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智恵子の故郷、福島二本松からイベント情報です。

重陽の芸術祭2017

期  日 : 2017年9月9日(土)~11月23日(木・祝)
会  場 : 二本松市智恵子記念館・智恵子の生家/二本松城(霞ヶ城)本丸跡/
        安達ヶ原ふるさと村/
大七酒造/国田屋醸造 千の花/
        道の駅「安達」智恵子の里(下り線)/岳温泉/福島大学/
        二本松市大山忠作美術館/安達文化ホール 他
参加作家 : 浅尾芳宣(福島ガイナックス)、岩根愛、大山忠作、一色采子、
       オノ・ヨーコ、川口京子、
木下史青、清川あさみ、京極夏彦、雲井雅人、
       小松美羽、佐藤雅子、三平典子、鈴木美樹、
高村光太郎、高村智恵子、
       月岡芳年、手塚治虫、二瓶野枝、東雅夫、福井利佐、藤井亜紀、
渕上千里、
       古田晃司、夢枕獏、ヤノベケンジ、渡辺かおり、渡邊晃一、
       ワタリドリ計画(麻生知子、武内明子)、
       福島大学学生(井戸川文美、尾形千尋、北村はるか、熊田あかり、齋藤友希、
       白岩勇磨、
高橋花帆、渡邉賀菜子)、
       Ahmed Galal、Alberto Giacometti、Dillon Rapp、J.Pouwels、ほか

開催趣旨 :「重陽の芸術祭」とは?

 「重陽の芸術祭」は,「福島現代美術ビエンナーレ2016」から誕生した二本松市を拠点に開催される現代アートの祭典です。
 開催初日となる9月9日の「重陽」は,日本酒に菊を浮かべて不老長寿を願う節句です。二本松城(霞ケ城)は全国一の規模をほこる菊人形祭が開催されており,菊は古来より薬草としても用いられ,延寿の力があるとされてきました。菊は他の花に比べて花期も長く,日本の国花としても親しまれています。菊を眺めながら宴を催し,菊を用いて厄祓いや長寿祈願をする「重陽の節句」は,五節供の中で最も重要な日でした。
 菊と日本酒による「重陽」を主軸に,能や歌舞伎で有名な「黒塚」の安達が原,永遠の愛を詠った「智恵子抄」の高村智恵子の生家などを会場に、最先端のアートを通して,地域文化に触れ,国際交流を活性化させる機会を設けています。
二本松は,奥の松酒造や大七酒造など,世界的に有名な日本酒の産地でもあります。明治初期に建てられた智恵子の生家も造り酒屋でした。新酒の醸成を伝える杉玉が今も下がっています。高村光太郎の『智恵子抄』に詠われているように,智恵子が愛してやまなかった「ほんとの空」。そのふるさとの自然,安達太良山と阿武隈川が見られる地でもあります。
 「重陽」を主軸に、二本松の地で、現代アート(絵画,彫刻,工芸,インスタレーション,ダンスや詩のパフォーマンス,ビデオアート,アニメーション,映画)とともに,ワークショップやシンポジウムが開催されます。

 二本松 重陽の芸術祭のキーワード
 
 ・日本一の菊人形祭 ・智恵子の生誕の地 ・国際的な日本酒の産地
 ・黒塚伝説,安達が原の鬼婆


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昨年、二本松で開催された「福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -。」の流れをくむイベントのようで、昨年同様、市内各所で展示や各種公演などが行われます。

光太郎智恵子にからみそうなところでは、9月9日(土)から、智恵子生家で、現代アート作家・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が為されます。智恵子という女性の価値観を見つめなおし、写真を縦糸横糸で形成して編んだ巨大な新作「女である故に」、さらに他にも光太郎詩からのインスパイア作品が展示されるようです。

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また、智恵子命日の10月5日(木)には、やはり智恵子生家で、「二瓶野枝ダンスパフォーマンス」。智恵子を題材にした日本画を多く手がけた故・大山忠作氏の息女にして女優の一色采子さんが朗読で参加されるとのこと。

さらに、昨年もそうでしたが、毎年行われている「二本松の菊人形」ともコラボがあるようです。


いろいろありすぎて詳細が不明な部分があり、今後も情報収集に努めます。


二本松ついでに、もう一件。地元紙『福島民友』さんの記事から。

詩の朗読者募集 9月17日に建立祭、二本松・智恵子純愛通り記念碑

 詩人で彫刻家の高村光太郎の詩集「智恵子抄」でも知られる高村智恵子(二本松市出身)の生誕の地にふさわしい地域づくりを目指し、顕彰活動に取り組む智恵子のまち夢くらぶ(熊谷健一代表)は9月17日午前10時から、同市油井の「智恵子の生家」近くにある智恵子純愛通り記念碑前で第9回建立祭を開く。詩の朗読者を募集している。
 朗読する詩は智恵子抄をはじめ、詩集「智恵子抄その後」、光太郎の詩作品の中から選ぶ。小学生から一般までが対象で、朗読者には図書券を贈る。
 申し込み締め切りは今月31日。問い合わせは熊谷代表(電話0243・23・6743)へ。
2017年08月23日    

というわけで、9/17(日)には、智恵子生家近くの智恵子純愛通り記念碑前で建立祭だそうです。併せて足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

人間時に清く、 弱きもの亦時に限りなく強きを思ひ、 内にかくれたるものの高きを 凝然としてただ仰ぎ見るなり。

詩「非常の時」より 昭和20年(1945) 光太郎63歳

終戦から約20日経った9月5日、花巻病院の職員表彰式で朗読した詩の一節です。終戦5日前の花巻空襲の際、自らの危険を顧みず、怪我人の救護に当たった医師や看護師への表彰式でした。花巻病院附属の高等看護学校では、光太郎に贈られたこの詩をいまだに学校の宝とし、毎年5月15日の花巻高村祭で、生徒さん達が群読なさっています。

