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京都からコレクション展情報です。

モダンクラフトクロニクル―京都国立近代美術館コレクションより―

期 日 : 2021年7月9日(金)~8月22日(日)
会 場 : 京都国立近代美術館 京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
時 間 : 午前9時30分~午後5時
休 館 : 月曜日、8月10日(火)*ただし8月9日(月・休)は開館
料 金 : 一般:1,200円(1,000円) 大学生:500円(400円)
      ( )内は20名以上の団体および夜間割引(金曜、土曜 午後5時以降)
       高校生以下・18歳未満は無料

1963年に開館した京都国立近代美術館は活動の柱の一つに工芸を置いており、国内有数の工芸コレクションを形成してきました。加えて、当館は「現代国際陶芸展」、「現代の陶芸―アメリカ・カナダ・メキシコと日本」、「今日の造形〈織〉-ヨーロッパと日本―」、「現代ガラスの美―ヨーロッパと日本―」など、折に触れて日本との比較の中で海外の工芸表現を紹介し、日本の美術・工芸界に大きな刺激を与えてきました。本展では、当館の工芸コレクションを用いて、これまでの当館の展覧会活動の一端を振り返るとともに、近代工芸の展開をご紹介いたします。

第1章 世界と出会う 起点としての京都国立近代美術館
第2章 四耕会、走泥社からクレイワーク、ファイバー・ワークへ
第3章 「美術」としての工芸 第 8回帝展前後から現在まで
第4章 古典の発見と伝統の創出
第5章 新興工芸の萌芽 自己表現としての工芸
第6章 図案の近代化 浅井忠と神坂雪佳を中心に
第7章 手わざの行方

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光太郎の父・光雲、それから実弟で鋳金分野の人間国宝だった髙村豊周の作品が出品されます。

まず、光雲。とういうか、旭玉山、石川光明、大谷光利、香川勝廣、加納鐡哉、加納夏雄、柴田是真との合作で「福禄封侯図飾棚」。光太郎が生まれた明治16年(1883)の作となっています。
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おそらく、上部の木彫部分を光雲が手がけているのでしょう。下の扉、鹿の部分は白いので、象牙。牙彫師の旭玉山によるものと思われます。

豊周の作はこちら。
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「蝋型朧銀筒形花生」。昭和38年(1963)の作です。

他に、光雲、光太郎等と交流の深かった人物の作品も多数。バーナード・リーチ、藤井達吉、津田青楓、山本安曇など。

コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

朝太田中学校の生徒等箒作りに大挙してくる。中学の教師二人立寄られ、一時間ほど談話。青年教師は東京に二十年もゐた由。又女教師さんは福島須賀川の人 東京にゐて今度岩手にはじめて来られし由。


昭和23年(1948)4月9日の日記より 光太郎66歳

新年度早々、山で箒(ほうき)作りというのが笑えます。先生はともかく、生徒さんの中にはまだご存命の方も多いような気もします。

まずプレスリリースから。

​​明治の洋館で楽しむドリンクフェア「文学浪漫巡り」、6月1日より提供開始

~浪漫を味わうひとり時間 レトロなドリンクフェア~

明治の洋館でカフェ・レストラン・ホテル等を経営する株式会社長楽館(京都市東山区円山町、総支配人:吉田 重人)は、「デザートカフェ長楽館」にて2021年6月1日(火)より「Drink Fair ―文学浪漫巡りー」を開催いたします。

デザートカフェ長楽館は、1909年に建てられた京都市指定有形文化財である洋館「長楽館」の、それぞれ内装の異なる7種のお部屋で、スイーツや軽食、ドリンクを提供しております。

この度、建物と同じく明治時代に生まれた文豪の詩や小説の一節を添えて、夏にぴったりのドリンク5種をご用意しました。太宰治・宮沢賢治・吉井勇・高村光太郎・中原中也の5人の文豪の作品の一節から着想を得たドリンクです。

■背景
昨今のコロナ禍で、旅行の機会の減少、緊急事態宣言に伴う美術館や博物館などの休業により、非日常や歴史浪漫を楽しむ機会が減少する一方で、「ひとりで過ごす時間」は増加の傾向にあります。それを受けて、明治時代の調度品が飾られた洋館内のカフェで、ドリンク1杯から気軽に非日常や歴史浪漫を味わっていただきたいと考えました。

■フェア詳細ページ

■ドリンク紹介(メイン画像:上段左より順に)

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・コーヒーゼリーフロート ¥1,300
「愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。」 太宰治『思案の敗北』
長楽館オリジナルブレンドのアイスコーヒーとコーヒーゼリーにミルクを加えたバニラアイスのフロート。
・パイナップルソーダ ¥1,200
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 宮沢賢治『やまなし』
生のパイナップルから絞った果汁を炭酸水で割った、パイナップルの果肉のはじけるソーダ。
・ストロベリー・ラ・テ ¥1,200
いのち短し、戀せよ、少女 吉井勇『ゴンドラの唄』
自家製のストロベリーベースにミルクを加え、甘酸っぱいフレッシュないちごを添えたラ・テ。
・シトラスジュレのゆずジュース ¥1,200
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた 高村光太郎『智恵子抄』
レモン・オレンジ・ライム・バジルを煮出したジュレと、ゆずとレモンのすっきり爽やかなジュースにバジルとミントを添えて。
・すももともものティーソーダ ¥1,200
アメリカの国旗とソーダ水とが恋し始める頃ですね 中原中也『初夏』
自家製のすももシロップと、桃のフレーバーティーのティーソーダ。すっきりしたヨーグルトクリームに、フレッシュな桃とピンクペッパーを添えて。

■開催概要
開催店舗:デザートカフェ長楽館
開催期間:2021年6月1日(火)~8月31日(火)
※定休日:6月9日(水)、7月7日(水)・26日(月)~30日(金)、8月25日(水)
営業時間:11:00~18:30(18:00L.O.)
※料金は税込金額です。別途サービス料10%を申し受けます。
※写真は一例です。食材の入荷状況により変更の可能性がございます。
※情勢により、営業時間の変更の可能性がございます。最新の営業時間・休業日はホームページをご確認ください。

■会社概要
商号            : 株式会社長楽館
所在地           : 〒605-0071 京都市東山区八坂鳥居前東入円山町 604
設立            : 1954年9月
事業内容          : レストラン、カフェ、ホテル、宴会場の運営及び結婚式・宴会の企画
煙草王と呼ばれた明治時代の実業家である村井吉兵衛の別邸「長楽館」(1909年竣工)は1986年に京都市有形文化財に指定されています。往時の洋館建築の造りをそのままに、カフェ・レストラン、バー、スイーツブティック、そして隣接する新館にホテルを設けています。
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長楽館の新型コロナウイルス感染症対策について:
 https://www.chourakukan.co.jp/news/post-11706.html
長楽館公式ホームページ:https://www.chourakukan.co.jp/ 

長楽館さん、当方は前を通ったことがあるだけで、入ったことはありません。知恩院さんや祇園さん(八坂神社さん)にほど近く、実に味のあるたたずまいです。光太郎が3年半に亘る欧米留学から帰朝した明治42年(1909)の竣工。昨年、テレビ東京さん系の「新美の巨人たち」で取り上げられ、興味深く拝見しました。

そしてシャレオツなドリンク。
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この画像では、左から「すももともものティーソーダ/中原中也『初夏』」、「シトラスジュレのゆずジュース/高村光太郎『智恵子抄』」、「ストロベリー・ラ・テ/吉井勇『ゴンドラの歌』」、「コーヒーゼリーフロート/太宰治『思案の敗北』」、「パイナップルソーダ/宮沢賢治『やまなし』」。多少の無理くり感がぬぐえませんが(笑)、いずれもこの季節にぴったりですね。

「智恵子抄」からのインスパイアというドリンク類、これまでも各地で饗されてきました。「日本酒オリジナルカクテル「ほんとうの空」」(福島県)、「自家製レモンシロップのレモンスプマンテ」(東京都)、それからドリンクではありませんが「安達ハチミツと有機レモンのドレッシング」(福島県)。

今後もこうした取り組み、どんどん為されてほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

燈下の関係上、明るいうちに何でもしてしまふ事。


昭和22年(1947)10月24日の日記より 光太郎65歳

花巻郊外旧太田村での蟄居生活、すでに丸2年となりましたが、この時点ではまだ山小屋に電気が通じていません。電線が引かれ、ランプ生活から解放されるのは昭和24年(1949)に入ってからです。

夏場はまだ日が長いのでよかったのでしょうが、10月末とも成ると日没が早まり、大変だったと思われます。

京都東山の浄土宗総本山知恩院さん。春秋に行われている恒例のライトアップ、2021春が始まります。コロナ禍のため、昨春は中止でした。

春のライトアップ二〇二一

期 間 : 2021年3月26日(金)~4月4日(日)
時 間 : 17時45分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       友禅苑、国宝三門周辺、国宝御影堂、方丈庭園(一部公開)
料 金 : 大人600円(高校生以上) 小人300円(小・中学生)

京友禅の祖・宮崎友禅翁ゆかりの庭園「友禅苑」や、日本最大級の木造二重門である「三門」、昨年4月に落慶を迎えた御影堂をライトアップします。ぜひこの機会に、知恩院へお参りください。
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みどころ

友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、 華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、 補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。
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国宝 御影堂
寛永16(1639)年、徳川家光公によって建立されました。間口45m、奥行き35mの壮大な伽藍は、お念仏の根本道場として多くの参拝者を受け入れてきました。

方丈庭園
江戸時代初期、小堀遠州と縁のある僧・玉淵(ぎょくえん)によって作庭されたと伝えられる池泉式の庭園です。方丈の華麗な建築と背後に迫る東山の風光とともに、情緒あふれる美しい風景をかもしだしています。

聞いてみよう!お坊さんのはなし
お坊さんの話を聞いたことがない方も大歓迎!気さくなお坊さん達が温かく出迎え、身近な仏教のお話をいたします。お話の後には、木魚に触れ「南無阿弥陀仏」とお称えするプチお寺体験もあります。今回は平成大修理の工事を終え、参拝可能となった御影堂にて開催いたします。荘厳な空間の中、日常から離れた心静かなひとときを味わってみませんか?
 日程:ライトアップ期間中、御影堂にて毎夜開催
 時間:①18時00分~ ②18時45分~ ③19時30分~ ④20時15分~
 (各回お話15~20分、木魚念仏体験5~10分程度)
 ※状況により時間が変更になる場合がございます。
 ※堂内空間を保つため、人数制限を行う場合がございます。

「補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像」は、明治25年(1892)、東京美術学校として依頼を受け、光雲が主任となって制作されました。鋳造は岡崎雪声です。
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コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

朝こまかい雪ふりしき居る。軒につらら多数下り美し。風出て午后雪やむ。寒さ冴え返る。

昭和22年(1947)3月12日の日記より 光太郎65歳

つららがたくさん出現するのは、却って春が近づいてからだそうですが、花巻郊外旧太田村、まだまだ寒そうです。

この日描いたつららのスケッチがこちら。「大根か」と突っ込みたくなりますが(笑)。
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「最近手に入れた古いものシリーズ」を、もうすこし続けようかとも思っていましたが、3日間それを書いているうちに新着情報がいろいろ入ってきましたので、またそちらの紹介に戻ります。

京都から、展覧会情報、既に始まっています。

黒田 大スケ「未然のライシテ、どげざの目線」

期 日 : 2021年2月20日(土)~4月4日(日)
会 場 : 京都芸術センター 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
時 間 : 10:00~20:00
休 館 : 3月1日(月)
料 金 : 無料

京都芸術センターが実施する Co-program カテゴリー B では、アーティストと京都芸術センターが共同で展覧会を実施しています。今年度は黒田大スケと共同で、展示『未然のライシテ、どげざの目線』を開催します。

日本において銅像をはじめとする公共彫刻は、ただの彫刻というよりも、そのモデルとなった人物と同一視したり、あるいは服を着せ食事を供えたり、最近でいえばマスクをつけたりと、人格を持った人間のように扱われることがしばしばあります。例えば此処京都芸術センターの入り口にある二宮金次郎像にマスクがつけられているように、(最近は靴も履いています。)ごく自然な振る舞いとして日常に溶け込んでいます。ところでこうした感覚は何処からやってきたのでしょうか?

