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たまたまですが、演劇の公演情報、3連発となりました。

夢のれんプロデュースvol.7 【哄笑ー智恵子、ゼームス坂病院にてー】

期 日 : 2024年6月19日(水)~6月23日(日)
会 場 : テアトルBONBON 東京都中野区中野3丁目22-8
時 間 : 6月19日(水) 19:00~      6月20日(木) 19:00~
      6月21日(金) 14:00~/19:00~   6月22日(土) 13:00~/18:00~
      6月23日(日) 12:00~/16:00~
料 金 : 4,500円 学割・リピーター割 3,500円

脚 本 : 清水邦夫
演 出 : 大谷恭代

昭和11年5月上旬。南品川ゼームス坂教会、集会室。この約二ヶ月前に二・二六事件が起こった…
教会の隣にはゼームス坂病院があり、詩人で彫刻家の高村光太郎の妻、智恵子をはじめ、多くの精神病患者が入院している。智恵子は夫の光太郎がすでに死んでいると思い込み、目の前に現れる光太郎を受け入れない。智恵子は自ら狂気の世界へ逃げたのか、光太郎の過剰とも言える愛が彼女を追い詰めたのか…
ドイツからやってきた飛行船ツェッペリンのように、しなやかで、気まぐれで、愛すべきキラキラした不良少年・少女たちが闊歩していた東京の街に、軍靴の音が響き始めてきた…


「智恵子抄」の高村智恵子とその夫 高村光太郎 愛の物語です。かなり昔に打診したのですが生前の作者の希望により、外部上演の許可が下りませんでした。今回、元木冬社の方々や各方面の皆様に確認・協力をいただき上演の運びとなりました🙇‍♀️ まだまだ未熟な主宰・演出ですが清水作品の世界観を舞台上に広げられるよう誠心誠意、丁寧に創り上げます❗️
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オリジナルは故・清水邦夫氏作・演出の、ある意味伝説の舞台です。初演は平成3年(1991)、再演が同5年(1993)。いずれも木冬社さんとしての公演で、光太郎役は小林勝也さん、智恵子役は清水氏の奥様だった故・松本典さんが演じられました。再演の際は地方巡回も行われました。当方、平成29年(2017)にたまたま泊まった十和田市のビジネスホテルで十和田公演の際に書かれた松本さん、小林さんらの色紙が飾られているのを見つけ、驚きました。
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004その後、木冬社さんは平成13年(2001)に解散、清水氏も松本さんも亡くなり、再演されることはないのだろうと半ば諦めていましたが、さにあらずでした。

オリジナルの舞台は拝見出来ず、パンフレットは古書店で入手、脚本は河出書房新社さんから刊行された『清水邦夫全仕事 1981~1991』(絶版)で拝読いたしました。光太郎智恵子以外のキャストはすべて架空の人物と思われ、今回のフライヤーにも使われている昭和4年(1929)に飛来した飛行船・ツェッペリン号が一つのモチーフとなった、不思議な世界観です。

当方、6月21日(金)の回を予約いたしました。皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

小生の歌集の広告を見られたさうですが、あれは小生の意に反して十字屋と編者とが強引に出版するもので、書名の「白斧」といふのも誰がつけたか、小生の認知せぬものです。小生は生前歌集は出さぬ主張を持つてゐたのでこの出版には閉口してゐます。内容も小生の校閲を経てゐません。


昭和22年(1947)12月5日 和田豊彦宛書簡より 光太郎65歳

005明治末からの光太郎短歌を集めた歌集『白斧』に関わります。光太郎姻族となった宮崎稔が、光太郎短歌を集めて出版することを提案、光太郎は拒否しましたが、宮崎は上梓を強行しました。そこで光太郎は、あくまで自分とは関わりのないところでの出版である旨を明記せよ、と書き送りました。

タイトルの『白斧』は、明治37年(1904)の第一期『明星』にに載った短歌35首の総題から採られました。総題を付けたのはおそらく鉄幹与謝野寛で、元としたのは「刻むべき利器か死ぬべき凶器(まがもの)か斧の白刃(しらは)に涙ながれぬ」。自分で総題を付けたわけではないので記憶になかったのでしょう。「「白斧」といふのも誰がつけたか」というのはそういうわけです。

ちなみに光太郎、詩とは異なり、短歌は手控えの原稿を残しませんでした。そこで現在でもこれまで知られていなかった短歌の発見が相次いでいます。平成10年(1998)の『高村光太郎全集』完結後に見つかった光太郎短歌は20首ほどにもなります。

日程を勘違いしていまして、昨日開幕でした。紹介が遅れ、申し訳ありません。

文豪とアルケミスト 旗手達ノ協奏(デュエット)

東京公演
 期 日 : 2024年6月6日(木)~6月16日(日)
 会 場 : シアターH 東京都品川区勝島1-6-29
 時 間 : 6月6日(木) 18:00~        6月7日(金) 14:00~
       6月8日(土) 12:30~ 17:30~  6月9日(日) 12:00~ 17:00~
       6月11日(火)  13:00~        6月12日(水)  18:00~
       6月13日(木)  13:00~        6月15日(土)  12:30~ 17:30~
       6月16日(日)  12:00~ 17:00~
 休 演 : 6月10日(月) 6月14日(金)
 料 金 : 全席指定 10,500円(税込)

京都公演
 期 日 : 2024年6月21日(金)~6月23日(日)
 会 場 : 京都劇場 京都市下京区烏丸通塩小路下ル 京都駅ビル内
 時 間 : 6月21日(金) 18:00~        6月22日(土) 12:30~ 17:30~
       6月23日(日) 12:00~ 17:00~
 料 金 : 全席指定 10,500円(税込)
 
生配信
 〈東京〉
①2024年6月8日(土) 12:30公演    ②2024年6月8日(土) 17:30公演
 〈京都〉③2024年6月23日(日) 12:00公演  ④2024年6月23日(日)17:00千秋楽公演
 販売価格
  ①~④単品各公演 :3,800円(税込)
  6月8日(土)2公演+特別コメント映像(白樺派)セット:7,500円(税込)
  6月23日(日)2公演+特別コメント映像(新文豪)セット:7,500円(税込)
  4公演+特別コメント映像(白樺派・新文豪)セット:14,000円(税込)

文学作品を守るためにこの世に再び転生した文豪たち。その中心には白樺派がいた。しかし、長く続く侵蝕者との戦いが、歴戦の栄光に小さな翳りを落とす。その根幹が見出せない彼らを嘲笑うかのように侵蝕は広がり、小さな綻びは大きな窮地に。そんな時、志賀直哉の脳裏に浮かんだのは、かつて巨大な敵に文学で立ち向かった小林多喜二だった。

今後の戦いの激しさを憂い小林の転生を目論む志賀だったが、その間にも有碍書は増え続け……。危機が迫る中も挫けず、現状を打開する策を練る志賀。それを武者小路実篤ただ一人がそっと遠くから見守っていた。

キャスト
 志賀直哉:谷佳樹  武者小路実篤:杉江大志  有島武郎:杉咲真広
 里見弴:澤邊寧央  石川啄木:櫻井圭登    高村光太郎:松井勇歩
 広津和郎:新正俊  小林多喜二:泰江和明
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文豪とアルケミスト」は、DMM.comさんから配信されている、ブラウザゲームです。「様々な文豪と共に人々の記憶から文学が奪われる前に、侵蝕者から文学書を守りぬくことを目指す、文豪転生シミュレーションゲームです。また、本作品では実際にあった文豪同士の関係性を重視した内容を基調としており、それらが豪華声優陣によって現代に甦ります。」「近代風情が漂う平和な時代に、突如 として文学書が全項黒く染まってしまう異常現象が起きる。 それに対処するべく、特殊能力者“アルケミスト”と呼ばれる者が立ち上がり、文学書を守るため文学の持つ力を知る文豪を転生させる。 再びこの世に転生せし文豪たちが綴る、もうひとつの文学譚―」だそうです。

登場する「文豪」は、40名以上。光太郎もその一人です。

そこで、これまでにも声優の森田成一さんによる朗読CDが発売されたり、花巻高村光太郎記念館さん、宮沢賢治記念館などでタイアップ企画のスタンプラリーが行われたりしてきました。

舞台化も為され、今回で7回目だそうです。で、今回初めて、キャストに光太郎。舞台「憂国のモリアーティ」で ジョン・H・ワトソン役や舞台「刀剣乱舞」の 亀甲貞宗役だった松井勇歩さんが演じられるそうです。
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こういうアプローチから文豪たちに触れていくのも有りでしょう。東京公演、京都公演、DMMさんによる配信と、いろいろあります。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

もう雪が消えさうもなくなりました。室内に氷が張るやうになつたのでいよいよ冬籠です。

昭和22年(1947)12月1日 宮崎稔宛書簡より 光太郎65歳

12月はじめにもう根雪……。花巻郊外旧太田村、恐るべしですね。

都内から演劇公演の情報です。

葵の会第二十三回公演 青鞜の女たち

期 日 : 2024年6月15日(土)
会 場 : 府中市中央文化センター ひばりホール 東京都府中市府中町2丁目25
時 間 : 1回目13時〜  2回目16時半〜
料 金 : 無料

明治末期に雑誌「青鞜」を創刊した平塚雷鳥を中心に集う女性たちの物語

脚 本 : 高垣葵     脚 色 : 瀧田千聰
演 出 : 吉澤佳代子   出 演 : 葵の会

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令和3年(2021)に、同じ脚本で、町田市の市民劇団・ひなた村劇団さんが町田市で上演なさいました。また、同じひなた村劇団さんで「第29回たちかわ真夏の夜の演劇祭」の中でもプログラムに入りました。当方、町田での公演を拝見に伺いました

今回のフライヤー裏面を見るとわかりますが、登場人物がとにかく多く、史実として伝えられる『青鞜』周辺のさまざまなエピソード(それ以外も)がてんこ盛りです。

光太郎智恵子も登場し(フライヤーでは「千恵子」と誤植されていますが)、『青鞜』とは直接関わらない、犬吠埼やずっと後の九十九里での場面なども含まれています。

今回演じられるのは「葵の会」さん。脚本を書かれた故・高垣葵氏と関係があるのでしょうか。ちなみに高垣氏、黒柳徹子さんもご出演なさった伝説的ラジオドラマ「一丁目一番地」(昭和32年=1957)などを手がけられた脚本家で、父君はかの高垣眸です。

というわけで、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

おてがみ拝見、あなたの精進のありさまをよんで、大変うれしく感じました。宮澤賢治の魂にだんだん近くあなたが進んでゆくやうに見えます。


昭和22年(1947)11月30日 渡辺正治宛書簡より 光太郎65歳

故・渡辺正治氏は、劇作家・女優の渡辺えりさんのお父さまです。

光太郎との出会いは太平洋戦争末期の昭和20年(1945)4月、駒込林町の光太郎アトリエ兼住居が空襲により全焼する3日前でした。当時、中島飛行機(現・スバル)の武蔵野工場で働いていた渡辺氏、戦後は郷里・山形に帰られ山形大学に入学、教職の道に進まれます。

おそらく大学在学中、「昭和20年4月に東京でお会いした者ですが、大学に入り直して……」的な書簡を光太郎に送ったのでしょう。それに対する返答の一節です。

このハガキと、最初の出会いの時に光太郎に贈られた『道程 再訂版』は、えりさんを通じて花巻高村記念館さんに寄贈されました。

新聞記事から、またまた紹介すべき事項が溜まってまいりましたので、2件まとめて。

まずは『毎日新聞』さん。当会顧問であらせられた故・北川太一先生の盟友にして、この国で初めて光太郎を正面から捉えた評論集を刊行した、故・吉本隆明氏がらみです。

エッセー『隆明だもの』刊行 漫画家・ハルノ宵子さん 人間・吉本隆明、衝撃の実像

012 漫画家のハルノ宵子、といえば戦後を代表する思想家・吉本隆明(たかあき)の長女、多子(さわこ)さんのペンネームだが、その人が昨年末にエッセー『隆明(りゅうめい)だもの』(晶文社)を出した。驚くのは、これが知られざる吉本家の内情を明かした一種の暴露本なのである。
 「あとがき」で「吉本主義者の方々の、幻想粉砕してますね」と自ら評し、帯に「吉本家は、薄氷を踏むような“家族”だった」ともある。つづられる吉本と妻の和子(ともに2012年死去)の夫妻間の激しい葛藤、この両親と、著者および妹で作家の吉本ばななさんとの親子間の複雑な心理劇は、全共闘世代の「教祖」といわれ、絶大な影響力を持った吉本の実像として確かにショッキングだ。
  晩年に取材する機会を持った記者もそうだが、吉本と関わった多くの人々が、論争的な著作からすると意外な親しみやすい人柄にひかれた。今でいう「略奪愛」で結ばれた妻と、2人の娘に恵まれた家庭は、はた目には仲むつまじいものとしか見えなかった。
 ところが、本書によると吉本自身が「だいたい10年に1度」「不安定で、攻撃的なサイクル」に入る人であり、和子は「家族皆が振り回された」激しい性格だったという。「父(吉本)が10年に1度位荒れるのも、外的な要因に加えて、家がまた緊張と譲歩を強いられ、無条件に癒しをもたらす場ではなかった」からだとも書いてある。
013 この点について聞くと、ハルノさんは「家では母がすごい力を持っていましたからね。洗濯や料理も進んでやった父ですが、母の気持ちを真っ向から受け止めたり、包容したりする力はない人でした。母は心を支えてほしかったのだと思いますが」よと話す。
 本書は、刊行継続中の『吉本隆明全集』(全38巻・別巻1)の月報に掲載された文章を軸に、ばななさんとの姉妹対談、編集者によるインタビューで構成されている。対談でもハルノさんは「本当いうと、彼(吉本)は結婚すべき人格ではないような気がするんですよね。つまり、妻を支えてとか、そういう意味ではまったく期待できないですね」と手厳しく語っている。
 ハルノさんは1980年代に漫画家としてデビューするものの、妹が独立すると、母が体調を崩したこともあり、やがて家事や、多忙な父のマネジャー役を引き受けざるを得なくなった。しばしば両親の争いの板挟みにもなった。対談でも母の「怖さ」が繰り返し話題になるが、何かにつけてハルノさんを頼りにした母との関係は「共依存だった」とも表現する。
 あまりに個性的な 家族の中で一人、犠牲を強いられたともいえるが、本のトーンは決して暗くない。ユーモアを含んだ柔らかい文体や自作のイラストの効果もあるが、著者の冷静な批評的まなざしに負うところが大きい。そこに自然な愛情や敬意もにじみ出る。「結果的に、家に縛られているうちに面白いものを見せてもらったということになりますかね。状況を楽しむしかなかったですから」と笑顔で語る。
014 父母の葛藤は「一つの家の中に2人の表現者がいる難しさ」だったのではないかという。もともと小説を書いていて結婚後に筆を断った和子は、晩年に俳句を始めている。この見方は、詩人・彫刻家の高村光太郎が画家の智恵子と築いた家庭内の男女の緊張に注目した吉本の評論『高村光太郎』(57年)を思い起こさせ、興味深い。
 他にも、吉本が96年に伊豆の海で遊泳中に溺れた事件を境に「眼(め)も脚も急激に悪くなって」いく様子など、家族でなければ知り得ない生々しい証言は多い。亡くなる4、5カ月前、自宅で大きな音がしたので確かめると、既に視力や運動能力が衰えた身なのに外出の服装をして「玄関の石のたたきに父が転がっていた」という場面に、胸をつかれる読者もいるだろう。
 書名のいわれを尋ねると、「(書家・詩人の相田みつをの)『にんげんだもの』から」。なるほど「ヨシモトリュウメイも一人の人間だった」ということか。吉本の等身大の姿を語ってやまないこの本は、今後の「吉本伝」作家にとって必読の、また頼もしい文献となるに違いない。


『隆明だもの』、店頭で手にとって立ち読みしたのですが、直接光太郎智恵子に触れている部分は見あたりませんでした。まぁ立ち読みであって精読はしていませんから見落としがあるかも知れませんが。

