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石川県から朗読系イベント情報です。元々8月に予定されていたものが、コロナの関係で延期となっていたものです。

金沢ナイトミュージアム 秋色探し朗読会

期 日 : 2021年10月23日(土)
会 場 : NigiwaiSpace新保屋 石川県金沢市安江町1-15
時 間 : 14:00~ / 17:00~
料 金 : 500円(学生以下無料)

「色」をテーマにしたカラフルなアート展と詩の朗読会を開催!
オリジナル詩と高村光太郎「智恵子抄」の朗読や、青春座談会「自分の色を出す生き方」も実施します。
美しい会場装花や詩の制作ワークショップも楽しめます。当日の様子は映像作品としても公開予定なので、お楽しみに!

【14時の部】007
・詩の制作ワークショップ
・即興で詩を作るパフォーマンス
・オリジナル詩の朗読
・「智恵子抄」朗読
・青春座談会

【17時の部】
・詩の制作ワークショップ
・出演者によるオリジナル詩の朗読
・「智恵子抄」朗読
・青春座談会

出演|ラジオパーソナリティ画家 松岡理恵(絵、映像、朗読)、金沢大学放送局web-KURS 河端陽菜乃(朗読)、吉田美和(朗読、メイク)
展示|はさたに和美(花)、金沢学院大学 芸術学部 荒川研究室(映像)

会場のNigiwaiSpace新保屋さん、明治時代に建てられた元履物卸問屋の建物をリノベーションし、各種イベントで使っているようです。
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先日、当方も出演させていただいた「語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄」が行われた、文京区の旧安田楠雄邸などもそうですが、こういうところで「智恵子抄」というのも、いい雰囲気ですね。

金沢ナイトミュージアム」は、今年7月から11月にかけて行われているイベントで、「夜のまちのユニークべニューで起こる様々な出来事の集まり。音楽、舞踊、演劇、映像、美術など、様々なアートが市内の文化施設、町家、広場などを会場に展開します。人々が集い、体験を共有し、新しい文化・価値を未来へつなげていくプラットフォームを目指しています。」だそうです。この朗読会もその一環ということですね。

お近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

2時頃発車、大沢着三時頃、前に宿泊せし室に通さる、 入浴。


昭和26年1月23日の日記より 光太郎69歳

「大沢」は大沢温泉さん。光太郎が好んだ湯宿です。「前に宿泊せし室」は、おそらく、現在「ぼたんの間」として貴賓室的に使われている部屋でしょう。この時は、翌月2日まで、10泊しています。持病の結核のため、かなり体調が良くなかったようで……。

「発車」とありますが、当時は花巻町中心街から花巻電鉄が通じていました。
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昨日は、都内文京区千駄木の、旧安田楠雄邸にて開催された「語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄」で、講師を務めさせていただきました。
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会場の旧安田楠雄邸は、大正8年(1919)の竣工。光太郎の実家・旧髙村光雲邸はすぐ隣ですし、光太郎智恵子が暮らしたアトリエとも100㍍ほどしか離れていません。当然、光太郎智恵子もこの前を通っていたところです。
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古建築好きの当方には、たまりません(笑)。

髙村家の御厚意で、智恵子紙絵の細密複製をお借りすることができ、一階に展示されていました。
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イベント会場は二階。開場前の様子。
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自宅兼事務所から、7冊ばかり関連書籍を持参して展示しました。
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左から、詩集『道程』初版(大正3年=1914)。雑誌『青鞜』第二巻第六号( 明治45年=1912)、前年の創刊号と同じ智恵子による表紙絵が使われ、智恵子唯一の寄稿「マグダに就て」が掲載されています。それから詩集『智恵子抄』初版(昭和16年=1941)、今年はこちらの発刊80周年ということで、今回のイベントに繋がりました。さらに詩集『智恵子抄』限定特装版(昭和27年=1952)、「乙女の像」制作のため光太郎が帰京した記念出版で、表紙は羊皮、170部しか出回らなかったものです。そして、詩集『智恵子抄』戦後新版第一刷(昭和26年=1951)、詩集『智恵子抄』皇太子殿下(現・上皇陛下)ご成婚記念紅白版、詩文集『智恵子抄その後』初版(昭和25年=1950)。

最終リハーサル時。
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このように、上手(かみて)に北原さんが立たれて朗読、当方はスクリーンを挟んで下手(しもて)に陣取り、パワーポイントのスライドショーを操作しながら補足説明。全体で1時間半あまりと、尺も充分でした。

午後1時からと4時からの2回公演でしたが、おかげさまで2回とも満席。当方も事前にお近くにお住まいの方などへチラシをお送りしたところ、旧知の方々数人がいらして下さいました。ありがたし。

当方、各種講座や講演等、やれと云われれば全国どちらでも参上しますが、やはりこの地で出来たというのは感慨深いものがありました。また、北原さんの朗読が素晴らしく、ご一緒させていただき光栄でした。

コロナ禍も終息しつつあり、まだまだ油断は禁物ですが、この手のイベントがまた広く行われるよう、願って已みません。

【折々のことば・光太郎】

確定申告書を花巻税務署に標準申告書を太田村役場宛に発送す。確定額による第三期税を払込む。去年とは大した相違にて少額也。税率も小さくなつてゐるやう也。

昭和24年(1949)1月20日の日記より 光太郎67歳

終戦に伴うハイパーインフレの余波がまだ残っていたようで、経済的な混乱は山奥での蟄居生活にも影響があったようです。

昨日は、久々に都内に出ておりました。9月26日(日)に開催予定で、当方が講師を務めさせていただく「語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄」の打ち合わせというか、リハーサルというか、ゲネプロというか、そのためです。
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会場は、文京区千駄木の旧安田楠雄邸。光太郎実家の旧髙村光雲邸の隣です。光太郎一家は明治25年(1892)に一家で谷中からこの地に移ってきました。明治45年(1912)竣工の光太郎アトリエ(昭和20年=1945、空襲で焼失)も、指呼の距離でした。
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都心とは思えない、緑溢れる、いわば異空間です。
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こちらの2階2部屋をぶち抜きにして会場とし、朗読の北原久仁香さん、補足説明の当方で、「智恵子抄」の世界を御紹介します。
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スクリーンにパワーポイントのスライドショーを投影しつつ、進めます。スライドショーはステイホーム期間が長く、暇だったので(笑)、気合いを入れて作りました。おかげで、「パワーポイントにこんな機能があったんだ」というのにいくつも気がつきました(笑)。

以前にも書きましたが、朗読の北原久仁香さんは、「語りと和楽の芸人衆 かたりと」の一員として、また、ピンでも、精力的に活動されている方で、YouTubeに「智恵子抄」12篇の朗読、当方執筆の「聴く読書 乙女の像ものがたり」8篇をアップされたりなさっています。オンラインもいいのですが、やはり肉声で聴くのはまったく違いますね。

隣接する髙村家のご当主にして、光太郎実弟・髙村豊周令孫の写真家・髙村達氏のご厚意で、智恵子紙絵の細密複製の展示、当方手持ちの各種『智恵子抄』や雑誌『青鞜』などの展示も行いますし、当日いらして下さった方には、さまざまな「お土産」も用意してあります。

13:00からと、16:00から、2回公演です。おかげさまで13:00の会はほぼ満席となりましたが、16:00からのほうはまだ空席があるそうです。最上部、チラシ画像に申込先等印刷されています。よろしくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

松の枝を入り口にうちつける。門松のしるし。


昭和23年(1948)12月31日の日記より 光太郎66歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋ですので、松の枝はその辺から拾ってきたか、折ってきたか、そんなところでしょう。

若干先の話ですし、手前味噌で恐縮なのですが、当方が出演するイベントの告知を。

語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄

期 日 : 2021年9月26日(日)
会 場 : 旧安田楠雄邸庭園 東京都文京区千駄木5-20-18
時 間 : 1回目:13時~(開場12時30分)2回目:16時~(開場15時30分)
      ※上演は1時間40分程度です。
料 金 : 一般3000円、中高生1700円

高村光太郎、智恵子が芸術とともに暮らした地で、詩を語り、作品や二人のエピソード等をお話します。智恵子の命日レモン忌(10月5日)を前に、高村家のお隣、旧安田邸でお楽しみください。

【出演】
 語り 北原久仁香(語りと和楽の芸人衆 かたりと)
 講話 小山弘明(高村光太郎連翹忌運営委員会代表)
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というわけで、朗読と講話(解説)で綴る「智恵子抄」です。

朗読は北原久仁香さん。「語りと和楽の芸人衆 かたりと」の一員として、また、ピンでも、精力的に活動されている素敵な方です。昨年は「智恵子抄」12篇の朗読をYouTubeにアップされ、今年は「聴く読書 乙女の像ものがたり」8篇を、やはりYouTubeに。こちらは平成27年(2015)、十和田湖奥入瀬観光ボランティアの会さんが刊行された『十和田湖乙女の像のものがたり』に載せていただいた、当方執筆のジュブナイルです。なぜかいたく気に入っていただいて、「朗読して公開したい」とのことでした。

当日は、発刊80周年を迎えた龍星閣版『智恵子抄』(昭和16年=1941)から、詩15篇と短歌の朗読をしていただきます。従って、戦後の詩篇は入りません。

合間に当方のべしゃくりが入ります。光太郎智恵子の生涯をダイジェストで、パワーポイントのスライドショーを上映しつつ、です。

会場の旧安田楠雄邸庭園さんは、大正8年(1919)の建築で、関東大震災後、旧安田財閥の安田善四郎が買い取り、平成7年(1995)まで安田家の所有でした。現在は公益財団法人日本ナショナルトラストさんによって管理されており、一般公開や各種イベントなどに活用されています。

光太郎の実家である旧髙村光雲・豊周邸に隣接しています。旧住居表記では本郷区駒込林町155番地。光太郎の父・光雲が終の棲家とし、家督相続を放棄した光太郎に代わって、鋳金の人間国宝となった実弟の豊周が受け継ぎました。その後、豊周子息の写真家だった故・規氏に引き継がれ、そして今は豊周令孫でやはり写真家の達氏がお住まいです。明治44年(1911)暮れ、光太郎と智恵子が初めて出会ったのも、ここでした。ただ、こちらは改築されています。

そんなわけで、安田邸を会場に、平成21年(2009)に規氏の写真展「となりの髙村さん展」、平成29年(2017)で「となりの髙村さん展第2弾「写真で見る昭和の千駄木界隈」髙村規写真展」、そして翌平成30年(2018)には「となりの髙村さん展第2弾補遺「千駄木5-20-6」高村豊周邸写真展」が開催されるなどしています。

また、光太郎智恵子が永らく暮らしたアトリエ跡も指呼の距離。当方、各種講座や講演等、やれと云われれば全国どちらでも参上しますが、やはりこの地で出来るというのは感慨深いものがありますね。

13時からと16時からの2回公演で、現在、13時からの方はかなり埋まっているようですが、16時からの方はまだまだ余裕があるとのことでした。

コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

夕方瀧清水へ散歩。  昭和23年(1948)10月10日の日記より 光太郎66歳

「瀧清水」は、「瀧清水神社」。現在の花巻市桜町、光太郎が花巻町に出て来た際によく宿泊していた佐藤隆房花巻病院長宅の近くにある小さな神社です。

前日に光雲や智恵子の法要を花巻町中心街の松庵寺さんで営んでもらうため、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村から出て来ていました。

オンラインでの朗読。ただし、オンラインと言っても、インターネット系ではなく、電話で、だそうです。

でんわde名作劇場(2021年9月)

期 日 : 2021年9月3日(金)~9月6日(月)
時 間 : ①11:00、②13:00、③15:00、④17:00
料 金 : 一般:1,500円、SPACの会 会員:1,200円

SPAC俳優と生電話!昨年実施し、ご好評いただいた本企画を期間限定で開催します。ご自宅にいながら電話で、SPAC俳優のライブ朗読をお楽しみいただけます。
日時・俳優・演目をお選びいただき、実施日の前日までにお申込みください。SPAC俳優からお客様のお電話番号におかけして、朗読をいたします。朗読と合わせて40分以内なら、なにげない雑談もOK!