本展は、京都市内にある有名な公共彫刻を起点に、彫刻が帯びる霊性、言い換えれば、彫刻が人格を持った人間であるかのように感じる感覚を、あらゆる実験的芸術的アプローチによって創造的に視覚化し、彫刻の持つ意味や背景を捉え直す試みを展示しています。また、会場内では黒田のこれまでのリサーチ等の資料も併せてご覧いただけます。その彫刻はなぜ作られたのか?彫刻家は何を目指したのか?彫刻とは何か?彫刻を改めて捉え直し、公共と彫刻の関係について再考する機会となれば幸いです。

黒田大スケ / 美術家
1982 年京都府生まれ。2013 年広島市立大学大学院総合造形芸術専攻(彫刻)修了。橋本平八「石に就て」の研究で博士号取得。2019 年文化庁新進芸術家海外研修制度で渡米。帰国後、関西を中心に活動している。歴史、環境、身体の間にある「幽霊」のように目に見えないが認識されているものをテーマに作品を制作している。最近の展覧会に「本のキリヌキ」(瑞雲庵、2020)、「ギャラリートラック」(京都市街地、2020)等がある。
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関連企画
【作家によるギャラリーツアー】
出展作家の黒田大スケが、館内を巡って展示作品について話をします。
日時:2021年2月23日(火・祝)11:00~12:00頃 3月20日(土・祝)14:00~15:00頃
集合場所:京都芸術センター エントランス
申込方法:公式サイトより申込
定員:10名

基本、ビデオインスタレーション(映像作品による展示)のようです。

核となるのは《地獄のためのプラクティス》 という作品。

パンフレットによると、

 《地獄のためのプラクティス》 は黒田が学び手本としてきた彫刻についての作品です。黒田は自分に身についた彫刻の技術や考え方が、どのようなものなのかを知るために様々なリサーチを重ねてきました。この映像作品は作者の身体化された彫刻、あるいは無意識の造形感覚としての彫刻を取り出すために、黒田が複数の彫刻家を演じるパフォーマンスを記録したものです。台本などはなく、その内容は、これまでの彫刻体験と彫刻に関するリサーチに基づいたもので、即興的に演じられています。作中に登
場する動物は全て実在の彫刻家をモデルにしたもので、彫刻家の魂があの世で彫刻を作り続けている様子が表現されています。具体的には、多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子を起点にしたビデオインスタレーションで構成されています。そして、個別の物語については地獄めぐりならぬ、日本の近代の彫刻の歴史をなぞるように館内各所に展示しています。芸術センターの建物も非常に趣のある見応えあるものです。各ビデオは 5 分~10 分となっています。ごゆっくりお楽しみください。

多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子」は、かの「考える人」が、京都国立博物館さんで屋外展示されていることと無縁ではないのでしょう。
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日本の近代の彫刻の歴史をなぞる」「個別の物語」の中に、光太郎も。

6.《高村光太郎のためのプラクティス》 ビデオ、2021
高村 光太郎(1883-1956)
詩人、彫刻家。高村光雲の長男として生まれ幼少期より彫刻に親しむ。彼が編集し翻訳した「ロダンの言葉」は多くの彫刻家のバイブルとして読まれた。また新聞雑誌などで彫刻の批評も旺盛に繰り広げた。彼の批評に一喜一憂する彫刻家は多く、良くも悪くも彼が近代の彫刻表現に与えた影響は大きい。一方で高村自身の作品は他の彫刻家に比べて決して多いとは言えない。また渡仏時にロダンに感化されたはずが、残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。卓抜な詩人の才能を駆使し言葉で彫刻を作ったとも言えるだろう。

残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。」という部分には疑問が残りますが……。現存が確認できている作品は、ブロンズの方が多いもので……。

光太郎以外のラインナップは以下の通りです。

1.《オーギュス・ロダンのためのプラクティス》 ビデオ、2021
2.《建畠大夢のためのプラクティス》 ビデオ、2021
3.《佐藤忠良のためのプラクティス》 ビデオ、2021
4.《金学成のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
5. 小倉右一郎(1881 - 1962)
7.《金景承のためのプラクティス》 ビデオ、2021
8.《本郷新のためのプラクティス》 ビデオ、2021
9.《渡辺長男のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
10.《北村西望のためのプラクティス》 ビデオ、2021 


なぜか「オーギュスト」の「ト」が抜けています。また、「小倉右一郎」のみ「~のためのプラクティス」となっていません。何らかの意味があるのでしょうか?

他に、《どげざの目線》《青年の目線》《子供の目線》と題した作品も。制作には「カメラオブスタチュー」を使用したとのこと。

カメラオブスタチューとは、カメラ・オブ・スクラ(現代のカメラの原型となったピンホールカメラのような光学機械)の箱や部屋に当たる部分に彫刻(銅像など)を用いた風変りなカメラのこと。銅像の内に潜むあるいは像の下敷きになっているような霊性を視覚化しようと考案された。
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展示されている映像はすべて「カメラオブスタチュー」で撮影した京都市内の風景で、像の大きさに応じてトラックや自転車などで運び撮影したものです。今回モチーフとしたのは、三条京阪駅前の「高山彦九郎皇居望拝之像」(作者:戦前、渡辺長男・戦後、伊藤五百亀)、京都府立図書館横の「二宮尊徳先生像」(作者:小倉右一郎、上田貴九丸の合作)、「わだつみ像」(作者:本郷新)

だそうで……。「カメラ・オブ・スクラ」は、ヨハネス・フェルメールも使っていただろうと推測されていることが有名ですね。それを彫刻に仕込んで軽トラや自転車に乗せて……これだけでもアートですね(笑)。

コロナ禍には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】004

父の十三回忌。朝小屋の西側に栗の実(院長さんよりもらひしもの)四顆を捲く。十三回忌記念のため。昨日棒杭を樹ててその旨墨書し置けり。


昭和21年(1946)10月10日の日記より
 光太郎64歳

昭和26年(1951)7月の『文藝春秋』第29巻第9号の巻頭グラビアページに右の画像が掲載されています。写真家・田村茂の撮影です。昭和21年の日記は9月21日から10月9日までの間のものが欠けており、墨書したという10月9日の詳細がわかりません。写真がこの日に撮影されたのか、のちに書き直したりした時のものなのか……。

まいた栗の実は芽を出し、巨木に成長しました。のちに標柱は石にコピーされてそちらが立てられ、光太郎自筆のものは花巻高村光太郎記念館さんで保存しているはずです。
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ところが、残念なことに、平成29年(2017)頃にこの栗の木が枯死してしまい、倒壊の危険があるということで、やむなく伐採されてしまいました。石の標柱は現存しています。
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京都知恩院さんのライトアップ。光太郎の父・光雲原型制作の聖観音像もライトアップされます。毎年、春秋2回行われていたのですが、今春はコロナ禍のため中止。一年ぶりの開催となります

秋のライトアップ二〇二〇

期 間 : 2020年11月7日(土)~11月29日(日)
時 間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       三門下周辺、友禅苑、女坂、国宝御影堂
料 金 : 大人500円(高校生以上) 小人300円(小・中学生)

この世の苦しみにあえぐあらゆる人々に寄り添いたい。阿弥陀如来は修行時代にそう願ったと『無量寿経』に記されています。浄土宗では八百年以上にわたりこの願いを語り継いできました。
ライトアップの煌めきは未来を照らす祈りの灯火。御影堂に響くお念仏の声は日々を粛然と生きる願い。
知恩院で過ごすひとときがコロナ禍の心にやすらぎをもたらすよう祈念いたします。
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主な見どころ

国宝 御影堂
寛永16(1639)年、徳川家光公によって建立されました。
間口45m、奥行き35mの壮大な伽藍は、お念仏の根本道場として多くの参拝者を受け入れてきました。
御影堂の夜間の内部拝観は平成23 年以来9年ぶり。
御影堂の落慶後、初めてのライトアップとなります。

国宝 三門
元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した 高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」(三解脱門)を 表すことから三門といいます。※楼上には上がれません。

友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、 華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、 補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。
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001※ライトアップ期間中、白寿庵にて笙の音色を聞くことができる日があります。(不定期で5日間ほど)

聖観音菩薩像、明治25年(1892)の作で、東京美術学校として依頼を受けたものです。木造原型は美校の後身・東京藝術大学さんに収蔵されています。

関連行事として、法話「“今”だからこそ伝えたい仏教(こと)」、限定御朱印「円光大師」授与、フォトコンテスト、川柳コンテスト等が企画されています。例年ですと、さらにコンサートなども開催されていたのですが、やはりコロナ禍を意識してそのあたりは自粛なのでしょう。

例年と異なるといえば、入場料。「御影堂落慶の喜びをより多くの方に感じていただきたく、本年は特別料金となっております」だそうで、調べてみましたところ、昨年までは大人800円、子供400円だったのが、それぞれ500円、300円とのこと。

コロナ禍といえば、今回のライトアップ開催にあたって、いろいろ意見もあったようですが、コロナ禍の今だからこそ、多くの方々を癒やしたいと考え、実施に踏み切られたそうです。詳しくは下の動画をご覧下さい。


というわけで、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

人間には自己表現の本能があり、青少年期に達し自己表現の道を与へないと自己を破壊する

散文「工場の美化運動」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

戦時下の荒んだ世相の中、光太郎は人心が荒廃することを懸念していました。多くの翼賛詩も、それを防ごうと書かれたものです(中には鬼畜米英殲滅すべし、的なものもありますが)。

コロナ禍の現在にも通じるところがありますね。「自己破壊」の最たるもの、自ら死を選ぶ芸能人の皆さんのニュースが多く、心が痛みます。コロナ禍と無縁ではないでしょう。

そして、こんな時だからこそ、寺門を開くという知恩院さんの取り組み、評価したいと思います。

昨日に引き続き、雑誌系のご紹介をと思っていましたが、開催中の企画展示の情報が入ってきましたので、そちらを。


まず状況をわかりやすくするため、『朝日新聞』さんの京都版の記事。 

京都)戦時中のプロパガンダを紹介 中京区で28日まで

 戦時中の国威高揚のためのポスターや雑誌を展示した「戦争プロパガンダ展」が、京都市中京区壬生馬場町のおもちゃ映画ミュージアムで開かれている。元高校教諭の河田隆史さん(60)=大阪府高槻市=が、歴史の授業で使う平和教育の教材として約30年かけて集めたものだ。28日まで。
 国が発行していた週刊誌「写真週報」やアサヒグラフ(朝日新聞社発行、2000年休刊)、国の情報局などが作製したポスター(複製品)、国策宣伝のための映画作品のDVDなど約100点が展示されている。詩人・高村光太郎が詩を寄せている記事も紹介し、文学者を含む芸術家も戦争協力をしていた様子を伝える。河田さんは「国も民間も危機感をあおって、日本全体で戦争反対と言えない雰囲気をつくっていたことが分かる」と解説する。
 河田さんは現代も似た風潮を感じるという。「SNSでは自分が好む情報しか入ってこないし、世の中に反対意見は許さないという空気が漂っている。戦争はだめだというのは簡単だが、どうやったら本当に防げるのかを考えるきっかけになれば」と話している。
 午前10時半~午後5時。24日休館。入館料一般・高校生500円、中学生300円、小学生以下無料。問い合わせは同ミュージアム(075・803・0033)へ。(向井大輔)


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調べてみましたところ、詳細は以下の通りでした。 

戦争プロパガンダ展 ポスター・雑誌・映画

期  日 : 2019年12月4日(水)~12月28日(土)
会  場 : 
おもちゃ映画ミュージアム 京都市中京区壬生馬場町29-1
時  間 : 10:30~17:00
料  金 : 一般・高校生500円、中学生300円、小学生以下無料。
休館日 : 月曜、火曜


12月8日は太平洋戦争開戦記念日です。1941(昭和16)年12月8日早朝、日本軍がハワイのオワフ島真珠湾にあるアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、3年半に及ぶ大東亜戦争対米英戦(太平洋戦争)が勃発しました。それから、日本が辿った歴史はよくご存じだと思います。
この記念日に合わせて、再び同じ過ちを繰り返すことがないよう、当団体理事でもある河田隆史さんのご協力で、「戦争プロパガンダ展」をします。


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似たような趣旨で開催されたのが、平成26年(2014)の「ヨコハマトリエンナーレ2014」中の「大谷芳久コレクション」。こちらは光太郎を含む10名ほどの有名詩人の翼賛詩集、多数の詩人達による翼賛詩アンソロジーなどが出品されました。

今回はポスターなどが多数出ているということで、ヴィジュアル的に非常なインパクトがありますね。この時代を批判するのはたやすいのですが、単に批判するだけでなく、なぜそうなってしまったのかを考える一助としたいものです。この時代をこそ範とするような輩が政権中枢に居座っている現在こそ、必要なことだと思われます。

光太郎がらみは具体的に何が出ているのかわかりませんが、光太郎は生涯に書いた詩およそ700篇中の200篇弱が翼賛詩といえるものですし(何を以て翼賛詩とするかの基準にも左右されますが)、生涯に刊行した詩集6冊(選詩集的なものを除きます)のうち、半数の3冊が翼賛詩集でした。詩以外でも、講演や散文などで国民を煽る発言のオンパレード。そういう意味では光太郎の翼賛活動に関わる展示物、いくらでも存在します。

そうした負の遺産も、次代への教訓、反面教師としての役割という点では、ひた隠しにされるべきものではありません。一部の詩人については、取り巻きや後の時代の狂信的なファンが「あれはなかったことにしよう」と隠蔽する動きがあるのですが……。

というわけで、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

私はあまりほめたりけなしたりするのを重要に思はない。ただ事実だけを見る。
散文「佐野嶽夫『棕梠の木』序」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

「ただ事実だけを見る」。意外と難しいことですね。

毎年ご紹介しておりますので、失念していたわけではないのですが、いろいろご紹介すべき事項が多く、気がついたら既に始まっていました。

20周年! お坊さんに会いに行こう! 知恩院秋のライトアップ2019


期  間 : 2019年11月1日(金)~12月1日(日)

時  間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)

場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
        三門下周辺、友禅苑、女坂、国宝御影堂外観、宝佛殿、方丈庭園

料  金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)

約8年間の大修理が行われ、2020年春に落慶を迎える国宝「御影堂」や、9年ぶりの夜間拝観となる「方丈庭園」、日本最大級の木造二重門である国宝「三門」、宮崎友禅ゆかりの庭園「友禅苑」など、境内各所をライトアップいたします。

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主な見どころ

国宝 三門

元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した 高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」(三解脱門)を 表すことから三門といいます。


国宝 御影堂
寛永16(1639)年、徳川家光公によって建立されました。
間口45m、奥行き35mの壮大な伽藍は、お念仏の根本道場として多くの参拝者を受け入れてきました。


宝佛殿

平成4(1992)年に建立。和様式重層寄棟造りで、 堂内には高さ4.8mの阿弥陀如来立像、四天王が祀られています。

方丈庭園(9年ぶり)
江戸時代初期、小堀遠州と縁のある僧玉淵(ぎょくえん)によって作庭されたと伝えられる池泉式の庭園です。方丈の華麗な建築と背後に迫る東山の風光とともに、情緒あふれる美しい風景をかもしだしています。
※11月19日(火)~24日(日)は山内行事のため、時間帯によって拝観できない場合があります。 詳しくは当日スタッフにお尋ねください。

友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、 華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、 補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

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京都では珍しい、露座の光雲作聖観音像が毎年ライトアップされています。

法話やコンサート、フォトコンテストなど、関連行事も充実しています。ちなみに昨年のフォトコンテストで最優秀に当たる「ナムいで賞」に輝いたのは、光雲原型の観音像を撮った一枚でした。賞品は「和順会館(宿坊的な)ペア宿泊券(お坊さんの案内付き)」だそうです。

