968)を俎上に乗せ、細かな読みを展開。

『共同幻想論』は「禁制論」「憑人論」「巫覡論」「巫女論」「他界論」「祭儀論」「母制論」「対幻想論」「罪責論」「規範論」「起源論」から成り、ざっくり言えば歴史学、民俗学的見地からの考察も盛り込みつつ、この国の成立過程、その後の変遷を論じたものです。

『共同幻想論』に先行して昭和32年(1957)には『高村光太郎』が出版され、そこでの試みが『共同幻想論』にも繋がっていきます。特に15年戦争時に光太郎の直面したこの国のありように対する思い、それ以前からの西欧との齟齬や乖離、さりとてなじめない日本の伝統的家父長制といった問題に対する観点から。そこで本書では「Ⅰ 『共同幻想論』はなぜ書かれたか」中に「3 高村光太郎と了解可能性/不可能性」という項が設けられていますし、他の項でも光太郎の名が散見されます。

『共同幻想論』、高く評価する論者がいる一方、全く価値を認めないとする向きもあり、いまだにその評価は定まっていないという感じです。そこに一石を投じる好著と思われます。

もう一冊。こちらは昨日でしたか、新聞広告で知ったもので、未入手ですが。

吉本隆明全集月報集

発行日 : 2026年3月
著者等 : 晶文社編集部 編
版 元 : 晶文社
定 価 : 2,500円+税

吉本隆明からうけとり 吉本隆明からはじめる 総勢62名が語る、私の吉本隆明
 人と社会の核心にある問題へ向けて、深く垂鉛をおろして考え続けた思想家・詩人の吉本隆明。約11年もの歳月をかけて完結した『吉本隆明全集』の月報には、第一級の執筆陣が吉本隆明の作品や人柄をプライベートなまなざしで綴ったエッセイを寄稿している。破天荒な魅力を湛えた吉本隆明の意外な素顔を活写する全集月報62編。
 晶文社版『吉本隆明全集』の月報を集約し、略年譜(生活史)付す。
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目次
 産み落とされた日 高橋源一郎
 うつむき加減で、言葉少なの 加藤典洋
 吉本隆明、一本の樹の出発 小林康夫
 吉本と光太郎 北川太一
 『言葉からの触手』に触れながら考えたこと 岡井隆
 違和感からの出発 鹿島茂
 永久に消えない疑問 芹沢俊介
 「東京原人」吉本隆明 磯崎新
 吉本隆明さん随感 中村稔
 吉本さんの三冊の本 石川九楊
 吉本さんと「母性的」なるもの 蓮實重彦
 沈黙の言語 吉増剛造
 「転向」について 芦田宏直
 ある世代の思い出 山根貞男
 文芸評論家から文人へ――書簡集刊行に寄せて 田中和生
 波の下の思想を 宇佐美斉
 気配りのひとの気骨 橋爪大三郎
 『初期歌謡論』 藤井貞和
 吉本隆明の詩・神話・等価 水無田気流
 吉本さんとの出会い 佐々木幹郎
 引き継ぐ課題 三砂ちづる
 詩の時代 荒川洋治
 思考の楽しさ 長谷川宏
 最後の場所 思想詩人吉本隆明 北川透
 新しい世代が受け継ぐべきもの 竹田青嗣
 「吉本隆明」に憧れる 山本かずこ
 「母型」を求め続けた人 安藤礼二
 父の内なる言語 小池昌代
 「軒遊び」と「生命呼吸」のこと 島亨
 「和讃」について 中島岳志
 書く習慣 岩坂恵子
 知識人嫌いの知識人 川本三郎
 ご近所の吉本さん 石森洋
 吉本隆明と言論の不在 先崎彰容
 “終りをまっとうする”批評家 川村湊
 マクロネシアの渚へ 金子遊
 吉本隆明と連合赤軍事件 笠井潔
 石と舟の幻影 今福龍太
 三〇年越しの答え 三上治
 はじめての対談 赤坂憲雄
 吉本隆明さんについて 山崎哲
 がめつい私的所有 菅原則生
 出会いと別れ 末次弘
 吉本隆明が描いた小林秀雄 前田英樹
 単独者の貌 辺見庸
 最後の贈り物 道浦母都子
 「わからなさ」と「しなやかさ」 阿木津英
 二一世紀の大衆 綿野恵太
 吉本隆明との出会い マニュエル・ヤン
 「転向」の自画像 小田原のどか
 一橋新聞編集の青春と吉本さん 大塚融
 ポピュリストへ――吉本隆明について 小峰ひずみ
 託されたバトン 宇田川悟
 吉本隆明からの示唆 夏石番矢
 知の特権性を解体し、傷を修復する 友常勉
 『隆明だもの』の読後に 上村武男
 ひとつの街がありそこで住んでいた 清岡智比古
 越えられない存在 末次エリザベート
 吉本隆明さんのこと 島尾伸三
 思い出の一断片 松崎之貞
 「位相」の出自 大塚英志
 来訪神 ハルノ宵子
 ハルノ宵子への良い質問・悪い質問
 吉本隆明略年譜
 全集収録作品一覧
 執筆者別目次

平成26年(2014)に配本が始まり、昨年完結した『吉本隆明全集』全38巻に附された附録の月報を一冊にまとめたものです。吉本を論じるスタイルもあれば、気のおけないエッセイ的なものもあり、バリエーションに富んでいると思われます。

平成26年(2014)刊行の第5巻の月報に載った、吉本の盟友にして当会顧問であらせられた北川太一先生の「吉本と光太郎」ももちろん掲載されていますし、先述の鹿島茂氏の玉稿も。それからこのブログでお馴染みのお名前も散見されます。石川九楊氏、中村稔氏、高橋源一郎氏などなど。

それぞれぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 『THE CHIEKO POEMS』

平成19年(2007)6月 Green Integer Books 高村光太郎著 John G.Peters訳
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目次
 Acknowledgments
 A Note on the Text and Translation
 Introduction
 Works Consulted
 人に To someone
 或る夜のこころ Heart of a Night
 涙 Tears
 おそれ Fear
 からくりうた Trickery Song
 或る宵 One Evening
 梟の族 Family of Owls
 郊外の人に To Someone in the Suburbs
 冬の朝の目ざめ A Winter Morning Awakens
 冬が来る Winter Comes
 深夜の雪 Deep Night Snow
 人に(遊びぢやない) To someone(Not to Play)
 人類の泉 Fountain of Humanity
 僕等 Two of Us
 愛の嘆美 In Adoration of Love
 晩餐 Supper
 淫心 Sexual Passion
 樹下の二人 Two beneath the Trees
 狂奔する牛 Cattle Running Wild
 金 Gold
 鯰 Catfish
 夜の二人 Two of the Night
 あなたはだんだんきれいになる You Grow More Lovely
 あどけない話 Innocent Talk
 同棲同類 Same Life Same Kind
 美の監禁に手渡す者 One Who Imprisons Beauty
 人生遠視 Life Perspective
 風にのる智恵子 Chieko Riding theWind
 千鳥と遊ぶ智恵子 Chieko Playing among the Plovers
 値ひがたき智恵子 Invaluable Chieko
 山麓の二人 Two of the Foothills
 或る日の記 Record of One Day
 レモン哀歌 Lemon Dirge
 荒涼たる帰宅 Bleak Homecoming
 亡き人に To One Who Died
 梅酒 Plum Wine
 松庵寺 Shōan Temple
 デカダン Decadence
 美に生きる Living in Beauty
 おそろしい空虚 Frightening Emptiness
 報告(智恵子に) Report(to Chieko)
 噴霧的な夢 Misty Dream
 もしも智恵子が If Chieko
 元素智恵子 Elemental Chieko
 メトロポオル Metropolis
 裸形 Naked Figure
 案内 Guide
 あの頃 Those Times
 吹雪の夜の独白 Night Blizzard Soliloquy
 智恵子と遊ぶ Playing with Chieko
 報告 Report
 うた六首 SixSongs

文庫サイズの『智恵子抄』英訳です。戦後の詩篇を含みます。日本語と英訳とが見開きで印刷されているので、便利です。現在でも紀伊國屋書店さん等で入手可能です。

昨年12月に平凡社さんから刊行されたアンソロジー『パリと日本人 近代文学セレクション』の書評が、先週末の『毎日新聞』さんに掲載されました。作家、仏文学者の堀江敏幸氏によるものです。

堀江敏幸評 『パリと日本人 近代文学セレクション』=和田博文・編、高村光太郎、林芙美子ほか著(平凡社ライブラリー) 戦争、思索、意識を変える場への軌跡001

 和田博文編『パリと日本人 近代文学セレクション』は、四章からなるアンソロジーの構成によって編者の批評的視点を明確に示しながら、読者を飽きさせない読みものにしあがっている。
 日本人と「巴里(パリ)」の関係を、一九一四年の第一次大戦開戦前夜から戦後までの時間の層として示す第一章では、まず与謝野晶子や高村光太郎、島崎藤村らの、芸術への憧れに満ちた都市が描かれるのだが、大戦勃発で状況は一変する。藤村自身、「戦争の空気に包まれたる巴里」からリモージュへ、長谷川昇や森田恒友はロンドンへ移動し、少し遅れてパリに入った吉江喬松(たかまつ)は、ドイツの爆撃機の飛ぶ空を見あげながら文学研究を進めたが、戦争は日常の細部にまで入り込む。
 戦間期のパリに、日本人が再び集う。第二章では、岡本一平の高揚、大杉栄のサンテ刑務所への投獄とそこで覚えた酒の記憶、そして芹沢光治良(こうじろう)の、当時フランスで違法だった堕胎の経験を語る小説など、生活と倫理の交錯が記された文章が並び、人名からは聴き取れない声が伝わってくる。九鬼周造の思索、蕗谷(ふきや)虹児の貧窮、伊藤廉による佐伯祐三の思い出、岡本かの子の日仏「烏(からす)貝」(ムール貝)比較。圧倒的な金子光晴の語りをふくめて、パリは身体的な経験を吸いあげる装置になっていく。
 この通史における戦争の介入は第三章でより明確になる。すでに知っている文章でも、構成のリズムによって感情の色合いが変わって見える。野上弥生子はパリ祭のバスティーユ広場で革命に燃えた歴史よりも哀愁を帯びた庶民を目撃し、久生(ひさお)十蘭は恋愛小説の体裁を借りながら、開戦間もない時期の、いまに通じる国際的な軍事資材の取引の闇に触れた。
 一方で画家の関口俊吾は、ビヤリッツで夜警に捕まったとき、ドイツ語で「私は日本人である」と言って釈放された経験を語り、「同盟国のありがたさを、私はつくづくと感じた」と記した。日独伊の負の歴史は、まだ見えていない。
 第四章は第二次大戦後の思想、価値観、生活の質的転換を示す。街区の美は「表面に過ぎない」とし、内に凝集する人間の形を感じ取った森有正、その後に続いた辻邦生らから、壁新聞の言葉に着目して五月革命の本質を突く開高健、運動が賃金闘争へ収束する現実を観察し、サルトルやボーヴォワールと文楽を見た夜の思い出に触れながら、改革も可能だと自覚した経緯を語る朝吹登水子まで、パリは日本人にとって憧れの都市から思索と歴史の場へ、さらに意識を変える契機の場へと変貌する。
 ここまでの流れを、著名な作家や画家だけでなく、もう少し周縁的な書き手の文章を積極的にとりあげることで、本書はたんなる作品集ではなく、パリという都市に集う日本人の変容を読者が追体験できる絵巻となった。芸術・文学のみならず、戦争、占領、留学生、思想、労働運動までを視野に収め、パリが歴史と政治の舞台でもあった事実が、文庫一冊ほどの規模でみごとに示されているのだ。
 最後に置かれた、編者による補足的なエッセイを読むと、画家たちの言葉をもう一度たどり直したくなるだろう。