戦争という「非常の時」、勝つとか負けるとか、敵とか味方とか、そういったことを超越し、さらには自らの恐怖心という弱さを克服して救護に当たった人々の清さ、高さをたたえています。

福島からイベント情報です 

福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -

日  程  : 2016年9月9日(金)〜11月23日(水)
開催時期  : 2016年10月8日(土)〜11 月6 日(日)
   
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会   場 :
 ■二本松市
  二本松市大山忠作美術館 二本松市市民ギャラリー
  二本松市歴史資料館(主催:二本松市)
 二本松城
  福島県男女共生センター 智恵子の生家 二本松工芸館 大七酒造
  道の駅「安達」智恵子の 安達が原ふるさと村
  ■福島市
  福島大学 福島市街地(主催:パセオミューズ実行委員会)
  桶屋台倉庫(主催:福島桶屋台伝承会)
  ■郡山市
  磐梯熱海温泉(磐梯熱海観光協会、福島ガイナックスと共催)
       郡山・富田幼稚園(主催:富田幼稚園)

企画・主催 :
  福島現代美術ビエンナーレ実行委員会
  国立大学法人福島大学芸術による地域創造研究所
  重陽の芸術祭実行委員会
共  催 :二本松市/二本松市教育委員会 他

事業趣旨  :
  福島発信の文化活動を推進していくために、三つの柱に基づいた企画を開催します。
   倭/藝術によるFUKUSHIMA (日本、福島、二本松)のイメージづくり
  ・福島を舞台に開催します。
  ・福島の元気なイメージを世界へ発信します。本年度のテーマは「重陽」
  ・震災後の福島を体感してもらいます。
  ・福島の魅力と文化の発信力を広くアピールします。
  ・眠っている様々な文化資源を掘り起こします。
  ・福島の文化的なイメージアップを計ります。
  ・地域文化を活性化させる一役を担います。
 
 環/福島の産官民学の連携による地域文化創造
  ・行政と地域住民、学校機関の連携
  ・福島に住む若手が企画運営しています。
  ・国際的なアートの展覧会、公演会、シンポジウム等も開催します。
  ・福島を拠点にした若手のアーティストの作品を展示します。
  ・多種多様な伝統文化と現代美術が結ばれます。
  ・幅広い藝術に触れ合い、集い、交流する機会を設けます。
  ・幅広い世代に向けたワークショップを開催します。
  ・創作活動、鑑賞活動、体験活動の場を作ります。
 
 和/福島を拠点にした「同時代の藝術」による国際交流
  ・福島、日本を周遊できる企画を開催します。
  ・人・物の新しい流れを作ります。
  ・海外作家との交流の場を作ります。
  ・外国人向けや国内のツアーを企画します。
  ・未来を展望した活動を行います。
  ・人材の発掘や育成をはかります。
  ・情操教育と将来の夢と目標のお手伝いをします。
  ・様々な職業があることを広く伝えます。
  ・身体を基盤にした表現活動を発信します。


過日ご紹介した故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映や、昨日ご紹介した「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」も、タイアップ企画的に、この「福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -」に含まれます。


その他、智恵子がらみの企画として、以下の通り。 

レモン忌
期  日 : 2016年10月5日(水)
会  場 : 智恵子の生家 二本松市油井字漆原町36
時  間 : 18:00~
講  師 : 小松美羽(美術家)、和合亮一(詩人)
       公開制作 小松美羽 上川崎の和紙による灯籠、墨絵の制作

<ほんとの空>を園庭に表現しよう
期  日 : 2016年11月4日(金)・5日(土)
会  場 : 富田幼稚園 郡山市富田町字行人田15-2

これ以外にも、例年行われている、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子講座」、霞ヶ城公園での「二本松の菊人形」なども、タイアップ企画ですが、そちらは改めてご紹介します。

その他、さまざまな展示、舞台公演、講演、映像作品上映、シンポジウムなどが企画されており、それらの中でも光太郎智恵子にからむ場合もあるかと存じます。

ぜひ足をお運びください。


【折々の歌と句・光太郎】

うづだかき反古にいのちの宮ありてこの秋筆に信の籠りぬ
明治35年(1902) 光太郎20歳

「反古」は「ほご」。書き損じの意ですね。現代、通常は「反故」と表記します。「約束を反故にする」の「反故」です。

過日レポートした平塚市美術館さんの企画展「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」と同じ日に、ノエビア銀座ギャラリーさんで開催中の「山本容子のアーティスト図鑑」を観て参りましたので、レポートします。

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会場のノエビア銀座ギャラリーさんは、銀座7丁目。ノエビアさんの本社ビルの1階にあります。当方、一昨年に開催された田沼武能写真展「アトリエの16人」以来でした。他にも常にいい展示をなさっていて、ご案内も戴くのですが、なかなか光太郎智恵子に関わらない場合には足を向ける余裕がなく、申し訳なく思っています。

今回は版画家山本容子さんの作品展で、日本人アーティストの肖像を描いた版画の蔵書票が展示され、案内葉書には智恵子も載っていたため、拝見しに行って参りました。

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入り口のポスターも案内葉書と同様の版でした。ぜ000ひほしいと思ったのですが、言い出せませんでした(笑)。

蔵書票とは、もともと書物の整理のため、蔵書の見返しに貼るラベルです。昔の愛書家はよく使っていました。それが単なるラベルにとどまらず、次第に意匠を凝らしたデザインのものを自分で作ったり、注文して作ってもらったりするようになり、有名な人物の優れたデザインの蔵書票は、それ自体が売買の対象にもなっています。

