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10月8日(金)、富山県水墨美術館さんでの「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」開会式を終え、一路、東京都内へ。東京駅から地下鉄を乗り継ぎ、六本木に向かいました。

六本木駅からほど近いCLEAR GALLERY TOKYOさんで開催中の「あどけない空#2 The artless sky #2」展を拝観して参りました。
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チョークを画材として使う、現代アート作家・来田広大さんの個展です。

本展は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節「あどけない話」に着想を得て福島の空を描いた「あどけない空」(2020)の連動した作品として、来田が2021年夏に屋上で東京の空をトレースしていくところを記録した映像作品と、平面作品を発表いたします。」とのこと。
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まず、映像作品。今年の夏、ビル屋上で東京の空をトレースしていく様子を記録したもの、だそうで。
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そのための構想スケッチでしょうか、スマホの動画と共に展示。
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そして、来田氏の本領(なのでしょう)、チョークによる作品群。
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雲のような、波のような、はたまた沙漠、あるいは山脈にも見え、不思議な世界観です。これがチョークによるものとは、そうだと知らないとわかりません。油絵と聞いてもうなずけますし、日本画だと言われれば、「ああ、そうか」と思うでしょう。鉱物顔料という意味では、日本画に近いのかも知れません。来田氏は藝大さんで油絵専攻だったそうですが。

拝見し終わり、外に出て見た「東京の空」。
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つい先ほどまで、富山の青空が映っていた眼には、やはり「ほんとの空」には見えませんでした。都民の皆さん、すみません(笑)。

会期は今月30日までです。コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

ちなみに今日は、北鎌倉に行って参ります。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃水沢より花巻温泉松雲閣別館にゆき、一泊、 ゆつくり入浴、


昭和26年(1951)1月16日の日記より 光太郎69歳

花巻温泉旧松雲閣別館、現存します。現在は使用されていないようですが、平成30年(2018)には国の登録有形文化財指定を受けました。下記は戦前の絵葉書です。
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昨夜のNHKさんのローカルニュースから。

“大谷選手やアマビエも” 手作りかかしコンテスト 花巻

コロナ禍によるイベントの中止が相次ぐ中、花巻市では地元の人たちが手作りしたユニークな「かかし」が登場し、コンテストが行われています。
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この催しは、花巻市太田地区の老人クラブなどが、地域を盛り上げようと初めて企画しました。
かかしはすべて地元の人たちの手作りで24体あります。
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先月から地元の「道の駅」や小学校近くの田んぼなど3か所で展示されきましたが、6日はコンテストのため1か所に集められました。
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ことし大活躍した奥州市出身の大谷翔平選手やコロナ退散の願いを込めた妖怪の「アマビエ」。
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それに、晩年を地元・花巻で過ごした詩人の高村光太郎と妻の智恵子など親しみやすいものが多く、訪れた人たちが見入っていました。
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かかしは、このあと地元の人たちによる投票で優秀作品が選ばれます。
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企画した太田地区老人クラブ連合会の阿部敏美さんは「どのかかしもよく考えて作ってもらいました。コロナ禍で様々な催しが中止となっているので、少しでも楽しんでもらえたらうれしいです」と話していました。
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019会場は、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村(現・花巻市太田)の新農村地域定住交流会館・むらの家さんかな、という気がします。バックに太田小学校さんが写っているようですし。

「これはもはや「現代アート」ではあ~りませんか(故・チャーリー浜さん風に)!」と思いました(笑)。

特に光太郎。昭和51年(1976)公開の市川崑監督作品「犬神家の一族」に出てきた、あおい輝彦さん演じる犬神佐清(すけきよ)か、と突っ込みたくなりました(笑)。作者の方、すみません。

この催し、今年から始まったようですが、来年以降もぜひ存続させて欲しいものです。

今日、明日と1泊で、富山に行って、富山県水墨美術館さんでの「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」開会式に出席して参ります。

【折々のことば・光太郎】020

「智恵子抄その後」を奥さまに、テカミを院長にと熊谷氏に托す、


昭和26年(1951)1月12日の日記より 光太郎69歳

詩文集『智恵子抄その後』は、前年11月の刊行。連作詩「智恵子抄その後」6篇を根幹に、岩手での詩文を集めたもの。題名とは裏腹に、智恵子に関する詩文は多くありません。

新潮文庫版『智恵子抄』(昭和31年=1956)には、この中からも詩篇が採択されています。

現代アートのインスタレーションです。

あどけない空#2 The artless sky #2

期 日 : 2021年10月8日(金)~10月30日(土)
会 場 : CLEAR GALLERY TOKYO 東京都港区六本木7-18-8
時 間 : 12:00~18:00
料 金 : 無料
休 館 : 日曜日、月曜日

この度CLEAR GALLERY TOKYOでは、来田広大による「あどけない空 #2」展を開催いたします。

来田広大は、国内外各地でのフィールドワークをもとに、絵画やインスタレーション、野外ドローイングなどを展開し、身体的経験を通じた作品を制作・発表しています。来田は定着のしないチョークを主要な画材として使用し、手/指で描いていきます。描かれているモチーフは実際に訪れた風景であったり具象的なイメージでありながら、ためらいや、恐怖、興奮といった作家の感情の形跡を伴った躍動感のあるストロークが、遠い距離にあった鑑賞者の視点を、画面の近くまで引き寄せ、「来田の見ていた風景」を観ていたはずの意識を、描いている作家側へとフォーカスしてさせていきます。

本展は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」の一節「あどけない話」に着想を得て福島の空を描いた「あどけない空」(2020)の連動した作品として、来田が2021年夏に屋上で東京の空をトレースしていくところを記録した映像作品と、平面作品を発表いたします。この機会にぜひご覧いただけましたら幸いです。

作者の言葉

本作は、高村光太郎の詩「あどけない話」(詩集「智恵子抄」に掲載)をもとに制作している。
精神病を患い闘病中であった智恵子が夫の光太郎に向かって、「東京には空がない」、「あたたら山の『ほんとの空』が見たい」と語ったという詩である。(智恵子は安達太良山がある福島県二本松市出身)

2020年の夏、私は智恵子のいう『ほんとの空』をこの目で確かめるために安達太良山に登り、そこで見た空や自身の登山の経験をもとに作品を制作した。(同年いわき市内のギャラリーにて発表)
そして、東京での開催となる本展では、東京の街でフィールドワークをおこない、東京の空と安達太良山の空を対比することを試みる。

私たちを取りまく環境において、場所との関わりや場所に対する記憶は曖昧で不確かなものであり、それは各々が持つアイデンティティにも起因する。移動や外出が制限され、人との距離や場所との関わりに変化が生じつつある現代において、『ほんとの空』とはどのような意味を持ち、何を表象しているのだろうか。

雲のように移り変わり、消え去っては立ち上がる風景の記憶の断片を、対象に直接触れるように画面上に重ねていく。
この詩を読む人がそれぞれの空を想像するように、それぞれが想いを馳せることのできる空が描ければと思う。 

来田広大
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来田氏、昨年12月から今年1月にかけ、いわき市のギャラリー昨明(caru)さんで、「来田広大個展「あどけない空」KITA Kodai Solo Exhibition “Candid Sky”」を開催されていたそうで、それに続くチャプター2、ということだそうです。いわきでの告知には「高村光太郎」「智恵子」「ほんとの空」といったワードが入っていませんでしたので、こちらの検索の網に引っかかりませんでした。
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昨日ご紹介した演劇「金魚鉢の夜」にしてもそうですが、若い方々が光太郎智恵子の世界観にインスパイアされている現状を喜ばしく存じます。

当方もうかがうつもりでおりますが、皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

朝弘さん栗もち持参、雪ふかき由、明日花巻よりペニシリンを買つてきてくれる由につき2000円渡し。


昭和26年(1951)1月2日の日記より 光太郎69歳

「弘さん」は、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの開拓団の青年。この頃になると、抗生物質も入手しやすくなっていたのですね。おそらく智恵子と同時期に結核に罹患したはずの光太郎も、元々身体頑健ということもあったでしょうが、医薬品類の普及で永らえた部分があったように思われます。

昨日は、およそ1ヶ月ぶりに都内に出ておりました。

まずは目黒。現代アートのインスタレーション、毒山凡太朗氏の「反転する光」を拝見。
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会場は「LEE SAYA」さん。目黒不動さんのすぐ近く、元は一般の商店だったような建物を、ギャラリー的な展示スペースにしたといった感じでした。

毒山さんのインスタレーション拝見は、平成27年(2015)、いわき市で開催された「今日も きこえる」以来、2度目でした。

今夏開催される予定の、福島の帰還困難区域ツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを目的としており、福島出身の智恵子、その夫・光太郎が象徴的に使われています。
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富岡町の「夜の森」をあしらった「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる」。このゲート、いろいろな意味で、原発事故の象徴として使われていますね。
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光太郎筆跡による青い文字は、LEDでしょうか、ネオンでしょうか、とにかく明滅するように出来ています。
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ちなみに、元ネタの光太郎筆跡はこちら。大正3年(1914)、詩集『道程』出版に際し、版元の抒情詩社に送られたものです。
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「夜の森」周辺、昨年には「帰還困難区域」から「特定復興特定復興再生拠点区域」に変更になりましたが、まだ海側には「帰還困難区域」が残っているようです。
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それにしても、ネット検索で上記の地図にたどりつくまでに、ものすごく苦労しました。古い情報がずっと残っていたり、せっかく見つけたと思ってアクセスしてもなかなかダウンロードされなかったり……。当方の検索の能力不足や古いPCを使い続けているためなのでしょうが、何だか「陰謀論」的に情報の隠蔽がなされているんじゃないかと、下衆の勘ぐりをしたくなりました。

結局、撤去されたゲートもあれば、新設されたゲートもあるようで、現状、どうなっているのかよくわかりません。そういった意味で、現状を知ってもらいたいと、帰還困難区域のツアープロジェクト「IGENE」ということなのかもしれません。

さて、他の作品。
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パンフにあるように「福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる毒山が、「レモン哀歌(智恵子抄)」を手がかりに新作群を発表」というわけで、映像作品「Energy」及びオブジェ「Energy[capri]」。

パンフの表紙や公式サイトのサムネイル的にに使われている、花巻高村山荘脇の便所「月光殿」の透かし彫りをモチーフとした作品。
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今回のインスタレーション全体のタイトルと同じく、「反転する光/Reversing Light」と題されています。
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人里離れた山奥の薄暗いトイレの中から、「反転した光」の先に映る「反転した社会」を、彼はどのような思いで眺めていたのだろうか」。そういう思いからのネーミングだったのか、と、納得しました。

戦時中の「覆滅鬼畜米英」から、戦後の「明るい民主主義」と、180度「反転」した社会の中で、7年間の蟄居生活を送った光太郎。それでも「反転」した社会の先に、「光」を追い求めたのではないかと思われます。

未だに「原子力 明るい未来の エネルギー」と信じている(そこから脱却できない、または脱却したくない、あるいは脱却するわけにはいかない)人々の多い多い中、さらに「コロナ禍」という新たな災厄の中、どんな「反転」が、この後起こるのか、起こらないのか、いろいろと考えさせられる展示でした。

会期は6月20日(日)まで。コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

当方、この後は表参道の銕仙会能楽研修所さんに移動。「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」を拝見して参りました。そちらは明日。

【折々のことば・光太郎】

夜コタツ、宮本百合子の「道標」(「展望」十月号)をよみかける。


昭和22年(1947)11月20日の日記より 光太郎65歳

作家・宮本百合子(明32=1899~昭26=1951)は、焼失した本郷区駒込林町25番地の光太郎アトリエ兼住居のすぐそば(同21番地)に住んでいました。

「道標」は、雑誌『展望』昭和22年(1947)10月号から同25年(1950)12月号まで連載された長編小説です。

現代アートのインスタレーション情報です。

毒山凡太朗 「反転する光」

期 日 : 2021年5月22日(土)~6月20日(日)
会 場 : LEE SAYA 東京都目黒区下目黒3–14–2
時 間 : 12:00~19:00(日~17:00)
休 館 : 月、火、祝
料 金 : 無料
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毒山凡太朗(どくやま・ぼんたろう)は 1984年福島県に生まれ、2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけに、作家活動を開始し、「六本木クロッシング 2019:つないでみる(森美術館)」や「あいちトリエンナーレ2019 : 情の時代(四間道・円頓寺エリア、名古屋市)」をはじめ、国内外を問わず精力的に活動を続けてきました。

記憶に新しい昨年開催されたLEESAYAでの個展「SAKURA」では、時代によって「公共」のために利用されてきた桜のもつ、歴史的重層性と政治的多義性に焦点を当て、ナショナル・アイデンティティ、戦争、経済、五輪など様々なテーマに鋭くアプローチした作品群を発表し、大変ご好評をいただきました。

本展は今夏に行われる帰還困難区域ツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを目的とした展覧会です。毒山が作家活動を始めるきっかけとなった原発事故から、9年が経った昨年、初めて故郷・福島の帰還困難区域に入域しました。その経験から、いかにメディアや社会、自分自身がアップデートされていない情報で区域内や原発、福島について語っていたかを痛感し、ツアーの開催を決意しました。参加者と共に各所を巡り、現状についてより理解を深め、リアリティのある議論を交わしたいという作家の想いに弊廊も賛同し、ツアーのプロモーションを助成することといたしました。

展覧会ではツアー内容が垣間見える映像作品と、福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる毒山が、「レモン哀歌(智恵子抄)」を手がかりに新作群を発表いたします。また、ツアーに関する詳細情報の案内や、チケット販売も行う予定です。

ツアーの内容から、公的な助成金などを得ることが難しいため、全て作家が自弁で行う予定です。一人でも多くのお客様にご賛同と温かいご支援を賜りたく、毒山凡太朗の「反転する光」を是非ともご高覧ください。
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毒山凡太朗さん。平成27年(2015)に、福島県いわき市で「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」」が開催された際、拝見に伺いまして、お会いしました。福島県田村市のご出身だそうですが、二本松市にお住まいだった時期もおありで、小学校は智恵子の母校・油井小学校さんに通われていたそうです。そこで、「福島を代表する作家の高村智恵子に、ひとしおの思いを寄せる」なのでしょう。

