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演劇公演の情報です 

チエコ

期 日 : 2021年1月28日(木)~2月1日(月) 1月31日(日)は生配信
会 場 : 両国・エアースタジオ   墨田区両国2丁目18-7ハイツ両国駅前地下1階
時 間 : 1/28 18:00~ 1/29 15:00~ 18:00~ 1/30~2/1 13:00~ 15:00~ 18:00~
料 金 : 公演チケット¥3,000 配信チケット¥2,500 
出 演 : 坂口実成夢 雛衣 山端零 宇木達哉 霧嶋あさと 砂浜みまれ 林田葵 阿部優華
      神野祥 二木将 早川真矢 楓明堂ふみたろう 三上夏生 渡辺広大
脚 本 : 野口麻衣子
演 出 : 野地伸吾
主 催 : 劇団空感エンジン
協 力 : RMP アミティープロモーション WESSAP オムニア
      サンミュージックアカデミー 
ゆーりんプロ

詩人・高村光太郎とその妻智恵子の愛の物語。智恵子の死後、智恵子抄を作ろうと、友人の草野心平と中原綾子を呼び、智恵子の思い出を振り返る。
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同じ脚本の公演が平成25年(2013)平成30年(2018)にも同じ会場であり、それぞれ拝見して参りました。奇を衒わない正統派の脚本で、非常にわかりやすい舞台でした。

登場人物は7人。光太郎、智恵子、光太郎実弟の豊周、智恵子を看取った姪の春子、当会の祖・草野心平、光太郎に心酔していた歌人の中原綾子、智恵子の親友・田村俊子。それぞれがそれぞれの立場で喜怒哀楽し、結局、ハッピーエンドにはならないのですが、さりとてお涙頂戴の安っぽいメロドラマでもなく、ある意味爽やかな印象でした。

主催者側で対策は講じているようですが、移動中も含め、コロナ禍には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。また、1月31日(日)には生配信もあるそうで、そちらもどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

鼻緒をつくつてゐる。布をさきて三ツあみにして芯をつくり、新聞紙で巻き、之に色の布をかぶせて縫ひ、下駄にすげる。

昭和21年(1946)3月21日の日記より 光太郎64歳

花巻郊外旧太田村の山小屋生活では、こんなものも自作していたのですね。

今月2日、政府は秋の褒賞受賞者を発表しました。このうち、当方の気付いた範囲では、光太郎関連のお仕事をなさったお二人の方が、ともに学術研究、芸術などの分野で活躍した人に贈られる紫綬褒章を受章されました。

まず、俳優の中井貴一さん。『毎日新聞』さんから

俳優・中井貴一さんに紫綬褒章 「自分の人生、間違いばかりではなかった」

9 社会派ドラマからコメディーまでこなす幅広い演技力で、40年近く日本の芸能界を支えてきた。紫綬褒章の知らせに「必死に一つの事を継続する。その結果が今回のご褒美につながったのかと、自分の人生、間違いばかりではなかったと安堵(あんど)しております」とコメントを寄せた。

 1981年のデビュー以来、多くの映画やテレビドラマに出演。数々の映画賞に彩られた俳優人生だが、「振り返ればアッという間。最近でも己の進歩の無さに愕然(がくぜん)とする事も多々あります」と謙虚に見つめる。新型コロナウイルス禍では「人の心までもが侵される事が、最も恐れるべき事」とし、「我々の仕事を通して少しでも安らぎにつながるよう、愚直に生きてまいりたい」と決意をつづった。
 父は37歳で死去したスター俳優、佐田啓二さん。「この褒章は無念にも早逝(そうせい) した父と供に受けさせていただきたい」と敬愛の念をにじませた。

中井さん、平成17年(2005)にキングレコードさんから発売されたCD「日本の詩歌 高村光太郎」で光太郎詩25篇の朗読をなさっています。
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久々に聴いてみましたが、張りのある伸びやかなお声で、丁寧に読まれています。キングさんのサイトで調べたところ、廃盤となってしまっているようですが、通販サイトなどではまだ入手出来るようです。ぜひお買い求めを。

それから中井さん、直接、光太郎には関わりませんが、昨日もこのブログで触れた、光太郎ゆかりの地・宮城県女川町の復興を描いた平成28年(2016)の映画「サンマとカタール~女川つながる人々」では、ナレーションを担当なさいました。
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こちらはDVD化され、やはり通販サイト等でまだ入手可能のようです。

続いて演出家の鵜山仁さん。『朝日新聞』さんから

「多様性を発展させたい」 演出家・鵜山仁さん

AS20201101001419_comm 「舞台演出はひとりでは何もできない職業。スタッフ・キャストが集まる現場を代表していただけるのだと思う」。受章の知らせを受け、稽古場で接してきた人々の顔が浮かんだ。
 所属する文学座で38年にわたって「グリークス」などの多彩な作品を手がけ、こまつ座では「父と暮せば」「人間合格」など幾多の井上ひさし戯曲に向き合った。過去に芸術監督も務めた新国立劇場の「リチャード二世」で先月、12年かけて全5作を上演したシェークスピア歴史劇シリーズが完結。「長年継続していくと作品が違う形で見えてくる」。慶応大では合唱に打ち込み、オペラの演出も多い。
 コロナ禍の中で演出作の公演中止が相次ぎ、演劇の存在意義を改めて考えた。「一色に染まらず、違う物の見方や問題提起を打ち出せるかが勝負。多様性を発展させていければと思っています」

鵜山さん、平成23年(2011)に、光太郎を主人公とした渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」の演出を手がけられました。脚本は昨年、ハヤカワ演劇文庫の一冊として上梓されています。
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初演は東日本大震災直後ということもあり、予定の回数を上演できませんで、翌年、再演されました。当方、そちらを拝見。その際のパンフレットには、鵜山さん、「再演にあたって」という文章を寄せられています。
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主人公の光太郎を演じられた金内喜久夫さんは今年お亡くなりになりましたが、空の上から鵜山さんのご受賞を喜ばれているのでは、と存じます。

というわけで、お二人の受賞、まことに喜ばしく存じますし、今後のさらなるご活躍にも期待したいところです。

ところで、こうした褒賞、さらにはやはりこの時期の文化勲章や文化功労者、叙勲なども、「総合的、俯瞰的に人選」し、あがってきた推薦名簿などからも認定を拒否して名前を除外することもあるのでしょうか(笑)。

【折々のことば・光太郎】

どういふ風な人達を私が嫌ふかはお解りの事と信じてゐます。

散文「どういふ風な人達を私が嫌ふか」より 大正5年(1916) 光太郎34歳

雑誌『秀才文壇』第20年第9号に、「芸術家書簡集」の総題で、武者小路実篤、萩原朔太郎ら24名の書簡が紹介されている中の一篇です。

内容的には、大正元年(1912)に第一回展覧会を開催し、翌年、同人間の意見の相違から解散したヒユウザン会(のちフユウザン会)と、光太郎、岸田劉生らによってその後結成された生活社に関わり、大正2年(1913)の書簡からの引用と思われます。宛先はおそらく『秀才文壇』編輯に携わっていた、美術にも造詣の深かった野口安治でしょう。

芸術上の考え方については、光太郎、妥協を許さず、「こういう人達とは一緒にやっていけない」と判断すると、ばっさり切り捨てる傾向がありました。同じヒユウザン会に所属しながら『高村光太郎全集』にほとんど名前が見あたらない人々が、そういう人達なのでしょう。

コロナ禍ということで、アートの世界にもリモートやらテレやらの流れが取り入れられています。

そんな中、東京都としての、「アートにエールを!東京プロジェクト」という芸術文化活動支援事業が展開されています。「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に伴い、活動を自粛せざるを得ないプロのアーティストやスタッフ等が制作した作品をWeb上に掲載・発信する機会を設けることにより、アーティスト等の活動を支援するとともに、在宅でも都民が芸術文化に触れられる機会を提供するものです。」だそうで。
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Web上に掲載・発信を希望する人は、専用サイトから登録を行い、動画等を投稿、何でもかんでもアップされるわけではなく、審査に通れば配信されるというシステムのようです。「個人型」と「ステージ型」があり、「個人型」は自主制作した動画を応募、出演料が支払われるそうです。「ステージ型」は劇場・ホール等を利用した無観客や入場制限のある公演等の制作及び配信の支援だとのこと。

で、「個人型」の方で、光太郎のエッセイ「人の首」(昭和2年=1927)からインスパイアされた作品が配信されています

Rising Tiptoe出演者有志 人の首

今作は高村光太郎のエッセイ「人の首」を題材としています。
「見る」をテーマに、現代の社会情勢を風刺した新しい作品として仕上げました。
コロナ禍にありこれまで以上に人を「見る」ようになった私たちも実は常に人から「見られ」続けているという不条理作品となっています。
通常は舞台での会話劇として上演しますが、今回は客席にてそれぞれがソーシャルディスタンスを守りながら現代社会を反映した作品に挑戦します。

Rising Tiptoe出演者有志
 出演 : おおばゆか 岡庭菜穂 小田切沙織 中島多朗
 撮影・舞台監督 : 服部寛隆
【協力】脚本提供 : 宇吹萌(Rising Tiptoe)



出演されている方のブログがこちら

光太郎の「人の首」は青空文庫さんで読めます。傑出した彫刻家としての見方というのはこういうものなのか、と感心させられる文章です。

このブログでは、基本、個人の方がご自分のサイトに上げたり、動画投稿サイトなどにアップしたりした動画等はご紹介しませんが、今後、こうしたリモート○○、テレ××の世界、一つのジャンルとして定着して行くのかも知れませんね。

余談ですが、今日から1泊2日で岩手花巻に行って参ります。花巻高村光太郎記念館さんで4日から開催されている展示「光太郎の父 光雲の鈿女命(うずめのみこと)」の関連行事としての市民講座で、講師を務めて参ります。今年度に入って、コロナ禍のためこの手の仕事は軒並み中止や延期で、実に久しぶりです。

【折々のことば・光太郎】

人は満ちたりたと思ったときには進歩がありません。環境のよいところでは、なかなか進歩しません。むしろ少々困るときや恵まれないときに勤勉になるし、そこからよい考えもよい方法も工夫されていきます。環境の悪いところにいながら、たゆまず努めて、よいものを作りだしていく。そこに大きな力が生まれます。

談話筆記「高村光太郎先生説話 一」より
 昭和23年(1948) 光太郎66歳

浅沼政規著『高村光太郎先生を偲ぶ』(平成7年=1995)からの転載です。故・浅沼氏は光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)近くの山口分教場が小学校に昇格した際、校長として赴任してきました。当時同校の児童だった子息の隆氏は今も光太郎の語り部としてご活躍されています。

浅沼校長は折に触れ、光太郎の語った言葉を筆録し、長短併せてその数30数編に及びます。「一」は山口小学校のPTA結成会での光太郎のスピーチ的なもの。

何だか今のコロナ禍を予言しているようにも読めますが、戦時中の耐乏生活、戦後の太田村の山小屋での厳しい生活を念頭に置いての発言でしょう。

演劇の公演情報です。新型コロナによる緊急事態宣言もとりあえず解除され、少しずつこうしたものも復活しつつあるようです。 

期 日 : 2020年6月27日(土)・28日(日)
会 場 : パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』 
       東京都新宿区山吹町361 誠志堂ビル
時 間 : 27(土)15時/19時 28(日)13時/17時 上演時間90分(休憩込)
料 金 : 3,700円(ワンドリンク付)

高村光太郎の妻 『智恵子抄』の智恵子 そんなあたしは こう生きた……

作:野田秀樹 出演・演出:角田佳代

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「売り言葉」、平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主役・大竹しのぶさんで初演されました。登場人物は智恵子のみの一人芝居です。翌年に新潮社さんから出版された野田氏の脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』に収められた後、プロアマ問わず全国で取り上げられています。昨年は確認できている限り6件の公演がありましたし、今年に入っても、コロナ禍がひどくなる前に、2件の公演がありました。

コロナ禍といえば、今回の公演、だいぶ感染予防等には注意を払って行われるようです。

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まあ、暫くの間は、この手の公演などはこんな感じなのだろうと思います。それでも上演されるだけまだいいかな、と感じます。

少し前、渡辺えりさんと電話でお話する機会があったのですが、3月くらいから演劇公演等は軒並み自粛、特に若い役者さんたちには死活問題だそうで……。

ちなみに当方も講師を依頼されていた市民講座等、上半期はすべて中止or延期となり、まぁ、死活問題とまでは行きませんが、結構困りました。その分、秋口にはかなり依頼が入っています。ただ、それも第二波、第三波によって無くなるかもしれず、何とも言えません。

早く旧に復して欲しいものですが、まだまだ予断を許さない状況が続きそうですね……。


【折々のことば・光太郎】

どんな時にも光を見失はず いたづらに人生に対して駄々をこねず 勇猛に前進する気魄を言葉の節奏に感じました。

散文「詩集“陽とともに”を読む」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

『陽とともに』は、ともに北海道出身の詩人・枯木虎夫と山内栄二の共著詩集です。

「どんな時にも光を見失はず いたづらに人生に対して駄々をこねず 勇猛に前進する気魄」。コロナ禍の今こそ、こうした精神が必要なのかもしれませんね。

今年一月、新国立劇場で上演された「鈴木勝秀×る・ひまわり第3弾公演『る・ぽえ』」がDVD化されるそうです。

発売元で、昨年亡くなった滝口幸広さんが出演された「智恵子抄」を含む朗読劇、「僕等の図書室」(平成24年=2012)も手がけられた「る・ひまわり」さんのサイトから。 