展示されていた山本さんの作品、その蔵書票の形をとっているので、それぞれ名刺大よりやや大きいかというくらいです。しかしかえってそのサイズに納まっていることで、愛らしさとでもいいましょうか、そういうものを感じました。

「日本人アーティスト」ということでしたが、32名の肖像が展示されていました。内訳は以下の通り。

泉鏡花 種田山頭火 正岡子規 北原白秋 中原中也 立原道造 金子みすゞ 草野心平 長塚節 室生犀星 堀辰雄 佐藤春夫 幸田文 武者小路実篤 円地文子 野上弥生子 井上靖 石川淳 吉田健一 白洲正子 星新一 山口瞳 藤沢周平 開高健 岸田劉生 梅原龍三郎 片岡球子 北大路魯山人 南方熊楠 古今亭志ん生 そして我らが高村智恵子、さらに驚いたことに光太郎もいました(笑)。

それぞれの作品には、キャプション、というよりそれぞれの人物への思いを書いた、山本さんの文章が添えられていました。ご著書に掲載されたものかもしれません。

智恵子に対しては、

まるで生きているようなハサミたち。両手で耳をおさえてゴマを噛んだ時の音をさせて、布をズリズリと切ってゆくたちばさみ。雀の舌をどうやって切るのかしらと不思議に思った握りばさみ。眉毛や鼻毛の一本のかたさを知ることのできる少し先の丸くそりかえった小さなはさみ。フランス料理では、魚のヒレや尾やホネもジョキジョキと今度は先が左に少しまがった大きなハサミで切ってゆく。まだ使っていないのは手術用のはさみ。切れ味をためしてみたい。でも紙を切ったら、切れ味が悪くなるって叱られたのよ。紙のためにはいいのにね。

となっています。晩年、心を病んで入院した南品川のゼームス坂病院にて、ハサミ一丁だけで千数百枚の紙絵を作った智恵子へのオマージュです。

光太郎には、001

眼には残酷なほどの白さを好み、身体中の穴という穴が一瞬縮こまる凍り付いた空気に喜びを感じ、その厳しさの中、新年が冬に始まる不思議に感謝を述べて、その大きすぎる足で雪や氷を踏みつけて踊る。生きている実感。遠くを見る眼の先には、木片の割れる音、土を押し出す指の圧力、筆の先の絵の具の粘力を透かせながら、純粋な魂に祭り上げた女の裸体をぶらさげる。「光」と彫りぬかれた便所の扉、そこからのぞいた風景だけは、穏やかだった。

見事な一篇の詩になっているような気がします。

ご存じない方のために解説しますと、便所の扉云々は、昭和20年(1945)からの7年間、光太郎が暮らした花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隣接する便所(光太郎は「月光殿」と名付けました)の壁に彫られた明かり取りのための「光」一字です。これも考えようによっては、彫刻作品といえるのではないかと思います。

ちなみに山本さんの智恵子肖像は平成14年(2002)、光太郎のそれは同15年(2003)の作品だそうです。

他の作品も、それぞれの人物の特徴をよく捉え、リスペクトの中にもシニカルな見方も感じられたり、ユーモラスなところもあってクスリとさせられたり、なかなか見応えがありました。

10月30日までの開催で、入場無料です。ぜひ足をお運びください。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月26日

明治44年(1911)の今日、『読売新聞』に、散文「画家九里四郎君の渡欧を送る」が掲載されました。

九里四郎は、学習院出身の画家。白樺派の一人として、光太郎とも交流がありました。この年から翌年にかけ、ヨーロッパ留学。それに際して光太郎が書いた一文です。

 物は一見するに如くはないが、一見する甲斐ある人と、甲斐なき人とある事は争はれない。スケツチ帖を厚くしに渡欧する人も多い世の中である。九里君が其の前者に属してゐる事は、其の作品を見ても直ちに解る程凄い所がある。

と、九里に賛辞を送っています。

昨日は福島県に行っておりました。

まずは、いわき市で開催中の現代アート展「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」 」を拝見。過日もご紹介しましたが、福島第一原発の事故を受け、「ほんとの空」を求めてやまなかった智恵子へのオマージュといった意味合いもある展覧会です。

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会場はいわき市中心街にあるワタナベ時計店。雑居ビル的な建物で、1階が時計店、2階は居酒屋、そして3階のスペースを使って開催されていました。

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外階段を通って2階に上がると、扉。どうもこの扉も、この展覧会のために特設されているようです。

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扉を開けると内部はほぼ暗黒。頭上では実物大と思われる赤信号が点滅していました。「お化け屋敷かぁ?」と突っ込みを入れたくなりましたが、外界との隔たりを表し、ここが「異空間」であることの演出という意味では効果的かと思いました。さらに階段が続き、3階のメインスペースにつながっています。

会場も基本的に暗黒の空間です。まずその中に大型のスクリーンが2基並んでいて、プロジェクタから映像が投影されていました。毒山さんの「1/150」、キュンチョメさんの「DO NOT ENTER」。

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打ち上げられたイルカの死骸、海に向かって「立ち入り禁止」の黄色いテープを貼ろうとする少女。プロジェクタのある意味頼りない光源によって映し出される映像であるせいで、より幻想的な雰囲気が感じられます。これが大型液晶テレビの画像だったりすると、鮮明すぎる映像になって、却って逆効果のような気がしました。

スクリーンの背後のブースでは、キュンチョメさんの「ウソをつくった話」が上映されていました。この題名も光太郎の散文「木彫ウソを作った時」(昭和11年=1936)からのインスパイアではないかと思います。

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このバリケードを、画面上でどんどん消して行くというものですが、画面下部には、テロップで、仮設住宅住民の方との会話が表示されます。

