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昨日公開の000映画「この道」、早速、拝見して参りました。

昨年末に小学館さんから刊行された大石直紀氏著『この道』、ほぼその通りのストーリーで(映画のノベライズと謳っていますので当然ですが)、北原白秋と山田耕筰を軸に、物語が進んでいきます。

前半は、隣家の人妻にして、後に白秋の妻となる俊子ともども姦通罪で逮捕されたり、入水自殺を企てるも結局は勇気が無く思いとどまったりといった、ダメ人間・白秋(笑)が描かれます。白秋役は大森南朋さん。

やがて白秋は、EXILEのAKIRAさん演じる山田耕筰とタッグを組み(最初の出会いは乱闘に発展)、関東大震災で力を落とす人々を、白秋の詩と山田の音楽を融合させた童謡で力づけていく、という展開。

その後、日中戦争勃発後は、否応なしに戦時体制に組み込まれてゆく二人……。幼い頃に白秋の家によく遊びに来ていた男の子がが立派な青年となり、兵士として出征してゆくシーンには、じーんと来ました。そして、やがて来るであろう、自由に歌が作れる時代を夢見ながら、白秋は先立ち、残された山田が白秋の分までその思いを背負って生きていく、というストーリーです。

『明星』の与謝野寛・晶子夫妻や、光太郎、萩原朔太郎、石川啄木、鈴木三重吉なども登場します。光太郎のそれには触れられませんでしたが、晶子に関しては、やはり大政翼賛の方向に行かざるを得なかった苦悩が描かれていました。

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関連するテレビ番組が、明日、放映されます。昨年5月に初回放映があったものの再放送ですが。 

昭和偉人伝 「山田耕筰・北原白秋」

BS朝日 2019年1月13日(日) 11時00分~11時55分

国家壊滅の状態から未曾有の成長を遂げた時代・昭和。そこには、時代を先導したリーダーがいた。そんな偉人たちを、独自取材と真実のインタビュー、さらには貴重な映像を交じえてつづる、波乱万丈の偉人伝。

2018年で童謡が生まれて100年。番組では、今も愛される童謡の名曲を数多く生んだ、詩人・北原白秋と作曲家・山田耕筰の足跡をたどり、日本人の心に残る原風景を探る!

「からたちの花」「この道」など、今も愛される童謡の名曲を生んだ、詩人・北原白秋と作曲家・山田耕筰。今回は偉大な芸術家2人の足跡を童謡を中心にたどり、日本人の心に残る原風景を探る。白秋と耕筰は、日本語が持つ美しさを生かした音楽を作り、子どもはもちろん、大人たちにも豊かな心を育んでほしいと願っていた。1918年に鈴木三重吉が「赤い鳥」を創刊し、童謡が生まれて100年以上。詩を読み、旋律にじっと耳を傾ければ、無心で遊んだ幼い頃の気持ちがよみがえるだろう。誰もが持つ“日本心の情景"を探る。

語り 國村隼

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白秋、山田、それぞれの人物像のアウトラインが紹介され……

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映画「この道」の映像も。

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山田耕筰を演じたAKIRAさんや、歌手の秋川雅史さんがゲスト出演。

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ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

人間の首ほど微妙なものはない。よく見てゐるとまるで深淵にのぞんでゐる様な気がする。其人をまる出しにしてゐるとも思はれるし、又秘密のかたまりの様にも見える。さうして結局其人の極印だなと思はせられる。

散文「人の首」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

性格やその時々の精神状態など、顔に表れる情報は隠そうにも隠しきれないということなのでしょう。ある意味、恐ろしいことです。

今年も3.11が近づいて参りました。そういうわけで、東日本大震災からの復興を描いたドキュメンタリー映画をご紹介いたします。 

一陽来復 Life Goes On

公  開  日 : 2018年3月3日(土)より 全国ロードショー
上映会場 : ヒューマントラストシネマ有楽町名古屋ミッドランドスクエアシネマ ほか
監  督 : 尹美亜 
制  作 : 平成プロジェクト
製  作 : 心の復興映画製作委員会
上映時間 : 81分

ナレーション  : 藤原紀香/山寺宏一

一陽来復の春、すべての人に知ってもらいたい鎮魂と再生の物語

季節は移り、景色も変わる。人々の暮らしも変わった。
6年間の日常の積み重ねから発せられる言葉と、明日に向けられたそれぞれの笑顔。
2011年3月11日の東日本大震災から6年あまり。震災によって甚大な被害を受けた宮城県石巻市・南三陸町、岩手県釜石市、福島県川内村・浪江町の各地では、多くの人が喪失感や葛藤を抱えながら、新しい一歩を踏み出している。

3人の子供を失った場所に、仲間のための集会スペースを作った夫婦。津波の後にもたらされた海の恵みに気づき、以前とは異なる養殖を始めたカキ漁師。震災を風化させないために語り部となったホテルマン。写真の中で生き続けるパパと、そろばんが大好きな5歳の少女。全村非難の村で田んぼを耕し続けた農家。電力会社との対話をあきらめない商工会会長。被爆した牛の世話を続ける牛飼い。
カメラは「復興」という一言では括ることのできない、一人ひとりの確かな歩みを自然豊かな風景とともに映し出す。

東北の各地で生まれている小さな希望と幸せ

本作品では、岩手・宮城・福島の被災3県で生きる市井の人々の姿を通じて東北、引いては日本の現在を包括的に捉えた初のドキュメンタリー。多岐にわたる登場人物やストーリーの根底には生命の賛歌が流れている。
監督は、NHKドキュメンタリー番組制作や『サンマとカタール 女川つながる人々』などのプロヂューサーを経て、本作が初監督となるユンミヤ。「東日本大震災の衝撃と悲しみは世界中の人々に伝播したが、その後生まれたたくさんの小さな希望や幸せを伝えたい」という一心で東北の各地に通い、取材を続けた。また、東北に縁が深く、継続的な復興支援活動で知られる藤原紀香と山寺宏一がナレーションを務める。

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映画『一陽来復 Life Goes On』予告篇【2018年3月3日(土)劇場公開】



映画『一陽来復 Life Goes On』オープニング映像(本編冒頭2分半)特別公開!



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光太郎智恵子とは関わりませんが、当会の祖・草野心平を名誉村民に認定していただき、心平を偲ぶ「かえる忌」を開催して下さっている福島県川内村も舞台の一つとなっています。

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そして、「かえる忌」主宰の、天山心平の会会長にして、川内村商工会長の井出茂氏がご出演。

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さらに、プロデューサーの益田祐美子氏は、同じく被災地の復興を描いた一昨年公開の映画「サンマとカタール」でもプロデューサーを務められていましたし、監督の尹美亜氏は制作プロデューサーでした。「サンマとカタール」は、光太郎が昭和6年(1931)に『時事新報』の依頼で紀行文執筆のために訪れ、それを記念する高村光太郎文学碑が建てられ、そして「女川光太郎祭」を毎年開いて下さっている宮城県女川町が舞台でした。


震災からもうすぐ7年。現地では、着実に復興への歩みは進んでいますが、まだまだ復興完了にはほど遠い状態です。しかし、記憶の風化との闘いという新たな問題も。

こうした現状を知るためにも、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

およそ本源に立つ者の直接性は人を仮借しない。一撃の下に人を捉へる。

散文「本面について」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

「仮借」はこの場合、「許す、見逃す」の意。ここでは能面の逸品が持つおそろしいまでの造形性を例えての言です。

被災地に生き、復興への歩みを進める人々も「本源に立つ者」と言えるのではないでしょうか。

昨年、全国公開された映画「八重子のハミング」のDVDが発売されまして、早速、購入いたしました。ブルーレイディスクも同時発売でした。 

八重子のハミング

2018年1月13日  発売・販売元 GAGA★  
定価 ブルーレイ 4,800円+税 DVD 3,800円+税

山口県のとあるホール。「やさしさの心って何?」と題された講演。妻・八重子の介護を通して経験したこと、感じたことを語る白髪の老人、石崎誠吾。「妻を介護したのは12年間です。その12年間は、ただただ妻が記憶をなくしていく時間やからちょっと辛かったですいねぇ。でもある時、こう思うたんです。妻は時間を掛けてゆっくりと僕に お別れをしよるんやと。やったら僕も、妻が記憶を無くしていくことを、しっかりと僕の思い出にしようかと…。」誠吾の口から、在りし日の妻・八重子との思い出が語られる。教員時代に巡り会い結婚した頃のこと、八重子の好きだった歌のこと、アルツハイマーを発症してからのこと…。かつて音楽の教師だった八重子は、徐々に記憶を無くしつつも、大好きな歌を口ずさめば、笑顔を取り戻すことも。家族の協力もあり、夫婦の思い出をしっかりと力強く歩んでいく誠吾。山口県・萩市を舞台に描く、夫婦の純愛と家族の愛情にあふれた12年の物語。

