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光太郎第二の故郷ともいうべき、岩手県花巻市の広報紙『広報はなまき』の今月1日号に、先月行われた第61回高村祭の記事が載っています。  

光太郎に思い馳せる 第61回高村祭

 5月15日、彫刻家で詩人の高村光太郎を顕彰する「第61回高村祭」が高村山荘詩碑前で行われ、約650人が威徳をしのびました。
 光太郎にゆかりのある太田小学校の児童が、遺影の飾られた詩碑に献花し開会。参加者全員で詩「雪白く積めり」を朗読したほか、地元小中高生などが合唱や朗読を披露しました。
 続く座談会では、光太郎と交流のあった地元民4人が思い出を紹介。訪れた皆さんは、語られるエピソードに耳を傾け、郷土ゆかりの先人に思いを馳せていました。

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それから、同じ第61回高村祭を報じた、『読売新聞』さん岩手版。ネットでは有料会員登録をしないと読めませんで、自宅兼事務所に隣接する成田市の市立図書館さんで拝読しました。  

光太郎をしのぶ 献花や座談会も 花巻・高村祭

 詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)をしのぶ第61回「高村祭」が15日、花巻市太田の高村山荘詩碑前で開かれた。小中高生らが献花し、詩の朗読や合唱を披露。光太郎と交流があった地元民4人が思い出を語る座談会も行われ、約650人が耳を傾けた。
 終戦前の1945年4月に空襲で東京のアトリエを焼失した光太郎は、交流があった宮澤賢治の実家に招かれて5月15日に花巻へ疎開。約7年間、粗末な小屋で農耕自炊の日々を送った。
 座談会では、高橋愛子さん(86)が光太郎と初めて会った時の印象を、「よれよれのリュックを背負って大きな靴を履き、本当に偉い先生なのかと思った」と明かした。よく亡くなった妻の智恵子さんの話をしていたといい、「寂しくないかと尋ねると、『智恵さんがいるから』と答えていた」と懐かしんだ。
 小学生だった高橋征一さん(75)と浅沼隆さん(76)は、光太郎がサンタクロースの姿で学芸会に来た時のことを、「愛子さんと母親が赤いじゅばんで縫った服を着て、羊毛のひげを付けていた」と紹介。小屋で火をおこす手伝いをした時は「火吹き用に渡された紙筒が英字新聞で驚いた」という。

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遅ればせながらご紹介いたしました。

高村山荘、そして隣接する花巻高村光太郎記念館さんでは、明後日、市民講座「光太郎の食卓と星降る里山を楽しむ」を開催予定。さらに来月14日からは企画展「光太郎と花巻電鉄」が予定されています。目玉はジオラマ作家・石井彰英氏作成の、光太郎居住当時前後を再現した花巻とその周辺のジオラマ。完成したとの報が届いています。また近くなりましたらご紹介します。


【折々のことば・光太郎】003

結局これは一つの造形的結構であり、人体をこういう形にしてそれを作つたに止まり、見る者は一つの山のような、海のような、「巨大なるもの」の人体的形象化を見れば十分なのである。

散文「考える人」より 昭和25年(1950)
 光太郎68歳

平凡社刊行『世界美術全集24 西洋十九世紀』に載った、ロダン作「考える人」の解説から。左は同書の図版です。

書き出しは、「「考える人」は別に考えているのではない。こんな動物的巨大漢がこんな無理な形で物を考えている筈もない。」。

「無理な形」は、右の肘を左の太ももに置くという、極度に上半身をねじったポーズです。

ロダンに出会う前、若かりし頃の光太郎も、そういう彫刻を作って喜んでいましたが、いわくありげなポーズや謎めいた題名をつけた「文学的」な彫刻は、彫刻を病ましめるものだと悟りました。以後、光太郎の彫刻は純粋に造形美を表出するもの、自己内面の喜怒哀楽は彫刻に表すべきでなく、詩歌などの文学で吐き出す、という方向に行きました。

文学的にいろいろなことを物語っているように見えるロダン彫刻も、純粋に造形美として見るべし、ということですね。

昨日昼過ぎ、買い物等のため地元で愛車を走らせていました。地元でしたので、カーナビ画面は地図ではなくテレビ画面、NHKさんの「サラメシ」でした。すると、ニュース速報のチャイム。「何事だ?」と画面に目をやると、「西城秀樹さん死去」の文字。「あらららら」という感じでした。

共同通信さんの発表から。

歌手の西城秀樹さんが死去 新御三家で人気、俳優でも活躍

 「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名木本龍雄=きもと・たつお)さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。63歳。広島市出身。葬儀・告別式の日程は未定、喪主は妻木本美紀(きもと・みき)さん。
 中学生のころからバンド活動を始め、16歳のときに「恋する季節」(1972年)でデビュー。73年の「情熱の嵐」がヒットして人気に火が付き、同時期にデビューした郷ひろみさん、野口五郎さんとともに「新御三家」と呼ばれた。ドラマや映画などで俳優としても活躍。


テレビのニュース映像から。

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西城さん、二度目の脳梗塞で倒れられた後の平成27年(2015)、渋谷Bunkamuraシアターコクーンさんで開催された「世界・日本名作集よりリーディング名作劇場「キミに贈る物語」~観て聴いて・心に感じるお話集~」 に出演され、光太郎詩「道程」(大正3年=1914)の、初出発表形(102行のロングバージョン)を抜粋して朗読して下さり、その不屈のチャレンジが、その当時のニュースになりました。


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まだ63歳だったとのこと。太く短く、激しく駆け抜けられた一生だったように思われます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

ぼくも妻を亡くしたが妻は「元素」となつてぼくの身の回りに生きている。愛すれば愛するほど亡くなつた人は生きている。悲しいときには無性に悲しいものだ。これ以上悲しいことはない、ドン底だと思うけれど、それが後には光りに変るものです。この悲しみが人を清らかに高くする。死んでしまえば魂も消えてしまうと思うのはごく小さな考えだ。

談話筆記「悲しみは光と化す」より 昭和28年(1953) 光太郎71歳

大正天皇第二皇子・秩父宮雍仁親王の追悼談話です。西城さんご遺族にこの言葉を贈ります。

先ほど、1泊2日の行程を終えて岩手花巻より帰って参りました。本日、彼の地の光太郎が戦後7年間の蟄居生活を送った山小屋(高村山荘)敷地にて、第61回高村祭――昭和20年(1945)の5月15日、東京駒込林町のアトリエを空襲で失った光太郎が宮沢賢治実家の誘いで花巻に疎開するため、上野駅を発った日を記念しての――が行われ、そちらに参加して参りました。

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昨日、千葉の自宅兼事務所を出まして、東北新幹線新花巻駅に降り立ち、レンタカーを借りて高村山荘脇の花巻高村光太郎記念館さんに。今日の高村祭の打ち合わせを致しました。その後、ほぼ定宿と化している大澤温泉菊水館さんに宿泊しました。今回、デジカメをかねて使用しているスマホを自宅兼事務所に忘れて行き、昨日分についての画像がありません。新緑に包まれ、カジカガエルの声響く大澤温泉さんの画像を載せたかったのですが……。

一夜明けて、今日。午前10時から高村祭でした。

以下掲載の画像は、花巻光太郎記念館さんの方からメールで送っていただきました。ありがたや。

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まず、山荘近くで光太郎がよく訪れ、交流が深かった山口小学校が統合された太田小学校の児童さんによる光太郎詩碑・遺影への献花と、花巻東高(かの菊池雄星・大谷翔平などを輩出した高校さんですね)茶道部の生徒さんによる献茶。ちなみに詩碑の地下には当会顧問・北川太一先生が寄贈された、光太郎が亡くなった時の遺髯が埋められています。

西南中学校――こちらは光太郎が「心はいつでも新しく 毎日何かしらを発見する」という言葉を贈った旧太田中学校が統合された先です――の生徒さんの先導で、詩碑に刻まれた光太郎詩「雪白く積めり」(昭和20年=1945)を、参会者全員で朗読。

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佐藤進花巻高村光太郎記念会長、上田東一花巻市長のごあいさつ。

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太田小学校2年生の児童さんたちの器楽演奏、旧山口小学校校歌斉唱、詩「案内」(昭和25年=1950)の群読。かつて光太郎が旧山口小学校に楽器一式を寄贈したことにちなんで、器楽演奏が綿々と続けられています。

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西南中学校1年生生徒さんたちによる「西南中学校精神歌」斉唱、詩「山林」(昭和22年=1947)からの群読。

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花巻北高校と花巻高等看護専門学校の代表生徒さんによる光太郎詩朗読。

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看護学校の皆さんは、光太郎詩にメロディーを付けた「最低にして最高の道」、「リンゴばたけに」、それから佐藤進花巻高村光太郎記念会長作詞の「花巻の四季」の合唱も披露して下さいました。

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この後、メインイベントともいうべき、座談会「思い出の光太郎先生」。この地で暮らしていた頃の光太郎をご存じの方4名に、当方がインタビューしたり、話を振ったりしつつ、光太郎との思い出を語っていただきました。

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昭和6年(1931)生まれの高橋愛子さん。光太郎が暮らしていた当時の村長さんの娘さんで、光太郎詩のモデルにもなった方です。昭和24年(1949)、山口小学校の学芸会に、サンタに扮した光太郎がサプライズで登場した際の、サンタの衣裳を、お母様と愛子さんが光太郎の指示で縫ったとのこと。赤い布は襦袢、白い髯は羊の毛だったそうです。

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藤原秀盛さん。昭和2年(1927)生まれ、御年92歳。戦後に入植者が拓いた開拓地――元々の山口集落の西側――にお住まいで、地域に伝わる「かせ踊り」の名手、実演もご披露下さいました。戦後すぐ、仲間と踊りの練習をしていたところ、その歌舞音曲を聞きつけた光太郎がふらりと現れ、その踊りのための面――十二支をかたどった――を彫る約束をしてくれたのに、それが果たされなくて残念、というお話でした。また、昭和24年(1949)、光太郎の山小屋に電線を引く工事の手伝いもされたとのこと。当方、藤原さんを除くお三方のお話は何だかんだで以前にも伺っていましたが、藤原さんのお話は初めてでした。

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光太郎が山口集落にいた頃の山口小学校児童だった、高橋征一さんと浅沼隆さん。学芸会の思い出や、山小屋での光太郎の様子、山小屋裏手の智恵子展望台から、福島の方に向かって「チエコー」と叫んでいた光太郎などのお話を頂きました。

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前列右から二人目が高橋征一さん、後ろの窓から顔を出しているのが浅沼隆さんです。

昨年までは、講演という形で行っていたのですが、今年初めてこのような座談会の形式をとり、初の試みだったもので、どうなることかと不安もありましたが、終わってみれば好評でしたので、胸をなで下ろしております。

昼食休憩をはさんで、午後の部は演芸会的に、地元の皆さんのステージ。トップバッターは、これもおそらく今年初めてではないかと思うのですが、花巻農業高校鹿踊り部の皆さんによる春日流鹿踊りの演舞。迫力満点の勇壮なものでした。

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その後、太田神楽。笛は花巻高村光太郎記念会事務高橋事務局長。先月、当会主催の連翹忌でも笛の演奏を
していただきました。

ここまで聴いたところで、退散。もう少しゆっくりしたかったのですが、家の事情もありまして……。

今後とも、この地での光太郎を偲ぶこの高村祭、綿々と受け継がれていって欲しいものです。今日の高村祭にしても、泉下の光太郎もきっと喜んでいることでしょうし。


【折々のことば・光太郎】

日本は国を挙げて生活即芸術の方向に進んで、人類最善の理想国をやがて樹立せねばならないが、その基本となるべきは自然を常住の相手とする農そのものである。

散文「第四次元の願望」より 昭和21年(1946) 光太郎64歳

花巻郊外太田村の山小屋に移り住み、宮沢賢治の精神に共鳴し、自らも農に取り組み始めた昭和21年(1946)春の発言です。結局、穀物類は配給や村人の援助に頼らざるを得ませんでしたが、野菜類はほぼ自給に成功しました。そうした生活が、光太郎の人間としての幅をまた大きくしたように思われます。

光太郎第二の故郷・岩手花巻よりイベント情報です。 

第61回 高村祭

期   日 : 2018年5月15日(火)
会   場 : 高村山荘 「雪白く積めり」詩碑前広場 岩手県花巻市太田3-85-1
         雨天時はスポーツキャンプむら屋内運動場 岩手県花巻市太田11-363-1
時   間 : 10:00~14:30
料   金 : 無料
内   容 : 式典
         児童生徒による詩の朗読、器楽演奏、コーラス等
         座談会 『思い出の光太郎先生』
         語り部 藤原秀盛 高橋愛子 高橋征一 浅沼隆
         司  会 小山弘明(高村光太郎連翹忌運営委員会代表)

無料臨時バス運行 
 往路  花巻駅西口発 午前9時30分   高村山荘着  午前9時50分
 復路  高村山荘発   午後2時30分   花巻駅西口着  午後2時50分

高村祭は、高村光太郎が花巻に疎開してきた5月15日に毎年開催されています。
第一部では地元の小学生による楽器演奏や中学生による合唱、高校生・花巻高等看護学校生による詩の朗読などを披露、第二部では花巻農業高校鹿踊り部が演舞を披露します。

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というわけで、光太郎を偲ぶ高村祭。毎年、手作りのイベントとして、光太郎が7年間の独居自炊生活を送った山小屋(高村山荘)敷地内で行われます。

過去6年間の様子はこちら。


毎年、記念講演という形でいろいろな方にお話をしていただいてきましたが、今年は講演ではなく、座談会。山荘周辺にお住まいで、ここで暮らしていた頃の光太郎を知る方々に、その思い出を語っていただきます。当方は司会を仰せつかっています。

午後は基本、地元の方々の演芸会的な感じ。今年は花巻農業高校鹿踊り部さんの演舞があるということです。部活動で「鹿踊り部」というのも、ある意味すごいですね。

山荘周辺、新緑の美しい季節ですし、この日は山荘に隣接する花巻高村光太郎記念館さんも入場無料。ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

面白いことに人はその顔立ちそつくりの発言をするものだといふことを発見した。
散文「芸術政策の中心」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

どこぞのあまり品の感じられない大統領がそういう感じですね。

今月2日、東京日比谷で開催した当会主催の連翹忌とは別に、光太郎第二の故郷・岩手花巻でも花巻としての連翹忌、さらに光太郎が暮らした郊外旧太田村での詩碑前祭が行われました。

毎年、ネットでその報道を検索し、このブログでご紹介していましたが、今年それを報じて下さった地元紙『岩手日日』さん、それから『朝日新聞』さん、ともに有料会員向けページでの掲載で、読むことができませんでした。

ふと、当方事務所兼自宅のある千葉県香取市に隣接する、成田市の市立図書館さんで、『朝日新聞』さんの記事検索ができるデータベースサイト「聞蔵Ⅱビジュアル」が閲覧できることを思い出し、行って検索して参りました。 

光太郎の63回忌 詩を朗読、しのぶ 花巻市の高村山荘/岩手県

 彫刻家で詩人の高村光太郎の63回忌にあたる2日、光太郎が晩年を過ごした花巻市太田の高村山荘で詩碑前祭があった。約50人の住民が参加し、「道程」や「岩手の人」、「雪白く積めり」など光太郎の詩を朗読して故人をしのんだ。
 戦時中、宮沢賢治との縁で東京から花巻に疎開した光太郎は、戦後も1945年から7年間にわたり、当時の太田村山口の山荘で暮らした。
 厳寒の地で1人暮らした理由は、戦争協力詩などを書いたことへの「自責」とされているが、山荘時代の光太郎は、野良仕事帰りの村人をコーヒーでもてなすなど地域と様々な交流を重ねたという。
 白ひげのサンタクロース姿で村の小学校の学芸会に参加したことも。そこで光太郎から駄菓子を貰った記憶がある高橋征一さん(75)は、「クリスマスなんてなかった時代に華やかな気持ちになれた。当時は入植したじいさんだと思っていたが、ありがたい人です」となつかしんだ。
(2018.4.7)

