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このブログをお読みいただいた方から情報のご提供がありました。

第5回コーロ・フェリーチェ演奏会

期   日 : 2017年5月27日(土)
場   所 : 豊橋市民文化会館ホール 愛知県豊橋市向山大池町20-1
時   間 : 開場 16:00  開演16:30
指   揮 : 山田久美
ピ ア ノ : 野口奈津子 
料   金 : 1,500円
問い合わせ : 0532-63-2541(山本)

プログラム : 【Ⅰ部】女声合唱のための「日本叙情歌~さくらさくら~」
        【Ⅱ部】鈴木憲夫作品より「五月の森で」「昼の月 「レモン哀歌」
        【Ⅲ部】混声合唱組曲「心の四季」全曲 
            ≪賛助出演≫ 男声合唱団ふんけんクラブ

プログラムで見る限り、コーロ・フェリーチェさんは女声合唱団のようです。Ⅲ部で男声合唱団さんが賛助出演され、混声合唱組曲を演奏されますが、Ⅰ、Ⅱ部はフェリーチェさん単独での演奏でしょう。

となると、鈴木憲夫氏の「レモン哀歌」も女声版ですね。同曲には混声版、さらに独唱版もあります。女声版が最初に作曲されたようで、平成23年(2011)にカワイ楽譜さんから出版されています。続いて独唱版、混声版が翌年に刊行されました。女声版の初演は平成22年(2012)、市川市文化会館で女声合唱団コール・ベルさんによる委嘱作品としてでした。

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昨年、香川の高松混声合唱団さんの定期演奏会で、混声版が演奏されています。そちらを紹介した記事で、その前年、香川県合唱祭で同団がこの曲を演奏した際の動画を貼り付けておきましたが、再掲します。女声版の動画は見つかりませんでした。


昨年も書きましたが、途中でめまぐるしく転調したり、変拍子を多用したり、奇妙な不協和音をやたらとはさみこんだりといった最近流行の手法は用いず、奇を衒うことなく、最初から最後まで、ゆったりとした清澄な響きを保ち、安心して聴いていられる作品です。メロディーラインが美しく印象的ですし、高音を多用するピアノの伴奏も清澄な響きで好感が持てます。作曲者自身「ことさらに感情を煽るような作曲はせずに、行間に潜む光太郎の息づかいを思い作曲を進めていきました」と語っています。

しかし、ヴォカリーズ(歌詞がなく「a」や「o」などの母音での歌唱)の部分が多く、作曲者の指定では約7分40秒と長め(上記の高松混声さんはそれよりゆっくりのテンポで演奏されているようです)で、それほど簡単な曲ではありません。女声版は混声版と比べると、少し難易度が高そうです。女声合唱は通常ソプラノ、メゾソプラノ、アルトの3パートで歌うものですが、ヴォカリーズの部分は基本的に4部で作られており、その中でぶつかりながら平行に移動する箇所があったりします。また、混声版でもそうですが、ソプラノにA(固定ドでの「ラ」)やG(同じく「ソ」)の持続音がけっこうあり、下手な合唱団では「悲鳴」になる音域です。

きちんと演奏できれば非常にいい曲ですので、広まってほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

地震で東京から逃げて来た人達に 何も出来ない高原をあてがつた者があるのですなあ ジヤガイモを十貫目まいたら 十貫目だけ取れたさうですなあ

詩「彼は語る」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

「彼」は北海道弟子屈にいた詩人・アイヌ研究家の更科源三です。このフレーズの前後、更科の語った北海道開拓農民の実態が記されています。

「地震」は大正12年(1923)の関東大震災。ここで思い出すのは、東日本大震災による原発事故で、「自主避難」をしている人達に「自己責任」と言い放ったトンデモ発言。この国の体質は、90年近く経っても変わらないのですなあ。

今朝の『東京新聞』さんの千葉版から。

沖縄に届け 平和願うハーモニー 市民団体が7日、松戸で音楽構成劇

 松戸市を拠点にする市001民団体「東葛合唱団はるかぜ」が七日午後一時半から、沖縄の子どもたちの平和を願う詩を基にした音楽構成劇「へいわってすてきだね 沖縄物語」を、同市の森のホール21大ホールで上演する。合唱団員と公募に応じた市民ら百人は本番に向け、ハーモニーに磨きをかけている。
 沖縄県平和祈念資料館(糸満市)が毎年実施している「平和メッセージ展」に、沖縄県内の児童生徒から寄せられた「平和の詩」に曲をつけ、音楽構成劇の中で披露する。米軍基地問題で揺れる沖縄に心を寄せる思いや、平和を願う思いを発信する。
 合唱団に沖縄出身者がおり、詩の曲を考えた合唱団の常任指揮者で作曲家の安藤由布樹(ゆうき)さん(55)や、団長の太田幸子さん(70)らも国内で唯一、地上戦が行われた沖縄に関心があり、企画した。
 昨年十一月から毎月二回程度の練習を続けており、団員の今泉健志さん(75)は、縦五メートル、横八メートルの大幕にガジュマルやデイゴ、海などの沖縄の風景を描いた背景を創作した。
 構成劇の前には、童話作家の宮沢賢治や詩人の高村光太郎の作品などの合唱、太鼓と民舞の披露もある。
 前売りは大人千五百円、中高生八百円、小学生以下五百円(当日は二百円増)。問い合わせは、太田さん=電090(7821)1127=へ。 (飯田克志)


早速調べてみたところ、はるかぜさんのブログサイトがヒットしました。

それによるとコンサートは3部構成で、メインステージは記事で取り上げられている沖縄の子供たちの詩を基にした音楽構成劇ですが、第1部の曲目に「智恵子抄」とありました。

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作曲者等が明記されていませんが、はるかぜさん、歌声喫茶的な活動もなさっているということで、昭和39年(1964)にリリースされた、二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(丘灯至夫作詞・戸塚三博作曲)ではないかと思われます。プログラムで次の曲、「高校三年生」も丘灯至夫作詞ですし。

コンサート情報はこちら。

東葛合唱団はるかぜ第13回演奏会

期   日 : 2017年5月7日(日)
場   所 : 森のホール21 大ホール 千葉県松戸市千駄堀646番地の4
時   間 : 開場 12:50  開演13:30
指揮・構成 : 安藤由布樹
料   金 : 大人 1,500円 中高生 800円 小学生以下・障がい者 500円 当日は+200円
問い合わせ : 太田幸子 047-384-4759 090-7821-1127


開催まで間がありませんが、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

一生を棒に振りし男此処に眠る。 彼は無価値に生きたり。

詩「或る墓碑銘」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

おそらくは、光太郎自身の墓碑銘として作られた詩の冒頭部分です。終末部分にも、少し形を変えてリフレインされています。中間部は、詩や造形芸術に骨身を削った、しかし、道を究めるには遠かった、的な内容です。

実際に亡くなる30年ほど前の作ですが、その死の間際にも、同じようなことを考えていたのではないかと思われます。もちろん、周囲や後世の評価とは別に、です。

どうでもいいのですが、このブログ、今日で6年目に突入しました。昨日まで365日×5年+1日(閏年がありましたので)=1826日、1日も休まずに更新し続けています。ただ、時限爆弾的な機能があって、前日に書いておいた記事を時間指定で翌日に投稿ということができ、時折それを使っていますので、正確には違いますが。それにしても、あまり内容がないブログながら、我ながらよく続いているなとは思っています。

しかし光太郎は、この手の手前味噌的な発言はしない人物だったのだと思います。

墨田区から、合唱コンサートの情報です。

昨日ご紹介した全日本合唱連盟さんの会報『ハーモニー』第180号に広告が出ていました。

やまとうたの血脈(けちみゃく)Ⅷ 抒情は詩人の武器であったか?~大正、昭和前期の詩による合唱曲展

期 日 : 2017年5月3日(水・祝)
場 所 : すみだトリフォニーホール 大ホール 東京都墨田区錦糸1-2-3
時 間 : 開場 16:30  開演 17:00
料 金 : 一般 3,000円  学生 2,000円  高校生以下 500円
曲 目 :
 竹久夢二作詞、信長貴冨作曲/「どんたく」~竹久夢二の八つの小唄
 [指揮]依田浩 [合唱]アンサンブル・カーノ [ピアノ]須永真美

 高村光太郎作詞、佐藤敏直作曲/「猛獣篇」より    傷をなめる獅子/苛察                 
 [指揮]藤井宏樹 [合唱]Ensemble PVD [ピアノ]浅井道子 

 尾形亀之助作詞、鷹羽弘晃作曲/「エチュードⅠ、Ⅱ」
 [指揮]山宮篤子 [合唱]幕張総合高校合唱団 [ピアノ]鷹羽弘晃 

 立原道造・中原中也 作詩、三善 晃 作曲/「三つの抒情」 
 [指揮]栗山文昭 [合唱]公募女声合唱団 [ピアノ]浅井道子

 金子光晴 作詩、高嶋みどり 作曲/「感傷的な三つの奏鳴曲」より
 [指揮]山脇卓也 [合唱]合唱団お江戸コラリアーず [ピアノ]須永真美 

 中原中也 作詩、西村 朗 作曲/合唱オペラ「中也!」より  
 [指揮]栗山文昭 [合唱]合唱団響  [ピアノ]浅井道子

 新美南吉 作詩、柴田南雄 作曲/「冬の歌」
 [指揮]野本立人 [合唱]熊遊舎女声合唱団

 竹内浩三 作詩、寺嶋陸也 作曲/「ふるさとの風に」より  
 [指揮]寺嶋陸也[合唱]三多摩青年合唱団・絹の道合唱団合同 [ピアノ]浅井道子

 草野心平 作詩、廣瀬量平 作曲/「五つのラメント」より
 [指揮]藤井宏樹[合唱]公募男声合唱団


日本語の美しさや日本古来の音楽、日本人の作曲家に焦点を当てたコンサート・シリーズ、今回は大正・昭和前期の叙情詩を題材にした合唱曲を通して詩人の生きた時代と詩人の生き方を振り返ります。

監修・おはなし 佐々木幹郎  構成:栗山文昭

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作曲家の栗山文昭氏を中心とする「21世紀の合唱を考える会 合唱人集団音楽樹」さんの主催する、「Tokyo Cantat 2017」の一環のようです。

全国の合唱団で時折取り上げられる、佐藤敏直氏作曲の「混声合唱曲 猛獣篇」から、「傷をなめる獅子」と「苛察」の2曲が演奏されます。

「猛獣篇」男声版の楽譜は、平成2年(1990)の刊行。昭和63年
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(1988)に、専修大学グリークラブさんにより委嘱初演されました。「森のゴリラ」「傷をなめる獅子」「ぼろぼろな駝鳥」「マント狒狒」の4曲。

混声版は「龍」「象」「苛察」が平成2年(1990)、「傷をなめる獅子」は同5年(1993)、それぞれ南生田コーラスさんの初演で、楽譜は同22年(2010)に刊行されています。「傷をなめる獅子」のみ男声版からのアレンジで、他は新作でした。

はやりすたりの激しい合唱曲の中では、歌い継がれている方かな、という気がします。今後も忘れ去られることのないように、と願います。

さらに作曲家の皆さん、歿後50年を経て著作権も切れていますし、光太郎詩を使った楽曲、それも後世に残るであろうものを作曲していただきたいと存じます。


【折々のことば・光太郎】

人生への怒は 自然への喜で消されない。 あれはあれ、これはこれだ。

詩「偶作十五篇」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

昭和2年(1927)、大雑把な区切りでいうと、「猛獣篇」時代です。御しがたい荒ぶる魂を持った猛獣(架空のモンスター的な物も含め)に仮託し、「人生への怒」を表出し、ある種のピークを形成していた時代です。

去る3月19日、ドイツ・ハイデルブルグで開催された「liederabend mit schauspiel 智恵子抄 Für CHIEKO Eine schöne Japanische Geschichte von einem Ehepaar」で、野村朗氏作曲の「連作歌曲 智恵子抄」を演奏された新井俊稀氏が帰国され、リサイタルを開かれるそうです。その中でも、「連作歌曲 智恵子抄」が演奏されるとのことで、ご紹介します。

新井俊稀クラシカルサロンコンサートVol.14

期 日  : 2017年4月17日(月)
会 場  : 文京シビックホール小ホール 東京都文京区春日1-16-21 文京シビックセンター2F
時 間  : 開場13:30  開演14:00  終了16:00
料 金  : 一般 3,000円 学生 1,000円 (全席自由)
出 演  : 新井俊稀(ハイバリトン)  下茂さやか(pf)  堺裕貴(バスバリトン)  舟本いづみ(pf)
問い合わせ : 新井俊稀コンサート事務局 050-1534-7292 (平日 10:00~18:00)

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上記チラシには「智恵子抄」の文字が入っていませんが、作曲者・野村氏からの情報ですので、ガセということはないでしょう。


先月のドイツ公演の模様はこちら。

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急な情報でして、当方、日程的に都合がつきません。残念です。ご都合のつく方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

笑は天の美禄。 何処か遠いところからの上げ潮。

詩「笑」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

「笑」は、昨日ご紹介した「怒」とセットの詩です。人生においては、怒ることも大切。しかし、笑うこともそれと同じくらい大事だよ、ということでしょう。

できれば怒らずに笑ってばかりいられる、そんな世の中であってほしいものですが……。

今日は3月11日。平成23年(2011)の東日本大震災から、6年が経ちました。あの日、亡くなった方にとって、七回忌となります。改めまして、ご冥福をお祈り申し上げます。

そして、復興への歩み。さまざまな場所で、いろいろな取り組みが為されていますが、被災地の一つ、福島で、毎年、この時期に行われているイベントです。

光太郎詩「あどけない話」の一節から採られ、福島では復興の合い言葉となっている「ほんとうの空」(光太郎詩では「ほんとの空」)の語が、サブタイトルに使われています。

第10回声楽アンサンブルコンテスト全国大会-感動の歌声 響け、ほんとうの空に。- 

声楽アンサンブルコンテスト全国大会は、音楽を創りあげるもっとも基礎となる要素「アンサンブル」 に焦点をあてた、2名から16名の少人数編成の合唱団によるコンテストです。
平成19年度の第1回大会から毎年、福島県で開催されており、全国から集まったトップレベルの合唱 団が、中学校、高等学校、一般の各部門で競います。各部門の金賞受賞団体(上位5位)は、最終日の 本選に出場。部門の枠を超え、総合第1位を目指して華麗に競い合います。

