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今月17日、初回放送の当日に気付き、このブログではご紹介しませんでしたが、NHKさんのラジオ、AM第1・第2、それからFMでも放送されている5分間番組「音の風景」で、光太郎詩の朗読がありました。その後、放送時間の異なる地方局を含め、繰り返し放送されているようです。また、ネット上での「聴き逃し配信」で聴けますので、ご紹介します。

音の風景「朗読シリーズ うた景色~高村光太郎~」

2021年3月17日(水)午前9:15放送 2021年5月11日(火) 午後3:20配信終了

5分のサウンドトリップへようこそ! リスナーのみなさんを音だけの世界にお連れします。想像をかきたて、記憶を呼び覚まし、心を潤す音の数々。音響デザイナーがお届けする、5分間の音の旅をお楽しみ下さい。

【朗読】松重豊【語り】井上あさひ ▽智恵子抄の世界を音で彩ります。

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取り上げられている作品は、『智恵子抄』から、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「樹下の二人」(大正12年=1923)、「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)、そして短歌「光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所に住みにき」(昭和13年=1938)。

朗読が松重豊さん。無駄な抑揚を抑えた渋く重厚なお声で、光太郎詩の世界感が見事に表現されています。ちなみに松重さん、光太郎の朋友・北原白秋を主人公とし、伊嵜充則さん演じる光太郎も登場した映画「この道」(平成31年=2019)では、光太郎の師・与謝野鉄幹役でした。
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語りは井上あさひアナ。朗読の合間に、作品の背景等を解説なさっています。
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上記リンクから配信ページに入れます。ぜひお聴き下さい。

【折々のことば・光太郎】

曇又晴、スルガさんの牛放牧され、小屋前の厨芥をたべ、砂糖大根の葉もたべる。

昭和22年(1947)4月7日の日記より 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋周辺。のどかな春の山村風景ですね。

「スルガさん」は、光太郎に山小屋の土地を提供した駿河重次郎です。「砂糖大根」は甜菜(てんさい)、サトウキビと並ぶ砂糖の主原料です。

しばらく3.11系のネタをいろいろ書いて参りまして、まだあるのですが、一旦休止します。本日はテレビ放映とラジオ放送の情報を。

まずテレビ。NHK Eテレさんの「にほんごであそぼ」、再放送ですがいろいろと。

にほんごであそぼ「福島のわっぱめし」

NHK Eテレ 2021年3月16日(火) 06:35~06:45  再放送 17:00〜17:10

日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら『日本語感覚』を身につける番組。言葉を覚え始めるお子さんから大人まで、あらゆる世代の方を対象に制作しています。今日は…文楽「あどけない話」高村光太郎、あいだのじいさん「わっぱめしのあいだ」、童謡「マーチング・マーチ」、ひこうき山陽のごとくごとく「さざえ堂」、歌舞伎/天地の見得〜応用編〜「さるかに合戦」、うた「日本全国むかし歩き」

【出演】美輪明宏,神田山陽(三代目),竹本織太夫,鶴澤清介,中村勘九郎,中村勘太郎,中村長三郎,おおたか静流,ラッキィ池田,中尾隆聖 ほか


3月2日(火)放映の回を再放送するもので、「あどけない話」は、昨年の2月に使われた映像の使い回しです。
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にほんごで「日本全国いいとこコンサート 福島・楢葉」

NHK Eテレ 2021年3月20日(土) 15:00~15:45

福島のみなさんから送っていただいた歌声やごもじもじ、絵などを加えて構成した、福島にゆかりの歌と名文がいっぱいのコンサート。〈ゲスト〉木下航志。内容は…ひこうき山陽のごとくごとく「さざえ堂」、クイズ:かえるづくし/草野心平『誕生祭』より、曲:「日本全国むかし歩き」「初恋」「道程」「雲」「小さき者へ」「子らを思ふ歌」「VIVA!をとめたち。」「こころよ」「花は咲く」「元気でいこう!ごもじもじ」

【出演】美輪明宏,神田山陽(三代目),藤原道山,木下航志,ラッキィ池田,坂本龍一,野村萬斎,うなりやベベン,中尾隆聖,小林翼,石原涼太郎,與那覇結衣,河野梨花 ほか
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今月初め、5回に分割して放映された「日本全国いいとこコンサート 福島・楢葉」を、特別枠でまとめて放映するようです。

コロナ禍のため、楢葉町での公開収録は出来なかったということですが、楢葉の皆さんのご協力で作られました。

「あいだのじいさん」というコーナーでは、安達太良山が紹介されます。
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それから、坂本龍一さん作曲の「「道程」より」。突然ですが、高村光太郎さんもご登場(笑)。
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藤原道山さんが尺八でご参加されている、ぜいたくなバージョンです。
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朗読も入ります。
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さらに、当会の祖・草野心平の作品から「かえるづくし」。

来週には、また5分割しての再放送が通常枠で行われます。

続いて、花巻系。

美しい日本に出会う旅▼文豪が愛した名湯めぐり 銀河鉄道の夜・奥の細道・坊ちゃん

BS-TBS 2021年3月17日(水) 21:00~21:54

文豪は温泉が好きだった!?日本全国、文豪が愛した温泉をめぐります。宮沢賢治といえば岩手の花巻温泉。日本一深い「白猿の湯」は立って入る温泉。賢治の大好物も紹介します。夏目漱石が愛したのは愛媛の道後温泉。『坊っちゃん』気分でひと風呂浴びたら三色団子をいただきましょう。松尾芭蕉の山中温泉、志賀直哉の城崎温泉、谷崎潤一郎の有馬温泉、与謝野晶子の法師温泉など、高橋一生さんが文豪気分で極上温泉をご案内します。
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番組説明に光太郎の名はありませんが、花巻の「白猿の湯」は、鉛温泉藤三旅館さん。光太郎もほめた温泉で、賢治の「なめとこ山と熊」にも登場します。「与謝野晶子の法師温泉」が、上記画像。法師温泉さんにも光太郎の足跡が残っています。

さらに、ラジオ番組。

邦楽百番 ▽地唄「七小町」箏曲「言問」「樹下の二人」

NHKFM 2021年3月20日(土) 11:00~11:50

「地唄「七小町」」船坂三(光)枝:作詞 光崎検校 八重崎検校:作曲
 唄と三絃…(出演)友渕のりえ、箏…(出演)久松彩子、尺八…(出演)山本邦山
 (22分26秒) ~509スタジオ~

「言問」北原白秋:作詞 杵屋正邦:作曲 歌と三絃…(出演)友渕のりえ
 (12分42秒) ~509スタジオ~

「樹下の二人」高村光太郎:作詞 小山清茂:作曲 歌と箏…(出演)友渕のりえ
 (11分07秒) ~509スタジオ~
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小山清茂(ちなみに当方の遠い遠い親戚のようです)作曲の「樹下の二人」。昭和50年(1975)作曲・初演で、今回演奏される友渕のりえさんによる委嘱作品です。

当方、平成26年(2014)、この曲が演奏された箏曲奏者の故・浜根由香さんのコンサート「浜根由香 東北を謳う」を聴きに、福島県南相馬市に行ったことを思い出します。

それから、光太郎の朋友・北原白秋作詞の「言問」。作曲が杵屋正邦ということで、「あっ」と思いました。昭和25年(1950)、光太郎作詞の「初夢まりつきうた」の作曲者だったからです。

それぞれ、ぜひご視聴下さい。

【折々のことば・光太郎】

午后二時、子息さんと同道、花巻座にゆく。清六さん入口に待つて居らる。島貫さんも居る。ボワイヱ、ダリユーのフランス映画。四時前に終る。


昭和22年(1947)2月16日の日記より 光太郎65歳

清六さん」は、賢治実弟の宮沢清六、「子息さん」は賢治親戚の歌人・関登久也の子息、「島貫さん」は島貫太吉という山形米沢の医師です。

ボワイヱ」は、シャルル・ボワイエ、「ダリユー」はダニエル・ダリュー。ともにフランスの俳優です。光太郎が観た映画の題名は明記されていませんが、昭和11年(1936)制作の「うたかたの恋」ではないかと思われます。この映画は戦前の日本では検閲により公開禁止、戦後、昭和21年(1946)になって公開されました。
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全国31局のコミュニティFM局でオンエアされているラジオ番組で、「仮面女子 雪乃しほりのワクワクサワー」という番組があるそうです。

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そちらで、「智恵子抄」へのオマージュ的な「ほんとうの空・青い空」というラジオドラマが放送されるそうです。ネット局によって放送日時が異なりますが、8月17日(月)~8月23日(日)にかけてとのこと。


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画像クリックで拡大します。


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オンラインでも、ウェブサイト/スマホアプリの「ListenRadio(リスラジ)」を使えば聴取可能のようです。

ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

日本画なんか日本で威張つてゐるけれども、向ふの絵の側に持つていつて見ると、影法師で、薄つぺらで、見られやしない。さういふことがわかつて来て、それで本格的な絵ができて来る。

座談会筆録「菊池寛・尾崎士郎・高村光太郎文化鼎談」より
昭和16年(1941) 光太郎59歳

6月18日の収録です。この日に行われた大政翼賛会中央協力会議に各界代表として出席し、発言した菊地・尾崎と共に行った座談会の筆録から。

光太郎の日本画嫌いは筋金入りで、他にも同様の発言は多々見られます。実際、戦後になると、東山魁夷ら新しい日本画家は、西洋画に伍する新しい日本画の創出に腐心したわけで、その意味では光太郎の予言通りになったということになります。

このブログで時折取り上げさせていただいている、宮城県女川町の「いのちの石碑」。東日本大震災の後、当時の中学生たちが考案した、津波到達地点より高い場所のランドマークとして、同じ女川町にあった光太郎文学碑に倣い、設置費用全額を募金で集め、建てられ続けているものです。