すでに知っている文章でも、構成のリズムによって感情の色合いが変わって見える」というのが、この手のアンソロジーの妙ですね。また、同じモチーフを複数人がそれぞれどういう視点や受け止め方で捉えているかの比較、さらには未知の作品との遭遇など。

『パリと日本人 近代文学セレクション』、お読みになっていない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 『智恵子抄』第九十七刷

平成4年(1992)4月25日 新潮社(新潮文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に(いやなんです) 或る夜のこころ 涙 おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(遊びぢやない) 人類の泉 僕等
 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 報告(智恵子に) 噴霧的な夢
 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
 智恵子と遊ぶ 報告 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 解説「悲しみは光と化す」 草野心平 覚え書 同 改訂覚え書 同

昨日までで光太郎単独執筆の書籍を紹介し終わったつもりでいましたが、2冊ほど抜けていました。面目ありません。通し番号は後ほど訂正いたします。

そのうち一冊、現在流通している新潮文庫版の『智恵子抄』です。初版が光太郎が没してすぐの昭和31年(1956)5月、その後、収録詩篇の改訂があっての改版が昭和42年(1967)12月。そして内容はそのままに、活字サイズが一回り大きくなっての改版が平成4年(1992)に行われました。カバーデザインも昭和42年版を踏襲しつつ、若干の変更。おそらく新潮文庫全体としてこの時期にこの手の改版が為されたのではないかと思われます。手持ちのものは平成12年(2000)の第百十一刷ですが、令和に入っても増刷が続き、最新版は百三十何刷だかになっているはずです。今後とも絶対に絶版にしないでいただきたいものです。

まず花巻高村光太郎記念館さんについて。同館を含む花巻市立の社会教育施設等数館が、来年度から休館日や開閉館時間の設定を変更するそうです。今後行かれる方はご注意下さい。

同市のサイトから。

社会教育施設等の開館時間・休館日の見直しを実施します

 市の社会教育施設等は、観光客の利便性を考慮し、シフト制により職員の勤務日や勤務時間を割り振ることで、年末年始を除きほぼ通年で開館してきました。しかし、通年で開館することにより、施設の点検や清掃などの日程調整に苦慮しているほか、積雪時には早朝から職員が除雪作業を行うなど時間外勤務が発生していました。
 これらの課題を改善するため、令和8年4月1日から毎週の休館日を設定し、開館時間を変更します。これにより施設の定期的な点検や清掃を確実に実施し、利用者サービスの向上と職員の働き方改革を図ります。

高村光太郎記念館
現行
 休館日:12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週月曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 高村光太郎記念館 電話:0198-28-3012
001
平成25年(2013)に現在の建物にその機能が移って以来、これまで休館は年末年始のみだったのは、基本的に毎週月曜日休館となるそうです。また、開館時間がこれまでより30分遅くなり、午前9時からに変更とのこと。

通常、この手の館は週に1日の休館日を設定していることがほとんどですし、これまでのように午前8時30分開館というところはほとんど無いように思われ、全国的に見ても平均的な設定になる気がします。

ついでですので、光太郎と縁の深かった宮沢賢治関連の施設についても変更点をご紹介しておきます。

宮沢賢治記念館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治記念館 電話:0198-31-2319 

宮沢賢治イーハトーブ館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治イーハトーブ館 電話:0198-31-2116
002
003開閉館時間に関しては、高村光太郎記念館さんと同じく、午前9時からに変更とのこと。そして休館日。高村光太郎記念館さんは毎週月曜になるそうですが、賢治関連2館さんは毎週火曜日の設定だそうです。となると、月・火は1日で高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るのは不可能になります。

花巻市の老舗タクシー会社・文化タクシーさんでは「どんぐりとやまねこ号」という最大9人乗りのジャンボタクシーを運行して下さっていて、現在運行されている「午前コース」がまさに高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るコース設定になっています。ところがそうなると、月・火はその設定が成り立たなくなるということで、祝日を除く月曜日は高村光太郎記念館さんの代わりに、賢治菩提寺にしてその墓のある身照寺さんが入り、火曜日は全面運休だそうです。

「午後コース」は、花巻東高校さんに設置されたMLB菊池雄星投手/大谷翔平選手のモニュメント、南部杜氏伝承館・酒匠館さん、宮沢賢治記念館さんを回るコースです。「午前コース」、「午後コース」を併せて「1日コース」とすることも可能で、その場合は午後の宮沢賢治記念館さんの分は宮沢賢治童話村さんとするそうで。で、火曜日も同様の変更とするそうです。

というわけで、4月以降、光太郎関連、賢治関連で花巻を訪れようという方、ご注意下さい。

それから、福島二本松の智恵子記念館さんについても。こちらは新年度からの変更点というのはありませんが、ショッキングなニュースが入ってきました。

FCT福島中央テレビさんのローカルニュース。

公園の滑り台にいたのは…体長約1メートルの熊 警察が注意呼びかけ 福島県二本松市

 21日午後4時過ぎ、二本松市の公園にある滑り台で熊が目撃され、警察が注意を呼びかけています。
 熊が目撃されたのは、二本松市油井の「智恵子の杜公園」です。警察によりますと、21日午後4時20分ごろ、公園を散歩していた40代の男性が、滑り台の滑り出し口にいる、体長約1メートルの熊1頭を目撃したということです。
 男性はすぐにその場から離れ、この熊によるけが人や被害は、これまでに確認されていません。その後、熊の行方は分かっていませんが、警察は、引き続き警戒するとともに、付近の住民に注意を呼びかけています。

同じ件で、TUFテレビユー福島さん。

【クマ出没情報】公園のすべり台で目撃 21日午後4時すぎ 福島・二本松市

 21日午後4時20分頃、福島県二本松市油井の智恵子の杜公園で、散歩をしていた男性がすべり台のすべり出し口にいるクマ1頭(体長約1メートル)を目撃しました。男性はすぐに現場から立ち去り、その後クマはいなくなったということです。
 これまでに周辺で被害は確認されていません。警察はパトカーで周辺の警戒にあたるとともに周辺住民に注意を呼びかけています。
000
現場は智恵子記念館さんを含む智恵子の杜公園。記念館さんから光太郎智恵子も歩いたという「愛の小径」を登っていった「ふれあいの広場」と思われます。距離的には200㍍あるかないかです。
001
花巻高村光太郎記念館さんや宮沢賢治記念館さん周辺では当たり前のように熊が棲息しており、高村光太郎記念館さんや隣接する光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)などでは看板や外壁が熊の爪痕だらけですが、二本松の智恵子記念館さん周辺で熊というのは初めて聞きました。下記の航空写真で左上の方、何となく遊具っぽいのが見て取れるかと存じます。
004
周辺には民家もそれなりにある場所ですので、今後、人的被害が出ないことを祈ります。

こちらに関しても、今後、行かれる場合にはご注意下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 82『The Onsen of Hanamaki 花卷温泉

令和5年(2023)4月 花巻市 高村光太郎著 森川沙紀/ガットマン・ジェシー
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目次
 Takamura Kotaro's profile 高村光太郎プロフィール
 The Onsen of Hanamaki 花卷温泉
 Hanamaki as a Town of Onsen 温泉のまち 花卷
 Publisher's Note 冊子に寄せる思い

花巻市の地域おこし協力隊として活動されていた森川沙紀氏による制作。光太郎が亡くなる2ヶ月前の昭和31年(1956)に語った生前最後の談話筆記「花巻温泉」の全文と、その英訳が載せられています。「花巻温泉」というタイトルですが、光太郎、花巻温泉さんだけでなく大沢温泉さん、鉛温泉さん、台温泉さん、志戸平温泉さんなど、自分が足を運んだ温泉宿は細かに語っています。

福岡から企画展示情報です。

第4回福岡アートアワード受賞作品展

期 日 : 2026年3月28日(土)~6月21日(日)
会 場 : 福岡市美術館 福岡市中央区大濠公園1-6
時 間 : 午前9時30分~午後5時30分 3月28日(土)は午後1時30分より開室
休 館 : 月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は、その後の最初の平日)
料 金 : 一般 200円(150円) 高大生 150円(100円) 中学生以下無料
      (  ) 内は20名以上の団体料金

福岡市内で目覚ましい活動を行うアーティストを顕彰する福岡アートアワード。第4回の受賞作家・作品が決定しました。受賞作品展は、3月28日(土)から6月21日(日)まで、2階コレクション展示室 近現代美術室Bにて開催します。(初日のみ午後1時30分より開室)

会場では、写真では伝わらないスケールや素材の質感、空間そのものをぜひご体感ください。福岡から生まれる新たな表現の力をどうぞお見逃しなく。

■市長賞 宮本華子《在る家の日常》
■優秀賞 谷澤紗和子《お喋りの効能》
      川辺ナホ《樂園を探して(-Et in Arcadia Ego)》
      平野薫《空の衣服(untitled -war kimono-)》
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関連行事
第4回 福岡アートアワード 受賞作家によるギャラリートーク
 日時|2026年3月28日(土) 14:00~15:00
 会場|福岡市美術館 2階 コレクション展示室近現代美術室B(福岡市中央区大濠公園1-6)
 料金|コレクション展観覧料が必要/事前予約不要

「福岡アートアワード」。「彩りにあふれたアートのまちづくり」を掲げ、令和4年(2022)年から福岡市が推進する「Fukuoka Art Next(FaN)」プロジェクトの一環として、福岡市美術館さんが、福岡市内で活動をおこない、今後飛躍が期待できるアーティストを対象に、作品の買い上げをもって贈賞するものだそうです。当方もさんざんお世話になっている、元神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏が審査員のお一人です。