期 日 : 平成29年3月17日(金)~20日(月・祝)
会 場 : 福島市音楽堂大ホール 福島県福島市入江町1-1

主 催
福島県 福島県教育委員会 声楽アンサンブルコンテスト全国大会実行委員会

共 催
 全日本合唱連盟 全日本合唱連盟東北支部 福島県合唱連盟 福島市 福島市教育委員会

スケジュール
 3月17日(金)   部門別コンテスト(中学校部門)、表彰式
 3月18日(土)   部門別コンテスト(高等学校部門)、表彰式
 3月19日(日)   部門別コンテスト(一般部門)、表彰式
 3月20日(月・祝) 各部門金賞受賞団体による本選       特別企画、表彰式
 3月21日(火)   海外団体との文化交流ワークショップ
 ※大会各日、開場9:30 開演10:00

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今年で10回目を迎えるこの大会、当初は「感動の歌声 響け、ほんとうの空に。」のサブタイトルは冠されていませんでした。それが、平成23年(2011)の東日本大震災の年に予定されていた第4回大会はやむなく中止となり、平成25年(2013)の第6回大会から、震災からの復興を祈念する意味もあって、サブタイトルが冠されています。

ただ、残念ながら、事前に出場団体は公表されるものの。演奏曲目が発表されません。

音楽には、人を癒したり、奮い立たせたり、活動を円滑にしたりと、さまざまな効用があります。昨日も、たまたま観ていた震災関連の番組の中で、あの日、高台に避難した小学生達が、卒業式で歌う予定だった歌を合唱し、皆で励まし合ったというエピソードが紹介されていて、ジーンときました。

はっきりいえば、6年経っても先の見えない復興の現状ですが、それにくじけることなく、時に音楽を心の糧として、進んでいって欲しいものです。


【折々のことば・光太郎】

さあ行かう、あの七里四方の氷の上へ。 たたけばきいんと音のする あのガラス張の空気を破つて、 隼よりもほそく研いだ此の身を投げて、 飛ばう、 すべらう、 足をあげてきりきりと舞はう。

詩「氷上戯技」より 大正14年(1925) 光太郎43歳

スケートを題材とした詩です。身長180センチ超の偉丈夫だった光太郎ですが、たしなんだスポーツは、記録に残っている限り、ボディービル的な「サンドー式体操」と、意外や意外、スケートでした。留学中のパリでもスケートに興じていたそうです。

まだまだ先の見えない震災からの復興ですが、「さあ行かう」という気概を持って、前に進んで行ってほしいものです。

音楽同様、詩にも人を癒したり、奮い立たせたりする力があると思います。さまざまな光太郎の詩が、復興支援へのエールとなることも、祈念いたしております。

野村朗氏作曲の「連作歌曲 智恵子抄」が、ドイツ・ハイデルブルグで演奏されます。

liederabend mit schauspiel 智恵子抄 Für CHIEKO Eine schöne Japanische Geschichte von einem Ehepaar

日   時 : 2017年3月19日(日) 15:00〜  ※現地時間
会   場 : Jakobusgemeinde Neue (Schröderstraße 105, 69120 Heidelberg)
料   金 : 無料
出   演 : 新井俊稀(ハイ・バリトン) 北野温子(智恵子役)  木下敦子(pf)
企画・演出 : 宮永あやみ

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ハイデルベルク市内のワイナリーが経営するレストランに勤務しながらオペラの演出の勉強を続けていらっしゃるという、宮永あやみさんという方が、動画投稿サイト「YouTube」で、「連作歌曲 智恵子抄」の動画を見て、今回の企画が実現しました。出演される新井氏のサイトに宮永さんの「演出家ノート」が記されています。

「連作歌曲 智恵子抄」は、全5曲。第1曲「千鳥と遊ぶ智恵子」、 第2曲「あどけない話」、 第3曲「レモン哀歌」、第4曲「間奏曲」、第5曲「案内」です。インストゥルメンタルの第4曲を除き、光太郎詩にメロディーが付けられています。したがって、光太郎視点。

「liederabend mit schauspiel」は「演劇を伴う歌曲公演」、「Eine schöne Japanische Geschichte von einem Ehepaar」は、「ある日本の美しい夫婦の物語」とでも訳しましょうか。光太郎視点の歌曲演奏だけでなく、智恵子役を配してのドラマ仕立てだそうです。どのようなものになるのか、興味深いところです。

興味深いといえば、ドイツの皆さんにはどのように受け止められるのかといった点も、非常に興味深いところです。

拝見・拝聴に伺いたいところですが、朔太郎風に言えば「独逸へ行きたしと思へども 独逸はあまりにも遠し」。しかし、盛会を祈念しております。


【折々のことば・光太郎】

人のきめてくれた線路には どうもはまりにくい車だ、 通用しないのが あたり前な車だ。   君の思ふ壺から はづれておれが歩く時、 やつぱり友達であつてくれ、 さういふ時こそ。

詩「とげとげなエピグラム」より 大正12年(1923) 光太郎41歳

言わずもがなですが、光太郎自身を表しています。いいですね。今回、二つの短章を並べました。本来は連続していないのですが、内容的には繋がっているようなので、並べてみました。

静岡から演奏会情報です。

清水合唱団第35回記念演奏会

期 日 : 2016年10月30日(日)
時 間 : 開場13:00 開演13:30
会 場 : 静岡市清水文化会館マリナート大ホール 静岡市清水区島崎町214 
料 金 : 1,000円
曲 目 : I.ホームソング 日本編
      
II.ミサ曲 CARLO ROSSINI MISSA”ADESTE FIDELES"
      III.ポピュラーステージ 編曲:山室紘一・鈴木幸一
      Ⅳ.混声合唱組曲 猛獣篇 佐藤敏直作曲
指 揮 : 山根悦子
ピアノ : 三浦ゆきの

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光太郎詩に佐藤敏直氏が曲を付けた「混声合唱組曲 猛獣篇」がプログラムに入っています。

元々は昭和63年(1988)、専修大学グリークラブさんの依嘱で男性合唱曲として作曲され、平成2年(1990)にはカワイ出版さんから楽譜も刊行されました。「森のゴリラ」「傷をなめる獅子」「ぼろぼろな駝鳥」「マント狒狒」の4曲でした。

そして、同じく平成2年(1990)から5年(1993)にかけ、南生田コーラスさんの依嘱で混声版が新たに作られています。ただし、総題は同じ「猛獣篇」ですが、曲目は「龍」「象」「傷をなめる獅子」「苛察」。「傷をなめる獅子」は男声版から混声へのアレンジですが、他は新作です。平成22年(2010)にやはりカワイ出版さんから楽譜が出ています。

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今年7月、清水合唱団の団員の方がこのブログをご覧下さり、当方宛メールが届きました。組曲に入っている詩の解釈についての質問で、とりあえずわかる範囲でお答えいたしました。

先週もメールを頂き、団内広報紙で当方のレクチャーをご紹介下さり、団員の皆様から「詩がすごくいい」「曲の理解が深まった」といった声があったとのことでした。

歌曲の場合、メロディーと歌詞は不可分のものです。演奏者はそのそれぞれについて深く探求して臨むべきものでしょう。そういう意味で、清水合唱団さんの取り組みは素晴らしいと思います。当方もアマチュア合唱団に所属していますが、なかなか団としてそういった取り組みまでには至っていません。

もっとも、光太郎はこの問題に関し、次のように述べています。

随分つまらない詩から立派な音楽も出来るし、随分立派な詩からつまらない音楽も出来る。それは詩人の知つたことではない。
(略)
私はいつでも詩歌の作曲を聴く時、純粋に唯作曲家の魂と感覚とを感じて十分に満足する。決して其を詩歌のテキストに還元して考へるやうな無駄はしない。自分の詩が歌はれるのをきいても自分の詩が些少もその音楽に参加してゐるとは感じない。
(「詩人の知つたことではない」 昭和8年=1933)

演奏者としての観点からみると、前半はともかく、後半には承服しかねます。やはり歌曲の場合、詩と音楽は不可分だと思います。たしかに詩句をどう音楽的に処理するかという部分は「作曲家の魂と感覚」に依るところがほとんどでしょうが、「ここはこういう言葉なんだから、こういうメロディーラインにする」「詩人のこうした心情を表現するために、こういうハーモニーにする」ということは大いにあり得ますし、逆にいえばそれが不十分である作品こそが「つまらない音楽」なのではないでしょうか。そして演奏者は詩人、作曲家それぞれの意図を汲み、演奏に生かすべきだと思います。

光太郎、音楽にも造詣が深かったのは確かですが、やはり自分で本格的に演奏をするということはなかったので、演奏者あるいは作曲者としての視点は持ち得なかったのでしょう。

何はともあれ、清水合唱団さんの演奏会、盛会を祈念いたしております。


ところで歌ということでもう一件。今年のノーベル文学賞、歌手のボブ・ディラン氏が受賞というニュースが入ってきました。意外といえばこの上なく意外ですが、やはり詩と音楽は不可分と考えれば、納得の受賞です。

ノミネートの段階では「これまでの歌詞とは異質の『詩』を歌い、ポピュラー・ミュージックを革新し、詩が歌と同じ『声の文化』であることを再認識させた」という理由だったそうです。

ところで、以前から気になっていましたが、ディランの代表作の一つ「風に吹かれて」の三番はこういう歌詞です。

 How many times must a man look up007
 Before he can see the sky?
 Yes, 'n' how many ears must one man have

 Before he can hear people cry?
 Yes, 'n' how many deaths
    will it take till he knows.
 That too many people have died?
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,
 The answer is blowin' in the wind.

これを、壺齋散人氏という方が、このように訳しています。

 どれほど人は見上げねばならぬのか
 ほんとの空をみるために
 どれほど多くの耳を持たねばならぬのか
 他人の叫びを聞けるために
 どれほど多くの人が死なねばならぬのか
 死が無益だと知るために
 その答えは 風に吹かれて
 誰にもつかめない


原文は単に「sky」なので、「ほんとの空」と訳すのは意訳ですが、ここだけ読むと、まさに東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故による、智恵子の故郷・福島の現状のようにも感じられます。しかし、この曲のリリースは何と昭和38年(1963)。ディラン氏によるフクシマの予言、というと考えすぎでしょうか……。


【折々の歌と句・光太郎】

爪きれば指にふき入る秋風のいと堪へがたし朝のおばしま
明治43年(1910) 光太郎28歳

「おばしま」は漢字で書くと「欄」。出窓の手すり的な感じでしょうか。そこに坐って爪を切ると、秋風が吹いてきたよ、といったところでしょう。

今日は智恵子の命日、「レモンの日」ということもあり、福島ネタを続けます。

一昨日、福島の地方紙二紙に以下の記事が載りました。作曲家・湯浅譲二さん新曲演奏 故郷郡山への思い乗せる

記念曲を世界初演 郡山市制90周年・合併50年

 郡山市制施行90周年・合併50年を記念して同市出身の湯浅譲二氏が作曲した「あれが阿多多羅(あだたら)山」が2日、世界で初めて市民文化センターで演奏された。
 湯浅氏は市民に長年親しまれてきた安達太良山を題材に新作をイメージ。高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節である「樹下の二人」を歌詞に取り入れた。
 初演は「湯浅譲二 ふるさと郡山への想(おも)いによせて」コンサートで行われた。同市出身でベトナム国立交響楽団音楽監督・首席指揮者の本名徹次氏がタクトを振った。東京フィルハーモニー交響楽団の叙情的な演奏に乗せ、バリトンの松平敬氏が伸びやかな歌声を響かせた。
 同市は平成27年に市制施行90周年・合併50年を迎えた。このため、品川萬里市長が昨年、湯浅氏に記念の曲作りを依頼した。
(『福島民報』)

作曲家・湯浅譲二さん新曲演奏 故郷郡山への思い乗せる

 郡山市フロンティア大使で、同市出身の作曲家湯浅譲二さんによる市制施行90周年・合併50年記念委嘱作品の完成記念コンサート「湯浅譲二 ふるさと郡山への想(おも)いによせて」は2日、同市で開かれた。故郷郡山への思いを乗せたメロディーが、聴衆を魅了した。
  市、市教委、市民文化センターの主催。約1600人の市民らが来場した。
  指揮を市フロンティア大使の本名徹次さん、管弦楽を東京フィルハーモニー交響楽団、バリトンを松平敬さんが務めた。
  会場では、同記念委嘱作品の「あれが阿多多羅山 バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の2人』による」が初めて披露された。湯浅さんが郡山から見える安達太良山をイメージした新曲は、叙情的な旋律と詩が融合し、聴衆を感動の瞬間へといざなった。
  このほか組曲・こおりやま賛歌「ふるさと・わが街」の「こおりやま・わが街」などの曲も披露された。
(『福島民友』)


事前に情報を得ていなかったので、このブログではご紹介できませんでしたが、記事にあるとおり、2日の日曜日に智恵子の故郷・二本松にほど近い郡山で演奏会が開かれていました。


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湯浅氏は慶応大医学部中退という変わった経歴をお持ちの作曲家です。伝説のテレビドラマ「木枯し紋次郎」の音楽担当などもなさっていました。

平成25年(2013)に、当会の祖・草野心平が興した『歴程』同人の伊武トーマ氏作詞の復興支援ソング「ときよめぐれ(までいのロンド)」が演奏されたMFJ音楽祭で、やはり復興支援ソングとして「おやすみなさい」(作詞は故・長田弘氏)を披露されたりもしています。

今回は光太郎詩「樹下の二人」のトリビュート。ありがたいかぎりです。

安達太良山は二本松だけでなく、その山容の見える広い地域で愛されているということでもあるのでしょう。

今後、いろいろな場面で演奏されることを祈念しております。


【折々の歌と句・光太郎】

袖のところ一筋青き縞を織りて都大路をかまはず歩きし
昭和13年(1938) 光太郎56歳

今日は智恵子命日「レモンの日」です。10月に入り、キッチンのカレンダーを一枚めくると、ちゃんと「レモンの日」がイラスト入りで書き込んであり、驚きました。

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近所のスーパーが無料でくれるカレンダーなのですが、スーパーだけに、食材に関わる「○○の日」がかなり網羅されているようです。他には2日が豆腐の日、13日でサツマイモの日、15日はきのこの日、26日の柿の日など。他にもいろいろ書いてありますが、それはどうやらそのスーパーでのその日の特売品目のようです。

さて、上記短歌。主語がありませんが、やはり智恵子です。

この年の今日、智恵子が亡くなり、生前親交のあった作家で染織家の山崎斌(あきら)がその死を悼み、「袖のところ一筋青き縞を織りて麗(あて)なりし人いまはなしはや」という短歌を詠みました。それに対する返歌として詠まれたものです。

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ともに、油絵制作に絶望した後、郷里から機織り機を取り寄せて、草木染めなどにも取り組んだ智恵子へのオマージュです。上記は智恵子生家に展示されている機織り機です。

たびたびこのブログにご登場のテルミン奏者・大西ようこさんからの演奏会情報です。

大西さんに関してはこちら。

時  間 : 17時半~
会  場 : CHEEPA'S CAFE 中央区銀座7-12-15 MYS銀座2階
料  金 : 予約 4,000円 当日 4,500円
出  演 : 演奏 ぷらイム(大西ようこ[テルミン] 三谷郁夫[ギター&歌])
       朗読 清水マリ[声優]
プログラム :
  わたしが一番きれいだったとき(茨木のり子)
  死んだ男の残したものは(詩/谷川俊太郎、曲/武満徹)
  星の王子さま(サン=テグジュペリ)
  智惠子抄より(高村光太郎)
  戦火の中の子どもたち(岩崎ちひろ) 他


銀座のチーパズカフェで、再び、ぷらイムの演奏会が決定しました!!!
今回のゲストは、初代アトムの声、清水マリさんです☆
限定30席。お申し込みはお早めにお願いいたします。
懐かしいおもちゃやフィギュアに囲まれての演奏会、お楽しみに!