いわきの展覧会もそうでしたが、原発事故にさらされた福島への思いを、一貫して作品制作への一つの契機となさっていて、今回のインスタレーションも、今夏開催される帰還困難区域へのツアープロジェクト「IGENE」のプロモーションを兼ねているそうです。

イメージ画像に使われているのは、光太郎ファンにはおなじみの、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)脇に作られた便所の壁に、光太郎自らが彫った明かり取りの穴。まさに「反転する光」ですね。

当方、来週末には「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」のため上京しますので、こちらも廻ってこようと思っております。コロナ感染にはお気を付けつつ、皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

朝弘さん花巻から帰つて来て酢一升買つてきてくれる。「モロツコ」を見、昨夜一泊の由。今日の青年には「モロツコ」は大して面白くなきやうなり。Morocco1930


昭和22年(1947)10月21日の日記より 光太郎65歳

「弘さん」は、山小屋近くの開拓地に入植した青年です。光太郎に心酔し、光太郎もこの青年をかわいがり、時にはこのようにパシリにしていました(笑)。

「モロツコ」は「モロッコ」、昭和5年(1930)公開のアメリカ映画で、マレーネ・ディートリヒ、ゲーリー・クーパーらが出演していました。光太郎は前の週に花巻町に出て、当時あった映画館・文化劇場で観ています。

都内から現代アートの展覧会情報です。

もやい展2021東京

期 日 : 2021年4月1日(木)~4月8日(木)
会 場 : タワーホール船堀 東京都江戸川区船堀4丁目1-1
時 間 : 10:00~20:00 7日(水)21時まで 8日(木)17時まで
休 館 : 会期中無休
料 金 : 無料

3.11 そして福島原発事故から10年。 絵画、彫刻、写真、 映像、そしてパフォーマンス… 表現は未来へ何を語り紡ぐのか? 金沢21世紀美術館で好評を博した「もやい展」が 2021年春、東京にあらわる! そして、立ち寄ったあなたも未来への表現者の一人となる。
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出展作家:安藤榮作/ウッキー富士原/大塚久/片平仁/金原寿浩/加茂昂/加茂孝子/小林桐美/小林憲明/鈴木邦弘/津島佳子/中筋純/fuu/矢成光生/山内若菜

基本、現代アートの展覧会ですが、展示室に於いてステージパフォーマンスも行われます。
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明日、4月5日(月)、19:00からは、「高橋アキ(ピアノ)×清水寛二(能楽、謡)」。

4月5日(月)開演:19:00@タワーホール船堀2F ”瑞雲”
高橋アキ:サティ、シューベルト、湯浅譲二、武満徹
清水寛二:観世元春「隅田川」より謡 柳田國男「遠野物語」より朗誦
     高村光太郎「智恵子抄」より朗誦
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能楽師・清水寛二氏による朗唱「「智恵子抄」より」。清水氏、銕仙会さんご所属だそうで、そうなると、同会の祖とも言うべき観世寿夫昭和32年(1957)に新作能「智恵子抄」を上演しており、そのあたりとも関係があるのかな、と思いまして調べたところ、平成22年(2010)6月にあった公演「観世寿夫三十三回忌 観世雅雪二十三回忌 追善能」で、清水氏が地謡を務められていました。

高橋アキさんという方のピアノ。郡山ご出身の
湯浅譲二氏の作品がプログラムに入っています。湯浅氏といえば、「二本松市民の歌」の作曲者ですし、平成28年(2016)には、郡山市制施行90周年・合併50年を記念する「あれが阿多多羅山 バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の2人』による」も作曲されています。今回の演奏曲目は不明ですが。

メインの現代アート展示の方も、「ほんとの空」を希求して已まない、福島の人々の声なき叫びの代弁、といった趣の作品が多く出ているようです。
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ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

山口部落のスケツチをする。「至上律」に送る淡彩画にするため。 山桜美しく赤らむ。
昭和22年(1947)5月5日の日記より 光太郎65歳

『至上律』は、北海道で開拓に当たりながら詩作を続けた更科源蔵を中核とした雑誌です。「淡彩画」は、この年11月発行の第2輯にカラーで掲載されました。
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現物は花巻高村光太郎記念館さんの所蔵です。

昨日は都内に出て、展覧会を2つ、ハシゴして参りました。

まずは上野公園内、上野の森美術館さん。
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こちらでは、現代アートの展覧会「VOCA展2021 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」を開催中です。

VOCA展2021 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-

期 日 : 2021年3月12日(金)~30日(火)
会 場 : 上野の森美術館 東京都台東区上野公園1-2
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般800円/大学生500円/高校生以下無料

VOCA(ヴォーカ)展は1994年にスタートした、絵画や写真など平面美術の領域で高い将来性のある若手作家を奨励する展覧会です。昨年来、世界的な新型コロナウイルスの感染に見舞われる状況のもと、開催への準備を進め、今回で28回目の展覧会を迎える運びとなりました。

「VOCA展2021」には、全国の美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者などから推薦された40才以下の作家30名(組)が出品します。このなかから5名の選考委員によりVOCA賞1名、奨励賞2名、佳作賞2名が選ばれました。そして大原美術館賞が館の選考により決定しました。

今回のVOCAも絵画のほか写真や半立体的な作品など多様な技法・メディアによる意欲的な新作が集まりました。ユニークな造形や意匠とともに自身や家族、場所の歴史を探るもの、史実や社会問題に取材したモチーフやメッセージを含むものなど、重層的な読み解きへと誘う作品が多く見られます。

1年前には予期しなかった状況のなかでも作家たちは真摯に制作を続け、途切れることなく新しい才能が芽生えていきます。気鋭の作家たちが現在なにを考え、伝えようとしているのか。それぞれが切り開いている表現をぜひご覧ください。
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「VOCA(ヴォーカ)」とは、「The Vision of Contemporary Art(現代美術の展望)」 の頭文字だそうです。

入賞作の選考委員に、お世話になっている水沢勉氏(神奈川県立近代美術館長)が名を連ねていらっしゃいますし、大賞に当たる「VOCA賞」受賞作品が、一見の価値があるなと思ったので、拝見して参りました。

その作品がこちら。尾花賢一氏による《上野山コスモロジー》。
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トポスとしての「上野」に焦点を当て、古今の風景やアイテム、関連する人物、また、かつて上野で展示されたり、現在、上野の各施設に所蔵されたりしている美術作品などをモチーフとしています。

光太郎がとことん影響を受けたロダン作「考える人」(東京国立近代美術館さん前庭に野外展示中)や、光太郎の盟友・碌山荻原守衛の「女」(かつて上野で開かれた文展出品作)、光太郎の父・光雲を東京美術学校(現・東京藝術大学さん)に招聘し、光太郎入学時の校長だった岡倉天心。
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そして光雲作の国指定重要文化財「老猿」(トーハクさん所蔵)。
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ど迫力です。

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つげ義春氏の「ゲンセンカン主人」(右下)などを彷彿とさせられるような部分(左下)も。
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紙幅の都合(紙ではありませんが(笑))で割愛しますが、他の作品も、それぞれに力作揃い。また、現代アートに疎い当方など、「こういう素材をこう使うか」という点や、もちろん個々の作のメッセージ性、それを如何に伝えようとするかなど、新鮮でした。
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図録は1,800円也。
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ぜひ足をお運びの上、お買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

雪かき、道をつくり、雪解に備へて水路を作らんとす。


昭和22年(1947)3月2日の日記より 光太郎65歳

雪解けに備える水路、温暖な房総半島に暮らしている身には、思いもよりませんでした。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村での2度目の冬が終わろうとし、前年の経験が生かされていたようです。

美術家の篠田桃紅さんが亡くなりました。今日の朝刊で知って、驚いている次第です。

『朝日新聞』さん。

美術家の篠田桃紅さん死去 107歳、エッセーも人気

002 前衛書から出発して独自の表現空間を切り開いた美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう、本名篠田満洲子〈ますこ〉)さんが1日、老衰のため死去した。107歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主はめい篠田爽子(そうこ)さん。
 中国・大連市生まれ。幼いころから家庭で書、水墨画の手ほどきを受けた。文字の枠をはみ出して、書を基礎にしつつ、戦後は墨による抽象表現を模索した。
 1956~58年の米ニューヨーク滞在中、米国など各地で個展を開いて注目を集めた。
 大英博物館などに作品が収蔵されているほか、国立京都国際会館や東京・芝の増上寺にも壁画の大作がある。岐阜県に本籍があったこともあり、同県関市に市立篠田桃紅美術空間がある。
 せまいジャンルに限られたくないと、自ら「美術家」と称した。年齢を重ねても凜(りん)としたたたずまいや、「絶対描きたくないものは描きません」「人として何が完成形なのか、わかりません」といったきっぷのいい語り口が、多くの共感を呼んだ。79年に日本エッセイスト・クラブ賞を受けた随筆「墨いろ」など著作も多く、「一〇三歳になってわかったこと」などが人気を呼んだ。映画監督の篠田正浩さんはいとこ。

『時事通信』さん。

美術家の篠田桃紅さん死去

 水墨を使った独自の抽象作品で国際的に知られる美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう、本名満洲子=ますこ)さんが1日、老衰のため東京都内の病院で死去した。
 107歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主はめい、爽子(そうこ)さん。
 中国東北部(旧満州)の大連生まれ。幼少から書を始め、第2次世界大戦後、文字を解体した抽象表現「墨象」に取り組んだ。1956年に渡米し、ニューヨークを拠点にシカゴやパリなど欧米で個展も開いた。58年に帰国し、東京・芝の増上寺大本堂の壁画やふすま絵を手掛けるなど精力的に活動を続けた。
 エッセイストとしても活躍。著書に日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した「墨いろ」などがある。映画監督の篠田正浩さんはいとこ。

当方、篠田さんの御著書を2冊、拝読しました。どちらも軽く光太郎に触れて下さっています。

平成26年(2014)刊行の『百歳の力』(集英社新書)。
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帯が「一〇三歳」となっていますが、増刷の関係ですね。

曰く、

 若いときには、いまのような仕事をしているとは一切予想はついていなかったし、予定もしなかった。予想も予定もない、いきあたりばったり。出たとこ勝負でずっとやってきました。高村光太郎の詩「道程」と同じです。

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

 ほんとにそう、いつも高村光太郎の詩を心に思い浮かべて生きてきた。私の前に道はない。誰かが歩いた道を私は歩いているんじゃない。先人のやってきたことをなぞっていない。でもいきるってそういうことです。
 前半は私にあてはまりますよ。でも、後半は私にあてはまるとは思わない。私の後ろに道などないですよ。なくてかまわないと思っているんです。道というほどのものができてなくても、作品というものが残っている。それはある程度残っている。どこかに、ある。
 人が敷いてくれた道をゆっくり歩いていけばいいというような一生は、私の性格には合わないんだからしようがない。私の前に道がないのは自分の性格ゆえの報い。そう思って受け入れてきました。

達観、ですね……。

もう一冊は、『一〇三歳になってわかったこと』(幻冬舎)、平成27年(2015)刊行です。

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こちらでは、

 百歳を過ぎて、どのように歳をとったらいいのか、私にも初めてで、経験がありませんから戸惑います。
 九十代までは、あのかたはこういうことをされていたなどと、参考にすることができる先人がいました。しかし、百歳を過ぎると、前例は少なく、お手本もありません。全部、自分で創造して生きていかなければなりません。
(略)
 これまでも、時折、高村光太郎の詩「道程」を思い浮かべて生きてきましたが、まさしくその心境です。

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

 私の後ろに道ができるとは微塵も思っていませんが、老境に入って、道なき道を手探りで進んでいるという感じです。
 これまでも勝手気ままに自分一人の考えでやってきましたので、その道を延長しています。日々、やれることをやっているという具合です。

 日々、違う。
 生きていることに、
 同じことの繰り返しはない。

  老いてなお、
  道なき道を手探りで進む。

とのこと。

もしかすると、他の御著書にも同様の記述があるのかも知れません。

光太郎が「道程」を書いたのは、大正3年(1914)。篠田さんのお生まれはその前年の大正2年(1913)。そう考えると、すごいものがありますね。ちなみに同じ大正2年(1913)生まれというと、森繁久弥さん、丹下健三氏、金田一春彦氏、家永三郎氏など。驚いたことに、『ごんぎつね』の新美南吉や、『夫婦善哉』を書いた織田作之助もそうでした。この二人は早世していたので、意外でした。

上記両著の中にも、当方にとっては様々な歴史上の人物とも言える人々との交流の様子などが記されています。会津八一、中原綾子、三好達治、北村ミナ(北村透谷未亡人)、イサム・ノグチ、ロバート・キャパ、それから、たまたま見かけただけだそうですが、芥川龍之介……。くらくらします。光太郎智恵子とは交流がなかったようですが。

その107年のご生涯で、抽象表現による新しい美を産み出し続け、現役でありつづけられたその道程には、まさに感服です。ちなみに来月には横浜そごう美術館さんで、「篠田桃紅展 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」が開催予定とのこと。急遽、追悼展的な形になるのではないかと思われます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

粉雪 終日来訪者なし。 昭和22年(1947)1月4日の日記より 光太郎65歳

花巻郊外旧太田村での蟄居生活。厳冬期には、さすがに来訪者も少なく、光太郎自身もステイホーム。おのずと、自分自身と向き合う時間が長くなり、詩の創作に影響していきます。

「最近手に入れた古いものシリーズ」を、もうすこし続けようかとも思っていましたが、3日間それを書いているうちに新着情報がいろいろ入ってきましたので、またそちらの紹介に戻ります。

京都から、展覧会情報、既に始まっています。

黒田 大スケ「未然のライシテ、どげざの目線」

期 日 : 2021年2月20日(土)~4月4日(日)
会 場 : 京都芸術センター 京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2
時 間 : 10:00~20:00
休 館 : 3月1日(月)
料 金 : 無料

京都芸術センターが実施する Co-program カテゴリー B では、アーティストと京都芸術センターが共同で展覧会を実施しています。今年度は黒田大スケと共同で、展示『未然のライシテ、どげざの目線』を開催します。

日本において銅像をはじめとする公共彫刻は、ただの彫刻というよりも、そのモデルとなった人物と同一視したり、あるいは服を着せ食事を供えたり、最近でいえばマスクをつけたりと、人格を持った人間のように扱われることがしばしばあります。例えば此処京都芸術センターの入り口にある二宮金次郎像にマスクがつけられているように、(最近は靴も履いています。)ごく自然な振る舞いとして日常に溶け込んでいます。ところでこうした感覚は何処からやってきたのでしょうか?