高橋征一さんは、比較的有名なこの写真で、右から二人目。太田地区振興会の副会長さんで、この詩碑前祭や毎年5月15日の高村祭などの裏方を務められ、さらに光太郎の語り部としても活動なさっています。

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ありがたいですね。


ついでに先月末の神奈川版の記事。神奈川近代文学館さんで開催中の特別展「生誕140年 与謝野晶子展 こよひ逢ふ人みなうつくしき」に関してです。こちらは無料会員でも閲覧できる記事ですが。 

【神奈川の記憶】 (105)生誕140年「与謝野晶子展」

■恋・戦争…「まことの心」詠む
 ◇大胆でパワフル 行き方たどる
 歌人与謝野晶子の作品と人生をたどる特別展が神奈川近代文学館(横浜・港の見える丘公園)で開かれている。開館から34年、「取り上げたことのない最後の大物」だったというが、生誕140年を記念しての企画となった。
 晶子といえば、まず「みだれ髪」だろう。1901(明治34)年、22歳で刊行した第一歌集である。
  その子二十櫛(はたちくし)にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
  やは肌のあつき血汐(ちしほ)にふれも見でさびしからずや道を説く君
 今日でも奔放さを漂わせる。美への思いや恋愛を若い女性が高らかに歌い上げたのだ。同時代の人には大きな驚きだっただろう。
 展示ではその背景を紹介している。与謝野鉄幹の存在だ。詩歌革新を掲げ「明星」を創刊した鉄幹は投稿作品を熱心に添削したが、晶子への指導は〈挑発〉だったと歌人の三枝昂之さんは指摘する。「京の紅は君にふさはず我が噛(か)みし小指の血をばいざ口にせよ」と「明星」に記した。「晶子の才能を見抜き、もっと大胆に、もっとパワフルに、と煽(あお)り続け」、生まれたのが「みだれ髪」だったと三枝さんは考える。
 晶子は髪が豊かでいつも髪を幾筋か垂らしていたので「みだれ髪の君」と呼ばれていたという。
 鉄幹と晶子はこの年、結婚。晶子の作品に刺激され北原白秋、高村光太郎、石川啄木らが参加し「明星」は浪漫派の拠点となる。
     *
 晶子といえばもう一つ思い出す「君死にたまふこと勿(なか)れ」も紹介されている。
 あゝをとうとよ君を泣く/君死にたまふことなかれ/末に生れし君なれば/親のなさけはまさりしも/親は刃をにぎらせて/人を殺せとをしへしや
 日露戦争が始まった1904年、激戦地の旅順に弟が送られた。当時、問題とされたのは、今日とは異なる視点からだった。
 すめらみことは戦ひに/おほみづからは出でまさね/かたみに人の血を流し/獣(けもの)の道に死ねよとは/死ぬるを人のほまれとは/大みこゝろの深ければ/もとよりいかで思(おぼ)されむ
 天皇は戦場に出ないと指摘したこの部分が、「世を害する」と国家主義の立場から厳しい批判を浴びた。
 それに対して晶子は、何かにつけて天皇の名をあげ「忠君愛国」を説くといった風潮は危険であり、私の好きな王朝文学の中で天皇が人に死ねという場面など見たことがないと指摘。さらに「まことの心うたはぬ歌に、何のねうちか候(そうろう)べき。まことの歌や文を作らぬ人に、何の見どころか候べき」と反論した。
 〈反戦詩〉として脚光を浴びるのは第2次大戦の後のことのようで、「家族を思う〈まことの心〉」を詠んだというのが晶子の思いだったようだ。
     *
 1878(明治11)年に晶子は大阪・堺の和菓子商の家に生まれた。店番のかたわら、蔵にあった古典を読みふけり育った。
 「一生の事業」として晶子は「源氏物語」の現代語訳に取り組むが、紫式部を「12歳の時からの恩師」と慕い、「式部と私との間にはあらゆる註釈(ちゅうしゃく)書の著者もなく候」と記している。
 「新訳源氏物語」全4巻を1913年に完成させたが、納得できなかった。そこで32年に改訳に乗り出した。35年には鉄幹が急逝。「新新訳源氏物語」全6巻が完成したのは39年。その翌年に脳出血で倒れ、42年に亡くなる。文字通りのライフワークだった。
 その生涯をたどるとパワフルさに圧倒される。鉄幹との間にもうけた子どもは12人。その子育てをしながら創作に励んだ。評論も数多く、戦前期を代表する女性論客ともいえそうだ。
 経済的にも家を支えた。鉄幹が不遇の時期を迎えると、鉄幹の渡欧を実現させようと資金集めに奔走。歌を百首も書き付けたびょうぶを売り出している。
 欧州からの手紙を受け取ると、晶子は7人いた子どもを親族に託し12年にパリへと旅立っている。
 近代日本に新たな表現世界をもたらした浪漫派の代表歌人とされる晶子だが、「顕彰されるようになったのは死後いくらかたってからでした」と文学館の浅野千保学芸員は説明する。その奔放さ、大胆さは「ふしだら」と受け止められがちだったようだ。
 展示をめぐりながら、ついつい思い浮かべるのは「忖度(そんたく)」がキーワードの昨今の風潮。晶子ならどんな歌を詠むのだろう。
 「歌は歌に候。後の人に笑はれぬ、まことの心を歌ひおきたく候」
 晶子のこの言葉が強く記憶に残った。5月13日までの開催。

ちなみに、「君死にたまふこと勿(なか)れ」を批判した急先鋒は、大町桂月。のちに光太郎が、桂月ら「十和田の三恩人」を顕彰する「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を制作することになるのは、不思議な縁だと思います。


もう1件。福島の地方紙『福島民友』さんから。

【二本松】闇夜に浮かぶ「万燈桜」 道の駅「安達」でライトアップ開始

 二本松市の道の駅「安002達」智恵子の里下り線の入り口にあるエドヒガンザクラの巨木「万燈(まんとう)桜」が満開となり、ライトアップが4日からスタートした。22日まで毎日午後6時30分~同10時に点灯する。
 万燈桜は樹齢約270年の一本桜で、高さ約15メートル。初日は同所で点灯式が行われ、同道の駅を運営する市振興公社社長の三保恵一市長が「利用者に大いに楽しんでもらいたい」とあいさつ。同社の松坂浩統括・駅長と共に点灯のスイッチを押した。
2018/04/06

万燈桜、樹齢はおよそ270年だそうで、かつてこの近くに住んでいた智恵子も見上げたのではないでしょうか。見事ですね。


ところで「聞蔵Ⅱビジュアル」、以前に国会図書館さんでそれを使って、光太郎生前の記事をいろいろ検索させていただきましたが、久しぶりに今回使ってみると、昔の記事も増えている、というか、検索能力が上がってでヒットする件数が増えているように感じました。また、『毎日新聞』さんのデータベース「デジタル毎日」も同様でした。筑摩書房さんの『高村光太郎全集』、その補遺である当方編集の「光太郎遺珠」(雑誌『高村光太郎研究』に連載中)にも漏れている、光太郎談話等が見つかりそうで、また調べに行って参ります。


【折々のことば・光太郎】

趣味は知識でも得られない。論理でも捕捉し難い。実に厄介至極なものである。
散文「富士見町教会堂の階上にて」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

ここでいう「趣味」とは、「趣味は音楽鑑賞です」などの、「仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄」という意味ではなく、「悪趣味」といった、「どういうものに美しさやおもしろさを感じるかという、その人の感覚のあり方」の意です。

まさしくその通りですね。

元NHKさんの看板アナウンサーであられた山根基世さん、現在はフリーだそうですが、その山根さんのご指導による朗読講座受講生の方々の発表会です。

山根基世の朗読指導者養成講座 やまねこ朗読発表会

期    日 : 2018年3月10日(土・土曜クラス)11日(日・日曜クラス)
時    間 : 13:30~16:00
会    場 : 日本出版クラブ会館 3階「鳳凰の間」  東京都新宿区袋町6
料    金 : 1,000円 中学生以下無料 各日定員200名
申    込 : web申し込みフォーム  またはFAX 03-5211-7285

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プログラム(予定)
第一、二部 受講生による発表  第三部 養成講座アシスタントによる朗読/山根基世氏による朗読・講評

主な朗読作品 ― たのしいおはなし、ほっとするおはなし、ちょっぴり悲しいおはなし、わくわくするおはなし―
「手袋を買いに」新美南吉/「樹下の二人」(「智恵子抄」より)高村光太郎/「徒然草」吉田兼好/「字のない葉書」向田邦子/「玩具」(『晩年』より)太宰治  (土曜日クラス発表作品より一部を抜粋)
「おじさんのかさ」佐野洋子/「赤いろうそく」新美南吉/「なめとこ山の熊」宮沢賢治/「わたしを束ねないで」新川和江/「星の王子さま」サン= テグジュペリ  (日曜日クラス発表作品より一部を抜粋)
※ 順不同。作品は変更になる可能性がございます。あらかじめ、ご了承ください。

※「朗読指導者養成講座」とは?
絵本から古典文学まで、早広い題材から日本語の特性をふまえた読み方を身につけます。
朗読上級者、指導者を目指す人、「ことばの力で未来を拓く」― そんな子どもを育てたいという志のある方に向けた講座です。


というわけで、「あれが阿多多羅山、/あの光るのが阿武隈川。」のリフレインで有名な、「樹下の二人」(大正12年=1923)が取り上げられます。「土曜クラス」の方のご発表だそうですので、3月10日(土)ですね。

指導者を目指されている皆さんの講座ですので、ハイレベルな朗読が期待できると思います。ぜひ足を大運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

此の比例均衡の美には少しもけがれが無い。かういふ類の美こそ千古に聳えて悠々たるものと言へよう。

散文「戒壇院の増長天」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

帝国教育界出版部から刊行された、北川桃雄・奥平英雄編『日本美術の鑑賞 古代篇』に寄せた文章から採りました。「戒壇院」は奈良東大寺の戒壇院。「増長天」はそこに安置されている国宝の四天王像のうちの一体、天平彫刻の最高傑作の一つとされている塑像です。

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光太郎の彫刻も、このように評されるべきものと思います。

このところ、「智恵子抄」系の朗読、演劇等の公演が立て続けに行われます。
時 間 : 3/2(金)15:00/19:00  3/3(土)15:00 
会 場 : HITOMIホール 名古屋市中区葵三丁目21番19号メニコンアネックス5F
料 金 : 一般 前売り3,000円/当日3,500円  大学生迄 前売り・当日ともに1,500円
申 込 :  http://event.menicon-ba.co.jp/  またはメニコンアネックス窓口

朗読と音楽の融合を目指したオリジナルステージです。
智恵子が愛したベートーヴェンの交響楽第6番「田園」をモチーフに、ヴァイオリン・チェロ・ハープの演奏で、また朗読には、俳優の橋爪淳さんが光太郎役として至情の愛の世界へと誘います。

出演者 橋爪淳/朗読・光太郎  苅谷なつみ/ヴァイオリン  日野俊介/チェロ  
    田中敦子/ハープ

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同じ会場で、一昨年昨年も行われた公演の再演かと思われます。それだけ好評だったということでしょうか。

お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

生物相互助長の交感力を考へると生物界の微妙な構成に驚く。人倫夫婦道の如きはその極致であらう。人類はそれによつて常に新らしい力の源泉を得てゐるのだ。
             散文「人体について」より 昭和27年(1952) 光太郎70歳

光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作中の言です。久しぶりにモデルを使い、その人体の美にうたれたことからはじまり、それに伴って自分の生命力も溌剌とさせられたとしています。

そして、像のその顔は今は亡き智恵子。かつて智恵子と共にお互いを高めあった日々を思い起こしているのでしょう。

一般参加型の朗読会の情報です。

ポエトリーカフェ 《高村光太郎 篇》

日 時 : 2018年2月25日(日) 19:00~21:30
会 場 : 神田伯剌西爾(ぶらじる) 東京都千代田区神田神保町1-7 小宮山ビルB1
料 金 : 1,300円 (1ドリンク別)
定 員 : 15名 (要予約)  
主 催 : Pippo

000「Pippoのポエトリーカフェ」とは、2009年10月より「入りやすい、詩の入口を作ろう!」との思いで、スタートした《気さくな詩の勉強会》です。 詩の活動をはじめて以来、「興味はあるんだけど...誰からなにから、読んだらいいのか」「楽しみ方がわからない」という方々に、とても多く出会ってきました。そういう方々の、なにか手がかりになれればと、このような会を開催しています。

詩がお好きなかた、「詩や詩人についての知識はそんなにないんだけど、でも興味はある!」という方、心から大歓迎。はじめての方も、どうぞお気軽にご参加下さいませ。

〈内容〉 Pippoによる詩人の生涯紹介。ご参加の方々によるくじ引き詩朗読。 茶話会。
     ※年譜・テキスト配布します。
     高村光太郎にちなんだ、特製ポエトリーおやつあり♪


主催者のPippoさん、「近代詩伝道師、朗読家、著述家」だそうです。見落としていましたが、先週も新潮社さんのカルチャースクール的な「新潮講座」で光太郎を取り上げて下さっていました。ありがたい限りです。

以前にも書きましたが、光太郎の詩は平易な言葉遣いで、ある意味、小学生にも理解可能。それでいて通俗に堕せず、格調の高いものです。そして定型やわざとらしい各種の技巧に走らずとも、意外と朗読向きです。光太郎自身が「内在律」と呼ぶ、一種のリズム感が感じられます。

今秋には、智恵子の故郷・福島二本松で歿後80年を記念した全国「智恵子抄」朗読大会もあることですし、この分野、どんどん盛り上がって欲しいものです。

ちなみに4月2日の光太郎忌日・第62回連翹忌。毎年、さまざまなパフォーマーの方にアトラクションをお願いし、会に花を添えていただいておりますが、今年も朗読系で、昨年、千葉県柏市のアミュゼ柏で「智恵子から光太郎へ 光太郎から智恵子へ  ~民話の世界・光太郎と智恵子の世界~」公演をなさった山田典子さん(プラス謎のゲスト1名)にお願いしてあります。乞うご期待。


【折々のことば・光太郎】

人類が最後に遺すものは結局美である。

散文「美術立国」より 昭和21年(1946) 光太郎64歳

太平洋戦争が終わり、岩手花巻郊外太田村の山小屋に入って書かれたもので、激動の戦争を経てたどり着いた境地がこれです。「自然と遺るもの」というよりは、「遺すべきもの」というニュアンスでしょうか。主に造形芸術についての言ですが、詩などの文筆作品についても当てはまるような気がします。

昨日今日と、都内に用事。光太郎関連以外の雑事もいろいろあって、それぞれトンボ返りです。暇なら都内に宿泊していたのですが。

昨日は夕方に自宅兼事務所を出、目黒区の神泉に行っておりました。渋谷から京王線、もう一駅行くと、しょっちゅう行っている日本近代文学館さんのある駒場東大前ですが、神泉で下りるのは初めてでした。

暮れにこのブログでご紹介しました朗読劇「いやなんです あなたのいってしまふのが −智恵子抄より」 を拝見して参りました。

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会場は、shibuya gallery「Arc」さん。何とまぁ、古いマンションの一室でした。靴を脱いで上がるという。かえって都内だと、こういうのもありなんだな、と思いました。キャパも20名ほどでした。

下の画像は開演前。基本、椅子二つにキャストのお二人(光太郎・智恵子)が座って演じられる形でした。右の斜めの木枠はイーゼルを表しています。時折、お一人ががその前に立ったりもしました。

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それから、左側の壁にスクリーン。ここに、光太郎詩が投影されます。

