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現代アート個展(会期終了していますが)のレビューを兼ねた作家さん紹介が、昨日の『毎日新聞』さんに大きく掲載されました。

男性優位への疑念、アートに フィルター外した「女性像」を模索

 太陽をかたどった金色の紙の中心に、目と口が切り抜かれている。『智恵子抄』で知られる高村智恵子の顔だという。口を開き、こちらに何か伝えようとしているのか。古びた木枠の中の小さな顔を見つめていると、もどかしさに駆られた。
 タイトルは「はいけいちえこさま」。京都を拠点に活動する現代美術家・谷澤紗和子さんが、洋画家・紙絵作家の高村智恵子をオマージュした作品だ。自身も切り紙を手がける谷澤さんは智恵子の作品にひかれ、その創作について調べ始めたが、行き当たるのは夫・高村光太郎のフィルターを通した智恵子像ばかり。故郷を離れ大学に進み、親の反対を押し切って洋画家に。『青鞜』創刊号の表紙絵を描き、病室では千数百点もの紙絵を作った。「一途(いちず)」や「純朴」といった世間のイメージとは違う、自立した個人・智恵子の声が聴きたい。小さな顔には、そんな思いがこもる。
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  「フェミニストとして、自身 ... 気づきになるような制作態度を示したいと考えています」。自身のサイトでこう宣言し、ジェンダーをテーマに作品を制作する谷澤さんだが、問題意識が明確になったのは数年前からという。
 それまでも、引っかかることはあった。京都市立芸術大で教わった教授陣はみな男性だったし、院試でフェミニズムに言及すると、「そういうのはもう飽きたんだよね」と返されたこともあった。卒業後は同世代の男性の方がいい仕事をもらっているとも感じた。ただ、大きな壁を感じるほどではなかった。
 2018年、出産。「親になるのは大歓迎だったのに、突然『母』という代名詞が舞い降りてきた」。保育園の申し込みで役所に行くと、来ているのは全員女性。指定された時間は夕刻で、赤ん坊たちは泣いている。谷澤さんも泣く子を抱いて職員とやり取りするが、泣き声にかき消されお互いの声が聞こえない。予算を割いて託児サービスさえ用意してくれていれば。そもそもなぜここに父親はいないのか。社会の仕組みに対する疑問や怒りが、あふれた。
 産後しばらくは時間と場所の制限から、大きな作品が作れない。発表するあてもなく、A4の紙に描き始めた。当時のファイルには、顔の中に「くそやろう」や「NO」といった言葉を配したドローイングが並ぶ。「女性が使うべきではない」罵倒や抵抗の言葉。抑圧をかいくぐり、やっと発せられた言葉だと表現したくて、うねる線で描いた。
 ジェンダー研究の文献にも目を通し思索を深めていた翌年、作家・藤野可織さんとの共作「信仰」を発表し、ジェンダーをテーマに据えることに手応えを感じた。智恵子について本格的に調べ始めたのも、この頃。「はいけい――」は冒頭の「太陽」のほか、智恵子による「青鞜」の表紙絵や産後のドローイングから生まれた「NO」などをモチーフにした6点組みで、木枠に日本家屋の廃材を用い、女性の足かせとなってきた家父長制度を象徴させた。金と赤の美しい造形の中に切実なメッセージを織り込んだ作品は、若手芸術家の登竜門「VOCA展2022」で佳作に選ばれた。
 昨年12月には、大阪で個展「矯(た)めを解(ほぐ)す」を開催。タイトルは社会や教育に矯正され、知らず知らず染まってしまった価値観を解きほぐす、という意味で付けた。同名の新作は、ぺしゃんこになったショベルカーやクレーン車に赤い線が絡む紙の作品。モチーフにしたのは子どものおもちゃだという。
 息子が好む重機のおもちゃ。何がかっこいいのか、正直わからない。ある時そんな話をしたら、男性作家が「かっこよさ、わかるよ!」と興奮気味に応答した。「それを聞いて、仕組みがわかった!と思いました」。自分が身を置いているのは「重機をかっこいいと思う」人たちが築き上げたコミュニティーではなかろうか。男性優位の世界で感じてきた不条理に、説明がついた気がした。「そこに一生懸命入ろうとするのではなく、別の仕組み、別の見方で考えていかなきゃいけない」
 会場で、白一色の作品に目が留まった。エンボスによる和装の女性と、切り紙のくしゃくしゃの塊。女性は智恵子で、塊は自画像だという。美術の歴史の中で男性によって客体化されてきた「女性像」の問題は、根深い。人間としての女性をどう描くか。今はまだ模索中だ。 いびつでくしゃくしゃな塊は、不思議と楽しそうに見えた。時空を超えた女性の連帯が放つ輝きだろうか。小さな作品を前に、空想にふけった。
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あえて切り紙で表現
 「はいけいちえこさま」は愛知県美術館所蔵。収蔵に関わった学芸員の中村史子さん(現在は大阪中之島美術館勤務)は、谷澤さんについて「以前からしっかりした技術でスペクタクルな面白い作品を作っていたが、20年ごろから作品にぐっと緊張感が生まれ、強く、クリティカルな表現になった」と評価する。美術界で等閑視されてきた女性や非西欧圏の作家を再評価する動きは、キュレーターや研究者の間では世界的潮流となっているが、「谷澤さんは同じ作り手という立場で、今まで軽く見られてきた女性作家を再考している点に特徴がある」と中村さん。谷澤さんは実際の制作を通じて、智恵子の高い技術や理知的な構成力に気付いたという。
 絵画や彫刻が美術の「王道」とされる一方で、女性が主に担った手芸などは一段下に見なされてきた。切り紙も絵画の周縁に位置づけられてきた手法の一つ。近年では歴史的背景を理解した上で、あえてそうした手法を取る現代美術家も活躍する。谷澤さんも、ヒエラルキーの上位に位置しない、紙とハサミさえあれば誰にでも開かれた切り紙という手法で、女性をはじめ、弱い立場に置かれた人たちの存在を表現している。010

昨年12月2日(土)~12月23日(土)に、大阪市のstudio Jさんで開催された「矯めを解す」(こちらについては情報を得られていませんでして、このサイトではご紹介していませんでした。汗顔の至りです)レビューから、谷澤氏の歩みをまとめられています。

なるほど、こういう背景があったのかという感じでした。

記事にもあるVOCA展など、谷澤氏に関しては以下もご参照下さい。
都内レポートその2「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」。
京都精華大学ギャラリーリニューアル記念展「越境ー収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」展覧会評。
谷澤氏に限らず現代アートの作家さんたちの中には、智恵子オマージュの作品等をご発表されている方が少なからずいらっしゃいます。やはり100年前に智恵子が投げかけた問いは、現代にも重くのしかかっているということなのでしょう。

今後とも多くの方々に取り組んでいただきたいものですし、そこから発せられるメッセージをさらに多くの皆さんに受けとめてほしいとも存じます。

【折々のことば・光太郎】

十月五日には染井のお墓へおまゐりして下さる由、まことにありがたく存じます。墓もさぞ荒れ果てゝゐる事と推察してゐます。


昭和21年(1946)10月11日 秋広あさ子宛書簡より 光太郎64歳

秋広あさ子は遠く明治期、日本女子大学校の寮で智恵子と同室でした。故あって中退したため卒業生名簿に名が無く、学科までは不明ですが、当時の智恵子と最も親しかった一人で、貴重な智恵子回想文も残しています。

十月五日」は智恵子の命日、「染井のお墓」は現在の都立染井霊園の髙村家墓所。11日付の書簡で「おまゐりして下さる」は「おまゐりして下さつた」の誤記か、或いは秋広からの書簡に「毎年十月五日にはお参りしてゐます」的な記述があって、それへのいらえなのか、というところです。

評論家の東浩紀氏主宰の雑誌『ゲンロン』。昨秋刊行された第15集『ゲンロン15』に、光太郎がらみの論考が掲載されているという情報を得まして、慌てて購入しました。

ゲンロン15

2023年10月20日 東浩紀編集 株式会社ゲンロン 定価2,300円+税

『訂正可能性の哲学』にもつながる消費とリゾートをめぐる東浩紀の論考、アジアを代表する若手哲学者ユク・ホイ氏へのインタビュー、川上未映子氏によるエッセイ、原一男氏・大島新氏・石戸諭氏による鼎談など、豪華内容を収録。

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【目次】
 [巻頭論文]東浩紀|哲学とはなにか、あるいは客的-裏方的二重体について
 [ゲンロンの目]川上未映子|春に思っていたこと
 [座談会]原一男+大島新+石戸諭|
ドキュメンタリーはエンターテインメントでなければならない
 [特別寄稿]三宅陽一郎|異世界転生とマルチバースと未来のコンテンツ
 [エッセイ]宮﨑裕助|脱構築のトリセツ──脱構築入門(の彼方へ)の一歩
 [ゲンロンの目]山内志朗|〈セカイ系〉に捧げられた花束 中世ラテン哲学のすすめ
 [インタビュー]ユク・ホイ 聞き手=東浩紀 訳=伊勢康平|
「わたしは自分の問いに忠実でありたい」ポストモダンとアジアと哲学をめぐる対話
 [連載]ユク・ホイ 訳=伊勢康平|
共存の言葉について 惑星的なものにかんする覚書 第2回
 [連載]石田英敬|詩とアルコールと革命と 飛び魚と毒薬 第1回 + 第2回
 [連載]イ・アレックス・テックァン 訳=鍵谷怜|
ベルクソンとアフリカ 理論と冷戦 第5回
 [連載]田中功起|見ないこと、見損なうこと、あるいはインフラストラクチュア
 3月1日から9月2日 日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 第16回
 [連載]上田洋子|演劇に自由はあるのか、あるいは可視化される孤独の問題
 ロシア語で旅する世界 第12回
 [論考]能勢陽子|失われた抒情と穴が開いたレンコン状の月―梅津庸一の近年の作品
 [エッセイ]川原伸晃|園芸とは超越の飼い慣らしである
 [創作」猿場つかさ|海にたゆたう一文字に 第6回SF新人賞受賞作 [解題]大森望
 [コラム]山森みか|イスラエルの日常、ときどき非日常
#10 「産めよ」「育てよ」「つがいになれ」
 [コラム]辻田真佐憲|国威発揚の回顧と展望 #5 近鉄から逃れられない
 [コラム]福冨渉|タイ現代文学ノート #8 変わる南の島
 [コラムマンガ]まつい|島暮らしのザラシ #4
 ネコデウス15
 寄稿者一覧
 English Contents and Abstracts

光太郎に触れて下さった論考は、愛知県豊田市美術館学芸員の能勢陽子氏による「失われた抒情と穴が開いたレンコン状の月―梅津庸一の近年の作品」。

メインは一昨年に都内で開催された現代アート作家・梅津庸一氏の展覧会「緑色の太陽とレンコン状の月」などの紹介です。そこから梅津氏も注目した光太郎の評論「緑色の太陽」(明治43年=1910)における「個」と「国家」などとの関係、さらに戦時中に翼賛詩文を書きまくった光太郎の変節、戦後の花巻郊外旧太田村での大いなる悔恨等にも拡がっていきます。そこに同時代の黒田清輝や夏目漱石、岸田劉生、「民芸」運動などにも言及されています。

目次の通り、他にも色々と充実の内容です。ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

詩もたくさん書いてゐます。


昭和21年(1946)7月29日 大木実宛書簡より 光太郎64歳

たくさん書いてゐます」と言いつつ、この時期の発表が確認できている詩は、『週刊少国民』に「雲」、『新岩手日報』で「絶壁のもと」の2篇だけです。おそらく、翌年7月の『展望』に載った20篇から成る連作詩「暗愚小伝」を指しているのではないかと思います。幼少年期から始まり、戦時中の愚行を含め、自己の半生を振り返り、自らの戦争責任を省察した連作です。






昨日は都内と横浜を廻っておりました。

まずは日本橋。三井記念美術館さんで特別展「超絶技巧、未来へ 明治工芸とそのDNA」を拝観。
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いわゆる「超絶技巧」系で、戦前の工芸等および現代の作家さんたちの作品が展示されています。メインは現代ものです。

戦前の工芸等の中で、光太郎の父・光雲の「白衣観音像」。拝見した憶えのない作品でしたので、観て参りました。
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昭和7年(1932)の作だそうですので、光雲晩年のものです。

奇を衒うことなく、まさに王道。台座的な岩の作り方など、かの「老猿」を彷彿とさせられます。ただ、もしかすると光雲本人単独の作ではなく、弟子の手が入った工房作かも知れません。それでもいいものであることは間違いありませんが。

他に彫刻では光雲高弟の一人・米原雲海や、光雲の盟友・石川光明の作など、眼福でした。また、特に刺繍絵画などで無銘の作も多数。銘が入っていなくとも、いいものはいい、というスタンスには好感が持てます。

そして現代の作家さんたちの作。伝統を受け継ぎつつも、さらに進化させようとする姿勢が感じられます。ただ、芸術上のどんな分野でもそうですが、一通りのものが出尽くした感のある現代において、これから世紀をまたいで残っていく作品を創出することが果たして可能なのかな、という気はしました。

その後、横浜は桜木町に移動。横浜市民ギャラリーさんで開催中の現代アートのインスタレーション「新・今日の作家展2023 ここにいる―Voice of Place」を拝見。
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出品作家お二人のうち、チョークを使ったアートを得意とされている来田広大氏は、一昨年、六本木で「智恵子抄」オマージュの「あどけない空#2 The artless sky #2」を開催され、拝見して参りました。その際に出された映像作品「東京には空がない(Rooftop Drawing)」が再登場。その筋でそこそこ話題となっています。

都内某所のビル屋上の床面に、来田氏がひたすらチョークを使って曇天をトレースするというコンセプト。5分あまりの映像です。
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それから新作と思われる「あどけない空-三浦半島のキャベツ畑」。
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今月5日には87回忌(没後満85年)を迎える智恵子に思いを馳せて参りました。

ちなみに9月28日(木)、『朝日新聞』さん投書ページから。
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三井記念美術館さん特別展「超絶技巧、未来へ 明治工芸とそのDNA」は11月26日(日)まで、横浜市民ギャラリーさん「新・今日の作家展2023 ここにいる―Voice of Place」は10月9日(月・祝)までの会期です。それぞれぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

松茸いただきました、大変よい松茸でよろこびました、松焼にしたり、吸物にしたり、いろいろして賞味しました、あつく御礼申上げます、


昭和15年(1940)10月27日 富士正晴宛書簡より 光太郎58歳

富士正晴は大阪在住の詩人。

信州などでは今年は夏場の猛暑と9月に入ってからの残暑、さらに少雨もあって二十数年ぶりのマツタケ不作だそうです。それでなくとも数年間マツタケなぞ食べた記憶がないのですが(笑)。

横浜から、現代アートの展覧会情報を。既に始まってしまっていますが……。

新・今日の作家展2023 ここにいる―Voice of Place

期 日 : 2023年9月16日(土)~10月9日(月・祝)
会 場 : 横浜市民ギャラリー 横浜市西区宮崎町26番地1
時 間 : 10:00~18:00
休 館 : 会期中無休
料 金 : 無料

 「新・今日の作家展」は、横浜市民ギャラリーが開館した1964年から40年にわたり開催した「今日の作家展」を継承した展覧会で、同時代の表現を紹介・考察しています。今年度は「ここにいる―Voice of Place」を副題に2名のアーティストを紹介します。
 来田広大は、土地や場所と人との関係を探るため、山等におけるフィールドワークをひとつの拠点としています。そこから臨む風景を地図と捉え、作品に対峙した際「今ここにいる」という自覚を導く、チョークを用いた制作を中心に行っています。古橋まどかは、自身に関わる地域や場所の中にある自然や人工物の変遷や軌跡に着目します。自らの経験との関係性を掘り下げ、リサーチをもとに立体や映像、収集物を用いたインスタレーションを発表してきました。
 私たちはみな、どこかの場所や土地に関係しながら今ここにいます。対人距離や移動に制限のあったコロナ禍を経た今、2名の作品に相対することは、場や土地が内包する時間、人びとや生物の身体や記憶等に思索を巡らせ、自己や他者に対する内的な気づきをもたらすことでしょう。