ご希望の日時・俳優・演目を実施日の前日までにチケットセンターへご予約ください。
SPACチケットセンター:054-202-3399(受付時間 10:00~18:00)

出演俳優☆赤松直美、池田真紀子、たきいみき(※受付終了)、本多麻紀
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赤松直美
 ◉小川未明 作
 『海のかなた』(約30分) 『眠い町』(約20分) 007
 『月夜とめがね』(約20分) 『びんの中の世界』(約20分)
 
『黒い塔』(約20分) 黒い人と赤いそり』(約15分)
 『野ばら』(約15分) 『とうげの茶屋』(約25分)
 
『赤い蝋燭と人魚』(約40分) 『小さい針の音』(約20分)
 
金の輪』(約10分)※時間内であれば、短編2本の組合わせもOK!
 ◉宮沢賢治 作『どんぐりと山猫』(約30分)
 ◉有島武郎 作『一房のぶどう』(約30分)008

池田真紀子
 ◉武石園子 作『ねこのゆめ』(12分)
 ◉芥川龍之介 作『魔術』(20分)
 ◉横光利一 作『蠅』(12分)
 ◉萩原朔太郎 作『青猫』より数編(6分)
 ◉高村光太郎 作『智恵子抄』より数編(5~15分)
 ※時間内であれば、複数作品でもOK!009

たきいみき(受け付け終了)
 ◉三好十郎 作『殺意~ストリップショー』
 ◉谷崎潤一郎 作『盲目物語』
 ◉泉鏡花 作『伯爵の釵(かんざし)』

本多麻紀
 ◉岡本綺堂 作『怪談一夜草紙』010
 ◉寺田寅彦 作『茶わんの湯』
 ◉小川未明 作『月夜とめがね』
 ◉佐藤春夫 作『あじさい』
 ◉フィオナ・マクラウド 作(松村みね子 訳)『女王スカァの笑い』

SPAC」というのは、静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center)の略だそうです。舞台芸術を創造・上演するための専門家集団を擁し、静岡芸術劇場などを拠点にした演劇等の公演の他、海外を含め、各地に出張公演も行っているとのこと。

そちらを拠点とする「劇団SPAC」さんが、今回の主宰です。同団、平成27年(2015)には「『智恵子抄』リーディング」という企画、それから一昨年には「SPAC出張劇場『星の時間 〜高村光太郎「智恵子抄」より〜』」という公演もなさって下さっています。

当節、オンラインが流行りですが、電話を使う、というのもある意味、斬新ですね。考えてみれば、携帯電話等が普及した現代だからこそ、逆にありなのかな、という気がします。

ご興味のある方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

浅沼校長が居たので、包んで置いた5,000円包を(村立山口小学校宛、幻灯機のため)として寄附、お手渡しする。


昭和23年(1948)9月19日の日記より 光太郎66歳

折に触れ、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くにあった山口小学校へ、いろいろと援助をしていた光太郎。この時は、幻灯機の購入資金でした。

「幻灯機」といって、今の若い皆さんに通じるかどうか(笑)。そういえば、当会顧問であらせられた故・北川太一先生が、当方手持ちのプロジェクタを「幻灯機」とおっしゃっていたのを懐かしく思い出しました。

詩人の宮尾壽里子さんから近著を頂きました。多謝。

詩集 海からきた猫 Un chat venu de la mer

2021年3月31日 宮尾壽里子著 夢月堂発行 定価2,000円+税

目次 
序詩 海から生まれしもの
Ⅰ 誰かが啄んだ夢のように
 片夢/午後/氷雨の記憶/水空/水の時間/遠雷/花闇/花刑/薔薇によせて/夜の魚
Ⅱ 風花のように 消えて
 絵の記憶/ピアノの時間/庭/楽茶碗/幼い日のオルゴール/そのうた/伴侶
 夢見坂ケアハウス/空の家/風鈴
Ⅲ どこかで砂の零れる音がする
 どこへ/羊の行方/蛾/残蝉/無題 あるいはオメガという猫
 無題 あるいはカーリーという小鳥/無題 あるいはマッキーという鼠/静かなとき
 そのとき/海からきた猫
あとがき

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「水空」という詩が、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)へのオマージュともなっています。

   水空002

 夕立のあとの 水溜り
 空を映して雲がゆっくりと流れていく
 水面から外れれば
 行き場を失い消える

 都会の片隅 刹那を映して
 水を囲う

 未来の形を映しても
 切り取られた時間のなかで漂白する
 行きつく先も知らぬまま

 早足に通り過ぎる命の切れ端に似て
 場所を失くすとまた音もなく消える

 果てなく彷徨う雲を千切り 千切り
  *智恵子は東京に空がないという
   ほんとの空が見たいという

 ほんとの空はどこにあるのだろう

 みあげても みあげても
 ビルの透き間の空ばかり

 乾くまでのひととき
 水溜まりに浮かぶ霞んだ空を抱きしめる

 水を掬えば 欠片のように壊れて
 指の透き間から乾いた今日が零れていく

   *高村光太郎『智恵子抄』より「あどけない話」部分


PV的な動画がYouTubeにアップされています。


各詩篇は、カバーデザインと同じように、透明感に溢れたセルリアンブルーのイメージ。失礼ながら、年輪を重ねられてきた中でのさまざまなご遍歴を両の手で掬い取り、「指の透き間」からこぼれ落ちた感情を、みずみずしい感性で宝石のように輝く言葉にし、紡いでいらっしゃる感じでした。

ちなみに、表題作が「海からきた猫」ですが、宮尾さんのフェイスブックを拝見しますと、時折、飼われている複数の猫ちゃんたちが登場します。

宮尾さん、詩人の他にもいろいろなお顔をお持ちです。

文芸同人誌『青い花』の同人として、同書に詩やエッセイを寄稿され、特にエッセイでは連翹忌のレポートや、光太郎が暮らしたパリの街の紀行などを書かれ、当会宛贈って下さっています。

それから朗読。都内等でたびたび朗読の公演に出演されているほか、平成30年(2018)には、福島二本松で開催された「高村智恵子没後80年記念事業 全国『智恵子抄』朗読大会」に出場され、みごと大賞に輝かれました。動画でもご自身で朗読されていますね。

さらには、女優として舞台にも立たれているそうで、そのマルチぶりには脱帽です。上記動画も、マルチなご活動の中でのお仲間を巻き込んで(笑)作られたもののようで。

上記、夢月堂さんサイトから連絡が取れそうです。ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

南瓜追〻に出る、ジヤガイモもたんたん出てくる。

昭和22年(1947)5月26日の日記より 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた、花巻郊外旧太田村の山小屋前の畑の様子です。

当方自宅兼事務所のベランダでも、プランターにジャガイモの芽が出始めました。収穫して食べようという気もあまりないので(肥料などもほとんどやらないので大きく育ちません)、専ら薄紫の花の観賞用になってしまっています。光太郎に怒られそうです(笑)。
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昨日に続き、朗読系で。

一昨年、CD「【近代文學の泉】朗読で味わう文豪の名作」全13巻がリリースされ、光太郎の「智恵子抄」もラインナップに入っていましたが、今月初めに「普及版」ということで、分売が開始され、入手しました。

【近代文學の泉】 普及版 朗読で味わう文豪の名作4(CD3枚組)太宰治・島崎藤村・高村光太郎

2021年3月1日 株式会社トゥーヴァージンズ CD3枚組 定価1,980円

時代を超えて愛されてきた日本文学を代表する作家作品を完全新規録りおろしで収録。
文学作品に精通した、朗読の名手といわれている俳優たちによって読みあげられている。

収録作品
太宰 治 「走れメロス/桜桃」 朗読・風間杜夫(59:28)
島崎藤村「若菜集」より 朗読・広瀬修子(77:10)
高村光太郎「智恵子抄」より 朗読・寺田農(73:15)

朗読者コメントより
「彼の自伝に近い「桜桃」を朗読することで改めて太宰の心を覗いたような気がしました」
(風間杜夫)
「この機会に“新しき詩歌の時”を切り拓いた藤村の、瑞々しい抒情詩の数々を、耳から味わっていただければ…と思います」(広瀬修子)
「現在の自分の歳になると作品の感じ方が変わってきて、自分の表現としての変化もわかりました」(寺田農)
俳優たちが朗読で作り出す世界観が読者の創造性を掻き立てる見事な朗読作品。
また収録作品は物語を省略せず完全朗読。(※完全朗読は小説に限る)
作家の書いた文章が余すことなく表現されている。
書籍で読んだ経験の有無に関わらず、耳から聴くことによって新たな角度から作品への理解が深まるはず。
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というわけで、光太郎の部は、寺田農さんの朗読です。詩は35篇。

人に(いやなんです)/或る夜のこころ/涙/おそれ/からくりうた/ある宵/梟の族/郊外の人に/冬の朝のめざめ/深夜の雪/人に(遊びぢやない)/人類の泉/僕等/愛の嘆美/晩餐/淫心/樹下の二人/狂奔する牛/金/鯰/夜の二人/あなたはだんだんきれいになる/あどけない話/同棲同類/美の監禁に手渡す者/人生遠視/風にのる智恵子/千鳥と遊ぶ智恵子/値ひがたき智恵子/山麓の二人/在る日の記/レモン哀歌/亡き人に/梅酒/荒涼たる帰宅

基本、昭和42年(1967)の新潮文庫改版を元にしています。ただし、戦後の「智恵子抄その後」等の詩篇や散文、短歌は入っていません。逆に、昭和16年(1941)刊行のオリジナル龍星閣版にない「涙」、「からくりうた」、「梟の族」、「人に(あそびぢやない)」、「淫心」、「金」が収められています。

009朗読されている寺田農さん、以前にも書きましたが、平成6年(1994)にクレオハウスさんという会社の出したVHSビデオ「日本文学紀行 名作の風景 智恵子抄」という作品でも、ナレーション、朗読を務められていました。その際と比べると、寺田さん、年齢を重ねられた分、お声に渋みがさらに加わっているように思われます。

上記「朗読者コメント」にある寺田さんのお言葉、「現在の自分の歳になると作品の感じ方が変わってきて、自分の表現としての変化もわかりました」というのが、「日本文学紀行 名作の風景 智恵子抄」で朗読をされたことを表しているのでしょう。

今回の「普及版」、「普及版」ですので、最初の13枚組の附録だった、作品の解説や朗読者コメントの載った冊子が付いていませんが、それにしてもお手頃価格です。

ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

鎌田氏より「智恵子抄」出版の事 宮崎稔氏に「歌集」は氏に呈上の旨書き送る。氏の編にしてもらふ事言ひ送る。


昭和22年(1947)4月10日の日記より 光太郎65歳

「鎌田氏」は鎌田敬止、出版社・白玉書房の主でした。「智恵子抄」は、龍星閣版と新潮文庫版の間に刊行された白玉書房版です。龍星閣版に、戦後の「松庵寺」「報告」を加えて出版されました。

「歌集」は『白斧』。光太郎姻族となった宮崎稔が、明治以来の光太郎短歌を集めて出版することを提案、光太郎は拒否しましたが、宮崎は上梓を強行しました。そこで光太郎は、あくまで自分とは関わりのないところでの出版である旨を明記せよ、と書き送りました。

のちに、白玉書房版『智恵子抄』も、版権の問題やらで、龍星閣からきちんとした同意を得ていたとは言えないままの刊行だったことが分かり、廃刊に追い込まれます。

この時期、出版を巡るこうしたトラブルが多く、光太郎にとっては受難の日々でした。

今月17日、初回放送の当日に気付き、このブログではご紹介しませんでしたが、NHKさんのラジオ、AM第1・第2、それからFMでも放送されている5分間番組「音の風景」で、光太郎詩の朗読がありました。その後、放送時間の異なる地方局を含め、繰り返し放送されているようです。また、ネット上での「聴き逃し配信」で聴けますので、ご紹介します。

音の風景「朗読シリーズ うた景色~高村光太郎~」

2021年3月17日(水)午前9:15放送 2021年5月11日(火) 午後3:20配信終了

5分のサウンドトリップへようこそ! リスナーのみなさんを音だけの世界にお連れします。想像をかきたて、記憶を呼び覚まし、心を潤す音の数々。音響デザイナーがお届けする、5分間の音の旅をお楽しみ下さい。

【朗読】松重豊【語り】井上あさひ ▽智恵子抄の世界を音で彩ります。

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取り上げられている作品は、『智恵子抄』から、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「樹下の二人」(大正12年=1923)、「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)、そして短歌「光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所に住みにき」(昭和13年=1938)。

朗読が松重豊さん。無駄な抑揚を抑えた渋く重厚なお声で、光太郎詩の世界感が見事に表現されています。ちなみに松重さん、光太郎の朋友・北原白秋を主人公とし、伊嵜充則さん演じる光太郎も登場した映画「この道」(平成31年=2019)では、光太郎の師・与謝野鉄幹役でした。
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語りは井上あさひアナ。朗読の合間に、作品の背景等を解説なさっています。
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上記リンクから配信ページに入れます。ぜひお聴き下さい。

【折々のことば・光太郎】

曇又晴、スルガさんの牛放牧され、小屋前の厨芥をたべ、砂糖大根の葉もたべる。

昭和22年(1947)4月7日の日記より 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋周辺。のどかな春の山村風景ですね。

「スルガさん」は、光太郎に山小屋の土地を提供した駿河重次郎です。「砂糖大根」は甜菜(てんさい)、サトウキビと並ぶ砂糖の主原料です。

最近手に入れた古いものシリーズ、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」(中村登監督 岩下志麻さん主演)関連です。

まず、カセットテープ。
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「女優 岩下志麻 美しさと妖しさと 2」という題名。「美しい映画音楽と共に語る名作の精粋」だそうで、岩下さんがご出演なさったドラマ・映画の原作等を、そのドラマ・映画の音楽に乗せて岩下さんが朗読するというコンセプトでした。

ジャケットの隅に「品質保証 1969」とあり、昭和44年(1969)のリリースかと思いましたが、取り上げられている「草燃える」は昭和54年(1979)のNHK大河ドラマでしたので、それ以後の制作です。ちなみに「草燃える」での岩下さんは北条政子役でした。

他の作品はすべて映画で、「雪国」(昭和40年=1965)、「古都」(昭和38年=1963)、そして「智恵子抄」(昭和42年=1967)。すべて中村登監督作品です。

「智恵子抄」では、詩「樹下の二人」(大正12年=1923)、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)、「値ひがたき智恵子」(同)、「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1941)。合間に映画「智恵子抄」の脚本をアレンジしたミニドラマ的なものも挿入されています。史実とは異なりますが、昭和13年(1938)、歿する直前の智恵子が病院を抜け出し、光太郎と共に暮らした駒込林町のアトリエ兼住居へ勝手に帰ってきて……
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この映画、一度拝見しましたが、このシーンの岩下さんの鬼気迫る演技は圧巻でした。光太郎役は丹波哲郎さんでしたが、テープでは岩下さんの一人芝居で構成されています。

これ以外にも、まったく同じ音源を使ったカセットテープがリリースされていました。題して「カセット文芸シリーズ 智恵子抄 婉という女」。こちらはかなり前に入手していました。
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こちらも正確な発行年は分かりませんが、JANバーコードが印刷されていることから、こちらの方が新しいのかな、という気がします。ちなみにカップリングの「婉という女」は昭和46年(1971)公開の今井正監督作品です。

もう1点、映画「智恵子抄」のスチール写真。これ以外に、岩下さんのサイン入りを含め、20数種類、この映画のスチール写真をコツコツ集めましたが、新たに一枚加わりました。
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史実ですと、昭和8年(1933)、光太郎智恵子が東北から北関東の温泉巡りをした途中の会津磐梯山でのエピソード。シナリオは以下。クリックで拡大します。
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詩「山麓の二人」(昭和13年=1938)で謳われた、「わたしもうぢき駄目になる」と呟く場面です。