本展は、京都市内にある有名な公共彫刻を起点に、彫刻が帯びる霊性、言い換えれば、彫刻が人格を持った人間であるかのように感じる感覚を、あらゆる実験的芸術的アプローチによって創造的に視覚化し、彫刻の持つ意味や背景を捉え直す試みを展示しています。また、会場内では黒田のこれまでのリサーチ等の資料も併せてご覧いただけます。その彫刻はなぜ作られたのか?彫刻家は何を目指したのか?彫刻とは何か?彫刻を改めて捉え直し、公共と彫刻の関係について再考する機会となれば幸いです。

黒田大スケ / 美術家
1982 年京都府生まれ。2013 年広島市立大学大学院総合造形芸術専攻(彫刻)修了。橋本平八「石に就て」の研究で博士号取得。2019 年文化庁新進芸術家海外研修制度で渡米。帰国後、関西を中心に活動している。歴史、環境、身体の間にある「幽霊」のように目に見えないが認識されているものをテーマに作品を制作している。最近の展覧会に「本のキリヌキ」(瑞雲庵、2020)、「ギャラリートラック」(京都市街地、2020)等がある。
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関連企画
【作家によるギャラリーツアー】
出展作家の黒田大スケが、館内を巡って展示作品について話をします。
日時:2021年2月23日(火・祝)11:00~12:00頃 3月20日(土・祝)14:00~15:00頃
集合場所:京都芸術センター エントランス
申込方法:公式サイトより申込
定員:10名

基本、ビデオインスタレーション(映像作品による展示)のようです。

核となるのは《地獄のためのプラクティス》 という作品。

パンフレットによると、

 《地獄のためのプラクティス》 は黒田が学び手本としてきた彫刻についての作品です。黒田は自分に身についた彫刻の技術や考え方が、どのようなものなのかを知るために様々なリサーチを重ねてきました。この映像作品は作者の身体化された彫刻、あるいは無意識の造形感覚としての彫刻を取り出すために、黒田が複数の彫刻家を演じるパフォーマンスを記録したものです。台本などはなく、その内容は、これまでの彫刻体験と彫刻に関するリサーチに基づいたもので、即興的に演じられています。作中に登
場する動物は全て実在の彫刻家をモデルにしたもので、彫刻家の魂があの世で彫刻を作り続けている様子が表現されています。具体的には、多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子を起点にしたビデオインスタレーションで構成されています。そして、個別の物語については地獄めぐりならぬ、日本の近代の彫刻の歴史をなぞるように館内各所に展示しています。芸術センターの建物も非常に趣のある見応えあるものです。各ビデオは 5 分~10 分となっています。ごゆっくりお楽しみください。

多くの日本の近代の彫刻家が手本としたオーギュスト・ロダンが日本の近代彫刻の概観を偲ぶ様子」は、かの「考える人」が、京都国立博物館さんで屋外展示されていることと無縁ではないのでしょう。
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日本の近代の彫刻の歴史をなぞる」「個別の物語」の中に、光太郎も。

6.《高村光太郎のためのプラクティス》 ビデオ、2021
高村 光太郎(1883-1956)
詩人、彫刻家。高村光雲の長男として生まれ幼少期より彫刻に親しむ。彼が編集し翻訳した「ロダンの言葉」は多くの彫刻家のバイブルとして読まれた。また新聞雑誌などで彫刻の批評も旺盛に繰り広げた。彼の批評に一喜一憂する彫刻家は多く、良くも悪くも彼が近代の彫刻表現に与えた影響は大きい。一方で高村自身の作品は他の彫刻家に比べて決して多いとは言えない。また渡仏時にロダンに感化されたはずが、残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。卓抜な詩人の才能を駆使し言葉で彫刻を作ったとも言えるだろう。

残された作品のほとんどは彼が遠ざけようとした高村光雲的な江戸から続く木彫作品である。」という部分には疑問が残りますが……。現存が確認できている作品は、ブロンズの方が多いもので……。

光太郎以外のラインナップは以下の通りです。

1.《オーギュス・ロダンのためのプラクティス》 ビデオ、2021
2.《建畠大夢のためのプラクティス》 ビデオ、2021
3.《佐藤忠良のためのプラクティス》 ビデオ、2021
4.《金学成のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
5. 小倉右一郎(1881 - 1962)
7.《金景承のためのプラクティス》 ビデオ、2021
8.《本郷新のためのプラクティス》 ビデオ、2021
9.《渡辺長男のためのプラクティス》 ビデオ、2021 
10.《北村西望のためのプラクティス》 ビデオ、2021 


なぜか「オーギュスト」の「ト」が抜けています。また、「小倉右一郎」のみ「~のためのプラクティス」となっていません。何らかの意味があるのでしょうか?

他に、《どげざの目線》《青年の目線》《子供の目線》と題した作品も。制作には「カメラオブスタチュー」を使用したとのこと。

カメラオブスタチューとは、カメラ・オブ・スクラ(現代のカメラの原型となったピンホールカメラのような光学機械)の箱や部屋に当たる部分に彫刻(銅像など)を用いた風変りなカメラのこと。銅像の内に潜むあるいは像の下敷きになっているような霊性を視覚化しようと考案された。
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展示されている映像はすべて「カメラオブスタチュー」で撮影した京都市内の風景で、像の大きさに応じてトラックや自転車などで運び撮影したものです。今回モチーフとしたのは、三条京阪駅前の「高山彦九郎皇居望拝之像」(作者:戦前、渡辺長男・戦後、伊藤五百亀)、京都府立図書館横の「二宮尊徳先生像」(作者:小倉右一郎、上田貴九丸の合作)、「わだつみ像」(作者:本郷新)

だそうで……。「カメラ・オブ・スクラ」は、ヨハネス・フェルメールも使っていただろうと推測されていることが有名ですね。それを彫刻に仕込んで軽トラや自転車に乗せて……これだけでもアートですね(笑)。

コロナ禍には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】004

父の十三回忌。朝小屋の西側に栗の実(院長さんよりもらひしもの)四顆を捲く。十三回忌記念のため。昨日棒杭を樹ててその旨墨書し置けり。


昭和21年(1946)10月10日の日記より
 光太郎64歳

昭和26年(1951)7月の『文藝春秋』第29巻第9号の巻頭グラビアページに右の画像が掲載されています。写真家・田村茂の撮影です。昭和21年の日記は9月21日から10月9日までの間のものが欠けており、墨書したという10月9日の詳細がわかりません。写真がこの日に撮影されたのか、のちに書き直したりした時のものなのか……。

まいた栗の実は芽を出し、巨木に成長しました。のちに標柱は石にコピーされてそちらが立てられ、光太郎自筆のものは花巻高村光太郎記念館さんで保存しているはずです。
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ところが、残念なことに、平成29年(2017)頃にこの栗の木が枯死してしまい、倒壊の危険があるということで、やむなく伐採されてしまいました。石の標柱は現存しています。
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都内から展覧会情報です

PUBLIC DEVICE -彫刻の象徴性と恒久性-

期 日 : 2020年12月11日(金)~12月25日(金)
会 場 : 東京藝術大学大学美術館陳列館 台東区上野公園12-8
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 月曜日
料 金 : 無料

18世紀以降、洋の東西を問わず、公共空間の彫像・彫刻は都市の近代化に付随するかたちで林立しました。そして第二次世界大戦後には、世界中で多くのパブリックアートが設置され、日本では裸体像のような公共彫刻の設置が相次いで起こります。
日本の公共彫刻の多くは指名制度によって設置されていますが、コンペティション形式である場合は、作家が作品をプレゼンテーションするための資料を制作します。提案が採用され実現する作品がある一方で、その他のアイデアは公開されることはありません。
本展では、そのような公共彫刻にまつわる裏側、作品の提案や実作に至るまでの過程に重きを置き、彫刻の制作段階そのものを焦点化します。彫刻とは最終的な形態を重要視する芸術であるように思われていますが、そこには、不採用になったコンペ案同様、無数の試行錯誤や思索が存在しています。
物質としての質量をもった彫刻を並べるだけではなく、ドローイング、マケット、CG、映像媒体など多様な表現による彫刻の道筋を見せること。あるいは、彫刻の公共性について別の角度から光を当てること。このような方法を通じて、いままではあまり意識されることのなかった、権力を受け止める装置としての彫刻のありようや、彫刻というメディアの永久設置について、現代から再点検することが本展の目的です。
この国で最初期の裸婦の公共彫刻である菊池一雄氏の「平和の群像」などマケット(東京藝大彫刻科アーカイブ蔵)を起点として、現代において放射状に拡がっていく「公共」と「彫刻」の可能性を多角的な角度から考察します。

アートディレクター = 小谷元彦   企画 = 小谷元彦/森 淳一
キュレーター = 小谷元彦      共同キュレーター = 小田原のどか
会場構成 = 小谷元彦/サイドコア

参加作家
会田 誠/青木野枝/井田大介/大森記詩/小谷元彦/小田原のどか/笠原恵実子/カタルシスの岸辺/
サイドコア/島田清夏/高嶺 格/椿 昇/戸谷成雄/豊嶋康子/西野 達/林 千歩/森 淳一/
菊池一雄/北村西望/本郷新
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そもそも彫刻とは何? 的な命題に対する一つの解答を提示しようとする試みのように思われます。

「共同キュレーター」として名前の挙げられている小田原のどかさん。一昨年刊行された『彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』を編集なさったり、今年は雑誌『群像』の7月号に「彫刻の問題――加藤典洋、吉本隆明、高村光太郎から回路を開く―」という文章を寄せられたりしています。

その小田原さんの出品作品。
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題して《ロダンの言葉/高村光太郎をなぞる》。ロダン、光太郎へのオマージュなのでしょう。モチーフはロダンのデッサン(下に置かれています)。昭和4年(1929)刊行の光太郎編訳『ロダンの言葉』普及版(叢文閣)のカバーにあしらわれました。カバー自体も画像に見えます。下の画像は当方手持ちの物。
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002光太郎、同じデッサンを、遡って明治43年(1910)、親友の水野葉舟の小説集『おみよ』のカバーにも使おうとしました。ところが同書はこのデッサンのために「風俗壊乱」とされて発禁処分とされてしまいました。「おみよ」のモデルは、葉舟や光太郎が好んで足を運んだ上州赤城山の猪谷(いがや)旅館の女主人・猪谷ちよ(千代)です。ちよは日本初の冬季五輪メダリストで、アルペンスキーの猪谷千春の伯母に当たります。

閑話休題、その他、出品作家に菊池一雄、北村西望、本郷新と、物故彫刻家の名が並んでいますが、彼等のデッサンや試作などが並んでいるようです。
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上記は北村西望の《長崎「平和記念像」のためのデッサン》です。これも実は突っ込みどころの多い彫刻でして、上記『彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』でも言及されています。

コロナ禍には充分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

午后一時過より空襲、爆弾、焼夷弾。花巻町過半焼失。宮沢家も類焼。余は始め水かけ。後手まわり、仕事道具を壕に入れて、校長さん宅に避難、


昭和20年(1945)8月10日の日記より 光太郎63歳

終戦5日前、疎開先の花巻でも空襲に遭った記述です。昨年の『広報はなまき』に、この際に光太郎が使用した鳶口と鉄兜が紹介されています。

光太郎の疎開に一役買った佐藤隆房が院長を務めていた総合花巻病院では、医療従事者達が自らの危険を顧みず負傷者の救護に当たり、のちにその話を聞いた光太郎はその奮闘を讃え、詩「非常の時」を贈りました。今年、その内容がコロナ禍に立ち向かう医療従事者にかぶるということで、また注目を集めました。

「校長さん」は旧制花巻中学校の元校長・佐藤昌。宮沢家が焼けてしまったため、約1ヶ月、花巻城址近くの自宅に光太郎を住まわせてくれました。

例年ご紹介しています、信州善光寺さん周辺でのイベントです期 日 : 2020年2月6日(木)~11日(火・祝)
会 場 : 善光寺周辺、長野駅前西口、善光寺表参道
時 間 : 18:00~21:00 ※最終日は 18:00~20:00まで
料 金 : 無料

長野冬季オリンピックを開催した冬の聖地として、オリンピックの平和を願う精神を受け継ぐ長野灯明まつりは、戦後75年にあたる本年、平和への想いを新たに、世界に向けて「平和への灯り」を灯します。また、台風19号激甚災害からの復興の旗印として、サブテーマに「災害復興」を掲げ開催します。

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・ オープニング特別ライトアップ 017
第十七回長野灯明まつりは「平和への灯り」をテーマに開催され、開会初日となる2月6日開会式には、石井リーサ明理氏によるレーザー演出で、長野灯明まつりのオープニングを華やかに彩ります。
日時:2月6日(木)18:00~21:00 場所:善光寺山門

・ 「ゆめ常夜灯」
テーマ「世界へ向けて平和と友好の光を発信」
ジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップで、世界的規模の照明学会よりIES最優秀賞を受賞した、国際的照明デザイナー石井幹子氏による善光寺ライトアップは、冬の夜空を彩る長野灯明まつりを象徴する情景です。
災害復興支援をサブテーマに特別な開催となる第十七回長野灯明まつりでは、石井幹子先生のご好意により、エッフェル塔特別ライトアップで使用された機材を長野にお持ち込みいただき、善光寺本堂を黄金色にライトアップします。オリンピックイヤーとなる本年、そして長野災害復興元年としての特別なライトアップをお楽しみください。


・ 「ゆめ灯り絵展」
長野灯明まつりを象徴する情景となった「ゆめ灯り絵展」に、小学校の卒業記念制作として子ども達の夢を切り絵に描き、8年後の20歳になる年にまた展示される「未来のゆめ灯り絵展」を新たな試みとしてスタートします。ふるさとの子ども達が健やかに育ち、ゆめを育み大きく成長する姿をまちが一体となって後押しする「未来のゆめ灯り絵展」に、多くのご参加をお待ちしております。
<作品展示> 善光寺表参道大門石畳通り