[出品作家]
来田広大、古橋まどか

※展覧会にあわせて事前収録した作家2名のインタビュー映像をWebおよび会場で公開の予定です。
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出品作家お二人のうち、来田広大氏。「智恵子抄」インスパイアで、令和2年(2020)には福島県いわき市で「来田広大個展「あどけない空」KITA Kodai Solo Exhibition “Candid Sky”」、同3年には都内で「あどけない空#2 The artless sky #2」を開催。後者は拝見して参りました。

その際に出品された映像作品《東京には空がない (Rooftop Drawing)》が、今回も出ているとのことです。
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YouTube上に予告動画。


来田氏へのインタビューも。12:50頃から「あどけない空」として、光太郎智恵子に触れて下さっています。


ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

お電話の趣により、執筆をつづけて居りましたがどうしてもまとまりさうもありません。今度はわざわざ御来訪の上のおたのみだつたのに甚だ不本意ですが右御諒承下さい、 今年十月は智恵子の三回忌になりますので出来ればその頃出させていただければ一番気持が済むやうに思はれます。智恵子に話しかけるやうに書けるかと思ひますから。


昭和15年(1940)4月28日 栗本和夫宛書簡より 光太郎58歳

栗本和夫は『婦人公論』編集者。同誌のこの年12月号に載った随筆「智恵子の半生」(原題「彼女の半生-亡き妻の思ひ出」)に関わります。のち、詩集『智恵子抄』に転載されましたが、いかにも苦しみつつ書き足し書き足ししながら書いたというのがわかる文章です。

先月から始まっていたのですが、気づきませんでした。会期が長く設定されているのが救いです。

谷澤紗和子個展「彼方の手に触れる。」

期 日 : 2023年7月8日(土)~9月2日(土)
会 場 : See Saw gallery + hibit 愛知県名古屋市瑞穂区密柑山町2-29
時 間 : [水・木] 12:00 - 17:00 / [金・土] 12:00 - 19:00
休 館 : [日・月・火] 8月13日(日)から8月22日(火)
料 金 : 無料

ヒヤシンスをモチーフにした切り紙シリーズや、高村智恵子へのオマージュの新作などを発表します。 是非ご予定ください。
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以前から智恵子紙絵等のオマージュ作品を制作、発表なさっている谷澤紗和子氏の個展。今回も智恵子作品からインスパイアされた作が複数出ています。同展のイメージ画像として使われている上記の切り絵作品も、智恵子油絵「ヒヤシンス」が象られています。
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また、智恵子が太平洋画会研究所に通っていた明治40年(1907)頃のデッサンも。

『中日新聞』さんに紹介記事が載り、そちらの画像で確認いたしました。

<ミニ美術> 谷澤紗和子個展「彼方の手に触れる。」(See Saw gallery + hibit)

 「はいけい ちえこ さま」と名付けられた切り紙のシリーズは、戦前に活動した洋画家で紙絵作家、高村智恵子へのオマージュという。智恵子が画業の初期に取り組んだという男性ヌードの素描のイメージと、食べものをモチーフにした紙絵を模写して切り紙にし、組み合わせている=写真。
 詩人・高村光太郎の妻として、長らく彼の代表作「智恵子抄」を通して語られてきた智恵子。新作の「彼方の手に触れる。」シリーズでも、智恵子の残したヒヤシンスの油彩画を、切り紙に仕立てた。智恵子の創作を追体験する作家の営みは、近代美術史の潮流の中でともに「こぼれ落ちてきた」女性の存在、そして切り紙をはじめとした「手仕事」にも光を当ててくれる。
 1982年大阪府生まれ。京都市立芸術大学大学院修了。(宮崎正嗣)
展覧会は名古屋市瑞穂区密柑山町2のSee Saw gallery + hibit(シーソーギャラリー)で9月2日まで開催中。
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男性像の背後は、下記画像のバナナを描いた智恵子紙絵がモチーフです。
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昨日から画廊がお盆休みに入ってしまいましたが、8月23日(水)から再開とのこと。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

ちゑ子儀一時は殆ど精神喪失して癡呆状態にまで陥りましたが療養と看護をつづけ居りますうち幾分か快方に向ひ、最近にては昔やつて居りました機織りを又始める程になりました、かういふ機械的の仕事は出来るやうになりましたが、まだ意識と智能の全部を取りもどすところまではまゐりません、 おてがみの事を話しましたらあなたの事をよくおぼえて居りました、


昭和9年(1934)3月20日 秋広朝子宛書簡より 光太郎52歳

この年に入ると、智恵子の心の病が一時、機織りが出来るまで快方に向かいました。しかし、それも長くは続きませんでしたが。

秋広は日本女子大学校での智恵子の同窓。家庭の事情で中退しましたが、一時、学生寮で智恵子と同室でした。

都内の画廊で開催中、及び明日からの展示を2件。

まずは地方紙『福島民報』さんの記事から。

安達太良高原の自然生かした作品注目集める 15日まで都内で作品展 福島市出身の照明デザイナー・東海林弘靖さん

 福島県の安達太良高原の自然光や風景、音をアートにした作品展「MIND LIGHTNESS」が東京・銀座のギャラリー「巷房」で開かれ、注目を集めている。福島市出身の照明デザイナー・東海林弘靖さん(65)=東京・LIGHTDESIGN社長=が二本松市に建設した光の研究観測施設「あだたらキャビン」からライブ配信される映像のインスタレーション(空間芸術)と、東海林さんが現地で受けた印象を描いたクレヨン画50点を展示している。15日まで。
 ライブ映像にはあだたらキャビンから見える安達太良山の空の変化が映し出され、風や森のざわめき、野鳥のさえずりや虫の音が響く。作品名を「ほんとの空/Watch inside yourself」と名付けた。画面を薄い紙で覆い、幻想的な効果を演出する一方、鮮明な自然の音で想像力を刺激。都会と本県の雄大な自然を結び、来場者を魅了している。
 クレヨン画はさまざまな色の空や山、街の明かりなどを「光のかけら」として10センチ角のキャンバスに抽象的に表現した。世界各地を旅して浴びた光の印象を描いた作品もある。
 東海林さんは「東京で感じ、発信する安達太良山の力は一層大きく感じる」と語る。2025年大阪・関西万博の会場デザインプロデューサー補佐・照明デザインディレクターを務めており、あだたらキャビンで得られた光と照明の研究成果を生かす考えだ。
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照明デザイナー・東海林弘靖氏。やはり『福島民報』さんで今年2月、「ほんとの空」がらみで紹介されていました。

で、東海林氏の個展。

東海林弘靖展 MIND LIGHTNESS  REAL NATURE - SUPER NATURE

期 日 : 2023年7月3日(月)~7月15日(土)
会 場 : 巷房 東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル3F+B1F
時 間 : 12:00 - 19:00 / final day 17:00
料 金 : 無料

 コロナ禍で人々が孤立し、自然豊かな場所に回帰していく流れに、東海林はこれからの光の在り方を問いました。そして、太陽が生み出す豊かなフルスペクトルの波長と、赤外域のあたたかさが、人間の心を包む光の原点ではないかと考えるに至りました。
 東海林は、人工的な照明によって自然光を模倣するのを嫌い、むしろ、その場を訪れた人が自らの内にある、記憶の中の光景をみつけに行くためのトリガーとして、光の要素をデザインしていくことで、自然光、人工光を問わず人間の心を包む光に到達できないだろうかと考えています。
 本展覧会では、照明デザイナーである東海林弘靖が光をデザインする立場から離れ、光と人との新しい関係を考えるインスタレーションを行います。
 人間の五官の情報能力のうち、視覚が87%、聴覚が7%とされています。約9割を占める視覚は、光の刺激を受けることで生じる感覚です。
 3階巷房では、視覚にはやや曖昧な情報、聴覚にはクリアで臨場感溢れる情報、感覚比率の逆転した実験を提示します。地下1階では、東海林が採取した光の断片を展示します。この時、人は目から入る情報を補うために、時に聴覚情報を頼りに記憶の中の光を探しにいくのか?
 多くの皆様に体験いただけますと幸いです。
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もう1件。東京藝術大学さんの院生、学部生の皆さんによる絵画の展示。

『うたの心—絵筆に託す—展』Vol.2

期 日 : 2023年7月14日(金)~7月20日(木)
会 場 : 東京九段耀画廊 東京都千代田区三番町7-1-105 (朝日三番町プラザ1F)
時 間 : 12:00〜19:00 (最終日 〜17:00) ※会期中無休
料 金 : 無料

 人にはそれぞれ大切にしている歌があります。悲しい時ふと思い出す歌、嬉しい時つい口ずさむ歌、そして愛する人を思い出したい時の歌などいろいろとあります。
 本展の『うたの心』展では、第一回と同様に参加の作家の皆さんが大切にしている歌を思い出して、「うたの心」を想い音符ではなく絵筆で表出して頂く展示であります。

出品作家
東京藝術大学大学院:原澤亨輔(二年)、陳天逸(二年)
東京藝術大学:四年生:今野沙知子、三年生:伊勢菜々美、中川理裟、中原玲奈
       二年生:伊東彩那、金井玲、竹石楓、新沼緑、日野樹来
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日本画を詩歌からのインスパイアで、ということなのでしょう。

「出品作家」欄に名のある竹石楓さんという方がツイッターに「高村光太郎の詩から2篇選んで制作しました。🌙🐕 是非お越しください!」と投稿していらっしゃいました。ありがたし。

「東海林弘靖展 MIND LIGHTNESS  REAL NATURE - SUPER NATURE」の方は、気づくのが遅れ、明日までとなってしまっていますが、それぞれ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

瀧波さんに彫つてもらつた印を捺す為に色紙など書いたら皆画きそこないました。さういふ事を考へてかかるとやつぱりいけません。


昭和3年(1928)3月13日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎46歳

瀧波さん」は瀧波善雅、篆刻家です。「彫つてもらつた印」は、おそらく左下画像のもの。この年刊行された評伝『ロダン』のペーパーバック普及版奥付の検印紙です。同じ『ロダン』でも前年に出たオリジナルのハードカバーの検印紙(右下)に捺されていたのは何だか三文判のような……。
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新しい印を捺したいばかりに色紙に何か描いたところ、そんな不埒な考えで描くとやっぱりだめだったと云うわけで、笑えますね。

ちなみに後に愛用するようになる斉白石制作の印も、宮崎を通じて作ってもらっています。

昨夕気がつきまして、昨日までの会期でした。残念です。ただ、「WEB開催」という形で続いてはいますのでご紹介します。

ZOKEI展 東京造形大学卒業研究・卒業制作展/ 東京造形大学大学院修士論文・修士制作展

期 日 : 2023年1月20日(金)~1月22日(日)
会 場 : 東京造形大学 東京都八王子市宇津貫町1556
時 間 : 10:00~17:00
料 金 : 無料

WEB開催 : 2023年1月22日(日)~3月31日(金)


ZOKEI展は、当該年度に本学を卒業予定の学部4年生、並びに修了予定の大学院修士課程2年生が、本学での教育研究の集大成として卒業研究・制作/修士論文・制作を一堂に出展・展示する展覧会であり、本学キャンパスにて作品をご観覧いただけます。

また、WEB展示は3月31日まで開設しています。「会場で見た作品をもう一度見たい」という方も、「WEB展示でじっくり見たい」という方も、期間中何度もお楽しみ頂けます。ぜひご高覧ください。
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デザイン学科グラフィックデザイン専攻領域の長田ひかり氏の作品が、「智恵子抄」オマージュの「白い病室」。
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高村光太郎が、妻 智恵子への思いを綴った数々の詩 智恵子の死の床である病室にはこれまで綴った高村の詩が 2人の人生のように編まれ、絡まり、繋がり、囲んでいただろう」だそうで。

インスタレーションの空間そのものが、智恵子終焉の地・南品川ゼームス坂病院の一室をイメージしているようです。そこに材質がよく分からないのですが、パーテーション用の有孔ボードでしょうか、おそらく黒っぽい糸で「智恵子抄」収録詩篇のいくつか(画像にあるのは「冬の朝のめざめ」「人に」)が刺繍のように表されているようです。ところどころに赤い糸、それが文字から文字へと繋がっているのが見て取れます。

福島二本松の智恵子生家も会場になった「重陽の芸術祭2017」で、生家二階の智恵子居室などに展示された清河あさみ氏の作品「わたしたちのおはなし」を彷彿とさせられました。

昨年の「VOCA展2022 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」で佳作賞を受賞なさった谷澤紗和子氏の「はいけい ちえこ さま」などもそうですが、現代アートの皆さん、意外と光太郎智恵子の世界観からのインスパイアが多いようです。明治大正期、時代を突き抜けてとんがっていた光太郎智恵子だけに、現代アートの方々もシンパシーを感じるのでしょうか。そこにリスペクトの精神さえあれば、ありがたいかぎりです。

しかし、ぜひ現物を拝見したかったものです。この展示が為されていると知っていれば、大船での高田博厚展の帰りに八王子を廻ったのですが……。

上記リンクからWEBでご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

尾崎喜八夫妻くる、アイス等、 よし田女将くる、春山菜 谷口、藤島両氏くる〈み津枝さんくる〉

昭和31年(1956)3月26日の日記より 光太郎74歳

危篤状態に陥り、一週間記載されなかった日記が復活しました。おそらく日記の中断中からでしょうが、光太郎危篤の報を受け、この後も親族や旧知の面々が続々と見舞いに訪れます。

都内から現代アートの展覧会情報です。

緑色の太陽とレンコン状の月

期 日 : 2022年9月10日(土)~10月8日(土)
会 場 : タカ・イシイギャラリー 東京都港区六本木6-5-24 complex665 3F
時 間 : 12:00~18:00
休 廊 : 日・月・祝祭日
料 金 : 無料

「人は案外下らぬところで行き悩むものである。いわゆる日本画家は日本画という名に中てられて行き悩んでいる。いわゆる西洋画家は油絵具を背負いこんで行き悩んでいる。」という書き出しから始まる高村光太郎のエッセイ《緑色の太陽》は、僕が近年ずっと抱えていた問題意識と共振するような内容で驚いた。100 年以上も前に書かれたこのテキストはたんに芸術論であるばかりか、現在わたしたちが直面しているコロナ禍、そして不安定な世界情勢の中でどう生きるべきかを示唆しているように思う。「人は、そして芸術家は国家に規定されるのか?」という根本的な問いを造形言語のレベルから検討し可視化したい。
梅津庸一

タカ・イシイギャラリーでは、9 月 10 日(土)から 10 月 8 日(土)まで、梅津庸一「緑色の太陽とレンコン状の月」を開催いたします。梅津のタカ・イシイギャラリーでの初個展となる本展では、梅津が近年新たに制作に打ち込んでいる陶作品を中心に、30 点以上の大小様々なドローイングと、大塚オーミ陶業株式会社の協力のもと制作された陶板作品を展示いたします。

梅津は、「美術とはなにか」、「人がものをつくるとはなにか」という根本的な問いについて、様々な角度から思考、実践してきました。日本における美術の受容史を自らの身を以て体現した代表的な自画像シリーズや、パフォーマンスを記録した映像作品で知られてきましたが、自身が主宰するアートコレクティブ「パープルーム」や、非営利のギャラリーの運営、展覧会のキュレーション、テキストの執筆、そして、一昨年より新たに加わった陶作品の制作など、その活動領域は、近年より一層の多面性を見せています。2021 年にワタリウム美術館にて開催された個展「ポリネーター」では、これまであまり知られていなかった梅津の活動の全貌が明らかになりました。なかでも、140 点もの陶作品により構成された「黄昏の街」は、SF的な想像力と、粘菌の増殖に見られるような秩序とが同居したメルクマール的作品と言えるでしょう。 