智恵子の紙絵や油絵、智恵子による『青鞜』表紙絵などをモチーフとした切り絵作品等を精力的に発表なさっている谷澤紗和子氏が入賞され、作品「お喋りの効能」が展示されます。こちらも智恵子オマージュの作品で、昨年、福岡の画廊で開催された個展の出品作のようです。
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開幕日の3月28日(土)には、受賞作家の方々ご自身によるギャラリートークだそうで、贅沢ですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 81『Poèmes à Chieko』

令和3年(2021)4月 UNIVERSITAICRES DE BORDEAUX 高村光太郎著 中里まき子/エリック・ブノワ訳
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目次
 Préface         
 Introduction
 Chronologie
 À quelqu'un 人に(いやなんです)
 Le cœur d'une nuit 或る夜のこころ
 Larmes 涙
 La peur おそれ
 Chanson d'une poupée mécanique からくりうた
 Une soirée 或る宵
 Le clan des hiboux 梟の族
 À une femme de banlieue 郊外の人に
 Le réveil au matin d'hiver 冬の朝のめざめ
 La neige de minuit 深夜の雪
 À quelqu'un 人に(遊びぢやない)
 La fontaine d'humanité 人類の泉
 Nous 僕等
 Admiration de l'amour 愛の嘆美
 UN dîner 晩餐
 Émotion obscène 淫心
 Tous les deux sous les arbres 樹下の二人
 Des taureaux dans use course déchaînén 狂奔する牛
 L'or 金
 Poisson-chat 鯰
 Tous les deux dans la nuit 夜の二人
 Tu es de plus en plus belle あなたはだんだんきれいになる
 Conversation enfantine あどけない話
 Qui se ressemble s'assemble 同棲同類
 Clelui qui met la beauté en prison 美の監禁に手渡す者
 La vie vue de loin 人生遠視
 Chieko sur le vent 風にのる智恵子
 Chieko jouant avee des pluviers 千鳥と遊ぶ智恵子
 Chieko est inestimable 値ひがたき智恵子
 Tous les deux au pied la montagne 山麓の二人
 Une petite remarque dans la journée 或る日の記
 Élégie(Le citron) レモン哀歌
 À quelqu'un qui est mort 亡き人に
 Liqueur de prune 梅酒
 Retour désolé 荒涼たる帰宅
 Shôan-ji 松庵寺
 Compte rendu(à Chieko) 報告(智恵子に)
 Réve vaporeux 噴霧的な夢
 Si Chieko … もしも智恵子が
 Chieko à l'état élémentaire 元素智恵子
 Métropole メトロポオル
 La forme nue 裸形
 Le guide 案内
 En ce temps-là あの頃
 Monologue dans une nuit de tempête de neige 吹雪の夜の独白
 Jouer avee Chieko 智恵子と遊ぶ
 Compte rendu 報告
 Six tankas うた六首
 La vie de Chieko 智恵子の半生

『智恵子抄』仏語訳です。フランスのボルドー大学さんから出版されました。

見開きで光太郎の原詩が日本語で載っています。詩の選択は、新潮文庫版『智恵子抄』(昭和31年=1956)が底本となっており、戦後の詩篇も含まれています。散文「智恵子の半生」も。しかし、「智恵子の半生」と、それから冒頭20頁ほど、光太郎智恵子の簡略な評伝となっているようですが、そちらは仏語のみでした。散文「九十九里浜の初夏」、同じく「智恵子の切抜絵」は割愛されていました。

京都の春の夜を美しく彩るイベントです。

知恩院春のライトアップ2026

期 間 : 2026年3月25日(水)~4月5日(日)
時 間 : 17時45分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       友禅苑 国宝三門 女坂 国宝御影堂 阿弥陀堂(外観のみ)
料 金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)

今回は、「おてつぎ運動60周年記念企画」として、三門楼上(回廊のみ)公開を行います。普段、通常非公開の楼上となります。どうぞこの機会にお上がりください。素敵な景色が広がっています。
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みどころ

友禅苑 Yūzen-en garden
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。
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三 門 Sanmon 国宝
おてつぎ運動60周年記念企画楼上(回廊のみ)公開。元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」の三解脱門を表すことから三門といいます。
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御影堂 Miei-dō 国宝
寛永16(1639)年、徳川家光公によって再建されました。間口45m、奥行き35mの壮大な伽藍は、お念仏の根本道場として多くの参拝者を受け入れてきました。
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Magnus RINN マグナス・リン
大阪・関西万博のアイルランド館のモニュメントが期間限定で知恩院に展示!作者はアイルランドの造形作家、Joseph Walsh(ジョセフ・ウォルシュ)氏。“輪”は円の形状をとり、人間と自然の関係性を象徴し、時間の流れや自然の循環を表象しています。
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関連行事
聞いてみよう!お坊さんのはなし
 テーマ『弘(ひろ)む願い、伝わる念(おも)い』~明るく、正しく、仲良く~
 開始時間:18:00~/18:45~/19:30~/20:15~
 (各回お話15~20分、木魚念仏体験5~10分程度)

月かげプレミアムツアー
ライトアップ拝観エリアすべてを僧侶と一緒に巡る特別ツアーです。御影堂内陣など通常非公開部もご案内! 1時間30分たっぷりと知恩院の魅力をご体感いただけます。
 日程:木・土・日
 開始時間:18:00~
 所要時間:約1時間30分
 定員:各回30名様まで
 料金:お1人様3,000円(小・中学生1,500円)
 ライトアップ拝観料込み。
 料金はツアー専用受付にてにて現金でお支払いください。

ライトアップ同時開催企画展示
 『千代紙の色と模様』 3月27日(金) ~ 3月29日(日)
  場所 友禅苑 茶室「白寿庵」「華麓庵」
  REKAO(千代紙)
  千代紙の掛け軸と屏風を、友禅苑の二つの茶室の空間の室礼として展示いたします。
  静けさの中に立ち上がる、千代紙の模様の美と物語をお楽しみください。
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 『春の余白-白磁のインスタレーション-』 4月3日(金) ~ 4月5日(日)
  場所 友禅苑 茶室「白寿庵」・「華麓庵」
  林侑子(陶芸家)
  白磁によるインスタレーション「春の余白」を開催いたします。
  土に鋏を入れる独自の技法から生まれるかたちは、光や気配と響き合いながら夜の空間に
  静かに広がります。明確なかたちと、言葉にならない余白。
  そのあわいに立ち上がる感覚を通して、それぞれの中にある“春”にそっと触れる時間とな
  れば幸いです。どうぞ静かなひとときをお過ごしください。
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境内の友禅苑という庭園の池のほとりに立つ光太郎の父・高村光雲作の聖観音菩薩立像、正確には東京美術学校として依頼され(明治25年=1892)、光雲が主任となって制作されました。木造原型は美校の後身である東京藝術大学さんに残されています。
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ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 80『高村光太郎秀作批評文集 美と生命 後篇』

平成22年(2010)3月30日 書肆心水 高村光太郎著
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目次
 某月某日(一つの型) 彫刻性について 普遍と独自 しゃっくり病 言葉の事
 某月某日(人間内部の矛盾撞着) 自分と詩との関係 春さきの好物 芸術上の良知
 蝉の美と造型 美の健康性 智恵子の半生 永遠の感覚 美の影響力 素人玄人
 某月某日(自分の詩) 美を求める慾望 七月の言葉 美の日本的源泉 詩と表現
 言葉の美しさ 彫刻その他 エジプトの彫刻の話 能の彫刻美 季節のきびしさ
 美しい生活 
山の雪 新春雑談 芸術と農業 たべものの話 おろかなる都 南沢座談
 人体について 美と真実の生活 農にほこりを持て 書の深淵 話言葉としての日本語
 アンケート
 初出一覧 高村光太郎略年譜 キーワード索引

彫刻をはじめとする造型、それから文学についての光太郎評論を2分冊にまとめた前編です。一部、評論とはいえないエッセイ的なものも含みます。

筑摩書房さんの『高村光太郎全集』を定本として編まれています。したがって全集完結の平成10年(1998)以降に見つかった作品は載せられていません。それでこちら一冊分位の分量が優にあるのですが。いずれまとめて公刊するべくデータにしてはありますが、それもどんどん新しい作品が見つかり、増殖中です。

光太郎ゆかりの地、宮城県女川町で、東日本大震災後に全21基が建てられた「いのちの石碑」。建設資金は同町の光太郎文学碑を手本に、すべて募金でまかなわれるなど、文学碑の建立に尽力され、15年前、津波に呑まれて亡くなった当時の女川光太郎の会事務局長・貝(佐々木)廣氏の精神が受け継がれた活動です。

3月14日(土)、STV札幌テレビ放送さんのローカルニュースで、防災セミナーのために旭川を訪れられた、「いのちの石碑」建設中心メンバーお二人について報じられました。

あの日、被災した12歳は“父親”に…「繰り返してほしくない」東日本大震災を知らない世代へ 津波の記憶つなぐ

 あの日から15年。東日本大震災で被災した12歳の小学生はいま、娘を持つ父親になりました。震災を知らない世代が増えるなか、津波の記憶をつなごうと活動する男性の姿を追いました。

「亡くなった方も道端にいた」被災の経験を語り継ぐ
 「僕の家があった場所というのが、ちょっと坂を上った所の位置でして、津波、まあ来ないだろうなという思いでいました。僕の家の方も基礎しか残っていませんでした」
 被災した経験を語るのは、渡邊滉大さん27歳。ふるさとの宮城県で東日本大震災にあいました。
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 「マチはこんな感じで流されてしまっているので、(流された自宅に)行く道中は倒れた家だとか、大きい魚がごろごろいるような。亡くなった方ももちろん、道端にはいました」
 現在、札幌市内の会社に勤めている渡邊さん。15年前のあの日は、まだ小学6年生でした。
 「3月11日。あの日は雪が降っていたので。こんな感じのうっすらの雪」
 渡邊さんのふるさと・宮城県女川町。押し寄せた津波で800人以上が犠牲となり、マチは壊滅的な被害を受けました。
 「パキパキパキというすごい音が鳴って、その瞬間、誰かが『津波だ』と叫んだ。その声と同時に焦って逃げるように小学校のちょっと上に総合体育館があったので、そっちの方にみんなで逃げていく」
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 自宅にも津波が達し、親戚や知人が犠牲になった渡邊さん。選んだ道は、橋や道路を補修する仕事でした。
 「補修業界で、補修したことによって、災害が起きたときに緊急車両とかがいち早く現場に着けるような、違う角度から人の命を守る」

 「災害からいのちを守りたい」。その思いの原点が、女川に建てられた「いのちの石碑」です。
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「いのちの石碑」は、渡邊さんが中学生の時に同級生と考えた防災の取り組みです。津波が到達した地点よりも高い場所に、避難の目印となる「いのちの石碑」を設置。費用は募金でまかない、21基の石碑が完成しました。
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 「千年後の命を守るために」。石碑には中学生たちの思いが刻まれています。

