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昭和42年(1967)、松竹さん制作の映画「智恵子抄」(岩下志麻さん/丹波哲郎さん主演)が、テレビ放映されます。

智恵子抄

BS松竹東急(BS260ch) 2022年4月29日(金)19:54~22:24 再放送 5月1日(日)12:00~14:30

アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。高村光太郎の詩集「智恵子抄」と佐藤春夫の「小説 智恵子抄」を、近年国際的に再評価される監督・中村登が映画化。至純無限の愛をうたいあげる、華麗な文芸ロマン大作。

高村光太郎は画学生の長沼智恵子と見合いをし、ふたりは結婚。幸せな暮らしを営む芸術家夫婦だったが、やがて智恵子の文展落選、父の焼死、実家の倒産と心労が重なり、智恵子は服毒自殺をはかる……。

出演 岩下志麻 丹波哲郎 ほか
原作 高村光太郎 佐藤春夫
脚本・監督(演出) 中村登
公開・放送年 1967年公開
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同作、時折各地の上映会等にかけられますが、DVD等が市販されておらず、当方も1度しか見たことがありません。また、テレビ放映もほとんどされておらず、有料の特殊なCS放送でかかったことがありますが、当方の知っている限り、10数年前にWOWOWさんで放映があったくらいだと思います。

キャストは智恵子役に岩下志麻さん。以下、昭和63年(1988)刊行の雑誌『彷書月刊』第4巻第10号「特集 高村智恵子」に載った岩下さんの回想です。
 
 私が、高村光太郎さんの『智恵子抄』の智恵子を演じさせて戴いたのは昭和四二年ですから、もう随分昔になります。
 中村登監督のもとで、光太郎役は丹波哲郎さんでした。
 その時、はじめて智恵子の切り絵を見せて戴きましたが、優れた色彩感覚、繊細で巧妙な技術、その切り絵から智恵子の純粋な魂の叫びが聞こえてくるような感動で、長い間見とれていたのを今も鮮明に覚えています。又、精神に異常をきたしてしまった智恵子をうたった光太郎の詩の何篇かに心から涙しました。
 『智恵子抄』は、夫婦の愛のあり方、愛についてを改めて考えさせられた作品でもあります。今も、私は“智恵子”と聞くと、病弱で非社交的でやさしいが勝ち気で、単純で真摯で、愛と信頼に全身を投げだしているような智恵子が目の前にいる様で、なつかしさでいっぱいになります。
 それ程、『智恵子抄』は、私にとって心に残っている映画の一つです。

同様に、平成30年(2018)、文藝春秋さんから刊行された『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』に載った、岩下さんへのインタビュー。

「これは、私が是非やらせていただきたいって松竹にお願いしたの。高村光太郎の詩集を読んで、ぜひこれは映画でやりたいなと思っていました。企画室長に直に『やりたい』とお願いしていたら、たまたま松竹でも私でやろうと思っていたようです。それで『智恵子抄』をやれることになりました。」
――丹波さんの光太郎も格好よかったです。
「実際の高村光太郎さんは丹波さんによく似ていらっしゃるみたいですね。丹波さんが亡くなられた時にご自宅に伺ったら、事務所の方が、『丹波は生前、自分の一番好きな作品は“智恵子抄”だって言っていた』って。嬉しかったです。」
――岩下さんは『智恵子抄』のどういうところに魅力を感じられたのですか。
「やっぱり精神に異常をきたす純粋性です。そこを凄く演じてみたいと思いました」


さらに平成23年(2011)、『朝日新聞』さんの福島版に連載された「「ほんとの空」を探して」の第一回に収められた岩下さんの談話。

「学生時代に本屋で買って感激したのが最初。光太郎への純真な愛情、光太郎からも心から愛された智恵子。その役をやってみたい、と思った。川端康成さんの『雪国』と二つの企画を松竹さんにお願いしたら、両方OKになった」
「智恵子の異常なほどの性格の美しさにほれた光太郎役に、丹波さんも入れ込んでいた。あの映画はDVDになっていない。ご仏前で見せてあげたいのに」
「今こそ2人の姿に見る夫婦、家族、友人、地域の愛の絆を確かめる時。私もまた、あの詩集が読みたくなっちゃったわ」


光太郎役の丹波哲郎さんは、映画の公式パンフレット中に「光太郎に扮して」と題し、

不世出の巨人と云われた高村さんに、私が似ているそうで光栄です。事実でなければとうてい信じられない愛情物語の中に身を置いて、二百本の映画歴のすべてをぶつけます。

と語られていました。

丹波さんご自身、こういう方向性で俳優としてやっていきたかったのでしょう。しかし、周囲からの需めは異なり、「キイハンター」とか「Gメン’75」とか、さらには「大霊界」とか、そっちの方面へ行ってしまわれたのですね……。

そのあたり、丹波さんと共演された原田大二郎さんは下記のようにご発言なさっています。
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実際、「智恵子抄」での丹波さんの演技、存在感等々、秀逸でした。

他のキャストは……
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丹波さんをはじめ、鬼籍に入られてしまった方が多いのですが、なかなか豪華ですね。

「智恵子抄」の映画は、この松竹版の10年前に、東宝さんが原節子さん、山村聰さんで制作しました。そちらはVHSビデオが市販され、当方も持っていますし、松竹版より多く上映会等が催されています。ところがこの松竹版は前記の通り、市販DVD化がされておらず、なかなか見られません。この機会をお見逃しなく。

ちなみにBS松竹東急さん、この春から全番組無料放映で放映を開始しました。他にもそういう局がいくつかあって、ありがたいかぎりです。

【折々のことば・光太郎】

大宮氏くる、小坂氏見える、大宮氏より鉄ベラ一本求める、


昭和27年(1952)10月24日の日記より 光太郎70歳

「鉄ベラ」は、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のための道具でしょう。「大宮氏」というのが不分明です。道具鍛冶か、それらの販売店か、そんなところだと思うのですが、下の名前も解りませんし……。情報をお持ちの方は御教示いただけると幸いです。

明治大学さん主催の市民講座です。

公開講座「映画で旅する昭和 よみがえる風景の記憶」

期 日 : 2022年1月13日(木)~2月10日(木) 毎週木曜日
会 場 : 明治大学駿河台キャンパス 東京都千代田区神田駿河台1-1
時 間 : 13:00~14:30
料 金 : 通常会員料金 13,200円 明大カード・福利厚生会員料金 11,880円
      学生・生徒・教職員会員料金 6,600円 法人会員料金 10,560円
講 師 : 中村実男 (ナカムラ ミツオ) 元明治大学商学部教授


映画は「風景の記憶装置」です。失われた昭和の風景が、画面のなかで登場人物と共に息づいています。本講座では、数多くの映画を通して、昭和の街と風景の変遷をたどります。第1回・第3回・第5回では、2019年度の春期講座の続編として、北海道・東北、鎌倉・京都、四国・九州・沖縄を取り上げます。第2回では浅草に加えて、木場、千住、四つ木など、隅田川・荒川以東の東京下町を初めて取り上げます。第4回では、戦前の「特急三百哩」から昭和50年の「新幹線大爆破」まで、昭和の「鉄道映画」の系譜をたどります。紹介する主な作品は下記の通りです。

01/13 映画のなかの北海道・東北
    夕陽の丘、幸福の黄色いハンカチ、駅 STATION、馬、警察日記、北上夜曲、
    乱れる、乱れ雲、智恵子抄、ほか
01/20 映画のなかの東京下町
    綴方教室、稲妻、洲崎パラダイス、下町、抱かれた花嫁、東京さのさ娘、
    見上げてごらん夜の星を、ほか
01/27 映画のなかの鎌倉・京都
    祇園の姉妹、山の音、夜の河、舞妓はん、古都、ツィゴイネルワイゼン、
    寅次郎あじさいの恋、早春物語、ほか
02/03 鉄道映画の世界
    特急三百哩、点と線、天国と地獄、大いなる旅路、特急にっぽん、喜劇急行列車、
    新幹線大爆破、洋画のなかの鉄道、ほか
02/10 映画のなかの四国・九州・沖縄
    陸軍、長崎の鐘、二十四の瞳、空の大怪獣ラドン、永遠の人、張込み、旅の重さ、
    男はつらいよ ハイビスカスの花、ほか
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講師の中村氏は、都市交通論、都市交通史、都市史などがご専門とのことで、「数多くの映画を通して、昭和の街と風景の変遷」をたどるというコンセプト。

第一回「映画のなかの北海道・東北」中に、「智恵子抄」。昭和32年(1957)、東宝さんが山村聰さん、原節子さん主演で製作した熊谷久虎監督作品の方か、昭和42年(1967)、松竹さんの丹波哲郎さん岩下志麻さん主演、中村登監督作品の方か、あるいはその両方か判然としませんが。

ご興味のある方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

夜六時半公民館の賢治子供の会の劇を見る、


昭和26年(1951)10月19日の日記より 光太郎69歳

「花巻賢治子供の会」は、宮沢賢治記念館の初代館長も務められた故・照井謹二郎氏が昭和22年(1947)に立ち上げ、第一回公演は光太郎の山小屋前の野外で行われました。以後、花巻町や太田村で光太郎の指導を仰ぎながら、賢治の童話を上演し続けました。会の命名も光太郎だそうです。賢治実弟・清六息女の潤子さんなどもメンバーでした。

今年1年を振り返る企画、7月から9月です。

7月2日(金)・3日(土)
東京古書会館さんに於いて、明治古典会さん主催の古書市「七夕古書大入札会2021」の下見展観が行われ、光太郎自筆の書・書簡等が出品されました。
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7月9日(金)~8月22日(日)
京都国立近代美術館さんで、「モダンクラフトクロニクル―京都国立近代美術館コレクションより―」が開催され、光雲、旭玉山、石川光明、大谷光利、香川勝廣、加納鐡哉、加納夏雄、柴田是真との合作「福禄封侯図飾棚」(明治16年=1883)、光太郎実弟の豊周による「蝋型朧銀筒形花生」(昭和38年=1963)が出品されました。

7月16日(金)~12月18日(土)
花巻市高村光太郎記念館さんで、コロナ禍による中断期間を挟み、企画展「光太郎の三陸廻り」が開催されました。
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7月17日(土)
第23回比較文学研究会が、オンラインで開催されました。中里まき子氏(岩手大学)、エリック・ブノワ氏(ボルドー・モンテーニュ大学)による「高村光太郎『智恵子抄』仏訳(TAKAMURA Kôtarô, Poèmes à Chieko)の刊行をめぐって」が含まれていました。

同日、『朝日新聞』さんの読書面で劇作家・平田オリザ氏による連載「古典百名山+plus 平田オリザが読む」で、光太郎の『智恵子抄』を取り上げて下さいました。題して「高村光太郎『智恵子抄』 妻亡き後の絶望と諦念」。

7月19日(月)
BSフジさんで、「ニッポン美景めぐり 十和田・奥入瀬」が放映され、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が紹介されました。11月7日(日)、11月28日(日) 、そして来年1月3日(月)にも再放送があります。
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7月20日(火)~8月29日(日)
皇室の名宝 ―皇室と九州を結ぶ美―」が、福岡県太宰府市の九州国立博物館さんで開催されました。光雲作の木彫「松樹鷹置物」(大正13年=1924)、そしてブロンズの「萬歳楽置物」(大正5年=1916)が出品されました。
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7月22日(木)~8月22日(日)
東京都台東区の東京藝術大学 大学美術館さんで「藝大コレクション展 2021 I 期 雅楽特集を中心に」光雲木彫の「蘭陵王」(明治37年=1904)が展示されました。

7月29日(木)~9月26日(日)
山口市の中原中也記念館さんで、特別企画展「書物の在る処――中也詩集とブックデザイン」が開催され、光太郎装幀・題字揮毫の『山羊の歌』(昭和9年=1934)についても詳しく取り上げられました。
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7月31日(土)~9月20日(月)
二本松市のあだたら高原リゾートで「あだたらイルミネーション」が開催されました。併せて『智恵子抄』で謳われた「ほんとの空」をイメージした「あだたらソーダ」の販売も行われました。
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8月1日(日)
新潮社さんから末盛千枝子氏著『「私」を受け容れて生きる―父と母の娘―』が新潮文庫の一冊として発行されました。平成28年(2016)に同社からハードカバーで刊行されたもので、末盛さんの父君、彫刻家の舟越保武が光太郎に「千枝子」の名をつけてもらったエピソードなどが紹介されています。
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8月3日(火)
論創社さんから『吉本隆明 全質疑応答Ⅰ 1963~1971』が刊行されました。吉本の講演「高村光太郎について―鷗外をめぐる人々 」(昭和41年=1966年4月2日、日比谷図書館)、「詩人としての高村光太郎と夏目漱石」(昭和42年10月24日、東京大学三鷹寮)が収録されています。

8月3日(火)~15日(日)
北海道深川市のアートホール東洲館さんで「第一回 土井伸盈 書の個展 挑戦。――ここから」が開催され、光太郎詩「牛」(大正2年=1913)を書いた書などが展示されました。
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8月7日(土)
立川市のたましんRISURUホールさんで「第29回たちかわ真夏の夜の演劇祭」が開催され、劇団ひなた村さんが4月に初演した「青鞜の女たち」が再演されました。

8月7日(土)~8月13日(金)
宮城県女川町の女川つながる図書館さんで「詩人 光太郎と啄木~東北のゆかりを訪ねて~」展が行われました。
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8月15日(日)
文芸社さんから伊原勇一氏著『明治画鬼草紙』が刊行されました。幕末から明治初年の江戸・東京を舞台とし、奇想の画家・河鍋暁斎を狂言回しとしたもので、若き日の光雲が登場します。

8月17日(火)
当会顧問であらせられた故・北川太一先生が都立向丘高校さんに勤務されていた頃の教え子の方々、北斗会さんの会長を永らく務められ、北川先生のご出版等にご協力を惜しまなかった、小川義夫氏が亡くなりました。ご本業の印刷会社経営のかたわら、演歌歌手としてもご活躍でした。
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8月21日(土)
近代東アジア書壇研究プロジェクトさんの主催で、「国際シンポジウム 近代書壇の誕生―東アジア三地域の比較から―」がZOOMによりオンラインで開催されました。矢野千載氏(盛岡大学教授)の「中村不折と高村光太郎に見る六朝書道」が含まれました。

8月30日(月)
ミネルヴァ書房さんより石川九楊氏著『思想をよむ、人をよむ、時代をよむ。 書ほどやさしいものはない』が刊行されました。「彫刻的筆画」、「やみがたくして道はゆくなり――高村光太郎」の項で光太郎に触れられています。
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8月31日(火)
東京都豊島区の東京芸術劇場さんで「東京混声合唱団特別演奏会~田中信昭と共に~東混オールスターズ」が開催され、西村朗氏作曲「混声合唱とピアノのための組曲『レモン哀歌』」より「レモン哀歌」が演奏されました。
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同日、小学館さんから『小学8年生』10・11月号が発行されました。「文豪探偵の事件簿」という連載小説で「山の中の芸術家」と題し、光太郎が取り上げられました。

9月1日(水)
古美術・骨董愛好家対象の雑誌『小さな蕾』さん、2021年9月号に光雲「聖徳太子像」(大正元年=1912)が紹介されました。古美術研究家・加瀬礼二氏という方のご執筆でした。
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同日、花巻で光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCさん編で、写真集『山からの贈り物 やつかの森の四季』が刊行されました。光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋周辺を撮影したものです。

9月1日(水)~9月13日(月)
岡山市の 丸善岡山シンフォニービル店ギャラリーで「浜口陽三とパリの芸術家たち展」が開催され、
光太郎の短歌揮毫色紙「天然の湯に入りければ君が身とこゝろとけだし白玉に似む」、明治43年(1910)、鉄幹与謝野寛の歌集『相聞』の挿画として制作された『幼き QLAUAPATRAT』の木版画が展示されました。

全く同じ日程で、東京都港区の国立新美術館さんで「第105回記念 二科展」が開催され、テノール歌手秋川雅史氏が、光雲が主任となって作られた皇居前広場の楠木正成像の模刻作品により、彫刻部門で入選を果たしました。
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9月3日(金)~9月6日(月)
静岡県舞台芸術センターSPACさんの主催で「でんわde名作劇場」が開催されました。電話を使ってのオンライン朗読で、池田真紀子さんによる「◉高村光太郎 作『智恵子抄』より」がプログラムに入っていました。
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9月14日(火)~9月26日(日)
THE EXPO 善光寺2021~甲信越戦国物語~特別展」が、長野市立博物館さんで開催されました。光雲とその高弟・米原雲海の手になる、善光寺さんの仁王像の試作(ひな形)が展示されました。

9月15日(水)~12月5日(日)
東京都新宿区の中村屋サロン美術館さんで「自身への眼差し 自画像展 Self-Portrait」展が開催され、光太郎作の油絵「自画像」(大正2年=1913)も出品されました。 
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9月18日(土)~10月10日(日)
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 皇室の名品展 皇室の美-東北ゆかりの品々」が、仙台市の宮城県美術館さんで開催され、光雲作の「養蚕天女」(大正13年=1924)が出品されました。

9月22日(水)
平凡社さんから同社編でアンソロジー『作家と酒』が刊行されました。光太郎随筆「ビールの味」(昭和11年=1936)が収められています。
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9月25日(土)
東京都江東区の古石場文化センターさんで、「第 43 期江東シネマプラザ」の一環として、昭和32年(1957)に封切られた、原節子さん主演の「智恵子抄」が上映されました。
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9月26日(日)
東京都文京区の旧安田楠雄邸庭園において「語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄」が開催されました。朗読が北原久仁香氏(語りと和楽の芸人衆 かたりと)、講話を当方が務めさせていただきました。

同日、青森県弘前市の弘前学院大学さんで「日本語・日本文学科 2021年度第3回オープンキャンパス(来校型)」が開催され、「詩の世界-宮沢賢治・草野心平・高村光太郎について-」という公開講義が行われました。

9月30日(木)
月曜社さんから谷川渥氏著『孤独な窃視者の夢想 日本近代文学のぞきからくり』が刊行されました。「レオナルド・ダ・ヴィンチと日本近代文学」という項で、光太郎に触れられています。
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次回は最終回、10~12月を。

【折々のことば・光太郎】

花巻行。 カーテンの材料、タオルねまき等をかふ、 ビール2本、 高橋精一氏にあふ。理髪、 かなり重いリユツクを背負ひてかへる。


昭和26年(1951)9月25日の日記より 光太郎69歳

カーテンの材料」は、増築された新小屋のためのものでした。しかし光太郎、料理の腕はそれなりでしたが、裁縫は意外と苦手で、結局、11月に来訪した詩人の宮静枝に縫って貰いました。
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まず、信州から開催中の企画展示情報を。

昭和ノスタルジー展

期 日 : 2021年9月18日(土)~12月28日(火)
会 場 : 朝日美術館 長野県東筑摩郡朝日村大字古見1308
時 間 : 午前9時~午後5時
休 館 : 月曜日
料 金 : 一般200円 高校・大学生100円 小中学生50円

あの頃に思いを馳せて…

朝日美術館収蔵品より懐かしい昭和の時代にいざなう品々をご紹介します。

オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレンなど外国映画の主演女優たちが表紙を飾った『キネマ旬報』74点を初公開するほか、国鉄時代のディスカバー・ジャパン(個人旅行拡大キャンペーン)のため入江泰吉(写真家)らが撮影した迫力ある仏像写真を使った「奈良 大和路」ポスターなどを展示します。 

また、『智恵子抄』や『道程』を著した詩人で彫刻家の高村光太郎研究の第一人者として知られ、2020年に逝去された文芸評論家の北川太一氏が研究の傍らに取り組んだ版画作品16点もご紹介します。

このほか、昭和の時代から活躍されていた作家の絵画・彫刻・書もご覧いただけます。

どうぞノスタルジックな雰囲気をじっくり味わってください。
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当会顧問であらせられ、昨年亡くなった故・北川太一先生が、ご生前、趣味として取り組まれていた版画が展示されています。
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公式サイトにて紹介されているこちらの版画、今年4月刊行の『遺稿「デクノバウ」と「暗愚」 追悼/回想文集』の表紙を飾った作品ですね。

かつて安曇野の碌山美術館さんにお勤めだった千田敬一氏が、北川先生とご懇意で、現在も朝日美術館さんにいらっしゃるのでは、と思われます(違っていたらごめんなさい)。同館では、平成18年(2006)に「北川太一の世界」展として、やはり先生の版画、書などを根幹とした企画展をなさって下さいました。
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もう15年経ったか、と、感慨深いものがあります。

北川先生の版画といえば、当会で会報的に発行している『光太郎資料』。こちらの表紙も北川先生作の木版を写したものです。そもそも北川先生が、昭和35年(1960)に、筑摩書房『高村光太郎全集』の補遺等を旨として始められ、その後、様々な「資料」を掲載、平成5年(1993)、36集までを不定期に発行されていたもので、平成24年(2012)から名跡を引き継がせていただき、当会として年2回発行しております。