智恵子歿後の「梅酒」に始まり、『智恵子抄その後』中の「あの頃」、題名ともなっている「いやなんです/あなたのいつてしまふのが――」で始まる「人に」、そして「おそれ」、「郊外の人に」、「遊びぢやない」で始まる「人に」、「金」、「淫心」など。さらに合間に光太郎役の方、智恵子役の方のセリフがいろいろと入ります。それぞれ「なるほど、こんなことを言ったかもしれない」と思わせるものでした。脚本を書かれた方、よくお調べになられていたようでした。役者の方の感情移入も見事でした。

『智恵子抄』以外からも、彫刻のヌードモデルのため雇った17歳の少女を謳った「五月の土壌」なども使い、うまいなと思いました。智恵子の嫉妬心的な描写のためです。また、徐々に浮き彫りになっていく光太郎と智恵子の微妙な齟齬なども、「餓死よりは火あぶりの方をのぞむ」という「夜の二人」に対し、智恵子のセリフとして「私はどちらも望んでいない」と言わせるなどの工夫も見られました。

「あどけない話」を経て、後半は「人生遠視」、「千鳥と遊ぶ智恵子」、「山麓の二人」、「値ひがたき智恵子」などで壊れていく智恵子、「レモン哀歌」、そして「荒涼たる帰宅」で、その死を描いて終わります。光太郎智恵子に詳しくない方でも、二人の生の歩みが理解しやすかったのではないでしょうか。

変わっているな、と思ったのは、役者さんが最後まで台本片手に演じられること。「朗読劇」と銘打っていますので、それもありかなと思いましたが、確かに下手に暗記しようとしてかえって「こうだったっけ?」的に自信なさげになったり、間違いだらけの朗読やセリフ回しになったりするより、割り切って台本片手の方がずっといいと感じました。完璧に覚え、自信を持って演じられるなら、そちらの方がいいのでしょうが。当方、趣味での音楽活動の際は暗譜はせず(出来ず、でもありますが)、楽譜を見ながら演奏することがほとんどです。それに近い考えなのかな、と思いました。

それにしても、若い役者さんお二人の、一生懸命な姿には、好感が持てました。

終演後、主宰の方とお話をさせていただきました。8年位前から構想されていたとのこと。すばらしい。今後も違った形で光太郎智恵子を取り上げるかも、的なお話もあり、ぜひそうしていただきたいものです。例によって連翹忌の営業もしておきました。

21日の日曜までの公演です。上記リンクよりお問い合わせの上、まだ空席があるようでしたら、ぜひ足をお運びください。

今日は朝から光太郎の母校・荒川区立第一日暮里小学校さんに行って参ります。ゲストティーチャーのアシスタントのそのまたアシスタントです(笑)。けっこうどさくさまぎれに強引に入れていただきました。こちらもトンボ返りです。明日はそちらをレポートいたします。


【折々のことば・光太郎】

詩とは気である。気の実である。気の実なる限り、宇宙に詩は遍満する。気の実無き限り、千万の美辞も、天来の意匠も詩を成さない。

散文「七つの芸術」中の「七 詩について」より
 昭和7年(1932) 光太郎50歳

昨日も数々の光太郎詩篇に宿る「気」を感じて参りました。やはり目で読むより耳で聴く方が、それを感じます。

ラジオ、テレビの放送情報です。

まずは長野県限定ですが、光太郎詩の朗読があります。 

ゆる〜り信州9584f024

NHKラジオ第一長野 2018年1月10日(水) 16:55~18:00

ワンダフル信州「信州を読む」 読み手:関根太朗アナウンサー
作品:高村光太郎『智恵子抄』より「レモン哀歌」「狂奔する牛」「人類の泉」

「Wonderful 信州!」は、この1年、NHK長野放送局が取り組むテーマです。 信州には 、雄大な自然をはじめ、歴史や文化、地域に暮らす人々など、魅力的で誇るべきものが たくさんあります。 そうした「Wonderful(ワンダフル)」なものを、県内だけでなく、全国、 世界に向けて発信していこうというのが、 この取り組みの目指すところです。

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というわけで、信州を見直し、その魅力を発信する活動をなさっているそうで、その一環として、「信州を読む」と題し、信州にゆかりのある文学作品の朗読がオンエアされます。

先月、長野放送局のロビーで公開収録が行われたそうです。リスナーの方々からのリクエストも受け付け、朗読作品が選ばれたとのこと。光太郎にもリクエストを寄せていただき、ありがたいかぎりです。

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光太郎智恵子と信州といえば、大正2年(1913)、婚前旅行で上高地を訪れたことが有名です。今回朗読される「狂奔する牛」(大正14年=1925)は、のちにその時のことを謳った詩です。「人類の泉」(大正2年=1913)は、上高地を訪れる直前の作で、智恵子への愛を高らかにうたいあげたもの。そして智恵子の臨終を謳った絶唱「レモン哀歌」(昭和14年=1939)。有名なフレーズ「昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして あなたの機関はそれなり止まつたの「山巓」は、上高地の山々を指すと思われます。

他に、津村信夫『戸隠の絵本』より(1/9)、はまみつを『わが母の肖像』より(1/11)、宮口しづえ『弟』(1/12といったラインナップで、同局アナウンサーの方以外にも、軽井沢朗読館長・青木裕子さんも朗読なさるそうです。

こうした取り組み、全国の放送局でもっと広まってほしいものです。


もう1件、光太郎に触れられるかどうか微妙ですが、テレビ放映情報です。 

美しい日本に出会う旅▼初夢温泉 名湯の旅~日本一の岩風呂とご利益いっぱい湯めぐり

BS-TBS 2018年1月10日(水) 19時00分~19時54分

高橋一生さんが案内する、2018年選りすぐり!4つの名湯旅。長野・渋温泉ではご利益抜群の九湯めぐりと、あの映画を思わせる、木造4階建ての湯宿へ。宿の看板猫は幸運のしるしでした。関西屈指の名湯・城崎では、お坊さんが教える入湯作法に、松葉蟹づくしを堪能。九州では神様が舞い降りた地、霧島へ。ありがたい地に湧いたありがたい湯を、茅葺き屋根の隠れ宿でひたります。日本一の深さを誇る岩手の湯は、宮沢賢治が愛した湯でした。

旅の案内人 高橋一生、瀬戸康史、井上芳雄

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「日本一の深さを誇る岩手の湯」は、鉛温泉さん。花巻南温泉峡に位置し、賢治の「なめとこ山の熊」に登場、光太郎も泊まりました。深さ約130センチの「白猿の湯」が有名です。


ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

生命の戦慄が無いものは、如何なる時にもいけない。此だけは動かせない。
散文「雑記帳より」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

彫刻に関しての発言ですが、「生命」を重視する姿勢は、すべての光太郎芸術に当てはまります。

ネットでたまたま見つけました。朗読劇の情報です。 

MAIA STARSHIP朗読劇「いやなんです あなたのいってしまふのが −智恵子抄より」

期 日 : 2018年1月15日(月)~1月21日(日)
会 場 : shibuya gallery「Arc」 東京都渋谷区神泉町8-10 メゾン神泉401
時 間 : 1/15(月)19:00 木村・浜田ペア
         1/16(火)19:00 東出・尾崎ペア
         1/17(水)15:00 羽場・仲本ペア 19:00 東出・尾崎ペア
      1/18(木)19:00 木村・浜田ペア
      1/19(金)17:00 羽場・仲本ペア 20:00 藍沢・中川ペア
      1/20(土)12:00 藍沢・中川ペア 15:00 羽場・仲本ペア 19:00 木村・浜田ペア
      1/21(日)13:00 木村・中川ペア 17:00 東出・尾崎ペア
料 金 : 3,000円   <全席自由>
申 込 : 公式サイトから
出 演 : 木村優良 浜田由梨 東出有貴 尾崎礼香 羽場涼介 仲本詩菜 藍沢真伍 中川美樹

高村光太郎が狂いゆく愛する妻を詠った「智恵子抄」 この作品を原作とした二人朗読劇を上演いたします。光太郎と智恵子、二人の出会いから死まで有名な古典作品を現代向きの作風で描きます。
最初から最後まで主演二人きりでの上演、才色兼ね備えた8人の役者の芝居にどうぞご期待下さい!

主催・企画・演出:麻衣阿(MAIA STARSHIP)脚本:SAKURA

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年に数種類、光太郎智恵子の世界を扱って下さる演劇の公演がありますが、若い方々の劇団などでも取り上げて下さいます。時を超えても普遍的な魅力が感じられるということでしょうか。

また近くなりましたらご紹介しますが、来年は、平成25年(2013)に劇団空間エンジンさんが上演された「チエコ」という舞台も再演されるそうです。

ご覧になる方々、それから演じられる皆さんに、さらに深く光太郎智恵子の世界を知っていただくきっかけとなって欲しいものです。


【折々のことば・光太郎】

およそ芸術の中で「塊り」の関係の重要な事、彫塑に如くものは無い。むしろ「塊り」そのものが彫塑なのだから。

散文「自刻木版の魅力」より 大正14年(1925) 光太郎43歳

この頃流行していた新版画(かつての浮世絵のように、絵師、彫師、刷師の分業ではない版画)に関する評論です。それは彫刻に近い立体感をも表現できると、好意的に評しています。

光太郎も駒込林町のアトリエ竣工の通知(明治45年=1912)や、自著詩集『典型』の題字(昭和25年=1950)などで自刻木版を手がけましたが、きちんとした作品として世に問うまではやりませんでした。やはり彫刻を第一と考えていたためでしょう。

最近出ました光太郎の文筆作品を収めたものをご紹介します。

まずは朗読CDです。 

文豪とアルケミスト 朗読CD第二弾 高村光太郎

2017年11月29日 フロンティアワークス 定価2,160円(税込) 

朗読 森田成一010

<トラック>

 01 タイトルコール
 02 冬が来た
 03 道程
 04 蟬を彫る
 05 花のひらくやうに
 06 人に
 07 生けるもの
 08 ぼろぼろな駝鳥
 09 鯉を彫る
 10 最低にして最高の道
 11 金
 12 レモン哀歌
 13 雪白く積めり
 14 月にぬれた手
 15 オマケドラマ「緊急座談会その2~高村光太郎の詩を語る編~」


文豪とアルケミスト」は、DMM.comさんから配信されている、ブラウザゲームです。「様々な文豪と共に人々の記憶から文学が奪われる前に、侵蝕者から文学書を守りぬくことを目指す、文豪転生シミュレーションゲームです。また、本作品では実際にあった文豪同士の関係性を重視した内容を基調としており、それらが豪華声優陣によって現代に甦ります。」「近代風情が漂う平和な時代に、突如 として文学書が全項黒く染まってしまう異常現象が起きる。 それに対処するべく、特殊能力者“アルケミスト”と呼ばれる者が立ち上がり、文学書を守るため文学の持つ力を知る文豪を転生させる。 再びこの世に転生せし文豪たちが綴る、もうひとつの文学譚―」だそうです。

登場する「文豪」は、40名以上。光太郎もその一人です。

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常に穏やかな笑みを絶やさないクールな芸術家。文学の分野では詩人 として活躍しているが、その他にも彫刻や絵画、書道など多彩な才能を持つ。 武道の心得もある一方で戦いは悲しみを生むだけと考えており、侵蝕者と戦わなければ ならないことには少し複雑に感じているようだ。彫刻に適した木を見ると周りが見え なくなる。」とのこと。

実在の光太郎の特質をよく反映させた設定です。「武道の心得」は、柔道を指しているのでしょうか。当方、このゲーム自体はやっていませんのでよくわかりません。光太郎と柔道については、このブログの初期の頃に書きました。 光太郎と柔道(その1)。 光太郎と柔道(その2)。 光太郎と柔道、そして戦争。

ゲーム内で、光太郎の声を演じられているのが、声優の森田成一さん。その森田さんの朗読によるCDです。

渋い声で、詩の内容により読み方をいろいろ工夫されていて、ゲームとは無関係に純粋な朗読CDとして鑑賞できます。ただ、最後に中原中也(声・柿原徹也さん)、宮沢賢治(同・代永翼さん)とのミニドラマが入っていて、こちらはゲームの内容を下敷きにしているようです。

ゲーム自体は、たとえ荒唐無稽な設定であるとしても、二次創作としてそれもありだろうと思います。こうしたものを通し、各文豪に興味を持たれる方が増えてくれれば、という気がします。新潮社さんが協力に入っており、そうした考えからなのでしょう。また、調布市武者小路実篤記念館さん、菊池寛記念館さんでは、ゲームとのコラボ企画を行っています。

また、ネット上で著作権の切れている文学作品等の無料公開を行っている「青空文庫」さんにも好影響が出ているのでは、という話です。

少し古いのですが、今年6月のNHKさんのニュースから。

往年の「青空文庫」に異変 背景にイケメンゲームが?

著作権が切れた文学作品などをインターネットで無料で公開して人気を集めている「青空文庫」は、作品を入力する多くのボランティアが長年支えていますが、最近、ある異変が起きています。きっかけは、イケメンが多く登場するネットゲームだということですが…?

青空文庫は、往年の名作を手軽に読むことができるようにと平成9年に富田倫生さんの呼びかけで設立され、著作権が切れたり、許諾が得られたりした作品について、ボランティアの人たちが文章の入力と校正を行い、インターネットで無料で公開しています。
宮沢賢治や芥川龍之介といった有名な作家から、数は少なくても熱狂的なファンがいる作家まで、掲載作品は1万4000点を超えています。呼びかけ人の富田さんが3年前に亡くなった後も、青空文庫は有志のボランティアが運営を続けています。

ボランティアを高校生のころから続け、現在は運営にも携わっている翻訳家の大久保ゆうさんが、青空文庫の「異変」についてツイッターに投稿したのは先月30日のこと。
青空文庫ではこれまで比較的少なかった、例えば北原白秋に連なる作家たちの作品の入力や校正が増え始めたのです。
大久保さんはツイートの中で、「文アルの影響かどうかはわからないのですが/ご協力ありがとうございます」と述べました。
「文アル」とは、インターネットのゲーム「文豪とアルケミスト」のことです。

「文アル」は、芥川龍之介や太宰治など多くの文豪が「転生」したという設定のイケメンのキャラクターを育てながら、文学書を守る戦いを繰り広げるゲームです。人気声優たちが参加した話題性もあって女性ユーザーなどに人気を集め、運営会社によると、去年11月以降、プレーした人の数は30万に上るということです。
和歌山県新宮市にある詩人・佐藤春夫の記念館を訪れる若い女性がことしに入って増えるなど、その人気はゲーム業界にとどまりません。

文豪の作品を数多く収録している青空文庫にも、当然、影響が現れました。
ツイッターなどでは、「出てくる文豪の作品読んでないことがもったいないと思って、青空文庫で毎朝毎晩読むことにしました」とか、「純文学とか近代文学が苦手だったけど、ちょっとずつ踏破してるから文アルと青空文庫は偉大だ」など、ゲームに夢中になるあまり青空文庫の利用を始めたという人たちが現れ、中には、「青空文庫の入力ボランティアを始めた」という投稿もありました。

翻訳家の大久保ゆうさんによりますと、青空文庫のボランティアの中でも作品の入力や校正を完成まで続けられる人は少ないということです。
「ひとりでも新たに加わっていただけるのは本当にありがたいです。入力や校正の作業はひとりでこつこつ進めることが多く、根気のいる作業です。入力に取り組んでいることをツイッターなどで発信して、同じ作家のファンに応援してもらえればモチベーションの向上にもなるのでは」と話しています。
人気ゲームをきっかけに広がりを見せ始めた、青空文庫。自分たちの作品が現代の若い女性たちに急に読まれ始めたことを文豪たちが知ったらさぞ驚くことでしょう。


こうした動きが一過性のものでなく、発展していって欲しいものです。


しかし、苦言を一つ。先述の通り、ゲーム自体は、たとえ荒唐無稽な設定であるとしても、二次創作としてそれもありだろうと思います。ところがCDは、あくまで光太郎作品の朗読ですので、正確性を期していただきたかったと思いました。詩句の漢字の読み方で「これは絶対に違う」と断言できる箇所があったり(通常、「絶対に」という断言はなかなか出来ないのですが)、ミニドラマの部分でも光太郎詩に関し、事実と異なる内容があったりしました。どこが、という具体的な指摘は避けますが、或る程度の光太郎ファンなら気づくでしょう。これは朗読されている森田さんの責任ではなく、制作サイドの責任ですね。ゲーム同様、新潮社さんが「協力」にクレジットされていますが、それでも防げなかったかと、残念です。そうした玉に瑕を差し引いても、よい出来映えですが。


もう1点、書籍です。 

詩人小説精華集 The Poetic Novels

2017年11月29日 彩流社 長山靖生編 定価2,400円 + 税

北原白秋、萩原朔太郎、中原中也、立原道造、高村光太郎……詩人たちの「詩想」あふれる小説の世界!