当時12歳の少年は“父親”に「家族を守りたい」気持ちに変化
 震災から15年。渡邊さんにも家族ができました。妻の琳茄さんと娘の莉陽ちゃんです。
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 宮城県石巻市出身の琳茄さんは自らも被災した経験があります。
 「私たちが子どもの時に震災に遭って、悲しい思いだったり辛い経験をしたことを、できるだけ同じ思いはしてほしくないなと思うので」
 「いのちの石碑」に取り組んだ渡邊さん。社会人になってからも避難の教訓を伝える活動を続けています。
 「家族が増えて、家族を守りたい、自分の身を守ってほしい、そういう気持ちは強くなってきているかなと思います。これから震災を知らない子たちが何か起きたときに対応できるように、それをモチベーションにやっています」
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 甚大な被害をもたらした東日本大震災。実は北海道太平洋沖の千島海構沿いでは、それと同じクラスの超巨大地震と津波が切迫している可能性があります。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「大体400年に1回ぐらいのペースで(地震が)繰り返し起こってきているということが明らかになっています。そして、前回の地震が今から400年前に起こったと、これも確かめられておりますので、次の地震はもう満期に達している」
 千島海溝沿いでは、陸側のプレートの下に海側のプレートが沈み込んでいますが、北海道大学などの研究チームが海底観測をした結果、海側と陸側のプレートがそれぞれ年間8センチ動いていることを確認しました。
 プレートの境界付近に巨大地震を引き起こすひずみが蓄積している可能性が高くなっていると分析しています。
(北海道大学 高橋浩晃教授)「400年の間に30メートルたまったエネルギーが一気に放出して大きな地震が発生する。超巨大地震が起こりますと、東日本大震災と同じような超巨大な津波が発生して、それが太平洋沿岸を襲うということになりますので、現在の想定では高さで言うと20メートルを超えるようなところもある」

子どもたちに震災の教訓を…「いつか思いがつながれば」
 この日、渡邊さんは講演のため、家族と一緒に旭川市を訪れました。渡邊さんの同級生で、一緒に「いのちの石碑」に取り組んだ鈴木智博さんも宮城県から駆け付けました。
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(渡邊滉大さん)「こういうタイミングでしか会う機会ないからね」
(鈴木智博さん)「ていうかこういうのも久々、かなり久しぶりだもんね。やっぱり15年経ってくるとなかなかちょっと少なくなってくるっていうのもあるし、お互いに引っ越したり仕事もある、少なくなってくる。呼んでもらえるのはありがたい」
(渡邊滉大さん)「本当にありがたい」
 3年ぶりの再会を喜ぶ間もなく、すぐに入念な打ち合わせに入ります。
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 震災の教訓を語り継ぐ講演会には、地域の住民や子どもたちが集まりました。ステージの傍らに設置されたのは、「いのちの石碑」のレプリカです。
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(渡邊滉大さん)「いま私たちの故郷の女川に何ができるか考えてみようというのが一番最初の授業でした。まず1つめ・絆を深める。2つめ・高台に避難できる街をつくる。3つめ・記録に残し、未来へ伝える。まだ若い世代だと思うので、将来、例えば僕が札幌で仕事をするように、どこで仕事をするかわからないような状態で、その時にタイミングが悪くてってこともあるかもしれない。そんなときに何か僕たちのこの話が役に立っていただければ幸い」
(鈴木智博さん)「震災後に起きた大津波によってふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。悲しみで涙を流すひとが少しでも減り、笑顔溢れる町になるよう祈り、そして信じています」
 「悲劇は2度と繰り返してほしくない」。その思いを15年前の2人と同じくらいの子どもたちにも伝えます。
(小学生)「こんなにも大きな被害が出ているとは思っていなかった」
(小学生)「自分の身の回りのことを気にしながら、そういう(防災の)ことを考えていきたいと思います」
(小学生)「今回だけでこの話を終わらせてはいけないと思うし、友達とかにもしっかり伝えて、災害の恐ろしさをずっとずっと伝えていきたいと思いました」
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(渡邊滉大さん)「15年が経つんだなっていうこと、僕も被災した当時はそのくらいの子だった。こんな話をして響くのかなって今の僕からしたらも思うんですけど、少なからずこの思いがどこかに響いて、つながってくれればいいなって思います」
 「千年後の命を守るために」。震災を知らない子どもたちに記憶をつなぐリレーはこれからも続きます。


15年の節目ということもあり、このところの数年間よりも今年は東日本大震災がらみの報道が多かったように感じました。例年ですと、3.11が過ぎるとそれらがぱたっと無くなっていたのですが、今年は3.11を過ぎても新聞報道やテレビ番組などで被災地の「今」が取り上げ続けられ、良いことだと思いました。

女川町に関しても、3月19日(木)、NHKさんで全国放送された「TOHOKU HEART FES」という音楽番組で取り上げられました。ゆずのお二人、宮世琉弥さん、佐々木莉佳子さんなど東北出身やゆかりというアーティストの皆さんがご出演され、仙台放送局さんが製作されたものでした。
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その中で、震災直後から女川町を支援するために立ち上がったももいろクローバーZの皆さんと、女川町の方々との交流の様子が取り上げられました。

また、3月27日(金)の深夜には、NHK Eテレさんで「みるラジオ 中村雅俊、ロッコクを走る〜東日本大震災15年〜」という番組も放映されます。こちらは国道6号線(ロッコク)が縦断する福島県の浜通り地区が舞台ですが、番組予告ではわざわざ「宮城県女川町出身の中村雅俊さん」とことわられています。

みるラジオ 中村雅俊、ロッコクを走る〜東日本大震災15年〜

NHK Eテレ 2026年3月27日(金) 午後11:50〜午前0:40

福島県を南北に貫く国道6号線“ロッコク”。東日本大震災・原子力災害の影響で、ロッコク沿いの多くの町には全町民への避難指示が出された。震災から15年、避難指示は一部解除され、故郷に戻って来れた町民たちもいる。宮城県女川町出身の中村雅俊さんが、ロッコクを走り、メッセージ付きのラジオ体操を流すボランティア団体、土地を再生させる農家、震災の探究学習に取り組む高校生、夜の本屋を営む若者に会いに行く。

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ぜひご覧頂き、被災地の「今」、そして記憶の伝承、そういったことに思いを馳せいていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 80『高村光太郎秀作批評文集 美と生命 前篇』

平成22年(2010)3月30日 書肆心水 高村光太郎著
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目次
 生命の創造 彫刻の面白味 真に鑑賞する心 趣味という事 純一な芸術が欲しい
 芋と南瓜の触感 女みずから考えよ 女の生きて行く道 日本画に対する感想
 家具及住宅の美 所謂好趣味の人たるなかれ 芸術雑話 岩石のような性格
 令嬢の美しさと女優の美しさ 芸術鑑賞その他 家 日常の瑣事にいのちあれ 顔
 自刻木版の魅力 彫刻的なるもの ルイ十六世所刑の図 彫刻十個条 雑記帳より 人の首
 触覚の世界 生きた言葉 装幀について 夜の海 日本の秋と文学 七つの芸術
 詩人の知った事ではない 新茶の幻想 画に於ける詩精神 芸術する心 写生の二面
 小刀の味 能面の彫刻美 美意識について 蟻と遊ぶ 比例均衡 手
 某月某日(人間力の獰猛さ) 智恵子の切抜絵 某月某日(狂気と純粋性) ほくろ
 書について 

彫刻をはじめとする造型、それから文学についての光太郎評論を2分冊にまとめた前編です。一部、評論とはいえないエッセイ的なものも含みます。

この項、刊行順にご紹介しているのですが、昨日取り上げたハルキ文庫版『智恵子抄』と前後してしまいました。すみません。

いわゆる「コレクション展」ですが、単に「コレクション展」とするのでなく、サブタイトルをつけたり特別にフライヤーを作ったりなさっている場合は御紹介させていただいております。

そういうもので、広島から。光太郎の父・光雲の作品が出ています。

春の館蔵品展 近代彫刻展

期 日 : 2026年3月14日(土)~5月24日(日)
会 場 : 耕三寺博物館 広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
時 間 : 午前9時~午後5時
休 館 : 年中無休
料 金 : 大人 1,400円(1,200円) 大学生・高校生 1,000円(800円)
      中学生以下 無料 ( )内20名以上の団体料金

 名称      作者    材質     時代
 ハイキング   安西順一  木造     S14第3回東邦彫塑院展
 龍女      阿井瑞芩  木造     S11年文展招待展
 松花堂像    赤堀信平  木造     昭和前期
 聖徳太子尊像  雨宮治郎  ブロンズ   S13年第2回新文展
 緑蔭      岡正敏   木造     S11年文展鑑査展
 髪を洗う女   北村正信  大理石    S13年第2回新文展
 維摩      工藤敬三  木造     S6年第12回帝展
 母と子     小瀬村清  木造     S6年第12回帝展
 乳母と子    佐藤静司  木造     S12年第1回新文展
 こども     佐藤匡義  木造     S11年文展鑑査展
 不動明王立像  澤田晴廣  木造     S14年
 聖徳太子    関野聖雲  木造     S14年第3回新文展
 阿弥陀如来坐像 高村光雲  木造截金彩色 昭和前期
 弥陀来迎龕   西村雅之  木造白檀   昭和前期
 春園      西山如拙  木造彩色   S11年文展鑑査展
 信女      橋本朝秀  木造     S11年文展招待展
 のぼるもの   長谷川榮作 木造彩色   S12年第1回新文展
 野飼にて    早川朝洋  木造     S13年第104回日本美術協会展
 裸婦      藤井浩祐  ブロンズ   昭和前期
 母子      本田徳義  木造     S13年第2回新文展
 芽生      松本昇   木造     S11年文展鑑査展
 風神      三木宗策  木造彩色   昭和前期
 銀線を描く   宮本朝濤  木造     S11年文展招待展
 海神の女    森山朝光  木造     T15年第1回聖徳太子奉賛展
 魚藍観音    山崎朝雲  木造     昭和前期
 愛育      山畑阿利一 大理石    昭和前期
 鉋       山根八春  木造     昭和前期
 鍾馗      吉田芳明  木造     昭和前期
 清宵      米原雲海  石膏     M40年
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001光雲作品は「阿弥陀如来坐像」。昭和9年(1934)に亡くなった光雲晩年の作と思われます。

平成14年(2002)に三重県立美術館、茨城県立近代美術館、千葉市立美術館と巡回した「高村光雲とその時代展」にも出品さたもので、その際に拝見しました。像高20㌢ほどの小さな仏様ですが、衣などに細かな截金(きりかね)が施されており、手の込んだ作です。

他にも光雲系統の作家による作品がずらり。関野聖雲、山崎朝雲、米原雲海などは「雲」一字を受け継いだ高弟ですが、それ以外に三木宗策、澤田晴廣も「雲」の字は入らないものの光雲の系譜に連なる彫刻家です。フライヤーで最も大きく取り上げられているのは三木宗策の「風神」ですが、見事な作ですね。