しかし吉本氏夫妻の関係性が光太郎智恵子のそれを彷彿とさせられる、という記者氏の感想。なるほどと思いました。夫婦同業の苦労は、小説『智恵子飛ぶ』を書かれた津村節子氏などもたびたび言及されており(夫は故・吉村昭氏)、その仕事内容がクリエイティブであればあるほど、そうした傾向が強くなるんだろうなと思います。

続いて『山形新聞』さん。彼の地ご出身で、亡きお父さまが光太郎と交流がおありだった劇作家・女優の渡辺えりさんの連載エッセイです。

渡辺えりのちょっとブレーク (224)希望の年を願って

 新しい年が明けた。しかし、能登半島地震の被害はすさまじく、羽田の飛行機事故も痛ましく、波乱の年明けとなった。山形の皆さまは大丈夫だったでしょうか?
 高齢者の避難が困難な現実を目の当たりにし、日頃からご近所の様子などが分かるよう、交流を欠かさないことが大切だと感じた。私が子ども時代の山形市村木沢を思い出す。毎日、いろり端で青菜漬けをつまみながら緑茶をすすり、よもやま話に花を咲かせていた年配の方たちの笑顔が浮かぶ。避難の際の高齢者の保護を考えなくてはいけない。
 年末はロックライブで叫び、31日の大みそかは新宿・京王プラザホテルの宿泊客限定コンサートでシャンソンを歌った。そして今月は、私が演劇の舞台を創作して50年になる記念に劇中歌の中からえりすぐった20曲をレコーディングしている。年末年始は「歌」の仕事が続いた。
 また、うれしいニュースがある。今年5月に山形公演が決まったことだ。コロナ禍に書いた2人芝居を大幅に直し、高畑淳子さんと共演する。昨年の2本立て公演「ガラスの動物園」「消えなさいローラ」と同様に私が演出する。今回は作品も私が書く。コントラバスとバンドネオンの生演奏に加え、歌も披露する。1時間40分の短い作品だ。高畑さんと私は同じ年。ジャンルの違う演劇を続けてきた2人が、ユーモアたっぷりにさまざまな人生を演じる。山形市のやまぎん県民ホールで上演するので、ぜひいらしてください。
 そして今、人形劇「星の王子さま」の脚本を執筆している。結城座という江戸時代から続く人形劇の劇団の新作を依頼された。結城座さんとのコラボは今回で3作目。今年9月の公演だが、オリジナルの人形も制作するため、1月末が締め切りなのだ。
 私ならではの「星の王子さま」を作ろうと考えている。あまりに有名な作品だが、平和を願いながら星空の中で行方不明となったサンテグジュペリの精神を大切に脚色していくつもりだ。
 コロナ禍で中止になっていた学校公演も始まる。山形でも上演させていただきたい作品だ。高村光太郎もファンだった結城座。人形を使いながら、せりふをしゃべる技術の高さを見てほしい。世界にない手法の人形劇だ。
 2月4日は、天童市民文化会館でコンサート「世界は日の出を待っている~渡辺えり 平和への歌声」を開催する。地元で長年活躍しているビッグバンドからの依頼で歌う。「世界は日の出を待っている」は、関東大震災が起きた1923(大正12)年に作られた曲で、春の訪れとともに世界平和を祈っている。同市制施行65周年記念のコンサートとなる。「久しぶりに温泉に入れるのでは?」と期待している。
 そして、仕事で年末年始に会えなかった母ちゃんとも会えるはず。5月17日は父の命日。山形公演の準備で命日に故郷に帰れるのも、皆さまのおかげと父の愛情だと思っている。
 山形の皆さまにとって今年が光に満ちた希望の年でありますように。お互いに持ちつ持たれつ、支え合って生きていきましょう。今年もよろしくお願いします。(俳優・劇作家、山形市出身)
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あいかわらずバイタリティーにあふれていらっしゃいます(笑)。

今年は「江戸糸あやつり人形芝居 結城座」さんとのお仕事もなさるそうで、「高村光太郎もファンだった結城座」とのご紹介。

ファンだったかどうか当方は存じませんが、確かに光太郎、詩の中で座長の九代目結城孫三郎を登場させています。昭和5年(1930)、雑誌『詩・現実』に発表した「のつぽの奴は黙つてゐる」。特異な詩です。

    のつぽの奴は黙つてゐる

『舞台が遠くてきこえませんな。あの親爺、今日が一生のクライマツクスといふ奴ですな。正三位でしたかな、帝室技藝員で、名誉教授で、金は割かた持つてない相ですが、何しろ佛師屋の職人にしちやあ出世したもんですな。今夜にしたつて、これでお歴々が五六百は来てるでせうな。喜壽の祝なんて冥加な奴ですよ。運がいいんですな、あの頃のあいつの同僚はみんな死んぢまつたぢやありませんか。親爺のうしろに並んでゐるのは何ですかな。へえ、あれが息子達ですか、四十面を下げてるぢやありませんか。何をしてるんでせう。へえ、やつぱり彫刻。ちつとも聞きませんな。なる程、いろんな事をやるのがいけませんな。万能足りて一心足らずてえ奴ですな。いい気な世間見ずな奴でせう。さういへば親爺にちつとも似てませんな。いやにのつぽな貧相な奴ですな。名人二代無し、とはよく言つたもんですな。やれやれ、式は済みましたか。ははあ、今度の余興は、結城孫三郎の人形に、姐さん連の踊ですか。少し前へ出ませうよ。』

『皆さん、食堂をひらきます。』

滿堂の禿あたまと銀器とオールバツクとギヤマンと丸髷と香水と七三と薔薇の花と。
午後九時のニツポン ロココ格天井(がうてんじやう)の食慾。
ステユワードの一本の指、サーヴイスの爆音。
もうもうたるアルコホルの霧。
途方もなく長いスピーチ、スピーチ、スピーチ、スピーチ。
老いたる涙。
萬歳。
痲痺に瀕した儀禮の崩壊、隊伍の崩壊、好意の崩壊、世話人同士の我慢の崩壊。

何がをかしい、尻尾がをかしい。何が残る、怒が残る。
腹をきめて時代の曝し者になつたのつぽの奴は黙つてゐる。
往来に立つて夜更けの大熊星を見てゐる。
別の事を考へてゐる。

詩は昭和5年(1930)の作ですが、語られている場面はそれより2年前の昭和3年(1928)4月16日、東京会館で開催された、父・光雲の喜寿記念祝賀会です。

昨年、雑誌『美術新論』第3巻第5号(昭和3年=1928 5月)にその際の写真が掲載されているのを見つけ、智恵子も写っていたことに仰天しました。結婚後の智恵子が写った写真は10葉たらずしか確認できていませんでしたので。
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2週間ほど後に、渡辺さんとお会いする予定がありますので、結城座さんのお話を伺っておこうと思います。

明日以降、これも溜まってしまった新刊書籍等を紹介いたします。

【折々のことば・光太郎】

彫刻家にとつては何といつても彫刻材を入手した時ほど心からうれしい事はありません。実に愉快に存じます。


昭和21年(1946)7月29日 東正巳宛書簡より 光太郎64歳

東正巳は三重県在住だった詩人、編集者。光太郎は東を通じて西村之雄という人物から椿の木材を入手し、その礼状の一節です。しかし、結局、花巻郊外旧太田村での7年間で、作品として発表した彫刻は一点も作られませんでした。

新聞各紙で光太郎ゆかりの人物およびそのご子孫が取り上げられたりし、光太郎の名も出ることが相次いでいる三回目、亡くなられたお父さまが光太郎と交流がおありだった、劇作家・女優の渡辺えりさんです。

えりさん地元の『山形新聞』さん。

渡辺えりのちょっとブレーク (220)演劇を続け、訴える平和 舞台「ガラスの動物園」の稽古が始まった。

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005 ローラ役の吉岡里帆さんとは、この日が初対面。ローラ役にぴったりだと思い、私が手紙を出して実現したキャスティングだ。芯が強く純粋でまっすぐなイメージ。会ってみると私が想像していた通りの、まじめで細やかな方だった。ジム役の和田琢磨さん(山形市出身)は先日、私の母校の山形西高演劇部とのワークショップに参加していただいた。山形県民特有の純朴で礼儀正しい気質の方で、信頼できると思った。
 トム役の尾上松也さんはまだ10代の頃、私が歌舞伎を演出した際に出演していただいた。その後、ミュージカル「狸御殿」で親子役で共演した。その時の舞台美術は、山形市出身の絵本作家荒井良二さんだった。
 尾上さんとは、コロナ禍の2020年、本多劇場で2人芝居を上演した。「ガラスの動物園」の後日談「消えなさいローラ」で、探偵役を演じていただいた。尾上さんがテレビドラマ「半沢直樹」の撮影で忙しい最中、午前9時からの稽古を1週間という無謀なスケジュールで行った。緊急事態の公演が大好評で、「こうなったら本編もやろう!」と誓い合った企画が、今回の2本立て公演である。
 私が山形県民会館で文学座の「ガラスの動物園」を見たのは、1971(昭和46)年11月19日の夜、16歳の時だった。その日の昼間は、全共闘の火炎瓶で東京・日比谷公園の松本楼が全焼した。そして、71年は前年の11月に自決した三島由紀夫の葬式があった年だ。
 ベトナム戦争が終わったのは75年。反戦活動が続き、アメリカとの安保条約や地位協定に対する不安と不満が爆発し、日本人のアイデンティティーを問う活動が盛んになっていた時代であった。
 そんな中で見た「ガラスの動物園」のローラは私自身と重なり、世の中の常識と保身で縛ろうとする母親は自分の母と重なった。号泣したまま、席からしばらく立ち上がれなかった。
 公演後、西高演劇部の先輩に誘われ、アポなしで楽屋へ行った。トム役の江守徹さんは何事もなかったようにボテ(張りぼて)をトラックに運び、ジム役の高橋悦史さんは楽屋をほうきで掃いていた。「長岡輝子先生の楽屋はどちらですか?」と先輩が尋ねると、案内してくださった。
 アマンダ役で演出も手がけた長岡さんとローラ役の寺田路恵さんは、同じ楽屋にいらした。先輩は、役者を目指すための方法や覚悟などさまざまな質問をした。長岡さんは、宿泊していた八洋館までの移動を含めて1時間余りも付き合ってくださった。
 あの日の出会いがなければ、私はこうして演劇を志すことはなかった。
 あの日から52年。ともに楽屋を訪ねた先輩は突然の病で異界に旅立った。高村光太郎と智恵子がよく2人で食事していた松本楼の全焼に胸を痛めていた父も、昨年亡くなった。今回の舞台は、11月23日に山形市でも上演する。新しいやまぎん県民ホールで長年の夢がかなう。
 「ガラスの動物園」の時代設定は37年4月26日。ナチスと手を組んだフランコ将軍によるゲルニカの絨毯(じゅうたん)爆撃があった日だ。国際法を破った初めての攻撃とも言われる。その庶民を狙った無差別攻撃は、のちの広島、長崎の原爆投下へとつながっていった。時代は繰り返し、ウクライナ戦争は終わらない。戦争の残酷さは今もまだ止められない。私にできるのは、諦めずに演劇を続けて平和を訴えることしかない。
(俳優・劇作家、山形市出身)

舞台「ガラスの動物園」は、アメリカの劇作家、テネシー・ウィリアムズが昭和19年(1944)に書いた戯曲です。世界全体が閉塞的状況だったともいえる1930年代後半のセントルイスを舞台に、アメリカ下層階級一家の日常を描いています。

日本でも繰り返し舞台化されていて、昭和46年(1971)、文学座の長岡輝子さん、江守徹さん、高橋悦治さんによる公演をご覧になったえりさんの、演劇の道を志すきっかけになった作品だそうです。

その「ガラスの動物園」と、後日譚である「消えなさいローラ」の二本立てを、吉岡里帆さん、尾上松也さん、和田琢磨さんで上演とのこと。演出はえりさんです。
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えりさんが山形で「ガラスの動物園」をご覧になった日、東京日比谷公園ではいわゆる日比谷暴動事件が起こり、沖縄返還闘争の学生デモ隊によって、連翹忌会場として使わせていただいてる(当時は違いましたが)日比谷松本楼さんが焼け落ちました。

松本楼さんは、光太郎や木下杢太郎・北原白秋等による芸術至上主義運動「パンの会」会場としても使われたり、明治末には光太郎智恵子が訪れてアイスクリームを食べたりといった記録が残っています。

アイスクリームの件は新潮文庫版『智恵子抄』(昭和31年=1956)に掲載(オリジナル『智恵子抄』には無し)されている詩「涙」に書かれており、光太郎と交流のおありだったえりさんのお父さま、「あの松本楼が……」というわけだったのでしょう。

ちなみに地上波テレビ朝日さんで昨日放映されていた「午後もじゅん散歩」。平成30年(2018)放映の回を編集し直したものだそうでしたが、高田純次さんが信州善光寺さんに行かれるというので拝見しました。
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光太郎の父・光雲の名は出ませんでしたが、光雲とその高弟・米原雲海による仁王像が納められた仁王門。

で、この番組、後半はテレビ通販です。すると、松本楼さん。驚きました。
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しかも、ゆかりの文人ということで、漱石と光太郎。
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通販で扱った商品は、松本楼さんのデミグラスハンバーグとビーフシチューを冷凍食品にしたものでした。
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ところで、過日、えりさんから突然電話が掛かってきまして(いつものことですが(笑))「今、エッセイ書いてるんだけど、昭和46年に松本楼さんが焼けた経緯、わかる?」。当方も焼けたことは存じていましたが、詳しいいきさつまでは存じませんでした。それどころか焼けたのが二度目というのは存じていたものの、一度目は明治38年(1905)の日比谷焼き討ち事件と思い込んでいて、実は大正12年(1923)の関東大震災だったという有様。汗顔の至りです。

閑話休題、演劇を通して平和の尊さを訴え続けられているえりさん、今後ともご活躍なさるを祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

ちゑ子の三回忌が近づきました。五日は今年は防空訓練最終の日にあたるので十日にのばして法事をします、今年は父の七回忌にもあたりますから丁度一緒に父の命日に営むわけです、 満二年たつたのですが、まだ昨日のやうに思はれます。


昭和15年(1940)9月30日 長沼セン宛書簡より 光太郎58歳

太平洋戦争開戦までは未だ1年以上間があるのですが、「防空訓練」。光太郎の周辺もだいぶきな臭くなっていました。

7月7日(金)、座・高円寺さんでの「ろうどくdeおもてなし 七夕公演~会えば何かがはじまる~【夜公演】」拝聴後、高円寺駅前で牛丼を掻き込み(笑)、高田馬場経由で西武新宿線野方駅へ。概ね同じ方角でしたので助かりました。公演のハシゴで、「三枝ゆきの・末永全 二人芝居 『カラノアトリエ』『トパアズ』」会場のBook Trade Cafe どうひんさんに。
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こちらはカフェ兼古書店。古書店と云っても、ちょっと変わったシステムで「ハードカバーの書籍をお持ち下されば、書棚にあるお好きな書籍と交換させていただきます」だそうで。

その書棚がこちら。
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画像右の方に、室町時代の雪村周継筆「呂洞賓図(りょどうひんず)」。店名の由来でしょう。中国の仙人・呂洞賓が瓶から小さな竜を呼び出し成長させるさまが描かれており、お客さんが持ちよった書籍が次へと広がり……という、このお店のコンセプトを表しているようです。人の多い都内だと、こんなシステムも成り立つのですね。

その書棚をそのまま大道具として使い、今回の二本立ての演劇公演が行われました。
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第一部、『カラノアトリエ』、差異等たかひ子さんという方の作。こちらは短く、20分程でした。サブタイトル的にに「ポエトリーリーディング」と題され、中原中也の詩などが使われました。

光太郎智恵子とは直接関わらないものでしたが「アトリエには作家志望の男がひとり 理想の少女に「君が知りたい」と問い掛ける 少女は答える 「わからない」「だって、貴方が書いてくれないから」 アトリエにまだ産声は響かない ノートは未だに白いまま 煙草の煙で薄汚れて行く」ということで、ある意味、光太郎智恵子の関係性にも通じるなと思いました。