計画では全21基を、町内の海岸にくまなく設置するということですが、18基目が今年の3月に完成披露、さらに国土地理院さんが制定した「自然災害伝承碑」にも登録されました。

女川町の『広報おながわ』、先月号。うっかりネットで見るのを失念していまして、つい先日、気がつきましたが、18基目の設置について取り上げられています。

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表紙は、やはり東日本大震災がらみで、津波で横倒しになった旧女川交番。こちらは今年、震災遺構として整備が完了しました。

それから、ラジオ番組で「いのちの石碑」が取り上げられますので、紹介いたします。 

復興支援PROGRAM Hand in Hand 1000年後の命を守るために。今年21の浜に完成「女川いのちの石碑」

TOKYO FM   2020年5月9日(土)  8:00~8:25無題2
FM大阪      2020年5月9日土)  21:30~21:55
FM AICHI     2020年5月14日(木) 20:00~20:25
FM福岡      2020年5月9日(土) 9:30~9:55
AIR-G (北海道) 2020年5月10日(日) 21:30~21:55
DATEFM(仙台) 2020年5月10日(日) 9:30~9:55
ふくしまFM    2020年5月10日(日) 9:30~9:55
広島FM      2020年5月10日(日) 8:00~8:25


2011年3月11日に発生した「東日本大震災」は、巨大な津波によって1万8000人を超える死者・行方不明者を出し、さらには福島第一原発の爆発事故を招き、今なお約5万2千人に及ぶ方が避難生活を余儀なくされています。
そして2015年、鬼怒川を決壊させた「関東・東北豪雨」、2016年「熊本地震」、2017年「九州北部豪雨」、2018年 「西日本豪雨」、そして「北海道胆振東部地震」と、もはや災害列島と言っていいほど、日本では毎年のように 自然災害が発生し、多くの被害をもたらしています。
しかしながら2018年の西日本豪雨を例に取れば、そのとき避難勧告、避難指示が出ているにもかかわらず、
実際 に避難行動をとった人は、わずか1%台にとどまりました。
これほど災害が頻発しているにもかかわらず、どれほどの人が自分の住む地域の災害リスクを認知し、
いざという時に取るべき行動を理解しているのでしょうか。
そして災害が起こった地域では、懸命の復旧、復興への歩みが始まりますが、傷ついた地域からは子育て世帯が減り、過疎と高齢化が加速する・・・、これもまた、被災地の抱える大きな問題となっています。
災害から得た教訓を自分のこととして共有し、そして復興、地域の再生へ励む人たちを応援する・・・、それこそがこのプログラム、「Hand in Hand」が中心に据える想いです。


それから、終わってから気づいたのですが、やはりTOKYO FMさんを中心に、FM AICHIさん、広島FMさん、そしてエフエム青森さんでは、3月まで、同じような趣旨の番組「LOVE&HOPE ヒューマンケアプロジェクト」という番組を放送していました。で、TOKYO FMさんで3月6日(金)にオンエアされた回が、やはり「いのちの石碑」関連でした。 

女川いのちの石碑 18基目の石碑が完成

宮城県女川町「女川いのちの石碑」。震災当時、女004川第一中学校の1年生が町内にある21の全ての浜に、津波到達地点より高い場所に石碑をたてて、避難の大切さを伝えようという取り組み。先日18基目の石碑が完成し、その披露式が行われました。
プロジェクトメンバーの阿部由季さんと、女川中時代の担任教師・阿部一彦先生に話を聞きました。

◆「1000年後の命を守るため」
(阿部由季さん)宮城県女川町大石原浜に18基の石碑が立ちました。最後の21基目の石碑が女川小中一貫校に11月22日に立つ予定です。まず1000万円集まったということがすごすぎて、周りの方々005が支援していただいたおかげ。この石碑が3月11日のことを思い出すきっかけにもなると思うし、地域の方々はもちろん、小中学生も目にすると思うので、まだ生まれていなかった子もいると思うので、これを見て「あ、地震が来たら逃げなきゃいけないんだ!」と思う人もいると思います。「1000年後の命を守る」というのは遠い話だけど、わたしたちも自分の子どもや孫に語り継いでいって、同じ思いをしないでほしいと思っているので、これが少しでも役にたてたらいいなと思います。

◆「21基立てて、そこからがスタート」
(阿部一彦先生)子どもたちが先日言っていたことは。「21006基立てて終わりと思っている人もいるが、わたしたちにとっては違う。21基を立てて、そこからがスタートなんです」と。本当にそうおもっているんだろうなあということをひしひしと感じる9年目。この子たちはたぶん死ぬまで活動を続けるんだろうな、おじいちゃん、おばあちゃんの姿を見て、次の子どもたちも活動を続けるんだと思う。

「1000年後の命を守る」というのが、子どもたちの旗印です。これまで建立した石碑のうち15基がすでに「自然災害伝承碑」として国土地理院のウェブ地図に掲載されています。

またこの石碑を案内する「語り部」の活動もしています。毎月第3日曜日、10時に女川駅前集合とのことです。


当方、ラジオはあまり聴かないので存じませんでしたが、こうした硬派の番組を、しかも民放さんで制作しているのですね。

「復興支援PROGRAM Hand in Hand」、聴取可能な地域の方はぜひお聴き下さい。


【折々のことば・光太郎】

美かぎりなし  短句揮毫  戦後期?

彫刻や絵画など造型芸術の「美」、詩歌などの言葉としての「美」、それらを融合させた「書」の「美」、そして人の心が包含する「美」もイメージしていたのではないでしょうか。

一昨日から昨日にかけ、愛車を駆って一泊二日で仙台方面に行っておりました。

メインの目的は、光太郎智恵子と関係のないところで、この春、ようやく大学卒業の運びとなった息子の引っ越しの手伝いです。修士課程に進んだわけでもなく、医学部でも薬学部でもないのに、なぜか6年間も大学に在籍しやがったスネかじりです(笑)。

荷造りや当方の車に積み込むべきものの搬入が終わったところで、息子のアパートにほど近い(車で十数分)寺院を訪れてみました。青葉区の慈雲山資福寺さん。

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仙台三十三観音の一つに数えられ、鎌倉時代の開山(その後移転しているそうですが)、伊達家にもゆかりの古刹です。境内には仙台ゆかりの土井晩翠の碑などもありました。

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なぜこちらを訪れたかというと、ご本尊が光太郎の父・光雲の作だという情報を得ていたためです。ただ、ご本尊というからには本堂なのか、それとも観音堂という堂宇もあるのでそちらなのか、よくわかりません。

下記が本堂。新しい建築のようでしたが大きく立派でした。

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観音堂はこちら。

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訪れたのが日没少し前、どちらも扉か閉ざされていて、また、説明板等もなく、何とも分かりませんでした。もうすこし早い時間でしたら庫裡をおとない、お話を伺うところでしたが、遠慮しました。

まぁ、場所はわかりましたので、再訪したいと思っております。こちらは別名「あじさい寺」とのことで、その季節がいいかもしれません。

また、同じ青葉区で、やはり仙台三十三観音の一つ大鶴山昌繁寺さんの観音様は、補修の際に光雲の手が入っているそうで(こちらは確実な情報です)、いずれそちらにも、と思っております。

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おまけ。資福寺さんの駐車場にいた猫さん(笑)。

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その後、息子と共に、息子がアルバイトをしていたという居酒屋さんで夕食。車ですのでアルコールは飲みませんでしたが(そうでなくても最近アルコールを摂取する習慣がなくなりましたけれど)、新鮮な海の幸等を堪能いたしました。

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息子と別れ、当方は亘理町へ。

宿泊先がこちら。

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ファミリーロッジ旅籠屋さん仙台亘理店。全国チェーンで、格安の宿です。何年か前にテレビ東京さんの経済番組か何かで見て(他店だったと記憶していますが)、「ほう」と思っておりました。アメリカ映画に出て来るカーホテル的な感じで、一泊朝食付き5,500円。朝食といってもパンとコーヒーとオレンジジュースのみですが、当方も光太郎同様、朝食はパン派ですのでかえってありがいところです。

ちょっと歩くと阿武隈川。智恵子の故郷・福島二本松も流れている川で、光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)に、「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」と謳われています(さすがに亘理から安達太良山は見えませんが)。1泊したあと、昨日の朝、歩いて行ってみました。

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2㌔㍍ほどで河口ですので、鷗の姿も。

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このあたりも、東日本大震災、そして昨年の台風19号による被災があったわけで、そんなことを思いつつこの景色を眺めておりました。

宿に帰り、朝食を摂りながらテレビを観ていると、このあと雪の天気予報。積もるようだと厳しいので、急いで帰途に就きました。

亘理ICから常磐道を南下。昨日のブログでご紹介した、NHKラジオ第一さんの「石丸謙二郎の山カフェ」を、カーラジオで拝聴しました。光太郎のエッセイ「山の春」から抜粋で石丸さんが朗読。戦争責任を痛感しての蟄居、という話にはなりませんでしたが、光太郎が戦後、山村で暮らしていたこと、他にも「山の雪」、「山の秋」などのエッセイもあることなども紹介して下さいました。

福島・茨城の県境あたりは雪になりましたが、積もるほどではなく、関東平野に下りたら雨となり、無事帰宅。ほぼほぼトンボ返りで少々疲れました。いずれまたゆっくり再訪したいところです。

というわけで、「仙台方面レポート、終わります。


【折々のことば・光太郎】

趣味は実用を旨とし極めて単純(一見有趣味に見ゆるものは多く趣味低きものと見て差支なし。俗画家の年頭絵葉書の如きは此の適例。)