アトムは新座市に住んでいるので(手塚さんのスタジオがある)、新座市の市民は、市役所に行くとアトムの特別住民票をいただけます。当日は、アトムと(つまりマリさんと)ジャンケン大会があって、ジャンケンで最後まで勝てた人は、マリさんのサインつきアトムの特別住民票がもらえます^^


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大西さんは埼玉県新座市ご在住。手塚プロダクションのアニメーション制作スタジオが新座にあるということもあり、今回の企画が実現したそうです。

ぜひ足をお運びください。

10/2(日)に二本松で開催される智恵子を偲ぶ「レモン忌」でも、大西さんがご出演。そちらはまた後ほどご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

四つ起きや駕籠してまゐる歌舞伎見の白粉ぬらし秋の雨ふる
明治38年(1905) 光太郎23歳

「四つ」は「朝四つ」。秋分の頃は午前9時過ぎにあたります。「白粉」は「おしろい」。いつの時代もスターの追っかけがいたということですね。

6月も後半となりました。来月行われるイベント等、少しずつご紹介していきます。

まずは名古屋からの音楽イベント情報です 

2016年度 国際芸術連盟作曲賞&音楽賞 受賞記念コンサート

日 時 : 2016年7月1日(金) 19:00開演 18:30開場
会 場 : 名古屋市瑞穂文化小劇場  名古屋市瑞穂区豊岡通3丁目29番地
料 金 : 3,500円 (全席自由・税込)
出演/曲目
 野村 朗 <作曲>
  高村光太郎作詞  連作歌曲「智恵子抄」 バリトン:森山孝光 ピアノ:森山康子
  宮沢賢治作詞 混声合唱曲「永訣の朝」
   名古屋二期会合唱団  指揮:加藤 智 ピアノ:伊藤美砂子
 武田美保 <ソプラノ・ドラマティコ>
  マスカーニ:オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より“ママも知る通り”
  ヴェルディ:オペラ「オテロ」より “柳の歌”
  ヴェルディ:オペラ「アイーダ」より “勝ちて帰れ” 他
  ピアノ:池原陽子

申 込 : JILAチケットセンター Tel:03-3356-4140

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「智恵子抄」所収の詩歌にオリジナルの曲を付けた歌曲作品を世に問うている野村朗氏が、2016年度の国際芸術連盟作曲賞を受賞されたということで、その記念演奏会です。

野村氏から頂いたご案内を掲載させていただきます。

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お近くの方、ぜひどうぞ。

【折々の歌と句・光太郎】005

山峡の梅のはやしの緑くらき中に村あり機織る音満つ
大正13年(1924) 光太郎42歳

「山峡」は「さんきょう」と音読みにしてもいいと思いますが、やはり和語で「やまかい」と詠むべきかな、と感じます。

梅雨どきですが、「梅雨」の語源として、「梅の実が熟する頃に降り続く雨」だから、という説があります。

当方自宅兼事務所の裏山には、「梅林」というほどではありませんが、十数本まとめて植わっている場所が何カ所かあります。

今年の梅の実は、暖冬だった影響で収穫量が激減、という報道を見ました。確かに自宅兼事務所裏山の梅も、例年と比べると実が少ないように思われます。



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昨日は、千代田区および横浜戸塚に行って、3件、用事を済ませて参りました。

まず、午前9時。開館と同時に、皇居東御苑内の三の丸尚蔵館さんへ。3月に始まった展示「古典再生――作家たちの挑戦」が展示替えで先月末から「後期」になり、光太郎の父・光雲の木彫2点「猿置物」「養蚕天女」が出ています。

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外界から東御苑に通じる大手門。大手町の高層ビルを背景に見ると、ギャップがすごいですね。
お濠には、白鳥も。

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尚蔵館さんは、門をくぐってすぐです。

入り口に「猿置物」の大きな写真。展示の目玉の一つということで、サムネイル的に扱って下さっています。

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光雲木彫の優品を見るのは、昨年、栃木の佐野東石美術館さんでの「木彫の美-高村光雲と近現代の彫刻-」以来。その前は東京国立博物館さんで「老猿」を拝見、さらにその前はやはり尚蔵館さんで昨年開催された「鳥の楽園」でした。東博さんの「老猿」も常に出ているわけではなく、意外と光雲木彫の優品、首都圏では目にできる機会は多くありません。今回出た「猿置物」「養蚕天女」とも、拝見するのは14年ぶりでした。

相変わらず舌を巻くような超絶技巧。天女の衣の複雑な襞、猿の毛並みの一本一本までが表現され、しかも継ぎはぎや嵌め込みなどが一切無く、一本の木から彫り出されている気の遠くなるような緻密さ。しかし、そうと思って見なければ、それを感じさせない自然な仕上がり。脱帽です。

図録を購入して参りました。前期や中期の展示だったため、昨日並んでいなかった光雲弟子筋の荒川嶺雲や山崎朝雲の木彫なども載っており、興味深く拝見。木彫以外にも皇室の名品が目白押しです。

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次の目的地は、永田町の国会図書館さん。光雲の師・高村東雲、そのまた師の高橋鳳雲について調べる都合があり、寄りました。その他、光太郎がらみで戦時中の音楽界についても。

調べている最中に、携帯に着信。何と、渡辺えりさんからです。急いで通話の出来るコーナーに走りましたが、一歩間に合わず、留守電に切り替わってしまいました。再生すると石川啄木と光太郎の関係についてのご質問でした。昨日は、岩手盛岡で開催された啄木祭で、えりさんのご講演でした。当日になってそういう質問の電話をかけてこられるあたり、豪快ですね(笑)。こちらからかけても出ませんで、返答はメールで送りました。


国会図書館内の食堂で昼食を摂り、次なる目的地・横浜戸塚に向かいました。昨日のメインの目的、ピアニスト・荒野(こうの)愛子さん率いる「Aiko Kono Ensemble」のコンサートです。

開場は東戸塚駅近くの「Sala MASAKA」さん。一見、普通の住宅のようでしたが、キャパ30(つめればもう少し)くらいのホールを備えたライヴスペースでした。

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期間限定で、チェコ製の「ペトロフ」というメーカーのピアノが入っているとのことでした。

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このペトロフを荒野さん、オーボエで新實紗季さん、ヴァイオリン・藤田有希さん(第2部のみ)のお三方での演奏でした。作曲はすべて荒野さんです。

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2部構成で、第1部が荒野さんと新實さんお二人の「『智恵子抄』によるピアノとクラリネットのための小曲集」。

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荒野さん曰く「『智恵子抄』のイメージソング的にとらえてほしい」とのことでした。朗読なども入れない完全なインストゥルメンタルでそれをやるからには、かなりの自信がないと出来ないと思うのですが、充分に『智恵子抄』の世界が感じられました。

CDでは拝聴していましたが、やはり生の演奏だと、まったく違いますね。、眼を閉じれば阿多多羅(安達太良)山の山の上に毎日出てゐるほんとの空や、九十九里浜に群れたつ千鳥がイメージできました。特に千鳥は、ピアノの高音でその囀りが表されているように感じました。

休憩をはさんで第2部は、ヴァイオリンの藤田さんも加わって、「中原中也の追想 第一集」。

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こちらも完全なインストゥルメンタル000でした。当方、途中からあえてプログラムを伏せて聴いてみました。プログラムを見ずとも曲を聴いて、詩の題名が浮かぶかどうか試したわけです。最初に選択肢としての11篇がわかっていたので、ほぼ当たりました。そういうすばらしい作曲、演奏だったということですね。

中也といえば、光太郎は中也の第一詩集『山羊の歌』(昭和9年=1934)の装幀を手がけています。仲介したのは草野心平でした。

中也は光太郎より24歳下の明治40年(1907)生まれ。しかし、光太郎よりずっと早く、昭和12年(1937)に亡くなっています。数え31歳ですね。

その際に光太郎は「夭折を惜しむ――中原中也のこと――」という短文を心平の『歴程』に寄せています。

抜粋します。
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中原君とは生前数へる程しか会つてゐず、その多くはあわただしい酒席の間であつてしみじみ二人で話し交した事もなかつたが、その談笑のうちにも不思議に心は触れ合つた。中原君が突然「山羊の歌」の装幀をしてくれと申入れて来た時も、何だか約束事のやうな感じがして安心して引き受けた。中原君の詩は所謂抒情詩の域を超えた抒情詩といふべきで、それは愬へたり、うたつたりする段階から遙に超脱して、心やものがそのまま声を発するものであつた。

詩に於ける彼の領地は人の思ふよりも新しい。うまいやうな、まづいやうな、まづいやうなうまいやうなあの技巧は比類が無い。言葉は平明であるが、表現せられたものは奥深く薄気味わるい程渾沌たるものが遠くにもやもやと隠れてゐる。

所謂大死一番のところを彼はほんとに死んでしまつた。死んだものは為方ないが、此の難道をもう一度突破せしめたかつた。彼の根づよい、もつと大きな、真新しい日本的性格の詩がたくさん生れたに違ひないのだ。

お三方の演奏を聴きながら、光太郎のこの言を思い出しました。右は、終演後のお三方です。


というわけで、非常に有意義な1日でした。


【折々の歌と句・光太郎】

笛の音にもし形(かたち)あらばしら玉のくだけしあまた入りみだれをらむ

明治33年(1900) 光太郎18歳

ピアノ、オーボエ、ヴァイオリンの素晴らしい音色に耳を傾けつつ、この歌を思い浮かべました。

四国香川から演奏会情報です 
期  日 : 2016/06/04(土)
時  間 : 18:00開場 18:30 開演
会  場 : レクザムホール 小ホール(香川県県民ホール)  香川県高松市玉藻町9-10
料  金 :  一般1000円  学生(高校生以下)500円
問い合わせ メールアドレス:
takakon1975@gmail.com
曲  目 :
 ◆第Ⅰステージ
  まど・みちお 作詩、鈴木憲夫 作曲 混声合唱組曲「地球ばんざい」
 ◆ensemble stage
  みずかみかずよ作詩、木下牧子作曲「めばえ」
  岸田衿子作詩、津田元作曲「うたをうたうのはわすれても」
  さくらももこ作詩、相澤直人作曲「ぜんぶ~ア・カペラ版~」
 ◆第Ⅱステージ
  土曜七時の歌謡ショウ PART4 私たちの英雄(ヒーロー)
 ◆第Ⅲステージ
  高村光太郎 作詩、鈴木憲夫 作曲 混声合唱曲「レモン哀歌」
  鈴木憲夫 作曲 混声合唱曲「Ave Maria」

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高松混声合唱団さん。このブログでもご紹介しました、福島で開催された「第9回声楽アンサンブルコンテスト全国大会-感動の歌声 響け、ほんとうの空に。- 」に参加なさっています。実力のある合唱団なのでしょう。

上記の通り、光太郎作詞、鈴木憲夫氏作曲の混声合唱曲「レモン哀歌」を演奏して下さいます。

この曲は、平成24年(2012)に混声版がカワイさんから刊行されました。

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前年には女声合唱版独唱版も刊行されています。

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CDなどは発売されていないようで、当方、これまで聴いたことはなかったのですが、動画投稿サイト「youtube」に、高松混声さんの演奏がアップされていました。


途中でめまぐるしく転調したり、変拍子を多用したりといった最近流行の手法は用いず、奇を衒うことなく、最初から最後まで、ゆったりとした清澄な響きを保ち、安心して聴いていられる作品です。ただ、ヴォカリーズの部分が結構あって、8分あまりの演奏時間と、少し長めではあります。聴いて感じるほどには易しい曲ではないようです。

演奏会当日には、作曲者の鈴木憲夫氏もお見えになるそうです。

お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

乳酪(にうらく)をつくりて生きむ画をうりて生きじと彼はゆきてかへらず
制作年不詳

昭和4年(1929)、改造社刊行の『現代日本文学全集第三十八編 現代短歌集 現代俳句集』に載った作品ですが、いつの作品か不詳です。同書には明治末の作も載っていることから、明治44年(1911)5月、画廊琅玕洞を閉じて北海道月寒に渡り、酪農をしつつ芸術制作をする生活を夢見ていた頃のものかもしれません。

しかし、夢は夢にしかすぎず、少しの資本ではどうにもならぬと悟り、「ゆきてかへらず」どころか、月内にはすごすごと帰京しています。

作歌の経緯がよく分からないので何ともいえませんが、大志を抱いていた頃の作なのか、あるいは夢破れて帰ってからも、夢だけは北の大地にとどまっているというのか、はたまた自らが果たせなかった夢を友人知己の誰かが代わりに果たすべく北海道に行った、とでもいうのか、謎の多い歌です。

先週、ご案内を頂きましたが、その後岩手に行っておりまして、ご紹介が遅れました。

Aiko Kono Ensemble Sala MASAKA × PETROF 特別コンサート

夜明けの湖を照らす淡い光のように 音楽は静かに語りかける
ピアニスト・作曲家 荒野愛子による室内アンサンブルコンサート
音楽環境に優れたホールでチェコの名器PETROFの響きとともに

期  日 : 2016年6月4日(土)
時  間 : 開場14:30  開演15:00
会  場 : Sala MASAKA 神奈川県横浜市戸塚区品濃町514-13
料  金 : 前売り:3,500円  当日:4,000円
申し込み: cafecatsmusic@gmail.com 

主  催 : Cafecats Music
協  力 : 株式会社ピアノプレップ

出  演 : Aiko Kono Ensemble
野愛子 Aiko Kono(ピアノ・作曲)
国立音楽大学卒業。在学中よりクラシックを学ぶ傍ら、ジャズ、ポップス、ブラジル音楽等に親しむ。卒業後、演奏活動と同時に作曲を始める。特に文学作品に影響を受けて作曲されたものが多く、朗読や演劇との共演も多数。
2007年にはオリジナル作品を収録した初のピアノソロアルバム「オトヒトシズク」(Cafecats Music)を発表。
2013年には高村光太郎の詩集にインスパイヤされ制作したアルバム「『智恵子抄』による ピアノとクラリネットのための小曲集」(Cafecats Music)を発表。
ピアノを中心とした自由な形態のアンサンブル、クラシックとその他の音楽を融合したジャンルの限定されない音楽を目指す。 

藤田有希  Yuki Fujita(ヴァイオリン)
2歳よりヴァイオリンを始める。第53回全日本学生音楽コンクールヴァイオリン部門小学生の部第2位、東京都教育委員会から表彰される。2000年、東京芸術劇場大ホールにて東京交響楽団主催の演奏会でソリストとしてデビュー。新宿文化センター主催、第一回ニューイヤー名曲ファミリーコンサートで東京交響楽団と共演。2006年までソリストとして招かれた他、飯盛範親、山下一史、本名徹二、時任康文の著名な指揮者と共演。また、フィンランド国営放送コンサートミストレスとして出演。日本、フィンランドで多数のソロリサイタルを開催。
これまでにヴァイオリンを原田幸一郎、竹澤恭子、富重祐、友永優子、ペトリ・アールニオの各氏に師事。
桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、シベリウスアカデミー(フィンランド)に留学。2014年春、シベリウス・アカデミー修士課程を修了し、現在日本とフィンランドを拠点に活動中。


新實紗季 Saki Niinomi(クラリネット)
愛知県出身。13歳よりクラリネットを始める。国立音楽大学卒業。同大学卒業 演奏会に出演の他、各種新人演奏会やサロンコンサート等で演奏を重ねる。
2005年大阪市芸術家支援制度<大阪AIS>オーディションに合格し、大阪にてソロリサイタル、ジョイントリイタルなど多数出演。ソロだけでなく室内楽の分野においても演奏活動をしている。

曲  目 :『智恵子抄』による ピアノとクラリネットための小曲集/中原中也の追想 第一集/他

荒野さんサイトより

今回、兼ねてからコンサートで弾きたいと思っていたチェコのピアノPetrofを使用させていただきます。場所は、東戸塚にある素敵なプライベートホールです。クラシックコンサート仕様に設計されたとても音の良いホールです。
そして一緒に演奏するメンバーも素晴らしいので、本当に楽しみです。
全曲荒野愛子オリジナルを演奏します。
ぜひお越しください!


