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地上波テレビ朝日さん、そして系列のBS朝日さんで放映中の「やすらぎの刻~道 テレビ朝日開局60周年」。先月放映の第48話、そして直前の第47話でも、光太郎の『智恵子抄』が取り上げられました。

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倉本聰さんによる、その脚本集第一巻が出版されました。

やすらぎの刻~道~ 第1巻

2019年6月21日 倉本聰著 双葉社 定価1,800円+税


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4月からテレビ朝日系で毎週月曜日から金曜日に約1年にわたり放送される連続ドラマ「やすらぎの刻 ~道」の原作本。テレビ全盛期を支えた者だけが無償で入れる老人ホーム「やすらぎの郷」を舞台に名優たちが演じる現代劇は前作「やすらぎの郷」と同様に展開される一方で、今回は主人公・菊村栄(石坂浩二)がドラマ内で執筆するシナリオ「道」が新たに映像化される。

第50話までが収録されており、『智恵子抄』に触れられた第47話、48話も収められています。

第47話、48話とも、主人公である石坂浩二さん演じる脚本家の菊村栄が、どこに発表する当てもなく書いているシナリオ「道」が、菊村の脳内ドラマとして描かれる「道」パート。戦前から戦時中の山梨県の架空の集落「小野ヶ沢」が舞台です。

47話では、「道」パートの語り手である農家の四男坊・根来公平(風間俊介さん)が母(岸本加世子さん)を亡くし、その知らせを受けて海軍航空隊に入営していた次兄の公次(Kis-My-Ft2の宮田俊哉さん)が帰省、公平と三男の三平(風間晋之介さん)が、村の共同墓地で公次を出迎えたシーン。昭和16年(1941)の晩秋、太平洋戦争開戦直前という設定です。

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公次、久しぶりに目にする故郷の山々を前に……

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そして美術好きな三平に向かって……

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さらに「読んでみろ。沁みる」。敬愛する兄の言葉に、三平は……

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続いて第48話。

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夜になって、公次が三平・公平の部屋にやってきて……

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手に取ってみる三平と公平。すると、書き込みのしてあるページがあることに気づく二人。それは「あどけない話」(昭和3年=1928)のページで、「阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ。」の箇所、「阿多多羅山」が消されて「小野ヶ沢」となっています。

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第47話での公次のセリフ「いいな、小野ヶ沢は」は、この伏線だったというわけで……。

この後、夜が明けたらまた基地に戻らねばならない公次のホイスパーで、「あどけない話」。公次はおそらく、米英との戦争が始まれば南方に派遣されるであろうこと、そして無事帰ってくるのが困難であろうことが分かっています。それだけに故郷の風景は心に沁みたのでしょう。

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沁みました(笑)。

脚本集第一巻、一般新刊書店で平積みになっています。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

かういふ質問には私にはまつたく苦手です。希望はあるけれど、予測は無いのです。(希望を書いてよければむろん新興リアリズムの詩の横溢を望みます。)

アンケート「貴下は後継詩壇を背負ふ人として如何なる人々を推されるか」
全文  
昭和5年(1930) 光太郎48歳

新興リアリズムの詩」は、この時期の光太郎が近い位置にいたプロレタリア詩、アナーキズム系を指すのではないかと思われます。そういった方面に期待は寄せるが、それが主流になることもないだろうという光太郎の予想、みごとに当たります。そして光太郎自身も、軍部翼賛の方向に……。

まず出版系から。

NHK大河ドラマ・ガイド いだてん 後編

2019年7月5日 NHK出版 定価1,100円+税

話題の大河ドラマ、ガイドブック第2弾!
巻頭は、阿部サダヲ×中村勘九郎×役所広司の座談。
新聞記者・田畑政治の同僚、世界の舞台で大活躍の水泳選手など、新しい登場人物を一挙紹介! 
関東大震災、第二次世界大戦の足音……逆境の中でも輝くアスリートの栄光と苦悩、それを支える人々の泣き笑い。000
波乱万丈のドラマをさらに深掘りできる一冊!

【章立て】
 座談 阿部サダヲ×中村勘九郎×役所広司
 出演者紹介&インタビュー
 水泳チーム座談会
 水泳撮影の舞台裏
 美術特集~関東大震災からの復興を描く
 女子アスリートの系譜
 オリンピックとその時代
 あらすじ
 大友良英とスゴ腕ミュージシャンたち
 実感放送~スポーツ中継の歴史をひもとく
 いだてん新聞 ほか

主に9月15日(日)放映の第36回までをカバーする内容です。以後の放映については9月に「完結編」が刊行されるそうです。

「あらすじ」の項で、第36回までのかなり詳細な内容が明らかになっています。「ここまでネタばらしちゃっていいのか?」と思うほどでした。それによれば、昭和11年(1936)のベルリンオリンピックまでが描かれています。

このドラマ、これまでも、光太郎智恵子ゆかりの人物が登場していました。光太郎がその肖像レリーフを手がけた嘉納治五郎師範(役所広司さん)、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が顕彰する対象の武田千代三郎(永島敏行さん)、そして小学生だった智恵子をかわいがり、道を示した寺島しのぶさん演じる二階堂トクヨ(トクヨについてはまた明日、詳述します)……。

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今後登場する新キャラの中にも、光太郎ゆかりの人物が多数含まれます。

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まず、アスリート系。今後、水泳陣がクローズアップされていきまして、代表チームを引っ張るリーダー的な存在・高石勝男。斎藤工さんが演じられます。

昭和6年(1931)、雑誌『モダン日本』に掲載されたアンケート「私の贔屓(ひいき)集」での光太郎の回答が以下の通り。

 野球     贔屓人物移動中にて挙げ難し
 庭球     コオシエ
 ラグビー  いまだ渾沌たり
 陸上競技  走高跳のキムラ
 水上競技  曾てタカイシなりしが今移動中
 将棋     土居八段、関根名人、
 碁      呉少年

「コオシエ」はフランスのテニス選手。昭和5年(1930)には来日し、東京や大阪で日仏対抗の試合を行っています。「キムラ」は早稲田大学の学生だった木村一夫。アムステルダム(昭和3年=1928)、ロサンゼルス(昭和7年=1932)の両オリンピックでともに6位入賞でした。「土居八段」は土居市太郎、「関根名人」は十三世名人関根金次郎。碁の「呉少年」は呉清源です。そして「タカイシ」が高石勝男。「移動中」って、光太郎、冷たいですね(笑)。


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続いて、上白石萌歌さん演じる前畑秀子。ロスでは銀、4年後のベルリンでみごと日本女性初の金メダリストとなりました。

以前にこのブログに書きましたが、光太郎、彫刻家の眼で観て、前畑の身体美を絶賛しています。昭和16年(1941)、『読売新聞』に連載された座談会「新女性美の創造」から。

 吉田 「水泳の人の身体は違ふ。」
 高村 「前畑さんなどは普通では肥りすぎてゐるやうにい
     はれるけれども、僕などの立場から見ると実に美し
     いものですね。」
 竹内 「前畑さんは丁度理想的な寸法で決して肥りすぎて
     はをりません。あの人がドイツから帰つて来た日に
     私、宿舎へ行き、身体測定をしました。(略)寸法で
     いひますと身長が一六〇糎、胸の周りが九〇・二
     糎。(略)それから目方はあの人は五八瓩です。」

「吉田」は吉田章信(体育研究所技士・文部省体育官)、「竹内」は医師の竹内茂代です。

当時の日本女性の平均値は身長150㌢、体重53㌔㌘ぐらいだったそうですので、たしかに立派な体格です。同じ座談によれば、前畑と死闘を演じたドイツのゲネンゲルも全く同じ体格だったそうです。


「いだてん」、幻に終わった昭和15年(1940)の東京オリンピック招致の話にもなりますので、そうした関係から政治家の面々も登場します。

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昭和7年(1932)の五・一五事件で暗殺された犬養毅(塩見三省さん)。「木堂」の号で書家としても有名だった犬養、光太郎はその晩年に書かれた「書についての漫談」(昭和30年=1955)の中で、書家としてより書の理論家としての犬養を高く評価しています。


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昭和11年(1936)の二・二六事件で命を落とした高橋是清。今年3月に亡くなった萩原健一さんです。光太郎、昭和2年(1927)の随筆「人の首」で、肖像彫刻を作ってみたい人物を挙げていますが、その中に高橋の名も。曰く「写真で見ると、高橋是清氏と、浜口雄幸氏とが面白い」。政治家で名を挙げているのはこの2人だけです。

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今後、五・009一五事件や二・二六事件、それ以前に次回6月16日(日)の放映から大正12年(1923)の関東大震災が描かれますし、やがて嘉納治五郎が必死の思いで誘致に成功した東京オリンピックも日中戦争の影響で返上と、ある意味悲惨な時代が舞台となっていきます。それにもめげず、それぞれの競技に打ち込むアスリートや、体育行政関係者達の姿が今後の焦点。元々時代劇の流れをくむ大河ドラマ、定番の戦国時代や幕末の合戦や斬り合いなどの代わりに、スポーツによる戦いが描かれ、その意味では従来の大河に対するアンチテーゼともいえるかもしれません。

ちなみに右は『NHK大河ドラマ・ガイド いだてん 後編』に掲載されている写真。光太郎の父・光雲が主任となって制作された上野の西郷隆盛像ですが、関東大震災直後の写真で、台座や像のあちこちに尋ね人的な張り紙が為されています。


余談になりますが、「いだてん」、当方自宅兼事務所のある千葉県香取市でもロケが行われています。

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6月2日(日)放映の第21回「櫻の園」。大正9年(1920)のアントワープ五輪で惨敗して帰国した水泳代表チームが、現地での屈辱を回想するシーン。

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古式泳法で泳ぐ日本チームが、練習用プールで欧米選手に笑いものにされた、という設定です。世界の主流は新しく考案されたクロールに移っていましたが、日本にはまだ伝わっていませんでした。

この練習用プールとして使われたのが、香取市と茨城県稲敷市にまたがる横利根閘門(よことねこうもん)。利根川と、その支流である横利根川の間に設けられたレンガ造りの水門で、船が航行する際に二つの川の異なる水位を調整してから通るための施設です。閘門はパナマ運河がこの方式ですし、東京の下町にもいくつか現存しています。

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光太郎が第一詩集『道程』を刊行し、智恵子と結婚披露を行った大正3年(1914)に工事が始まり、大正10年(1921)に完成しました。現在はあまり船舶の通行はありませんが、現役です。補修は行われたものの、ほぼ建造当時の姿を残し、平成12年(2000)には国指定重要文化財に認定されました。

したがって、「いだてん」の役者さん達が泳いでいたのは、川です(笑)。オンエアが6月では、まだ寒い時期のロケだったでしょうに……。

背景に小さく映っている建物がこちら。機械室のような。これもほぼ当時のままです。たしかにアントワープっぽいかもしれません(笑)。

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古式泳法をせせら笑う欧米選手の背後に映っている並木。香取市の木に指定されているポプラです。