【CAST】  升毅/高橋洋子/梅沢富美男/中村優一/文音/安倍萌生/二宮慶多/井上順
【STAFF】 監督・脚本:佐々部清/原作:陽信孝「八重子のハミング」(小学館)

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原作は、小学館さんから平成14年(2002)にハードカバーで刊行され、その後、文庫化されています。「現代の智恵子抄」というコピーが用いられ、原作中にも、原作者の陽(みなみ)氏が、ご自身の介護体験を「智恵子抄」に重ねる記述がありました。

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映画の中でも、升毅さん演じる主人公が、アルツハイマーとなった妻・八重子が寝静まった後、龍星閣戦後版、赤い表紙の『智恵子抄』をひもとくシーンがありました。

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原作でも引用されている、「値ひがたき智恵子」(昭
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和12年=1937)が升さんのナレーションで流れ、それに合わせ、八重子のいろいろな姿がオーバーラップします。

   値ひがたき智恵子

 智恵子は見ないものを見、
 聞こえないものを聞く。

 智恵子は行けないところへ行き、
 出来ないことを為る。
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 智恵子は現身(うつしみ)のわたしを見ず、
 わたしのうしろのわたしに焦がれる。

 智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
 限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。

 わたしをよぶ声をしきりにきくが、
 智恵子はもう人間界の切符を持たない。

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ちなみに、劇場公開の際には無かった、特典映像では、テレビ
山口さん制作のメイキング的な番組も収録されています。そちらでは、実際の陽氏と在りし日の八重子さんの姿も。

さまざまな意味で、考えさせられる作品です。ぜひご購入下さい。



【折々のことば・光太郎】

美の無いところに文化は無い。

散文「美意識について」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

「簡にして要」の一言です。

一昨年に亡くなった、原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」の上映があります。今年亡くなった、土屋嘉男さんもご出演なさっていました。

市民名画劇場 智恵子抄

期   日 : 2017年10月12日(木)
時   間 : 午前10時から、午後1時30分から(開場は30分前)
会   場 : 豊川市ジオスペース館 愛知県豊川市諏訪1丁目63番地
定   員 : 100名(先着順)
申   込 : 当日会場まで
料   金 : 無料

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豊川市図書館さんの主催のようです。

同館では、定期的にこうした名画系の上映をなさっているとのこと。

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地元の方にとっては、ありがたいでしょうね。こうした動きがもっと各自治体に広まってほしいものです。

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【折々のことば・光太郎】

おれは草かげの湧き水で シヤベルやマンガを洗ひながら 「セルボーンの博物誌」をおもひ出す。 二百年も昔のイギリスの片田舎で 一人の牧師が書きとめた あのヨタカがそこにゐる。

詩「ヨタカ」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

ヨタカはその名の通り、夜行性の鳥。宮沢賢治も童話「よだかの星」で取り上げていますね。

『セルボーンの博物誌』は、18世紀後半、イギリスの片田舎セルボーンに住んでいた牧師、ギルバート・ホワイトの著書。その分野の古典として、今日でも読み継がれています。

「マンガ」は「馬鍬」ともいい、基本的には牛馬に引かせて田の代掻きなどを行う農機具ですが、人間用の「備中鍬」を「マンガ」と呼ぶ場合もあり、三畝の畑しかなかった光太郎が牛馬を使うはずもなく、おそらく後者でしょう。

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左が「馬鍬」、右が「備中鍬」です。

若年性アルツハイマーを発症した夫人(八重子さん)の介護を描き、平成14年(2002)に出版されて「現代の智恵子抄」と称された陽(みなみ)信孝氏著『八重子のハミング』。昨秋、映画化され、物語の舞台の山口県での先行公開を経て、先月、全国で封切られました。

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生活圏ではありませんが、車で1時間ほどの佐倉市で上映されているので、そちらで拝見して参りました。考えさせられる映画でした。

八重子さん役の高橋洋子さんの鬼気迫る演技、とまどいつつも八重子さんを支える、陽氏をモデルとした誠吾役の升毅さんはじめ、周囲の人々の役作りなどなど、再現でなくドキュメントと見まごうほどでした。

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徐々に認知機能を失い、お嬢さんの結婚披露宴だというのに、状況が把握できず、しかし美しい花束には素直に喜ぶ八重子さん。

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お孫さんよりも幼くなってしまっている八重子さん。そしてかいがいしく食事の世話をするお孫さん。

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実際の八重子さんが好きだったという、萩市笠山の椿の群生林。

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そのシーンの画像が手に入れられませんでしたが、八重子さんが寝静まった深更、誠吾が龍星閣戦後版、赤い表紙の『智恵子抄』を手に取る場面がありました。そこで誠吾の目にとまっていたのは、「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)。

   値ひがたき智恵子000

智恵子は見ないものを見、
聞こえないものを聞く。

智恵子は行けないところへ行き、
出来ないことを為る。

智恵子は現身(うつしみ)のわたしを見ず、
わたしのうしろのわたしに焦がれる。001

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。

わたしをよぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。


統合失調症の智恵子と、若年性アルツハイマーの八重子さん、それぞれ進行してからの病状は異なりますが、初期の頃はたしかにかぶります。002

しかし、光太郎がある意味「智恵子はもう人間界の切符を持たない」と切り捨てたのに対し、誠吾(陽氏)の場合、最期まで奥様の尊厳を認め、護ろうとしたことに感動しました。

娘さんが「お母さん、しっかりしてよ!」と、ぐだぐだになってしまった八重子さんにくってかかると、誠吾は娘さんを平手打ちにし、「俺を責めるのはいい。だが、母さんを侮辱するのは許さん」と、毅然として言い放つシーンがありました。

時代や家族構成など、いろいろな差異はあり003ますが、こういう点で光太郎は智恵子や周囲に対し、どうに対応していたのだろうかと、改めて思いました。

もっとも、自分がその立場になったら、ましてや、そうされる立場に……というのは、想像できません……。それではいけないのでしょうが……。


帰宅後、購入してきた公式パンフレットで、佐々部清監督の書かれた部分読み、さらに感動させられました。

当初はビッグネームの監督と脚本家で大手映画会社が映画化に向けて動いていたものの、撤退。それなら俺がやろうと、出来上がった脚本を持って他の会社やテレビ局の映画部などを回ったものの「地味すぎる」「中高年が主役では若い人が観に来ない」などの理由で相手にされず……。しかし、地元自治体、企業などを説き伏せて制作費を捻出。通常と比べれば遙かに低予算だったものの、心意気に賛同した役者さんやスタッフさんが手弁当に近い状態で集まってくれ(特に榎木医師役の梅沢富美男さんはご自分から出させてくれ、とおっしゃって来たそうです)、実現したとのこと。

「これって「本宮方式」じゃん」と思いました。「本宮方式」――昭和40年(1965)、吉村公三郎監督作品「こころの山脈」で採用された、資金集めやエキストラなどで地域が撮影に協力する「フィルムコミッション」の先駆けといわれたやり方です。この「こころの山脈」、安達太良山の麓、福島県本宮町(現・本宮市)を舞台とし、やはり劇中に「智恵子抄」が使われました。


奇縁を感じました。


さて、「八重子のハミング」、上映館はこちら。ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

重いものをみんな棄てると 風のやうに歩けさうです。

詩「人生」より 昭和4年(1929) 光太郎47歳

高橋洋子さん演じる、症状がかなり進行してしまってからの八重子さんの姿をスクリーンで観て、このフレーズを実感しました。

といっても、棄ててしまったそれまでの記憶、歩んできた道が無意味だったというわけではありませんが……。

ところで、この「人生」という詩、従来は光太郎詩の中ではほとんど注目されていなかった小品ですが、なぜかこのフレーズが数年前からネット上などで、光太郎の名言としてよく取り上げられています。

それはそれでありがたいのですが、表記を変えないでいただきたいと感じています。歴史的仮名遣いを現代仮名遣いにするのはともかく、「棄」の字を「捨」としたり、ひらがなにしたり……。この点は、他の光太郎作品を取りあげて下さっている朗読サイト的なHPなどでも多く見られます。ひどいものになると、まるまる1行抜けているとか……。

引用には出来るだけ注意を払い、勝手に改変しないというのがルールです。自分のPCの変換ルールと原文との相違から、意外とやっちまいがちで、当方も気づかずにやらかしている場合があるかも知れませんが……。