今号の内容は、以下の通りです。

・「光太郎遺珠」から 第二十回 音楽・映画・舞台芸術(その二)
筑摩書房の『高村光太郎全集』完結(平成11年=1999)後、新たに見つかり続けている光太郎文筆作品類を、テーマ、時期別にまとめている中で、音楽・映画・舞台芸術に関する散文、雑纂、書簡等のうち、昭和期のものを集成しました。001
 書簡 太田花子宛 昭和2年(1927)
 アンケート 本年(昭和三年)の計画・希望など
  昭和3年(1928)
 詩 カジノ・フオリイはいいな 昭和5年(1930)
 散文 藻汐帖所感 昭和6年(1931)
 書簡 新井克輔宛 昭和25年(1950)
 雑纂 高村光太郎氏の話 昭和25年(1950)
 書簡 野末亀治宛 昭和27年(1952)頃


・光太郎回想・訪問記  座談会三人の智恵子 水谷八重子 原節子 新珠三千代 武智鉄二
これまであまり知られていない(と思われる)、光太郎回想文を載せているコーナーです。「「光太郎遺珠」から」を「音楽・映画・舞台芸術」としたので、光太郎の歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、「智恵子抄」二次創作が相次いで行われ、その関係者による座談会です。昭和32年(1957)6月1日『婦人公論』第42巻第6号に掲載されました。

司会は武智鉄二。新作能「智恵子抄」の演出を手掛けました。「三人の智恵子」は、初代水谷八重子さん、原節子さん、そして新珠三千代さん。それぞれ、新派の舞台、映画、テレビドラマで智恵子役を演じた方々です。

・光雲談話筆記集成 牙彫の趣味/聖徳太子御像に就いて 
光太郎の父・高村光雲は、『光雲懐古談』(昭和4年=1929)という長文の回顧録を一冊残していますが、それ以外にもさまざまなメディアに短文の回想を発表しています。それらも集成しておく必要があります。今回は、明治36年(1903)、雑誌『応用美術』第二巻第二十七号所収の「牙彫の趣味」、大正10年(1921)、雑誌『建築図案工芸』第七巻第五号所収の「聖徳太子御像に就いて」。聖徳太子像についてはこちら

昔の絵葉書で巡る光太郎紀行 草津温泉(群馬県)
確認できている限り、光太郎は三回、草津を訪れています。その辺りの経緯をまとめました。右下の写真は、昭和8年(1933)、最後の草津訪問の際に泊まった望雲閣(建物は建て替わりましたが現存するホテルです)。心を病んだ智恵子の療養のためでした。
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・音楽・レコードに見る光太郎  「鳩」箕作秋吉
詩「鳩」は、明治44年(1911)の作。もともと歌曲の歌詞として作られたものではありませんが、作曲家・箕作秋吉が、昭和7年(1932)にこの詩に作曲し、翌年刊行の『世界音楽全集 第三十九巻 日本新歌曲集』(箕作秋吉編 春秋社)に発表しています。現在確認できている限り、光太郎詩に曲が付けられて発表された最も古い例で、そのあたりをまとめました。
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・高村光太郎初出索引(年代順)

・編集後記


B5判、全47ページ。手作りの冊子ですが、ご入用の方にはお頒けいたします。一金10,000円也をお支払いいただければ、年2回、永続的にお送りいたします(37集以降のバックナンバーも)。通信欄に「光太郎資料購読料」と明記の上、郵便局備え付けの「払込取扱票」にてお願いいたします。ATMから記号番号等の入力でご送金される場合は、漢字でフルネーム、ご住所、電話番号等がわかるよう、ご手配下さい。

ゆうちょ口座 00100-8-782139  加入者名 小山 弘明

よろしくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

大村次信氏夫妻及服飾学院生徒15,6人ほど来訪 院長さん宅洋間にて談話。ひる頃まで、

昭和26年1月21日の日記より 光太郎69歳

滞在していた花巻病院長・佐藤隆房宅でのことです。

大村次信は、盛岡で現在も続く「オームラ洋裁教室」の創始者。「女啄木」と呼ばれた歌人・西塔幸子の弟です。

都内から映画上映会の情報です。

第 43 期江東シネマプラザ「智恵子抄」

期 日 : 2021年9月25日(土)
会 場 : 古石場文化センター 東京都江東区古石場2丁目13−2
時 間 : 午前の部 11時開演  午後の部15時開演
料 金 : 500円

名監督・小津安二郎は深川で生まれ、深川の風景を愛しました。古石場文化センターでは小津監督作品の上映機会や紹介展示コーナーを設けています。「江東シネマプラザ」は名画を楽しむ会員制の上映会です。
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智恵子抄

詩人・彫刻家の高村光太郎が愛妻 智恵子を偲んでうたった詩集『智恵子抄』の映画化。夫を深く敬愛しながら、芸術の才能の限界や身内の度重なる不幸により傷つき、智恵子は精神を病み、衰弱していく。主演の原節子が小津監督作品とは異なった表情を魅せる。

監督 / 熊谷久虎 出演 / 山村聡、原節子 1957 年/ 97 分/モノクロ

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基本、年間会員を募り、月1回、名画系の上映会を行っている一貫での実施です。したがって、年間会員が優先で、1回のみの鑑賞も受け付けているとのこと。また、空席がある場合、当日受付も可だそうです。

光太郎が歿した翌年の昭和32年(1957)に封切られた、原節子さん主演の「智恵子抄」。コロナ禍前は、何だかんだで、年に1,2回、全国のどこかしらで上映があった感じですが、久しぶりだな、という気がします。

ところで、当会で年2回発行している冊子、『光太郎資料』。「光太郎回想・訪問記」という項を設け、生前の光太郎と交流のあった人々の回想などのうち、光太郎関連の書籍にまとめられていないものを載せています。10月発行予定の第56集では、「座談会 三人の智恵子」。光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、「智恵子抄」二次創作が相次いで行われ、その関係者による座談会です。昭和32年(1957)6月1日『婦人公論』第42巻第6号に掲載されました。
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司会は武智鉄二。新作能「智恵子抄」の演出を手掛けました。「三人の智恵子」は、初代水谷八重子さん、原さん、そして新珠三千代さん。それぞれ、新派の舞台、映画、テレビドラマで智恵子役を演じた方々です。

その中の一節、原さんの発言から。

私は自分の力を知ってますから、自分でしたいとは思わなかったんです。ですから、五年ほど前会社で企画が出たとき、私は自信がないからとお断りしたんです。じゃ五年後の今は自信が出たのかというと、そういうわけじゃないのですが、ただ美しい映画が出来ればいいと思って、ですから私じゃなくてもいいと思うけれど、たまたまそういうお話になって……。今度は私が一番まずいんです、ハイ。ですけれども光太郎さんをやられる山村さんという方が、雰囲気をもっていらっしゃる方ですし、それに映画は、一人まずくても大分まわりでカバーしてくれますから。(笑)

「山村さん」は、光太郎役の山村聰さん。戦時中にはラジオで光太郎の翼賛詩朗読にあたったりもされました。

原さん、だいぶ謙遜されていますが、それなりに見応えのある作品です。コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

午前十時過学校行。山口小学校開校式落成式。盛大。余もお祝のことばをよむ。

昭和23年(1948)12月3日の日記より 光太郎66歳

昨日に引き続き、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの山口小学校関係。分教場から小学校に昇格し、新校舎の落成式と開校式がセットで行われ、光太郎も招かれました。

「お祝のことば」。詩として『高村光太郎全集』第3巻に収録されています。全集刊行時点では、光太郎生前に活字になった記録がなかったのですが、地方紙『花巻新報』の、山口小学校落成式を報じた記事に掲載れていたのを確認しました。
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今年一年を振り返る企画、最終日です。

9月2日(水)
 『毎日新聞』の夕刊文化面に「大岡信と戦後日本/28 折々のうた 詩歌の喜びと驚きを示す」という記事が掲載され、光太郎にも触れられました。

9月4日(金)~9月23日(水)
花巻高村光太郎記念館で企画展「光太郎の父 光雲の鈿女命(うずめのみこと)」が開催され、光雲令孫の藤岡貞彦氏から寄贈された「鈿女命像」が展示されました。9月15日(火) には、関連行事として高村光太郎記念館講座「光太郎の父 高村光雲の彫刻に触れる」が開催されました。当方が講師を務めさせていただきました。
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9月9日(水)~9月21日(月)
岡山市の丸善岡山シンフォニービル店ギャラリーで、「高田博厚とパリの仲間たち展」が開催され、光太郎作の木版で、明治43年(1910)、鉄幹与謝野寛の歌集『相聞』の挿画として制作された『幼き QLAUAPATRAT』が展示されました。

9月11日(金)
BS-TBSで「日本の名峰・絶景探訪 #58  紅葉色めく湯の山 安達太良山」が再放送されました。初回放映は平成26年(2014)、光太郎智恵子にも触れられました。
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9月11日(金)~12月13日(日)
鎌倉市川喜多映画記念館で「特別展 生誕100年 激動の時代を生きた二人の女優- 原節子と山口淑子」が開催されました。昭和32年(1957)公開の東宝映画「智恵子抄」(原節子さん主演)に関する展示がなされた他、会期中、「智恵子抄」の上映もありました。

9月17日(木)
『毎日新聞』大阪版が、光太郎作「みちのく(十和田湖畔の裸婦群像のための中型試作)」を含む御堂筋の野外彫刻群に、何者かの手によって謎の花飾りが付けられていることを報じました。
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9月18日(金)~12月13日(日)
台東区立中央図書館で企画展「上野公園~近代の歩み~」が開催され、光雲が主任となって東京美術学校が制作に当たった西郷隆盛像に関する資料等が展示されました。

9月19日(土)~12月20日(日)
和歌山市の和歌山近代美術館で、「コレクションの50年」展が開催され、光太郎の油絵「佐藤春夫像」(大正3年=1914)が展示されました。
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9月20日(日)

こぶし書房から石巻学プロジェクト編『石巻学VOL.5』が刊行されました。古関良行氏「紀行文を旅する」などで、昭和6年(1931)、光太郎が三陸廻りの旅を紀行文にしたためたことなどが紹介されました。

9月26日(土)~10月25日(日)
台東区の東京藝術大学大学美術館で、「藝大コレクション展 2020――藝大年代記(クロニクル)」が開催され、光太郎の木彫「蓮根」(昭和5年頃=1930頃)が展示されました。
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9月29日(火)~10月11日(日)
千葉県成田市の文化芸術センタースカイタウンギャラリーで第44回千葉県移動美術館~近代日本を代表する作家から成田市ゆかりの作家まで~」が開催され、光太郎ブロンズ「裸婦坐像」(大正6年=1917)が展示されました。

10月1日(木)
株式会社ユニプランからユニプラン編集部編『散策&観賞 岩手(南部地域)編 ~修学旅行に行く前に読む本~』が発行されました。「高村光太郎記念館・高村山荘」の項の他、「光太郎の軌跡」というコラムも含みます。
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10月3日(土)~2021年1月31日(日)
北海道函館市の北海道立函館美術館で「ミュージアム・コレクション秋~冬 鷗亭と賢治・光太郎」が開催され、書家の金子鷗亭による光太郎詩文の書が展示されました。関連行事として、11月7日(土)、道立松前高書道部による書道パフォーマンスが行われ、光太郎詩「鯰」(大正15年=1926)の書が制作されました。

10月4日(日)~11月22日(日)
鎌倉市のカフェ兼ギャラリー・笛で「想い出 高村光太郎」展が開催され、光太郎ブロンズ「聖母子像」(大正13年=1924)や直筆の書などが展示されました。
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10月5日(月) 
智恵子忌日・レモンの日に合わせ、地方紙『福島民友』が
【高村光太郎の詩集】智恵子抄 心にずっと...古里の『ほんとの空』」という記事を掲載しました。

同日、当会に於いて会報的な冊子『光太郎資料54』を発行しました。
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10月5日(月)~11月23日(月・祝)
花巻高村光太郎記念館で、高村光太郎とホームスパン-山居に見た夢-」展が開催されました。メインは、光太郎遺品の中にあった毛布。光太郎の日記の中に「メーレー夫人の毛布」という記述が複数回あり、岩手県立大学の菊池直子教授らの調査により、イギリスの染織家エセル・メレ(1872~1952)本人か、その工房の作と確認されました。
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10月7日(水)~11月3日(火・祝)
埼玉県東松山市の市総合会館で「高田博厚展2020」が開催され、高田作の光太郎胸像(昭和33年=1958)に関する展示も行われました。
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10月9日(金)~11月29日(日)
岡山県井原市の井原市立田中美術館で特別展「没後110年 荻原守衛〈碌山〉―ロダンに学んだ若き天才彫刻家―」が開催され、「獅子吼」(明治35年=1902)など、光太郎作のブロンズ7点も出品されました。

10月10日(土)~11月23日(月・祝)
福島県二本松市の智恵子の生家で、通常、非公開としている生家2階の一部が公開されました。また、隣接する智恵子記念館では、智恵子紙絵の実物展示が行われました。
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10月15日(木)
8月にオープンした道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)で、同駅テナント・ミレットキッチン花 (フラワー)の新メニュー「光太郎ランチ」お披露目会が開催されました。この後、毎月15日に光太郎ランチの限定販売が行われています。

10月19日(月)~12月20日(日)
栃木県佐野市の佐野東石美術館で「第4回 佐野東石美術館開館40周年記念「木彫の美」」が開催され、光雲作の木彫「牧童」(大正9年=1920)が展示されました。
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10月20日(火)
京都大学学術出版会から、田路貴浩編『分離派建築会 日本のモダニズム建築誕生』が刊行されました。神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏がウィーン分離派と日本との数少ない関連の例として、智恵子による雑誌『青鞜』表紙絵について玉稿を寄せられています。題して「分離派と日本 分光と鏡像——雑誌『青鞜』創刊号表紙絵をきっかけに」。平成29年(2017)に水沢氏、智恵子による女神像的な『青鞜』創刊号の表紙絵(中央下画像)、ウィーン分離派のヨーゼフ・エンゲルハルトという画家の寄木細工作品を模写したものであることを突き止められ、その件について書かれています。
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11月3日(火)、11月15日(日)、11月23日(月・祝) 
福島県二本松市の男女共生センターに於いて智恵子のまち夢くらぶ主催の市民講座「智恵子講座2020」が開催されました。講師は、11/3・西浦基氏(高村光太郎研究会)、11/15・当方、11/23・熊谷健一氏(智恵子のまち夢くらぶ代表)でした。

11月7日(土)~11月29日(日)
京都市の浄土宗 総本山知恩院で「秋のライトアップ二〇二〇」が開催され、光雲原型のブロンズ聖観音像のライトアップも為されました。
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11月10日(火)
伊集院静氏著『文字に美はありや。』が文藝春秋から文春文庫の一冊として刊行されました。「猛女と詩人の恋」という項で、光太郎書が取り上げられています。元版のハードカバーは平成30年(2018)に同社から刊行されています。             
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11月14日(土)~12月13日(日)
千代田区の三の丸尚蔵館で「第87回展覧会 名作を伝える-明治天皇と美術 後期展示 明治天皇のまなざし」が開催され、光雲作の木彫「矮鶏置物」(明治22年=1889)が展示されました。

11月16日(月)
短歌研究社から塩川治子氏著『歌人番外列伝|異色歌人逍遥』が刊行されました。「白斧の人──高村光太郎」という章を含みます。
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11月18日(水)~2021年1月31日(日)
青森県十和田市の十和田湖畔休屋地区で「カミのすむ山 十和田湖 光の冬物語 2020-2021 in国立公園十和田湖 十和田神社 by FeStA LuCe」が開催中です。これまで行われてきた「十和田湖冬物語」に代わるイベントで、イルミネーション、3D、レーザー、ライトアップ、プロジェクションマッピングなどを主体とし、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップも為されています。

11月20日(金)
盛岡ご在住の加藤千晴氏(光太郎と年齢の離れた従妹、加藤照さんのご子息)が冊子『高村光太郎と共に』を自費出版されました。親族のお立場から見ての光太郎像ということで、貴重なものです。
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11月26日(木)~12月2日(水)
台東区の東京都立美術館で「第42回 東京書作展」が開催されました。最優秀賞に当たる内閣総理大臣賞、それにつぐ東京新聞賞で2点、光太郎詩を題材にした書が選ばれました。

11月30日(月)
文芸同人誌『青い花』第95号が発行されました。詩人で朗読等の活動もなさっている宮尾壽里子氏のエッセイ「巴里 パリ PARIS(三)」で、光太郎に触れられています。
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12月1日(火)~2021年1月31日(日)
仙台市博物館に於いて「特集展示 福島美術館の優品」が開催中です。かつて同市内にあり、平成30年(2018)に閉館した私立の福島美術館の旧蔵品を展示するもので、光雲作の木彫「聖観音像」が並んでいます。

12月2日(水)
「智恵子抄」を課題に開催された「第13回⼭形⼤学⾼校⽣朗読コンクール」の審査結果が発表されました。例年は山形市内の大ホールでの開催でしたが、今年はコロナ禍のため、録画による審査でした。
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12月5日(土)
岩手県花巻市交流会館に於いて「はなまき通検定」の受検が行われました。一般を対象とした花巻に関する知識の深さを認定する検定試験で、光太郎に関する設問も3問含まれていました。のちにこのブログで問題等、詳述します。

12月5日(土)~2021年1月24日(日)
埼玉県比企郡川島町の遠山記念館で「コレクション展 2」が開催されています。「干支にちなんだ彫刻や小袖類など、新春を迎えるのにふさわしい美術品を展示」というコンセプトで、光雲木彫「牛」(大正2年=1913)が展示されています。
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12月5日(土)~2021年1月24日(日)
岩手県花巻市内五つの文化施設で「イーハトーブの先人たち」をテーマにした共同企画展「令和2年度共同企画展 ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」の一環として、花巻高村光太郎記念館で「光太郎と佐藤隆房」が開催中です。
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5c33331b12月7日(月)
 『朝日新聞』夕刊に「(まちの記憶)大井町 東京都品川区 物語生む、にぎわいの交差点」という記事が掲載され、智恵子終焉の地・ゼームス坂病院跡に建つ「レモン哀歌詩碑」などが紹介されました。

12月10日(木)
文治堂書店からPR誌『とんぼ』第11号が発行されました。表紙に当会顧問であらせられた故・北川太一先生の版画が使われています。子息の北川光彦氏による「宮沢賢治『雨ニモマケズ』と高村光太郎」、当方の「連翹忌通信」などが掲載されています。

12月11日(金)~12月25日(金)
台東区の東京藝術大学大学美術館陳列館で「PUBLIC DEVICE -彫刻の象徴性と恒久性-」展が開催されました。ロダン、光太郎へのオマージュ的な作品、彫刻家・小田原のどか氏の「《ロダンの言葉/高村光太郎をなぞる》」が出品されました。
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12月19日(土)
明治美術学会から『近代画説』第29号が発行されました。「特集 近代日本美術史は、作品の現存しない作家をいかに扱うことができるか?」中に、小杉放菴記念日光美術館学芸員の迫内祐司氏による「今戸精司――趣味人としての彫刻家――」が含まれ、光太郎についても言及されています。この書籍、昨日届きまして、詳細は改めてご紹介いたします。

12月21日(月)
智恵子の故郷、福島県二本松で智恵子の顕彰活動をなさっている智恵子のまち夢くらぶさんの会報的な『智恵子講座2020文集』が発行されました。上記「智恵子講座2020」受講者・当方を含む講師らの寄稿によるものです。
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また、この項で月ごとのご紹介はしませんでしたが、隔月刊誌『花巻まち散歩マガジン Machicoco(マチココ)』さんが、花巻高村光太郎記念館さんのご協力で、「光太郎レシピ」という連載を続けて下さっています。

以上、3日間にわたって、今年1年を振り返ってみました。情報の収集には努めましたが、見落としは多々あるかと存じます。よろしくご寛恕の程お願い申し上げます。「こういう出版物があった」「こんなイベントもやっていたよ」という情報をお持ちの方は、コメント欄等よりご教示いただければ幸いです。

今年一年は、コロナ禍を抜きには語れない年となりまして、この世界でも多くの展覧会やイベント、公演等が中止に追い込まれました。それでも出版やテレビ放映などの分野では、ほぼ例年通りに光太郎智恵子、光雲等を取り上げて下さいました。感謝に堪えません。コロナ禍終息後には、またさらに多くの方面で、光太郎智恵子らが取り上げられることを願って已みません。

【折々のことば・光太郎】

風にて雪が空をとぶ。壮観なり。


昭和20年(1945)12月11日の日記より 光太郎63歳

いわゆる「地吹雪」。一度、当方も青森に行った際に経験しましたが、それが連日となると……ですね。

今年も残すところあとわずかとなりました。このブログ恒例の、今年一年を振り返る作業にかかります。今日は1月から4月。主な事項のみ取り上げさせていただきます。書籍等の刊行月日は、奥付等に依りました。