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ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】
ミケランゼロの芸術は、自然の豪壮偉大を最もよく出してゐるが、ロダンはもつと自然的である。小宇宙的である。例へば、花の愛らしさ、岩石の強さまでも表現しわけることの出来るやうな内容的なものとなつてゐる。

談話筆記「巨匠ロダン翁」より 大正6年(1917) 光太郎35歳


こういう場合の常ですが、光太郎が範とした人物の評は、そのまま光太郎の理想的な芸術の一面を物語り、光太郎贔屓の当方などは、そのまま光太郎自身の評としてもいいように感じます。

光太郎の父・高村光雲の関連で3件ほど。

まず、京都から企画展の情報です。

帝室技芸員の仕事 彫刻編

期    日 : 2019年8月24日(土)~11月17日(日)
時    間 : 午前10:00~午後5:00
会    場 : 清水三年坂美術館 京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水三丁目 337-1
料    金 : 大人 800円   大・高・中学生 500円  小学生 300円  団体 (20名以上)20%割引 
休 館 日 : 下記参照

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 当館所蔵作品のうち、帝室技芸員による作品を一堂に展示する「帝室技芸員の仕事」シリーズ。今回は石川光明(1852~1913)と高村光雲(1852~1934)の作品を中心に、彫刻分野の帝室技芸員による名品をご覧頂きます。
 帝室技芸員制度は、宮内省(現在の宮内庁)が技術と人柄に優れた当代の美術工芸家を選出し「帝室技芸員」に任命する作家の顕彰制度で、その拝命は作家にとって大変な名誉でした。
 光雲と光明は、帝室技芸員制度が発足した明治23年(1890)、ふたり同時に第一回帝室技芸員に任命されています。光雲が仏師として修業を積み生涯木彫一筋で制作を続けた一方、光明は牙彫を中心に木彫や彫漆にも取り組みました。ふたりはそれぞれ異なる姿勢で制作に取り組みながらも互いに敬意を払い、ともに近代彫刻界の発展に貢献しました。

 この度の展示では、光雲・光明の作品に加え、竹内久一(1857~1916)や山崎朝雲(1867~1954)の作品もご紹介します。作品が持つ気品と迫力、そして人物や動物の描写に発揮された妙技を味わって頂ければ幸いです。また、煙管筒のような小品も多数展示致します。精巧な彫りを作品の間近でどうぞご覧ください。
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というわけで、光雲作の木彫がある程度まとめて展示されます。同館では平成23年(2011)にも
帝室技芸員series3 彫刻 高村光雲と石川光明」という企画展を開催、その際には、光雲作品は約30点出ました。今回もそれに近いのではないかと思われます。


続いて、新潟県上越市からの展示情報。状況をわかりやすくするため、「上越妙国タウン情報」というサイト、「上越タウンジャーナル
」というサイトから引用させていただきます。

高村光雲作 木造毘沙門天像 埋蔵文化財センターで初公開

謙信公祭が近づくなか、かつて春日山城跡の毘沙門堂に安置されていた木造毘沙門天像が、上越市春日山町の埋蔵文化財センターで展示されている。
一般公開は初めてということ。
木造毘沙門天像の大きさは約40㎝。作者は上野公園にある西郷隆盛像などを手がけた仏師、高村光雲。光雲は昭和3年、米沢にあった本物の毘沙門天像が火災の被害を受けたため、その修理を担当したが同時に分身として作ったのがこの像。なかには本物の像のかけらが収められているという。
毘沙門天像は昭和5年、旧春日村に寄贈され、春日山城跡の毘沙門堂に安置され、その後、盗難などの防犯面から春日地区町内会長連絡協議会が保管、現在は埋蔵文化財センターが保管している。協議会では元号が令和になったことにあわせ今回はじめて一般公開した。
木造毘沙門天像は今月30日までの展示。時間は午前9時から午後5時まで入場は無料。

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春日山城跡毘沙門堂にあった彫刻家高村光雲作「木造毘沙門天像」初公開

新潟県上越市春日山町1の同市埋蔵文化財センターで、かつて春日山城跡の毘沙門堂に安置してあり、明治・大正を代表する彫刻家の高村光雲(1852〜1934)が制作した「木造毘沙門天像」が2019年8月19日から展示されている。一般公開は初めてで、期間は8月30日まで。
郷土の戦国武将、上杉謙信は仏教を守護する四天王の一つ毘沙門天を敬い、自らを毘沙門天の化身と信じ、軍旗には「毘」の一字を用いていた。また、出陣前に毘沙門天を安置した毘沙門堂に籠もり、戦勝祈願を行ったといわれている。
上越市によると、謙信が祈願した毘沙門天像は上杉家の移封に伴い会津を経て米沢に移されたが、火災で被害を受けていた。このため1928年、上野公園の西郷隆盛像などを制作した著名な彫刻家で仏師でもあった高村光雲が修理を担当し、その際、像のかけらを体内に収めた分身像を制作。1930年に当時の春日村に寄贈され、翌年に建設された毘沙門堂に安置された。
その後、1969年のNHK大河ドラマ「天と地と」の放送で多くの観光客が春日山城跡に訪れるようになったことから、盗難防止のため、青銅製の像と入れ替え、像は所有者の春日地区町内会長連絡協議会が保管していた。数年前からは埋蔵文化財センターの特別収蔵庫で保管している。
展示は8月24、25日に開催される第94回謙信公祭にあわせて実施。像は木像で大きさは約40cm。左手にやりを持ち、よろいで身を固め怒りの表情をしている。
所有する春日地区町内会長連絡協議会の清水栄一会長は「元号が令和になったこともあり、特別に展示することにした」と話している。開館時間は午前9時〜午後5時。入場無料。

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上越市埋蔵文化財センターさんのサイト等には詳細な情報が出ていません。


最後に、信州善光寺さん。『仁王門再建百年・仁王像開眼百年記念イヤーイベント』の一環として、3月に告知された仁王門の写真コンテスト、光雲曾孫の写真家・髙村達氏らによる審査が終わり、入賞作が同寺のサイトにアップされています。

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なるほど、素晴らしい作品ばかりです。

同寺では、近々、仁王像開眼100周年の記念法要があるはずなのですが、まだ具体的な日程等不明です。詳細がわかりましたらまたご紹介いたします。


【折々のことば・光太郎】

妙な所が戦場になつちやつて、ぼくらの近所はひどかつたですよ。電信柱に足がぶら下つてたりね、往来に靴が落つこつてる、見ると中身があるんだ。気味が悪くつてね。ぼくもいつやられるか、と思つてね。

対談「わが生涯」より 昭和30年(1955) 光太郎73歳

戦時中の回想です。ぶら下がっていた脚の印象はかなり強かったようで、連作詩「暗愚小伝」(昭和22年=1947)の構想段階で書かれた「わが詩を読みて人死に就けり」という詩にも描かれました。

   わが詩をよみて人死に就けり

 爆弾は私の内の前後左右に落ちた。
 電線に女の太腿がぶらさがつた。
 死はいつでもそこにあつた。
 死の恐怖から私自身を救ふために
 「必死の時」を必死になつて私は書いた。
 その詩を戦地の同胞がよんだ。
 人はそれをよんで死に立ち向つた。
 その詩を毎日よみかへすと家郷へ書き送つた
 潜航艇の艇長はやがて艇と共に死んだ。

「必死の時」は昭和17年(1942)作の詩。「年代が合わないじゃないか」という指摘がありますが、乞われて揮毫したと考えれば符合します。実際、この詩を書いてくれという需めがけっこうあったようで、揮毫も現存します。

こうした事態を弾き起こした責任の一端は自分にもあると考えて、戦後7年間、花巻郊外旧太田村で蟄居生活を送ったわけです。

毎年、春と秋にご紹介しています京都知恩院さんのライトアップ。今年の春は、昨年までより遅い時期の開催となりました。

知恩院 春のライトアップ2019

期  間 : 2019年3月29日(金)~4月7日(日)
時  間 : 17時45分~21時30分(21時受付終了)
場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
         友禅苑、三門下周辺、女坂、
阿弥陀堂
料  金 : 大人 500円  小中学生 300円

京友禅の祖・宮崎友禅翁ゆかりの庭園「友禅苑」や、日本最大級の木造二重門である「三門」、御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像をお祀りする「阿弥陀堂」をライトアップします。
例年、3月初旬~中旬にかけて行われる東山花灯路に合わせて開催しておりましたが、今年は知恩院の桜の見頃の時期に合わせて3月末~4月初旬の開催となりました。ぜひこの機会に、知恩院へお参りください。

主な見どころ】
友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。
阿弥陀堂
明治43(1910)年に再建。本尊は御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像。様々な法要儀式を執り行う堂宇です。堂内に並べられている木魚は自由に叩いて頂けます。法然上人のみ教え「お念佛」に触れて下さい。

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関連イベント

「聞いてみよう!お坊さんのはなし」
ライトアップ期間中には、阿弥陀堂にて「聞いてみよう!お坊さんのはなし」を毎日開催します。お坊さんの話を聞いたことがないという方や、仏教のことをよく知らないという方も大歓迎です。どなたでもお気軽にお越しください。
【テーマ】
・3月29日(金)~3月31日(日) 『あの世のおはなし』
・4月 1日(月)~4月 4日(木) 『阿弥陀様ってどんなお方?』
・4月 5日(金)~4月 7日(日) 『「南無」の心』
【開始時間】
  18時~/18時40分~/19時20分~/20時~(各回お話15分~20分 木魚念仏体験10分程度)
  ※状況により時間が変更になる場合がございます。

切り絵作家望月めぐみ作品展示
ライトアップの期間中、友禅苑の白寿庵にて切り絵作家 望月めぐみさんの作品展示が行われます。約50メートルの機械漉き美濃和紙に施された切り絵作品を、ライトアップされた白寿庵の広間でお楽しみください。
3月29日(金)、4月6日(土)には望月めぐみさんのトークショーも開催されます。この機会に是非お越しください。
19時〜(全2回) 友禅苑内の白寿庵にて 見学無料(拝観料500円別途必要)


光雲作という聖観音菩薩立像。過日、15年ほど前に購入した『東京芸術大学百年史 京美術学校篇 一巻』という書籍を久しぶりに見ておりましたところ、写真が載っていました。この写真の存在、すっかり忘れていました。

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キャプションによれば、明治25年(1892)の作で、後のページの記録等を見ると、上野公園の西郷隆盛像や皇居前広場の楠木正成像などと同様、美術学校として注文を受けたもののようです。「委嘱品竣功ノ分」というリストに、「観音銅像 壹体」「注文者 東京 福田循誘」とあり、おそらくこれがそうでしょう。福田は東京深川本誓寺の住職でしたが、歿後は知恩院さんに墓が建てられています。

やはり西郷像などと同様に、光雲が主任だったということで、光雲作となっているのだと思われます。ちなみに同じリストには西郷隆盛像も載っています。集合写真に写っている岡崎雪声は、西郷像や楠木正成像の鋳造を手がけており、この観音像もそうなのでしょう。明治25年(1892)というと、光太郎はまだ下谷高等小学校に在学中でした。

何はともあれ、ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

家は古風な作りで、表に狐格子の出窓などがあつた。裏は南に面して広い庭があり、すぐ石屋の石置場につづき、その前には総持院といふ小さな不動様のお寺があり、年寄の法印さまが一人で本尊を守つてゐた。父の家の門柱には隷書で「神仏人像彫刻師一東齋光雲」と書いた木札が物寂びて懸けられてゐたが、此は朝かけて夕方とり外すのが例であつた。

散文「谷中の家」より 昭和14年(1939) 光太郎57歳

この文章の書き出しは「明治二十四五年頃の話である。」。まさしく知恩院さんの観音像が作られた頃の回想です。後の本郷区駒込林町(現・文京区千駄木)に転居する前の、谷中に住んでいた時期です。

毎年、春と秋にご紹介していますが、京都の古刹・知恩院さんでのライトアップ。一昨日から始まっています。 

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2018

期  間 :   2018年11月2日(金)~12月2日(日)
拝観時間 :   17時30分~21時30分(21時受付終了)
場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
        友禅苑、三門楼上、宝佛殿、女坂
拝観料金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生) 

 知恩院は浄土宗の開祖、法然上人(1133〜1212)がお念仏のみ教えを広め、入寂された遺跡に建つ由緒ある寺院です。正式名称は華頂山知恩教院大谷寺という、浄土宗の総本山です。
 江戸時代、浄土宗を信仰した徳川家康公が、当寺を京都における菩提所と定めたことから寺領が拡大され、現在の大伽藍が築かれました。

 2年ぶりのライトアップとなる三門をはじめ、友禅苑・女坂・宝佛殿をライトアップ。広大な境内の随所で、色とりどりの紅葉をご覧いただけます。期間中様々なイベントを開催しておりますので、秋の京都はぜひ知恩院へ。

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主な見どころ

国宝 三門Sanmon(National treasure)
 元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した 高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」(三解脱門)を 表すことから三門といいます。

友禅苑Yūzen-en garden
 友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、 華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、 補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

宝佛殿Hōbutsuden
 平成4(1992)年に建立。和様式重層寄棟造りで、 堂内には高さ4.8mの阿弥陀如来立像、四天王が祀られています。

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京都では珍しい、露座の光雲作聖観音像が毎年ライトアップされています。


法話やコンサート、フォトコンテストなど、関連行事も充実しています。

また、このところ、PR動画の作成にも力を注いでいるようで……。「紅葉」がほとんど出てこないのですが(笑)。





ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

抒情から意慾へ。

散文「瀧俊一詩集「波止場」序――パルタンスの青旗――」より
昭和4年(1929) 光太郎47歳

大正末から昭和初期、光太郎の詩に影響された若い詩人達が続々登場します。明治の文語定型詩、その後の白露時代の優美な抒情詩、朔太郎等の感覚的なそれとは一線を画する、述志的な部分をもつもの。アナーキズム、プロレタリア文学の一つの源流と言えるかも知れません。