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香取市、江戸時代から続く古い街並みも残っており、旅番組(最近は散歩系番組)などで取り上げられることも多く、また、ドラマや映画のロケにもしょっちゅう使われています。NHKさんですと、やはり大河ドラマ「八重の桜」(平成25年=2013)や連続テレビ小説「花子とアン」(平成26年=2014)など。横利根閘門も、泉ピン子さん主演の2時間ドラマ「名司会者・寿鶴子殺人スピーチ(2) 花嫁に忍び寄るストーカー そして父が殺された!14年前の殺人事件に翻弄された運命の恋人達に捧げる涙の結婚式」(平成18年=2006・フジテレビ)などのロケが行われました。隠れた桜の名所でもあります。

閑話休題。「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)」、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

この奈良にまゐりてより、私ただ夢ごこちに日を送り居ることに候。南大門の仁王の前に初めて立ち候ときの私、斑鳩(いかるが)の法隆寺に金堂の壁画を透し見し時の私、何知らずわななきしこの腕お察し下されたく候。

雑纂「「相思」より」全文 明治34年(1901) 光太郎19歳

東京美術学校の修学旅行で初めて奈良を訪れ、古仏の数々に接した際の感動を、書簡体で与謝野夫妻の『明星』に寄せたものです。後に知るロダンの彫刻と併せ、これらも光太郎彫刻の骨肉の一つとなりました。

NHKさんの大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」。視聴率的には厳しい状況だそうですし、レギュラー出演者の逮捕などのケチもつきましたが、当方は毎週楽しく拝見しております。

先週は統一地方選挙速報の関連で放映が休止でしたが、今週の第14回から新章に突入します。 

いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~ (14)「新世界」

NHK総合 2019年4月14日(日) 20時00分~  再放送 2019年4月20日(土) 13寺05分~
NHK BSプレミアム  2019年4月14日(日) 18時00分~

ストックホルムから帰国する四三(中村勘九郎)。報告会で大勢の高師の仲間が健闘を称える中、敗因を厳しく問いただす女性が出現。永井道明(杉本哲太)の弟子・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)である。同じ頃、孝蔵(森山未來)は四三とは逆に東京から旅立とうとしていた。円喬(松尾スズキ)とは別の師匠について地方を回るのだ。自分は円喬に見限られたと落ち込む孝蔵。しかし、出発のとき、新橋駅に円喬が駆けつけて−

出演
中村勘九郎,綾瀬はるか,生田斗真,永山絢斗,満島真之介,山本美月,近藤公園,武井壮,森山未來,神木隆之介,
橋本愛,荒川良々,峯田和伸,松尾スズキ,柄本時生,杉本哲太,中村獅童ほか

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明治45年(1912)のストックホルムオリンピック編が終わり、時代は大正へと移ります。そして新キャストが続々登場。

その一人が永島敏行さん演じる武田千代三郎。

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以前にもご紹介しましたが、元青森県知事で、十和田湖の景観に打たれ、道路の開墾等に尽力しました。そのため、雑誌『太陽』で初めて十和田湖の美しさを世に広めた大町桂月、武田に協力して十和田湖周辺の整備に力を尽くした法奥沢村長・小笠原耕一と共に、「十和田の三恩人」と讃えられました。

昭和28年(1953)に除幕された、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」は、元々周辺の国立公園指定15周年を記念し、「十和田の三恩人」を顕彰するためのモニュメントとして作られたものです。

右は「乙女の像」除幕式の際に、関係者に配られた光太郎による記念メダルの石膏原型。肖像は大町桂月ですが、武田の名も刻まれています。

青森県知事退任後、武田は大日本体育協会副会長に就任。箱根駅伝の開催に取り組み、「駅伝」の名付け親ともなります。

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もう一人、「この人も出るか!」と驚いたのが、二階堂トクヨ。演じられるのは寺島しのぶさんです。

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二階堂は宮城県三本木町(現・大崎市)の出身です。地元の小学校で准訓導として教壇に立ちながら宮城県の師範学校入学を目指していましたが、明治28年(1895)、同県では女教員は休みが多い、能率が上がらないなどの理由で女教員廃止決議が採択されてしまいました。そこで、隣接する福島県師範学校に入学しようとしましたが、こちらは福島県に籍が無ければ不可。そこで、初代福島民報社長にして国会議員でもあった小笠原貞信の養女となり、小笠原姓となりました(のちに「二階堂」に復姓)。

そしてめでたく福島師範を卒業し、赴任したのが智恵子の母校・安達郡油井村(現・二本松市)の油井小学校でした。明治32年(1899)、智恵子は高等科に在学中で、トクヨは智恵子の6歳下の妹・ミツ(尋常科2年)の担任となりました。さらにそれだけでなく、トクヨは智恵子をかわいがり、智恵子は友人と共にトクヨの下宿を訪ねたり、安達ヶ原を散歩したりしたとのこと。

向学心溢れるトクヨは、さらに同33年(1900)には東京女子高等師範に進学しました。この際には智恵子の実家・長沼家が資金援助を行ったらしいとのこと。智恵子との直接の関わりは1年間だけでしたが、智恵子は強烈な印象をトクヨから受けました。同じように油井小学校で教壇に立った後に日本女子大学校に進学した服部マスもおり、智恵子が日本女子大学校に進む希望を固めたのは、この2人の影響が大きいようです。

智恵子が日本女子大学校に進んだのは明治36年(1903)、この年、トクヨは女高師の最終学年でした。記録は確認できていませんが、おそらく、上京した智恵子はトクヨと再会し、久闊を叙しただろうと推定されます。

翌年、女高師を卒業したトクヨは、金沢の高等女学校に赴任。ここで体操の授業を持たされたことがきっかけで、体育のスペシャリストになっていきます(本来の専門は国語だったそうですが)。明治44年(1911)には、母校の助教授となり、大正元年(1912)には、英国留学。その際、横浜港には智恵子、さらに光太郎も見送りに現れたそうです。同4年(1915)に帰国、東京高師教授就任、同11年(1922)、二階堂体操塾(現・日本女子体育大学)設立……すごい女性ですね。

ちなみにここまで、佐々木孝嘉氏著『ふるさとの智恵子』(昭和53年=1978 桜楓社)を参考にさせていただきました。

「いだてん」。このトクヨの活躍も楽しみにしつつ、拝見したいと思います。皆様もぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

自然は人をつくる。この霊峰の此の偉容に毎日毎朝接してゐる上高下の部落は幸である。
散文「日本の母」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

「霊峰」は富士山。「上高下」は、光太郎が詩部会長に就任した日本文学報国会と読売新聞社が提携して行われた「日本の母」顕彰事業のため訪れた、山梨県南巨摩郡穂積村。現在の富士川町上高下(かみたかおり)地区です。

ここは冬至の前後、日の出が富士山頂付近からのぼる「ダイヤモンド富士」の名所としても有名です。

明日から始まるテレビドラマです。

やすらぎの刻~道 テレビ朝日開局60周年記念

テレビ朝日 2019年4月8日(月)~ 毎週月~金  12時30分~12時50分 
BS朝日     4月9日(火)~ 毎週月~金  7時40分~8時00分 地上波の一日遅れ再放送

巨匠・倉本聰氏が1年間をかけて描くのは、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯。そして『やすらぎの郷』のその後。2つの世界が織り成す壮大な物語!

“姫"こと九条摂子(八千草薫)が世を去ってから、2年余り。相変わらず『やすらぎの郷 La Strada』に暮らす脚本家・菊村栄(石坂浩二)は、古い資料の中に1冊のシナリオを発見する。その脚本は10年ほど前、大型ドラマスペシャルとして撮影寸前まで進みながら制作中止になったもので、白川冴子(浅丘ルリ子)と水谷マヤ(加賀まりこ)も出演予定だった。しかし、突然プロデューサーの財前(柳葉敏郎)と連絡がつかなくなり…!?

出演者 石坂浩二 ミッキー・カーチス 加賀まりこ 橋爪功 山本圭 浅丘ルリ子 柳葉敏郎 他
作   倉本聰
音楽  島健
主題歌 中島みゆき『慕情』『進化樹』『離郷の歌』
     (株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ)

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一昨年、同局で放映され、大きな話題を呼んだ「やすらぎの郷」の続編です。

単なる続編ではなく、石坂浩二さん演じる主人公・シナリオライターの「菊村栄」による、戦前戦中のを山梨を舞台にしたスペシャルドラマ「道」が、劇中劇ならぬ菊村の「脳内劇」として、展開します。

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昨年、製作会社の角川大映スタジオさんからメールをいただきました。何でこちらに連絡が? というと、ドラマの中で光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)を使う、というのです。

該当箇所の台本もPDFで添付して下さいました。

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「しの」というのが、「道」の主人公、浅井(根来)しの。思春期、青年期(昭和編)を清野菜名さんが、晩年(平成編)では風吹ジュンさんが演じられます。山梨県の山間の集落に生きる少女で、14歳の時、わけあって根来家に引き取られてきた、明るくお転婆な性格。特技は薙刀だということです。

「公平」は、同じく風間俊介さん→橋爪功さん。しのが引き取られた養蚕農家・根来家の四男で、しのに恋心を抱くという設定。

さらに公平の兄、「公次」。Kis-My-Ft2の宮田俊哉さんが扮します。口下手だが、働き者で家族思い。後に海軍に志願するそうです。

「三平」は、根来家三男(風間晋之介さん)、「ニキビ」は公平の親友(関口アナンさん)です。

「小野ヶ沢」は、物語の舞台となる山梨県の架空の地名と思われます。


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「あどけない話」が使われるのが、いつごろの放映回なのかまではご教示いただけませんでしたが、台本のページ数が「48-○○」となっていますので、第48回あたりなのかな、と思っています。情報が入りましたらまたご紹介します。


ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

ちやうど明治さかんな頃のこととて世の中はどんどん進んでくる。僕たち青年の眼には庭の色までもまるで毎日変化し、生き生きとして見えるやうであつた。さういふ時代には何でも実に面白かつたし、僅かな間ではあるが朝から晩まで実際大へんな勉強をしたものだつた。

談話筆記「美術学校時代」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

光太郎が東京美術学校に在籍していたのは、数え15歳の明治30年(1897)から同じく24歳の同39年(1906)まで。彫刻科の予科から本科を卒業した後も、徴兵猶予の意図もあって研究科に残り、さらに同38年(1905)には西洋美術を学び直したいと、黒田清輝らが教鞭を執っていた西洋画科に再入学しました。この時の同級生に藤田嗣治や岡本一平(太郎の父)らがいました。ただ、同科は中退の扱いで、欧米留学に出ています。