1月1日(水)
『月刊致知』2020年2月号で、国際コミュニオン学会名誉会長・鈴木秀子氏という方が、「人生を照らす言葉」と題する連載で、光太郎詩「道程」(大正3年=1914)を取り上げて下さいました。
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同日、株式会社ダイアプレスから『レジェンド文豪のありえない話』が刊行されました。コラム「文豪たちがしたためた恋文」で、大正2年(1913)、結婚前の智恵子に宛てた光太郎からの書簡が紹介されています。

1月12日(日)
当会顧問にして、晩年の光太郎に親炙、その没後は常に顕彰活動の先頭に立ってこられた北川太一先生が亡くなりました。葬儀は1月17日(金)でした。
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同日、元映画女優の小林みどりさん(芸名・青山京子さん)が亡くなりました。東宝映画「智恵子抄」(熊谷久虎監督、智恵子役は故・原節子さん、光太郎役は故・山村聰さん)にも出演され、智恵子の姪にして、看護師の資格を持ち、その最期を看取った長沼春子の役でした。

1月15日(水)
新潮社から信濃川日出雄氏著のコミック『山と食欲と私』第11巻が発売されました。安達太良山が描かれ、光太郎智恵子に触れられてています。
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1月18日(土)・19日(日)
長野市のギャラリー花蔵で、智恵子を主人公とした一人芝居『売り言葉』野田秀樹脚本)の公演がありました。

1月24日(金)
杉並区のソノリウムで、コンサート「中嶋俊晴×白取晃司 いのちの対話 その2」が行われました。出演は中嶋俊晴さん(カウンターテナー)、白取晃司さん(ピアノ)。帯刀菜美さん作曲「 <高村光太郎> レモン哀歌 (委嘱作品)」がプログラムに入っていました。
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1月24日(金)~2月24日(月)
青森県十和田湖畔休屋地区特設会場他で「十和田湖冬物語2020 雪と光とアートの世界」が開催されました。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップも為されました。

1月25日(土)
名古屋市のウィルホールで、光太郎に私淑した彫刻家・舟越保武の息女にして、絵本作家・編集者としてご活躍の末盛千枝子さんがご出演された「朗読コンサート&講演会 人生に大切なことはすべて絵本から教わった。」が開催され、光太郎にご自身のお名前を付けてもらったエピソードなどが紹介されました。
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同日、福島県・棚倉町文化センター倉美館で「小林沙羅&山本耕平 デュオ・リサイタル~福島県棚倉町公開収録」が行われました。小林さんの歌唱、河原忠之さんのピアノで、中村裕美さん作曲の「或る夜のこころ」が演奏されています。NHK FMの「ベストオブクラシック」で2月24日(月)、NHK BSプレミアムの「クラシック倶楽部」で3月27日(金)、さらにNHK Eテレの「クラシック音楽館」で5月24日(日)に、それぞれオンエアされました。

1月25日(土)~2月2日(日)51755bf9
渋谷区の新国立劇場小劇場で、演劇公演『る・ぽえ』が開催されました。出演は碓井将大、辻本祐樹、木ノ本嶺浩、林剛史、加藤啓の各氏。「高村光太郎「智恵子抄」をモチーフにした夫婦の話」がプログラムに入っていました。

1月29日(水)
福岡市の当仁公民館で、市民講座、遊友塾 『日本の文学作品を読む』が開催され、光太郎詩「道程」(大正3年=1914)が取り上げられました。講師は船津正明氏(元九州大学非常勤講師)でした。

2月3日(月)~7日(金)
NHK Eテレの「にほんごであそぼ」で、光太郎特集が組まれました。3日(月)「冬が来た」、4日(火)「人に」、5日(水)「道程」、6日(木)「あどけない話」、7日(金)「牛」が、それぞれ取り上げられました。2月17日(月)~21日(金)で、再放送も為されました。

2月7日(金)
『朝日新聞』さんの一面コラム「天声人語」で、詩「冬が来た」(大正2年=1913)が取り上げられました。

2月9日(日)
神奈川県秦野市のクアーズテック秦野カルチャーホールで、郷土芸能の発表や物産展などを行う「ふるさとお国じまん 県人会フェア」が開催され、ステージ発表で「福島(安達ケ原の鬼ばば、智恵子抄)」が披露されました。
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2月11日(火)~2月16日(日)
中央区の東京銀座画廊美術館さんで「東京書作展2020 選抜作家展」が開催され、光太郎詩「道程」(大正3年=1914、雑誌『美の廃墟』に発表された際の102行あった原型から抜粋)を書かれた作品も出品されました。

2月12日(水)~2月18日(火)
新宿区の小田急百貨店新宿店で、「幕末・明治 偉人の書展」が開催され、短歌「海にして太古の民のおどろきをわれふたたびす大空のもと」(明治39年=1906)を揮毫した光太郎の書も展示されました。
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2月13日(木)c9a008dc-s
福島県双葉郡富岡町の文化交流センター学びの森で、「福島大学うつくしまふくしま未来支援センターシンポジウムin 富岡 ~ほんとの空が 戻る日まで~」が開催され、当会の祖・草野心平ゆかりの同郡川内村の遠藤雄幸村長がパネラーとして発表なさいました。

2月15日(土)
茨城県守谷市の守谷中央図書館で「梅花の朗読会」が開催され、詩「道程」(大正3年=1914)も取り上げられました。

2月16日(日)
『福島民友』さんの連載「ふくしま湯けむり探訪」が、「【二本松市・岳温泉】 山を遊び尽くす拠点 新風を吹き込む温泉宿」を組み、光太郎智恵子にも言及されました。

2月19日(水)
森まゆみ氏著『谷根千のイロハ』が亜紀書房から刊行されました。光太郎智恵子、光雲に言及されています。
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2月21日(金)~4月12日(日)
練馬区立美術館で、「生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」展が開催され、光太郎に関する展示も為されました。

2月23日(日)
静岡市の人宿町やどりぎ座で、智恵子を主人公とした一人芝居「売り言葉」(野田秀樹脚本)の公演がありました。演出・大石明世氏、​出演は滝沢麻友さん、山内梓未さんでした。
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2月24日(月)
学研プラスから目黒哲也氏企画・編集『マンガ名詩・短歌・俳句物語 2 名詩 下』が刊行されました。北田ゆきと氏作画「高村光太郎」を含みます。

3月1日(日)
 日本絵手紙協会発行の『月刊絵手紙』で、平成29年(2017)から花巻高村光太郎記念館さんのご協力で為されてきた「生(いのち)を削って生(いのち)を肥やす 高村光太郎のことば」という連載が終了しました。
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同日、豊島区の広報誌『広報としま』に「春のぽかぽかさくら散歩」という記事が掲載され、光太郎智恵子に言及されました。

3月9日(月)
小学館から井上涼+NHK びじゅチューン!制作班著『びじゅチューン! DVDBOOK 5』が発行されました。NHK Eテレで放映中の同名番組をまとめたもので、「指揮者が手 高村光太郎「手」」を含みます。
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3月10日(火)
京都市のピアノサロン Atelier Minoyaで、「魂に響く朗読と音楽のle petit boheur reading aloud&piano vocal concert」が開催され、光太郎詩「さびしきみち」(大正元年=1912)が取り上げられました。出演は松本愛子さん(Sop/Pf)、木暮昌子さん(フリーアナウンサー)でした。
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3月11日(水)
小学館から早瀬耕氏著『彼女の知らない空』が刊行されました。七編から成る短編集で、第一作「思い過ごしの空」で、光太郎詩「あどけない話」(昭和2年=1927)がモチーフとして使われています。
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3月12日(木)
『週刊新潮』3月12日号の五木寛之氏の連載「生きぬくヒント!」が「高村光太郎の国民歌」という副題で、光太郎作詞の戦時歌謡「歩くうた」(昭和15年=1940)を取り上げました。

3月14日(土)d6d5bd09-s
NHKラジオ第一の「 石丸謙二郎の山カフェ」が「春を感じよう!」という副題で、光太郎随筆「山の春」(昭和26年=1951)を取り上げました。5月30日(土)に再放送がありました。

3月17日(火)
『朝日新聞』に「休校中の子へ、詩集をどうぞ コールサック社、1千冊を無料配布」という記事が掲載されました。出版社コールサック社が、平成28年(2016)刊行の『少年少女に希望を届ける詩集』(光太郎の「道程」(大正3年=1914)、「冬が来た」(大正2年=1913)を含む)を、小中高などの教育関係者、保育園、幼稚園、障害者施設などの従事者、子ども食堂などでボランティアをしている支援者らに無料で配付することの紹介でした。

3月19日(木)
文化審議会文化財分科会の審議・議決を経て、長野市の信濃善光寺仁王門が国登録有形文化財に登録されました。納められている仁王像二尊、三面大黒天像、三宝荒神像は、光太郎の父・光雲とその高弟・米原雲海の手になるものです。
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3月20日(金)
公益財団法人日本近代文学館編刊『日本近代文学館年誌 資料探索 15』が発行されました。書道史研究家で、東京国立博物館名誉館員の古谷稔氏による「高村光太郎と「書」」が掲載されています。
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3月31日(火)
山と渓谷社編刊、『山と溪谷2020年5月号増刊 「最も美しい上高地へ」』が発行されました。大正2年(1913)、一夏を上高地で共に過ごした光太郎智恵子に随所で言及されています。

4月1日(水)
アルテヴァンから、柳原義達著『孤独なる彫刻 造形への道標(みちしるべ)』が増補版として改訂発行されました。「高村光太郎」の項、ロダンの項、「私と彫刻」の項などで光太郎に触れています。
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4月2日(木)
コロナ禍のため、千代田区日比谷公園松本楼で開催予定だった第64回連翹忌の集いを中止と致しました。この日発行の当会会報的な『光太郎資料53』は後日、郵送いたしました。同日、高村光太郎研究会から『高村光太郎研究(41)』が発行されました。
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4月10日(金)
勉誠出版から日本近代文学館編『ビジュアル資料でたどる 文豪たちの東京』が刊行されました。上智大学教授・小林幸夫氏による「千駄木・団子坂:確執と親和の青春―森鷗外と高村光太郎・木下杢太郎 」を含みます。

4月11日(土)
國學院大學名誉教授で、光太郎についての著作もおありだった傳馬義澄氏が亡くなられました。

4月11日(土)~4月17日(金) 5月21日(木)~6月28日(日) 
コロナ禍による中断をはさみ、福島県いわき市の市立草野心平記念文学館で企画展「草野心平の詩 天へのまなざし」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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4月14日(火)
日本郵便株式会社東北支社からオリジナルフレーム切手「十和田湖・奥入瀬渓流~四季のひとこま~」が発行されました。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の写真もデザインされました。

4月15日(水)
『日本古書通信』2020年4月号に、同誌編集長の樽見博氏による「感謝 北川太一さん」という記事が掲載されました。
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4月19日(日)
『しんぶん赤旗』日曜版、「たび」という連載で、福島二本松の智恵子生家とその周辺が大きく紹介されました。
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4月22日(水)
一兎舎から田丸めぐみ氏著『荻原碌山伝記小説 我がいのち「女」へ』が刊行されました。光太郎も登場します。
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4月26日(日)c8617d4e-s
岩手の盛岡でシニア世代向けに発行されている情報誌『シニアズ』に、生前の光太郎をご存じで、花巻ご在住の浅沼隆さんの談話筆記「晩年を花巻で過ごした芸術の天才 高村光太郎の人柄」が載りました。 

4月28日(火)
俳優の金内喜久夫さんが亡くなりました。金内さんは平成23年(2011)と翌年、渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」で、主役の光太郎役を演じられました。

3月半ば頃までは、例年通りにいろいろなイベント等も組まれていたんだな、と改めて思いました。その後は、当会主催の連翹忌をはじめ、櫛の歯が抜けるように中止、延期のオンパレード。

例年なら、今日の内容に花卷高村祭(5/15)や碌山忌(4/22)などが入っていたのですが……。

とにかくこのコロナ禍が早く収まることを願って已みません。

明日は5月から8月を。

【折々のことば・光太郎】

日出頃東天の朝焼茜色に美し。雪雲の反映とみゆ、午前中に雪となり、午后やむ。二寸程つもる。 〒来らず 此雪が根雪となるか、一度きえるか分らず。夜中々冷える。流場も凍る、


昭和20年(1945)12月3日の日記より 光太郎63歳

前日から断続的に、この冬初めての雪でした。故・北川太一先生が「生涯で最も鮮烈な冬」と呼んだ、過酷な季節の始まりです。

10月4日(日)、北鎌倉の笛さんに伺う前、同じ鎌倉市内の川喜多映画記念館さんで「【特別展】生誕100年 激動の時代を生きた二人の女優- 原節子と山口淑子」を拝見しました。
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原節子さんは、昭和32年(1957)公開の東宝映画「智恵子抄」(熊谷久虎監督)で、智恵子役を演じられました。光太郎役は山村聰さんでした。

山口淑子さんは、光太郎終焉の地・中野の貸しアトリエを光太郎の前に借りていた彫刻家イサム・ノグチの妻。戦後、大陸で日本に協力した中国人・李香蘭として処罰されそうになった際、日本人であることを証明して助命に寄与したのが、当時、中国国民党の将校だった黄瀛。中国人の父と日本人の母を持ち、光太郎や草野心平、宮澤賢治と親しかった詩人でもありました。また、光太郎自身も、写真で見た山口さんの風貌に、彫刻を作りたいと感じていたそうです。

そのお二人の企画展ということで、興味深く拝見。

原さんの「智恵子抄」に関しては、縦に二枚つなげる立看用のポスターが展示されていました。展示の撮影は禁止だったので、下の画像、当方手持ちの同じものです。
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南品川ゼームス坂病院で紙絵を制作する智恵子です。そういえば昨日は智恵子忌日・レモンの日でした。

ちなみに自宅兼事務所には、これ以外にもポスター、プレスリリース、チラシ、シナリオ、パンフレット、スチール写真、当時の雑誌など、小規模な「原節子と「智恵子抄」展」が開催できるくらいの数があります。やるというならお貸ししますので、関係の方、ご検討下さい。

「智恵子抄」は、同館で今月末から来月はじめにかけ、上映されます。
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ところで、原さんといえば、現在NHKさんで放映中の連続テレビ小説「エール」。昨日の放映分に原さんの名前が出て来ました。

昭和18年(1943)、作曲家・古関裕而をモデルとする主人公・古山裕一(窪田正孝さん)の元へ、映画プロデューサーが訪ねてきまして、映画の主題歌を作曲してほしいと要請。
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この映画、実在のもので、原さんがご出演なさっています。監督は渡辺邦夫。配給は東宝でした。
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内容的にはざっくり言うと、上記プロデューサーのセリフ通りです。

で、主題歌が「若鷲の歌」。下記画像はおそらく明日か明後日の放映分の「エール」。先月の番宣番組から採りました。
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「エール」については、また改めて光太郎の翼賛詩文とのからみで記事を書きたいと思っております。

川喜多映画記念館さんでの展示では、残念ながらこの「決戦の大空へ」についてはほとんど触れられていませんでした。ただ、原さんにとっての「黒歴史」だから隠蔽、というわけではなく、同様の国策映画「新しき土」(昭和12年=1942)、「ハワイ・マレー沖海戦」(昭和17年=1942)については詳しく扱われていました。

山口淑子さんの「李香蘭」時代の活動を含め、国策映画、恐ろしいものだと感じました……。

ところで、先週の「エール」には、こんなシーンもありました。
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二階堂ふみさん演じるヒロインが、軍需工場などの慰問演奏を行う「音楽挺身隊」に参加し、しかし呑気に考えていたところ、投げつけられたセリフです。

音楽、それから映画、そして詩歌や小説、さらには絵画彫刻などの造形芸術も、「軍需品」だったわけで……。そういう時代に戻してはならないと、改めて感じました。

さて、川喜多映画記念館さんでの展示、12月13日(日)までです。ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

僕は個人に寄付するのは好みません。特定の人にだしたくないのです。

談話筆記「高村光太郎先生説話 二二」より
昭和26年(1951) 光太郎69歳

詩集『典型』が読売文学賞に選ばれ、その賞金10万円をまるまる寄付してしまった光太郎。ただし、個人に対しては行わず、山小屋近くの山口小学校、地元青年会などに寄付しました。

神奈川県鎌倉市にある川喜多映画記念館での特別展情報です。 

期 日 : 2020年9月11日(金)~12月13日(日)
会 場 : 鎌倉市川喜多映画記念館 神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目2番地12号
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日(月曜日が休日の場合は開館、翌平日を休館日とします
料 金 : 一般400円(280円) 小・中学生200円(140円)( )内は20名以上の団体料金

 2020年は、伝説的な存在として人々の記憶に留まり続ける二人の女優─原節子(1920年6月17日~2015年9月5日)と山口淑子(1920年2月12日~2014年9月7日)─の生誕100年にあたります。
 デビューから間もない1936年に日独合作映画のヒロインに抜擢され、一躍スターとなった原節子は、戦時中は国策映画、戦後は一転して民主主義映画のシンボルとして、国民的な人気を誇りました。そして、小津安二郎をはじめ巨匠たちと組んで大女優としての地位を確立したのち、若くして表舞台を去り、スクリーンにその輝きを残したまま、鎌倉の地で静かに余生を送りました。
 一方の山口淑子は、満州事変から日中戦争へと続く植民地支配下の中国に生まれ育ち、1938年に日本の国策映画会社・満映から《李香蘭》の名でデビュー、歌手として女優として、東アジアの大スターの座に君臨しました。終戦後、日中両国の間に挟まれ命からがら日本に戻った彼女は、国際派女優として、その後は司会者や政治家として、常に世界を見据えた視点で幅広い活躍を続けました。
 その生き方も、女優としてのイメージも大きく異なる二人ですが、本展では、同じ年に生まれ、ともに激動の時代を生き抜いた二人の女優の姿を、貴重な資料を通して振り返ります。

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関連行事

植木金矢作品展 映画女優・原節子を描く

10月8日(木)~11日(日)003
10:00/11:00/13:00/14:00/15:00
昭和28年、チャンバラ時代活劇「風雲鞍馬秘帖」で子供たちの心を虜にして以降、生涯にわたって多くのファンを魅了し続けた鎌倉在住の劇画家・植木金矢さん(享年97)。一周忌にあたる10月11日にあわせて作品展を開催します。植木さんは晩年、女優の中では「原節子」を最も多く描きました。植木さんが作品に込めた思いをぜひご覧ください。


トークイベント「李香蘭と川喜多長政を繋いだ“中華電影”」
10月17日(土) 『萬世流芳』上映後  ゲスト:刈間文俊さん(東京大学名誉教授)
満州に設立された映画会社「満映」からデビューした李香蘭と、上海に誕生した「中華電影」の最高責任者だった川喜多長政。同じ時代に中国の異なる土地で映画作りに携わっていた2人を結び付けたのは、両映画会社が共同製作した『萬世流芳』(1942 年)でした。トークイベントでは、長年にわたり中国映画の研究に従事されている刈間文俊さんに、当時の歴史的背景と中国の映画事情、李香蘭と川喜多長政の関わりについてお話しいただきます。
料金:(『萬世流芳』鑑賞料金含む)一般1,600円、小・中学生800円


トークイベント「晩年の李香蘭、山口淑子」
10月18日(日)『私の鶯』上映後   ゲスト:高橋政陽さん(テレビ朝日前記者)
奉天での幼少期、中国人として過ごした北京時代、思いがけない女優デビューとスターへの階段、敗戦と引揚げの混乱、戦後日本映画界での活躍、結婚と別れ、女優引退と外交官の妻としての日々、やがて司会者としてのテレビ復帰と政治家としての活躍…。文字通り激動の時代を生きた山口淑子さんの実人生の歩みとその人柄を、親交のあったジャーナリストである高橋政陽さんにお話しいただきます。
料金:(『
私の鶯』鑑賞料金含む)一般1,600円、小・中学生800円

トークイベント「原節子と『新しき土』」
10月31日(土)14:00~  ゲスト:石井妙子さん(ノンフィクション作家)
経済的な理由から女優になり、まだ間もない原節子にとって、スター女優への 道を決定づけた作品『新しき土』。日独の政治的な思惑が絡み合った本作において、原節子はどのような役割を果たしたのでしょうか。また、映画の宣伝のため半年にわたった欧米旅行は、彼女にどのような影響をもたらしたでしょうか。トークイベントでは、評伝「原節子の真実」で新潮ドキュメント賞を受賞し、最近では「女帝 小池百合子」の著者としても大きな話題を呼んだ石井妙子さんに、若き原節子と『新しき土』の関わりを紐解いていただきます。
料金:一般1,200円、小・中学生600円 チケット発売日:9月19日(土)