2021 年、梅津は、六古窯のひとつである信楽の製陶所を間借りして作陶を始めます。明治時代から日本を下支えしてきた産業のひとつである「窯業」を起点に、現代アートにおける「ものづくり」について考察を深めています。今年 7 月には、信楽の複数会場にて「一人芸術祭」の様相を呈した「窯業と芸術」展を企画・開催し、作家による「やきもの」だけではなく、それを下支えするインフラにもスポットを当てました。また、梅津は現代アートで近年注目の高まる陶芸を単なる「オーガニックなもの」や「手仕事への回帰」としては捉えておらず、陶芸における柳宗悦や河井寛次郎らによる民藝運動と、それに付随する「オリエンタリズムの功罪」を積極的に見出すことで、一連の作品を編み上げているのです。 

梅津のドローイング作品は、ひとつの表現様式に一元化しない複雑さを有しています。ポエジーと物理法則、私小説的な感受性、フォーマリズム絵画の原理が互いに作用しながら編まれる作品は、1 点 1 点が独立した作品でありながらも、それぞれが有機的な結びつきをみせています。本展では、陶芸とドローイング、窯業と芸術、モダニズムと図画工作の間を行ったり来たりしながら練り上げられた、およそ 100 点に及ぶ作品群を展示いたします。決してひとつの結論に回収されることのない梅津の複合的なアプローチは、その作品や活動の全体を介して私たちに「美術とはなにか」という疑問を投げかけているようです。梅津の思考の基盤と、次なる展開をこの機会に是非ご高覧ください。 

梅津庸一は 1982 年山形県生まれ。相模原在住。東京造形大学絵画科卒業。絵画作品、ドローイング作品、自身を題材とした映像作品、セラミック作品、陶板作品と多様なメディアを介して制作を行うほか、自身が主宰する「パープルーム予備校」(2014 年~)および「パープルームギャラリー」の運営、美術手帖 特集「絵画の見かた」(2020 年 12 月号)の監修、テキストの執筆など活動領域は多岐にわたる。主な個展に「未遂の花粉」愛知県美術館(愛知、2017 年)。「ポリネーター」ワタリウム美術館(東京、2021 年)。 作品集に『ラムからマトン』(アートダイバー、2015 年)。 
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光太郎の評論「緑色の太陽」からのインスパイアだそうで。

「緑色の太陽」は、光太郎帰朝後の明治43年(1910)、雑誌『スバル』に発表された「日本初の印象派宣言」とも呼ばれるもので、同時代の美術家たちに多大な影響を及ぼしました。のちに妻となる長沼智恵子も、これを読んで目からウロコだったようです。

題名の「緑色の太陽」は、次の一節に象徴的に使用されています。

人が「緑色の太陽」を画いても僕は此を非なりとは言はないつもりである。(略)「緑色の太陽」がある許りで其の絵画の全価値を見ないで過す事はできない。絵画としての優劣は太陽の緑色と紅蓮との差別に関係はないのである。

さらに、

僕は芸術界の絶対の自由(フライハイト)を求めてゐる。従つて、芸術家のPERSOENLICHKEITに無限の権威を認めようとするのである。あらゆる意味に於いて、芸術家を一箇の人間として考へたいのである。

PERSOENLICHKEIT」は独語で「個性」。まさに印象派宣言といえましょう。

梅津氏、存じ上げない方ですが、絵画、陶芸などの作品を作られているとのこと。そこで今回の個展では、大塚オーミ陶業株式会社さんの協力のもと制作された陶板作品も並ぶそうです。大塚オーミ陶業さんといえば、埼玉県比企郡ときがわ町の正法寺さんに寄進された光太郎筆の「般若心経」を写した陶板を制作なさった会社です。不思議な縁を感じました。

コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

花巻病院長さん夫妻車でくる、そのうち「わんこそば」などの催あるとの事、
昭和28年(1953)11月28日の日記より 光太郎71歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため帰京して以来、およそ1年2ヶ月ぶりに帰った花巻ですが、郊外旧太田村の山小屋には起居せず、大沢温泉さん、志戸平温泉さん(この日も)、花巻温泉さんなどを泊まり歩いていました。宿痾の肺結核は既に老体を長く蝕んでおり、また初冬とはいえ岩手の寒さは厳しく(この日も雪が舞っていました)、むべなるかな、です。

花巻病院長さん」は佐藤隆房。「「わんこそば」などの催」は不分明です。

京都精華大学ギャラリーさんで開催中のリニューアル記念展「越境ー収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」の展覧会評が、7月6日(水)、『毎日新聞』さんの大阪夕刊に載りました。

今、11作家が問う「越境」 京都精華大ギャラリーでリニューアル記念展

 人やモノが日常的に国境を越えるグローバル化社会の風景を、新型コロナウイルス禍は一変させた。ロシアによるウクライナ侵攻は、今この瞬間も新たな悲劇を生んでいる。人類の歴史の中で繰り返されてきた「越境」だが、個人の人生に目をやれば、解放や成長をもたらす行為でもある。誰もが経験し直面する「越境」をテーマに据えた展覧会が、京都精華大学(京都市左京区)で開かれている。
 今年2月にリニューアルされた「ギャラリーTerra-S(テラス)」の開館記念展。大学が収蔵するコレクションの中から塩田千春ら6人のアーティストと、2000年代以降に活動を開始した若手ゲスト作家5人の作品を展示する。

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 前身の「フロール」から1・5倍の広さになったギャラリー中央のスペースには、「個と社会(ジェンダー/アイデンティティ/歴史/身体(からだ))」のサブテーマのもと、女性作家4人の作品が並ぶ。陶芸や切り紙のインスタレーションを手がける谷澤紗和子(1982年生まれ)による「はいけいちえこさま」(2021年)は、近年取り組んでいる高村智恵子へのオマージュ作だ。
 高村光太郎の「智恵子抄」で知られる智恵子だが、谷澤は、夫の目を通した智恵子像ではなく、切り紙作家としての智恵子個人に光を当てる。「はいけい―」は谷澤の智恵子への手紙などを切り絵にした6枚の連作。智恵子作品のモチーフを取り入れた1枚は、中央部分に目や口が表現されている。谷澤が、自身の言葉で語る智恵子を想像したという。6枚とも、額には解体された家屋の建材を利用。「家」に縛られてきた女性にとっての越えがたい境界が浮かび上がってくるようだ。
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谷澤紗和子「はいけいちえこさま」(2021年、部分)

 さまざまな角度から越境について考える展示を締めくくるのは、潘逸舟(はんいしゅ)(87年生まれ)によるユニークな作品だ。タイトルは「あなたと私の間にある重さ―京都」。円形に並べられたカラフルなはかりには食器が置かれ、箸やしゃもじで隣のはかりとつながれている。目盛りはそれぞれ数値を示しているが、果たしてそれは何のどの部分の重さなのか。
 上海出身で幼少期に青森に移住したというバックグラウンドを持つ潘は、体を使ったパフォーマンスで、社会と個の関係に感じた疑問や自身のアイデンティティーの揺らぎを表現してきた。今回もサブテーマ「身体/アイデンティティ」のコーナーに、自分と同じ重さの石をテーマにした映像作品「呼吸―蘇州号」(13年)が展示されている。「人間の重さは、自分だけの重さなのかと考えるようになった」。潘は同展の公開トークイベントで、「呼吸―」から「あなたと私の―」に至る数年の変化について語った。「自分の中には量れない重さ、どこかとつながっている部分がある。はかりが示しているのは、フィクションでもあると考えるようになった」
 展覧会を企画したのは、芸術学部の吉岡恵美子教授とギャラリーの伊藤まゆみキュレーター。準備中にウクライナ侵攻が始まり、期せずして「越境」はさらなる注目を集めることになった。「人類にとって、良い意味でも悪い意味でも重要なテーマであり続けてきた。一方で、潘さんの作品からもわかるように、境界はあると思えばあるし、ないと思えばない、曖昧なものでもあると思う」と吉岡教授。
 ギャラリーは同大明窓館3階。23日まで(075・702・5263)。日曜休館。入場無料。教員ら総勢22人が「『越境』を考えるためのおすすめ情報」として書籍や映画、音楽などを紹介する大学ならではの試みも。詳しくは展覧会特設サイト(https://gallery.kyoto−seika.ac.jp/exhibition/220617/)。

谷澤紗和子氏の「はいけいちえこさま」に関しては、以下もご覧下さい。

VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─/「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 - 」。
都内レポートその2「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」。

京都精華大学さんでの展示は7月23日(土)まで。ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

午后五時半千光園ほととぎす行、 青森県副知事、佐藤春夫夫妻、土方定一氏、小坂氏、藤島氏、草野心平氏、谷口吉郎氏集る、


昭和28年(1953)6月16日の日記より 光太郎71歳

千光園ほととぎす」は、当時中野区にあった「黄檗流普茶料理」と掲げる料亭。現在、中野区産業振興センターのある場所です。

この日は、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の原型完成記念報告会が催されました。

京都から現代アート系の展覧会情報です。

京都精華大学ギャラリーリニューアル記念展「越境ー収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」

期 日 : 2022年6月17日(金)~7月23日(土)
会 場 : 京都精華大学ギャラリーTerra-S 京都市左京区岩倉木野町137
時 間 : 11:00~18:00
休 館 : 日曜日
料 金 : 無料

​京都精華大学(京都市左京区、学長:澤田昌人)では、2022年2月に学内ギャラリーがリニューアルオープンしたことを記念して、企画展覧会「越境ー収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」を開催いたします。

リニューアル記念展として開催する本展では、既存のジャンルや制度、価値観における「越境」をテーマとし、「ジェンダー/歴史」「身体/アイデンティティ」「土地/記憶」などのキーワードを参照しながら、11名のアーティストの作品を展観します。

過去から今日まで、世界中で地政学上の境界線をめぐる対立や抑圧、秩序の固定化とその崩壊が繰り返されてきました。現在、高度情報化・グローバル化によって人・物・情報の「越境」が日常化し、感染症や環境問題、貧困などの越境的な課題も顕在化しています。一方で、ある集団もしくは個人に固有の慣習や文化、記憶や価値観は、目に見えない境界によって繋ぎとめられ、アイデンティティの構築に結びついています。複雑で緊張に満ちた世界に生きる私たちにとって、時には境界のこちらとあちらを水のように自由に移動し、自分と世界を見つめ直す「越境」の態度が求められるのではないでしょうか。

見どころ①:日本~アジア、近代~現代を見渡す作家たちの眼差し
見どころ②:現代美術の最前線で活躍する作家たちと多様な価値観を発信する注目の表現者たちの協奏
 
本展では、京都精華大学が収蔵するシュウゾウ・アヅチ・ガリバー、今井憲一、ローリー・トビー・エディソン、塩田千春、嶋田美子、富山妙子の作品に加え、2000年代以降に活動を開始した5名のゲストアーティスト(いちむらみさこ、下道基行、谷澤紗和子、津村侑希、潘逸舟)の作品を紹介します。出身や世代、表現手法は多様ですが、個人と社会、自己と他者、想像と現実、ジェンダーなどにおける固定的な輪郭をしなやかかつ鋭く揺さぶる11名の表現者が織りなす本展が、私たちのこれからを予感させる複数のしらべが響く場所となること、そしてその響きが多くの方に届くことを願っています。
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今年3月、東京上野の森美術館さんで開催された「VOCA展2022 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」に、智恵子紙絵、『青鞜』表紙絵オマージュの「はいけい ちえこ さま」を出品され、VOCA佳作賞を受賞された谷澤紗和子氏が、同作を出品なさいます。
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谷澤氏、VOCA展と並行して大阪で開催されていた個展「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 -」でも、智恵子紙絵、油絵インスパイア作品を出品されていました。ありがたし。

コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

宮崎丈二氏くる、檜材の事、一緒に中村屋にてライスカレー夕食、別れてタキシでかへる、

昭和28年(1953)2月12日の日記より 光太郎71歳

宮崎丈二は詩人。同じく詩人だった西倉保太郎、西倉と同郷(北海道)出身の材木商・浅野直也と3人で、たびたび光太郎が起居していた中野の貸しアトリエを訪れたり、光太郎を夜の街に連れ出したりしました。

「檜材の事」は、浅野の回想に語られています。

 お酒と木材のお蔭で高村先生にお逢いしお話の出来るようになつたのは本当に喜びでした。お酒の友で詩人の宮崎丈二氏が今日は高村先生を銀座に引張り出して一緒に飲もうと紹介されたのは新橋附近のマーケットの変な店でした。私は若い時から彫刻、詩共に先生の作品は好きでしたのでお逢いする迄はまるで恋人を待つような気持ですつかりあがつてお待ちしていたので、思うようにお話が出来なかつたように思います。その時の先生は、私が木材に関係を持つ者であつたので、木彫に使う木に就いて色々お話しされ、『近頃は良い木の入手が困難で思うようにゆかない。』と嘆かれておられました。お聞きすると、木曽檜の木が欲しいとの事でお送りすることを約束し、後日大阪からお送りした処大そうお喜びで早く元気になつて何か作りたいと話されていました。
(「高村光太郎先生の想出」昭和34年4月『政治公論』第35号)

宮崎は大正期から光太郎と交流がありましたが、浅野は光太郎との初対面が前年秋。この時に檜材の話をしたそうです。

さらにこの年6月、西倉宛の書簡。

檜材、とても見事なものおとどけ下さつて感謝してゐます。檜の膚の香りプンプンする大作をモニユマン製作後に張切つてやりたいと念願したくなりました。浅野直也さんに小さな木彫を作る心算ですので、お礼を言つて下さい。

おそらく浅野は出先の大阪で檜材を入手したものの、光太郎の住所がわからず、西倉宛に発送して転送して貰ったのだと思われます。

ただ、この時期に光太郎が木彫を制作した事実は確認出来ていません。浅野の回想にも木彫を作ってもらったとは書いてありません。結局、健康上の理由もあったりで実現しなかったのではないかと思われます。

中村屋」は、親友だった故・碌山荻原守衛が遠く明治期に世話になった新宿の中村屋さん、「ライスカレー」は今も名物の「カリー」でしょう。

3月29日(火)、『朝日新聞』さんの大阪版夕刊から。大阪で開催中の、現代アート作家・谷澤紗和子さんの個展「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 -」展評です。

女性と芸術「甘い気分」で何が悪い 「智恵子に捧げる」谷澤紗和子個展 ジェンダーロールへの批判 作品に

  切り紙による平面作品やインスタレーションなどを手がける美術家・谷澤紗和子は近年、ジェンダーへの関心を作品に取り込んできた。大阪市西区のstudio Jで開催中の個展では、明治~昭和期の洋画家・紙絵作家、高村智恵子をオマージュしたシリーズを発表している。
 和紙の切り紙作品「Emotionally Sweet Mood」は、3点しか現存しない智恵子の油彩画のひとつ「花(ヒヤシンス)」をモチーフとする。タイトルは、智恵子の夫で彫刻家・詩人の高村光太郎のエッセーから引用した。彼は妻の死後、彼女が若い頃に描いた絵画について「幾分(いくぶん)情調本位な甘い気分のものではなかったか」とつづっている。
 「ネガティブな言い回し。だけど、甘くて何か悪いの?」と問う谷澤は、その言葉をむしろ肯定的なものとして逆手に取った。自身の作品によってではなく、夫の代表作「智恵子抄」のヒロインとして有名になった智恵子。その存在は、男性の陰で正当に評価されなかった無数の女性芸術家たちとオーバーラップする。
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 精神を病んだ智恵子は死の間際、病床で無数の紙絵作品を生み出した。智恵子の紙絵を題材にした谷澤の連作では、「I am so sweet!」という宣言と並んで、「NO」の文字があしらわれている。オノ・ヨーコの「天井の絵/イエス(YES)・ペインティング」から着想された「NO」は、現代社会においてもなお、女性やマイノリティーが奪われがちな言葉だ。
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 マティスの切り絵紙「ブルーヌード」を再解釈した「Pink nude」シリーズも、女性を排除してきた芸術の歴史をあぶり出す点で、智恵子のシリーズに通じる。理想的な女性像の全身に生えているのは、トゲのような「ムダ毛」。女の身体を縛るルッキズムに怒り、かつ笑い飛ばすかのようだ。
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 「Pink nude #2」では、もう一つのモチーフとしてアニメのセーラームーンの変身シーンが重なる。衣服が消えた瞬間、光の中で裸のシルエットと化した美少女戦士の、全身を覆うムダ毛。それは性的搾取の告発か、既存のジェンダーロールを脱ぎ捨てて戦う者たちへのエールか。
 「そこは見る人によって解釈が分かれるような、両義性がある方がいい」と谷澤。ヌードを覆うのはブルーではなく、赤やピンクの複雑なまだら模様。一義的には捉えきれない「甘い気分」で武装する戦闘服のようだ。
 4月9日までの水~土曜。