明日の月曜あたり、さまざまな学校さんで入学式・始業式が多く行われるのではないでしょうか。青年諸君、しっかり「勉強」してください。ただし、「勉強」といっても、教科書を使っての座学だけではありません。

ちなみにこの談話筆記、ながらく初出掲載誌不明で、筑摩書房さんの『高村光太郎全集』でもそうなっていますが、昭和17年(1942)の雑誌『知性』第5巻第9号に掲載を確認しました。同号、増刊号の扱いなので、検索の網から漏れていたようです。

今年のNHKさんの大河ドラマが、明後日から始まります。 

いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~

2019年1月6日(日)~
本放送 NHK総合 日曜 20:00~ BSプレミアム 日曜 18:00~ BS4K 日曜 9:00~
再放送 NHK総合 土曜 13:05~    BS4K 土曜 8:00~

1959年、五輪招致目前の東京。落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)は日本橋を通り寄席に向かっていた。その日、高座で志ん生が語り出したのは、50年前の日本のオリンピック初参加にまつわる噺。1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していた。スポーツという言葉すら知られていない時代。初めての派遣選手をどう選ぶか。日本オリンピック史の1ページ目を飾る物語。

出演  中村勘九郎 阿部サダヲ 生田斗真 森山未來 神木隆之介 竹野内豊 役所広司 ほか
噺・出演  ビートたけし

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前後半、途中で主役が替わるという大河ドラマ史上初の試みが為されます。

前半は、日本人初のオリンピック選手・金栗四三(かなぐり・しそう)。歌舞伎の中村勘九郎さんが演じられます。後半は、」阿部サダヲさん扮する昭和39年(1964)の東京オリンピック招致に奔走した田畑政治。


「この2人がいなければ日本のオリンピックはなかった」というキャッチコピーです。


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金栗、田畑、ともに光太郎智恵子や光雲との直接の関係はなかったようですが、関わりのあった人物が登場します。

まず、講道館柔道創設者・嘉納治五郎師範(講道館柔道初段の当方、畏れ多くてとても呼び捨てに出来ません(笑))。演じられるのは役所広司さんです。

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公式サイトから。

金栗四三の憧れの人物であり、人生の恩師。金栗の進学する東京高等師範学校の校長。講道館柔道の創始者でもあり、”日本スポーツの父”と呼ばれる。アジア初のIOC委員として、日本のオリンピック初出場のために奮闘し、選手団団長として参加。人並み外れた情熱と、ひょうひょうとしたユーモアを併せ持つ大人物。


光太郎、昭和9年(1934)に、嘉納師範の肖像レリーフを作っています。文京区の講道館さんの2階にある柔道資料館に収蔵されています。

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ただし、クレジットは光雲。光雲はこの年胃ガンで亡くなっており、光雲に依頼があったものの、もはやそれに応えられず、光太郎が代作したのでしょう。

制作に際し、光太郎が嘉納師範と会ったかどうか不明ですが、有名な嘉納師範の肖像写真と似た構図ですので、それを元に作ったという線が濃厚であるような気がします。

10年ほど前でしょうか、このレリーフがネットオークションに出たことがあります。その際は画像だけでは真贋の判断がつかず、入札しませんでした。その後、出品されていないようですが、いずれ入手したいと思っております。

光太郎と嘉納師範の僅かな関わりがもう一つ。

明治39年(1906)からの海外留学に出る前の光太郎、当時日本に入ってきた鉄アレイを使ってのボディービルにはまっていました。その提唱者がドイツ人ボディビルダー、ユージン・サンドウ。明治33年(1900)に、サンドウの著書が『サンダウ体力養成法』として邦訳され、50版以上を重ねるちょっとしたベストセラーとなりました。おそらく光太郎もこれを読んだと思われます。その序文を書いたのが、誰あろう嘉納師範でした。

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「サンドー式体操」と呼ばれたトレーニングで鍛えた光太郎、そのおかげで留学先のニューヨークで、米国人学生との喧嘩に完勝したそうです。

「いだてん」での嘉納師範、かなり重要な役どころのようで、おそらく早い段階から活躍するようです。

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もう一人、間接的ながら光太郎と関わった人物が、「いだてん」に登場します。

やはり金栗にからむ、大日本体育協会副会長・武田千代三郎。演じられるのは永島敏行さん。少し後になってからのご登場のようです。


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武田が大日本体育協会副会長に就任したのは、大正2年(1913)。その直前までは青森県知事でした。当時の知事は民選ではなく、中央からの派遣。武田は筑後柳川の出身です。赴任先の青森で見た十和田湖の景観に打たれ、道路の開墾等に尽力しました。実はそれ以前に、明治天皇から十和田湖について訊かれたものの、満足に答えられなかったことを恥じて、早速十和田湖を観に行き、「こんな美しい場所だったのか」と仰天したそうですが。

そのため、雑誌『太陽』で初めて十和田湖の美しさを世に広めた大町桂月、武田に協力して十和田湖周辺の整備に力を尽くした法奥沢村長・小笠原耕一と共に、「十和田の三恩人」と讃えられました。

昭和28年(1953)に除幕された、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」は、元々周辺の国立公園指定15周年を記念し、「十和田の三恩人」を顕彰するためのモニュメントとして作られたものです。

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昨年、永島さんが武田役でご出演、という情報を得、それなら観なければ、と思った次第です。

ちなみに当方、20年ほど前に、永島さんを羽田空港でお見かけしました。和服にインバネスの出で立ちで、「いやー、かっこいい」と思いました。

今後、他にも光太郎智恵子や光雲と関わった人物が登場するかも知れません(いっそのこと、光太郎智恵子や光雲も登場させてほしいのですが)。

皆様もぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

しかし木彫は短歌のやうな面白味があつて此上なく私の心を慰めてくれる。彫つてゐながら如何にも気持がいい。

散文「近状」より 大正13年(1924) 光太郎42歳

「蝉」や「鯰」などの木彫小品を作っていた時期の文章から。光太郎の生涯の中で、最も平穏だった時期です。

テレビ放映情報です。

連続ドラマW 宮沢賢治の食卓

WOWOWプライム 2017年6月17日(土) 22時00分~23時00分 第1話無料放送

『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』などで知られる、国民的作家・宮沢賢治。
孤高の存在として語られる印象とは裏腹に、じつはユーモアに溢れた好奇心の人でした。 賢治とは一体どんな人物で、如何なるものを食したのでしょうか!?
賢治の愛した食べ物には、家族や隣人、そしてやがて早逝する最愛の妹への深い愛情が秘められていました―。
若かりし頃の天真爛漫な宮沢賢治の青春時代を、彼の愛した食やクラシック音楽を通して、家族や親しい人たちとの関わりを描いた感涙必至の物語。
特に傑作詩篇「永訣の朝」にうたわれた最愛の妹・トシとの死別に描かれる兄妹愛の行く末は、涙なくして観られません。今までの映像作品ではなかなか描かれなかった、泣いて笑って躍動する、瑞々しい宮沢賢治 by 鈴木亮平に是非ご期待ください!!

第一話「幸福のコロッケ」
東京に家出をしていた質店の長男・宮沢賢治(鈴木亮平)は妹・トシ(石橋杏奈)の病気の電報を受け、岩手・花巻に帰郷する。母・イチ(神野三鈴)や弟妹たちには歓迎されるも、厳格な父・政次郎(平田満)とはなかなかうまくいかない。食、音楽、文学とあらゆることに興味のある賢治だが、自分を熱くするものを見つけられずにいた。そんなある日、農家の吉盛(柳沢慎吾)一家に出会う。

原作 魚乃目三太(少年画報社刊「思い出食堂」より)
脚本 池田奈津子
音楽 サキタハヂメ
監督 御法川修
出演 鈴木亮平、石橋杏奈、山崎育三郎、市川実日子、柳沢慎吾、井之脇海、神野三鈴、平田満 他


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設定は大正10年(1921)頃のようです。その5年後に、光太郎とただ一度だけ出会い、光太郎の生涯にも大きく関わる宮沢賢治が主人公のドラマです。全5話で、有料放送のWOWOWプライムさんでの放映ですが、第1話のみ無料放送だとのこと。

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鈴木亮平さん演じる賢治自身も光太郎を敬愛し、大正15年(1926)、自ら本郷区駒込林町の光太郎アトリエを訪ねていますが、より光太郎と深く関わった、賢治の家族が登場する点で、興味を引かれています。

賢治の父・政次郎。平田満さんです。賢治歿後に、『宮沢賢治全集』の発刊や、花巻に建った賢治詩碑の揮毫などで世話になった光太郎に恩義を感じ、昭和20年(1945)、空襲でアトリエを焼け出された光太郎を花巻に招きました。

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その妻・イチ。神野三鈴さんが演じます。宮沢家に疎開した光太郎は、すぐに結核性の肺炎で高熱を発し、約1ヶ月臥床。その間、そしてその後も、自宅が空襲で焼ける8月10日まで、かいがいしく光太郎の世話をして下さいました。

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こちらが光太郎(右)と、リアル政次郎・イチ夫妻です。

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賢治の弟・清六(井之脇海さん)と、妹・シゲ(畦田ひとみさん)。

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兄を亡くした二人にとって、光太郎は兄のように思えたのでしょうか、何くれとなく光太郎の面倒を見てくれたりしました。

賢治が歿した翌年の昭和9年(1934)、新宿モナミで開かれた賢治追悼の会の席上、清六が持参した賢治遺品のトランクから出て来た手帖に書かれていた「雨ニモマケズ」が「発見」されました。その場にいたのが光太郎、草野心平、永瀬清子、巽聖歌、深沢省三、吉田孤羊、宮靜枝らでした。

昭和21年(1946)から24年(1949)にかけて、日本読書組合から発行された『宮沢賢治文庫』は、清六と光太郎の共編です。光太郎が花巻郊外太田村に移ってからも、二人はお互いに行き来していました。

シゲは光太郎が疎開してきた際には、既に岩田家に嫁いでいましたが、ちょくちょく実家に帰り、やはり光太郎の世話を色々焼いてくれました。亡き智恵子が織った反物から、羽織やモンペを仕立ててくれたのもシゲですし、光太郎が宮沢家に厄介になっていた頃には、光太郎のために毎日山羊の乳を入手する手配をしてくれました。

それから、賢治の親友・藤原嘉藤治(山崎育三郎さん)。やはり賢治つながりで、光太郎と親交がありました。

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リアル嘉藤治(中央)と光太郎(左)。

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石橋杏奈さん演じる賢治の最愛の妹・トシは、賢治が光太郎と出会う以前の大正11年(1922)に亡くなっていますが、その死を謳った賢治の絶唱「永訣の朝」は、光太郎が智恵子の最期に題材をとぅた「レモン哀歌」に影響を与えていると考えられます。ちなみに、やはり面識はなかったと思われますが、トシは智恵子と同じ日本女子大学校に通っていました。