ブースのサイドには、毒山さんの「あっち」という小品が2点。これもおそらく仮設住宅の住民の方が、奇怪な面を被って彼方を指さしている写真です。

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ちなみに今月の時点で、岩手、宮城、福島3県でいまだ仮設住宅などで暮らしているという方は、14万人を超えています。全国で「避難生活」を送っている人の総数は約20万人でした。福島では今年3月の統計では県外避難者が5万人近くだそうです。

「ウソを作った話」の裏側では、「WAKE UP!」。こちらも映像作品です。

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さらに一番奥の大きな壁一面に、毒山さんの「千年たっても」。

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智恵子の故郷・二本松にそびえる安達太良山の、山頂付近にある「この上の空がほんとの空です」と刻まれた木柱。降りしきる雨の中、その前に立つ男性(毒山さん?)。「ここにほんとの空がある」的なことを、ひたすら叫び続けています。

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ちなみに「千年たっても」というタイトルは、光太郎の詩「十和田湖畔の裸像に与ふ」中の「立つなら幾千年でも黙つて立つてろ。」(昭和29年=1954)から採られたそうです。

この男性がほぼ等身大に投影されていますので、本当に雨の中、安達太良山頂付近にいるような錯覚を感じました。

どの作品もかなりのインパクトでした。


拝見し終わって、外に出ました。闇に慣れた眼に、秋晴れの街は異様に明るく、人々は何事もなかったかのように笑み交わしながら歩いています。ふと、会場外のこちらの方が「異空間」なのでは、という感覚に襲われました。そこまで計算されていたとすると、すごいことですね。

階段の下で、入場前にパンフレットを渡して下さった美女お二人がいらしたので、お話を伺いました。そうなのでは、と思っていましたが、やはりお二人のうちのおひとかたが、キュンチョメさんのお一人でした(キュンチョメさんは男女二人組のユニットで、男性の方は会場内にいらっしゃいました)。やがて毒山さんもいらっしゃいました。

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毒山さんは田村市のご出身……というのは観に来る前にネットで情報を得ていましたが、なんとなんと、お話を伺うと、二本松にも住んでいらしたことがおありだそうで、小学校は智恵子の母校・油井小学校――つまりは智恵子の後輩だそうで、驚きました。ちょうど1年前に、同校にてゲストティーチャー坂本富江さんのアシスタントで特別授業をやったことを思い出しました。

毒山さん、展覧会の案内では「どうしようもない故郷」的な発言をなさっていましたが、作品を観ている最中に、すでにそれは反語表現だな、と気付いていました。やはり実際にお話を伺ってみて、故郷への溢れる愛情、そして何とかしなければならない、というお気持ちがひしひしと感じられました。

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「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」」、明後日までの開催です。ぜひ足をお運び下さい。


当方、いわき市をあとに、次なる目的地、本宮市へと向かいました。続きは明日。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月20日

昭和61年(1986)の今日、『地域雑誌 谷中根津千駄木』其の九に「特集 高村家の人々」が掲載されました。

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当会顧問・北川太一先生のご紹介と合わせ、12ページです。

同誌は『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくること』『「谷根千」地図で時間旅行』などを書かれた森まゆみさんの編集でした。今は広く使われている「谷根千」の語もこの雑誌から生まれました。

福島から現代アートの展覧会情報です。
会  期 : 2015年9月18日(金)~9月22日(火)
会  場 : ワタナベ時計店 3F 「ナオ ナカムラ」 福島県いわき市平字二丁目33-1
開場時間 : 10:00~19:00(会期中無休)
入  場  料 : 無料

 この度、9月18日から22日までの5日間、福島県いわき市のワタナベ時計店3Fにあります「ナオナカムラ」では、毒山凡太朗、 キュンチョメによる展覧会「今日も きこえる」を開催いたします。
これまで東京都をメインに活動してきた常磐出身の両作家が”この地の空と狂気とウソ”をテーマに、毒山の故郷である福島 県で初めて開催する展覧会です。
また、2012年よりスタートしたナオナカムラにとっても福島県で今展を開催することは初めての試みとなります。
毒山凡太朗、キュンチョメによる展覧会「今日も きこえる」をこの機会にどうぞご覧ください。
福島県出身の毒山凡太朗と茨城県出身のキュンチョメ、常磐出身の両作家 がリサーチを重ねて作り上げた本展は”この地の空と狂気とウソ”がテーマとな っています。
 あの日から約5年の月日が流れました。未だ多くの街がバリケードで塞がれ、 海はコンクリートで埋めたてられ、この地、いわきでは水平線すらまともに見るこ とができなくなりました。そんな中作家たちは、何にも束縛されることのない福 島の空と、この空を愛した女性、高村智恵子に注目していきます。智恵子は福 島県に生まれ育った画家ですが、晩年は精神が薄弱して狂人とみなされてい きます。それでもなお彼女が最も愛したものは、故郷の福島の空でした。夫で ある高村光太郎が綴った詩に“智恵子はα次元”と記されているように、彼女は 全く別次元の存在へと自分自身を落とし込み、周りが騒ぎ立てる音を一切遮 断して福島の空のみを愛し続けます。
 今日、わたしたちはどんなに遮断しても様々な雑音を受動的に耳にしてしまい ます。けれども、きこえてしまうがゆえに出来てしまうものがあります。それは智 恵子が語った本当の空のような絵空事にみえるかもしれません。「だけど、未 来を語るにはウソにこそ意味がある。ウソだけが二度目の明日を作ることがで きる」と作家たちは言います。
 有象無象の言葉があふれる福島の空の下、作家たちの思いに耳を澄ませて いただければ幸いです。
毒山凡太朗、キュンチョメよる展覧会「今日も きこえる」をこの機会にどうぞご 覧ください。
ディレクター 中村奈央