情報を得るのが遅れ、始まってしまっていますが、京都から企画展示情報です。 

平成30年度秋季特別展「奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣-寺田出身の青年が作った大正サロン-」

期 日 : 平成30年10月20日(土)~年12月16日(日)
場 所 : 
城陽市歴史民俗資料館 京都府城陽市寺田今堀1 文化パルク城陽西館4階
時 間 : 午前10時から午後5時
料 金 : 大人 200円(160円) 小中学生 100円(80円)(  )内20名以上の団体
休 館 : 11月5・6・12・19・26・27日、12月3・10日

 寺田村出身の青年奥田駒蔵が東京で作った店「メイゾン鴻乃巣」は、明治から大正にかけて近代文学を担った文豪たち、芸術家たちが集う本格的なフレンチレストランでした。この特別展では、「鴻巣山人」と称し、永井荷風、与謝野晶子など錚々たる文学者じゃ、芸術家に愛された奥田駒蔵と彼の生涯、また少年時代の駒蔵が過ごした寺田村の当時の様子をあわせて紹介します。この展示の実施にあたっては、奥田駒蔵氏の孫である奥田恵二氏の妻であり、エッセイストである奥田万里氏の著書『大正文士のサロンを作った男-奥田駒蔵とメイゾン鴻ノ巣』の内容に沿いながら実施します。

展示構成
 1 奥田駒蔵とふるさと寺田村
  『カフェエ夜話』 寺田尋常高等小学校写真・資料 大正~昭和初期の鴻巣山関係資料
 2 西洋料理店「メイゾン鴻乃巣」とは
  『文章世界』明治44年9月号 『白樺』大正3年9月号 サモワール
  「メイゾン鴻乃巣創業の地」説明版写真 京橋鴻乃巣新装落成記念ポスター 
  カラトリー、すっぽん鍋
 3 メイゾン鴻乃巣に集った人々
  木下杢太郎写真、「該里酒」(『食後の唄』収録) 北原白秋写真、「屋根の風見」
  芥川龍之介写真、
  『羅生門』出版記念会写真 志賀直哉写真、
  志賀の手がけた鴻乃巣の広告(『白樺』第3巻10月号)他
  関根正二「子供」 与謝野鉄幹・晶子夫妻写真、駒蔵葬儀の写真、晶子の追悼歌他
 4 自由人奥田駒蔵-その人と作品-
  掛軸「蛙百態」「洋蘭」 掛軸「父上像」「南京と蜜柑」 屏風「蛙」 
  版画「ダリア」「柿」他スケッチ画5点
  奥田駒蔵と家族の写真 『カフェエ夜話』

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関連イベント

第83回文化財講演会 祖父奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣
 講師 奥田恵二氏、奥田万里氏
 日時 平成30年11月23日(金・祝) 13:30~15:00
 場所 文化パルク城陽ふれあいホール
 申込み・参加費 不要

ギャラリートーク
 日時 10月27日(土)、11月17日(土)、12月9日(日) 14:00~15:00
 場所 城陽市歴史民俗資料館特別展示室
 講師 資料館職員


光太郎、北原白秋、木下杢太郎らの芸術運動「パンの会」の会場として使われ、光太郎の詩文にたびたび登場する日本橋にあったカフェ「メイゾン鴻乃巣」。創業者の奥田駒三が現在の城陽市の一部、寺田村出身ということで企画されたようです。

駒三の令孫にあたる奥田恵二氏、奥田万里氏夫妻の地道な調査により、平成27年(2015)には『大正文士のサロンを作った男 奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣』という書籍が刊行され、興味深く拝読しました。関連行事としての講演ではご夫妻が講師を務められます。

メイゾン鴻乃巣に集まった文士たちに関する展示もあり、「パンの会」での光太郎の朋友・木下杢太郎や北原白秋、それから「パンの会」とは関わりませんが、光太郎の師・与謝野夫妻の名が上がっています。おそらく光太郎についても名前程度は出していただいているのでは、と思われます。

来月もあちこち飛び回るつもりでおりますが、都合をつけて観に行くつもりです。皆様も是非どうぞ。


【折々のことば・光太郎】

私は生きいきした人生の礼讃者である。明るい、健康な、いぢけない、四肢五体に意識と智慧と精神とのはつきり行き渡つてゐる人生の渇仰者である。暗愚な、おどおどした、無智な、無意識な人生からは一刻も早く脱したいと思ふ。
散文「日本家庭百科事彙」より 昭和3年(1928) 光太郎47歳

彫刻に、詩に、脂ののっていた時期の文章だけに、こういう発言となっています。ただし、パートナー・智恵子の方は実家の長沼酒造の経営が傾きはじめ、油絵にも絶望、徐々に精神の均衡を保てなくなっていました。

名古屋秋田と巡回した企画展の京都展です。 
期 日  : 2018年10月2日(火)~11月25日(日)
会 場 : 京都文化博物館 京都市中京区東片町623-1
時 間 : 10:00〜18:00
料 金 : 一般1,400(1,200)円、大高生1,000(800) 円 中小生 500(300)
       
( )内20名以上の団体
休館日  : 月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館) ただし、10月22日(月)は開館
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 2018年は、明治改元から150年にあたり、これを記念して明治期の華やかな皇室文化をテーマに特別展を開催します。
 本展は、明治宮廷前史として幕末から政治の舞台となった京都における天皇と皇室の波乱に満ちた時代から始まります。1869(明治2)年、明治天皇が東京へ移居し、天皇を中心とした近代国家の建設が進められますが、欧米と並ぶ文明国家をめざす明治政府は、欧米諸国との融和を図るため鹿鳴館や明治宮殿で外国使臣をもてなすなど欧化政策をとります。一方で江戸時代から続く日本独自の優れた美術・工芸を世界に発信するため、帝室技芸員制度を作り、その保護・育成にも努めました。京都から多くを輩出した帝室技芸員の貴重な作品からも明治宮廷文化の美と技をご覧いただけます。
 

関連イベント

特別講演会 『昔語りは珠匣(しゆかふ)のごとく – 平成に伝えられる明治の皇室文化– 』
日時:2108年10月16日(火)14:00〜15:30
講師:彬子女王殿下  会場:京都文化博物館 別館ホール(定員200名)

連続講演会
①「岩倉具視と幕末の朝廷」講師:松中博(京都市歴史資料館研究員)
   日時:2018年10月13日(土)10:30〜12:00

②「明治期京都の七宝—産業と美術工芸の狭間」講師:畑智子(京都文化博物館)      
   日時:2018年10月27日(土)10:30〜12:00

③「帝室技芸員 – その成立と役割」講師:塩谷純(東京文化財研究所)
   日時:2018年11月17日(土)10:30〜12:00

※①②③とも会場は京都文化博物館3階フィルムシアター(定員160名)

④音楽会「明治の西洋音楽と皇室」
 日時:2018年10月20日(土)開場13:30 開演14:00
 出演者:ソプラノ 東朝子、宇田川泰子 女声合唱団「ミルテンクランツ」
 指揮:成毛敦 ピアノ:藤井いづみ
 会場:京都文化博物館 別館ホール(定員200名)

※①②③④とも要申込 参加費無料(ただし、本展覧会入場券(半券可)が必要)


帝室技芸員の作品ということで、光太郎の父・高村光雲の作「魚籃観音像」が出品されるはずです。また、関連イベント中の講演③「帝室技芸員 – その成立と役割」 では、光雲にも触れられることでしょう。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

まあ仮に花巻といふ町が、幾百年かの後に消えてなくなるやうな事があつたとしても、この町の名は滅びないであらう。宮澤賢治がそこに生れ、そこに居住し、そこで仕事したといふ事によつて此の町の名は滅びない。宮澤賢治は不朽である。不朽であるばかりでなく、彼は絶えず、ひろく、ふかく、つよく人類の中へ進展するであらう。

散文「宮澤賢治十七回忌」より 昭和24年(1949) 光太郎67歳

光太郎の名も、不朽のものとして残って欲しいものです。

京都から展覧会情報です。

あっ!きのこの大B級仮装展

期 日 : 2018年6月23日(土)~2018年7月1日(日) 無休
会 場 : 学森舎 京都府京都市左京区超勝寺門前町89
時 間 : 12:00〜19:00
料 金 : 無料

あっ!きのこによる、紙工作で作ったチープな自撮り作品500点を展示します。名画や妖怪、キャラクターや有名人にあの手この手でなりきっています。6月23日19時30分〜はアウトサイダーキュレーター櫛野展正さんをお招きしてトークイベントを開催します。要予約で2000円(軽食付き)  是非お越しください。

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パロディー系(それも脱力系の)ア000ートの展覧会です。チラシがすでにボッティチェリの「プリマヴェーラ」のパロディーになっています。

元ネタは古今東西の有名な作品から、村山槐多などの少しマニアックなものまで幅広く、作者・あっ!きのこさんのサイトを見て、爆笑してしまいました。それぞれ悪意のあるパロディーではなく、リスペクト、というより元ネタへの「愛」に溢れています。

光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)も取り上げて下さいました。

元気の出る展覧会だと思われます。ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

物は一見するに如くはないが、一見する甲斐ある人と、甲斐なき人とある事は争はれない。スケツチ帖を厚くしに渡欧する人々も多い世の中である。

散文「画家九里四郎君の渡欧を送る」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

九里(くのり)四郎は光太郎より3歳年下。光太郎が彫刻科を終えてから再入学した東京美術学校西洋画科での同級生で、白樺派の面々とも関わっていますが、現代ではほぼ忘れられかけた画家と言っていいでしょう。

光太郎曰く、九里は「一見する甲斐ある」画家。他の箇所では「色彩に対して本能的な好趣味と理解力とを有(も)つてゐる」「此一事は実に芸術家の旅行券(パツスポオト)である」と激賞しています。

毎年恒例となっています、京の都に春の訪れを告げるイベントです。 

知恩院 春のライトアップ2018

期 間 : 2018年3月9日(金)~18日(日
時 間 : 18時00分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       三門周辺、友禅苑、女坂、宝佛殿
料 金 : 大人 500円  小中学生 300円

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主な見どころ】

友禅苑
 友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

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関連行事

聞いてみよう! お坊さんのはなし

ライトアップ期間中、阿弥陀堂にて毎日開催 開始時間: (Ⅰ)18:10〜 (Ⅱ)19:00〜 (Ⅲ)20:00〜
(各回お話15〜20分、木魚念仏体験10分程度) ※状況により時間が変更になる場合がございます
仏教のことを知らない、お寺での話を聞いたことがないようなお方も大歓迎です。どうぞお気軽に足を運んでください。お話の後にはお坊さんと皆さまが一緒になって木魚を打ちながら「南無阿弥陀仏」とお念仏をお称えする体験をしていただきます。知恩院の荘厳な空間の中、日常では味わえない貴重なひとときを過ごしてみませんか?


聞いてみよう! お坊さんの生演奏

ライトアップ期間中、三門下にて金土日限定で開催
 時間: (Ⅰ)18:40〜 (Ⅱ)19:30〜 (各回15〜20分程度)
 ※状況により時間が変更になる場合がございます

9日(金) 10日(土) お説教ギターライブ
  大門哲爾  福井県出身。歌を交えて法話を行う「唄うお坊さん」
11日(日) 世界最古のオーケストラ
  知恩院僧侶  法要儀式に雅楽出仕する僧侶による演奏。
  晴天の場合、道楽(みちがく)があります!
16日(金) 三味線法話
 寺尾昌治   大阪府出身。津軽三味線と日本民謡を生かして法話を語る「三味線坊主」
17日(土)/18日(日) バンド演奏
 ぽくぽくすまいる ライトアップ限定でバンドを結成! 知恩院オリジナル曲も披露!?

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知恩院さん、秋の紅葉の時期のライトアップはかなり以前からやられているようですが、春のライトアップはおそらく一昨年から。昨秋のライトアップではYoutube上にPR動画を配信、今春はさらに「聞いてみよう! お坊さんの生演奏」が新企画として盛り込まれるそうです。どんどん進化し続けていますね(笑)。

光太郎の父・高村光雲原型の観音像についてはこちら

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

最も強大な美の源泉は、民族そのものが亡びても其の美の勢力を失はない。一民族を超えて世界の美の源泉となる。

散文「美の日本的源泉」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

太平洋戦争で日本の敗色濃厚となりつつあった時期の言です。我が国が亡びるという危惧もあったのかもしれません。

毎年ご紹介していますが、今年も京都の知恩院さんでの紅葉ライトアップが再来週から始まります。 

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2017

期  間 : 2017年11月3日(金・祝)~12月3日(日)
拝観時間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       友禅苑、大鐘楼、宝佛殿、女坂
拝観料金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)
       団体割引 大人30名以上、1割引き

 知恩院は浄土宗の開祖、法然上人(1133〜1212)がお念仏のみ教えを広め、入寂された遺跡に建つ由緒ある寺院です。正式名称は華頂山知恩教院大谷寺という、浄土宗の総本山です。
 江戸時代、浄土宗を信仰した徳川家康公が、当寺を京都における菩提所と定めたことから寺領が拡大され、現在の大伽藍が築かれました。

 今年の知恩院ライトアップは、友禅染の創始者宮崎友禅斎を祀る庭園「友禅苑」、阿弥陀如来立像をお祀りする「宝佛殿」、日本三大梵鐘の一つである「大鐘楼」をライトアップします。

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主な見どころ】002
友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

宝佛殿
平成4年に建立。和様式重層寄棟造りで、堂内には高さ4.8mの阿弥陀如来立像、四天王が祀られています。

大鐘楼
大鐘は高さ3.3m、口径2.8m、重さ約70トン。寛永13(1636)年に鋳造され、日本三大梵鐘の一つとして広く知られています。僧侶17人がかりで撞く除夜の鐘は京都の冬の風物詩として有名です。


関連行事 

オープニングイベント おてつぎフェス Hand to Hand:promotion of the Nembutsu

【期間】 11月3日(金・祝)・4日(土)・5日(日)

 三門コンサート (二胡とシンセサイザーの共演)
   開始時間 ❶18:00〜18:30 ❷19:00〜19:30
  〈二胡〉帯金 真理子 〈シンセサイザー〉森 孝良  〈曲目〉月影、赤とんぼ、ジュピターなど
 お坊さんと話してみませんか
  宝佛殿にて開催   開始時間 ❶18:30〜19:00 ❷19:30〜20:00
  3日 ライブハウスでも人気 女性布教師 中村 祐華
  4日 人形芝居・紙芝居で親子連れ必見 山添 真寛
  5日 ニュージーランドから来たお坊さん 作田 法道(ウィズフォード・スティーブン)
 

聞いてみよう! お坊さんのはなし
 11月7日以降の毎日(月曜日を除く) 宝佛殿にて開催 
 開始時間 ❶18:00〜 ❷18:45〜 ❸19:30〜 ❹20:15〜
 (各回お話15〜20分、木魚念仏体験10分程度)《週替わりテーマ》 
 1週目「お坊さんとは?」 
 2週目「なぜ手を合わせるの?」
 3週目「幸せとは?」
 4週目「死にむかうとは?」

 仏教に馴染みのない方でもお気軽にお越しください。お話の後には皆さまと共に木魚を打ちながら「南無阿弥陀仏」とお念仏をお称えします。知恩院の荘厳な空間の中、日常では味わえない貴重な体験をしてみませんか?
 