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というわけで、ピアニスト・作曲家の荒野愛子さんを中心とするサロンコンサートです。

プロフィールにあるとおり、荒野さん、「『智恵子抄』による ピアノとクラリネットための小曲集」というCDを平成25年(2013)にリリースされています。その際にはリリース記念のコンサートにお誘いいただきましたが、当方の講演の日程ともろかぶりで欠礼いたしました。

今回のコンサートにも出演される新實さんも参加されています。

また、ファーストアルバム「オトヒトシズク」にも、「レモン哀歌」というナンバーが収録されています。

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やはり荒野さんのプロフィールにあるとおり、「ピアノを中心とした自由な形態のアンサンブル、クラシックとその他の音楽を融合したジャンルの限定されい音楽」、そういう感じです。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

野ははるか夢ながるるにかくるるに青葉の森の暗き過ぎずや
明治34年(1901) 光太郎19歳

今日の記事を書くにあたって、荒野さんのCDを流していました。「青葉の森」を歩いているような感覚にとらわれました。

画像は当方自宅兼事務所の裏山に広がる森です。
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昨日は、東京・晴海に行っておりました。第一生命ホールさんで開催された、合唱団CANTUS ANIMAE(カントゥス・アニメ)さんの第20回演奏会「つながる魂のうた」を拝聴して参りました。

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故・三善晃氏の作品を軸に、それプラス3名の若手女性作曲家さんたちの、それぞれ委託初演作品等というプログラムでした。

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委託初演作品の中で、安藤寛子さんという方の「智恵子の手紙」という作品。智恵子が母・センに宛てて書いた手紙をテキストに使用する、というので非常に興味深く思っておりました。

1曲目は、谷川俊太郎氏作詞、三善晃氏作曲の「鳥」。ア・カペラ(無伴奏)の曲で、三善作品の中では定番の「地球へのバラード」という曲集の一曲です。ア・カペラの曲はごまかしがききにくいのですが、さすがにコンクール全国大会ご常連の団、その表現力には早くも引き込まれました。三善作品は、一つ一つのフレーズや、さらに細かく云えば音符や休符の一つ一つに作曲者の思い入れ、特別なニュアンスが込められており(いわゆる「三善アクセント」など)、「何げなく歌う」ことは許されません。そういう意味では、本当に徹頭徹尾、緊張感を持続して歌わなければならないのですが、そうかといって、聴く方に緊張感を強いる演奏もよくありません。歌う方はさまざまな工夫を凝らしながらも、聴衆には、そうした点で作為を感じさせず、自然に、心地よく届く音楽、というのが理想だと思います。

その点、CANTUS ANIMAEさんの演奏は、三善作品以外の最終ステージ最後の曲まで、そうした部分が具現されていたように感じました。人数も多く、厚味のある合唱でした。

さて、「鳥」が終わり、配布されたパンフレットを見ると、連続して「智恵子の手紙」ですが、一旦、合唱団の皆さんは袖に引っ込み、指揮で音楽監督の雨森文也氏のMC。三善氏への思い、それから委託初演3曲の解説などでした。

MCが終わり、ここで舞台の照明は半分くらいに落として、演奏者入場というのが一般的です。ところが、ほぼ完全に暗転。「あ、こりゃ何かやるな」と思いました。「何か」というのは「演出」という意味です。

案の定、袖に通じる扉が開き(第一生命ホールさん、最近流行のサイドの反響板に扉がついているスタイルです)、袖から通奏低音的に、女声のハミング(ないしはヴォカリーズ)で、唸るような低いA音(当方、絶対音感が無いので違っていたらすみません)が聞こえてきます。

その音に乗って、60名程の団員の皆さんがゆっくりゆっくり入場。まだ舞台は暗転のままです。さらに驚いたのは、団員の皆さん、客席に向かって背を向ける形で整列したこと。さすがに背を向けていたのは最初だけでしたが、皆さん、上下とも黒の服装でしたので(男声は上着を着ずに黒シャツ)、葬列のような印象を受けました。

やがて、女声の方がお一人、舞台中央前方に歩み出て、オペラのアリアのようにソロで歌い始めました。オペラといえば、この曲全体が、合唱というより、オペラの一幕のようでした。ア・カペラだったのですが、オペラの一幕という印象。矛盾していますが、それだけ迫力に満ちた演奏だったということです。ある意味、柴田南雄氏作曲の「宇宙について」や、オルフの「カルミナ・ブラーナ」を連想しました。ぶっとび方はそれらの比ではありませんが(ほめています、念のため)。

テキストは、以前このブログでご紹介した、智恵子の心の病が誰の目にも明らかになった時期、昭和6年(1931)のものを中心に、その前後の、全て母・センに宛てた手紙から採られていました。

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そうした智恵子の不安定な内面を表すように、不安をかき立てるような半音進行、不協和音、さらにはクラスター唱法的な手法も用いられていました。そうかと思えば比較的単純で美しいメロディーの部分もあり、終末近くでは完全な無音の状態が約30秒。最後はまた、最初とは異なる女声の方が前に出て、「それではまた」と繰り返すアリア。まさしくドラマチックでした。時計を見るのも忘れ、引き込まれていたのでよく分かりませんが、15分程の演奏時間だったでしょうか。

「厚味」のある演奏が求められるので、少人数のアンサンブル的な合唱団さんでは不可能。たとえ人数が多くても、技術が伴わなければ不可能。これをしっかりと歌い上げたCANTUS ANIMAEさんには脱帽でした。そう考えると、なかなか広まりにくいとは思われますが、初演のみでお蔵入り、ということにならないことを祈念いたします。

また、こうした音楽で、「智恵子」という人間を鮮やかに描いた、作曲の安藤さんにも敬意を表します。勝手ながら、パンフレットからお言葉を載せさせていただきます。

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一般に、「智恵子抄」というと「純愛の詩集」。当方も制作のお手伝いをし、昨年オンエアされたNHKさんの「歴史秘話ヒストリア」にしても、サブタイトルは「ふたりの時よ 永遠に 愛の詩集「智恵子抄」」でした。しかし、その裏側には、智恵子という一人の人間の、焦燥感、光太郎や家族への愛憎(「憎」の部分も見逃せません)、無謀ともいえるやる気、空回り、そして絶望感などが、どろどろと渦巻いていました(「ヒストリア」でも、そうした部分はしっかり描いて下さいましたが)。光太郎もそうした部分はある程度理解していたはずですが、完全には理解しきれず、それが大きな悲劇につながります。しかし、光太郎もある程度理解していたというのが理解されていなかった時代には、かの吉本隆明ですら「高村のひとり角力(ずもう)」と断じていました。

そうした単純な賞賛や批判に対し、当会顧問の北川太一先生(亡くなった吉本の盟友でもありました)は、次にようにおっしゃっています。

はじめこの詩集(注・智恵子抄)は光太郎の一方的な思いこみにすぎず、光太郎の声だけしか聞こえない単なる幻想の産物だと批判した者もあった。しかし智恵子に関する資料が徐々に発掘され、智恵子が肉声で語り始めるにつれて、その生の軌跡はますますリアリティを加え、文学としての評論、創作はもとより、ドラマ、オペラ、歌曲、舞踊、邦楽等々芸術のあらゆる分野の作者、演技者を動かし、それぞれがそれぞれの思いを込めて、その問いかけに答えようとする。遙かな未来を指さすその現象は、むしろ壮観と言っていい。
(『芸術…夢紀行 高村光太郎智恵子抄アルバム』 芳賀書店 平成7年=1995


ここでまた、合唱曲「智恵子の手紙」が加わったことを喜びたいと思います。

その後の演奏も素晴らしいもので(詳述する余裕がありませんが)、大満足の演奏会でした。CANTUS ANIMAEさん、安藤さん、今後のさらなるご活躍を期待いたします。


【折々の歌と句・光太郎】

いちめんに松の花粉は浜をとび智恵子尾長のともがらとなる

昭和13年(1938)頃 光太郎56歳頃

昭和9年(1934)5月7日、光太郎は心の病の昂進した智恵子を、「空がない」と言った東京から離れた大自然の中で療養させようと、妹・セツが暮らし、母・センも同居していた九十九里浜に転地させました。

のちにその頃を回想して作られた短歌で、さらに昭和16年(1941)、最初の『智恵子抄』刊行の際、「うた六首」としてこの作品も掲載しました。

六首をまとめ、古くは故・清水脩氏により合唱曲(男声/混声)に、新しくは野村朗氏により独唱歌曲に作曲されています。

東京豊島区で練習を行っている一般合唱団CANTUS ANIMAE(カントゥス アニメ)さん。全日本合唱コンクールなどのご常連です。

そちらの第20回演奏会が来月行われ、智恵子がらみの作品が初演されます。 
期  日 : 2016/05/08(日)
会  場 : 第一生命ホール 東京都中央区晴海1-8-9 晴海トリトンスクエア内
時  間 : 13:00開場 13:30開演
料  金 : 一般2,500円(前売り2,000円)/高校生以下 1,000円(全席自由)
プログラム :

三善晃 作曲  「地球へのバラード」より 鳥  詩:谷川俊太郎
安藤寛子 作曲  「智恵子の手紙」 (委嘱初演) 文:高村智恵子

三善晃 作曲  「黒人霊歌集」より Sometimes I feel like a Motherless Child
森田花央里 作曲 「青い小径」 詩:竹久夢二 「石像の歌」 (委嘱初演) 詩:リルケ 訳詩:森田花央里

三善晃 作曲  「その日 – August 6 -」  詩:谷川俊太郎
松本望 作曲 タイトル未定 (委嘱初演) 

[指揮]雨森文也 [ピアノ]平林 知子、松本望、森田花央里

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「智恵子抄」などの光太郎詩をテキストに使った楽曲はそれなりに多く作られていますが、智恵子が書いたものを使ったそれはおそらく初めてではないでしょうか。

作曲の安藤寛子さん、ご自身もCANTUS ANIMAEさんで歌われているようです。ブログに以下の記述がありました。

機会をいただき、新作の混声合唱曲(アカペラ)を発表していただけることになりました。
テキストは、高村光太郎の妻、高村智恵子が実母に宛てた手紙です。
「智恵子抄」でよく知られている、あの"智恵子さん"です。

ふるさとの空を「ほんとうの空」と言った智恵子。
智恵子は、自身が目指した芸術もうまくいかず、実家も破産し、度重なる家族の死や弟の放蕩などの苦難の中、実母を励まし自分を奮起させる手紙を書きます。その手紙を題材とした合唱作品です。
高村光太郎があえて描かなかった智恵子の姿に焦点をあてることで、「智恵子抄」を別の視点で味わうご提案ができる楽曲になればと思います。

取り上げられた智恵子の書簡は、おそらく昭和6年(1931)7月29日の消印で、福島の実家である長沼酒造が破産し、東京中野に出て来ていた母・センに宛てた長い手紙と思われます。

母上様
 きのふは二人とも悲くわんしましたね。しかし決して決して世の中の運命にまけてはなりません。われわれ死んではならない。いきなければ、どこ迄もどこ迄も生きる努力をしませう。皆で力をあはせて皆が死力をつくしてやりませう。心配しないでぶつ倒れるまで働きませう。生きてゆく仕事にそれぞれとつかゝりませう。私もこの夏やります。やります。そしていつでも満足して死ねる程毎日仕事をやりぬいて、それで金も取れる道をひらきます。かあさん決して決して悲しく考へてはなりません。私は勇気が百倍しましたよ。やつてやつて、汗みどろになつて一夏仕事をまとめて世の中へ出します。悲しい処ではない。そしてそれが自分の為であり、かあさん立ちの為にもなるのです。金を自分の手でとれるやうになつて、かあさんが困らないやうになつたら、ああ、どんなに愉快でせう。
(略)
力を出しませう。私不幸な母さんの為に働きますよ 死力をつくしてやります。金をとります。いま少しまつてゐて下さい。決して不自由かけません。もしまとめて金がとれるやうになつたら、みんなかあさんの貯金にしてあげますよ。決して悲観してなりません。けふは百倍の力が出てきました。それではまた。

あまりに長い上に、途中で日本語が崩壊しています(引用した部分でも「てにをは」がおかしいところがあります)ので省略しましたが、この倍ぐらいの長さです。現物は当会顧問の北川太一先生がお持ちで、以前に見せていただきました。

この頃から智恵子の心の病が顕在化します。光太郎は、というと、この1週間後に、『時事新報』の依頼で紀行文執筆のために約1ヶ月家を空け、三陸を旅します。この直前には、昨日ご紹介したとおり「僕も仕事に精進してゐます」と、ある意味のんきなことをフランスの高田博厚に書き送っていました。こうした齟齬が、智恵子の心の病を引き起こす決定打になったように思われます。