 常に磐石なる地と書いて常磐。福島から茨城に渡るこの常磐という呼称は永久不滅という意味が込められている。今となっては悪い冗談みたいな名称だけれど、5年前までは自分たちはとても安全な場所に住んでいると皆が本気で信じていたのだ。今や常磐道を北上し故郷に帰り着くたびに吐き気を覚える。土建ゴロが闊歩し、海はコンクリートで埋めたてられ、避難してきた県民とは生活ゴミの捨て方で揉めて、人々は酒のつまみに悪いうわさ話で盛り上がる。我が家の父は錯乱し家の窓も雨戸も一切開けず、外出するときは未だにマスクを手放さない。元気なのは犬と性風俗産業と放射能だけだ。なにが故郷だ。二度と戻らねえよ。かくして俺は故郷を捨てた。東京の街では福島出身だと言うだけで「大丈夫?」と声をかけられるけど、大丈夫なわけねーじゃねぇか、だから東京にいるんだよと、声を荒げたくなることもある。どこもかしこも、うっせーよ。そんなどうしようもない故郷に帰る事にしたのは、一人の気の狂れた女に導かれたからだった。故郷の有名人、高村智恵子。福島の空だけが本当の空だと言い続けて精神が薄弱して死んでいったあわれな女。そんな智恵子の言葉が福島県安達太良山のてっぺんにかかげられている。「この上の空が本当の空です」
確かに、この空だけは5年前とも変わらないし、千年後だって変わらないだろう。地上のクソみたいな出来事とは関係なく、ここにはほんとうに本当の空があるのかもしれない。
一番信じられない場所で、二度目の明日を見つけよう。このどうしようもない故郷へ、愛を込めて。
毒山凡太朗+キュンチョメ


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毒山凡太朗さん、キュンチョメさん(こちらはユニットだそうですが)、ともに現代アートの作家さんです。東日本大震災、そして智恵子からのインスパイアなのでしょう。上記プレスリリース等を読んでもちょっとイメージが湧きにくいのですが。

来週末、昨日ご紹介したカナリア映画祭に行ってまいります。いわき市は当方自宅兼事務所からの経由地になりますので、こちらにも足を運んでみるつもりです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月5日

昭和32年(1957)の今日、筑摩書房から『智恵子紙絵』が刊行されました。

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心を病んだ智恵子が、南品川ゼームス坂病院で制作した紙絵を集めた画集で、この手のものの嚆矢です。

その後、昭和40年(1965)には社会思想社から『智恵子の紙絵』、同54年(1979)には再び筑摩書房で『智恵子紙絵』、同63年には西武アート・フォーラムさんの『智恵子紙絵展』図録、平成に入ると8年(1996)、芳賀書店より『智恵子紙絵の美術館』、翌年には二玄社『智恵子その愛と美』などの画集が刊行されました。見比べてみると、日本の印刷技術発展史が表れているように感じます。

ノエビア銀座ギャラリーさんから開催案内の葉書を戴きました。今週から始まっている展覧会です。
 期 : 2015 年8 月24 日(月)~10 月30 日(金) 入場無料
 間 : 午前10 時~午後6 時 (土・日・祝日は午後5 時まで)
 場 : ノエビア銀座ギャラリー(ノエビア銀座本社ビル1F 中央区銀座7-6-15)
 催 : 株式会社ノエビア
お問合せ : 0120-401-001(月~金/9:00~18:00 土・日・祝日除く)

独自の作品世界を持つ銅版画家、山本容子。
1995 年より、 「本の話」(文藝春秋)の表紙画として、毎月、アーティストの肖像画を描きました。本展では、17 年にわたり描かれた191 名の銅版画のポートレイトから、日本人アーティストを選んで展示いたします。作品にある“EX-LIBRIS”とは蔵書票を意味し、ひとりひとりが蔵書票のスタイルで描かれています。持ち主の印として蔵書に貼られる蔵書票には、古くは紋章や肖像画をあしらった図案が用いられました。山本が大切に考えたという「作家の人物としての空気感」を感じていただけます。

山本容子 (やまもと ようこ)・銅版画家 1952 年-埼玉県生まれ京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。都会的で軽快洒脱な色彩で、独自の銅版画の世界を確立。絵画に音楽や詩を融合させるジャンルを超えたコラボレーションを展開。数多くの書籍の装幀、挿画なども手がける。近年では、医療現場における壁画制作、ホスピタルアート壁画を制作し、幅広い分野で精力的に創作活動を展開している。近著に『山本容子のアーティスト図鑑100 と19 のポートレイト』(文藝春秋)、『Art in Hospital スウェーデンを旅して』(講談社)がある。


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銅版画家の山本容子さん。古今の著名人の肖像を多く手がけられており、雑誌『婦人公論』の表紙絵を集めた『女・女』(平成16年=2004 中央公論社 絶版)、そして一昨年には雑誌『本の話』の表紙絵集『山本容子のアーティスト図鑑 100と19のポートレイト』(文藝春秋社)などには、智恵子の肖像も採用されています。

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今回は『山本容子のアーティスト図鑑 100と19のポートレイト』の原画のうち、智恵子を含む日本人アーティストを描いたものが展示されているそうですが、点数はよくわかりません。近々観に行って、レポートします。

皆様もぜひ足をお運び下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 8月29日

昭和29年(1954)の今日、終焉の地、中野アトリエ近くに落雷があり、しばらく停電しました。

当方の子供の頃、停電などはしょっちゅうでした。最近はめったなことでは起こらなくなりましたね。

愛媛松山からの情報です。  

現代作家人形展 ARTISTIC DOLLS EXHIBITION 2015

会 期 : 2015年1月8日(木)~1月18日(日) 水-定休
時 間 : 午前11:00~午後7:00
会 場 : ギャラリー リブ・アート 愛媛県松山市湊町4丁目12-9メゾンM2ビル3F
 