映画上映
東京物語(1953年/135分/松竹/白黒/DCP) 
 9/15(火)・17(木)・19(土) 10:30  9/16(水)・18(金)・20(日) 14:00
麦秋(1951年/124分/松竹/白黒/DCP)
 9/16(水)・18(金)・20(日) 10:30  9/15(火)・17(木)・19(土) 14:00
新しき土(1937年/日本=ドイツ/白黒/106分/ブルーレイ)
 10/27(火)・31(土) 10:30       10/28(水)・30(金)・11/1(日) 14:00
智恵子抄(1957年/東宝/白黒/97分/35mm)
 10/28(水)・29(木)・30(金)・11/1(日) 10:30 10/27(火)・29(木) 14:00
醜聞〈スキャンダル〉(1950年/松竹/白黒/104分/35㎜)
 11/23(月・祝)26(木)・28(土) 10:30 10/25(水)・27(金)・29(日) 14:00
白痴(1951年/松竹/カラー/166分/35㎜)
 11/25(水)・27(金)・29(日) 10:00  
 10/23(月・祝)・26(木)・28(土) 14:00
私の鶯(1944年/99分/東宝+満映/白黒/35mm)
 10月15日(木)14:00、16日(金)10:30 18日(日) 14:00
萬世流芳(1942年/151分/中華聯合製片+中華電影+満映/白黒/ブルーレイ)
 10月16日(金)14:00、17日(土)13:00
青い山脈/続・青い山脈【特別上映】
 (1949年/93分・84分/東宝=藤本プロ/白黒/35mm)
 11月10日(火)10:00、11日(水)14:00、12日(木)10:00、13日(金)14:00、
 14日(土)10:00、15日(日) 14:00
暁の脱走(1950年/116分/新東宝/白黒/35mm)
 11月10日(火)14:00、11日(水)10:30、12日(木)14:00、13日(金)10:30、
 14日(土)14:00、15日(日)10:30

《展示解説》/《上映解説》
展示の見どころと上映作品の解説を、学芸員が映像資料室内で実施します。(要特別展観覧料)
《展示解説》9/12(土)・10/24(土)・11/21(土)各日14:00~(約40分)
《上映解説》9/20(日)・10/4(日)・11/27(金)・12/4(金)各日午後の上映終了後(約30分)


昭和32年(1957)の東宝映画「智恵子抄」で智恵子役を演じられ、平成27年(2015)に亡くなった原節子さん、そして光太郎が入居する前の終焉の地・中野の貸しアトリエを借りていた彫刻家、イサム・ノグチの妻であった山口淑子さん(平成26年=2014没)。お二人を顕彰する展示/イベントです。

同館では、原さんに関しては、亡くなった翌年の平成28年(2016)にも「特別展:鎌倉の映画人 映画女優 原節子」を開催し、当方、拝見して参りました。「智恵子抄」の立看ポスターなどが展示されていましたし、その際にも「智恵子抄」の上映がありました。

それにしてもお二人が同年(大正9年=1920)の生まれで、今年が生誕100年とは存じませんでした。上記の通り亡くなったのは比較的最近ですので、お二人ともご長寿だったわけですね。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

お互いに日本を彫刻国として立派に作り上げる事に努力せねばなりません 日本は其に値する資格が十分にあると存じます

雑纂「(私信より)」全文 昭和15年(1940) 光太郎58歳

光太郎、日本人の「美」に対する意識や、古代から作り上げられてきた彫刻作品のレベルの高さなどは世界的に見ても遜色がないと考えていました。実際、それは否定できないでしょう。

ただ、そうした優位性に対する意識が翼賛思想に結びついてしまったのは残念なことですが……。

まだ新着情報不足がつづいていますので、今日も最近手に入れた古いものシリーズです。

昨日は、光太郎詩「道程」を元にした詩の朗読を含む昭和58年(1983)にリリースされた野口五郎さんのLPレコードをご紹介しましたが、やはりLPレコードをもう一枚。

野口さんのアルバムの前年、昭和57年(1982)、キングレコードさんから発売された「映画音楽・佐藤勝10」。

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平成11年(1999)に亡くなった、作曲家・佐藤勝氏の映画音楽001を集成した10枚組シリーズの1枚です。

佐藤氏といえば、「隠し砦の三悪人」「用心棒」「椿三十郎」などの黒澤明監督作品、光太郎が亡くなった昭和31年(1956)公開の「太陽の季節」などの石原裕次郎主演作品、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」などを手がけた方ですが、それ以外にも「これも佐藤作品か」、「えっ、こんなものまで」というような映画(日本映画史上に残るような)の音楽もたくさん作られています。10枚組シリーズの収録曲一覧、右画像をご覧下さい。

そして、昭和42年(1967)公開の、中村登監督作品「智恵子抄」(松竹)。岩下志麻さんが智恵子、故・丹波哲郎さんで光太郎でした(過日、コロナ禍に関する記事でもこの映画をご紹介しました)。「映画音楽・佐藤勝10」には、この「智恵子抄」の音楽が収録されています。

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当方、この「智恵子抄」は1度拝見しただけですが、各シーンで効果的に使われていた佐藤氏の音楽、印象的でした。

その10年前に製作された原節子さん、山村聰さん主演の「智恵子抄」(東宝)はVHSテープで市販されましたが、松竹の「智恵子抄」は販売用ソフトになっていません。ぜひDVD化を望みます。

ちなみに佐藤氏の作品集成のうち、「智恵子抄」が収められたもの、CD版ではかなり以前に入手しました。アナログレコード版とはまたラインナップの組み方が異なっています。

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今回佐藤氏について改めて調べたところ、当方存じませんでしたが、映画音楽以外にも、有名な「若者たち」や由紀さおりさんの「恋文」なども作曲されているそうで、驚きました。

NHKさんで現在放映中の連続テレビ小説「エール」で、古関裕而、古賀政男山田耕筰らの作曲家に光が当たっていますが、佐藤氏についてももっと知られていいと思います。


【折々のことば・光太郎】

彼は過激を欲しない。彼は律度を欲する。彼は異様を欲しない。彼は正順を欲する。
散文「寸言 ――シヤヷンヌについて――」より
 大正5年(1916) 光太郎34歳

「シヤヷンヌ」は、フランスの画家、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ。印象派の面々と世代的に同じですが、奇を衒わず、しかし守旧に堕することもなく、独自の芸術をつきつめました。そうした部分で光太郎、かなり共鳴する部分があったようです。

この手の評論的な文章での光太郎の常ですが、他の芸術家を好意的に評するとき、それが光太郎芸術の目指すある面を表していることが多くあります。「過激を欲しない」「律度を欲する」「異様を欲しない」「正順を欲する」、たしかに光太郎芸術にも当てはまります。

現在発売中の『週刊新潮』さん(3月12日号)。作家・五木寛之氏の連載「生きぬくヒント!」が、「高村光太郎の国民歌」というタイトルです。

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ちなみに五木氏、一昨年も同じ連載で光太郎に触れて下さっています。

今回取り上げられているのは、昭和15年(1940)に光太郎が作詞し、飯田信夫が作曲、徳山璉(たまき)の歌唱でヒットした「歩くうた」。

当時の日本放送協会が、「国民歌謡」というラジオ番組を放送しており、その中で流すために光太郎に作詞を依頼したものです。同番組のテキスト第76輯に楽譜が収められ、のち、東亜音楽出版から単独の楽譜も刊行されました。

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 あるけ。 あるけ。 あるけ。 あるけ。
 南へ、 北へ、 あるけ。 あるけ。
 東へ、 西へ、 あるけ。 あるけ。
 路ある道も、 あるけ。 あるけ。
 路なき道も。 あるけ。 あるけ。

 あるけ。 あるけ。 あるけ。 あるけ。
 目ざすは、 かなた、 あるけ。 あるけ。
 けぶれる、 ゆく手、 あるけ。 あるけ。
 果てなき、 野づら、 あるけ。 あるけ。
 こごしき 磐根、 あるけ。 あるけ。

 あるけ。 あるけ。 あるけ。 あるけ。
 身をやく、 日照り、 あるけ。 あるけ。
 塩ふく、 背中、 あるけ。 あるけ。
 身を切る、 吹雪、 あるけ。 あるけ。
 凍てつく、 目鼻、 あるけ。 あるけ。

 あるけ。 あるけ。 あるけ。 あるけ。
 思ひは、 高らか、 あるけ。 あるけ。
 大地の、 きはみ、 あるけ。 あるけ。
 海さへ、 空さへ、 あるけ。 あるけ。
 吾等を、 とどめず。 あるけ。 あるけ。

当時は4番まである歌は珍しくなかったので、「あるけ」が計48回(笑)。詩としてはしつこいと感じたのでしょうか、のちに詩集『をぢさんの詩』(昭和18年=1943)に収められた際、歌の3番部分をカットし、全三連に改訂しています。しかし、歌としての「歩くうた」は光太郎の意図とは関係なく、その後も全4番で歌い継がれています。





飯田信夫は東京帝国大学工学部卒という変わった経歴を持つ作曲家ですが、他に有名な「隣組」(岡本一平作詞)などの作品もあり、戦時歌謡作曲の第一人者でした。

ビクターから徳山の歌によるレコードが2種発売され、それなりにヒットしました。徳山は「隣組」や「侍ニツポン」(西條八十作詞、松平信博作曲)なども歌っています。


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また、歌のないインストゥルメンタルバージョン、合013唱のみのバージョンも発売されています。

当方、徳山歌唱の2枚と、インストバージョンの計3枚を手に入れましたが、合唱のみのバージョンが未入手です。ただ、国立国会図書館さんのデジタルデータ「歴史的音源」の中に収録されていますので、聴いたことはありますが。

昭和7年(1932)生まれの五木寛之氏、戦時中、登下校の際に口ずさんだり、学校の授業の一環としての映画鑑賞(原節子さんも出演された「ハワイ・マレー沖海戦」だったそうですが)の際に映画館まで行進しながら皆でうたったりなさったそうです。

同様のご体験があったということを、故・髙村規氏や、故・金田和枝さんからも聴いたことがあります。

また、故・小沢昭一さんもおそらく似たようなご経014験をお持ちのようで、平成20年(2008)リリースのCD「昭一爺さんの唄う 童謡・唱歌」の中で、「歩くうた」の解説として「当世、メタボばやりのようですので、歩いたらいいじゃありませんか」と語られています。

五木さんも「最近、歩くことがきわめて少なくなった。一日一万歩どころか、千歩、いや五百歩も歩ていないのではないかと思う。昔は本当によく歩いたものだった。」という書き出しで、「歩くうた」の紹介につなげられています。そして末尾では、編集者に「コロナ・ウィルスが大流行ですから、あまりウロウロされないほうがいいですよ。」と言われてしまったというオチ。笑えませんね(笑)。

ところで『週刊新潮』さん。3.11関連で、グラビアページは東日本大震災がらみの、「復興の桜」「復興と月」という特集を組んでいます。被災地の桜や月を田中和義氏の美しい写真で紹介するものです。

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ぜひお買い求めを。


【折々のことば・光太郎】

靴は英吉利、サツマ下駄は太い丈夫な小倉の鼻緒。

アンケート「書名家の「頭」と「足」に関する趣味」より 大正3年(1914) 光太郎32歳

「あるけ、あるけ」と語った光太郎、靴はイギリス製のものを愛用(靴に限らず、彫刻用の作業着や椅子なども英国製が好みでした)、普段は幅広の薩摩下駄だったようです。赤城山などの山歩きも下駄だったそうで。

第64回連翹忌――2020年4月2日(木)――にご参加下さる方を募っております。詳細はこちら。新型コロナウイルス対策でイベントの中止等が相次いでおりますが、今後、パンデミック的な事態になってしまった場合は別として、十分に感染防止に留意した上で、今のところ予定通り実施の方向です。

来る4月2日(木)に日比谷松本楼様に於いて予定しておりました第64回連翹忌の集い、昨今の新型コロナウイルス感染防止のため、誠に残念ながら中止とさせていただくことに致しました。

元映画女優の小林みどりさん(芸名・青山京子さん)の訃報が出ました。

『朝日新聞』さん。 

小林みどりさん死去

 小林みどりさん(こばやし・みどり=元俳優、俳優・歌手小林旭さんの妻)12日、肺がんで死去、84歳。通夜は22日午後6時、葬儀は23日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。喪主は夫旭さん。
 52年に青山京子の名でデビューし、「潮騒」(54年)など多くの映画に出演した。67年の結婚を機に引退した。

『共同通信』さん。 

元俳優の青山京子さんが死去 小林旭さんの妻

 歌手で俳優の小林旭さんの妻で、1950~60年代に映画で活躍した元000俳優の青山京子(あおやま・きょうこ、本名小林みどり=こばやし・みどり)さんが12日午後6時45分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。84歳。東京都出身。葬儀・告別式は23日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20、桐ケ谷斎場で。喪主は夫旭(あきら)さん。

 52年に映画「思春期」でデビュー。谷口千吉監督の映画「潮騒」(54年)でヒロインを演じるなど約70本の映画に出演した。67年に旭さんと結婚し、引退した。


『スポーツ報知』さん。 

小林旭の妻、元女優の青山京子さんが肺がんで死去 享年84

 俳優で歌手の小林旭(81)の妻で、元女優の青山京子さんが12日午後6時45分、001肺がんで死去したことが16日、発表された。84歳だった。
 東京・世田谷区出身の青山さんは1952年の映画「思春期」(丸山誠治監督)でデビューし、代表作は54年の映画「潮騒」(谷口千吉監督)。52年から58年まで東宝に在籍し、その後フリーに。東宝時代に約50本、その後の出演を含めると約70本の映画に出演。64年の映画「忍び大名」(佐々木康監督)が最後の出演作となった。67年に小林と結婚し、引退した。
 日活によると、通夜は22日、告別式は23日に、ともに東京・品川区西五反田の桐ケ谷斎場で営まれる。



003芸名の「青山さん」で記述させていただきます。青山さん、光太郎が歿した翌年の昭和32年(1957)に公開された東宝映画「智恵子抄」(熊谷久虎監督)にも出演されていました。智恵子役は故・原節子さん、光太郎役は故・山村聰さん、青山さんは、智恵子の姪にして、看護師の資格を持ち、その最期を看取った長沼春子の役でのご出演でした。ただ、当時は春子がまだ存命だったこともあり、役名は「秋子」となっていましたが。

今年1月2日(木)のこのブログで、青山さんにも触れたばかりですので、驚いております。

「秋子」の登場は、主に物語後半。智恵子が心を病み、そして南品川ゼームス坂病院で歿するという、とかく暗くなりがちな展開の中で、青山さんの若々しい、清新なご様子が、その暗さの中で、救いのように明るさをもたらしていました。

右上の画像もそうですが、当方、東宝映画「智恵子抄」のスチール写真などもをこつこつ集めておりまして、その中の何枚かに青山さんのお姿が。

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まだ智恵子が健康だった頃の、「秋子」初登場(だったと思います)のシーン。

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破産したという報を受け、智恵子が二本松の実家に駆けつけたシーン。中央は智恵子の母・セン(役名は「けい」、故・三好栄子さん)。

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九十九里浜でのシーン。ただし、実際の春子は九十九里浜では智恵子の付き添いには当たっていませんでした。このあたりは史実と異なります。

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九十九里浜の家に、智恵子の弟・啓助(役名は「光夫」、演じられたのは太刀川洋一さん)が訪ねてきたシーン。

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ゼームス坂病院でのシーン。

そして、智恵子昇天のシーン。
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ところで、青山さんが亡くなったのは、何とまあ、当会顧問・北川太一先生と同じ、1月12日(日)だそうで、奇縁を感じます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

真情によつて書かれた此書は多くの人を啓発する事と信じます。

散文「仲村久慈著『湯地丈雄』」より 昭和18年(1943) 光太郎61歳

「真情によつて書かれた」。光太郎詩もそうですね。だからこそ「多くの人を啓発」し続けているのでしょう。


今日から、一泊二日で花巻に行って参ります。大沢温泉さんをベースに、市内5つの文化施設が「令和元年度共同企画展 ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」を統一テーマに行っている企画展示のうち、花巻高村光太郎記念館さんの「光太郎からの手紙」、花巻市総合文化財センターさんで「ぶどう作りにかけた人々」を、それぞれ拝見して参ります。

昨日は、毎年恒例の初日の出を拝みに、九十九里浜の片貝海岸に行きました。16歳になった愛犬がお伴でした。

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赤く見えるのは、傍らで流木を燃やして焚き火をしていたためです。

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愛犬、以前は人に触られるのをあまり好まなかったのですが、歳をとって丸くなったようで(笑)。見ならわなければ、と思いました(笑)。

ここは、南北に長い九十九里浜のほぼ中央、昭和9年(1934)、心を病んだ智恵子が半年あまり療養していた場所です。智恵子の妹・セツ(節子)の一家と、母のセンも同居していました。

下記写真は明治41年(1908)頃。智恵子数え23歳、前年に日本女子大学校を卒業し、東京に残って太平洋画会で油絵制作に取り組んでいた頃のものです。何かの折に帰省した際に撮られたもので、当時の智恵子の一家が勢揃いしています。

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後列左から、四女・ヨシ、長女・智恵子、次女・セキ、三女・ミツ(後述する宮崎春子の母)、父・今朝吉、長男・啓助。前列左から祖父・次助、五女・セツ(昭和9年=1934当時、九十九里在住)、祖母・ノシ、六女・チヨ、次男・修二、母・センです。

明治、大正と、福島油井村(現二本松市)で、大きな酒蔵を経営していた智恵子の実家は、父・今朝吉の没後に経営が傾き始め、昭和4年(1929)の恐慌のあおりをもろに受けて破産、一家は離散しました。

五女のセツ夫婦が暮らしていた九十九里に母・センも引き取られ、昭和6年(1931)頃から心の病が顕著になっていた智恵子も、先述の通り、昭和9年(1934)5月にセツの元に預けられます。しかし、その病状は好転することなく、完全に夢幻界の住人となってしまい、日がな浜辺の千鳥と遊んだり、「光太郎智恵子、光太郎智恵子」とつぶやいていたりしたそうです。

のちにその頃の智恵子を謳った光太郎詩に「風にのる智恵子」(昭和10年=1935)、「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)などがあります。

しかし、セツには幼い子供もおり、教育上宜しくないと判断され、智恵子は12月には再び駒込林町のアトリエに引き取られ、翌昭和10年(1935)に、終焉の地となった南品川ゼームス坂病院に入院することとなります。妹・ミツの娘、春子が看護師の資格を持っていたこともあり、付き添いに入りました。

下記は、光太郎が歿した翌年の昭和32年(1957)、このあたりでロケが行われた東宝映画「智恵子抄」撮影時のスナップ写真です。

左端がセツ、右端が春子。智恵子に扮する原節子さん、光太郎を演じた山村聰さん、それから春子役の青山京子さんも写っています。

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そんなことを考えつつ、片貝海岸で初日の出を待ちました。

しかし、今年は(去年もでしたが)雲が多く、日の出から15分後の7時を過ぎても太陽は拝めませんでした。

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渋滞を避けるため、早めにあきらめて撤収。

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帰りぎわ、「千鳥と遊ぶ智恵子」碑で。昭和36年(1961)、地元の俳句グループや、当会の祖・草野心平らの尽力で建てられたものです。

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上記は雑誌『文学散歩』第10号に載った、当会顧問・北川太一先生による除幕レポートです。心平や、やはり光太郎と交流のあった詩人の伊藤信吉、彫刻家の高田博厚、皆すでに鬼籍に入っていますが、若かったのですね、半裸で九十九里の荒波に飛び込んだそうで(笑)。

自宅兼事務所を目指して、九十九里沿岸を北上中、蓮沼あたりで、雲の切れ間から太陽が姿を見せそうな気配となりました。そこで再び浜辺へ。

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できれば片貝で見たかったのですが、いたしかたありませんね。まぁ、今年もいいことがあるような、そういう感じのする初日の出でした。

というわけで、しつこいようですが、本年もよろしくお願い申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

かかる極限の場合に詩人の本質がまじりけ無く迸り出でその詩を生かしてゐる事を痛感する。どの詩人も言葉と実感との間に或る焦燥を持つてゐる。有り余る実感が言葉の間で渦を巻いてゐる。言葉は僅かにその万分の一を象徴してゐる。

散文「山本和夫編『野戦詩集』」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

『野戦詩集』は、日中戦争に出征した山本以下6人の詩人(西村皎三、加藤愛夫、長島三芳、佐川英三、風木雲太郎、山本和夫)の作品を集めたアンソロジーです。前線で実際に戦闘をしていた詩人の作品集ということで、このような評となっています。ちなみに6人のうち、西村は戦死しています。

たしかに光太郎の言う通りなのでしょうが、こうした時代が再び訪れることの無いように、と思わざるを得ません。

東京三鷹市から、映画の上映情報です。

CINEMA SPECIAL三回忌・原節子 『智恵子抄』

期   日 : 2018年2月17日(土)
会   場 : 三鷹市芸術文化センター星のホール 東京都三鷹市上連雀6-12-14
時   間 : 昼の部 13:15~14:53  夜の部 18:05~19:53
料   金 : 一般1,000円 学生800円 全席指定
申   込 : 0422-47-5122(三鷹市芸術文化センターチケットカウンター)