こうした手紙がどのように合唱曲になるのか、実に興味深いですね。

ところでCANTUS ANIMAEさん、一昨年に紀尾井ホールで行われた「The Premiere Vol.3 〜夏のオール新作初演コンサート〜」にもご出演されていました。当方、その際は女声アンサンブルJuriさんの演奏、光太郎詩4篇に三好真亜沙さん作曲の「女声合唱とピアノのための「冬が来た」」を聴きに行ったのですが、CANTUS ANIMAEさんの演奏も記憶に残っています。素晴らしい演奏でした。

こうした取り組みももっともっと広がってほしいものです。


【折々の歌と句・光太郎】

我が顔の窓にうつるや春の宵    明治42年(1909) 光太郎27歳

青森では昨日あたり桜の開花宣言だそうですが、こちら(房総)ではもはや晩春の様相です。

名古屋から朗読劇の情報です。 
期  日 : 2016年3月29日(火)・30日(水)
会  場 : HITOMIホール 名古屋市中区葵三丁目21番19号メニコンアネックス5F
時  間 : 3/29 18:45開演 3/30 1回目 15:00開演 2回目 18:45開演
料  金 : 1,500円(全席自由)
出  演 : 間瀬礼章(朗読) 斎藤美七海(智恵子役) 水野慎太郎(ヴァイオリン)
       河井裕二(チェロ)千葉周平(ピアノ) 宗川諭理夫(企画・作曲)
主  催 : メニコンビジネスアシスト(MBA)イベント事業部
問い合せ : メニコンビジネスアシスト(MBA)イベント事業部
電話予約 : 052-938-6232(平日10:00~17:00)
メール予約   : mba-event@menicon-net.co.jp
※お名前、チケット枚数、ご連絡先電話番号、チケット郵送先ご住所を明記のうえ、メールを送信ください。

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昨年、同じ会場で「智恵子抄~故郷 福島への想い」という、舞踊系の公演がありました。何かそういう土壌があるのかな、と思って調べたところ、コンタクトレンズメーカーのメニコンさんが持っている施設で、「「視ること」の素晴らしさを多くの方に届け、また、その喜びを分かち合いたいという願いから、社会貢献活動の一環として、さまざまな形で芸術や文化、福祉の支援を行っています。」だそうです。そういう企業さんも少なくはないとは思いますが、素晴らしいですね。

お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

春雨やジヨツトの壁画色褪せたり   明治42年(1909) 光太郎27歳

「ジヨツト」はジョット・ディ・ボンドーネ。ゴシック期のイタリア人画家です。後のルネサンスに多大な影響を与えました。

「壁画」は、おそらくパドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画でしょう。光太郎はイタリア旅行の際にパドヴァも訪れています。

福島から合唱イベントの情報です。 

第9回声楽アンサンブルコンテスト全国大会-感動の歌声 響け、ほんとうの空に。-

平成28年3月18日(金)~21日(月・祝)福島市音楽堂大ホール 福島県福島市入江町1-1

声楽アンサンブルコンテスト全国大会は、音楽を創りあげるもっとも基礎となる要素「アンサンブル」 に焦点をあてた、2名から16名の少人数編成の合唱団によるコンテストです。
 平成19年度の第1回大会から毎年、福島県で開催されており、全国から集まったトップレベルの合唱 団が、中学校、高等学校、一般の各部門で競います。各部門の金賞受賞団体(上位5位)は、最終日の 本選に出場。部門の枠を超え、総合第1位を目指して華麗に競い合います。



主 催
福島県 福島県教育委員会 声楽アンサンブルコンテスト全国大会実行委員会

共 催
 全日本合唱連盟 全日本合唱連盟東北支部 福島県合唱連盟 福島市 福島市教育委員会

スケジュール
3月18日(金)    部門別コンテスト(中学校部門)、表彰式
3月19日(土)    部門別コンテスト(高等学校部門)、表彰式
3月20日(日)    部門別コンテスト(一般部門)、表彰式
3月21日(月・祝)  各部門金賞受賞団体による本選  特別企画、表彰式
3月22日(火)    海外団体との文化交流ワークショップ
※大会各日、開場9:30 開演10:00

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福島県は「合唱王国」と呼ばれる県で、通常の全国コンクール等では必ずといっていいほど、福島県の団体が上位入賞しています。その福島で、平成20年(2008)からこの時期に行われている大会で、平成23年(2011)の東日本大震災の年に予定されていた第4回大会はやむなく中止となりました。平成25年(2013)の第6回大会からは、震災からの復興を祈念する意味もあって、光太郎詩「あどけない話」から採った「ほんとうの空に」というサブタイトルが冠されています。

残念ながら、事前に出場団体の演奏曲が発表されませんので、光太郎智恵子にからむ作品が演奏されるかどうか不明です。

ただ、昨秋行われた平成27年度(第68回)全日本合唱コンクール高校部門で光太郎作詞、鈴木輝昭作曲の「女声合唱とピアノのための組曲 智恵子抄」中の「裸形」を自由曲に選んで出場した日本女子大学附属高校コーラスクラブの皆さんが、こちらにも出場されます。今回演奏する曲はやはり不明ですが。

他の団体さんも含め、サブタイトルの通り、感動の歌声がほんとの空に響きわたってほしいものです。


ところで、先述の全日本合唱コンクールのライブ録音CDを購入しました。日本女子大学附属高校さんの演奏の入ったものと、同じく光太郎作詞、三好真亜沙さん作曲の「冬の奴」を自由曲に選んでし、みごと銀賞に輝いた東京の豊島岡女子学園高等学校コーラス部さんの演奏が入ったものです。

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さすがにどちらも素晴らしい演奏でした。

が、主催の全日本合唱連盟さんで刊行している雑誌『ハーモニー』の2016/1月号に載ったコンクール評は、けっこう辛口でした。審査員を務められた指揮者の浅井敬壹氏・樋本英一氏によるものです。

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長文になるので引用はしませんが、要約すると、丁寧な演奏はいいけれど、会場全体に響いてこない無表情な聞こえ方になっているというのです。このあたりは、実際に会場にいないと、録音で聴いても解りかねます。

当方も合唱に取り組んでおり、先日は所属する合唱団の35周年記念演奏会なるものを行いました。また、かつてはその団で各種コンクールにも出場しました。せいぜい県で銀賞、とてもとても全国まで行けるレベルではありませんが。ただ、あまり音楽で競う、というのは好きではありません。やはり音楽は「楽」の字が入っているとおり、楽しむものですから。しかし、低レベルの演奏では、なかなか人の心を動かすまでのことは出来ず、自己満足しか残らないでしょう。そういう意味では高みを目指すことも楽しさに繋がるのは理解できます。高みを目指した結果として、賞がついてくるというのが望ましいのではないでしょうか。

さて、声楽アンサンブルコンテスト全国大会、サブタイトルの通り、福島の皆さんに感動をもたらす歌声を、ほんとうの空の下で響かせていただきたいものです。


【折々の歌と句・光太郎】

ドナテロの騎馬像青し春の風       明治42年(1909) 光太郎27歳

一昨日に続き、イタリアルネサンスの彫刻家、ドナテロがらみの句です。

光太郎智恵子の世界は、様々な分野で活躍されている表現者の皆さんの表現意欲をそそるようです。ネットで見つけた近々行われる『智恵子抄』を題材とした公演の情報を2件。 

言葉と音の交差点

期   日 : 2016年1月22日(金)
時   間 : 開場 19:00  開演 19:30
会   場 : ライブハウス アピア40 東京都目黒区碑文谷5-6-9 B1 03-3715-4010
料   金 : 前売2200円+1drink / 当日2500円+1drink
出   演 : 
 伊藤美友(演劇)
 飯塚直(いいづかなお/各種リコーダー&古楽のパーカッション)
 仁木恭子Niki Yasuko Aizawa(朗読)
 航KOH(ピアノ)

~演劇・音・朗読・歌が出会い、歩み、弾け、放たれる。
永遠 時の流れ 私たちの交差する瞬間を!ご来場を心よりお待ちしております。~
1stステージは『永遠』をテーマに演劇と音楽そして歌、2ndステージは『智恵子抄』の朗読と音楽のコラボをお送り致します。

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続いて九州大分から。ただし、既に満席だそうです。しかし、キャンセル等もあるかもしれませんし、とりあえずご紹介しておきます。 

風の音書店 with 足立弓子「智恵子抄」

期   日 : 2016年2月6日(土)
時   間 : 開演 19:30
会   場 : アートプラザ市民ギャラリーA 大分市荷揚町3-31
料   金 : 無料
出   演 : 
 風の音書店 (語り部カズミ・ライア弾きKodama・歌うたいShin)
 足立弓子 (魂のダンサー)

魂のダンサー 足立弓子 & 風の音書店 幻のコラボが4年ぶりに復活します。

題材は高村光太郎「智恵子抄」。

音楽はイギリス・ルネサンスのリュート奏者&作曲家ジョン・ダウランド(Joho Dowland 1563?-1626 )のリュート歌曲。
今回のライブは、カラフル・モノクローム~豊田照郊追悼水墨画作品展 (2月1日~7日)への、友情出演として開催されます。 豊田照郊氏の水墨画は水墨画の固定概念を覆すモダンさ。そのカラフルモノクロームな空間に此の花さくやAkemiの大胆な花あそび。

ステージは完璧です。そしてライアと歌と語りをバックに弓子の即興の舞。どんな世界が展開されるのか、 幕を開けてみるまで分かりません(笑)。


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こうした取り組みがもっともっと広がって欲しいものです。


【折々の歌と句・光太郎】

乗るとすぐひゐきのゝ字を書いて落ち  明治38年(1905) 光太郎23歳

昨日ご紹介した「横町の狗まで地図にかいてなし」と同じく、小説家・山岸荷葉にあてて書かれた絵葉書にしたたtめられました。やはり自転車での転倒に題を採った川柳です。「ひゐき」は「力を込めて」の意。

前年から光太郎は神田の高折周一音楽講習所でのヴァイオリンのレッスンに通い始めたとのこと。束脩(入門料)は1円、月謝は1円50銭。自転車の荷台にバイオリンをくくりつけて通ったそうです。

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第68回全日本合唱コンクール全国大会(全日本合唱連盟、朝日新聞社主催)の中学、高校部門が今月24(土)、25日(日)にさいたま市の大宮ソニックシティ大ホールで行われます。
 
合唱楽譜の発行、販売を専門にしているパナムジカさんのサイトに、コンクール情報として、参加校と演奏曲目の一覧がアップされています。
 
それによると、光太郎作詞――というより光太郎の詩に000曲をつけたもの――を自由曲を選んだ学校が、高校の部で2校ありました。

まず、高校Aグループ(8~32人)で、智恵子の後輩にあたる日本女子大学附属高等学校コーラスクラブの皆さんが、鈴木輝昭氏作曲の「女声合唱とピアノのための組曲 智恵子抄」」中の「裸形」を演奏します。この組曲は、福島県立橘高等学校合唱団による委嘱作品です。以前にも書きましたが、橘高校さんは、智恵子の母校・福島高等女学校の後身です。これも以前にも書きましたが、同校合唱団は、平成21年(2009)から3年間、この組曲全3曲の中から1曲ずつを自由曲とし、全日本合唱コンクール全国大会高等学校部門Bグループで上位入賞しています。
 
 第62回大会 平成21年(2009) 自由曲「レモン哀歌」 金賞
 第63回大会 平成22年(2010) 自由曲「裸形」 銀賞
 第64回大会 平成23年(2011) 自由曲「亡き人に」 銀賞001

楽譜やCDも発売され、コンクールの定番曲の一つとなり、昨年の第67回大会では、神奈川の清泉女学院音楽部さんが「亡き人に」で金賞、北海道の北海道帯広三条高校合唱部さんが「レモン哀歌」で銀賞を獲得し、高く評価されています。


今年「裸形」を演奏する日本女子大学附属高等学校コーラスクラブさんは、昨年は与謝野晶子作詩の「絵師よ」で銀賞でした。今年は金賞をゲットしていただきたいものです。智恵子の後輩として、「智恵子抄」中の詩に曲をつけたものの演奏ですので、例年以上に頑張って欲しいと思います。

さらに、高校Bグループ(33人以上)で、東京の007豊島岡女子学園高等学校コーラス部さんが、三好真亜沙さん作曲の「冬の奴」で出場。これは「女声合唱とピアノのための「冬が来た」」中の1曲です。

こちらは昨年、初演された新しい曲です。当方、その初演を聴きに行って参りましたが、硬骨な光太郎詩の特徴を活かした曲でした。作曲者の三好さんいわく「カッコいい女声合唱」。そして「冬の奴」は組曲の終曲ということもあり、終末部分フォルティッシモのロングトーンでガーッと終わる構成になっています。大人数のBグループ向きの曲ですね。ただ、豊島岡さんはBグループの中では少なめの42人だそうで、100人を超す参加校もある中、迫力よりは、冬の清澄な空気の透明感とでもいいましょうか、そういったものが表現されている中間部のハーモニーで勝負して欲しいものです。

こちらも楽譜とCDが発行されており、今後もいろいろな合唱団003さんに取り上げていただきたいと思います。

全日本合唱コンクール、大学職場一般部門は来月21日(土)・22日(日)、長崎市の長崎ブリックホールでの開催だそうです。こちらは曲目等まだ発表されていませんが、やはり光太郎詩を扱った作品が出て来るといいな、と思っております。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月20日

昭和14年(1939)の今日、光太郎が装幀、題字揮毫、装画を手がけた長谷川時雨の随筆集『きものが刊行されました。

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長谷川は光太郎の木彫「桃」を購入したりで、これ以前から光太郎と交流がありました。同年2月に刊行された随筆集『桃』では、その写真を扉に使っています。

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昨年のNHKさんの朝ドラ「花子とアン」に登場した藤真利子さん演ずる「長谷部汀」は長谷川がモデルと思われます。

「智恵子抄」をはじめとする光太郎詩にオリジナルの曲をつけて唄われている、シャンソン系歌手のモンデンモモさんの新しCDがリリースされました。

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モンデンモモさん、平成6年(1994)、「REQUIEM」というCDで、初めて光太郎詩に曲をつけた作品をリリースしました。その際は、「あどけない話」「郊外の人に」「樹下の二人」「レモン哀歌」「荒涼たる帰宅」、さらに智恵子視点でのオリジナルの語りをラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」に乗せたもの。
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たまたまそれを聴いた当方、モモさんと連絡を取り、そこからご縁が始まりました。

平成17年(2005)には最初の「モモの智恵子抄」をリリース。この際には、事前に光太郎と智恵子が愛を確かめあった銚子犬吠埼や、昭和9年(1934)、心を病んだ智恵子が療養していた九十九里浜などの故地にご案内し、それから当会顧問の北川太一先生のお宅にもお連れしました。