『ウエアハウス-double-』『る・ぽえ』DVD発売決定のお知らせ

2020年1月25日(土)~0022月2日(日)に新国立劇場小劇場にて公演された鈴木勝秀×る・ひまわり第3弾公演舞台『ウエアハウス-double-』と『る・ぽえ』のDVD発売が決定しました。
 
6月8日(月)12:00 より、る・ひまわりオンラインショップにて販売いたします。是非、お求めくださいませ。
 
<発売日>
6月8日(月)12:00 より、る・ひまわりオンラインショップにて発売。

『る・ぽえ』DVD
<販売価格> 6,500 円(税別)
<収録内容>本編映像:約91分
      特典映像:約5分(キャスト座談会)
<上演台本・演出>鈴木勝秀
<出演>碓井将大、辻本祐樹、木ノ本嶺浩、林剛史、加藤啓
<内容>
 高村光太郎「智恵子抄」をモチーフにした夫婦の話
 萩原朔太郎「月に吠える」をメインにした多趣味な朔太郎の奇想天外な話
 中原中也の人生と恋愛を通して描くダイアログ
 “詩”を通して描く3人の詩人の物語。

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ご興味のある方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

立派な詩を書くにはもつと自由が許されなければならぬのではないでせうか……

座談会筆録「詩と文学」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

最愛の妻・智恵子が亡くなって2週間後に行われた座談会での発言から。

前年には日中戦争が勃発、光太郎も「智恵子抄」所収の珠玉の詩篇と並行して徐々に翼賛詩に傾倒していった時期で、自分の詩を「戦争詩」とは呼ばないで欲しい、銃後の国民の心構えを謳ったもので「銃後詩」とでも呼んでほしい、などといった発言も見られます。

そうした流れの中で、検閲等のため「負傷兵が倒れてゐるところなんか普通には書いていけない」という現状に対し、上記の発言が為されました。

まずはテレビ放映情報から。 

プレミアムステージ「私たちは何も知らない」「チルドレン」

NHK BSプレミアム 2020年6月7日(日) 23時20分~27時53分

演劇、ミュージカル、古典芸能など、舞台芸術中継をお楽しみください。6月のプレミアムステージは、<前半>二兎社公演「私たちは何も知らない」。<後半>ルーシー・カークウッド作、栗山民也・演出「チルドレン」のアンコール放送。

23:20~ 永井愛・作・演出の二兎社公演「私たちは何も知らない」。明治末年から大正初年にかけて刊行された雑誌「青鞜」。その編集部をめぐり、活躍した平塚らいちょう、伊藤野枝らの人間模様を、史実に基づいて丁寧に描き出してゆく。

1:55~ ルーシー・カークウッド作、栗山民也・演出「チルドレン」のアンコール放送。

出演 朝倉あき 藤野涼子 大西礼芳 夏子 富山えり子 須藤蓮 枝元萌ほか

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昨年11月から今年2月にかけ、全国を巡回公演した二兎社さんの演劇「私たちは何も知らない」が放映されます。

智恵子がその創刊号の表紙絵を描いた雑誌『青鞜』をめぐる人間模様(キャストに智恵子の名はありませんが)です。各地での公演、かなり好評を博したようで、新聞には大きく取りあげられました。

『青鞜』関連――「二兎社公演43 私たちは何も知らない」評/谷崎由依『遠の眠りの』。

ぜひご覧下さい。


もう1件、若い方々にはテレビよりもこちらの方がなじみがあるかも知れませんが、ネットでの映像コンテンツ配信サービス。

YAHOO!さんのニュースサイトから。 

「僕等の図書室」滝口幸広ら出演の過去作配信、「智恵子抄」リモート朗読も

「僕等の図書室 リモート授業」が、6月6日にイープラスのライブ配信サービス・Streaming+で配信される。

「僕等の図書室」は2012年に初演されたリーディング公演で、国語の先生に扮した俳優たちが童話や文学作品を朗読するシリーズ。今回の「リモート授業」は、る・ひまわりによる“デジタ・るコンテンツ”の第1弾だ。4つのコンテンツからなる配信では、過去公演3作の映像を公開。1時間目「まぁくんの走れメロス」には大山真志、故・滝口幸広、井深克彦、2時間目「マッチ売りの少女原田」には原田優一、中村龍介、滝口、3時間目「たっきーの星の王子様」には滝口、三上真史、木ノ本嶺浩が出演している。また4時間目では「智恵子抄」のリモートリーディングが行われ、出演者には荒木健太朗、井澤勇貴、井深、大山、木ノ本、滝口、中村、原田、三上、村井良大が名を連ねた。なお公式サイトには「各授業の間の休憩時間には、先生から生徒の皆さんへお話があります」と記されている。

配信の視聴料金は税込4500円となり、チケットを購入すると6月6日12:00から14日23:59まで、アーカイブを視聴することができる。

■ デジタ・るコンテンツ 第1弾「僕等の図書室 リモート授業」
出演(五十音順):荒木健太朗、井澤勇貴、井深克彦、大山真志、木ノ本嶺浩、滝口幸広、中村龍介、原田優一、三上真史、村井良大

□ 1時間目「まぁくんの走れメロス」(僕等の図書室2)※2012年舞台収録映像
脚本:毛利亘宏
演出:板垣恭一
音楽:日野悠平
出演:大山真志、滝口幸広、井深克彦

□ 2時間目「マッチ売りの少女原田」(僕等の図書室 特別授業)※2016年舞台収録映像
脚本:加藤啓
演出:西森英行
音楽:伊藤靖浩
出演:原田優一、中村龍介、滝口幸広

□ 3時間目「たっきーの星の王子様」(僕等の図書室3)※2014年舞台収録映像
脚本:古川貴義
演出:板垣恭一
音楽:日野悠平
出演:滝口幸広、三上真史、木ノ本嶺浩

□ 4時間目「智恵子抄」※リモートリーディング
脚本:穴吹一朗
出演(五十音順):荒木健太朗、井澤勇貴、井深克彦、大山真志、木ノ本嶺浩、中村龍介、原田優一、三上真史、村井良大

(ステージナタリー)

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記事にあるとおり、「僕等の図書室」は、平成24年(2012)から始まった朗読劇公演で、昨秋亡くなった滝口幸広さんらによる「智恵子抄」が2度、演目に入っていました。それぞれDVD化もされています。かつては地方の映画館で上映もありましたが、時代は進み、ネットでの配信が為されるようになったとのこと。

どうも滝口さん追悼の意味合いもあるようで、かつて滝口さんが演じられた「智恵子抄」をお仲間の方々9人で「リモートリーディング」だそうです。これのみ新作で、あとは旧作を配信するようです。

こうしたリモート配信、コロナ禍の影響で劇場が使用できない中での代替措置として注目されていますが、今後、演劇等の新たな楽しみ方の一つとして定着していくのでは、といった内容を先日の報道番組で取りあげていました。劇場に足を運ぶことが困難、という場合の一つの選択肢としてはこういう試みもありなのでしょう。

詳細はこちらです。


【折々のことば・光太郎】

こんなところに一人でいるもんだから、みんな「おさびしいでしょう」なんてよくいうけれど、僕は一度だって淋しいなんて思ったことはない。つまらぬ交際もなく自分のしごとがうんと出来るんで、こんないいところはないよ。

談話筆記「〔高村光太郎の生活〕」より 昭和26年(1951) 光太郎69歳

「こんなところ」は戦後の7年間を過ごした花巻郊外旧太田村の山小屋です。戦時中の翼賛活動に対する贖罪の意味を持つ蟄居生活ではありましたが、「つまらぬ交際もなく自分のしごとがうんと出来る」というのも一つの本音でしょう。「自分というものとしっかり向き合える」と言う意味で。

昨日の『毎日新聞』さんに、先月亡くなった俳優の金内喜久夫さんの追悼記事が載りました。 

悼む:文学座俳優・金内喜久夫さん=全身がんのため 4月28日死去・87歳 人間味あふれる演技 文学座演出家・西川信廣

 金内さんが突然この世から「消えた」。昨年の001春、いつものひょうひょうとした口調で「おれ、がんでさ」と告白された時、そこにはがんを患った人の深刻さはみじんもなかった。
 「美しきものの伝説」の先生をはじめ「飢餓海峡」の弓坂刑事、「夢・桃中軒牛右衛門の」の孫文、「藪原検校」の語り役・盲大夫など軽妙洒脱(しゃだつ)、存在感のある演技と語り口で多くの作品を支えていた。
 私との仕事では「マイチルドレン!マイアフリカ!」の黒人教師、「十二人の怒れる男たち」の老人役など人間味あふれる演技で魅了してくれた。
 「十二人」の稽古(けいこ)のとき、私がダメ出しをすると「ハイ!」と大きな声で返事をする。 ある役者が「金内さん、本当分かってるの?」と言ったら「いいんだよ、こう言っておけば、 演出家は安心するんだから」と言って場の笑いを誘った。その時はいたずら好きの少年のような顔だった。 金内さんは自分のセリフを装置、小道具、衣装など舞台上のあちこちに書いて、それをチラリと見ながら演技する達人だった。セリフが出てこないことへの不安解消かと思っていたが、実は皆を和ませるいたずら心だったのかもしれないとふと思う。だって、昨年の暮れの劇団の忘年会で、朗々と高村光太郎の詩を読み上げたのだから。もちろん、何も見ないで。
 2年前、私の初映画監督作品「兄消える」で町内会長の役で出演してもらった。人間味にあふれ、皆に愛される会長だった。4月28日、「兄」ではなく金内さんが私たちの前から消え、旅立っていった。寂しい。合掌。



渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」(平成23年=2011/同24年=2012)で光太郎役を演じられ、連翹忌でも光太郎詩の朗読をご披露下さった金内さん。昨年にはがんをおして出席された忘年会で光太郎詩を暗誦なさったそうで、そのプロ根性には脱帽です。

コロナ終息後に「お別れの会」が開かれるそうですが、日程は未定。情報が入りましたらまたお伝えいたします。


【折々のことば・光太郎】

人間が真に生きてゐる時、その人は天然に純潔で、大きい。いやしくない。作りものでないものは素より荒い。けれどもその荒さは粗ではない。その人はあらゆるニユアンスを微妙に感じ、捉へ、又いたはる。其故天然にやさしい。

散文「林一郎を知る――林一郎著「元始経」序――」より
 昭和2年(1927) 光太郎45歳

林は大阪府出身の詩人です。「その人」は林個人というより、一般論のようです。当方、金内さんの姿にこの詩句がオーバーラップします。

俳優の金内喜久夫さんが亡くなりました。昨日、何気にフェイスブックで渡辺えりさんの投稿を見ておりましたら、その記述がありまして、驚いた次第です。

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『日刊スポーツ』さん。 

文学座の金内喜久夫さん死去、87歳 がんのため

文学座のベテラン俳優金内喜久夫(かなうち・きくお)さんが28日午後、がんのため亡くなった。87歳だった。30日に家族葬を行う。喪主はアニメ「サザエさん」のイクラ役で知られる妻桂玲子(れいこ)さん。

金内さんは67年に文学座の座員となり、舞台「熱海殺人事件」「飢餓海峡」などのほか、大河ドラマ「徳川慶喜」にも出演した。08年に紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞した。18年にがんが見つかり、19年春には転移したことも判明した。同年秋に出演した別役実作品「この道はいつか来た道」が最後の舞台となった。

金内さん、平成23年(2011)と翌年、渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」で、主役の光太郎役を演じられました。平成23年は東日本大震災のため、途中で打ちきりとなり、翌年、再演。当方、再演の方を拝見に伺いました。

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当方、金内さんのお歳を存じ上げませんで、87歳だったというのにも驚きました。ということは当方が「月にぬれた手」を拝見した平成24年(2012)には79歳だったわけで、とてもそうは見えませんでした。戦時中の翼賛詩文を読んで、多くの前途有為な若者が死んでいったことへの光太郎の自責の念を、見事に表現されていらっしゃいました。

画像は、「月にぬれた手」のパンフレットから。下記は、光太郎終焉の地、中野の貸しアトリエに、主立ったキャストやスタッフの皆さんで行かれた際のショットだそうです。

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脚本の渡辺さん、智恵子役の平岩紙さん、息子が戦死し、戦時中に国民を鼓舞した光太郎を責める農婦役など何役も演じられた木野花さん、光太郎の母役などだった神保供子さんなども写っています。

金内さん、この年の第56回連翹忌にも、渡辺さん、神保さんとご一緒にご参加下さいました。お三方には一篇ずつ光太郎詩の朗読をお願いし、金内さんはまさしく「月にぬれた手」(昭和24年=1949)。情感たっぷりのすばらしい朗読でした。

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 わたくしの手は重たいから
  さうたやすくはひるがへらない

 手をくつがへせば雨となるとも
 雨をおそれる手でもない。
 山のすすきに月が照つて
 今夜もしきりに栗がおちる。
 栗は自然にはじけて落ち
 その音しづかに天地をつらぬく。
 月を月天子とわたくしは呼ばない。
 水のしたたる月の光は
 死火山塊から遠く来る。
 物そのものは皆うつくしく
 あへて中間の思念を要せぬ。041
 美は物に密着し、
 心は造型の一義に住する。
 また狐が畑を通る。
 仲秋の月が明るく小さく南中する。
 わたくしはもう一度
 月にぬれた自分の手を見る。