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他に宿坊・ゆめ茶会(毎日)、復興灯明バル、復興ゆめ福引き、災害復興スノージャンプイベント、特別講話、きり絵展など

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例年ですと、光太郎の父・光雲とその高弟・米原雲海の手になり、昨年、開眼100周年を迎え、一昨年からいろいろな取り組みが行われている信州善光寺さんの仁王像が安置される仁王門のライトアップも為されてきましたが、改修工事中ということで、今年はそちらのライトアップは為されないようです。

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昨年の台風による被害からの復興支援という意味合いも込められています。ご都合のつく方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

放埒的生活と言ふのは心の遊惰と言ふやうなものばかりを意味するのではなく、物堅く几帳面な所謂良妻賢母にも矢張精神的放埒のある事を意味している。すなわち根本を持つてゐない生活、精神的のその日暮らしを言ふのである。それは堕落したものであり、眠つた状態である。

談話筆記「家庭に於ける真の平和」より 大正4年(1915) 光太郎33歳

他律的な生き方を送っている者は、たとえきちんきちんと日々の暮らしを構築しているとしても、無自覚という点に於いては「放埒」なのだ、ということでしょう。手厳しいですね。





4月2日(火)の連翹忌関連、もう少し紹介すべきことがあるのですがいったん休止。

既に開幕している展覧会情報を得ましたので。

E.O展 ~多摩美出身作家~ vol.3

期  日  : 2019年4月3日(水)~8日(月)
場  所  : 
日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊 東京都中央区日本橋室町1-4-1
時  間  : 午前10時~午後7時(最終日は午後5時まで)
料  金  : 無料

多摩美術大学を卒業し、各分野の第一線で輝きを放つアーティストによるグループ展です。美術界からデザイナーまで作家約25名の作品を一堂に展覧いたします。異なるステージで存在感を放つ作家たちの競演をご高覧ください。
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【ギャラリートーク】
日時:4月6日(土)午後2時~ 場所:EO展会場内にて
※予約不要


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昨年、智恵子の故郷・福島二本松にある智恵子生家で、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭 2018」の一環として開催された、切り絵作家の福井利佐さんの作品展に展示された「荒御霊(グロキシニア)」が出品されています。
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昨秋の智恵子生家の画像。

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他の出品作家さんは、以下の通り。

 青木恵美子さん(絵画専攻)  あだちなみさん(デザイン専攻) 
 池内啓人さん(デザイン専攻) 石黒賢一郎さん(絵画専攻) 
 大場再生さん(デザイン専攻) 加藤久仁生さん(デザイン専攻)
 木嶋正吾さん(絵画専攻)   北村さゆりさん(絵画専攻)
 肥沼守さん(絵画専攻)    齋藤将さん(絵画専攻)
 佐野研二郎さん(デザイン専攻)清水悦男さん(絵画専攻)
 須田悦弘さん(デザイン専攻) しりあがり寿さん(デザイン専攻)
 武田洲左さん(絵画専攻)   塚本聰さん(絵画専攻)
 中堀慎治さん(絵画専攻)     永井一史さん(デザイン専攻)
 能島千明さん(絵画専攻)   原雅幸さん(絵画専攻)   
 福井欧夏さん(デザイン専攻) 福井江太郎さん(絵画専攻)
 宮城真理子さん(工芸専攻)     百瀬智宏さん(絵画専攻)

福井さんのブログはこちら

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

妻は足もとの砂を掘つてしきりに松露の玉をあつめてゐる。日が傾くにつれて海鳴りが強くなる。千鳥がつひそこを駆けるやうに歩いてゐる。

散文「九十九里浜の初夏」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

雑誌『新若人』に「初夏の海」の総題で、有島生馬、茅野雅子の文章と共に掲載されました。7年前の昭和9年(1934)、心を病んだ智恵子を九十九里浜に住む妹の家で療養させていた時の思い出です。

回想でありながら、「ゐた」ではなく「ゐる」。7年経っても、目を閉じれば、既にこの世に居ない智恵子の姿がありありとそこに「ゐる」ように感じられていたのではないでしょうか。

過日ご紹介した『朝日新聞』さんの記事「(危機の時代の詩をたどって:5)同調圧力、戦時中に重ねて」で取り上げられていた、詩人の鈴木一平氏の作品「高村光太郎日記」が載った詩誌『てつき1』を取り寄せました。 

てつき1

2018/11/25 いぬのせなか座 定価500円

メンバーによる作品で構成される刊行物『てつき』創刊号。
2018年10月27日に開催された「仙台ポエトリーフェス2018」での朗読原稿、ならびに同年8月25日に行われた『彫刻1―空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』(トポフィル) 刊行記念トークイベントをきっかけに高村光太郎の戦争協力詩をめぐって制作された鈴木一平の新作「高村光太郎日記」をはじめ、詩・小説など最新10作品を掲載。

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鈴木氏の「高村光太郎日記」は、散文詩的な作品。明治末から最晩年までの光太郎詩から詩句を拾い上げ、ちりばめられています。逆行しようとする時代に生きる現代人の漠たる不安感が仮託されているというところでしょうか。

氏ご本人の解説より。

「高村光太郎日記」は、2018年10月27日に行われた「仙台ポエトリーフェス2018」での朗読原稿を下敷きにしている。
朗読で高村光太郎の詩、とりわけ戦争協力詩を取り上げることにしたのは、同年の8月25日に彫刻家の小田原のどかさん、詩人の山田亮太さんと参加した『彫刻1――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』(トポフィル)刊行記念トークイベントが直接的なきっかけ。

彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』は、昨年6月に刊行されています。そちらには、やはり『朝日新聞』さんの「(危機の時代の詩をたどって:5)同調圧力、戦時中に重ねて」でご紹介された、山田亮太氏の「報国」という詩が掲載されています。

このあたりで皆さんがつながっていたのかと、納得いたしました。

上記「いぬのせなか座」さんのサイトから注文できます。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

好きなものを買ふのは買ふ人個人の勝手だから、第三者から文句を言ふ限りでないには違ひないがその代り、下らないものを買つた人間が第三者から下らない人間だと思はれるのも已むを得ない。

散文「日本人の買つたフランス美術」より 昭和6年(1931) 光太郎49歳

のちに日仏芸術社を興す、画商であったエルマン・デルスニスが集めた現代作品によるフランス美術展は、第一回が大正11年(1922)に開かれ、この年、10周年を迎えました。そこで、過去の同展で購入された名品を並べるというコンセプトで、10周年記念展覧会が開催されました。

ところが、それを見た光太郎曰く「おしなべて日本人が買つたものはフランスの俗つぽい、低級な、若しくは中途半端な「程のいい」美術品が多い」「さもなければ「有名」な作家の「有名」な作の小型のもの」「実際あの展覧会の大半以上の絵画やデツサンは日本に不要のもの」。そして上記の一節に続きます。

結局、明治の頃から日本人の審美眼が発達していないことを嘆いています。

10月27日(土)、朝早くに千葉001の自宅兼事務所を出、北紀行開始。

東北新幹線を福島駅で下車、安達駅まで戻る形で東北本線に乗り、安達駅から徒歩で、智恵子の生家/智恵子記念館を目指しました。

智恵子生家では、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭2018」の一環として、13日(土)から切り絵作家の福井利佐さんの作品が展示されています。10月7日(日)、智恵子を偲ぶ第24回レモン忌の際には、太平洋美術会の坂本富江さんの絵画展が行われており、福井さんの展示も改めて観に行かねば、というわけで参上しました。

また、毎年この時期に開催されている智恵子居室を含む二階部分の特別公開も行われています。

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さて、一昨年は版画家の小松美羽さん、昨年は刺繍作家の清川あさみさんによる展示が行われました。今年の福井さんの作品は……。まず、1階部分。

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続いて、箱階段で2階へ。番頭さんのような人は、市教育委員会の服部氏。ご実家は生家隣の戸田屋商店さんです。

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福井さんの作品ではないものも。智恵子実家からそう遠くない、養泉院さんという修験系の寺院で配布されている縁起物だそうです。

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幼い頃の、あるいは長じてからもたびたび実家に帰っていた智恵子がこれを眼にしていたとしたら、のちの紙絵制作に何らかの影響を及ぼしたのではないかと思い、興味深く拝見しました。

1階には、智恵子母校・油井小学校さんの児童諸君の作品も。

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1階といえば、初めての試みだと思いますが、何と物販コーナーが設けられていました。

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地元のお菓子などが売られており、こんなものも。思わず買ってしまいました(笑)。

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長登屋さんというお菓子メーカーの製品です。なるほど、ほんのりレモンの香。

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さて、生家裏手の智恵子記念館さんへ。

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明治末、生家で撮られたと推定される智恵子肖像写真をモチーフにした作品もあり、感心しました。使っている紙は新聞紙です。他の作品ものびのびと作られ、いい感じです。

館内では、普段は写真複製が展示されている智恵子の紙絵の実物が10点、展示されています。実物を見るたびに思うのですが、1ミリに満たない紙の重なりが微妙な立体感を出しており、この味は複製ではなかなか再現できないものです。見ていてせつなさがこみ上げてくる作品ですが、ぜひ実物をご覧になることをおすすめします。

生家での福井さんのインスタレーションは11月25日(日)まで、記念館での紙絵実物展示は11月27日(火)までだそうです。

この後、さらに北、青森十和田を目指して旅を続けました。続きは明日。


【折々のことば・光太郎】

神田神保町に行くと大抵の本はある様であるが、又懐中との相談を考へると、大抵の本は無い様でもあるのである。

散文「「日本古典全集」礼賛」より 大正14年(1925) 光太郎43歳

光太郎の時代からそうだったのですね。現代は図書館やインターネットなどで情報が入手しやすくはなりましたが、やはり現物を手に入れようとすると、「懐中との相談」の結果、「無理」と言われます(笑)。

平成16年(2004)から、福島県内で開催されてきた、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ」。一昨年から二本松市も会場となり、同市出身のアーティストということで、智恵子にからめてのインスタレーションが為されています。ビエンナーレ(隔年開催)ではありますが、その隙間を埋めるということで、昨年はビエンナーレとは冠せず「重陽の芸術祭」としての開催でした。

同市油井の智恵子の生家では、一昨年は版画家の小松美羽さん、昨年は刺繍作家の清川あさみさんによる展示が行われました。また、昨年は道の駅安達「智恵子の里」さんで展示された、ワタリドリ計画さんによるインスタレーション「絵葉書フラッグ」でも、智恵子にからめてくださいました。

今年の「福島ビエンナーレ」、すでに9月9日(日)から始まっていますが、直接、智恵子に関わりそうな展示はこれからのようです。

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まず、智恵子の生家では、切り絵作家の福井利佐さんの作品が展示されます。10月13日(土)~11月25日(日)、9:00~16:30で、智恵子の生家/智恵子記念館入館料として大人410円 高校生以下200円です。

福井さん、昨年は安達ヶ原ふるさと村さんでの展示をなさっていましたし、今年は既に智恵子の母校・市立油井小学校さんでワークショップをやられたとのこと。

それに合わせ、生家では、通常は非公開である二階部分(智恵子の居室を含みます)の特別公開(10/13~11/25の土日祝日)、記念館では、通常は複製が展示されている智恵子紙絵の実物展示(10/11~11/27)が予定されています。

また、安達ヶ原ふるさと村さん内の武家屋敷では、古川弓子さんという方の絵画の展示。どうやら智恵子がモチーフにされるようです。こちらも10月13日(土)~11月25日(日)です。

それ以外にも光太郎智恵子にからむ展示等があるかもしれません。

さらに、今回の福島ビエンナーレは、二本松での「重陽の芸術祭」、さらに南相馬での「海神の芸術祭」と、リンクして行われています。

そして、期間中には毎年恒例の「二本松の菊人形」。今年のテーマは「戊辰150年~信義×二本松少年隊~」だそうです。このところ、智恵子人形は出ていませんが、今年はどうなりますことやら。

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最後にもう一つ、ビエンナーレとは関係ありませんが、10月14日(日) 10:00~16:00、安達太良山中腹の岳温泉で、「第2回ほんとの空 マルシェ in あだたら」が開催されます。第1回が8月に行われていますが、同様の内容でしょう。


それぞれぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

頃日、一人の気位の高い友人が来ていつた。今の世上の詩と称するものは皆うす汚いといつた。この友人は真に心の高い立派な人であるが、若し八木重吉のやうな詩人をもうす汚いといふならば、それは気位の高い人の病であるところの、自己以外を決して了解し得ぬ程高い成層圏にもう突入してしまつたことを意味するであらう。

散文「八木重吉について」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

昭和2年(1927)に数え30歳で夭折した詩人・八木重吉に関する文章の一節です。

自己以外を決して了解し得ぬ程高い成層圏にもう突入してしまつた」「気位の高い人」、あるある、ですね。そうはなりたくないものです。

京都から展覧会情報です。

あっ!きのこの大B級仮装展

期 日 : 2018年6月23日(土)~2018年7月1日(日) 無休
会 場 : 学森舎 京都府京都市左京区超勝寺門前町89
時 間 : 12:00〜19:00
料 金 : 無料

あっ!きのこによる、紙工作で作ったチープな自撮り作品500点を展示します。名画や妖怪、キャラクターや有名人にあの手この手でなりきっています。6月23日19時30分〜はアウトサイダーキュレーター櫛野展正さんをお招きしてトークイベントを開催します。要予約で2000円(軽食付き)  是非お越しください。

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パロディー系(それも脱力系の)ア000ートの展覧会です。チラシがすでにボッティチェリの「プリマヴェーラ」のパロディーになっています。

元ネタは古今東西の有名な作品から、村山槐多などの少しマニアックなものまで幅広く、作者・あっ!きのこさんのサイトを見て、爆笑してしまいました。それぞれ悪意のあるパロディーではなく、リスペクト、というより元ネタへの「愛」に溢れています。

光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)も取り上げて下さいました。

元気の出る展覧会だと思われます。ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

物は一見するに如くはないが、一見する甲斐ある人と、甲斐なき人とある事は争はれない。スケツチ帖を厚くしに渡欧する人々も多い世の中である。

散文「画家九里四郎君の渡欧を送る」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

九里(くのり)四郎は光太郎より3歳年下。光太郎が彫刻科を終えてから再入学した東京美術学校西洋画科での同級生で、白樺派の面々とも関わっていますが、現代ではほぼ忘れられかけた画家と言っていいでしょう。