先日、下記書籍を購入、拝読いたしました。

八重子のハミング

2005/7/1 陽信孝著 小学館(小学館文庫) 定価476円+税

自らはがんを発病、4度の手術から生還し、アルツハイマーの妻を11年間介護した夫。思いもよらなかった夫婦同時発病、これは4000日余りにも及んだ老老介護の軌跡である。迫り来る死の影に怯むことなく闘病、介護を続けながらも夫婦愛を浮き彫りにしている。彼が詠んだ約80首の短歌と共に綴り、現代の「智恵子抄」とも評された話題の単行本、待望の文庫化。単行本発売数か月後に他界した、愛妻の想い出を偲んで文庫用に加筆。

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元版は、同じ小学館さんから平成14年(2002)にハードカバーで刊行されています。平成17年(2005)に文庫化、当方が過日購入したのは昨年暮れの第8刷でした。以前から「現代の智恵子抄」というコピーが用いられていたので、その存在は存じていましたが、これまで読んだことがありませんでした。

後述しますが、昨秋映画化されてまた脚光を浴び、最近は上記画像の帯がつけられて、一般書店で平積みになっています。そこで購入した次第です。

著者の陽(みなみ)氏は、公立の小中学校の校長先生や、山口県萩市の教育長を務められた方で、神社の神主さんも兼ねられています。52歳だった平成3年(1991)に胃ガンの宣告を受け、胃の摘出手術。陽氏はその際の精神的ショックが引き金だったろうと推定されていますが、2歳年上の奥様、八重子さんが、その頃から若年性アルツハイマー病を発症しました。以後、ご自身の闘病と並行しながら奥様の介護を続けられた、11年間の記録です。

題名の「ハミング」は、ほとんどの記憶を失ってしまった奥様が、なぜかさまざまな音楽の旋律だけは忘れずにいて、よくハミングで歌われていたところからつけられています。奥様は元々音楽教師だったということもあるのでしょうが、音楽というもののもつ不思議な力も考えさせられました。

徐々に進行してゆく奥様の病状、試行錯誤しながらそれに対処してゆく様子が克明に記録され、興味深く拝読しました。残された断片的な記録と照合すると、智恵子の病状とも一致する部分がかなりあり、そのあたりが「現代の智恵子抄」と評されるゆえんでしょう。陽氏も光太郎の詩「値ひがたき智恵子」や「千鳥と遊ぶ智恵子」を引いて、自らの境遇に重ねている部分がありました。また、各章のはじめに、陽氏が読まれた短歌が配されており、「三十一文字のラブレター」というコピーも使われています。この点も「現代の智恵子抄」とされるゆえんでしょう。

ただ、アルツハイマーの場合、進行すると身体各部を自分の意志で自由に動かすことも出来なくなっていくそうで、その点は、発症後しばらくたってから「紙絵」制作を始めた智恵子とは異なっています。やはりあくまで智恵子は若年性アルツハイマーではなく、統合失調症だったのでしょう。珍しい症例だそうですが。

それにしても、驚異だったのは、陽氏が約11年もの長きにわたり、奥様を自宅介護で看取られたことです。時代が違うと言えばそれまでかも知れませんが、この点は光太郎と大きく異なります。

智恵子の統合失調症が顕在化したのは昭和6年(1931)夏と言われています(それ以前のかなり早い段階から、異様な行動やつじつまの合わない発言が見られていたことが、深尾須磨子の回想に記されていますが)。翌年には睡眠薬を大量に摂取しての自殺未遂。さらにその翌年(同8年=1933)には、光太郎が各地の温泉巡りに連れ歩きますが、帰ってきたときにはさらに病状が進行していました。同9年(1934)には、九十九里浜に転居していた智恵子の母・センと、妹・セツ家族の元に智恵子を預けます。その年の暮れには再び駒込林町のアトリエに連れ帰り(セツの幼い子供への配慮だそうです)、翌10年(1935)の2月には、南品川ゼームス坂病院に入院させています。病院には、看護師資格を持っていた智恵子の姪の長沼春子が付き添いで入りました。

以後、智恵子は病院を出ることなく、病院で制作した千数百枚の「紙絵」を遺し、昭和13年(1938)10月、直接の死因は肺結核で亡くなりました。

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結局、光太郎が自宅で介護に当たっていたのは3年あまり(これとて決して短い期間ではありませんが……)。また、智恵子が亡くなった当日まで、なんと5ヶ月間も見舞いに行かなかったという事実があり、アンチ光太郎の人々からやり玉に挙げられています(以下参照、「五ヶ月の空白①。」「五ヶ月の空白②。」)。

その点、陽氏は約11年間、自宅介護を続けられました。これには娘さんたち、そのパートナー、お孫さんたち、そして93歳で亡くなった陽氏のご母堂、さらには陽氏の親友の医師など、たくさんの方々の支援がありました。光太郎智恵子には、そうした存在が少なかったのかもしれません。また、やはり時代の違い――心の病に対する偏見は現代の比ではなかったようです……。それにしても、陽氏の介護のさまには驚かされました。


『八重子のハミング』、先述の通り、昨秋、映画化されました。


主演は升毅さん、高橋洋子さん。

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実際に物語の舞台だった山口県でロケが行われ、同地では昨秋、先行上映がありました。全国でも順次公開が始まっています。


原作、映画、それぞれご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

一人のかたくなな彫刻家は 万象をおのれ自身の指で触つてみる。 水を裂いて中をのぞき、 天を割つて入りこまうとする。

詩「触知」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

――と言っていた光太郎も、本当の意味では、智恵子の心の中にまでは、入り込めなかったようです……。

東京阿佐ヶ谷から、映画の上映情報です。

芳醇:東宝文芸映画へのいざない 智恵子抄

日 程 : 2017年5月10日(水) 〜16日(火)
場 所 : ラピュタ阿佐ケ谷 東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-12-21
時 間 : 5/10(水)~13(土) 17:00~  5/14(日)~16(火) 12:50~
料 金 : 一般1,200円 シニア・学生1,000円 会員:800円 3回券:2,700円
       水曜サービスデー
1,000円
       午前10時15分より当日の全回分の整理番号付き入場券を発売します。
       定員48名になり次第、
切らせていただきます。

智惠子抄 1957年(S32)/東宝/白黒/98分006

監督:熊谷久虎/原作:高村光太郎/脚本:八住利雄
撮影:小原譲治/美術:清水喜代志/音楽:團伊玖磨

出演:原節子、山村聰、青山京子、太刀川洋一、三津田健、
    柳永二郎、三好栄子、津山路子、賀原夏子 他

詩人・高村光太郎は智惠子との出会いで、生きる喜びを見出していく。しかし、ふたりの美しい愛の生活は長くは続かず、智惠子は精神に変調をきたしていく──。「愛のバイブル」と讃えられた名詩集を原節子主演で映画化。


芳醇:東宝文芸映画へのいざない」として、「智恵子抄」以外に、「夫婦善哉」、「潮騒」、「めし」、「多甚古村」、「赤頭巾ちゃん気をつけて」、「江分利満氏の優雅な生活」などがラインナップに入っています。

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原節子さんの「智恵子抄」は、今月14日に調布でも上映があります。こうした動きがさらに広まっていってほしいものですね。


【折々のことば・光太郎】007 (2)

人間よ、 もう止せ、こんな事は。

詩「ぼろぼろな駝鳥」より 
昭和3年(1928) 光太郎46歳

「ぼろぼろな駝鳥」。光太郎詩代表作の一つですね。右は戦前と思われる絵はがき。上野動物園の駝鳥です。以前にもご紹介しましたが。この詩のモデルかも知れませんし、そうでないかも知れません。

「こんな事」は、野生動物を閉じこめて飼うような、権利の侵害、自由の剥奪、言論の統制、あるべきものをあるべき場所に置かないこと、さまざまな管理、不当な処罰、監視、抑圧、弾圧、強制、強要、迫害、排除、差別、ヘイト……いろいろと考えられますね。

「もう止せ」と言いたくなることがまかり通り、さらに後から後から追加されていく世の中です。何とかならないものですかね……。

「ぼろぼろな駝鳥」、以前は小学校の教科書にも載っていましたが、最近は削除されているようです。こういう動きも或る意味不気味ですね。

昨日は東京調布での、昭和32年(1957)公開の東宝映画「智恵子抄」(故・原節子さん主演)上映情報をご紹介しましたが、10年後の同42年(1967)に封切られた松竹映画「智恵子抄」(岩下志麻さん主演)の上映情報です。

特別企画 中村登監督特集 60年代松竹映画を代表する監督・中村登の特集 「智恵子抄」 

日 程 : 2017年5月17日(水)14:00002
        21日(日)14:00  27日(土)11:00
場 所 : 福岡市映像図書館ホールシネラ
       福岡市早良区百道浜3丁目7番1号
料 金 : 600円 (大人) 
      500円 (大学生・高校生)     
      400円 (中学生・小学生) すべて当日券