アンケート「書斎を如何に改善すべきか」より
 大正8年(1919) 光太郎37歳


光太郎、これに限らず、随所で「用の美」といった持論を展開しています。それにしても「俗画家」とは、手厳しいですね。


第64回連翹忌――2020年4月2日(木)――にご参加下さる方を募っております。詳細はこちら。新型コロナウイルス対策でイベントの中止等が相次いでおりますが、十分に感染防止に留意した上で、今のところ予定通り実施の方向です。ただし、現在、関係各方面と開催か中止か協議中です。ご意見のある方、コメント欄(非公開も可能です)よりお願いいたします。

来る4月2日(木)に日比谷松本楼様に於いて予定しておりました第64回連翹忌の集い、昨今の新型コロナウイルス感染防止のため、誠に残念ながら中止とさせていただくことに致しました。

昨日から仙台方面に来ております。光太郎智恵子、光雲等と直接関係のない用事がメインですが、そこを無理くり光太郎関連にしてしまうのが当方で、まぁ、そのあたりのレポートはまたのちほど。

まずラジオ番組のご紹介を。情報を得たのが昨日でして、もう今日のオンエアです。おそらくこの記事を目にされる方、ほとんどは放送終了後になってしまうかと存じますが、こういうのがあったんだ、ということで。 

石丸謙二郎の山カフェ「春を感じよう!」8時台

NHKラジオ第一 2020年3月14日(土) 午前8時05分~8時55分

山の日だまりで、朝日に輝く山々や森をながめつつ、コーヒーをいれてほっと一息・・・。そんなひとときをイメージしたラジオ番組が、「山カフェ」です。カフェのマスターこと、パーソナリティをつとめるのは、登山歴40 年になる石丸謙二郎。山を愛する多彩な方々をお客さまに迎え、飾らないトークを楽しみます。

山小屋や今まさに山に登っている方々と電話をつなぐ「山からおはよう」や、古今東西の山岳図書を紹介する「マスターの本棚」などのコーナーも。皆さんからの、心に残る山のエピソード、とっておきの写真も大募集しています。土曜の朝、いっしょに山に想いをはせてみませんか?

今年度最後の山カフェは「春の山を感じよう!」がテーマです。皆さんの好きな春の山、おススメや思い出のお便り、お待ちしています。マスターの朗読で春山気分を味わう「空想登山」、どの山の描写なのか、わかったら是非ご応募下さいね。「山からおはよう」は丹沢蛭ヶ岳山荘から。「マスターの本棚」は高村光太郎「山の春」をご紹介します。


【司会】石丸謙二郎,山本志保

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「山の春」は、昭和26年(1951)、雑誌『婦人之友』に載ったエッセイで、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に蟄居していた頃のものです。そのまま題名通りの内容で、山小屋周辺の厳しい冬が過ぎ、春の訪れがこのようにやってくる、ということを味わい深く紹介しています。

ちなみに同じ『婦人之友』には、これ以外にも前後して「山からの贈物」、「山の雪」、「山の人々」、「山のともだち」といった詩文を寄稿しており、当方、勝手に「山」シリーズと呼んでおります。


続いてテレビ。3月2日(月)に放映された、NHK Eテレさんの「にほんごであそぼ」の再放送があります。 

にほんごであそぼ 「レモン(1)レモン哀歌」

NHK Eテレ 2020年3月16日(月) 午前6時35分~午前6時45分/ 午後5時00分~午後5時10分

日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら『日本語感覚』を身につける番組。言葉を覚え始めるお子さんから大人まで、あらゆる世代の方を対象に制作しています。

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた「レモン哀歌」高村光太郎、ひゃくにん・いっしゅの百人一首劇場/瀬を早み岩にせかるる瀧川の われても末に逢はむとぞ思ふ(崇徳院)、童謡「鉄道唱歌」、うた「うれしや歌舞伎 ~三人吉三・髪結新三~」

出演 美輪明宏 中村勘九郎 中村勘太郎 小錦八十吉 おおたか静流 池田鉄洋 中村いてう 中村仲助 ほか

月曜から木曜まで、4回分の放送が「レモン」特集でした。そこで、光太郎の「レモン哀歌」(昭和14年=1939)。

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この詩はご存じの通り、智恵子の臨終を謳った詩ですので、子供さん向けにはどうなのかな、と思っていたのですが……。

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「かなしく白くあかるい死の床で」、「かういふ命の瀬戸ぎはに」、「あなたの機関はそれなり止まつた」といった、「死」を連想させる部分は扱われませんでした。

番組の前半、後半でお二人のお子さんが朗読されていますが、それぞれ画像にある4フレーズのみ。

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それでも、この詩の持つ清冽なイメージは、ある程度伝わると思いました。

ご覧になっていない方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

夏の朝食は大てい焼麺麭(トースト)に茶です。

アンケート「名流の銷夏生活」より 大正4年(1915) 光太郎33歳

ここでいう「茶」は、おそらく紅茶でしょう。そしてレモンを浮かべてレモンティーにしていたのでは、と思われます。やはり大正期の回想として、光太郎智恵子と交流のあった詩人の上田静栄は、駒込林町の住居兼アトリエで当時としては珍しかったレモネードをふるまわれたことを書き残しています。

第64回連翹忌――2020年4月2日(木)――にご参加下さる方を募っております。詳細はこちら。新型コロナウイルス対策でイベントの中止等が相次いでおりますが、十分に感染防止に留意した上で、今のところ予定通り実施の方向です。ただし、現在、関係各方面と開催か中止か協議中です。ご意見のある方、コメント欄(非公開も可能です)よりお願いいたします。

来る4月2日(木)に日比谷松本楼様に於いて予定しておりました第64回連翹忌の集い、昨今の新型コロナウイルス感染防止のため、誠に残念ながら中止とさせていただくことに致しました。

情報を得るのが遅れまして、今日の放送です。 

ベストオブクラシック 福島県棚倉町公開収録~小林沙羅&山本耕平デュオ・リサイタル005

NHK FM 2020年2月24日(月) 午後7:30~午後9:10(100分)

「約束」                   ロッシーニ作曲
 3分36秒  ソプラノ 小林沙羅  ピアノ 河原忠之

「薔薇」                    トスティ作曲
 3分52秒  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「この道」          北原白秋・作詞、山田耕筰・作曲
 3分13秒  ソプラノ 小林沙羅  テノール 山本耕平
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「くちなし」        高野喜久雄・作詞、高田三郎・作曲
 3分17秒  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「或る夜のこころ」     高村光太郎・作詞、中村裕美・作曲
 5分20秒  ソプラノ 小林沙羅  ピアノ 河原忠之


「四行詩」          中原中也・作詞、泉谷閑示・作曲
 2分41秒  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「小さな空」           武満徹・作詞、武満徹・作曲
 4分12秒  ソプラノ 小林沙羅 テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「歌劇「愛の妙薬」から二重唱「ララ、ラララ」」ドニゼッティ作曲
 10分20秒  ソプラノ 小林沙羅 テノール 山本耕平   ピアノ 河原忠之   

「喜歌劇「メリー・ウィドー」から「唇は黙して」」レハール作曲
 3分24秒  ソプラノ 小林沙羅  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「喜歌劇「ほほえみの国」から「きみはわが心のすべて」」レハール作曲
 3分33秒  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之
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「喜歌劇「チャールダーシュ姫」から「ハイヤ!山こそわが故郷」」カールマーン作曲
 3分14秒  ソプラノ 小林沙羅  ピアノ 河原忠之

「歌劇「アルルの女」から「ありふれた話」」   チレーア作曲
 4分08秒  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

「歌劇「ルサルカ」から「月に寄せる歌」」  ドボルザーク作曲
 5分36秒  ソプラノ 小林沙羅  ピアノ 河原忠之

「歌劇「椿姫」から 「燃える心を」「さようなら、過ぎ去った日よ」
「パリを離れて」乾杯の歌「友よ さあ飲み明かそう」」ヴェルディ作曲
 15分30秒  ソプラノ 小林沙羅  テノール 山本耕平
           ピアノ 河原忠之

「コンテ・パルティロ」  クアラントット作詞、サルトーリ作曲
 3分50秒  ソプラノ 小林沙羅  テノール 山本耕平  ピアノ 河原忠之

 2020年1月25日~福島県・棚倉町文化センター倉美館で収録~


ソプラノ歌手・小林沙羅さんによる、光太郎詩に中村裕美さんが作曲なさった「或る夜のこころ」が含まれています。

「或る夜のこころ」、公的な初演は平成27年(2015)9月の「ライフサイクルコンサート 雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第3回 小林沙羅 麗しきソプラノの旅」、会場は晴海の第一生命ホールさんで、当方、拝聴に伺いました。

昨秋リリースされた小林さんのニューアルバム「日本の詩(うた)」にも収録されています。

1月25日(土)の公開収録については、このブログでご紹介できませんでした。調べてみましたところ、棚倉町さんやNHKさんのサイトに情報が出てはいましたが、細かな曲目まで記されていなかったもので、当方の検索網に引っかかりませんでした。

その代わりといっては何ですけれど、また近くなりましたら改めてご紹介しますが、この福島棚倉での公開収録の模様は、3月27日(金)に、やはりNHKさんでテレビ放映もあります。

それから、今週末あたりにご紹介するつもりなのですが、3月12日(木)に行われる小林さんのリサイタルでも演奏される予定になっています。

まずは今夜のFM放送、ぜひお聴き下さい。


【折々のことば・光太郎】

私の魂は既に遠い未来の世界に住んでゐる。どの位遠いか分らない程遠い世界に生活してゐる。科学と哲学との発達により、人類の智慧と生理とが例外無しに一様に進む時代が来たら、いつかは行きつくに違ひないと思はれる未来の世界は、実にわけの分つた、おだやかな、きれいな、喜怒哀楽がむしろ深い滋味として人々に感ぜられるような、透徹した人間生活によつて形成せられてゐる。従つて私の内心のモラルも幾分其の世界のモラルに影響されざるを得ない。
散文「かういふわけ」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳