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平成21年(2009)には、このCDを元に楽譜集を出版。編集と解説、さらに一部の曲では合唱編曲も当方が担当しました。一昨年には島根奥出雲のコールしゃくなげさんが、そのうちの「樹下の二人」を演奏して下さいました。

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さらに平成22年(2010)にはCD「モモの智恵子抄2」ということで、元版に収められた曲のアコースティックバージョンでのリメイクに、新たな曲も加えてリリース。

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これらのCDがほぼ完売してしまったとのことで、今回の新作が制作されました。基本、「1」のリメイクで、曲順などもそれに準じていますが、新曲も含まれています。

また「1」の時は、伴奏がDTMによる打ち込み系でしたが、今回は「2」に近く、ピアノ/シンセサイザーで砂原嘉博さん、チェロの伊藤耕司さん、フルートの黒田育子さんが参加されています。

ご自分でもおっしゃっていますが、こうしてみると「進化」のあとが見え、感心させられます。今後も「進化」を続けて行くであろうモモさんを見守っていきたいと思います。

先日、二本松に行った際、智恵子記念館や、近くの戸田屋さんで新作が既に並んでいましたし、旧作もまだ少し残っていたようです。そちらへ足をお運びの際にはお買い求め下さい。もちろんモモさんのサイトからも注文可能です。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月15日

平成21年(2009)の今日、エイベックス・マーケティングから「作家が綴る心の手紙 愛を想う 死を思う」が発売されました。

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近現代の文学者達の書簡の朗読を収めた12枚組のCDボックスです。第7巻「詩人の筆に込めた想い」で、光太郎書簡も6通、取り上げられています。

特に現存する唯一の、独身時代に送った光太郎から智恵子へのラブレター、九十九里浜で療養する心を病んだ智恵子に送った2枚の葉書には胸を打たれます。朗読は元男闘呼組の高橋和也さんです。

昨日からまたあちこち動き回っておりまして、先ほど千葉の自宅兼事務所に帰りました。

昨日は始発列車に乗り込み、まずは京都。ただ、こちらはまだ差し障りがありますので、報告できる段階になりましたらレポートいたします。

その後、名古屋。過日ご紹介したコンサート「作曲:野村朗・フルート:吉川久子 智恵子抄の世界を遊ぶ ~その愛と死と~」を拝聴して参りました。

会場は中区のドルチェ・アートホールNagoya。楽器店さんで持っている自前のホールで、100席あまりのキャパでしたが、なかなかいいホールでした。

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ホワイエには、野村氏が、光太郎の令甥、故・髙村規氏からご提供いただいた写真パネル。いい雰囲気を醸し出していました。

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当方も主催者の一人に名を連ねさせていただいており、早速、楽屋へ。本番前の楽屋の雰囲気というのは、当方、大好きです。

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野村氏と、フルートの吉川さんとは、以前から親しくさせていただいておりますが、野村氏の作品を演奏される森山夫妻とは、初めてお話しさせていただきました(ステージでの演奏は何度も拝聴していましたが)。

やがて開場。100席あまりがほぼぴったり満席となり、一同、胸をなで下ろししました。

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第1部は、森山夫妻の演奏による野村氏作品。

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野村氏の作曲の巧みさと、森山夫妻の熱のこもった演奏、何度聴いても胸を打たれるものがあります。

休憩を挟んで第2部が吉川さんのフルート演奏。伴奏は千代正行さんのアコースティックギター。千代さんは今年6月の吉川さんのコンサートでも伴奏を務められていました。

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吉川さん、演奏の合間にMCも担当され、大忙しです。

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オリジナル曲の他にも、智恵子の故郷・福島の子守歌、「故郷」や「浜千鳥」といったスタンダードナンバーも織り交ぜ、「智恵子抄」の世界を表現なさいました。

吉川さんの演奏も、昨年の第58回連翹忌を含め、5回目の拝聴ですが、何度聴いてもいいものです。


アンコールに、野村氏の新作「智恵子抄 巻末のうた」から「いちめんに松の花粉は浜をとび智恵子尾長のともがらとなる」をみなさんで演奏。

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「智恵子抄 巻末のうた」は六首の短歌から成りますが、この日の披露は1曲のみ。近々、全曲を披露されるそうです。楽しみです。

というわけで、素晴らしいコンサートでした。他のお客様も満足げに帰って行かれました。泉下の智恵子も喜んでいることでしょう。

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終演後、打ち上げに参加させていただきました。お話の中で、野村氏は二本松に、吉川さんは花巻を含む岩手に人脈をお持ちだそうで、そちらの方でも演奏会をやりたい、ということで盛り上がりました。ちなみに森山氏の健啖ぶりには驚きました(笑)。

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上記は吉川さんに関しての記事。クリック2回で拡大します。

そういうことであれば、当方の人脈もフル活用させていただきます。そちら方面のみなさん、ご協力よろしくお願いいたします。

さて、打ち上げ終了後、東海道新幹線にて、名古屋を後にしました。千葉には帰らず、東京で1泊。今朝は東北新幹線に乗り込み、二本松へ。智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子講座’15」及び智恵子記念館の紙絵実物展示と智恵子生家二階の限定公開に足を運びました。そのあたりはまた明日。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月12日

大正元年(1912)の今日、『やまと新聞』にアンケート「日本画はめちやめちや」が掲載されました。

文展(文部省美術展覧会)の評です。

彫塑には一つも佳(よ)いと思つたものがありません。洋画では坂本繁二郎氏の「うすれ日」を中々いゝ作だと思ひました。
日本画はめちやめちやだと考へます。なぜ日本画々家は斯(か)う気取て居るのでせう。

一刀両断ですね。この文展のアカデミズムに対抗する意味合いもあり、3日後の15日から、光太郎の参加した「ヒユウザン会展」が開幕します。

昨日から1泊2日で福島は二本松に行っておりました。今日明日と、2回に分けてレポートいたします。

まず昨日、智恵子生家近くにて、モンデンモモさんのコンサートを拝聴して参りました。

会場は、鐵扇屋さんという、昔の油屋さんだったところで、築140年の蔵でした。普段はスピーカーシステムの試聴室として使われているとのこと。

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コンサートは昼夜二公演で、それぞれ内容が違いました。

昼の部は、「モンデンモモ智恵子抄を歌う!」と題し、光太郎詩にモモさんオリジナルの曲をつけた作品を中心に、さらに語りを入れたモノドラマ形式でした。

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伴奏は、アコースティックギターのたしまみちお氏。モモさんとのセッションは4年ぶりだそうですが、それを感じさせないコンビネーションでした。

会場の蔵があまり広いスペースでなく、歌も伴奏も、一切音響機器を使わない生演奏で、本当の「人間」の演奏だったのがよかったと思いました。大きなホールでマイクやらPAやらを駆使して、というのも一つのやり方ですが、これはこれで一つのやり方です。

夜の部は、「モンデンモモ日本の歌アラカルト」と銘打ち、第1部がオリジナル以外の曲、第2部はオリジナル「智恵子抄」からの抜粋と、与謝野晶子の詩に曲をつけたものなどを取り上げました。

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伴奏は引き続き、たしま氏。さらに一部の曲では、モモさんの歌のお弟子さんだという、青柳みちよさんが鍵盤ハーモニカでご参加。

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これまた素敵なステージでした。

当方、モモさんとのつきあいは、かれこれ20年近くになります。その間、継続して光太郎智恵子の世界に取り組み続けていらっしゃることに、敬意を表します。しかも、毎回、趣向を変えて臨まれるチャレンジ精神にも脱帽です。

今回のようなキャパ10数人というような小さい会場から、大きなホールまで、いろいろな形態に対応できるというのも強みですね。イベントなどへの出演依頼等、お考え下さい。

また、モモさん、新たに「モンデンモモの智恵子抄」というCDをリリースされました。また後日、詳細をご紹介します。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月4日

昭和27年(1952)の今日、日本教材社刊行の児童の図画工作』の推薦文を執筆しました。

『高村光太郎全集』には、光太郎の手許に残された草稿から採録して全文を掲載してありますが、この文章がどこに発表されたのか、さらには日本教材社の『児童の図画工作』という書籍についても、よく分かっていません。おそらく、当時、「自由教科書」と称されていた副読本の類だと思われますが、現物が未確認です。今後の課題としておきます。

合唱の演奏会情報を2件。それぞれ光太郎作詞の合唱曲がプログラムに入っています。

コール・オービーレン第8回演奏会

期  日 : 2015年9月22日(火・祝)
時  間 : 開場13:30 開演14:00
料  金 : 無料 (全席自由)
場  所 : 川口総合文化センターリリア 音楽ホール  埼玉県川口市川口3-1-1
曲  目 :
 混声合唱組曲「 猛獣篇」 (高村光太郎 作詞/佐藤 敏直 作曲)
 宗教曲 「ハレルヤコーラス」 他
 映画音楽 「慕情」「シャレード」 他
<指揮> 山口 大五郎 <ピアノ> 中谷 路子


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コール・オービーレンさんというのは、東京大学混声合唱団コール・ユリゼンさんのOB・OGの集まりから出来た混声合唱団だそうです。

プログラムの最初が、佐藤敏直氏作曲の「猛獣篇」。光太郎の同名の連作詩中の詩4篇に曲をつけたものです。元々は昭和63年(1988)、専修大学グリークラブさんの依嘱で男性合唱曲として作曲され、平成2年(1990)にはカワイ出版さんから楽譜も刊行されました。「森のゴリラ」「傷をなめる獅子」「ぼろぼろな駝鳥」「マント狒狒」の4曲でした。

そして、同じく平成2年(1990)から5年(1993)にかけ、南生田コーラスさんの依嘱で混声版が新たに作られています。ただし、総題は同じ「猛獣篇」ですが、曲目は「龍」「象」「傷をなめる獅子」「苛察」。「傷をなめる獅子」は男声版から混声へのアレンジですが、他は新作です。平成22年(2010)にやはりカワイ出版さんから楽譜が出ています。

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CDなどの音源としては、まとまった形ではリリースされていないようです。当方、会津高等学校男声合唱団さんの演奏会のライブ録音CDで、男声版の入ったCDを持っていますが、自主制作盤のようです。また、これも自主制作盤的なものだと思いますが、全日本合唱コンクールの東北支部大会ライブ録音のCD。やはり男声版の「傷をなめる獅子」が、同じく会津高校さんの演奏で入っています。

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もう1件。

コール・マルシュナー第4回福島演奏会

期  日 : 2015年9月27日(日)
時  間 : 開場13:30 開演14:00
場  所 : 福島市音楽堂 大ホール  福島県福島市入江町1-1
料  金 : 1,000円 (全席自由)
主  催 : 福島高校在京OB合唱団“コール・マルシュナー”
問い合せ : 042-345-6010 (弥勒 誠之)
曲  目 :
 1.男声合唱組曲「中 勘助の詩から」
 2.ロバート・ショウ合唱曲集 ファニータ、おじいさんの時計 他
 3.清水脩 作品集  海、智恵子抄巻末のうた六首 他
 4.愛唱曲集   早春賦、小さな喫茶店、箱根八里 他
 【特別出演】福島高等学校合唱団
  1.夜もすがら(「万丈記」より) 2.Os Justi



コール・マルシュナーさんというのは、福島県立福島高校さん在京OBによる男声合唱団だそうです。福島県は「合唱王国」と言われ、県全体のレベルの高さには定評があります。こういう合唱団が存在し、地元福島での演奏会が継続して行われている、というところにもそれが表れているように思います。

曲目の中で、故・清水脩氏作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」が光太郎作詞、というより清水氏がそれに曲をつけたものです。昭和39年(1964)、東海メールクワイヤーさんの依嘱作品。当初は男声合唱曲として作られ、のち、昭和57年(1982)には混声合唱にアレンジされた楽譜も刊行されています。

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また、本家の東海メールクワイヤーさんをはじめ、東京リーダーフェルさん、さらに合唱団京都エコーさんと松原混声合唱団さんの合同演奏によるCDがリリースされています。

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当方も混声、男声合唱を個人的にやっており、「智恵子抄巻末のうた六首」の男声版は、一度、生演奏で聴きました。当方の属する合唱団も参加した平成24年(2012)の千葉県合唱祭で、船橋HGメンネルコールさんの演奏でした。


こうした光太郎詩にきちんとした曲がつけられ、きちんとした演奏が為される機会がどんどん増えてほしいものです。それによって、光太郎智恵子の世界が広まることを期待します。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月9日

昭和7年(1932)の今日、光太郎の父・光雲が海軍の東郷平八郎元帥と小笠原長生中将に、自作の千手観音像を贈りました。

光雲と小笠原は、光雲に依頼してたくさんの仏像を作ってもらった寺院・駒込の曹洞宗金龍山大圓寺を通じて知り合い、さらに小笠原を介して東郷と光雲の会見が実現しました。その会見が昭和7年(1932)の今日。光雲は東郷と小笠原それぞれに武運長久を祈念して自作の像を贈ったというわけです。

のちに東郷からは「妙神入」の書が返礼として光雲に送られました。光雲の刀技を神業の域と讃えたものと思われます。

以前もご紹介しましたが、下記が昭和7年(1932)の今日、撮影された写真です。

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左から大圓寺の服部太元、光雲、東郷平八郎、小笠原長生です。

岐阜県からの情報です。

梅弦ワンマンコンサート

日 時 : 2015年9月5日(土曜日) 午後7時(開場:午後6時30分)
場 所 : 岐阜県関市中池公園内 旧徳山村民家 関市塔ノ洞3855-1
出 演 : 
 梅弦(語り人あきが日本の詩や物語を独特のリズムで読み語り、弦術師aokiが即興でギターを演奏する変則的なスタイルのユニット)
料 金 : 無料
問い合わせ : 関市教育委員会文化課 0575-24-6455

旧徳山村民家にて「読み語りとギターの演奏」を開催します!
梅弦(うめげん)による、ワンマンコンサートです。
本を読むことを忘れ、音を楽しむことを忘れた大人のための読み語りを行います。
しっとりとした秋の夜、古民家でのゆったりとしたひとときをお楽しみください。
読み語りとギターの演奏です。
当日は、智恵子抄などを読み語りします。お楽しみに。

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梅弦さんに関しては、昨年のこのブログにてご紹介した『岐阜新聞』さんの記事にお名前がありました。 