こういうものにどの程度の価値があるのだ? と問われると、何とも答えに窮するところですが、さりとて散逸するに任せるのも忍びなく……。

最近手に入れた古いものシリーズ、とりあえず明日まで続けます。

【折々のことば・光太郎】

夜久しぶりにみみずくの声をきく。しやがれ声なり。春以来きかざりき。


昭和21年(1946)9月20日の日記より 光太郎64歳

ミミズクの声も、田舎あるあるです(笑)。

⼭形⼤学さん主催の⾼校⽣朗読コンクール。東北6県(青森・秋田・岩手・宮城・山形・福島)在住の高校生、または各県内の高校に在学中の高校生(高等専門学校生は1~3年生)を対象にしています。毎年、東北ゆかりの作家の作品を課題にし、宮沢賢治、井上ひさしなどに混じって、光太郎も取り上げられました。平成27年(2015)年開催の第8回で、課題は「智恵子抄」でした。予選、本選があり、本選はホールを使って大々的に行われていました。

今夏、「大学ジャーナル」さんというサイトに、今年度の第13回の応募案内が出ました。それによると久々に光太郎の「智恵子抄」が課題ということで、「おお、これはありがたい」と思ったものでした。

ところが、その後、いつまでたっても主催する山形大学さんのサイトには詳細な情報が出ませんで、「あ、こりゃ、コロナ禍で中止になったんだろうな」と思っておりました。

すると、今月に入って同大の学長定例記者会見が行われ、その中に「第13回⼭形⼤学⾼校⽣朗読コンクール審査結果発表」も含まれていました。「えっ、やったの?」という感じでした。
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「どういうことだ」と思っていたら、昨日、『毎日新聞』さんの山形版に関連記事が出ました。

山大高校生朗読コン 山形東・吉田さん2位「気持ち伝わるように」/山形

000 山形大は、東北6県の高校生の文化交流を目的に同大が開催している「山形大学高校生朗読コンクール」で、県立山形東高2年の吉田遥さんが、予選を通過した14人のうち、上位3人に与えられる学長賞で2位に輝いたと発表した。
 コンクールは2008年度に始まり、今年で13回目。東北にゆかりのある作家が課題文となる。今年は、高村光太郎とその妻智恵子(福島県出身)の出会いから恋愛時代や結婚、智恵子の発病から死へと続く物語の「智恵子抄」だった。 選考基準は、内容を理解しているかや話し方など。今年度は東北地方の23の高校から84人が応募した。
 記念品の盾と賞状を受け取った吉田さんは「2人の気持ちが聞いている人に伝わるように心がけた。今後も聞いていたいと思ってもらえる朗読をしていきたい」。同大の玉手英利学長は「テキストは同じだが一人一人違った色合いがある。多くの人に聞いてもらえたら」と話した。本選出場者の朗読は同大のユーチューブチャンネルで視聴できる。

そこで、YouTubeを拝見。
これを見てようやく腑に落ちました。例年のようにホールを使って大がかりにではなく、録音審査での実施だったそうで。上記のプレスリリースもよく読めば小さく書いてありました。
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課題文は「智恵子抄」中の随筆「智恵子の半生」(昭和15年=1940)の一節。詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の制作背景的な部分で、「あどけない話」自体も引用されている箇所でした。
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動画の最後は審査に当たられた山本陽史教授の講評的なご挨拶。
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曰く「東北は10年前の震災を乗り越えて来て、今年は世界中がコロナ禍で大変な思いをしている。そんな時に「言葉」の力で分断をくい止めて、皆さんが繋がっていけるよう……」なるほど、その通りですね。

また、こうした活動を通し、多くの方々に光太郎智恵子の世界がもっと広まっていってほしいものだと、いつもながらに思います。

【折々のことば・光太郎】

朝六時、詩碑に詣づ。

昭和20年(1945)8月1日の日記より 光太郎63歳

「詩碑」は花巻桜町に立つ宮沢賢治の「雨ニモマケズ」碑です。昭和11年(1936)、花巻からの依頼で光太郎が筆をふるい、同詩の後半部分を揮毫しました。除幕式の際には智恵子が入院中ということもあったのでしょう、光太郎は不参加。代わって当会の祖・草野心平が赴きました。

かつて自分が文字を書いた碑を初めて眼にしたその心境は、いかばかりだったのでしょうか。
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今月2日、政府は秋の褒賞受賞者を発表しました。このうち、当方の気付いた範囲では、光太郎関連のお仕事をなさったお二人の方が、ともに学術研究、芸術などの分野で活躍した人に贈られる紫綬褒章を受章されました。

まず、俳優の中井貴一さん。『毎日新聞』さんから

俳優・中井貴一さんに紫綬褒章 「自分の人生、間違いばかりではなかった」

9 社会派ドラマからコメディーまでこなす幅広い演技力で、40年近く日本の芸能界を支えてきた。紫綬褒章の知らせに「必死に一つの事を継続する。その結果が今回のご褒美につながったのかと、自分の人生、間違いばかりではなかったと安堵(あんど)しております」とコメントを寄せた。

 1981年のデビュー以来、多くの映画やテレビドラマに出演。数々の映画賞に彩られた俳優人生だが、「振り返ればアッという間。最近でも己の進歩の無さに愕然(がくぜん)とする事も多々あります」と謙虚に見つめる。新型コロナウイルス禍では「人の心までもが侵される事が、最も恐れるべき事」とし、「我々の仕事を通して少しでも安らぎにつながるよう、愚直に生きてまいりたい」と決意をつづった。
 父は37歳で死去したスター俳優、佐田啓二さん。「この褒章は無念にも早逝(そうせい) した父と供に受けさせていただきたい」と敬愛の念をにじませた。

中井さん、平成17年(2005)にキングレコードさんから発売されたCD「日本の詩歌 高村光太郎」で光太郎詩25篇の朗読をなさっています。
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久々に聴いてみましたが、張りのある伸びやかなお声で、丁寧に読まれています。キングさんのサイトで調べたところ、廃盤となってしまっているようですが、通販サイトなどではまだ入手出来るようです。ぜひお買い求めを。

それから中井さん、直接、光太郎には関わりませんが、昨日もこのブログで触れた、光太郎ゆかりの地・宮城県女川町の復興を描いた平成28年(2016)の映画「サンマとカタール~女川つながる人々」では、ナレーションを担当なさいました。
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こちらはDVD化され、やはり通販サイト等でまだ入手可能のようです。

続いて演出家の鵜山仁さん。『朝日新聞』さんから

「多様性を発展させたい」 演出家・鵜山仁さん

AS20201101001419_comm 「舞台演出はひとりでは何もできない職業。スタッフ・キャストが集まる現場を代表していただけるのだと思う」。受章の知らせを受け、稽古場で接してきた人々の顔が浮かんだ。
 所属する文学座で38年にわたって「グリークス」などの多彩な作品を手がけ、こまつ座では「父と暮せば」「人間合格」など幾多の井上ひさし戯曲に向き合った。過去に芸術監督も務めた新国立劇場の「リチャード二世」で先月、12年かけて全5作を上演したシェークスピア歴史劇シリーズが完結。「長年継続していくと作品が違う形で見えてくる」。慶応大では合唱に打ち込み、オペラの演出も多い。
 コロナ禍の中で演出作の公演中止が相次ぎ、演劇の存在意義を改めて考えた。「一色に染まらず、違う物の見方や問題提起を打ち出せるかが勝負。多様性を発展させていければと思っています」

鵜山さん、平成23年(2011)に、光太郎を主人公とした渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」の演出を手がけられました。脚本は昨年、ハヤカワ演劇文庫の一冊として上梓されています。
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初演は東日本大震災直後ということもあり、予定の回数を上演できませんで、翌年、再演されました。当方、そちらを拝見。その際のパンフレットには、鵜山さん、「再演にあたって」という文章を寄せられています。
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主人公の光太郎を演じられた金内喜久夫さんは今年お亡くなりになりましたが、空の上から鵜山さんのご受賞を喜ばれているのでは、と存じます。

というわけで、お二人の受賞、まことに喜ばしく存じますし、今後のさらなるご活躍にも期待したいところです。

ところで、こうした褒賞、さらにはやはりこの時期の文化勲章や文化功労者、叙勲なども、「総合的、俯瞰的に人選」し、あがってきた推薦名簿などからも認定を拒否して名前を除外することもあるのでしょうか(笑)。

【折々のことば・光太郎】

どういふ風な人達を私が嫌ふかはお解りの事と信じてゐます。

散文「どういふ風な人達を私が嫌ふか」より 大正5年(1916) 光太郎34歳

雑誌『秀才文壇』第20年第9号に、「芸術家書簡集」の総題で、武者小路実篤、萩原朔太郎ら24名の書簡が紹介されている中の一篇です。

内容的には、大正元年(1912)に第一回展覧会を開催し、翌年、同人間の意見の相違から解散したヒユウザン会(のちフユウザン会)と、光太郎、岸田劉生らによってその後結成された生活社に関わり、大正2年(1913)の書簡からの引用と思われます。宛先はおそらく『秀才文壇』編輯に携わっていた、美術にも造詣の深かった野口安治でしょう。

芸術上の考え方については、光太郎、妥協を許さず、「こういう人達とは一緒にやっていけない」と判断すると、ばっさり切り捨てる傾向がありました。同じヒユウザン会に所属しながら『高村光太郎全集』にほとんど名前が見あたらない人々が、そういう人達なのでしょう。

『日本農業新聞』さんの一面コラムに、光太郎の短歌。6月25日(木)の掲載です。 

四季 厄災の中で詩歌がどれほど心を慰めてくれることか 000

厄災の中で詩歌がどれほど心を慰めてくれることか。岩波文庫別冊『声でたのしむ 美しい日本の詩』で、改めて実感した▽編者は最高の“ 目利き”の大岡信、谷川俊太郎ご両人で、肝は〈声でたのしむ〉。谷川さんは末尾で「つい百年前まで詩は吟じるのが当たり前だった」と説く。確かに声を出すのと、ただ字面を目で追うのとは感じ方、体感する言の葉の響きが違う▽和歌から近・現代詩まで幅広い。珠玉作をいくつか。〈うらうらに照れる春日に雲雀(ひばり)あがり情悲しも独りおもへば〉( 大伴家持)。〈海にして太古の民のおどろきをわれふたたびす大空のもと〉(高村光太郎) 。〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや〉(寺山修司)。既に万葉の時代に情を〈こころ〉と読む。光太郎の歌は青年の大志と不安を指す。寺山の〈身捨つる祖国〉の大胆な表現に驚く▽ちょうど「青嵐(せいらん)」の時分で詩は茨木のり子「六月」がいい。〈どこかに美しい人と人との力はないか〉と問い〈したしさとおかしさとそうして怒りが鋭い力となってたちあらわれる〉と結ぶ。与謝野晶子の〈君死にたまふことなかれ〉。副題は「 旅順口包囲軍の中に在る弟を歎(なげ)きて」。代表的な反戦歌でもある▽朗読こそが詠み人の魂に近づく道かもしれない。

引用されている光太郎の短歌は、明治39年(1906)、3年半にわたる欧米留学の旅立ちに際し、横浜港から乗船したカナダ太平洋汽船の貨客船・アセニアン船上で詠んだものです。引用元の『声でたのしむ 美しい日本の詩』の編者のお一人・故大岡信氏が、『朝日新聞』さん紙上で連載されていた「折々のうた」の、記念すべき第一回に取り上げられもしました。

光太郎自身は、「此の歌、余の代表作の如く知人の001間に目され、屡〻(しばしば)揮毫を乞はる。余も面倒臭ければ代表作のやうな顔をしていくらにても書き散らす。余の短冊を人持ち寄らば恐らくその大半は此の歌ならん。雑誌『キング』第5巻第9号 昭和4年=1929と書いていますが、なかなかどうしてやはり「秀歌」といっていいものだと思います。

ちなみに『声でたのしむ 美しい日本の詩』、このブログではご紹介しませんでしたが、岩波書店さんから今年初めに刊行されています。

是非お買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

上州と聞けば赤城山 高橋成重、萩原恭次郎

アンケート「上州とし聞けば思ひだすもの、事、人物」全文
 昭和10年(1935) 光太郎53歳

雑誌『上州詩人』第17号に掲載されました。「高橋成重」は、高橋元吉が一時期使っていた筆名「高橋成直」の誤植です。

昨日ご紹介したアンケート「山と海」でも、山としては何度も訪れた赤城山を挙げ、海ではアセニアン船上での太平洋航海を語っています。

最近手に入れた古いものシリーズです。

今回はアナログレコード。昭和58年(1983)にリリースされた野口五郎さんのLP「野口五郎 増刊号」です。野口さん自選のベストアルバム的なコンセプトで、「私鉄沿線」「19:00の街」など14曲の他、野口さんによる朗読4篇が収められています。

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ラストが光太郎詩「道程」(大正3年=1914)を元にした「GOROの道程」朗読。

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無理くり感がありますが(笑)。まあ、このあたりが「昭和」の感覚ですね。

他に光太郎と交流のあった宮沢賢治の「雨ニモマケズ」、中原中也の「サーカス」、それから島崎藤村の「千曲川旅情の歌」のパロディ朗読も収められています。

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ライナーノート(という言葉は当時はなかったか、あっても一般的ではなかったように思いますが)的な部分に、こちらも無理くり感がありますが、「道程」が引かれています。

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「高村太郎」となっているのはご愛嬌(笑)。

それにしても、野口さん、光太郎が亡くなった昭和31年(1956)のお生まれだったのですね。

野口さんの一つ年上で、さらに郷ひろみさんを加えて「新御三家」と称された故・西城秀樹さん。三回忌となりましたが、脳梗塞から復帰後は、朗読劇にも挑戦されるようになり、やはり「道程」(雑誌『美の廃墟』初出掲載の102行バージョン)を取り上げて下さっていました。

ちなみに現在発売中の『週刊現代』さんに、西城さんの3回忌ということで、その当たりにも触れられた記事が出ています。題して「西城秀樹 いまだから言える話 もう三回忌なんですね」。

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ただ、「高村光太郎」とか「道程」とかの文字はありませんでした。

ところで、今さらアナログレコードを買って、聴けるのか? とお思いの方がいらっしゃいましょうが、大丈夫です。EP、LP、それからSPまで聴け、さらにUSBでPCと接続し、デジタルデータが作れるレコードプレーヤーを持っています。光太郎作詞の戦時歌謡や、光太郎詩の朗読が収められたSPを聴く都合があり、購入しました。