「本書は二〇世紀前半に活躍した詩人たちが書いた小説・空想的散文のアンソロジーだ。いずれの作品も、詩人だけに言葉の選択はいずれも意外性を持っていると共に的確であり、今もまったく色あせていない。
優美・幻想・哀切・ユーモアを通して表現された時代と生活の諸相の表現は、的確であるばかりでなく、予言的ですらある。詩集を読む習慣のない人でも小説なら、彼らの魅力を読み取りやすいのではないだろうか。」(解説より)

これまであまり知られなかった瑞々しい小説の世界を読みやすい現代仮名遣いで!

目次
  石川啄木…散文詩五題「廣野」「白い鳥・血の海」001
   「火星の芝居」「二人連」「祖父」
  上田敏…「渦巻」
  山村暮鳥…「夕立」
  木下杢太郎…「霊岸島の自殺」
  野口雨情…「虹の橋」
  北原白秋…「影」
  平井功…「Headin, South」
  正岡蓉…「青恋」
  日夏耿之介…「源氏伝授」
  左川ちか…「暗い夏」
  中原中也…「我が生活」「散歩生活」「夜汽車の食堂」 
  立原道造…「花散る里」「物語」「眠つている男」「眠り」
   「オメガ小品」
  萩原朔太郎…「猫町」
  小熊秀雄…「風刺短篇七種」
  齋藤茂吉…「ヒットレル事件」
  高村光太郎…「九代目団十郎の首」
  【解説】「詩的生成と近代日本のあいだ」長山靖生


こちらも「青空文庫」さん同様、忘れられかけている作品に陽を当てている感があります。

光太郎の「九代目団十郎の首」は、智恵子没年の昭和13年(1938)、雑誌『知性』創刊号に掲載されたエッセイです。何度もその制作に挑戦し、最後は九分通り出来ていながら、結局、未完のままひび割れてしまった、九代目市川團十郎の塑像について述べています。


とにもかくにも、光太郎作品、さまざまな形で取り上げられ続けていってほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

あなたの国のモネエなどといふ人の油画は、私の国の雪舟などとまるで同じ気持の画を画くではありませんか。九泉の下から雪舟を起こして、あんな画を見せたら、さぞ膝をうつて感嘆するでせう。

散文「木曜便」より 治44年(1911) 光太郎29歳

「あなた」は、光太郎が仏語習得のため、パリ時代に日本語と仏語の交換教授をしていた「ノルトリンゲル女史」。従来、バーナード・リーチの紹介で知り合ったという程度しか分かっていませんでしたが、ジャポニズム学会所属桂木紫穂氏の調査により、『失われた時を求めて』で有名なマルセル・プルーストと親交のあった美術研究家・金属造形作家マリー・ノードリンガー(1876~1961)であることが判明しています。

「木曜便」は、パリ在住の「M――女史」(「マリー」の「M」です)にあてた書簡の形式で書かれていますが、テーマは、袋小路に入りこんでしまった日本画や、西洋の猿真似に過ぎない洋画がまかり通っていることへの警句です。

「智恵子抄」を扱って下さる公演を二つご紹介します。

まずは朗読系。

日本近代文学館リーディングライブ2017

期   日  : 2017年11月25日(土)
会   場  : 日本近代文学館 東京都目黒区駒場4-3-55
時   間  : 12時50分~16時
料   金  : 無料

紅葉が美しい今日このごろ♪今年も『日本近代文学館リーディングライブ』の季節がやってまいりました。入場無料で出入りも自由、ご予約も不要です。(入退場の際はお静かにお願いします・朗読中は会場内は暗いですのでお気をつけて)開演は12時50分に変更となりました。(開場:12時20分)
駒場公園内ですので、お散歩したり、ブックカフェBUNDANで「文豪が愛した食べ物や飲み物」を味わったり、「日本近代文学館開館50周年記念展 漱石・芥川・太宰から現代作家までー近代文学、再発見!」の最終日をじっくり観覧したり、様々な楽しみ方があります。お隣の東大では駒場祭も開催中!でも、ちょっとだけ朗読会をのぞいて下さると嬉しいです。出演者の方々には「トーク&ロウドク」をお願いしております!「朗読を楽しむための朗読会」!!芸術の秋を満喫していただければ幸いです(*^-^*)

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30名の出演者さんのうち、高木恵子さんという方が「智恵子抄」から朗読をなさるそうです。

このイベント、3年前にも他の方が「智恵子抄」を取り上げて下さっています。


もう1件、音楽系で。

日本歌曲に求める無限の楽しみ 第27回 似たもの同志・名曲探訪18 愛

期   日  : 2017年12月6日(水)
会   場  : 音楽の友ホール 東京都新宿区神楽坂6-30
時   間  : 19:00~21:00
料   金  : 4000円 (全席自由)

愛を題材とした日本の名歌曲を鑑賞する夕べ
日本歌曲の名作を集めて聴くシリーズコンサート。今回のテーマは愛。日本歌曲に造詣の深い塚田佳男の司会・解説でその魅力に迫る。

出 演 : 小林晴美・西由起子・山本佳代(ソプラノ) 廣澤敦子(メゾソプラノ)
      土崎譲(テノール) 
塚田佳男・小原孝(ピアノ) 
曲 目 : 「愛を告げる雅歌」から(中田喜直) 愛の主題による三章(湯山昭)
      「智恵子抄」から(清水脩)  よろこびのうたを(大中恩)
      しぐれに寄する抒情 他


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作曲家の故・清水脩氏は、合唱曲、独唱歌曲、さらには箏曲でも「智恵子抄」の詩篇や短歌に曲を付けて下さいました。現在でもけっこう演奏されています。

今回は、歌曲「智恵子抄」から。全12曲中のどれが歌われるかまでは把握していませんが。

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いつも書いていますが、さまざまな分野の表現者の皆さんに、どんどん光太郎作品へのオマージュをお願いしたいところです。


【折々のことば・光太
郎】

バルトークの悲しみや怒りが 第三の天で鳴つている。 
冬の夜風は現世を吹くが、 あの四重奏がもつと底から悲しくて痛くて。
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詩「弦楽四重奏」より 昭和29年(1954) 光太郎72歳

この年2月3日、日比谷公会堂で聴いたたブダペスト弦楽四重奏団のコンサートにインスパイアされての詩です。

バルトークの弦楽四重奏曲第6番がプログラムに入っていました。光太郎より2歳年上のバルトークは、ハンガリー王国の出身。第一次、第二次双方の世界大戦に翻弄され、昭和15年(1940)にアメリカに移住、5年後に彼地で歿しています。その波乱に富んだ生涯に、自らのそれが重なり合うような気がしていたのではないかと思われます。「第三の天」は、キリスト教での神の座です。

昨日は都内2ヶ所を廻っておりました。

まずは品川区大井町の、ジオラマ作家・石井彰英氏の工房。昨年、いにしえの大井町のジオラマを作られ、智恵子終焉の地・南品川ゼームス坂病院も組み込んで下さった関係で、花巻高村光太郎記念館さんにご紹介、来年の同館企画展示で展示するために光太郎が暮らしていた当時の花巻町・郊外太田村などのジオラマをお願いすることになりました。9月には氏を現地にご案内、早速、制作にかかっていただいていました。

7月に一度お邪魔し、2度目の訪問となりましたが、進捗状況を見て欲しいというのと、お手伝いなさっているスタッフさんや、ジオラマ制作の模様を取材なさっているケーブルテレビ品川さんに当方をご紹介下さるとのことで、お伺いしました。

畳一畳ほどの大きとなり、パーツとしての建造物類はほぼ完成。光太郎がよく利用していた花巻電鉄も走っていました。

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あとは、ここに山や川などを作り、樹木を配し、田んぼやリンゴ畑などを作っていただく形です。

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さらにジオラマ本体だけでなく、拡大して撮影した動画を収めるDVDを作られるとのことで、そのナレーションや音楽を担当される方にもお引き合わせいただきました。

当方も今後も色々関わることになっており、この件につきましては、また追ってレポートいたします。


その後、東急線をのりつぎ、世田谷区用賀へ。過日ご紹介しました、上用賀アートホールさんで開催の「真理パフェFourth」という公演を拝見して参りました。

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邦楽・日本舞踊系の大川真理さんという方を中心とした催しで、ご本人の他、ご家族やお仲間、お弟子さんなどがご出演。ジャンル的にも幅広いものでした。その幅広さゆえに、「てんこ盛りのパフェ状態」という意味で「パフェ」と名付けているそうです。

ちなみに大川さん、当方もお世話になっております一色采子さんと同じ芸能事務所のご所属でしたので、ちょっと驚きました。

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002日本舞踊、邦楽演奏、朗読、落語、そうかと思うと和楽器と西洋楽器(ピアノ・弦)とのコラボ、さらに合唱など、本当にてんこ盛りでした(笑)。

なぜこれを聴きに行ったかと言いますと、「智恵子抄」の朗読が入っていたためで、石川弘子さんという方が、「あどけない話」、「人に」、「千鳥と遊ぶ智恵子」の三篇を朗読されました。当方、石川さんのブログでこの催しを知り、行ってみようと思った次第です。

3篇だけで、あまり長い時間ではありませんでしたが、しみじみとしたいい朗読でした。最後の「千鳥と遊ぶ智恵子」では、潮騒の効果音が流れ、目を閉じると智恵子の療養していた九十九里浜の風景が浮かびました。

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主宰の大川さんはじめ、出演者の皆さんには日本女子大さんの関係者が多かったこともあって、「智恵子抄」が演目に入っていたようです。同校の卒業生である智恵子に関わる「智恵子抄」は同校の関係者にはなじみ深いもの、とパンフレットに記載がありました。そういわれてみれば、「智恵子抄」にオリジナルの曲をつけて歌われているモンデンモモさんも同校附属高から芸大さんに進まれたのでした。

プログラムの最後は、同校附属中高卒業生の皆さんを中心とした演奏。

邦楽の「越後獅子」に、ピアノと三味線の伴奏で合唱をつけてのアレンジ。面白い試みですね。

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ヘンデルの「メサイア」。大川さんは鼓を打ちながら歌われていました。

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客席では、やはり関係者の方でしょう、立って歌われている皆さんも多数いらっしゃいました。愛校心というか、ともに青春を過ごした思い出というか、そういう絆の深さを感じました。

ちなみにうちの娘。もう大学を出て働いていますが、大学受験の際には日本女子大さんにも合格しました。ただ、結局は別の大学に進み、智恵子の後輩にはなりませんでした。当方としては、ちょっと残念でした(笑)。

終演後、石川さんには、例によって連翹忌の「営業」をかけておきました。このような形でも輪を広げて来ており、ぜひとも加わっていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

囲炉裏の上で餅を焼いているこの小屋が、 日本島の土台ぐるみ、 今にも四十五度に傾きさうな新年だが、 あの船の沈まなかつた経験を 私はもう一度はつきりと度思ひ出す。

詩「船沈まず」より 昭和25年(1950) 光太郎68歳

翌年の『中部日本新聞』他の元日号に掲載された詩です。遠く明治39年(1906)、欧米留学のため横浜を出航して太平洋を渡った経験を下敷きにしています。暴風雨の連続で、乗っていたカナダ太平洋汽船の貨客船アセニアン号が45度傾くくらいだったそうです。

下って平成30年も、「日本島の土台ぐるみ、 今にも四十五度に傾きさうな」気がしてなりません。それでも沈まないことを祈ります。

たまたまネットで見つけた演劇の公演です。2本立てで、一方が「智恵子抄」。 
期 日 : 2017年11月8日(水) 19:30 11月9日(木) 19:30 11月10日(金) 14:30/19:30
      11月11日(土) 14:30/19:30  11月12日(日) 13:00/17:00
会 場 : 荻窪小劇場 東京都杉並区荻窪3-47-18第五野村ビル1F
料 金 : 前売 3,000円  当日 3,500円
問合せ : 団体直通電話 080-8046-3906


◇門ノ月~Aida~
作 木乃正  演出 大栗田正男
本公演での強いエンターテインメント性だけでなく無駄なものを削ぎ落とし、シンプルな空間と人をテーマにどこまで作品作りが出来るかを追求した実験的企画。

原案 高村光太郎  演出 大栗田正男
日替わりで演者を組み合わせ同じ作品の中で密かにそれでいて確実に起こる科学反応を組み合わせる新たな形のパフォーマンス。 乞うご期待!
出演 神井大治 三味線   木房明音 Dancer   小山千尋 Dancer   藤井弘平 朗読   篠原志奈 朗読
    Dangerous Box   

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ぽつりぽつりと、いろいろな方が、さまざまな切り口で光太郎智恵子の世界を取り上げて下さり、ありがたいかぎりです。

8公演ありますので、いずれかの回を観に行くつもりで居ります。皆様もぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】005

三陸沖から日本海まで ずつとつづいた秋空が いかにも緯度の高いやうに 少々硬質の透明な純コバルト性に晴れる。 東北の秋は晴れるとなると ほんとに晴れてまぎれがない。

詩「東北の秋」より 昭和25年(1950)
 光太郎68歳

当方自宅兼事務所は東北より低緯度の南関東ですが、その中でも田舎の区域なので、秋空の美しさは負けていません。

もっとも、光太郎の言いたかったのは、単なる空の美しさだけでなく、トポスとしての東北、ということなのでしょう。「ほんとの空」を求めてやまなかった亡き智恵子の、「東京に空が無い」というモノローグがイメージされていたはずです。

それぞれ、それがメインではありませんが、光太郎智恵子に関する朗読、音楽が含まれる公演系を3件ご紹介します。

まずは、ドイツから朗読系。もう明日ですが、日本時間では明後日くらいですね。

秋の宵の朗読会~日本の詩15篇

期 日 : 2017年10月31日(火・祝)
会 場 : Caffe Martella Friedberger Landstrasse 118, 60316 Frankfurt
時 間 : 17:30~18:30
料 金 : 15ユーロ(ケーキとドリンク1杯込)
申込み : お名前、ご連絡先、イベント名を、メッセンジャーまたは
      メール(
rodoku@gmx.de )で

木々が色づき、日暮れも早まる秋は、人恋しくなったり、ちょっとセンチメンタルになったりする季節ではないでしょうか。そんな時は、美しい言葉もより心に響きやすいかもしれません。
しみじみとした趣のある秋の夕暮れにキャンドルを灯して、日本の詩を味わう……今回の朗読会はそんな企画です。教科書で出会った懐かしい詩、誰もが何となく耳にしたことのある詩を織りまぜて、日本の近現代の詩と詩人たちをご紹介したいと思います。

◆ プログラム◆ 日本の詩(中原中也、高村光太郎、茨木のり子、谷川俊太郎ほか)

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続いて、埼玉から、歌謡曲系。

第14回シャープミュージックフェスティバル

期 日 : 2017年11月5日(日)
会 場 : 熊谷市江南総合文化会館ピピア 埼玉県熊谷市大字千代325-1
時 間 : 開場11:30 開演12:00 終演16:30
料 金 : 無料
主 催 : シャープの会