同時開催で中村不折、中村岳陵らの作が出ている「近代美術 日本画展」、それから「館蔵茶道具展」も開催されています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)79 『智恵子抄』

平成23年(2011)4月15日 角川春樹事務所(ハルキ文庫) 高村光太郎著
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目次
 人に 或る夜のこころ おそれ 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
 人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 夜の二人 
 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視
 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記
 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒 うた六首 智恵子の半生 九十九里浜の初夏
 智恵子の切抜絵
 語註 略年譜
 エッセイ 蜂飼耳

昭和16年(1941)、龍星閣から刊行されたオリジナル『智恵子抄』を踏襲した構成で、従って戦後の作品は収録されていません。解説は詩人の蜂飼耳氏。現在でも新刊で入手可能です。

いずれも3月29日(日)開催の、朗読イベントと歌曲演奏会の情報です。

まず朗読。

ミニ朗読会

期 日 : 2026年3月29日(日)
会 場 : 古本屋カフェアトリエ*ローゼンホルツ 千葉県市川市真間2-2-12
時 間 : 15:00〜15:30 
料 金 : 無料

三浦哲郎『みちづれ』 太宰治『雀っこ』 高村光太郎『レモン哀歌』 参加費は無料です。
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大正12年から変わらず在り続ける古民家とも言えない古人家は元銭湯だった頃の家。広い家の中いっぱいにある古本・絵画をはじめとするアート作品を見ながら、ゆっくり時を過ごせるようにカフェとして営業しています。散歩ができるほど広い空間の中で読んだり、見たり、食べたり、書いたり、手作業をしたり...家と対話しながらの自分時間をお過ごしください。古本・アート作品は非売品以外は購入できます。
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同時開催

津軽こぎん刺し 北の星座とサークル展〜津軽のかまりっこ〜
3月1日(日)~3月30日(月) 金土日月/12:00〜17:00

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会期中のアトリエのランチ
 津軽おでんランチ 若生おにぎり 楽しんでください
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ブックトーク 3月29日(日) 13:00~
好きな本を1冊、持ち寄って紹介する本でおしゃべりするカフェ時間です。参加費はカフェオーダーです。
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なかなかシャレオツな感じですね。関係者の方が青森系なのでしょうか。津軽地方名産の「こぎん刺し」の展示やら、「津軽おでんランチ」やら、それから朗読作品も光太郎以外は青森出身の三浦哲郎と太宰治ですし、もちろん光太郎も生涯最後の大作「乙女の像」の関係で青森とは縁が深い人物です。

何もなければ馳せ参じるところですが、当日、下記の演奏会とブッキングしていて、残念です。

朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール

期 日 : 2026年3月29日(日)
会 場 : 王子ホール 東京都中央区銀座4-7-5 
時 間 : 13:30開場 14:00開演
料 金 : 全席自由¥4,500 学生¥2,000

出 演 : 阿部麻子、黒川京子、品田明子、前澤悦子、三繩みどり(S)、志村美土里(Ms)
      馬場眞二(Br)、朝岡真木子(作曲、Pf)

今回は、ソプラノの阿部麻子さん、メゾソプラノの志村美土里さんが初出演いたします。

曲 目 :
 歌曲集『夕暮れ巴水』全曲 詩 林望    「魔法のトビラ」 詩 人見敬子
 「ガラスのオルゴール」 詩 今村佳枝    「ひなげしの花」 詩 こわせ・たまみ
 「メヌエット」 詩 立原道造        「きっと 春は くる」 詩 星乃ミミナ
 「君死にたもうことなかれ」 詩 与謝野晶子 「さくら舞台」 詩 大竹典子
 「わたしは魔女」 詩 冨永佳与子      「そのとき十八の春」 詩 岡崎カズヱ
 組曲『智恵子抄』より「人に」「あどけない話」 詩 高村光太郎

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演奏されるのはすべて作曲家・朝岡真木子氏の作曲によるものです。

組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲がプログラムに入っています。同組曲、令和元年(2019)に初演され、令和4年(2022)には楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』に収録、その後も各種演奏会で取り上げられ、「これ、CD化してほしいですね」とぼそっと呟いたところ(笑)、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD「清水邦子が歌う 組曲『智惠子抄』」がリリースされました。言い出しっぺとして責任を取る形で(笑)ライナーノートを執筆させていただきました。

ちなみに楽譜集『朝岡真木子歌曲集2』、現在2刷が流通しているそうですが、年内には3刷め重版の予定だとのことで、これまでの版に無かった詩集『智恵子抄』についての解説を書けと頼まれました。光栄です。この手の楽譜集がそんなに版を重ねるのは珍しいような気がしますが(逆にとっとと絶版になってオンデマンド出版=注文があった場合のみ製本印刷、というケースが多いように感じています)、それだけ朝岡氏の作品群の魅力が素晴らしいということでしょう。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)78 『ヴェルハーレン 明るい時 午後の時』

平成22年(2010)1月20日 三恵社 高村光太郎訳 阿部誠編
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目次
 巻頭言 はじめに 短歌二首 明るい時 午後の時 注釈 ヴェルハーレン年譜
 高村光太郎年譜 おわりに

ベルギーの詩人、エミール・ヴェルハーレン(光太郎による表記は「ヹルハアラン」)の詩集「時の三部作」。このうち「明るい時」は光太郎訳で大正10年(1921)に芸術社から刊行され、「午後の時」光太郎訳は各種雑誌やアンソロジーに断片的に収められました。「夕の時」翻訳は手をつけたものの発表はされなかったようです。

編集した阿部氏による自費出版的な刊行のようです。「短歌二首」はヴェルハーレンについて謳った光太郎短歌です。

毎月15日、光太郎第二の故郷・岩手花巻の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナントミレットキッチン花(フラワー)さんで限定販売される弁当光太郎ランチ。光太郎が実際に作った料理や使った食材などを参考にしたメニュー考案に当たられているやつかの森LLCさんから今月分の画像が届きました。
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品目は「赤飯」「五目飯」「ヒレカツ」「揚げ大根の野菜あんかけ」「ほうれんそうととうもろこしのナムル」「ネギとワカメの酢味噌和えイカ添え」「卵焼き」「芋羊羹」「漬物」だそうです。

地域ニュースサイト号外NET」というサイトがあり、そちらで3月16日(月)に紹介されています。今月分というわけではなく、毎月の取り組み全般についてですが。

【花巻市】毎月15日販売! 10食限定! 手作り弁当「光太郎ランチ」を知っていますか?006

 高村光太郎を知っていますか? 教科書で「智恵子抄」や「道程」を学んだ人もいるかもしれません。詩人であり、彫刻家である高村光太郎は、実は花巻市とゆかりのある人物です。
 高村光太郎は、晩年宮沢賢治の実家を頼って疎開して7年間花巻に住みました。その時の作品は、高村光太郎記念館に展示してあります。
 道の駅はなまき西南では、光太郎goodsコーナーがあります。休憩コーナーには、宮沢賢治と高村光太郎との関係を開設したボードも展示してあります。
 とても関係の深い花巻市と高村光太郎なのですが、道の駅はなまき西南では、特別なお弁当を月に1回だけ販売しています。そのお弁当の名前は「光太郎ランチ」です。
 光太郎ランチは、高村光太郎が残した日記の中の食事を再現したものです。「光太郎ランチ」を調理・販売されているのは、ミレットキッチン花さんです。地元の野菜をたくさん使った弁当は税込み800円、限定10食です。
 献立は毎月異なります。光太郎と一緒のメニューを食べながら、その世界観を身近に感じてみませんか?

道の駅はなまき西南
 住所 〒025-0131 岩手県花巻市轟木7地割203番地
 営業時間
  ●インフォメーション9:00~17:00
  ●直売所「すぎの樹」9:00~17:00 
  ●味楽苑 昼 11:00~14:00(L.O 13:30) 
       夜 火曜~金曜 17:30~21:00(L.O 20:30)
       土曜・日曜 17:00~21:00(L.O 20:30)
  ●ミレットキッチン 花 9:00~12:00
  ●トイレ・休憩スペース 24時間
 定休日 年末年始
 電話番号 0198-29-5522

もう1箇所、同じ花卷市内の東和地区にあるワンデイシェフの大食堂さんで、「こうたろうカフェ」としてやつかの森さんが厳冬期を除いてランチタイムに月イチで出店されていますが、今年初の出店が3月24日(火)です。

予告されているメニューが以下の通り。
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 ・和風なタンドリーチキン
 ・大根のそぼろ餡
 ・ヒッコロ酢味噌
 ・漬けマグロのとろろかけ
 ・鱈子と糸コンの和え物
 ・旬の漬け物
 ・ふんわりニラ卵汁
 ・白ご飯~バッケみそ~
 ・花巻銀糖
 ・コーヒー


こちらは1,200円だそうで。

それぞれぜひご堪能下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)77 『ロダンの言葉』現代日本の翻訳

平成19年(2007)5月10日 講談社(講談社文芸文庫) 高村光太郎編・訳
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目次
 凡例
 ロダンの芸術(ユージエヌ カリエール)
 ロダン手記
  ヴェヌス 中世期芸術への入門――原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺
  本寺別記 断片 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(其一)  古代芸術の教訓(其二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
  昔の仕事場と今日の学校 構造と肉づけ 古代芸術の伝統的法則
 若き芸術家達に(遺稿)
 解説 湯原かの子
 年譜 北川太一
 著書目録

筑摩書房版の『高村光太郎全集』を定本に、大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た『続ロダンの言葉』からピックアップして編まれた文庫版です。新漢字、新かな遣いに改め、多少ふりがなを加える措置が為されています。未だに新刊として入手可能のようです。

3月15日(日)、安達太良山中腹のチーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼうさんを後に、智恵子の故郷・二本松の市街に。同市出身の文化勲章受章画家・大山忠作画伯を顕彰する大山忠作美術館さんが最終目的地でした。

同館の入っている市民交流センターさんの駐車場に愛車を駐め、まだ時間に余裕があったので、歩いてJR東北本線二本松駅へ。

コンコース入り口脇、城壁を模した壁に嵌め込まれた光太郎詩碑。
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「あどけない話」の一節「阿多多羅山の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ」が、光太郎のペン字を拡大して刻まれています。昭和51年(1976)に設置されました。

こころもちつけられた角度により、天気がよいと碑面の黒御影石に「ほんとの空」が反射して映えるのですが、この日は多少雲が多く……。

すぐそばに、智恵子像「ほんとの空」。
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二本松にルーツを持ち、光太郎の父・光雲の系譜に連なる彫刻家の故・橋本堅太郎氏の作です。智恵子の指さす先、雲の切れ間にわずかながら「ほんとの空」。