光太郎曰く、九里は「一見する甲斐ある」画家。他の箇所では「色彩に対して本能的な好趣味と理解力とを有(も)つてゐる」「此一事は実に芸術家の旅行券(パツスポオト)である」と激賞しています。

一昨日、智恵子の故郷・福島二本松のラポートあだちさんで開催された、智恵子を偲ぶ「第23回レモン忌」に参加して参りましたが、その前後、先月から二本松市内各所で開催中の「重陽の芸術祭2017」関係で、他にも廻りました。

まず、レモン忌の開会前、国道4号線沿いの道の駅安達「智恵子の里」。こちらは全国的にも珍しく、道の両側に「上り線」「下り線」と、別々の施設を展開しています。

「上り線」では、和紙伝承館さんで、地元の方々を中心とする絵画作品の展示。

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「下り線」では、現代アート作家のワタリドリ計画さんによるインスタレーション「絵葉書フラッグ」。

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道の駅安達「智恵子の里」のシンボル的な「万燈桜」のかたわらに、畳一畳ほどの「フラッグ」が10枚弱。

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それぞれ両面印刷で、絵葉書のスタイルになっています。写真面は、智恵子生家など二本松の風景です。

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中には明治期の手彩色ふうのものも。

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それぞれの裏面は、ちゃんと絵葉書の書式。面白い試みだと思いました。

ちなみに「下り線」の建物内には、以前から光太郎智恵子コーナーもあります。

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後ろの窓からは、安達太良山と「ほんとの空」。

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こちらをあとに、昨日書きましたレモン忌の方に参加させていただきました。

そして、レモン忌終了後、智恵子の生家・智恵子記念館へ。レモン忌参加者は無料で入れたので、ありがたい限りでした。他の参加者の方々も、何人かご一緒させていただきました。

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FCT福島中央テレビさんが取材にいらしていました。

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003レモン忌流れの一行は、レモン忌主催の「智恵子の里レモン会」会員、郡山在住の八代勝也さんのご案内で、生家内部に。八代さん、平成のはじめに生家の補修工事が為された際の工事責任者でした。それだけに、これまで見落としていたさまざまを教えていただき、興味深く見ることが出来ました。

たとえば一階の部屋の天井にくっついている、謎の箱。真上の部屋が智恵子の居室で、そこに据えられた掘り炬燵(ごたつ)だそうです。

その他、「ここから先は増築部分で、そのために通常とは違ってこうなっている」とか、「この柱は元々の部材、このかまどの辺りは残念ながら残っていなかったので、新しく作った」とか。ありがたや。

「重陽の芸術祭2017」初日にも拝見しましたが、現代アート作家の清川あさみさんによるインスタレーション展示も継続中。下の画像は、新潮文庫版智恵子抄、「あどけない話」のページに施された刺繍です。「ほんとの空」のイメージなのでしょう。002

智恵子生家では、5日(木)の智恵子命日「レモンの日」に合わせ、女優の一色采子さんらによる「智恵子抄」朗読とダンスのパフォーマンス「智恵子・レモン忌 あいのうた」が行われます。また、来月12日からは、生家裏の智恵子記念館で、普段は複製が展示されている紙絵の実物展示が始まります。さらに9日(月・祝)には、二本松市コンサートホールにて「震災復興応援 智恵子抄とともに~野村朗作品リサイタル」。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

智恵子はほのぼのと美しく清浄で しかもかぎりなき惑溺にみちてゐた。 あの山の水のやうに透明な女体を燃やして 私にもたれながら崩れる砂をふんで歩いた。
詩「噴霧的な夢」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

この智恵子は、光太郎の夢に現れた智恵子です。

アイロニカルな見方をすれば、光太郎のこうした「女神」的な讃仰が智恵子にとっては重荷となり、心の病につながったともいえますし、その歿後も偶像崇拝的に智恵子の姿を追い求める光太郎に、「いい年こいて……」という批判を投げかけるのは容易でしょう。

しかし、数え66歳の老人が、夢に亡き妻を見て心洗われているというその一事を、当方は笑い飛ばすことは出来ません。

昨日は、智恵子の故郷・福島二本松に行っておりました。

昨年のこの時期に開催された、「福島現代美術ビエンナーレ 2016 -氣 indication -」から誕生した二本松市を拠点に開催される現代アートの祭典「重陽の芸術祭2017」が、昨日からスタートしました。

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昨年同様、智恵子生家の旧長沼酒造も会場となっており、現代アート作家の・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が行われていました。

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さらに、やはり昨日から、通常は非公開となっている生家二階――智恵子の居室を含む――の公開も始まっていました。11月26日までの、土・日・祝日の実施だそうです。

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清川さんの作品、こちらがメインの「女である故に」。畳三畳分くらいはありましょうか、不織布にプリントされたものです。

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「写真を縦糸横糸で形成して編んだ」とのことですが、どういう仕組みで出来ているのか、よくわかりませんでした。それにしても大迫力です。

こんなかわいらしい作品も。造花や刺繍糸、ビーズによる「Drem Time」。

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アクリルケースに「ほんとの空」が映っています。

それから、新潮文庫版『智恵子抄』を使った作品が多数。

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公開されていた2階にも。

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こういうのもありなんだ、と思いました。

ところで、生家の庭に据えられたこの燈籠。

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もともとここにあったものですが、昭和4年(1929)に長沼酒造が破産し、智恵子の一家が離散した後、債権者に持ち出されていたのが、つい最近、二本松市に寄贈という形で戻ってきたそうです。

以前から、同型の燈籠が一つありまして、約90年ぶりに二つがご対面。

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付喪神(つくもがみ)といって、長い年月を経た道具などには神や精霊が宿る、という 民間信仰があります。二つの燈籠に付喪神が宿っていたら、再会をさぞや喜んでいることでしょう。


智恵子生家を後に、他に「重陽の芸術祭2017」としての展示が行われている、安達ヶ原ふるさと村さんなどを廻って帰りました。そちらでは、昨年、智恵子生家で展示された小松美羽さんの襖絵など、今年の重点項目である安達ヶ原の鬼婆伝説がらみの展示が多く為されていました(それ以外もありましたが)。

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こちらは切り絵作家の福井利佐さんの作品。福井さんは、来年、智恵子生家の展示をなさるそうです。画像はありませんが、恐ろしい鬼の切り絵もありました。

智恵子生家では、来月5日の智恵子命日「レモンの日」に合わせ、女優の一色采子さんらによる「智恵子抄」朗読とダンスのパフォーマンスが行われます。

また、来月12日からは、生家裏の智恵子記念館で、普段は複製が展示されている紙絵の実物展示が始まります。

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また、後ほど詳しくご紹介しますが、智恵子を偲ぶ「レモン忌」の集い、野村朗氏作曲の連作歌曲「智恵子抄」コンサート、さらには毎年恒例の菊人形もあります。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

一人の女性の愛に清められて 私はやつと自己を得た。 言はうやうなき窮乏をつづけながら 私はもう一度美の世界にとびこんだ。

連作詩「暗愚小伝」中の「美に生きる」より
 昭和22年(1947) 光太郎65歳

俗世間や古くさい日本彫刻界を相手にせず、ある意味「孤高の芸術家」として、智恵子と二人、手を携えて歩み始めた大正期の回想です。

ところが、世の中との交わりを極力避けるその暮らしは、同じ「美に生きる」中で「都会のまんなかに蟄居した。」と表現されているような生活でもありました。

そうした毎日に息苦しさを感じると、智恵子は「東京に空が無い」とつぶやき、「ほんとの空」のある二本松に帰って、元気をチャージしていました。

しかし、二本松の実家は破産、家族は離散。帰るべき故郷と、頼みにしていた「ほんとの空」を失った智恵子は、さらに自らの絵画の才能にも絶望し、その他、実にさまざまな要因が絡み合った結果、光太郎曰く「精一ぱいに巻き切つたゼムマイがぷすんと弾けてしまつた」のです。

智恵子の故郷、福島二本松からイベント情報です。

重陽の芸術祭2017

期  日 : 2017年9月9日(土)~11月23日(木・祝)
会  場 : 二本松市智恵子記念館・智恵子の生家/二本松城(霞ヶ城)本丸跡/
        安達ヶ原ふるさと村/
大七酒造/国田屋醸造 千の花/
        道の駅「安達」智恵子の里(下り線)/岳温泉/福島大学/
        二本松市大山忠作美術館/安達文化ホール 他
参加作家 : 浅尾芳宣(福島ガイナックス)、岩根愛、大山忠作、一色采子、
       オノ・ヨーコ、川口京子、
木下史青、清川あさみ、京極夏彦、雲井雅人、
       小松美羽、佐藤雅子、三平典子、鈴木美樹、
高村光太郎、高村智恵子、
       月岡芳年、手塚治虫、二瓶野枝、東雅夫、福井利佐、藤井亜紀、
渕上千里、
       古田晃司、夢枕獏、ヤノベケンジ、渡辺かおり、渡邊晃一、
       ワタリドリ計画(麻生知子、武内明子)、
       福島大学学生(井戸川文美、尾形千尋、北村はるか、熊田あかり、齋藤友希、
       白岩勇磨、
高橋花帆、渡邉賀菜子)、
       Ahmed Galal、Alberto Giacometti、Dillon Rapp、J.Pouwels、ほか

開催趣旨 :「重陽の芸術祭」とは?

 「重陽の芸術祭」は,「福島現代美術ビエンナーレ2016」から誕生した二本松市を拠点に開催される現代アートの祭典です。
 開催初日となる9月9日の「重陽」は,日本酒に菊を浮かべて不老長寿を願う節句です。二本松城(霞ケ城)は全国一の規模をほこる菊人形祭が開催されており,菊は古来より薬草としても用いられ,延寿の力があるとされてきました。菊は他の花に比べて花期も長く,日本の国花としても親しまれています。菊を眺めながら宴を催し,菊を用いて厄祓いや長寿祈願をする「重陽の節句」は,五節供の中で最も重要な日でした。
 菊と日本酒による「重陽」を主軸に,能や歌舞伎で有名な「黒塚」の安達が原,永遠の愛を詠った「智恵子抄」の高村智恵子の生家などを会場に、最先端のアートを通して,地域文化に触れ,国際交流を活性化させる機会を設けています。
二本松は,奥の松酒造や大七酒造など,世界的に有名な日本酒の産地でもあります。明治初期に建てられた智恵子の生家も造り酒屋でした。新酒の醸成を伝える杉玉が今も下がっています。高村光太郎の『智恵子抄』に詠われているように,智恵子が愛してやまなかった「ほんとの空」。そのふるさとの自然,安達太良山と阿武隈川が見られる地でもあります。
 「重陽」を主軸に、二本松の地で、現代アート(絵画,彫刻,工芸,インスタレーション,ダンスや詩のパフォーマンス,ビデオアート,アニメーション,映画)とともに,ワークショップやシンポジウムが開催されます。

 二本松 重陽の芸術祭のキーワード
 
 ・日本一の菊人形祭 ・智恵子の生誕の地 ・国際的な日本酒の産地
 ・黒塚伝説,安達が原の鬼婆


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昨年、二本松で開催された「福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -。」の流れをくむイベントのようで、昨年同様、市内各所で展示や各種公演などが行われます。

光太郎智恵子にからみそうなところでは、9月9日(土)から、智恵子生家で、現代アート作家・清川あさみさんによるインスタレーションの展示が為されます。智恵子という女性の価値観を見つめなおし、写真を縦糸横糸で形成して編んだ巨大な新作「女である故に」、さらに他にも光太郎詩からのインスパイア作品が展示されるようです。

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また、智恵子命日の10月5日(木)には、やはり智恵子生家で、「二瓶野枝ダンスパフォーマンス」。智恵子を題材にした日本画を多く手がけた故・大山忠作氏の息女にして女優の一色采子さんが朗読で参加されるとのこと。

さらに、昨年もそうでしたが、毎年行われている「二本松の菊人形」ともコラボがあるようです。


いろいろありすぎて詳細が不明な部分があり、今後も情報収集に努めます。


二本松ついでに、もう一件。地元紙『福島民友』さんの記事から。

詩の朗読者募集 9月17日に建立祭、二本松・智恵子純愛通り記念碑

 詩人で彫刻家の高村光太郎の詩集「智恵子抄」でも知られる高村智恵子(二本松市出身)の生誕の地にふさわしい地域づくりを目指し、顕彰活動に取り組む智恵子のまち夢くらぶ(熊谷健一代表)は9月17日午前10時から、同市油井の「智恵子の生家」近くにある智恵子純愛通り記念碑前で第9回建立祭を開く。詩の朗読者を募集している。
 朗読する詩は智恵子抄をはじめ、詩集「智恵子抄その後」、光太郎の詩作品の中から選ぶ。小学生から一般までが対象で、朗読者には図書券を贈る。
 申し込み締め切りは今月31日。問い合わせは熊谷代表(電話0243・23・6743)へ。
2017年08月23日    

というわけで、9/17(日)には、智恵子生家近くの智恵子純愛通り記念碑前で建立祭だそうです。併せて足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

人間時に清く、 弱きもの亦時に限りなく強きを思ひ、 内にかくれたるものの高きを 凝然としてただ仰ぎ見るなり。

詩「非常の時」より 昭和20年(1945) 光太郎63歳

終戦から約20日経った9月5日、花巻病院の職員表彰式で朗読した詩の一節です。終戦5日前の花巻空襲の際、自らの危険を顧みず、怪我人の救護に当たった医師や看護師への表彰式でした。花巻病院附属の高等看護学校では、光太郎に贈られたこの詩をいまだに学校の宝とし、毎年5月15日の花巻高村祭で、生徒さん達が群読なさっています。

戦争という「非常の時」、勝つとか負けるとか、敵とか味方とか、そういったことを超越し、さらには自らの恐怖心という弱さを克服して救護に当たった人々の清さ、高さをたたえています。

福島からイベント情報です 

福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -

日  程  : 2016年9月9日(金)〜11月23日(水)
開催時期  : 2016年10月8日(土)〜11 月6 日(日)
   