なかなか深く突っ込んだ評で、感心させられました。まず、フライヤーにも使われた「Emotionally Sweet Mood」について。元になった作品は、智恵子の故郷・二本松の智恵子記念館さんで展示されている「ヒヤシンス」(大正初期と推定)。
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よく見ると、全体のフォルムは、智恵子の元絵と左右反転の状態になっています。それがまたキモなのでしょう。それから、鉢の部分に顔があしらわれています。

こうした智恵子の油彩画が、光太郎曰く「甘い気分」。引用元は詩集『智恵子抄』にも収められた随筆「智恵子の半生」(昭和15年=1940)です。

卒業後数年間の絵画については私はよく知らないが、幾分情調本位な甘い気分のものではなかつたかと思はれる。其頃のものを彼女はすべて破棄してしまつて私には見せなかつた。僅かに素描の下描などで私は其を想像するに過ぎなかつた。私と一緒になつてからは主に静物の勉強をつづけ幾百枚となく画いた。風景は故郷に帰つた時や、山などに旅行した時にかき、人物は素描では描いたが、油絵ではつひにまだ本格的に画くまでに至らなかつた。

本来「情調本意」ですが、「情調」では分かりにくいので、個展のタイトルは「情緒」となさったようです。

ところで、余談ですが、記事では「3点しか現存しない智恵子の油彩画のひとつ」とありますが、正しくは「3点しか現存が確認されていない智恵子の油彩画のひとつ」とすべきですね。まだ広く知られていない智恵子の油彩画が、新たに見つかる可能性も皆無ではありませんので。細かい話ですが。

同じことは光太郎の彫刻などにも言えます。昭和20年(1945)の空襲で、住居兼アトリエと共に焼失したと推定される彫刻がかなりありますが、それも「推定される」であって、「焼失」と断言はできません。それらを「焼失」または「現存せず」と断言している「論文」等をよく見かけますが、「焼け落ちるところを見たのか?」と突っ込みたくなります。

閑話休題。

「Pink nude #2」と題された作品。最初に画像で拝見した時、てっきり智恵子の紙絵からのインスパイアかな、と思ったのですが、元ネタはマティスの切り紙絵だったのですね。
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当方が何故智恵子紙絵からのインスパイアだと思ったのかといいますと、記事で「ムダ毛」と書かれいてるトゲトグの表現から。ぱっと見、「蟹か」と思いまして、下記の智恵子紙絵との関連が頭に浮かびました。智恵子が台紙に使ったのは、切り開いた封筒です。
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一昨日まで上野の森美術館さんで開催されていて、谷澤さんが佳作賞を受賞された「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」に出品された下記の作品は、まさに上記の紙絵がモチーフですね。
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ここから居なくなった蟹が、大阪の「Pink nude #2」に現れたのか、と思ったわけです。

智恵子紙絵の制作現場を目撃した殆ど唯一の人物、ゼームス坂病院で智恵子の付き添い看護に当たった姪の宮崎春子の回想。

 こうして、毎日の食膳を賑わすものを次々とつくられた。珍しいものがつけば、それを紙絵にしないうちは箸をつけないので、たいてい食事時間はおくれてしまうのであつた。
 ある日、千葉県九十九里の親戚から蟹をたくさん頂いたとき、四、五十匹を大盆にのせて伯母にみせたところ、顔を輝かして大喜びされ、中でもみごとな一匹をとられた。その夜は十一時ごろまで一心につくられ、蟹を食べ終つたのは、十二時をすぎ、そばにいた私は居眠りをしてしまつた。こうして紙絵は一枚一枚と大切に押入へしまわれて、伯父さまのおいでになられた時だけお見せするのであつた。
(「紙絵のおもいで」昭和34年=1959)

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画像は昭和30年(1955)、問題の紙絵を見る春子です。

このエピソードが頭に残っていたので、「蟹か」と思ったのですが、トゲトゲはムダ毛、元ネタはマチスだったそうで……。さらに「美少女戦士セーラームーン」までからむか、と驚きました。ちなみに光太郎とマティス、面識がありましたし、書簡のやりとりもありました。

さて、「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 -」、4月9日(土)までの開催です。コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

九時20分の電車で花巻駅、郵便局、銀行にて金を出す、買物いろいろ、 太田屋にて中食、タキシにて山に帰る、


昭和27年(1952)9月10日の日記より 光太郎70歳

花巻町中心街と思われる「太田屋」という飲食店、詳細が分かりません。のちに女将が、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れたりもしていたのですが。「あそこにあったこういう店だ」等、ご存じの方は御教示いただけると幸いです。

3月17日(木)、田町の日本建築学会図書館さんをあとに、上野に向かいました。目指すは上野の森美術館さん。こちらでは現代アートの「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」が開催中です。ちなみに周囲では早咲きの桜がちらほら、というところでした。
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会場に入ってすぐ、VOCA佳作賞に輝いた谷澤紗和子さんの作品「はいけい ちえこ さま」。
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思ったより大きな作品でした。

上段中央の作品。智恵子の紙絵がモチーフです。折り紙を折りたたんでハサミで切り込みを入れ、広げて出来るシンメトリーの作品。この手の作品の中では有名なものの一つです。
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単に智恵子紙絵の模作ではなく、中央に小さな顔が配されていました。それから、他の作品もすべてそうですが、フレームは旧い家屋から採った廃材だそうで。中には金具がそのままついているものもありました。古い家制度の象徴、といったところなのだろうと思いましたが、はたして後ほど購入した図録に載っていた審査員諸氏の選評にもそのように書いてありました。

上段右の作品は、雑誌『青鞜』明治45年(1912)第2巻第1号から第3号にかけて使われた、智恵子筆の表紙絵を元にしています。かつてはスズランと言われていましたが、福島県立美術館さんの学芸員をなさっている堀宜雄氏のご指摘ではスズランではなくアマドコロ。当方もその通りだと思っております。
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下段中央の作品。やはり智恵子の紙絵が元ネタで、元々の作品は封筒を分解して開いて台紙とし、赤い蟹の紙絵が貼られています。その蟹が「NO」の文字に。何に対してのNOなのでしょうか。ある意味、モラハラに近かった光太郎に? 世間一般の智恵子評に? 智恵子自身が智恵子自身の作品世界に? いろいろ考えさせられました。
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下段左の作品。これも智恵子紙絵を元にしたと思われますが、これについてはどの紙絵をあしらったのか、よくわかりませんでした。そしてやはり紙絵模作だけでなく、文字。大正15年(1926)4月の雑誌『婦人の友』に載った智恵子のアンケート回答「新時代の女性に望む資格のいろいろ」の一節です。

 あなた御自身、如何なる方向、如何なる境遇、如何なる場合に処するにも、たゞ一つ内なるこゑ、たましひに聞くことをお忘れにならないやう。この一事(いちじ)さへ確かならあらゆる事にあなたを大胆にお放ちなさい。
 それは最も旧く最も新しい、生長への唯一の人間の道と信じます故。
 限りのない細部に就てはのぞみきれませぬ。

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このあたりがオマージュの難しさで、審査員諸氏、こういう文章の中の一節をここに持ってきているんだ、というのがわかって審査されているのかどうか……。あるいは会期中にこの作品を見る観客のうち果たして何人がそうだと分かるのか……。別に批判している訳ではないのですが……。

そこで誰にでも分かるように、ということでしょうか、谷澤さんから智恵子への手紙が配された作品が2点。

下段右の作品。はじめ、元になった智恵子の紙絵が何だったかわからなかったのですが、どうもこれも有名な柘榴の紙絵でした。
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網状にかぶせられているのが、谷澤さんから智恵子へのメッセージです。ある意味、超絶技巧、一枚の紙から切り出したもののようです。
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そして上段左の作品、切り出したこの文字を他の紙の上に置き、金色の塗料を吹きつけています。それが箱の包装紙の模様。事前に見ていた公式サイトの小さな画像では、このあたりが全く分かりませんで、実際に見て舌を巻きました。
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ちなみに元ネタとなった智恵子の紙絵は、光太郎からの見舞い品である千疋屋さんの包装紙がそのまま使われており、千疋屋さんのロゴまで分かるものです。

先ほどもちらっと触れた、図録に掲載された審査員諸氏の選評。
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出品一覧。
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申し訳ありませんが、このブログでは、他の出品作に触れる余裕がありません。他に光太郎智恵子、光雲からのインスパイア作品等はなかったようですし。

さて、「VOCA展」。次回が30回目だそうで、同展メインスポンサーである日比谷の第一生命さんで回顧展的な展示も為されています。

VOCA 30 Years Story / Tokyo

期 日 : 2022年3月11日(金)~11月30日(水)
会 場 : 第一生命ロビー 
       東京都千代田区有楽町1-13-1 第一生命保険株式会社 日比谷本社ビル1F
時 間 : 8:00~20:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 無料

VOCA展の30周年を前に、第一生命が所蔵するこれまでのVOCA賞作品を一堂に会し紹介いたします。
(一部の作品は展示されない期間があります。2022年VOCA賞作品は4月以降に展示します。)
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これまでの大賞(VOCA賞)作品のほとんどが出ているそうです。フライヤー裏面には、昨年のVOCA賞受賞作《上野山コスモロジー》。光雲の木彫代表作「老猿」もモチーフに使われています。
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ところで、どうでもいいのですが、会場の第一生命さん本社ビル、階上の本社では、当方の息子が働いております(笑)。この手のメセナとは全然関係のない部署だそうですが(笑)。

閑話休題、上野の森美術館さんは3月30日(水)まで。コロナ感染には十分お気をつけつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

(協定書、28年8月完成、百萬円今年、28年1月百萬円、完成時百萬円、据付迄作者負担、台の工事は県負担、)


昭和27年(1952)7月5日の日記より 光太郎70歳

生涯最後の大作、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」に関する、発注元の青森県との協定書の要旨です。ギャラが合計300万円。当時の物価としては、例えばこの年11月の大卒国家公務員六級職の初任給が7,650円、やはりこの年に刊行された中央公論社版『高村光太郎選集』第二巻(B6判上製函入り374ページ)の定価が380円でした。

現代アートの展覧会を2件。

まず、上野から。既に先週から始まっています。

VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─

期 日 : 2022年3月11日(金)~3月30日(水)
会 場 : 上野の森美術館 東京都台東区上野公園1-2
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般800円/大学生500円/高校生以下無料

VOCA展では全国の美術館学芸員、研究者などに40才以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品するという方式により、全国各地から未知の優れた才能を紹介していきます。

2021.12.20 VOCA展2022選考会が行われ、出品作家33人(組)による作品の中から各受賞者が決定しました。

VOCA賞 川内理香子さん  VOCA奨励賞 鎌田友介さん 近藤亜樹さん
VOCA佳作賞 谷澤紗和子さん、堀江栞さん  大原美術館賞 小森紀綱さん
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受賞作のうち、谷澤紗和子さんという方の作品が、智恵子紙作品(紙絵、雑誌『青鞜』表紙絵)からのインスパイアとなっています。題して「はいけい ちえこ さま」。

谷澤さんのツイートから。

VOCA展2022にて、VOCA佳作賞をいただきました。
出品作の「はいけい ちえこ さま」は、高村智恵子さんへのオマージュ作品として制作しました。
この数年の、私の推し活の成果を作品に込めました。作品プランを実現することが出来て、感無量です。ぜひたくさんの方に観て頂きたいです。
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谷澤さんの作品と、元ネタとなった智恵子作品を並べると、こんな感じですね。

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最後の蟹が「NO」の文字になっているあたり、一筋縄のオマージュではないな、という感じます。

ちなみに昨年の「VOCA展」では、光太郎の父・光雲の木彫「老猿」もモチーフにした作品が出ていました。光雲、光太郎、智恵子、意外と現代作家の皆さんの創作意欲も刺激しているようで。

谷澤さん、同じく智恵子作品オマージュを含む個展も開催されます。

Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 -

期 日 : 2022年3月19日(土)~4月9日(土)
会 場 : studio J 大阪市西区北堀江3-12-3
時 間 : 12:00~18:00
休 館 : 月曜、火曜、日曜、祝日休館
料 金 : 無料

studio Jに於ける3月からの展覧会としまして、谷澤紗和子個展「Emotionally Sweet Mood-情緒本位な甘い気分-」を開催致します。タイトルは、詩人の高村光太郎によるエッセイ「智恵子の半生」の中で、高村智恵子の油彩画について語った部分からの抜粋です。
 
谷澤は「妄想力の拡張」をテーマに、生と死、愛、痛み、などの広大な妄想/想像力が解放されることを目指し、そのための装置として作品を創っており、VOCA展2022では佳作賞に選出されました。

今回の個展では、画家/紙絵作家の高村智恵子へのオマージュに加え、女性像をテーマにした新作の切り紙作品を発表します。時節柄、何かと不安定ではありますが皆様のお越しをお待ちしております。
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360429フライヤーに使われている作品は、現存が確認出来ている智恵子油絵3点のうちの一つ、二本松市智恵子記念館さん蔵の「ヒヤシンス」をモチーフにしたものですね。

当方、上野の「VOCA展」の方は、今週、拝見に伺おうと思っています。まだまだ新規感染者数は激減とまでは行きませんが、コロナ禍もピークは過ぎたようで、そろそろ感染の総本山たる都内にも出ても大丈夫かな、と思っております(昨秋以来、都内はほぼ通過するだけにしておりました)。その他、国会図書館さんなどにも行く用事がありますので。

感染対策には十分お気をつけつつ、皆様もぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

休屋より車にて青森道を走り、酸か湯につく、 入浴、植物園見物、 菊池氏東京にかへる、松下氏もかへる、酸か湯の大湯めづらし。


昭和27年(1952)6月19日の日記より 光太郎70歳

智恵子の顔を持つ、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のための下見中です。十和田湖をあとに、青森市へ向かう途中、酸ヶ湯温泉に一泊しました。

「菊池氏」は彫刻家の菊池一雄。健康に不安を抱えていた光太郎が、像の制作不能となった場合のピンチヒッターとして指名していました。「松下氏」は中央公論社の編集者・松下英麿です。

10月8日(金)、富山県水墨美術館さんでの「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」開会式を終え、一路、東京都内へ。東京駅から地下鉄を乗り継ぎ、六本木に向かいました。

六本木駅からほど近いCLEAR GALLERY TOKYOさんで開催中の「あどけない空#2 The artless sky #2」展を拝観して参りました。
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チョークを画材として使う、現代アート作家・来田広大さんの個展です。

本展は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節「あどけない話」に着想を得て福島の空を描いた「あどけない空」(2020)の連動した作品として、来田が2021年夏に屋上で東京の空をトレースしていくところを記録した映像作品と、平面作品を発表いたします。」とのこと。
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まず、映像作品。今年の夏、ビル屋上で東京の空をトレースしていく様子を記録したもの、だそうで。
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そのための構想スケッチでしょうか、スマホの動画と共に展示。
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そして、来田氏の本領(なのでしょう)、チョークによる作品群。
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雲のような、波のような、はたまた沙漠、あるいは山脈にも見え、不思議な世界観です。これがチョークによるものとは、そうだと知らないとわかりません。油絵と聞いてもうなずけますし、日本画だと言われれば、「ああ、そうか」と思うでしょう。鉱物顔料という意味では、日本画に近いのかも知れません。来田氏は藝大さんで油絵専攻だったそうですが。