平成二十七年九月五日。
多くの人々の、女優・原節子への再会の願いを叶えること無く、一人の女性として、会田昌江は、静かに、その生涯を閉じる。享年、九十五歳。それはまるで、ただの一度も引退の言葉を口にすることなく、四十二歳の若さで銀幕を去った、あの時のように。静かに。
三回忌、原節子。もう一度、会いたい。

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というわけで、平成27年(2015)に亡くなった原節子さん追悼の作品上映が、三鷹市芸術文化センターさんで昨年から始まっています。


2/17(土)は、昭和32年(1957)の東宝映画「智恵子抄」、それから同33年(1958)の同じく東宝映画「女であること」が上映されます。

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特に原さんが亡くなってから、全国あちこちで年に数回は上映がありますが、それにしてもそうそう多いわけではありません。

お近くの方、この機会にぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

芸術精神とは、国民各自の外界に存在するものでなくて、国民各自の中に在つて、毎日の目前的生活処理そのものを即刻即座に非目前的に自己みづから立ち上つて観じ味ふことの出来るやうにさせる精神力なのである。

散文「美の影響力」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

いよいよ太平洋戦争開戦の年の2月に発表された散文です。「国民」という語の使用などにキナ臭さが感じられますね。どんな事物にも「美」を見いだそうとする姿勢そのものは、光太郎の昔からの持論ではありますが。

7月1日(土)~8月20日(日)
盛岡市の岩手県立美術館さんにおいて、「巨匠が愛した美の世界 川端康成・東山魁夷コレクション展」が開催されました。1月に発見が報じられた、光太郎の扇面揮毫も出品されました。


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まったく同じ日程で、花巻市博物館さんの企画展「没後50年多田等観~チベットに捧げた人生と西域への夢~」が開催されました。光太郎が多田等観に贈ったうちわ、書簡、『高村光太郎詩集』が展示されました。

7月1日(土)~9月3日(日)
信州安曇野の碌山美術館さんで、夏季企画展示「高村光太郎編訳『ロダンの言葉』展 編訳と高村光太郎」が開催されました。
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7月1日(土)~9月24日(日)
文京区の弥生美術館さんで、「命短し恋せよ乙女 ~マツオヒロミ×大正恋愛事件簿~」展が開催されました。『青鞜』にからめ、智恵子にも触れられました。

7月2日(日)
横浜市の横濱エアジンさんで、「~ヨーロピアンジャズ~◆高村光太郎と中原中也に寄せて」公演がありました。出演は、荒野愛子さん(Piano, Composition)鴻野暁司さん(Bass)、吉島智仁さん(Drums)でした。

7月3日(月)
花巻高村光太郎記念会さんから、光太郎の従妹・加藤照さんの子息の加藤千晴氏著『光太郎と女神たち』が刊行されました。


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7月7日(金)
文芸同人誌『虹』第8号が発行されました。詩人の豊岡史郎氏による「<高村光太郎論> 光太郎とパリ」、「パリの思い出」が掲載されています。

7月7日(金)、8日(土)
古書業界最大の市(いち)である「七夕古書大入札会」の一般下見展観が、神田の東京古書会館さんで行われました。光太郎の書、書簡等も複数出品されました。


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7月9日(日)
ミネルヴァ書房さんから、『石川九楊著作集Ⅸ 書の宇宙 書史論』が発売されました。「ことばと造形(かたち)のからみあい――高村光太郎」等の部分で、光太郎に触れて下さっています。

7月11日(火)~31(月)
西武百貨店渋谷店さんにおいて、「ココだけ!コカ・コーラ社 60年の歴史展」が開催され、光太郎詩「狂者の詩」が取り上げられました。

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7月11日(火)~8月6日(日)
東京藝術大学大学美術館さんで、企画展「東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」が開催されました。光太郎作品で、同校卒業制作の「獅子吼」(明治35年=1902)の石膏原型、ブロンズ鋳造が並んで展示されました。また、同校教授だった光太郎の父・光雲に関するアーカイブ的展示もなされ、いずれもガラス乾板の「楠木正成像制作のための木型」、「高村光雲《松方正義像》制作のために撮影された本人の写真 」も出品されました。


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7月15日(土)
文治堂書店さんからPR誌『トンボ』の第4号が発行されました。当方の連載「連翹忌通信」が始まりました。

7月15日(土)・16日(日)
青森県十和田湖で毎年恒例の「十和田湖湖水まつり」が開催され、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップが為されました。


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7月19日(水)~9月30日(土)
竹橋の東京国立近代美術館さんで、「MOMATサマーフェス」が開催されました。光太郎のブロンズ「手」が出品された「所蔵作品展 MOMATコレクション」と連動し、参加型プログラムの対話による所蔵品ガイドが毎日実施された他、毎週金曜の「フライデー・ナイトトーク」や、夏休みにあわせた子ども向けプログラムも実施されたり、金曜・土曜はナイトミュージアムで夜9時まで開館したり、さらに前庭にはガーデンビアバーが出現したりしました。

7月20日(木)
講談社現代新書の一冊として『飛行機の戦争1914-1945 総力体制への道』が刊行されました。一ノ瀬俊也氏著。光太郎の「黒潮は何が好き」(昭和19年=1944)という詩を引用し、太平洋戦争下の民間による航空機、艦艇の献納運動を検証しています。

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7月21日(金)
『週刊朝日』さんの2017/7/21号に、当会会友渡辺えりさんによる「人生の晩餐 高村光太郎と智恵子がデートで食べたハイカラな味」が掲載されました。連翹忌会場の日比谷松本楼さんに関してでした。


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7月29日(土)
花巻高村光太郎記念館さん、高村山荘裏手の智恵子展望台において、「夏休み親子体験講座「新しくなった智恵子展望台で星を見よう」」が開催されました。講師は天文サークル星の喫茶室の伊藤修氏・根本善照氏、それから当方が務めました。

7月29日(土)~11月23日(木)
中野区立中央図書館さんの常設展示「日本の文豪 第7回」で、光太郎、志賀直哉、北原白秋が取り上げられました。


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7月30日(日)
埼玉県越谷市のポルコポルコさんで、朗読イベント「ポルコポルコのブックブックアワー~本を味わい尽くす極上の一日」が行われ、光太郎詩「レモン哀歌」が取り上げられました。語りは和久田み晴さん、フルートで宇高杏那さんのご出演でした。

8月1日(火)
土曜美術出版さんから月刊誌『詩と思想』8月号が発行されました。拙稿「高村光太郎を偲ぶ「連翹忌」」が掲載されました。

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同日、清流出版さんから『月刊清流』9月号が発行されました。「詩歌(うた)の小径」という連載で、「あどけない話――高村光太郎」が2ページにわたり掲載されています。

8月1日(火)~31日(木)
日本航空さんが地域プロモーション活動「地域紹介シリーズ」の一環として福島県を取り上げ、機内ビデオでは「ほんとの空」の安達太良山が放映されました。

8月3日(木)
『朝日新聞』さんの夕刊に「(言葉の服)日本人のおしゃれ:下 智恵子の素(しろ)」という記事が載りました。ご執筆はファッションデザイナー・堀畑裕之氏でした。

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8月4日(金)
東京毎日オークションハウスにおいて、「第546回毎日オークション 絵画・版画・彫刻」が開催され、光雲作の「舞翁」が出品されました。

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8月8日(火)
青森市ご在住の彫刻家で、生前の光太郎を御存知の田村進氏が、自作の光太郎ブロンズ胸像「光太郎山居(さんきょ)」を十和田市に寄贈なさいました。来春から、十和田湖畔の「十和田湖観光交流センターぷらっと」にて公開されるそうです。

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8月9日(水)
宮城県女川町のまちなか交流館ホールにおいて、第26回女川光太郎祭が開催されました。光太郎詩文の朗読、アトラクション演奏、当方の講演「高村光太郎、その生の軌跡 ―連作詩「暗愚小伝」をめぐって⑤―」などが行われました。

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同日、青森県さん制作の青森県PRムービー「ディス(り002)カバリー青森」第2弾がインターネット上で公開されました。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」も登場します。

8月12日(土)
京都芸術センターさんにおいて、「京の文化絵巻2017 ~文学吟詠舞劇と邦楽の飛翔~」が開催されました。文学吟詠舞劇 「智恵子抄 断章―千鳥と遊ぶ智恵子―」が演目に入っていました。

8月15日(火)
終戦の日にからめ、『岩手日報』さんの一面コラム「風土計」で光太郎に触れて下さいました。

8月19日(土)
『毎日新聞』さんの大阪夕刊に、「舞台をゆく長野県松本市・徳本峠(ウェストン「日本アルプスの登山と探検」) 穂高岳の雄姿、幾年月も」という記事が出、大正2年(1913)の光太郎智恵子上高地行が紹介されました。

8月19日(土)・20日(日)
花巻市内で「第20回いわて花巻イーハトーブの里ツーデーマーチ(イーハトーブフォーラム実行委主催)」が開催されました。「光太郎と賢治出会いのコース」(30㎞)も設定されました。

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8月23日(水)
エイ出版さんから女性向け登山雑誌『ランドネ』10月号が発売されました。「山岳お遍路さん 神様百名山を旅する」という連載があり、智恵子の故郷・二本松に聳える安達太良山が、「智恵子抄」にからめて紹介されています。

8月25日(金)~27日(日)
大阪市立芸術創造館さんで、evkk(エレベーター企画)さんによる演劇「売り言葉」が上演されました。「売り言葉」は、平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、大竹しのぶさん出演で初めて上演されました。登場人物は智恵子のみの一人芝居です。

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8月26日(土)
花巻高村光太郎記念館で、旧記念館の建物を「森のギャラリー」としてリニューアル、市民講座等での活用ができるようになりました。

8月26日(土)~11月5日(日)
富山県美術館さんで、「富山県美術館開館記念展 Part 1 生命と美の物語 LIFE - 楽園をもとめて」が開催され、光太郎木彫「蝉」(大正13年=1924)が出品されました。

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8月27日(日)
コールサック社さんから、佐藤竜一氏著『宮沢賢治 出会いの宇宙――賢治が出会い、心を通わせた16人――』が出版され、光太郎も取り上げられました。





8月30日(水)
江東区公会堂ティアラこうとうさんで、「響きあう詩と朗読」公演があり、宮尾壽里子さんによる光太郎「母をおもふ」、清水けいこさんによる「『智恵子抄』より」が上演されました。

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同日、角川書店さんから青少年向け、いわゆるライトノベル系のファミ通文庫の一冊として『詩葉さんは別(ワカレ)ノ詩を詠みはじめる』が刊行されました。樫田レオ氏著。光太郎の「郊外の人に」(大正元年=1912)が重要なモチーフとして扱われています。

9月1日(金)
北海道小樽市に似鳥美術館さんがオープンしました。光雲とその弟子達の木彫が多数展示されています。

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9月2日(土)
NHK総合さんで「ブラタモリ #81 十和田湖・奥入瀬 ~十和田湖は なぜ“神秘の湖”に?~」がオンエアされ、「乙女の像」も映りました。再放送は9月6日(水)でした。

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9月6日(水)
2月8日に亡くなった俳優の土屋嘉男さんの訃報が出ました。原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」(昭和32年=1957)にも出演なさっていました。光太郎の若い友人である詩人の「小山」という役で、モデルは尾崎喜八と草野心平でした。

9月9日(土)~11月23日(木)
福島県二本松市内各所を会場に、「重陽の芸術祭2017」が開催されました。智恵子生家の旧長沼酒造も会場となっており、現代アート作家の・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が行われていました。

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9月12日(火)~12月24日(日)
山梨県北杜市の清春白樺美術館さんで、「白樺派の情熱展 志賀直哉コレクションを中心として」が始まりました。光太郎の「裸婦坐像」(大正6年=1917)、「大倉喜八郎の首」(大正15年=1926)、さらに画商の後藤真太郎にあてた長い書簡(昭和6年=1931)が展示されました。

9月13日(水)
神奈川県立近大美術館館長・水沢勉氏が、御自身のフェイスブックにて、明治44年(1911)に、智恵子が描いた雑誌『青鞜』の有名な表紙絵に元画が存在することを発表されました。元になった作品は、ヨーゼフ・エンゲルハルトというオーストリアの画家が、明治37年(1904)のセントルイス万博のために制作した寄木細工「Merlinsage」でした。

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9月15日(金)~17日(日)
横浜伊勢佐木町ににあるお三の宮日枝神社さんの例大祭(お三の宮 秋まつり)が開催され、修復を終えた高村光雲の手になる彫刻が施された「火伏神輿」が2年ぶりに出ました。

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9月16日(土)・17日(日)
サンライズもとみや(福島県本宮市)において、「第5回カナリヤ映画祭」が開催されました。「智恵子抄」に触れる昭和40(1965)年に自主制作された映画「こころの山脈」(吉村公三郎監督、故・山岡久乃さん主演)が上映されました。

 9月16日(土)・9月30日(土)・10月22日(日)
 福島県鮫川村のあぶくまエヌエスネットフィールドさんで、自然体験学習「ふくしま ほんとの空プログラム」が開催されました。

9月15日(金)~11月27日(月)
花巻高村光太郎記念館さんで、「秋季企画展  智恵子の紙絵 智恵子抄の世界」が開催されました。同館所蔵の智恵子の紙絵実物2点、複製の紙絵などが展示されました。

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9月16日(土)~12月3日(日)
日本橋の三井記念美術館さんで「驚異の超絶技巧! —明治工芸から現代アートへ—」展が開催されました。光雲の木彫「布袋」が展示されました。

9月23日(土)~11月12日(日)
青森県八戸市の八戸クリニック街かどミュージアムさんで、「5周年記念秋期展旅と名所――広重から北東北の新版画・鳥瞰図まで」が開催され、光太郎ブロンズ「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のために習作として作った手を鋳造したもの、それから同じく「乙女の像」の中型試作の首の部分が展示されました。

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9月24日(日)
千葉県市原市のサンプラザ市原を会場に、「ひだまりコンサートVol2 朗読と歌 ことばをつむいで伝える大切な思い」が開催され、「智恵子抄」が朗読されました。

9月27日(水)
福島県南相馬市小高区の小高生涯学習センターにおいて、国立大学法人福島大学うつくしまふくしま未来支援センター主催のシンポジウム「ほんとの空が戻る日まで―東日本大震災から7年目を迎えた浜通り地方の今後を考える―」が開催されました。

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9月28日(木)
テレビ朝日さんで、「あなたの駅前物語 【二本松駅前/福島県】提灯祭りの駅前」が放映され、「智恵子抄」にからめて安達太良山、阿武隈川が紹介されました。

9月30日(土)~11月12日(日)007
愛知県豊橋市美術博物館さんで「ニッポンの写実 そっくりの魔力」が開催され、光雲木彫「天鹿馴兎(てんろくくんと)」(明治28年=1895・個人蔵)、「砥草刈(とくさがり)」(大正3年=1914・大阪市立美術館蔵)、「西行法師」(制作年不明・清水三年坂美術館蔵)の3点も並びました。   


というわけで、今回は7、8、9月をふり返りました。

書いている途中で、「一つの記事に掲載できる画像は50枚までです」というエラーメッセージが出てしまい、複数枚の画像を使おうとしたイベントから削除しました。それだけたくさん紹介すべき事項があったということですね。ありがたいことです。

明日はこのコーナー最終回、10、11、12月のご紹介です。


【折々のことば・光太郎】.

構造を思へ、構造無きところに存在無し。

散文「彫刻十個條」より 大正15年(1926) 光太郎44歳

人体にも、樹木にも、優れた建築にも、きちんとした構造が在ると光太郎は説きます。そういったことを意識するとしないとでは、やはり世界の見え方が違ってくるのでしょう。

一昨年に亡くなった、原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」の上映があります。今年亡くなった、土屋嘉男さんもご出演なさっていました。

市民名画劇場 智恵子抄

期   日 : 2017年10月12日(木)
時   間 : 午前10時から、午後1時30分から(開場は30分前)
会   場 : 豊川市ジオスペース館 愛知県豊川市諏訪1丁目63番地
定   員 : 100名(先着順)
申   込 : 当日会場まで
料   金 : 無料

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豊川市図書館さんの主催のようです。

同館では、定期的にこうした名画系の上映をなさっているとのこと。

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地元の方にとっては、ありがたいでしょうね。こうした動きがもっと各自治体に広まってほしいものです。

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【折々のことば・光太郎】

おれは草かげの湧き水で シヤベルやマンガを洗ひながら 「セルボーンの博物誌」をおもひ出す。 二百年も昔のイギリスの片田舎で 一人の牧師が書きとめた あのヨタカがそこにゐる。

詩「ヨタカ」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

ヨタカはその名の通り、夜行性の鳥。宮沢賢治も童話「よだかの星」で取り上げていますね。

『セルボーンの博物誌』は、18世紀後半、イギリスの片田舎セルボーンに住んでいた牧師、ギルバート・ホワイトの著書。その分野の古典として、今日でも読み継がれています。

「マンガ」は「馬鍬」ともいい、基本的には牛馬に引かせて田の代掻きなどを行う農機具ですが、人間用の「備中鍬」を「マンガ」と呼ぶ場合もあり、三畝の畑しかなかった光太郎が牛馬を使うはずもなく、おそらく後者でしょう。

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左が「馬鍬」、右が「備中鍬」です。

昨日まで1泊2日で、光太郎第二の故郷とも言うべき岩手花巻に行っておりました。2日に分けてレポートいたします。

まずは光太郎が戦後の7年間を暮らした、郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隣接する高村光太郎記念館さんの「秋期企画展 智恵子の紙絵 智恵子抄の世界」。状況をわかりやすくするために、新聞各紙の報道を引用いたします。

一昨日の『朝日新聞』さん。

岩手)智恵子の紙絵を公開 15日から高村光太郎記念館

 花巻市太田の高村光太郎記念館で15日から企画展「智恵子の紙絵・智恵子抄の世界」が始まる。光太郎の妻智恵子が、晩年の療養中に包装紙や色紙をはさみで切り抜いて作った「切り抜き絵」のオリジナルや複製品など約30点を集めた。同館は「繊細で豊かな智恵子の色彩感覚を間近で感じ取ってほしい」としている。11月27日までで、期間中は休館しない。
 心の病に侵された智恵子が1938年に52歳で亡くなるまで、療養の一環として光太郎にだけ見せるため制作した。アジやイチゴなどを繊細に切り取って台紙に貼り付けたもので、光太郎が「紙絵」と名付けた。戦時中も作品を花巻市や山形県などに疎開させたため、焼失を免れたという。(溝口太郎)

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続いて昨日の『岩手日報』さん。

智恵子の紙絵に光 花巻・高村光太郎記念館企画展

 花巻市太田の高村光太郎記念館で15日、企画展「智恵子の紙絵・智恵子抄の世界」が始まった。彫刻家で詩人の光太郎(1883~1956年)の妻智恵子(1886~1938年)に光を当て、色彩豊かな切り絵作品を紹介する。
  福島県二本松市出身で洋画家だった智恵子は芸術的苦悩から心を病み、病床で包装紙と小さなはさみで花や果物をモチーフに創作活動を続けた。
  展示作品約30点はいずれも最晩年の作。細部にこだわる繊細さと、構図や色使いの大胆さを併せ持つ。光太郎との唯一の合作「いちご」も展示する。
 映画「智恵子抄」のポスターなど関連資料を紹介し、花巻高村光太郎記念会が詩集「智恵子抄」ゆかりの風景を取材した映像作品も上映。同会企画担当の高橋卓也さん(40)は「(智恵子が)本能のまま無垢(むく)のセンスで仕上げた作品を間近に見てほしい」と来場を呼び掛ける。
  11月27日まで午前8時半~午後4時半。休館日なし。入場料は一般550円、高校・学生400円、小中学生300円。問い合わせは同館(0198・28・3012)へ。

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というわけで、花巻高村光太郎記念会さん所蔵の、実物の紙絵2点。

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あとは複製ですが、遠目には区別が付かない精巧なものです。

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「花巻高村光太郎記念会が詩集「智恵子抄」ゆかりの風景を取材した映像作品」は、プロジェクタで上映されています。下の画像の右上です。

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その下が「映画「智恵子抄」のポスター」。昭和32年(1957)の東宝版(原節子さん主演)、同42年(1967)の松竹版(岩下志麻さん主演)のものです。

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他にそれらの公式パンフレット、それから光太郎生前の昭和26年(1951)と同28年(1953)に、東京で開催された智恵子紙絵展のパンフレットも展示されています。そのあたり、当方がお貸しいたしました。

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一昨日も、早速、秋田県大仙市から団体さんがお見えでした。ありがたいかぎりです。

また、同じ敷地内の旧高村記念館、先月から「森のギャラリー」として利用されています。

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現在、盛岡市の岩手県立美術館さんで、企画展「花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼」が開催中。昨年、NHKさんの朝ドラ「とと姉ちゃん」で扱われた、雑誌『暮しの手帖』編集長だった花森安治の関連です。それに合わせ、森のギャラリーでも『暮しの手帖』などが展示されています。