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会   場 :
 ■二本松市
  二本松市大山忠作美術館 二本松市市民ギャラリー
  二本松市歴史資料館(主催:二本松市)
 二本松城
  福島県男女共生センター 智恵子の生家 二本松工芸館 大七酒造
  道の駅「安達」智恵子の 安達が原ふるさと村
  ■福島市
  福島大学 福島市街地(主催:パセオミューズ実行委員会)
  桶屋台倉庫(主催:福島桶屋台伝承会)
  ■郡山市
  磐梯熱海温泉(磐梯熱海観光協会、福島ガイナックスと共催)
       郡山・富田幼稚園(主催:富田幼稚園)

企画・主催 :
  福島現代美術ビエンナーレ実行委員会
  国立大学法人福島大学芸術による地域創造研究所
  重陽の芸術祭実行委員会
共  催 :二本松市/二本松市教育委員会 他

事業趣旨  :
  福島発信の文化活動を推進していくために、三つの柱に基づいた企画を開催します。
   倭/藝術によるFUKUSHIMA (日本、福島、二本松)のイメージづくり
  ・福島を舞台に開催します。
  ・福島の元気なイメージを世界へ発信します。本年度のテーマは「重陽」
  ・震災後の福島を体感してもらいます。
  ・福島の魅力と文化の発信力を広くアピールします。
  ・眠っている様々な文化資源を掘り起こします。
  ・福島の文化的なイメージアップを計ります。
  ・地域文化を活性化させる一役を担います。
 
 環/福島の産官民学の連携による地域文化創造
  ・行政と地域住民、学校機関の連携
  ・福島に住む若手が企画運営しています。
  ・国際的なアートの展覧会、公演会、シンポジウム等も開催します。
  ・福島を拠点にした若手のアーティストの作品を展示します。
  ・多種多様な伝統文化と現代美術が結ばれます。
  ・幅広い藝術に触れ合い、集い、交流する機会を設けます。
  ・幅広い世代に向けたワークショップを開催します。
  ・創作活動、鑑賞活動、体験活動の場を作ります。
 
 和/福島を拠点にした「同時代の藝術」による国際交流
  ・福島、日本を周遊できる企画を開催します。
  ・人・物の新しい流れを作ります。
  ・海外作家との交流の場を作ります。
  ・外国人向けや国内のツアーを企画します。
  ・未来を展望した活動を行います。
  ・人材の発掘や育成をはかります。
  ・情操教育と将来の夢と目標のお手伝いをします。
  ・様々な職業があることを広く伝えます。
  ・身体を基盤にした表現活動を発信します。


過日ご紹介した故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映や、昨日ご紹介した「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」も、タイアップ企画的に、この「福島現代美術ビエンナーレ 2016 - 氣 indication -」に含まれます。


その他、智恵子がらみの企画として、以下の通り。 

レモン忌
期  日 : 2016年10月5日(水)
会  場 : 智恵子の生家 二本松市油井字漆原町36
時  間 : 18:00~
講  師 : 小松美羽(美術家)、和合亮一(詩人)
       公開制作 小松美羽 上川崎の和紙による灯籠、墨絵の制作

<ほんとの空>を園庭に表現しよう
期  日 : 2016年11月4日(金)・5日(土)
会  場 : 富田幼稚園 郡山市富田町字行人田15-2

これ以外にも、例年行われている、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子講座」、霞ヶ城公園での「二本松の菊人形」なども、タイアップ企画ですが、そちらは改めてご紹介します。

その他、さまざまな展示、舞台公演、講演、映像作品上映、シンポジウムなどが企画されており、それらの中でも光太郎智恵子にからむ場合もあるかと存じます。

ぜひ足をお運びください。


【折々の歌と句・光太郎】

うづだかき反古にいのちの宮ありてこの秋筆に信の籠りぬ
明治35年(1902) 光太郎20歳

「反古」は「ほご」。書き損じの意ですね。現代、通常は「反故」と表記します。「約束を反故にする」の「反故」です。

過日レポートした平塚市美術館さんの企画展「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」と同じ日に、ノエビア銀座ギャラリーさんで開催中の「山本容子のアーティスト図鑑」を観て参りましたので、レポートします。

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会場のノエビア銀座ギャラリーさんは、銀座7丁目。ノエビアさんの本社ビルの1階にあります。当方、一昨年に開催された田沼武能写真展「アトリエの16人」以来でした。他にも常にいい展示をなさっていて、ご案内も戴くのですが、なかなか光太郎智恵子に関わらない場合には足を向ける余裕がなく、申し訳なく思っています。

今回は版画家山本容子さんの作品展で、日本人アーティストの肖像を描いた版画の蔵書票が展示され、案内葉書には智恵子も載っていたため、拝見しに行って参りました。

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入り口のポスターも案内葉書と同様の版でした。ぜ000ひほしいと思ったのですが、言い出せませんでした(笑)。

蔵書票とは、もともと書物の整理のため、蔵書の見返しに貼るラベルです。昔の愛書家はよく使っていました。それが単なるラベルにとどまらず、次第に意匠を凝らしたデザインのものを自分で作ったり、注文して作ってもらったりするようになり、有名な人物の優れたデザインの蔵書票は、それ自体が売買の対象にもなっています。

展示されていた山本さんの作品、その蔵書票の形をとっているので、それぞれ名刺大よりやや大きいかというくらいです。しかしかえってそのサイズに納まっていることで、愛らしさとでもいいましょうか、そういうものを感じました。

「日本人アーティスト」ということでしたが、32名の肖像が展示されていました。内訳は以下の通り。

泉鏡花 種田山頭火 正岡子規 北原白秋 中原中也 立原道造 金子みすゞ 草野心平 長塚節 室生犀星 堀辰雄 佐藤春夫 幸田文 武者小路実篤 円地文子 野上弥生子 井上靖 石川淳 吉田健一 白洲正子 星新一 山口瞳 藤沢周平 開高健 岸田劉生 梅原龍三郎 片岡球子 北大路魯山人 南方熊楠 古今亭志ん生 そして我らが高村智恵子、さらに驚いたことに光太郎もいました(笑)。

それぞれの作品には、キャプション、というよりそれぞれの人物への思いを書いた、山本さんの文章が添えられていました。ご著書に掲載されたものかもしれません。

智恵子に対しては、

まるで生きているようなハサミたち。両手で耳をおさえてゴマを噛んだ時の音をさせて、布をズリズリと切ってゆくたちばさみ。雀の舌をどうやって切るのかしらと不思議に思った握りばさみ。眉毛や鼻毛の一本のかたさを知ることのできる少し先の丸くそりかえった小さなはさみ。フランス料理では、魚のヒレや尾やホネもジョキジョキと今度は先が左に少しまがった大きなハサミで切ってゆく。まだ使っていないのは手術用のはさみ。切れ味をためしてみたい。でも紙を切ったら、切れ味が悪くなるって叱られたのよ。紙のためにはいいのにね。

となっています。晩年、心を病んで入院した南品川のゼームス坂病院にて、ハサミ一丁だけで千数百枚の紙絵を作った智恵子へのオマージュです。

光太郎には、001

眼には残酷なほどの白さを好み、身体中の穴という穴が一瞬縮こまる凍り付いた空気に喜びを感じ、その厳しさの中、新年が冬に始まる不思議に感謝を述べて、その大きすぎる足で雪や氷を踏みつけて踊る。生きている実感。遠くを見る眼の先には、木片の割れる音、土を押し出す指の圧力、筆の先の絵の具の粘力を透かせながら、純粋な魂に祭り上げた女の裸体をぶらさげる。「光」と彫りぬかれた便所の扉、そこからのぞいた風景だけは、穏やかだった。

見事な一篇の詩になっているような気がします。

ご存じない方のために解説しますと、便所の扉云々は、昭和20年(1945)からの7年間、光太郎が暮らした花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隣接する便所(光太郎は「月光殿」と名付けました)の壁に彫られた明かり取りのための「光」一字です。これも考えようによっては、彫刻作品といえるのではないかと思います。

ちなみに山本さんの智恵子肖像は平成14年(2002)、光太郎のそれは同15年(2003)の作品だそうです。

他の作品も、それぞれの人物の特徴をよく捉え、リスペクトの中にもシニカルな見方も感じられたり、ユーモラスなところもあってクスリとさせられたり、なかなか見応えがありました。

10月30日までの開催で、入場無料です。ぜひ足をお運びください。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月26日

明治44年(1911)の今日、『読売新聞』に、散文「画家九里四郎君の渡欧を送る」が掲載されました。

九里四郎は、学習院出身の画家。白樺派の一人として、光太郎とも交流がありました。この年から翌年にかけ、ヨーロッパ留学。それに際して光太郎が書いた一文です。

 物は一見するに如くはないが、一見する甲斐ある人と、甲斐なき人とある事は争はれない。スケツチ帖を厚くしに渡欧する人も多い世の中である。九里君が其の前者に属してゐる事は、其の作品を見ても直ちに解る程凄い所がある。

と、九里に賛辞を送っています。

昨日は福島県に行っておりました。

まずは、いわき市で開催中の現代アート展「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」 」を拝見。過日もご紹介しましたが、福島第一原発の事故を受け、「ほんとの空」を求めてやまなかった智恵子へのオマージュといった意味合いもある展覧会です。

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会場はいわき市中心街にあるワタナベ時計店。雑居ビル的な建物で、1階が時計店、2階は居酒屋、そして3階のスペースを使って開催されていました。

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外階段を通って2階に上がると、扉。どうもこの扉も、この展覧会のために特設されているようです。

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扉を開けると内部はほぼ暗黒。頭上では実物大と思われる赤信号が点滅していました。「お化け屋敷かぁ?」と突っ込みを入れたくなりましたが、外界との隔たりを表し、ここが「異空間」であることの演出という意味では効果的かと思いました。さらに階段が続き、3階のメインスペースにつながっています。

会場も基本的に暗黒の空間です。まずその中に大型のスクリーンが2基並んでいて、プロジェクタから映像が投影されていました。毒山さんの「1/150」、キュンチョメさんの「DO NOT ENTER」。

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打ち上げられたイルカの死骸、海に向かって「立ち入り禁止」の黄色いテープを貼ろうとする少女。プロジェクタのある意味頼りない光源によって映し出される映像であるせいで、より幻想的な雰囲気が感じられます。これが大型液晶テレビの画像だったりすると、鮮明すぎる映像になって、却って逆効果のような気がしました。

スクリーンの背後のブースでは、キュンチョメさんの「ウソをつくった話」が上映されていました。この題名も光太郎の散文「木彫ウソを作った時」(昭和11年=1936)からのインスパイアではないかと思います。

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このバリケードを、画面上でどんどん消して行くというものですが、画面下部には、テロップで、仮設住宅住民の方との会話が表示されます。

ブースのサイドには、毒山さんの「あっち」という小品が2点。これもおそらく仮設住宅の住民の方が、奇怪な面を被って彼方を指さしている写真です。

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ちなみに今月の時点で、岩手、宮城、福島3県でいまだ仮設住宅などで暮らしているという方は、14万人を超えています。全国で「避難生活」を送っている人の総数は約20万人でした。福島では今年3月の統計では県外避難者が5万人近くだそうです。

「ウソを作った話」の裏側では、「WAKE UP!」。こちらも映像作品です。

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さらに一番奥の大きな壁一面に、毒山さんの「千年たっても」。

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智恵子の故郷・二本松にそびえる安達太良山の、山頂付近にある「この上の空がほんとの空です」と刻まれた木柱。降りしきる雨の中、その前に立つ男性(毒山さん?)。「ここにほんとの空がある」的なことを、ひたすら叫び続けています。

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ちなみに「千年たっても」というタイトルは、光太郎の詩「十和田湖畔の裸像に与ふ」中の「立つなら幾千年でも黙つて立つてろ。」(昭和29年=1954)から採られたそうです。

この男性がほぼ等身大に投影されていますので、本当に雨の中、安達太良山頂付近にいるような錯覚を感じました。

どの作品もかなりのインパクトでした。


拝見し終わって、外に出ました。闇に慣れた眼に、秋晴れの街は異様に明るく、人々は何事もなかったかのように笑み交わしながら歩いています。ふと、会場外のこちらの方が「異空間」なのでは、という感覚に襲われました。そこまで計算されていたとすると、すごいことですね。

階段の下で、入場前にパンフレットを渡して下さった美女お二人がいらしたので、お話を伺いました。そうなのでは、と思っていましたが、やはりお二人のうちのおひとかたが、キュンチョメさんのお一人でした(キュンチョメさんは男女二人組のユニットで、男性の方は会場内にいらっしゃいました)。やがて毒山さんもいらっしゃいました。

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毒山さんは田村市のご出身……というのは観に来る前にネットで情報を得ていましたが、なんとなんと、お話を伺うと、二本松にも住んでいらしたことがおありだそうで、小学校は智恵子の母校・油井小学校――つまりは智恵子の後輩だそうで、驚きました。ちょうど1年前に、同校にてゲストティーチャー坂本富江さんのアシスタントで特別授業をやったことを思い出しました。

毒山さん、展覧会の案内では「どうしようもない故郷」的な発言をなさっていましたが、作品を観ている最中に、すでにそれは反語表現だな、と気付いていました。やはり実際にお話を伺ってみて、故郷への溢れる愛情、そして何とかしなければならない、というお気持ちがひしひしと感じられました。

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「毒山凡太朗+キュンチョメ展覧会「今日も きこえる」」、明後日までの開催です。ぜひ足をお運び下さい。


当方、いわき市をあとに、次なる目的地、本宮市へと向かいました。続きは明日。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月20日

昭和61年(1986)の今日、『地域雑誌 谷中根津千駄木』其の九に「特集 高村家の人々」が掲載されました。

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当会顧問・北川太一先生のご紹介と合わせ、12ページです。

同誌は『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくること』『「谷根千」地図で時間旅行』などを書かれた森まゆみさんの編集でした。今は広く使われている「谷根千」の語もこの雑誌から生まれました。

福島から現代アートの展覧会情報です。
会  期 : 2015年9月18日(金)~9月22日(火)
会  場 : ワタナベ時計店 3F 「ナオ ナカムラ」 福島県いわき市平字二丁目33-1
開場時間 : 10:00~19:00(会期中無休)
入  場  料 : 無料