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動画投稿サイト「YouTube」から。

連続ドラマW 宮沢賢治の食卓/メイキング映像



ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

孤独の痛さに堪へ切つた人間同志の 黙つてさし出す丈夫な手と手のつながりだ 孤独の鐵(かな)しきに堪へきれない泣蟲同志の がやがや集まる烏合の勢に縁はない 

詩「
孤独が何で珍らしい」より 昭和4年(1929) 光太郎47歳

トシ、賢治と、我が子二人を逆縁の不孝で失った政次郎。妻・智恵子に先立たれ、空襲で住処も無くした光太郎に、黙って手を差し伸べてくれました。まさしく「黙つてさし出す丈夫な手と手のつながり」ですね。

欲得ずくで集まっただけのどこぞの政党や、自分の都合が悪くなるとトカゲのしっぽよろしく、手のひらを返して手を切ろうとする大臣閣下諸氏――「孤独の鐵(かな)しきに堪へきれない泣蟲同志の がやがや集まる烏合の勢」――に贈りたい文言です(笑)。

昨日、大晦日と年明けに総集編がオンエアされる、NHKさんの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」についてご紹介しました。

今日は出版関連で。

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の撮影に密着してきた「NHKステラ」が、ドラマ全26週を写真やインタビューで振り返る!
[内容]
 ●  常子の思ひ出ノオト
 ●  独占ラストインタビュー ヒロイン・高畑充希
 ●  全26週のあらすじとシーン写真
 ●  名場面クローズアップ!
 ●  〈とと姉ちゃん〉の衣♪食♪住!(衣装、消え物、セット&小道具紹介)
 ●  ステラインタビュー セレクション(+本誌未掲載 はみだしトーク♪)
 ●  物語を彩る 音楽の世界
 ●  貼り絵&実写で描く タイトルバックの世界&主題歌「花束を君に」歌詞
 ●  登場人物”ほぼ”全紹介
 ● 壇ふみ特別エッセイ〈とと姉ちゃん〉とわたしのはなし
 ●  〈とと姉ちゃん〉モチーフ  大橋鎭子と花森安治が『暮しの手帖』にかけた夢
 ●  脚本家・西田征史インタビュー
 ●  チーフプロデューサー・落合将メッセージ  
 ☆ 特別付録:小橋3姉妹仲よしピンナップ

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このドラマでは、明治44年(1911)、智恵子がその表紙絵を描いた雑誌『青鞜』が重要なモチーフの一つとして使われ、後半には真野響子さん演じる平塚らいてうが登場しました。

そのあたりにも触れられています。

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ちなみに、余談になりますが、「とと姉ちゃん」、他に光太郎智恵子がらみの仕事をなさった俳優さんが、何人か出演されていました。

常子(高畠充希さん)一家が、一時寄寓していた弁当屋・森田屋の若女将、照代役の平岩紙さん。平成24年(2012)、渡辺えりさん制作の舞台「月にぬれた手」で、智恵子役を演じられました。

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常子と共に『あなたの暮し』を作った花山(唐沢寿明さん)の戦友の父親を演じた寺田農さん。

1990年代に発売されたVHSビデオ「日本文学紀行 名作の風景 智恵子抄」でナレーションを務められました。


常子の妹・鞠子(相良樹さん)と結婚した水田(伊藤淳史さん)の母親役・高橋ひとみさん。

平成3年(1991)、やはりNHKさんで放映されたスペシャルドラマ「智恵子と光太郎 極北の愛」で、光太郎(小林薫さん)のアトリエの隣に住む炭屋の女将を演じられました。

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このドラマのラストシーンは、小林稔侍さん演じる旦那さんと、光太郎歿後、「十和田湖畔の裸婦群像(乙女の像)」を訪れるシーンでした。

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それぞれをなつかしく思い出しながら、「とと姉ちゃん」を拝見していました。

さて、『とと姉ちゃん メモリアルブック』。人気ドラマだっただけに、まだ大きな書店さんでは店頭に並んでいますし、もちろん、ネットでも購入可能です。総集編のオンエアともども、お楽しみ下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

さびしさに執れば先づ成る俳諧歌われなる者を筆に傷みぬ
明治36年(1903) 光太郎21歳

いよいよ今年も最終週となりました。この【折々の歌と句・光太郎】のコーナーも、あと僅かです(来年は別のコーナーに意匠替えします)。

これまでに360余の短歌、俳句、川柳などを一つずつご紹介してきましたが、それらに対する作者光太郎のスタンスは、「歌は随時よみすてゝゆきます。書きとめてもありません。うたは呼吸のやうなものですから、その方が頭がらくです。」(昭和21年=1946 喜田聿衛宛て書簡)というようなものでした。ここで自作を「俳諧歌」としているのも、同じ感覚でしょう。

しかし、どうしてどうして、それぞれに味わい深い作ばかりだったように思われます。残りあと5作品も、期待していて下さい。

今年4月から10月にかけ、NHKさんで放映された連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の総集編が、地上波で大晦日に、年明けにはBS放送でオンエアされます。

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」総集編

前編 NHK総合       2016年12月31日(土) 8時45分~10時15分  
   NHK BSプレミアム    2017年1月8日(日)  12時45分~14時15分
後編 NHK総合       2016年12月31日(土) 10時20分~11時48分  
   NHK BSプレミアム  2017年1月8日(日)  14時00分~15時28分

出演 高畑充希 西島秀俊 木村多江 相楽樹 向井理 片岡鶴太郎 大地真央 坂口健太郎 秋野暢子 ピエール瀧 平岩紙 杉咲花 川栄李奈 浜野謙太 佐藤仁美 上杉柊平 阿部純子 石丸幹二 野間口徹 矢野聖人 伊藤淳史 奥貫薫 古田新太 唐沢寿明 ほか

語り 壇ふみ

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このドラマでは、明治44年(1911)、智恵子がその表紙絵を描いた雑誌『青鞜』が重要なモチーフの一つとして使われました。主人公・小橋常子(高畠充希さん)、その妹・鞠子(相良樹さん)、親友の綾(阿部純子さん)、恩師の東堂先生(片桐はいりさん)、そしてもう一人の主人公ともいうべき花山伊左次(唐沢寿明さん)らに、その人生の節目節目で大きな影響を与えるという扱いでした。

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また、後半には、真野響子さん演じる平塚らいてうが登場。常子らの発行していた『あなたの暮し』に、特別に寄稿してくれる、という展開でした
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007今年、生誕130年だった智恵子とらいてう、ある意味それぞれにいい供養になったのではないでしょうか。

また、戦時中に戦意高揚のための文章を書いたことを恥じ、一度はペンを折った花山のエピソードは、花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)に7年間蟄居した光太郎に通じるものがあります。


総集編では、これらのエピソードがどの程度使われるか不明ですが、それぞれに大事なシーンですので、それなりには扱われるでしょう。ぜひご覧下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

わが前にとんぼがへりをして遊ぶ鼠の来ずて夜を吹雪くなり

昭和22年(1947) 光太郎65歳

花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)に蟄居していた際の作です。

メートル単位で雪に覆われる山小屋。さすがにこの季節は訪れる人も少なく、唯一の同居人(笑)、鼠も吹雪の今夜は現れなかった、というわけです。

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現在NHKさんで放映中の「連続テレビ小説 とと姉ちゃん」。これまでも智恵子がその表紙を描いた雑誌『青鞜』が、一つのモチーフとしてドラマの中で効果的に使われてきました。


来週のサブタイトルが「鞠子、平塚らいてうに会う」です。8月8日(月)~10日(水)あたりで、平塚らいてうが登場するようです。

連続テレビ小説 とと姉ちゃん「鞠子、平塚らいてうに会う」

第109回 2016年8月8日(月)
 水田(伊藤淳史)からのプロポーズに答えを出せない鞠子(相楽樹)。大学まで出たのに中途半端なまま仕事をやめる決心がつかない鞠子は仕事で成果を出そうと奮闘するが…。常子(高畑充希)が理由を尋ねると、大学まで出してもらったのに出版の仕事もままならず引け目を感じているのだと言う。東堂(片桐はいり)からの助言もあり、鞠子はまず仕事で成果を出そうと奮闘する。ある日、突然作家がおりてしまい予定の原稿に一つ穴があいてしまう。他に良い作家はいないかと花山(唐沢寿明)に言われ皆が悩む中、鞠子がある提案をする…。

第110回 2016年8月9日(火) 
 予定していた原稿に突然穴があき、騒然とする編集部。鞠子(相楽樹)は、平塚らいてう(真野響子)に原稿を依頼してはと提案する。信頼している編集者としか仕事をしないというらいてう。鞠子は門前払いを受けるも、担当編集者の元に何度も足を運び交渉を続け、やっと会うことができたらいてうに『青鞜』で自分が感動した様な女性に向けての言葉を寄稿してほしいと依頼する。しかしらいてうが提案してきたのは意外な内容だった…。

第111回 2016年8月10日(水)
 平塚らいてう(真野響子)からの原稿を無事受け取り帰社した鞠子(相楽樹)は、原稿を読んだ花山(唐沢寿明)から、すばらしい言葉を書かせたと褒められる。仕事に一区切りつけられたと感じた鞠子は、その帰り道、水田(伊藤淳史)にプロポーズを受けることを伝える。水田が小橋家に結婚の挨拶に行くと、常子(高畑充希)たちも大喜びで二人を迎える。早速結婚式の準備を始めた水田と鞠子は、花山に媒酌人を依頼するのだが…。


らいてうに扮するのは真野響子さん。前作「あさが来た」では元AKB48の大島優子さんが、日の出女子大学校(日本女子大学校)時代の小生意気ならいてうを演じられていました。成長した(笑)らいてうを、真野さんがどのように演じられるのか、楽しみです。


平塚らいてう、といえば、らいてうの生涯を追ったドキュメンタリー映画が上映されます。 

京橋映画小劇場No. 34 ドキュメンタリー作家 羽田澄子

会  期 : 2016年8月9日(火)−8月28日(日)
会  場 : 東京国立近代美術館 フィルムセンター小ホール 東京都中央区京橋 3-7-6
定  員 : 151名(各回入替制 観覧券は当日・当該回のみ有効)
料  金 : 一般520円/高校・大学生・シニア310円/小・中学生100円
                          障害者(付添者は原則1名まで)、
キャンパスメンバーズは無料

フィルムセンターは《京橋映画小劇場》第34回企画として、2009年の「ドキュメンタリー作家 土本典昭」以来7年ぶりに、日本の優れたドキュメンタリー映画監督の歩みを回顧する特集を開催します。今回は、1950年代から現在まで、幅広い対象を粘り強くとらえ続け、日本の社会や文化に新たな視座を提供している羽田澄子監督を取り上げます。

本特集は、羽田監督のデビュー作から最新作まで、計26作品を18プログラムに組んで上映し、その足跡をたどる格好の機会となります。ぜひご来場ください。

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上映26作品の中に「元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯」(140分)が含まれています。 