心からの歌を、声を、聞いてください。この度はシャープミュージックフェスティバルにご興味頂き誠に有り難うございます。シャープの会は、「歌おう!人生はドラマ、声に心と魂を」をテーマに心より唄うことを心がけて日々練習しております。

この度、一年間の練習を積みまして14回目の発表会を開催することに相成りました。出場者一同、練習の成果を十分に発揮し頑張って参りますので、是非ともお越しいただけたら幸いに存じます。

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オープニングフラダンス 小出 淳子先生①恋は花 君はその種子 関口 久江 ②コアリ
1椛嶋健一 おふくろ 2斉藤寿代 糸 3関根宏 きっと帰るさ函館へ 4関口寿子 黒髪 5村田育子 愚かな女 6南雲照子 東京の夜は寂しくて 7石渡直江 恋鏡 8藤本とし江 ハナミズキ 9根岸美津江 千年の古都 10萩原晶子 また君に恋してる 11住谷幸一 心のギター 12黒屋ゆう子 涙そうそう 13三輪佐智恵 ふたりの旅栞 14山田静江 お初 15橋本美枝子 女のあかり 16林れい子 母の暦 17栗原いし子 津軽の春 18佐国一枝 蜩(ひぐらし) 19酒井悦子 流恋草 20渡辺勝江 春待さくら草 21大澤勝重 ありがとう 22昭和の歌コーナー(全12曲 18名)渡辺 勇 [1]西野初枝 河内おとこ節 [2]高田満雄 大利根無情 [3]松崎好子 智恵子抄 [4]関口久江 黒猫のタンゴ [5]中村福房 嫁にこないか [6]川野民江 赤城の子守唄 [7]住谷幸一 勝手にしゃがれ [8]富樫安子 いい日旅立ち [9]小野寺辰男 雨の中の二人 [10]佐山ひろ子 俺ら東京さ行ぐだ [11]丸橋勇 関白宣言 [12]堀江敏子 真赤な太陽
☆ 休 憩 1 0 分 間 ☆
23村上三郎 孤独の太陽 24松本幸江 愛のままで… 25茂木利光 北の出世船 26松本操 お・ん・な 27久保田昇 桜の手紙 28太田千代子 つづれ織り 29野田美智子 人間模様 30小林利行 ルビーの指環 31松崎好子 人形 32中村福房 締黄蝶 33斉藤圭吾 ためらい 34丸橋真寿美 天城越え 35清水博 藤山寛美浪花の華 36日本のうたコーナー K・コンセルト・ギターラ(6名) 歌(5名) ◇わらべうたメドレー K・コンセルト・ギターラ①通りゃんせ②桜③山寺のおしょうさん④どんぐりころころ変奏曲 ◇四季のうた(5名) [1]関口久江 春の小川 [2]富樫安子 夏の思い出 [3]西野初枝 紅葉 [4]黒屋ゆう子 スキー [5]堀江敏子 四季の歌 37井上好子 夫婦花火 38渡辺勇 酒よ 39川野民江 北の駅 40小野寺辰男 時間の花びら 41吉葉弘子 壺坂情話 42高田満雄 忍ぶの乱れ 43関口久江 FOREVER 44宇野博巳 枯葉 45佐山ひろ子 酒は男の子守唄 46須永省三 津軽慕情 47富樫安子 お七 48丸橋勇 化粧 49西野初枝 蛍の提灯 2部 堀江敏子 #心のうた# ◇ギター・コラボ(戸井田 浩・福田 頼子) ☆ノラ・他

おそらく、作詞・丘灯至夫、作曲・戸塚三博、歌・二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(昭和39年=1964)が演奏されるのでしょう。


最後は合唱系で、築地から。 

東京男声合唱フェスティバル

期 日 : 2017年11月12日(日)
会 場 : 浜離宮朝日ホール 東京都中央区築地5-3-2 朝日新聞東京本社・新館2階
時 間 : 10:30~20:57
料 金 : 一般及び大学生 1,000円 高校生及び65歳以上 500円 中学生以下 無料
主 催 : 東京都合唱連盟

略して”男フェス”。東男の集まる熱い一日。連盟加盟や都道府県も問わず、4名以上の男声合唱を楽しむグループであれば性別も問いません。
参加団体の互選により人気投票が行われ、1位になった団体は次年度の大会に招待されます。
また毎年公募による合唱団を組織、著名な先生をお呼びして指揮をしていただき、最後を飾ります。

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全61団体の出演で、30番目の会津高校OB合唱団さん(31名)が、清水脩作曲の「梅酒 -智恵子抄より-」を演奏して下さいます。予定では15:16 ~15:23だそうです。

このところ、全日本合唱連盟さんの全国コンクールで、一昨年までは毎年のようにあった光太郎系の曲が取り上げられていませんので、ありがたいかぎりです。


それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

歳月人を洗ひ 人ほろびざるは大なるかな

詩「金田一国士頌」より 昭和25年(1950) 光太郎68歳

金田一国士(くにお)は、花巻温泉株式会社の創業者。その他にも花巻電鉄、盛岡銀行、盛岡電気工業、岩手軽便鉄道など、さまざまな企業の経営にあたりました。ところが、盛岡銀行が取り付け騒ぎで倒産するや、背任と業務上横領で起訴され、実刑判決を受け、晩年は淋しく亡くなった人物です。

歿後10年を経て、負の部分はともかく、さまざまな開発の功績をたたえようと、花巻温泉に「金田一国士頌」碑が建てられ、その碑文の頌詩を光太郎が作りました。

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「負の部分もありながら、確かに人々のために尽くした功績も大きい」という意味では、戦時中の翼賛活動、戦後の旧太田村への貢献という光太郎の事績にも相通じるところがあります。光太郎自身、そういう意味ではシンパシーを感じていたのではないでしょうか。

「歳月」に「洗」われても、「大なる」光太郎の事績を「ほろびざる」ものとして、後世に語り継ぎたいものです。

朗読系の公演情報です。

まず、福井市立美術館さんで開催中の「没後30年記念 高田博厚展 対話から生まれる美」の関連行事として。

新朗読劇『道程-高村光太郎・智恵子・高田博厚-』

期  日 : 2017年10月28日(土)
会  場 : 福井市美術館 3階講堂 福井市下馬3-1111
時  間 : ①午前11時~、②午後2時~、③午後5時~の3回
料  金 : 500円
定  員 : 各回80名
申し込み : 福井市美術館まで希望の公演時間、住所、氏名、電話番号を電話かFAX、
       またはメールにて
       (先着順)電話:(0776)33-2990 FAX:(0776)33-3114
            メールアドレス:takata-k@city.fukui.lg.jp

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 彫刻家・高田博厚(1900-1987 年) と精神的に深いつながりのあった17 歳年長の彫刻家で詩人の高村光太郎とその妻・智恵子。
 人や物事の本質を深く洞察した高村の詩を中心に、3 人の人間模様を新しい朗読劇で紹介します。

作・演出/ YUKKY
出演者/高橋だい(高田博厚 役)・佐々木雪雄( 高村光太郎 役)・黒田成美( 高村智恵子 役)


もう1件。

都内では、日本舞踊系の公演の中で、「智恵子抄」朗読が扱われるというものが開催されます。

真理パフェFourth

期  日 : 2017年11月4日(土)
会  場 : 上用賀アートホール 東京都世田谷区上用賀5-14-1-102
時  間 : 13:00開演 16:30終演予定
料  金 : 1,000円
申し込み : 090-4434-7116(事前申込制/当日ご来場も可)

第一部 舞踊
 舞踊:藤娘    真理
 舞踊:三社祭     好佳乃 真理
 朗読:智恵子抄より   石川弘子
第二部 ゲストとコラボ
 和楽器を交えた朗読:勧進帳    村瀬栞 石川弘子 真理
 舞踊:娘道成寺     好 好月 好美乃 好佳乃 バス麻紀 大川恵理
 新舞踊:水口智世江 真理
 和楽器を交えた朗読:古典落語より    村瀬栞 石川弘子 真理
第三部 まりとけいこ発表会
 演奏:松の緑    佐藤太三夫
 舞踊:羽根の禿    新野アコヤ
 舞踊:越後獅子    岸本苑子
第四部 みんなで合唱
 合唱:越後獅子
 ピアノ、バイオリン、三味線合奏:山岡知子 臼井正枝 真理
 合唱と合奏:メサイヤより3曲 日本女子大学附属中学同窓生
                                   
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女優の大川真理さんという方を中心とした催しだそうで、多くの方々がご出演、いろいろと実験的な試みが為されるようです。

それぞれ、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

作家はつくればいいでせう 政府は作家のやれるやうにすればいいでせう 無意味なことはうるさくて 禿あたまの赤トンボのやうです

詩「赤トンボ」より 昭和24年(1949) 光太郎67歳

「禿あたまに赤トンボがとまつて/秋の山はうるさいです」に始まるこの詩、「うるさいといへばわれわれにとつて/芸術院といふのもうるさいです」と続きます。

光太郎が日本芸術院会員に推されたのは、昭和22年(1947)。推挙を受けたのは、文学の第二部。戦時中の翼賛詩文を深く恥じ、蟄居生活を送っていた光太郎にとって、皮肉としか思えなかったのではないでしょうか。その際には断っていますが、その後も打診があったのでしょうか。単に名誉称号に過ぎず、経済的援助等が付されなかった文化勲章も槍玉に挙げています。

このブログにたびたびご登場いただいている、テルミン奏者大西ようこさんと、ギターの三谷郁夫さんによるユニット「ぷらイム」さんのコンサートです。ユニット結成10周年記念公演だそうです。 

テルミンと語りで紡ぐ愛の物語り 智恵子抄

期日 : 2017年10月28日(土)
会場 : 横浜美術館レクチャーホール 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
時間 : 15時開演(14時半開場)
料金 : 前売 3,000円 当日 3,500円 小学生以下 1,500円  障がい者・介助者ペア 5,000円
出演 : ぷらイム(テルミン 大西ようこ/ギター・歌・その他 三谷郁夫)
     ゲスト 水沢有美(朗読)
   
問い合わせ : 浜野クリエイト(大西) theremin@art.nifty.jp

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高村光太郎は、最初から『智惠子抄』という詩集を編もうと思って智惠子を詩に詠んだのではありません。
折に触れて綴ってきた智惠子に関する詩から、智惠子の死後、取捨選択した、いわば寄せ集めの詩集です。

なので、智惠子という女性の人生を語り、光太郎という漢の人生を語るのには・・・・言葉が足りない。
光太郎の本業が彫刻家である事を知る人はいても、智惠子が、当時としては珍しい女流画家を目指していた事を知る人は、少ない。

そこをあえて!
本公演では、100%『智惠子抄』のみから抜き出した言葉で立体的に構成。
太平洋戦争開戦4ヶ月前に出版された『智恵子抄』を、今の世に、新たに、見直します。

■朗読(予定):
「人に」「人類の泉」「樹下の二人」 「あなたはだんだんきれいになる」 「あどけない話」「風にのる智惠子」 「千鳥と遊ぶ智惠子」「レモン哀歌」 「荒涼たる帰宅」「亡き人に」 「智惠子の半生」

■演奏曲(予定)
「智惠子抄」より(清道洋一)  「三つの情景」より(田中修一)  「夢想」(ドビュッシー)  「別れの曲」(ショパン)  「トロイメライ」(シューマン) 他


第一部が女優の水沢有美さんをゲストに迎え、テルミンと朗読で、「智恵子抄」の世界を演出されるそうで、楽しみです。三谷さんが登場されて「ぷらイム」さんとしては、第二部になるようです。

開演10分前にはクイズコーナーとのこと。「クイズに答えて、ぷらイム10周年記念グッズをもらっちゃおう!」だそうです。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

雪の頃からかかつてゐる詩が 桜が散つてもまだ出来ない。 この悪婦につかまつて おれは一歩も前進できない。

詩「悪婦」より 昭和24年(1949) 光太郎67歳

具体的にどの詩を指すのか、それが完成したかどうかもわかりませんが、「悪婦」に例えられた構想している詩が、なかなか出来ない、という詩です。

さらさらっと謳いあげているようにみえる光太郎の詩ですが、実は綿密に考え、推敲もとことん行っていたことが、遺された詩稿から垣間見えます。この詩にしても、武者小路実篤主宰の雑誌『心』に発表したあと、詩集『典型』(昭和25年=1950)に収録する際、改訂が施されています。

今月1日(ついたち)の日曜日に開催された「第23回レモン忌」に引き続き、昨日はまたまた智恵子の故郷・福島二本松に行っておりました。現在、二本松市各所で展開中の「重陽の芸術祭2017」の一環として、智恵子の生家を会場に、女優の一色采子さんらによる「智恵子抄」朗読とダンスのパフォーマンス「智恵子・レモン忌 あいのうた」が行われ、そちらを拝見。

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一色さんは本名・大山采子さん。お父様は二本松ご出身で、文化勲章を受章された故・大山忠作画伯。同郷の智恵子をモチーフにした作品も数多く、その関係で采子さんとも知遇を得まして、連翹忌にもご参加いただいております。

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1日(日)のレモン忌にご欠席でしたので、どうされたのかと思っておりましたところ、全国23ヶ所で公演された「松竹特別公演 妖麗 牡丹燈籠」の千秋楽だったそうでした。そちらの東京公演のご案内も頂いていたのですが欠礼したので、今回はその埋め合わせという部分もあって参上しました。

午後6時開演ですが、4時半頃に着きました。正式な開場の5時半より前にどさくさに紛れて潜り込み、リハーサルから観ようという魂胆です(笑)。

早速、采子さん発見。すてきなお召し物です。

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持参した花束とレモンをお渡ししました。

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さて、リハーサル。

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渕上千里氏の電子ピアノによる、サティやドビュッシー、ラヴェルなどに合わせ、采子さんの「智恵子抄」朗読。

千葉の当方自宅兼事務所に帰ってきてから気づいたのですが、淵上氏、故・平吉毅州氏作曲の混声合唱組曲「レモン哀歌」CD(平成11年=1999 フォンテック)に、ピアノで参加されていました。合唱は平松混声合唱団さん。当方、CDを持っております。

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演奏を聴いて、「あっ、このタッチは、平吉さんの『レモン哀歌』の……」と気づいたのなら、当方もすごい耳の持ち主ということになりましょうが、そうでないところが凡人の悲しさです(笑)。

本番が撮影禁止だったので(シャッター音やストロボの光が録音、録画に影響するためだそうで)、以下、リハの写真です。そこまで予想して、早のりしたわけではないのですが(これも凡人の悲しさです(笑))、リハ中にたくさん撮っておいて助かりました。

感想は本番を含めて書かせていただきます。采子さんの朗読は、非常に凜としたお声で、一言で言うと「かっこいい」読み方。例えるなら宝塚の男役のような。また、間の取り方が実に絶妙でした。詩は5篇。「人に」「あどけない話」「樹下の二人」「レモン哀歌」「千鳥と遊ぶ智恵子」。

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その後、福島ご出身のダンサー・二瓶野枝さんによるモダンダンス。

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幽妙というか、玄妙というか、深淵というか、幻想的というか、神秘的というか、ボキャブラリーが貧困で申し訳ありませんが、生演奏でなく、コンピュータを使っての音楽とダンスの動きがよくマッチし、智恵子の生涯におけるさまざまな挑戦、希望、しかしいろいろな面でうまくいかない苦悩、失意、それに負けまいとあらがう姿、結局は刀折れ矢尽きた絶望、そしてその生涯の終焉といったもろもろが、情念たっぷりに表現されていました。

観客の皆さんも、朗読、ダンス、それぞれの世界に引き込まれていました。

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通常のホールなどではなく、宵闇に包まれた、明治16年(1883)建造の智恵子の生家という舞台設定がまた良かったと思いました。これが昼間では、また感じが出なかったでしょう。