金内さん、平成5年(1993)の文学座さんの舞台、「愛しすぎる人たちよ 智恵子と光太郎と」にも出演されていました。


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その際は、元活動弁士の役でした。

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また一人、名優が亡くなったか、という感じです。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】007

こゝに人あり 雪にうもれて 膝をくめり

短句揮毫 戦後期 光太郎70歳頃 

画像は花巻郊外太田村の山小屋で膝を抱える光太郎。舞台上の金内さん、まさにこんな感じの、光太郎そのもののようでした。
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新刊です。といっても2ヶ月ほど経ってしまいましたが。  

渡辺えりの人生相談 荒波を乗り越える50の知恵

2019年12月7日 渡辺えり著 毎日新聞出版 定価1,400円+税

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相談者は、愚痴っぽい母親にうんざりしている娘だったり、後輩を指導するのが不安な社会人2年生だったり、トランスジェンダーの人だったりとさまざま。「もう少し大人に扱って」と訴える19歳の女性には、「束縛する母親は嫌っていい」とズバリ言い切る。
夫のわがままに愛想をつかした熟年女性には「別れるなら今」と励まし、愛妻に甘えたい男性には「愛しているなら、甘えるばかりでなく甘えさせてあげては」と痛いところを突く。
本音でぶつかり、真摯に向き合う表現者ならではの"快答"は、参考にしてほしいものばかり。各章末には、感涙必至のエッセイを収録。
悩みは、生きているものが抱えなくてはならない荷物のようなもの。

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【目次】
 第1章 軽やかに歩む~家族とのかかわり
  01 幸せな家族に嫉妬する(21歳・女性)
  02 夫婦げんかが絶えず将来が不安(49歳・女性)
  03 愚痴っぽいははにうんざり(53歳・女性)
  04 祖母の介護を放棄した母を、心の中で捨てたい(45歳・女性)
  05 嫉妬する母から逃れ、家を出たい(24歳・女性)
  06 夫の鼻毛がみっともなくて、ストレスを感じる(42歳・女性)
  07 帰りが遅くなると罵倒する母(19歳・女性)
  08 話が面白くないと母に言われトラウマに(33歳・女性)
  09 俺様な夫に仕えてきた人生に涙(80代・女性)
  10 長年介護してきた母を亡くし、無気力に(57歳・女性)
  エッセイ 認知症の両親を遠距離介護しながら思うこと

 第2章 したたかに働く~仕事の戸惑い
  11 子供たちの言葉に傷つく(53歳・女性)
  12 夫の仕事が続かない(39歳・女性)
  13 初めての後輩指導に不安を覚える(23歳・男性)
  14 畑違いの部署に左遷され、無気力な日々(48歳・女性)
  15 大学を出ても働かない娘を何とかしたい(60歳・女性)
  16 職場の若い子がうらやましい(52歳・女性)
  17 勤続14年、転職を考えるが不安(37歳・女性)
  18 老人ホーム勤務で不安な日々(33歳・女性)
  19 報道記者を目指し、はや就職浪人2年目(22歳・男性)
  20 何をやっても自信が持てない(51歳・女性)
  エッセイ 夢見る仕事はお金にならない

 第3章 しなやかに愛する~恋と友情の悩み
  21 付き合って1年、結婚を望んでいるが相手にされない(22歳・女性)
  22 30歳上の彼と結婚したい私はファザコン?(23歳・女性)
  23 処女でない女性を毛嫌いしてしまう(26歳・男性)
  24 「お前の人生、やばいね」と言われて(30歳・女性)
  25 同性の恋人のことを家族に認めてほしい(27歳・女性)
  26 「結婚したい!」と思える人と出会えない(21歳・男性)
  27 遠ざけた親友、絶交すべきか(35歳・女性)
  28 悪口ばかり言う知人にモヤモヤする(女性)
  29 突然の彼の死、日々泣き暮らす(40代・女性)
  30 男女2人だけで会うのは避けるべきか(72歳・女性)
  エッセイ 愛する人がどこかで幸せになってくれていたら、失恋の傷も癒える

 第4章 まめやかに暮らす~生活の悩み
  31 子育てが一段落、無趣味な私が友達を作るには(45歳・女性)
  32 野良猫に餌付けした近所の人と仲たがい(78歳・女性)
  33 「下流老人」が心豊かに暮らすにはどうしたらいい?(69歳・男性)
  34 安っぽいものであふれるわが家。老後はスッキリ暮らしたい(60歳・女性)
  35 太っているのは良い? 悪い?(34歳・女性)
  36 がんが心配で家事も手につかない(52歳・女性)
  37 使わないものを処分すると、夫が泣いて怒る(42歳・女性)
  38 84歳の父を元気にしたい(55歳・男性)
  39 人生後半の指針が見えず、だましだましの日々(57歳・女性・ライター)
  40 病を患い、生きがい見つからず(66歳・主婦)
  エッセイ 人間は年を取る

 第5章 ひそやかに向き合う~心の悩み
  41 人からすごいと思われたい(19歳・女性)
  42 吃音のせいで人間関係を結べない(26歳・女性)
  43 小学校時代の担任のひと言に傷つき、いまだに癒えない(32歳・女性)
  44 宝塚への夢があきらめられない(27歳・女性)
  45 死ぬのが怖くて仕方ない(23歳・女性)
  46 観劇後のアンケートで“駄目出し”ばかり書いてしまう(56歳・男性)
  47 せっかちな性格を直し、のんびり過ごしたい(63歳・男性)
  48 時分が何をしたいのか分からない(20歳・女性)
  49 他人を見下してしまう(32歳・男性)
  50 完璧を求めてしまう自分がつらい(23歳・女性)
  エッセイ 生きていることに感謝する

 おわりに

『毎日新聞』さんに連載中の、渡辺えりさんによる人生相談の単行本化です。

渡辺さん、お父様が光太郎と交流があった方でして、お父様ともども連翹忌にご参加下さったこともありました。最近はお父様がお加減宜しくないということで、お一人でご参加下さっています。

平成24年(2012)には、光太郎を主人公とした演劇「月にぬれた手」を初演なさり、翌年にも再演。脚本は昨年、ハヤカワ演劇文庫の一冊として刊行されました。また、お父様と光太郎との関わりなどを中心に、各地で講演をされたり、テレビ番組や各種新聞雑誌等でそうしたエピソードをご紹介下さったりもなさっています。さらに、平成28年(2016)には、お父様が光太郎から贈られた昭和20年(1945)刊行の『道程』再訂版、光太郎からの書簡を花巻高村光太郎記念館さんに寄贈されたりもなさいました。

『毎日新聞』さんの人生相談では平成29年(2017)6月に、「老後はスッキリ暮らしたい」という相談に対し、お父様と光太郎の関わりをご紹介しつつ回答なさっていました。

公式サイトの紹介では詳細な目次が載って居らず、その回の内容が掲載されているかどうか、不明でした。そこで、実際に手にとって中身を確認してから購入しようと思っていましたところ、入手が遅れました。当方生活圏の新刊書店には見あたりませんで、先頃上京した際に、八重洲ブックセンターさんでようやく見つけた次第です。

ちなみに隣町の成田市の大きな書店では、店内に検索機があって、「在庫あり」と表示され、「やったぁ」と思いましたが、表示された棚になく、店員さんに訊いて詳しく調べていただくと「三冊在庫があるはずなんですが」と言いつつ、結局ありませんでした。新刊書店の苦境が叫ばれて久しいのですが、こういういい加減なことをやっているのも一因でしょう。ネットショッピングのせいにしないでほしいものです。厳しいようですが。

閑話休題。他にエッセイ「認知症の両親を遠距離介護しながら思うこと」の項でも、お父様と光太郎について触れられています。

その他、「しょうがねぇな」と思わず笑ってしまうようなくだらない(すみません)相談から、粛然とした気持にさせられるような深刻な相談まで、実にさまざまです。まさに社会全体の縮図のようにも感じました。それぞれに対し、渡辺さんが大まじめに、真摯に、そして的確に回答なさっていて(時に肩肘張らず、時に容赦なく厳しい口調です)、好感が持てます。

ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

姉は観音経を誦んでゐて、それによつてどんな災厄にも会はないといふことを信じ切つていたのでせう、どんなに晩くてもどんなところでも歩きましたし、悲しいこと、不自由な事に会つても決して動乱するやうなことはありませんでした。そしてしなければならない事は皆しました。

談話筆記「姉」より 昭和7年(1932) 光太郎50歳

光太郎には早世した姉が二人いましたが、ここでいう「姉」は長女のさく(咲)。光太郎より6歳上で、狩野派の日本画を学び、将来を嘱望されていました。しかし、光太郎10歳の明治25年(1892)、肺炎で歿しました。光太郎はこの姉を常に誇りに思っており、大きな感化を受けたと繰り返し語っています。
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静岡から演劇公演情報です。 

劇団静火実験公演『売り言葉』

期 日 : 2020年2月23日(日)
会 場 : 
人宿町やどりぎ座 静岡市葵区人宿町2丁目5-2 SOZOSYAキネマ館2F
時 間 : 15:00~16:00 19:00~20:00
料 金 : 一般 2,000円 25歳以下 1,000円

作 野田秀樹  演出 大石明世 ​出演 滝沢麻友・山内梓未


劇団静火実験公演 演目は...野田秀樹 作 「売り言葉」!! 是非観劇にいらしてください!

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智恵子を主人公とする野田秀樹さん作の演劇「売り言葉」。初演は大竹しのぶさんにより、平成14年(2002)に行われました。プロアマ問わず人気の演目のようで、昨年は、確認できている限り全国で6件上演され、今年に入っても既に1公演がありました。本来、登場人物は智恵子だけの一人芝居ですが、それを二人芝居にしてみたり、会場を凝った場所にしてみたりと、いろいろ工夫が為されています。

 evkk(エレベーター企画)『売り言葉』。
 サキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』。
 thee第13回公演『売り言葉』。
 劇団カタオモイ旗揚げ公演「売り言葉」。
 林亜佑美 一人芝居 売り言葉 他。
 演劇創造ユニット [フキョウワ] 第一回公演 売り言葉。
 thee第13回公演『売り言葉』(追加公演)。

これを通じて、光太郎智恵子の世界に興味を持って下さる方が増えることを期待します。

今回、どんな感じでやられるのか、不明ですが、ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

人種の問題は今日まだ理論以上の力を持つ。人類は此の偏見を是非とも何とかせねばならぬ。この偏見が何に因って起るかの真理を糺さねばならぬ。たゞ道徳的なお説教のみでなしに。

散文「ヘルプの生活」より 昭和4年(1929) 光太郎47歳

明治39年(1906)から翌年にかけてのニューヨーク生活回顧録の末尾です。自身の被差別体験を元に、こう結んでいます。

およそ90年前に書かれた警句ですが、90年経っても状況はいっこうに変わっていませんね。

都内から演劇系の公演情報です。 

『る・ぽえ』

期 日 : 2020年1月25日(土)~2月2日(日)
会 場 : 
新国立劇場小劇場 東京都渋谷区本町1丁目1番
時 間 : 1/25(土) 15:00  1/26(日)16:00 1/27(月)休演 
      1/28(火)・1/29(水)・1/30(木) 19:00
      1/31(金) 15:00  2/1(土) 18:00  2/2(日)12:00
料 金 : 8,500円(税込)

【上演台本・演出】 鈴木勝秀
【出演】 碓井将大、辻本祐樹、木ノ本嶺浩、林剛史、加藤啓
 
高村光太郎「智恵子抄」をモチーフにした夫婦の話
萩原朔太郎「月に吠える」をメインにした多趣味な朔太郎の奇想天外な話
中原中也の人生と恋愛を通して描くダイアログ
“詩”を通して描く3人の詩人の物語。

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企画・制作会社の「る・ひまわり」さん。昨年亡くなった滝口幸広さんが出演された「智恵子抄」を含む朗読劇、「僕等の図書室」(平成24年=2012)も手がけられていました。今回もイケメン若手俳優陣のご出演で、系統としては同じような感じなのかな、と思っております。

ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

口語短歌といふものはまだ未完成なのでせうが、読んでゐて、やつぱり、いろんな暗示をうけます。何にしろ溢れ漲るやうにいろんな道を精進するもののある事を私は喜ぶものです。

散文「西出朝風歌集『青春の日に』を読む」より
 大正13年(1924) 光太郎42歳

西出朝風は光太郎より1歳年下の歌人。

自らも口語短歌を手がけていた光太郎。ただ、詩ほどには口語による革新を牽引しようとまでの考えはなかったようです。それでも短歌の革新に取り組んだ西出には、親近感を抱いていたことが見て取れます。


追記

ここまで書いたところで、当会顧問・北川太一先生ご子息の北川光彦氏からお電話がありました。昨日、北川太一先生が大動脈乖離のため、お亡くなりになったそうです。通夜・葬儀等は未定との事ですが、情報入り次第、お伝えいたします。


長野から演劇公演の情報です。 

thee第13回公演『売り言葉』

期 日 : 2020年1月18日(土)・19日(日)
会 場 : 
ギャラリー花蔵 長野市東町147
時 間 : 1/18 19:00   1/19 14:00
料 金 : 前売2,000円/当日2,300円

彫刻家・高村光太郎と妻・智恵子との純愛を綴った詩集『智恵子抄』。穢れなき澄み切った愛の言葉で溢れ返る詩の数々は、光太郎と智恵子の愛慕の念を、忠実に映し出して………いるのだろうか? 智恵子と女中が表裏一体の存在となり、光太郎の出会いから自身の死までを物語る。智恵子が『智恵子抄』へ突きつけた“売り言葉”とは、果たして。