元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯

1911年,女性だけによる文芸誌『青鞜』の創刊により日本の女性解放運動の先駆けとなった平塚らいてう(1886-1971)。「その名をきくと,すべての女性の心に灯りがともる」という羽田が,らいてうの思想形成の原点になった禅の体験から説き起し,らいてうの一人称の語りとスチル写真によって,彼女を突き動かした時代の姿を再構築した。企画は1998 年に「平塚らいてうの記録映画をつくる会」から高野悦子を通じて羽田に持ち込まれた。平和運動に帰結したらいてうの生き方は,軍国主義の時代に青春を送った羽田の反戦への思いと重なる。
2001 企画:平塚らいてうの記録映画をつくる会 製作:自由工房
(140分・16mm・カラー)

8 / 13(土)11:00am  8 / 25(木)2:00pm


らいてうは日本女子大学校家政学部で、智恵子の1級上の先輩でしたが、早生まれのため、生年は智恵子と同じ明治19年(1886)。したがって、智恵子と同じく、今年が生誕130周年にあたります。それを記念してのイベント等も企画されているようですので、また折を見てご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

小刀(こがたな)みな研ぎをはり夕闇のうごめくかげに蝉彫るわれは
大正13年(1924) 光太郎42歳

現在、NHKさんで放映中の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。5月の「第7週  常子、ビジネスに挑戦する」では『青鞜』がらみのエピソードがありました。その際には、高畠充希さん演じる主人公・常子の女学校の担任、東堂チヨ先生(片桐はいりさん)が、智恵子が表紙絵を描いた『青鞜』創刊号に載った平塚らいてうの「原始、女性は実に太陽であつた」という文言を生徒たちに語りました。その後、常子や妹の鞠子(相良樹さん)、親友の中田綾(阿部純子さん)らが、『青鞜』に大きな影響を受けた、という話の流れでした。

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今週放映されている「第14週 常子、出版社をおこす」で、中田綾が再登場しました。戦前、女学校を出て、すぐに
医者に嫁いだ綾でしたが、その夫は軍医として大陸に出征し戦病死、裕福だった実家も空襲で全焼、今は老母と幼い男児を抱え、苦労しています。

そして昨日のオンエアで、再び『青鞜』がでてきました。綾が、柳行李から取り出して常子に見せ、苦しい生活の中でもずっと心の支えにしてきた、と語るという場面でした。

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見逃された方、NHK BSプレミアムで、7/6(土)、一週間分の再放送があります。この回は朝10:00~のオンエアです。ご覧下さい。

また、来週放映の「第15週 常子、花山の過去を知る」でも、『青鞜』がらみのシーンがあるようです。「花山」は、唐沢寿明さん演じる花山伊佐次。のちに常子ともども雑誌『あなたの暮らし』を創刊します。モデルとなったのは、花森安治。実際に『美しい暮しの手帖』(のち『暮しの手帖』)を創刊、編集と、毎号の表紙絵を担当しました。

予定では7/13(水)放映の回で、その花山を女手一つで育ててくれた母が、やはり『青鞜』創刊号のらいてうの言葉を心のよりどころとしていた、というエピソードが語られるという設定になるようです(ただ、いわゆるネタバレサイトでの情報ですので、変更があるかも知れません)。こちらもご覧下さい。

ちなみにさらに先の放送で、片桐はいりさんの東堂先生も再登場するようです。

ところで、一昨年上期の朝ドラ「花子とアン」では、翻訳家の村岡花子、その親友の歌人・柳原白蓮が登場、それぞれ吉高由里子さん、仲間由紀恵さんが演じられました。すると、古書業界でちょっとした花子、白蓮ブームが起こり、その頃発行された古書店の目録には、二人の関連商品――書籍や自筆もの――が数多く載っていました。

このところ手元に届く古書目録には、「とと姉ちゃん」を受けて、花森安治の関連商品が目立ちます。明日から行われる明治古典会さん主催の「七夕古書大入札会2016」の目録にも載っていました。

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あたたかみのある、いい絵ですね。

その花森、戦後すぐは、戦時中の戦意高揚プロパガンダへの協力(有名なコピー「ほしがりません勝つまでは」の選定にも関わっているそうです)を恥じ、筆を折っていました。このあたり、光太郎を彷彿とさせられます。その点が「とと姉ちゃん」でどう描かれるか、楽しみです。


【折々の歌と句・光太郎】

葦の葉に君は笹舟たくみなりわれは流れの淀に棹さす
明治34年(1901) 光太郎19歳

今日は七夕、ということで何となくそれっぽい短歌をご紹介します。

朝の時点で、自宅兼事務所周辺はよく晴れていますが、夜はどうなることでしょうか。田舎なので光源が少なく、ほんとに快晴の晩には、天の川が見える時もあります。

昨日、紀尾井町福田家さんについてこのブログでご紹介しましたが、その記事の執筆のため、『高村光太郎全集』第13巻の、昭和24(1949)、同25年(1950)に書かれた「通信事項」という項を繰っておりました。

紀尾井町福田家さんの女将、福田マチに関する記述を探すのが目的でしたが、別件で、思いがけない名前を発見しました。

大橋鎭子。NHKさんの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で、高畑充希さん演じるヒロイン・小橋常子のモデルとなった人物です。鎭子に関しては、2週間ほど前のこのブログでご紹介しました。その際はドラマで『青鞜』が取り上げられるということを書きました。

その他、光太郎とのからみとして、戦前に鎭子が編集に当たっていた『日本読書新聞』に、光太郎が寄稿していることを書きました。それ以上のかかわりが、2週間前の時点ではつかめていませんでした。

ところが、昨日、改めて『高村光太郎全集』第13巻の「通信事項」を調べていて、鎭子の名を見つけ、驚いた次第です。「通信事項」は、日記が失われている昭和24(1949)、同25年(1950)の分のみ、日記の代わりとして『高村光太郎全集』第13巻に掲載されている、郵便物等の授受の記録のノートです。

なぜ昨日まで気付かなかったのか、これにはわけがあります。言い訳がましくなりますが、弁解させて下さい(笑)。当会顧問・北川太一先生が中心となって編まれ、平成10年(1998)に完結した増補版『高村光太郎全集』。全21巻+別巻1の構成で、別巻にはさまざまな索引が載っており、その中で、「人名索引」もあって、常に活用させていただいています。ところが、この「人名索引」には漏れがあるのです。「漏れ」というより、意図的にそうした編集方針を採ったのですが、「通信事項」の部分に表れる人名はカットされているのです。これは、「通信事項」の部分がほぼ人名の羅列だからということで、ここに書かれている人名までカウントすると、「人名索引」が現在の倍くらいになってしまうという判断だと思います。

たとえば光太郎と縁の深かった草野心平。縁が深かっ005ただけに、別巻の「人名索引」では右の通り、すでにかなりのスペースですが、ここに「通信事項」の第13巻415ページから542ページまでの分を入れると、さらにスペースを拡大しなければなりません。全ページに心平の名が載っていれば「415~542」で済みますが、実際にはとびとびに名が出て来ますので、「417,421,431,436,438~440,442……」などとなってしまい、煩雑です。

そこで、「通信事項」は「人名索引」の対象にしていないというわけです。

ところが、ここで困ることが一つ。「通信事項」にしか名前が出てこない人物がいるのです。昨日ご紹介した福田マチもそうでしたし、大橋鎭子もまたしかり。そういう場合も「人名索引」には名が載っていません。

福田マチに関しては、「通信事項」に名が載っていることを記憶していましたが、鎭子の名が載っていたことは完全に覚えていませんでした。というより、「大橋鎭子」の名を当方がしっかり認識したのは、「とと姉ちゃん」の放映が決まってからで、ここ1年くらいの話です。「通信事項」全体をちゃんと読み返したのは、1年以上前、花巻高村光太郎記念会さんの依頼で、『高村光太郎 山居七年 年譜』を執筆していた頃でしたので、その時点では鎭子の名はスルーしていました。不覚。


さて、「通信事項」に書かれた鎭子の名。まずは昭和25年(1950)7月6日です。

大橋鏡子さんよりテカミ(来訪の由)

「鏡子」となっていますが、「鎭子」の誤りです。この時期に光太郎が受け取った書簡のほとんどは、当会顧問・北川太一先生の手元にあり、おそらくそれと照合した結果、「鏡子」でなく「鎭子」と判断されたのでしょう。「鏡」の脇に「(鎭)」とルビが振ってあります。

「来訪」ということは、この後、鎭子が花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)に、光太郎を訪ねたのだと考えられます。この時期の光太郎日記が失われているのが、かえすがえす惜しいことです。


続いて7月12日。

大橋鎭子さんよりテカミ

ここからは正しく「鎭子」となっています。おそらく、「先日はお忙しいところ、お邪魔いたしました」といった内容なのでは、と思われます。


さらに7月25日。

クラシの手帖より電報(原稿の事)

これは当時、鎭子が編集に当たっていた『美しい暮しの手帖』のことと思われます。ちなみにこの頃はまだ送りがな等のルールが確立して居らず、「暮らし」ではなく「暮し」です。


8月23日にも。

大橋鎭子さんよりテカミ(原稿の事)


そして8月30日。

大橋鎭子さんへ返ハカキ (略) 大橋鎭子さんより「くらしの手帳」八冊

光太郎から鎭子への発信の記録はこれだけです。


翌8月31日。

大橋鎭子さんよりテカミ

おそらく、「別便で『美しい暮しの手帖』八冊送りました」的な内容と思われます。


最後に少し飛んで、11月9日。

大橋鎭子さんよりテカミ(原稿の事)


見落としがなければ、以上です。ただし、『高村光太郎全集』には掲載されていませんが、翌年以降も「通信事項」ノートは継続されていますので、そちらにも鎭子の名があるかも知れません。


以下、推理です。

昭和25年(1950)7月上旬、鎭子が花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)に光太郎を訪ね、『美しい暮しの手帖』への寄稿を依頼。戦前の『日本読書新聞』の関係で、2人は面識があったと思われます。ところが光太郎は生返事。そこで鎭子は「こんな雑誌です」ということで、『美しい暮しの手帖』のバックナンバーを送附。しかし気乗りしない光太郎、断りのハガキ。諦めない鎭子はまた依頼の書簡を送るも、光太郎は無視。

こんなところではないかと思われます。

『美しい暮しの手帖』への光太郎の寄稿は、確認できていません。ただ、未確認の寄稿がもしかするとあるかも知れませんし、時折、ハガキがそのまま載せられているというケースもありますので、調べてみます。

同時に、先述の通り、この時期の光太郎に宛てた書簡類、さらに昭和26年以降の「通信事項」ノートは、当会顧問・北川太一先生の手元に残っているはずですので、問い合わせてみます。