『智恵子抄』収録の多くの詩篇は、元々、一冊の詩集としてまとめられることを意図したものではなく、光太郎も特に智恵子の姿を書きとどめておこう、というつもりもそれほどありませんでした。智恵子が心を病んでからの「風にのる智恵子」(昭和10年=1935)、「千鳥と遊ぶ智恵子」(同13年=1938)あたりにはそういった意図も見え隠れしますが。

逆に智恵子の姿を残そう、と考えたのは、彫刻で。作品の現存が確認できませんが(おそらく空襲で焼失)、複数の「智恵子の首」が作られました。
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また、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」も、智恵子の俤をとどめるものです。
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こうした作を通し、光太郎が智恵子の姿を表現し尽くせたかどうか、などと考えさせられました。

休憩を挟んで、『トパアズ』。こちらは完全に光太郎智恵子の世界をモチーフにしたものでした。約60分の長丁場。
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西瓜すいかさんという方の脚本で、ありがたいことに、コピーを希望者に無料配付というので、いただいて帰りました。
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智恵子の心の病については、百家争鳴、実に様々な要因が指摘されていますが、今回の舞台では、ある意味、智恵子自身が自分に「かくあるべし」という枷を嵌めて自らを追い込んだ的な要素が濃い、という描き方だったように思われました。実家の長沼酒造の窮状などを光太郎にひた隠しにしようとする姿などが強調され、光太郎を世事に巻き込みたくない、そういった部分で光太郎に頼りたくない、という智恵子の意図が、過大な緊張や心労を呼んだというような……。

過去には「無言の圧」で光太郎がそうさせた一種のモラハラ、という解釈で書かれたものも存在しますし、芸術至上の脳天気な光太郎が智恵子の苦悩を見くびっていた、という描き方になっていたものもありました。しかし、今回の舞台は、光太郎がかなり心配して手を差しのべようとしながらも、智恵子の方でそれを拒絶し……的な設定と思われ(違っていたらすみません)、なるほど、そういう事態も充分考えられるな、と思いました。

そうした脚本のもと、末永全さん、三枝ゆきのさん、光太郎智恵子を熱演され、本当にこんなやりとりがあったんじゃないか、という気がしました。お二人はこの舞台に向け、智恵子の故郷・福島二本松や染井霊園の髙村家墓所なども訪問なさり、インスピレーションを受けられたそうで、それがかなり生かされているように感じました。

また、キャパ20ほどの狭い空間での公演ということで、大劇場にはない一体感といいますか、臨場感といいますか、そういったものも感じられました(第一部、第二部ともに)。これが大きなステージでのそれだと、絵空事感が感じられてしまうような……。

関係の皆様の、今後とものご活躍、ついでにいうなら再演なども祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

夏の暑さに閉口してゐます。訪問客と話するのも苦痛に思ひます。もすこし涼しくなつてからおめにかかりたいと思ひます。


昭和2年(1927)8月26日 山本稚彦宛書簡より 光太郎45歳

とにかく夏の暑さを苦手としていた光太郎。夏場には執筆された原稿の数もやはり少ないようです。

まだ梅雨明けとはなりませんが、連日蒸し暑く、自宅兼事務所のも、このブログを書いているたった今、背後の廊下でのびています(笑)。
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都内から演劇系の公演情報です。

三枝ゆきの・末永全 二人芝居 『カラノアトリエ』『トパアズ』

期 日 : 2023年7月7日(金)~7月9日(日)
会 場 : Book Trade Cafe どうひん 東京都中野区丸山2-20-4
時 間 : 7月7日(金) 19:30 8日(土)14:00/19:00 9日(日)14:00/18:00
料 金 : 前売り2500円/当日2700円

〈あらすじ〉
『カラノアトリエ』
アトリエには作家志望の男がひとり 理想の少女に「君が知りたい」と問い掛ける
少女は答える「わからない」「だって、貴方が書いてくれないから」
アトリエにまだ産声は響かない ノートは未だに白いまま煙草の煙で薄汚れて行く
音と詩的独白で紡ぐ物語

『トパアズ』
夫婦がいる およそ、大正十年頃のようだ 絵に作家業にと精を出す夫コウ それを支える妻チイ
美しい暮らし 父の死 実家の困窮 チイはしばらく絵を描く道具には触れていない
次第に言葉を失い 本棚の本を開いては読み 読んではセリフを繰り返す
智恵子抄を下敷きにした、高村光太郎・智恵子の〈魂の交歓〉の物語。
「空には意志がありまして?」
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「チイ」さん役の三枝ゆきのさんという方、役作りのためでしょう、智恵子の故郷・福島二本松を旅されていたレポートがSNS上にいろいろあがっていました。やはりその人物の息吹の感じられる場所に足を運び、インスピレーションを受けるというのは大事なことだと思われます。

昨日ご紹介した「ろうどくdeおもてなし 七夕公演~会えば何かがはじまる~【夜公演】」とハシゴでお邪魔しようかと考えております。皆様もぜひどうぞ。

ちなみに当方、今日明日と盛岡、花巻に行って参ります。

【折々のことば・光太郎】

厭でも応でも自身の全身を以て無心で事に当つてゆくのは本当の事と思ひます。

昭和元年(1926)12月30日 山本稚彦宛書簡より 光太郎44歳

山本の父・瑞雲は光太郎の父・光雲の高弟の一人。稚彦自身ものちに彫刻家となりました。この時期は志願兵として目黒の陸軍輜重第一大隊に所属。そこで光太郎は、軍隊生活のつらさを励ます意図で上記の文言を書き送ったと思われます。

兵庫県から演劇公演情報です。

武庫川KCスタジオ オープニングプログラム EVKK6月公演『売り言葉』

期 日 : 2023年6月16日(金)~6月18日(日)
会 場 : 武庫川KCスタジオ 兵庫県尼崎市大庄西町2丁目2−24
時 間 : 6月16日(金) 20:00~[A]
      6月17日(土) 12:00~[B](アフタートーク) 16:00~[A] 20:00~[B]
      6月18日(日) 12:00~[A](アフタートーク) 16:00~[B]
料 金 : 前売 3,000円 当日 3,500円
出 演 : 新まおり [A] 中谷桜 [B] 澤井里依(EVKK) [A][B]
      アフタートークゲスト 三名刺繡(劇団レトルト内閣の作・演出家)

2017年に大阪、2019年に東京、三度目の『売り言葉』を、兵庫・武庫川にオープンした「武庫川KCスタジオ」で上演します。よくいえば芸術的、はっきりいえばよく分からない、といわれるEVKKですが、過去2回の上演ではたくさんの方にご好評をいただきました。本作は、女優の実力が試されるとともに、魅力を最大限に発揮できる作品であり、これに新まおりと中谷桜が初挑戦します。新しい劇場・新しい女優、それに応じた新演出にもご期待ください。

【あらすじ】
高村光太郎の妻・智恵子の物語。裕福な家庭に生まれた彼女は、東京で高村光太郎と出会い、結婚。才気煥発な智恵子だったが、ふたりの関係は少しずつ変わってゆく。光太郎が芸術家として前進する一方、自分の絵は認められることはなかった。更に裕福だった実家も破産。『智恵子抄』に描かれた「あなた」であらんとするため、必死でもがく智恵子、ついに彼女は、精神に破綻をきたしてしまう……。――本当に、私はこんなにも綺麗に死ぬことが出来るのかしら。
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平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主演・大竹しのぶさんで、南青山スパイラルホールさんを会場に初演された、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。平成15年(2003)、野田氏の脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』(新潮社)に収められ、その後、さまざまな団体/個人が上演なさっています。

今回のEVKKさんも、平成29年(2017)令和元年(2019)に続く3回目の公演です。過去2回は、野田氏の脚本通りの一人芝居バージョンと、二人芝居バージョンを混在させていましたが、今回はどういう演出なのか、という感じです。澤井里依さんという方は、過去2回の公演にもご出演、新まおり さん、中谷桜さんは公募で選ばれた方のようです。

お近くの方(遠くの方も)、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

口絵には自作の彫刻をペン画に写し候故 此を網目版にして入れたく存居候。 このペン画は後に貴下に献上いたす筈に御座候。表紙の題字は与謝野先生にお願ひいたし、箱の背の文字だけは小生が書き申候。


大正9年(1920)11月18日 渡辺湖畔宛書簡より 光太郎38歳

『明星』同人だった佐渡島在住の渡辺湖畔の歌集『若き日の祈祷』に関してです。光太郎が装幀・装画を担当し、それについて述べています。
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装画のモチーフはブロンズ彫刻「裸婦坐像」。「手」とともにある程度の自信作だったようです。
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女優の奈良岡朋子さんが亡くなりました。

NHKさんのニュース。

俳優 奈良岡朋子さん死去 肺炎のため 93歳

 舞台や映画で活躍し、連続テレビ小説「おしん」などテレビドラマのナレーションでも親しまれた俳優の奈良岡朋子さんが今月23日、肺炎のため、東京都内の病院で亡くなりました。93歳でした。
 奈良岡さんは東京の出身で、洋画家の父、奈良岡正夫の影響で今の女子美術大学で絵画を学びながら1948年に現在の劇団民藝に入り、舞台での活動を始めます。
 その後は、同期生だった大滝秀治さんらとともに劇団の代表的な存在となり、「かもめ」や「奇蹟の人」など数々の舞台で高い評価を得てきました。
 テレビドラマや映画でも名脇役を演じたほか、NHKの大河ドラマ「春日局」や「篤姫」、それに連続テレビ小説「おしん」など、多くのナレーションでは落ち着いた語り口で親しまれました。
 1992年には紫綬褒章、2000年には勲四等旭日小綬章を受章しています。
 また、2013年からは原爆の悲惨さを描いた「黒い雨」のひとり語りの舞台がライフワークとなり、全国各地で上演するなど、平和を訴える活動を続けていました。
 劇団民藝によりますと、奈良岡さんは去年も舞台に立つなど最近まで活動を続けていましたが、体調を崩し今月23日夜、肺炎のため亡くなりました。
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『朝日新聞』さん。

奈良岡朋子さん死去 俳優、劇団民芸代表 93歳

 新劇を代表する俳優として70年以上にわたって舞台の第一線で活躍した劇団民芸代表で俳優の奈良岡朋子(ならおか・ともこ)さんが23日午後10時50分、肺炎のため死去した。93歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主はめいで劇団民芸演出家の丹野郁弓(たんの・いくみ)さん。
 1929年東京出身。父は洋画家の奈良岡正夫。女子美術専門学校(現・女子美術大学)在学中の48年、民衆芸術劇場の養成所に入り、50年の民芸創設に参加。旗揚げ公演「かもめ」に出演した。54年の「煉瓦女工」で初主演。宇野重吉や滝沢修らの指導を受けた。
 「ガラスの動物園」「イルクーツク物語」「奇跡の人」「グレイクリスマス」「火山灰地」など劇団公演の出演は7千回を超えた。2000年には同期の大滝秀治と民芸の共同代表となり、12年の大滝死去後も代表を務めた。後進への熱心な指導で知られ、劇団外の俳優も薫陶を受けた。
 森光子が作家林芙美子を演じた「放浪記」でライバルの日夏京子を好演。05年には民芸と無名塾の共同公演「ドライビング・ミス・デイジー」で仲代達矢さんと共演し、孤独な老婦人を陰影深く演じた。映画やドラマでも堅実な脇役で幅広く出演。ドラマ「おしん」「篤姫」などでナレーションも担当した。
 52年の新藤兼人監督の映画「原爆の子」に民芸の仲間らと出演し、戦争の悲劇を語り継ぐことをライフワークに。13年から井伏鱒二の「黒い雨」の一人語りを続けていた。
 69年紀伊国屋演劇賞個人賞、81年菊田一夫演劇賞、92年紫綬褒章、00年勲四等旭日小綬章、06年には朝日舞台芸術賞、毎日芸術賞をそれぞれ受けた。
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奈良岡さん、昭和50年(1975)にラジオの文化放送さんで放送された「青春劇場 日本抒情名詩集」で、「智恵子抄」から数編の朗読をなさいました。平成22年(2010)にはそれを含むCD「文化放送アーカイブス 第2弾 語り芸」がリリースされています。他に宮沢賢治や萩原朔太郎作品の朗読も。
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おそらくこのCDから、YouTube上に「あどけない話」朗読がアップされていました。


さすがの朗読です。

奈良岡さん、他に映画でも光太郎智恵子がらみが。

昭和40年(1965)封切りの日本映画「こころの山脈」(吉村公三郎監督、山岡久乃さん主演)。智恵子の故郷・福島県二本松市に隣接する本宮町(現・本宮市)を舞台にしています。東宝系で上映されましたが、製作は東宝さんではなく「本宮方式映画製作の会」。本宮の人々が声を上げて現代のクラウドファンディングのように基金を募り、地域密着型の映画を作る、それが「本宮方式」で、現代ではよくあるスタイルですが、この手の方式の日本初として映画史に残る作品です。
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奈良岡さんの役どころは、準主役の少年(本宮の一般小学生が演じました)の母親役。ただし、悪女です。
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元々、夫(郡山のアマチュア劇団員の方が演じました)との仲は冷え切っており、二人の子供に対してもネグレクト気味。
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ついには夫と子供たちを捨てて、若い男と駆け落ちしてしまいます。
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ただ、最後には少し改心し、少年を迎えに来るのですが。
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謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

札幌にも斯の如きものあり。此は昨日の出来事に候。今円山は花ざかり。

明治44年(1911)5月10日 北原白秋宛書簡より 光太郎29歳

酪農を行いつつ彫刻や絵を制作するという夢の実現のため、とうとう北海道に。「斯の如きもの」は札幌円山公園での「見番観桜会」。ススキノの芸者衆による華やかな踊りの競演です。

下記は同日、編集者の前田晁に送ったほぼ同一の内容の絵葉書。
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兵庫県から演劇の出演者募集情報です。

エレベーター企画 EVKK 6月公演の出演者を募集します

エレベーター企画は、設立当初から作品のために必要な俳優を求める「プロデュース形態」をとる、俳優と作品が互いに活きる創造活動をめざしています。今回、下記6月公演の出演者を募集いたします。

EVKK 2023年6月公演 武庫川KCスタジオオープニングプログラム 売り言葉
作 野田秀樹  演出 外輪能隆(EVKK)

2017年に大阪、2019年に東京、三度目の『売り言葉』を兵庫・武庫川の新しい劇場「KCスタジオ」で上演します。出演者は2名、多くのセリフと出演シーンがあります

公演期間 2023/6/15(木)-18(日) 武庫川KCスタジオ 阪神 武庫川駅徒歩8分

募集人員 女優2名(役柄の想定で、18歳以上、30歳代くらいまでの方を募集します)
選考方法 書類選考後、選考会を行います。
応募方法 下記項目及び写真2枚(全身・上半身)をメールにて送付下さい
 (1) 氏名・ふりがな
 (2) 生年月日
 (3) 電話番号
 (4) メールアドレス
 (5) 現在の所属団体(劇団・事務所など)
 (6) 自己pr/特技
 (7) 稽古可能期間、及び稽古可能日・時間について
 (8) その他留意事項
締め切り 2023/4/2(日)書類必着
選考会  2023/4/9(日)に大阪市立芸術創造館で選考会を実施します

演出助手・公演制作も同時に募集しています

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平成14年(2002)、野田秀樹氏の脚本、主演・大竹しのぶさんで初演された、登場人物は智恵子のみの一人芝居「売り言葉」。南青山スパイラルホールさんでの初演では黒子(くろこ)も登場していました。

光太郎から智恵子へのモラハラ的な対応が続いたことで、智恵子が毀れてしまったという解釈で、光太郎智恵子を扱う演劇等のうち、光太郎ディスり度が最も高いものの一つです。平成15年(2003)、新潮社さんから出版された野田氏の脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』に収められこともあり、プロアマ問わず全国で取り上げられています。