新企画 ぶつけてみよう! あなたのオモイ

毎週月曜日(6日・13日・20日・27日) 宝佛殿にて開催
開始時間 ❶18:00〜 ❷19:00〜 ❸20:00〜
 簡単なお話と木魚念仏体験の後、お坊さんが皆さまの悩みや日頃の想いをお聞きします。



昨秋のライトアップの様子です。



今年のPR動画が、現在2本(追って増えるようです)。知恩院さん、かなり攻めてます(笑)。




ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

智恵子はこよなき審判者であり、 うちに智恵子の睡る時わたくしは過ち、 耳に智恵子の声をきく時わたくしは正しい。

連作詩「智恵子抄その後」中の「元素智恵子」より
 
昭和24年(1949) 光太郎67歳

6篇からなる連作詩「智恵子抄その後」。翌年元日発行の雑誌『新女苑』に掲載されました。

うちに智恵子の睡る時」は、昭和16年(1941)以降。この年8月に刊行された『智恵子抄』のために書き下ろされたと推定される「荒涼たる帰宅」をもって、公表された智恵子をメインに謳った詩は途絶しました。そしてまさしく「わたくしは過ち」、愚にも付かない大量の翼賛詩を書き殴り、多くの前途有為な若者を戦場へと駆り立てたのです。

戦後、昭和20年(1945)の「松庵寺」で、再び智恵子が詩に現れ、以後、連作詩「暗愚小伝」などで断片的に智恵子が謳われました。そして、「智恵子抄その後」。よみがえった智恵子の声を聴くようになった光太郎は、ヒューマニストとしての再生を果たしたと言えるのでしょう。

今日行われる合唱の演奏会です。情報を得たのが昨日でして、ご紹介が遅れました。

先日もご紹介した鈴木憲夫氏作曲の「レモン哀歌」がプログラムに入っており、鈴木氏ご本人もゲスト出演されるそうで、これは紹介せざるを得ません。

鈴木憲夫の世界2~女声合唱の響宴

期   日 : 2017年5月13日(土)
場   所 : 京都コンサートホール 大ホール 京都市左京区下鴨半木町1番地の26
時   間 : 開場 13:00  開演14:00
出   演 : アベリア クリスタルエコーズ 女声コーラス コール・リーベン
        
女声コーラス ベルヴォア 女声コーラス ラ・コール 
        女声コーラス みちくさ  
女声コーラス 向日葵 沙羅の木合唱団
        女声コーラス アコルト
指   揮 : 箸尾哲男 田末勝志
ピ ア ノ : 小澤まり子 木下亜子 鈴木華重子 寺本佳世子 和田蕗子
ゲ ス ト : 鈴木憲夫  
料   金 : 1,500円 全席自由
問い合わせ : 090-6063-4132 (中島理恵)
プログラム : レモン哀歌 永訣の朝 地球ばんざい 地球に寄り添って 想い出(合同演奏)

2013年11月に行われた「鈴木憲夫の世界」の第2回コンサートです。
2013年のコンサートでは、混声合唱、女声合唱、少年少女の合唱など様々な合唱団が出演しましたが、今回は女声合唱団のみの演奏となっています。
9つの女声合唱団が、初期作品「永訣の朝」から「レモン哀歌」まで、「鈴木憲夫の世界」をうたいます。
鈴木憲夫氏も、ゲストとして参加されます。

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鈴木憲夫氏の「レモン哀歌」、いい曲ですのでじわじわと広まっているということでしょう。以前にも書きましたが、女声版、混声版があります。難易度的には難しすぎず、優しすぎず、メロディーラインの美しい曲です。全国の合唱団の皆さん、ぜひ取り上げて下さい。


【折々のことば・光太郎】

底がぬけるといふ事は そんなにやさしいことではない。 だが又そんなにやさしい事かも知れない。

詩「夏書十題 底」より 昭和3年(1928) 光太郎46歳

ここでの「底がぬける」は、「すべてをかなぐり捨てて、思い切った行動をとる」とでもいったような意味合いでしょうか。たしかになかなか難しいことですが、その気になりさえすれば、存外たやすいし、やってみたら非常によかった、なぜもっと早くやらなかったんだろうと感じる、という面もあるかも知れません。

そんなにやさしい事かも知れない」という奇妙な日本語の使用も、ある意味、「底がぬけ」た一例のような気がします。いくら対句とはいえ、語格に敏感だった光太郎、通常はこんな破格の用法は使いません。しかし、あえてそう表現してみると、これはこれで効果的だな……みたいな。

古都・京都に春を告げるイベントです。

知恩院 春のライトアップ2017

期  間 : 2017年3月3日(金)~12日(日
拝観時間 : 18時00分~21時30分(21時受付終了)
場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 ) 三門周辺、友禅苑、女坂、宝佛殿
拝観料金 : 大人 500円  小中学生 300円

主な見どころ】

友禅苑
 友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

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宝物殿
 平成4年に建立。和様式重層寄棟造りで、堂内には高さ4.8mの阿弥陀如来立像、四天王が祀られています。

【聴いてみよう! お坊さんのはなし】
 ライトアップ期間中、宝佛殿にて毎日開催
 開始時間: (Ⅰ)18:15~ (Ⅱ)19:00~ (Ⅲ)20:00~ (各回15~20分程度)
 ※状況により開催時間が変更になる場合がございます
 「おかげさまの心」「お寺のお参りの心構え」「極楽と天国の違い」など、知恩院のお参りを通し
 て、より仏教に
親しみを感じていただけるような内容になっています。お話の後には皆さんと共に木
 魚を打ちながら「南無阿
弥陀佛」とお念佛をお称えします。
 知恩院の荘厳な空間の中、お坊さんと一緒に貴重な体験をしてみませんか?
 参加された方限定で3月25日(土)に開催する体験イベントのご案内をいたします。
 どうぞお楽しみにお待ちください。


光太郎の父・高村光雲原型の観音像についてはこちら

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

心の地平にわき起るさまざまの物のかたちは 入りみだれて限りなくかがやきます。 かうして一日の心の営みを わたしは更け渡る夜に果てしなく洗ひます。
詩「真夜中の洗濯」より 大正11年(1922) 光太郎40歳

「真夜中の洗濯」は、題名のとおり、深夜に衣類の洗濯をしている様を謳った詩です。大正年間ですので、洗濯機などという物は存在せず、風呂場で残り湯を使って洗っているようです。「一坪の風呂場」「桃いろの湯気」「盥(たらい)」という語が使われています。駒込林町のアトリエ兼住居には内湯があったのですね。銭湯通いであれば、もう少し近所づきあいなども増えて、智恵子の鬱屈も緩和されたかも知れませんが。

智恵子はこの詩には登場しません。洗濯は光太郎の分担だったのか、智恵子が一年の半分近くは実家に帰っていたというためなのか、少なくとも詩からは毎晩のように、一日の終わりを締めくくる行為として洗濯にあたっていることがうかがえます。

引用部分、洗濯は衣類の汚れを落とすだけでなく、自分自身の心の汚れも洗い落とす儀式のようです。

京都から、光太郎の父・高村光雲がらみの企画展情報です。

うた詠むこころ The Composing Mind

期  日 : 2016年11月19日(土)~2017年2月12日(日)
場  所 : 清水三年坂美術 京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水三丁目337-1
時  間 : 午前10:00~午後5:00(入館は午後4:30まで)
休  館 : 月・火曜日(祝日は開館)  年末年始(12月26日(月)−1月3日(火))
料  金 : 大人 800円 大・高・中学生 500円 小学生 300円 団体 (20名以上)20%引

古来「ことだまの幸はふ国」といわれる日本では、歌は祈りを込めた詞であり、また森羅万象や心の機微を言葉でもって巧みに写し取り、よむ人を鼓舞し、慰め、感動を伝えてきた。その心は、日本の文化形成に大きな影響を与え、言葉のみならず、絵画や身の回りに備える調度品、刀装具などにも多く題材とされ、優れた作品を生み出してきた。蒔絵や金工などの技法でもって描かれる情景は、時に幻想的であり、歌の世界を超えた作り手たちの心象風景とも言えよう。
本展では、当館所蔵の美術工芸品の中から、歌にまつわる名品の数々をご高覧いただきたい。

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光雲の木彫、「西行法師」が出品されています。005

正確な制作年が不明なのですが、像高56㌢、桜財を使った緻密な作品です。

同館で昨年開催された企画展「明治の彫刻」にも出品され、当方、同じく京都の知恩院さんに立つ聖観音像とともに拝見して参りました。

この他にも同館では常設展もあり、そちらにも光雲作の木彫が出ていると思われます。

冬の京都もなかなか乙なものと存じます。ぜひ足をお運びください。


【折々の歌と句・光太郎】

この雪に宿かしたまへ法の師よこよひの鐘はわれつとめむに
明治33年(1900) 光太郎18歳

まるで遊行中の西行法師を謳ったような感じですね。または西行作として『新古今和歌集』あたりに載っていてもおかしくないような気もします。

各地、特に北日本や高地から、ちらほら紅葉の便りが聞こえ始めてきました。

毎年ご紹介していますが、今年も京都の知恩院さんでの紅葉ライトアップが再来週から始まります   

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2016 

期 日 : 2016年11月3日(木・祝)~12月4日(日)
会 場 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 )
       友禅苑、三門、宝佛殿、女坂
時 間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
料 金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)
      団体割引 大人30名以上、1割引き

今年で17回目を迎える『知恩院ライトアップ2016』。
京友禅の祖・宮崎友禅斎ゆかりの庭園「友禅苑」や、日本最大級の木造二重門である「三門」、阿弥陀如来立像、四天王をお祀りしている「宝佛殿」をライトアップします。
春のライトアップで好評だった「聞いてみよう!お坊さんの話」は、土日祝日に実施します。また、オープニングイベントには「ニュージーランドから来たお坊さんと話してみよう!」「薩摩琵琶コンサート」も企画。
他にも、阿弥陀堂での法要の予定などもございます。大勢のおまいりをお待ちしております。

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主な見どころ】
友禅苑007
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

三門 3年ぶりのライトアップ特別公開     
元和7(1621)年、徳川秀忠公が建立した高さ24m、幅50mの日本最大級の木造二重門。悟りの境地に到る「空門」「無相門」「無願門」を表すことから三門(三解脱門)といいます。
※回廊のみお立ち入りいただけます。

宝佛殿
平成4年に建立。和様式重層寄棟造りで、堂内には高さ4.8mの阿弥陀如来立像、四天王が祀られています   

関連行事

オープニングイベント おてつぎフェス Hand to Hand:promotion of the Nembutsu
【期間】 11月 3日(木・祝)、4日(金)、5日(土)
 ※3~5日は特別に大鐘楼の拝観が可能になります。

ニュージーランドから来たお坊さんと話してみよう!008
【時間】 ①19:00~ ②20:00~
【場所】 宝佛殿
【お話】 佐賀教区 西光寺僧侶
      作田法道師(ウィズフォード・スティーブン)

薩摩琵琶コンサート
「法然上人の御一代記」を、琵琶法師のごとく、弾き語るコンサートです。
【時間】 ①18:30~ ②19:30~(各回30分)
【場所】 三門下
【演奏】 薩摩琵琶 鶴田流 北原香菜子009
おてつぎ運動は、法然上人のみ心を信じ、一人一人が心からお念佛を称え、家庭から職場へ、地域社会へと仲間の輪をつくり、全世界の人々の幸福と平和の実現に向けて、人から人へと法然上人のみ教えを広く現代社会に伝える運動です。


当方、時折京都にも参りますが、なかなかゆっくり観て回れていないのが現状です。今年あたりは時間が取れれば、しみじみと古都の紅葉狩りとしゃれこみたいものです。

皆様も是非どうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

真金(まがね)掘り黄金の窟(むろ)にあひしごと奈良には藝のよろこび満つる

明治36年(1903) 光太郎21歳

京都ではなく奈良での作ですが、この年、与謝野鉄幹らと京都、奈良、高野山、堺などを旅した際の作です。幼い頃から父・光雲に連れられたり、美術学校の2週間にもわたる修学旅行があったりで、何度も訪れている奈良ですが、彫刻家(まだ卵でしたが)として、いにしえの仏像などに出会う喜びは、何度訪れても大きかったのだと思われます。

JR京都駅内のジェイアール京都伊勢丹さん7階にある美術館「えき」KYOTOさんで開催中の展覧会です。気付くのが遅れ、始まっています。 

世界の巨匠たちが子どもだったころ

期  日 : 2016年8月11日(木)~9月11日(日)
会  場 : 美術館「えき」KYOTO 京都駅ビル内ジェイアール京都伊勢丹7階
                           京都市下京区烏丸通塩小路
ル東塩小路町
時  間 : 午前10時~午後8時(入館締切:閉館30分前)
料  金 : 一般 800円  高・大学生 600円  小・中学生400円
主  催 : 美術館「えき」KYOTO、京都新聞
後  援 : 京都府教育委員会、京都市教育委員会
協  力 : おかざき世界子ども美術博物館