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2015年新春を寿ぐ恒例の<現代作家人形展>今年も好評開催中です。今回は、愛媛県内から5人、同じく県外から5人の作家さんをお迎えしいつもよりさらに賑やかでエネルギーあふれる展示になっています。みなさま、是非ともお見逃しなく。
 
 
人形作家・高橋満利子さんの作品で、「智恵子抄」が展示されているそうです。
 
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背景の「レモン哀歌」「千鳥と遊ぶ智恵子」のパネルは、御主人で書家の高橋正治さんによるものだそうです。
 
音楽、演劇、アート……いろいろな分野の方が、光太郎智恵子の世界からインスパイアされた作品を発表されています。ありがたいかぎりです。
 
拝見したいところですが、四国はやはり遠いので、残念ですが行けません。近隣の方はぜひどうぞ。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月14日000
 
昭和25年(1950)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、詩人の伊藤信吉に宛てて葉書を書きました。
 
一月四日付のおてがみ届きました。 丁度新潮社からもてがみが来ましたが、それには小生の通知への返事はなく、編集者に神保光太郎氏、尾崎喜八氏は如何ですかと問合せてきました。よつて、両氏はあまり近すぎてどうかと思ふといふ旨と、小生の前便通り、貴下にお願ひしては如何といふ事を申送りました。 今年は相当の寒さで〇下二十度位になります。雪がきれいです。
 
新潮社云々は、この年、秋に刊行された新潮文庫版『高村光太郎詩集』に関わります。65年経ちますが、まだ版を重ねています。絶版にはしないでほしいものです。
 
伊藤はこの後、昭和28年(1953)に、同じ新潮社の「世界名詩選集」の一冊、『高村光太郎詩集』の編集にもたずさわりました。

今週初めに行って参りました。 

ヨコハマトリエンナーレ2014

展覧会タイトル 「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
期 日 : 2014.8.1[金]-11.3[月・祝] 開場日数:89日間
会 場 : 横浜美術館新港ピア(新港ふ頭展示施設)
時 間 : 10:00-18:00 ※入場は閉場の30分前まで
料 金 : 一般・高校生500円、中学生300円、小学生以下無料。
休 日 : 月曜、火曜

主催
 横浜市 (公財)横浜市芸術文化振興財団  NHK 朝日新聞社 横浜トリエンナーレ組織委員会
支援
 文化庁(国際芸術フェスティバル支援事業) 文化庁(国際芸術フェスティバル支援事業)
 特別協力独立行政法人国際交流基金
後援
 外務省、神奈川県、神奈川新聞社、tvk(テレビ神奈川)、スペイン大使館、
 駐日韓国大使館韓国文化院、中華人民共和国駐日本国大使館、Goethe-Institut Tokyo、
 東京ドイツ文化センター、ベルギー王国大使館
認定 公益社団法人企業メセナ協議会
 

 
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横浜市で、3年に1度開かれる、基本、現代アートの展覧会です。今年の開場は、みなとみらい地区の横浜美術館と、埠頭展示施設の新港ピアです。

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基本、現代アートですのでこういう感じです。
 
メイン開場二つのうち、横浜美術館の一角に、「大谷芳久コレクション」という展示がなされています。
 
以下、公式サイトから。
 
現代美術画廊「かんらん舎」のオーナー・大谷芳久が、1995年にドイツで見たジョージ・グロスの個展を機に、太平洋戦争期の日本の芸術家の表現活動を調べるべく収集した書籍コレクションの一部を展示。戦中に出版された詩文の多くは戦争や軍への讃歌であり、ベストセラーとなったが、戦後はその多くが消えることとなった。
 
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光太郎の詩集『大いなる日に』(昭和17年=1942)、『記録』(同19年=1944)を含む、戦時下の文芸書、17点が展示されています。
 
『大いなる日に』『記録』以外は以下の通り。
 
三好達治 『捷報いたる』(同17年=1942) 『寒析』(同18年=1943)
草野心平 『大白道』 (同19年=1944)
伊東静雄  『春のいそぎ』(同18年=1943)
北原白秋  『大東亜戦争小国民詩集』(同18年=1943)
佐藤春夫 『東天紅』(同13年=1938) 『日本頌歌』(同17年=1942)  『大東亜戦争』(同18年=1943)
野口米次郎  『伝統について』(同18年=1943) 『宣戦布告』(同18年=1943)
中勘助  『詩集百城を落す』(同14年=1939)
西条八十 『銃後』(同18年=1943)
日本文学報国会編 『辻詩集』(同18年=1943) 『辻小説集』(同)
大政翼賛会文化部編 『軍神につづけ』(同18年=1943)
 
最後の『軍神につづけ』は、多数の詩人によるアンソロジーで、光太郎の詩「みなもとに帰るもの」も載っています。

さらに、光太郎とも交流のあった画家・松本竣介が、疎開先の妻と四歳の息子にあてた、終戦前後の書簡三通も展示されています。
 
で、この展示がいったい何を目指しているのか、ということになりますと、トリエンナーレ全体のタイトル、「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」につながるわけです。
 
以下、やはり公式サイトから。
 
ヨコハマトリエンナーレ2014がめざすのは
芸術的冒険の可能性を信じるすべての人々
そして、大胆な世界認識を持ちたいと望む
 すべての人々と共に
「芸術」という名の舟に乗り込み
「忘却」という名の大海へと
冒険の旅に出ることである