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花森と共に、同誌の編集に当たった大橋鎭子は、昭和25年(1950)、光太郎にも寄稿を依頼するため、旧太田村の山小屋にもやってきました。その際に持ってきたか、その前後に東京から送ったものです。結局、光太郎の寄稿は実現しなかったようですが。


ぜひ足をお運び下さい。

ただし、注意が一点。記念館周辺、熊が出没しています。

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記念館さんの看板には、爪を研いだ痕が。006

基本的には臆病な動物なので、人気のない時間帯に歩いているようですが……。


【折々のことば・光太郎】

不思議なほどの脱卻のあとに ただ人たるの愛がある。 雨過天青の青磁いろが 廓然とした心ににほひ、 いま悠々たる無一物に 私は荒涼の美を満喫する。

連作詩「暗愚小伝」中の「終戦」より 
昭和22年(1947) 光太郎65歳

昭和20年(1945)、4月の空襲で東京を焼け出され、宮沢賢治の実家に身を寄せた光太郎。その宮沢家も終戦5日前の空襲で全焼し、旧制花巻中学校の元校長・佐藤昌宅で、8月15日を迎えました。正午には近くの鳥谷ヶ崎神社で玉音放送を聴いています。

10月には郊外太田村の、熊が歩き回る山小屋に移り住み、その頃には忠君愛国精神の呪縛から解き放たれ、「ただ人たるの愛がある」という境地に達しました。

」は「却」の正字です。

なかなかネット上に情報が公開されなかったため、(まだごたごたしているようで、市のフェイスブックには情報が出ていますが、ホームページ等には未掲載です。広報誌の今月号にも載りませんでした) 紹介が遅れましたが、岩手花巻の高村光太郎記念館さんで、秋の企画展が始まります。 

秋期企画展 智恵子の紙絵 智恵子抄の世界

期  日 : 2017年9月15日(金)~11月27日(月) 会期中無休
会  場 : 高村光太郎記念館 岩手県花巻市太田3-85-1 0198-28-3012
時  間 : 午前8時30分から午後4時30分まで
料  金 : 一般 550円(450円) 高校生及び学生 400円(300円)
                           小中学生 300円(200円) ( )内団体料金

 彫刻家で詩人として知られる高村光太郎。その妻、智恵子は雑誌『青鞜』創刊号の表紙絵を描き、新鋭の画家として注目されるなか光太郎と出会い、結ばれました。結婚後、智恵子は自身の油絵に対する芸術的苦悩や実家の一家離散が重なり、心の病に侵され睡眠薬で自殺を図ります。一命は取りとめたものの長い療養生活に入り、その後回復することはなく、昭和13年に入院先のゼームス坂病院でこの世を去ります。享年数え53歳の生涯でした。
 晩年の智恵子は作業療法として身の回りにあった色紙や包装紙など、様々な紙をマニキュア鋏で切りぬき、台紙に貼りつける「切り抜き絵」を多く制作します。それらは光太郎ただ一人に見せるために作られました。後に光太郎は智恵子の遺作となった切り抜き絵を「紙絵」と名づけました。太平洋戦争の空襲で光太郎はアトリを全焼し自身の作品の多くが焼失しましたが、智恵子の紙絵は花巻など地方に疎開させていて難を逃れました。
 この企画展では智恵子の紙絵のほか、愛の詩集ともいわれる詩集「智恵子抄」に関わる資料などを公開します。展示を通して智恵子の思いを感じていただければ幸いです。

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チラシ表面に使われているのは、昭和20年(1945)、花巻に疎開した光太郎を一時期自宅に住まわせ、その後も何くれとなく世話を焼いてくれた、初代花巻高村記念会理事長・佐藤隆房に贈った智恵子紙絵です。光太郎による画賛「智恵子遺作 切抜絵数種恵存」そして短歌「気ちがひといふおとろしきことばもてひとは智恵子をよばむとすらむ」が書き込まれています。

今回の展示では、これともう一点、二尾の魚をあしらった紙絵の、実物二点、あとは複製の紙絵が20点ほど展示されます。また、関連資料としていろいろ。先週、花巻高村光太郎記念会の方が当方自宅兼事務所に立ち寄られ(二本松や九十九里など、智恵子ゆかりの地の映像が会場内で流されるそうで、その撮影の合間に立ち寄られました)、いくつか展示できそうなものをお貸ししました。光太郎生前の昭和26年(1951)と同28年(1953)に、東京で開催された智恵子紙絵展のパンフレット、「映画になった智恵子抄」ということで、昭和32年(1957)公開・原節子さん主演と、同42年(1967)公開・岩下志麻さん主演の映画「智恵子抄」のポスター。


関連行事というわけではないのでしょうが、併せてご紹介しておきます。 

智恵子アート体験

期  日 : 2017年9月の毎週土曜
会  場 : 森のギャラリ-(旧高村記念館) 高村山荘・高村光太郎記念館敷地内
時  間 : 午前10時から12時まで 所要時間30分程度
費  用 : 500円 高村山荘入館料、材料費

型紙を使って紙を切り取り、ハガキや色紙に張り合わせて作り上げる紙絵制作体験を行っています。
子どもから大人までどなたでも手軽に楽しめます。
詳しくは、高村光太郎記念館 0198-28-3012へ。

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昭和41年(1966)に竣工した、旧高村記念館が、先月、「森のギャラリー」としてリニューアル。この手のちょっとしたイベントなどに使えるようになっています。紙絵の制作体験も先月末に一度行われました。おそらく2日と9日にも行われていたのではないかと思われます。


当方、別件もあり、今週末に行って参ります。詳しくはその後にレポートいたします。


【折々のことば・光太郎】

智恵子が私の支柱であり、 智恵子が私のジヤイロであつたことが 死んでみるとはつきりした。 智恵子の個体が消えてなくなり、 智恵子が普遍の存在となつて いつでもそこに居るにはゐるが、 もう手でつかめず声もきかない。 肉体こそ真である。

連作詩「暗愚小伝」中の「おそろしい空虚」より
 昭和22年(1947) 光太郎65歳

昭和13年(1938)10月5日、智恵子歿。その当初の光太郎はこうでした。「肉体こそ真」という考えから脱却し、智恵子は元素となっても常に自分を囲繞してくれている、と考えられるようになったのは、戦後になってからです。

ジャイロ(羅針盤)を失って、「おそろしい空虚」にはまりこんだ光太郎は、同じ詩の中で「乞はれるままに本を編んだり、変な方角の詩を書いたり」してしまったと述懐されます。空虚な翼賛詩の乱発と、それをまとめた詩集『大いなる日に』(昭和17年=1942)、『をぢさんの詩』(同18年=1943)、『記録』(同19年=1944)などを指します。

今日の『朝日新聞』さん朝刊に、俳優の土屋嘉男さんの訃報が出ていました。

土屋嘉男さん死去 「七人の侍」など出演

 「七人の侍」など多くの黒澤映画で脇を固めた俳優の土屋嘉男(つちや・よしお)さんが、2月8日に肺がんで亡くなっていたことがわかった。89歳だった。
 俳優座養成所を経て東宝入社。54年、黒澤明監督の「七人の侍」で、愛妻を野武士に奪われて苦しむ若い農民の利吉を演じて注目を集めた。以降、55年の「生きものの記録」から65年の「赤ひげ」まで、黒澤映画の脇役として欠かせない存在となった。
 東宝では、ほかに「ゴジラの逆襲」「ガス人間第一号」などの特撮もの、「黒い画集 ある遭難」「乱れ雲」など、幅広い作品に出演した。

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土屋さん、若き日にやはり東宝の、原節子さん主演「智恵子抄」(昭和32年=1957)にも出演なさっていました。光太郎の若い友人である詩人の「小山」という役で、モデルは尾崎喜八と草野心平でした。

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小山の登場シーンは2回(シナリオではもう1回ありましたが、映画本編では2回でした)。

まずは、大正末から昭和初め頃という設定で、森啓子さん(のち森今日子と改名)演じる妻と、生まれたばかりの女の子を連れて、光太郎智恵子の暮らすアトリエを訪ねるシーン。下の画像はスチール写真です。

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実際の映画から。

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そろそろ精神的に不安定になりつつあった、原節子さん演じる智恵子が、赤ちゃんをまるで引ったくるように自室に連れて行ってしまうという流れでした。

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尾崎喜八がよく妻子(妻は光太郎の親友・水野葉舟の娘である実子)を連れて光太郎アトリエを訪問しており、お嬢さんの榮子さんは昨年までご健在で、智恵子に抱っこされた思い出をうかがったことがあります。映画ではそのあたりを脚色したようです。

それから、草野心平とのエピソードも使われていました。智恵子がゼームス坂病院に入院したあと、という設定で、山村聰さん演じる光太郎が「小山」を場末の酒場に呼び出し、くだをまくシーンです。

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どういった事情があったのか、土屋さん、訃報は今日の新聞に載っていましたが、亡くなったのは2月だそうです。ちなみに昨日は、原節子さんのご命日で、今年は三回忌となり、不思議なご縁を感じます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

いつのことだか忘れたが、 私と話すつもりで来た啄木も、 彫刻一途のお坊ちやんの世間見ずに すつかりあきらめて帰つていつた。 日露戦争の勝敗よりも ロヂンとかいふ人の事が知りたかつた。

連作詩「暗愚小伝」中の「彫刻一途」より 昭和22年(1947) 光太郎65歳

「ロヂン」は「ロダン(Rodin)」の英語風の読み方です。東京美術学校に入学後、ロダンの名もまだ日本では知られていなかった頃、海外の雑誌で作品の写真を見て、いち早くその新しい美に打たれた光太郎。社会主義にもかぶれていた啄木が訪ねてきても、話が噛み合わなかったということです。

忠君愛国の精神で育て上げられてきた光太郎、遅まきながらの自我の目覚めは、ロダンとともにやってきました。

東京阿佐ヶ谷から、映画の上映情報です。

芳醇:東宝文芸映画へのいざない 智恵子抄

日 程 : 2017年5月10日(水) 〜16日(火)
場 所 : ラピュタ阿佐ケ谷 東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-12-21
時 間 : 5/10(水)~13(土) 17:00~  5/14(日)~16(火) 12:50~
料 金 : 一般1,200円 シニア・学生1,000円 会員:800円 3回券:2,700円
       水曜サービスデー
1,000円
       午前10時15分より当日の全回分の整理番号付き入場券を発売します。
       定員48名になり次第、
切らせていただきます。

智惠子抄 1957年(S32)/東宝/白黒/98分006

監督:熊谷久虎/原作:高村光太郎/脚本:八住利雄
撮影:小原譲治/美術:清水喜代志/音楽:團伊玖磨

出演:原節子、山村聰、青山京子、太刀川洋一、三津田健、
    柳永二郎、三好栄子、津山路子、賀原夏子 他

詩人・高村光太郎は智惠子との出会いで、生きる喜びを見出していく。しかし、ふたりの美しい愛の生活は長くは続かず、智惠子は精神に変調をきたしていく──。「愛のバイブル」と讃えられた名詩集を原節子主演で映画化。


芳醇:東宝文芸映画へのいざない」として、「智恵子抄」以外に、「夫婦善哉」、「潮騒」、「めし」、「多甚古村」、「赤頭巾ちゃん気をつけて」、「江分利満氏の優雅な生活」などがラインナップに入っています。

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原節子さんの「智恵子抄」は、今月14日に調布でも上映があります。こうした動きがさらに広まっていってほしいものですね。


【折々のことば・光太郎】007 (2)

人間よ、 もう止せ、こんな事は。

詩「ぼろぼろな駝鳥」より 
昭和3年(1928) 光太郎46歳

「ぼろぼろな駝鳥」。光太郎詩代表作の一つですね。右は戦前と思われる絵はがき。上野動物園の駝鳥です。以前にもご紹介しましたが。この詩のモデルかも知れませんし、そうでないかも知れません。

「こんな事」は、野生動物を閉じこめて飼うような、権利の侵害、自由の剥奪、言論の統制、あるべきものをあるべき場所に置かないこと、さまざまな管理、不当な処罰、監視、抑圧、弾圧、強制、強要、迫害、排除、差別、ヘイト……いろいろと考えられますね。

「もう止せ」と言いたくなることがまかり通り、さらに後から後から追加されていく世の中です。何とかならないものですかね……。

「ぼろぼろな駝鳥」、以前は小学校の教科書にも載っていましたが、最近は削除されているようです。こういう動きも或る意味不気味ですね。

昨日は東京調布での、昭和32年(1957)公開の東宝映画「智恵子抄」(故・原節子さん主演)上映情報をご紹介しましたが、10年後の同42年(1967)に封切られた松竹映画「智恵子抄」(岩下志麻さん主演)の上映情報です。

特別企画 中村登監督特集 60年代松竹映画を代表する監督・中村登の特集 「智恵子抄」 

日 程 : 2017年5月17日(水)14:00002
        21日(日)14:00  27日(土)11:00
場 所 : 福岡市映像図書館ホールシネラ
       福岡市早良区百道浜3丁目7番1号
料 金 : 600円 (大人) 
      500円 (大学生・高校生)     
      400円 (中学生・小学生) すべて当日券

高村光太郎は画学生の智恵子と見合いし、結婚する。油絵に没頭する智恵子だが、文展に出した絵は落選する。火事のため田舎に住む智恵子の父親が死亡、また実家が倒産したとの知らせが届く。苦しむ智恵子は自殺を図る。高村光太郎の詩集「智恵子抄」と佐藤春夫の「小説智恵子抄」を原作とした映画。「智恵子抄」の詩を効果的に使いながら二人の純愛を描く。アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。

監督:中村登    出演:岩下志麻 丹波哲郎 他 
1967年/35ミリ/カラー/125分/松竹


当方、一度拝見しましたが、鬼気迫る岩下さんの智恵子、重厚な丹波さんの光太郎、それぞれすばらしい演技でした。

丹波さんもそうですが、脇を固める俳優陣の皆さんにも既に亡くなった方が多く、その意味では懐かしさにひたれます。智恵子の親友・和子役の南田洋子さん、その夫は岡田英次さん(柳敬助夫妻がモデルです)、光太郎の親友・石井柏亭で平幹二朗さん、犬吠の太郎に石立鉄男さん、智恵子の両親が加藤嘉さんと宝生あや子さん、智恵子の主治医を内藤武敏さんなどなど。

「中村登監督特集」としては、「智恵子抄」以外に、「我が家は楽し」、「土砂降り」、「集金旅行」、「危険旅行」、「いろはにほへと」、「古都」、「夜の片鱗」、「二十一歳の父」、「暖春」、「紀ノ川」、「惜春」が上映されるそうです。

お近くの方、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

木を彫ると心があたたかくなる。 自分が何かの形になるのを、 木は喜んでゐるやうだ。
詩「偶作十五篇」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

造形芸術のカテゴリーとして一口に「彫刻」といいますが、正確には「彫塑」というべきです。木や石などを彫ったり削ったりして作る「彫」と、粘土などを積み重ねて作る「塑」、ある意味真逆です。「彫」は余分なものをそぎ落とすマイナス、「塑」はゼロからどんどん足してゆくプラスの製法です。光太郎はどちらもこなしました。

長じてから、ミケランジェロやロダンを範とした「塑」に取り組む際には、ある意味身構えて臨むことが多かったようですが、幼い頃から自然と身につけた「彫」の場合は、時に遊び心を抱きながら取り組んでいたようにも思えます。

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東京調布から、映画の上映情報です。
場   所 : 文化会館たづくり 10階 1002学習室
         東京都調布市小島町2-33-1
時   間 : 開場 13:15  開演 13:00  終了 16:30
料   金 : 300円/人(資料・茶菓代)
問い合わせ : 沖田さん 090-3439-3223

映画を観ながら、音楽を聴きながら、お茶と皆さんの語らいを
楽しむサロンを開いています。
映画と音楽をこよなく愛しておられる方、新たなコミニュケーションの場を広げませんか?お待ちしております。


プログラム 『智恵子抄』(原作:高村光太郎) ~映画の中の日本文学(戦前昭和の文学)~

 詩人であり彫刻家でもある高村光太郎002が智恵子を知り、彼女の清純な、童女の如き純愛に強く心をうたれ過去の荒んだ生活を清算し、彼女と新しい生活を営む。この新しい生活から、彼の智恵子との愛の喜びを謳いあげた詩は限りなく生れ出た。「智恵子抄」は智恵子との出会いから死別、そして追憶までを抒情的に歌い上げた愛の詩集であり、またヒューマンドキュメントとして稀有な詩集です。
 『智恵子抄』はこの詩集をもとに、八住利雄が脚本を執筆、熊谷久虎監督が映画化、山村聡が高村光太郎、原節子が智恵子を演じ、美しい夫婦の愛情を描いた。
 智恵子の純真な愛に出会い、光太郎は生きる喜び、愛の幸せに包まれるが、仕事と家庭の板ばさみから、やがて智恵子は心を病んでいき・・・。原節子が愛と狂気に揺れる智恵子を演じ切った感動作。


一昨年に亡くなった、伝説の映画女優・原節子さん主演の「智恵子抄」(昭和32年=1957・東宝)が上映されます。原さんのご逝去後、智恵子の故郷・二本松や、原さんがお住まいだった鎌倉をはじめ、追悼的に各地で上映される機会が増えましたが、まだその流れが途切れていないようです。

実は「智恵子抄」は、原さんの出演作品の中で、相対評価的にはあまり高くない作品です(最近はそういう評価だったということも忘れられている感があります)。たしかに何度か拝見して、その意見に首肯せざるをえない部分もありました。しかし、絶対評価としてみると、決して駄作というわけではありません。

今後とも、各地での上映が続いてほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

真の自由の来ない限り、 人間は幾億年でも怒るがいい。

詩「偶作十五篇」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

大正14年(1925)には治安維持法が公布されています。昭和3年(1928)には、最高刑が死刑に引き上げられたり、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者」にまで処罰の対象が広げられたりしました。このあたりは国会で審議未了だったにもかかわらず、勅命の形で改訂が強行されたとのこと。そうしたきな臭い世相を背景にしています。

「真の自由」。難しい言葉ですね。よく言われることですが、「自由」には「責任」がつきものですし、日本国憲法にも「公共の福祉に反しない」という条件が付されています。

だからといって、治安維持法の復活は許されることではありませんね。

昨日に引き続き、今年一年の回顧を……と、その前に、後ろを振り返ってばかりもいられません、未来の話を(笑)。

テレビ放映情報です。

のんびりゆったり路線バスの旅スペシャル▽拡大版!ちょっといい景色へ 徳島・福島

NHK総合 2016年12月30日(金)  8時20分~9時34分

大河ドラマ「真田丸」のお局役で話題となった峯村リエさんと、バス旅の常連となった野間口徹さんが東北・福島を!鈴木砂羽さんと浅利陽介さんが四国・徳島を路線バスで巡りました。今回は、その拡大版を放送します!旅のテーマは「ちょっといい景色」。今回は、男性が女性をエスコートして、オススメの景色に案内します。なんと、福島から富士山が見える!?徳島が誇るドキドキの景色とは?そしてゴールで見る感動の景色とは?