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カーテンコール的な。

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終演後の関係者の皆さん。

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昨年は地元の方による琴と尺八の演奏が行われ、今年は朗読とダンス。何でもありというわけではないでしょうが、生家の活用がなされるのは良いことだと思われます。ぜひここで演じてみたいというパフォーマーの皆さん、市教委あたりに問い合わせてみて下さい。

007終演後の舞台挨拶で初めて知りましたが、二瓶さん、三ヶ月前にお子さんを出産されたばかりだそうでした。そうとは思えない見事に鍛え上げられた体型(愚妻との相違が……(笑))には舌を巻きました。

ところで、リハの時から赤ちゃんがいるな、と不思議に思っていたら、それが二瓶さんのお子さんでした。何と、名付けて「コータロー」君だそうで。ちょうどこのイベントにかかっていた時だったため、「光太郎」ではなく「郎」のみ変えて「光太朗」と名付けたとのこと。光太郎の悪いところは真似をせず(笑)、頑健な身体などのよいところはあやかってもらい、すくすくと育ってほしいものです。

ちなみに昨日は、十六夜(いざよい)の月でした。

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昭和13年(1938)10月5日、智恵子が歿し、8日には駒込林町のアトリエで、葬儀が行われました。後にそれを回想して謳われたのが、「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1941)。

  荒涼たる帰宅000
 
 あんなに帰りたがつてゐた自分の内へ
 智恵子は死んでかへつて来た。
 十月の深夜のがらんどうなアトリエの
 小さな隅の埃を払つてきれいに浄め、
 私は智恵子をそつと置く。
 この一個の動かない人体の前に
 私はいつまでも立ちつくす。
 人は屏風をさかさにする。
 人は燭をともし香をたく。
 人は智恵子に化粧する。
 さうして事がひとりでに運ぶ。
 夜が明けたり日がくれたりして
 そこら中がにぎやかになり、
 家の中は花にうづまり、
 何処かの葬式のやうになり、
 いつのまにか智恵子が居なくなる。
 私は誰も居ない暗いアトリエにただ立つてゐる。
 外は名月といふ月夜らしい。

この年は、この葬儀の日が十五夜だったのですね。

昨日はまさしく智恵子の命日「レモンの日」「レモン忌」というわけで、花を添えていただいたように思います。

おまけ。
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帰りがけに赤信号に引っかかったら、横から出てきました。

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かつて智恵子も観たであろう、300年以上続く、二本松の「提灯まつり」です。

【折々のことば・光太郎】

さうして祈らう。 世界に戦争の来ませんやうに、 天変地異の起きませんやうに、 われら一人一人が人間でありますやうに、 一人一人が天のかけらを持ち得ますやうにと。

詩「新年」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

翌年元旦の『朝日新聞』のために書かれた詩です。同じく新年を謳うにしても、戦時中は米英覆滅のプロパガンダ的なものでしたが、花巻郊外太田村の山小屋での蟄居生活も4年目となり、たどりついた境地がこれです。

明日は「レモンの日」。智恵子命日にちなみます。忌日として「レモン忌」とも表されます。

006そこで、またまた智恵子の故郷・福島二本松に行って参ります。、二本松市内各所で現在開催中の「重陽の芸術祭2017」の一環として、智恵子生家を会場にダンスパフォーマンスの公演「智恵子・レモン忌 あいのうた」が行われるためです。智恵子を題材にした日本画を多く手がけた二本松出身の故・大山忠作画伯の息女にして女優の一色采子さん(連翹忌にもご参加いただいております)が朗読で参加されるとのことです。

さらに福島ご出身のダンサー・二瓶野枝さんによるモダンダンス。

先頃、智恵子生家にお伺いした際に、たまたまお会いした教育委員会文化課の方に「この座敷でダンスをやって大丈夫なんですか?」と訊いたところ、「そこまで激しい動きではないそうなので」ということでした。

どのような公演になるのか、非常に楽しみです。

そちらが午後6時からということで、またその前に近くのゆかりの地を廻ろうと考えております。明後日以降、レポートいたします。


朗読といえば、光太郎詩を朗読して下さるイベントが近々二つ。 

「満天星」ライブ第6回

期   日 : 2017年10月17日(火)
会   場 : 船橋市市民文化創造館(きららホール) 千葉県船橋市本町1-3-1フェイスビル6階
時   間 : 開場12時30分 開演13時00分
料   金 : 無料 (全席自由)
問い合わせ : 047−450−6648 「満天星」代表/上田悦子

プログラム :
 【第一部】 司会:大野栄子
  1 神無月     原作 : 宮部みゆき
  上田悦子
  2 花の詐欺師   原作 : 古屋信子    誉田信子
  3 泳げない魚   原作 : 池田晴海    櫻井芳佳
  4 鮒       原作 : 向田邦子    江本なつみ
 【第二部】 司会:江本なつみ
  5 余寒の雪    原作 : 宇江佐真理  成川洋子
  6 ラブ・レター  原作 : 浅田次郎   大野栄子
  7 智恵子抄    原作 : 高村光太郎  小林正子

一昨年にも、同じ方の「智恵子抄」朗読を含むイベント「第2回小さな朗読〜感動をつくる朗読をめざして〜」をご紹介しました。繰り返し取り上げて下さり、ありがたく存じます。

もう1件。 

第4回 JILA朗読コンクール入賞・入選記念 朗読の祭典

期   日 : 2017年10月25日(水)
会   場 : 深川江戸資料館 小劇場  東京都江東区白河1-3-28
時   間 : 開場18時30分 開演19時00分
料   金 : 2,500円 (全席自由)
問い合わせ : 03-3356-4140 JILAチケットセンター

プログラム :
 石橋  玲  夏目漱石 : 『夢十夜』より「第三夜」 (縄文太鼓:石橋俊一)
 村上 長子  志賀直哉 : 転生
 藤野 篤子  夏目漱石 : 『夢十夜』より「第八夜」
 岩井 奈美  夏目漱石 : 『夢十夜』より「第六夜
 渡邊 奈美  森 鷗外 : 牛鍋  (
三味線:藤沢しげみ)
 勝田のぞみ  峠 三吉 : 『原爆詩集』より「墓標」
 桜 さゆり  稗田阿礼 : 古事記 中巻 より  高村光太郎:山のともだち クロツグミ 

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いつも書いていますが、光太郎詩文は、内容的にも表現でもすばらしいところが多く、また、あからさまな七五調、五七調などを採らなくとも、光太郎自身「内在律」という言葉で表現した独特のリズム感、さらにはさりげない踏韻など、意外と朗読に向いています。どんどん取り上げていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

おれの詩はおれの実体以外になく、 おれの実体は極東の一彫刻家であるに過ぎない。 おれにとつて宇宙は構造の原点であり、 詩は構造の対位法(コントルポアン)だ。 西欧ポエジイは親愛なる隣人だが、 おれの詩の運行は一本軌道がちがつてゐる。

詩「おれの詩」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

冒頭部分では「おれの詩は西欧ポエジイに属さない。/二つの円周は互に切線を描くが、/つひに完くは重らない。」とあります。

洋の内外という問題ではなく、日本詩人の詩に対しても同様です。「白秋、露風、柳虹といふやうな詩人のおかげで、詩は結局自分の言葉で書けばいいのだといふ、以前からひそかに考へてゐてしかも思ひきれなかつた事を確信するに至つた。」(「美術学校時代」昭和17年=1942)と書きつつ、「藤村――有明――白秋――朔太郎――現代詩人、といふ系列とは別個の道を私は歩いてゐます。」(「詩について語らず――編集子への手紙――」昭和25年=1950)とも書いています。

といって、自分の詩のみが良くて、他は話にならん、的な独善的といえる見方はしていません。他人は他人、自分は自分、なのです。

昭和13年(1938)10月5日、光太郎の妻・智恵子が、南品川ゼームス坂病院で歿しました。直接の死因は肺結核でした。


その臨終の様子に題を採ったのが、有名な「レモン哀歌」です。

   レモン哀歌                                    002
 
 そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
 かなしく白くあかるい死の床で
 わたしの手からとつた一つのレモンを
 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
 トパアズいろの香気が立つ
 その数滴の天のものなるレモンの汁は
 ぱつとあなたの意識を正常にした
 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
 わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
 あなたの咽喉に嵐はあるが
 かういふ命の瀬戸ぎはに
 智恵子はもとの智恵子となり
 生涯の愛を一瞬にかたむけた
 それからひと時
 昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
 あなたの機関はそれなり止まつた
 写真の前に挿した桜の花かげに
 すずしく光るレモンを今日も置かう
 

そこで、10月5日は「レモンの日」と名付けられています。また、智恵子の忌日、という意味で「レモン忌」とも呼ばれます。梶井基次郎の忌日(3月24日)は漢字で「檸檬忌」です。

智恵子の故郷・福島二本松では、智恵子生家に近いらぽーとあだちさんに於いて、智恵子を偲ぶ「レモン忌」という行事を行っています。当会の連翹忌同様、全国から智恵子ファンの参加を受け付け、記念講演、スピーチ、会食もあります。昨年の様子はこちら

そちらは10月5日の「レモンの日」に限らず、その日に近い日曜日ということで、10月の第一日曜か、第二日曜に開催されています。5日その日に重なる場合もありますが。

今年は10月1日の開催です。以下、開催要項的な。ネットには情報がアップされていないようです。 

第23回レモン忌

期 日 : 2016年10月1日(日)
会 場 : ラポートあだち 二本松市油井字濡石16
時 間 : 午前10時開会
参加費 : 3,000円
申 込 : 智恵子の里レモン会(戸田屋商店) TEL0243-23-4858
記念講演 : 『高村智恵子』~芸術家の横顔~ 講師 福島県立美術館 堀宜雄先生


また、それとは別に5日の「レモンの日」に、二本松市で現在開催中の「重陽の芸術祭2017」の一環として、智恵子生家を会場にダンスパフォーマンスの公演が行われます。智恵子を題材にした日本画を多く手がけた故・大山忠作画伯の息女にして女優の一色采子さんが朗読で参加されるとのこと。

智恵子・レモン忌 あいのうた

期   日 : 2016年10月5日(木)
会   場 : 智恵子生家 二本松市油井字漆原町36
時   間 : 18:00~
料   金 : 無料
出   演 : 二瓶野枝(モダンダンス)  大山采子(朗読)  渕上千里(ピアノ)

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通常の、智恵子生家・智恵子記念館の閉館後ということで、入場無料だそうです。ただ、観覧希望者多数の場合には入場制限がかかるとのこと。

智恵子生家では、やはり「重陽の芸術祭2017」の一環として、現代アート作家の・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が行われています。

併せてご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

はじめて武器をすてて立つ一つの国が 最初の新年を迎へる年に 運命は何を持つてくるか、 むしろきはどい人類の試金石だ。

詩「試金石」より 昭和22年(1947) 光太郎65歳

翌昭和23年(1948)の『週刊朝日』新年号のために書かれた詩です。「はじめて武器をすてて立つ」「最初の新年」は、平和憲法が施行されて最初の新年という意味です。

その後、まがりなりにも70余年、戦争には直接参戦せずにこの国は歩んできました。その誇るべき歴史をなし崩しにし、戦前に回帰でもさせようかという勢力の台頭は、実に嘆かわしいことといわざるをえません。

来月の衆議院選挙、現代の我々にとっての「試金石」です。

光太郎詩「あどけない話」の一節「ほんとの空」の語を冠したイベントです。福島大学うつくしまふくしま未来支援センターさんの主催で、光太郎詩「あどけない話」中の「ほんとの空」を冠したシンポジウムは、これまでに京都東京愛知いわきそして新潟でそれぞれ開催されています。

今回は福島県南相馬市小高区。昨年、原発事故による避難指示がようやく解除されたところです。光太郎生前の昭和30年(1925)に、光太郎詩「開拓十周年」が刻まれた碑が建立されています。

「ほんとの空が戻る日まで-東日本大震災から7年目を迎えた浜通り地方の今後を考える-」シンポジウム

日 時 : 2017年9月27日(水) 13:00~16:00
会 場 : 小高生涯学習センター「浮舟文化会館」1階 ホール 
        福島県南相馬市小高区本町二丁目89-1 
参加費 : 無料
共 催 : 南相馬市
後 援 : 復興庁福島復興局、福島県、NHK福島放送局、福島民報社、福島民友新聞社

  事前申し込みが必要です。   申込みはこちら →https://ws.formzu.net/fgen/S6188406/

福島大学うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)では、3.11東日本大震災以降、毎年、県内・県外においてシンポジウムを開催して、福島の現状・課題並びに復興・再生支援活動の取り組みを報告してきております。
このたび、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故から6年6か月が経過する9月下旬にFURE県内シンポジウムを下記により開催して、浜通り地方の今後の復興・再生について、参加者といっしょに考えます。

【シンポジウム構成】
 〈13:00~13:30〉挨 拶・センター活動紹介
  福島大学うつくしまふくしま未来支援センター長   初澤 敏生
  南相馬市長                       桜井 勝延 氏
  FURE 企画コーディネート部門特任教授・相双地域支援サテライト長 仲井 康通
 〈13:30~14:00〉 基調講演
  「イノベーションコースト構想と地域の活性化について」~新たな価値の創造を目指して~
  福島大学理事・副学長 (研究・地域連携)       小沢 喜仁
〈14:15~16:00〉 パネルディスカッション
  「ふくしま浜通り地方の今後の復興・再生について」
   ~今後の復興・再生について、参加者と共に考える~
  モデレータ:福島大学うつくしまふくしま未来支援センター長
  パネリスト
   山本 秀和 氏  南相馬市立小高小学校校長
   平田 廣昭 氏  小高商工会会長
   黒木 洋子 氏  南相馬市社会福祉協議会事務局長
   石井 秀樹      FURE 農・環境復興支援部門特任准教授

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上記チラシでは申し込みが9/13までとなっていますが、延長されています。


もう1件、やはり「ほんとの空」の語が使われるのではないでしょうか。「智恵子抄」を含む朗読系イベントです。 

ひだまりコンサートVol2 朗読と歌 ことばをつむいで伝える大切な思い

期 日 : 2017.9月24日(日)006
会 場 : サンプラザ市原一階 I(あい)スペース
       千葉県市原市五井中央西1丁目1番地25
時 間 : 13:30~
料 金 : 2,500円(全席自由)

文学作品の魅力や著者の思いを伝える 朗読と歌
「魔術」「トロッコ」「智恵子抄」
朗読 加賀佑冶/山川建夫
歌・ピアノ 藤本千波 童謡・唱歌メドレー

加賀・山川 二人の朗読者が、「芥川龍之介」と「高村光太郎」の世界に挑戦します。二人によって同じ作家の作品がどのように語り分けられていくのか・・・そして、藤本の美しく柔らかい歌声。

【問い合わせ先】
090-7269-9500 ひだまり舎


それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

つひに死は生活に飽和した。 死の脅威が人をやけくそに追ひ込み、 いつ来るか分らぬ運命の不安に 人は皆今日の刹那に一生をかけた。

連作詩「暗愚小伝」断片の「(死はいつでも)」より
 昭和22年(1947) 光太郎65歳

連作詩「暗愚小伝」全20篇を構想する中で、結局は没になった一篇から。戦時中の世相を表しています。光太郎が大量の翼賛詩を書いた背景に、このように荒廃した同胞の人心を勇気づけよう、という意図がありました。しかし、「勇気づける」ことと「鼓舞して駆り立てる」ことは別のこと。光太郎自身も「やけくそ」になり、そのあたりを混乱していたようです。

一昨日、文京区の弥生美術館さんで開催中の企画展「命短し恋せよ乙女 ~マツオヒロミ×大正恋愛事件簿~」を拝見した後、永田町の国立国会図書館さんに向かいました。

6月に拝見した杉並区立郷土博物館さん所収の光太郎書簡について掘り下げて調べるため、思想家の江渡狄嶺関連、それから来月、青森十和田市で講演を仰せつかっているため、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」について、いろいろと文献を渉猟いたしました。