明日も最近入手したアナログレコードをご紹介します。


【折々のことば・光太郎】

此の人等は、しん底から自分の立つてゐる地面を考へたことがあるでせうか、そして、今、世界の人間がどの位の芸術境に立ち入つてゐるかを見渡した事があるでせうか。
アンケート「日本画と四画伯について」より
大正元年(1912) 光太郎30歳

「四画伯」は、竹内栖鳳、寺崎広業、横山大観、下村観山。けちょんけちょんですね(笑)。海外留学からの帰朝後まだそれほど経っていない時期ですので、西洋で見た最先端の芸術と比較した時、日本画の古臭さ、そこから発展しようとしない閉鎖性などが許し難かったのだと思われます。

しかし、大観や観山は日本画の革新を目指し、いわゆる「朦朧体」などに挑戦していました。ところがこれなども光太郎にとっては小手先だけの工夫に過ぎない、という感覚だったのかもしれません。


京都からコンサート情報です。 

魂に響く朗読と音楽のle petit boheur reading aloud&piano vocal concert

期 日 : 2020年3月10日(火)
会 場 : ピアノサロン Atelier Minoya 
       京都市上京区下立売通り智恵光院西入る中村町521
時 間 : 14:00開演
料 金 : 5,000円(お茶菓子付)
出 演 : 松本愛子(Sop/Pf)  木暮昌子(フリーアナウンサー)

プログラム :
 J.S.バッハ シンフォニア変ロ長調BMV800
 シューベルト 即興曲第3番 変ロ長調 D935,Op142
 シューマン 幻想小曲集 Op.12(2.飛翔、3.何故に、5.夜に)
 チレア 「アドリアーナ・ルクブルール」より「私は卑しい僕」
 プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」より「お父さまにお願い」
 
 高村光太郎 詩集「道程」より「さびしきみち」
 川端康成 「掌の小説」より「有難う」

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「le petit bonheur」は仏語で「些細な幸せ」だそうで。

光太郎詩「さびしきみち」(大正元年=1912)がプログラムに入っています。

    さびしきみち
 
 かぎりなくさびしけれども
 われは004
 すぎこしみちをすてて
 まことにこよなきちからのみちをすてて
 いまだしらざるつちをふみ
 かなしくもすすむなり
 
 ―― そはわがこころのおきてにして
 またわがこころのよろこびのいづみなれば
 
 わがめにみゆるものみなくしくして
 わがてにふるるものみなたへがたくいたし
 されどきのふはあぢきなくもすがたをかくし
 かつてありしわれはいつしかにきえさりたり
 くしくしてあやしけれど
 またいたくしてなやましけれども
 わがこころにうつるもの
 いまはこのほかになければ
 これこそはわがあたらしきちからならめ
 かぎりなくさびしけれども
 われはただひたすらにこれをおもふ
 
 ―― そはわがこころのさけびにして
 またわがこころのなぐさめのいづみなれば
 
 みしらぬわれのかなしく
 あたらしきみちはしろみわたれり
 さびしきはひとのよのことにして
 かなしきはたましひのふるさと
 こころよわがこころよ
 ものおぢするわがこころよ
 おのれのすがたこそずゐいちなれ
 さびしさにわうごんのひびきをきき
 かなしさにあまきもつやくのにほひをあじはへかし
 
 ―― そはわがこころのちちははにして
 またわがこころのちからのいづみなれば


初出は『第一回ヒユウザン会展覧会目録』です。光太郎詩には珍しく、全編仮名書き。これは、一字一字、心に刻みつけるような気持で書いたため、とする説がありますが、蓋し、そのとおりでしょう。智恵子と生きていこうと決断する頃の作で、直接的には智恵子の名はなく、『智恵子抄』には省かれていますが、『智恵子抄』を補う作品です。

のち、雑誌『朱欒』第2巻第11号に、漢字仮名交じりの形で改作したものを発表しましたが、大正3年(1914)、詩集『道程』に収める際、再び全編仮名書きに戻しました。

「もつやく(没薬)」、「ずゐいち(随一)」、「わうごん(黄金)」などは、現代の人々には仮名書きではわかりにくいかも知れません。

おそらく、木暮さんというアナウンサーの方の朗読で「さびしきみち」が取り上げられるのだと思われます。ありがたいかぎりです。

ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

会ふも会はぬも自然のことで、別に無理をするには及ばず、因縁があればいつかお目にかかる事と存じます。人の世はただ水の流れるやうに淡淡たるところに不可言の妙味があるやうに存ぜられます。

散文「往復書翰」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

初出は雑誌『現代文学』第4巻第10号。詩人の菊岡久利との往復書簡がおそらくそのまま掲載されています。この時点で菊岡と光太郎に直接の面識はなく、しかし、共通の友人はたくさんいて、これまで会わなかったのは不思議ですね、的な話の流れです。

「因縁があればいつかお目にかかる」。まさにその通りですね。当方もこういう活動をしていると、この人とはこうやって出会う因縁だったんだな、と思うことがしばしばです。

追記 新型コロナウイルス対策のため、本公演は中止となったそうです。


大阪から朗読系の情報です。 

「声に出してみる美しい日本語」ワークショップ・公演

大阪を代表する劇作家・演出家で、テレビのコメンテーターやエッセイスト、NHKアニメ「リトルチャロ」の原作者としても知られるわかぎゑふ氏による朗読ワークショップ。舞台で思い切り声を出してみたい人、演劇的体験をしてみたい人の最初の一歩として、取り組みやすい朗読を体験してみませんか。正しい姿勢や、声の出し方、日常生活にも役立つしゃべり方の基礎などを楽しく学び、最後には舞台で発表を行います。本番ではプロの俳優らと同じ舞台に!ぜひご参加ください!!

ワークショップ


 期 日 : 2020年2月21日㈮ 25日㈫ 28日㈮ 3月4日㈬ 7日㈯ 8日㈰ 12日㈭ 14日㈯ 17日㈫
       19日㈭ 21日(リハーサル)
 会 場 : 枚方市市民会館小ホール
 時 間 : 平日19:00~21:00 土曜14:00~16:00 日曜13:00~16:00
 料 金 : 無料
 資 格 : 市内在住・在職・在学の中学生以上 40人(応募多数の場合は抽選)
        練習日程の内最低5日間の稽古とリハーサル・本番に必ず参加できる方

公 演

 期 日 : 2020年3月21日(土) 22日(日)
 会 場 : メセナひらかた会館多目的ホール 大阪府枚方市新町2-1-5
 時 間 : 3/21 夜  3/22 昼
 
 作・構成・演出 : わかぎゑふ
 出 演 : うえだひろし(リリパットアーミーⅡ) 内山絢貴(劇団五期会) 辰寿広美
       森崎正弘(MousPieceーree) 是常祐美(シバイシマイ)
 演目(予定) : 「雨ニモ負ケズ」(宮沢賢治) 「竹」(萩原朔太郎)
          「道程」(高村光太郎)ほか


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ワークショップに参加し、その後、プロの皆さんと一緒に公演に臨む、というコンセプトのようです。

ただ、公演の方が時間、料金等、調べてみましたが不明です。わかりましたらまたご紹介します。


【折々のことば・光太郎】

動物園の動物は皆確に動物であつてしかもその動物ではない。駝鳥は駝鳥でなく獅子は獅子でない。

散文「動物園の根本的改造」より 昭和5年(1930) 光太郎48歳

雑誌『文藝春秋』に載った散文です。当時の動物園のあり方を「動物に就て違つた概念を教へこみ、自然を安直に観察させ、事実をいい加減に考へる習癖をつけさせる」と批判しています。

「駝鳥」は、詩「ぼろぼろな駝鳥」(昭和3年=1928)、「獅子」は「傷をなめる獅子」(大正14年=1925)を、それぞれ踏まえています。

   ぼろぼろな駝鳥


何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。007

動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢやないか。
頸があんまり長過ぎるぢやないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかりみてゐるぢやないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。
これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。


   傷をなめる獅子

獅子は傷をなめてゐる。
どこかしらない
ぼうぼうたる
宇宙の底に露出して、
ぎらぎら、ぎらぎら、ぎらぎら、
遠近も無い丹砂(たんしや)の海の片隅、
つんぼのやうな酷熱の
寂寥の空気にまもられ、
子午線下の砦(とりで)、
とつこつたる岩角の上にどさりとねて、
獅子は傷をなめてゐる。

そのたてがみはヤアヱのびん髪、014
巨大な額は無数の紋章、
速力そのものの四肢胴体を今は休めて、
静かなリトムに繰返し、繰返し、
美しくも逞しい左の肩をなめてゐる。

獅子はもう忘れてゐる、
人間の執念ぶかい邪智の深さを。
あの極楽鳥のむれ遊ぶ泉のほとり
神の領たる常緑のオアシスに、
水の誘惑を神から盗んで、
きたならしくもそつと仕かけた
卑怯な、黒い、鋼鉄のわなを。

肩にくひこんだ金属の歯を
肉ごともぎりすてた獅子はかう然とした。
憤怒と、侮蔑と、憫笑と、自尊とを含んだ
ただ一こゑの叫は平和な椰子の林を震撼させた。
さうして獅子は百里を走つた。

今はただたのしく傷をなめてゐる。
どこかしらない
ぼうぼうたる
つんぼのやうな孤独の中、
道にはぐれても絶えて懸念の無い
やさしい牝獅子の帰りを待ちながら、
自由と闊歩との外何も知らない、
勇気と潔白との外何も持たない、
未来と光との外何も見ない、
いつでも新らしい、いつでもうぶな魂を
寂寥の空気に時折訪れる
目もはるかな宇宙の薫風にふきさらして、
獅子はをなめてゐる

朗読系イベントです。 

梅花の朗読会

期 日 : 2020年2月15日(土)
会 場 : 
守谷中央図書館 3階 視聴覚室 茨城県守谷市大柏937番地の2
時 間 : 午後2時から午後3時30分
料 金 : 無料

読み聞かせ研修(朗読)講座を受講した方々が、 その成果をお披露目します。
楽しい朗読と群読。あなたの心に届きますように。


司会 澤 則子
 1 『道程』          高村 光太郎/著    出演者 全員
 2 『ラブ・ミー・テンダー』 江国 香織/作   鬼形 允子
 3 『ざしき童子のはなし』  宮沢 賢治/作
小川 政江・草野 美津子・小磯 節子・下拂 有子  
 4 『梅のにおい』      夢野 久作/作   青木 明子・神田 綾子・遠藤 その子
 5 『日本は二十四時間』 松谷 みよ子/作    青井 雅代
 6 『青春とは』        サムエル・ウルマン/詩  
髙橋 博子・平沢 琴路・福住 孝子・藤沢 由美
 7 『お祭り』         北原 白秋/著   ~開場の皆様 全員で


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光太郎詩の代表作の一つ「道程」(大正3年=1914)が、オープニングで取り上げられています。ありがとうございます。

当方が市民講座等でこの詩に触れる際には必ず申し上げていますが、執筆から既に1世紀以上経っていながら、少しも古くささを感じさせず、現代の我々、特に若い世代へのエールとして、少しも色あせていないように思います。

全国の朗読愛好者の皆さん、光太郎詩はあまり朗読向きではないと思われがちなところもあるようですが、そのようなことはありません。どんどん取り上げていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

僕は一度やり出したら、碁でも将棋でも何でもわれを忘れて打ち込みさうで、あぶなくてならないんです。ゆゑにこいつに深入りしてはならないといふ臆病な考へから、自ら警戒して自重してゐるために、何でも好きだが、何にもしないといふ妙な具合になつてしまつたのでせう。

談話筆記「何でも好きだ」より 大正15年(1926) 光太郎44歳

彫刻、絵画、書、詩、翻訳、評論、短歌、俳句など、実にマルチな才能を随所に発揮した光太郎ですが、さりとて「趣味」といえるのものは特になかったようです。

朗読CDの新譜情報です。 

「能登麻美子おはなしNOTE」朗読CD第7弾 ルルとミミ/夢野久作

2019年12月28日 文化放送 定価3,000円
出演 能登麻美子  ジャケット AYA KAKEDA
無題2
【Disc-1】
1 ルルとミミ/夢野 久作

【Disc-2】
「能登麻美子おはなしNOTEアーカイブ」※データCD
1 録り下ろしトークパート
2 数の子は音を食うもの/北大路魯山人
3 木の花の咲くや姫(古事記より)/現代語訳:武田祐吉
4 喫茶店にて/萩原朔太郎000
5 雪に埋もれた話/土田耕平
6 笛吹きとプカ/ダグラス・ハイド
7 山の雪/高村光太郎
8 詩とはなにか/山之口獏
9 十年後のラジオ界/海野十三
10 ジェラルド太守の魔法/ケネディ・パトリック
11 赤いねこ/沖野岩三郎
12 春がくる前/小川未明
13 川へ落ちたたまねぎさん/村山籌子
14 三重宙返りの記/海野十三
15 朝/太宰治
16 世の中と女/芥川龍之介
17 ピアノ/芥川龍之介
18 三角と四角/巌谷小波004
19 化粧/神西清
20 お母さんの思ひ出/土田耕平
21 晩春/岡本かの子
22 飴チョコの天使/小川未明
23 桜間中庸の詩
   里の春、山の春/新美南吉
24 雨粒/石原純
25 居酒屋の聖人/坂口安吾
26 ふしぎな岩/林芙美子
27 夜/竹久夢二
28 高瀬舟/森鴎外
29 桜間中庸の詩
30 中原中也の詩
31 一緒に歩く亡霊/田中貢太郎
32 心の王者/太宰治
33 鶴の笛/林芙美子
34 不思議な帽子/豊島与志雄
35 うさぎさんとおほかみさん/村山籌子005
36 手風琴/小川未明
37 秋と漫歩/萩原朔太郎
38 指/江戸川乱歩
39 ざしき童子のはなし/宮沢賢治
40 三本の棗/片山広子
41 蟹のしょうばい/新美南吉
42 秋の歌/寺田寅彦
43 月夜のかくれんぼ/槇本楠郎
44 鳥箱先生とフウねずみ/宮沢賢治
45 路上/梶井基次郎
46 うた時計/新美南吉
47 キリストのヨルカに召された少年/フョードル・ドストエフスキー
48 三百年後/小倉金之助