コロナ禍前の令和元年(2019)には、当会で把握したものだけで、全国で6つもの劇団/個人の方が上演して下さいました。この頃になると単純に上演するだけでなく、レトロな古民家を会場にしたり、本来一人芝居の脚本として書かれたものを二人で演じる演出にしたり(今回募集をなさっているエレベーター企画さんがそうでした)と、さまざまな工夫が見えました。

今回、募集をかけられているエレベーター企画さん。要項にもあるとおり、平成29年(2017)には大阪市立芸術創造館さんで、令和元年(2019)で北池袋新生館シアターさんを会場に、それぞれ「売り言葉」公演をなさっていて、今回が3度目だそうです。
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「我こそは」という方、ぜひどうぞ。ただし、基本的に一人芝居であるため、セリフの量が膨大ですので「我こそは」と思うにはかなりの覚悟が必要です。

気骨ある方の応募があり、公演が成功裡に終わることを祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

東京は小生に堪へられぬ地と相成候。東京などに居る芸術家は無神経者か大馬鹿者と被存候。貴兄にも田舎に画室を建てられん事をおすゝめ申上候。


明治44年(1911)4月9日 南薫造宛書簡より 光太郎29歳

北海道移住を計画し、彼の地に渡る約1ヶ月の書簡です。地方移住がトレンドの現代を先取りしたような言ですね。結局、光太郎の移住は失敗に終わるのですが……。


 




平成30年(2018)に初演され、昨年、北海道と岩手で公演があった演劇の都内と兵庫での巡回です。登場人物には光太郎も名を連ねます。

青年団第96回公演『日本文学盛衰史』吉祥寺・伊丹公演

文学とは何か、人はなぜ文学を欲するのか、人には内面というものがあるらしい。そして、それは言葉によって表現ができるものらしい。しかし、私たちは、まだ、その言葉を持っていない。この舞台は、そのことに気がついてしまった明治の若者たちの蒼い恍惚と苦悩を描く青春群像劇である。

高橋源一郎氏の小説『日本文学盛衰史』を下敷きに、日本近代文学の黎明期を、抱腹絶倒のコメディタッチでわかりやすく綴った青春群像劇。初演時に大きな反響を呼び、第22回鶴屋南北戯曲賞を受賞した作品の待望の再演となる。笑いの中に「文学とは何か」「近代とは何か」「文学は青春をかけるに値するものか」といった根本的な命題が浮かび上がる、どの年代でも楽しめるエンタテイメント作品。
[上演時間:約2時間40分(予定)・途中休憩なし]

吉祥寺公演
 期 日 : 2023年1月13日(金)~ 1月30日(月)
 会 場 : 吉祥寺シアター 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-33-22
 時 間 : 1月13日(金) 19:00  1月14日(土) 14:00 1月15日(日) 12:30 18:00
       1月16日(月) 18:30  1月17日(火) 14:00 1月19日(木) 19:00
       1月20日(金) 19:00  1月21日(土) 12:30 18:00  1月22日(日) 14:00
       1月23日(月) 19:00  1月25日(水) 13:30 1月26日(木) 19:00
       1月27日(金) 19:00  1月28日(土) 14:00 1月29日(日) 12:30
       1月30日(月) 13:00
 料 金 : 早割(1/13〜1/15)
        前売・予約 一般:3,500円 26歳以下:2,500円 18歳以下:1,500円
        当日    一般:4,000円 26歳以下:3,000円 18歳以下:2,000円
       通常料金(1/16〜1/30)
        前売・予約 一般:4,000円 26歳以下:3,000円 18歳以下:2,000円
        当日    一般:4,500円 26歳以下:3,500円 18歳以下:2,500円
伊丹公演
 期 日 : 2023年2月2日(木)~2月6日(月)
 会 場 : 伊丹市立演劇ホール  兵庫県伊丹市伊丹2-4-1
 時 間 : 2月2日(木) 18:30  2月3日(金) 18:30  2月4日(土) 12:30 18:00
       2月5日(日) 12:30 18:00  2月6日(月) 14:00
 料 金 : 前売・予約 一般:3,000円 26歳以下:2,000円 18歳以下:1,000円
       当日    一般:3,500円 26歳以下:2,500円 18歳以下:1,500円

原作:高橋源一郎 作・演出:平田オリザ
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脚本の平田オリザ氏へのインタビューから。

 取りあげられている時代は、明治の近代文学の黎明期ですし、そこでは言文一致がキーワードのひとつになっています。そのうえ、新たに生まれた自由民権の思想などが複雑に絡みあって日本の近代文学を展開させていく。その生みの苦しみが描かれていきます。
(略)
 1場が「北村透谷(1868〜1894年)の死」、2場が「正岡子規(1867〜1902年)の死」で葬式を描いているんですけど、ここまでは文学とか日本語の話。井上さんの言葉を借りれば「ひとつの言葉で政治の話もでき、裁判もでき、ラブレターも書け、喧嘩もできるような日本語を作ることが、近代国家にとっては必須のこと」であり、だから、北村透谷も、正岡子規もそうなんですけれど、二葉亭四迷(1864〜1909年)でさえも、反権力ではないんです。みんな日本のためを思ってやっている。要するに、この時期は、近代国家の成立という国家の夢と個人の夢が重なった、古き佳き時代なんです。
 それが徐々に変質していって、最終的に大逆事件があって……だから、幸徳秋水が大事なんですけど……そこに石川啄木が関わって、「夏目漱石(1867〜1916年)の死」で明治という古き佳き時代が終わる。そこまでを直球勝負で書きたいと思って構想しました。
(略)
 最後の4場「夏目漱石の死」(1916年)になると、そのころには本が売れるようになりますから、日本が金持ちになって、大衆が文学を手に取る。円本(1冊1円の全集シリーズ)みたいなものが出てくる。そして文壇が形成されていくわけですね。しかし、それらは最終的には、約20年後、戦争協力というかたちでほとんど破滅するわけですけれども、そこを予感させて終わるという構成になっています。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

晴、温、平熱 中西さん宅にて雑煮、桑原さんは見えず、 日向ぼっこ、 后高村武次さん美津枝さんくる、 夕方横臥、 夕食カニ玉、


昭和31年(1956)1月1日の日記から 光太郎74歳

光太郎が4月2日に歿する昭和31年(1956)の年明けです。「中西さん宅」は起居していた貸しアトリエ敷地内の大家さん。「桑原さん」は中西家と親しかった美術史家・桑原住雄、「美津枝さん」は光太郎実弟にして鋳金の人間国宝となる豊周の息女、「高村武次さん」はその夫。のちの岩波映画製作所社長です。たまたま同じ高村姓でした。

この年7月には、政府が経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言しました。朝鮮戦争による特需景気、その後の神武景気を経て、前年のGDPが戦前の水準を上回ったためです。国際的にも日ソ共同宣言が出され、シベリア抑留最後の引き揚げ船が到着、また、日本の国連加盟もありました。こうした年に光太郎が亡くなったというのも、何やら象徴的ですね。

ちなみにこの年の芥川賞は、石原慎太郎の「太陽の季節」。実弟の裕次郎主演で即刻映画化もされました。海外ではエルヴィス・プレスリーが人気を博していました。

一昨日、昨日に続き、新刊系のご紹介を、と思っておりましたが予定変更で、演劇の公演情報です。気づくのが遅れ、5公演中1公演が終わっていました。

青年団第96回公演『日本文学盛衰史』北海道・岩手公演

原作:高橋源一郎 作・演出:平田オリザ

文学とは何か、人はなぜ文学を欲するのか、人には内面というものがあるらしい。そして、それは言葉によって表現ができるものらしい。しかし、私たちは、まだ、その言葉を持っていない。この舞台は、そのことに気がついてしまった明治の若者たちの蒼い恍惚と苦悩を描く青春群像劇である。

高橋源一郎氏の小説『日本文学盛衰史』を下敷きに、日本近代文学の黎明期を、抱腹絶倒のコメディタッチでわかりやすく綴った青春群像劇。初演時に大きな反響を呼び、第22回鶴屋南北戯曲賞を受賞した作品の待望の再演となる。笑いの中に「文学とは何か」「近代とは何か」「文学は青春をかけるに値するものか」といった根本的な命題が浮かび上がる、どの年代でも楽しめるエンタテイメント作品。
[上演時間:約2時間40分(予定)・途中15分の休憩あり]
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原作:『日本文学盛衰史』(講談社文庫刊)
高橋源一郎の長編小説。『群像』に1997年〜2000年にかけて連載。
日本近現代文学の文豪たちの作品や彼らの私生活に素材を取りつつ、ラップ、アダルトビデオ、伝言ダイヤル、BBSの書き込みと「祭」、たまごっち、果ては作者自らの胃カメラ写真までが登場する超絶長編小説。第13回伊藤整文学賞受賞作。

大空公演
 期 日 : 2022年 12月8日(木)
 会 場 : 大空町教育文化会館 北海道網走郡大空町女満別西3条4丁目1-11
 時 間 : 18:30~
 料 金 : 前売券(全席指定) 一般=2,000円  高校生以下=1,000円

幕別公演
 期 日 : 2022年 12月11日(日)
 会 場 : 幕別町百年記念ホール 北海道中川郡幕別町字千住180-1
 時 間 : 15:00~
 料 金 : 前売券(全席指定) 一般=3,500円  高校生以下=1,000円

富良野公演
 期 日 : 2022年 12月13日(火)
 会 場 : 富良野演劇工場 北海道富良野市中御料
 時 間 : 19:00~
 料 金 : 予約(全席自由)一般=3,000円 演劇工房会員=2,500円 小中高生=1,500円

江別公演
 期 日 : 2022年 12月15日(木)
 会 場 : えぽあホール 北海道大麻中町26-7
 時 間 : 19:00~
 料 金 : 予約(全席自由)一般=3,500円 学生=2,000円 小中高生=招待(要予約)

盛岡公演
 期 日 : 2022年 12月18日(日)
 会 場 : 盛岡劇場メインホール 岩手県盛岡市松尾町3番1号
 時 間 : 14:00~
 料 金 : 前売券(全席指定)一般=4,000円 U-25チケット=2,000円

初演は平成30年(2018)。原作は高橋源一郎氏。夏目漱石、島崎藤村、田山花袋、石川啄木、芥川龍之介、北原白秋ら、近代の文豪達の群像劇だそうで、光太郎も登場人物の一人に名を連ねています。

ただ、光太郎が登場人物の一人である旨が前面に押し出されておらず、今回も気づくのが遅れましたし、調べたところ「豊岡演劇祭2022」の一環として、9月には兵庫公演も行われていました。また、同じく9月には青年団さんではなく京都市の演劇セミナーでも取り上げられています。

それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

午后草野君、関先生、岡本先生来り、病院行をすすめられ、山王病院といふに卅日入院ときまる、一日1,500円の由、


昭和30年(1955)4月28日の日記より 光太郎73歳

「関先生」「岡本先生」は共に医師。他の複数の医師ともども、いわば「チーム光太郎」を組み、光太郎の診療に当たっていました。

昨日は日本橋三越さん内の三越劇場さんにて、朗読劇『智恵子抄』東京公演を拝見して参りました。
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昨年も上演され、銀座ブロッサムさんでの公演に参上しましたが、今年はキャストも代わり、さらに劇伴がチェロとヴァイオリンの生演奏ということで、改めてパワーアップヴァージョンを拝見。
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当方、三越劇場さんは初めてでした。昭和2年(1927)の竣工と云うことで、レトロかつモダンな造り。テレビ東京さんの「新美の巨人たち」で取り上げられたほど特別なホールです。

開演前。
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PXL_20221110_050424776天井にはステンドグラス、壁面下部は天然大理石、上部は漆喰でしょうか。柵などはロココ調の装飾が見事です。

ステージはまるで額縁のように縁取られ、底部には三越さんの象徴とも云うべきライオン。一階正面玄関の有名なライオン像はロンドン・トラファルガー広場のライオン像の模刻で、普通のライオンですが、こちらは「ヴェネツィアの獅子」のような有翼の獅子です。一瞬、翼があるので日本橋欄干の渡辺長男による彫刻のように麒麟かと思ったのですが、ライオンでした。

材質的にはは石膏に着色しているようでした。気になったのでネットで調べてみましたが、作者に言及しているサイトは見つけられませんでした。

さて、開幕。
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オリジナルの脚本は、昭和32年(1957)、光太郎と交流のあった北条秀司が書いたもので、その年、初代水谷八重子さんによって上演されたもの。
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その後、水谷さんの再演がなされ、さらに藤純子さん(現・富司純子さん)、有馬稲子さんによる公演もありました。その都度、他の演目との兼ね合いなどで長かったり短かったりでした。

昨年の公演から、成瀬芳一氏構成と云うことで、オリジナルの脚本を75分ほどで上演出来るように改めたもので上演されています。ただ、今回の上演に当たっても、細部に少し手を入れられたそうですが。

キャストは、昨年に引き続き智恵子役に一色采子さん。こういうと失礼ながら、昨年は昨年で素晴らしかったのですが、今回はさらに智恵子になりきっていらしたと感じました。光太郎は昨年の横内正さんから松村雄基さんにバトンタッチ。若返った感じでした。
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さらに二反田雅澄さん、小川絵莉さんがそれぞれ複数の役を演じられました。終盤、お二人が光太郎蟄居先である花巻郊外旧太田村の村人役をなさいましたが、なんともナチュラルな東北弁。あれ? 東北のご出身なのかな、と思ったのですが、調べてみたところ、小川さんは東京、二反田さんにいたっては大阪のお生まれだそうで、驚きました。さすがプロですね。

そしてチェロとヴァイオリンのお二方。実にいい感じに雰囲気を作って下さっていました。

下記は終演後。
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明後日には、智恵子の故郷、福島二本松の旧安達町での公演もあります。楽屋口で一色さんに「二本松公演も頑張って下さい」とお声がけして、会場を後に致しました。

ところで、「朗読」「智恵子抄」というと、ついでのようになってしまって申し訳ありませんが、明日、京都でこんなイベントがあるとのこと。気づくのが遅れ、明日になってしまいました。

茶子 TeaTime 小さな朗読会 ~2022 秋~

期 日 : 2022年11月12日(土)
会 場 : 本屋ともひさし 京都市下京区烏丸通五条下る大坂町405
時 間 : 13:20~
料 金 : 500円

出 演 : Tea Time 茶子

小さな朗読会を開催します! 智恵子抄を8本程選ばせて頂きました。高村光太郎氏と智恵子さんの世界観をぜひお楽しみ下さい。
無題
ぽつりぽつりではありますが、いろいろなところで光太郎智恵子の世界を取り上げて下さり、有り難いかぎりです。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃鯉淵より孟彦くる、生徒さんら6人つれてくる、暫時談話、


昭和29年(1954)11月14日の日記より 光太郎72歳

鯉淵」は茨城県の鯉淵学園、現在も鯉淵学園農業栄養専門学校として続いています。「孟彦」は光太郎実弟にして藤岡家へ養子に行った光雲四男です。鯉淵学園に勤務していました。

この頃、離れて暮らしていた弟妹の訪問が相次ぎます。すぐ下の弟・豊周が「兄貴もそろそろやばいかも」という連絡を廻したのではないかと思われます。どっこいこの後もまだ1年半近く、光太郎の命の炎は燃え続けましたが。





昨年上演されたものの、芸術祭参加作品としてパワーアップしての再演だそうです。

朗読劇『智恵子抄』

東京公演
 期 日 : 2022年11月10日(木)
 会 場 : 三越劇場 東京都中央区日本橋室町1-4-1
 時 間 : 14:30~ / 17:00~
 料 金 : 4,000円(全席指定)

福島公演
 期 日 : 2022年11月13日(日) 
 会 場 : 二本松市安達文化ホール 福島県二本松市油井字濡石1-2
 時 間 : 14:30~
 料 金 : 3,000円(全席指定)
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原作 : 高村光太郎の詩集「智恵子抄」
脚本 : 北條秀司  
構成・演出 : 成瀬芳一
 