像の背後が大山忠作美術館さんの入っている市民交流センターさんです。
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3階が大山忠作美術館さんで、そのホワイエから見える安達太良山。
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のちほど、名誉館長にして画伯のご息女・一色采子さんによるギャラリートークがあるということで、この時点では展示は拝見せず、1階の多目的室へ。そちらで一色さんのトークイベントです。

昨年12月から照明の抜本的改修工事のため3ヶ月休館していた同館が3月1日(日)を以て再オープン(休館中は「移動美術館」として智恵子モチーフの作品などは智恵子記念館で展示されていました)、さらに昨秋、一色さんが名誉館長にご就任ということもあり、このイベントの開催ということになりました。昔から名誉館長だったと思い込んでいたのですが、そうではありませんでした。
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三保恵一市長から花束贈呈。

この後、スクリーンに画伯の作品を投影しつつ、ご家族としての視点から見た画伯のありのままの姿、それぞれの作品に込められた思いなどといったお話を。「私は学芸員ではないので、専門的なためになるお話はできません」と謙遜なさっていましたが、実は一色さん、女子美短大のご出身ですので、構図のお話などなかなか鋭い視点でのものでした。

この後、3階に移動、一色さんによるギャラリートーク。再オープンに伴う展示替えで「本日は日本画日和」と題された展示になっています。
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000今回は複数ある智恵子を描いた作品のうち、「霧(高村智恵子)」が展示されています。100号超の大きさで平成7年(1995)の日展出品作とのことです。当方、実作を見たのは今回が初めてだったかも知れません。

この作品に関しても、一色さん、鋭いご説明。画伯ご本人もそうおっしゃっていたのかも知れませんが、「失敗作」だそうで。他の作品でもそういう試みをなさっていたとのことですが、風景画と人物画の融合を狙ったものの、それが中途半端に終わってしまっていると。

しかし腐すだけでなく「心を病んで頭の中に「霧」がかかっている智恵子さんの状態はよく表せている」。なるほど、と思いました。

ちなみに画伯のお母さまは生前の智恵子をよく見かけたそうです。いつも綺麗な着物を着ていたそうで。

ショップには「霧」をプリントしたA4判クリアファイル、しっかり並んでいました。
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再オープンに伴い新たに作られたパンフレット。100部いただいて来ましたので、4月2日(木)、当会主催の連翹忌の集いご参加の方には差し上げます。ちなみに連翹忌の集いでは、一色さんと渡辺えりさんが光太郎詩朗読をなさってくださいます。
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目玉作の一つとして(今回は展示されていませんが)、「智恵子に扮する有馬稲子像」も載っています。昭和51年(1976)、「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」中の北條秀司作「智恵子抄」で智恵子役だった有馬稲子さんを描いたものです。
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右上は、ついでですので一色さんと当方(笑)。

そんなこんなの福島レポート、以上で終わります。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)76 『荻原守衛』

平成18年(2006)7月20日 碌山美術館 高村光太郎著
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目次
 死んだ荻原君
 荻原守衛
 荻原守衛―アトリエにて5―

光太郎の親友だった碌山荻原守衛を顕彰する信州安曇野の碌山美術館さんの発行。光太郎文筆作品のうち、守衛をメインにした3篇――エッセイ「死んだ荻原君」(明治43年=1910『方寸』)、詩「荻原守衛」(昭和11年=1396 『詩洋』)、エッセイ「荻原守衛―アトリエにて5―」(昭和29年=1954 『新潮』)を収めた冊子です。

これを光太郎の「本人著作」と言っていいのかどうかという気もしますが、さりとて他のどのカテゴリに分類すればいいのか、ということにもなりますので……。

3月15日(日)、いわき市立草野心平記念文学館さんを後に、智恵子の故郷・二本松に愛車を向けました。

二本松でのメインの目的は、市立の大山忠作美術館さんでの名誉館長・大山采子(芸名・一色采子)さんによるトークイベントでしたが、開会まで時間があるので、その前に智恵子のソウルマウンテン・安達太良山方面に。

東北道二本松ICで下り、国道459号線に入って山麓から見た安達太良山。まだ雪を戴いています。
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目指すは「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さん。岳温泉さんの中心街を土湯温泉さん方面に向かって通り過ぎ、1,5㌔㍍ほどの場所です。
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以前から足を運ぼうと思いつつ、なかなか果たせませんで、今回初の訪問。

こちらでは令和2年(2020)に「ほんとの空のクリームソーダ」を発売、その後、郡山市で開催された物産展などにも出店され、「ほんとの空のクリームソーダ」も販売なさったりされました。また、昨年には夏限定メニューとして「ほんとの空」をイメージした「星降るレアチーズケーキ」などもラインナップに。

さらに先月、新商品として瓶詰めの「ほんとの空サイダー(あおぞら)」をご発表。
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その時点で御紹介しようとも考えたのですが、どうせなら買いに行ってしまえ、というわけで(笑)。

で、店内。ありました。
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さらにカップに入ったテイクアウトタイプの「ほんとの空ソーダ」も健在。
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こちらはクリームの有無、それから「あおぞら」と「ゆうぐれ」が選べます。

まだ寒いということもあり(敷地内にも雪が残っていました)、クリームなしの「あおぞら」を注文しました。
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店外のテラス席で、わかりにくいのですが安達太良山をバックに。

右下の赤い箱は、土産を買って帰らないとふくれる(常に膨れていますが(笑))妻に、「にゃんサンド」。
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サイダーは

安達太良山の上に広がる「ほんとの空」(智恵子抄より)の空色をイメージした、青く透き通ったサイダーです♪ 福島県産のりんご果汁を使用した、爽やかなりんご味🍎 天然着色料を使用したこだわりの青色です✨ ラベルには、二本松市の上川崎和紙で安達太良山の風景を表現にしました⛰️ ご旅行やお出かけ、ドライブ🚗で見た『ほんとの空』の思い出をぜひお持ち帰りしませんか?🤗

だそうで、地産地消の観点からもすぐれものですね。特にラベルが上川崎和紙だというのには驚きました。

その後、市街へ向かう愛車を運転しつつ、テイクアウト用のカップ入りをいただきました。

皆様も二本松に行かれる際は、ぜひこちらまで足を伸ばし、「ほんとの空サイダー/ソーダ」お試し下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)75 『ロダンの言葉』覆刻

平成12年(2000)12月1日 沖積舎 高村光太郎編訳
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目次
 ロダンの芸術(カリエール)
 ロダン手記
  ヹヌス 原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺 本寺別記
  断片(「本寺」、「真のロダン」其  他より) 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(一)   同(二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
 アウギユスト ロダン(オクターヴ ミルボー)
 若き芸術家達に(遺稿)
 ロダン手記
  花について 女の肖像
  芸術家の一日
    庭園の朝 古代彫刻の断片 庭園の夕
  ゴチツクの線と構造
    ゴチツク建築家は写真家である 面と相反と 釣合の知識 石のレース細工 外陣
    くりかた
  芸術と自然
    古代芸術―ギリシヤ 古代芸術の豊かさは肉づけにある 高肉とキヤロスキユロ
    ローマ及ローマ芸術 アメリカの為に
  ゴチツクの天才
    ノートルダム サン トウスターシユ 彫刻に於ける色調 十八世紀 断片 
   五部のスレスコ 手紙
 ギユスターヴ コキヨ筆録
 ジユヂト クラデル筆録
 フレデリク ロートン外二三氏筆録
 ポール グゼル筆録
  「岡の上にて」より 「ロダンの家にて」より フイデヤスとミケランジユ 女の美
 「本寺」より(手記)
  断片 ムラン マント ネエル アミヤン ル マン ソワツソン シヤルトル
 解説 金原宏行

名著の復刻がちょっとしたブームになっていたので、その流れでというわけでしょう。大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た初版『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た初版『続ロダンの言葉』を一冊にまとめた厚冊です。新たに版下を組むのではなく、正続それぞれを写真製版し(続の方はオリジナルかららしいのですが、正の方は昭和4年(1929)刊行の普及版からのようです)、そのまま使っています。したがって旧字旧仮名です。美術評論家の金原宏行氏が解説をご執筆されています。

昨日は福島県の浜通り地区、中通り地区をうろうろしておりました。

まず向かったのは、当会の祖・草野心平を顕彰するいわき市の市立草野心平記念文学館さん。こちらでは企画展「草野心平と川内村」が一昨日に始まりまして、その拝観。
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光太郎智恵子には直接関わらないのですが、川内村は当方も毎年のように訪れさせていただいており、これは観ておかなければ、と思い、参じた次第です。

心平はいわき市の出身ですが、川内村の名誉村民に認定していただいております。そもそもは昭和24年(1949)、蛙をこよなく愛した心平の「モリアオガエルを見たい」という発言に、村の長福寺さんの矢内俊晃住職が、モリアオガエルの棲む平伏沼(へぶすぬま)が村にあるので来てほしいと手紙を出して招いたことに始まります。心平の川内村訪問は4年後の昭和28年(1953)が最初でした。

その後、すっかり同村の風土や人情が気に入った心平は、長福寺さんを宿にして何度も訪村し、心平は蔵書3,000冊を寄贈、昭和41年(1966)にはそれを納める場所兼心平の別荘として、「天山文庫」が建てられました。設立協力委員には、心平と親しかった髙村豊周(光太郎実弟)も名を連ねました。心平、長い時は半年程もここに滞在したそうです。毎年7月(雨さえ降らなければ)、ここで心平を偲ぶ「天山祭り」が開催されています。

いただいてきた簡易図録(全8ページ)の裏表紙には天山文庫、長福寺さん、平伏沼の紹介も。
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展示は長福寺さん、元同村教育長の石井芳信氏、そして同村教育委員会さん所蔵のもの。
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長福寺さん所蔵の書が圧巻でした。同寺や平伏沼に建てられた心平碑の原本となった書など。
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今回お貸し下さったのが10点ほど。特に村との関わりが色濃く表れているものに限ったとのことで、同寺ではそうでもない書をまだまだたくさんお持ちだそうです。それから村と心平を結びつけた矢内住職宛の書簡。交流のさまが生き生きと残る貴重なものです。簡易図録にはそれらの画像が無く、ちょっと残念でしたが。

それから心平の写る村での写真類が半切ほどのパネルでずらっと。天山文庫と同じ敷地内にあるかわうち草野心平記念館(阿武隈民芸館)さんにも類似のもの展示されていたり、平成元年(1989)に同村教育委員会さん刊行の『草野心平とかわうち』という書籍にやはり村でのショットが掲載されたりしていますが、それらとかぶるものがほとんど無く、ほぼ初見のものばかりで「へー」という感じでした。前日に開幕のテープカットで訪れられた遠藤雄幸川内村長も、見たことが無い写真が多いと驚かれていたそうです。
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それらは簡易図録やフライヤーにに掲載されています。
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また簡易図録には、心平と同村との交流に絞った年譜も。こちらには豊周が「天山文庫設立協力委員」の一人だったことも記されています。
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ちなみに今回の展示、天山文庫の落成と、第一回天山祭りの開催が昭和41年(1966)、そこから数えて60周年の記念という意味合いでの企画だそうで。会期は6月7日(日)までと、かなり長めです。
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それから同時開催で「スポット展示 草野天平」(3月22日(日)まで)。天平は心平の7歳下の弟で、やはり詩人。妻の梅乃ともども光太郎とも交流がありました。昭和27年(1952)、数え43歳で病没。没後の昭和34年(1959)、『定本草野天平詩集』で第2回高村光太郎賞を受賞しました。同賞は『高村光太郎全集』の印税を原資に、豊周の発案で詩と造型の2部門、10年間の期間限定で実施されたものです。