東北と岐阜つながれ 岐阜市でイベント、黙とうも

 2014年03月10日 岐阜新聞
 東日本大震災をきっかけに、人とのつながり、支え合いを大切にしようと企画されたイベント「みんな友達!tunagari fes.2014」が9日、岐阜市金町の金公園で開かれ、大勢の人たちが触れ合いを楽しんだ。
 実行委員会(はやしちさこ代表)が開催し、5回目。手作りのお菓子や手芸品などの約120ブースが並び、家族連れらが出店者との会話を楽しみながら買い求めた。
 ステージイベントもあり、8グループが出演。関市のユニット「梅弦」は、震災で津波に流された松で作ったギターの演奏に合わせ、詩集「智恵子抄」を朗読した。
 地震発生時刻の2時46分には、来場者が黙とうをささげた。

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今度も『智恵子抄』の朗読をなさるとのことで、ありがたいかぎりです。


こうした活動をなさっている皆さん、こちらまでお知らせいただければ、このブログにてご紹介いたします。もっとも、それほど読者も多くなく、あまり宣伝にはならないかもしれませんが(笑)。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 8月22日000

平成元年(1989)の今日、元青森県副知事・横山武夫が歿しました。

横山は、昭和28年(1953)に除幕された「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の計画段階からプロジェクトに関わり、青森県と光太郎とのパイプ役を務めました。

右の画像は、除幕式当日の光太郎と横山です。

また、歌人としても数冊の歌集を上梓し、県文化振興会議会長、県歌人懇話会会長、東奥日報社主催県短歌大会選者等を歴任、足跡を残しました。

下記七首は、除幕式当日の『東奥日報』に載った横山の短歌です。像が「乙女の像」という通称で呼ばれるようになる一因を作ったといえる作品群です。

三人(みたり)ありき人知らざりし湖の水の真澄を愛してやまず001
メトロポール山にありとぞカルデラ湖の水のほとりにたてる乙女子

みちのくの土の命をもりあげて乙女の像のたもつ量感

限りなき生の凝視かま裸の乙女子があひ向かひたつ

湖の水よなに呼ぶ指触れてたつ乙女子のもてる幸福(さひはひ)

みちみてる乙女の裸像目の前にわれは厳かの極みとぞなす

ここに遠き過去と未来をひとつにす水に匂ひて乙女たちつつ

また、昭和44年(1969)に刊行された横山の随想集『わが心の人々』には、光太郎に関する長い回想が含まれ、乙女の像の制作過程を知る上で貴重な記録となっています。

東北レポートの最終回です。

5月17日の日曜日、仙台にて、朗読家の荒井真澄さん、ヴァイオリニストの佐藤実治さんによるコンサート「無伴奏ヴァイオリンと朗読 智恵子抄」を聴いて参りました。午後の部と夜の部の2回公演で、当方、午後の部を拝聴。

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「杜の都」と称されるだけあって、この季節の仙台は緑が溢れていました。さらに、この日は「仙台青葉まつり」。多くの人でにぎわっていました。

コンサート会場は、ジャズフェスティバルが開催されることでも有名な定禅寺通りに近いJazz Me Blues Nola(ジャズミーブルースノラ)さん。

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大きな窓から外の光が差し込み、行き交う人々が見える状態ですが、防音はしっかりしているようで、外の喧噪は伝わってきません。

先月の第59回連翹忌でチラシをお配りしたところ、二本松在住の「智恵子のまち夢くらぶ」の熊谷夫妻もいらしていました。熊谷氏、夢くらぶさん作成の智恵子のふるさとマップを会場の皆さんに配布、最後にはステージでご挨拶もされました(当方もでしたが)。

さて、午後の部は3時開演。

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当方、荒井さんの朗読を聴くのは3年前と、一昨年に続き、3回目でした。以前の2回は、一昨年の第57回連翹忌で、ピアノ演奏に合わせてのアクションペインティングをご披露下さいました斎藤卓子さん、一関恵美さんとのコラボでしたが、今回は佐藤さんのヴァイオリンによる演奏の合間、時には演奏にかぶせ、荒井さんの「智恵子抄」から11篇の詩の朗読でした。

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相変わらず情感たっぷりの、素晴らしい朗読でした。元々「智恵子抄」が大好きだという荒井さんですので、その作品に対する思いのたけが表されているように感じました。

ちなみにこの日に公演を組まれたのも、5月20日の智恵子の誕生日に近いという理由もあってのことだそうです。

第2部は、佐藤さんと、ピアノの及川久美子さん(佐藤さんの奥様だそうです)とによる演奏。ご夫婦ならではの息のあった演奏でした。ヴァイオリン演奏では定番の「チャルダッシュ」は、超絶技巧が冴えわたっていました。

最後にアンコール、第1部になかった荒井さんの「もしも智恵子が」の朗読と演奏で幕を閉じました。

いつも同じようなことを書いたり、講演などで喋ったりしていますが、こういう形で光太郎智恵子の世界を広めていただくことも、本当に有り難いかぎりです。全国の様々な分野の表現者の皆様、ぜひよろしくお願いいたします。

ところで荒井さん、宮澤賢治作品などの朗読にも取り組まれています。いただいたチラシを掲載しておきます。ともに仙台での開催で2件。クリックで拡大します。

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【今日は何の日・光太郎 拾遺】 5月24日

昭和23年(1948)の今日、花巻郊外太田村の山口小学校で、増築の上棟式に参加しました。

同校は昭和45年(1970)に廃校となり、校舎は10年ほど前まで残っていたのですが、老朽化のため解体されました。

下は20年ほど前に撮った写真です。

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4月も下旬となりました。今日、明日のこのブログは来月早々に行われるイベントの紹介です。

まず、音楽・演劇系で2件。

歌物語コンサート「智恵子抄」

日  時 : 2015/5/6(水・振替休日) 17:30~
会  場 : 風に吹かれて 東京都大田区大森北1丁目34-16 第二みずほビル2F
出  演 : 潮見佳世乃 (歌と語り)  たつのすけ (ギターとピアノ)
料  金 : 予約 2800円   当日 3000円 (飲食代別)
予約・問い合わせ : 風に吹かれて Atsushi Kanaya <blowind0804@gmail.com>

GW最後の日。 歌物語!都内で初披露いたします。
新緑美しい季節 光太郎と智恵子の愛を語ります。
会場にて多くの皆様とあたたかい一時をご一緒できますように
素敵な春を!


潮見佳世乃さん、今月2日の第59回連翹忌にご参加下さいました。以前から「智恵子抄」を扱っていらっしゃるそうですが、都内では初の「智恵子抄」だそうです。当方、彼女の演奏を聴いたことがありませんが、今回、初めて拝聴します。楽しみです。 
日  時 : 2015年5月8日(金)20:00~  9日(土)14:00~/18:00~
会  場 : シアタームーン 愛知県名古屋市千種区池下1-11-11 スタチオン池下201
  作  : 加藤 由衣
演  出 : 吉川 和典
料  金 : 予約/当日とも 1000円 
キャスト : 上田勇介 加藤聡美 河口サトー 榊原耕平(よこしまブロッコリー) 藤由依雛 田亜夜子
       吉川和典 丹羽一美(フリー) 横尾友美 他
プログラム :  『文豪座談会』   『蜘蛛たちの意図』 芥川龍之介「蜘蛛の糸」より
         『智恵子、少々』 高村光太郎「智恵子抄」より
予約・問い合わせ : 電光石火一発座 Tel :090-4257-7800  Mail:mail_denkou@yahoo.co.jp

「もう、読んだって」
と、彼女。一方で、
 「読んでないな」
と彼は言います。そんな中、とあるお方はおっしゃいました。
 「捉え方は人それぞれ」
そういえば、こうお答えになった人もいるそうです。
 「No problem、だ」
ある瞬間、読み古された一冊が‘色‘を変えることがある。
 今宵はどうぞ、電光色の名作たちを。


こちらの情報は、たまたまネットで見つけました。「名古屋市を拠点に演劇活動をする、社会人劇団」だそうです。


こうしたイベントを企画されている皆さん、こちらまでご連絡いただければ、このブログにてご紹介します。もちろん、内容等を検討させていただいてからですが。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 4月25日

昭和43年(1968)の今日、岩手県花巻市石神町の雪印乳業花巻工場敷地内に、光太郎詩「牛」の一節を刻んだ碑が除幕されました。

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同工場と光太郎には直接の関係はありませんでしたが、岩手県酪農青年研究連盟創立十周年記念ということで、この碑が建てられています。もしかすると、関係者の中に、花巻・太田村時代の光太郎を知る人がいたのかも知れません。

同工場は10年ほど前に閉鎖されてしまっているとのこと。碑はどうなっているのでしょうか。調べてみます。

追記 工場跡地は雪印さんの系列の運送会社となり、碑も健在でした。

「智恵子抄」を中心として、光太郎詩にオリジナルの曲をつけて唄っているシャンソン歌手のモンデンモモさん。2日の第59回連翹忌にもご参加下さいました。

月末にミニミニライヴだそうですのでご紹介します。 
期 日 : 2015年4月26日(日)008
会 場 : 澤村宅 (練馬区光が丘7-6-7-304 ホテルカデンツァ近くの棟)
時 間 : 15:00~16:30 (14:50開場)
料 金 : 3,000円(おみやげ付)当日集めます

予定曲  詩と歌とお話による「やっぱり智恵子抄」
       郊外の人に から 亡き人に まで
      カンツォーネ「コメプリマ」「君に涙と微笑みを」
                「砂に 消え涙」
      他
 うたとお話  モンデンモモ               
 ピアノ      砂原dolce嘉博


当方、翌日から岩手花巻で、高村光太郎記念館リニューアルオープンに行って参りますが、景気づけに(笑)こちらにも足を運びます。

皆様もぜひどうぞ。


今日は都内で複数の用事をこなして参ります。



【今日は何の日・光太郎 拾遺】 4月16日

昭和20年(1945)の今日、智恵子の親友で作家の田村俊子が歿しました。

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俊子は智恵子より2歳年長。智恵子同様、『青鞜』メンバーでした。また、やはり智恵子同様、日本女子大学校に通っていましたが、中退。在学中には智恵子との接点はなかったようで、智恵子とのつながりは『青鞜』を通してでした。しかし、智恵子も俊子も『青鞜』の女性解放的なスローガンにはあまり関心がなく、いわば異端児同士で馬が合ったのかも知れません。

俊子の小説には、智恵子との間に軽い同性愛的な要素があったと書かれていますが、どこまでが真実か、何とも言えません。ただ、明治45年(1912)には、元は光太郎が経営しており、知り合いの画家に譲渡された神田の画廊・琅玕洞で俊子と智恵子の二人展「あねさまとうちわ絵」を開催したりしています。

俊子の最初の夫は作家の田村松魚で、光太郎と仲が良かった人物です。しかし離婚、そして次の夫になるジャーナリストの鈴木悦を追ってカナダに移住(大正7年=1918のことで、光太郎智恵子は横浜まで見送りに行きました)、彼の地で20年近くを過ごします。

その間に智恵子は心と肺を病み、歿しました。俊子が身近に居続けていたら、智恵子の生涯もかなり変わっていたような気がします。

さて、俊子が歿したのが70年前の今日。4月16日は俊子デーということで、歿後もいろいろと行われています。

昭和36年(1961)、俊子の墓がある鎌倉東慶寺に文学碑が建立されました。

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智恵子も登場する小説「女作者」の一節が刻まれています。曰く、「この女作者はいつもおしろひをつけてゐる この女の書くものは大がひおしろひの中からうまれてくるのである」。

同日、この碑の前で第一回田村俊子賞授賞式が行われました。受賞作品は瀬戸内晴美「田村俊子」。ややこしいですね(笑)。

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同賞は17回で終了したとのことです。

福島から音楽イベントの情報です。

第8回声楽アンサンブルコンテスト全国大会-感動の歌声 響け、ほんとうの空に。-

平成27年3月19日(木)~22日(日)福島市音楽堂大ホール 福島県福島市入江町1-1

声楽アンサンブルコンテスト全国大会は、音楽を創りあげるもっとも基礎となる要素「アンサンブル」 に焦点をあてた、2名から16名の少人数編成の合唱団によるコンテストです。
 平成19年度の第1回大会から毎年、福島県で開催されており、全国から集まったトップレベルの合唱 団が、中学校、高等学校、一般の各部門で競います。各部門の金賞受賞団体(上位5位)は、最終日の 本選に出場。部門の枠を超え、総合第1位を目指して華麗に競い合います。



主 催
福島県 福島県教育委員会 声楽アンサンブルコンテスト全国大会実行委員会

共 催
一般社団法人全日本合唱連盟 全日本合唱連盟東北支部 福島県合唱連盟 福島市 福島市教育委員会

スケジュール
 3月19日(木) 部門別コンテスト(中学校部門)、表彰式
 3月20日(金) 部門別コンテスト(高等学校部門)、表彰式
 3月21日(土) 部門別コンテスト(一般部門)、表彰式
 3月22日(日) 各部門金賞受賞団体による本選
  フレンドシップコンサート、表彰式、海外団体合同コンサート
 3月23日(月) 海外団体との文化交流ワークショップ
 ※大会各日、開場9:30 開演10:00


一昨年の第6回大会から冠されるようになった「ほんとうの空に」というサブタイトルに、東日本大震災とそれに伴う原発事故からの復興を願う皆さんの祈りが込められています。

出場団体はやはり地元・福島からが最も多いのですが、全国、そして海外からも参加があります。高校の部では、昨秋の第67回全日本合唱コンクール高校部門で、光太郎作詞、鈴木輝昭氏作曲の「女声合唱とピアノのための 組曲 智恵子抄」中の「亡き人に」を自由曲に選んでみごと金賞に輝いた神奈川の清泉女学院音楽部さんや、智恵子の母校・福島女学校の後身である福島県立橘高校さん(こちらも全国大会常連です)が出場します。

ただ、この大会、事前に出場団体の演奏曲目がわからないのが残念です。どこかの団体で光太郎作詞の曲をあつかっていただきたいのですが。

サブタイトルの通り、感動の歌声がほんとの空に響きわたってほしいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 2月27日

平成8年(1996)の今日、芳賀書店から『智恵子紙絵の美術館』が刊行されました。

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智恵子の紙絵作品集です。全151ページで、紙絵のカラー写真が約250葉。この手の書籍の中では最も多くの作品が取り上げられています。北川太一先生の長文の解説付きです。

残念ながら絶版となり、中古市場ではかなりのプレミアが付いています。

全日本合唱連盟さん刊行の季刊雑誌『ハーモニー』の171号(2015年冬号)が発行されました。
 
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昨秋、岩手県民会館大ホール他で行われた第67回全日本合唱コンクール全国大会のレポートが掲載されています。アルバム的なページが4ページと、「審査員座談会」ということで、全出場団体の講評が載ったページが約40ページ。
 
高校部門Aグループ(8~32人)で、光太郎作詞、鈴木輝昭氏作曲の「女声合唱とピアノのための組曲 智恵子抄」」から自由曲を選び、ともに上位入賞を果たした神奈川の清泉女学院高校さんと、北海道の帯広三条高校さんの分をご紹介します。
 