配役 : 高村光太郎 松村雄基  高村智恵子 一色采子  柳敬助・草野心平 二反田雅澄
     柳八重 小川絵莉
 
<ヴァイオリン>桐山なぎさ   <チェロ>阿部雅士

【ストーリー】
 長沼智恵子は、福島県二本松の近在の酒造りの家の長女として生れ、土地の高等女学校を卒業してから東京目白の日本女子大学校家政科に入学、洋画に興味を持ち始め、卒業後東京に留まり油絵を学んだ。そして同級生の柳八重の紹介で高村光太郎を知り、激しい恋心を抱くようになった。一方光太郎は、明治の名工高村光雲の長男として生れ、父の伝統を受けて彫刻家となったが、新進詩人としても華やかな存在だった。彼は放蕩無頼の芸術家達と交わり、自堕落な生活を送っていたが、智恵子を知ってからは、彼女の清らかな美しさに洗い清められ、以前の退廃生活から救い出されていた。
 智恵子の愛によって清められた光太郎は美の世界にとびこみ、彫刻の道に骨身をけずり、妻に迎えた智恵子との愛の歓喜を歌った詩がほとばしるように生まれた。
 その後智恵子の実家は凋落し、家屋敷が人手に渡った。芸術的精神と物資に恵まれない家庭生活との板挟みとなるような月日が二人に重くのしかかっていた。智恵子は訪ねて来た八重に、画を捨てて世話女房になって高村をたすける事を告げたが、同時に幻聴が襲って来る悩みも打ち明けた。
 その後無残にも智恵子は精神分裂症になりはてていた。
 静養のため九十九里浜に転地した智恵子の症状はややもち直したが、その後南品川のゼームズ坂病院に入院した智恵子の病状は悪化していった。昭和13年光太郎の献身的な介抱むなしく、智恵子の肉体は遂にこの世を去った。
 昭和20年、戦争で東京の住居を焼かれ、心に智恵子を抱きながら光太郎は、岩手花巻の山中に山小屋を作り、一人で生活していた……。

智恵子役は昨年に引き続き、一色采子さん。お父さまの故・大山忠作画伯が智恵子と同郷の二本松ご出身で、智恵子をモチーフにした絵を複数残されています。

昨年の公演についてはこちら。
 「朗読劇 智恵子抄」。
 「朗読劇 智恵子抄」稽古拝見。
 「朗読劇 智恵子抄」銀座公演。
 「朗読劇 智恵子抄」関連。
 「朗読劇 智恵子抄」二本松公演報道。

一色さん以外のキャストは昨年と一新、さらに今年は劇伴を生演奏で行うと云うことで、ヴァイオリンとチェロの方が加わられるそうです。

一色さんからご案内を頂いております。
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コピーだとは存じますが、こう云われてしまうと参上せざるを得ないかな、というわけで(笑)、東京公演の方で申し込みました。

二本松公演に関しては、地元紙『福島民友』さんが報じています。

夫婦愛をドラマチックに 二本松、11月に朗読劇「智恵子抄」上演

004 詩人、彫刻家の高村光太郎の詩集「智恵子抄」を舞台にした朗読劇「智恵子抄」の二本松公演は11月13日午後2時30分から、高村智恵子の古里・二本松市の安達文化ホールで開かれる。
 朗読劇は、劇作家の北條秀司(1902~96年)が智恵子抄を基にまとめた戯曲が原作。構成・演出の成瀬芳一さんが「樹下の二人」や「あどけない話」など数編を織り交ぜ、光太郎と智恵子の夫婦愛を描いた。
 智恵子役は同市ゆかりの俳優一色采子さんが演じ、光太郎役を松村雄基さん、智恵子の同級生柳八重役を小川絵莉さん、いわき市出身の詩人草野心平役などを二反田雅澄さんが務める。
 二本松公演は、智恵子抄出版80年を記念した昨年に続き2度目。今年は、一色さんを除きキャストを一新したほか、劇伴にバイオリンとチェロの生演奏を採用した。一色さんは「光太郎が松村さんになり、昨年とは異なる智恵子を演じられると思う。新しい仕掛けもあり、よりドラマチックな舞台になる」とPRする。
 チケットは全席指定で3千円。市文化課や安達公民館、市民交流センターで取り扱う。問い合わせは主催・製作の新派アトリエの会(電話090・1617・3675)へ。

都内、二本松、いずれかに皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

〈(五月中旬来外出せず)〉

昭和29年(1954)8月29日の日記より 光太郎72歳

何気に書かれた一言ですが、宿痾の肺結核のため、もう三ヶ月以上、ほぼ臥床している毎日。この後もしばらくは起居していた中野の貸しアトリエから一歩も踏み出さない生活が続きます。ただ、翌年になると少し回復し、近所の散歩程度は出来るようになりました。

京都から演劇の公演情報です。

演劇ビギナーズユニット2022(#28)修了公演XX文士(ハロゲンブンシ)「日本文学盛衰史」

期 日 : 2022年9月24日(土)・9月25日(日)
会 場 : 京都市東山青少年活動センター
時 間 : 9月24日(土)①13:30/②18:00 9月25日(日)③13:00
料 金 : 前売900円(日時指定でのご予約になります) 当日1,200円

6月から始まった初心者対象の演劇セミナーの修了公演です。今年で28回目の公演。演出を担当する岡本昌也さん(安住の地)と、演出補の中村彩乃さん(安住の地/劇団飛び道具)と初めて出会った17人の仲間が一緒に創作しました。ぜひご来場ください。
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「日本文学盛衰史」は、高橋源一郎氏の原作、平田オリザ氏が脚本を書かれ、平成30年(2018)に劇団・青年団さんによって初演されました。夏目漱石、島崎藤村、田山花袋、石川啄木、芥川龍之介、北原白秋ら、近代の文豪達の群像劇だそうで、光太郎も登場人物の一人に名を連ねています。

コロナ感染には十分お気を付けつつ、お近くの方(遠くの方でも)、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

奥平さんの帖にウエルハアランの詩をペンでかきかける、


昭和29年(1954)1月2日の日記より 光太郎72歳
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奥平さん」は美術史家の奥平英雄。「」は、奥平に請われて書くことにした書画帖で、光太郎自ら「有機無機帖」と名付けました。全18面、途中で入院等もあり完成には2年以上かかりました。
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現在、目黒区駒場の日本近代文学館さんに所蔵されています。昨年、富山県水墨美術館さんで開催された「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」で展示させていただきました。

福岡から演劇公演の情報です。

椿エンタープライズ『百花繚乱』

期 日 : 2022年9月25日(日)
会 場 : シアターカフェ 愛と青春のふる~れ 福岡市東区箱崎1-33-9 ウインドウビル3F
時 間 : 14:00~
料 金 : 観劇¥3000【軽食&ワンドリンク付き】
      観劇+交流会¥6000【料理付き2時間飲み放題】 学生は¥1000引き

第一部 「朗読ミュージカル」和香奈/Ash/MIZUKI
第二部 「パントマイム」TEN—SHO
第三部 「智恵子抄」玄海椿ひとり芝居(朗読/長澤昭)
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福岡を拠点に演劇活動を行っていらっしゃる玄海椿さんによる一人芝居「智恵子抄」がプログラムに入っています。同作、玄海さんのレパートリーの一つで、時折、上演されています。『百花繚乱』は「マンスリー公演」だそうで、地元に根を張って毎月上演されている点は素晴らしいと存じます。

もう10年前になりますが、当方、福岡まで拝見に伺いました。黒子(くろこ)のような朗読の方がいらっしゃり、それ以外は玄海さんの一人芝居です。その意味では野田秀樹さん脚本の「売り言葉」に近い部分があるのですが、「売り言葉」は智恵子を追い詰めた光太郎を糾弾する要素がかなり強いのに対し、こちらはさまざまな行き違いから智恵子が壊れていく、という感じ。光太郎ディスり度は「売り言葉」ほど高くないように感じました。

お近くの方(遠くの方も都合がつけば)、コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

モチ切り(取手のもち)、 (入浴)夜在宅、 川鍋ラジオ店より受信機返却し来る、あまりこわれすぎてゐる由、 ラジオなどきく、 十一時頃ねる、

昭和28年(1953)12月31日の日記より 光太郎71歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を完成させ、除幕まで行われた昭和28年(1953)もこの日で終わり。

取手」は茨城県取手町(現・取手市)。智恵子の最期を看取った智恵子姪の春子が嫁いだ先で、餅は春子からの贈り物でした。ラジオは複数台持っており、そのうちの一台。1週間前に修理を頼んでいましたが、無理とのことで、壊れていないラジオの方を聴いたようです。

あまり大々的な宣伝は為されていないようなのですが……。

劇団星今宵 第一回公演 売り言葉

期 日 : 2022年7月8日(金)・7月9日(土)
会 場 : 大阪大学豊中キャンパス 学生会館二階大集会室 大阪府豊中市待兼山町1-5
時 間 : 7月8日(金) 17:30〜 7月9日(土) 10:30〜/ 13:30〜
料 金 : 無料(カンパ制)

出 演 : 綾瀬ちい
脚 本 : 野田秀樹
演 出 : 古都

「新しい女」である智恵子は名家で知られる実家を飛び出し、芸術にのめり込む。そんな中、智恵子は憧れの高村光太郎と恋に落ち、2人は晴れて結婚する。
順風満帆な結婚生活に思えたが、智恵子は光太郎が「智恵子抄」に描く智恵子の姿と自分との距離を感じ始める。
夫婦として、そして芸術家としての2人の関係は徐々に変化していき…

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野田秀樹氏作の、智恵子を主人公とした一人芝居「売り言葉」。平成14年(2002)に大竹しのぶさんが智恵子役で、南青山スパイラルホールで初演されました。
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光太郎から智恵子へのモラハラ的な対応が続いたことで、智恵子が毀れてしまったという解釈で一本筋が通っており、この手の演劇等のうち、光太郎ディスり度が最も高いものの一つです。翌年に新潮社さんから出版された野田氏の脚本集『二十一世紀最初の戯曲集』に収められ、その後、プロアマ問わず全国で取り上げられています。

コロナ禍前の令和元年(2019)には、当会で把握したものだけで、全国で6つもの劇団/個人の方が上演して下さいました。この頃になると、レトロな古民家を会場にして公演を行ったり、本来一人芝居の脚本を二人で演じるという演出にしたりと、いろいろ工夫が見えました。

今回の公演は、変にいじくりまわず、ど直球で演(や)られるようです。お近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

毎夜朝日放送の「智恵子抄」をきく、


昭和28年(1953)3月26日の日記より 光太郎71歳

昨日もご紹介しました女優の故・村瀬幸子さんによる「智恵子抄」朗読のラジオ放送です。全9回だったそうで、各回の尺などは把握していないのですが、当時のラジオ番組表をあたればわかるかもしれません。

自作の詩がラジオから流れるのを聞く気持ちというのは、どんなものなのでしょうか。また、想像をたくましくすれば、「売り言葉」なり他の光太郎智恵子オマージュの映画演劇なり、光太郎が観たらどういう感想を持つだろうか、などと考えてしまいます(笑)。

まず『東京スポーツ』さん、6月19日(日)の記事。

劇作家、演出家、女優、歌手そして映画監督の夢 渡辺えり今明かす激動半生「70歳までに撮りたい」

003【直撃!エモPeople】劇作家、演出家、女優、歌手といくつもの顔を持つ渡辺えり(67)が次のステージへ向け情熱を燃やしている。昨年4月、所属事務所から独立し、先月には作品作りに影響を受けた最愛の実父を亡くしたばかり。個性派女優として知られる渡辺が半生を秘話で振り返った。
 渡辺が作・演出する舞台「私の恋人beyond」(30日~7月10日、東京・本多劇場)は、好評だった2019年の初演で共演した渡辺、小日向文世、のんの3人が再び顔を合わせる。芥川賞作家・上田岳弘氏の同名小説を原作に、原始時代のクロマニョン人、大戦中のユダヤ人、現代の日本人など、転生を重ねた主人公が時空を超えて運命の女性を追い求める物語だ。
 渡辺は「3人で30人の役を演じます。小日向さんの縦横無尽な演技は一つずつリアリティーがあるし、のんちゃんは純真でしたたかな演技。嫌なことは嫌と芯を曲げない強さがある」と話す。
 初演では役者が客席から登場するシーンがあったが、今回はコロナ対策ですべて舞台上で完結しなければならないため、台本を書き直した。渡辺とは40年以上の付き合いの小日向の歌が今回は聴けるのも見どころだ。
   女優、劇作家、演出家として精力的に活動する渡辺だが、周囲の状況は昨年来、大きく変化した。
 21年4月、12年間所属した事務所から独立。独立を決意したのは今後を見据え「反戦や反原発など政治的発言もちゅうちょしたくない。年1本は自分が影響を受けた作品の舞台の演出をしたい。70歳までに映画を監督として撮りたい。故郷・山形で演劇のワークショップをやりたい」などの夢を実現するためだった。
 強い反戦への思いは先月17日に死去した実父(享年95)の教えが根底にある。軍需工場で零戦のエンジンを作り、終戦後は教師をしていた父。涙を流し、こうしのんだ。
「私が大学進学をせず、上京して演劇に行くのを反対して、高3の時は毎日ケンカでした。父は高村光太郎に心酔し、格差や差別、戦争のない世の中を理想としていました。それが私の作品にも息づいています
 4年間務めた日本劇作家協会会長も今年3月で勇退。その間にはコロナ対策のほか、映画界で問題となったセクハラ・パワハラ問題にも取り組んだ。
「臨床心理士など第三者が公正に審理できるよう改革する道筋は作ったと自負しています」
 1987年に開塾した私塾「渡辺流演劇塾」はコロナ禍と様々な理由で休止中だが、その情熱は今も変わらない。
「私だって今も本業の演劇だけでは食えない状況ですが、苦労するところも面白い。芝居をやることは面白い。そのためには他の仕事などの苦労は苦労じゃない。全部体験したことが演技や戯曲を作ることにつながります。楽しいことをやるために苦しいことがあれば楽しくなる。毎日楽なことをやってても楽しくないですよ。演劇は本番まですごい大変。でも、初日にお客さんから拍手をもらえると、すべての苦労が報われるんです」
 演劇部に所属していた高校1年の時、地元山形で見た文学座の「ガラスの動物園」で号泣。出演していた長岡輝子の楽屋を訪ね、上京を決意した。
「アポなしで来たのに、長岡さんは会場から宿舎までの道まで付いてくる私たちに演劇学校を勧めたり、1時間くらい対応してくださった。楽屋裏では江守徹さんなどが道具箱をトラックに運んでるのを見て“これが演劇の世界なんだ”とさらに感動しましたね」
 東京・舞台芸術学院に進学し、おでん屋でアルバイトし、卒業後は「青俳」の演出部に入った。22歳から11年間、ホステスもやった。
「世間では時給400円の時代に日給8500円。お客さんとの会話に合わせるために政治やスポーツのことも新聞や雑誌で読んで、演劇だけやっていたら出会えないサラリーマンの愚痴を聞いて、後の戯曲の取材になりましたね」
 渡辺といえば、テレビ初出演した大人気ドラマ「おしん」(83年、NHK)でおしん役・田中裕子をいびる義姉役でブレークした。
「顔を真っ黒に塗って、爪も黒くして、ネーティブ山形弁。ある飲み屋でお客さんが『あの義姉役だけは本物の地元のお百姓さんを出しているよね』と聞いて、私が『あれは劇団3〇〇(さんじゅうまる)の役者なんですよ』と解説したこともありました。ドラマではメークしてたので普段の私と誰も気付かなかったんです」
 その出演料を渋谷のNHKの窓口でもらい、滞納していた家賃1万2500円×数か月分を払ったという。様々な経験は毎日新聞で連載中の「人生相談」にも生きている。円熟味を増した舞台人・渡辺の情熱はとどまるところを知らない。

☆わたなべ・えり 1955年1月5日生まれ。山形県出身。舞台芸術学院、青俳演出部を経て、78年「劇団3〇〇(さんじゅうまる)」主宰として旗揚げ。83年、岸田國士戯曲賞、ドラマ「おしん」の主人公の義姉役で注目される。87年、紀伊國屋演劇賞。演劇私塾「渡辺流演劇塾」開塾。96年、映画「Shall we ダンス?」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞。2013年、ドラマ「あまちゃん」出演。18年から日本劇作家協会会長(今年3月勇退)。19年戯曲集「月にぬれた手/天使猫」刊行。