また、4月25日(土)~5月24日(日)の期間に、「小さな企画展 モリアオガエル展」が開催されるということです。

ぜひ足をお運び下さい。

……「ぜひ足をお運びください」と言えば、川内村自体にも。

東日本大震災から15年が経ち、同村の置かれている現状、非常に厳しいものがあります。今年の3.11当日にNHKさんで放映された「NHKスペシャル わたしたちの“復興” 震災15年・当事者たちの告白」を拝見し、「いやー、これほどか」と改めて思いました。

45分の番組中、3分の1ほどをとって、遠藤村長への密着取材。
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過去のアーカイヴ映像を交え、村役場はもちろん、都内の陳情先、ご自宅にも。

いつも天山祭りでお会いする村長は、にこやかにそしてユーモラスに振る舞われていますが、その陰にこれほどの苦悩がおありだったかと、粛然とさせられました。
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訪れるだけでもささやかな復興支援となります。衷心よりよろしくお願い申し上げます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)73 『道程』愛蔵版

平成11年(1999)12月25日 日本図書センター 高村光太郎著
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目次

 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 解題 越山美樹
 全集・主要参考文献
 年譜

日本図書センターさんでは、この時期「愛蔵版詩集シリーズ」と銘打って、40冊を刊行。大正3年(1914)初版の『道程』もラインナップに入れて下さいました。

現在開催中の企画展示についての報道を2件。

まず、『秋田魁新報』さん、鹿角市十和田図書館さんで開催中の「本の芸術家が生んだ浪漫の世界」について。

出版社「龍星閣」を設立、澤田伊四郎の業績知って 十和田図書館で資料展

 出版社「龍星閣」を設立した秋田県小坂町出身の澤田伊四郎(1904~88年)ゆかりの資料を集めた展示=写真=が、鹿角市の十和田図書館で開かれている。27日まで。
 芸術性の高い装丁にこだわった澤田。画家・竹久夢二の画集の権利を買い取り、龍星閣から順次刊行して夢二の再ブームに一役買ったとされる。
 展示は、鹿角市在住の澤田の親族が寄贈した、夢二のポストカード大の作品を中心に約230点陳列。妻を亡くした高村光太郎に、澤田が詩作を提案したという龍星閣刊の「智恵子抄」も並ぶ。小林光代館長は「地域の先人の業績を知ってほしい」と話す。
 午前9時~午後7時(最終日は1時)。月曜休館。問い合わせは十和田図書館TEL0186・35・3239
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続いて『京都新聞』さん。こちらは細見美術館さんで開催中の特別展「志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―」 の紹介。

特別展 「志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―」 3日から細見美術館で

 紬織(つむぎおり)の人間国宝で随筆家でもある志村ふくみさんは、命ある植物から引き出した色で独自の美を追求し続けている。京都市左京区の細見美術館で3日に始まる特別展「志村ふくみ 百一寿-夢の浮橋-」では、昨年秋に101歳を迎えた志村さんが監修した新作2領など約40件を観覧できる。
 特別展のために制作した二つの新作は、志村さんがライフワークとする「源氏物語シリーズ」の作品だ。展覧会のタイトルにもなっている「夢の浮橋」は源氏物語の最終巻の名前。そこに登場する浮舟は、薫と匂宮の間で揺れ、やがて俗世を離れた。志村さんの娘、洋子さんは「母は年を重ね、源氏物語でもキラキラした前半より終盤の宇治十帖を意識するようになった。夢の浮橋については、約5年前から構想していた」と語る。作品は、美しくかれんな浮舟がまとう着物をイメージして制作された。
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《夢の浮橋》2025年         《朧月夜》2025年

 もう一つの新作「朧月夜」は、源氏を惑わせて失脚の一因をつくった女性の名だ。情熱的で華やかな宮廷恋愛を楽しんだ朧月夜だが、作品の色は華やかさとは真逆。「ミステリアスな部分がないと、源氏は好きにならなかった」(洋子さん)。
 この二つの新作には、生の紫根が用いられている。志村さんが大切にする色「紫」を生み出す植物だが、生産量は年々減少している。志村さんの孫、宏さんが滋賀県で紫根の生産を始めたことで新鮮な紫根が手に入り、洋子さんは「より美しい紫が出せた」と喜ぶ。
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《若紫》2007年          小袖《Francesco》2020年

新作2領や能衣装も
 作家の故石牟礼道子さんの遺作で、2018年に初演された新作能「沖宮(おきのみや)」の衣装も並ぶ。沖宮は石牟礼さんの故郷の天草を舞台に、干ばつに苦しむ村のため人柱になる少女・あやを、島原の乱で散った天草四郎の霊が導くという物語だ。
 東日本大震災後、生命の尊さ、自然への畏敬が薄れる現代日本に危機感を抱いた石牟礼さんは、友人の志村さんと往復書簡を交わす中で、新作能の構想を育んだという。衣装はすべて志村さんが監修した。あやがまとう「紅扇」は関西初公開。鮮やかな緋色を間近で見ることができる。
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舞衣《紅扇》2021年

 志村さんはこれまでに織ってきた着物の残り布や小さな端切れを、愛おしいものとして大切に保管してきた。これらの布を使ったコラージュ作品も会場に並ぶ。
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《雛形 蛍 生絹》2006年     《雛形 紫格子白段》 2006年
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《五月のウナ電》 詩 高村光太郎 書・裂 志村ふくみ【後期展示】

■会  期 前期=3月3日(火)~4月12日(日)

       後期=4月14日(火)~5月31日(日)。
       月曜日と5月7日休館(5月4日は開館)
■会  場 細見美術館(京都市左京区岡崎最勝寺町)
■開館時間 午前10時~午後5時
■入館料  一般2000円、学生1500円。会期中、着物姿で来館すると200円割引。
■主  催 細見美術館、京都新聞
■協  力 都機工房、アトリエシムラ
■監  修 志村ふくみ、志村洋子

キャプションにある通り、「五月のウナ電」は4月14日(火)からの後期展示です。

それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)73 『詩集 智恵子抄』愛蔵版

平成11年(1999)3月25日 日本図書センター 高村光太郎著
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目次
 人に             明治四五年七月
 或る夜のこころ        明治四五年八月
 おそれ            明治四五年八月
 或る宵            大正元年一〇月
 郊外の人に          大正元年一一月
 冬の朝のめざめ        大正元年一一月
 深夜の雪           大正二年二月
 人類の泉           大正二年三月
 僕等             大正二年一二月
 愛の嘆美           大正三年二月 
 晩餐             大正三年四月
 樹下の二人          大正一二年三月一一日
 狂奔する牛          大正一四年六月一七日
 鯰              大正一五年二月五日
 夜の二人           大正一五年三月一一日
 あなたはだんだんきれいになる 昭和二年一月六日
 あどけない話         昭和三年五月十日
 同棲同類           昭和三年八月一六日
 美の監禁に手渡す者      昭和六年三月一二日
 人生遠視           昭和一〇年一月二二日
 風にのる智恵子        昭和一〇年四月二五日
 千鳥と遊ぶ智恵子       昭和一二年七月一一日
 値ひがたき智恵子       昭和一二年七月一二日
 山麓の二人          昭和一三年六月二〇日
 或る日の記          昭和一三年八月二七日
 レモン哀歌          昭和一四年二月二三日
 荒涼たる帰宅         昭和一六年六月一一日
 亡き人に           昭和一四年七月一六日
 梅酒             昭和一五年三月三一日
 うた六首                         
 智恵子の半生         昭和一五年九月
 九十九里浜の初夏       昭和一六年五月
 智恵子の切抜絵        昭和一四年一月
 校訂覚え書 北川太一
 年譜 北川太一

「智恵子抄裁判」の結果、龍星閣で出していた『智恵子抄』は出版差し止めとなりました。他のいろいろな『智恵子抄』がありましたが、昭和16年(1941)のオリジナルの形のものが無くなってしまったということで、当会顧問であらせられた北川太一先生が仕掛け人となって刊行されました。

声優の池田昌子さんが亡くなられました。

時事通信さん配信記事。

声優の池田昌子さん死去 「銀河鉄道999」メーテル役

 池田 昌子さん(いけだ・まさこ=声優)3日午後0時27分、脳出血のため病院で死去、87歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。
 アニメの「銀河鉄道999」でメーテル役、「エースをねらえ!」でお蝶(ちょう)夫人こと竜崎麗香役、「火の鳥」の火の鳥役などを務めた。洋画ではオードリー・ヘプバーンの吹き替えを担当し、「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」「ティファニーで朝食を」などに携わった。


スポニチさん。

声優の池田昌子さん急死 87歳 「銀河鉄道999」メーテル、ヘプバーン吹き替えで知られる

000 アニメ「銀河鉄道999」のメーテルや女優オードリー・ヘプバーンの吹き替えなどで知られる声優の池田昌子(いけだ・まさこ、本名浜田昌子=はまだ・まさこ)さんが3日午後0時27分、脳出血のため死去した。87歳。東京都出身。葬儀は近親者で行った。
 所属団体によると、最後の仕事は昨年11月10日に収録したテレビ東京「ありえへん∞世界」のナレーション。関係者は「高齢だったので、仕事をセーブしていましたが、特に持病もなく過ごしていました。急死でした」と話した。お別れの会などは予定されていない。
 児童劇団に入っていたことから子役として映画やドラマに出演。その後、声優業も並行して行うようになった。あるドラマのプロデューサーから「吹き替えはしょせん裏街道。女優なら表街道を歩け」と言われ、「裏街道と言われないようにする」と奮起。声優の仕事に軸足を移した。
 1968年、「許されざる者」で初めてオードリー・ヘプバーンの吹き替えを担当。これが評判となり、その後「昼下りの情事」「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」とヘプバーンの代表作で日本語吹き替えを任された。
 78年、再び大きな出会いが訪れた。松本零士さん原作のテレビアニメ「銀河鉄道999」でヒロイン、メーテルを演じることになった。主人公の星野鉄郎と銀河鉄道999号で宇宙を旅する謎の美女。作品は映画化もされるほど大ヒットし、社会現象化。気品漂う池田さんの声はメーテルのイメージにぴったりで、池田さんの代表作になった。23年6月に行われた松本零士さんのお別れ会でも、メーテルとして弔辞を読んだ。インタビューでは「今もなお、彼女と共に生きている感覚です。自分の分身、私の一部」と語っていた。
 松本零士さんの事務所はSNSで「池田さん演じるメーテルの穏やかでたおやかなお声に松本自身どんなに癒やされたことでしょう。星の海のプラットホームにて松本がお待ちしていると思います」と追悼した。
 池田 昌子(いけだ・まさこ)1939年(昭14)1月1日生まれ。声はメゾソプラノ。「エースをねらえ!」のお蝶夫人など芯の強い女性役が多い。日本コカ・コーラの緑茶「綾鷹」などCMナレーションでも活躍。07年、第1回声優アワード功労賞。
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我々の世代ですと、やはりメーテルやお蝶夫人のイメージの強い池田さんですが、光太郎詩の朗読にも取り組まれていた関係で、何度かお会いしたことがあります。