出演 鈴木砂羽,浅利陽介,野間口徹,峯村リエ,
語り 高木渉,島本須美

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今月15日の夜、「拡大版」ではない放映があり、その際は当方、用事があって出かけており、愛車を運転中で、カーナビのテレビで流れていました。

「おー、福島かぁ」と思ったら、何と智恵子の故郷二本松。慌てて車を駐めました。その際にスマホでナビ画面を撮影。

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秋の菊人形期間中にロケが行われていて、智恵子人形がばっちり写りました。

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帰ってからネットで調べてみると、番組紹介の欄に「二本松」の文字がなかったので、放映前に気付かなかったと判明しました。当然録画もしておらず、「再放送してくれないかな」と思っていたところ、再放送ではありませんが、「拡大版」の放映があり、ラッキーでした。

さらに、光太郎と縁の深かった草野心平ゆかりの地・川内村も訪れたとのことでした。

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今度はしっかり録画しようと思っております。

それにしても旅人の峯村リエさん、大河ドラマ「真田丸」での大蔵卿局のイメージしかなく、かなりのお歳なのかと思っていました。しかし、失礼ながらこの放映を見ると、かわいらしい感じで、意外でしたが、それもそのはず、実は当方と同い年でした(笑)。

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それはさておき、もう1件。 

ぶんきょう浪漫紀行 高村光太郎(前編・後編)

東京MXテレビ 2017年1月1日(日)  9時30分~10時00分

区内の史跡や名所、ゆかりの人物などについて紹介する歴史番組です。


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ぶんきょう浪漫紀行」。もともと、文京区さんで、区内対象のケーブルテレビの番組として制作され、今年7月(前編)と8月(後編)に初回放映がありました。当会顧問・北川太一先生や、現在の髙村家当主・達氏とお姉様の朋美様などのご出演です。

それが地上波・東京MXテレビさんで放映されます。都内及び隣接県の一部でしか視聴できませんが、該当地域の方、ぜひご覧下さい。


さて、今度こそ、昨日に引き続き、今年一年の回顧を。今日は5月~7月ですが、昨日の分に抜けがあり、その増補から。

4月15日(金) 株式会社ビューティービジネスさんの美容専門雑誌『PROFESSIONAL TOKYO』95号「智恵子抄」が発行されました。同日、ナカニシヤ出版さん刊行の藤田尚志・宮野真生子編『愛・性・家族の哲学① 愛 結婚は愛のあかし?』で、『智恵子抄』にふれてくださいました。

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4月15日(金)~10月13日(木) 岩手花巻の宮沢賢治イーハトーブ館さんで、「宮沢賢治生誕120年記念事業 賢治研究の先駆者たち⑥ 黄瀛展」が開催され、光太郎に関わる資料も多数展示されました。

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5月8日(日) 中央区の第一生命ホールにて、合唱団CANTUS ANIMAEさんの第20回定期演奏会があり、安藤寛子さん作曲の「智恵子の手紙」 が委嘱初演されました。

5月12日(木)~6月9日(木) 文京区のアカデミー文京で、生涯学習講座「智恵子はるか―高村光太郎・その愛と美―」全6回が、早稲田大学名誉教授・榎本 隆司氏を講師に開催されました。

5月14日(土) 岩手花巻で高村光太郎記念館講座「高村光太郎の足跡を訪ねる~花巻のくらし~」が行われ、光太郎が旧太田村の山荘に移るまでの1ヶ月あまりを過ごした佐藤隆房邸の公開などが行われました。

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同日、愛知小牧のメナード美術館さんで、「版画と彫刻コレクション 表現×個性」が開幕しました。7月10日(日)迄の会期で、光太郎の木彫「栄螺」と「鯰」が展示されました。

5月15日(日) 岩手花巻郊外の高村山荘敷地で、第59回高村祭が開催されました。記念講演は、光太郎の従妹のご子息、加藤千晴氏でした。

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同日、福岡県筑後市のサザンクス筑後を会場に、「ぱふぉーまんす集団センゲキ第16回公演「ELEGANCE FIGHT~元始、女性は太陽であった~」の公演がありました。河口智美さんという方が智恵子役を演じられました。

5月20日(金)~22日(日) 福島二本松の智恵子の生家で、「高村智恵子生誕130年記念事業 智恵子生誕祭 琴の調べ」が開催され、地元愛好家による琴の演奏が披露されました。

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5月21日(土)~27(金) 北九州市小倉北区の小倉昭和館さんで行われた「名画をフィルムで ~原節子特集~」の一環として、昭和32年(1957)制作の東宝映画「智恵子抄」(原節子さん主演)の上映がありました。

5月22日(火) NHKラジオ深夜便の公開収録「公開復興サポート 明日へ」が福島郡山で行われ、「智恵子抄」の朗読がなされました。オンエアは5月30日(月)でした。

5月26日(木) コールサック社さんから佐藤竜一氏著『宮沢賢治の詩友・黄瀛の生涯―日本と中国 二つの祖国を生きて』。が刊行されました。平成6年(1994)に日本地域社会研究所さんから刊行された『黄瀛―その詩と数奇な生涯』の増補改訂版です。

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6月4日(土) 横浜市戸塚区のSala MASAKAで、ピアニスト荒野愛子さんらによる「Aiko Kono Ensemble Sala MASAKA × PETROF 特別コンサート」があり、「『智恵子抄』による ピアノとクラリネットための小曲集」が演奏されました。

同日、岩手盛岡の姫神ホール(盛岡市渋民公民館)に、「啄木生誕130年・盛岡市玉山村合併10周年 2016啄木祭 ~母を背負ひて~」が挙行され、渡辺えりさんによる記念講演「わたしと啄木・賢治・光太郎」がありました。その後、渡辺さんから花巻高村光太郎記念館さんに、光太郎が渡辺さんのお父様に宛てた書簡等が贈呈されました。

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6月2日(木) 『読売新聞』さんに「タイムトラベル 高村智恵子記念詩碑 夫婦愛を刻む「レモン哀歌」という記事が掲載されました。

6月18日(土)~8月7日(日) 北海道立函館美術館さんで、「開館30周年特別展 画家の詩、詩人の絵―絵は詩のごとく、詩は絵のごとく Poetry of the painter,Paintings of the poet」が開催されました。昨年、神奈川平塚市美術館さんを皮切りに始まり、愛知碧南市藤井達吉現代美術館さん、姫路市立美術館さん、足利市立美術館さんと巡回した展覧会で、こちらが最終開催地でした。

6月24日(金) 生前の光太郎と交流のあった埼玉県東松山市の元教育長・田口弘氏が、同市に光太郎から贈られた書や書簡など約100点を寄贈なさいました。

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7月1日(金) 名古屋市瑞穂文化小劇場で「2016年度 国際芸術連盟作曲賞&音楽賞 受賞記念コンサート」が開かれ、野村朗氏作曲の連作歌曲「智恵子抄」が、バリトン:森山孝光氏、ピアノ:森山康子氏によって演奏されました。

7月11日(月) 上にも書きましたが、文京区のケーブルテレビで、「ぶんきょう浪漫紀行 高村光太郎(前編)」の初回放映がありました。

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7月13日(水) 盛岡少年刑務所で、「第39回高村光太郎祭」が開催され、受刑者による光太郎詩の群読、当方の講演などが行われました。

同日、『朝日新聞』さんの「各駅停話」というコラムが「新御徒町駅 幻の高村光雲の大仏」でした。

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7月15日(金)~11月23日(水) 高村光太郎記念館さんで、「高村光太郎没後六〇年・高村智恵子生誕一三〇年 企画展 智恵子の紙絵」が開催され、智恵子紙絵の実物の展示が行われました。

7月16日(土)~9月19日(月) 群馬県立館林美術館さんで、「再発見!ニッポンの立体」展が開催されました。光太郎彫刻「手」、「裸婦坐像」、「大倉喜八郎の首」、光雲彫刻「西王母」「江口の遊君」が展示されました。

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7月16日(土)~18日(月) 青森十和田湖畔で、「十和田八幡平国立公園十和田八甲田地域指定80周年記念 第51回十和田湖湖水まつり」が開催され、例年通り「乙女の像」のライトアップが為されました。

7月17日(日) 福井県鯖江市文化の館で、朗読イベント「復刻智恵子抄」が開催されました。同日、福島安達太良山頂で、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子抄」朗読会も行われました。

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7月20日(水) 彩流社さんから北野麦酒氏著『永遠なれ! レトロスペース・坂会館』が刊行されました。第2章が「坂館長が見た「智恵子抄」の智恵子の幻のヌード写真」、第7章が「ヌード写真の智恵子」となっています。

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7月23日(土)~8月28日(日) 信州安曇野碌山美術館さんで「夏季特別企画展 高村光太郎没後60年・高村智恵子生誕130年記念 高村光太郎 彫刻と詩 展 彫刻のいのちは詩魂にあり」が開催されました。8月7日(日)には関連行事として当方の記念講演「高村光太郎作《乙女の像》をめぐって」が行われました。

7月25日(月) JR東日本企画主催の「交通広告グランプリ2016」で、「あなたの思う福島はどんな福島ですか?」という題で、光太郎詩「あどけない話」をモチーフに使った「福島県の作品が特別賞に当たる「JR東日本賞」を受賞しました。
 
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7月29日(金) 花巻高村光太郎記念館さんで、テルミン奏者・大西ようこさん、ヴォイスパフォーマー・荒井真澄さんによるロビーコンサートが行われました。こうした試みは同館初でした。


本当は8月までカバーする予定だったのですが、力尽きました(笑)。明日に回します。


【折々の歌と句・光太郎】

何となく沈みがちなる我胸をわれもえしらず年くれてゆく
明治34年(1901) 光太郎19歳

「え……ず」は「……することが出来ない」という意味です。自分の胸の内を自分でも知ることが出来ない、という煩悶の中、年が暮れて行くというわけですね。若き日にありがちな悩みだと思います。

このブログにて毎年恒例の一年間を振り返るコーナーをはじめます。

1月1日(金) 元旦早々、『岩手日報』さんの一面コラム「風土計」にて、光太郎・光雲に触れて下さいました。3/4(金)の同欄でも光太郎智恵子に触れて下さいました。

同日、文芸評論家の佐伯彰一氏が肺炎のため亡くなりました。『日米関係の中の文学』(昭和59年=1984 文藝春秋社)というご著書で、光太郎に触れて下さっていました。

1月4日(月) 『日本経済新聞』さんの連載コラム、「生きる命 十選 掌編の試み」で、光雲作の重要文化財「老猿」が取り上げられました。

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1月22日(金) 目黒区のライブハウス アピア40で、『智恵子抄』の朗読と音楽のコラボを含むコンサート「言葉と音の交差点」が開催されました。

1月25日(月) 池袋新文芸坐で、昭和32年(1957)公開、故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」が上映されました。

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1月31日(日) 名古屋の電気文化会館 ザ・コンサートホールで開催された「Gruppo Giglio Vol.8」で、作曲家・野村朗氏の新作、連作歌曲「智恵子抄巻末の短歌六編より」が、バリトン・森山孝光氏、ピアノ・森山康子氏の演奏で初演されました。

2月5日(金)~2月28日(日) 青森県十和田湖畔休屋地区で、「光と雪のページェント 十和田湖冬物語2016」が開催されました。期間中、例年通り光太郎作の「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップがなされました。

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2月6日(土) 福島県二本松市の智恵子生家で昨年から実施されている、2階の智恵子の部屋限定公開が開始されました。2月、4月、5月、10月、11月の土・日・祝日に実施されました。

2月13 日(土) ~3月27 日(日) 姫路市立美術館さんで、企画展「画家の詩、詩人の絵 絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」が開催され、光太郎油彩画「日光晩秋」(大正3年=1914)、「静物」(同)、「渡辺湖畔の娘道子像」(大正7年=1918)が展示されました。

2月15日(月) 名古屋学芸大学教授で、かつて高村光太郎談話会を主宰されていた大島龍彦氏が亡くなりました。ご著書に、『智恵子抄の新見と実証』(新典社 平成20年=2008)、『『智恵子抄』の世界』(同 平成16年=2004 奥様の裕子様と共編著)などがありました。

2月17日(水) 月刊『美術手帖』2016年3月号で、特集「超絶技巧!!宮川香山と明治工芸篇」が組まれ、光雲の項も設定されました。

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2月18日(木) 光太郎と交流の深かった詩人・尾崎喜八の息女で、ご自身も光太郎智恵子にかわいがられたという尾崎実子さんが亡くなりました。

2月24日(水) 平凡社さん刊行の雑誌『こころ vol29』、「特別企画 再録・『心』名作館」という項に、光太郎詩「人体飢餓」が収められました。

2月27日(土) 『岩手日日新聞』さんに、「光太郎の新たな資料 住民との集合写真 安藤さん(太田)、市に寄贈」という記事が載りました。昭和27年(1952)頃に、花巻郊外太田村で撮影されたと見られる光太郎も写っている写真が、花巻高村光太郎記念館さんに寄贈された、という内容でした。

3月1日(火)~5月15日(日) 滋賀県甲賀市のMIHO MUSEUMさんの企画展「かざり -信仰と祭りのエネルギー」で、神奈川横浜伊勢佐木町の日枝神社例大祭で街を練り歩く、光雲の手になる「火伏神輿」及び「獅子頭」が展示されました。

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3月5日(土) 愛知大学車道キャンパスコンベンションホールを会場に、国立大学法人福島大学さん、福島大学うつくしまふくしま未来支援センターさん主催のシンポジウム「ほんとの空が戻る日まで―震災・原発事故から5年を迎える福島を考える―」が開催されました。

3月5日(土)・3月19日(土) 葛飾区のプラネタリーアム銀河座で、「3月のプラネタリウム 智恵子抄と春空」が上映されました。

3月6日(日) 大田区民ホール・アプリコにて、朗読劇「レモン哀歌」が上演されました。

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3月15日(火) 青森の地方紙『デーリー東北』さんの一面コラム「天鐘」が、光太郎に触れて下さいました。

3月16日(水) 江東区深川江戸資料館において、「朗読人の四季~2016春」が開催され、杉山典子さんによる光太郎『智恵子抄』よりの朗読がありました。

3月18日(金)~7月10日(日) 鎌倉市川喜多映画記念館さんの特別展「鎌倉の映画人 映画女優 原節子」が開催され、東宝映画「智恵子抄」関連の資料の展示、さらに7/8(金)~10(日)には同作品の上映も行われました。

3月24日(木) 秋田県生涯学習センター講堂で、生涯学習講座「平成27年度あきたスマートカレッジ連携講座 支え合う文学者たち」の第3回「『歴程』高村光太郎・宮沢賢治・草野心平・黄瀛(同人)」が、県生涯学習センター シニアコーディネーター北条常久氏を講師に行われました。

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3月25日(金) 新潮社さんから、光太郎と交流が深かった彫刻家・舟越保武のご息女・末盛千枝子さんの『「私」を受け容れて生きる―父と母の娘』が刊行されました。末盛さんの「千枝子」というお名前は、光太郎が名付け親となってつけられたそうです。同日、武蔵野美術大学さんから、昨年開催された「近代日本彫刻展(A Study of Modern Japanese Sculpture」展(光太郎作「白文鳥」「手」が出品)の関連行事としての「国際シンポジウム The Study of Modern Japanese Sculpture」記録が刊行されました。

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3月26日(土) 千代田区の宮内庁三の丸尚蔵館で、「古典再生――作家たちの挑戦」展が開かれました。光雲作品「猿置物」「養蚕天女」が出品されました。

3月29日(火)・30日(水) 名古屋市でHITOMIホールプリズムステージ「智恵子抄~朗読と音楽が紡ぐ、純愛~」公演が行われました。

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3月29日(火)~31日(木) 東京都北区の北とぴあ カナリアホールにて、劇団東京イボンヌ第3回企画公演「コンサートと無伴奏 ~永遠の愛~」が上演されました。伊達裕子 さん、浅川荘子さんによる「【朗読】~「智恵子抄」より~ 」がプログラムに入っていました。

3月31日(木) 岩手花巻の太田地区振興会さんから、「大地麗(だいちうるわし)」が刊行されました。戦中戦後の光太郎の思い出を、地元の皆さんが記した記録集です。

4月2日(土) 第60回連翹忌を、日比谷松本楼さんで開催いたしました。同日、高村光太郎研究会から雑誌『高村光太郎研究』第37号が刊行されました。また、岩手花巻でも詩碑前祭と、花巻としての連翹忌が開催されました。

4月5日(火) NHK文化センター水戸教室の生涯学習講座「日本の詩をよむ-人と作品の魅力 ~高村光太郎と室生犀星~」が始まりました。9/6(火)までの全6回で、講師は日本文藝家協会会員  成井惠子氏でした。

4月6日(水) 昭和29年(1954)にラジオ番組「私の見たこと、聞いたこと」で、光太郎談話の聞き手を務めたラジオパーソナリティー・秋山ちえ子さんが亡くなりました。


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4月9日(土)~6月12日(日) 「画家の詩、詩人の絵 ―絵は詩のごとく、詩は絵のごとく―」展が、栃木足利市立美術館さんに巡回になりました。

4月11日(月) 千葉市美浜文化ホールで、第1回「朗読と音楽の刻(とき)・虹」〜朗読とピアノとオカリナのコラボレーション〜が開催され、「智恵子抄」も取り上げられました。

4月16日(土)・17日(日) 青森県十和田市十和田湖観光交流センター「ぷらっと」及び市民交流プラザ「トワーレ」において、劇団エムズ・パーティーさんによる「十和田湖乙女の像のものがたり」朗読劇」が上演されました。

4月17日(日) 福島二本松で、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「第11回好きです智恵子青空ウォーク~桜章~」が開催されました。

4月30日(土) 言視舎さんから、福井次郎氏著『映画「高村光太郎」を提案します 映像化のための謎解き評伝
が刊行されました。

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4月(日付不明) 長野で『豊科近代美術館友の会会報』が刊行されました。幅谷啓子氏による「昭和6年に出した2枚のハガキ」という記事で、光太郎から在仏の高田博厚宛の外信葉書二通が初めて紹介されました。


続きはまた明日。


【折々の歌と句・光太郎】

秩父かぜ吹いても枯れし古しきみ御墓(みはか)掃くとてひとりし泣かる
明治35年(1902) 光太郎20歳

「秩父かぜ」は「秩父颪(おろし)」ともいい、秩父山塊から埼玉や東京に吹く木枯らしです。「しきみ」は「樒」、その枝を仏前に供える木ですね。具体的な背景が不明ですが、親しかった人物の墓参を題材にしているようです。

上記で今年1月から4月までの回顧録を記載しましたが、たった4ヶ月でも関係する方々の訃報が多く、改めて残念に思いました。色即是空、諸行無常とは申しますが……。

智恵子の故郷・福島二本松での市民講座、「智恵子講座’16」の最終回が開かれます。

智恵子講座2016 第7回 「平塚らいてうと青鞜社」  第8回「高村智恵子を語るつどい」

期 日 : 2016年12月18日(日)
時 間 : 午前10時から
会 場 : 福島県男女共生センター 二本松市郭内一丁目196-1
講 師 : 澤正宏氏 (福島大学名誉教授)
参加費 : 1,000円
問い合わせ/申し込み : 智恵子のまち夢くらぶ ☎0243(23)6743

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午前中が福島大名誉教授・澤正宏氏による「平塚らいてうと青鞜社」、昼食休憩を挟み、午後1時半から閉講式を兼ねた「高村智恵子を語る集い」だそうです。

郷土の文化人の顕彰を地道に続けられている智恵子のまち夢くらぶさんには、頭が下がります。


二本松といえば、この秋、市の歴史資料館と智恵子記念館二ヶ所分散開催で、「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」展がありました。

そちらが先月27日に閉幕し、一昨日、当方がお貸しした展示物の返却に、市教委の担当者の方がいらっしゃいました。その際にご報告を受けましたが、盛況だったとのことで、安心いたしました。

歴史資料館では、会期中の入場者数が1,602人。これまでの企画展だと、1,000人行くか行かないかというところだそうでした。

智恵子記念館の方は、同じく6,173人。こちらは智恵子の生家とセットの施設で、もともと観光名所的な部分もあり、普段から入館者数はそれなりですが、やはり普段のそれを大きく上回ったようです。

恒例の連中行事、菊人形や、福島現代美術ビエンナーレの一環としての小松美羽さんの襖絵アートなども集客への貢献があったと思われます。

報告書には「展示状況」ということで、画像も掲載されていました。

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このようにして記録を残すというのはいいですね。

返ってきた当方所蔵資料。まずはさまざまな『智恵子抄』。

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明治~昭和前半の智恵子資料。

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故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」関連。

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ご当地ソング「智恵子抄」関連。

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夏には信州安曇野碌山美術館さんの「夏季特別企画展 高村光太郎没後60年・高村智恵子生誕130年記念 高村光太郎 彫刻と詩 展 彫刻のいのちは詩魂にあり」に、光太郎詩集5冊ほどお貸ししましたし、花巻高村光太郎記念館さんには、無期限で『宮沢賢治全集』などをお貸ししています。当方コレクション、大活躍です(笑)。

各地のイベント等担当の方、光太郎智恵子に関する資料類、ものすごいものはありませんが、お貸しいたしますので、必要とあらばご連絡ください。連絡先はこのページ左上、プロフィール欄をご参照下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

風吹いて桶屋さかゆの句にもまし恋する人の考へや貧(ひん)
明治38年(1905) 光太郎23歳

今日の関東、冬晴れのいい天気ですが、凩が強く、布団を干すか干すまいか迷っています(笑)。

九州福岡から、昭和32年(1957)に封切られた熊谷久虎監督、原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映情報です。 

特別企画 原節子特集

  期 : 平成28年11月2日(水)〜11月27日(日)  ※休館日・休映日除く
会  場 : 福岡市総合図書館映像ホールシネラ  福岡市早良区百道浜3丁目7番1号
料  金 : 600円(大人) 500円(大学生・高校生) 400円(中学生・小学生)
※定員制。各回入替制。
※チケットはすべて当日券。前売り券はありません。
※障がい者の方及び福岡市在住の65歳以上の方は300円。(手帳や保険証などの提示が必要です。)

昨年亡くなった日本映画を代表する女優・原節子の特集。追悼1周忌企画。

009上映作品 :
「青い山脈」 「河内山宗俊」 「お嬢さん乾杯」 「晩春」 「麦秋」「山の音」 「東京物語」 「安城家の舞踏会」 「白痴」 「めし」 「智恵子抄」 「驟雨」 「秋日和