生前の光太郎と交流があって、先月亡くなられたお父さまを引き合いに出されつつ、ドラマティックな半生を振り返られています。

そして最新の舞台「私の恋人beyond」にかける意気込みも。

詳細は以下の通りです。

私の恋人beyond

東京公演
 期 日 : 2022年6月30日(木)~7月10日(日)
 会 場 : 本多劇場 東京都世田谷区北沢2丁目10-15
 時 間 : 6/30(木)19:00  7/1(金)14:00 / 19:00 7/2(土)14:00 / 19:00
       7/3(日)14:00  7/4(月)14:00 / 19:00 7/5(火)休演日
       7/6(水)14:00 / 19:00 7/7(木)14:00 7/8(金)14:00 / 19:00
       7/9(土)14:00 / 19:00 7/10(日)14:00 
 料 金 : S席 8,000円/A席 4,000円 (全席指定・税込価格)

愛知県公演
 2022年7月13日(水)19:00 7月14日(木)13:00 会場:穂の国とよはし芸術劇場プラット
青森県公演
 2022年7月17日(日) 14:00 会場:八戸市公会堂
岩手県公演
 2022年7月19日(火) 19:00 会場:北上市文化交流センターさくらホール
北海道公演①
 2022年7月22日(金) 18:30 会場:北見市民会館
北海道公演②
 2022年7月24日(日) 14:00 会場:帯広市民文化ホール
北海道公演③
 2022年7月26日(火) 18:30 会場:カナモトホール(札幌市民ホール)
北海道公演④
 2022年7月28日(木) 18:30 会場:北斗市総合文化センター かなで~る
北海道公演⑤
 2022年7月31日(日) 16:00 会場:苫小牧市民会館 大ホール

出 演 : 渡辺えり のん 小日向文世 松井夢 坂梨磨弥 関根麻帆 山田美波
演 奏 : 三枝伸太郎
原 作 : 上田岳弘「私の恋人」(新潮社)
脚 本・演出 : 渡辺えり

 「私の恋人」は反戦と平和への熱望がテーマになっています。初演時から三年経ち、その間コロナの蔓延、ロシア政府のウクライナへの侵攻とますます平和がおびやかされる状況になってしまいました。この舞台の再演の意味がより濃く深くなっています。
 本作は上田岳弘さんの小説「私の恋人」から想を得て、八割がたは私の創作です。
 東北の震災で受けた傷と断捨離の意味を問うシーン、満州開拓の際に受けた日本人のアイデンティティー崩壊や日本の引きこもり青年が外人部隊、つまり傭兵として志願するといったグロテスクな欲望のシーン。これらは全く原作にはないシーンです。原作ファンの方も驚く展開を楽しんでいただけると思います。
 また小日向文世の縦横無尽な怪演、のんの唯一無二の純真でしたたかな演技。私の年齢を超えた挑戦も見ものです。
 以下は初演時のパンフレットに書きました私の文章です。

「混在する正義とエロチシズム」 渡辺えり
 小説「私の恋人」は何もない脳内の闇の中から一人の理想の恋人を作り上げ、「平和」と「正義」の象徴のような“私の恋人”に支えられ生き続けていく男の話と言っても良いだろうが、いない人物に命を吹き込み、生きた人を作り上げ、その虜になるというストーリーはまさに演劇そのもの。演劇の魅力の虜になってしまった私たちそのものなのである。
 これを生の舞台として表現できればと強く思った。
 小日向文世さんは昔からの同志のような演劇の仲間である。ゆるぎない信頼関係は、ゼロから夢を作る作業の大変さを共有してきた時代そのものをバックにしているからである。のんちゃんは8年前から一緒に何か作ろうと話し続けてきた気の合う友人である。二人とも複雑な役を悩みながらも楽しそうに演じてくれている。私も大変なのについ大笑いしてしまう。
 4回ものオーディションを受けてくれた天使の方たちも嬉々として頼もしい。スタッフの皆さんも本当に手のかかる大変な作業をやってくださり、本当に感謝です。
 お客様も楽しんで観てくだされば幸いです。故郷の皆様そしてお世話になっている各県の皆様にお会いできるのがとても楽しみです。
 考えてみれば、友人のお誕生会で発表する台本を書くようになってから56年くらいになる。中学高校でも書いたり演出したりを続けてきて64歳の今、改めて振り返るとあまり作風が変わっていない気がして呆れてしまう。
 高村光太郎に心酔した父の影響で絵画や音楽に子どものころから親しんできた。ボッスやブリユーゲルの絵画のような風刺の効いた猥雑さ。マグリットやポール・デルボーの絵のような胸を締め付けられる孤独の描写。ゴッホやピカソのリアルを超越した色彩に惹かれるのだ。
 「いろいろな角度から見える真実をそれぞれの立場から同時に描いて、それを見る人の立場からいかようにも解釈していただく」というのが私が生み出したと思っている手法だが、絵画の世界では昔から一枚の絵に収まっている手法でもある。見る者が絵画の中から自由に想像して好きなように捉えて楽しむように、私の作る舞台も好きなように観ていただき、主人公をも探していただきたい。観客自体が舞台の内容を自由に作り続ける楽しみもある。
 上田岳弘さんの作品を読んでいつも落ち着くのは、そんな私の演劇の手法に似た部分を感じてほっとするからなのかもしれない。
 上田さんの作品にはいつも今を生きる人間の孤独と苦しみがあり、どうしようもない、どうにもならないかもしれない社会の矛盾に対して抵抗しようとする人の心の中心部分、の、根っこのような種のような物が根底にある。
 そこにどうしようもなく私は惹かれるのだ。
 ぎっしり詰まった社会風刺と残酷で優しい人類愛。世の中を大きく捉えたかと思うと、瞬時に顕微鏡で見たような、異常に細かい描写に変化するタッチも、油絵と線描が混在しているようで好きなのだ。
 昨年の『肉の海』は上田さんの「塔と重力」から発想を得て、一人の女性を30人の役者が演じたが、今回は30の役を三人の役者で演じる。
 一人の人間の記憶が古来からの無数の意識の重なりであり、全宇宙の人類の脳が一つの大きな海となって空間に溶けて行く感覚。無数の悲しみも苦しみも一つに溶けあい、ならされていく感覚。みんなが一つになるという真の意味での平等へ向かう感覚。
 そして実在しない架空の理想のエロチシズムを追い求めるという一種の切ないユーモア。
 上田さんの作品の中のイメージと、私が40年間作品を通して問い続けてきた、テーマを重ね合わせ、新しい冒険に挑戦しました。
 今後もさまざまな冒険を続けたいと願っています。
 今回、そんな無謀な冒険を共にして下さった皆様、その冒険に力を貸して下さった皆様に心から感謝です。
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当方、令和元年(2019)の初演を拝見して参りました。もう3年経つか、という感じです。直接は光太郎智恵子等に関わる内容ではありませんでしたが、根底に流れているものには、上記プレスリリースにもあるように、光太郎に心酔していらしたお父さまから受け継いだイズム。

今回は地方公演も各地でありますので、お近くの会場でぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

五時頃より出かけ新宿にてライムライトを見る、


昭和28年(1953)3月18日の日記より 光太郎71歳

「ライムライト」はチャップリン主演のアメリカ映画です。前年に制作され、日本での公開はこの年でした。5日前には現在も健在の築地東劇さんに見に行ったのですが、前日までで公開終了。そこで新宿(おそらく地球座-現・新宿ジョイシネマさん)でリベンジ(笑)。

光太郎、青少年期から義太夫や歌舞伎に親しんでいましたし、長じてからは映画も結構見ていました。戦後も蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村から花巻町まで出て来て、宮沢賢治実弟の清六らと映画鑑賞をすることも多く、さらに再上京後も健康が許していた頃は足繁く映画館に通っていました。

去る12月4日(土)の銀座公演に続き、12月12日(日)に二本松公演が行われた、「朗読劇 智恵子抄」。地元紙『福島民報』さんが報じています。

女優一色采子さんが”古里”で熱演 朗読劇「智恵子抄」 福島県二本松市

 高村光太郎と智恵子の夫婦愛を描く朗読劇「智恵子抄」は12日、二本松市安達文化ホールで開かれた。女優の一色(大山)采子さんが初めて智恵子役を務め、葛藤と純愛を熱演した。
 光太郎の詩集「智恵子抄」の出版80周年記念。光太郎を横内正さんが演じた。一色さんは、芸術と愛の間で苦しみ「二本松に行きたい」と故郷を思い続ける姿、無邪気に切り絵を作る様子、山にこもった光太郎の心に雪と共に現れる幻想的な情景を表現し、大きな拍手を受けた。「あどけない話」「樹下の二人」「レモン哀歌」などの朗読が織り込まれた。2人の友人の草野心平と柳敬助を喜多村次郎さん、柳八重を山吹恭子さんが演じた。
 松竹の主催、市教委の共催。上演後のトークショーで一色さんは「智恵子の古里で智恵子を演じるのは夢のよう」と感激を表し、父で同市出身の日本画家・故大山忠作さんの思い出も披露した。横内さんは智恵子抄の発刊と同じ1941(昭和16)年に生まれた縁を明かし、「温かく包み込む拍手をいただいた」と感謝した。
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続いて『福島民友』さん。

朗読劇「智恵子抄」熱演 福島・二本松、一色采子さんと横内正さん

 詩集「智恵子抄」の出版80周年を記念した朗読劇「智恵子抄」の二本松公演は12日、高村智恵子の古里・二本松市の安達文化ホールで開かれた。同市出身の日本画家大山忠作の長女で女優の一色采子さんが高村智恵子役を演じ、詩集に込められた智恵子、光太郎の夫婦愛を伝えた。
 朗読劇は、劇作家の北條秀司(1902~96年)が智恵子抄を舞台化した戯曲が原作。構成と演出の成瀬芳一さんが「樹下の二人」や「あどけない話」などの詩を織り交ぜ、光太郎と智恵子の夫婦愛を描く朗読劇に仕立て直した。一色さんのほか、光太郎役を「水戸黄門」の初代格さんなどで知られる俳優の横内正さんが演じた。
 一色さんは「智恵子のピュアなところを表現した」と、心の病を患った智恵子を少女のように演じるなど、横内さんと共に2人の愛を表現した。
 終演後、一色さんと横内さんによるトークショーが開かれた。一色さんは「智恵子の古里で、その役を演じられるのは夢のような出来事」「朗読劇は新しい演劇形式。動きなどにめりはりを付けるなどしてやらせてもらった」など裏話などを披露した。
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さらに、一色さんのフェイスブック投稿から。

おかでさまで 朗読劇「智恵子抄」
東京公演、二本松公演、好評を頂きまして無事に終える頃が出来ました。
この成功にご尽力をいただきました全ての皆様、応援してくださった全ての皆様に、心からの御礼を申し上げます。
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松竹さんのプレゼンツでありながら、出演者は4人だけ、こぢんまりとした舞台でしたが、それだけに手作り感溢れる、温かみのある公演でした。そしてベテランの皆さんの確かな演技、安心して観ていられました。

関係者の方々の、さらなるご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

弘さんクリーム西瓜持参、一緒にくふ。


昭和26年(1951)8月26日の日記より 光太郎69歳

当方、寡聞にして「クリーム西瓜」って何? 状態でした。調べてみましたところ、果肉が黄色い西瓜のことだそうで、そういう名前だったとは存じませんでした。これって常識なのでしょうか?

昨日は、「朗読劇 智恵子抄」銀座公演を拝見して参りました。

東京メトロ浅草線を東銀座駅で降り、地上へ。若干、早めに着いてしまったので、駅前(地下鉄の場合も「駅前」と言うんでしょうか?)のいわて銀河プラザさんへ。岩手県のアンテナショップで、時々立ち寄らせていただいております。
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花巻の新しい観光パンフレットをゲット(無料)。表紙に「高村光太郎」の文字があったら、入手しない訳にはいきません(笑)。
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それから、妻の好物のゆべしを購入。コロナ禍収束しつつある昨今、また家を空ける機会が増えてきましたので、ご機嫌取りです(笑)。

銀座も、一本裏通りに入ると、空襲や再開発を免れた古い建物が。
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古建築好きにはたまりません。

町中華で昼食後、会場の銀座ブロッサムさんへ。
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開場前に会場入りしたのですが、すでに同じように開場待ちの方々がずいぶんいらっしゃいました。老婆心ながら、観客動員数を気にしていたのですが、結局、かなりの入りで、杞憂でした。皆さん、コロナ禍の間、こういう機会に飢えていたのかな、と思いました。
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午後2時開演。メインの朗読劇は70分程でした。通し稽古を拝見していたので、内容は分かっていましたが、やはり、ちゃんとしたステージで演じられると、また違って見えました。稽古の際には割愛されていたエコーなどの音響効果も入り、「おお」という感じでした。

原作の北條秀司脚本にある、ゼームス坂病院の斎藤医師とのエピソードや、智恵子の姪にして智恵子を看取った春子とのからみなどは、大胆にカット。動きの少ない「朗読劇」ですので、その辺りまできちんと描こうとすると、ダレてしまうかな、という感じで、尺としては70分位でちょうどよかったと思いました。外せないシーンは外してありませんので、充分に内容は伝わりましたし。

そしてキャストの皆さん、舞台公演の敬虔な方々ばかりですので、テレビや映画とはまた違う、生の演技実にさまになられていましたし、広い会場をものともしないお声(補助的にマイクも使われてはいましたが、あくまで補助的にという感じでした)が素晴らしいと感じました。

メインの朗読劇終演後、一旦、緞帳が下がりましたが、またすぐ間を置かず、横内さん、一色さん、そしてプロデューサーの松本氏が司会を務められて、約20分程のトークショー。
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朗読劇本体が悲劇でしたので、明るくざっくばらんなトークで救われたかな、という感じもしました。今回の公演は「智恵子抄出版80周年」という冠もついていましたが、何と横内さんも、『智恵子抄』が出版された昭和16年(1941)のお生まれだそうで、本編を含めての張りのある若々しいお声からは意外な感を受けました。

最後のカーテンコール。
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全て終演後のホワイエ。
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一色さんと再会を約し、開場を後にしました。

12月12日(日)には、二本松での公演(14:00~と16:30~の2回)があります。お近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

郵便局にて中央公論社へ校正刷全部第四種速達書留にて送る、尚同社に振替にて源氏全巻一時払を送る。


昭和26年(1951)7月17日の日記より 光太郎69歳

校正刷」は、この年10月に同社から刊行が始まった『高村光太郎選集』(草野心平編)のゲラです。

源氏」は、おそらく谷崎潤一郎訳の『源氏物語』。戦前に刊行されていたものの復刊です。

KIMG553011月29日(月)、上野の東京都美術館さんで、第43回東京書作展を拝観後、銀座の東劇ビルさんに。

こちらで行われていた、「朗読劇 智恵子抄」(銀座公演・12月4日(土)、二本松公演・12月12日(日))の稽古を拝見して参りました。

光太郎役に横内正さん、智恵子役は一色采子さん。日本女子大学校での智恵子の先輩だった(脚本では同級生)柳八重に山吹恭子さん。その夫で光太郎の留学中間だった柳敬助と、当会の祖・草野心平の二役を喜多村次郎さんがそれぞれ演じられます。

公演は様々なものを観てきましたが、稽古というものは、当方、初めて拝見しました。もう本番が近いので、だいぶ出来上がっている感じでしたが、演出家の方が、「ここはもっとこう」「この時の姿勢はこんな感じで」と、いろいろ指示を出すのを聞きつつ、「なるほど」と思いました。
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それにしても、役者の皆さんのお声の良さ(特に横内さん)、立ち居振る舞いの美しさ(「朗読劇」ということで、最小限の動きだけなのですが)には、ほれぼれしました。