拝見し終わり、外に出て見た「東京の空」。
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つい先ほどまで、富山の青空が映っていた眼には、やはり「ほんとの空」には見えませんでした。都民の皆さん、すみません(笑)。

会期は今月30日までです。コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

ちなみに今日は、北鎌倉に行って参ります。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃水沢より花巻温泉松雲閣別館にゆき、一泊、 ゆつくり入浴、


昭和26年(1951)1月16日の日記より 光太郎69歳

花巻温泉旧松雲閣別館、現存します。現在は使用されていないようですが、平成30年(2018)には国の登録有形文化財指定を受けました。下記は戦前の絵葉書です。
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昨夜のNHKさんのローカルニュースから。

“大谷選手やアマビエも” 手作りかかしコンテスト 花巻

コロナ禍によるイベントの中止が相次ぐ中、花巻市では地元の人たちが手作りしたユニークな「かかし」が登場し、コンテストが行われています。
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この催しは、花巻市太田地区の老人クラブなどが、地域を盛り上げようと初めて企画しました。
かかしはすべて地元の人たちの手作りで24体あります。
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先月から地元の「道の駅」や小学校近くの田んぼなど3か所で展示されきましたが、6日はコンテストのため1か所に集められました。
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ことし大活躍した奥州市出身の大谷翔平選手やコロナ退散の願いを込めた妖怪の「アマビエ」。
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それに、晩年を地元・花巻で過ごした詩人の高村光太郎と妻の智恵子など親しみやすいものが多く、訪れた人たちが見入っていました。
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かかしは、このあと地元の人たちによる投票で優秀作品が選ばれます。
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企画した太田地区老人クラブ連合会の阿部敏美さんは「どのかかしもよく考えて作ってもらいました。コロナ禍で様々な催しが中止となっているので、少しでも楽しんでもらえたらうれしいです」と話していました。
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019会場は、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村(現・花巻市太田)の新農村地域定住交流会館・むらの家さんかな、という気がします。バックに太田小学校さんが写っているようですし。

「これはもはや「現代アート」ではあ~りませんか(故・チャーリー浜さん風に)!」と思いました(笑)。

特に光太郎。昭和51年(1976)公開の市川崑監督作品「犬神家の一族」に出てきた、あおい輝彦さん演じる犬神佐清(すけきよ)か、と突っ込みたくなりました(笑)。作者の方、すみません。

この催し、今年から始まったようですが、来年以降もぜひ存続させて欲しいものです。

今日、明日と1泊で、富山に行って、富山県水墨美術館さんでの「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」開会式に出席して参ります。

【折々のことば・光太郎】020

「智恵子抄その後」を奥さまに、テカミを院長にと熊谷氏に托す、


昭和26年(1951)1月12日の日記より 光太郎69歳

詩文集『智恵子抄その後』は、前年11月の刊行。連作詩「智恵子抄その後」6篇を根幹に、岩手での詩文を集めたもの。題名とは裏腹に、智恵子に関する詩文は多くありません。

新潮文庫版『智恵子抄』(昭和31年=1956)には、この中からも詩篇が採択されています。

現代アートのインスタレーションです。

あどけない空#2 The artless sky #2

期 日 : 2021年10月8日(金)~10月30日(土)
会 場 : CLEAR GALLERY TOKYO 東京都港区六本木7-18-8
時 間 : 12:00~18:00
料 金 : 無料
休 館 : 日曜日、月曜日

この度CLEAR GALLERY TOKYOでは、来田広大による「あどけない空 #2」展を開催いたします。

来田広大は、国内外各地でのフィールドワークをもとに、絵画やインスタレーション、野外ドローイングなどを展開し、身体的経験を通じた作品を制作・発表しています。来田は定着のしないチョークを主要な画材として使用し、手/指で描いていきます。描かれているモチーフは実際に訪れた風景であったり具象的なイメージでありながら、ためらいや、恐怖、興奮といった作家の感情の形跡を伴った躍動感のあるストロークが、遠い距離にあった鑑賞者の視点を、画面の近くまで引き寄せ、「来田の見ていた風景」を観ていたはずの意識を、描いている作家側へとフォーカスしてさせていきます。

本展は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節「あどけない話」に着想を得て福島の空を描いた「あどけない空」(2020)の連動した作品として、来田が2021年夏に屋上で東京の空をトレースしていくところを記録した映像作品と、平面作品を発表いたします。この機会にぜひご覧いただけましたら幸いです。

作者の言葉

本作は、高村光太郎の詩「あどけない話」(詩集「智恵子抄」に掲載)をもとに制作している。
精神病を患い闘病中であった智恵子が夫の光太郎に向かって、「東京には空がない」、「あたたら山の『ほんとの空』が見たい」と語ったという詩である。(智恵子は安達太良山がある福島県二本松市出身)

2020年の夏、私は智恵子のいう『ほんとの空』をこの目で確かめるために安達太良山に登り、そこで見た空や自身の登山の経験をもとに作品を制作した。(同年いわき市内のギャラリーにて発表)
そして、東京での開催となる本展では、東京の街でフィールドワークをおこない、東京の空と安達太良山の空を対比することを試みる。

私たちを取りまく環境において、場所との関わりや場所に対する記憶は曖昧で不確かなものであり、それは各々が持つアイデンティティにも起因する。移動や外出が制限され、人との距離や場所との関わりに変化が生じつつある現代において、『ほんとの空』とはどのような意味を持ち、何を表象しているのだろうか。

雲のように移り変わり、消え去っては立ち上がる風景の記憶の断片を、対象に直接触れるように画面上に重ねていく。
この詩を読む人がそれぞれの空を想像するように、それぞれが想いを馳せることのできる空が描ければと思う。 

来田広大
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来田氏、昨年12月から今年1月にかけ、いわき市のギャラリー昨明(caru)さんで、「来田広大個展「あどけない空」KITA Kodai Solo Exhibition “Candid Sky”」を開催されていたそうで、それに続くチャプター2、ということだそうです。いわきでの告知には「高村光太郎」「智恵子」「ほんとの空」といったワードが入っていませんでしたので、こちらの検索の網に引っかかりませんでした。
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昨日ご紹介した演劇「金魚鉢の夜」にしてもそうですが、若い方々が光太郎智恵子の世界観にインスパイアされている現状を喜ばしく存じます。

当方もうかがうつもりでおりますが、皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

朝弘さん栗もち持参、雪ふかき由、明日花巻よりペニシリンを買つてきてくれる由につき2000円渡し。


昭和26年(1951)1月2日の日記より 光太郎69歳

「弘さん」は、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの開拓団の青年。この頃になると、抗生物質も入手しやすくなっていたのですね。おそらく智恵子と同時期に結核に罹患したはずの光太郎も、元々身体頑健ということもあったでしょうが、医薬品類の普及で永らえた部分があったように思われます。

昨日は、およそ1ヶ月ぶりに都内に出ておりました。

まずは目黒。現代アートのインスタレーション、毒山凡太朗氏の「反転する光」を拝見。
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会場は「LEE SAYA」さん。目黒不動さんのすぐ近く、元は一般の商店だったような建物を、ギャラリー的な展示スペースにしたといった感じでした。

毒山さんのインスタレーション拝見は、平成27年(2015)、いわき市で開催された「今日も きこえる」以来、2度目でした。

今夏開催される予定の、福島の帰還困難区域ツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを目的としており、福島出身の智恵子、その夫・光太郎が象徴的に使われています。
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富岡町の「夜の森」をあしらった「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる」。このゲート、いろいろな意味で、原発事故の象徴として使われていますね。
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光太郎筆跡による青い文字は、LEDでしょうか、ネオンでしょうか、とにかく明滅するように出来ています。
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ちなみに、元ネタの光太郎筆跡はこちら。大正3年(1914)、詩集『道程』出版に際し、版元の抒情詩社に送られたものです。
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「夜の森」周辺、昨年には「帰還困難区域」から「特定復興特定復興再生拠点区域」に変更になりましたが、まだ海側には「帰還困難区域」が残っているようです。
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それにしても、ネット検索で上記の地図にたどりつくまでに、ものすごく苦労しました。古い情報がずっと残っていたり、せっかく見つけたと思ってアクセスしてもなかなかダウンロードされなかったり……。当方の検索の能力不足や古いPCを使い続けているためなのでしょうが、何だか「陰謀論」的に情報の隠蔽がなされているんじゃないかと、下衆の勘ぐりをしたくなりました。

結局、撤去されたゲートもあれば、新設されたゲートもあるようで、現状、どうなっているのかよくわかりません。そういった意味で、現状を知ってもらいたいと、帰還困難区域のツアープロジェクト「IGENE」ということなのかもしれません。

さて、他の作品。
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パンフにあるように「福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる毒山が、「レモン哀歌(智恵子抄)」を手がかりに新作群を発表」というわけで、映像作品「Energy」及びオブジェ「Energy[capri]」。

パンフの表紙や公式サイトのサムネイル的にに使われている、花巻高村山荘脇の便所「月光殿」の透かし彫りをモチーフとした作品。
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今回のインスタレーション全体のタイトルと同じく、「反転する光/Reversing Light」と題されています。
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人里離れた山奥の薄暗いトイレの中から、「反転した光」の先に映る「反転した社会」を、彼はどのような思いで眺めていたのだろうか」。そういう思いからのネーミングだったのか、と、納得しました。

戦時中の「覆滅鬼畜米英」から、戦後の「明るい民主主義」と、180度「反転」した社会の中で、7年間の蟄居生活を送った光太郎。それでも「反転」した社会の先に、「光」を追い求めたのではないかと思われます。

未だに「原子力 明るい未来の エネルギー」と信じている(そこから脱却できない、または脱却したくない、あるいは脱却するわけにはいかない)人々の多い多い中、さらに「コロナ禍」という新たな災厄の中、どんな「反転」が、この後起こるのか、起こらないのか、いろいろと考えさせられる展示でした。

会期は6月20日(日)まで。コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

当方、この後は表参道の銕仙会能楽研修所さんに移動。「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」を拝見して参りました。そちらは明日。

【折々のことば・光太郎】

夜コタツ、宮本百合子の「道標」(「展望」十月号)をよみかける。


昭和22年(1947)11月20日の日記より 光太郎65歳

作家・宮本百合子(明32=1899~昭26=1951)は、焼失した本郷区駒込林町25番地の光太郎アトリエ兼住居のすぐそば(同21番地)に住んでいました。

「道標」は、雑誌『展望』昭和22年(1947)10月号から同25年(1950)12月号まで連載された長編小説です。

現代アートのインスタレーション情報です。

毒山凡太朗 「反転する光」

期 日 : 2021年5月22日(土)~6月20日(日)
会 場 : LEE SAYA 東京都目黒区下目黒3–14–2
時 間 : 12:00~19:00(日~17:00)
休 館 : 月、火、祝
料 金 : 無料
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毒山凡太朗(どくやま・ぼんたろう)は 1984年福島県に生まれ、2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけに、作家活動を開始し、「六本木クロッシング 2019:つないでみる(森美術館)」や「あいちトリエンナーレ2019 : 情の時代(四間道・円頓寺エリア、名古屋市)」をはじめ、国内外を問わず精力的に活動を続けてきました。

記憶に新しい昨年開催されたLEESAYAでの個展「SAKURA」では、時代によって「公共」のために利用されてきた桜のもつ、歴史的重層性と政治的多義性に焦点を当て、ナショナル・アイデンティティ、戦争、経済、五輪など様々なテーマに鋭くアプローチした作品群を発表し、大変ご好評をいただきました。

本展は今夏に行われる帰還困難区域ツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを目的とした展覧会です。毒山が作家活動を始めるきっかけとなった原発事故から、9年が経った昨年、初めて故郷・福島の帰還困難区域に入域しました。その経験から、いかにメディアや社会、自分自身がアップデートされていない情報で区域内や原発、福島について語っていたかを痛感し、ツアーの開催を決意しました。参加者と共に各所を巡り、現状についてより理解を深め、リアリティのある議論を交わしたいという作家の想いに弊廊も賛同し、ツアーのプロモーションを助成することといたしました。

展覧会ではツアー内容が垣間見える映像作品と、福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる毒山が、「レモン哀歌(智恵子抄)」を手がかりに新作群を発表いたします。また、ツアーに関する詳細情報の案内や、チケット販売も行う予定です。

ツアーの内容から、公的な助成金などを得ることが難しいため、全て作家が自弁で行う予定です。一人でも多くのお客様にご賛同と温かいご支援を賜りたく、毒山凡太朗の「反転する光」を是非ともご高覧ください。
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毒山凡太朗さん。平成27年(2015)に、福島県いわき市で「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」」が開催された際、拝見に伺いまして、お会いしました。福島県田村市のご出身だそうですが、二本松市にお住まいだった時期もおありで、小学校は智恵子の母校・油井小学校さんに通われていたそうです。そこで、「福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる」なのでしょう。

いわきの展覧会もそうでしたが、原発事故にさらされた福島への思いを、一貫して作品制作への一つの契機となさっていて、今回のインスタレーションも、今夏開催される帰還困難区域へのツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを兼ねているそうです。

イメージ画像に使われているのは、光太郎ファンにはおなじみの、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)脇に作られた便所の壁に、光太郎自らが彫った明かり取りの穴。まさに「反転する光」ですね。

当方、来週末には「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」のため上京しますので、こちらも廻ってこようと思っております。コロナ感染にはお気を付けつつ、皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

朝弘さん花巻から帰つて来て酢一升買つてきてくれる。「モロツコ」を見、昨夜一泊の由。今日の青年には「モロツコ」は大して面白くなきやうなり。Morocco1930


昭和22年(1947)10月21日の日記より 光太郎65歳

「弘さん」は、山小屋近くの開拓地に入植した青年です。光太郎に心酔し、光太郎もこの青年をかわいがり、時にはこのようにパシリにしていました(笑)。

「モロツコ」は「モロッコ」、昭和5年(1930)公開のアメリカ映画で、マレーネ・ディートリヒ、ゲーリー・クーパーらが出演していました。光太郎は前の週に花巻町に出て、当時あった映画館・文化劇場で観ています。

都内から現代アートの展覧会情報です。

もやい展2021東京

期 日 : 2021年4月1日(木)~4月8日(木)
会 場 : タワーホール船堀 東京都江戸川区船堀4丁目1-1
時 間 : 10:00~20:00 7日(水)21時まで 8日(木)17時まで
休 館 : 会期中無休
料 金 : 無料

3.11 そして福島原発事故から10年。 絵画、彫刻、写真、 映像、そしてパフォーマンス… 表現は未来へ何を語り紡ぐのか? 金沢21世紀美術館で好評を博した「もやい展」が 2021年春、東京にあらわる! そして、立ち寄ったあなたも未来への表現者の一人となる。
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出展作家:安藤榮作/ウッキー富士原/大塚久/片平仁/金原寿浩/加茂昂/加茂孝子/小林桐美/小林憲明/鈴木邦弘/津島佳子/中筋純/fuu/矢成光生/山内若菜

基本、現代アートの展覧会ですが、展示室に於いてステージパフォーマンスも行われます。
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明日、4月5日(月)、19:00からは、「高橋アキ(ピアノ)×清水寛二(能楽、謡)」。