高村光太郎は画学生の智恵子と見合いし、結婚する。油絵に没頭する智恵子だが、文展に出した絵は落選する。火事のため田舎に住む智恵子の父親が死亡、また実家が倒産したとの知らせが届く。苦しむ智恵子は自殺を図る。高村光太郎の詩集「智恵子抄」と佐藤春夫の「小説智恵子抄」を原作とした映画。「智恵子抄」の詩を効果的に使いながら二人の純愛を描く。アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。

監督:中村登    出演:岩下志麻 丹波哲郎 他 
1967年/35ミリ/カラー/125分/松竹


当方、一度拝見しましたが、鬼気迫る岩下さんの智恵子、重厚な丹波さんの光太郎、それぞれすばらしい演技でした。

丹波さんもそうですが、脇を固める俳優陣の皆さんにも既に亡くなった方が多く、その意味では懐かしさにひたれます。智恵子の親友・和子役の南田洋子さん、その夫は岡田英次さん(柳敬助夫妻がモデルです)、光太郎の親友・石井柏亭で平幹二朗さん、犬吠の太郎に石立鉄男さん、智恵子の両親が加藤嘉さんと宝生あや子さん、智恵子の主治医を内藤武敏さんなどなど。

「中村登監督特集」としては、「智恵子抄」以外に、「我が家は楽し」、「土砂降り」、「集金旅行」、「危険旅行」、「いろはにほへと」、「古都」、「夜の片鱗」、「二十一歳の父」、「暖春」、「紀ノ川」、「惜春」が上映されるそうです。

お近くの方、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

木を彫ると心があたたかくなる。 自分が何かの形になるのを、 木は喜んでゐるやうだ。
詩「偶作十五篇」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

造形芸術のカテゴリーとして一口に「彫刻」といいますが、正確には「彫塑」というべきです。木や石などを彫ったり削ったりして作る「彫」と、粘土などを積み重ねて作る「塑」、ある意味真逆です。「彫」は余分なものをそぎ落とすマイナス、「塑」はゼロからどんどん足してゆくプラスの製法です。光太郎はどちらもこなしました。

長じてから、ミケランジェロやロダンを範とした「塑」に取り組む際には、ある意味身構えて臨むことが多かったようですが、幼い頃から自然と身につけた「彫」の場合は、時に遊び心を抱きながら取り組んでいたようにも思えます。

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東京調布から、映画の上映情報です。
場   所 : 文化会館たづくり 10階 1002学習室
         東京都調布市小島町2-33-1
時   間 : 開場 13:15  開演 13:00  終了 16:30
料   金 : 300円/人(資料・茶菓代)
問い合わせ : 沖田さん 090-3439-3223

映画を観ながら、音楽を聴きながら、お茶と皆さんの語らいを
楽しむサロンを開いています。
映画と音楽をこよなく愛しておられる方、新たなコミニュケーションの場を広げませんか?お待ちしております。


プログラム 『智恵子抄』(原作:高村光太郎) ~映画の中の日本文学(戦前昭和の文学)~

 詩人であり彫刻家でもある高村光太郎002が智恵子を知り、彼女の清純な、童女の如き純愛に強く心をうたれ過去の荒んだ生活を清算し、彼女と新しい生活を営む。この新しい生活から、彼の智恵子との愛の喜びを謳いあげた詩は限りなく生れ出た。「智恵子抄」は智恵子との出会いから死別、そして追憶までを抒情的に歌い上げた愛の詩集であり、またヒューマンドキュメントとして稀有な詩集です。
 『智恵子抄』はこの詩集をもとに、八住利雄が脚本を執筆、熊谷久虎監督が映画化、山村聡が高村光太郎、原節子が智恵子を演じ、美しい夫婦の愛情を描いた。
 智恵子の純真な愛に出会い、光太郎は生きる喜び、愛の幸せに包まれるが、仕事と家庭の板ばさみから、やがて智恵子は心を病んでいき・・・。原節子が愛と狂気に揺れる智恵子を演じ切った感動作。


一昨年に亡くなった、伝説の映画女優・原節子さん主演の「智恵子抄」(昭和32年=1957・東宝)が上映されます。原さんのご逝去後、智恵子の故郷・二本松や、原さんがお住まいだった鎌倉をはじめ、追悼的に各地で上映される機会が増えましたが、まだその流れが途切れていないようです。

実は「智恵子抄」は、原さんの出演作品の中で、相対評価的にはあまり高くない作品です(最近はそういう評価だったということも忘れられている感があります)。たしかに何度か拝見して、その意見に首肯せざるをえない部分もありました。しかし、絶対評価としてみると、決して駄作というわけではありません。

今後とも、各地での上映が続いてほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

真の自由の来ない限り、 人間は幾億年でも怒るがいい。

詩「偶作十五篇」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

大正14年(1925)には治安維持法が公布されています。昭和3年(1928)には、最高刑が死刑に引き上げられたり、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者」にまで処罰の対象が広げられたりしました。このあたりは国会で審議未了だったにもかかわらず、勅命の形で改訂が強行されたとのこと。そうしたきな臭い世相を背景にしています。

「真の自由」。難しい言葉ですね。よく言われることですが、「自由」には「責任」がつきものですし、日本国憲法にも「公共の福祉に反しない」という条件が付されています。

だからといって、治安維持法の復活は許されることではありませんね。

昨日は智恵子の故郷・福島二本松で開催された「【高村智恵子生誕130年記念事業】原節子主演「智恵子抄」フィルム上映会」に行っておりました。午後3時からと6時からの2回上映のうち、1回目の方で観覧して参りました。

会場は智恵子生家にほど近い、安達文化ホール。

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開演30分前には、長蛇の列。入場無料ということもあったと思いますが、多くの皆さんがお集まり下さいました。それぞれ400枚ずつ配布された2回上映の整理券はすべてはけたそうです。

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この映画は、光太郎が歿した翌年の昭和32年(1957)に東宝さんが制作したもので、熊谷久虎監督、智恵子役に昨年亡くなられた原節子さん、光太郎役は故・山村聰さんでした。

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二本松でのロケも敢行され、智恵子生家、霞ヶ城のシーンがあります。会場にいらしていた方の中には、エキストラで出演されたという方もいらっしゃいました。

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昨年、原さんが亡くなった後、追悼特集的に各地で上映されましたが、作品の舞台の一つとなった二本松でも上映が実現。よろこばしいことですね。

当方、VHSビデオを持っていますので、何度か観ていますが、大スクリーンで見るのは初めてで、また違った感じでした。35㍉フィルムでの上映ということで、映写機の廻る音や、2台の映写機の切り換え(切り換えの合図として右上に黒丸が表れます。昔の「刑事コロンボ」で、コロンボ警部がこの点に注目して殺人犯のトリックを見破る、という回がありました)など、漂うレトロ感が何ともいえませんでした。

ロビーには、智恵子記念館さんで発見された二本松ロケの資料、当方手持ちの資料などを印刷したパネルが展示されました。

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ポスターやパンフレットなどの実物は、10/2(日)から二本松市歴史資料館さんと智恵子記念館さんで開催される企画展「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界に展示されます。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

熊出るといふ峠路のあけびかな     昭和17年(1942) 光太郎60歳

昨日は愛車を駆って、いくつか峠を越えつつ二本松に向かいました。そろそろ紅葉が始まりつつありました。

今年、平成28年(2016)は、智恵子の生誕130年ということで、智恵子の故郷二本松でも市の主催で、様々な顕彰活動が計画されています。

メインは来月、二本松市歴史資料館と智恵子記念館で開催される企画展「智恵子と光太郎の世界」。こちらはまた近くなりましたらご紹介します。

それに先だって、一周忌を迎えた原節子さん主演による東宝映画「智恵子抄」(昭和32年=1957)の上映が行われます。 

【高村智恵子生誕130年記念事業】原節子主演「智恵子抄」フィルム上映会

期  日 : 2016年9月24日(土)
会  場 : 安達文化ホール 福島県二本松市油井字濡石1-2
時  間 : 1回目の部 15時00分~   2回目の部 18時00分~ (各98分)
料  金 : 無料
入場について
 入場整理券が必要。現在、下記の配布所において、配布中。
 市役所文化課 0243‐55‐5154 二本松中央公民館 0243‐23‐5121 安達公民館 0243‐23‐3721
 岩代公民館 0243‐55‐2260 東和公民館 0243‐46‐4111
 智恵子記念館 0243‐22‐6151(毎週水曜日休館)
  1回目の部 既に満席

二本松市内で昭和32年にロケをした東宝映画「智恵子抄」。智恵子役で出演した故・原節子さんを偲び、当時の資料等も展示・紹介します。ぜひお越しください。

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「資料展示」とありますが、当方、手持ちの資料をお貸しすることになりました。公開当時のポスター、パンフレット、チラシ、スチール写真、台本などです。