展覧会概要
モネ、ムンク、ロートレック、ピカソ、岸田劉生、伊東深水、山口華楊、山下清、平山郁夫など、誰もが一度は耳にしたことがある美術界の巨匠たち。優れた技術と多彩な感性で多くの名品を残した彼らは、いったい子どもの頃はどのような絵を描いていたのでしょうか?
 本展覧会では、1985年に子どものための本格的な美術博物館として開館した、おかざき世界子ども美術博物館(愛知県・岡崎市)が所蔵するコレクションより、世界の有名美術家73人が描いた貴重な作品118点を紹介します。
10代という時代は、豊かな感受性を持つ多感な時期であり、純粋であるがゆえに感情が大きく揺れ動く時期でもあります。
この時期に制作された作品は、画家の努力や情熱、絵に対する真っ直ぐな思いが画面にあふれ出ています。
 描くことに夢中だった小さな巨匠たちが残した、成長の足跡をお楽しみください。

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名だたる巨匠たちに交じって、光太郎の姉・004咲(さく)の作品が展示されているということだそうです。

右の画像で、右側に立っているのが咲。左は光太郎の母・わかと、光太郎の弟・豊周です。

咲は光太郎より6つ年上の明治10年(1877)生まれ。五男四女の長子です(光太郎は長男にして三番目)。

素川狩野寿信に師事して狩野派の日本画を学び、明治22年(1889)、数え13歳で「寿司」の名と「素月」の号を許され、翌年には上野公園桜ヶ丘の日本美術協会列品館で開催された絵画展覧会に絹本堅淡彩の「鍾馗図」を出品、天覧も受けたと言います。

非常に親孝行な娘だったそうで、父・光雲がその代表作である「老猿」の制作がなかなか思うように行かなかった時など、ひそかに水垢離(みずごり)を行っていたとのこと。

その他、高村家には淡彩素描の作品がいくつか遺されており、中には幼い光太郎を描いたものもあります。見事なできばえです。

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光太郎は絵の才能に秀でたこの姉を尊敬し、愛していましたが、佳人薄命、咲は明治25年(1892)、数え16歳の若さで肺炎を患って歿してしまいました。優しく気丈なこの姉の生涯から、光太郎は強い感化を受けました。のちに画家の智恵子と結ばれた光太郎、もしかすると智恵子の背後にやはり画家だった姉の姿を見ていたのかもしれません。

当方、先月、盛岡に齢100歳でご存命の、光太郎の従妹・加藤照さんのお宅で、咲が描いたという扇を拝見しました。照さんのお母様のふゆさんが、咲に直接貰ったそうです。

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小さめの扇面に、人物像が実に細密に描かれています。


さて、美術館「えき」KYOTOさんの 「世界の巨匠たちが子どもだったころ」。咲の絵が三点展示されています。「仙人」「栗」「鶴」。

どのような経緯か存じませんが、咲の作品が、愛知県岡崎市のおかざき世界子ども美術博物館さんに所蔵されています。今回の美術館「えき」KYOTOさんの 「世界の巨匠たちが子どもだったころ」は、おかざき世界子ども美術博物館さんの所蔵品が中心ということで、咲の作品も並んでいるといううことだそうです。

影響ということを考えれば、光雲から受け継いだ彫刻道とはまた異なる、光太郎芸術の一つの源流ともいえる咲の絵画。もっと注目されていいものですね。


【折々の歌と句・光太郎】

太田村山口山の山かげに稗をくらひて蝉彫るわれは
昭和21年(1946) 光太郎64歳

いったん中断していましたが、蝉を詠んだ短歌がまだありますので、ご紹介します。

京都の古刹、知恩院さんの情報です。

知恩院 春のライトアップ2016

期  間  2016年3月12日(金)~21(祝・月)
拝観時間  18時00分~21時30分(21時受付終了)
場  所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 ) 友禅苑、阿弥陀堂、女坂
拝  観  料 : 大人 500円  小中学生 300円

主な見どころ】

友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎の生誕300年を記念して造園された、華やかな昭和の名庭です。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像が有名です。

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阿弥陀堂
明治43(1910)年に再建。本尊は御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像。様々な法要儀式を執り行う堂宇です。堂内に並べられている木魚は自由に叩いて頂けます。法然上人のみ教え「お念佛」に触れて下さい。

【聴いてみよう! お坊さんのはなし】
ライトアップ期間中、阿弥陀堂にて毎日開催
開始時間:(Ⅰ)18時15分~、(Ⅱ)19時~、(Ⅲ)20時~(各回15~20分)
※状況により開催時間が変更になる場合がございます
今年は初の試みとして「聞いてみよう!お坊さんのはなし」を開催いたします。「なぜ祈りが必要なのか」「お寺のお参りの心構え」「極楽と天国の違い」など、知恩院のお参りを通して、より仏教を身近に感じていただけるような内容になっています。お話の後には皆さんと一緒に木魚を叩きながら「南無阿弥陀佛」とお念佛をお称えします。
知恩院の荘厳な空間の中、お坊さんと一緒に貴重な体験をしてみませんか?


知恩院さんでは、毎年紅葉の時期にライトアップをされていますが、おそらく今年から春にも実施するとのこと。来月中旬からで、桜の時期とは少しずれているような気もしますが、どうなのでしょうか。早咲きの桜などはもう咲いているのでしょうか。

当方、昨春、知恩院さんに行って参りました。光雲作の聖観音像、京都で露座の光雲作品は珍しく、興味深く拝見しました。

いよいよ春本番間近、という感じですね。


【折々の歌と句・光太郎】000

仁丹の広告よりは右にして明るき窓の五つ目の家
明治42年(1909) 光太郎27歳

ライトアップではありませんが、夜の東京の広告塔を謳ったものです。

「仁丹」。亡くなった祖父が愛用していました。「懐かしい」というイメージですが、今もちゃんと販売されているのですね。

画像は次の年の雑誌『スバル』に載った光太郎の手になるイラストです。

光太郎の父・光雲関連情報を2件。 

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2015

期 間 : 2015年11月6日(金)~12月5日(土)
 間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
場 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 ) 友禅苑、阿弥陀堂、黒門
  : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生)
       団体割引 大人30名以上、1割引き
 
後 援  : 京都府、京都市、(公社)京都府観光連盟、(公社)京都市観光協会、
          (公財)京都文化交流コンベンション  ビューロー、京都商工会議所
協 賛  : 京阪電気鉄道(株)、古川町商店街振興組合、宮崎友禅翁顕彰会

今年の知恩院ライトアップは友禅染の創始者宮崎友禅斎を祀る庭園「友禅苑」、阿弥陀如来坐像をお祀りする「阿弥陀堂」、紅葉の名勝である「黒門」をライトアップします。
また、阿弥陀堂前にて献灯ロウソクを実施いたします。
ロウソクの灯りとLEDライトを積極的に使用して、節電に取り組んでいます。

主な見どころ】
 友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎ゆかりの庭園。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池は高村光雲作の聖観音菩薩立像が佇んでいます。移ろう季節の中で、秋の趣を感じることが出来ます。
 
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 阿弥陀堂
明治43(1910)年に再建。本尊は御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像。様々な法要儀式を執り行う堂宇です。堂内に並べられている木魚は自由に叩いて頂けます。法然上人のみ教え「お念仏」に触れて下さい。
※法要儀式のため閉門する場合がございます。
 
 黒門
徳川将軍家による寺領拡大と共に組まれた石垣と、桃山城より移設した城郭風の黒門が特徴で、現在では知恩院境内有数の紅葉の名勝となっており、背景に京の街並みを見渡すことができます。
 
 献灯ロウソク
ライトアップ期間中、知恩院の阿弥陀堂前で献灯ロウソクを行います。献灯台へ祈りの灯をお捧げください。

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知恩院さんに鎮座まします光雲原型の観音像、この春に拝見して参りました。

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こちらが紅葉をバックに光の中に浮かび上がるとなると、さぞ幻想的でしょう。


もう1件、東の京からです。

上野の東京国立博物館(トーハク)内のミュージアムショップさんで、新製品がお目見えしました。 

精密複製彫刻 高村光雲作 老猿

商品コード : BI-132
価   格  : 39,960 円(税込み)
素   材  : ポリストーン(石粉、合成樹脂混合)
サ イ ズ  : 高さ200mm 幅190mm 奥行き160mm
重   量  : 1,250g
カ ラ ー   : 木肌色(所蔵作品に基づく着色)
※飾り板付属

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同館に所蔵されている、ご存じ重要文化財「老猿」のレ無題プリカです。

少し前には田中貴金属ジュエリーさんの純金製置物「申」をご紹介しましたが、来年が申年ということも関係しているのでしょうか。

ちなみにトーハクミュージアムショップさんでは、もう1点、「ボトル栓 老猿」という商品も扱われています。こちらは新製品というわけではないようですが。

また、オンライン販売はありませんが、「老猿」のポストカードも販売されています。

これを機に、「老猿」グッズがもっと増えてほしいところです。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」、伝・鳥羽僧正作の「鳥獣戯画」などは広く商品化されています(当方もいろいろと愛用しています)。近代物は難しいのかもしれませんが。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月5日

昭和27年(1952)の今日、即興詩「(四つの仮面は)」を作りました。

  (四つの仮面は)

 四つの仮面は不可避の造型
 踊り静まる勘紫乃を
 おれの手のやうな手が
 つつむ
 幕がおりる

筑摩書房『高村光太郎全集』第19巻の解題を引き写します。

 昭和二十七年十一月五日夜、帝国劇場で催された藤間勘紫乃舞踊発表会のプログラムに書き付けられた。当日上演された「四つの仮面舞踊の為のエチユード」と題する作品のための詩は、Ⅰ不安、Ⅱ戦争、Ⅲ苦悶、Ⅳ希望の四部に分れ、作詩者は草野心平だった。美術担当は岡田謙吉で、舞台装置の中央に、光太郎の彫刻「手」に似た向かい合う二つの手首が作られていた。光太郎は当夜、デザイナー石井荘男の乞いにまかせて、そのプログラムに「踊は人をあつめ 人をむすぶ」と書いたあと、手元にあったプログラムにこの詩をしたため、勘紫乃にそのプログラムを渡すよう依頼したという。「光 Le5 Nov.1952」の署名がある。

いろいろ紹介する事項が多く、間が空いてしまいましたが、先週末、京都に行って参りましたのでレポートします。

目的地は2カ所。まずは東山の知恩院さんに。

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こちらにある友禅苑という庭園には、光雲が原型を作成した聖観音像が鎮座ましましています。

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この像は秋11月、紅葉の季節にライトアップされます。

知恩院さんには何度も足を運んでおりますが、実はそのライトアップの報道を読むまで、こちらに光雲原型の観音様がいらっしゃることを存じませんで、この機会にと思い、拝見して参りました。

光雲は江戸の生まれで、東京をホームグラウンドにしていましたので、東京には光雲作の仏像を収める寺院が非常に多いのですが、京都はそうでもありません。

数年前にその発見が報じられた嵯峨野の大覚寺さん、鷹が峰の光悦寺さんなどが有名なところです。

そちらは堂内や宝物館に収められていますが、知恩院さんのものは露座です。京都で露座の仏像でちょっとしたもの、というのは珍しいのではないでしょうか。


知恩院さんを出て、そのまま歩いて南下、円山公園や祇園を抜け、清水方面へ向かいました。知恩院さんを含め、早咲きの桜がみごとでした。まだソメイヨシノはほとんど開花していませんでした。

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ただ、雨だったのが残念でした。それはそれで風情があったのですが。

次なる目的地は、清水寺近くの清水三年坂美術館さん。

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こちらでは、2月から企画展「明治の彫刻」を開催中です。

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光雲作の木彫が4点、展示されています。「聖観音像」「月宮殿 天兎」「老子出関」「西行法師」です。

他に光雲と親交の深かった石川光明、光雲高弟の山崎朝雲などの木彫、今年1月、テレビ東京系の「美の巨人たち」で取り上げられた森田藻己の根付「竹の中の大工」もありました。光雲が森田の根付けを愛用し、絶賛していたとのこと。

木彫は見る機会が多いのですが、今回、牙彫(げちょう・象牙彫刻)がたくさん出品されており、まとめて牙彫を見るのは初めてなので、興味深く拝見しました。明治前半には牙彫が輸出品としてもてはやされましたが、光雲は師匠伝来の木彫にこだわり、廃仏毀釈で仏像の注文がほとんどなくなっても牙彫にはてをつけなかったそうです。また、金工でなく、木彫や牙彫で作られた自在置物もあり、「こんなものもあったのか」と驚きでした。

企画展は館の二階でしたが、一階は常設展的に、彫刻以外の七宝や金工、漆芸などの作品が並んでいました。こうした明治の「超絶技巧」がちょっとしたブームですが、やはり凄い、と思いました。

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同館では同館自体でこのような展示を行いつつ、さらに出張巡回で「特別展 超絶技巧!明治工芸の粋」も展開しています。現在は山口県立美術館に巡回中です。こちらでも光雲の木彫が並んでいます。

館の方とお話をさせていただきましたが、こちらの展示品はほぼすべて、館の所蔵する「村田コレクション」だそうで、外部から借り受けることはほとんどないそうです。「光太郎展をやりませんんか?」という営業の意図もあっておじゃましたのですが、どうもそうはいかないようです。

さて、「明治の彫刻」、来月17日まで開催中です。知恩院さんともども、足をお運び下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 4月1日

明治42年(1909)の今日、日本女子大学校桜楓会の機関誌『家庭』が創刊されました。

この雑誌の編輯人は小橋三四子、発行兼印刷人は柳八重。いずれも智恵子と親しい同大の先輩で、1年半後には二人を介して光太郎と智恵子の邂逅が実現します。

『家庭』には智恵子の描いたカットも掲載されました。数多い挿画の中でどれが智恵子の手になるものか特定できない面がありますが、このあたりは智恵子作と云われています。

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2月も下旬となりましたので、そろそろ3月に行われるイベント等の情報を順次お伝えします。