原作は、光太郎と交流のあった北條秀司作の脚本です。北條は光太郎の生前から執筆に着手し、昭和28年(1953)に上演にこぎ着ける希望でした。その際の智恵子役は、初代水谷八重子さん。

そこで、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」原型が完成した直後の同年8月、心平に連れられた水谷さんが、中野の貸しアトリエを訪問しています。

水谷さんの回顧談。

一等最初は、草野(心平)さんに連れて行っていただいて、『智恵子抄』をやりたいとお話ししたのですが、「前にもそんな話があったとき、それは詩を踊るだけだからかまわないといったけれども、どうも芝居で現実に出てくるのは……」とおっしゃりながらもいろいろと智恵子さんのお話をして下さったんです。先生が女人像を作っていらっしゃるときでした。お話を伺っているうちに、先生の思っていらっしゃる智恵子さんを現実に私たちがこわすことは大変すまないような気がして、「それじゃあきらめます」といって、引き下がったんですが、帰りの車の中で、草野さんに一ペンやろうと思ったことをほんとうにやりたいなら、何故もっとたのまないのかって叱られちゃって。それからまた一年ほど経って伺ったんです。そのときには、「あなたは顔やなんかが智恵子に似てるから智恵子をやっていただくのはかまわないが、ただ自分の出てくるのがいやだから、出来た脚本(ほん)を見てからにしよう」とおっしゃったんです。そのうち北条先生が脚色することになり、でもその時には高村先生は、もう脚本(ほん)を見ないでもいいとおっしゃっていました。
(「座談会 三人の智恵子」 昭和32年(1937)6月1日『婦人公論』第四十二巻第六号)

結局、光太郎生前にはこの公演は実現せず、初演は光太郎が歿した半年後、昭和31年(1957)11月のことでした。

KIMG5537北條の脚本は、それに先立って、『婦人公論』の6月号に発表されています。帰ってから、改めてそれと、後に『北條秀司戯曲選集』に収められたものとを読み返してみました。以前に読んだものでしたが、細かなところは忘れており、「あのシーン、ここに書いてある通りだったんだ」という感じでした。というのは、結構、史実とは異なる部分があったからです。まあ、それでも光太郎智恵子の鮮烈な生の軌跡は存分に表現されていますし、あくまで二次創作、ということで、それもありかな、と思います。

ただ、詩の朗読の中で、「あれっ?」と思うところがあり、台本を確認させていただくと、完全に誤植でしたので、そこは稽古中に訂正してもらいました。それ以前に、一色さんから「この漢字はどう読む?」という質問を受け、お答えしたりもしましたので、少しはお役に立ったかな、という感じです。

稽古終了後、近くのルノアールで一色さんとお茶。感想等求められましたので、述べておきました。また、差し入れに、花巻で販売されている「智恵子のレモンキャンディ」を持って行ったところ、大好評で、あと5缶欲しい、と言われ、早速手配しました。

ちなみにYouTube上に、二本松公演のプロモーション動画がアップされています。


銀座、二本松、お近くの方に、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

承諾無きうちに講演などと発表すること岩手の習慣らし、かかる時余は出席せず。

昭和26年(1951)7月7日の日記より 光太郎69歳

光太郎本人の承諾を得ぬまま、講演会の講師として名前を出されることが、複数回ありました。この時も、新聞にそう載っている、と、村人に教えられて知ったようです。今ではとても考えられない話ですね。

過日ご紹介した、横内正さん、一色采子さんらによる「朗読劇 智恵子抄」。12月4日(土)の銀座と、12月12日(日)が福島二本松(2回)と、計3回公演があります。このうち、二本松公演に関して、地元紙『福島民友』さんが大きく取り上げました。

智恵子抄の世界感じて 出版80周年記念、12月に朗読劇二本松公演

000 詩集「智恵子抄」の出版80周年を記念した朗読劇「智恵子抄」の二本松公演は12月12日、高村智恵子の古里・福島県二本松市の安達文化ホールで開かれる。智恵子役を演じる女優の一色采子さんは「見る人が想像力を膨らませて智恵子と光太郎の夫婦愛を感じてくれたらうれしい」とPRする。
 朗読劇は、劇作家の北條秀司(1902~96年)が智恵子抄を舞台化した戯曲が原作。構成・演出の成瀬芳一さんが「樹下の二人」や「あどけない話」など数編の詩を織り交ぜ、光太郎と智恵子の夫婦愛を描く朗読劇に仕立て直した。
 一色さんのほか、光太郎役を「水戸黄門」の初代格さんで知られる俳優の横内正さん、光太郎との仲を取り持った智恵子の同級生柳八重役を山吹恭子さん、いわき市出身の詩人草野心平役などを喜多村次郎さんが務める。
 松竹の主催・製作、市教委の共催。公演は午後2時からと、同4時30分からの2回。各回とも一色さんと横内さんによるアフタートークがある。チケットは全席指定で前売り3千円(当日券500円増し)。同ホールや市文化課、市民交流センターで取り扱う。問い合わせは同課(電話0243・55・5154)へ。

智恵子役・一色采子さん「演じられて喜び」
 朗読劇「智恵子抄」で二本松市出身の芸術家高村智恵子役を演じる女優の一色采子さんは、同市出身の文化勲章受章者で日本画家の大山忠作の長女。12月12日の公演を控え、智恵子への思いなどを聞いた。
 ―智恵子を演じることになったのは。
 「松竹から朗読劇のオファーが来て、やるなら『智恵子抄がいい』とお願いした。そうしたら智恵子抄の出版80周年だった。いくつもの縁が重なり、節目に二本松で智恵子を演じられるのはこの上ない喜び」
 ―智恵子はどんな人だったと思うか。
 「芸術を通して女性の権利や存在意義を勝ち取るために闘った一人。最後は自ら壊れていったけど、二本松から女一人で上京し、絵で身を立てようとした進歩的な女性だったと思う。そんな自由とエネルギーを持った智恵子像を演じたい」
 ―朗読劇の見どころは。
 「皆さんがよくご存じの詩が出てきて、光太郎と智恵子の愛の物語をイメージしやすいと思う。あっと驚くラストシーンもある。芝居でも朗読でもないそぎ落とされた表現に想像力を膨らませて、智恵子抄の世界を感じてもらえれば」

どさくさに紛れて、明日は都内での稽古の様子を拝見させていただくことになりました。銀座公演も拝見しますが、まずは稽古。楽しみにしております。

『民友』さん、少し前の社説でも、光太郎智恵子、そして「朗読劇 智恵子抄」に触れて下さっていました。

【11月21日付社説】「智恵子抄」80年/「ほんとの空」探してみよう

 彫刻家で詩人の高村光太郎が、油井村(現二本松市)出身の妻、智恵子との日々をうたった詩集「智恵子抄」の出版から、今年で80年となった。安達太良山の上の青い空こそが「ほんとの空」であるとの表現や、「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」のフレーズなど、本県の美しさを叙情的に描いた作品は、今も多くの県民に親しまれている。
 この節目を記念して、市は詩集をモチーフにした朗読劇を12月に上演する。また民間の顕彰団体が智恵子抄の好きな詩を選んで投票する企画を行っている。詩集や智恵子の歩みに改めて触れてみることを薦めたい。
 智恵子は詩集の存在もあって、光太郎の妻としての側面にばかり光が当たりがちだ。しかし、当時の女性では珍しく上京して油絵を学び、明治末期の女性解放運動で大きな役割を果たした雑誌「青鞜」の創刊号の表紙絵を描くなど、高い注目を浴びた新進の女性芸術家でもあった。
 智恵子の生家に併設されている記念館は、若い頃に力を注いだ油絵を展示している。また特別展示では、晩年に病床でつくった、包装紙などを使った色鮮やかな紙絵を公開している。智恵子の作品をまとめて鑑賞できる全国で唯一の施設だ。
 作品を通じて彼女の繊細な感性に触れることは、詩集の理解を深めるとともに、明治から大正にかけての女性による芸術活動への関心も高めてくれることだろう。
 二本松市にはこの記念館のほか、同市出身の画家大山忠作さんの美術館や岳温泉などの豊富な観光資源がある。霞ケ城公園には、春の桜、秋の菊人形を見る人が多く訪れている。市は各施設にほかの施設を紹介するチラシなどを置いたり、智恵子記念館と大山美術館の共通チケットを企画したりして、各施設の周遊を促している。
 同市をゆっくりと観光しながら、智恵子が「ほんとの空」と言い、愛してやまなかった風景や情緒を堪能するのも一興だ。
 市は、子どもたちの創造性を育成するとともに、故郷が生んだ芸術家を広く知ってもらう取り組みとして、小学生を対象とした紙絵コンクールを毎年開催している。今年は初めて表彰式を智恵子の生家で行い、出席者に生家を見学してもらうようにした。
 智恵子や詩集について知ることは、子どもたちが故郷への愛着を深めることにつながる。市や学校などは、子どもたちが智恵子について学ぶ機会を積極的に設けるようにしてほしい。

ここにあるように、智恵子は、「光太郎の妻」という側面だけで注目されるのでなく、あの時代にあって、自ら道を切り開こうとした強い女性としての評価が、もっとなされるべきですね。結局は、刀折れ矢尽き、心を病むことにはなってしまいましたが……。

今回の朗読劇や、他の様々な取り組みが、そうした契機の一つとなっていってほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

ひる近く花巻新報の平野智敬氏、及写真家内村皓一氏車で迎にくる。一緒に花巻行、ヤブにて中食、商工会議所の連中集まる、後公会堂行、講演一席、後舞踊見物、まりつきうた。 花巻温泉に一泊。紅葉館、皆とのむ、


昭和26年(1951)6月16日の日記より 光太郎69歳

花巻の商店街のテーマソング的に、光太郎が作詞し、邦楽奏者・杵屋正邦が作曲した「初夢まりつきうた」。栗島すみ子による振り付けが為され、発表会が行われました。前座として(笑)光太郎の講演も行われています。

この日の様子を報じた『花巻新報』記事から。

  高村先生を招き賑う初夢まりつきうた発表会

 既報の本社主催、花巻町、花巻商工会議所、花巻青年協議会後援〞花巻商人初夢まりつきうた〟発表会は十六日午後二時と七時の二回花巻町公民館で挙行された。
 高村光太郎先生作詩、作曲杵屋正邦さんで振付は日本舞踊会の泰斗栗島すみ子女史、出演は同門下水木歌盛さん及びその社中、長唄杵屋勝可壽さん鳴物望月久吉社中楽団MKDで昼夜とも満堂の観衆はその熱演ぶりに陶然となり盛況を極めた。特に高村翁は目下病気静養中にもかかわらず午後一時より一時間に亘り講演をなし聴衆に多大の感銘を与えた。当日のプログラムは
 ◇昼の部
  講演 高村光太郎翁
  二人三番叟 歌盛、歌輝
  越後獅子幻想曲
  まりと殿様
  初夢まりつきうた(水木歌盛、同社中、長唄杵屋勝可壽、鳴物望月久吉社中、楽団MKD)
  伊達奴 村田紀子
  六段くづし 龍子 静子
 ◇夜の部
  盛岡管弦楽団演奏
  二人三番叟
  越後獅子幻想曲
  おぼこ菊
  通りやんせ
  A向う横町
  B露路の細道
  C江戸祭りのうた
  叱られて
  まりと殿様
  初夢まりつきうた
  伊達奴
  六段くづし

日記にある「ヤブ」は「やぶ屋」。宮沢賢治御用達の店として有名です。やぶ屋さんのレジ前には、「初夢まりつきうた」の詩稿コピーと光太郎の写真が飾られています。いつ書かれたものか不明だそうですが。
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同じく日記にある「紅葉館」も、花巻温泉に健在です。ただし、やぶ屋さんともども、建物は当時のものから建て替わっていますが。

智恵子の故郷・福島県二本松市の観光大使を務められている、女優の一色采子さん。お父さまの故・大山忠作画伯が二本松ご出身で、同郷の智恵子をモチーフにした絵を複数描かれました。そうしたご縁から、二本松でのレモン忌、当会主催の連翹忌にもご参加下さっています。

また、近年は「智恵子抄」朗読の公演等を、あちこちでなさってもいます。
二本松レポート その3 「智恵子・レモン忌 あいのうた」。
第35回アイメイトチャリティーコンサートレポート。

以前にもちらっとご紹介しましたが、来月、銀座と二本松で、一色さんが智恵子役をなさる「朗読劇 智恵子抄」の公演があります。

朗読劇 智恵子抄

東京公演
 期 日 : 2021年12月4日(土)
 会 場 : 銀座ブロッサム中央会館 東京都中央区銀座2丁目15番6号
 時 間 : 開場 13:30 開演 14:00
 料 金 : 4,000円 (税込・全席指定)

 期 日 : 2021年12月12日(日)
 会 場 : 二本松市安達文化ホール 福島県二本松市油井字濡石1-2
 時 間 : 第1回目公演 14時00分開演(13時30分開場)
       第2回目公演 16時30分開演(16時00分開場)
 料 金 : 前売券 全席指定3,000円(税込) 当日券 全席指定3,500円(税込)

出 演:高村光太郎 横内正  高村智恵子 一色采子  柳八重 山吹恭子  
    柳敬助・草野心平 喜多村次郎

高村光太郎の詩集「智恵子抄」は、妻・智恵子に関する詩29篇、短歌6首、散文3篇が収録されている作品集。今回の朗読劇の原作となる戯曲『智恵子抄』は、1956年に初代水谷八重子と大矢市次郎によって初演された北條秀司の創作劇で、高村は「北條君なら一切委せる。発表前に台本を見なくてもいい」と全幅の信頼を寄せて舞台化を許可した。

その北條秀司作『智恵子抄』を、劇団新派の文芸部である成瀬芳一が朗読劇に仕立て直し、 智恵子役には、智恵子の故郷・二本松には所縁の深い女優・一色采子が満を持して挑む。高村光太郎役には、舞台・テレビ・映画と幅広く活躍している俳優・横内正が出演する。

詩集「智恵子抄」出版80周年記念の年に、お馴染みの詩をふんだんに織り交ぜながら、光太郎と智恵子の夫婦愛を感動的に描く朗読劇に期待したい。

【ストーリー】

長沼智恵子は、福島県二本松の近在の酒造りの家の長女として生れ、土地の高等女学校を卒業してから東京目白の日本女子大学校家政科に入学、洋画に興味を持ち始め、卒業後東京に留まり油絵を学んだ。そして同級生の柳八重の紹介で高村光太郎を知り、激しい恋心を抱くようになった。一方光太郎は、明治の名工高村光雲の長男として生れ、父の伝統を受けて彫刻家となったが、新進詩人としても華やかな存在だった。彼は放蕩無頼の芸術家達と交わり、自堕落な生活を送っていたが、智恵子を知ってからは、彼女の清らかな美しさに洗い清められ、以前の退廃生活から救い出されていた。智恵子の愛によって清められた光太郎は美の世界にとびこみ、彫刻の道に骨身をけずり、妻に迎えた智恵子との愛の歓喜を歌った詩がほとばしるように生まれた。
その後智恵子の実家は凋落し、家屋敷が人手に渡った。芸術的精神と物資に恵まれない家庭生活との板挟みとなるような月日が二人に重くのしかかっていた。智恵子は訪ねて来た八重に、画を捨てて世話女房になって高村をたすける事を告げたが、同時に幻聴が襲って来る悩みも打ち明けた。その後無残にも智恵子は精神分裂症になりはてていた。静養のため九十九里浜に転地した智恵子の症状はややもち直したが、その後南品川のゼームズ坂病院に入院した智恵子の病状は悪化していった。昭和13年光太郎の献身的な介抱むなしく、智恵子の肉体は遂にこの世を去った昭和20年、戦争で東京の住居を焼かれ、心に智恵子を抱きながら光太郎は、岩手花巻の山中に山小屋を作り、一人で生活していた…。
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日テレさんのニュースで紹介されました。