これが書かれて80年余り、まだ2020年の世界は「科学と哲学との発達により、人類の智慧と生理とが例外無しに一様に進」んでも居らず、「実にわけの分つた、おだやかな、きれいな、喜怒哀楽がむしろ深い滋味として人々に感ぜられるような、透徹した人間生活によつて形成せられて」いないと言わざるを得ませんね。

昨夜、NHK BSプレミアムさんで放映された「にっぽんトレッキング100 満喫!紅葉ワンダーランド~安達太良山&磐梯山~」を拝見しました。

智恵子の故郷、福島二本松に聳え「ほんとの空」があると語った安達太良山、そして心を病んだ智恵子が光太郎にもたれ「わたしもうぢき駄目になる」とつぶやいた磐梯山。それぞれの絶景がふんだんに取り上げられました。

しかし、この手の番組で以前はよくあった、枕としての「高村光太郎の『智恵子抄』で「ほんとの空」がある山と謳われた安達太良山」という紹介がなく、代わって「古くは『万葉集』に詠まれた安達太良山」となっていました。やはり令和改元による影響でしょうか。まったく、意外なところで強力なライバルが出現したものです(笑)。

めげずに紹介し続けます(笑)。まず、話の流れで安達太良山系。 

ココに福あり fMAP「温泉より愛をこめて」

NHKBSプレミアム 2019年11月24日(日)  5時00分~5時30分

全国5位130をこえる温泉地がある福島県。その恵みを私たちが享受できるのは、知られざる「人の力」のおかげだ。二本松市の岳温泉に湯を届けるため、雪山に毎週登る男たち。つげ義春の漫画で知られる天栄村の二岐温泉を守るため、ブナの原生林を守った人。金山町の大塩温泉では、日本有数の「炭酸の湯」を集落の共有財産として守り、恵みを分かち合ってきた。福島の自然が生み出す宝物「温泉」をめぐる三つの物語をお届けする。

ココに福あり fMAP」という番組、NHK福島放送局さんの制作で、福島では総合テレビでおおむね毎月第二金曜日の夜に放映されているそうです。そちらが系列のBSプレミアムさんで放映されます。

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今回放映されるのは、福島では昨年3月に放映された回です。したがって、令和改元前なので、「古くは『万葉集』に詠まれた安達太良山」ではなく「高村光太郎の『智恵子抄』で「ほんとの空」がある山と謳われた安達太良山」という紹介がされていてほしいものです(笑)。

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続いてラジオ番組。こちらは完全に「智恵子抄」系です。 

スペシャルプログラム Sound Travelogue ~沢木耕太郎、日本を旅する~ ラジオドラマ 高村光太郎「智恵子の紙絵」

FMヨコハマ84.7 2019年11月28日 24:00~深夜1:00007

作家、沢木耕太郎が日本を旅する番組。今回の舞台は会津若松。高村光太郎「智恵子の紙絵」のラジオドラマとともに、福島の旅の魅力の詰まった「Sound Travelogue=音の紀行文」をお楽しみください。


出演 沢木耕太郎、佐々木望、杉原夕紀、池田理恵 ほか


FM放送ですので電波の届く範囲が限られますが、聴取可能な地域の方、ぜひどうぞ。当方自宅兼事務所のある千葉県は微妙なところです。ただ、昨今はインターネットでもラジオが無料聴取できます(それも地域によりけりですが)ので、そちらで拝聴します。


もう1件。紅葉のライトアップがなされている京都知恩院さんがらみのテレビ番組です。

京都紅葉生中継2019~皇室ゆかりの秋を訪ねて~

BSイレブン 2019年11月24日(日)  19時00分~20時54分

◆晩秋の京都から、鮮やかに色づいた紅葉を かつては宮廷人や平安貴族が風流を楽しむための遊びだった「紅葉狩り」。 町民文化が大きく花開いた江戸時代以降は庶民にも広がり、現代に生きる私たちにも、その儚く美しい姿を見せてくれます。 KBS京都・BS11共同制作『京都紅葉生中継2019』。元号が“令和"となり、天皇陛下即位の礼も行われた本年は、“皇室ゆかりの秋を訪ねて"をテーマに、世界遺産・仁和寺から生放送いたします。◆メイン放送席は、皇室ゆかりの世界遺産“仁和寺" 平成6年(1994)に世界遺産に登録された、仁和寺。平安時代の宇多法皇以来、明治維新に至るまで皇子皇孫が仁和寺の門跡を相続し、御室御所とも呼ばれ親しまれてきました。京都には多くの門跡寺院がありますが、そのはじまりが仁和寺です。 遅咲きの御室桜が有名ですが、実は紅葉の名所でもあり、本年、史上初めて本格的なライトアップを実施しています。◆“皇室ゆかりの名所にある紅葉"を、生中継とVTRで紹介

生中継(予定) ※日本で唯一の皇室の菩提寺である、泉涌寺別院『雲龍院』 ※後嵯峨天皇の勅願寺にして、昨年770年ぶりに公開された『新善光寺』 ※江戸時代に仮御所としても使用された“粟田御所"『青蓮院門跡』 ※9年ぶりに方丈庭園が夜間公開される門跡寺院『知恩院』◆“皇室ゆかりの名所にある紅葉"を、生中継とVTRで紹介


司会 竹内弘一(KBS京都アナウンサー)  八木菜緒(BS11アナウンサー)
ゲスト 賀来千香子(女優)  東儀秀樹(雅楽師)
解説 所功(京都産業大学 名誉教授)
リポーター  村田千弥(フリーアナウンサー)  大倉未沙都(タレント)


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光太郎の父・光雲の手になる聖観音像が取り上げられるといいのですが……。


【折々のことば・光太郎】

私は元来芸術に於ける手技を中々貴ぶものだ。手技を追ふものではないが、手技の純芸術的世界にも深い法悦を感じるものだ。線を目送し、描出を味はひ、色調を静観してゐる事のうちに言ひ知れぬ深い世界を見るのである。

散文「岸田君の芸術の事」より 大正10年(1921) 光太郎39歳

ここで言う「手技」は、「技法」の意。造型芸術に携わる以上、基本的な技法には通じていなければならないということでしょう。ただ、あまりにそうしたテクニックのみに拘るのはよくない、とも。

「岸田君」は岸田劉生。劉生の絵には、そうした「手技」が理想的な形で使われているという話の流れからの発言です。

現在発売中の『週刊朝日』さん。

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2ページの短いものですが「文豪たちが聞いた「玉音放送」」という記事が載っています。

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写真は載っていませんが、小見出し的に「五体をうたれるショックを受けた高村光太郎」。

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8月17日、『朝日新聞』や『岩手日報』に掲載された、詩「一億の号泣」に関し、光太郎の動向。その後の7年間の蟄居生活にも触れられています。

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「市内の鳥谷崎神社」とありますが、昭和20年(1945)当時はまだ花巻に市制が施行されていませんので、正しくは「町内」ですが。鳥谷崎(とやがさき)神社、「一億の号泣」についてはこちら

光太郎以外に取り上げられているのは、永井荷風、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、高見順、武者小路実篤、井伏鱒二、三島由紀夫、川端康成、太宰治、佐藤春夫、吉村昭。
いかにもその人らしい、と思われるエピソードもあれば、意外な感のするそれもあり、興味深く拝読しました。

ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

詩とは不可避なり  短句揮毫  戦後

画像は昭和23年(1948)、詩人の真壁仁に贈った書。

昭和3年(1928)、当会の祖にして光太郎と最も交流の深かった詩人・草野心平の第一詩集『第百階級』の序文に、「詩人とは特権ではない。不可避である。」と書いた光太郎。「不可避」の語は他にも好んで使用していました。会話の中では口ぐせ的に「やみがたい」という語をよく使っていたそうですが、「不可避」と通じる部分が在るように思われます。

「不可避」一語の揮毫も存在しますが、『高村光太郎全集』の「短句」の項では、基本的に一語のみのものは登録されていません。

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4件ほどご紹介します。

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2019年3月1日(金) 6時35分~6時45分  再放送 17:00~17:10

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今回は、花鹿亭/「テスト」瀧川鯉八、ヨシタケシンスケ僕の前に道はない僕の後ろに道はできる「道程」高村光太郎、野村萬斎/ややこしや「まちがいの狂言」高橋康也、百人一首/恋すてふわが名はまだき立ちにけり…(壬生忠見)、名文/祗園精舎、歌/蜘蛛の糸

出演 美輪明宏 野村萬斎 野村裕基 おおたか静流 うなりやベベン 瀧川鯉八 ほか

2月15日(金)に初回放映のあったものの再放送です。過去の映像の使い回しで、ヨシタケシンスケさんのイラストにのせ、坂本龍一さん作曲の「道程」が流れます。

アーサー・ビナード 午後の三枚おろし

文化放送 2019年3月1日(金) 17:34~17:44 

詩人、アーサー・ビナードが、特定のテーマ(例:「チャップリン」や「歴代の総理大臣」など)を取り上げ、今につながる“考えるヒント”を提供する番組。朝は「武田鉄矢今朝の三枚おろし」、午後は「アーサー・ビナード午後の三枚おろし」でお楽しみください。
今週は「恋し合っているかい?」をテーマに、文豪と呼ばれた5人の作家たちが書いたラブレターを紹介します。 (月)芥川龍之介 (火)樋口一葉 (水)太宰治 (木)石川啄木 (金)高村光太郎

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「斉藤一美のニュースワイド SAKIDORI !」という番組の中のコーナーだそうです。

おそらく、結婚前に光太郎から智恵子に宛てた、大正2年(1913)の1月28日の書簡が紹介されるのではないでしょうか。この書簡は、確認できている限りほぼ唯一、奇跡的に残っている光太郎から智恵子への「ラブレター」的なもので、昨年、宝島社さんから刊行された『文豪たちのラブレター』、平成25年(2013)にNHKさんで放映された「探検バクモン 男と女 愛の戦略」、故・渡辺淳一氏著『キッス キッス キッス』(平成14年=2002)などでも取り上げられました。

どーも、NHK

NHK総合 2019年3月3日(日) 11時20分~11時54分

おすすめ番組を紹介する▽週刊どーもナビ:「Nスペ “黒い津波”知られざる実像」「落語ディーパー!」「めざせ!オリンピアン」「ドラマ“女川 いのちの坂道”」など、1週間の見たい番組、気になる番組が見つかるかも▽NHKの取り組みを紹介!