出演 島崎美樹 ミズタマリ

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平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主演・大竹しのぶさんで初演された、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。なぜか昨年は、確認できている限り6つもの劇団/個人の方々が全国各地で上演なさいました。少人数のキャストでできる点が一つの要因なのでしょうか。もっとも、野田氏の脚本のすばらしさ(光太郎ディスり度が半端ないのですが)も当然あるでしょう。

今回の劇団theeさんも10月に同じ会場で公演を行い、その再演です。10月の公演では、長野県内にも甚大な被害をもたらした台風19号の影響で、予定していた公演のうち休止を余儀なくされた回があったそうで、そのために再演ということなのかもしれません。

ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

詩人にとつて俗臭ほど風上に置けぬものはない。随分立派な詩も書き立派な見識も持つてゐる詩人でありながらその詩人全体としては一個の俗物に過ぎないといふことがいくらもある。一見高尚な詩誌でありながら俗な底意地の隠し難いものも少くなかつた。

散文「所感――『詩と詩人』第五十輯記念号――」より
昭和19年(1944) 光太郎62歳

ここでの「俗」は、「低俗」ということですね。「品がない」とか、「悪趣味」とかの。

昨日のこのブログで、智恵子を主人公とした野田秀樹氏作の演劇「売り言葉」が、智恵子の故郷・福島二本松で上演されることをご紹介しました。今年はなぜか「売り言葉」が人気で、各地で上演が相次いだのですが、さすがにもう今年は打ち止めだろうと思っていたところ、まだありました。昨日になって気がつきました。 

演劇創造ユニット [フキョウワ] 第一回公演 売り言葉

期 日 : 2019年12月21日(土)/12月22日(日)
会 場 : 
フジハラビル(アートギャラリーフジハラ) 大阪市北区天神橋1-10-4
時 間 : 12/21 11:00/15:00/19:00  12/22 11:00☆/16:00☆
      ☆……アフタートーク有り
料 金 :  一般 2,500 円  U23 1,500 円  U18 1,000 円 ※全席自由席
      ※当日料金は各500円増 
出 演 : 雀野ちゅん(うんなま)
演 出 : 下野佑樹

“智恵子抄”を題材に、高村光太郎の妻・智恵子の狂気を野田秀樹氏独自の視点と愛情で描いた作品。
2002初演(作・演出:野田秀樹 主演:大竹しのぶ)
今回の演出では、智恵子が自殺未遂をした際の情景から得た着想を元に、舞台全面をカンバスに仕立て上げ、そこに智恵子の半生を塗り重ねていく。000

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ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

私くらゐの年配の読書人で、かつてドストエフスキイに捉へられ、魅惑せられ、魂を奪はれ、それから脱することの困難さと残り惜しさとを経験しなかつた者は少いであらう。此の渾沌たる魂の深淵をくぐりぬける事によつて人は霊につながる心の鍛錬をうける。

散文「『ドストエーフスキイ全集』推薦の言葉」より
 昭和16年(1941) 光太郎59歳

書評とはかくあるべし、というお手本のような文章ですね。豊富な語彙、その的確な用法、そして対象へのリスペクト。見倣いたいものです。

智恵子の故郷、福島二本松で智恵子の顕彰活動に当たられている智恵子のまち夢くらぶさんから情報を頂きました。 

林亜佑美 一人芝居 売り言葉

期 日 : 2019年12月22日(日)
会 場 : 
二本松市市民交流センター 福島県二本松市本町2丁目3-1
時 間 : 第1回 13:00~  第2回 18:00~
料 金 : 一般 前売1,500円 当日1,800円  学生・地元の方は無料(各回先着50名のみ)
出 演 : 林亜佑美

安達郡油井村(現二本松市)で生誕した高村光太郎の妻智恵子。洋画家や紙絵作家として活躍し、夫の光太郎が彼女の死後に発表した詩集「智恵子抄」で知られる。今回、野田秀樹氏が脚本を書き上げた「売り言葉」を林亜佑美が一人芝居で演じる。


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林亜佑美さんという方、当方、寡聞にして存じませんでした。ネットで調べてみましたところ、「女子プロレスラー」の「林亜佑美」さんがヒットしまして、別人だろうなと思ったのですが、なんとご当人でした。また、昨年、神田神保町でも「売り言葉」を上演なさったとのことで、これも存じませんでした。

平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、大竹しのぶさん出演で初めて上演された、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。以前にも書きましたが、今年は「売り言葉」の当たり年です。把握しているだけで、既に4件の公演が各地で行われました

evkk(エレベーター企画)『売り言葉』。000
サキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』。
thee第13回公演『売り言葉』。
劇団カタオモイ旗揚げ公演「売り言葉」。

今回は智恵子の故郷・二本松での公演ということで、地元の方にぜひ観ていただきたいものです。


ところで、ご案内下さった智恵子のまち夢くらぶさん、『智恵子講座'19文集』という冊子もお送り下さいました。タイトルの通り、今秋開催された「智恵子講座2019」など、同会の活動の報告的なものです。

同会、上記「売り言葉」の後援団体にも名を連ねています。地元での智恵子顕彰、その火を絶やさないようにと、いろいろやってくださっている点には頭が下がります。今後も継続してよろしくお願いしたいところです。

さて、「売り言葉」、ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

文芸上の変革について考へるにボードレールの「悪の華」の出現ほど決定的な、又旧套掃滅のめざましい例は少い。「悪の華」は詩の世界を全く覆滅した。詩の概念を本質的に変革した。

散文「近代詩の祖ボードレール」より 昭和14年(1939) 光太郎57歳

「ボードレール」を「高村光太郎」、「悪の華」を「道程」と読み替えてもいいような気がします。

智恵子がその創刊号の表紙絵を描いた『青鞜』をめぐる演劇「二兎社公演43 私たちは何も知らない」。『朝日新聞』さんに、二回にわたって紹介されました。

まず、12月5日(木)。 

(評・舞台)二兎社「私たちは何も知らない」 女性の権利、現状に思いはせ

 ラップの音楽に乗り、ジーンズ、スニーカー姿で走る。女権に目覚めた大正の若い女性たちが、弾むような足取りで新鮮に蘇(よみがえ)る。雑誌『青鞜』に拠(よ)った平塚らいてう(朝倉あき)らパイオニアの活動家たちを、永井愛が評伝風な群像劇に書き、演出した。

 『青鞜』が発刊された翌年の1912年から廃刊までの日々が、編集室を主舞台に展開される。志あり、恋あり、家族をめぐる厳しい現実あり。理想を目指しながら、滑稽で悲惨な日々を送る若き女性たちの群像は、人間味が濃い。
 演目名の「私たちは何も知らない」には、今の人は先覚者を知らない、の意味がある。同時に女性や世界をめぐる状況が、時が経ってもこんなに劣化しているなんて知らなかったという『青鞜』人の怒りと嘆き節も聞こえるようだ。
 永井は過去を、今の視点、現実の社会から見直す。背景の巨大なギロチンの刃(大田創美術)が、徐々に下りる。『青鞜』発刊が幸徳秋水らの処刑の直後。廃刊7年後に、編集者の伊藤野枝(藤野涼子)と大杉栄らが虐殺された甘粕事件が起きる。ギロチンは、きなくさい現代への予兆だ。第2次大戦を翼賛した平塚への辛い目線もある。
 朝倉と、保持研を演じる富山えり子とのからみが笑わせ、しんみりさせて傑作。藤野とボーイッシュな紅吉役の夏子が、軽やかに絡んで面白い。
 ラスト。平塚が廃刊時に、その後の甘粕事件や第2次大戦を幻視する。スリリングだ。ただ平塚は国家権力の謀略に関心が薄かった。このあたりの平塚像は、さらに踏み込みたい。それにしても女性による性にまつわる論争は、ネット時代の性をも考えさせる。(山本健一・演劇評論家)
 22日まで、東京・池袋の東京芸術劇場。


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12月13日(金)にも「「青鞜」を舞台化、自由求め 初の女性文芸誌、現代の女性差別を想起 永井愛が描く」と題して評が載っています。

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同じく12月13日(金)には、全く別の記事でも『青鞜』主幹・平塚らいてうに触れられていました。

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らいてうの先駆性、恐るべしというべきか、『青鞜』発刊から100年以上を経ても変わらない世の中を嘆くべきか、というところですね。


続いて、やはり『青鞜』がモチーフに使われている小説をご紹介します。 

遠の眠りの

2019年12月10日 谷崎由依著 集英社 定価1,800円+税

大正末期、貧しい農家に生まれた少女・絵子は、農作業の合間に本を読むのが生きがいだったが、女学校に進むことは到底叶わず、家を追い出されて女工として働いていた。
ある日、市内に初めて開業した百貨店「えびす屋」に足を踏み入れ、ひょんなことから支配人と出会う。えびす屋では付属の劇場のため「少女歌劇団」の団員を募集していて、絵子は「お話係」として雇ってもらうことになった。ひときわ輝くキヨという娘役と仲良くなるが、実は、彼女は男の子であることを隠していて――。
福井市にかつて実在した百貨店の「少女歌劇部」に着想を得て、一途に生きる少女の成長と、戦争に傾く時代を描く長編小説。


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福井を舞台に、貧しい農村で生まれ育った少女が、人絹工場、百貨店の「少女歌劇団」などで働きつつ、さまざまな出会いと別れを経験し、時代に翻弄されてゆく物語です。大正期から太平洋戦争敗戦までが描かれていますが、当時の地方都市はこんな感じだったのかと、新鮮でした。

版元である集英社さんのPR紙『青春と読書』に、森まゆみさんによる書評が出ています。 

森まゆみ 『遠の眠りの』谷崎由依 著

野に咲くスミレのような……
 大正、そして昭和の戦前、女性に選挙権がない時代、父に、夫に、息子に従って生きるのが当たり前だった時代に、自分で自分の人生を切り開いた少女がいた。
 この小説は、大正の初め、福井の農村に生まれた絵子(えこ)が主人公である。姉や妹は早くとつがされる。嫁にやる側から言えば、「口減らし」、嫁を取る側から言えば「労働力の確保」。それに従わず、絵子は村を出て人絹を織る工女となる。
 ひどい搾取も受けたけれど、農村にいては出会えない知識や文化に触れる。中でも意識の高い先輩・吉田朝子から貸してもらった「青鞜(せいとう)」という古い雑誌、それに絵子は目を見開かされる。
「青鞜」は明治44年9月に東京は本郷で創刊された、初めての「女性の、女性による、女性のための」雑誌である。主宰者の平塚らいてうらは日本女子大学の卒業生で、女学校も行けず、地方の工場で働いていた絵子とは境遇が違う。創刊号は1000部のこの雑誌が福井の少女のもとに届き、その人生を変えてゆく。
 大正の初め、ノルウェイの作家イプセンの「人形の家」が東京で上演された。主人公を演じたのは松井須磨子、これをめぐって、「青鞜」誌上では「可愛がられる人形のような妻として人生を終わるのがいいのか」という論争が起きて、同人たちは己が人生を変えてゆく。「新しい女」は酒を飲む、タバコを吸う、吉原に登楼する、とバッシングされ、「青鞜」は風俗壊乱を理由に何度も発禁になった。それでも彼女たちは「習俗打破」を旗印に前へ前へと突き進んだ。
 それが地方の少女を励ましたのだ。親の言うがままに生きる「白い羊」であることをやめ、絵子は一人「黒い羊」であり続ける。そして福井に初めてできた百貨店に転職し、そこで催される少女歌劇の脚本係になっていく。
 昭和18年3月18日に福井駅前の繁華街で大火事があり、佐佳枝(さかえ)劇場、だるま屋百貨店が焼けた。私が福井を訪ねた時、「フェニックス都市」という言葉を聞いた。台風、洪水、大火、空襲。その度にこの町は力強くたち上がってきた。決して大勢に順応しない絵子の姿が、その淡い恋が清冽な筆致で描かれる。よく調べられた時代背景が小説を支え、久しぶりに爽やかな読後感を味わった。


ちなみに、森さんによる労作『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくること』が「参考文献」の項に挙げられていました。

同書は上記の「二兎社公演43 私たちは何も知らない」を書かれた永井愛さんも参考にされている由。まだお読みになっていない方は、ぜひどうぞ。現在は文庫版で手に入ります。

もちろん『遠の眠りの』も、です。


【折々のことば・光太郎】

その詩にみる重量、深さといつたものも、萩原君の「語感」の鋭さの、いかに強く、すぐれたものであつたかを意味してゐる。実際、ことばの感覚といふものの鋭さは、これまでに、萩原君をおいては、その比をみることが出来ないと思ふのである。

談話筆記「語感の詩人――故萩原朔太郎君の霊前に――」より
昭和17年(1942) 光太郎60歳


ともに口語自由詩の確立を成し遂げた、いわば「戦友」、朔太郎への追悼の辞です。

平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、大竹しのぶさん出演で初めて上演された、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。翌年に新潮社さんから出版された野田さんの脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』に収められ、多くの公演で取り上げられています。

なぜか今年は全国各地でこの「売り言葉」が取り上げられました。
evkk(エレベーター企画)『売り言葉』。
サキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』。
thee第13回公演『売り言葉』。