4月5日(月)開演:19:00@タワーホール船堀2F ”瑞雲”
高橋アキ:サティ、シューベルト、湯浅譲二、武満徹
清水寛二:観世元春「隅田川」より謡 柳田國男「遠野物語」より朗誦
     高村光太郎「智恵子抄」より朗誦
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能楽師・清水寛二氏による朗唱「「智恵子抄」より」。清水氏、銕仙会さんご所属だそうで、そうなると、同会の祖とも言うべき観世寿夫昭和32年(1957)に新作能「智恵子抄」を上演しており、そのあたりとも関係があるのかな、と思いまして調べたところ、平成22年(2010)6月にあった公演「観世寿夫三十三回忌 観世雅雪二十三回忌 追善能」で、清水氏が地謡を務められていました。

高橋アキさんという方のピアノ。郡山ご出身の
湯浅譲二氏の作品がプログラムに入っています。湯浅氏といえば、「二本松市民の歌」の作曲者ですし、平成28年(2016)には、郡山市制施行90周年・合併50年を記念する「あれが阿多多羅山 バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の2人』による」も作曲されています。今回の演奏曲目は不明ですが。

メインの現代アート展示の方も、「ほんとの空」を希求して已まない、福島の人々の声なき叫びの代弁、といった趣の作品が多く出ているようです。
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ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

山口部落のスケツチをする。「至上律」に送る淡彩画にするため。 山桜美しく赤らむ。
昭和22年(1947)5月5日の日記より 光太郎65歳

『至上律』は、北海道で開拓に当たりながら詩作を続けた更科源蔵を中核とした雑誌です。「淡彩画」は、この年11月発行の第2輯にカラーで掲載されました。
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現物は花巻高村光太郎記念館さんの所蔵です。

昨日は都内に出て、展覧会を2つ、ハシゴして参りました。

まずは上野公園内、上野の森美術館さん。
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こちらでは、現代アートの展覧会「VOCA展2021 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」を開催中です。

VOCA展2021 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-

期 日 : 2021年3月12日(金)~30日(火)
会 場 : 上野の森美術館 東京都台東区上野公園1-2
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般800円/大学生500円/高校生以下無料

VOCA(ヴォーカ)展は1994年にスタートした、絵画や写真など平面美術の領域で高い将来性のある若手作家を奨励する展覧会です。昨年来、世界的な新型コロナウイルスの感染に見舞われる状況のもと、開催への準備を進め、今回で28回目の展覧会を迎える運びとなりました。

「VOCA展2021」には、全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などから推薦された40才以下の作家30名(組)が出品します。このなかから5名の選考委員によりVOCA賞1名、奨励賞2名、佳作賞2名が選ばれました。そして大原美術館賞が館の選考により決定しました。

今回のVOCAも絵画のほか写真や半立体的な作品など多様な技法・メディアによる意欲的な新作が集まりました。ユニークな造形や意匠とともに自身や家族、場所の歴史を探るもの、史実や社会問題に取材したモチーフやメッセージを含むものなど、重層的な読み解きへと誘う作品が多く見られます。

1年前には予期しなかった状況のなかでも作家たちは真摯に制作を続け、途切れることなく新しい才能が芽生えていきます。気鋭の作家たちが現在なにを考え、伝えようとしているのか。それぞれが切り開いている表現をぜひご覧ください。
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「VOCA(ヴォーカ)」とは、「The Vision of Contemporary Art(現代美術の展望)」 の頭文字だそうです。

入賞作の選考委員に、お世話になっている水沢勉氏(神奈川県立近代美術館長)が名を連ねていらっしゃいますし、大賞に当たる「VOCA賞」受賞作品が、一見の価値があるなと思ったので、拝見して参りました。

その作品がこちら。尾花賢一氏による《上野山コスモロジー》。
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トポスとしての「上野」に焦点を当て、古今の風景やアイテム、関連する人物、また、かつて上野で展示されたり、現在、上野の各施設に所蔵されたりしている美術作品などをモチーフとしています。

光太郎がとことん影響を受けたロダン作「考える人」(東京国立近代美術館さん前庭に野外展示中)や、光太郎の盟友・碌山荻原守衛の「女」(かつて上野で開かれた文展出品作)、光太郎の父・光雲を東京美術学校(現・東京藝術大学さん)に招聘し、光太郎入学時の校長だった岡倉天心。
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そして光雲作の国指定重要文化財「老猿」(トーハクさん所蔵)。
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ど迫力です。

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つげ義春氏の「ゲンセンカン主人」(右下)などを彷彿とさせられるような部分(左下)も。
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紙幅の都合(紙ではありませんが(笑))で割愛しますが、他の作品も、それぞれに力作揃い。また、現代アートに疎い当方など、「こういう素材をこう使うか」という点や、もちろん個々の作のメッセージ性、それを如何に伝えようとするかなど、新鮮でした。
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図録は1,800円也。
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ぜひ足をお運びの上、お買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

雪かき、道をつくり、雪解に備へて水路を作らんとす。


昭和22年(1947)3月2日の日記より 光太郎65歳

雪解けに備える水路、温暖な房総半島に暮らしている身には、思いもよりませんでした。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村での2度目の冬が終わろうとし、前年の経験が生かされていたようです。

美術家の篠田桃紅さんが亡くなりました。今日の朝刊で知って、驚いている次第です。

『朝日新聞』さん。

美術家の篠田桃紅さん死去 107歳、エッセーも人気

002 前衛書から出発して独自の表現空間を切り開いた美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう、本名篠田満洲子〈ますこ〉)さんが1日、老衰のため死去した。107歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主はめい篠田爽子(そうこ)さん。
 中国・大連市生まれ。幼いころから家庭で書、水墨画の手ほどきを受けた。文字の枠をはみ出して、書を基礎にしつつ、戦後は墨による抽象表現を模索した。
 1956~58年の米ニューヨーク滞在中、米国など各地で個展を開いて注目を集めた。
 大英博物館などに作品が収蔵されているほか、国立京都国際会館や東京・芝の増上寺にも壁画の大作がある。岐阜県に本籍があったこともあり、同県関市に市立篠田桃紅美術空間がある。
 せまいジャンルに限られたくないと、自ら「美術家」と称した。年齢を重ねても凜(りん)としたたたずまいや、「絶対描きたくないものは描きません」「人として何が完成形なのか、わかりません」といったきっぷのいい語り口が、多くの共感を呼んだ。79年に日本エッセイスト・クラブ賞を受けた随筆「墨いろ」など著作も多く、「一〇三歳になってわかったこと」などが人気を呼んだ。映画監督の篠田正浩さんはいとこ。

『時事通信』さん。

美術家の篠田桃紅さん死去

 水墨を使った独自の抽象作品で国際的に知られる美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう、本名満洲子=ますこ)さんが1日、老衰のため東京都内の病院で死去した。
 107歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主はめい、爽子(そうこ)さん。
 中国東北部(旧満州)の大連生まれ。幼少から書を始め、第2次世界大戦後、文字を解体した抽象表現「墨象」に取り組んだ。1956年に渡米し、ニューヨークを拠点にシカゴやパリなど欧米で個展も開いた。58年に帰国し、東京・芝の増上寺大本堂の壁画やふすま絵を手掛けるなど精力的に活動を続けた。
 エッセイストとしても活躍。著書に日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した「墨いろ」などがある。映画監督の篠田正浩さんはいとこ。

当方、篠田さんの御著書を2冊、拝読しました。どちらも軽く光太郎に触れて下さっています。

平成26年(2014)刊行の『百歳の力』(集英社新書)。
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帯が「一〇三歳」となっていますが、増刷の関係ですね。

曰く、

 若いときには、いまのような仕事をしているとは一切予想はついていなかったし、予定もしなかった。予想も予定もない、いきあたりばったり。出たとこ勝負でずっとやってきました。高村光太郎の詩「道程」と同じです。

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

 ほんとにそう、いつも高村光太郎の詩を心に思い浮かべて生きてきた。私の前に道はない。誰かが歩いた道を私は歩いているんじゃない。先人のやってきたことをなぞっていない。でもいきるってそういうことです。
 前半は私にあてはまりますよ。でも、後半は私にあてはまるとは思わない。私の後ろに道などないですよ。なくてかまわないと思っているんです。道というほどのものができてなくても、作品というものが残っている。それはある程度残っている。どこかに、ある。
 人が敷いてくれた道をゆっくり歩いていけばいいというような一生は、私の性格には合わないんだからしようがない。私の前に道がないのは自分の性格ゆえの報い。そう思って受け入れてきました。

達観、ですね……。

もう一冊は、『一〇三歳になってわかったこと』(幻冬舎)、平成27年(2015)刊行です。

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こちらでは、

 百歳を過ぎて、どのように歳をとったらいいのか、私にも初めてで、経験がありませんから戸惑います。
 九十代までは、あのかたはこういうことをされていたなどと、参考にすることができる先人がいました。しかし、百歳を過ぎると、前例は少なく、お手本もありません。全部、自分で創造して生きていかなければなりません。
(略)
 これまでも、時折、高村光太郎の詩「道程」を思い浮かべて生きてきましたが、まさしくその心境です。

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

 私の後ろに道ができるとは微塵も思っていませんが、老境に入って、道なき道を手探りで進んでいるという感じです。
 これまでも勝手気ままに自分一人の考えでやってきましたので、その道を延長しています。日々、やれることをやっているという具合です。

 日々、違う。
 生きていることに、
 同じことの繰り返しはない。

  老いてなお、
  道なき道を手探りで進む。

とのこと。

もしかすると、他の御著書にも同様の記述があるのかも知れません。

光太郎が「道程」を書いたのは、大正3年(1914)。篠田さんのお生まれはその前年の大正2年(1913)。そう考えると、すごいものがありますね。ちなみに同じ大正2年(1913)生まれというと、森繁久弥さん、丹下健三氏、金田一春彦氏、家永三郎氏など。驚いたことに、『ごんぎつね』の新美南吉や、『夫婦善哉』を書いた織田作之助もそうでした。この二人は早世していたので、意外でした。

上記両著の中にも、当方にとっては様々な歴史上の人物とも言える人々との交流の様子などが記されています。会津八一、中原綾子、三好達治、北村ミナ(北村透谷未亡人)、イサム・ノグチ、ロバート・キャパ、それから、たまたま見かけただけだそうですが、芥川龍之介……。くらくらします。光太郎智恵子とは交流がなかったようですが。

その107年のご生涯で、抽象表現による新しい美を産み出し続け、現役でありつづけられたその道程には、まさに感服です。ちなみに来月には横浜そごう美術館さんで、「篠田桃紅展 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」が開催予定とのこと。急遽、追悼展的な形になるのではないかと思われます。

追記・篠田さん、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」(岩下志麻さん、丹波哲郎さん他ご出演)の題字を揮毫なさっていました。


謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

粉雪 終日来訪者なし。 昭和22年(1947)1月4日の日記より 光太郎65歳

花巻郊外旧太田村での蟄居生活。厳冬期には、さすがに来訪者も少なく、光太郎自身もステイホーム。おのずと、自分自身と向き合う時間が長くなり、詩の創作に影響していきます。

「最近手に入れた古いものシリーズ」を、もうすこし続けようかとも思っていましたが、3日間それを書いているうちに新着情報がいろいろ入ってきましたので、またそちらの紹介に戻ります。

京都から、展覧会情報、既に始まっています。

黒田 大スケ「未然のライシテ、どげざの目線」

期 日 : 2021年2月20日(土)~4月4日(日)
会 場 : 京都芸術センター 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
時 間 : 10:00~20:00
休 館 : 3月1日(月)
料 金 : 無料

京都芸術センターが実施する Co-program カテゴリー B では、アーティストと京都芸術センターが共同で展覧会を実施しています。今年度は黒田大スケと共同で、展示『未然のライシテ、どげざの目線』を開催します。

日本において銅像をはじめとする公共彫刻は、ただの彫刻というよりも、そのモデルとなった人物と同一視したり、あるいは服を着せ食事を供えたり、最近でいえばマスクをつけたりと、人格を持った人間のように扱われることがしばしばあります。例えば此処京都芸術センターの入り口にある二宮金次郎像にマスクがつけられているように、(最近は靴も履いています。)ごく自然な振る舞いとして日常に溶け込んでいます。ところでこうした感覚は何処からやってきたのでしょうか?

本展は、京都市内にある有名な公共彫刻を起点に、彫刻が帯びる霊性、言い換えれば、彫刻が人格を持った人間であるかのように感じる感覚を、あらゆる実験的芸術的アプローチによって創造的に視覚化し、彫刻の持つ意味や背景を捉え直す試みを展示しています。また、会場内では黒田のこれまでのリサーチ等の資料も併せてご覧いただけます。その彫刻はなぜ作られたのか?彫刻家は何を目指したのか?彫刻とは何か?彫刻を改めて捉え直し、公共と彫刻の関係について再考する機会となれば幸いです。

黒田大スケ / 美術家
1982 年京都府生まれ。2013 年広島市立大学大学院総合造形芸術専攻(彫刻)修了。橋本平八「石に就て」の研究で博士号取得。2019 年文化庁新進芸術家海外研修制度で渡米。帰国後、関西を中心に活動している。歴史、環境、身体の間にある「幽霊」のように目に見えないが認識されているものをテーマに作品を制作している。最近の展覧会に「本のキリヌキ」(瑞雲庵、2020)、「ギャラリートラック」(京都市街地、2020)等がある。
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関連企画
【作家によるギャラリーツアー】
出展作家の黒田大スケが、館内を巡って展示作品について話をします。
日時:2021年2月23日(火・祝)11:00~12:00頃 3月20日(土・祝)14:00~15:00頃
集合場所:京都芸術センター エントランス
申込方法:公式サイトより申込
定員:10名

基本、ビデオインスタレーション(映像作品による展示)のようです。

核となるのは《地獄のためのプラクティス》 という作品。

パンフレットによると、

 《地獄のためのプラクティス》 は黒田が学び手本としてきた彫刻についての作品です。黒田は自分に身についた彫刻の技術や考え方が、どのようなものなのかを知るために様々なリサーチを重ねてきました。この映像作品は作者の身体化された彫刻、あるいは無意識の造形感覚としての彫刻を取り出すために、黒田が複数の彫刻家を演じるパフォーマンスを記録したものです。台本などはなく、その内容は、これまでの彫刻体験と彫刻に関するリサーチに基づいたもので、即興的に演じられています。作中に登
場する動物は全て実在の彫刻家をモデルにしたもので、彫刻家の魂があの世で彫刻を作り続けている様子が表現されています。具体的には、多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子を起点にしたビデオインスタレーションで構成されています。そして、個別の物語については地獄めぐりならぬ、日本の近代の彫刻の歴史をなぞるように館内各所に展示しています。芸術センターの建物も非常に趣のある見応えあるものです。各ビデオは 5 分~10 分となっています。ごゆっくりお楽しみください。

多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子」は、かの「考える人」が、京都国立博物館さんで屋外展示されていることと無縁ではないのでしょう。
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日本の近代の彫刻の歴史をなぞる」「個別の物語」の中に、光太郎も。

6.《高村光太郎のためのプラクティス》 ビデオ、2021
高村 光太郎(1883-1956)
詩人、彫刻家。高村光雲の長男として生まれ幼少期より彫刻に親しむ。彼が編集し翻訳した「ロダンの言葉」は多くの彫刻家のバイブルとして読まれた。また新聞雑誌などで彫刻の批評も旺盛に繰り広げた。彼の批評に一喜一憂する彫刻家は多く、良くも悪くも彼が近代の彫刻表現に与えた影響は大きい。一方で高村自身の作品は他の彫刻家に比べて決して多いとは言えない。また渡仏時にロダンに感化されたはずが、残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。卓抜な詩人の才能を駆使し言葉で彫刻を作ったとも言えるだろう。

残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。」という部分には疑問が残りますが……。現存が確認できている作品は、ブロンズの方が多いもので……。

光太郎以外のラインナップは以下の通りです。

1.《オーギュス・ロダンのためのプラクティス》 ビデオ、2021
2.《建畠大夢のためのプラクティス》 ビデオ、2021
3.《佐藤忠良のためのプラクティス》 ビデオ、2021
4.《金学成のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
5. 小倉右一郎(1881 - 1962)
7.《金景承のためのプラクティス》 ビデオ、2021
8.《本郷新のためのプラクティス》 ビデオ、2021
9.《渡辺長男のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
10.《北村西望のためのプラクティス》 ビデオ、2021 


なぜか「オーギュスト」の「ト」が抜けています。また、「小倉右一郎」のみ「~のためのプラクティス」となっていません。何らかの意味があるのでしょうか?