司会 今泉マヤ 中條誠子

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3月9日(土)にNHK BSプレミアムさんで放映されるスペシャルドラマ「女川 いのちの坂道」の紹介があります。このドラマ自体についてはまた改めてご紹介します。

おはなしのくにクラシック 「短歌」

NHK Eテレ 2019年3月4日(月) 9時10分~9時20分

近代以降、正岡子規によって確立された短歌は、石川啄木、斉藤茂吉、与謝野晶子らによって、時代ごとの心情を映してきた。俵万智にまでつながる短歌の歴史とその魅力を知る。

出演 白井晃  語り 小林ゆう

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光太郎智恵子には触れられませんが、光太郎の師・与謝野晶子、さらに新詩社での兄弟弟子・石川啄木が取り上げられます。

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それぞれぜひご視聴ください。


【折々のことば・光太郎】

私は鳥獣を飼ふのがいやで、殊に馴らすのがきらひだ。自然に馴れるのは文句は無いが、巣から雛をとつたり、空腹にして置いて餌で馴らしたりすののがいやだ。小鳥を馴らして自分の口からカステラ等を喰はしてゐる写真を見ると嘔吐を催すやうだ。

散文「某月某日」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

光太郎、画家の岡田三郎助からもらった黒猫を飼っていた時期もありましたが、猫かわいがりはせず、餌など猫が自分でネズミを捕って何とかしていたそうです。

他にも、同じ文章で語っていますが、木彫のモデルにするために鳥や魚を飼育することはあっても、用が済めば放してやっていたとのこと。

連作詩「猛獣篇」で、駝鳥やライオンなど、動物園に居る動物たちの悲哀に仮託して自らを語っていた光太郎ならではですね。

テレビ放映情報、4件ほど。  

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2019年2月15日(金)6時35分~6時45分  
        再放送 17時00分~17時10分・3/1(時間同じ)

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今回は、花鹿亭/「テスト」瀧川鯉八、ヨシタケシンスケ/僕の前に道はない僕の後ろに道はできる「道程」高村光太郎、野村萬斎/ややこしや「まちがいの狂言」高橋康也、百人一首/恋すてふわが名はまだき立ちにけり…(壬生忠見)、名文/祗園精舎、歌/蜘蛛の糸

出演  美輪明宏 野村萬斎 野村裕基 おおたか静流 うなりやベベン 瀧川鯉八 ほか

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この番組、何度か「道程」を取り上げて下さっています。その際の映像の使い回しなのか、新作なのか、不明ですがとりあえず。

ドラマ"女川 いのちの坂道"メイキング

NHK BSプレミアム  2019年2月17日(日)  17時20分~17時25分

全編ドローンで描くドラマ「女川 いのちの坂道」。震災で深刻な被害を受けた宮城県女川町。12歳で被災した咲が恋人翔太とたどる青春ロードムービー。その舞台裏に密着!

東日本大震災で甚大な被害に見舞われた宮城県女川町。卒業間際で被災した子供たちは「1000年後のいのちを守ろう」と、あの日津波が到達した場所に『いのちの石碑』を建てる活動を続けている。ドラマはその実話をもとに今年20歳になる若者たちの青春群像をロードムービータッチで描く。このドラマの見どころは異例の全カットドローン撮影。放送に先立ち、その舞台裏をメイキング映像も織り交ぜ、余すところなく伝える。

出演 平祐奈 平埜生成

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3/9(土)に、やはりNHK BSプレミアムさんで放映されるスペシャルドラマ「女川 いのちの坂道」の番宣番組です。

かつて女川町に建っていた、昭和6年(1931)の光太郎の女川来訪を記念する「高村光太郎文学碑」の精神を受け継ぎ、費用全額を寄付で集めた「いのちの石碑」をめぐる実話を元にしたドラマです。その建立に携わっている若者たちは、今年、成人式を迎えました。3/9の本編と併せてご覧下さい。

 

ブラタモリ #126 パリ ~パリはなぜ華の都になったのか?~ 

NHK総合 2019年2月16日(土) 19:30~20:15

ブラタモリ海外編、第2弾はフランスのパリ!
「凱旋門」や「エッフェル塔」などの観光地や美しい町並み。さらにファッション、アート、グルメを求め、世界中から集まる観光客は実に年間2360万人!世界の人気観光地ランキングでもナンバーワンの街です。そんなパリを形容する言葉としておなじみなのが“華の都”。なぜ、パリは人でにぎわう美しい“華の都”になったのでしょう?その秘密にタモリさんが迫ります。
まずは有名な「ノートルダム大聖堂」があるシテ島へ。実はここ、2000年に渡ってパリの“中心”とも言える場所。その証拠が大聖堂の足元にあると言うのですが・・・???謎のマークの上で、ぐるぐると回る外国人観光客とタモリさんが国際交流!?さらに、町のなかでみつけた奇妙な段差。実はこれ、超大規模な町の改造の痕跡。さらにそこからパリを代表するオープンカフェが誕生した・・・ってどういうこと?
そしてあるホテルの地下に入っていくと、なぜかそこに、現れたのは「謎の都市」だった???誰も知らない、パリの意外な姿があきらかに!

出演 タモリ 林田理沙   語り 草彅剛

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ブラタモリ #127 パリの美 ~パリはなぜ華の都になったのか?~

NHK総合 2019年2月23日(土) 19:30~20:15

舞台はフランス・パリ。今回こだわるのはパリの「美」です。数多くの美術館があり、著名な芸術家を生み出してきたパリは、まさに芸術の都。統一された建築物と街角のブロンズ像や彫刻はパリの美しさを引き立てています。実はこれも、パリ独自の「地形」「地質」と関係があった???「コンコルド広場」「オペラ座」「凱旋門」「モンマルトルの丘」をめぐりつつ、「美」と「地質」の意外な関係をブラタモリ的視点からひもときます。
パリと言えば、特徴的なのは白く美しい建物の数々。統一感のある道沿いの建物には、さまざまな制限がかけられています。中でもその統一感を決定づけているのは「石材」。その大量の白い石材は何?そして一体どこから持ってきたのか?その答えは、パリ市内の中心部、地下20メートルにあった?
さらに凱旋門の屋上にも上ったタモリさん。そこで目にした、美しきパリの風景とは?

出演 タモリ 林田理沙   語り 草彅剛

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一昨年には「#81 十和田湖・奥入瀬 ~十和田湖は なぜ“神秘の湖”に?~」で、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を映してくださった「ブラタモリ」。過日放映のローマ編につづき、2週連続で、光太郎が1年近くを過ごしたパリを取り上げます。光太郎の名はおそらく出てこないとは思いますが、1週目には詩「雨にうたるるカテドラル」(大正10年=1921)に謳われたノートルダム大聖堂などが紹介されますし、2週目では「パリの美」ということですので、光太郎の心の師・ロダンには触れていただきたいものです。

まだ放送予定が出ていませんが、再放送があるはずですので、本放送後にレポートします。


それぞれぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

風雪の為すがままにまかせて、しかも必然の理法にたがはず、内から営々と仕事してゐる大地の底知れぬ力にあふと、私の心はどんな時にもふるひ立つ。百の説法を聴くよりも私の心は勇気をとりかへす。自然のやうに、と思はずにゐられなくなる。

散文「満目蕭條の美」より 昭和7年(1932) 光太郎50歳

「寒い、寒い」とちぢこまっていては駄目なのですね(笑)。

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自宅兼事務所近くの田園風景です。

ラジオ番組とテレビ番組の情報です。 

サマースペシャル「まだまだ夏は終わらない!篠原ともえの安達太良山ガール計画」

TOKYO FM 2018年8月24日(金)00120:00~20:55

篠原ともえが福島県の安達太良山を旅する特別番組 東京FMサマースペシャル「まだまだ夏は終わらない!篠原ともえの安達太良山ガール計画」がオンエアされます!