で、今度は岡山県での上演です。 

売り言葉

期 日 : 2019年12月13日(金)~15日(日)
会 場 : 
城下公会堂 岡山県岡山市北区天神町10−16 城下ビル 1F
時 間 : 12/13・14 19:00~  12/15 18:00~
料 金 : 【前売り】 学生1000円 / 一般1300円 【当日】 学生1200円 / 一般1500円

出 演 : 櫻井杏子、久永柚月、松尾千晶

――そんなにも あなたはレモンを待つてゐた

芸術家・高村光太郎が妻・智恵子への純愛を綴った詩集「智恵子抄」。
美と情熱あふれる言葉で描かれた「あなた」の姿であらねばと智恵子は生涯もがき続けた。

3人の女子大学生が野田秀樹の描く“女の狂気”に挑む。

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「売り言葉」は基本的に一人芝居なのですが、キャストが3人となっています。お三方で分業的にやるのか(野田氏の脚本では智恵子以外に光太郎、女中が割り振られており、しかし大竹しのぶさんがお一人で演じ分けられました)、三日間の公演なので一日お一人ずつのご出演なのか、何ともよくわかりません。

最初にご紹介した、今年各地で行われた他の公演でも、本来一人芝居であるのを二人芝居にするなどの演出が為されていました。

「売り言葉」、光太郎智恵子を題材としたものの中では、光太郎ディスり度が最も高い内容となっており、しかし単なる哀れな被害者・智恵子という描き方でもなく、非常に考えさせられる芝居です。

ご都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

詩は毎日の生活の中にきらきら光つて、あらゆる壮大な理念を内に包みながら、一見つまらぬ片言隻語にその万感を託す。

散文「『職場の光』詩選評 四」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

職場の光 四


「壮大な理念」あたりに戦時中のきな臭さを感じますが、あらゆるものを包蔵する、という意味では首肯できます。

 静岡県から演劇系の公演情報です。 

SPAC出張劇場『星の時間 〜高村光太郎「智恵子抄」より〜』

期 日 : 2019年11月29日(金)
会 場 : 
鴨江アートセンター 静岡県浜松市中区鴨江町1番地
時 間 : 開場 18:45/開演 19:00 /上演時間50分(予定)
料 金 : 500円

画家であり高村光太郎の妻である高村智恵子の人生を、俳優の言葉と身体そして生演奏で描く作品。
出演するのは静岡県立の劇団SPACの俳優。
SPACの舞台に欠かせないパーカッションの生演奏を牽引してきた吉見亮が、本作品ではATV株式会社(本社:浜松)が生んだ新感覚の電子パーカッション「aFrame」に挑戦します。
布施安寿香による智恵子の言葉ひとつひとつが水面の波紋のように広がっていき、多彩な楽器の音色とともに観客の身体に染み込んでいく…そんなひとときをお楽しみください。

出演(SPAC俳優):布施安寿香、吉見亮

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「新感覚の電子パーカッション「aFrame」」。何だ、それは? と思って調べてみました。

製造元のATV株式会社さんのサイトがこちら




電子ドラムのような据え置き型ではなく、ポータブルです003ね。パネルにタッチすることで音を出す仕組みは共通のようですが。電子系の強みで、いろいろな音域、音色が出せるようです。なるほど、これは手軽に使えそうで、面白い楽器だと思いました。

この楽器の演奏に乗せて、「智恵子抄」。さらに俳優さんの身体表現も売りのようで、なかなか興味深い内容です。

都内、または近県であれば拝見に伺うのですが……。

ご都合のつく方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

外国美術を見学に渡欧したいといふ画かきや彫刻家はたくさんあるが、わざわざ国帑を外国へ棄てにゆかなくてもいいのにと思はれる様な程度の人も尠くない。最新流行の買い出しや、ふる臭くなつた感覚の染め直しにゆくやうな連中は論外である。

散文「高田博厚渡仏後援彫刻頒布会趣意」より
昭和5年(1930) 光太郎48歳

高田博厚は、早世した荻原守衛を除き、光太郎がほぼ唯一、その力量を認め、プライベートに付き合った同時代の彫刻家です。興味深いのは、高田が彫刻家として独り立ちする前から、その才の非凡さを見抜き、実際、後に高田が大成したこと。こうした点も光太郎の審美眼の正しさを証明しているのでしょう。

その高田の留学に際し、費用を捻出しようと、光太郎、谷川徹三、高橋元吉らが骨折って始めた「高田博厚渡仏後援彫刻頒布会」のパンフレットから。

「国帑」は「外貨」に対する日本円の意。要するに、物見遊山の延長でほいほい海外に出る美術家の何と多いことか、そして、高田はそんな奴等とは一線を画す存在なのだ、という話の流れです。

演劇の公演情報です。 

二兎社公演43 私たちは何も知らない

期日・会場

 
埼玉公演 2019年11月24日(日) 富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ 


 東京池袋公演 2019年11月29日(金)~12月22日(日) 東京芸術劇場

 
東京亀戸公演 2019年12月28日(土) 亀戸文化センター


 兵庫公演 2020年1月4日(土) 兵庫県立芸術文化センター


 長野公演 2020年1月8日(水) まつもと市民芸術館


 三重公演 2020年1月10日(金) 三重県総合文化センター


 愛知豊橋公演 2020年1月13日(月・祝) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT


 滋賀公演 2020年1月18日(土) 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール


 愛知名古屋公演 2020年2月1日(土) ウインクあいち


 石川公演 2020年2月8日(土)・9日(日) 能登演劇堂

 『ザ・空気』( 2017 )『ザ・空気 ver.2』( 2018 ) と、観客が「今、日本で起きていること」をリアルに体感する話題作を立て続けに発表してきた永井愛が、一転、明治〜大正期に発行された雑誌『青鞜』の編集部を舞台にした青春群像劇を書き下ろします。

 
 平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『青鞜』は、創刊当初は世の中から歓迎され、らいてうは「スター」のような存在となる。しかし、彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張するようになると、逆風やバッシングが激しくなっていく。やがて編集部内部でも様々な軋轢が起こり―


作・演出   永井愛
出 演   朝倉あき(平塚らいてう) 藤野涼子(伊藤野枝) 大西礼芳(岩野清)
      夏子(尾竹紅吉) 富山えり子(保持研) 須藤蓮(奥村博)
      枝元萌(山田わか)  


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智恵子がその創刊号の表紙絵を描いた『青鞜』をめぐるドラマですね。残念ながら智恵子の名はキャストに入っていませんが、智恵子と交流のあった平塚らいてう尾竹紅吉、その他青鞜社の面々が登場します。

各地で上演されますので、お近くの公演にぜひどうぞ。



【折々のことば・光太郎】

彼は多くの人の期待と予望とを背負ひながら死んでしまつた。神秘の扉はしまつてしまつた。彼にかはる者は無い。無いとなると世界中に無い。実に言ひやうもなく惜しい。

散文「岸田兄の死を悼む」より 昭和5年(1930) 光太郎48歳

「岸田兄」は岸田劉生。光太郎が最も高く評価した画家の一人です。

長野県から演劇公演の情報です。

thee第13回公演『売り言葉』

期  日 : 2019年10月5日(土)・6日(日)・12日(土)・13日(日)
会  場 : ギャラリー花蔵 長野市東町147
時  間 : 10/5 19:00~ 10/6 14:00~ 19:00~ 10/12 14:00~ 19:00~ 10/13 14:00~
料  金 : 前売2,000円/当日2,300円
出  演 : 島崎美樹/ミズタマリ
演  出 : 長峯亘

thee13回目の、2019年最初で最後の公演は、初めて非オリジナル作品に挑戦します。野田秀樹の戯曲『売り言葉』を、ふたり芝居で。

〈あらすじ〉
彫刻家・高村光太郎と妻・智恵子との純愛を綴った詩集『智恵子抄』。穢れなき澄み切った愛の言葉で溢れ返る詩の数々は、光太郎と智恵子の愛慕の念を、忠実に映し出して………いるのだろうか?智恵子と女中が表裏一体の存在となり、光太郎の出会いから自身の死までを物語る。智恵子が『智恵子抄』へ突きつけた“売り言葉”とは、果たして。

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平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主演・大竹しのぶさんで初演さた、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。今年はその当たり年のようで、先月には池袋で劇団evkk(エレベーター企画)さんによる公演、今月は新宿でサキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』として、それぞれ上演されましたし、また近くなりましたらご紹介しますが、12月には岡山で公演があります。

「モラハラ」という言葉がまだ無かった(有ったかも知れませんが一般的ではなかったでしょう)平成14年(2002)に、光太郎からのモラハラが主因で壊れていく智恵子を描いた野田氏の脚本・演出は、なかなか秀逸でしたし、当方、テレビ放映で見たのですが、大竹さんしのぶさんの鬼気迫る演技も忘れられません。ただ、実際にどの程度光太郎からのモラハラがあったかは闇の中ですが。

その「大御所」二人がやったそのままを再現するのではなく、今回のtheeさんもそうですが、本来一人芝居であるものを二人芝居にしてみたり、近代的で大きな会場ではなく古民家的な場所を使ったりするなど、最近、この作品を取り上げられる皆さんは、それぞれに工夫をなさっているようです。

御都合の付く方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

無識(イグノランス)は一種の罪悪である。無識に甘んずる心は一種の破廉恥である。識らずして無識に安住する者は世に最も醜悪なものである。識らうとする心の無くなつた時、人は死に一歩を踏み入れたのである。

散文「真に鑑賞する心」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

「無識」は「探求心・知的好奇心を持たない状態」といったところでしょう。ある意味正論です。

ただ「正論」も時と場合によりけりで、智恵子にこうした考えを押しつけていたとすれば、そうした行為は「ロジカルハラスメント」(略して「ロジハラ」)または「正論ハラスメント」と言うそうです。

また、「正論」も、当人が「正論」と思っているだけで、はたから見ればへそで茶を沸かすような内容だったりすることもあります。光太郎に限ってはそういうことはなかったように思われますが。

演劇公演の情報です。

サキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』

期 日 : 2019年9月20日(金)~23日(月・祝)
会 場 : 古民家 ゆうど 東京都新宿区下落合3-20-21
時 間 : 20日(金) 16:00/19:30 21日(土) 11:00/14:30/18:00 22日(日) 11:00/14:30/18:00
       23日(月・祝) 13:00/16:00
料 金 : 前売3200円  当日3500円 
       ※10分前行動割 3000円 (開演10分前までに劇場到着で200円キャッシュバック!)

30歳の記念に、ひとり芝居をやろう!
そして今後も 40歳、50歳、60歳、70歳と、10年ごとの節目の年にひとり芝居をやっていこう!
つまり、一生ずっと演劇やろう!続けていこう!
 
そんな覚悟のもと、野田秀樹さんが大竹しのぶさんに書き下ろした作品に挑戦します。
三十路の大塚由祈子が持てる全てでぶつかります。当たって砕けます。
ぜひ目撃しに来てくださいませ。
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「売り言葉」は、平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主役・大竹しのぶさんで初演されました。登場人物は智恵子のみの一人芝居です。翌年に新潮社から出版された野田さんの脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』に収められた後、プロアマ問わず全国でぽつりぽつりと取り上げられています。

今年は「売り言葉」の当たり年のようで、つい今月初めにも劇団evkk(エレベーター企画)さんによる公演が池袋でありましたし、また近くなりましたらご紹介しますが、来月には長野市で公演があります。

この手の演劇の中では、光太郎ディスり度が格段に高く、特に男性としては身につまされるセリフが突き刺さってきます。ただ、智恵子に関しても、「お前がそうだからこうなるんだぞ」的な部分、「そこは違うだろ」的な突っ込みを入れたくなる部分も多々あり、そういった意味で、非常に考えさせられる芝居です。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

――彼の言葉はのつぴきならぬ内側から響いて来る 痛いところに皆触れる けれどやがて又やさしく
人を抱き上げる 人に寛闊な自由と天真とを得させる おのれの生来に任せきる度胸とつつましさとを得させる 俎の上に平気でねさせる 地面の中から万物と声を合せて宇宙の歌をうたはせる

詩「クリスマスの夜」初出形より 大正11年(1922) 光太郎40歳

「彼」はイエス・キリストです。光太郎、きちんと洗礼を受けたクリスチャンではありませんでしたが、『聖書』は身辺に置き、イエスの言葉などは自らの指針の一つとしていた節があります。

当方にとっては光太郎自身の言葉が上記のようなイメージですが、すぐそばにいて、常に光太郎の言葉を上記のように捉えなければいけない、と思ってしまうと、智恵子のような悲劇が起こるのかも知れません。

都内から演劇の公演情報です。

evkk(エレベーター企画)『売り言葉』

期 日 : 2019年9月5日(木)~8日(日)
時 間 : 9/5[S]・6[A] 19:00~ 9/7 15:30~[S]/19:00~[A]  9/8 12:00~[S]/15:30~[A]
             [S]……一人芝居バージョン  [A]……二人芝居バージョン
会 場 : 北池袋 新生館シアター 豊島区池袋本町1-37-8 中村ビル2F
料 金 : 前売 3000円 当日 3500円

高村光太郎の妻・智恵子の物語。

裕福な家庭に生まれた彼女は、東京で高村光太郎と出会い、結婚。才気煥発な智恵子だったが、ふたりの関係は少しづつ変わってゆく。光太郎が芸術家として前進する一方、自分の絵は認められることはなかった。

『智恵子抄』に描かれた「あなた」であらんとするため、必死でもがく智恵子

―――本当に私はこんなにも 綺麗に死ぬことが出来るのかしら。

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「売り言葉」は、平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主役・大竹しのぶさんで初演されました。登場人物は智恵子のみの一人芝居です。