ただし、会場の安達文化ホールさんには、きちんとした展示スペースがないということで、それらを写真撮影し、複写で展示するとのこと。現物は、来月の企画展に展示されます。

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その他、企画展の方では書籍や古絵葉書などの類もお貸しすることになっており、明日、市の教育委員会の方々が、当方自宅兼事務所へ搬入にいらっしゃることになっています。また、当会顧問・北川太一先生のところからも、智恵子の肉筆書簡など、貴重な品々が貸し出される予定です。

当方手持ち資料の類は、死蔵の状態では意味がありませんので、どんどん活用していただきたいと思っております。イベント関係の皆様、当ブログプロフィール欄に連絡先等記述してありますのでよろしくお願いします。


【折々の歌と句・光太郎】

手にとれば眼玉ばかりのやもりの子咽喉なみうたせ逃げんとすなり

大正13年(1924) 光太郎42歳

一昨日からご紹介しているヤモリシリーズ、これにて終了です。

昨年9月に亡くなった、元映画女優の原節子さん。近々一周忌ということで、追悼企画です。 
期  日 : 2016年8月27日(土)~9月30日(金)
会  場 : 神保町シアター 京都千代田区神田神保町1-23
料  金 : (当日券のみ) 一般 ¥1,200 / シニア ¥1,000 / 学生 ¥800

今秋、9月5日に一周忌を迎える女優・原節子。
その気品ある姿は日本女性の鑑ともいわれ、戦前・戦後を通じ、数多くの名作に主演しましたが、1962年『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』の出演を最後に映画界を去り、その後、五十年以上に渡り公の場に姿を現すことはありませんでした。
今回は、まだ幼い表情を見せる戦前の貴重な作品から、戦後の新しい時代の女性を体現した代表作の数々まで、伝説の女優・原節子をスクリーンでたっぷりご覧いただきます。


上映作品
 『河内山宗俊』 昭和11年 白黒 監督:山中貞雄 
 『母の曲[総集篇]』 昭和12年 白黒 監督:山本薩夫
 『安城家の舞踏会』 昭和22年 白黒 監督:吉村公三郎
 『お嬢さん乾杯[シネスコ版]』 昭和24年 白黒 監督:木下惠介
 『智恵子抄』 昭和32年 白黒 監督:熊谷久虎
  8月28日(日)11:00 8月29日(月)14:15 8月30日(火)16:30
  8月31日(水)12:00
 9月1日(木)19:15 9月2日(金)14:15
 『晩春』 昭和24年 白黒 監督:小津安二郎
 『麥秋[デジタル修復版]』(劇場初公開)  昭和26年 白黒 監督:小津安二郎
 『東京物語』 昭和28年 白黒 監督:小津安二郎 005

 『めし』 昭和26年 白黒 監督:成瀬巳喜男
 『青い山脈』 昭和24年 白黒 監督:今井正
 『続  青い山脈』 昭和24年 白黒 監督:今井正
 『美(うるわ)しき母』 昭和30年 白黒 監督:熊谷久虎
 『愛情の決算』 昭和31年 白黒 監督:佐分利信
 『白痴』 昭和26年 白黒 監督:黒澤明
 『東京の恋人』 昭和27年 白黒 監督:千葉泰樹
 『女であること』 昭和33年 白黒 監督:川島雄三
 『驟雨』 昭和31年 白黒 監督:成瀬巳喜男
 『山の音』 昭和29年 白黒 監督:成瀬巳喜男
 『女ごころ』 昭和34年 白黒 監督:丸山誠治
 『秋日和』 昭和35年 カラー 監督:小津安二郎
 『娘・妻・母』 昭和35年 カラー 監督:成瀬巳喜男


「智恵子抄」は光太郎役を山村聰さんが演じ、智恵子の故郷・二本松や九十九里浜、十和田湖などでロケが敢行されました。そういうわけで、来月中旬には二本松で「智恵子抄」の上映会も企画されており、当方もお手伝いさせていただきます。そちらはまた近くなりましたらご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

たのめてしかぶと蟲をば高井戸の尾崎喜八は今宵かも採る
大正13年(1924) 光太郎42歳

尾崎喜八は、明治25年(1892)生まれの詩人。光太郎の親友・水野葉舟の娘と結婚し、お嬢様の榮子様はこの春までご存命でした。

おそらくカブトムシは、蝉同様、木彫のモチーフにしようと思っていたようです。たしかになかなか彫刻的なフォルムをしていますね。しかし、残念ながら作品は確認できていません。

当方自宅兼事務所は千葉県でも田舎の方ですので、カブトムシやクワガタムシなど、愛犬の散歩中によく見かけます。それから同じ甲虫類のこんな虫も。

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ゴキブリではありません(笑)。タマムシです。

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年に数回(夏の間ですが)、なぜか自宅兼事務所のベランダに飛来します。

3ヶ月前にちらっとご紹介しましたが、神奈川県鎌倉市の川喜多映画記念館さんで、故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」(昭和32年=1957)の上映があります 

智惠子抄(98分/1957年/東宝/白黒/35mm)

上 映 : 7月8日(金)10:30/14:00、7月9日(土)、7月10日(日)14:00
監 督 : 熊谷久虎
出 演 : 原節子、山村聰、青山京子、三津田健、柳永二郎、三好栄子 他
料 金 :  一般:1000円 小・中学生:500円   6月18日(土)より発売
原 作 : 高村光太郎

詩人、彫刻家として知られる高村光太郎が愛妻智惠子の名を冠して発表した詩集をもとに、二人の出会いから妻の死までを描く。原節子の義兄として公私を支えてきた熊谷久虎による映画化作品。


こちらは3月から同館で開催されている特別展「鎌倉の映画人 映画女優 原節子」の一環です。

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期間中に13本の原さん主演映画が上映され、「智恵子抄」はその大トリです。特別展の方も、「智恵子抄」千秋楽の7月10日(日)まで。「智恵子抄」ポスターなども展示されています。

併せてご覧下さい。

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【折々の歌と句・光太郎】

雨ふればしとしとふれば紙の戸の糊さへかびて我がこころ冷ゆ
明治42年(1909) 光太郎27歳

3年半に及ぶ欧米留学からの帰国後の作です。

じめっとした日本の空気感が、自然現象としてのそれだけでなく、旧弊な社会全般の閉塞感の象徴としても表されているように読み取れます。

昨秋、ご逝去された原節子さん。追悼特集的な取り組みがいろいろと行われています。

そうした中で、昭和32年(1957)、原さんが智恵子役を演じた熊谷久虎監督による東宝映画「智恵子抄」の上映があります。2件、情報を得ています 

銀幕に輝きつづける、永遠のヒロイン 追悼 原節子

池袋新文芸坐 東京都豊島区東池袋1-43-5 マルハン池袋ビル3F

◆一般1300円 ◆学生1200円 ◆友の会1050円 ◆シニア・障がい者・小学生以下(3歳以上)1050円
◆ラスト1本850円

1/17(日) 東京暮色(1957/松竹/140分)/18:00東京物語(1953/松竹/136分)
18(月)   美しき母(1955/東宝/98分)/巨人傳(1938/東宝/127分)
19(火)   安城家の舞踏会(1947/松竹/89分)/誘惑(1948/松竹/85分)
20(水)   青い山脈(1949/東宝/91分)/続・青い山脈(1949/東宝/91分)
21(木)   白雪先生と子供たち(1952/KADOKAWA/89分)/白痴(1951/松竹/167分)
22(金)   河内山宗俊(1936/日活/82分)/新しき土〈日独版〉(1937/T&Kテレフィルム/106分)
23(土)   山の音(1954/東宝/95分)/めし(1951/東宝/97分)
24(日)   小早川家の秋(1961/東宝/103分)/秋日和(1960/松竹/129分)
25(月)   路傍の石(1960/東宝/104分)/智惠子抄(1957/東宝/98分)
       9:40/13:25/17:10/20:55終映22:35
26(火)   慕情の人(1961/東宝/96分)/愛情の決算(1956/東宝/112分)
27(水)   女ごころ(1959/東宝/95分)/(1958/東宝/101分)
28(木)   大番(1957/東宝/117分)/ふんどし医者(1960/東宝/115分)
29(金)   娘・妻・母(1960/東宝/123分)/驟雨(1956/東宝/90分)
30(土)   晩春(1949/松竹/108分)/麦秋(1951/松竹/126分)

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日本映画傑作選

川崎市市民ミュージアム 神奈川県川崎市中原区等々力1-2(等々力緑地内)