安達太良山周辺の渓谷や温泉に癒やされ、 福島の美味しい食材を使ったBBQを堪能♪ぜひ山ガールな篠原さんと大地の恵みを感じる旅をお楽しみください☆

出演 篠原ともえ 他

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FM放送なので聴取可能地域が限定されますが、とりあえず。また、当方、ほとんど使ったことがありませんが、ラジコなどのサイト、スマホアプリを使えばインターネットでも聴けるはずです。


もう1件、こちらはテレビのBS放送。

プレミアムカフェ選 名作紀行(1)寺山修司(2)石川啄木(3)高村光太郎

NHKBSプレミアム 2018年8月29日(水)  9時00分~10時23分 
再放送        2018年8月29日(水) 24:45~26:08(=30日(木) 0:45~2:08)

(1) 名作をポケットに 寺山修司   田園に死す 
旅人:萩原朔美  語り:本和之 (初回放送:2002年)
(2) 名作をポケットに 石川啄木   一握の砂
旅人:谷啓  語り:久保田茂 (初回放送:2002年)
(3) 名作をポケットに 高村光太郎 智恵子抄
旅人:山本容子  語り:山本和之 (初回放送:2001年)

スタジオゲスト 澤口たまみ   スタジオキャスター 渡邊あゆみ

今年3月にも、全く同じ内容の放送がありました。過去のNHKさんの番組から、再放送の要望が高かったものをセレクトして再放送するものです。

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「シリーズ東北を旅する」ということで、寺山修司、石川啄木、そしてわれらが光太郎。3本まとめての放映です。

光太郎編のナビゲーターは、版画家の山本容子さん。

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智恵子の故郷・二本松(初回放映当時は安達町)を訪れ、光太郎智恵子に思いを馳せます。

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なかなか見応えがありました。スタジオでのトークを含め、光太郎編で30分ほどです。

ぜひご覧下さい。

ちなみに8月25日(土) 12:00~13:30 には、「新・BS日本のうた選 神奈川県座間市」の再放送があります。森昌子さんによる「智恵子抄」が流れます。


【折々のことば・光太郎】

詩はいかなる時にも純粋でなければならぬ。濁りにも純不純があるのである。純粋といふ事は感じ方にも、表現の技術にも、又知性のはたらきにもある。純粋のものは人の心を捉へる。それは詩の中核を成す。高低深浅の差があつても、しかも其は一様に耳を傾けしめる。

散文「雑誌『新女苑』応募詩選評」より 昭和14年(1939) 光太郎57歳

なるほど、確かに光太郎詩の「純粋さ」に、当方は心惹かれます。

本日も新刊情報です。 

NHKカルチャーラジオ 文学の世界 詩と出会う 詩と生きる

2018年1月1日 若松英輔著 NHK出版 税込定価977円

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喪失、苦しみ、悲しみに、語りの名手が、あなたの詩心を呼び覚ます!
「詩」に込められた切実な想いから、私達は何を得ることができるのか? 「詩」を身近に感じ、味わい、それと共に生きる豊かさを探る。

目次
 はじめに
 第1回 詩を感じるには ── 岡倉天心と内なる詩人
 第2回 かなしみの詩 ── 中原中也が詠う「おもい」
 第3回 和歌という「詩」 ── 亡き人のための挽歌
 第4回 俳句という「詩」 ── 正岡子規が求めた言葉
 第5回 つながりの詩 ── 吉野秀雄が感じた存在
 第6回 「さびしみ」の詩 ── 宮澤賢治が信じた世界
 第7回 心を見つめる詩 ── 八木重吉が届けた声
 第8回 「いのち」の詩 ── 岩崎航がつかんだ人生の光
 第9回 生きがいの詩 ── 神谷美恵子が背負った生きる意味
 第10回 語りえない詩 ── 須賀敦子が描いた言葉の厚み
 第11回 今を生きる詩 ── 高村光太郎と柳宗悦のまなざし
 第12回 言葉を贈る詩 ── リルケが見た「見えない世界」
 第13回 自分だけの詩 ── 大手拓次が刻んだ詩の扉162
 詩と出会うためのブックガイド


NHKラジオ第2放送さんで、毎週木曜日の午後8:30~9:00(再放送は翌週木曜の午前10:00~10:30)に放送されている「NHKカルチャーラジオ 文学の世界」のテキストです。

今月から3月にかけ、全13回で、批評家・随筆家の若松英輔氏による「詩と出会う 詩と生きる」。毎回一つのテーマで近現代の「詩人」の作品を取り上げ、その背景に迫ります。「詩人」とカギカッコをつけたのは、若松氏の言によると、以下の通りです。

「詩」は、必ずしも詩人と名乗る人々によって作られているとは限りません。この講座における「詩人」は、広い意味での「詩」の作品を残している人々を指します。ですから世にいう詩人以外の人たちが作った詩歌にもふれていきます。(「第1回 詩を感じるには ── 岡倉天心と内なる詩人」より)

いきなり初回に取り上げられる岡倉天心がそうですし、光太郎の回にセットになっている柳宗悦などもそうですね。広い意味では、彫刻を本業としていた光太郎もあてはまるかも知れません。

光太郎の回は3月15日(木)のオンエア。再放送が翌週22日にあります。「人間の捉えがたい「気」」、「詩はどんな矛盾も受け入れる」、「ふれ得ないものにふれる」という章立てで、主に「智恵子抄」所収の詩にスポットが当てられています。

ぜひお買い求めの上、ラジオ放送もお聞き下さい。


【折々のことば・光太郎】

彫刻は仮象の現象なのだから、芸術品としてみてくれないといけない。一つの銅像の中にその人の凡ゆる時代をもつこともあるのだから。

談話筆記「彫刻鑑賞の蒙を啓く――憲政三偉人の銅像に就て――」より
昭和13年(1938) 光太郎56歳

この年、国会議事堂の中央大広間に設置された憲政史上大きな功績のあった三人、板垣退助、伊藤博文、大隈重信の銅像についての談話の一節です。

三体それぞれ作者が異なり、板垣退助像は北村西望、伊藤博文像で建畠大夢、大隈重信像が朝倉文夫の作です。設置当初から、「ポケットに手を突っ込んでいるとは何ごとか」、「室内の様子なのか、屋外の姿なのか判然としない」、「ステッキは左手で持つ物ではない」などといった批判が起こったそうです。そこで、美術雑誌『アトリヱ』の記者が光太郎の意見を求め、その答として掲載されました。

北村、建畠、朝倉、それぞれ光太郎はあまり高く評価しなかった彫刻家です。文展(文部省美術展覧会)などへの出品作はけちょんけちょんにけなしてもいます。しかし、ここでは擁護に廻っています。まぁ、擁護というよりは、一般の人々に、肖像彫刻とはこういうものだという啓蒙を意図したとすべきでしょうか。

ところで、議事堂の銅像。台座は四体分ありながら、実際に作られたのは三体のみで、未だに空いている台座が一つ残っています。四人目を人選できず持ち越されたという説、政治に完成はないので未完の象徴という意味もあるという説があります。まさか、自分が四人目となって銅像を作ってもらうつもりでいるような、愚かな政治家などいませんよね、まさか。

今月7日にNHKラジオ第二で放送された「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「高村光太郎」」の再放送があります。  

カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス

NHKラジオ第2  2016年11月14日(月) 午前10:00~午前10:30(30分)

この番組では、NHKが保有する貴重な「ラジオ・アーカイブス」の中から、作家を中心にセレクトし、懐かしい声を蘇らせます。自作朗読や文学・人生談義などを語る作家らの人間味あふれる魅力を肉声を通して伝えていきます。

「朝の訪問」(1952年3月30日放送)聞き手・詩人の真壁仁(花巻市にて)
彫刻家で詩人の高村光太郎(1883-1956)。彫刻家・光雲の長男に生まれ、東京美術学校を卒業し、欧米留学。帰国後、駒込にアトリエを開いた。長沼智恵子と結婚し、その死別後に詩集『智恵子抄』を出版した。戦後は岩手県花巻郊外の山荘で独居自炊生活を送った。今回の番組は1952年3月に放送した「朝の訪問」で、この山荘での生活ぶりや十和田湖畔に作った「乙女の像」について語っている。聞き手は詩人・真壁仁。

出演 大村彦次郎(元・文芸誌編集長) 宇田川清江アナウンサー

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7日の本放送を拝聴しました。光太郎と真壁仁の対談は11分ほどで、前後半に分けて流されました。その前後と合間に、雑誌『婦人倶楽部』、『小説現代』、『群像』などの編集に当たられていた大村彦次郎氏の解説が入ります。なかなかよく調べられており、感心させられました。

ただ、解説ではなく、番組としての説明の中で、録音場所を花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)と説明していましたが、花巻温泉の松雲閣別館の誤りです。

一般の方は、なかなか光太郎の肉声録音を聴ける機会はないと思いますので、ぜひお聴き下さい。


もう一件、訃報です。

りりィさん死去=64歳、「私は泣いています」の歌手、女優

009 「私は泣いています」で知られる歌手で女優のりりィ(本名鎌田小恵子=かまた・さえこ)さんが11日午前、肺がんのため死去した。
  64歳だった。福岡市出身。葬儀は近親者のみで行う。
  1972年デビュー。女性シンガー・ソングライターの先駆けとして注目され、74年に出したシングル「私は泣いています」が大ヒットした。女優としても活動し、映画「夏の妹」(大島渚監督)などに出演。近年も映画「パークアンドラブホテル」(熊坂出監督)に主演した他、「3年B組金八先生」「半沢直樹」「ラヴソング」などテレビドラマにも多数出演した。
  長男のJUONさんはミュージシャンで、「DREAMS COME TRUE」の吉田美和さんの夫。 
(時事通信 11/11(金) 13:42配信)


昨年公開された小栗康平監督映画「FOUJITA」に出演されていました。同映画は、光太郎と東京美術学校西洋画科で同級生だった画家・藤田嗣治を主人公とし、光太郎詩「雨にうたるるカテドラル」が劇中に使われていました。

りりィさんの役は、戦時中に藤田が疎開していた先の農家の主婦・「おばあ」。加瀬亮さん演じる小学校教師の息子に召集令状が届き、戦争画の制作などで国策協力をしていた藤田は複雑な思いで彼を見送る、という設定でした。

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謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

さて、当方、本日から1泊2日で福島浜通りに行って参ります。今日は川内村での「第6回天山・心平の会 かえる忌」、明日はいわき市の草野心平生家で没後29回忌「心平忌」 第23回心平を語る会」に出席します。「心平忌」の方では、講話を仰せつかっております。