「華氏451の芸術」というタイトルは、言うまでもなく、レイ・ブラッドベリ作のSF小説『華氏451度』に由来している。いわゆる焚書がテーマの小説で、本を読むことも持つことも禁じられた近未来社会が舞台となっている。
1953年作とは思えないくらい、現代社会を予見していて見事だが、それ以上に興味深いのは、これが「忘却」の重みについてあらためて考えさせられる小説だという点である。
 物語の後半、「本になる人々」の集団というものが登場する。一人ひとりが一冊ずつ本を選び、それをまるごと記憶しようとする。つまり焚書へのレジスタンス(抵抗)として、本という物質を記憶という非物質に置き換え、本の精神のみを隠し持とうと試みる。
 「本になる人々」は本を禁止する社会からの亡命者達であり、また上述のように本を非物質な記憶に置き換えようとしているため、その存在と行為の両側面において、現実社会の表舞台には決して現れることのない、不在の人々となる(=生きている痕跡をこの世から消滅させた「忘却の人々」たらざるをえなくなる)。ところがこの「忘却の人々」にこそ、膨大な本の記憶がたまり込んでいるというのが、ブラッドベリの小説がもたらす、「忘却」に関する重い教訓なのである。

「忘却」とは、記憶されざる記憶がたまりこんだ、ブラックホールとしての記憶のことである。
 
ここに展示された書籍は、それぞれの作家の「汚点」「黒歴史」ともいえるものです。光太郎自身も戦後になってこれらの戦争協力の作品を「変な方角の詩」と言っています。作家によっては、戦後に刊行された全集には収録せず、無かったことにしてしまっている場合もあります。
 
いわば、戦後の「焚書」によって忘れ去られつつあるものです。
 
しかし、その「忘却」には危険が伴います。光太郎のしたような真摯な反省までも忘却の彼方へ押しやられると、「歴史は繰り返す」に成りかねません。
 
これはそういう点への警鐘の意味での展示です。キャプションにも、その辺りがよく表現されていました。書籍のキャプションには「美しい言葉の羅列がもつ魔力」、松本の書簡には「無差別に人を殺傷する近代戦争の無慈悲さへの衝撃」「息子が生きる未来を案じる」などなど(うろおぼえですが)。
 
現実に、ことさらに光太郎の戦時の作品を賛美し、戦前戦時を髣髴とさせるおぞましいヘイトスピーチ的な言説がまかり通っています。そういう幼稚なネトウヨは、この展示を見て、「素晴らしい! これぞ大和魂だ!」とかいうトンチンカンな感想を持つのかも知れませんね(笑)。
 
今年の連翹忌のご案内に載せさせていただいた、北川太一先生のご挨拶の中の「歴史がもういちど反転しそうな今こそ、その命の軌跡をかえりみ、繰り返し語り合い、語りつぐひと時を、思いを同じくするみなさんと一緒に過ごしたいと存じます。」という一節が、ほんとうに心に染みる今日この頃です。

【今日は何の日・光太郎 補遺】 8月30日
 
昭和23年(1948)の今日、花巻郊外太田村の山小屋に、村の青年が蓄音機とレコードを持ってきてくれました。
 
当日の日記の一節です。
 
夜になつてから佐藤弘さん、大三さんが蓄音機の箱とレコードとを持参。五六枚きかしてくれる。バツハのコンチエルトあり。すばらしさに魂を奪はれる思す。
 
当方、今日は四ツ谷の紀尾井ホールにて、The Premiere Vol.3 〜夏のオール新作初演コンサート〜を聞いて参ります。「すばらしさに魂を奪はれる思」をしたいものです。

今日から1泊2日で、青森は十和田湖に行って参ります。
 
過日のこのブログでご紹介しました、十和田湖湖水祭りに行きます。さらに、通称「乙女の像」建立60年を経たということで、記念誌などが刊行されることが本決まりになりました。一部、執筆を頼まれておりまして、その打ち合わせも兼ねての十和田行きとなります。
 
それに先だって、十和田市の担当の方と、メールでやりとりしている中で、今週月曜日の地元紙『東奥日報』さんの記事を画像データで送っていただきました。

『看板アート』街彩る 美術家・中崎さん制作 あす公開  中央商店街 市民の思い描いた30枚

 かつては衣料品店が軒を並べ、にぎわいを見せていた十和田市稲生町の「中央商店街」に美術家・中崎透さん(37)の作品「看板屋なかざき」がお目見えした。レトロなアーケード街に、市民らの思いを描いた看板アートが並ぶ。一般公開は15日から9月23日まで。時間は午前10時から午後6時まで。
 
 作品展示は十和田市現代美術館で開催中の特別展「そらいろユートピア展」のプロジェクトの一つ。個人や団体、企業、商店などが中崎さんに対して“広告主”となり、それぞれのキャッチコピーや看板に盛り込んでほしい情報を伝え、作品となった。
 
 並んだ看板は30枚。白地のプラスチックの板に赤や緑、青など原色のシートを切り絵のように貼り付けた。材木などを組み合わせた土台を作り、内側から蛍光灯で看板を照らす。
 
 中崎さんは「こういうのをやりたいイメージはあった。(アーケードの雰囲気が)教会っぽくて、神々しい感じも。でも、わい雑としている。いろいろな見方をしてもらえれば」と話した。
 
 青森公立大学国際芸術センター青森の学芸員、服部浩之さん(35)は、「10年来、中崎さんの作品を見ているが、立体的に展開された作品は初めて。正面から見た雰囲気が壮観。アーケードの静かで、ちょっと暗い感じも面白い」と評した。
 
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「30枚の看板」の中の1枚に、通称「乙女の像」も描かれています。
 
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こちらの「看板アート」、現物を見て参ります。スナックの看板のようですが、そういう感じをねらっている部分もあるのだと思います。アートは奥深い……。
 
さらに、青森まではなかなか行けませんので、この機会に青森市まで足を伸ばし、青森県立図書館で、地元の光太郎関連文献を渉猟して参ります。
 
詳しくは、のちほど。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 7月19日
 
昭和27年(1952)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、ヘルシンキオリンピック開会式のラジオ実況放送を聴きました。
 