2016年01月26日 10:30-/14:00

「智恵子抄」 原作:高村光太郎 監督:熊谷久虎  昭和32年 モノクロ

入場無料



他にも上映の情報がありましたら、こちらまでご教示いただければ幸いです。


【折々の歌と句・光太郎】

はこべらを朝のさ粥に摘みいれてわが初春の乏しともなし  制作時期不詳

「はこべら」は「はこべ」。春の七草の一つですね。七草すべてとはいかなくとも、みずみずしいはこべを摘み入れれば、お粥もプチ贅沢になり、自分の生活も決して悲観するほどひどくはないよ、というところでしょうか。

いつ作られた歌か不明ですが、昭和23年(1948)に刊行された歌集『白斧』に収録されています。おそらくその頃の、花巻郊外太田村に移ってからの作品ではないでしょうか。

藤田嗣治(明治19年=1886~昭和43年=1928)。独自の乳白色を用いた裸婦画などで、エコール・ド・パリを代表する画家の一人となりました。東京美術学校彫刻科を卒業した光太郎は、同科研究生を経て、明治38年(1905)に同校西洋画科に再入学しましたが、その際の同級生に藤田が居ました。藤田は光太郎の3歳下(すなわち智恵子と同じ)になります。ちなみに岡本太郎の父・一平や、社会主義運動にも関わった望月桂も同級生でしたし、教授陣は黒田清輝、藤島武二らと、多士済々、きら星の如しですね。

光太郎と藤田の直接の交流はこの時期だけでした。藤田は同校卒業後、光太郎とほぼ入れ違いに渡仏、活動拠点をそのままパリに置きます。昭和に入ってから帰国、光太郎同様、泥沼の戦争に巻き込まれ(あるいは積極的に関わり)、戦後には戦争協力を批判され、また渡仏。結局、フランス国籍を取得、日本に帰ることなく昭和43年(1968)にスイスで歿しました。

そんな藤田を主人公にした日仏合作の映画が製作され、今月14日に封切られます。 

FOUJITA ―フジタ―

公  開 日 : 2015年11月14日(土) 全国ロードショー
場    所 : 角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
出    演 : オダギリジョー 中谷美紀 アナ・ジラルド、
         アンジェル・ユモー マリー・クレメール 加瀬亮 
りりィ 岸部一徳 他
製    作 : 井上和子、小栗康平、クローディー・オサール
監督・脚本  : 小栗康平
音    楽 : 佐藤聰明
配    給 : KADOKAWA

 2015年/日本・フランス/日本語・フランス語/カラー/126分
© 2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド

『死の棘』で第43回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ&国際批評家連盟賞をダブル受賞、『泥の河』『伽倻子のために』『眠る男』など海外でも高く評価される小栗康平監督の、十年ぶりとなる最新作だ。パリで絶賛を浴びた裸婦は日本画的でもあり、大東亜の理想のもとに描かれた“戦争協力画”は西洋の歴史画に近い。小栗監督は「これをねじれととるか、したたかさととるか。フジタは一筋縄で捉えられる画家ではない」と語る。戦後、「戦争責任」を問われたフジタはパリに戻り、フランス国籍を取得。以来、二度と日本の土を踏むことはなかった。フジタは二つの文化と時代を、どう超えようとしたのか。
フジタを演じるのは、韓国の鬼才キム・ギドク監督作品に出演するなど海外での活躍も目覚ましいオダギリジョー。フランスとの合作は本作が初めてである。映画の半分を占めるフランス語の猛特訓を受けて、見事にフジタを演じた。フジタの5番目の妻・君代役には、『電車男』『嫌われ松子の一生』『縫い裁つ人』などで名実ともに日本を代表する女優 中谷美紀。さらに、加瀬亮、りりィ、岸部一徳ら味わい深い個性派が集まった。フランス側のプロデューサーは、世界的大ヒットとなった『アメリ』のほか、アート系の作品も数多く手掛けるクローディー・オサール。静謐な映像美で描く、フジタの知られざる世界が現出した。


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単に光太郎の同級生を主人公としているだけでなく、劇中に光太郎詩「雨にうたるるカテドラル」が使われているというのです。この詩は大正10年(1921)に復刊成った第二次『明星』創刊号を飾った詩で、パリ留学中に訪れたノートルダム・ド・パリをモチーフに、圧倒的な西洋美術の重厚感を謳った100行を超える大作です。藤田にしても光太郎にしても、当時の美術家達が「西洋」をどう受容していったのか、という経緯を考える上で、この作品は格好の題材となるでしょう。

さて、一昨日になりますが、NHKEテレさんの「ETV特集 FOUJITAと日本」で、小栗康平監督がご出演、映画「FOUJITA」について語られていました。事前に把握していなかったので紹介できませんでした。申し訳ありません。ただ、再放送がありますので、ご紹介します。

ETV特集「FOUJITAと日本」

NHKEテレ 2015年11月6日(金)24:00~25:00=11月7日(土)午前00:00分~1:00

戦後70年の今年、画家・藤田嗣治を再発見しようとする試みが進む。フランスで初公開の作品、初めて一同に公開される戦争画。小栗康平監督による映画化などから実像に迫る。

藤田嗣治。パリで最も有名な日本人画家でありながら、戦争画を描いたことをきっかけに日本を離れ、フランスに帰化、日本ではその実像が厚いベールに覆われてきた。戦後70年の今年、再評価が進む。小栗康平監督による初の映画化、その生涯を日本の近代化の中で見つめるという。フランスでは遺族が寄贈した数々の遺品が初公開され、東京国立近代美術館では初めて戦争画が一同に公開される。戦争画の真実とは?画家の実像に迫る。

演 小栗康平  語り 中條誠子

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映画、テレビとも、ぜひご覧下さい。



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こちらもぜひご覧下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月2日

平成12年(2000)の今日、新橋演舞場で、松竹製作、津村節子さん原作の舞台「智恵子飛ぶ」が開幕しました。

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智恵子役は片岡京子さん、光太郎役は平幹二朗さんでした。

延々と東北レポートを書いているうちに、他に紹介しなければならないイベント情報や報道、新刊情報、テレビ放映情報などが溜まってしまいました。

まずは映画関連。 
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期間 : 2015年4月25日(土)~6月12日(金)
会場 : シネ・ヌーヴォ 大阪市西区九条1-20-24 TEL 06-6582-1416

戦前から戦後にかけて昭和と共に生きた女優・原節子。小津安二郎、成瀬巳喜男はもとより今井正、黒澤明、木下惠介など日本映画の巨匠の作品に数多く出演し、日本映画の黄金時代を支えた屈指の大女優。日本人離れした類い稀な美貌と共に、生涯独身を通し、「永遠の処女」と呼ばれた。今年は、1935年の映画デビューから80年、そして1962年の最後の出演作から53年を迎える。「20世紀の映画スター・女優編」(2000年/キネマ旬報)で日本女優の第1位に輝くなど、日本・世界で今尚新たなファンを獲得し続けている原節子出演作品を一挙上映する過去最大の大特集。 日本映画屈指の伝説の美女が、いま再び、銀幕に降臨する!!


全42作品のうち、熊谷久虎監督作品「智恵子抄」(昭和32年=1957 97分)が、先週から上映されています。


智恵子抄
1957年/東宝/97分/35mm/白黒
  監督:熊谷久虎/原作:高村光太郎/脚本:八住利雄/撮影:小原譲治/美術:清水喜代志/音楽:団伊玖磨 出演:原節子(高村智恵子)、山村聡、柳永二郎、三好栄子、津山路子、太刀川洋一

◆詩人・彫刻家の高村光太郎の詩集『智恵子抄』を映画化。智恵子の童女の如き純真な愛に出会い、光太郎は生きる喜び、愛の幸せに包まれるが、仕事と家庭の板ばさみか
ら、やがて智恵子は心を病んでいき…。原が愛と狂気に揺れる智恵子を演じ切った感動作。

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5/22(金) 12:25~
5/23(土) 21:05~
5/24(日) 12:35~
5/25(月) 14:55~
5/26(火) 10:40~
5/27(水) 17:55~

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この昭和32年(1957)原節子版、昭和42年(1967)の岩下志麻さん主演の「智恵子抄」ともども、時折上演されています。こういう機会がもっと増えてほしいものですが。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 5月25日008

昭和28年(1953)の今日、日比谷公会堂で米国の黒人歌手、マリアン・アンダーソンのコンサートを聴きました。

NHKが招聘し、東京、大阪、広島、名古屋と巡回し、再び東京に戻って5月22日、25日と公演がありました。

伴奏はクルト・ウェス指揮のNHK交響楽団。ブラームス、フォーレ、ヴェルディ、サン・サーンス、ドビュッシーなどの作品や黒人霊歌がプログラムに入っていたそうです。

気がつけば8月も最終週。9月のイベント情報を少しずつご紹介します。
 
渋谷の映画館、「シネマヴェーラ渋谷」さんでの特集上映です。 
昨年、東京フィルメックス、ヴェネチア、ベベルリンにおいて回顧上映され、再評価の声が高まる中村登監督の全貌に迫る!