他に、《どげざの目線》《青年の目線》《子供の目線》と題した作品も。制作には「カメラオブスタチュー」を使用したとのこと。

カメラオブスタチューとは、カメラ・オブ・スクラ(現代のカメラの原型となったピンホールカメラのような光学機械)の箱や部屋に当たる部分に彫刻(銅像など)を用いた風変りなカメラのこと。銅像の内に潜むあるいは像の下敷きになっているような霊性を視覚化しようと考案された。
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展示されている映像はすべて「カメラオブスタチュー」で撮影した京都市内の風景で、像の大きさに応じてトラックや自転車などで運び撮影したものです。今回モチーフとしたのは、三条京阪駅前の「高山彦九郎皇居望拝之像」(作者:戦前、渡辺長男・戦後、伊藤五百亀)、京都府立図書館横の「二宮尊徳先生像」(作者:小倉右一郎、上田貴九丸の合作)、「わだつみ像」(作者:本郷新)

だそうで……。「カメラ・オブ・スクラ」は、ヨハネス・フェルメールも使っていただろうと推測されていることが有名ですね。それを彫刻に仕込んで軽トラや自転車に乗せて……これだけでもアートですね(笑)。

コロナ禍には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】004

父の十三回忌。朝小屋の西側に栗の実(院長さんよりもらひしもの)四顆を捲く。十三回忌記念のため。昨日棒杭を樹ててその旨墨書し置けり。


昭和21年(1946)10月10日の日記より
 光太郎64歳

昭和26年(1951)7月の『文藝春秋』第29巻第9号の巻頭グラビアページに右の画像が掲載されています。写真家・田村茂の撮影です。昭和21年の日記は9月21日から10月9日までの間のものが欠けており、墨書したという10月9日の詳細がわかりません。写真がこの日に撮影されたのか、のちに書き直したりした時のものなのか……。

まいた栗の実は芽を出し、巨木に成長しました。のちに標柱は石にコピーされてそちらが立てられ、光太郎自筆のものは花巻高村光太郎記念館さんで保存しているはずです。
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ところが、残念なことに、平成29年(2017)頃にこの栗の木が枯死してしまい、倒壊の危険があるということで、やむなく伐採されてしまいました。石の標柱は現存しています。
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都内から展覧会情報です

PUBLIC DEVICE -彫刻の象徴性と恒久性-

期 日 : 2020年12月11日(金)~12月25日(金)
会 場 : 東京藝術大学大学美術館陳列館 台東区上野公園12-8
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 月曜日
料 金 : 無料

18世紀以降、洋の東西を問わず、公共空間の彫像・彫刻は都市の近代化に付随するかたちで林立しました。そして第二次世界大戦後には、世界中で多くのパブリックアートが設置され、日本では裸体像のような公共彫刻の設置が相次いで起こります。
日本の公共彫刻の多くは指名制度によって設置されていますが、コンペティション形式である場合は、作家が作品をプレゼンテーションするための資料を制作します。提案が採用され実現する作品がある一方で、その他のアイデアは公開されることはありません。
本展では、そのような公共彫刻にまつわる裏側、作品の提案や実作に至るまでの過程に重きを置き、彫刻の制作段階そのものを焦点化します。彫刻とは最終的な形態を重要視する芸術であるように思われていますが、そこには、不採用になったコンペ案同様、無数の試行錯誤や思索が存在しています。
物質としての質量をもった彫刻を並べるだけではなく、ドローイング、マケット、CG、映像媒体など多様な表現による彫刻の道筋を見せること。あるいは、彫刻の公共性について別の角度から光を当てること。このような方法を通じて、いままではあまり意識されることのなかった、権力を受け止める装置としての彫刻のありようや、彫刻というメディアの永久設置について、現代から再点検することが本展の目的です。
この国で最初期の裸婦の公共彫刻である菊池一雄氏の「平和の群像」などマケット(東京藝大彫刻科アーカイブ蔵)を起点として、現代において放射状に拡がっていく「公共」と「彫刻」の可能性を多角的な角度から考察します。

アートディレクター = 小谷元彦   企画 = 小谷元彦/森 淳一
キュレーター = 小谷元彦      共同キュレーター = 小田原のどか
会場構成 = 小谷元彦/サイドコア

参加作家
会田 誠/青木野枝/井田大介/大森記詩/小谷元彦/小田原のどか/笠原恵実子/カタルシスの岸辺/
サイドコア/島田清夏/高嶺 格/椿 昇/戸谷成雄/豊嶋康子/西野 達/林 千歩/森 淳一/
菊池一雄/北村西望/本郷新
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そもそも彫刻とは何? 的な命題に対する一つの解答を提示しようとする試みのように思われます。

「共同キュレーター」として名前の挙げられている小田原のどかさん。一昨年刊行された『彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』を編集なさったり、今年は雑誌『群像』の7月号に「彫刻の問題――加藤典洋、吉本隆明、高村光太郎から回路を開く―」という文章を寄せられたりしています。

その小田原さんの出品作品。
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題して《ロダンの言葉/高村光太郎をなぞる》。ロダン、光太郎へのオマージュなのでしょう。モチーフはロダンのデッサン(下に置かれています)。昭和4年(1929)刊行の光太郎編訳『ロダンの言葉』普及版(叢文閣)のカバーにあしらわれました。カバー自体も画像に見えます。下の画像は当方手持ちの物。
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002光太郎、同じデッサンを、遡って明治43年(1910)、親友の水野葉舟の小説集『おみよ』のカバーにも使おうとしました。ところが同書はこのデッサンのために「風俗壊乱」とされて発禁処分とされてしまいました。「おみよ」のモデルは、葉舟や光太郎が好んで足を運んだ上州赤城山の猪谷(いがや)旅館の女主人・猪谷ちよ(千代)です。ちよは日本初の冬季五輪メダリストで、アルペンスキーの猪谷千春の伯母に当たります。

閑話休題、その他、出品作家に菊池一雄、北村西望、本郷新と、物故彫刻家の名が並んでいますが、彼等のデッサンや試作などが並んでいるようです。
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上記は北村西望の《長崎「平和記念像」のためのデッサン》です。これも実は突っ込みどころの多い彫刻でして、上記『彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』でも言及されています。

コロナ禍には充分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

午后一時過より空襲、爆弾、焼夷弾。花巻町過半焼失。宮沢家も類焼。余は始め水かけ。後手まわり、仕事道具を壕に入れて、校長さん宅に避難、


昭和20年(1945)8月10日の日記より 光太郎63歳

終戦5日前、疎開先の花巻でも空襲に遭った記述です。昨年の『広報はなまき』に、この際に光太郎が使用した鳶口と鉄兜が紹介されています。

光太郎の疎開に一役買った佐藤隆房が院長を務めていた総合花巻病院では、医療従事者達が自らの危険を顧みず負傷者の救護に当たり、のちにその話を聞いた光太郎はその奮闘を讃え、詩「非常の時」を贈りました。今年、その内容がコロナ禍に立ち向かう医療従事者にかぶるということで、また注目を集めました。

「校長さん」は旧制花巻中学校の元校長・佐藤昌。宮沢家が焼けてしまったため、約1ヶ月、花巻城址近くの自宅に光太郎を住まわせてくれました。

例年ご紹介しています、信州善光寺さん周辺でのイベントです期 日 : 2020年2月6日(木)~11日(火・祝)
会 場 : 善光寺周辺、長野駅前西口、善光寺表参道
時 間 : 18:00~21:00 ※最終日は 18:00~20:00まで
料 金 : 無料

長野冬季オリンピックを開催した冬の聖地として、オリンピックの平和を願う精神を受け継ぐ長野灯明まつりは、戦後75年にあたる本年、平和への想いを新たに、世界に向けて「平和への灯り」を灯します。また、台風19号激甚災害からの復興の旗印として、サブテーマに「災害復興」を掲げ開催します。

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・ オープニング特別ライトアップ 017
第十七回長野灯明まつりは「平和への灯り」をテーマに開催され、開会初日となる2月6日開会式には、石井リーサ明理氏によるレーザー演出で、長野灯明まつりのオープニングを華やかに彩ります。
日時:2月6日(木)18:00~21:00 場所:善光寺山門

・ 「ゆめ常夜灯」
テーマ「世界へ向けて平和と友好の光を発信」
ジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップで、世界的規模の照明学会よりIES最優秀賞を受賞した、国際的照明デザイナー石井幹子氏による善光寺ライトアップは、冬の夜空を彩る長野灯明まつりを象徴する情景です。
災害復興支援をサブテーマに特別な開催となる第十七回長野灯明まつりでは、石井幹子先生のご好意により、エッフェル塔特別ライトアップで使用された機材を長野にお持ち込みいただき、善光寺本堂を黄金色にライトアップします。オリンピックイヤーとなる本年、そして長野災害復興元年としての特別なライトアップをお楽しみください。


・ 「ゆめ灯り絵展」
長野灯明まつりを象徴する情景となった「ゆめ灯り絵展」に、小学校の卒業記念制作として子ども達の夢を切り絵に描き、8年後の20歳になる年にまた展示される「未来のゆめ灯り絵展」を新たな試みとしてスタートします。ふるさとの子ども達が健やかに育ち、ゆめを育み大きく成長する姿をまちが一体となって後押しする「未来のゆめ灯り絵展」に、多くのご参加をお待ちしております。
<作品展示> 善光寺表参道大門石畳通り

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他に宿坊・ゆめ茶会(毎日)、復興灯明バル、復興ゆめ福引き、災害復興スノージャンプイベント、特別講話、きり絵展など

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例年ですと、光太郎の父・光雲とその高弟・米原雲海の手になり、昨年、開眼100周年を迎え、一昨年からいろいろな取り組みが行われている信州善光寺さんの仁王像が安置される仁王門のライトアップも為されてきましたが、改修工事中ということで、今年はそちらのライトアップは為されないようです。

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昨年の台風による被害からの復興支援という意味合いも込められています。ご都合のつく方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

放埒的生活と言ふのは心の遊惰と言ふやうなものばかりを意味するのではなく、物堅く几帳面な所謂良妻賢母にも矢張精神的放埒のある事を意味している。すなわち根本を持つてゐない生活、精神的のその日暮らしを言ふのである。それは堕落したものであり、眠つた状態である。

談話筆記「家庭に於ける真の平和」より 大正4年(1915) 光太郎33歳

他律的な生き方を送っている者は、たとえきちんきちんと日々の暮らしを構築しているとしても、無自覚という点に於いては「放埒」なのだ、ということでしょう。手厳しいですね。





4月2日(火)の連翹忌関連、もう少し紹介すべきことがあるのですがいったん休止。

既に開幕している展覧会情報を得ましたので。

E.O展 ~多摩美出身作家~ vol.3

期  日  : 2019年4月3日(水)~8日(月)
場  所  : 
日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊 東京都中央区日本橋室町1-4-1
時  間  : 午前10時~午後7時(最終日は午後5時まで)
料  金  : 無料

多摩美術大学を卒業し、各分野の第一線で輝きを放つアーティストによるグループ展です。美術界からデザイナーまで作家約25名の作品を一堂に展覧いたします。異なるステージで存在感を放つ作家たちの競演をご高覧ください。
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【ギャラリートーク】
日時:4月6日(土)午後2時~ 場所:EO展会場内にて
※予約不要


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昨年、智恵子の故郷・福島二本松にある智恵子生家で、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭 2018」の一環として開催された、切り絵作家の福井利佐さんの作品展に展示された「荒御霊(グロキシニア)」が出品されています。
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昨秋の智恵子生家の画像。

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他の出品作家さんは、以下の通り。

 青木恵美子さん(絵画専攻)  あだちなみさん(デザイン専攻) 
 池内啓人さん(デザイン専攻) 石黒賢一郎さん(絵画専攻) 
 大場再生さん(デザイン専攻) 加藤久仁生さん(デザイン専攻)
 木嶋正吾さん(絵画専攻)   北村さゆりさん(絵画専攻)
 肥沼守さん(絵画専攻)    齋藤将さん(絵画専攻)
 佐野研二郎さん(デザイン専攻)清水悦男さん(絵画専攻)
 須田悦弘さん(デザイン専攻) しりあがり寿さん(デザイン専攻)
 武田洲左さん(絵画専攻)   塚本聰さん(絵画専攻)
 中堀慎治さん(絵画専攻)     永井一史さん(デザイン専攻)
 能島千明さん(絵画専攻)   原雅幸さん(絵画専攻)   
 福井欧夏さん(デザイン専攻) 福井江太郎さん(絵画専攻)
 宮城真理子さん(工芸専攻)     百瀬智宏さん(絵画専攻)

福井さんのブログはこちら

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

妻は足もとの砂を掘つてしきりに松露の玉をあつめてゐる。日が傾くにつれて海鳴りが強くなる。千鳥がつひそこを駆けるやうに歩いてゐる。

散文「九十九里浜の初夏」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

雑誌『新若人』に「初夏の海」の総題で、有島生馬、茅野雅子の文章と共に掲載されました。7年前の昭和9年(1934)、心を病んだ智恵子を九十九里浜に住む妹の家で療養させていた時の思い出です。

回想でありながら、「ゐた」ではなく「ゐる」。7年経っても、目を閉じれば、既にこの世に居ない智恵子の姿がありありとそこに「ゐる」ように感じられていたのではないでしょうか。

過日ご紹介した『朝日新聞』さんの記事「(危機の時代の詩をたどって:5)同調圧力、戦時中に重ねて」で取り上げられていた、詩人の鈴木一平氏の作品「高村光太郎日記」が載った詩誌『てつき1』を取り寄せました。 

てつき1

2018/11/25 いぬのせなか座 定価500円

メンバーによる作品で構成される刊行物『てつき』創刊号。
2018年10月27日に開催された「仙台ポエトリーフェス2018」での朗読原稿、ならびに同年8月25日に行われた『彫刻1―空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』(トポフィル) 刊行記念トークイベントをきっかけに高村光太郎の戦争協力詩をめぐって制作された鈴木一平の新作「高村光太郎日記」をはじめ、詩・小説など最新10作品を掲載。

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鈴木氏の「高村光太郎日記」は、散文詩的な作品。明治末から最晩年までの光太郎詩から詩句を拾い上げ、ちりばめられています。逆行しようとする時代に生きる現代人の漠たる不安感が仮託されているというところでしょうか。

氏ご本人の解説より。

「高村光太郎日記」は、2018年10月27日に行われた「仙台ポエトリーフェス2018」での朗読原稿を下敷きにしている。
朗読で高村光太郎の詩、とりわけ戦争協力詩を取り上げることにしたのは、同年の8月25日に彫刻家の小田原のどかさん、詩人の山田亮太さんと参加した『彫刻1――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』(トポフィル)刊行記念トークイベントが直接的なきっかけ。

彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』は、昨年6月に刊行されています。そちらには、やはり『朝日新聞』さんの「(危機の時代の詩をたどって:5)同調圧力、戦時中に重ねて」でご紹介された、山田亮太氏の「報国」という詩が掲載されています。

このあたりで皆さんがつながっていたのかと、納得いたしました。

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【折々のことば・光太郎】

好きなものを買ふのは買ふ人個人の勝手だから、第三者から文句を言ふ限りでないには違ひないがその代り、下らないものを買つた人間が第三者から下らない人間だと思はれるのも已むを得ない。

散文「日本人の買つたフランス美術」より 昭和6年(1931) 光太郎49歳

のちに日仏芸術社を興す、画商であったエルマン・デルスニスが集めた現代作品によるフランス美術展は、第一回が大正11年(1922)に開かれ、この年、10周年を迎えました。そこで、過去の同展で購入された名品を並べるというコンセプトで、10周年記念展覧会が開催されました。