その後、江東区住吉へ。過日ご紹介した朗読会「響きあう詩と朗読」を拝聴して参りました。会場は江東区公会堂ティアラこうとうさん。

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やはり光太郎がらみのイベントは雨に見舞われます。ちょうど着く頃に雨が降り出しました。

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光太郎を含む古今東西のさまざまな詩文を、6人の方が朗読されました。

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お一人目の清水けいこさん、「智恵子抄」から9篇の詩を朗読なさいました。伴奏的に、長谷川美鈴さんの篠笛が入り、幽妙な雰囲気が醸し出されました。

今回、ご案内を下さった、文芸同人誌『青い花』同人で、詩人の宮尾壽里子さんが3番目にご登場。光太郎詩「母をおもふ」他、「母」をモチーフとした詩6篇を朗読されました。こちらはYOSHI氏のピアノによる伝・カッチーニ「アヴェ・マリア」が伴奏でした。西條八十の「帽子」もラインナップに入っていました。森村誠一氏の「人間の証明」で引用され、同作が角川映画になった際は、故・ジョー山中さんが歌ったテーマソング(英訳)で、一躍有名になった詩です。

その他、さまざまな詩文の朗読。知っている作品と、そうでないものと、半々くらいでした。聴いている方としては、そのくらいのバランスがちょうどいい感じです。各朗読者の皆さん、それぞれに工夫を凝らし、終わってみれば2時間強の長いプログラムでしたが、それを感じさせませんでした。

何度も書いていますが、光太郎詩は意外と朗読向きです。完全な定型というわけでない作品でも、光太郎が「内在律」と呼ぶ独特のリズム感や、わざとらしくない程度の踏韻、そして何よりその内容とするところ(もちろんそうでない愚作、駄作の類も存在しますが)。

プロアマ問わず、多くの皆さんに取り上げていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

最も低いところに自ら救ふものがあり、 おのづから人類の光と美とに導くもののあることを知れ。 今はただ苦難の鍛へに堪へよ。 やがて清冽そのものを生み得るのは外ならぬわれわれだ。

詩「絶壁のもと」より 昭和21年(1946) 光太郎64歳

終戦記念日の『新岩手日報』に掲載されました。一年前の玉音放送、その後の混迷の一年間を振り返っています。やはり荒廃した人心を救おうとするその呼び掛けに、一部からは戦時中の翼賛活動を棚に上げて、という批判も起こりました。そうした声、そして自らの内なる声に導かれ、自己の戦争責任を省察する連作詩「暗愚小伝」が構想されていきます。

詩人でもあり、朗読もなさっている宮尾壽里子さんからご案内を頂きました。宮尾さん、これまでもお仲間の皆さんと、 「2016年 フルムーン朗読サロン IN 汐留」、「第5回 春うららの朗読会」等で、光太郎詩を取り上げて下さっています。

響きあう詩と朗読

期  日 : 2017年8月30日(水)
時  間 : 開場18:30  開演19:00
場  所 : 江東区公会堂ティアラこうとう 小ホール 東京都江東区住吉2-28-36
料  金 : 3,000円(全席自由・税込)

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演 目 :
宮尾壽里子 ピアノ:YOSHI
 <ポエジー母>より 三好達治「乳母車」  高村光太郎「母をおもふ」  西條八十「帽子」 
 草野心平「青ィ花」  宮尾壽里子「母になる日」  吉田一穂「母」

勝田のぞみ J.D.ベリズフォード(訳:西崎 憲)『喉切り農場』

岩井奈美 F.G.ロルカ(訳:小海永二)  『ガリーシアの六つの詩篇』 
 ヴァイオリン:松田 彩 ピアノ:室井悠李
 Ⅰ サンティアゴの町への恋歌  Ⅱ 小舟に乗った聖母マリアのロマンセ Ⅲ 少年店員の歌
 Ⅳ 死んだ若者の夜想曲  Ⅴ 死んだロサリア・カストロのための子守唄
 Ⅵ サンティアゴの月の踊り
 芥川龍之介『地獄変』

ひらやす かつこ J.R.ヒメネス(訳:長南 実)
 『プラテーロとわたし』より「プラテーロ」「春」「秋」

清水けいこ 篠笛:長谷川美鈴
  高村光太郎『智恵子抄』より「郊外の人に」「晩餐」「あどけない話」
 「あなたはだんだんきれいになる」「樹下の二人」「風にのる智恵子」 「荒涼たる帰宅」
 「梅酒」「レモン哀歌」


恐縮ながら招待券を頂きました。楽しみにしております。


それから、情報を得るのが遅れて、もう明日になってしまっていますが、もう1件。朗読と云うより詩吟系のイベントのようです。

京の文化絵巻2017 ~文学吟詠舞劇と邦楽の飛翔~

期  日 : 2017年8月12日(土)
時  間 : 開場14:30  開演15:00
場  所 : 京都芸術センター 講堂 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
料  金 : 1,000円

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演 目 :

 文学吟詠舞劇 「智恵子抄 断章―千鳥と遊ぶ智恵子―」
  原詩 高村光太郎   構成詩・付曲 廣 青隴   舞振付 藤蔭静樹
  文学吟詠:廣 青隴 古川瀞女 増田松洲 栗田瀞惠  村田青雪 黒田桜風 松浦哲山
       増田興洲
  舞:藤蔭静樹 藤蔭静亜樹
 
 -古典芸能十八番中の十八番 道成寺もの-より 「古道成寺」
  作曲 岸野治郎三、八重崎検校  出演 箏 早瀬久恵
  歌・三絃 大木冨志 粟田彰輝 梶田和栄

文学吟詠舞劇というジャンル、どんなものかと非常に興味があるのですが、いかんせん参上できません。

お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

生れてまだ二十年にもならないだらう青年は まるで天からもらつた水晶玉のやうにきれいだ。 その純潔をまもつてくれ、青年よ。

詩「純潔」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

その青年たちを戦場へと追いやるための詩を、この後、光太郎は大量に書き殴ることとなってゆきます。戦後はその贖罪のため、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)での、自虐とも云える蟄居生活に入るわけです。

2泊3日の行程を終え、先ほど、宮城女川から帰って参りました。

昨日の第26回、女川光太郎祭をレポートいたします。

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会場は、JR女川駅前に新たに建設された商店街・シーパルピア女川のはずれに建つ、女川町まちなか交流館さん。台風余波の驟雨が時折強く降りしきる中での開催となりました。

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多目的ホールが備わっており、ゆったり広々した会場で開催できました。特に今年は、智恵子の故郷・福島二本松から、智恵子命日の集い・レモン忌を主催されているレモン会の皆さん20余名が、マイクロバス一台で駆けつけて下さり、多数の参会となりましたので、広い会場で幸いでした。

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はじめに黙祷。かつてこの会を取り仕切っていた、貝(佐々木)廣氏を偲んで、頭を垂れさせていただきました。

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その後で、当方の講演。昭和22年(1947)に発表された、光太郎のそれまでの65年間を振り返る連作詩「暗愚小伝」に基づき、光太郎の生の軌跡をご紹介する連続講演で、今年は5回目。主に智恵子との結婚生活、その始まりから終焉までを語らせていただきました。合間に光太郎の肉声の録音なども聞いていただき、おおむね好評でした。

主催の女川光太郎の会・須田会長のご挨拶。

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須田会長は女川沖に浮かぶ出島(いずしま)ご在住の漁師さんで、年に数回、当方の元に銀鮭やらホヤやらサンマやらを送って下さっています。

光太郎遺影、それからかつて会場すぐそばに建っていた光太郎文学碑の写真に献花。レモン会の方にもお願いしました。

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今年の会場からは、横倒しになった文学碑が見えました。ちょっとわかりにくいのですが、下の画像、真ん中の電柱の真下の黒いのがそうです。

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碑の関係については、いずれ日を改めてこのブログでご紹介します。

その後は、ギタリスト・宮川菊佳さんの演奏に乗せて、光太郎の詩文の朗読。

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小学生からご高齢の方、さらに地元の方から遠方の方まで、それぞれに個性あふれる朗読でした。

アトラクションとして、音楽演奏も行われ、花を添えて下さいました。

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故・貝(佐々木)廣氏夫人の英子さん。今回欠席された、当会顧問北川太一先生のメッセージを代読なさいました。

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高村家から、光太郎の実弟にして鋳金の人間国宝だった豊周令孫・達氏のご挨拶。

こうしてつつがなく終了し、すぐ近くの中華料理店さんを借り切って、レセプション。

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レモン会の皆さんは、二本松からの列車の都合がおありの方がいらっしゃるとのことで帰られましたが、北川先生の教え子の皆さんである北斗会の方々、詩人の曽我貢誠氏ご夫妻、音楽演奏をなさって下さった方々、女川の風土に魅せられて、毎年この日に遠方からいらっしゃる方々、そして地元の皆さんなどで、おおいに盛り上がりました。泉下の光太郎、さらに貝(佐々木)廣氏も喜んだことでしょう。

その途中、喫煙のため外に出たところ、見えた夕焼け。

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一年後の再会を約し、散会しました。


今朝、地元紙『石巻かほく』さんで、早速報じて下さいました。

女川で「光太郎祭」、講演と朗読 紀行文や詩に思いはせる

 女川町を訪れた詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)をしのぶ、第26回「光太郎祭」(女川・光太郎の会主催)が9日、町まちなか交流館で開かれた。光太郎は31年の8月9日に三陸地方を巡る旅に出発した。

 町民ら約60人が参加。高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営員会代表の小山弘明さんが「高村光太郎、その生の軌跡~連作詩『暗愚小伝』をめぐって」と題して講演。光太郎と妻智恵子が共に歩んだ人生を、光太郎の詩を紹介しながら解説した。

 小山さんは、光太郎が智恵子と結婚披露宴を開いた1914年の作品「道程」について「光太郎が文学や彫刻で新しい道をつくっていく決意を表している」と説明。「道程」の一文にある「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来(でき)る」に触れ、「現代のわれわれにも通じる素晴らしい作品だと思う」と述べた。

 参加者はじっくりと聞き入り、光太郎と智恵子の生涯に理解を深めた。

 光太郎の紀行文や詩の朗読もあり、女川を題材にした「よしきり鮫(ざめ)」などが紹介された。

 91年に女川を題材にした紀行文や詩の文学碑が女川港近くに建立され、92年から光太郎祭が開かれている。
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来年以降も、続けられる限り、永続的に行われて欲しいものです。


【折々のことば・光太郎】

見えもかけ値もない裸のこころで らくらくと、のびのびと、 あの空を仰いでわれらは生きよう。 泣くも笑ふもみんなと一緒に 最低にして最高の道をゆかう。

詩「最低にして最高の道」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

あの東日本大震災の大津波を経験され、愛する者を失い、故郷の街の壊滅、そして再生を見てこられた女川の皆さん。まさに「泣くも笑ふもみんなと一緒に」だったわけです。

ただし、光太郎は「泣くも笑ふもみんなと一緒に」、泥沼の戦争協力へと進んでしまったのが、本人にとっても大きく悔やまれることでした。

昭和6年(1931)、光太郎が三陸一体を旅したなかで立ち寄った宮城県牡鹿郡女川町。それを記念して毎年開催されている女川光太郎祭、今年もつつがなく終わりました。
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台風の余波で時折降りしきる雨の中、遠方からも含め、多くの皆様がお集まりくださいました。

詳しくは帰りましてからレポート致します。

昭和6年(1931)、光太郎が新聞『時事新報』の依頼で、紀行文「三陸廻り」を書くため、8月9日から約1ヶ月、宮城から岩手の三陸海岸一帯を旅した事を記念し、毎年、女川光太郎祭が開催されています。こぢんまりと行うイベントで、ネット上に詳細情報等有りませんが、問い合わせた結果と昨年までの要項を参考にまとめると、以下の通りです。

第26回女川光太郎祭

期 日 : 2017年8月9日(水)
時 間 : 午後2:00~
場 所 : 女川町まちなか交流館 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原1-36
内 容 : 
 献花
 光太郎紀行文、詩などの朗読
 講演 「高村光太郎、その生の軌跡 ―連作詩「暗愚小伝」をめぐって⑤―」
     高村光太郎連翹忌運営委員会代表 小山弘明 
 ギター・オペラ演奏 宮川菊佳(ギタリスト) 本宮寛子(オペラ歌手)

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会場が昨年の女川フューチャーセンターCamassから、震災前、元々の会場だった海浜公園(上記地図でいうと「メモリアルゾーン」)に近い女川町まちなか交流館に変更になりました。やがてメモリアルゾーンの整備も終われば、ここにあった光太郎文学碑も再建され、そちらでの開催になると思います。その日も近いように思われます。

智恵子の故郷・福島二本松からは、智恵子の顕彰に携わるレモン会の皆さんが貸し切りバスでいらっしゃるそうです。しかし、残念ながら、今年は当会顧問・北川太一先生はご欠席だそうです。

今年で5回目となりますが、当方の講演が入ります。永続的に講演をし続けることになりそうなので、まず10年くらいは光太郎の一生を区切って俯瞰する方向でと考え、昭和22年(1947)に、それまでの人生を振り返って書かれた連作詩「暗愚小伝」の構成にしたがって進めており、今年は智恵子との出会いから結婚生活、そして死別のあたり――明治末から太平洋戦争直前くらい――を扱います。

ちょうどこの期間に、『時事新報』の依頼で三陸を廻っていますので、その辺も、と考えております。

そのために、その旅で光太郎が利用した三陸汽船の古文書を入手しました。大正15年(1926)ですから、光太郎が三陸を訪れた5年前に発行された、金子常光の手になる鳥瞰図をあしらった案内です。

ちなみにネットオークションに出品され、入札したのですが負けました。負けて「ちっ」と思っていたら、オークションではない、古書販売サイトに出品されているのを見つけ、オークションで負けた価格より安く手に入りました。捨てる神あれば拾う神あり、ですね(笑)。

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広げると全幅90㌢ほど。南は塩竃から、北は宮古までのリアス式海岸が描かれています。

女川近辺を拡大すると、こうです。

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裏面には汽船の利用案内や、各寄港地の説明などが書かれています。

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これは三陸汽船について調べている中で知ったのですが、月2便の東京芝浦港との往復便がありました。それについても記述があります。最近、光太郎は、これを利用したのではないかと考えるようになりました。

時事新報に連載された「三陸廻り」は、石巻から宮古までの行程が書かれていますが、東京から石巻までと、宮古を出て東京への足取りが書かれていません。これまで何となくそれぞれ陸路だったのでは考えていましたが、往復とも船で済んでしまえばその方が楽だったはずです。当時は陸路にしても新幹線などありませんでしたし。

光太郎が三陸を廻るという話を聞いた、花巻の宮沢賢治は、花巻に会いに来てくれることを熱望していたそうですが、それは果たされませんでした。それも、月2便しかなかった船の便の都合、と考えれば、納得が行きます。

確証はありませんが、今後、そのあたりについて書いた書簡などが見つかれば面白いな、と思っております。


さて、女川光太郎祭、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

あなたはまだゐる其処にゐる あなたは万物となつて私に満ちる  私はあなたの愛に値しないと思ふけれど あなたの愛は一切を無視して私をつつむ

詩「亡き人に」より 昭和14年(1939) 光太郎57歳

翌年に書かれた散文「智恵子の半生」にも、同様の記述があります。

或る偶然の事から満月の夜に、智恵子はその個的存在を失ふ事によつて却て私にとつては普遍的存在となつたのである事を痛感し、それ以来智恵子の息吹を常に身近かに感ずる事が出来、言はば彼女は私と偕にある者となり、私にとつての永遠なるものであるといふ実感の方が強くなつた。私はさうして平静と心の健康とを取り戻し、仕事の張合がもう一度出て来た。一日の仕事を終つて製作を眺める時「どうだらう」といつて後ろをふりむけば智恵子はきつと其処に居る。彼女は何処にでも居るのである。

この境地に至るまでの苦しみや辛さは想像するに余りあります。そして、この境地に達さなければやっていけなかったであろうということも。

朗読系イベント情報です。
会 場 : ポルコポルコ 埼玉県越谷市千間台西3丁目1−17
時 間 : 11:00~14:30
料 金 : 第1部 3,800円(アイスティー、チーズケーキ付)  第2部 1,000円

プログラム

第1部 フルート×語りのおとばなライブ 「秘密のおとばな部屋」

 宇高杏那/フルート フルーティスト。作曲も手がける。 フルートオーケストラ「響き」コンサート・ミストレス。
 和久田み晴 /語り 語り手・声優。NHK Eテレ『すすめ!キッチン戦隊クックルン』バニラおばさん役、各種ナレーション・ボイスオーバー等出演。

秘密の隠れ家で、様々な本のページをめくれば人生の様々な機微に遭遇する…
その時きっと、その言葉と音は、あなたの人生にリンクしていく。声と音楽を通して本を味わう1時間!