京都からシンポジウムの情報です。

福島大学うつくしまふくしま未来支援センター京都シンポジウム 『ほんとの空が戻る日まで』―東日本大震災及び原発事故からの福島の闘い―

東日本大震災発生から4年。
震災からの復旧・復興への取組みを通して東北・福島の想いを関西につなぐとともに、住民レベルでの減災意識の啓発を図ることを目的として、「うつくしまふくしま未来支援センター京都シンポジウム『ほんとの空が戻る日まで』-東日本大震災及び原発事故からの福島の闘い-」(主催:福島大学、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター、共催:立命館大学、大阪大学 ほか)を開催します。

あの日から4年が経過しようとしています。
長い月日が経過した今でも福島県では約12万4千人の避難者(うち県外避難者約4万7千人)が原発事故の収束と地元帰還の見通しが立たない中、放射線被ばく、雇用喪失、生活再建、食の安全、子育てへの不安が重くのしかかり、借り上げ住宅、仮設住宅といった厳しい環境の下で生活しています。
そして、県民193万7千人が言われなき風評と闘いながら日々生活しています。
震災・原発事故で傷ついた東北は震災直後、関西から心強いメッセージ、そして支援をいただきました。それに感謝し我々の経験そして想いを関西に返す事により、減災意識を高めることができればと考えます。
そして歴史の繋がりの強い京都で開催し、皆様に今一度福島のことを考え、福島に寄り添っていただくことを目的に開催するものです。

日 時  平成27年3月8日(日) 12時00分~17時20分 ※同日10時00分~11時15分 開会前DVD上映(鑑賞自由)
場 所  立命館大学朱雀キャンパスホール (京都市中京区西ノ京朱雀町1)
参加募集人数  事前申込制 350名
※参加費無料
※2月28日(土)までに、チラシ裏面の参加申込書によりFAXまたはE-mailでお申し込みください。
申込み先 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター
FAX:024-504-2865 E-mail:fure@adb.fukushima-u.ac.jp
参加対象者 一般市民、大学関係者、学生、行政職員、福島県から避難している方 他
問い合わせ先 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター  TEL 024-504-2865
主催: 国立大学法人福島大学、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター
共催: 立命館大学、国立大学法人大阪大学
後援(予定): 文部科学省、復興庁、福島県、京都府、京都市、双葉地方町村会、公益社団法人経済同友会 他

プログラム
※10:00~11:15 開会前DVD上映(鑑賞自由)
OECD東北スクールの集大成 東北復幸祭〈環WA〉in PARIS
11:20~12:00 受付 
  12:00~ うつくしまふくしま未来支援センターの活動紹介
  12:10~ 開会
挨 拶 福島大学学長 中井勝己 立命館大学学長吉田美喜夫 大阪大学総長平野俊夫
12:25~13:25 Ⅰ部
基調講演「誰もが発信できる時代 福島の今を丁寧に世界に伝えるために」
堀潤氏 ジャーナリスト(元NHKアナウンサー)
 13:35~15:05  Ⅱ部
福島の現状報告
①「福島大学の活動状況」 中田スウラ  FURE*センター長
②「福島県における放射能の現状」大瀬健嗣 FURE*農・環境復興支援部門特任准教授
③「食の安全と農業の再生に向けた闘い」小山良太 FURE*副センター長、食・農復興支援担当マネージャー
④「こども支援を通して見えてきたこと」本多環 FURE*こども・若者支援部門特任教授
 15:20~17:10  Ⅲ部
パネルディスカッション『震災・原発事故からの福島の闘い』
[コーディネーター] 開沼 博 FURE* 地域復興支援部門特任研究員
[パネリスト]
・サトウタツヤ 立命館大学文学部教授
・久保 壽彦 立命館大学経済学部教授
・遠藤 勝裕 氏 経済同友会震災復興委員、日本学生支援機構理事長
・高橋 美奈子 氏 福島市飯坂温泉松島屋旅館女将
・佐藤 彰彦 FURE*地域復興支援部門特任准教授
 17:15 閉会
挨拶 FURE*センター長 中田スウラ
 
*FURE:うつくしまふくしま未来支援センターの略

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あの日からもうすぐ4年。当方、昨年は10回以上福島に足を運びました。行くたびに少しずつ復興が進んでいる様子が見えるものの、まだまだ道半ば、いや、半ばまでも行っていないかも知れません。安達太良山の山の上に毎日出ている青い空は、美しい「ほんとの空」ですが、ほんとの意味での「ほんとの空」とはまだ言えません。

現在、国会会期中ですが、安倍政権は脱原発というつもりはさらさらないようです。4年経っても12万人以上が避難生活を送っているのに、です。

先月は、阪神淡路大震災から20年ということで、いろいろな取り組みが報じられていました。ぜひ関西の皆さんにも、福島の現状と課題を知っていただき、今後の日本全体を考えるよすがとしていただきたいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 2月20日

昭和26年(1951)の今日、龍星閣から詩集『智恵子抄』が復刊されました。

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詩集『智恵子抄』。オリジナルは昭和16年(1941)8月に刊行され、同19年'1944)、版元の龍星閣が休業するまでの間に13刷まで版を重ねました。。

戦後、昭和22年(1947)の11月、白玉書房という書肆が、休業中の龍星閣に代わって『智恵子抄』を出版。オリジナルの龍星閣版に戦後の詩「松庵寺」「報告」を加えました。

光太郎は白玉書房社主の、「龍星閣の同意を得ているという言を信用して出版を許可したのですが、実は同意をきちんと得ていなかったことが判明、白玉書房版は絶版となりました。そして同26年(1951)になって、龍星閣からオリジナルの形に戻して復刊されました。

その後、昭和31年(1956)に、草野心平の編集で新潮文庫版が出され、そちらが広く流通したため、今日、『智恵子抄』というと、新潮文庫版を想起する人がほとんどです。新潮文庫版は、戦後の詩篇を数多く含みますが、オリジナルは昭和16年(1941)作の、智恵子の葬儀を謳った「荒涼たる帰宅」まで。内容的には智恵子歿後の駒込林町のアトリエを舞台にした「梅酒」(昭和15年=1940)までです。

京都から企画展情報です。 
 場 清水三年坂美術館 京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水三丁目337-1
 期 2015年2月21日(土)~2015年5月17日(日)月・火曜日休館(祝日は開館)
 金 一般800円、大・高・中学生500円

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明治の彫刻が日本の美術館で展示されることは滅多にない。展示されるとしても せいぜい木彫や牙彫で、他の素材を使った作品は展示されない。明治の彫刻には、 木彫、牙彫以外に漆彫刻や貝殻、べっ甲、珊瑚などを彫刻して木や象牙に象嵌する彫嵌(ちょうがん)作品もある。
今回の展示では高村光雲や石川光明、安藤緑山らの牙彫・木彫 作品に加え、堆朱陽成や逸見東洋の堆漆作品、旭玉山、田中一秋らの彫嵌作品など、明治の多様な彫刻美術の全貌をご高覧いただきたい。


清水三年坂美術館さんは、幕末、明治の金工、七宝、蒔絵、薩摩焼を常設展示する日本で初めての美術館として平成13年(2001)に、京都清水寺近くに開館しました。平成23年(2011)には企画展「高村光雲と石川光明」を開催して下さっています。

また、昨年から東京日本橋静岡三島山口と、全国巡回中の「超絶技巧! 明治工芸の粋」展も、同館の所蔵品によるものです。

光雲の木彫がある程度まとめて見られる機会はそう多くありません。当方も桜の時期にでも暇を見つけて行ってこようかなと思っています。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 2月13日

昭和23年(1948)の今日、電車を乗り間違いました。

花巻郊外太田村の山小屋で暮らしていた時期のエピソードです。花巻の町に出、その帰途、花巻電鉄の西花巻駅から下り線に乗るはずが、間違って上り線に乗ってしまい、一時間半ほど無駄にしてしまいました。

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以前にもご紹介しましたが、こちらは当方手持ちの古絵葉書です。

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こちらは現在の花巻駅近くの 西公園で、静態保存されている車両「デハ3」。

「馬面電車」と呼ばれる非常に細長い独特の形状です。

京都からの情報です。 

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2014

 間 : 2014年11月1日(土)~11月30日(日)
 間 : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
 所 : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 ) 友禅苑、阿弥陀堂、黒門坂 
料 金 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小中学生)
      [団体割引]大人30名以上、1割引き
   京都府 京都市 (公社)京都府観光連盟 (公社)京都市観光協会、
      (公財)京都文化交流コンベンションビューロー 京都商工会議所
   西日本旅客鉄道(株)京都支社 京阪電気鉄道(株) 古川町商店街振興組合
      宮崎友禅翁顕彰会
 
~復興への祈り~
今年の知恩院ライトアップは友禅染の創始者宮崎友禅斎を祀る庭園「友禅苑」、阿弥陀如来坐像をお祀りする「阿弥陀堂」、紅葉の名勝である「黒門坂」をライトアップします。
また、災害復興のため阿弥陀堂前にて献灯ロウソクと三門前広場にて宮城「希望の環」による東北地方物産の直売(11月15日[土]〜24日[月])を実施いたします。
 
主な見どころ】
 友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎ゆかりの庭園。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池は高村光雲作の聖観音菩薩立像が佇んでいます。移ろう季節の中で、秋の趣を感じることが出来ます。
 
 阿弥陀堂
明治43(1910)年に再建。本尊は御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像。様々な法要儀式を執り行う堂宇です。堂内に並べられている木魚は自由に叩いて頂けます。法然上人のみ教え「お念仏」に触れて下さい。
※法要儀式のため閉門する場合がございます。
 
 黒門坂
本年のライトアップが初公開となる黒門坂。徳川将軍家による寺領拡大と共に組まれた石垣と、桃山城より移設した城郭風の黒門が特徴で、現在では知恩院境内有数の紅葉の名勝となっており、背景に京の街並みを見渡すことができます。
 
 災害復興支援 献灯
ライトアップ期間中、知恩院の阿弥陀堂前で献灯ロウソクを行います。献灯台へ祈りの灯をお捧げください。
※献灯冥加は災害復興のため一部寄付いたします。
 
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寺の町だけあって、京都にも光雲の仏像がかなりあります。そのうち、知恩院さんの聖観音像が、紅葉を背景としたライトアップ。
 
近郊の方、あるいは紅葉を見に上洛される方、ぜひとも足をお運び下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月30日

昭和42年(1967)の今日、二玄社から『高村光太郎全詩稿』が刊行されました。
 
光太郎の手元に残された大正5年(1916)から、昭和31年(1956)に歿するまでの詩稿、およそ850枚を写真製版し、北川太一先生が詳細な解説を加えた、上下二分冊の書籍です。
 
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昭和20年(1945)4月、空襲により駒込林町のアトリエは灰燼に帰しました。その際、光太郎はそれまでの詩稿を持ち出ましたが、行方不明となりました。
 
十和田湖畔の裸婦像制作のため、昭和27年(1952)に再び上京した光太郎の元に、詩稿の束が戻ってきました。それは炎上したアトリエの隣家、蔵石家で奇跡的に保管されていたのです。 
 
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アトリエ炎上から岩手時代を経て、歿するまでの詩稿はそのまま光太郎の手元に蓄積され続け、戻ってきた古い詩稿と合わせ、その数およそ850枚。中には光太郎の単行詩集に収録されず、同人誌的なものに発表されただけで終わり、どんな詩だったのか不明のものも、数多く含まれていました。
 
のちの筑摩書房刊行『高村光太郎全集』編纂に大いに役立ったことは言うまでもありません。
 
その詩稿を写真製版し、刊行されたのが『高村光太郎全詩稿』です。
 
推敲の跡が生々しく残り、さらに雑誌等に発表した後、単行詩集に収録する際の改変の跡などもうかがえる詩もあります。何より、活字からは感じ取りにくい、光太郎の息づかい的なものが、肉筆の文字から伝わってきます。
 
難点は、B4サイズの大判で、コート紙を使用しているため、かなりの重量であること。当方手持ちのクロス貼り表紙のもの(革張り表紙の特製版もあります)の上巻は3.7㌔㌘、下巻は3.8㌔㌘でした(笑)。

昨日、小学館さんで刊行している雑誌、『サライ』の12月号を取り寄せて手に入れました。
 
実は、現在、店頭で販売されているのは1月号です。ではなぜ先月号を手に入れたのか、と申しますと、ネットで調査中、12月号の付録「平成26年『サライ』特性カレンダー 「日本美術の名宝」暦」に光太郎の木彫「鯰」が使われているという情報を得たからです。
 
喜び勇んで書店に行ったのが14日。その時点では毎月10日発売というのを知らず、既に12月号は売られていませんでした。あきらめきれずにネットでバックナンバーが購入できないかと試み、ようやく手に入れた次第です。
 
早速開封してみると、こんな感じでした。
 
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そして6月が「鯰」。竹橋の東京国立近代美術館が所蔵しているもので、今年開催された「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」の千葉展と岡山展で出品されたものです。
 
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他のラインナップは以下の通り。
 
1月:国宝「普賢菩薩像」、2月:狩野山雪「雪汀水禽図屏風」、3月:俵屋宗達「風神雷神図屏風」、4月:岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」、5月:円山応挙「藤花図屏風」、7月:狩野永徳「洛中洛外図屏風」、8月:葛飾北斎「諸国瀧廻り」、9月:久隅守景「夕顔棚納涼図屏風」、10月:快慶「阿弥陀三尊像」、11月:狩野秀頼「高尾観楓図屏風」、12月:雪舟「秋冬山水図」。
 
こうしてみると、近代は光太郎だけですね。
 
それから本誌の方では光雲が紹介されています。
 
10月にこのブログで紹介した京都国立近代美術館で開催中の「皇室の名品-近代日本美術の粋」展の記事が載っており、光雲の「松樹鷹置物」が大きく載っています。
 
この雑誌は美術関連にも力を入れています。7月号では「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」を取り上げて下さいました。ありがたいことです。
 