 この度、9月18日から22日までの5日間、福島県いわき市のワタナベ時計店3Fにあります「ナオナカムラ」では、毒山凡太朗、 キュンチョメによる展覧会「今日も きこえる」を開催いたします。
これまで東京都をメインに活動してきた常磐出身の両作家が”この地の空と狂気とウソ”をテーマに、毒山の故郷である福島 県で初めて開催する展覧会です。
また、2012年よりスタートしたナオナカムラにとっても福島県で今展を開催することは初めての試みとなります。
毒山凡太朗、キュンチョメによる展覧会「今日も きこえる」をこの機会にどうぞご覧ください。
福島県出身の毒山凡太朗と茨城県出身のキュンチョメ、常磐出身の両作家 がリサーチを重ねて作り上げた本展は”この地の空と狂気とウソ”がテーマとな っています。
 あの日から約5年の月日が流れました。未だ多くの街がバリケードで塞がれ、 海はコンクリートで埋めたてられ、この地、いわきでは水平線すらまともに見るこ とができなくなりました。そんな中作家たちは、何にも束縛されることのない福 島の空と、この空を愛した女性、高村智恵子に注目していきます。智恵子は福 島県に生まれ育った画家ですが、晩年は精神が薄弱して狂人とみなされてい きます。それでもなお彼女が最も愛したものは、故郷の福島の空でした。夫で ある高村光太郎が綴った詩に“智恵子はα次元”と記されているように、彼女は 全く別次元の存在へと自分自身を落とし込み、周りが騒ぎ立てる音を一切遮 断して福島の空のみを愛し続けます。
 今日、わたしたちはどんなに遮断しても様々な雑音を受動的に耳にしてしまい ます。けれども、きこえてしまうがゆえに出来てしまうものがあります。それは智 恵子が語った本当の空のような絵空事にみえるかもしれません。「だけど、未 来を語るにはウソにこそ意味がある。ウソだけが二度目の明日を作ることがで きる」と作家たちは言います。
 有象無象の言葉があふれる福島の空の下、作家たちの思いに耳を澄ませて いただければ幸いです。
毒山凡太朗、キュンチョメよる展覧会「今日も きこえる」をこの機会にどうぞご 覧ください。
ディレクター 中村奈央

 常に磐石なる地と書いて常磐。福島から茨城に渡るこの常磐という呼称は永久不滅という意味が込められている。今となっては悪い冗談みたいな名称だけれど、5年前までは自分たちはとても安全な場所に住んでいると皆が本気で信じていたのだ。今や常磐道を北上し故郷に帰り着くたびに吐き気を覚える。土建ゴロが闊歩し、海はコンクリートで埋めたてられ、避難してきた県民とは生活ゴミの捨て方で揉めて、人々は酒のつまみに悪いうわさ話で盛り上がる。我が家の父は錯乱し家の窓も雨戸も一切開けず、外出するときは未だにマスクを手放さない。元気なのは犬と性風俗産業と放射能だけだ。なにが故郷だ。二度と戻らねえよ。かくして俺は故郷を捨てた。東京の街では福島出身だと言うだけで「大丈夫?」と声をかけられるけど、大丈夫なわけねーじゃねぇか、だから東京にいるんだよと、声を荒げたくなることもある。どこもかしこも、うっせーよ。そんなどうしようもない故郷に帰る事にしたのは、一人の気の狂れた女に導かれたからだった。故郷の有名人、高村智恵子。福島の空だけが本当の空だと言い続けて精神が薄弱して死んでいったあわれな女。そんな智恵子の言葉が福島県安達太良山のてっぺんにかかげられている。「この上の空が本当の空です」
確かに、この空だけは5年前とも変わらないし、千年後だって変わらないだろう。地上のクソみたいな出来事とは関係なく、ここにはほんとうに本当の空があるのかもしれない。
一番信じられない場所で、二度目の明日を見つけよう。このどうしようもない故郷へ、愛を込めて。
毒山凡太朗+キュンチョメ


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毒山凡太朗さん、キュンチョメさん(こちらはユニットだそうですが)、ともに現代アートの作家さんです。東日本大震災、そして智恵子からのインスパイアなのでしょう。上記プレスリリース等を読んでもちょっとイメージが湧きにくいのですが。

来週末、昨日ご紹介したカナリア映画祭に行ってまいります。いわき市は当方自宅兼事務所からの経由地になりますので、こちらにも足を運んでみるつもりです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 9月5日

昭和32年(1957)の今日、筑摩書房から『智恵子紙絵』が刊行されました。

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心を病んだ智恵子が、南品川ゼームス坂病院で制作した紙絵を集めた画集で、この手のものの嚆矢です。

その後、昭和40年(1965)には社会思想社から『智恵子の紙絵』、同54年(1979)には再び筑摩書房で『智恵子紙絵』、同63年には西武アート・フォーラムさんの『智恵子紙絵展』図録、平成に入ると8年(1996)、芳賀書店より『智恵子紙絵の美術館』、翌年には二玄社『智恵子その愛と美』などの画集が刊行されました。見比べてみると、日本の印刷技術発展史が表れているように感じます。

ノエビア銀座ギャラリーさんから開催案内の葉書を戴きました。今週から始まっている展覧会です。
 期 : 2015 年8 月24 日(月)~10 月30 日(金) 入場無料
 間 : 午前10 時~午後6 時 (土・日・祝日は午後5 時まで)
 場 : ノエビア銀座ギャラリー(ノエビア銀座本社ビル1F 中央区銀座7-6-15)
 催 : 株式会社ノエビア
お問合せ : 0120-401-001(月~金/9:00~18:00 土・日・祝日除く)

独自の作品世界を持つ銅版画家、山本容子。
1995 年より、 「本の話」(文藝春秋)の表紙画として、毎月、アーティストの肖像画を描きました。本展では、17 年にわたり描かれた191 名の銅版画のポートレイトから、日本人アーティストを選んで展示いたします。作品にある“EX-LIBRIS”とは蔵書票を意味し、ひとりひとりが蔵書票のスタイルで描かれています。持ち主の印として蔵書に貼られる蔵書票には、古くは紋章や肖像画をあしらった図案が用いられました。山本が大切に考えたという「作家の人物としての空気感」を感じていただけます。

山本容子 (やまもと ようこ)・銅版画家 1952 年-埼玉県生まれ京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。都会的で軽快洒脱な色彩で、独自の銅版画の世界を確立。絵画に音楽や詩を融合させるジャンルを超えたコラボレーションを展開。数多くの書籍の装幀、挿画なども手がける。近年では、医療現場における壁画制作、ホスピタルアート壁画を制作し、幅広い分野で精力的に創作活動を展開している。近著に『山本容子のアーティスト図鑑100 と19 のポートレイト』(文藝春秋)、『Art in Hospital スウェーデンを旅して』(講談社)がある。


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銅版画家の山本容子さん。古今の著名人の肖像を多く手がけられており、雑誌『婦人公論』の表紙絵を集めた『女・女』(平成16年=2004 中央公論社 絶版)、そして一昨年には雑誌『本の話』の表紙絵集『山本容子のアーティスト図鑑 100と19のポートレイト』(文藝春秋社)などには、智恵子の肖像も採用されています。

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今回は『山本容子のアーティスト図鑑 100と19のポートレイト』の原画のうち、智恵子を含む日本人アーティストを描いたものが展示されているそうですが、点数はよくわかりません。近々観に行って、レポートします。

皆様もぜひ足をお運び下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 8月29日

昭和29年(1954)の今日、終焉の地、中野アトリエ近くに落雷があり、しばらく停電しました。

当方の子供の頃、停電などはしょっちゅうでした。最近はめったなことでは起こらなくなりましたね。

当会顧問、北川太一先生から情報のご提供を戴きました。 

第5回 心のアート展 創る・観る・感じる パッション――受苦・情念との稀有な出逢い

主  催 : 社団法人東京精神科病院協会
会  期 : 平成27年6月17日(水)~6月21日(日) 10時~19時(最終日は17時まで)
会  場 : 東京芸術劇場 ギャラリー1  東京都豊島区西池袋1-8-1

心のアート展 ―新たな使命としての芸術・文化活動―
 〈社団法人〉東京精神科病院協会では、平成20年度より芸術展「心のアート展」を企画、平成21年度からは「心のアート展実行委員会」という専門委員会を設け、作品の募集、発掘、審査、ディスカッション、展示準備、展覧会運営、展覧会カタログの作成、広報などの展覧会活動をおこなっている。
 展覧会のメインは公募作品展示。協会会員の66病院に呼びかけ作品を公募し、それを審査員長・加賀乙彦(小説家、精神科医)、審査員・立川昭二(北里大学名誉教授、医学医療史)、仙波恒雄(日本精神科病院協会名誉会長)、齋藤章二(斎藤病院理事長・院長)、安彦講平(〈造形教室〉主宰)の5名の審査員が、一作一作、真摯に向き合い、心ゆさぶられ、熱意を込めて審査。「声なき声、呟き、ため息、独り言、そして魂の叫び」を表現した多様な世界を展示、紹介している。

特集展示 高村智恵子
近代日本を代表する彫刻家・詩人、高村光太郎の妻、高村智恵子(1886-1938)の紙絵復刻、関連資料を展示・紹介します。49才で「ゼームス坂病院」に入院した智恵子は、寝食を忘れるほど紙絵の制作に取り組み、千をこえる作品を遺しました。潤沢で豊穣な芸術家の魂の表現をご覧下さい。

ギャラリートーク(20.21日 13:00~)
「病む」とは何か、「表現」とは何か、「生きる」とは何か。実作品を前に作者や関係者の方々に、作品解説や制作の背景について語っていただきます。参加自由。

座談会(20日 16:00~)
審査員やゲストを交え、表現活動やアートの持つ力、意味、可能性について語り合いましょう。参加自由。

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 というわけで、智恵子の紙絵の複製、関連資料(どういったものか不明です。すみません)の展示があります。

社団法人東京精神科病院協会さんの主催ということで、通常の美術展とはまた違った切り口で智恵子紙絵の紹介が為されるのではないかと期待しております。

ぜひ足をお運び下さい。


6/12追記 智恵子書簡(実物)も展示されるそうです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 6月4日

昭和16年(1941)の今日、『読売新聞』に「芸術局の創設 文学で貫く民の声・四銃士の肚決る」という記事が掲載されました。

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「四銃士」とは光太郎、菊池寛、尾崎士郎、山本有三。記事本文では「翼賛四銃士」となっており、タイトルもこれを受けてのものです。

この月16日から20日にかけ、大政翼賛会第一回中央協力会議が開催され、四名とも出席。これに先立つ3日に築地の料亭錦水で発言内容等の打ち合わせを四名が行ったというのが記事の趣旨です。

光太郎の談話も掲載されています。

日本の芸術といへば外国人はすぐに浮世絵とか三味線といつたものを連想する、珍しいもの、変つたものだけが日本の芸術だと思つてゐる、これだから日本の国威が外国に宣揚されないのです、もつと日本芸術の本当の厚みとか深さといふものを彼等に知らせて精神的な圧力を加へてやりたい、このために日本芸術による国威を海外に示したいものだ

時に太平洋戦争開戦前夜。智恵子を失った「おそろしい空虚」(連作詩「暗愚小伝」 昭和22年=1947)を埋めるように、積極的に社会と関わろうとしていた光太郎。その社会がとんでもない方向に進んでいったのは、大きな悲劇でした。

愛媛松山からの情報です。  

現代作家人形展 ARTISTIC DOLLS EXHIBITION 2015

会 期 : 2015年1月8日(木)~1月18日(日) 水-定休
時 間 : 午前11:00~午後7:00
会 場 : ギャラリー リブ・アート 愛媛県松山市湊町4丁目12-9メゾンM2ビル3F
 
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2015年新春を寿ぐ恒例の<現代作家人形展>今年も好評開催中です。今回は、愛媛県内から5人、同じく県外から5人の作家さんをお迎えしいつもよりさらに賑やかでエネルギーあふれる展示になっています。みなさま、是非ともお見逃しなく。
 
 
人形作家・高橋満利子さんの作品で、「智恵子抄」が展示されているそうです。
 
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背景の「レモン哀歌」「千鳥と遊ぶ智恵子」のパネルは、御主人で書家の高橋正治さんによるものだそうです。
 
音楽、演劇、アート……いろいろな分野の方が、光太郎智恵子の世界からインスパイアされた作品を発表されています。ありがたいかぎりです。
 
拝見したいところですが、四国はやはり遠いので、残念ですが行けません。近隣の方はぜひどうぞ。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月14日000
 
昭和25年(1950)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、詩人の伊藤信吉に宛てて葉書を書きました。
 
一月四日付のおてがみ届きました。 丁度新潮社からもてがみが来ましたが、それには小生の通知への返事はなく、編集者に神保光太郎氏、尾崎喜八氏は如何ですかと問合せてきました。よつて、両氏はあまり近すぎてどうかと思ふといふ旨と、小生の前便通り、貴下にお願ひしては如何といふ事を申送りました。 今年は相当の寒さで〇下二十度位になります。雪がきれいです。
 
新潮社云々は、この年、秋に刊行された新潮文庫版『高村光太郎詩集』に関わります。65年経ちますが、まだ版を重ねています。絶版にはしないでほしいものです。
 
伊藤はこの後、昭和28年(1953)に、同じ新潮社の「世界名詩選集」の一冊、『高村光太郎詩集』の編集にもたずさわりました。

今週初めに行って参りました。 

ヨコハマトリエンナーレ2014

展覧会タイトル 「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
期 日 : 2014.8.1[金]-11.3[月・祝] 開場日数:89日間
会 場 : 横浜美術館新港ピア(新港ふ頭展示施設)
時 間 : 10:00-18:00 ※入場は閉場の30分前まで
料 金 : 一般・高校生500円、中学生300円、小学生以下無料。
休 日 : 月曜、火曜

主催
 横浜市 (公財)横浜市芸術文化振興財団  NHK 朝日新聞社 横浜トリエンナーレ組織委員会
支援
 文化庁(国際芸術フェスティバル支援事業) 文化庁(国際芸術フェスティバル支援事業)
 特別協力独立行政法人国際交流基金
後援
 外務省、神奈川県、神奈川新聞社、tvk(テレビ神奈川)、スペイン大使館、
 駐日韓国大使館韓国文化院、中華人民共和国駐日本国大使館、Goethe-Institut Tokyo、
 東京ドイツ文化センター、ベルギー王国大使館
認定 公益社団法人企業メセナ協議会
 