逆に昭和25年(1950)、8月30日に光太郎が鎭子に送ったハガキ、どこかに残っていないかな、と期待する次第です。また、鎭子の書いたものの中に、光太郎に関する記述がないかも気になります。


さて、「とと姉ちゃん」。先々週のオンエアで、『青鞜』がらみの展開となりました。

昭和11年(1926)、ヒロイン・常子(鎭子)の女学校での新しい担任・東堂チヨが、生徒の前で平塚らいてうの『青鞜』創刊の辞をぶちあげ、女性の自立を促しました。片桐はいりさんの熱演(怪演?)はさすがでした。

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衝撃を受けた常子は、東堂先生から『青鞜』を借ります。

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智恵子デザインの表紙です。前作「あさが来た」でも、終盤に大島優子さん演じる平塚らいてうが登場、小道具として使われました。

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「とと姉ちゃん」に戻ります。

常子はすっかり『青鞜』にはまります。

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そして、進学希望を打ち明けられず、悩んでいる妹の鞠子(相良樹さん)にまた貸し。鞠子もすっかりとりこになります。

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さらに、阿部純子さん演じる常子の親友の中田綾も、独自のルートで『青鞜』を入手、影響を受けたらしいことが語られます。

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常子、鞠子、綾は、戦後、『美しい暮しの手帖』(ドラマでは『あなたの暮し』)を立ち上げることになり、そのバックボーンになったのが『青鞜』だったという設定ですね。

今後の展開が楽しみです。


【折々の歌と句・光太郎】

衣かへてジヨツトの塔に登りけり    明治42年(1909) 光太郎27歳

「ジヨツトの塔」は、イタリア・フィレンツェにあるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の鐘楼です。

光太郎がここを訪れたのは、明治42年(1909)3月末から4月はじめ。「衣かへ」は真冬の服装から春物への衣替えと思われますが、やはり「衣替え」といえば今の時期の季語ですので、今日、紹介させていただきます。

昨日、『青鞜』がらみの演劇公演をご紹介しましたので、さらに『青鞜』つながりで。

現在、NHKさんで放映中の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」から。 

連続テレビ小説 とと姉ちゃん 第7週 「常子、ビジネスに挑戦する」

NHK総合       (月~土)8:00~8:15  再放送 12:45~13:00
NHKBSプレミアム (月~土)7:30~7:45  再放送 23:00~23:15
                             (土) 9:30~11:00[1週間分]

戦前の静岡県遠州。繊維のまちで育った主人公・小橋常子(10)は三人姉妹の長女。染物工場の営業部長で子ども思いの父と優しい母を茶目っけたっぷりに「とと」「かか」と呼びながら、鞠子(まりこ)(9)と美子(よしこ)(4)という二人の妹の面倒をみるしっかりものの娘。 

経済的に不自由なく幸福な生活を送っていた常子たちだったが、父・竹蔵が結核にかかったことで生活は一変する。死の間際、竹蔵は常子だけを呼び寄せ「ととのいなくなったあとは、常子が自分の代わりに家族を守ってほしい」と遺言。常子はその言葉を胸に、二人の幼い妹と、母を守って生きていこうと、胸に誓う―。

そんな遠州での生活も、染物工場からの援助が閉ざされたことで、たち行かなくなり、母・君子(きみこ)は、仲違いしている東京・深川の母(三姉妹の祖母)に頭を下げて一家で上京することを決意。東京で待っていた祖母・滝子(たきこ)の援助を受けながら、三姉妹と君子は激動の時代を懸命に生きていく。

第37回 2016年5月16日(月)001
あと1年で女学校を卒業する学年になった常子(高畑充希)は、僅かでも給料の良い就職先を探していた。そんな折、新担任の東堂チヨ(片桐はいり)の演説に衝撃を受ける。

昭和11年春。常子(高畑充希)は女学校最高学年の五年生となる。クラスの同級生の大半が嫁いでいく中で、家族の食いぶちを稼ぐため、少しでも給料の高い仕事を探していた。そんな折、新たな担任としてやってきた東堂チヨ(片桐はいり)に出会う。「女性とはこうあるべき」という固定観念に捕われず、自分の気持ちに正直に挑戦する大切さを教わる。一方、鞠子(相楽樹)は進学したい思いを誰にも相談できず、深いため息をつく…。


第38回 2016年5月17日(火)000
悩む鞠子を心配し、常子は東堂から借りた「青鞜」を渡す。感銘を受けた二人は東堂に助言を受け、何かに挑戦したい気持ちになる。そんな時、災いを呼ぶ男・鉄郎が現れて…。

どこか元気のない鞠子(相楽樹)を心配し、常子(高畑充希)は、東堂(片桐はいり)から借りた「青鞜」を渡す。感銘を受けた二人は、女性だからという理由だけで尻込みせず、挑戦することが大切だと東堂から助言され、何かを始めたい気持ちが湧き上がる。一方、時代は次第にきな臭くなり、青柳や森田屋も不況の波が押し寄せ、自粛ムードが漂っていた。そんな折、鉄郎(向井理)が森田屋に現れ、どんちゃん騒ぎが始まってしまい…。


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連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。妹たちと共に、女性のための情報誌『暮しの手帖』を創刊した編集者・大橋鎭子をヒロイン・常子のモデルとしています。

『暮しの手帖』の創刊は戦後ですが、その契機の一つとなるエピソードとして、『青鞜』の影響が描かれるわけですね。また、妹の鞠子はらいてうに傾倒する、という流れになるようです。

実際にそういうことがあったのかどうか存じませんが、来週の物語の舞台は昭和11年(1936)、『青鞜』は明治44年(1911)に、平塚らいてうの編集、智恵子の手になる表紙絵で創刊され、その後、伊藤野枝に委ねられて大正5年(1916)に廃刊になっています。時期的にかなりの開きがあるので、おそらくドラマとしての演出なのでは、と思われます。

ちなみに常子のモデルとなった大橋鎭子は、東京府立第六高等女学校を昭和12年(1937)卒業、いったん銀行に就職しますが、日本女子大学校に入学し直します。智恵子の後輩となぅたわけですが、結核のためほどなく退学。その後、日本読書新聞社に入り、『日本読書新聞』の編集に当たります。それが太平洋戦争前のことで、朝ドラではどう描かれるかと期待しています。

光太郎、戦後の『暮しの手帖』への寄稿は確認できていませんが、『日本読書新聞』には、昭和17年(1942)から19年(1944)にかけ、たびたびエッセイや詩、アンケート回答を寄せています。

前作「あさが来た」では、光太郎智恵子と関わりのあった、広岡浅子や成瀬仁蔵が登場しましたし、一昨年の「花子とアン」でも、ヒロインのモデル・村岡花子や、作家の長谷川時雨など、光太郎と関わった人物が登場しました。しかし、光太郎智恵子は登場せずじまい。「とと姉ちゃん」では、どうなることでしょうか……。

5/30追記 光太郎と大橋鎭子について、さらに追記しました。ご覧下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

乳色のぎやまん皿と赤茄子のうしろに光る初夏の風
明治43年(1910) 光太郎28歳

ここでの「赤茄子」はトマトのことのようです。前年に欧米留学から帰った光太郎、食習慣はかなり洋風になったとのことで、朝はパン食が多かったようです。

明日からNHKさんで放映が始まる連続テレビ小説「あさが来た」。

三井財閥のお嬢様で、大阪の豪商・加島屋に嫁ぎ、女性実業家として活躍した広岡浅子が、波瑠さん演じる主人公・今井(のち白岡)あさのモデルです。下記は昨日の『朝日新聞』さんの土曜版です。

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広岡浅子は、夫の信五郎(ドラマでは新次郎・玉木宏さん)ともども、実業家として、大同生命、尼崎紡績(現・ユニチカ)などを創立し、銀行業や炭坑事業なども手広く手がけました。といって、金、金、金の我利我利亡者ではなく、幼い日に自らが学問を禁じられた悔しさから、女子教育への支援も行いました。

明治34年(1901)に開校した日本女子大学校(現・日本女子大)の創立者・成瀬仁蔵は、浅子の援助を受けて開校にこぎ着けました。目白台の校地は、浅子の実家・三井家の土地でした。浅子自身も、上京した折には来校し、生徒と交流を深めたといいます。

そこで光太郎智恵子とつながります。

智恵子は明治36年(1903)に同校普通予科に入学していますので、たびたび同校を訪れた浅子と顔を合わせている可能性が非常に高いと思われます。智恵子の一学年上には平塚らいてう、三学年上の一回生には光太郎との間を取り持った柳敬助夫人・八重、同じく小橋三四子などがいました。やはり一回生で、のちに同校初の女性校長となった井上秀も、光太郎に講演の依頼をするなどしています。

特に小橋は卒業後、同校同窓会である桜楓会の機関誌『家庭週報』の編集に携わり、浅子とさらに縁が深くなります。浅子は同校以外の若い女性にも門戸を開き、大正3年(1914)から亡くなる前年の同7年(1918)まで、静岡御殿場の別荘で勉強会を開いていましたが、そこには小橋の紹介で市川房枝も参加していました。ちなみに昨年上期の連続テレビ小説「花子とアン」の主人公・村岡花子もこの勉強会に参加していたそうです。さらに言うなら、この時期には宮澤賢治の妹で、夭折したトシが同校に在学していました。

筑摩書房の『高村光太郎全集』には、浅子の名は出て来ませんが、平成11年(1999)の全集完結後、新たに見つかった光太郎文筆作品等を収めている「光太郎遺珠」に収録した小橋あての光太郎書簡に、浅子の名が出ていました。大正7年(1918)の浅子死去に際してのものです。

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拝啓
今日新聞で広岡浅子刀自のなくなられた事を知り非常に感動を受けました
先達て頂戴した一週一信をよんではじめて刀自の真生活を知つたばかりの時此の訃音に接して残り惜しい心に堪へません
あなたの御心もお察し出来る気がいたします
しかし刀自の魂は此から後どの位実際的に人〻を導くか知れない事と信じます
どうも黙つてゐられない気がして此の手がみを書きました
刀自に対する尊敬と吊意とをおくみ取り下さい
  一月十六日                                                 高村光太郎
 小橋三四子様


文面にある「一週一信」というのは、前年12月に刊行された浅子の随筆集です。編集と、発行人の名義も、婦人週報社に移っていた小橋です。

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上記は浅子の書いた序文と奥付です。

そういうわけで、「あさが来た」には、成000瀬仁蔵や小橋も登場するでしょうし、小橋がらみで光太郎智恵子も登場しないかと期待しています。ただ、登場するにしても仮名となるでしょうが。

ちなみに光太郎、浅子の死と同じ年(大正8年=1919)、成瀬仁蔵の胸像(右画像)制作を、日本女子大学校から依頼されました。その際には成瀬も死の間際で、光太郎は病床の成瀬を見舞っています。画像は光太郎令甥にして写真家だった故・髙村規氏の撮影になるものです。