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当方、時折利用する雑誌専門の通販サイト「Fujisan.com」で入手しましたが、小学館さんのサイトからもバックナンバーが取り寄せられます。ともに定価750円。ぜひお買い求めを。

【今日は何の日・光太郎】 12月22日

大正3年(1914)の今日、上野精養軒で光太郎智恵子の結婚披露宴が行われました。
 
99年前の今日が、二人の結婚記念日というわけです。まぁ、共棲生活に入ったのはもっと前と推定されますし、逆に入籍したのは昭和8年(1933)ですから実に20年近く後ですが。
 
雨男光太郎の面目躍如で、この日も冬には珍しい豪雨だったそうです。
 
以前にも書きましたが、第一詩集『道程』の刊行も同じ大正3年です。したがって、来年・2014年は『道程』刊行100周年、光太郎智恵子結婚100周年ということになります。そのあたりの線で顕彰活動を進めていこうと考えております。

京都から展覧会情報です。 

皇室の名品-近代日本美術の粋-

 
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会 期 : 2013/11/9(土)~2014/1/13(月・祝)
会 場 : 京都国立近代美術館 京都市左京区岡崎円勝寺町(岡崎公園内)
入場料 : 当日一般1,300円 学割・前売り割引あり
 
記念イベント
11/16(土) 記念講演会 「皇室と日本近代工芸」 京都国立近代美術館学芸課長 松原龍一
11/23(土) 記念鼎談 「皇室が護り育てた日本近代美術」
       大原美術館長 高階秀爾・前京都国立近代美術館長 尾﨑正明・
       宮内庁三の丸尚蔵館研究官 太田彩
12/14(土) 記念講演会 「皇室と明治の美術」 東京芸術大学 古田亮
同展サイトから
 本展は、代々の皇室に引き継がれてきた美術品群が国に寄贈されたことを受け、平成5(1993)年に開館した宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する美術工芸品の中から、選りすぐった近代以降の作品約180点を、六つの章に分け体系的に紹介するものです。日本画の横山大観、竹内栖鳳、油彩画の高橋由一、彫刻の高村光雲、七宝の並河靖之、金工の海野勝珉など、内国勧業博覧会や万博への出品作、御成婚や御即位を祝して制作された作品など、皇室ゆかりの名品が一堂に会します。
 本年12月に天皇陛下は傘寿を迎えられます。その佳き年と、京都国立近代美術館の開館50周年、宮内庁三の丸尚蔵館の開館20周年が重なりました。各館の記念事業の一つとして、皇室とは特別にゆかりの深い京都の地で、皇室が守り育んでこられた、まさに近代日本美術の粋をご観覧いただけるまたとない機会となります。
 
上記チラシにも載っていますが、光雲の作品も展示されます。
 
大正13年(1924)の作、「松樹鷹置物」。宮内庁001の三の丸尚蔵館に所蔵されているものです。ただし後期のみの展示となっていました。前期は11/9~12/8、後期が12/11~1/13で、前後期でかなり展示品の入れ替えがあるようです。
 
他には以下の通り。
「鶴亀置物」 
 明治40年(1907) 竹内久一との合作 後期
「萬歳楽置物」 
大正5年(1916) 山崎朝雲との合作 前期
「猿置物」 大正12年(1923) 前期
「矮鶏置物」 明治22年(1889) 後期
 
光雲と皇室との関連は深く、明治20年(1887)の皇居造営の際に内部の装飾彫刻を手がけたのを皮切りに、同23年(1890)には帝室技芸員に任命、同26年(1893)には皇居前広場に建つ楠木正成像原型を完成させ、その他、何度も御前彫刻を仰せつかっています。
 
せっかくの機会ですので、足をお運び下さい。当方も「松樹鷹置物」が並ぶ後期に行ってみようと思っています。
 
【今日は何の日・光太郎】 10月22日

昭和17年(1942)の今日、詩人の風間光作、西山勇太郎と群馬県宝川温泉湯ノ小屋を訪れました。
 
この時、宿の主人・鈴木重郎の日記帳に言葉を書き残しています。

京都からイベント情報です。  

京のみちと街道を知る―道文化を考えるシンポジウム

趣旨
毎日歩いている道路が、どんな道であり路であったのか、知れば知るほど深いお話があります。
人と人をつなぐ大切な道について、まず知ることあら始め、その意義を尊び、建設・維持・管理という不断の努力が支えていること、知らない道を行く旅の意味、また人生の道についての思いを語り、「道文化」の醸成をはかりたいと思います。  

日時など
主催:NPOうるわしのまち・みちづくり 
協賛:社団法人 近畿建設協会  協力:日本国際詩人協会
日 時:平成25年9月27日(金)13:30~16:00(予定)
場 所:ANAクラウンプラザホテル
(旧京都全日空ホテル京都市営地下鉄東西線二条城前下車)
参加費:無料  先着100名で受付終了

プログラム
「わたしの道:高村光太郎の『道程』をめぐって」講師 尾崎まこと氏(詩人)
「京みちと欧米のみち」  講師 宗田好史氏(京都府立大学教授)
「街道の文化・みちの文化」講師  藤本貴也氏 (全国街道交流会議 代表理事)
 
光太郎には「求道者」のイメージがつきまといます。「道」は、時に「道」を踏み外すこともあった光太郎を読み解く一つのキーワードと言えるでしょう。
 
詩では「道程」をはじめ、「さびしきみち」「老耼、道を行く」「詩の道」「最低にして最高の道」「根元の道」「永遠の大道」「われらの道」など、「道」を謳った作品が多く存在します。
 
短歌でも昭和24年(1949)の作で、次のようなものがあります。
 
 吾山にながれてやまぬ山みづのやみがたくして道はゆくなり
 
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光太郎の生き様が端的に表されています。
 
【今日は何の日・光太郎】 9月5日

昭和20年(1945)の今日、8月の花巻空襲の際、身を挺して怪我人の看護に当たった総合花巻病院の職員表彰式に出席、自作の詩「非常の時」を朗読しました。
 

  非常の時
 
 非常の時012
 人安きをすてて人を救ふは難いかな。
 非常の時 
 人危きを冒して人を護るは貴いかな。
 非常の時
 身の安きと危きと両つながら忘じて
 ただ為すべきを為すは美しいかな。
 非常の時
 人かくの如きを行ふに堪ふるは
 偏に非常ならざるもの内にありて
 人をしてかくの如きを行はしむるならざらんや。
 大なるかな、
 常時胸臆の裡にかくれたるもの。
 さかんなるかな、
 人心機微の間に潜みたるもの。
 其日爆撃と銃撃との数刻は
 忽ち血と肉と骨との巷を現じて013
 岩手花巻の町為めに傾く。
 病院の窓ことごとく破れ、
 銃丸飛んで病舎を貫く。
 この時従容として血と肉と骨とを運び
 この時自若として病める者を護るは
 神にあらざるわれらが隣人、
 場を守つて動ぜざる職員の諸士なり。
 神にあらずして神に近きは
 職責人をしておのれを忘れしむるなり。
 われこれをきいて襟を正し、
 人間時に清く、
 弱き者亦時に限りなく強きを思ひ、
 内にかくれたるものの高きを
 凝然としてただ仰ぎ見るなり。
 
花巻空襲や職員表彰式については、加藤昭雄著『花巻が燃えた日』(熊谷印刷出版部 平成11年=1999)、同『絵本 花巻がもえた日』(ツーワンライフ 平成24年=2012)に詳しく記述があります。
 
この詩は毎年5月15日に開催される花巻光太郎祭で、ほぼ毎回、花巻高等看護学校の学生さんによって朗読され続けています。

一昨日から昨日にかけ、京都に行って参りました。無題1
 
目的は京都国立近代美術館さんで開催中の企画展「芝川照吉コレクション展~青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」の拝観でしたが、少しだけ観光もしてきました。
 
当方の乗った夜行バス、京都着は午前6時過ぎ。この時間ではさすがに美術館は開いていませんので、館の空く9時半までの時間をつぶさなければなりません。
 
さて、光太郎といえば智恵子。智恵子といえば福島。福島といえば今年は「八重の桜」。というわけで(強引ですが)、それ関係の場所を巡りました。
 
まず、現在「八重の桜」で展開中の戊辰戦争が終わり、明治になってから八重が暮らした新島邸
 
京都御所の裏にたたずんでいます。
 
こちらも内部の拝観には時間が早かったので、門の外から見ただけでしたが、趣のある建物でした。
 
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鴨川べりに出て、コンビニでパンとコーヒーを買って朝食。その後、まだ時間が早いので下鴨神社さんまで足を伸ばしました。ここは福島や光太郎との縁はないとは思うのですが、一度行ってみたかったので。
 
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さらに、京都国立近代美術館さんに近い金戒光明寺さんに行きました。ここは以前にも行ったことがあるのですが、幕末に京都守護職・会津藩本陣が置かれたところです。

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以前のブログにも書きましたが、「八重の桜」での金戒光明寺でのシーン(外観)は、当方の暮らす千葉県香取市にある観福寺さんというところで撮影されました。さすがに本家(笑)の方が立派です。
 
本堂に上がると、参拝者が自由に書くノー000トが。見ると、その前の日の日付で「福島から来ました。最後まで諦めなかった会津様を見習い、諦めずにがんばろうと思います」という書き込み。日本全体では被災の記憶が薄れつつあるようで、閣僚のトンデモ発言なども飛び出していますが、まだまだ被災地での被災は続いています。ほんとうにがんばってほしいものです。
 
金戒光明寺さんでは、以前に行ったときには足を踏み入れなかった会津藩士の墓所にも行きました。本堂でもここでも、手を合わせつつ心の中で「福島の復興を見守っていてください」とお願いして参りました。
 
ちょうど9時半くらいになったので、京都国立近代美術館さんに行き、「芝川照吉コレクション展~青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」を観ました。
 
昨日書き忘れましたが、光太郎以外にも岸田劉生、清宮彬、バーナード・リーチ、石井柏亭・鶴三兄弟、硲伊之助、柳敬助、高村豊周など、光太郎の周辺にいた人物の作品も多く、興味深く拝見しました。
 
長谷川昇という画家の作品も一点。こちらは東京美術学校で彫刻科を卒業したあと西洋画科に再入学した光太郎の、西洋画科での同級生で、会津出身です。
 
というわけで、今回の京都行は、京都にいながら福島を偲ぶ旅でもありました。また近いうちに福島にも行って参ります。
 
【今日は何の日・光太郎】 6月24日

昭和14年(1939)の今日、銀座三昧堂ギャラリーで開催されていた、南洋パラオで暮らしていた異端の彫刻家・杉浦佐助の個展が閉幕しました。

光太郎は図録に推薦文を書いています。

昨夜、居住地域から夜行バスに乗って、京都に行って参りました。
 
京都国立近代美術館で開催中の企画展「芝川照吉コレクション展~青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」を観るためです。帰りは新幹線を使い、先ほど帰って参りました。
 
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今月初めのこのブログでご紹介しましたが、光太郎の水彩画とされる作品が一点、出品されています。光太郎顕彰の世界ではその存在が知られていなかったものです。
 
芝川照吉(明治4=1871~大正12=1923)は、企画展の副題にもあるとおり、青木繁や岸田劉生を援助した実業家で、そのコレクション総数は1,000点以上だったそうです。しかし、関東大震災や、没後の売り立て(競売)で散逸、最後に残った180点ほどが京都国立近代美術館に寄贈されました。今回の展覧会はそれを中心に、関連作品をまじえて構成されています。
 
絵画以外にも工芸作品が多く、同館自体が京都という土地柄上、工芸の収集、展示に力を入れているということもあり、館としてはうってつけだったようです。
 
さて、光太郎の水彩画。「劇場(歌舞伎座)」と題された八つ切りのあまり大きくないものです。制作年不明とキャプションに書かれています。「印象派風」というと聞こえはいいのですが、はっきりいうと何が何だかさっぱりわからない絵です。かろうじて歌舞伎の定式幕が描かれているのが判然とするので、「歌舞伎座」という副題が納得出来るという程度です。
 
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千葉市美術館の学芸員さんから情報を得、画像も送っていただいたのですが、本当に光太郎の作品なのか半信半疑でした。今日、実際に作品を見てもまだ半信半疑でした。

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数年前に大阪の阪急文化財団逸翁美術館でもそれまで知られていなかった光太郎の絵画が出ましたが、こちらは日本画で、与謝野晶子が自作の短歌を書き、絵を光太郎が担当したもの。来歴もはっきりしていましたし、絵も類例があるものなので、即座に間違いないと思いました。
 
しかし、今回の水彩画は、芝川照吉のコレクションという点で来歴は大丈夫だろうと思いつつ、類例がないことが気にかかっていました。
 
そう思いつつ、企画展会場の最後にさしかかると、芝川没後の大正14年(1925)に開かれた売り立て(競売)の目録がパネルに拡大コピーされて展示してありました。「おっ」と思い、詳しく観ると、最後の辺りに今回の水彩画と思われるものもちゃんと載っていました。
 
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上記はその売り立て会を報じた新聞記事です。

これで少なくとも大正末の時点ではこの作品が光太郎作と認定されていたことは間違いないのでしょう。また、売り立ての「後援」に、光太郎と親しかった画家・石井柏亭が名を連ねています。これはこの作品が間違いない一つの証左になりそうです。さらに、他の出品物はやはり岸田劉生やら青木繁やらのもの。いけないものはまざっていないようです。
 
というわけで、今回の水彩画も間違いないものだろうと思いますが、まだ確定はできにくいところがあります。もう少し調べてみるつもりではありますが。
 
明日も京都レポートを。
 
【今日は何の日・光太郎】 6月23日

大正4年(1915)の今日、浅草山谷八百善で開かれた、北京移住のため離日する陶芸家・バーナード・リーチの送別会に出席しました。
 
今日観てきた芝川コレクションにもリーチの作品が多数含まれていました。

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