同じevkk(エレベーター企画)さんによる「売り言葉」の公演、一昨年に大阪で開催されています。

その際からそうでしたが、オリジナルに即した一人芝居バージョン[S]と二人の女優による[A]、趣向を変えた2バージョンでの上演だとのこと。

シナリオ的にはかなり辛口、光太郎、ディスられまくりといった感がありますが、「たしかにそうだよな」と納得させられてしまいます。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

事柄ではない。心だ。理窟ではない。具体だ。卑(ひく)さではない。高さだ。
雑纂「訳書『自選日記』序文」より 大正10年(1921) 光太郎39歳

『自選日記』は、アメリカの詩人、ウォルト・ホイットマンが明治14年(1881)に出版したもので、南北戦争時を中心にしています。光太郎訳ではなく杉木喬訳で、岩波文庫版が健在(初版・昭和42年=1967)です。


日記ですので、「事柄」が多く記されていますが、それを単なる「事柄」として受け取るのではなく、その背後にあるホイットマンの「」、そして「事柄」はその「具体」化なのだ、ということでしょうか。

先ほど、2泊しました宮城県から帰着しましたが、メインの第28回女川光太郎祭をはじめ、3~4回はそのレポート等に費やさねばなりませんので、それを始める前に別件をご紹介してしまっておきます。

新刊書籍情報です。宮城から帰って来ましたら、自宅兼事務所に届いていました。

渡辺えりⅢ──月にぬれた手/天使猫

2019年8月15日 渡辺えり著 早川書房(ハヤカワ演劇文庫) 定価1,620円(税込)

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東日本大震災後に発表された渡辺えりの代表作二篇
高村光太郎と宮澤賢治をモチーフにした、渡辺えりの円熟の夢幻劇二篇

のんさん推薦!
「えりさんの作品から受ける感動は、トラウマとなって記憶に刻まれるような衝撃があります。色んな思考が渦巻いて、見る人を惑わせて不安にさせて、心をかき乱してくる。その中に見えてくる希望が心地いい。ファンタジーな世界が入り乱れる天使猫と、悪夢のように語られる月にぬれた手。私は、えりさんの作品に触れることが出来て良かったなあ…そんな風に感じて胸が熱くなりました。」

〈内容紹介〉
終戦後、花巻郊外の粗末な小屋。高村光太郎は大戦中の自身を厳しく省みる日々を送っている。ある日、亡き妻・智恵子の幻影が現れ――女性と地方の立場から、光太郎が象徴する都会の男性中心社会を問い直す『月にぬれた手』。
東北地方の瓦礫の中でケンジは、妻の遺体を探す「猫」と出会う……東日本大震災と向き合い続ける著者が、宮澤賢治の人生と作品を織り交ぜて描いた、鎮魂と祈りの音楽劇『天使猫』。
解説/山口宏子


渡辺えりさん率いる劇団・おふぃす3○○(さんじゅうまる)さんによる、光太郎を主人公とした平成23年(2011)初演の「月にぬれた手」と、翌年に初演された宮沢賢治が主人公の「天使猫」のシナリオです。もちろんご執筆は渡辺さん。
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渡辺さん、同じハヤカワ演劇文庫で、平成19年(2007)には『渡辺えり子Ⅰ――光る時間(とき)/月夜の道化師』も出されていますが(改名前なので「渡辺えり子」となっています)、こちらは光太郎と交流のあったお父様をモチーフにした「光る時間(とき)」が収められています。

今回の出版に際しては、少しだけ、お手伝いさせていただきました。先月でしたか、渡辺さんから電話があり、「月にぬれた手」中で、平岩紙さん演じた智恵子のセリフに、大正11年(1922)に智恵子が回答したアンケート「哀憐な美しさを見ます」からの引用があるのですが、その出典がわからなくなってしまった(事務所移転のどさくさで資料類が何処にいったかわからなくなったそうで)とのことで、お教えしました。

上記紹介文にある通り、帯にのんさんの推薦文が印刷されています。のんさん、現在公演中のおふぃす3○○さんの新作「私の恋人」で、渡辺さんと共演なさっています。本格的な舞台は初出演だそうで。ご招待いただいておりますので、月末の東京公演を拝見に行く予定です。

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詳細はこちら

さて、ハヤカワ演劇文庫 『渡辺えりⅢ──月にぬれた手/天使猫』、ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

低きに居む      短句揮毫 戦後

「む」はこの場合、意思を表す助動詞。したがって、「低い立ち位置に居よう」といったところでしょうか。

ある意味、上から目線で多くの空虚な翼賛詩文を書きまくり、あまたの前途有為な若者を死地に追いやった反省が、この句にもにじみ出ています。

演劇公演の情報ですが、状況をわかりやすくするため、『朝日新聞』さん大阪版の記事から。

大阪)大阪女優の会が活動区切りとなる朗読劇、9日から

 反戦と非核を訴えてきた「大阪女優の会」が9~11日、活動の区切りとなる朗読劇を大阪市で開く。2003年に結成を呼びかけた関西芸術座の河東(かとう)けいさん(93)が66年の女優生活をかけて「最後」の舞台に挑む。
 きっかけは、2003年3月の米国によるイラク侵攻だ。これに怒った河東さんら関西の演劇人が劇団の枠を超えて集まり、同年8月に大阪市の劇場で第1回公演を開いた。それから毎夏、非暴力を訴える舞台を重ねてきた。
17回目の今夏は、30~90代の女優15人が朗読劇「あの日のこと」を上演する。
 劇は、太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年12月8日のラジオ放送を軸に進む。「アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」という大本営発表から「輝かしい大戦果」まで刻々と発表されるニュースに人々は何を思ったのか。
 「天地が開けたほどの開放感」(吉本隆明)、「新しい神話の創造が始つた」(火野葦平)、「一死報国の時が来た」(青野季吉)、「世界は一新せられた」(高村光太郎)……。
 当時の著名人の日記などを収めた「朝、目覚めると、戦争が始まっていました」(方丈社)から抜き出してきたセリフからは、高揚感と陶酔感とが少数の怒りや胸騒ぎを圧していく風景が立ちあがってくる。
 興奮の行く末は「空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの8日間」(小学館)からの引用としてあらわれる。45年8月6日の原爆投下後の広島をさまよった女性は、圧死した母のかたわらで「お母ちゃんとネンネする」と泣いて死んでいく幼子の姿に絶望的な怒りを書き記す。
 演出と構成を手がけた棚瀬美幸さん(43)=東大阪市=は「開戦の日の爽快感が広島の日につながっていった」と話す。
 河東さんは、開戦の興奮と原爆の絶望との間に無数にあったであろう平凡な日常を生きる主婦を演じる。
 手術を終えたばかりで認知症も進みつつある河東さんは今年6月末、ライフワークだった小林多喜二の母を演じる公演を閉じた。一方、今回の出演には「会が17年目ということは、ちっとも日本が平和にならへんということやね。ますますやらなあかんね」と続行に意欲たっぷりだ。
 会の副代表として河東さんに伴走してきた金子順子さん(67)=大阪市=は「河東の体調を考えて今回で一区切りとするが、演劇人としての河東にはやるべきことがいっぱいある。河東を生かし、受け継ぐ形を考えたい」と話している。
 9日(14時と19時)、10日(13時と17時)、11日(11時と15時)、大阪市中央区のドーンセンター。一般2千円、大学・専門学生1千円、高校生以下500円。大阪女優の会(06・6392・7581)へ。(下地毅)

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というわけで、調べてみました。

 

あきらめない、夏"  2019 大阪女優の会 VOL.17朗読劇「あの日のこと」~『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』『空が、赤く、焼けて』より~

日 時 : 2019年8月9日(金)14時/19時 10日(土)13時/17時 11日(日)11時/15時
会 場 : 大阪府立男女共同参画・青少年センター(ドーンセンター)1階
       大阪市中央区大手前1丁目3番49号
料 金 : 一般 2,000円  大学・専門学生 1,000円 高校生以下 500円

2003年アメリカによるイラク攻撃が始まり、多くの演劇人が反対の声を上げました。これを機に「大阪女優の会」を立ち上げ、過去の戦争を風化させないためにも「演劇は非戦の力」として、毎年“あきらめない夏”の公演を続けています。
17年目となる今回は、太平洋戦争が始まる日に立ち会った著名人の言葉を集めた『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』、広島原爆の翌日から8日間を記した『空が、赤く、焼けて―原爆で死にゆく子たちとの8日間』から、「言葉」をキーワードに描く朗読劇です。戦争へ向かう空気、そしてその終末に、人はどのように感じていたのか、そこからつながる現代・未来へ向けた私たちの取り組みです。

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元ネタが、方丈社さん編刊の『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』と、奥田貞子さん著、小学館さん刊行の『空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの8日間』。前者には、光太郎の翼賛詩が収められており、今回の公演でも取り上げられるようです。

今日、8月6日は広島原爆の日、9日は長崎、そして15日は終戦記念日。この時期にあの悲惨な過ちを繰り返さないためのメッセージとして、こうした取り組みが行われることは非常に意味深いものと存じます。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

不可避の道をゆくのみ     短句揮毫  戦後

光太郎が戦時中に大量に書いた空虚な翼賛詩文を読み、多くの前途有為な若者が死地へと旅立っていきました。その反省から、花巻郊外旧太田村のあばら屋(高村山荘)で、戦後の7年間、蟄居生活を送った光太郎。それが「不可避の道」ということです。

しかし、戦時中は戦時中で、大量の翼賛詩文を書き殴るのが「不可避の道」だと捉えていたはずですし、さらに遡れば、妻・智恵子を心の病に追いやった俗世間と没交渉の芸術精進の日々、父・光雲との対立を余儀なくされた留学からの帰朝直後のデカダンの日々なども、それぞれその時点では「不可避の道」だったと思われます。

俳優・高島忠夫さんの訃報が出ました。今朝の『朝日新聞』さんから。

高島忠夫さん死去 俳優・司会、幅広く 88歳 

 映画にミュージカル、テレビ番組の司会と幅広く活躍した俳優の高島忠夫(たかしま・ただお、本名高嶋忠夫〈たかしま・ただお〉)さんが26日、老衰で死去した。88歳だった。明るいキャラクターでお茶の間に親しまれ、その一家は円満な家族の代名詞だった。
 神戸市生まれ。大学時代に新東宝映画第1期ニューフェースとして映画界に入り、1952年「恋の応援団長」でデビュー。映画「坊ちゃん」シリーズなどの青春コメディー路線で人気を博した。63年には、日本初のブロードウェー・ミュージカル「マイ・フェア・レディ」(東宝、菊田一夫演出)の主役を演じた。
 70年代以降は、テレビを中心に活動。「クイズ・ドレミファドン」の司会や、夫婦で25年以上出演した料理番組「ごちそうさま」、「ゴールデン洋画劇場」の映画解説などに出演。「イェーイ」の決めぜりふと明るい人柄で親しまれた。
 60年に映画で初共演した俳優の宝田明さん(85)は「テレビの人気者になっても、年下の人に優しく、天性の包容力があった。戦友だと思っていた」と語った。
 私生活では、63年に宝塚の男役スターだった寿美花代さんと結婚。64年には、長男道夫ちゃんがお手伝いの少女に殺害された事件に見舞われた。98年には、うつ病と診断され、闘病生活を経験した。
 俳優高嶋政宏、高嶋政伸兄弟の父でも知られ、寿美さんとは「芸能界一のおしどり夫婦」と呼ばれるほどの仲。「高島ファミリー」としてその私生活は逐一話題になった。
 政宏さんは「母曰(いわ)く最後は眠るように旅立っていった、のがせめてもの救いです」。政伸さんは「最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、本当に穏やかに旅立ちました」とのコメントを出した。
 所属事務所によると、27日に家族のみで密葬を行った。お別れの会などの予定はない。

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高島さん、昭和43年(1968)には、梅田コマ・スタジアムで上演された北條秀治脚本の舞台「名作劇場第二作 智恵子抄」で、光太郎役を演じられました。智恵子役は藤純子(現・富司純子)さんでした。

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010この戯曲、元々は光太郎存命中に書かれ(北條は戦時中から光太郎と面識がありました)、光太郎が没した昭和31年(1956)、雑誌『婦人公論』の光太郎追悼特集に掲載されました。

そして光太郎存命中から内諾を得ていた故・初代水谷八重子さんが智恵子役、故・大矢市次郎さんが光太郎役で、その年の11月に東京明治座で初演。この時は同じ北條作の「太夫(こったい)さん」という芝居との二本立てで、それぞれ2時間足らずという制限がありました。

それが高島さんの出演なさった昭和43年(1968)の公演は、「智恵子抄」単独の上演ということで、約2倍に膨らませたそうです。元々は無かった上高地のシーンなどが追加されています。

その後、昭和46年(1971)には初代水谷さんによる再演(光太郎役は故・森雅之さん=光太郎と交流のあった有島武郎の長男)、昭和51年(1976)には有馬稲子さん故・高橋昌也さんがそれぞれ演じられました。その都度、上演時間等の制約のため、長かったり短かったりの改訂が為されていたようです。当方、すべて同じシナリオだと思いこんでいましたが、改めて調べてみてそうではなかったと分かりました。

高島さんの光太郎役、ぜひ見てみたかったと思いました。謹んでご冥福をお祈りいたします。


【折々のことば・光太郎】

斯ういふ問題で仮定を前提とした質問に逢ふといつも困ります。一般論としては職業を持つ事に男子女子の別を考へません。家庭生活を中心として考へると、其時其場其人の三個の必然に出会はなければ賛否を考慮する根拠が私には持てないのです。理論は考へられますが。

アンケート 「あなたの夫人、令嬢、令妹などが職業を持つことを
お望みになりましたら」全文 大正14年(1925) 光太郎42歳

いわゆる「職業婦人」という言葉が使われるようになった頃のアンケート回答です。人によって事情が違うのだからと、安易に賛成とも反対とも断言しない光太郎の姿勢には好感が持てます。

演劇系イベントを二つ。

まずは仙台発の情報。
会 場 : せんだい演劇工房10-BOX box-1  宮城県仙台市若林区卸町2-12-9
時 間 : 7/5(金)19:30〜 1作品目 7/6(土)19:30〜 2作品目
        7/7(日)13:00〜 3作品目
料 金 : 通し券(木金・土・日の3パターン/全7作品観劇可)
        一般前売:2,800円 一般当日:3,000円 
        学生前売:1,800円 学生当日:2,000円

毎年、大阪・インディペンデントシアターで行われる最強の一人芝居フェスティバル「INDEPENDENT」。2011年夏に行われたジャパンツアー仙台公演を経て、2012年から仙台でも東北の創り手を中心とした「INDEPENDENT:SND」を継続開催しています。今年も多数の応募の中から激選された6組が参戦。東北の俳優と本家大阪で評価を得た招聘作品が競演します。是非ご期待ください!