まず、「亡き人に」を自由曲に選び、金賞に輝いた清泉女学院さん。
 
清水敬一(合唱指揮者) 清泉女学院(神奈川)の課題曲の歌い出しはちょっと気持ちが硬かったかな。でも歌い進むにつれて安定して、指揮者と合唱団の関係性の良さが出ました。自由曲はクリアでバランスがいい。ダブルコーラスをかなり離した位置関係に置くことで、音空間的な立体感を出すことに成功したと思います。終盤に向かっての流れもとても良かった。ただ細部がやや粗く、瑕(きず)に聞こえてしまったのが残念。
本山秀毅(合唱指揮者) 響きが美しく高くて、アンサンブルを整えて、がならずに軽く音楽のメッセージを作る団体の筆頭。技術的に安定しているのもよくわかりました。こういう合唱団が注意しないと行けないのは硬い音になることですが、課題曲はやわらかく息で運ぶ配慮もあったし、ラストの和音も素晴らしかった。自由曲の思い切った配置は成功していたとぼくも思います。勇気が要るだけに敬意を表したい。エコーの効果もうまく出たしね。速いテンポの8分音符は、もっと言葉で動かしたら面白いのにな。無機的なものから有機的なものを生み出すというスタンスで歌うといいと思います。
 
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続いて、自由曲「レモン哀歌」で銀賞を獲得した帯広三条さん。
 
本山 北海道の響きって奥行きがあって澄んだイメージ。帯広三条(北海道)はその期待通り、響かせて歌うことを心得た演奏でした。課題曲はその特質を生かした清潔感のある音楽。自由曲はピアノの音と硬質の響きが一致して、抒情が生きた心地よいアンサンブルでしたね。これからは、その音をうまく使ってその先の表現をどうするかが課題だな。
清水 課題曲は言葉一つ一つに気持ちの揺れが表現されていて、同時にフレーズ全体が音楽的にまとめてある良い演奏。声部間のバランスもいい。自由曲は音楽の変化にもっと感情の変化を乗せれば、さらにドラマを抉(えぐ)れると思います。作品自体をよく捉えていましたが、自分たちが演奏するという方向にぐっと近づけることも可能じゃないかな。
 
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他の部門では、光太郎がらみの曲をあつかった団体はありませんでした。いろいろな作曲家の方が、光太郎の詩で素晴らしい合唱曲を作られています。全国の合唱団の皆さん、ぜひレパートリーに加えてみて下さい。
 
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そういうもののうち、同じ『ハーモニー』の171号(2015年冬号)中の「新刊楽譜」というページで、光太郎作詞、三好真亜沙さん作曲の「女声合唱とピアノのための「冬が来た」」が紹介されています。
 
こちらは昨年8月30日、四ッ谷の紀尾井ホールで開催された演奏会「The Premiere Vol.3 〜夏のオール新作初演コンサート〜」で初演されたものです。
 
さらに、一つ前の号ですが、『ハーモニー』170号(2014年秋号)には、「The Premiere Vol.3 〜夏のオール新作初演コンサート〜」のレポートも載りました。
 
 
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 また近くなりましたらご紹介しますが、3月には福島で「第8回声楽アンサンブルコンテスト全国大会 -感動の歌声 響け、ほんとうの空に。-」が開催されます。やはり「ほんとうの空」と銘打たれているのですから、光太郎詩による合唱曲が演奏されてほしいものです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月21日

昭和24年(1949)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、岩手時代7冊目の日記帳を書き終えました。
 
光太郎はしっかり日記を書く人でした。確認されている最も古い日記は、明治36年(1903)から翌年にかけての「彫塑雑記」と題されたもの。千駄木の実家に遺されていたため、現存します。ところがその後も、おそらく書いていたものの、昭和20年(1945)の空襲で灰になってしまったと推定されます。
 
同年、岩手花巻の宮澤賢治の実家に疎開してから、亡くなる昭和31年(1956)までの日記は計14冊遺されています。
 
ところが、66年前の今日書き終わった7冊目の後の、約2年分が失われています。昭和24年(1949)1月22日から同25年(1950)12月30日までの分です。25年12月31日から亡くなるまでの分は揃っています。その間、日記を書かなかったとは考えにくいのですが、現存が確認できていません。今もどこかに眠っているのではないかと推定されます。情報をお持ちの方はこちらまでご教示いただければ幸いです。
 
ちなみに66年前の今日書き終わった7冊目の最後はこうなっています。
 
一月二十一日、
曇、晴、凍結ナシ。 朝ハカキ書、クツ下つくろひ。黒クツ下。 ひる学校行。平賀先生が以前托した百円で明太の子を買つてきてくれる。 学校までの往復の雪道もかたまりて歩きよくなれり。 兎や狐の足跡此頃ふえる。 ひる小豆だんご。あたためてくふ。 午后はくらくてつくろひもの不適。 三時になるともう夕飯の支度。 ランプ掃除。其他。 六時過夕食。明太の子甚だ塩からく、大根おろしにてくふ。大根おろしの運動出血を誘ふおそれあり。長く出来ず。 今朝鼻血が少しく出でたり。 夜コタツにて読書。 風なし。 夕方村長さん宅の梅夫さん選挙入場券等を届けにくる。班長当番のよし。選挙明後日なり。<夕方便
 
こちらは翌年、手紙に書いた狐と兎の足跡の図です。
 
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コンサート情報です。 

日本のうた編年体コンサート⑬ 『國民歌謠』~『われらのうた』(1941)と同時代の歌

2015年1月10日(土) 19:00/東京文化会館小ホール
藍川由美(歌)/蓼沼明美(ピアノ)/片山杜秀(話)
入場料:3,000円(全席指定)/学生券:1,000円 (当日扱いのみ)
お問い合わせ:オフィス小野寺 03-6804-8444
 
昭和15年
 「誰か故郷を想はざる」(西條八十・古賀政男/1940年1月発売)
 「支那の夜」(西條八十・竹岡信幸/1940年6月公開「支那の夜」主題歌/1938年12月発売)
 「蘇州夜曲」(西條八十・服部良一/1940年6月公開「支那の夜」劇中歌)
 「隣組」(岡本一平・飯田信夫/6.17放送)
 「用心づくし」(岡本一平・服部正/8.19放送)
 「出せ一億の底力」(堀内敬三作詞・作曲/11.26放送)
 「火の用心」(相馬御風・中山晋平/12.2放送)
 「嗚呼北白川宮殿下」(伯爵 二荒芳徳・古関裕而/12.9放送)
 「國民協和の歌」(中央協和會&大政翼賛會・橋本國彦/12.16放送)
昭和16年
 「歩くうた」(高村光太郎・箕作秋吉/1.20放送)
 「めんこい子馬」(サトウハチロー・仁木他喜雄/1.27放送)
以上、「國民歌謠」 以下、「われらのうた」
 「海の進軍」(海老沼正男・古関裕而/5.9放送)
 「婦人愛國の歌」(仁科春子・古関裕而/7.16放送)
 「月月火水木金金」(高橋俊策・江口夜詩/9.24放送)
 「朝だ元氣で」(八十島稔・飯田信夫/10.25放送)
 「僕等の團結」(勝承夫・信時潔/10.25放送) ほか
以下、同時代の歌曲
 「北の海」(中原中也・清水脩/1941-作曲) 「在りし日の歌」より
 「お道化うた」(中原中也・清水脩/1940作曲)

 
藍川由美さんは東京芸術大学出身の声楽家。ジャンルを超え、明治~昭和の日本歌曲をよく取り上げるなど、歌謡史の研究、そして実演に取り組んでいらっしゃいます。
 
「歩くうた」は昭和15年に飯田信夫の作曲で「国民歌謡」として発表されました。光太郎作詞の歌曲のうち、唯一、ある程度ヒットした曲で、ラジオでくり返し流れたり、徳山璉(たまき)の歌唱のレコードがかなり売れたりで、光太郎の甥、故・高村規氏によれば、当時の子供達はみんなでこれを歌いながら行進していたそうです。
 
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当方の刊行している冊子『光太郎資料』中に、「音楽・レコードに見る光太郎」という稿を連載中でして、この「歩くうた」に関してもいろいろと調査、考察しました。
 
そうした中で、「歩くうた」が収録された当時のSPレコード3種類を入手しました。全てビクターからのリリースです。
 
上記が最も一般的なもので、徳山璉の歌唱、カップリングが若杉雄三郎作詞、島口駒夫作曲、服部正編曲、一色皓一郎独唱の「歓喜の前進」。レコード番号が「A―4187」です。
 
さらに同じ徳山の歌で、もう一枚。「かちどき合唱団」も歌手名に記されています。レコード番号は「K―4002」。このK番台のものは特殊なもののようです。カップリングは「行進曲「アジヤの力」」。「歩くうた」と同じく飯田信男の作曲です。
 
それから歌なし―インストゥルメンタルのもの(A―4211)が一枚。日本ビクター管弦楽団の演奏です。カップリング曲はやはり飯田の作曲である「隣組」。
 
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さらにもう一枚、「A―4325」という番号のものも確認できています。こちらは日本ビクター女声合唱団と日本ビクター児童合唱団の演奏。服部正の編曲による合唱バージョンです。入手できていませんが、こちらは国立国会図書館のデジタル化資料「歴史的音源」に収められていて、同館に行けば聴くことができます。
 
戦後70年となり、こういった戦時歌謡も忘却の彼方へと向かいつつあります。ある意味「負の遺産」ではありますが、歴史として記憶されるべきでしょう。
 
さて、藍川さんは歌謡史の研究を兼ねて、こういった戦時歌謡の実演にも取り組まれているようです。以前にもご紹介しましたが、当時の楽譜どおりの演奏で、CDもリリースされていますし、「日本のうた編年体コンサート」では、やはり光太郎作詞の「こどもの報告」(箕作秋吉作曲)を演奏されたこともあります。
 
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こちらには「歩くうた」が収められています。
 
ただ、こういった歌曲、ヘイトスピーカーに奇妙なもてはやし方をされないようにと願っています。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月3日

昭和28年(1953)の今日、NHKラジオで亀井勝一郎との対談がオンエアされました。
 
光太郎の日記には、以下の記述があります。
 
NHKの水野さん、一戸さん来る、亀井勝一郎氏と対談の件、承諾、時日は亀井さんにきめてもらふ事、当日迎へにくる由にてNHKにゆく事(午后)、 (昭和27年12月13日)
 
ひる頃藤島さん(注・藤島宇内)亀井勝一郎氏同道来訪、一時NHKの車にて放送会館、30分間対談放送、一月三日午前十一時半放送の由、(録音)、 (同12月25日)
 
放送をきかず、放送は亀井氏と先日録音した対談、午前十一時より放送せら(れ)たる筈、 (同28年1月3日)
 
この対談に関しては、文字にもなったものも確認できていませんし、詳細が不明です。亀井側の資料を調べれば、何かわかるかもしれませんが、そこまで手が回っていません。情報をお持ちの方はこちらまでご教示いただければ幸いです。

昨日は東小金井にて音楽ユニットotoyomiさんのコンサートを聴いてまいりました。
 
題してotoyoMuseum 四ノ館『智恵子抄』。いいコンサートでした。
 
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ユニットのメンバーは、朗読・歌が宝木美穂さん、テルミンで大西ようこさん、マリンバの今井万里子さん。そこにゲストで和太鼓・江上瑠羽さんが加わった美女4人のステージでした。
 
 二部構成で、第一部が「智恵子抄」。大西さんの構成、清道洋一氏作曲のオリジナル作品で、『智恵子抄』中の詩10篇+αを、テルミン、マリンバ、和太鼓の伴奏で、宝木さんが歌ったり語ったりさらに踊ったりという流れでした。
 
詩は「人に」、「樹下の二人」、「あなたはだんだんきれいになる」、「あどけない話」、「人生遠視」、「風にのる智恵子」、「千鳥と遊ぶ智恵子」、「値ひがたき智恵子」、「レモン哀歌」、「亡き人に」。フィナーレには短歌も使われました。
 
先日行われた、やはり大西さんご出演の「もうひとつの智恵子抄」は、曲間に語り、というかレクチャーを交えながらの構成でしたが、今回は始めから終わりまでぶっ通しで行う、ある種、音楽劇のような感じでした。
 
宝木さんの熱演、そして伴奏お三方の、それぞれの楽器の特徴を最大限に生かしての熱のこもった演奏。素晴らしいものでした。清道氏の作曲も、緊張感のある導入、そして中盤の夢幻界をさまよう智恵子の表現ではテルミンの不気味な感じが効果的に使われ、終盤の智恵子逝去に際しては逆にさわやかな曲想と、工夫が凝らされていました。
 
今日が命日である智恵子への、よい供養となったと思います。
 
「もうひとつの智恵子抄」レポートの時にも書きましたが、残された光太郎、『智恵子抄その後』、十和田の裸婦像といったあたりでの続編を期待します。
 
第二部はうってかわってア・ラ・カルト的な楽しいステージでした。宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフにした「ふたつの子守唄」、ステージに画像を映し小林煌氏の木版画をインスパイアした「ととんととん」。江上さんの和太鼓VS今井さんのスネアドラムで「太鼓バトル」、やはり清道さんアレンジのジャジーな「山寺の和尚さん」、そして震災復興支援ソング「花は咲く」otoyomi アレンジヴァージョン。
 
4人のみなさんが、ほんとうに楽しんで演奏されている様子が伝わってきて、これぞ「音楽」と感じました。
 
 
当方も本日、ステージに立ちます。といっても音楽ではなく、智恵子の故郷・二本松で行われる第20回レモン忌で、記念講演を仰せつかっております。参加者の多くが智恵子の顕彰活動に携わったりされている地元の方ですので、ここ10年ほどの間に新たに見つかった智恵子資料-写真、絵画、書簡など-を紹介する予定です。
 
全国のみなさん、今日は智恵子の命日「レモンの日」です。智恵子に思いを馳せて下さい。よろしくお願いいたします。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月5日
 
平成14年(2002)の今日、NHKラジオ第2放送で「NHKカルチャーアワー文学と風土 東京文学探訪~大正・昭和を見る、歩く」が始まり、第1回として「原始の太陽 高村光太郎と智恵子を結びつけた場所*千駄木・西日暮里界隈」がオンエアされました。
 
先ほどから書いている通り、今日は智恵子の命日「レモンの日」ですが、それについては昨年の今日、書きましたので別のネタで攻めます。
 
一般向けの教育番組で、講師は元近畿大学教授の井上謙氏でした。この番組では、翌年の第23回「想い遙かに 高村光太郎・智恵子が眠る染井霊園あたり*巣鴨・駒込界隈」でも光太郎智恵子がメインで取り上げられました。
 
テキストも発行されました。古書市場で入手可能です。
 
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