帰りましたらレポートいたします。


【折々の歌と句・光太郎】

うすぐらき二階にならぶCOGNAC(コニヤツク)の瓶に火をもすCINEMA(シネマ)の明り                          
明治42年(1909) 光太郎27歳

舞台は浅草と思われますが、ことによるとこの年7月まで過ごしたパリを回想しているのかも知れません。   

りりィさんの歌にでも出て来そうな、アンニュイな雰囲気ですね。

ラジオ放送の情報です。光太郎生前の肉声が流れます。 

カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「高村光太郎」

NHKラジオ第2  2016年11月7日(月) 午後8:30~午後9:00(30分)

この番組では、NHKが保有する貴重な「ラジオ・アーカイブス」の中から、作家を中心にセレクトし、懐かしい声を蘇らせます。自作朗読や文学・人生談義などを語る作家らの人間味あふれる魅力を肉声を通して伝えていきます。

「朝の訪問」(1952年3月30日放送)聞き手・詩人の真壁仁(花巻市にて)
彫刻家で詩人の高村光太郎(1883-1956)。彫刻家・光雲の長男に生まれ、東京美術学校を卒業し、欧米留学。帰国後、駒込にアトリエを開いた。長沼智恵子と結婚し、その死別後に詩集『智恵子抄』を出版した。戦後は岩手県花巻郊外の山荘で独居自炊生活を送った。今回の番組は1952年3月に放送した「朝の訪問」で、この山荘での生活ぶりや十和田湖畔に作った「乙女の像」について語っている。聞き手は詩人・真壁仁。

出演 大村彦次郎(元・文芸誌編集長) 宇田川清江アナウンサー


「NHKラジオアーカイブス」。当方寡聞にして、現在こういう番組が放送されていることを存じませんでした。NHKさんならではの貴重な取り組みですね。

今回放送される光太郎の肉声は、光太郎が花巻郊外太田村に在住時の昭和27年(1952)、やはりNHKラジオで放送されたものです。3月27日に、山形出身の詩人・真壁仁との対談で、花巻温泉の松雲閣別館で録音されました。オンエアは3月30日でした。

これに先立つ3月21日には、太田村の山小屋(高村山荘)に、建築家の谷口吉郎、詩人の藤島宇内が、佐藤春夫からの手紙を携えて訪ねてきています。青森県で計画が進んでいた、十和田湖の国立公園指定15周年記念モニュメントの制作依頼のためです。これが「十和田湖畔の裸婦像(通称・乙女の像)」として結実します。

対談の中で、「十和田湖」「裸婦像」といった単語は出て来ませんが、既に光太郎、乗り気になっていることがわかります。「今年あたりからいよいよ始まるですな、仕事が。」「これからは無駄なことをしないで猛烈にやるつもりですよ。」といった発言が見られます。

この対談、NHKサービスセンターさんの発行、BMGビクターさんの発売で、平成8年(1996)にCD化されています。

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他に昭和30年(1955)の草野心平との対談、自作詩朗読、それから室生犀星の肉声も収録されています。

文字にも起こされており、筑摩書房『高村光太郎全集』第11巻に収められています。

さて、「NHKラジオアーカイブス」。ラジオがうまく受信できないという方も、最近はよくしたもので、インターネットでリアルタイムの聴取が可能です。スマートフォン、タブレット、もちろんパソコンで、「NHKネットラジオらじる★らじる」のページからです。

また、リアルタイムで聴けなくとも、ストリーミングというわけで、過去の放送が聴けるようになっています。いずれ光太郎の回もアップロードされるでしょう。

ぜひお聴き下さい。


ラジオついでにテレビの件を。

昨日、とちぎテレビさん制作の「とちぎ発!旅好き! 感動!歴史と伝統の街~福島県二本松市~」が、提携している千葉テレビさんで放映されたので、拝見しました。

智恵子の故郷・二本松を取り上げるもので、光太郎智恵子にからむ内容かどうか、観るまでわからなかったのですが、いきなり冒頭近くで取り上げて下さいました。

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また、現在開催中の菊人形に関しても。

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当方は初日にお伺いしましたが、その際にはなかった光太郎人形が、智恵子人形の傍らに立っています(右の画像)。

その他、グルメ情報なども満載でした。

提携関係にある以下の各局で、これから放映されます。該当地域の方、ぜひご覧下さい。

群馬テレビ 2016/11/05(土) 午前11:30~
KBS京都  2016/11/06(日) 午前9:30~

埼玉のテレ玉さん、兵庫のサンテレビさんも提携はしているのですが、特別番組等のため、この回の放映はないようです。


また、年に1~2回、再放送されている2時間ドラマの放映もあります。

浅見光彦シリーズ22首の女殺人事件~福島‐島根、高村光太郎が繋ぐ殺人ルート!智恵子抄に魅せられた男が想いを託した首の女の謎

BSフジ 2016年11月8日(火)  12時00分~13時58分

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。
光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は?宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは?浅見光彦が事件の真相にせまる!!

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初回放送はもともとは平成18年(2006)。岩手花巻の、現在は使用されていない、元の高村記念館(ただしドラマでは花巻という設定ではありませんが)、福島二本松の智恵子の生家・智恵子記念館などでロケが行われました。

ご覧になったことのない方、ぜひどうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

腹へりてさびしくなりぬ空を見ん十一月のうらけき空を
大正13年(1924) 光太郎42歳

今日から11月ですね。関東は「うらけき空」とはいかず、雨模様です。

ラジオパーソナリティーとしても長年にわたりご活躍された、評論家の秋山ちえ子さんの訃報が出ました。 

秋山ちえ子さん死去 ラジオ「談話室」 99歳

 日本の女性放送ジャーナリストの草分けで、40年以上に000わたってラジオ番組のパーソナリティーとして活躍した評論家の秋山ちえ子(あきやま・ちえこ、本名橘川ちゑ〈きっかわ・ちえ〉)さんが6日、呼吸器感染症のため東京都目黒区の自宅で死去した。99歳だった。葬儀は近親者で営んだ。
 仙台市出身。ろうあ学校教師などを経て、48年のNHKラジオ「婦人の時間」で戦後女性の視野を広めるためのリポーターを担当。54年に日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。
 57年に始まったTBSラジオ「秋山ちえ子の談話室」(スタート時は「昼の話題」)は、暮らしのささやかな話題から時事問題まで扱うコラム的番組として人気になり、02年まで1万2512回も続く長寿番組となった。
(『朝日新聞』)
 

<秋山ちえ子さん死去>ラジオから反戦訴え

 放送ジャーナリストの草分けで、ラジオ番組「秋山ちえ子の談話室」(TBSラジオほか全国で放送)を45年間続けた評論家の秋山ちえ子(あきやま・ちえこ、本名・橘川ちゑ=きっかわ・ちえ)さんが6日、呼吸器感染症のため東京都内の自宅で死去した。99歳。葬儀は近親者で営んだ。喪主は次男宣夫(のぶお)さん。

 ◇評伝 「談話室」45年

 市民の視点から生活実感のある評論でラジオによるルポルタージュという新分野を開拓した秋山さん。1948年からNHKラジオ「婦人の時間」のリポーターを務め、54年に第2回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

 57年から45年間続いた「秋山ちえ子の談話室」は、放送回数1万2512回を数えた。番組終了後も定期的にラジオに出演した。「国際間のもめごとを戦争で解決しないこと、置き去りにされる人のいない国づくり」のために語り続けた。

 菊池寛賞、東京都文化賞、エイボン女性年度賞などを受賞。華々しい功績を残す一方で、「それぞれができる小さなこと」を大事にする人だった。

 67年からは終戦記念日の8月15日に、東京・上野動物園で戦時中に餓死させられた象の物語「かわいそうなぞう」(土家由岐雄作・金の星社)の朗読を続け、戦争の悲惨さを訴え続けてきた。この朗読も、娘が持ち帰った児童書に収録されていたのを見つけたのがきっかけだった。

 弱い者の立場に立ち、子どもを慈しんだ。戦前には国立東京聾唖(ろうあ)学校教諭を務めた経験もある。スタジオの外に飛び出し、社会から置き去りにされた障害児支援に取り組み、毎日新聞小児がん征圧キャンペーンのコンサートにも足を運び、子どもたちを励ました。

 秋山さんの自宅を訪ねたのは2007年夏だった。「戦争の惨めさを知らない人が増えて、ちょっと勢いを得たように、憲法改正なんてとっても簡単におっしゃる。私は怖いのね」と声高ではなく、穏やかに語り、第1次安倍晋三内閣の政権運営を案じていた。

 昨年夏も、自宅で収録した「かわいそうなぞう」をラジオを通して読み聞かせた。「最後まで庭の草花を見ながらこの家で」と願った秋山さんは、最期も暮らしの中にいた。【本橋由紀】
(『毎日新聞』)


昨年までの3年間、このブログでは【今日は何の日・光太郎】というコーナーを設け、365日×3年間、毎日光太郎関連であった出来事をご紹介して参りました。その中で、昨年の5月4日に、秋山さんのことを書かせていただきました。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 5月4日

昭和29年(1954)の今日、中野のアトリエに、ラジオパーソナリティ・秋山ちえ子さんが訪問。ラジオ番組の録音を行いました。

当日の日記です。

晴、涼、 (略) NHK録音班3人と秋山ちゑ子さんくる、録音、

秋山ちえ子さんといえば、TBSラジオで放送されていた「秋山ちえ子の談話室」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。こちらは平日の朝、昭和32年(1957)から平成14年(2002)まで45年間もの長きにわたって放送されていました。