8/16 ~ 9/12「甦る中村登」特集がシネマヴェーラ渋谷で上映されます。2013年ヴェネチア国際映画祭、東京フィルメックス、2014年ベルリン国際映画祭で上映された「夜の片鱗」「土砂降り」「我が家は楽し」の他、全24作品の特集上映です。
 
『智恵子抄(35mm)』 (125分)
公開:1967年
主演:岩下志麻、丹波哲郎、佐々木孝丸、田代信子、中山仁、加藤嘉、宝生あやこ、島かおり、岡田英次、南田洋子、平幹二朗、北見治一、小林博、岩本多代、金子信雄、石立鉄男、内藤武敏、小畠絹子
 
心を病んでゆく妻・智恵子への高村光太郎の愛を丁寧に描いた、同名詩集の二度目の映画化作品。智恵子役の岩下志麻は、鬼気迫る名演で数々の賞を受賞した。芥川比呂志による詩の朗読も心に沁みる感動作であり、米アカデミー賞にノミネートされた文藝映画。
 
上映日程 
 9月6日(土) 11:00 15:00 19:00
 9月9日(火) 11:00 15:00 19:00
 9月12日(金) 11:00 14:55 18:50
 
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昭和42年(1957)公開の松竹映画、「智恵子抄」が上映されます。まだご覧になったことのない方、この機会にぜひ。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 8月24日
 
昭和52年(1977)の今日、光太郎のきょうだいの最後の一人、植物学者・藤岡孟彦が歿しました。
 
明治25年(1892)、高村家四男として生まれた孟彦は養子に出て藤岡姓となりました。ご子息光彦氏はご健在で、連翹忌にもご参加下さっています。過日の高村規氏ご葬儀でもお元気そうでした。

鎌倉から映画の上映情報です。

「智恵子抄」を上映

  映画「智恵子抄」(中村登監督・1967年)の上映会が6月20日(金)、鎌倉生涯学習センターホールで行われる。「鎌倉で映画と共に歩む会」が主催。午前9時15分開場、9時30分開映。入場料は前売900円、当日1千円。
 同作品は松竹大船撮影所でメガホンをとっていた中村監督の手によるもの。詩人で彫刻家の高村光太郎が妻・智恵子との30年に及ぶ愛を綴った詩集「智恵子抄」と佐藤春夫の「小説 智恵子抄」が原作となっている。第40回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。チケットは たらば書房などで販売中。予約や問合わせは【電話】0467・23・3237同会・木口さんへ。
(『タウンニュース』)
 
昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」です。主演は岩下志麻さん、故・丹波哲郎さん。
 
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以下、昭和63年(1988)刊行の雑誌『彷書月刊』第4巻第10号「特集 高村智恵子」に載った岩下さんの回想です。
 
 私が、高村光太郎さんの『智恵子抄』の智恵子を演じさせて戴いたのは昭和四二年ですから、もう随分昔になります。
 中村登監督のもとで、光太郎役は丹波哲郎さんでした。
 その時、はじめて智恵子の切り絵を見せて戴きましたが、優れた色彩感覚、繊細で巧妙な技術、その切り絵から智恵子の純粋な魂の叫びが聞こえてくるような感動で、長い間見とれていたのを今も鮮明に覚えています。又、精神に異常をきたしてしまった智恵子をうたった光太郎の詩の何篇かに心から涙しました。
 『智恵子抄』は、夫婦の愛のあり方、愛についてを改めて考えさせられた作品でもあります。今も、私は“智恵子”と聞くと、病弱で非社交的でやさしいが勝ち気で、単純で真摯で、愛と信頼に全身を投げだしているような智恵子が目の前にいる様で、なつかしさでいっぱいになります。
 それ程、『智恵子抄』は、私にとって心に残っている映画の一つです。
 
販売用のDVD等になっていない作品ですが、このようにポツリポツリとではありますが、上映され続け、ありがたいかぎりです。販売用DVDにしていただけるとありがたいのですが、かえってそうなっていないからこうして上映され続けているのかもしれません。

 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 6月11日
 
昭和16年(1941)の今日、詩「荒涼たる帰宅」を書きました。
 

  荒涼たる帰宅
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あんなに帰りたがつてゐた自分の内へ
智恵子は死んでかへつて来た。
十月の深夜のがらんどうなアトリエの
小さな隅の埃を払つてきれいに浄め、
私は智恵子をそつと置く。
この一個の動かない人体の前に
私はいつまでも立ちつくす。
人は屏風をさかさにする。
人は燭をともし香をたく。
人は智恵子に化粧する。
さうして事がひとりでに運ぶ。
夜が明けたり日がくれたりして
そこら中がにぎやかになり、
家の中は花にうづまり、
何処かの葬式のやうになり、
いつのまにか智恵子が居なくなる。
私は誰も居ない暗いアトリエにただ立つてゐる。
外は名月といふ月夜らしい。
 
この年8月に刊行された龍星閣版オリジナル『智恵子抄』のために書き下ろされたと推定されています。
 
右上はありし日の智恵子と光太郎。昭和3年(1928)、箱根での一コマです。

東京・府中市でのイベントです。

府中グリーンプラザ 名作映画会

~日本映画を芸術に昇華させた巨匠10人の監督特集~ 
映像の魔術師・市川 崑と文芸作品の映画化で評価の高い中村 登
 
「鍵」(1959年作品/107分/大映/カラー)
枕美派文学の巨匠・谷崎潤一郎が晩年に発表した同名小説を市川崑監督が映画化
監督:市川 崑 原作:谷崎潤一郎
出演:京 マチ子、叶 順子、仲代達矢、中村鴈治郎、北林谷栄、菅井一郎 ほか

「智恵子抄」(1967年/125分/松竹/カラー)
「東京には空がない」という智恵子 崩れ行くその妻を支えた詩人高村光太郎の愛の物語
監督:中村 登
出演:岩下志麻、丹波哲郎、平 幹二朗、中山 仁、南田洋子、岡田英次 ほか
 
日  時: 2014年3月13日(木)・14日(金)
「鍵」…9:30/14:00
「智恵子抄」…11:40/16:00
 
会  場:府中グリーンプラザ 2階 けやきホール(府中市府中町1丁目1番地の1)

入場料: 一般 1,100円 (当日1,200円) シニア・高校生以下 900円 (当日1,000円)
 
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昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」が公開されます。岩下志麻さんの鬼気迫る演技が見どころです。
 
販売用の映像ソフト化がされていない作品ですので、こうした機会でもないと観られません。
 
ぜひ足をお運びください。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 2月23日

昭和14年(1939)の今日、詩「レモン哀歌」を書きました。
 
   レモン哀歌                                     001
 
 そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
 かなしく白くあかるい死の床で
 わたしの手からとつた一つのレモンを
 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
 トパアズいろの香気が立つ
 その数滴の天のものなるレモンの汁は
 ぱつとあなたの意識を正常にした
 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
 わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
 あなたの咽喉に嵐はあるが
 かういふ命の瀬戸ぎはに
 智恵子はもとの智恵子となり
 生涯の愛を一瞬にかたむけた
 それからひと時
 昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
 あなたの機関はそれなり止まつた
 写真の前に挿した桜の花かげに
 すずしく光るレモンを今日も置かう
 
智恵子の臨終は前年10月5日。
 
以前にも書きましたが、終わり2行の「写真の前に挿した桜の花かげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」というのはおそらくフィクションです。2月のこの時期に桜は咲いていませんので。雑誌『新女苑』の4月号に載るということで、桜がモチーフに使われているのです。
 
こういう点などをことさらにあげつらい、『智恵子抄』は虚構だ、と決めつける論もあります。また、この臨終の場面が「お涙ちょうだいのクサい芝居みたいだ」とこき下ろされることもあります。
 
しかし、どうでしょう。二人の生涯を俯瞰した時、それを「虚構」「クサい芝居」で片付けていいものでしょうか。それではいけない、というのが正直な感想です。そこには当事者にしかわからない、本当に数々のドラマの積み重ねがあったわけですから。といって、逆に「たぐいまれなる崇高な純愛のドラマ」と、諸手を挙げて肯定するのもどうかと思いますが。
 
おそらく雑誌『新女苑』が発行された4月には、実際に「写真の前に挿した桜の花かげに すずしく光るレモンを今日も置」いていたと考えたいものです。

昨日に引き続き、季節外れのタイトルで申し訳ありません(笑)。
 
一昨日のブログでNHKさんの「にほんごであそぼ 元気コンサートin福島」のDVDをご紹介しましたが、もう一点、DVDを入手したのでご紹介します。  
東映ビデオ 4500円+税/ COLOR/ 95分/

注目の若手女優・佐津川愛美 主演美しく広大な自然広がる福島県を舞台に、思春期の少女の成長を描く感動ストーリー!