演劇ユニット箱庭 第5回公演 『38.9℃の夜』
 出演 : しゅー(演劇ユニット あかりラボ)
 脚本 : 長門美歩
 演出 : 志賀彩美(演劇ユニット 箱庭)

「女が結婚しないでいるのはよくないなんて誰が決めたことなの。だいたい世の中の習慣なんて、どうせ人が決めたことでしょう、それに縛られて一生、自分の心を騙し続けて生きるなんてつまらないことだわ。わたしの一生はわたしが決めたい。たった一度きりしかないわたしの一生ですもの。」
と高村智恵子は言ったそうだ。

演劇ユニット 箱庭 第5回公演「38.9℃の夜」では、社会人と演劇・表現活動を両立する、年齢・結婚年数が異なる3人の既婚女性で構成。「結婚して、家族を得ても、孤独だった」と言う感覚をもとに、現代に生きる女性としての生き方と、その苦悩と孤独について描き出す。その舞台の題材として取り上げられるのが高村智恵子という一人の芸術家の一生だ。

「自分の人生を生きた」そういう実感が心から湧くような生き方をしていきたい。ままならないことだらけの世の中で、智恵子は生きました。ままならないことだらけの世の中で、私たちはどう生きていこう。

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「INDEPENDENT:SND19」という演劇フェスティバル的なイベントがあり、7作品(すべてが一人芝居とのこと)が上演される中の1つとして、演劇ユニット箱庭 第5回公演を兼ねる 『38.9℃の夜』だそうです。


もう1件、愛知県長久手市から。

長久手市文化の家自主事業 創造スタッフ七夕企画 文学パフォーマンス

期  日  : 2019年7月6日(土)
会  場 : 長久手市文化の家  2F情報ラウンジ  愛知県長久手市野田農201 
時  間 : 11時00分 15時00分 18時00分
料  金 : 無料

出演 豊永洵子(ダンス) 細川杏子(フルート) 藤島えり子(俳優)

女性創造スタッフ三名によるパフォーマンスイベント。ダンサー×フルーティスト×俳優が文学作品を題材にコラボレーション! 高村光太郎の名作「智恵子抄」を、それぞれの形でお見せします。
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やはり「智恵子抄」系、どちらかというと女性に人気なのでしょうか。仙台の演劇も女性3人組、奇しくも長久手も同じく女性3人組ですね。

現代の素敵な女性達が自分の生涯をさまざまな形で表現し続けてくれていると知り、泉下の智恵子はどう思うでしょうか。


【折々のことば・光太郎】

試験制度をくぐつて来た人間の頭には、どうしても取り去れない或る箍がかかつてゐます。どうしてもコンクリイトで出来た池の中の水のやうな処があつて、海洋の水はおろか、小川の流のやうな処さへ少いやうです。どんなに有為な、立派な、若しくは偉大な人物になつても、その根性の奥にはめられた或る箍は、一生涯つきまとふかと思はれます。

アンケート「もし私に子があつたら何にするか?」より
 大正12年(1923) 光太郎41歳

「箍」は「たが」。「たがが外れる」の「たが」です。

いわゆるエリートの脳内にはその「箍」がしっかりはまっていて、外れることがないと。もちろん融通が利かないとか、思考が硬直化しているとか、そういったマイナスの意味で使われています。

今も昔も、ですね。

演劇の公演情報です。
会    場 : シアターKASSAI 東京都豊島区東池袋1-45-2
時    間 : 5/28(火) ~5/30(木)19:00 5/31(金)  14:00・19:00 
         6/1(土)  12:00・15:30・19:00
  6/2(日)  13:00・17:00
料    金 : 前売・当日共 3,800円/学割2,800円

脚本 清水邦夫 演出 大谷恭代

『いとしいとしのぶーたれ乞食』
首塚に棲みついている老人と老婆。老婆は何十年もおかげまいりの一行を待っている。そこへ「おかげまいりパック」のツアー客たちがやってくる・・・
  側見民雄 槇由紀子 町屋圭祐 尾﨑宇内 小野田由紀子 瀬沢夏美 夏谷理恵 環みほ 須藤正三 藤本しの
 野良のりオ  知野三加子 黒崎雅 今氏瑛太

『朝に死す』
長く続く壁の前。男は仲間を裏切った。女は男に捨てられた。生への絶望と渇望・・・名前も顔も知らなかった二人が話し始める・・・
  眞藤ヒロシ 牛水里美 小林司 鳥居きらら

二本立て(休憩なし)×Wキャスト公演。

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劇作家・清水邦夫氏の脚本による2本立て公演だそうです。

清水氏と言えば、平成3年(1991)に、光太郎智恵子を主人公とした演劇「哄笑―智恵子、ゼームス坂病院にて―」を書かれ、小林勝也さん(光太郎)、故・松本典子さん(智恵子)他のご出演、木冬社公演ということで上演されました。

今回の作品のうち、『いとしいとしのぶーたれ乞食』の方で、光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)が使われるようです。「首塚に棲みついている老人と老婆」の会話が、「樹下の二人」からデフォルメされたものを含むようで。上記チラシの右上にも「樹下の二人」の一節が引用されています。

この作品、戯曲として書かれたのは昭和46年(1971)、清水氏まだお若い頃の作品です。ただ、初演は下って昭和58年(1983)。のちの「哄笑―智恵子、ゼームス坂病院にて―」と同じく、木冬社さん公演でした。

おそらくこれが発展して「哄笑―智恵子、ゼームス坂病院にて―」につながっていったのだと思われます。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

又新聞で、私が彫刻家であるのに文学部門から推せんされたのがをかしいといふので辞退したやうにも言はれたが、これは談笑の間に私が早解りするやうに、「それでは親爺におこられるよ」などといつたからであらう。又実際一旦文学部門で会員になつたら、その上重ねて美術部門で会員に推されるといふことはあり得ないことであらう。つまり私の場合で言へば、美術部門からはしめ出しを食つたことになるのである。

散文「日本芸術院のことについて――アトリエにて 1――」より
 昭和28年(1953) 光太郎71歳

この年、光太郎は日本芸術院第二部(文芸)会員に推挙されましたが、辞退しています。辞退者が珍しく、当時のメディアがその理由をいろいろ憶測を交えて報じましたが、それに対し、間違いもあるようだから、と発表した文章の一節です。

やはり彫刻家としての矜持があったでしょうし、そして、戦時中に書き殴った大量の翼賛詩によって多くの前途有為な若者を死地へと追いやったという反省から、文学部門での栄誉に浴することを辞退したのでしょう。

4月11日(木)、文京区立森鷗外記念館さんの特別展「一葉、晶子、らいてう―鷗外と女性文学者たち」、田端文士村記念館さんの「恋からはじまる物語~作家たちの恋愛事情~」展とハシゴした後、渋谷に向かいました。

目指すは渋谷区文化総合センター大和田さん内の渋谷伝承ホール。

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こちらで劇団Yプロジェクトさんのプロデュース公演「ブーケdeコンセール 詩劇と音楽」を拝見。

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2部構成で、第1部が「ラフマニノフの抒情(ロマン)」。八谷晃生さんという方によるピアノで、ロシアのセルゲイ・ラフマニノフの「プレリュードニ長調Op.23-4」と「ピアノソナタ2番Op36変ロ長調」の2曲が演奏されました。曲目の通り第2部へのプレリュード(前奏曲)的な感じでした。

そして第2部が「長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、」。事前の告知で、内容的には光太郎の生涯を追う、というのは何となくわかりましたが、それをどう料理するのかまではわかっていませんでした。開演前にいただいたパンフレットを見ましたところ、出演される役者さんたちの一言ずつやプロフィールなどが。1チーム8人ずつ、2チームが交互に3日間で6公演、当方が見たのはBアクトさん(下記画像右半分の皆さん)による公演です。

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Aアクトさんを含め、「高村光太郎という芸術家の生涯を少しでも伝えられたら」、「様々な表現で高村光太郎の生涯をキャスト一丸になりお伝えします」、「光太郎という人間を全身で感じていただけると感激です」といった記述。キャスト名は書かれていません。代わりに、「劇中で語られる人物紹介」ということで、光太郎の父・光雲にはじまり、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」一帯の公園設計を担った谷口吉郎まで、50名超の名が(ただ、宮沢賢治など、この欄に抜けている人物も実際には居ました)。

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「語られる人物」であってキャストというわけではないのだろう、と思って読んでいましたところ、第2部開演。

舞台は基本、暗がりです。椅子が8脚並べられ、黒づくめの役者さんたちが座っています。第1部でピアノ演奏をなさった八谷さんがBGM的に舞台下手(しもて)隅でピアノ演奏(これがうるさすぎず、適度な音量で豊かに情感を添え、絶妙でした)。役者さんたちは、一人ずつ前に出て来て、光太郎詩文の朗読やナレーションによる状況説明。そこだけスポットが当たるようにしてありました。お一人の担当部分が終わる頃、次の役者さんが出て来てバトンタッチ。基本、その繰り返しでした。つまり、全員が光太郎というわけで、だから上記「一言」でああしたご発言だったのかと納得いたしました。

役者さんたち、それぞれに熱のこもった語りで、8人がめまぐるしく交替することで変化も生じ、当然ながら取り上げる詩文によって語り口を変え、ぐいぐい引き込まれました。単なる語りだけでなく、最小限ではありましたが動きも入り、視覚的効果も考えられていました。

前半は「智恵子抄」収録の詩篇を軸に、光太郎智恵子の純愛のドラマ的な。「なるほど、無難にまとめているな」という感でした。しかし、後半、智恵子歿後になって、ある意味、意外な展開となります。特に太平洋戦争開戦後に光太郎が大量に書き殴った翼賛詩が、かなりの数、取り上げられました。通常、演劇等で光太郎が扱われる場合、この時期はさらりと流されるのが普通です。光太郎の人生最大の汚点であるわけで(この時期こそが憂国烈士・光太郎の真骨頂、とする愚か者も多くて困っているのですが)、扱いが難しいというのが理由でしょう。

しかし、今回の公演では陰惨な、空虚な、安直な、浅薄な、愚劣な、こけおどし的な、がらんどうな、悪魔的な、紋切り型の、子供だましの 、狂気さえ感じる、罪深い翼賛詩の数々が語られました。順不同ですが、「十二月八日」、「さくら」、「シンガポール陥落」、「必死の時」、「琉球決戦」、「軍艦旗」など。光太郎に余り詳しくない観客の方々は、かなり意外の感を持たれたのではないでしょうか。

このあたりにじっくり焦点を当てる演劇は少なく、類例を挙げれば、当会会友・渡辺えりさんの脚本になる「月にぬれた手」(平成23年=2011)くらいでしょうか。木野花さん演じる老婆が光太郎に投げつけた「戦争中にこいづが書いた詩のせいでよ、その詩ば真に受げて、私の息子二人とも戦死だ。」「おめえがよ、そんなにえらい芸術家の先生なんだらよ。なしてあんだな戦争ば止めながった? なしてあおるだげあおってよ。自分は生ぎでで、私の息子だけ死ねばなんねんだ。」という台詞がありました。

といって、今回の公演も、単に光太郎をディスるだけでなく、光太郎同様に、或いはそれ以上に軽々しく大政翼賛に走った文学者たちも語られ、さらに戦後にはそういった面々が無節操な豹変ぶりをやらかしたこともやり玉に挙げていました。そして一人光太郎のみ、花巻郊外旧太田村での不自由な蟄居生活――「自己流謫(るたく)」――「流謫」は「流罪」に同じ――で、自らの罪に向き合ったことも語られました。この時代こそが、ヒューマニスト光太郎を語る上で最も重要な時期なわけで、ここをしっかり描いて下さったのもありがたいところでした。

終末は再び「智恵子抄」。「樹下の二人」(大正12年=1923)で、幕。

あらためてパンフレットを読み返してみると、最初のページに「光太郎の言葉に触れることは、時代の分節点にある今日、何かを教えてくれるのではないでしょうか」とありました。なるほど、と思いました。