光太郎の談話が録音された昭和29年(1954)当時、秋山さんが担当していたのは、NHKさんの「私の見たこと、聞いたこと」という番組です。この時期の光太郎日記は記述が簡潔で、オンエアを聴いたという記述は見あたりません。当時のテープなどが残っていればと思うのですが、難しいでしょう。


というわけで、光太郎とも面識のあった秋山さん。今頃は空の上で、「その節は……」「いやいや、どうも」などと光太郎とお話ししているのでは、などと想像してしまいます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々の歌と句・光太郎】

光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所に住みにき
昭和13年(1938)頃 光太郎56歳頃

昭和20年(1945)の今日、太平洋戦争の空襲で、001東京駒込林町の光太郎アトリエが全焼しました。

大正の初めから智恵子と共に暮らした思い出深いアトリエと共に、多くの光太郎作品などが灰になりました。亡き智恵子が遺した紙絵は、それ以前に花巻、山形、茨城取手に分散疎開させていたので無事でした。

光太郎はその後、一時的に近くにあった妹の婚家に身を寄せ、さらに1ヶ月後、宮澤家の誘いで花巻に疎開、そのまま戦後もとどまり続け、昭和27年(1952)に、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため再び上京するまで、岩手で暮らしました。

再上京した翌日、まだ更地だったこのアトリエ跡地を訪れ、感慨深そうにしていた光太郎の様子が、令甥の故・高村規氏の回想に記されています。

先日、代官山のクラブヒルサイドサロンで行われた、編集者・絵本作家で、光太郎と交流のあった彫刻家・故舟越保武氏のお嬢さんでいらっしゃる末盛千枝子さんによる「読書会「少女は本を読んで大人になる」第6回高村光太郎『智恵子抄』」の模様が、主催のクラブヒルサイドさんのサイトにアップされましたので、ご紹介します。当方レポートと併せてご覧下さい。

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それから、一昨日ご紹介したけせんぬまさいがいエフエムさんの「水上洋甫のポエムディスカバリー」。3回に分けて光太郎を取り上げて下さり、そのうち2回分が動画サイト「youtube」にアップされましたのでご紹介しましたが、残る1回分も投稿されました。


  
太平洋戦争から終焉までの光太郎生涯の解説と、詩「案内」の朗読で構成されています。
 
こちらもご覧下さい。
 
【今日は何の日・光太郎】 12月18日

昭和63年(1988)の今日、静岡県立美術館で開催されていた「近代日本彫刻の歩み展 西欧との出会い」が閉幕しました。
 
光太郎彫刻が4点出品されました。

宮城県気仙沼市のローカルFMで、「けせんぬまさいがいエフエム」という局があります。
 
そちらで「水上洋甫のポエムディスカバリー」という番組がオンエアされているそうです。
 
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その中で、今年10月に光太郎が扱われました。さすがに当方の住む千葉県では宮城のFMは受信できませんが、動画サイト「youtube」にアップされましたのでご紹介します。全3回のうち、2回分ですね。




 
第1回は10/16オンエアで「道程」、第2回は10/30オンエアの「レモン哀歌」。それぞれ詩の朗読だけでなく、その頃の光太郎について解説がなされています。
 
気仙沼といえば、このブログでたびたび紹介している女川や石巻同様、昭和6年(1931)に光太郎が『時事新報』の依頼で紀行文を書くために訪れています。平成5年(1993)には、旧唐桑町に、短歌「黒潮は 親潮をうつ 親潮は さ霧をたてゝ 船にせまれり」を刻んだ歌碑が作られました。当方、10年以上前になりますが、ここを訪れたことがあります。
 
 
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当時はのどかな漁村の風景を楽しんだのですが、やはり東日本大震災による大津波……。
 
その気仙沼で、光太郎を扱ったラジオ番組ということで紹介させていただきました。
 
この碑は健在だそうですので、また折を見て、行ってみようと思っています。
 
【今日は何の日・光太郎】 12月16日

昭和27年(1952)の今日、丸ビル内の中央公論社画廊でこの年11月に開催された「高村光太郎小品展」御礼として一万円を受け取りました。
 
光太郎生前に開かれた唯一の個展です。
 
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 そういえば、「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」。昨日をもって全国3館巡回、全て終了しました。またそちらについては書きますが、ご来場下さった皆様、本当にありがとうございました。

季節外れのタイトルで申し訳ありません(笑)。
 
一昨日、福島市公会堂で開催された宇宙飛行士・山崎直子さんの講演会につき、オープニングに出演したシャンソン歌手モンデンモモさんがブログに書かれています。
 
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画像は「道程」を歌うモモさん。当方がモモさんのiPadで撮影しました。
 
ところで曲のタイトルを「道程」としましたが、正確には「道程~冬が来た」です。一種のメドレーで、最初にヘ長調(F)・♩=75・グランディオーソで「道程」。中間部でヘ短調(Fマイナー)に転調、♩=135と倍速に近いアップテンポで「冬が来た」が挿入され、ダルセーニョ。また「道程」に戻り、途中からCodaに入って終わり、という構成です。
 
要するに「道程」の途中に曲調を変えて「冬が来た」が挿入されているということです。
 
  冬が来た
 
きつぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹(いてふ)の木も箒になつた
 
きりきりともみ込むやうな冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背(そむ)かれ、虫類に逃げられる冬が来た
 
冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
 
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のやうな冬が来た
 
この「冬が来た」。「道程」とほぼ同じ時期の作品(「道程」(雑誌発表形)は大正3年=1914の2月、「冬が来た」は前年12月)です。
 
「道程」ほどではありませんが、光太郎作品の中では有名なものの一つですね。教科書等にも採用されていると思います。
 
そこで、NHKラジオ第2放送でオンエアされている「NHK高校講座 国語総合」で、この「冬が来た」が扱われます。講師は都立国分寺高等学校教諭・渡部真一氏、今週土曜日(7/27)午後8:10~8:30です。
 
ちなみに「理解度チェック」というページも発見しました。
 
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設問3つに回答し、「決定」を押すと正解と解説、正解者の割合などが表示されます。ぜひ挑戦してみて下さい。
 
しかし、自作の詩がこういう使われ方をしていると知ったら、空の上の光太郎は苦笑しそうな気がします(笑)。
 
【今日は何の日・光太郎】 7月24日

昭和30年(1955)の今日、中野のアトリエに神田淡路町の中華料理店「好々(ハオハオ)」の料理人に来てもらい、出張料理を堪能しました。
 
ちなみにこの店は現存します。

今月末に続々出た光太郎関連新資料、第3弾が昨日また届きました。一日ごとに届いています。

爆笑問題の日曜サンデー 27人の証言

TBSラジオ編 TBSサービス刊 平成24年6月25日 定価1,365円

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現在、TBSラジオで日曜日の午後にオンエアされている番組、「爆笑問題の日曜サンデー」の中に、「27人の証言」というコーナーがあります。これは有吉佐和子の小説「悪女について」になぞらえて、著名人や場所、ものにまつわる証言を集めて、今まで語られなかったエピソードを紹介するというコンセプトです。
 
 「悪女について」はインターネットサイト「フリー百科事典ウィキペディア」によれば、「女性実業家・富小路公子が突然、謎の死を遂げる。公子は持ち前の美貌と才能を駆使して、一代で財を成した一方で数々のスキャンダルを起こしたことから、マスコミからは「虚飾の女王」「魔性の女」などと悪評を書きたてられていた。物語は、そんな公子と関わった人物27人へのインタビューを綴ったものである。」とのこと。
 
「27人」というのはここからとったもので、実際には毎回5人前後の「証言」で構成されています。第1回の放送は平成20年4月。今までに150回ほどの回を重ねています。
 
その約150回の中から、15回分をえりすぐって書籍化したのがこの本です。平成21年(2009)4月5日オンエアの「高村光太郎」も含まれています。他に紹介されているのは手塚治虫、甲子園、松田優作、石ノ森章太郎、藤田嗣治、東京オリンピック、阿佐ヶ谷、夏目雅子、岡本太郎、上野動物園、阿久悠、今村昌平、太宰治、有吉佐和子。
 
光太郎の部は5人の証言、合間合間の爆笑問題のお二人のトークから成っています。TBSアナウンサー 長峰由紀氏/父から母へ送られた『智恵子抄』、元日本詩人クラブ会長 寺田弘氏/『自分の家が燃えるってのはきれいなもんだね』、北川太一先生/目上の人でも下の人でも同じ態度の人、高村光太郎記念会理事長 高村規氏/生証言、そして当方の証言・「光太郎の足は三十センチあった!?」。「真面目な」証言は諸先輩方に任せ、当方は番組的な流れを考え、小ネタで攻めました(笑)。
 
オンエアの際には元埼玉県東松山市教育長で光太郎と親交のあった田口弘氏の証言もありましたが、書籍ではカットされています。
 
本書、当初は4月に刊行の予定で、3月はじめに制作会社から連絡があってゲラの確認等をしたのですが、刊行がずれこみました。4月に入ってからは「まだか、まだか?」とやきもきしていましたが、何はともあれ無事刊行されてひと安心です。15回分で100人超の証言が載っていますので、掲載許可等の手続きが大変だったのではないでしょうか。たくさんの人の証言を集めるというコンセプトについては、本書前書きにパーソナリティーを務める爆笑問題のお二人の談話として、「放送作家を何十人もタダで雇ってるみたいなものでありがたい。」というくだりがあります。我々証言者、なんだか上手くのせられているなと笑ってしまいました。実際、オンエアに関しても、出版に関してもノーギャラですし。
 
しかし、約150回分の放送の中から書籍に選ばれたのが15回分。そこに光太郎が入ったのは嬉しい限りです。
 
さて、メジャーどころの爆笑問題のお二人の書籍ですので、一般の書店でも平積みで並ぶのではないかと思います。是非お買い求め下さい!

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