【解説】
思春期の不安と苛立ちの真っ只中にいる少女が、一人の視覚障害者の少年と出会い、それを通じて成長する姿を広大な自然が広がる福島県を舞台に描く。そして、福島県出身で「深呼吸の必要」などの代表作を持つ詩人・長田弘の詩が映画の核となって人々の心を繋いでいく。誰もが経験する子供から大人へ変わっていく瞬間を切り取った心に染み入る作品が誕生した。
主人公・桃子を演じるのは映画『蝉しぐれ』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』での演技で高く評価された、佐津川愛美。視覚障害を持った少年という難しい役どころを見事に演じたのはTVドラマ「仮面ライダー響鬼」「龍馬伝」で人気を博し、演技に定評がある栩原楽人。鈴木砂羽、美保純、鶴見辰吾、国広富之、池内万作ら実力派が脇を固める。監督は『千年火』がベルリン国際映画祭で【見逃してはならない3本】として高い評価を得た瀬木直貴。

【ストーリー】
思春期の不安と苛立ちを抱える女子高生・桃子は、自分のことを厳しく管理しようとする母とぶつかり、毎晩のように仲間と夜の街で遊び過ごしていた。そんなある日、桃子はラジオから流れてきた詩を聴き、心を奪われる。それは長田弘の「最初の質問」という詩だった。その後、詩の朗読をバイト先の先輩から頼まれた桃子は断りきれずに盲学校まで行き、そこで一人の少年と出会う。偶然にもその少年は桃子と同じラジオを聴いていて、そのことをきっかけに二人は急速に距離を縮めるが・・・。

【公開日】2008年11月公開

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映画のDVDで、昨秋発売された(映画自体は平成20年(2008)の公開)のですが、こういうものがあるとは最近まで知りませんでした。
 
舞台は福島県会津地方(2008年公開の映画ですので震災前です)。ひょんなことから盲学校で詩を朗読するボランティアを引き受けた、佐津川愛美さん演じる主人公の不良(になりかかっていた)少女が、栩原楽人さん演じる視覚障害の少年や両親(鈴木砂羽さん、鶴見辰吾さん)との関係を通じ、成長していく物語です。
 
朗読される詩は、福島が舞台ということで福島市出身の詩人・長田弘氏の作品がメインですが、「あれが阿多多 羅山/あの光るのが阿武隈川」で始まる光太郎の「樹下の二人」も取り上げられています。
 
ハンディのある登場人物を扱う、となるといろいろ微妙な問題を含みますが、この映画はケレン味なく描けていると思います。「音」への依存度の高い視覚障害者にとって、「朗読」というのはこういう位置づけなんだというのが新鮮でした。
 
桜などの福島の風景も美しく、おすすめです。是非、お買い求め下さい。
 
【今日は何の日・光太郎】 7月25日

明治42年(1909)の今日、上野精養軒で開かれた『スバル』談話会に出席しました。
 
留学から帰朝した光太郎の歓迎会を兼ねた集まりで、与謝野鉄幹、森鷗外らが出席しました。

12/30のこのブログで御紹介しました園 子音(その しおん)監督作品の映画「希望の国」の原作本です。 
 2012/9/19 園子音著 リトルモア 2012/9/19 定価1500円+税

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「原作」といっても、映画と同時進行で執筆されたもののようで、著者は園氏ご自身。いわゆる映画の「メイキング」的な内容と、シナリオ風に描かれた園氏の脳裏に展開する物語の舞台「長島県大葉町」での出来事が混在するいっぷう変わった構成になっています。
 
帯に印刷されたコピーから。
 
約何万人が死んだ、苦しんだ。 文学なら、映画なら、正確に数え上げろ! たった一つの何かを無視するな!
 
映画『希望の国』原作“半ドキュメンタリー”小説 鬼才、園子音監督のもとに、福島の思いが集まり、やがて、原発事故に揺れる家族の物語が生起する。
 
「皆が想像できる単純な物語を更に深めたい」決意した園子音は福島に何度も何度も通う。描くべき人々は、すべてその道中にいた。小野泰彦も、智恵子も、洋一も、いずみも、鈴木健も、めい子も、ミツルも、ヨーコも、犬のペギーも、役所の志村も、加藤も、警官も、自衛官も……。みんな、福島から生まれた。これは映画『希望の国』をつくる、園子音という映画監督の物語――
 
大谷直子さん演じる主人公の妻・智恵子。認知症となり、あどけない童女のようという設定ですが、高村智恵子がある種のモデルです。さらに書籍によれば園氏の母君が実際に認知症ということで、そのイメージも投影されているそうです。
 
作中、「原発」を「戦争」に置き換え、もはやどうにもな003らない状況に陥りながら戦争推進の詩を書き続けた光太郎を批判する一節があります。その点に関してはグウの音も出ませんが、同じ項で、ある別の詩人を、戦争推進に必死で抵抗したと紹介しています。確かにその詩人は、一般には権力におもねる詩文を書いていないという評価が定着しているようですが、櫻本富雄著『日本文学報国会 大東戦争下の文学者たち』(平成7年=1995 青木書店)によれば、その詩人もちゃんと(?)戦争推進的な詩文を書いていますし、ある文学者大会で述べたそうした演説の内容もちゃんと残っています。もっとも光太郎のように積極的であったかは何とも言えませんが。
 
話がそれますが、ご寛恕の程。一部の文学者に関しては、戦時中に書かれた戦争推進的な内容の作品を抹殺し、全集等にもあえて収録しない、という風潮があります。それが当人の意志であったり、没後であれば熱心なファンの仕業(とあえて表現します)であったりします。結果、「誰々は戦争推進の作品を一切書いていない。すばらしい」ということになっているのです。それでいいのでしょうか?
 
我々光太郎顕彰者は、そうした方針は採らず、たとえとんでもない内容のものであっても無視せず、すべてを明らかにしようとしております。過ちは過ちとして隠蔽したりせず、それをどのようにカバーしていったのか、そういう点を明らかにすることこそ重要なのではないのでしょうか。
 
逆に戦時中の詩文をことさらに取り上げ、「これぞ大和魂の真骨頂」と賛美する愚か者がいるのにも困りものですが……。
 
【今日は何の日・光太郎】1月9日

昭和27年(1952)の今日、光太郎の住む花巻郊外、太田村山口の山小屋で、マイナス10.4℃を記録しました。
 
もっと寒い日もあったようですが、とりあえず、「今日」の出来事、ということで……。

今日は新宿に出かけてきました。映画鑑賞のためです。
 
希望の国」。園 子温(その しおん)監督作品。大手配給会社のものではないので、当方生活圏では上映していません。
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物語の舞台は、「東日本大震災から数年後」の「長島県大葉町」という架空の町です。M8.3の大地震に見舞われ、津波による被害、そして福島の教訓が生かされることなく、再び起こった稼働中の原発のメルトダウン。
 
夏八木勲さん演じる酪農を営む主人公・小野泰彦の暮らす家の敷地内に、「半径20㎞」のラインが引かれ、ラインの内側だった隣家の人達は半ば強制的に避難させられます。主人公の家屋部分は「半径20㎞」外なので、当初は放っておかれたものの、やがて届く「強制退避命令」、牛たちの「強制殺処分命令」。息子夫婦は避難させたものの、思い出深い家を捨てられず、以前から認知症だった妻・智恵子は環境の変化に弱いこともあり、小野は智恵子ともども退去せず残ります。しかし、避難を勧めるため家にやってくる役場職員に申し訳ないという思いも。そして小野の下した決断は……。




今すぐにでも、日本のどこかで起こりうる話です。日本中の原発のほとんどが運転停止中ですが、運転停止であって廃炉ではありません。各原発の核燃料が撤去されたわけではなく、それらが漏れ出さないという保証はないのです。
 
パンフレットには「すべて福島で現実に起こっていることに基づいて『希望の国』は制作しました」とあります。ロケはその福島や、津波に襲われた町のシーンでは、実際に津波の被害の大きかった石巻が使われていました。
 
あどけない童女のような、大谷直子さん演じる妻の「智恵子」は、「高村智恵子」をイメージしています。ラスト近く、立ち入り禁止区域内にある夫婦の思い出の場所で、雪の中、盆踊りを踊るシーンは、九十九里浜で千鳥と遊んでいた「高村智恵子」とオーバーラップします。
 
「高村智恵子」はまがりなりにも夫・光太郎に最期を看取られ、病院のベッドでその一生を終えましたが、映画の「智恵子」は……。
 
大手配給会社の作品ではなく、上映館が限られていますが、ぜひとも御覧いただきたい映画です。くり返しますが、今すぐにでも、日本のどこかで起こりうる話です。他人事ととらえてほしくないものです。

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