ところが、それを見た光太郎曰く「おしなべて日本人が買つたものはフランスの俗つぽい、低級な、若しくは中途半端な「程のいい」美術品が多い」「さもなければ「有名」な作家の「有名」な作の小型のもの」「実際あの展覧会の大半以上の絵画やデツサンは日本に不要のもの」。そして上記の一節に続きます。

結局、明治の頃から日本人の審美眼が発達していないことを嘆いています。

10月27日(土)、朝早くに千葉001の自宅兼事務所を出、北紀行開始。

東北新幹線を福島駅で下車、安達駅まで戻る形で東北本線に乗り、安達駅から徒歩で、智恵子の生家/智恵子記念館を目指しました。

智恵子生家では、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭2018」の一環として、13日(土)から切り絵作家の福井利佐さんの作品が展示されています。10月7日(日)、智恵子を偲ぶ第24回レモン忌の際には、太平洋美術会の坂本富江さんの絵画展が行われており、福井さんの展示も改めて観に行かねば、というわけで参上しました。

また、毎年この時期に開催されている智恵子居室を含む二階部分の特別公開も行われています。

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さて、一昨年は版画家の小松美羽さん、昨年は刺繍作家の清川あさみさんによる展示が行われました。今年の福井さんの作品は……。まず、1階部分。

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続いて、箱階段で2階へ。番頭さんのような人は、市教育委員会の服部氏。ご実家は生家隣の戸田屋商店さんです。

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福井さんの作品ではないものも。智恵子実家からそう遠くない、養泉院さんという修験系の寺院で配布されている縁起物だそうです。

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幼い頃の、あるいは長じてからもたびたび実家に帰っていた智恵子がこれを眼にしていたとしたら、のちの紙絵制作に何らかの影響を及ぼしたのではないかと思い、興味深く拝見しました。

1階には、智恵子母校・油井小学校さんの児童諸君の作品も。

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1階といえば、初めての試みだと思いますが、何と物販コーナーが設けられていました。

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地元のお菓子などが売られており、こんなものも。思わず買ってしまいました(笑)。

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長登屋さんというお菓子メーカーの製品です。なるほど、ほんのりレモンの香。

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さて、生家裏手の智恵子記念館さんへ。

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明治末、生家で撮られたと推定される智恵子肖像写真をモチーフにした作品もあり、感心しました。使っている紙は新聞紙です。他の作品ものびのびと作られ、いい感じです。

館内では、普段は写真複製が展示されている智恵子の紙絵の実物が10点、展示されています。実物を見るたびに思うのですが、1ミリに満たない紙の重なりが微妙な立体感を出しており、この味は複製ではなかなか再現できないものです。見ていてせつなさがこみ上げてくる作品ですが、ぜひ実物をご覧になることをおすすめします。

生家での福井さんのインスタレーションは11月25日(日)まで、記念館での紙絵実物展示は11月27日(火)までだそうです。

この後、さらに北、青森十和田を目指して旅を続けました。続きは明日。


【折々のことば・光太郎】

神田神保町に行くと大抵の本はある様であるが、又懐中との相談を考へると、大抵の本は無い様でもあるのである。

散文「「日本古典全集」礼賛」より 大正14年(1925) 光太郎43歳

光太郎の時代からそうだったのですね。現代は図書館やインターネットなどで情報が入手しやすくはなりましたが、やはり現物を手に入れようとすると、「懐中との相談」の結果、「無理」と言われます(笑)。

平成16年(2004)から、福島県内で開催されてきた、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ」。一昨年から二本松市も会場となり、同市出身のアーティストということで、智恵子にからめてのインスタレーションが為されています。ビエンナーレ(隔年開催)ではありますが、その隙間を埋めるということで、昨年はビエンナーレとは冠せず「重陽の芸術祭」としての開催でした。

同市油井の智恵子の生家では、一昨年は版画家の小松美羽さん、昨年は刺繍作家の清川あさみさんによる展示が行われました。また、昨年は道の駅安達「智恵子の里」さんで展示された、ワタリドリ計画さんによるインスタレーション「絵葉書フラッグ」でも、智恵子にからめてくださいました。

今年の「福島ビエンナーレ」、すでに9月9日(日)から始まっていますが、直接、智恵子に関わりそうな展示はこれからのようです。

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まず、智恵子の生家では、切り絵作家の福井利佐さんの作品が展示されます。10月13日(土)~11月25日(日)、9:00~16:30で、智恵子の生家/智恵子記念館入館料として大人410円 高校生以下200円です。

福井さん、昨年は安達ヶ原ふるさと村さんでの展示をなさっていましたし、今年は既に智恵子の母校・市立油井小学校さんでワークショップをやられたとのこと。

それに合わせ、生家では、通常は非公開である二階部分(智恵子の居室を含みます)の特別公開(10/13~11/25の土日祝日)、記念館では、通常は複製が展示されている智恵子紙絵の実物展示(10/11~11/27)が予定されています。

また、安達ヶ原ふるさと村さん内の武家屋敷では、古川弓子さんという方の絵画の展示。どうやら智恵子がモチーフにされるようです。こちらも10月13日(土)~11月25日(日)です。

それ以外にも光太郎智恵子にからむ展示等があるかもしれません。

さらに、今回の福島ビエンナーレは、二本松での「重陽の芸術祭」、さらに南相馬での「海神の芸術祭」と、リンクして行われています。

そして、期間中には毎年恒例の「二本松の菊人形」。今年のテーマは「戊辰150年~信義×二本松少年隊~」だそうです。このところ、智恵子人形は出ていませんが、今年はどうなりますことやら。

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最後にもう一つ、ビエンナーレとは関係ありませんが、10月14日(日) 10:00~16:00、安達太良山中腹の岳温泉で、「第2回ほんとの空 マルシェ in あだたら」が開催されます。第1回が8月に行われていますが、同様の内容でしょう。


それぞれぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

頃日、一人の気位の高い友人が来ていつた。今の世上の詩と称するものは皆うす汚いといつた。この友人は真に心の高い立派な人であるが、若し八木重吉のやうな詩人をもうす汚いといふならば、それは気位の高い人の病であるところの、自己以外を決して了解し得ぬ程高い成層圏にもう突入してしまつたことを意味するであらう。

散文「八木重吉について」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

昭和2年(1927)に数え30歳で夭折した詩人・八木重吉に関する文章の一節です。

自己以外を決して了解し得ぬ程高い成層圏にもう突入してしまつた」「気位の高い人」、あるある、ですね。そうはなりたくないものです。

京都から展覧会情報です。

あっ!きのこの大B級仮装展

期 日 : 2018年6月23日(土)~2018年7月1日(日) 無休
会 場 : 学森舎 京都府京都市左京区超勝寺門前町89
時 間 : 12:00〜19:00
料 金 : 無料

あっ!きのこによる、紙工作で作ったチープな自撮り作品500点を展示します。名画や妖怪、キャラクターや有名人にあの手この手でなりきっています。6月23日19時30分〜はアウトサイダーキュレーター櫛野展正さんをお招きしてトークイベントを開催します。要予約で2000円(軽食付き)  是非お越しください。

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パロディー系(それも脱力系の)ア000ートの展覧会です。チラシがすでにボッティチェリの「プリマヴェーラ」のパロディーになっています。

元ネタは古今東西の有名な作品から、村山槐多などの少しマニアックなものまで幅広く、作者・あっ!きのこさんのサイトを見て、爆笑してしまいました。それぞれ悪意のあるパロディーではなく、リスペクト、というより元ネタへの「愛」に溢れています。

光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)も取り上げて下さいました。

元気の出る展覧会だと思われます。ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

物は一見するに如くはないが、一見する甲斐ある人と、甲斐なき人とある事は争はれない。スケツチ帖を厚くしに渡欧する人々も多い世の中である。

散文「画家九里四郎君の渡欧を送る」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

九里(くのり)四郎は光太郎より3歳年下。光太郎が彫刻科を終えてから再入学した東京美術学校西洋画科での同級生で、白樺派の面々とも関わっていますが、現代ではほぼ忘れられかけた画家と言っていいでしょう。

光太郎曰く、九里は「一見する甲斐ある」画家。他の箇所では「色彩に対して本能的な好趣味と理解力とを有(も)つてゐる」「此一事は実に芸術家の旅行券(パツスポオト)である」と激賞しています。

一昨日、智恵子の故郷・福島二本松のラポートあだちさんで開催された、智恵子を偲ぶ「第23回レモン忌」に参加して参りましたが、その前後、先月から二本松市内各所で開催中の「重陽の芸術祭2017」関係で、他にも廻りました。

まず、レモン忌の開会前、国道4号線沿いの道の駅安達「智恵子の里」。こちらは全国的にも珍しく、道の両側に「上り線」「下り線」と、別々の施設を展開しています。

「上り線」では、和紙伝承館さんで、地元の方々を中心とする絵画作品の展示。

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「下り線」では、現代アート作家のワタリドリ計画さんによるインスタレーション「絵葉書フラッグ」。

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道の駅安達「智恵子の里」のシンボル的な「万燈桜」のかたわらに、畳一畳ほどの「フラッグ」が10枚弱。

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それぞれ両面印刷で、絵葉書のスタイルになっています。写真面は、智恵子生家など二本松の風景です。

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中には明治期の手彩色ふうのものも。

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それぞれの裏面は、ちゃんと絵葉書の書式。面白い試みだと思いました。

ちなみに「下り線」の建物内には、以前から光太郎智恵子コーナーもあります。

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後ろの窓からは、安達太良山と「ほんとの空」。

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こちらをあとに、昨日書きましたレモン忌の方に参加させていただきました。

そして、レモン忌終了後、智恵子の生家・智恵子記念館へ。レモン忌参加者は無料で入れたので、ありがたい限りでした。他の参加者の方々も、何人かご一緒させていただきました。

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FCT福島中央テレビさんが取材にいらしていました。

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003レモン忌流れの一行は、レモン忌主催の「智恵子の里レモン会」会員、郡山在住の八代勝也さんのご案内で、生家内部に。八代さん、平成のはじめに生家の補修工事が為された際の工事責任者でした。それだけに、これまで見落としていたさまざまを教えていただき、興味深く見ることが出来ました。

たとえば一階の部屋の天井にくっついている、謎の箱。真上の部屋が智恵子の居室で、そこに据えられた掘り炬燵(ごたつ)だそうです。

その他、「ここから先は増築部分で、そのために通常とは違ってこうなっている」とか、「この柱は元々の部材、このかまどの辺りは残念ながら残っていなかったので、新しく作った」とか。ありがたや。

「重陽の芸術祭2017」初日にも拝見しましたが、現代アート作家の清川あさみさんによるインスタレーション展示も継続中。下の画像は、新潮文庫版智恵子抄、「あどけない話」のページに施された刺繍です。「ほんとの空」のイメージなのでしょう。002

智恵子生家では、5日(木)の智恵子命日「レモンの日」に合わせ、女優の一色采子さんらによる「智恵子抄」朗読とダンスのパフォーマンス「智恵子・レモン忌 あいのうた」が行われます。また、来月12日からは、生家裏の智恵子記念館で、普段は複製が展示されている紙絵の実物展示が始まります。さらに9日(月・祝)には、二本松市コンサートホールにて「震災復興応援 智恵子抄とともに~野村朗作品リサイタル」。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

智恵子はほのぼのと美しく清浄で しかもかぎりなき惑溺にみちてゐた。 あの山の水のやうに透明な女体を燃やして 私にもたれながら崩れる砂をふんで歩いた。
詩「噴霧的な夢」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

この智恵子は、光太郎の夢に現れた智恵子です。

アイロニカルな見方をすれば、光太郎のこうした「女神」的な讃仰が智恵子にとっては重荷となり、心の病につながったともいえますし、その歿後も偶像崇拝的に智恵子の姿を追い求める光太郎に、「いい年こいて……」という批判を投げかけるのは容易でしょう。

しかし、数え66歳の老人が、夢に亡き妻を見て心洗われているというその一事を、当方は笑い飛ばすことは出来ません。

昨日は、智恵子の故郷・福島二本松に行っておりました。

昨年のこの時期に開催された、「福島現代美術ビエンナーレ 2016 -氣 indication -」から誕生した二本松市を拠点に開催される現代アートの祭典「重陽の芸術祭2017」が、昨日からスタートしました。

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昨年同様、智恵子生家の旧長沼酒造も会場となっており、現代アート作家の・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が行われていました。

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さらに、やはり昨日から、通常は非公開となっている生家二階――智恵子の居室を含む――の公開も始まっていました。11月26日までの、土・日・祝日の実施だそうです。

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清川さんの作品、こちらがメインの「女である故に」。畳三畳分くらいはありましょうか、不織布にプリントされたものです。

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「写真を縦糸横糸で形成して編んだ」とのことですが、どういう仕組みで出来ているのか、よくわかりませんでした。それにしても大迫力です。

こんなかわいらしい作品も。造花や刺繍糸、ビーズによる「Drem Time」。

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アクリルケースに「ほんとの空」が映っています。

それから、新潮文庫版『智恵子抄』を使った作品が多数。

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公開されていた2階にも。

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こういうのもありなんだ、と思いました。

ところで、生家の庭に据えられたこの燈籠。

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もともとここにあったものですが、昭和4年(1929)に長沼酒造が破産し、智恵子の一家が離散した後、債権者に持ち出されていたのが、つい最近、二本松市に寄贈という形で戻ってきたそうです。

以前から、同型の燈籠が一つありまして、約90年ぶりに二つがご対面。

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付喪神(つくもがみ)といって、長い年月を経た道具などには神や精霊が宿る、という 民間信仰があります。二つの燈籠に付喪神が宿っていたら、再会をさぞや喜んでいることでしょう。


智恵子生家を後に、他に「重陽の芸術祭2017」としての展示が行われている、安達ヶ原ふるさと村さんなどを廻って帰りました。そちらでは、昨年、智恵子生家で展示された小松美羽さんの襖絵など、今年の重点項目である安達ヶ原の鬼婆伝説がらみの展示が多く為されていました(それ以外もありましたが)。

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こちらは切り絵作家の福井利佐さんの作品。福井さんは、来年、智恵子生家の展示をなさるそうです。画像はありませんが、恐ろしい鬼の切り絵もありました。

智恵子生家では、来月5日の智恵子命日「レモンの日」に合わせ、女優の一色采子さんらによる「智恵子抄」朗読とダンスのパフォーマンスが行われます。

また、来月12日からは、生家裏の智恵子記念館で、普段は複製が展示されている紙絵の実物展示が始まります。

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また、後ほど詳しくご紹介しますが、智恵子を偲ぶ「レモン忌」の集い、野村朗氏作曲の連作歌曲「智恵子抄」コンサート、さらには毎年恒例の菊人形もあります。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

一人の女性の愛に清められて 私はやつと自己を得た。 言はうやうなき窮乏をつづけながら 私はもう一度美の世界にとびこんだ。

連作詩「暗愚小伝」中の「美に生きる」より
 昭和22年(1947) 光太郎65歳

俗世間や古くさい日本彫刻界を相手にせず、ある意味「孤高の芸術家」として、智恵子と二人、手を携えて歩み始めた大正期の回想です。

ところが、世の中との交わりを極力避けるその暮らしは、同じ「美に生きる」中で「都会のまんなかに蟄居した。」と表現されているような生活でもありました。

そうした毎日に息苦しさを感じると、智恵子は「東京に空が無い」とつぶやき、「ほんとの空」のある二本松に帰って、元気をチャージしていました。

しかし、二本松の実家は破産、家族は離散。帰るべき故郷と、頼みにしていた「ほんとの空」を失った智恵子は、さらに自らの絵画の才能にも絶望し、その他、実にさまざまな要因が絡み合った結果、光太郎曰く「精一ぱいに巻き切つたゼムマイがぷすんと弾けてしまつた」のです。

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