日本選手は、レスリングフリースタイルバンタム級の石井庄八選手の金メダルをはじめ、競泳、体操、レスリングで銀6,銅1のメダルを獲得しました。レスリングは、現在も日本のお家芸の一つですが、その裏には、敗戦後のGHQによる武道禁止の措置があります。柔道から流れていった選手が活躍したのです。

いわゆる「オマージュ」。
 
光太郎・智恵子の世界も、さまざまな表現者の方が、それぞれの世界で表現してくださっています。ありがたいことです。
 
昨日は東京・千駄木のカフェギャラリー幻さんに行って参りました。こちらでは一昨日から「谷根千文芸オマージュ展 文学さんぽ」が開催されています。
 
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カフェギャラリー幻さんは、千駄木二丁目、不忍通りから谷中方面に一本入った路地にある貸しギャラリー兼カフェで、「文化系喫茶店」と標榜しています。その語感といい、たたずまいといい、いわゆる谷根千の雰囲気に非常にマッチしていました。

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ちなみに不忍通りを反対側の白山方面に入っていくと、高村光太郎記念会事務局兼・北川太一先生のご自宅ですので、この界隈はよく行くのですが、こういうスペースがあるとは存じませんでした。
 
路地裏ですのでそうと知らなければまったくわからないような所ですが、それだけに表通りの喧噪から遮断された一種のエアポケットのような空間でした。
 
中に入ると、適度の広さのスペースに、出品作が並んでいました。
 
胡子 × 夢野久作 『ドグラ・マグラ』006
     胡子 / Coco(写真)
さつかわゆん × 江戸川乱歩 『人間椅子』
    さつかわゆん / Satsukawa Yun(絵画)
皇流那 × 宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』
   皇流那 / Sumeragi Runa(絵画)
高橋まや × 森鴎外 『舞姫』
   高橋まや / Takahashi Maya(絵画)
田島綾 × 内田百閒 『冥途』
   田島綾 / Tajima Aya(写真)
東マユミ × 夏目漱石 『虞美人草』
   東マユミ / Higashi Mayumi(銅版画)
連使 × 幸田露伴 『ねじくり博士』
   連使 / Renshi(立体造形)
 
そして光太郎・智恵子がらみで、
 
emi ogura × 高村光太郎 『智恵子抄』
   emi ogura / エミ オグラ(絵画・写真)
虚狐風雅 × 谷根千の文人たち
   虚狐風雅 / Kogitune Fooga(絵画)
 
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いい感じでした。
 
その後、こちらのオーナーで、イラストレーターもされているという小林義和氏とお話をさせていただき、御好意で4月2日の連翹忌の案内を置かせていただけることになりました。ありがたいことです。
 
会期は3/9(日)まで。ぜひ足をお運びください。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 3月2日

昭和53年(1978)の今日、日本橋高島屋において「花巻山居七年 高村光太郎展」が開幕しました。

1/4のこのブログでご紹介しました「谷根千文芸オマージュ展 文学さんぽ」が開催されます。
展示:2月28日(金)~3月9日(日)
文学さんぽツアー:2日(日)、8日(土)
営 業 15:00~22:00
休廊日 4日(火)・5日(水)
観覧料 無料
作 家 emi ogura 虚狐風雅 胡子 さつかわゆん 皇流那 高橋まや 田島綾
    東マユミ 連使
企 画 カフェギャラリー幻    笠原小百合(WEB文芸誌「窓辺」編集長)
 

谷根千ゆかりの文芸作品へのトリビュート美術展

カフェギャラリー幻のある谷中・根津・千駄木(略して谷根千)界隈は、夏目漱石・森鴎外・江戸川乱歩・川端康成など、多くの文人の旧居・旧跡がある「文豪に愛された町」です。そこで、谷根千にゆかりある文人・文芸作品をモチーフとした美術展を行います。

東京国際文芸フェス正式参加

本展は「東京国際文芸フェスティバル2014」のサテライト企画です。東京が本と文芸に染まるこの10日間、ぜひあなたも本とアートと地域について考えてみませんか?
 
以下の皆さんの作品で、光太郎が取り上げられるようです。 
 
emi ogura × 高村光太郎 『智恵子抄』 emi ogura / エミ オグラ(絵画・写真)
 
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虚狐風雅 × 谷根千の文人たち  虚狐風雅 / Kogitune Fooga(絵画)
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他の出品は以下の通り。
 
胡子 × 夢野久作 『ドグラ・マグラ』     胡子 / Coco(写真)
さつかわゆん × 江戸川乱歩 『人間椅子』    さつかわゆん / Satsukawa Yun(絵画)
皇流那 × 宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』    皇流那 / Sumeragi Runa(絵画)
高橋まや × 森鴎外 『舞姫』    高橋まや / Takahashi Maya(絵画)
田島綾 × 内田百閒 『冥途』    田島綾 / Tajima Aya(写真)
東マユミ × 夏目漱石 『虞美人草』    東マユミ / Higashi Mayumi(銅版画)
連使 × 幸田露伴 『ねじくり博士』    連使 / Renshi(立体造形)
 
なかなか面白そうです。時間を見つけて行ってみるつもりでおります。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 2月15日

昭和14年(1939)の今日、雑誌『月明』第二巻第二号に、山崎斌の「追憶」が掲載されました。
 
山崎は染色工芸家。油絵制作を断念した後の智恵子と交流がありました。
 
「追憶」には光太郎短歌
 
 ソデノトコロ一スジアヲキシマヲオリテミヤコオホヂヲカマハズアリキシ
 
が引用されました。
 
これは、前年秋の智恵子の死に際し、山崎が送った
 
 袖のところ一すぢ青きしまを織りて
 あてなりし人今はなしはや
 
への返歌です。

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