 
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横浜市で、3年に1度開かれる、基本、現代アートの展覧会です。今年の開場は、みなとみらい地区の横浜美術館と、埠頭展示施設の新港ピアです。

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基本、現代アートですのでこういう感じです。
 
メイン開場二つのうち、横浜美術館の一角に、「大谷芳久コレクション」という展示がなされています。
 
以下、公式サイトから。
 
現代美術画廊「かんらん舎」のオーナー・大谷芳久が、1995年にドイツで見たジョージ・グロスの個展を機に、太平洋戦争期の日本の芸術家の表現活動を調べるべく収集した書籍コレクションの一部を展示。戦中に出版された詩文の多くは戦争や軍への讃歌であり、ベストセラーとなったが、戦後はその多くが消えることとなった。
 
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光太郎の詩集『大いなる日に』(昭和17年=1942)、『記録』(同19年=1944)を含む、戦時下の文芸書、17点が展示されています。
 
『大いなる日に』『記録』以外は以下の通り。
 
三好達治 『捷報いたる』(同17年=1942) 『寒析』(同18年=1943)
草野心平 『大白道』 (同19年=1944)
伊東静雄  『春のいそぎ』(同18年=1943)
北原白秋  『大東亜戦争小国民詩集』(同18年=1943)
佐藤春夫 『東天紅』(同13年=1938) 『日本頌歌』(同17年=1942)  『大東亜戦争』(同18年=1943)
野口米次郎  『伝統について』(同18年=1943) 『宣戦布告』(同18年=1943)
中勘助  『詩集百城を落す』(同14年=1939)
西条八十 『銃後』(同18年=1943)
日本文学報国会編 『辻詩集』(同18年=1943) 『辻小説集』(同)
大政翼賛会文化部編 『軍神につづけ』(同18年=1943)
 
最後の『軍神につづけ』は、多数の詩人によるアンソロジーで、光太郎の詩「みなもとに帰るもの」も載っています。

さらに、光太郎とも交流のあった画家・松本竣介が、疎開先の妻と四歳の息子にあてた、終戦前後の書簡三通も展示されています。
 
で、この展示がいったい何を目指しているのか、ということになりますと、トリエンナーレ全体のタイトル、「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」につながるわけです。
 
以下、やはり公式サイトから。
 
ヨコハマトリエンナーレ2014がめざすのは
芸術的冒険の可能性を信じるすべての人々
そして、大胆な世界認識を持ちたいと望む
 すべての人々と共に
「芸術」という名の舟に乗り込み
「忘却」という名の大海へと
冒険の旅に出ることである

「華氏451の芸術」というタイトルは、言うまでもなく、レイ・ブラッドベリ作のSF小説『華氏451度』に由来している。いわゆる焚書がテーマの小説で、本を読むことも持つことも禁じられた近未来社会が舞台となっている。
1953年作とは思えないくらい、現代社会を予見していて見事だが、それ以上に興味深いのは、これが「忘却」の重みについてあらためて考えさせられる小説だという点である。
 物語の後半、「本になる人々」の集団というものが登場する。一人ひとりが一冊ずつ本を選び、それをまるごと記憶しようとする。つまり焚書へのレジスタンス(抵抗)として、本という物質を記憶という非物質に置き換え、本の精神のみを隠し持とうと試みる。
 「本になる人々」は本を禁止する社会からの亡命者達であり、また上述のように本を非物質な記憶に置き換えようとしているため、その存在と行為の両側面において、現実社会の表舞台には決して現れることのない、不在の人々となる(=生きている痕跡をこの世から消滅させた「忘却の人々」たらざるをえなくなる)。ところがこの「忘却の人々」にこそ、膨大な本の記憶がたまり込んでいるというのが、ブラッドベリの小説がもたらす、「忘却」に関する重い教訓なのである。

「忘却」とは、記憶されざる記憶がたまりこんだ、ブラックホールとしての記憶のことである。
 
ここに展示された書籍は、それぞれの作家の「汚点」「黒歴史」ともいえるものです。光太郎自身も戦後になってこれらの戦争協力の作品を「変な方角の詩」と言っています。作家によっては、戦後に刊行された全集には収録せず、無かったことにしてしまっている場合もあります。
 
いわば、戦後の「焚書」によって忘れ去られつつあるものです。
 
しかし、その「忘却」には危険が伴います。光太郎のしたような真摯な反省までも忘却の彼方へ押しやられると、「歴史は繰り返す」に成りかねません。
 
これはそういう点への警鐘の意味での展示です。キャプションにも、その辺りがよく表現されていました。書籍のキャプションには「美しい言葉の羅列がもつ魔力」、松本の書簡には「無差別に人を殺傷する近代戦争の無慈悲さへの衝撃」「息子が生きる未来を案じる」などなど(うろおぼえですが)。
 
現実に、ことさらに光太郎の戦時の作品を賛美し、戦前戦時を髣髴とさせるおぞましいヘイトスピーチ的な言説がまかり通っています。そういう幼稚なネトウヨは、この展示を見て、「素晴らしい! これぞ大和魂だ!」とかいうトンチンカンな感想を持つのかも知れませんね(笑)。
 
今年の連翹忌のご案内に載せさせていただいた、北川太一先生のご挨拶の中の「歴史がもういちど反転しそうな今こそ、その命の軌跡をかえりみ、繰り返し語り合い、語りつぐひと時を、思いを同じくするみなさんと一緒に過ごしたいと存じます。」という一節が、ほんとうに心に染みる今日この頃です。

【今日は何の日・光太郎 補遺】 8月30日
 
昭和23年(1948)の今日、花巻郊外太田村の山小屋に、村の青年が蓄音機とレコードを持ってきてくれました。
 
当日の日記の一節です。
 
夜になつてから佐藤弘さん、大三さんが蓄音機の箱とレコードとを持参。五六枚きかしてくれる。バツハのコンチエルトあり。すばらしさに魂を奪はれる思す。
 
当方、今日は四ツ谷の紀尾井ホールにて、The Premiere Vol.3 〜夏のオール新作初演コンサート〜を聞いて参ります。「すばらしさに魂を奪はれる思」をしたいものです。

今日から1泊2日で、青森は十和田湖に行って参ります。
 
過日のこのブログでご紹介しました、十和田湖湖水祭りに行きます。さらに、通称「乙女の像」建立60年を経たということで、記念誌などが刊行されることが本決まりになりました。一部、執筆を頼まれておりまして、その打ち合わせも兼ねての十和田行きとなります。
 
それに先だって、十和田市の担当の方と、メールでやりとりしている中で、今週月曜日の地元紙『東奥日報』さんの記事を画像データで送っていただきました。

『看板アート』街彩る 美術家・中崎さん制作 あす公開  中央商店街 市民の思い描いた30枚

 かつては衣料品店が軒を並べ、にぎわいを見せていた十和田市稲生町の「中央商店街」に美術家・中崎透さん(37)の作品「看板屋なかざき」がお目見えした。レトロなアーケード街に、市民らの思いを描いた看板アートが並ぶ。一般公開は15日から9月23日まで。時間は午前10時から午後6時まで。
 
 作品展示は十和田市現代美術館で開催中の特別展「そらいろユートピア展」のプロジェクトの一つ。個人や団体、企業、商店などが中崎さんに対して“広告主”となり、それぞれのキャッチコピーや看板に盛り込んでほしい情報を伝え、作品となった。
 
 並んだ看板は30枚。白地のプラスチックの板に赤や緑、青など原色のシートを切り絵のように貼り付けた。材木などを組み合わせた土台を作り、内側から蛍光灯で看板を照らす。
 
 中崎さんは「こういうのをやりたいイメージはあった。(アーケードの雰囲気が)教会っぽくて、神々しい感じも。でも、わい雑としている。いろいろな見方をしてもらえれば」と話した。
 
 青森公立大学国際芸術センター青森の学芸員、服部浩之さん(35)は、「10年来、中崎さんの作品を見ているが、立体的に展開された作品は初めて。正面から見た雰囲気が壮観。アーケードの静かで、ちょっと暗い感じも面白い」と評した。
 
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「30枚の看板」の中の1枚に、通称「乙女の像」も描かれています。
 
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こちらの「看板アート」、現物を見て参ります。スナックの看板のようですが、そういう感じをねらっている部分もあるのだと思います。アートは奥深い……。
 
さらに、青森まではなかなか行けませんので、この機会に青森市まで足を伸ばし、青森県立図書館で、地元の光太郎関連文献を渉猟して参ります。
 
詳しくは、のちほど。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 7月19日
 
昭和27年(1952)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、ヘルシンキオリンピック開会式のラジオ実況放送を聴きました。
 
日本選手は、レスリングフリースタイルバンタム級の石井庄八選手の金メダルをはじめ、競泳、体操、レスリングで銀6,銅1のメダルを獲得しました。レスリングは、現在も日本のお家芸の一つですが、その裏には、敗戦後のGHQによる武道禁止の措置があります。柔道から流れていった選手が活躍したのです。

いわゆる「オマージュ」。
 
光太郎・智恵子の世界も、さまざまな表現者の方が、それぞれの世界で表現してくださっています。ありがたいことです。
 
昨日は東京・千駄木のカフェギャラリー幻さんに行って参りました。こちらでは一昨日から「谷根千文芸オマージュ展 文学さんぽ」が開催されています。
 
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カフェギャラリー幻さんは、千駄木二丁目、不忍通りから谷中方面に一本入った路地にある貸しギャラリー兼カフェで、「文化系喫茶店」と標榜しています。その語感といい、たたずまいといい、いわゆる谷根千の雰囲気に非常にマッチしていました。

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ちなみに不忍通りを反対側の白山方面に入っていくと、高村光太郎記念会事務局兼・北川太一先生のご自宅ですので、この界隈はよく行くのですが、こういうスペースがあるとは存じませんでした。
 
路地裏ですのでそうと知らなければまったくわからないような所ですが、それだけに表通りの喧噪から遮断された一種のエアポケットのような空間でした。
 
中に入ると、適度の広さのスペースに、出品作が並んでいました。
 
胡子 × 夢野久作 『ドグラ・マグラ』006
     胡子 / Coco(写真)
さつかわゆん × 江戸川乱歩 『人間椅子』
    さつかわゆん / Satsukawa Yun(絵画)
皇流那 × 宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』
   皇流那 / Sumeragi Runa(絵画)
高橋まや × 森鴎外 『舞姫』
   高橋まや / Takahashi Maya(絵画)
田島綾 × 内田百閒 『冥途』
   田島綾 / Tajima Aya(写真)
東マユミ × 夏目漱石 『虞美人草』
   東マユミ / Higashi Mayumi(銅版画)
連使 × 幸田露伴 『ねじくり博士』
   連使 / Renshi(立体造形)
 
そして光太郎・智恵子がらみで、
 
emi ogura × 高村光太郎 『智恵子抄』
   emi ogura / エミ オグラ(絵画・写真)
虚狐風雅 × 谷根千の文人たち
   虚狐風雅 / Kogitune Fooga(絵画)
 
001 

いい感じでした。
 
その後、こちらのオーナーで、イラストレーターもされているという小林義和氏とお話をさせていただき、御好意で4月2日の連翹忌の案内を置かせていただけることになりました。ありがたいことです。
 
会期は3/9(日)まで。ぜひ足をお運びください。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 3月2日

昭和53年(1978)の今日、日本橋高島屋において「花巻山居七年 高村光太郎展」が開幕しました。

1/4のこのブログでご紹介しました「谷根千文芸オマージュ展 文学さんぽ」が開催されます。
展示:2月28日(金)~3月9日(日)
文学さんぽツアー:2日(日)、8日(土)
営 業 15:00~22:00
休廊日 4日(火)・5日(水)
観覧料 無料
作 家 emi ogura 虚狐風雅 胡子 さつかわゆん 皇流那 高橋まや 田島綾
    東マユミ 連使
企 画 カフェギャラリー幻    笠原小百合(WEB文芸誌「窓辺」編集長)
 

谷根千ゆかりの文芸作品へのトリビュート美術展

カフェギャラリー幻のある谷中・根津・千駄木(略して谷根千)界隈は、夏目漱石・森鴎外・江戸川乱歩・川端康成など、多くの文人の旧居・旧跡がある「文豪に愛された町」です。そこで、谷根千にゆかりある文人・文芸作品をモチーフとした美術展を行います。

東京国際文芸フェス正式参加

本展は「東京国際文芸フェスティバル2014」のサテライト企画です。東京が本と文芸に染まるこの10日間、ぜひあなたも本とアートと地域について考えてみませんか?
 
以下の皆さんの作品で、光太郎が取り上げられるようです。 
 
emi ogura × 高村光太郎 『智恵子抄』 emi ogura / エミ オグラ(絵画・写真)
 
イメージ 1
 
 
 
虚狐風雅 × 谷根千の文人たち  虚狐風雅 / Kogitune Fooga(絵画)
イメージ 2
 
他の出品は以下の通り。
 
胡子 × 夢野久作 『ドグラ・マグラ』     胡子 / Coco(写真)
さつかわゆん × 江戸川乱歩 『人間椅子』    さつかわゆん / Satsukawa Yun(絵画)
皇流那 × 宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』    皇流那 / Sumeragi Runa(絵画)
高橋まや × 森鴎外 『舞姫』    高橋まや / Takahashi Maya(絵画)
田島綾 × 内田百閒 『冥途』    田島綾 / Tajima Aya(写真)
東マユミ × 夏目漱石 『虞美人草』    東マユミ / Higashi Mayumi(銅版画)
連使 × 幸田露伴 『ねじくり博士』    連使 / Renshi(立体造形)
 
なかなか面白そうです。時間を見つけて行ってみるつもりでおります。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 2月15日

昭和14年(1939)の今日、雑誌『月明』第二巻第二号に、山崎斌の「追憶」が掲載されました。
 
山崎は染色工芸家。油絵制作を断念した後の智恵子と交流がありました。
 
「追憶」には光太郎短歌
 
 ソデノトコロ一スジアヲキシマヲオリテミヤコオホヂヲカマハズアリキシ
 
が引用されました。
 
これは、前年秋の智恵子の死に際し、山崎が送った
 
 袖のところ一すぢ青きしまを織りて
 あてなりし人今はなしはや
 
への返歌です。

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