人気声優の能登麻美子さん。文化放送さん運営のインターネットラジオ「AG-ON」で、古今の文学作品を朗読する「能登麻美子おはなしNOTE」という番組をお持ちです。その録音を集めたCDの第7弾だそうで、光太郎の随筆「山の雪」(昭和26年=1951)が収められています。

このシリーズで光太郎作品が取り上げられるのは2度目。最初は平成28年(2016)発行の「第3弾 シグナルとシグナレス」でした。その際は、やはり随筆の「珈琲店より」(明治43年=1910)が収録されていました。美声もさることながら、しっとり落ちついたいい雰囲気の朗読でした。

で、今回の第7弾。「このシリーズ、まだ続いていたんだ」と、嬉しくなりました。ネットで注文できます。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

詩を朗読するといふ事は人が詩を熱愛するのあまりに起こる衝動である。われにもあらず声に出るのである。その朗読をきく者は音響といふ要素の力に変形した詩の力に打たれる。詩は朗読といふ音響によつて淘汰され、洗練される。朗読のゆるがせに出来ないわけが此所にある。

散文「照井瓔三著『国民詩と朗読法』序」より
 昭和17年(1942) 光太郎60歳


光太郎の朗読観、なるほど、といった感じですね。ただ、戦前の光太郎はあまり朗読に魅力を感じていなかったふしがあります。それが、開戦後、翼賛詩の朗読会などに積極的に出演するようになり、そうした中で改めて朗読の良さに気づいたようです。翼賛詩を通じて、というのが少し残念です。

朗読CDのシリーズもの、新しくリリースされました。 

【近代文學の泉】朗読で味わう文豪の名作

2019年12月10日 株式会社トゥーヴァージンズ CD13枚組 定価27,000円+税

本商品は、芥川龍之介『羅生門』や太宰治『走れメロス』、夏目漱石『夢十夜』といった誰もが知る文豪の名作中の名作を収録した総収録時間約823分、全13巻の完全新規朗読の保存版CD集。

風間杜夫さん、寺田農さん、長塚京三さん、橋爪功さん、広瀬修子さん(50音順)の豪華名優と文化人が語り手として熱演。それぞれの語りが作品を彩り、物語の情景が自然と浮かんできます。

耳から聴くことでより作品の理解も深まり、改めて作品の素晴らしさに気付くと同時に、また読んだことのない作品でも朗読者の声のみが収録されているので息遣いや間の取り方などが感じられ、より物語の世界へ入り込むことができます。

日本近代文学作品の名作の中から文豪、俳人の短編を選り抜きました。

CD13枚、全21作品を収録し、詩集2作品(『若菜集』と『智恵子抄』)で一部の詩を割愛した以外、小説19作品はすべて原文全てを朗読しております。また、特製の小冊子には作品解説の他、朗読者の方々のコメントも掲載。

日本近代文学史に残る文豪の名作が今、朗読で甦ります。朗読で味わう物語の世界を是非お楽しみ下さい。


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CD全13巻(総収録時間約823分) 特製冊子(P92)、特製ケース

第1巻 「夢十夜」 夏目漱石(70:11) 朗読・寺田農
第2巻 「高瀬舟/寒山拾得」 森鷗外(59:47) 
朗読・長塚京三
第3巻 「刺青」 谷崎潤一郎(25:19) 朗読・寺田農
第4巻 「秘密」 谷崎潤一郎(59:02) 朗読・寺田農
第5巻 「蜘蛛の糸/杜子春/羅生門」 芥川龍之介(74:31) 朗読・橋爪功
第6巻 「十三夜」 樋口一葉(56:46)
  朗読・広瀬修子
第7巻 「山月記/名人伝/牛人」 中島敦(77:08) 朗読・橋爪功
第8巻 「檸檬/ある崖上の感情」 梶井基次郎(60:03) 朗読・長塚京三
第9巻 「注文の多い料理店/セロ弾きのゴーシュ」 宮沢賢治(61:48) 朗読・風間杜夫
第10巻 「人間椅子」 江戸川乱歩(68:53) 朗読・橋爪功
第11巻 「走れメロス/桜桃」 太宰治(59:28) 朗読・風間杜夫
第12巻 「若菜集」より 島崎藤村(77:10) 朗読・広瀬修子
第13巻 「智恵子抄」より 高村光太郎(73:15) 朗読・寺田農


というわけで、俳優・寺田農さんによる「智恵子抄」朗読がラインナップに入っています。

寺田さん、平成6年(1994)にクレオハウスという会社の出したVHSビデオ「日本文学紀行 名作の風景 智恵子抄」という作品で、ナレーション、朗読を務められていました。

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およそ25年ぶりの「智恵子抄」。どんな感じなのだろうと思います。


ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

百パーセントの童心。此は学んで得られるところではない。

散文「非凡の詩的偉観」より 昭和4年(1929) 光太郎47歳

朋友・北原白秋を評する中での一節です。同じ文章では、白秋をして「巨大に成長し、微細に鍛錬せられた稀代の童子」とも定義しています。自らには欠けていたそうした部分で、光太郎は白秋を高く評価していました。

 先週末、若手俳優の滝口幸広さんの訃報が出ました。

『デイリースポーツ』さん。 

俳優・滝口幸広さん死去 34歳 テニスの王子様、仮面ライダードライブなどで活躍

 俳優の滝口幸広さんが13日に突発性虚血心不全の001ため亡くなったことが15日、分かった。34歳だった。滝口さんの公式ブログで所属事務所が発表した。通夜、告別式は近親者のみで執り行う。

ブログには「これまで温かく応援してくださったファンの皆さまならびにお世話になった関係者の皆さまへご報告致しますとともに厚く御礼申し上げます」と記されている。

 滝口さんは千葉県出身。04年にフジテレビ系ドラマ「ウォーターボーイズ2」でデビュー。14年にはテレビ朝日系「仮面ライダー ドライブ」にも出演した。

 ミュージカル「テニスの王子様」など、舞台でも存在感を見せ、今年もミュージカル「青春鉄道」や「MANKAI STAGE『A3!』」などにも出演。年末の舞台「明治座の変~麒麟にの・る」にも出演予定で、来年も1月に「MANKAI STAGE『A3!』~AUTUMN2020」のスケジュールが発表されていた。


『朝日新聞』さんの紙面から。

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滝口さん、ともに平成24年(2012)に開催された朗読系の公演「僕等の図書室」(以下、「1」)及び「僕等の図書室2」(以下、「2」)で、「智恵子抄」の朗読を披露なさいました。

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「1」のパンフレットから。


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「2」のパンフレットから。

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それぞれに公演の模様がDVD化されています。

まず「1」。

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滝口さんがメインで、三上真史さん、中村龍介さんがサポートメンバーとして途中から合流。光太郎の随筆「智恵子の半生」(昭和15年=1940)を換骨奪胎したものをト書きにしつつ、「智恵子抄」所収の詩篇を朗読なさいました。30分ほどの構成でした。

「2」。台本的には「1」と同一。サポートメンバーが中村さんはそのままに、三上さんが大山真志さんに変更。

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滝口さん、こちらでは、感極まったか、最後は涙ぐみつつの朗読でした。

DVDは2枚組となり、DISK2の「特典映像」には、出演者それぞれのインタビューなども。

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「1」「2」それぞれLe Himawari(る・ひまわり)さんという演劇制作会社から販売されています。

それにしても滝口さん、前途有為な34歳という若さでの急逝。実に残念です。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

芸術家の名誉は作品にあるのだから、勲章なんかいくら胸にぶら下げでもなんにもならんよ、それよりも金でもくれて大いに仕事させてくれたほうがありがたいね。
談話筆記「梅原・安井両君おめでとう」より
昭和27年(1952) 光太郎70歳


明治末、それぞれに光太郎と留学仲間だった梅原龍三郎、安井曾太郎が文化勲章を受章した際の談話です。上記の一節だけ読むと、ケチをつけているようにも読めますが、そういうわけではなく、両者の受賞を素直に喜んでいます。

その上で、副賞としての金品授与を伴わなかった文化勲章の制度が前年に改正され、受賞者は同時に文化功労者にも認定、文化功労者年金法に基づく終身年金が支給されるシステムとなったことを受けての、「政府も粋な計らいをするじゃん」的な発言です。

朗読系イベント情報です

月の映像詩と朗読の夕べ つきおもふこころ

期 日 : 2019年10月26日(土)
時 間 : 19:00~
会 場 : 3丁目カフェ 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1丁目10−1
料 金 : 3,500円 ワンドリンク付き

月を撮り続けているカメラマン河戸浩一郎による作品(月の映像詩)の上映会。
今回は、短編作品を数本と月への想いをより深くさせてくれる文章の朗読を交えた映像作品を上演します。
戦時中に書かれたあるお手紙と高村光太郎の詩集「智恵子抄」を題材にした朗読作品。
みのもかおりさんの朗読と合わせて、月の映像を味わっていただきたいと思います。
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映像作家の河戸浩一郎氏。今年6月にも「月の映像詩上映会 ツキミチルノコトvol.8」で、「智恵子抄」を取り上げて下さっています。

その際、朗読なさった方が「蓑毛かおり」さんとなっていましたが、今回告知されている「みのもかおり」さんと同一人物でしょう。

御都合の付く方、ぜひどうぞ。

このブログで同じ趣旨のことを繰り返し書いていますが、光太郎詩、意外と朗読に向いています。もっともっと多くの方に取り上げていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

ところが、人間が一度美しいと見たもの、これだけは永遠に「美」なのです。歴史というものは、権威に対する人間の奉仕を記録したものですから、絶えず変化していますが、その中にあつて、どんなに時代が変つても、美しいものは美しいものとして変ることがないのです。

講演会筆録「芸術と農業」より 昭和27年(1952) 光太郎70歳

河戸氏が取り上げられている月の美しさもそうなのでしょうし、当方など、光太郎の芸術世界(造型/文筆)などもそうだと思えます。

今年6月に、相模原市にて開催された「兼古隆雄が奏でる ギター名曲の楽しみⅥ ギター独奏と詩の朗読」で共演なさった、俳優の山本學さんと、ギタリストの兼古隆雄氏によるコンサートの情報です。

中原中也記念館さんでの公演のみ把握しておりましたが、改めて調べましたところ、今日から西日本各地での開催でした。

山本學+兼古隆雄 朗読とギターの饗宴

滋賀(栗東)公演
日 時 : 2019年10月17日(木) 18:30開場/19:00開演
場 所 : 
栗東芸術文化会館さきら小ホール  滋賀県栗東市綣二丁目1番28号
料 金 : 【前売】2,500円 【当日】3,000円
主 催 : 滋賀で詩とギターを聴く会 090-3119-4816(藤田智弘)

松江公演
日 時 : 2019年10月18日(金)19:00~(開場 18:30)
場 所 : 松江市民活動センタースティックビル504  島根県松江市白瀉本町43
料 金 : 一般【前売】2,000円 【当日】2,500円 高校生以下【前売】1,000円 【当日】1,500円
共 催 : 山陰アマチュアギターネットワーク 090-8248-3437(入江史雄)
        山陰ギタ弾こ会 080-9794-9811(木村秀樹)

周南公演
日 時 : 2019年10月19日(土)19:00~(開場 18:30)
場 所 : 周南市文化会館 地下展示室   山口県周南市徳山5854-41
料 金 : 【前売】2,000円 【当日】2,500円  ※自由席
共 催 : 周南市文化振興財団  阿部ギター工房 0834-21-9171

山口公演
日 時 : 2019年10月20日(日)18:30~(開場 18:15)
場 所 : 中原中也記念館  山口市湯田温泉1-11-21
料 金 : 無料(要予約)
主 催 : 中原中也記念館 083-932-6430

下松公演
日 時 : 2019年10月21日(月)18:00~
場 所 : 下松市国民宿舎大城 一階 会議室  山口県下松市笠戸島14-1
料 金 : 【前売】2,500円 【当日】3,500円

主 催 : 今治淳子 090-7775-9023

プログラム
 第一部 山本 學 自選の詩を読む
  高村光太郎 荒涼たる帰宅   中原中也 春日狂想 骨   長田弘 イツカ向コウデ
  栗原貞子 生ましめんかな
 第二部 レオ・ブスカーリア作「葉っぱのフレディ」

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詩の朗読は6月の相模原公演(レポートはこちら)と同一のようですが、プラス「葉っぱのフレディ」。ベテラン俳優の山本さんがどのように料理するのか、興味深いところです。

それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】


いかなる場合にも、美を忘れるやうになつたといふことは、美を忘れ得るほど精神が下り坂になつてゐるといふことである。ただ騒がしく、せつかちなのは決して精神の旺盛なことを意味しない。

散文「美を忘るる者危し」より 昭和19年(1944) 光太郎62歳


バラエティー番組などでひっぱりだこの「ただ騒がしく、せつかちな」だけの芸人などには、ぜひ山本さんの朗読などがおすすめですね(笑)。

光太郎がらみのコンサート情報を2件。

まずは仙台からで、もう今日になってしまいました。言い訳させていただけるなら、千葉大停電の影響もあったのか、情報を得るのが遅くなりました。

サロンコンサート《 いざなう月の琴 》vol.27 

期 日 : 2019年9月13日(金)
時 間 : 19:00~
会 場 : アクテデュース 宮城県仙台市青葉区大町1-1-15 大町川村ビル4F
料 金 : 3,000円
出 演 : 齋藤卓子(ピアノ演奏とお話)002

*プログラム*
 高村光太郎『智恵子抄』と共に
  ロベルト・シューマン(1810-1856)
  ・ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6
  ・ピアノソナタ 第1番 Op.11 第1, 2楽章
  ・幻想小曲集 Op.12「夜に」
  ・交響的練習曲 Op.13
  ・子供の情景 Op.15「トロイメライ」
  ・幻想曲 ハ長調 Op.17 第3楽章         他
 クララ・シューマン(1819-1896)
  ・音楽の夜会 Op.6 第2曲 ノットゥルノ