ところが完成したのは何と14年後の昭和8年(1933)。光太郎のこだわりで、作っては毀しの試行錯誤が続いたのと、昭和6年(1931)頃から智恵子の心の病が昂進していったことも遅延の要因の一つでしょう。

ちなみに『家庭週報』には、製作中の光太郎訪問記が3回掲載されており、現在製作中の当方編集の冊子『光太郎資料44』に掲載しました。またこちらについては後述します。

さて、浅子の生涯について書かれた書籍を紹介します。 
古川智映子著 昭和63年(1988)10月5日初版001
平成27年(2015)2月16日新装改版
潮出版社 定価1,600円+税

連続テレビ小説「あさが来た」の原案本です。「小説」ということで、若干、史実と異なる部分があるようですが、浅子の生涯がよくまとまっています。

実は、今年はじめの時点で広岡浅子が取り上げられると知ってすぐ購入しようとしたところ、絶版でした。古書市場では数千円の値が付いていました。おそらくその店主が、これなら数千円でも売れる、と踏んで値をつけ、実際に買った人もいるのでしょう。

2月には新装改版が出て、当方、そちらを購入しました。まるで昨年の東京駅開業100周年記念スイカのような話でした。


それから、このところ、新刊書店ではムック系の浅子本が何種類か平積みで売られています。それだけ朝ドラへの関心が高いと言うことなのでしょう。そんな中で、書店で実際に見て、これは、と思って買ったのが以下のものです。 

別冊宝島 広岡浅子の生涯

平成27年(2015)10月4日 宝島社 003
定価800円+税

写真を豊富に使い、ビジュアル的にとらえるのには格好の一冊です。

また、浅子だけでなく、同時代の人々……特に交流がなかった人物も含め……に関する記述も充実しており、それが決め手で購入しました。

光太郎智恵子と交流の深かった人物では、浅子同様、明治期に活躍した女性、ということで新宿中村屋の創業者・相馬愛藏夫人の黒光、雑誌『明星』の新詩社の与謝野晶子、平塚らいてうをはじめとする『青鞜』をめぐる女性たちなど。『青鞜』創刊号の表紙を智恵子が描いたことも記されていました。

当然、成瀬仁蔵や小橋三四子、井上秀などについても詳しく書かれています。

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また、購入していませんが、こんな書籍も今月刊行されています。 
中江克己著 2015年9月13日 第三文明社004
定価1,500円+税

版元サイトより

明治・大正の著名な女性72人を一覧できるエピソード集。2015年後半の朝ドラ「あさが来た」の主人公・広岡浅子、「花子とアン」に登場した村岡花子・柳原白蓮、大河ドラマ「花燃ゆ」の吉田松陰の妹・文(ふみ)、「八重の桜」の新島八重なども登場。女優の川上貞奴、松井須磨子や、著名人の妻である伊藤梅子(伊藤博文夫人)、小泉節子(ラフカディオ・ハーン夫人)、夏目鏡子(夏目漱石夫人)、乃木静子(乃木希典夫人)らも。──次の「朝ドラ」ヒロインはここにいる!

[もくじ]
はじめに
登場女性の生年・没年
第1章 女性の自立を目指した事業家・活動家
第2章 鹿鳴館・国際舞台での活躍
第3章 芸の道で花開く
第4章 新しい波を起こす文芸界の才女
第5章 恋に生き、愛を貫く
第6章 世を騒がせ、話題になった女性
第7章 医療への道、教育への情熱
人名索引 主な参考文献

ちなみに「第5章 恋に生き、愛を貫く 」では、智恵子も扱われています。


さて、長くなりましたが、ぜひとも「あさが来た」、智恵子や光太郎にも登場してほしいものです。明日から楽しみに拝見します。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月27日

昭和28年(1953)の今日、『週刊サンケイ』に、終焉の地・中野のアトリエの光太郎訪問記が掲載されました。

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それを制作するために、花巻郊外太田村から再上京した「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」は既に完成、翌月には除幕、という時期でした。バックに像の小型試作が写っています。

テレビ放映情報です。  

<BSフジサスペンス劇場>『浅見光彦シリーズ22 首の女殺人事件』

BSフジ・181 2015年5月5日(火)  12時00分~13時55分
 
福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は?宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは?浅見光彦が事件の真相にせまる !!
 
出演 中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作 榎木孝明 野際陽子ほか
 
もともとは平成18年(2006)2月24日に、地上波フジテレビさんが放映した2時間ドラマです。地上波フジテレビさん、BSフジさんで、年に1~2回は再放送されています。

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岩手花巻の、現在は使用されていない、元の高村記念館(ただしドラマでは花巻という設定ではありませんが)、福島二本松の智恵子の生家・智恵子記念館などでロケが行われました。

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ご覧になったことのない方、ぜひどうぞ。


もう1件。 

歴史秘話ヒストリア 「高野山1200年へのいざない~平安のスーパースター空海の物語」

NHK総合 2015年5月13日(水) 22時~22時43分

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開創1200年を迎え、秘仏である金堂(総本堂)の本尊薬師如来(高村光雲作)が初めて開帳されています。それに触れられるかどうか不明ですが、とりあえずご紹介しておきます。

ただ、ネット上には、同番組で一昨年2月に放映された「空海からの贈りもの ~天空の聖地・高野山~」の回と同一の内容である旨の記述もあり、そうであれば、新たに撮っていないことになり、光雲作の薬師如来像には触れないような気がします。

詳細がわかりましたらまたご紹介します。



それから、同じく詳細はまだ発表されていませんが、今月末には光雲がメインの番組があります。

日曜美術館 一刀に命を込める 高村光雲が生きた道

NHK Eテレ 2015年5月31日(日) 9:00~10:00

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こちらは完全に新たな制作です。高村家には先週、そのための取材が入ったそうです。

これも詳細がわかりましたらまたご紹介します。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 5月4日

昭和29年(1954)の今日、中野のアトリエに、ラジオパーソナリティ・秋山ちえ子さんが訪問。ラジオ番組の録音を行いました。

当日の日記です。

晴、涼、 (略) NHK録音班3人と秋山ちゑ子さんくる、録音、

秋山ちえ子さんといえば、TBSラジオで放送されていた「秋山ちえ子の談話室」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。こちらは平日の朝、昭和32年(1957)から平成14年(2002)まで45年間もの長きにわたって放送されていました。

光太郎の談話が録音された昭和29年(1954)当時、秋山さんが担当していたのは、NHKさんの「私の見たこと、聞いたこと」という番組です。この時期の光太郎日記は記述が簡潔で、オンエアを聴いたという記述は見あたりません。当時のテープなどが残っていればと思うのですが、難しいでしょう。

ちなみに秋山さん、大正6年(1917)のお生まれですが、まだご存命で、朗読などのご活動をなさっています。

2016/04/13追記 秋山さんが亡くなられました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

今年のNHK大河ドラマ「八重の桜」。12月に入007り、いよいよ大詰めとなってきました。おそらくあと2回で最終回だと思います。智恵子と同じく福島出身の女性・新島八重が主人公ということもあり、欠かさず見続けています。
 
二本松を舞台にした回では、八重役の綾瀬はるかさんが「あれが安達太良山」とつぶやくシーンもありました。
 
昨日放映の第48回は、明治22年(1889)から翌23年(1890)が舞台でした。既に光太郎・智恵子は生誕し、光雲が東京美術学校に奉職しはじめた時期です。
 
というわけで、「八重の桜」登場人物の中には、光太郎や光雲と縁の深い人物が何人かいます。
 
まず、吉川晃司さんが演じていた西郷隆盛。直接面識はなかったと思われますが、光雲が制作主任となって、明治東京美術学校総出で上野にその銅像が造られました。竣工は明治31年(1898)です。
 
それから光雲がらみでいうと、伊藤博文。キャストは加藤虎ノ介さん。こちらも光雲と直接面識があったかどうか微妙ですが、昭和7年(1932)に朝鮮の京畿道京城府に伊藤の菩提を弔うべく建立された博文寺の本尊は光雲の作です。
 
 
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左端が光雲、右端に伊藤の遺影が写っています。
 
光雲と直接面識があったのが確かなのが、反町隆史さん演ずる大山巌。西郷像の制作に関わり、会っています。
 
光太郎がらみの人物としては、蘇峰徳富猪一郎(キャスト・中村蒼さん)。光太郎が詩部会長を務めた日本文学報国会(昭和17年=1942結成)の会長を務めていて、『高村光太郎全集』にもその名前が散見されます。
 
それから非常に細かい話ですが、前々回の第47回で、オダギリジョーさん演ずる新島襄が、東京で財界人相手に同志社大学設立のための募金呼びかけを行ったシーン。参加者の名簿の中に大倉喜八郎の名がありました。大倉はホテルニューオークラなどの大倉財閥を築いた人物。昭和2年(1927)に、光雲が大倉の肖像を木彫で作っています。さらに肖像をやや苦手としていた光雲のために、原型はその前年に光太郎が粘土で作成。その時の様子を光太郎は、のちに詩「似顔」(昭和6年=1931)に書いています。曰く、「九十一歳の鯰」(大倉のこと)、「このグロテスクな顔面に刻まれた日本帝国主義発展の全実歴」等々。
 
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左が光雲作の木彫、右はその原型として光太郎が作った塑像をブロンズに鋳造したものです。
 
とりあえず気づいたところではこんなところですが、あと2回のオンエアでさらに関連する人物が出てくるかもしれません。
 
逆に「八重の桜」キャストをみると、以前に光太郎がらみの映像作品等に出演されていた方がたくさんいらっしゃいます。以前に連続テレビ小説「あまちゃん」に関して同じようなことを書き、好評でしたのでまた書いてみます。
 
まず主演の綾瀬はるかさん。平成21年(2009)に映画「おっぱいバレー」でやはり主人公の寺島美香子を演じられました。この映画は光太郎の詩集『道程』が重要なモチーフになっていました。
 
同じ「おっぱいバレー」で、綾瀬さんの少女時代を演じていたのが大後寿々花さん。「八重の桜」では、同志社女学校の生徒・小松リツ 役でしたが、かつて会津戦争で薩摩藩士だった父親を八重に射殺されたという設定でした。
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続いて会津藩家老・西郷頼母役の西田敏行さん。平成0086年(1994)オンエアの連続ドラマ「いつも心に太陽を」で主演。これはやはり光太郎の詩集『智恵子抄』が重要なモチーフになっていました。ちなみに準主役の観月ありささんは「智恵子」という役名でした。
 
会津藩がらみでいくと、藩主・松平容保(綾野剛さん)の姉・照姫(稲森いずみさん)の侍女・滝瀬役の筒井真理子さん。昨年公開の反原発映画で、やはり『智恵子抄』へのオマージュにもなっていた「希望の国」にご出演。故・夏八木勲さん演じる主人公の隣人で、原発から20キロ圏内に自宅があって強制的に待避させられる役でした。
 