「智恵子抄」

11月9日(水)14:00   12日(土)11:00   17日(木)11:00
1957年 35ミリ モノクロ 98分 東宝

詩人・高村光太郎は知人から智恵子を紹介される。詩を読み、油絵を描く智恵子に光太郎は惹かれ二人は結婚する。貧しくとも幸せな生活だったが、智恵子の絵はなかなか評価されなかった。絵が評価されず主婦の仕事もできない智恵子は悩み、次第に精神を病んでいく。本作は二人が出会って智恵子が亡くなるまでを描いている。原節子自身が映画化を望んだと言われており、美しい夫婦愛の物語となった。


一周忌を迎えた原節子さんの追悼特集ということで、今年はあちこちで「智恵子抄」の上映がありました。1月に池袋と川崎5月でやはり福岡小倉7月は鎌倉8月から9月にかけて神保町、そして映画の舞台でもあり、ロケも行われた福島二本松で9月に。そちらは拝見して参りました

お近くの方、ぜひどうぞ。

また、二本松市歴史資料館さんで現在開催中の「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」展では、当方手持ちの原節子さん「智恵子抄」関連資料の中から、10数点を展示していただいております。

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こちらは11月27日(日)まで。よろしくお願いいたします。


【折々の歌と句・光太郎】

廃園の三千坪を人買ひて塀などつくり秋たけにけり
大正13年(1924) 光太郎42歳

舞台は光太郎アトリエのあった駒込林町。「廃園の三千坪」は、現在の須藤公園の辺りです。下の画像で「この辺原っぱだった」と丸で囲まれている一角です。光太郎アトリエは左上、実家はそのやや左下、左下隅には青鞜社も入っています。出典は森まゆみさん『「谷根千」地図で時間旅行』。

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同じ「廃園の三千坪」を舞台とした「落葉を浴びて立つ」という長い詩も書かれました。


   落葉を浴びて立つ

どこかで伽羅(きやら)のくゆつてゐるやうな日本の秋の
なまめかしくも清浄な一天晴れたお日和さまよ。鳥かげさへ縦横にあたたかい十一月の消息をちらつかせ、
思ひがけない大きなドンといつしよに、010

一斉に叫をあげる遠い田舎の工場の汽笛が
ひとしきり
空に無邪気な喜の輪をえがいてゐる。
そんな時です、私が
無用の者入るべからずの立札に止まつてゐる赤蜻蛉に挨拶しながら、
三千坪の廃園の桜林にもぐり込んで、
黙つて落葉を浴びて立つのは。

ああ、有り余る事のよさよ、ありがたさよ、尊さよ、
この天然の無駄づかひのうれしさよ、
ざくざくと積もつて落ち散る鏽(さ)びた桜のもみぢ葉よ。
惜しげもない粗相らしいお前の姿にせめて私を酔はせてくれ、
勿体らしい、いぢいぢした世界には住みきれない私である、011
せめてお前に身をまかせて、
くゆり立つ秋の日向ぼつこに、
世もぶちまけた、投げ出した、有り放題な、ふんだんの美に
身も魂もねむくなるまで浸させてくれ。

手ざはり荒い不器用な太い幹が、
いつの間にかすんなり腕をのばして、
俵屋好みのゆるい曲線に千万の枝を咲かせ、

微妙な網を天井にかけ渡す桜林の昼のテムポは、
うらうらとして移るともないが、

暗く又あかるい梢から絶間もなく、
小さな手を離しては、
ぱらぱらと落ち来る金の葉や瑪瑙の葉。012

どんな狸毛で描いた密画の葉も、
天然の心ゆたかな無雑作さに、
散るよ、落ちるよ、雨と降るよ、
林いちめん、
ざくざくとつもるよ。
その中を私は林の魑魅(ちみ)となり、魍魎(まうりゃう)となり、
浅瀬をわたる心にさざなみ立てて歩きまはり、
若木をゆさぶり、ながながとねそべり、
又立つて老木のぬくもりある肌に寄りかかる。

――棄ててかへり見ぬはよきかな、
あふれてとどめあへぬはよろしきかな、
程を破りて流れ満つるはたふときかな、
さあらぬ陰に埋(うづ)もれて天然の素中に入るはたのしきかな――
落ち葉よ、落ち葉よ、落ち葉よ、
私の心に時じくも降りつもる数かぎりない金いろの落葉よ、
散れよ、落ちよ、雨と降れよ、
魂の森林にあつく敷かれ、
ふくよかに積みくさり、 やがてしつとりやはらかい腐葉土となつて私の心をあたためてくれ。
光明は天から来る、
お前は楽しく土にかへるか。
今は小さい、育ちののろいこの森林が、世にきらびやかな花園のいくたびか荒れ果てる頃、
鬱蒼としげる蔭となつて鳥を宿し、獣(けもの)を宿し、人を宿し、
オゾンに満ちたきよらかに荒い空気の源となり、
流れてやまぬ生きた泉の母胎となるまで。

林の果の枯草なびく原を超えて、
割に大きく人並らしい顔をしてゐる吾家の屋根が
まつさをな空を照りかへし、
人なつこい目くばせに、
ぴかりと光つて私を呼んでゐるが、
ああ、私はまだかへれない。
前も、うしろも、上も、下も、
こんな落葉のもてなしではないか、
日の微笑ではないか、
実に日本の秋ではないか。
私はもう少しこの深い天然のふところに落ち込んで、
雀をまねるあの百舌(もず)のおしやべりを聞きながら、
心に豊繞(ほうねう)な麻酔を取らう、
有りあまるものの美に埋もれよう。


秋たけなわとなり、当方自宅兼事務所――三千坪はありませんが(笑)――の木々も色づいてきています。また、裏山の坂道に聳えるイチョウの巨木も。

昨日はまた智恵子の故郷・福島二本松に行っておりました。

二本松市歴史資料館および智恵子記念館で、「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」が始まり、その開会行事および記念講演会、さらに午後からは智恵子を偲ぶ「第22回レモン忌」があり、それぞれ参加して参りました。2日に分けてレポートいたします。今日は企画展がらみで。

自宅兼事務所から愛車を駆って約3時間、午前8時30分頃、二本松市歴史資料館に到着。当方、雨男・光太郎の霊魂を背負っていますので(笑)、途中、茨城県内で驟雨に見舞われましたが、福島に入ると晴天となりました。東北道安達太良サービスエリアからの安達太良山が、「ほんとの空」をバックにきれいでした。

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9時から開会行事。

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その後、一般公開開始です。

会場は2階の2室を使い、光太郎智恵子の生涯を概観するコーナー、詩集『智恵子抄』やその二次創作等を紹介するコーナーなど。あまり広くないスペースですが、一般の方々は普段目にすることのないであろう貴重な資料がみっしり並んでいます。当方も実物は初めて見る、というものが少なからずありました。

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智恵子の実家、二本松(旧油井村)の長沼酒店の引き札。何とか入手したいものだと思っていますがなかなか見つからないものです。

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智恵子の文章が掲載されている雑誌。この辺りは蒐集の対象としていないので、実物は初めて見ました。

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智恵子が晩年、南品川のゼームス坂病院で制作した紙絵の実物が3点、展示されています。

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光太郎の肉筆揮毫。

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平塚らいてう、草野心平ら、周辺人物の肉筆。

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智恵子の顔を持つといわれる、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)中型試作」。普段は智恵子記念館に展示されていますが、今回、歴史資料館に移動しています。智恵子の油絵、素描なども同じです。その代わり、智恵子記念館では紙絵の実物をごっそり展示しています。

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さまざまな『智恵子抄』。

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このあたりは当方がお貸ししたものです。

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なかなか充実の展示でした。会期は11月27日まで。ぜひ足をお運びください。

その後、近くの二本松市コンサートホールに移動、記念講演会でした。

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オープニングアクト的に、テルミン大西ようこさん、ギタリスト三谷郁夫さんによるユニット「ぷらイム」による演奏。花を添えて下さいました。曲目は一昨年、お二人で行われた「もう一つの智恵子抄」。
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その後、高村光太郎研究会員の大島裕子氏によるご講演。題目は「『智恵子抄の世界』―智恵子生誕130年に伝えたいこと―」。

本年2月に亡くなられたご主人・名古屋学芸大学教授だった龍彦氏がご生前提唱なさっていた、文芸学的な詩の読み方、近年明らかになった智恵子と竹久夢二の関わり、明治末、大正初めの智恵子の「婚約」などについて、興味深い示唆がありました。

この後、旧安達町のらぽーとあだちに移動、智恵子を偲ぶ「第22回レモン忌」が開催されました。例年はそちらで記念講演が行われますが、今回は企画展とタイアップ、レモン忌参加者以外にも門戸を開くということで、レモン忌とは別会場だったわけです。

レモン忌につきましては、明日、レポートいたします。


【折々の歌と句・光太郎】

山坂の道し遠けど人目なくば抱き来ましを都の智恵子
大正13年(1924) 光太郎42歳

「~ば~まし」は反実仮想。「もし人目がなければ、東京に置いてきた智恵子を抱いてきたものを」とでも訳しましょうか。光太郎、この年、奥上州山間の温泉を巡っています。

このように、『智恵子抄』所収の短歌以外にも、智恵子を謳った光太郎短歌が数種確認できています。すでにいくつかはこのコーナーでご紹介していますが。

昨日は智恵子の故郷・福島二本松で開催された「【高村智恵子生誕130年記念事業】原節子主演「智恵子抄」フィルム上映会」に行っておりました。午後3時からと6時からの2回上映のうち、1回目の方で観覧して参りました。

会場は智恵子生家にほど近い、安達文化ホール。

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開演30分前には、長蛇の列。入場無料ということもあったと思いますが、多くの皆さんがお集まり下さいました。それぞれ400枚ずつ配布された2回上映の整理券はすべてはけたそうです。

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この映画は、光太郎が歿した翌年の昭和32年(1957)に東宝さんが制作したもので、熊谷久虎監督、智恵子役に昨年亡くなられた原節子さん、光太郎役は故・山村聰さんでした。

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二本松でのロケも敢行され、智恵子生家、霞ヶ城のシーンがあります。会場にいらしていた方の中には、エキストラで出演されたという方もいらっしゃいました。

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昨年、原さんが亡くなった後、追悼特集的に各地で上映されましたが、作品の舞台の一つとなった二本松でも上映が実現。よろこばしいことですね。

当方、VHSビデオを持っていますので、何度か観ていますが、大スクリーンで見るのは初めてで、また違った感じでした。35㍉フィルムでの上映ということで、映写機の廻る音や、2台の映写機の切り換え(切り換えの合図として右上に黒丸が表れます。昔の「刑事コロンボ」で、コロンボ警部がこの点に注目して殺人犯のトリックを見破る、という回がありました)など、漂うレトロ感が何ともいえませんでした。

ロビーには、智恵子記念館さんで発見された二本松ロケの資料、当方手持ちの資料などを印刷したパネルが展示されました。

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ポスターやパンフレットなどの実物は、10/2(日)から二本松市歴史資料館さんと智恵子記念館さんで開催される企画展「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界に展示されます。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

熊出るといふ峠路のあけびかな     昭和17年(1942) 光太郎60歳

昨日は愛車を駆って、いくつか峠を越えつつ二本松に向かいました。そろそろ紅葉が始まりつつありました。

福島からイベント情報です 

福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -

日  程  : 2016年9月9日(金)〜11月23日(水)
開催時期  : 2016年10月8日(土)〜11 月6 日(日)
   
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会   場 :
 ■二本松市
  二本松市大山忠作美術館 二本松市市民ギャラリー
  二本松市歴史資料館(主催:二本松市)
 二本松城
  福島県男女共生センター 智恵子の生家 二本松工芸館 大七酒造
  道の駅「安達」智恵子の 安達が原ふるさと村
  ■福島市
  福島大学 福島市街地(主催:パセオミューズ実行委員会)
  桶屋台倉庫(主催:福島桶屋台伝承会)
  ■郡山市
  磐梯熱海温泉(磐梯熱海観光協会、福島ガイナックスと共催)
       郡山・富田幼稚園(主催:富田幼稚園)

企画・主催 :
  福島現代美術ビエンナーレ実行委員会
  国立大学法人福島大学芸術による地域創造研究所
  重陽の芸術祭実行委員会
共  催 :二本松市/二本松市教育委員会 他

事業趣旨  :
  福島発信の文化活動を推進していくために、三つの柱に基づいた企画を開催します。
   倭/藝術によるFUKUSHIMA (日本、福島、二本松)のイメージづくり
  ・福島を舞台に開催します。
  ・福島の元気なイメージを世界へ発信します。本年度のテーマは「重陽」
  ・震災後の福島を体感してもらいます。
  ・福島の魅力と文化の発信力を広くアピールします。
  ・眠っている様々な文化資源を掘り起こします。
  ・福島の文化的なイメージアップを計ります。
  ・地域文化を活性化させる一役を担います。
 
 環/福島の産官民学の連携による地域文化創造
  ・行政と地域住民、学校機関の連携
  ・福島に住む若手が企画運営しています。
  ・国際的なアートの展覧会、公演会、シンポジウム等も開催します。
  ・福島を拠点にした若手のアーティストの作品を展示します。
  ・多種多様な伝統文化と現代美術が結ばれます。
  ・幅広い藝術に触れ合い、集い、交流する機会を設けます。
  ・幅広い世代に向けたワークショップを開催します。
  ・創作活動、鑑賞活動、体験活動の場を作ります。
 
 和/福島を拠点にした「同時代の藝術」による国際交流
  ・福島、日本を周遊できる企画を開催します。
  ・人・物の新しい流れを作ります。
  ・海外作家との交流の場を作ります。
  ・外国人向けや国内のツアーを企画します。
  ・未来を展望した活動を行います。
  ・人材の発掘や育成をはかります。
  ・情操教育と将来の夢と目標のお手伝いをします。
  ・様々な職業があることを広く伝えます。
  ・身体を基盤にした表現活動を発信します。


過日ご紹介した故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映や、昨日ご紹介した「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」も、タイアップ企画的に、この「福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -」に含まれます。


その他、智恵子がらみの企画として、以下の通り。 

レモン忌
期  日 : 2016年10月5日(水)
会  場 : 智恵子の生家 二本松市油井字漆原町36
時  間 : 18:00~
講  師 : 小松美羽(美術家)、和合亮一(詩人)
       公開制作 小松美羽 上川崎の和紙による灯籠、墨絵の制作

<ほんとの空>を園庭に表現しよう
期  日 : 2016年11月4日(金)・5日(土)
会  場 : 富田幼稚園 郡山市富田町字行人田15-2

これ以外にも、例年行われている、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子講座」、霞ヶ城公園での「二本松の菊人形」なども、タイアップ企画ですが、そちらは改めてご紹介します。

その他、さまざまな展示、舞台公演、講演、映像作品上映、シンポジウムなどが企画されており、それらの中でも光太郎智恵子にからむ場合もあるかと存じます。

ぜひ足をお運びください。


【折々の歌と句・光太郎】

うづだかき反古にいのちの宮ありてこの秋筆に信の籠りぬ
明治35年(1902) 光太郎20歳

「反古」は「ほご」。書き損じの意ですね。現代、通常は「反故」と表記します。「約束を反故にする」の「反故」です。

表題の通り、今年、2016年は、智恵子生誕130年、光太郎没後60年ということで、さまざまな取り組みが行われています。特に智恵子の故郷・福島県二本松市では、故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映など、この秋イベントが目白押しです。

今回、まずは企画展。二本松市さんで持っている智恵子紙絵の実物など、当会顧問北川太一先生の元から智恵子肉筆資料他が並びます。さらに当方もこまごまとしたものをいろいろお貸ししました。

智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界

期  日 : 2016年10月2日(日)~11月27日(日) 会期中無休
会  場 : 二本松市歴史資料館 二本松市本町1-102
       二本松市智恵子記念館 二本松市油井字漆原町36
       本展では、2会場にてそれぞれ別の展示内容で開催します。
時  間 : 資料館 9時~17時   智恵子記念館 9時から16時30分
料  金 : 2館セット券 一般 500円   高校生以下 250円
       単館券 資料館 一般 200円   高校生以下 100円
       智恵子記念館  一般 410円   高校生以下 200円

「新しい女」として注目されていた智恵子。高名な芸術家を父にもち、多くの期待を背負った新進気鋭の芸術家である光太郎。二人が育んだ芸術の世界は、智恵子の死を乗り越え、やがて『智恵子抄』へと昇華していきます。
本展では、『智恵子抄』に代表される二人の芸術の世界を智恵子と光太郎の作品を通して紹介いたします。この機会に、是非ご観覧ください。

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関連行事 

記念講演会  『智恵子抄の世界』―智恵子生誕130年に伝えたいこと―

 期 日 : 2016年10月2日(日)
 会 場 : 二本松市コンサートホール 二本松市亀谷1-5-1
 時 間 : 午前10時30分~12時
 料 金 : 無料 先着206人限定のためご入場いただけない場合あり
 講 師 : 大島裕子 氏
       1959年、福岡県生まれ。エッセイストで高村光太郎研究会会員。
       著書に『智恵子抄の世界』、『智恵子抄を歩く』などがある。
       ほかに『素顔の智恵子』や『紙絵にたくす命のかがやき』などの
       連載コラムやエッセイを新聞雑誌に発表している。
 その他 : テルミン奏者大西ようこ 氏による演奏も予定

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この日は、地元で智恵子顕彰活動をなさっている「智恵子の里レモン会」さんの主催で、智恵子を偲ぶ「第22回レモン忌」も開催されます。智恵子命日は10/5ですが、こちらはそれに最も近い日曜日開催ということで毎年行われています。

第22回レモン忌

期 日 : 2016年10月2日(日)
会 場 : ラポートあだち 二本松市油井字濡石16
時 間 : 午後12時30分~14:30
参加費 : 3,000円
申 込 : 智恵子の里レモン会(戸田屋商店) TEL0243-23-4858

さらに今年は現代美術の福島ビエンナーレが二本松市を中心として開催され、そちらでも「レモン忌」と銘打ってのイベントがあります。期日は智恵子の命日である10/5(水)。他にもビエンナーレ関連で智恵子顕彰イベントがあり、詳細はまた明日、ご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

栗くへばジユリアンを思ふ君を思ふ   明治43年(1910) 光太郎28歳

昨夜、今年初めて栗御飯を食べました。

「君」は画家の津田青楓。共に留学中だった光太郎と明治41年(1908)頃、パリで知り合いました。「ジユリアン」はパリの美術学校アカデミー・ジュリアン。光太郎、青楓共に通っています。焼き栗は今も変わらぬパリ名物。いずれ彼の地で食べてみたいものです。

今年、平成28年(2016)は、智恵子の生誕130年ということで、智恵子の故郷二本松でも市の主催で、様々な顕彰活動が計画されています。

メインは来月、二本松市歴史資料館と智恵子記念館で開催される企画展「智恵子と光太郎の世界」。こちらはまた近くなりましたらご紹介します。

それに先だって、一周忌を迎えた原節子さん主演による東宝映画「智恵子抄」(昭和32年=1957)の上映が行われます。 

【高村智恵子生誕130年記念事業】原節子主演「智恵子抄」フィルム上映会

期  日 : 2016年9月24日(土)
会  場 : 安達文化ホール 福島県二本松市油井字濡石1-2
時  間 : 1回目の部 15時00分~   2回目の部 18時00分~ (各98分)
料  金 : 無料
入場について
 入場整理券が必要。現在、下記の配布所において、配布中。
 市役所文化課 0243‐55‐5154 二本松中央公民館 0243‐23‐5121 安達公民館 0243‐23‐3721
 岩代公民館 0243‐55‐2260 東和公民館 0243‐46‐4111
 智恵子記念館 0243‐22‐6151(毎週水曜日休館)
  1回目の部 既に満席

二本松市内で昭和32年にロケをした東宝映画「智恵子抄」。智恵子役で出演した故・原節子さんを偲び、当時の資料等も展示・紹介します。ぜひお越しください。

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「資料展示」とありますが、当方、手持ちの資料をお貸しすることになりました。公開当時のポスター、パンフレット、チラシ、スチール写真、台本などです。

ただし、会場の安達文化ホールさんには、きちんとした展示スペースがないということで、それらを写真撮影し、複写で展示するとのこと。現物は、来月の企画展に展示されます。

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その他、企画展の方では書籍や古絵葉書などの類もお貸しすることになっており、明日、市の教育委員会の方々が、当方自宅兼事務所へ搬入にいらっしゃることになっています。また、当会顧問・北川太一先生のところからも、智恵子の肉筆書簡など、貴重な品々が貸し出される予定です。

当方手持ち資料の類は、死蔵の状態では意味がありませんので、どんどん活用していただきたいと思っております。イベント関係の皆様、当ブログプロフィール欄に連絡先等記述してありますのでよろしくお願いします。


【折々の歌と句・光太郎】

手にとれば眼玉ばかりのやもりの子咽喉なみうたせ逃げんとすなり

大正13年(1924) 光太郎42歳

一昨日からご紹介しているヤモリシリーズ、これにて終了です。

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