まず当会主催の連翹忌の集い。平成9年(1997)の第41回を皮切りに、断続的に7回ほどご参加下さいました。一度、たまたま同じテーブルに座らせていただいたことも。お上品な佇まいの中にも、気さくな雰囲気を漂わせていらっしゃいました。

それから、平成13年(2001)、千葉県松戸市の森のホール21での公演「音楽と朗読による「智恵子抄」」の際。ソプラノ歌手の稲見里恵さんとピアノ伴奏の頼田恵さんで、清水脩作曲の歌曲「智恵子抄」、合唱で一般公募の「智恵子抄」合唱団さんによる、やはり清水脩作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」。そして合間に池田さんの朗読が入る構成でした。
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この頃、池田さんはわりと盛んに光太郎詩朗読等に取り組まれていらして、声優仲間の政宗一成さんと組まれてCDをリリースされたりもなさいました。下は平成17年(2005)頃、自主制作されたCD。
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久々に聴いてみましたが、実に耳に優しい落ち着いた、しかし哀愁を帯びたお声で、さすがとしか言いようがありません。

政宗さん著のCDブック(平成16年=2004)にも朗読でご参加。
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それから、日本テレビさん系列で放映されていた教養番組「知ってるつもり⁈」でナレーションを担当されていました。平成10年(1998)5月17日には「高村智恵子」の回。このナレーションも絶品でした。
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この分野での至宝が失われた感が強く、残念でなりません。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)72 『智恵子抄』

平成11年(1999)1月25日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著 中村稔編
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目次
 『智恵子抄』(初版)(全)
  人に 或る夜のこころ おそれ 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
  人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
  或る日の記 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒 うた六首 智恵子の半生
  九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵 詩集「智恵子抄」目次年表
 『智恵子抄』補遺
  涙 からくりうた 梟の族 人に 淫心 金 うた一首 新茶の幻想 某月某日
  某月某日 某月某日 某月某日 『智恵子抄』補遺作品年表
 『智恵子抄』以後
  松庵寺 報告 噴霧的な夢 若しも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内
  あの頃 吹雪の夜の独白 智恵子と遊ぶ みちのく便り 三 「樹下の二人」 父との関係
  『智恵子抄』以後 作品年表
 解説 中村稔
 年譜 北川太一

「智恵子抄裁判」で原告側の証人として出廷した、弁護士でもあらせられる文芸評論家・中村稔氏の編です。いろいろ大人の事情があったようで、後の版ではタイトルが『校本 智恵子抄』と改められ、現在も入手可能です。

本日、生誕143周年目となった光太郎。その生前の姿をご存じの方によるエッセイ集です。

加賀野の春

発行日 : 2026年3月10日
著 者 : 小野寺苓(おのでられい)
版 元 : 文藝春秋企画出版部
定 価 : 1,600円+税

著者は昭和7年(1932)東京都生まれ、岩手県盛岡市育ち。長く一関市で暮らし、『みちのく腑分け始末』『茶杓 消えた伊達家老』などの歴史小説や、詩集、随筆集『北窓の風景』『心の旅 井上靖紀行』などを上梓。とりわけ平成8年(1996)刊の随筆集『女の名前』は評価が高く、小学館文庫に入りロングセラーとなった。

本書には、それ以降、書き溜めた作品から、9篇の詩と47篇の随筆を厳選。高村光太郎から聞いたテイル・シチューの話。2010年、講演に招かれた福島県新地町の人たちとの力強い握手。日本で初めて『悪の華』を訳した同郷の矢野茫土とその仕事を守った家族。東京駅で懐かしげに夫に話しかけた謎の男。そして百回も続いた「井上靖文学を読む会」のことなど、忘れがたい人との縁が、端正な名文で綴られる。

「読み返し、偶然と言うべきか不思議と言うべきか沢山の素晴らしい方々との出会いが私を成長させて下さったことに改めて気がつきます」(「あとがき」より)
巻末に、『女の名前』以来の愛読者・桜木紫乃さんによる解説を収録。
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目次
 詩 愛
 赤いバイオリン/椿の庭/蜘蛛の巣    
 詩 沈黙
 ははとじとまなご/ミラー刺繡/水晶/網タイツの菩薩/黒い仏像    
 詩 フウセンカズラ
 握手/消えたチーズ/茶杓/観光と大観/石庭      
 詩 パラオの少年
 フタリワイイ/東山魁夷と子供たち/氷の階段/レッスン/矢野文夫(茫土)/画家の遺族
 青イシグナル   
 詩 桜は咲かなかった
 ジャカランダの花/あの世でも/陰膳/飯盒炊さん/テイル・シチュー/夏の終わり  
 詩 萱草
 たばこ/女物のハンカチ/衝突/目撃者/錦木/原敬と狸/赤穂の殿様    
 詩 想
 感謝/保険医廃業/人名漢字/同姓同名/芳名簿/勘違い/圧迫骨折/落穂拾い
 天使との出会い/ 加賀野の春     
 詩 道
 徳島の旅/白神山地は拒絶した/曖昧の弱さ/読む・百回のステージ 
 詩 よみがえり
 あとがき
 解説 桜木紫乃

小野寺 苓
昭和7年(1932)東京都生まれ。岩手県盛岡で育つ。小説に『玉蕾』(岩手日報社)、『みちのく腑分け始末』(新人物往来社)、『茶杓 消えた伊達家老』『火 みちのく一関忠臣蔵』(勝どき書房)、随筆に『北窓の風景』(おのまき)、『女の名前』(小学館文庫)、『心の旅 井上靖紀行』(土曜美術出版販売)。北川れいのペンネームで、詩集『ママンの木』『蓮台野』(Láの会)、『花の郵便』『托鉢の朝』(土曜美術出版販売)がある。


著者の小野寺苓氏、「よく間違われる」と本文中にも繰り返し記されていますが、女性です。「苓(れい)」一字のお名前は、漢文学の教養がおありだった父君による命名とのこと。現在では常用漢字にも人名漢字にも含まれない字だそうですが。

東京のお生まれで盛岡で育ち、永らく一関にお住まいで、現在は盛岡の介護施設に入ってらっしゃるそうで、タイトルの「加賀野」はその施設名から。同時に施設周辺の地名でもあるようです。

「テイル・シチュー」という項で、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隠棲していた光太郎の元を訪問したことが語られています。訪問時には「花巻市の高校生だった」そうで「数人の友人と訪ねて行った」とのことでした。季節的には「あの日の山荘の外は白い雪景色」。光太郎は囲炉裏ばたにいたそうですが、小野寺氏一行を見て開口一番「名前を聞いても仕方がない」(笑)。しかし、歓待はしてくれたようで、それは「私たちが乏しい小遣いから出し合って買っていった土産の煎餅や焼き芋をひどく気に入った」ためのようです(笑)。

そして「テイル・シチュー」。

 高校生の私たちを相手に話してくれたのは、文学や彫刻の事ではなくパリ在住時代の食べ物の話ばかりだった。
 テイル・シチュー、タン・シチュー、フランスパンのことなど懐かし気に話していた。パリの肉屋から殆どただみたいに貰ってくる牛のシッポを肩からだらりと下げてパリの街中を歩く姿を想像したのだが、まさかそんな恰好ではなかったろう。


光太郎のテイル・シチュー好きは筋金入りで、山小屋隠棲中にも作っていましたし、講演などでもその魅力を繰り返し語っていました。当時まだ一般的ではなかったこともあり、講演を聴いた聴衆が挙ってシッポを買い求め、肉屋さんとしては「何事だ?」状態だったとのこと(笑)。

その後、最近の話として浅田次郎氏の小説『蒼穹の昴』の話題に。その中にテイル・シチューについての記述があって、旦那さまが肉屋さんに材料を頼み、小野寺氏が作ってみたとのこと。そこから遠い日の光太郎から聞かされた話を思い出した、という流れでした。

光太郎、残っている日記には結構細かく来訪者と貰った土産などを記録しているので、あたってみました。雪の季節で、高校生が数人、持参したのは煎餅と焼き芋。しかし、残年ながら該当する記述は見つかりませんでした。昭和24年(1949)と翌25年(1950)の日記は大部分が失われており、その間だったのだろうと思われます。

その他、光太郎と交流のあった人物についての項も複数。彫刻家の土方久功、詩人・美術評論家・日本画家の矢野文夫、画家の松本竣介、そして岩手と言えば宮沢賢治。さらにご交流がおありの桜木紫乃氏による解説が附されています。

どの項も軽妙かつユーモアに溢れ、それでいて考えさせられることも多く、最近読んだこの手のものの中では出色でした。ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)71 『新編 智恵子抄』

平成6年(1994)4月15日 ノーベル書房 高村光太郎著 髙村規監修
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目次
 智恵子の貼り絵
 詩
  人に 或る夜のこころ おそれ 涙 からくりうた 梟の族 或る宵 郊外の人に
  冬の朝のめざめ 深夜の雪 人に 人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 淫心 樹下の二人
  狂奔する牛 金 鯰 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 山麓の二人 或る日の記 レモン哀歌 亡き人に 梅酒
  荒涼たる帰宅 松庵寺 噴霧的な夢 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形
  案内 あの頃 吹雪の夜の独白 智恵子と遊ぶ 報告
 短歌
 随筆
  智恵子の半生 新茶の幻想 某月某日 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵 年越し
  智恵子の遺作展 村にて 再び村にて 九月三十日 あとがき(智恵子抄その後より)
  樹下の二人 二本松霞ヶ城 ×月×日 某月某日 某月某日 自作肖像漫談
 書簡
  智恵子宛光太郎書簡

少し前ににも書きましたが、この時期、『智恵子抄』の各種の異版が5種類ほど相次いで刊行されました。どれも不幸な「智恵子抄裁判」のからみです。そのうち、髙村家として出したという感じのものです。他の『智恵子抄』に収録されなかった作品も積極的に採る、というコンセプトだったようです。

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