同じ「希望の国」では、「八重の桜」で土方歳三役だった村上淳さんが、主人公の息子役で出演されていましたし、避難民役の並樹史朗さんも共に会津藩士役で「八重の桜」に出演なさっていました。 

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さらに会津藩勘定役・中野平内の長女で、娘子隊を率いて薙刀をふるい、壮絶な戦死を遂げた中野竹子役の黒木メイサさん。平成22年(2010)にユニクロのCM「何処もかもだ」篇にご出演。これは光太郎詩「冬の詩」を使っていて、かなりインパクトのあるものだったので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
 
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ユニクロのCMで黒木さんと共演した松田龍010平さんは「あまちゃん」でミズタクこと能年玲奈さん演じる天野アキのマネージャー・水口琢磨役でしたが、以前にこのブログで「あまちゃん」について書いた時にうっかり失念していました。追記しておきます。
 
やはり会津藩大砲奉行で壮絶な戦死を遂げた林権助役は風間杜夫さん。TBS系の「浅見光彦シリーズ」で沢村一樹さん演じる浅見光彦の兄にして警察庁刑事局長の浅見陽一郎役をなさっていました。このシリーズでは平成21年(2009)に、連ドラ枠として「浅見光彦 最終章」がオンエアされましたが、その最終回が「草津・軽井沢編」。光太郎の彫刻の贋作を巡る事件が扱われました。
 
その際に犯人役を演じたのが清水綋治さん。「八重の桜」では新島襄の父親・新島民治役で重厚な演技を見せて下さいました。
 
浅見陽一郎といえば、フジテレビ版の中村俊介さん演じるシリーズでは榎木孝明さんが演じられています。フジテレビ版でも光太郎の贋作を巡る「「首の女」殺人事件」がオンエアされました(平成18年=2006)。榎木さんは「八重の桜」では井伊直弼役でした。
 
とりあえず思いついたのは以上です。
 
さて、「八重の桜」。本編はあと2回でしょうし、例年通りなら年末に総集編が放映されるはずです。ぜひご覧下さい。
 
【今日は何の日・光太郎】 12月2日

昭和18年(1943)の今日、光太郎が委員として関わり、東京都美術館で開催されていた藤島武二遺作展覧会が閉幕しました。
 
藤島は、黒田清輝などとともに、光太郎が留学直前の明治38年(1905)に再入学した東京美術学校洋画科で教鞭を執っていました。
 
光太郎の同級生には藤田嗣治、岡本一平(岡本太郎の父)などがいました。教師も生徒も錚々たるメンバーですね。

昨日、NHKさんの連続テレビ小説「あまちゃん」がとうとう最終回を迎えました。
 
震災の被災地が舞台ということで、当方、被災地の方々といろいろ付き合いがあるため、4月の放映開始から毎日観ていました。
 
三陸といえば光太郎とも縁の深い土地柄です。昭和6年(1931)、『時事新報』の依頼で紀行文を書くため、三陸沿岸に約1ヶ月の旅をしています。ただ、物語の舞台「北三陸市」のモデルとなった久慈市までは足をのばさず、少し南の宮古までだったようですが。ちなみにBGMとして、岩手出身の宮沢賢治作詞作曲の「星めぐりのうた」が使われてもいました。
 
もう一つ、「あまちゃん」を見始めた理由として、渡辺えりさんが出演されていたこともあります。
 
以前にも書きましたが、渡辺さんは、お父様が光太郎と直接交流があり、その関係でご自身も光太郎を敬愛、光太郎を主人公とした演劇「月にぬれた手」を作られました。
「月にぬれた手」「天使猫」レポート。
 
連翹忌にもご参加いただき、さらに今年は5月15日の花巻光太郎祭、更に翌日には花巻市文化会館で光太郎に関する講演をなさいました。


 
渡辺さん演じる天衣無縫な海女の弥生さん、渡辺さんご自身は「わけの分からないキャラクター」だとおっしゃっていましたが、毎回笑わせて下さいました。
 
ところで、「あまちゃん」のキャストには、他にもかつて光太郎智恵子がらみの演劇、映画、ドラマなどに出演された方がたくさん名を連ねていました。
 
やはり海女の長内かつ枝役の木野花さん。渡辺さんの書かれた「月にぬれた手」に、光太郎の暮らす花巻郊外太田村山口の農婦役でご出演。
 
光太郎に投げつける「戦争中にこいづが書いた詩のせいでよ、その詩ば真に受げて、私の息子二人とも戦死だ。」「おめえがよ、そんなにえらい芸術家の先生なんだらよ。なしてあんだな戦争ば止めながった? なしてあおるだげあおってよ。自分は生ぎでで、私の息子だけ死ねばなんねんだ。」という台詞、重たいものがありました。
 
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画像は「月にぬれた手」のパンフレット。サインは直筆です。
 
木野さんといえば、当方が「月にぬれた手」の公演を観に行った日、舞台がはねた後、高円寺の駅でお見かけしました。女優さんというとタクシーで移動というイメージでしたが、普通に電車に乗って帰られるところでした。かえってそういうところに好感が持てました。
 
同じく海女の熊谷美寿々役・美保純さん。
 
光太郎詩「樹下の二人」の朗読が入っていた映画「春色のスープ」(平成20年=2008)に、盲学校で朗読のボランティアをしている女性の役でご出演。

 
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漁業組合長で木野花さんのご主人・長内六郎役のでんでんさん、商工会長で渡辺えりさんのご主人・今野あつし役の菅原大吉さんは、「智恵子抄」オマージュの要素もあった反原発映画「希望の国」(平成24年=2012)でも共演されていました。
 
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でんでんさんは、故・夏八木勲さん演じる主人公の隣人で、原発事故の直後に半ば強制的に待避させられる役。菅原さんは頑固に自宅にとどまる主人公に待避を勧める役場職員の役でした。
 
ちなみに菅原さんは、平成18年(2006)にオンエアされたフジテレビ金曜プレステージ「浅見光彦シリーズ22首の女殺人事件~福島‐島根、高村光太郎が繋ぐ殺人ルート!智恵子抄に魅せられた男が想いを託した首の女の謎」で、中村俊介さん演じる主人公・浅見光彦とともに事件解決に当たる橋田刑事の役もなさっています。
 
浅見光彦といえば、平成21年(2009)・TBSの沢村一樹さん主演のシリーズ「浅見光彦~最終章~」の「最終話 草津・軽井沢編」(『首の女殺人事件』)で、光彦の幼馴染みという設定の宮田治夫(内田康夫氏の原作とはかなり設定が違います)役を、北三陸市観光協会長役の吹越満さんが演じていました。

 
探せば他にもいらっしゃるかもしれませんんが、思いつくのは以上です。
 
それにしても「あまちゃん」。パ・リーグ楽天同様、東北をだいぶ元気づけてくれたと思います。終盤の震災後の描写は、当方も訪れた石巻や女川などの様子とダブって見えました。肩肘張らず「復興」への歩みを描いた手法には感心しました。
 
ところで、世間では少し前から「あまロス症候群」なる語がささやかれています。「あまちゃん」放映終了後に訪れるであろう虚脱感、ということですね。放映終了前からそうなるのが怖い、という声がネットを賑わせていました。当方もそうなりそうです(笑)
 
スタッフ、キャストの皆さん、お疲れ様でした。そして感動をありがとうございました。
 
12/2追記
同じNHKさんの「八重の桜」について同じようなことを書いていて気づきました。
 
ミズタクこと能年玲奈さん演じる天野アキのマネージャー・水口琢磨役の松田龍平さんが、平成22年(2010)にユニクロのCM「何処もかもだ」篇に、黒木メイサさんとご出演。これは光太郎詩「冬の詩」を使っていて、かなりインパクトのあるものだったので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
 
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【今日は何の日・光太郎】 9月29日

明治43年(1910)の今日、神田淡路町に光太郎が開いた日本初といわれる画廊・琅玕洞で開催されていた洋画家・斎藤与里の個展が閉幕しました。

近々放映されるテレビ番組の情報です。

八重の桜(18)「尚之助との旅」002

2013/05/05(日)18:00~18:45 【NHKBSプレミアム】
2013/05/05(日)20:00~20:45 【NHK総合1】
2013/05/11(土)13:05~13:50 【NHK総合1】
 
会津の防衛に不安を抱いた尚之助(長谷川博己)は、八重(綾瀬はるか)を連れて周縁部の見聞に回る。二人は二本松で、変事に備え熱心に砲術教練に励む少年たちと出会う。

番組内容

会津の防衛に不安を抱いた尚之助(長谷川博己)は、八重(綾瀬はるか)を連れて周辺諸藩見聞の旅に出る。二本松に立ち寄った2人は、有事に備えて熱心に砲術教練に励む少年隊士たちと出会う。会津に戻ると、尚之助には藩から仕官の認可が下り、八重も権八(松重豊)や佐久(風吹ジュン)と喜びを分かち合う。尚之助は早速、各地の見聞録や軍備増強策を提出し、藩内の防衛強化を唱えるが…。

出演者

綾瀬はるか,西島秀俊,長谷川博己,綾野剛,玉山鉄二,斎藤工,風吹ジュン,松重豊,長谷川京子,反町隆史,吉川晃司,芦名星,降谷建志,山口馬木也,西田敏行 他
 
語り 草笛光子
 
智恵子が生まれる20年ほど前の二本松が舞台となります。いわゆる二本松少年隊の悲劇ですね。実際に戦闘になるのはまだ先ですが。
 



特選ドキュメンタリー・JNNドキュメント

2013年5月7日(火) 23時00分~24時00分【TBSニュースバード】
 
ATV青森テレビ制作「時空を超えて今、湖底からの目覚め~一式双発高等練習機69年ぶり十和田湖底より現れる~」です。
 
TBSが運営する有料のCS放送です。昨年報道された十和田湖で見つかった旧日本軍の航空機に関する内容です。
 


<ドラマ名作選>『浅見光彦シリーズ22 首の女殺人事件』

2013年5月8日(水) 12時00分~13時55分【BSフジ・181】
 
福島と島根で起こった二つの殺人事件。事件の真相に光彦が迫る!

番組内容

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は? 宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは? 浅見光彦が事件の真相にせまる!!

出演者

中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作 榎木孝明 野際陽子ほか
 
光太郎彫刻をめぐる殺人事件を描いたものです。リニューアル前の花巻高村記念館でのロケが行われています。
 
元々は平成18年(2006)に放映されたものですが、何度か再放送されています。昨年も再放送されました。まだご覧になっていない方はご覧ください。
 



【今日は何の日・光太郎】5月3日

明治36年(1903)の今日、鉄幹与謝野寛ら新詩社同人とともに、関西旅行に発ちました。京都、奈良、高野山、堺、近江などを巡りました。

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