「ミルクパン」和久田み晴 著
「すりごま」和久田み晴 著
「わが名はピーコ」(角川文庫刊『めろめろ』所収)  犬丸りん 著
「レモン哀歌」(『智恵子抄』所収)  高村光太郎  著
「100万回生きたねこ」(講談社刊)  佐野洋子 著
 物語作品には、すべて宇高杏那&靖人両氏によるオリジナル曲が作曲されています。


第2部 ブクブク交換会

テーマに合った本を持ち寄って、紹介しあって交換するイベント♪
自分では手にとらないであろう本との出会いは面白いもの。
小説に限らず、絵本、ハウツー本、漫画などなど、おススメのものであればなんでもOK!
自分の好きな本を紹介するとき、その人の人柄や本質的なものが現われるのだそう。
本を通して、人とのつながりができるのも、このイベントの面白いところ!
1部から引き続き、おとばなの和久田と宇高も参加♪

※お好きなテーマの本をお持ちください。
※1人2冊くらいお持ちいただくと楽しいです。
※本は新品でも中古でも大丈夫です。
※本は交換してしまうので、持ってきた本は原則手元には戻りません。
 
《今回のテーマ》
 ・知らなかったことを知れた本  ・勇気づけられた本  ・夏休みを思い出す本

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ユニット「おとばな」さん。クラシックギターの宇高靖人氏も加わったフルメンバーで、昨年には「フルートとギターと語りのコンサート『おとばなノスタルジア館』」という公演もなさり、やはり「レモン哀歌」を取り上げて下さいました。ありがたや。

その際は他に用事があって聴きに行けませんでしたが、今回もその前後、岩手に行っておりますので、聴きに行けません。残念です。

ご都合のつく方はぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

昔から此の島の住民は知つてゐる、 嵐のあとに天がもたらす あの玉のやうに美しい秋の日和を。
詩「日本の秋」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

この項、『高村光太郎全集』の掲載順に言葉を拾っておりますので、季節外れとなることもしばしばです。関東は梅雨明けとなり、本格的な夏となりました。当方、光太郎ほどに夏に弱くはありませんが、さすがに35度を超える猛暑日は体にこたえます。「玉のやうに美しい秋の日和」が来ることをイメージしつつ、乗り切ろうと思っております。

一昨日の朝、宿泊させていただいた青根温泉湯元不忘閣さんを後に、愛車を北へ向けました。メインの目的である仙台での朗読家・荒井真澄さんとテルミン奏者・大西ようこさんによるコンサート「朗読とテルミンで綴る智恵子抄」が午後3時開演。リハーサルや会場準備、チラシ折り込み等があるので昼頃には会場入りと思っていましたが、それにしても時間があったため、寄り道をしました(当初からそのつもりでしたが)。

行った先は、仙台からほど近い松島の瑞巌寺さん。こちらには、昭和2年(1927)、光太郎の父・高村光雲作の観音像が納められています。下の画像は古絵葉書です。瑞巌寺さんには30年ほど前に参拝いたしましたが、その際には存じませんで、見落としていました。

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納められているのは庫裡。こちら自体も国宝の建築です。


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光雲作としては類例があまり多くない、彩色彫刻です。おそらく丈六(約4.8㍍)の大きなもので、そうなると白木では見栄えがしないかもしれません。鮮やかな彩色が、神々しさをさらに倍加させています。

説明板によれば、元々は現JR仙石線が宮城電鉄だった頃、松島まで路線が延引された際に、無事故と事業の発展を祈願して同線の駅近くに奉納されたものだそうです。ということは、発願主は宮城電鉄さんだったのでしょうか。

この地の平安と、道中安全を祈願して参りました。

庫裡の向かいが宝物館となっており、まだ時間もありましたので、拝観。青根温泉不忘閣さん同様、やはり地元の英雄・伊達一族に関するお宝、それから円空仏なども展示されており、興味深く拝見しました。


さて、再び愛車を駆って仙台へ。途中で昼食を摂ったり、お二人への花束を買ったりしつつ、正午過ぎには青葉区のJazz Me Blues Nola(ジャズミーブルースノラ)さんに到着しました。こちらは一昨年、やはり荒井さんのご出演なさった「無伴奏ヴァイオリンと朗読 智恵子抄」以来、2年ぶり2回目です。

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ちょうど機材のセッティングが終わってリハーサルが始まるところでした。

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当方が持参した光太郎の遺影(連翹忌でも使わせていただいている、令甥の写真家、故・髙村規氏撮影のもので、ほとんど唯一、光太郎が笑顔の写真)、智恵子紙絵の複製などを並べさせていただきました。

その後、チラシの折り込みなどをお手伝いし、午後2時半、開場。当会と共に後援に入って下さった花巻高村光太郎記念会さんから、生前の光太郎をご存じの浅沼隆さん、さらに智恵子の故郷・福島二本松で顕彰活動を進められている智恵子のまち夢くらぶの野里氏もはるばる駆けつけて下さいました。

開演は午後3時。

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休憩を挟んで1時間半ほどだったでしょうか。大西さんの奏でる古今東西の名曲に乗せ、荒井さんによる光太郎詩文等の朗読。テルミンの一種幽玄な響きと、荒井さんのしっとり落ち着いた美しいお声が絶妙にもつれ合い、絡み合い、美しくも悲しい、しかし最後は再生へと向かう光太郎智恵子の愛の世界を醸し出していました。

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全体の構成や、合間にはMCも入り、飽きさせない工夫が為されていました。テルミンを見るのも聴くのも初めて、という方が多数いらっしゃいましたので、大西さんお得意のテルミン講座。さらにはお二人のなれ初め(笑)についてのお話などなど。お二人が初めて会われたのが、昨年の連翹忌。ビュッフェ形式で料理が並ぶうちの、ケーキのコーナーだったそうです(笑)。「天才は天才を知る」ということでしょうか(笑)、お互いに「ただ者ではない」と感じられたそうで、たちまち意気投合、これまでもちょこちょことコラボをなさり、今回が初めてのきちんとした公演でした。

午後の部がつつがなく終わり、楽屋でおにぎりなどを頂いて軽く腹ごしらえ。そして7時から夜の部でした。

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当方、リハーサルを含めて結局3回聴いたことになりますが、お二人のパフォーマンスがそれぞれにすばらしく、もちろん光太郎の詩文の魅力もあって、まったく飽きることもなく、どっぷりと光太郎智恵子の世界に浸らせていただきました。

午後の部と夜の部の合間、それから終演後に拝読したご来場の皆様が書いて下さったアンケートでも、絶賛の嵐でした。再演を希望する声も多く、是非実現して欲しいものです。

終演後、お二人と、大西さんのご主人(ラブラブご夫婦で、いつもご主人がご一緒です)、そして当方の4人で夜の仙台の街に繰り出し、打ち上げ。日付が変わる頃まで大いに盛り上がりました。

連翹忌が取り持つご縁でこうしたイベントとなり、望外の喜びです。これまでも、こうしたパフォーマーの方々のコラボ、美術館・文学館さんと関連行事の講演会講師、出版関係者の方々と執筆者の皆さん、顕彰団体さんと視察研修先の方々などを結びつける役割を果たして参りましたが、こういうネットワークを広げることも大事な役割と考えております。

この輪をもっともっと広げたいと存じます。さらに多くの方々に連翹忌へご参加いただき、こうしたネットワークに関わっていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

さわぐには及びません やる事をやりなさい  威張るには及びません 頭をはつきり持ちなさい

詩「ゆつくり急がう」より 昭和6年(1931) 光太郎49歳

詩全体には、昭和6年(1931)夏、新聞『時事新報』の依頼で紀行文「三陸廻り」を書くために、約1ヶ月、宮城から岩手の三陸沿岸を旅した経験が背景にあります。

この旅行に出ている間に、智恵子の心の病が顕在化したということになっています。光太郎の留守中に訪ねてきた智恵子の母や妹が、智恵子の異状に気づいたそうです。となると、第三者の目による異状顕在化であって、もしかするとそれ以前から症状は現れていたかも知れません。詩人の深尾須磨子あたりはかなり早い時期から智恵子の言動に違和感を覚えていました。

そしてどうもこの時期の光太郎は智恵子の状態を楽観視していたようで、そのあたりが「さわぐには及びません  やる事をやりなさい」にも反映されているような気もします。

さすがに翌年に智恵子が自殺未遂を図ると、そうも言っていられなくなりますが……。その結果、青根温泉などへの湯治の旅に結びつくのです。

一昨日、昨日に続き、今月行われる朗読系イベントのご紹介を。

今日は仙台からの情報です。 

朗読とテルミンで綴る 智恵子抄

期     日 : 2017年6月24日(土)
時     間 : 午後の会 14:30 開場 15:00 開演    夜の会 18:30開場 19:00 開演
会     場 : Jazz Me Blues Nola(ジャズミーブルースノラ)
          仙台市青葉区錦町1-5-14ノーバル・ビル1F 
料     金 : 前売り \3,500  当日 \4,000   ワンドリンク付き
問い合わせ : Happy Voice Project (アライ) 070-5474-3444
出   演 : 朗読 荒井真澄     テルミン 大西ようこ
後   援 : 一般財団法人 花巻高村光太郎記念会   高村光太郎連翹忌運営委員会

~ 詩人・彫刻家 高村光太郎が綴った夫人への愛の詩集『智惠子抄』
  テルミンの哀愁あふれる旋律と共に、二人の想いが現在に蘇る

朗読(予定):
 『智惠子抄』より
  「人に」「人類の泉」「樹下の二人」「あなたはだんだんきれいになる」
  「あどけない話」「風にのる智惠子」「千鳥と遊ぶ智惠子」「レモン哀歌」「亡き人に」
 『智惠子抄その後』より
  「メトロポオル」「あの頃」「案内」

演奏曲目(予定):
 星めぐりの歌(宮沢賢治) 『智惠子抄』より(清道洋一)
 『三つの情景』より(田中修一)『二つの風舞』より(橘川琢)
  浜辺の歌(成田為三)  白鳥(サン=サーンス)
  愛の哀しみ(クライスラー) モルゲン(R.シュトラウス)

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というわけで、朗読家の荒井真澄さんと、テルミン奏者の大西ようこさんとのコラボによるコンサート。それぞれ、数年前から「智恵子抄」系での活動などもいろいろなさってこられた方々です。

荒井さん。

大西さん。 

きちんとしたコンサートでのご共演は今回が初めてとなりますが、連翹忌の取り持つ縁で意気投合されたお二人、これまでもちょこちょことコラボが実現していました。


仙台方面で光太郎智恵子事績について調査することもありますので、当方も馳せ参じます。皆様もぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

これが出来上ると木で彫つた山雀が あの晴れた冬空に飛んでゆくのだ。 その不思議をこの世に生むのが 私の首をかけての地上の仕事だ。

詩「首の座」より 昭和4年(1929) 光太郎46歳

「首の座」は、人が首を切られるときに座る場所、またはそのような絶体絶命の状況。「土壇場」ともいいます。できれば座りたくない場所ですが……。

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光太郎、自分の彫刻制作は、首の座に据えられてやるような、命がけの仕事だと言っているわけですね。

「山雀」は「やまがら」。日本全域に広く分布している野鳥です。ただし、光太郎が彫ったという山雀の木彫は確認できていません。(「白文鳥」や「うそ」は現存していますが)。

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もしかすると、出来上がったところで本当に飛んで行ってしまったのかもしれません(笑)。「画竜点睛」の故事を下敷きにしているようですね。

昨日にひきつづき、光太郎詩を取り上げて下さる朗読系、というか、音楽がメインです。

松本律子 × 高木リィラコラボレーション・ライブ "Live Now"

期     日 : 2017年6月23日(金)
時     間 : 18:30 スタート (18:00 オープン )
会     場 : 221ホール 広島市佐伯区五日市中央2-2-1 ライフワンビル2階
料     金 : 前売り ¥2,500  当日 ¥3,000   高校生以下割引あり
問い合わせ : leela@megami-net.com(リィラ音楽教室)

マリンバ界の最先端を突き進む松本律子と、オンリーワンの音楽世界を構築する高木リィラによる、夢のコラボレーション・ライブがついに実現!

プログラム(予定)
マリンバ、ロータス・タンバリン、キム(タイの伝統楽器)、ガンクドラムmini2、電子音など、多彩な楽器をクロスオーバーした新感覚の演奏会です!
「智恵子抄」・・・高村光太郎の妻智恵子への愛を綴った詩からインスピレーションを受け、松本律子が創作中のマリンバ・オリジナル曲と詩の朗読。
武満徹の「小さな空」(松本アレンジ版)。「童神〜天の子守唄〜」。松本アレンジの季節のうたメドレーetc.・・・。

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松本律子さん。今月21日には、相模原で、朗読家の中村雅子さんとのコラボ「森のコンサート マリンバの響き ~智恵子抄の世界~」の公演をなさいました。松本さんのブログにその際のレポートが。

今回は、広島で活動されているミュージシャンの高木リィラさんとのコラボで、「電子音の「無機」と、アコースティック楽器の「有機」を融合させた、新たな地平の音楽を目指します。」だそうです(ただ、若干気になるのは、高木さんのブログで「全編、オリジナルのディープなプログラムに変更しました!」)とありますが……。


とりあえずご紹介しておきます。


【折々のことば・光太郎】



その詩は手きびしいが妙に親しい。 その詩は不思議に手に取れさうだ。 その詩は気がつくと歩道の石甃(いしだたみ)にも書いてある。

詩「その詩」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

詩「その詩」。18行からなる詩ですが、結局3行
ずつにわけて全文を紹介させていただきました。光太郎の考えていた詩の方法論が端的に、しかし、象徴や比喩を多用しつつ、あくまで詩として示されています。
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 その詩をよむと詩が書きたくなる。
 その詩をよむとダイナモが唸り出す。
 その詩は結局その詩の通りだ。
 その詩は高度の原(げん)の無限の変化だ。
 その詩は雑然と並んでもゐる。
 その詩は矛盾撞着支離滅裂でもある。
 その詩は奥の動きに貫かれてゐる。
 その詩は清算以前の展開である。
 その詩は気まぐれ無しの必至である。
 その詩は生理的の機構を持つ。
 その詩は滃然と空間を押し流れる。
 その詩は転落し天上し壊滅し又蘇る。
 その詩は姿を破り姿を孕む。
 その詩は電子の反撥親和だ。
 その詩は眼前咫尺に生きる。
 その詩は手きびしいが妙に親しい。
 その詩は不思議に手に取れさうだ。
 その詩は気がつくと歩道の石甃(いしだたみ)にも書いてある。

光太郎詩の中では、それほど有名な作品ではありませんが、もっと取り上げられていいものだと思います。

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