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クララ・シューマン生誕200年の記念日にお送りするサロンコンサート《 いざなう月の琴 》はいわば『ひとり シューマンと智恵子抄』。『シューマンと智恵子抄』。この組合せを唐突に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、画業と音楽、ジャンルは違えど彼等は芸術家同士の夫婦であり、互いの才能を尊重しながらも、しかし半身は心を病み早逝するなど、その生き様には共通点が多く、また『智恵子抄』にシューマンのピアノ曲を重ねた時に私の中で面白いほどイメージが合致するところがあり、4人への敬愛の念も加わって、この思い付きにはかねてより深い愛着を持っていました。『シューマンと智恵子抄』は10年ほど前に友人の朗読家 荒井真澄さんとのコラボレーションとして数回上演していますが、久方振りに向き合う今回は改めて内容を組み直し、ピアノも朗読も!単独チャレンジで行います。


ピアニストの齋藤卓子(つなこ)さん。平成24年(2012)に、やはり仙台の古民家レストラン「びすた~り」さんで、朗読の荒井真澄さん、墨画の一関恵美さんとのコラボで「シューマンと智恵子抄」を公演なさっています(それ以前にもやられたそうです)。そこで、平成25年(2013)に第57回連翹忌では、齋藤さんのピアノに合わせ、一関さんがその場で墨画を描くアクションペインティングを披露していただきました(荒井さんはご都合が付かずお二人でした)。

お近くの方、ぜひどうぞ。


もう1件。都内から歌曲系です。

4人のバリトンコンサート ハンサムなメロディー

期 日 : 2019年9月22日(日)
時 間 : 15:00~
会 場 : めぐろパーシモンホール 大ホール 東京都目黒区八雲1-1-1
料 金 : 一般 3,500円 区民割引 3,000円 学生 1,000円
出 演 : 宮本益光、加耒徹、近藤圭、与那城敬

*プログラム*

第1部 私の好きな歌 
 ラフマニノフ  夜の静けさの中 Op.4-3 (加耒)  シューベルト ブルックにて (近藤)
 湯山昭 木犀のセレナーデ (宮本)  トスティ 理想の人 (与那城)
第2部 オペラアリア集
 レハール   『メリー・ウィドウ』より 祖国のためなら (宮本)
 ロッシーニ  『セヴィリアの理髪師』より 私は街の何でも屋 (加耒)
 モーツァルト 『魔笛』より オイラは鳥刺し (近藤)
 ビゼー    『カルメン』より 闘牛士の歌 (与那城)
第3部 加藤昌則歌曲集
 落葉 (与那城) 冬の木になる (宮本) レモン哀歌 (加耒) 旅のこころ (近藤)
第4部 あなたに・・・
 『ティファニーで朝食を』より ムーンリバー (加耒)
 『ガイズ&ドールズ』より 運命よ、今夜は女神らしく (近藤)
 『レ・ミゼラブル』より 星よ (与那城)
 『マイ・フェア・レディ』 より 君住む街角 (宮本)
 加藤昌則 もしも歌がなかったら (全員)

オペラアリア、ミュージカル音楽に日本歌曲まで今を輝くバリトン4人衆があなたに贈る華麗なひととき。その魅力あふれる声と華やかな佇まいで高い人気を誇る4人の歌い手、宮本益光、加耒徹、近藤圭、与那城敬が、バリトンの魅力を存分に味わえる多彩な4部構成プログラムをお贈りします。各テーマを通して4人それぞれの個性をたっぷりとご堪能ください。
バリトン4人に加え、ピアノには作曲など多岐に渡る活動をみせる加藤昌則が登場。
さらには“handsome弦楽四重奏”として神奈川フィルのコンマスを務める﨑谷直人らが豊かな彩りを添えます。
この凛々しくハンサムなメンバーが、煌びやかなオペラの名曲から加藤昌則作曲の心に染み入る歌曲まで、とっておきの時間をお届けします。

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加藤昌則氏という方、今回もピアノでご参加されるそうですが、この方が作曲された「レモン哀歌」がプログラムに入っています。平成20年(2008)の作品だとのことですが、寡聞にして存じませんでした。

光太郎詩、どうも一般にはそう思われていないようなのですが、意外と朗読向きですし、ということは歌曲の歌詞としても適しています(光太郎自身はあまり自作の詩に作曲されることを好まなかったのですが)。

光太郎の精神を重んじ、リスペクトの念を持ってきちんと作曲される分には大歓迎ですので、作曲されるみなさん、ぜひ取り上げていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

ああ 人類の道程は遠い そして其の大道はない 自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ 歩け、歩け どんなものが出て来ても乗り越して歩け この光り輝やく風景の中に踏み込んでゆけ

詩「道程」初出形より 大正3年(1914) 光太郎32歳

光太郎詩の代表作にしてあまりにも有名な(こんな新聞記事を読むと最近はそうも言えなくなってきたかな、という感がありますが)「道程」。最初に雑誌『美の廃墟』に掲載された段階では、何と102行もある長大な詩でした(全文はこちら)。それが約7ヶ月後に詩集『道程』に収められる際に、ばっさり削られ、現在知られている僅か9行の形に圧縮されました。

上記の部分のあとに、「僕の前に道はない」という現在知られている形とほぼ同一の形が続きます。

ちなみに102行の原型、花巻髙村光太郎記念館さんの第一展示室に、映像と朗読で光太郎詩を紹介するブースがあり、そちらでベテラン声優の堀内賢雄さんによる朗読が聴けます。

台風15号の影響で、千葉県では停電が続いています。

自宅兼事務所は今朝の6時台から停電で、12時間以上たった現在も復旧していません。そこでパソコンが使えないためスマホから投稿します。ブログ移転後初です。パソコンと勝手が違い、悪戦苦闘しています(笑)。とりあえず投稿だけはしておいて、あとで直します。

地方紙『福島民報』さんの記事から。


「アートフェス」多彩に 二本松で9日まで

 芸術で二本松市を盛り上げる「にほんまつアートフェス」は七日、市内で始まった。九日まで多彩なイベントを繰り広げる。
 にほんまつDMOの主催。初日は市コンサートホールで舞踊や朗読が行われた。福島市出身の舞踊家・二瓶野枝さんが「智恵子抄」をテーマにコンテンポラリーダンスを披露し、二本松市ゆかりの女優・一色采子さんが詩を朗読した。続いて一色さんが朗読する「黒塚」に合わせて二瓶さんが舞った。安達ケ原の鬼婆(おにばば)伝説を独自の解釈で演じた。圧巻の舞台が観衆を魅了した。


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今日の停電もそうですが、この日もトラブルに見舞われ、拝見に伺うはずが、行けませんでした。愛車が高速道路走行中にエンジントラブルを起こし、走行不能に。JAF さんに電話して助けを求めたところ、提携している修理工場の方が駆けつけてくださり、現場は茨城県の高萩市だったのですが、潮来市の当方なじみの修理工場まで愛車ごと運んでくださいました。その点は非常にありがたかったのですが、一色さんには申し訳ない気持ちでいっぱいですし、当方自身楽しみにしていたので残念です。

それにしても、送り届けてくださったJAF さん提携工場の方には感謝感激でした。またまた感謝感激させていただきますので、電力会社の方、停電の復旧をよろしくお願いいたします。


まとまりませんが、慣れないスマホからの投稿、とりあえずこの辺で。

昨日に続き、福島ネタで。智恵子の故郷・二本松で開催されるイベント情報です。

にほんまつArt Fes

期 日 : 2019年9月7日(土)~9日(月)
会 場 : 二本松市コンサートホール 道の駅「安達」(下り線)
      霞ヶ城公園 本丸跡 二本松市市民交流センター

 二本松市では9月7日(土)~9日(月)の3日間、「にほんまつ Art Fes」が開催されます。
 アートを切り口にコンテンポラリーダンス、朗読、彫刻ライブなど二本松の素晴らしさを味わえるアートフェスが開催されます。
 芸術の秋にぴったりのイベントですので、ぜひご家族連れでお越しください。

プログラム

 「妖艶 Bewitching」
  9月7日(土) 二本松市コンサートホール 15:00~17:00 入場料¥2,000
   第一部 コンテンポラリーダンス「あどけない話」 ダンス 二瓶野枝
   第二部 朗読「智恵子抄」 朗読 一色采子  ピアノ 田中健
   第三部 共演「黒塚」
   第四部 トークショー 一色采子&二瓶野枝

 いっしょに作ろう! 参加型イベント
  9月8日(日) 
道の駅「安達」(下り線) 11:00~16:00
  ワンコインワークショップ/橋本仏具彫刻店・アーティスト橋本和成による彫刻ライブ

 菊松くんのお誕生日を、お祝いしよう! 日本酒で乾杯
  9月9日(月) 
霞ヶ城公園 本丸跡 13:00~

 ざくざく汁振る舞い&出発式!
  9月9日(月) 二本松市市民交流センター 18:00~

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9月7日(土)、コンサートホールさんで開催の「妖艶 Bewitching」では、お父様が同市ご出身の日本画家、故・大山忠作画伯であらせられ、ご自身も観光大使を務められている一色采子さん、そして福島ご出身のダンサー、二瓶野枝さんのご共演。お二人は一昨年、智恵子生家で開催された「智恵子・レモン忌 あいのうた」でもご共演なさいまして、当方、拝見いたしました。とても幻想的な雰囲気でした。

チラシの記載が誤っているそうで、ピアノの田中健氏、一色さんの朗読の際に演奏なさるとのこと。今年5月、サントリーホールで開催された「第35回アイメイトチャリティーコンサート」でも、一色さんとコラボなさっていますので、その際と同様の感じになるのかな、と思っております。

地元紙二紙で告知の記事が出ています。

まず『福島民友』さん。

【二本松】秋彩るアーティスト集う 9月7日から二本松でフェス

 「にほんまつ Art Fes」は9月7日から3日間、二本松市内で開かれる。ダンスから朗読、彫刻まで文化、芸術分野の実力者が顔をそろえて熱い舞台、ライブを繰り広げ、文化の秋を彩る。にほんまつDMOの主催。
 「妖艶」と銘打たれた初日は市コンサートホールで、コンテンポラリーダンス、朗読などが披露される。ダンスを踊るのは福島市出身の舞踊家二瓶野枝さんで、「あどけない話」と題して声楽、オペラ、歌曲、合唱の共演ピアニストとして著名な田中健さんのピアノをバックに情感あふれる舞台を繰り広げる。
 朗読では女優で、二本松市観光大使の一色采子さんが美しく響き渡る声で「智恵子抄」を読み上げる。「黒塚」の舞台、トークショーも予定されている。時間は午後3時からで、入場料2千円。
 8日は会場を道の駅「安達」下り線に会場を移し、明治時代から続き、木彫りと漆塗りの技術を守る同市の橋本仏具彫刻店木彫刻師5代目橋本和成さんがアーティストとしてライブでの彫刻制作に臨む。来場者誰もが参加できるワンコイン・ワークショップも行われる。
 最終日は霞ケ城公園などで市の観光マスコット「菊松くん」の誕生日を祝い、日本酒を絡めたイベントが行われる。問い合わせはにほんまつDMO(電話0243・22・0785)へ。


続いて『福島民報』さん。

感性豊かな初秋いかが にほんまつArtFes 9月7日から

 舞台や彫刻ライブなど芸術で二本松を盛り上げる「にほんまつArt Fes」は9月7日から9日まで、二本松市内で開かれる。にほんまつDMOの主催。
 七日は、市コンサートホールで「妖艶」をテーマに、コンテンポラリーダンスや智恵子抄の朗読などが披露される。ダンスは福島市出身の舞踊家・二瓶野枝さんが、朗読は女優で二本松市観光大使の一色采子さんが出演する。「黒塚」の舞台やトークショーなども催される。時間は午後三時から午後五時まで。入場料は二千円。
 八日は、道の駅安達下り線でワンコインワークショップなど参加型のイベントが繰り広げられる。明治時代から続く、木彫りと漆塗りの技術を守る橋本仏具彫刻店の木彫刻師五代目・橋本和成さんによる彫刻ライブが見どころ。
 九日は、午後一時から霞ケ城公園本丸跡で市観光マスコット「菊松くん」の誕生日を祝って日本酒で乾杯する。午後六時からは市民交流センターで郷土料理「ざくざく汁」の振る舞いを実施する。


ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

私は此を訳しながらフアン ゴツホの精神に打たれたて幾度か筆を措いた。味へば味ふほど深い彼の心は凡ての人に向かつて一の消ゆる事無き天の火となるであらう。

雑纂「訳書『回想のゴツホ』序文」より 大正10年(1921) 光太郎39歳

『回想のゴツホ』は、フィンセント・ファン・ゴッホの妹、エリザベットによるゴッホ評伝です。

味へば味ふほど深い彼の心は凡ての人に向かつて一の消ゆる事無き天の火となる」。光太郎さん、あなたの詩文が(一部を除いて)そうですよ、と言いたくなります(笑)。

しばらくこの系列、ご紹介しないでいたら溜まってしまいました。2回に分けてご紹介いたします。

まず、仙台に本社を置く『河北新報』さん。8月9日(金)に行われた第28回女川光太郎祭について報じて下さいました。系列の『石巻かほく』さんでは既報ですが、同じ記事ではありませんでした。

高村光太郎しのび詩を朗読 戦前に訪れた女川で祭り

 戦前に宮城県女川町を訪れ、紀行文や詩を残した詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)をしのぶ光太郎祭が、同町のまちなか交流館であり、県内外から約60人が参加した。
 「女川・光太郎の会」が主催。朗読の部では、光太郎が女川漁港の様子を記した紀行文や詩集「道程」などの詩を、女川小の児童ら15人が読み上げた。
 朗読に先立つ講演では、高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表が光太郎の晩年の姿を紹介。終戦直後から7年にわたって花巻市の山荘に暮らした光太郎の心理を解説した。
 小山代表は一連の戦争を賛美する詩を書き連ねたことに罪の償いの思いがあったと説明し「(あえて)不自由な山奥を選んだ。彫刻家の自負もあったが、行いへの反省から一度も彫刻を作らなかった」と述べた。
 光太郎は1931年に時事新報社の依頼を受け、石巻から宮古までを旅した。91年には女川港近くに、光太郎来訪を記念する文学碑が建立された。光太郎祭は92年に始まり、今年は9日に開催された。