終演後のホワイエ。

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急いで帰る都合があり、役者さんのお一人とだけ少しお話しさせていただき、名刺をお渡しして帰りました。

すると、昨日、脚本・演出を担当された小野寺聰氏から、自宅兼事務所にご丁寧にお電話がありまして、上記のような感想をお伝えし、その他いろいろお話しさせていただきました。そういうケースも珍しいので、恐縮いたしました。役者さんたちは、いろいろな劇団などから集まった特別編成だそうで、今のところ再演の予定はないというお話でした。ただ、光太郎の生き様的な部分に感銘を受けた役者さんもいらして、さらにちゃんとやりたいみたいなお話もあったそうです。期待したいところです。


以上、都内レポート終わります。


【折々のことば・光太郎】

今更罹災の体験などと改まつてきかれると変なもので、私などは独身者の事とて万事が簡単至極である。罹災者達の中には病人や老幼者をかかへて敢闘した人達も多い事と思ふが、さういふ人達に対して深甚の同情を禁じ得ない。
散文「罹災の記」より 昭和20年(1945) 光太郎63歳

この年4月13日(昨日ですね)の空襲で、亡き智恵子と過ごした駒込林町25番地のアトリエ兼住居は灰燼に帰しました。自らも既に老年に入っていた光太郎、自分はともかく「病人や老幼者をかかへて敢闘した人達」への気遣いを優先させています。しかし、同じ文章の終末では「敵の腰砕け、敵の気力折れ尽きるまで、戦に冷徹して、神明からうけた大和民族の真意義を完たからしめねばならない」とも発言しています。

その愚昧さに気づくまで、あと数ヶ月を要します。

演劇公演の情報です。 

Yプロジェクトプロデュース公演 ブーケdeコンセール 詩劇と音楽 「長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、」

期  日 : 2019年4月10日(水)~12日(金)
会  場 : 渋谷伝承ホール 渋谷区桜丘町23-21 渋谷区文化総合センター大和田6・7F

時  間 : 14:00〜16:10  19:00~21:10 (6公演)
料  金 : 一般前売4,500円 当日4,800円 ペア特別券 8,000円
       学生優待(中・高・大) 3,500円
主  催 : Yプロジェクト
演  目 : 第1部 ラフマニノフの抒情(ロマン) ピアノソナタ2番の〈物語〉を聴く
        ピアノ/八谷晃生
       第2部 長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、

パリで知った芸術と人間。古き日本とのあまりの落差にデカダンスに走るが、智恵子と出会う。理想の男と女であろうとした生活。敬意と対等と信頼。だが、智恵子は精神を病み、死す。その慟哭が、詩「智恵子抄」となる。そして豹変するように、戦争に突入すると愛国詩を書きはじめる。本来は彫刻家であると自認するが詩人であり、翻訳をし、装丁のデザインをし、書を揮す。この類い希な芸術家=知性の人は時代の分岐点にいつも立ち会っていた。だが、その光太郎はどこへ行こうとしていたのか。

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内容的にはオーソドックスに光太郎智恵子の生涯を追うパターンのようです(ネット上であまり宣伝されていないので、よくわからないのですが……)。あとはそれがどう料理されているかですね。

年に数回、光太郎智恵子をモチーフとした演劇が上演されています。今後もこの傾向が続いてほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

「道程」をはじめから読んでみると、さすがに自分の過去がいろいろに思ひ出されていつ知らず感慨に満たされた。初篇から「泥七宝」の終まではまだ死んだ智恵子に会はぬ頃のもので、外国から帰つて来てはじめて日本の情炎に触れ、当時新しい文芸家の間に巻き起つた所謂疾風怒濤時代に身をもまれ、あらゆるものに対する現状憎悪から来るデカダン性と、その又デカダン性に対する懐疑と、斯かる泥沼から脱却しようとする焦燥とでめちやくちやになつてゐた私自身を此処に見る。

散文「某月某日」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

この年、山雅房から刊行された『道程改訂版』に関する文章の一節です。

初版『道程』は大正3年(1914)、自費出版で刊行されましたが、時代の最先端を突き抜けたこの詩集、売れ行きはさんざんでした。その後、ようやく時代が光太郎に追いつき、復刊を希望する声が高まって、改訂版が出版されたわけです。

ただし、この改訂版、初版とはかなり収録詩篇に差異があります。太平洋戦争開戦前夜ということもあったのでしょう、日本人批判の「根付の国」や、英国人陶芸家バーナード・リーチに贈った「廃頽者より」「よろこびを告ぐ」などはカットされるという「忖度」が行われています。

富山県から演劇の公演情報です。

劇団「喜び」公演「智恵子抄」

期   日 : 2019年3月21日(木・祝)
会   場 : 高岡市生涯学習センター (ウィング・ウイング高岡) 
富山県高岡市末広町1-7
時   間 : 14:00〜
料   金 : 前売 一般2,000円 中・高生1,000円 当日 一般2,500円 中・高生1,500円
         お菓子・飲み物付

彫刻家であり詩人である高村光太郎その妻智恵子。珠玉の愛の物語を『智恵子抄』の詩と共にお届けします。
脚本・一人芝居 茶山千恵子

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茶山さんという方、直接は存じ上げませんが、以前にも高岡で光太郎智恵子関連の市民講座や朗読をなさって下さっていた方です。



ありがたいところです。


【折々のことば・光太郎】

あの世とは何も遠いところではない。あの世とはみんなの頭の中にいつでも存在してゐるし、現世といつでも交通してゐるところである。

散文「某月某日」より 昭和14年(1939) 光太郎57歳

前年に亡くなった智恵子の新盆を迎えての感懐です。

同じ文章では「智恵子が今更あの世からのこのこお精霊さまになつて此の家にやつて来るなどとはしらじらしくて考へられず、おまけに智恵子は年中此所にゐるのだから、そんなあらたまつた事をする気が起らない」「私はあの変な戒名といふもので智恵子をよぶ気にはまるでなれない。何々院何誉何々大姉とは随分人を茶にしてゐるもので、たとひ自分の戒名があるとしてもそんな名をよばれて、すぐに「はい」と返事が出来ようとはおもへない」と書いています。

昨日は盆ならぬ、彼岸の入りでした。


第63回連翹忌(2019年4月2日(火))の参加者募集中です。詳細はこちら

山口県から演劇公演の情報です。 

touch the bonnet 10th演劇LIVE 「れもん」

期  日 : 2019年3月9日(土) 10日(日)
会  場 : 菜香亭  山口市天花1-2-7
時  間 : 19:00~
料  金 : 前売 一般¥1,500 大学生¥1,200 高校生以下¥700  当日一律¥500増

作:平田俊子  演出:岩本伸也  出演:細田昌宏/平田珠凛

「れもん」は詩人、彫刻家として有名な高村光太郎と、その妻智恵子の半生を描いた作品。
芸術に携わる方ならきっと共感できる迷いや不安、まっすぐに向き合い続ける情熱とそれを維持する難しさ、そんな思いを沢山混ぜ込んで二人だけで表現する濃厚な作品です。
飛び交う言葉も美しく、高村光太郎の詩も数多く登場します。興味がある方は道程や智恵子抄といった詩集に目を通してから来ていただいても楽しめると思います。そして、その殆どの詩を世に出る前に聞いていた妻の智恵子。智恵子がその詩をどんな気持ちで聞いていたのか?是非皆様も一緒に見守って下さい。
ちなみに!れもんと言えば最近なら米津玄師さんのlemonを思い浮かべた方も多いのでは?米津さん自身もインタビューで高村光太郎の智恵子抄について言及しているようです。皆様は「れもん」から何を連想しますか?
3月9日、10日。高村光太郎と智恵子の一生をどうか見届けにきてください。

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「れもん」は、平成16年(2004)、下北沢のザ・スズナリさんおよび京都芸術センターさんで、柄本明さん、石田えりさんにより初演された2人芝居です。

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ちなみにたまたま偶然でしょうが、来月から再来月にかけ、各地で光太郎智恵子を主人公とした演劇の公演が開催されます。それぞれ追ってまたご紹介します。


【折々のことば・光太郎】

母は無学であつたから私をあやすにもただ祖先伝来の子守歌を繰返すほかに術はなかつた。だがあの「坊やはいい子だ、ねんねしな」の無限のリフレインの何と私の心身を快よくしてくれたことだらう。私は今でもその声の和らかさと軽く背中を叩かれる時の溶けるやうな安心さとを忘れない。

散文「揺籃の歌」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

シニカルな見方で、光太郎はかなりのマザコンだったのではないかと言われています。その根拠として使われる散文の一つから。

そして、その母の面影を智恵子にも求め、それがまた智恵子の重荷になったとも……。

第63回連翹忌(2019年4月2日(火))の参加者募集中です。詳細はこちら

昨日は、今年初めて都内に出ておりました。

メインの目的は、観劇。北千住のBUoYさんという不思議なスペースが会場でした。

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岸井戯曲を上演するinTokyo#1「かり」」。岸井大輔氏という劇作家の方が書かれた同一の「戯曲」を、3組の方がそれぞれの表現で演じられる、といういわば実験的な試みでした。

ただ、それは「PLAYS and WORKS旗揚&新春企画 あそびとつくりごと1 出版記念の2日間」というイベントの一部、という扱いでした。

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先ほど、「戯曲」と書きました。なぜカギカッコつきで「戯曲」なのかというと、通常の戯曲という概念から離れたものだからです。

通常、戯曲というと、ほぼ台本や脚本、シナリオとイコール、すなわち、ト書きがや役者さん達のセリフが書いてあるものだと思いますが、岸井氏の「戯曲」の概念は、違います。

今回、取り上げられた「かり」という戯曲は、以下の通り。

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動物を狩り、植物を苅り、カリという語は、自然から借りるからきている。人生も仮住まいというように、生きているのは、何かから借りた、仮の姿であるので、拝借の借りという言葉が、一時的の仮に使われるようになった。
例えば、演技をするとき、私は私をかりている。では私に私をかしているのは誰か。

これで全文、これだけなのです。

ここから、3人の演者の皆さんが、それぞれにイマジネーションを働かせ、自分なりの「かり」を作り上げ、それを披露されたというわけです。

お一人目、キヨスヨネスクさんという方は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を延々と読まれました。お三方目、佐藤明子さんという方は、葛の葉伝説などを下敷きにした映像作品でした。

そしてお二人目の、辻村優子さんという方。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」をモチーフにして下さいました。

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ほぼほぼずっとこのポーズです。基本、セリフは事前に録音されていたものをスピーカーから流す形。ただ、後半、肉声も入りました。

辻村さん、俳優としても各種の舞台などにご出演されているそうですが、本業的には、美術作品のモデルさんだそうで、明治末に智恵子が油絵を学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術会さんでもモデルを務められているそうです。

そのモデルさんとしての実体験から、今回の内容を思いつかれたそうで、いわば「モデルあるある」的な(笑)。ある時、大きな彫刻のモデルをなさった折、作家の方が席をはずした際に作品を見てみると、作品の足もとにたくさんの紙切れが……。見ると、すべて某多人数アイドルグループの人気メンバーの写真。彫刻の顔を見上げると、まぎれもなくその方の顔……。というエピソードが挿入されましたが、実話だそうです。

「乙女の像」も、顔は亡き智恵子、ということで、まぁ、それにはそこに至るまでの光太郎智恵子の鮮烈な生の試みや、戦後の彫刻封印と自己流謫(るたく)=自分で自分を流刑に処すること、といった長いドラマがあるのですが、そのあたりは、拙稿も載っております『十和田湖乙女の像のものがたり』をお読み下さい。

終演後、お三方と、司会の方でトークショー。

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ここで、先ほどの岸井氏の「戯曲」の定義、的なお話も出ました。また、やはり辻村さんのモデルとしてのいろいろなお話など、興味深く拝聴しました。

更にその後、辻村さんとお話をさせていただきました。今回、「乙女の像」のポーズをずっとなさってみて、見た目には判らないものの、かなり身体に「ひねり」が入っているというお話を伺い、意外に感じました。「乙女の像」のモチーフの一つが観音像なので、同じ仏像でも、天部や明王などのそれとは違い、まっすぐに立っているというイメージでいたものですから。こういう点は、実際にやってみないとわからないことですね。

さて、今後も、光太郎智恵子の世界、様々な表現者の皆さんが、それぞれの解釈で挑んでいっていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】000

批評精神に満つるが故に却つて分せき的でなくて包摂的な、明徹であるが故に逆説と順応との入りまじる、抑へ難い闘志に燃えるが故にあらゆる人と物との価を発見せずにおかない、単純であるが故に内に複雑な結構の生れる、微妙のものを感ずるが故に感傷性に曾て墜ちない、この放縦にしてしゆく然たる彼の目にふれるのはよさう。

散文詩「ある首の幻想」より
 大正14年(1925) 光太郎43歳

粘土の塑像で、詩人、新聞記者だった中野秀人の首を作っている際の様子を記したものです。彫刻は、おそらく昭和20年(1945)の空襲で焼けてしまって、現存が確認できません。

ここでいう「彼」とは、確かにモデルの中野を指すとも考えられますが、どうも光太郎本人のことでもあるような気もします。

結局、あらゆる芸術作品は、モデルなりモチーフなりの姿を「借り」て、自分の内面を「仮」にこうだと表出するものなのでは、などと思いました。

ちなみに光太郎には、同じ年に書かれた「首狩」という詩も存在します。彫刻のモデルにふさわしい「首」をさがすという内容です。

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