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当方の講演についても的確にご紹介下さり、ありがたいがきりです。


続いて、『日本経済新聞』さん。終戦の日の掲載でした。

「8.15」の落とし穴 悲しみの前には熱狂があった

8月は「戦争」がメディアにあふれる季節であ000る。いわゆる「8月ジャーナリズム」だが、あの惨禍と過ちを記憶する記号として、やはり「8.15」の意味は大きい。令和の時代にも、決してゆるがせにはできぬ日付だ。
もっとも、そこには落とし穴もある。この日付だけで戦争を振り返ると、軍部や政治家が暴走して続けた戦争に、多くの日本人が「巻き込まれた」という被害者イメージが強まるのである。
前線での玉砕と餓死。本土空襲。沖縄戦。原爆投下。人々は戦争に疲れ果て、食糧を求め、死におびえた……。太平洋戦争末期は、たしかに国民は過酷な運命に従うほかなかっただろう。
しかし、前史を忘れてはいけない。別ののぞき窓から戦争を眺めるとき、相貌は大きく異なるのだ。たとえば、37年に日中戦争が起きた当時はどうだっただろう。
北京郊外の盧溝橋で日中両軍が衝突したのは7月7日。戦火は上海にも移り、本格的な戦争が始まった。政府は8月15日に「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」声明を出す。暴虐な中国を懲らしめるという意味だ。のちの敗戦の8年前の「8.15」である。
このときの世論の沸騰ぶりはただならぬものだった。
「もはや躊躇(ちゅうちょ)する猶予なしに徹底的にガンとやってもらうことです」「徹底的に支那軍を膺懲の要あり」「この際、行くところまで行ってもらわぬと困る」「皇軍の精鋭よ、徹底的に東亜の禍根を一掃せられよ」
文芸春秋社が発行していた雑誌「話」の同年10月号の記事「日支事変に際し政府に望む」に並んだ読者の声である。「膺懲」という言葉が世に躍り、さかんに国民大会
が開かれ、戦勝の報が届くたびに提灯行列が街を埋めた。
文化人も積極的に戦争に加わっている。例を挙げれば林芙美子の従軍記「戦線」は、歌い上げるような戦争礼賛ぶりだ。かつての「放浪記」の作家は時局に大いに感じ入って従軍し、中国の国民政府が逃れていた新首都、漢口への「一番乗り」をやってのけた。
「戦線は美しい」と芙美子は称揚する。敵兵を「堂々たる一刀のもとに」斬り殺す場面にも「こんなことは少しも残酷なことだとは思いません」とつづる。従軍は朝日新聞社が全面的にバックアップ、芙美子は帰国するや講演に飛び回った。大ベストセラーになった「戦線」は戦後、封印された。
庶民も文化人も、熱に浮かされていたといえばそれまでだが、なんと熱狂しやすい国民性だろう。もちろん、それをあおったメディアの責任もきわめて大きい。前線と銃後それぞれの、おびただしい数の「美談」が紹介され、人々は物語に酔ったのである。
この当時は戦時体制下とはいえ、物資はまだ十分に出回り、大衆娯楽も息づいていた。
「街には『露営の歌』だの『上海だより』だの軍歌調の歌謡がながれていたが、同時に『忘れちゃイヤよ』だの、『とんがらかっちゃダメよ』だのという歌も決してすたれたわけではなかった」。安岡章太郎は「僕の昭和史」でこう回想している。001
実際に、漢口が陥落した38年秋の雑誌をひもといてみても、消費を楽しむムードは消えていない。旅行雑誌「旅」の同年11月号には「旅は満州へ」「台湾へ」と読者をいざなう広告が載り、洋酒「ジョニー・オーカー」や「さくらフヰルム」が宣伝に努めている。
こんな日常のなかで、戦争は泥沼化していった。戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくものだということがわかる。行きづまりを打開しようと日本は対米英戦に突入し、またも世間は大いに留飲を下げるのである。
「この日世界の歴史あらたまる。/アングロサクソンの主権、/この日東亜の陸と海とに否定さる」。開戦を知り、高村光太郎が残した詩だ。ほとんどの国民が大本営発表に浮き立ち、勝った勝ったと興奮した。
そして、やがて迎えた「8.15」。こちらののぞき窓から眺める戦争は、ただただ悲しい。「暴支膺懲」の熱狂から8年、無一物となった日本人はようやく正気に戻るのである。熱狂の代償の大きさを思わざるを得ない。
当時も、冷静な人はいた。日中戦争勃発時の外務省東亜局長、石射猪太郎は「暴支膺懲」声明について、「独りよがりの声明。日本人以外には誰も尤(もっと)もと云ふものはあるまい」と日記に書きとめた。近衛文麿首相を指していわく「彼は日本をどこへ持つて行くと云ふのか。アキレ果てた非常時首相だ。彼はダメダ」。
熱狂と歓呼は、しかし、そういう思いを押し流していった。さまざまなのぞき窓から歴史を眺めることで、教訓を深く胸に刻まなければならない。

引用されている詩はずばり「十二月八日」という詩です。毎年、12月8日になるとこの詩を引っ張り出してドヤ顔をする愚か者が者がいて閉口しています(笑)。逆に、明治松の留学から帰朝直後に書かれた、日本社会の旧態依然を批判する「根付の国」(明治43年=1910)をして「非国民の妄言」などと言う輩が今もいて、開いた口がふさがりませんでした(笑)。そういうやつばらこそ無言館さんに行って欲しいものです。


お次は『朝日新聞』さん。先月ご紹介した喜国雅彦氏著『今宵は誰と -小説の中の女たち-』が書評欄で取り上げられています。

(コミック)『今宵は誰と 小説の中の女たち』 喜国雅彦〈著〉 「妙にそそる」ヒロインが誘う読書

 登場人物が実在の本について語る“書評マンガ”とでも呼ぶべきジャンルがある。その主人公たちは基本的に読書家だ。しかし、本作の主人公の場合はちょっと違う。
 転勤で引っ越した日の夜、先住者が残していった文庫本を暇つぶしに読み始める。「小説なんて読むのは何年ぶりだっただろう」という非読書家の彼が、そこから読書にハマるのだ。その運命の一冊は、安部公房『砂の女』。シュールなストーリーもさることながら、「妙にそそる」ヒロインが彼を虜(とりこ)にしたのだった。
 以降、川端康成『眠れる美女』、三島由紀夫『潮騒』、ツルゲーネフ『はつ恋』、S・キング『ミザリー』など内外の名作を読(よ)み漁(あさ)る。共通点は印象的な女性が登場すること。彼女らが読後の夢にも登場し、もうひとつの物語を描き出す。その妄想力は、フェティッシュな男女関係描写に長(た)けた作者ならでは。主人公が居酒屋で出会った本好きの女との関係も絶妙だ。
「これは……エロ小説じゃないか!!」といった主人公のピュアな感想、身もフタもないツッコミに苦笑する一方、太宰治『女生徒』をツイッターになぞらえるなど鋭い分析も。権威や世評に囚(とら)われない偏愛的読書ガイドである。
 南信長(マンガ解説者)

評では触れて下さいませんでしたが、光太郎の『智恵子抄』も取り上げられています。

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明日は『福島民報』さん、『山形新聞』さんなどからご紹介します。

【折々のことば・光太郎】

別に運動するのなんのつていうのでなく毎日ただ気をつけるだけで、無理しないこと、それから睡眠をよくとること、それから食物で、自分の体に肥料を与えること。あとは日光にあたり水を吸い込んで植物とおんなじ生活をすりや人間はいいんです。

対談「芸術と生活」より 昭和28年(1953) 光太郎71歳

光太郎流の健康法です(笑)。

昭和6年(1931)8月9日、新聞『時事新報』の依頼で紀行文を執筆するため、光太郎は東京本郷区の自宅兼アトリエを出、約1ヶ月の三陸旅行に発ちました。10月に発表された紀行文には石巻、金華山、女川、気仙沼、釜石、宮古といったあたりの様子が描かれています。

それを記念して、毎年8月9日には、女川光太郎祭が開催されており、今年で28回目となりました。このところ、毎年、記念講演の講師を仰せつかっており、今年も行って参りました。

会場は、JR石巻線女川駅前の商業施設シーパルピア内のまちなか交流館さん。

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県内外から多くの方々がお集まり下さいました。

最初に当方の講演。光太郎という人物の生涯を細かにたどるため、昭和22年(1947)に自らの生涯を振り返って書かれた連作詩「暗愚小伝」をもとに、連続講演の形で行わせていただいており、とりあえず今年がその最後、戦後の花巻郊外旧太田村での蟄居生活を中心に語らせていただきました。来年は「「暗愚小伝」その後」というわけで、最晩年、そして光太郎の死のあたりを扱う予定です。

その後、メインの行事。女川光太郎の会・須田勘太郎会長のご挨拶に続き、光太郎遺影、かつて海岸公園に立っていた光太郎文学碑の写真(今年・新しいパネルに代えられました)に献花。

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その後、県内外の皆さんによる、光太郎紀行文や詩の朗読。

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女川町長・須田善明氏の祝辞。須田町長、久々においで下さいました。

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まだ確定でない、と前置きされつつ、来年の今頃には、かつての海岸公園一帯をメモリアルゾーンとして整備する事業が終わる予定で、倒壊したままの光太郎文学碑も再建される見通し、とおっしゃっていました。

ちなみに現状、こんな感じです。

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すぐ近くの旧女川交番の方は、基礎部分の工事にかかっているようでした。

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その後、ギタリスト・宮川菊佳氏の演奏。宮川氏、詩の朗読の際にBGM演奏も為されていました。

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オペラ歌手・本宮寛子さんの歌。本宮さんは、光太郎文学碑が建てられた平成3年(1991)に女川で開催されたオペラ智恵子抄(仙道作三氏作曲)の公演で、智恵子役をなさった方です。

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最後に、東日本大震災の津波で亡くなった女川光太郎の会事務局長・貝(佐々木)廣氏の奥様、英子さんのご挨拶。

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終了後は、まちなか交流館さんにほど近い金華楼さんで懇親会。

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一年ぶりにお会いする方々と久闊を叙し、また、盛岡のご出身で、旧太田村の蟄居時代に光太郎がたびたび足を運んだ温泉などにもよく行かれたという方、当会顧問の北川太一先生をご存じの方など、初参加という皆さんともいろいろお話をさせていただきました。こうやって人の輪が広がっていくのだな、と実感させれられました。

毎年書いておりますが、永続的に続いて欲しいものです。

明日は女川町内各所のレポートを。


【折々のことば・光太郎】007

うつくし かぐはし ほほゑまし  

  短句揮毫 昭和25年(1950) 光太郎68歳

花巻郊外旧太田村で隠棲していた光太郎、時折、県都盛岡に出ることがあり、その際には「天よし」という飲み屋に立ち寄ることが多く、そこのマダム・たみ子さんに贈った書です。「天よし」の店名も光太郎の命名だったそうです。


マダムたみ子が長唄の免状を手にした祝いということで、「し」の字は三味線の糸を表し、長く書いたとのこと。粋な計らいですね。

女川光太郎祭で、小学生の詩の朗読もありまして「ほほゑまし」く拝聴しました。

昨日に引き続き、宮城県女川町からイベント情報です。 

第28回女川光太郎祭

期 日 : 2019年8月9日(金)
時 間 : 午後2:00~
場 所 : 女川町まちなか交流館 宮城県牡鹿郡女川町女川浜字大原1-36
料 金 : 無料
問い合わせ : 
   女川光太郎の会事務局 佐々木英子
   〒986-2243 宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜字内山3-1NI・1街区2 桜ヶ丘東住宅404
   090-6686-7811 
内  容 : 
 献花
 光太郎紀行文、詩などの朗読
 アトラクション演奏 オペラ歌手 本宮寛子  ギター奏者 宮川菊佳 
 講演 「高村光太郎、その生の軌跡 ―連作詩「暗愚小伝」をめぐって⑦―」
     高村光太郎連翹忌運営委員会代表 小山弘明
 終了後 懇親会

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昭和6年(1931)、光太郎が三陸一体を旅した一環で立ち寄った宮城県牡鹿郡女川町。それを記念して、平成3年(1991)、当時の女川港に面した海浜公園に巨大な光太郎文学碑が建立され、さらに翌年から始まった女川光太郎祭。その後、東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた平成23年(2011)も含め、毎年開催されています。今年は文治堂書店さんが自社のPR誌『トンボ』第8号に案内を掲載して下さいました(上記画像)。

昨年までの様子はこちら。


ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

生活も不便とはいへ、まづ正常の状態で進んでゐて、決して極端なまねはして居りません。蛇や蛙やバツタを食べて生きてゐるのではありません。

雑纂「太田村の便り」より 昭和26年(1951) 光太郎69歳

一方で、翌年行われた座談会では、蛙を食べたことや、蛇も食べようと思ったものの歯が悪いのでやめたという発言をしています。バッタについては他では言及されていません(長野県民ではありませんし(笑))。

蛙に関しては、明治末のパリ留学時代にフランス料理として食べていたので、あまり抵抗はなかったのでしょう。しかし、だからといって、それを常食にしていたわけではないということですね。

昨日は神奈川県内に出ておりました。

午前中、横浜の神奈川近代文学館さんで調べ物。主に同時代の人々が残した光太郎回想の類を調査して参りました。当会刊行の『光太郎研究』にて少しずつご紹介いたします。

その後、相模原(最寄り駅は町田でしたが)のホテルラポール千寿閣さんへ。

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こちらの敷地内にあるチャペルで行われた「兼古隆雄が奏でる ギター名曲の楽しみⅥ ギター独奏と詩の朗読」を拝聴して参りました。

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兼古氏は町田でクラシックギターの教室をなさっている方です。そしてゲストに俳優の山本學さん。

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第1部は兼古氏によるソロ演奏。バッハを除いて現代の曲でしたが、哀愁や情熱がこもり、時に軽妙洒脱、時に意外な曲の展開、また、教会というあまり広くない、しかし落ち着いた雰囲気のスペースにそれがマッチし、実にいい感じでした。

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第二部で山本學さんがご登場。

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はじめに山本さんが自選の詩を朗読、その後、兼古氏がそれぞれの詩に合うと感じられた曲を演奏というくり返しでした。特にF・ターレガの「アデリータ」など、たしかにぴったりでした。

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藤村の「初恋」(明治29年=1896)に続いて、光太郎の「レモン哀歌」(昭和14年=1939)。前年の愛妻・智恵子の臨終を謳った絶唱です。

山本さん、前半は意識して早口でたたみかけるような朗読をなさったのだと思いました。そうすることで、消えゆく智恵子の生命の炎を目のあたりにし、冷静でいられない光太郎の激情が表されていたように感じました。終末部分の「写真の前に挿した桜の花かげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」は、智恵子歿後の現在、というわけで、一転してゆったり落ち着いた、しかし、痛切な独白といった感で読まれ、まとめをつけられました。さすがベテラン、と、当方、感心しきりでした。

サプライズが一つ。最後の栗原貞子「生ましめんかな」(昭和21年=1946)が終わったあと、会場の万雷の拍手に応えてのアンコールとなりまして、さて、山本さん、何を朗読されるのだろう、と思っておりましたところ、お口を開かれ、出て来た題名が「荒涼たる帰宅」。思わず当方、「おお」と反応してしまいました。昭和16年(1941)、光太郎がおそらく詩集『智恵子抄』出版に際して書き下ろした、智恵子葬儀の当日を謳った詩です。

どうも山本さん、正規のプログラムに入っていた詩篇も含め、「生と死」的なモチーフのそれを集められたようで、そうするとたしかに「荒涼たる帰宅」ですね。ここで「道程」(大正3年=1914)やら「樹下の二人」(同12年=1923やらは入ってきません。

終演後、山本さんとお話しさせていただきました。さらにあつかましくも、1990年代に山本さんの朗読でリリースされた光太郎詩集のCDを持参しており、ジャケットにサインしていただきました。家宝にします(笑)。

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しかし山本さん、「こんなCDが出ていたんだね。記憶にないや」とのことで、意外と物事にこだわらない豪快な一面もおありなのかな、という気がしました。さらには「’90年頃? まだ「詩」の何たるかが分かっていなかった頃だなぁ」。「いやいや、そんな事は……」と申し上げておきましたが(笑)。

連翹忌の営業もさせていただきました。来年の連翹忌のご案内を差し上げようと存じます。ぜひいらしていただきたいものです。ちなみにマネージャーの方は、連翹忌ご常連の女優・一色采子さんと親しくされているということでした。

それはともあれ、兼古氏ともども、今後も変わらぬご活躍を祈念いたします。


【折々のことば・光太郎】

一、躊躇なしにロマン ロラン  二、彼が世界で最も高い精神であるが故に、彼よりも博学な、賢明な又新らしい主義をもつ人は尠くないが、彼ほど清冽の心を持ちながらその英雄主義に他を凌駕する意識のほとんど感じられない点は全く人類の宿弊を破つてゐる。

アンケート「私の好きな世界の人物」全文 大正15年(1926) 光太郎44歳

「一」の細かな質問内容は、「世界各方面の現代名士中貴下の好まれる人物氏名」、「二」は同じく「何う言ふ点を好まれるか」でした。

この手の人物評には、光太郎自身が目指した、あるべき人物像が投影されているような気がします。

演劇系イベントを二つ。

まずは仙台発の情報。
会 場 : せんだい演劇工房10-BOX box-1  宮城県仙台市若林区卸町2-12-9
時 間 : 7/5(金)19:30〜 1作品目 7/6(土)19:30〜 2作品目
        7/7(日)13:00〜 3作品目
料 金 : 通し券(木金・土・日の3パターン/全7作品観劇可)
        一般前売:2,800円 一般当日:3,000円 
        学生前売:1,800円 学生当日:2,000円

毎年、大阪・インディペンデントシアターで行われる最強の一人芝居フェスティバル「INDEPENDENT」。2011年夏に行われたジャパンツアー仙台公演を経て、2012年から仙台でも東北の創り手を中心とした「INDEPENDENT:SND」を継続開催しています。今年も多数の応募の中から激選された6組が参戦。東北の俳優と本家大阪で評価を得た招聘作品が競演します。是非ご期待ください!


演劇ユニット箱庭 第5回公演 『38.9℃の夜』
 出演 : しゅー(演劇ユニット あかりラボ)
 脚本 : 長門美歩
 演出 : 志賀彩美(演劇ユニット 箱庭)

「女が結婚しないでいるのはよくないなんて誰が決めたことなの。だいたい世の中の習慣なんて、どうせ人が決めたことでしょう、それに縛られて一生、自分の心を騙し続けて生きるなんてつまらないことだわ。わたしの一生はわたしが決めたい。たった一度きりしかないわたしの一生ですもの。」
と高村智恵子は言ったそうだ。

演劇ユニット 箱庭 第5回公演「38.9℃の夜」では、社会人と演劇・表現活動を両立する、年齢・結婚年数が異なる3人の既婚女性で構成。「結婚して、家族を得ても、孤独だった」と言う感覚をもとに、現代に生きる女性としての生き方と、その苦悩と孤独について描き出す。その舞台の題材として取り上げられるのが高村智恵子という一人の芸術家の一生だ。

「自分の人生を生きた」そういう実感が心から湧くような生き方をしていきたい。ままならないことだらけの世の中で、智恵子は生きました。ままならないことだらけの世の中で、私たちはどう生きていこう。

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「INDEPENDENT:SND19」という演劇フェスティバル的なイベントがあり、7作品(すべてが一人芝居とのこと)が上演される中の1つとして、演劇ユニット箱庭 第5回公演を兼ねる 『38.9℃の夜』だそうです。


もう1件、愛知県長久手市から。

長久手市文化の家自主事業 創造スタッフ七夕企画 文学パフォーマンス

期  日  : 2019年7月6日(土)
会  場 : 長久手市文化の家  2F情報ラウンジ  愛知県長久手市野田農201 
時  間 : 11時00分 15時00分 18時00分
料  金 : 無料

出演 豊永洵子(ダンス) 細川杏子(フルート) 藤島えり子(俳優)

女性創造スタッフ三名によるパフォーマンスイベント。ダンサー×フルーティスト×俳優が文学作品を題材にコラボレーション! 高村光太郎の名作「智恵子抄」を、それぞれの形でお見せします。
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やはり「智恵子抄」系、どちらかというと女性に人気なのでしょうか。仙台の演劇も女性3人組、奇しくも長久手も同じく女性3人組ですね。

現代の素敵な女性達が自分の生涯をさまざまな形で表現し続けてくれていると知り、泉下の智恵子はどう思うでしょうか。


【折々のことば・光太郎】

試験制度をくぐつて来た人間の頭には、どうしても取り去れない或る箍がかかつてゐます。どうしてもコンクリイトで出来た池の中の水のやうな処があつて、海洋の水はおろか、小川の流のやうな処さへ少いやうです。どんなに有為な、立派な、若しくは偉大な人物になつても、その根性の奥にはめられた或る箍は、一生涯つきまとふかと思はれます。

アンケート「もし私に子があつたら何にするか?」より
 大正12年(1923) 光太郎41歳

「箍」は「たが」。「たがが外れる」の「たが」です。

いわゆるエリートの脳内にはその「箍」がしっかりはまっていて、外れることがないと。もちろん融通が利かないとか、思考が硬直化しているとか、そういったマイナスの意味で使われています。

今も昔も、ですね。

まずは神奈川県から朗読系のイベント情報です。

 

兼古隆雄ギター名曲の楽しみ

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期 日   : 2019年6月30日(日)
会 場 : ホテルラポール千寿閣 
            相模原市南区上鶴間本町3-11-8
時 間 : 15時開場 / 15時30分開演
料 金 : 前売券4,000円
      当日券4,500円

 第一部 ギターソロ
  A.ヨーク    子守歌
  J.S.バッハ
       前奏曲、サラバンド、メヌエット
  A.バリオス   郷愁のショーロ
  L.ブローエル  11月のある日
   穴戸睦夫   前奏曲とトッカータ

 第二部 語りとギターの饗宴
  共演 俳優 山本學
   島崎藤村   初恋
   高村光太郎  レモン哀歌
   中原中也   骨
   長田 弘   イツカ向コウデ
   栗原貞子   生ましめんかな 

神奈川と東京多摩地区の情報誌『タウンニュース』さんに案内記事が出ていました。

ギターと朗読を楽しむ 兼古隆雄さんが弾く

 ホテルラポール千寿閣で30日(日)、ギター教室も営む兼古隆雄さんと「下町ロケット」にも出演した俳優・山本學さんの演奏会が催される。午後3時30分開演(3時開場)。
 第一部はギターソロ。A・ヨーク「子守歌」やJ・S・バッハ「前奏曲」「サラバンド」などの名曲が演奏される。第二部は朗読とギターのコラボ。島崎藤村「初恋」や高村光太郎「レモン哀歌」など、ベテランの語りの芸を披露する。2人のコラボは好評で、10月には西日本のツアー企画が進行しているという。チケット前売4000円。(問)兼古隆雄ギター教室【電話】042・722・6740


山本學さん、1990年代に学研さんからリリースされた朗読CD全集「サウンド文学館パルナス」で、光太郎詩の朗読をなさっています。

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久しぶりに拝聴しましたが、渋い、しかし明るいお声、ゆったりした間の取り方、さすがです。

ぜひ足をお運びください。


もう1点。同様の朗読系イベントで、過日ご紹介した石川県金沢市での「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子~本田和の語り」につき、『中日新聞』さんが報じましたのでご紹介します。

詩の朗読×チェロ演奏 市民芸術村 智恵子抄の世界表現

010 音楽に合わせて物語や詩の朗読をする金沢市の本田和(かず)さんの公演「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子」(北陸中日新聞後援)が十七日、金沢市民芸術村であり、七十人の来場者が光太郎の詩の世界とチェロの演奏を楽しんだ。
 智恵子抄は、光太郎が妻への思いをつづった詩集。愛にあふれる詩を、本田さんが情感を込めて読み上げた。大阪フィルハーモニー交響楽団のチェリスト林口真也さんが重厚な音色を奏で、詩に込められた感情を引き立たせた。
 公演は、本田さんの活動を支援する団体「きくはなすの会」が主催した。(小坂亮太)


時折書いていますが、光太郎の詩、意外と朗読向きです。全国の朗読愛好者の皆さん、ぜひぜひ取り上げて下さい。


【折々のことば・光太郎】

御質問の件簡単なる敬語を以て御答へ仕るは仕極難事と存じ候。甚だ失礼ながら右御断り申上候。

アンケート「現代名流の日本画観」より 明治43年(1910) 光太郎28歳

「敬語」は、言葉の種類としての謙譲語とか尊敬語とかの敬語ではなく、尊敬の念をもっての讃辞、といった意味でしょう。「褒めることが出来ないからお答えできません」ということだと思われます。

光太郎、どうも同時代の日本画に関しては目の敵にしていたようで、あちこちで「古くさい」「生命感に欠ける」的な批判を繰り返していました。

「仕極」は「至極」の誤りでしょう。

朗読系のイベント情報です。

『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子~本田和の語り

期    日  : 2019年6月17日(月)
会    場 : 金沢市民芸術村 PIT2 ドラマ工房 石川県金沢市大和町1-1
時    間 : 19:00開演~20:00終演(開場18:30)
料    金 : 前売券2000円 当日券2500円
問い合わせ  : きくはなすの会(090-2373-5458)

明治・大正・昭和を生きた詩人の高村光太郎とその妻智恵子の愛の軌跡を描いた『智恵子抄』を語る。チェロの音色がその世界を広げる。
語り:本田和 チェロ:林口眞也

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本田さんという方、当方、直接は存じ上げませんが、CDを一枚持っております。

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平成21年(2009)リリースの「本田和語りの世界 セロ弾きのゴーシュ」。表題作はご存じ宮沢賢治の童話ですが、他に「智恵子抄―語りとギターのための―」「蜘蛛の糸―独奏チェロと語りのための―」が収録されています。ひさびさに聴いてみましたが、艶のある美声で、情感あふれる朗読。いい感じでした。恋愛時代の「僕等」(大正3年=1914)に始まり、結婚後の「あどけない話」(昭和3年=1928)、智恵子が心を病んでからの「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)、その葬儀を謳った「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1941)、最後が絶唱「レモン哀歌」(昭和14年=1939)でした。アコースティックギターのオリジナル音楽と共に語られ、音楽はそれぞれの詩に合わせ、はじめおだやかで叙情的に奏でられていたものが、徐々に緊迫感を増す奏法となり、やがて静謐に幕を閉じるという感じでした。

今回はチェロとのコラボだということですが、やはりこうしたドラマチックな構成が為されるのではないでしょうか。

また近くなりましたらご紹介しますが、来月には神戸での公演もあるとのことです。お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

ここは温泉もいいが、宿の建築が甚だ面白く、私は毎日荒れ果てた無人の部屋部屋を見てたのしんだ。昔の宿の主人が建築道楽であつたさうで、木口の太さといひ、組方といひ、いかにも岩手独特の手丈夫な趣が大まかに出てゐてよい。
散文断片「(私は温泉が)」より
 
昭和20年代前半(1940年代後半) 光太郎66歳頃

010光太郎歿後に見つかった原稿用紙5枚(以降欠)の文章から。題名はなく、今のところ雑誌等に発表されたことも確認できていません。

「ここ」は、花巻南温泉郷の一番奥、西鉛温泉です。昭和20年(1945)、花巻の宮沢賢治の実家に疎開した翌日から結核性の肺炎で高熱を出し、一カ月の臥床。床上げの後、予後を養うために一週間滞在しました。当時は明治館改め秀清館という一軒宿で、明治22年(1889)の創業。この頃は、賢治の母の実家が経営していました。当時としては珍しい、四階建ての日本家屋で、建築設計にも手を染めていた光太郎、その造作に感心しきりでした。

戦後には県の職員保養所を兼ね、昭和47年(1972)には閉鎖。残念ながら建物は現存しません。その後、愛隣館という観光ホテルが建ち、現在は「西鉛温泉」という呼称は廃され、「新鉛温泉」と称されています。

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