一色采子「完成形のない分野」 朗読劇に初めて挑む心境を語る

 俳優の一色采子さんが東京・銀座ブロッサム中央会館で行われる朗読劇『智恵子抄』(12月4日上演)で、初めて朗読劇に挑戦。舞台に挑む心境を語りました。
 朗読劇は、詩人・高村光太郎氏の詩集『智恵子抄』の出版八十周年記念として上演。高村氏と妻・智恵子さんとの夫婦愛が描かれていて一色さんは妻・智恵子役として出演します。一色さんは「今回、智恵子をやらせていただくってことになってとてもうれしかったです」と話しました。
 実は、一色さんの父・日本画家の大山忠作氏は福島県二本松市出身。高村さんの妻・智恵子さんと同郷で共通点もあり「私の父が福島県の二本松市出身で智恵子と(出身地が)同じなんです。ゆかりのある人間として…」と出演依頼を受けた当時を振り返りました。
 また初めて挑む朗読劇について「俳優って、どうしてもセリフがあるとそれにあった動きをしたくなっちゃう、隣に人がいると、その人に向かって(セリフを)言いたくなる、一番注意しなければいけないと思っているのが、朗読ですから本を持っていますので、劇のように動いたりして中途半端なものになってしまったらいけないなと思って、どういうふうにしたら見て下さる方が想像力を膨らませて朗読よりはちょっと立体的なものができる、完成形のない分野ですので今探りながら(稽古を)やっているという感じです」と心境を明かしました。
 最後に一色さんは「朗読劇っていうのがどういうものかっていうのをうわーこんなに想像力が膨らむものなんだっていうふうにご覧いただけたら、そういうものが出来上がったらいいなと思って一生懸命稽古していますので是非お楽しみにいらして下さい」と笑顔で話しました。
 夫の高村光太郎役は俳優の横内正さんが務め、朗読劇は智恵子さんの出身地、福島県二本松市でも上演されます。
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原作が北條秀司の「智恵子抄」ということになっています。北條は演劇会の大御所脚本家で、「北條天皇」とも称された人物。戦時中には日本文学報国会の総務部長を務め、その関係で駒込林町の光太郎アトリエを、軍歌の作詞依頼で訪れたりもしています。

戯曲「智恵子抄」は、光太郎が歿してすぐ、昭和31年(1956)6月の『婦人公論』に発表され、翌年には初代水谷八重子さんが智恵子役、故・大矢市次郎さんが光太郎に扮して上演されました。その後、富司純子さん/故・高島忠夫さん有馬稲子さん故・高橋昌也さんでも公演がなされました。

今回は「朗読劇」と銘打っていますので、それらとは異なり、通常の演劇のスタイルではなく、朗読をメインに演じられるようですが、そうなると、「北條秀司原作」との関わりがよくわかりません。来週、無理を言って稽古を拝見させていただけることになりましたので、その際に確かめてこようと思っております。

銀座、二本松、お近くの方に、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

ひる大工さん出来上る、ガラス戸其他完備。


昭和26年(1951)6月3日の日記より 光太郎69歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の増築、のちに電気工事が入りますが、この日で造作の部分は完了しました。
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中央が元々の小屋、左が増築部分。右の方の小さいのは、便所や風呂の棟です。

元々の小屋は「高村山荘」として、二重の套屋に覆われて保存されていますが、増築部分は切り離されて数十㍍移設、倉庫として使われています。
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都内から演劇公演の情報です

小夜なら×表現集団蘭舞 あの夕暮れをもう一度

期 日 : 2021年10月8日(金)~10月10日(日)
会 場 : 北とぴあ ドームホール 東京都北区王子1丁目11−1
時 間 : 8日(金)18時30分~(公開ゲネ) 9日(土)12時~ 15時30分~ 18時30分~
      10日(日)13時~ 17時~
料 金 : 通常チケット 3,500円 ゲネプロ見学チケット 3,500円 
      特別チケット4,000円(キャストからのメッセージ付き)
      動画配信チケット3,000円

演出・脚本 
仲野 識(小夜なら)ダーハナ(表現集団蘭舞)

今回は〈夕暮れ〉をテーマに、4作品のオムニバス朗読劇を上演します!
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金魚鉢の夜
あなたを愛した、それが私の罪ならば、私、罪だってきっと受け入れるわ。
時は大正。一人の女詩人が、夫になるはずだった男を亡くした。彼女は仲の良かった女性教師に話をする。その後、女は何故か子供を遺し自殺してしまった。そして、時は現代。詩人の九条穂波は、祖母の遺品の中から金魚鉢と日記を見つけた。穂波は長らく会っていなかった、親友の間嶋夕里江と再会する。過一夕、高村光太郎の詩と共に4人の女が金魚鉢の謎に沈んでいく。
片山 小夜子:橋本 佳奈子 会津 しづか:杉宮 加奈 九条 穂波:沖村 彩花
間嶋 夕里江:清水 こまき 語り:伊冬 ともこ
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途上
舞台は大正時代の東京。十二月も押し詰まったある日の夕暮れのこと。サラリーマンの湯河勝太郎は金杉橋の電車通りを新橋の方へ散歩していた。湯河が振り向くと、そこには面識の無い立派な風采の紳士が立っていて― 近代日本の探偵小説として完全犯罪を描いた谷崎潤一郎小説を朗読化。
湯河 勝太郎:森山 幸央 安藤 一郎:木下 章嗣 語り:上野山 航
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優等生と不良は交わらない
優等生の如月真奈、不良の神田千草。平日の昼間。学校をさぼった二人の女子高生が、心を交流させる。いつも遠くから眺めているだけだった。
如月 真奈:柊 みさ都 神田 千草:ハラグチ リサ
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オレンジ色のふたり
翌日に結婚式を控えた一条陸と美弥。しかし数日前から美弥は妹の元に家出中。陸は一人、夕焼け空を眺めていた。特別なような日常のようなそんな結婚式前夜の夕暮れ時。
泰野 碧:水星 七星 一条 陸:寺島 八雲 平井 七海:角掛 みなみ 一条 美弥:佐藤 茜

うかがいたいところですが、その前後、富山県水墨美術館さんの「チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」開会式、さらに帰ってきてからすぐ鎌倉他に行かねばならず、うかがえません。

皆様は、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

午后学校よりスキーにて富澤先生郵便物持参、スキーでなくては歩けさうもなし、婦人之友正月号など届く。


昭和26年(1951)1月1日の日記より 光太郎69歳

前年、前々年の日記は、その大半が失われていますが、この年以降、亡くなる昭和31年(1956)までの日記は、ほぼ全て残っています。

婦人之友正月号」には、光太郎のエッセイ「山の雪」が掲載されました。

ちなみにこの年は、前年に勃発した朝鮮戦争が継続中、9月にはサンフランシスコ講和条約と日米安保条約がセットで締結されるなどした年でした。

都内から演劇公演の情報です。

第29回たちかわ真夏の夜の演劇祭 青鞜の女たち

期 日 : 2021年8月7日(土)
会 場 : たましんRISURUホール(立川市市民会館)小ホール
       東京都立川市錦町3-3-20
時 間 : 13:00開演 / 16:00開演
料 金 : (全席自由)1,000円

「元始 女性は太陽であった。」明治44年、日本初の女性の手による女性のための雑誌「青鞜」が発刊された。中心となった人物は、フェミニスト 平塚雷鳥。雑誌は与謝野晶子、松井須磨子、田村俊子らを巻き込み華々しく創刊するが...。欧米ではフェミニズムが叫ばれていた時代、日本ではいまだ良妻賢母の道しかなかった。そんな時代に彼女たちは何を感じ、何を考え立ち上がったのか。社会の風に逆らいながらも強く光り輝く女性たちの物語。

町田市文化事業の一環として町田市こども創造キャンパス「ひなた村」で17年間に亘り開催された演劇教室(講師:高垣葵氏)の卒業生を中心に結成されている市民劇団です。小学生から70代の幅広い年齢の役者が所属しています。劇団員募集中!!
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多摩地区の劇団7団体による「第29回たちかわ真夏の夜の演劇祭」の一環です。

初演は今年4月。当方、拝見して参りましたが、『青鞜』に集った多士済々の女性たちを軸に、それぞれの女性に関わった男性たちをからめ、総勢20数名のキャストで、様々な愛憎劇が展開されました。主人公の平塚らいてうと「若いツバメ」奥村博史、与謝野鉄幹・晶子に山川登美子の三角関係、松井須磨子には島村抱月、岡本かの子&一平、神近市子及び伊藤野枝と大杉栄のこちらも三角関係、そしてわれらが光太郎智恵子……。
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コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

猫二匹此頃小屋の近くに出没。魚の骨のすてたのをねらふらし。尚畑仕事中、小屋の中に一匹入り居たり。鼠退治によからんか。


昭和23年(1948)6月17日の日記より 光太郎66歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋付近。熊や狐などの珍しめの動物も現れましたが、野良猫もやって来たそうで(笑)。

ちなみに下記はわが家の猫です(笑)。
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新刊です。

マダム花子

2021年6月10日 根岸理子著 論創社 定価1800円+税

Who is HANAKO? ロダンの唯一の日本人モデル、森鷗外の小説「花子」のヒロイン、そして、世界的に活躍するアーティストの先駆者でもあるマダム花子(1868-1945)とは、いかなる女性であったのか―。

著者紹介
ロンドン大学SOAS(School of Oriental and African Studies )大学院博士課程修了。PhD。現在、東京大学教養学部LAP 特任研究員。専門は近代日本演劇。
論文・著書:「マダム花子―『日本』を伝えた国際女優―」(『演劇学論集』第53号、2011年11月)、『井上ひさしの演劇』(共著、翰林書房、2012年)、『演劇のジャポニスム』(共著、森話社、2017年)、『革命伝説・宮本研の劇世界』(共著、社会評論社、2017 年)、『漱石辞典』(共著、翰林書房、2017年)他。 
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目次
はじめに
第一章 花子の生い立ち 一八六八-一九〇二年
 見送りもない旅立ち/二〇歳上の男性に身請けされる/小泉との別れ/
 芸者としてヨーロッパへ
第二章 「マダム花子」の誕生 一九〇二-一九〇六年
 異国に一人残る/ドイツで女優としてデビュー/貴婦人たちに危機を助けられて/
 ロンドンで端役から主役へ/花子とハラキリ
第三章 ロダンのモデルとなる
 ロダンとの出会い/「死の顔」ができるまで/
 花子が見たロダンとロダンが見た花子/森鷗外の『花子』
第四章 各国の舞台に立つマダム花子 一九〇七-一九一二年
 二度のアメリカ公演/ヨーロッパでの成功/日本に伝えられた舞台の模様/
 吉川の死/夫の死を乗り越えて
第五章 名声を博したマダム花子 一九一二-一九二一年
 ロシアの演劇人たちを惹きつけた花子/映画の出演依頼と戦争の勃発/
 ロンドンでの大成功/連合国の俳優たちと共演を果たす/一四年ぶりの日本帰国/
 旅の終わり
結び 花子の縁者・澤田助太郎ご夫妻書面インタビュー

おわりに
主な参考文献


004「花子」は本名太田ひさ。確認できている限り、ロダンの彫刻モデルを務めた唯一の日本人です。日本人女優の嚆矢の一人で、明治末から大正にかけ欧米各地で公演を行い、ジャポニスムブームを背景に現地では非常に好評を博しました。しかし、日本では目立った活動を行わなかったこともあり、ほぼほぼ忘れられかけている存在です。

昭和2年(1927)、評伝『ロダン』を書き下ろしで刊行するに際し、光太郎が岐阜にいた花子のもとを訪れてインタビューも行っています。その模様は『ロダン』の最終章「十七、「小さい花子(プチトアナコ)」」として掲載されました。それに先立つ明治43年(1910)には、森鷗外が短編小説「花子」を書いてもいます。

平成20年(2008)には、一宮市尾西歴史民俗資料館さんで「特別展花子とロダン-知られざる日本人女優と彫刻の巨匠との出会い-」、平成30年(2018)には、花子の故郷の岐阜県図書館さんで「花子 ロダンのモデルになった明治の女性」展が開催され、光太郎から花子に宛てた書簡や名刺なども展示されました。

これまでにも、まとまった花子の評伝等は何冊か刊行されています。

まず、花子の妹の令孫に当たる元岐阜女子大学教授の澤田助太郎氏による『プチト・アナコ』(昭和58年=1983 中日出版社)。翌年に英語版が刊行され、さらに平成8年(1996)には増補版として『ロダンと花子』と改題の上、上梓されました。

それから岐阜県さんが県として刊行した『マンガで見る日本真ん中面白人物史シリーズ3 花子 ロダンに愛された国際女優』(平成12年=2000 澤田助太郎原案 里中満智子構成 大石エリー作画)。漫画とあなどるなかれ、非常に良く描けています。平成30年(2018)には、ノンフィクション作家・大野芳氏による『ロダンを魅了した幻の大女優マダム・ハナコ』。また、評伝ではありませんが、小説『盗作か? 森鴎外の『花子』』(平成24年=2012 下八十五著 文芸社)でも、花子について紹介されています。

その他、当方未見ですが、資延勲氏という方が、『マルセイユのロダンと花子』(平成13年=2001 文芸社)、『ロダンと花子―ヨーロッパを翔けた日本人女優の知られざる生涯』(平成17年=2005 文芸社)という書籍を出されています。探せば他にもあるかも知れません。

で、今回の『マダム花子』。著者の根岸氏は演劇史がご専門ということで、当時の現地報道等を詳しく分析され、欧米各地での花子公演の様子が詳述されています。「女優」という視点で花子を見るには恰好の書と言えましょう。図版等も豊富で、これまで見たことがなかったな、というような写真も数多く掲載されていました。

花子がロダンのモデルを務めた際の記述ももちろんありますが、メインはやはり公演関係の考察なのかな、という感じでした。昭和2年(1927)の光太郎の花子訪問についても触れられていますが、2頁ほどでした(笑)。ただ、ロダン関連では光太郎の訳した『ロダンの言葉』が随所に引かれています。

花子、数奇な運命に翻弄されながらも、力強く生きた女性です。もっともっと知られてしかるべき存在とも思われます。『マダム花子』ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

午后雪かきを道路の外れの堰のところまでする。路に棒を立てて標にする。


昭和22年(1947)12月31日の日記より 光太郎65歳

ここまでが道だという標識としての棒ですね。そうやらないと、雪の下に埋もれている側溝などに落ちる危険性があり、雪国では現代でも行われている習慣です。

こうして花巻郊外旧太田村での蟄居生活、3年目が終わります。








昨日は演劇公演を見に行っておりました。過日ご紹介した「ひなた村劇団第40回公演「青鞜の女たち」」。4月はじめに申し込んだ時点では満席とのことでしたが、一昨日になって、キャンセルが出たと連絡が入り、伺った次第です。
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会場は、町田市の「ひなた村」さんという、自然体験などのできる施設内に設けられたカリヨンホール。コロナ禍明けやらぬ中ですし、公共交通機関ではなく、愛車を駆って行きました。
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13:00と16:00の2回公演で、当方は16:00の方を拝見。

明治末、智恵子も参加した『青鞜』をめぐる群像劇ということで、同じ趣旨の二兎社さんの公演「私たちは何も知らない」などが頭にあって、女性だけの芝居なのかと思っていました。実際、フライヤーには以下のように印刷されていましたし。
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ところが、さにあらず。この女性たち以外にも、光太郎を含め、それぞれの周辺にいた男性陣もしっかり描かれていました。
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概ね史実に則りつつ、ただし時系列的にはいろいろ改変を加えながら(個々のメンバーの『青鞜』加入時期など)、それぞれの人生を描くといったものでした。
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左から、神近市子、智恵子、平塚らいてう、伊藤野枝。智恵子と野枝は入れ替わりに『青鞜』に参加しましたが、そういった細かな部分は考慮しない、というスタンスの脚本でした。

「ひなた村劇団」さんというのは、「町田市文化事業の一環として町田市青少年施設「ひなた村」で17年間に亘り開催された初心者演劇教室(講師:髙垣葵氏)の卒業生を中心に構成されている町田の市民劇団」(公式HP)だそうで、基本、アマチュアです。

そういうわけで、マイク関係のちょっとしたトラブルなどもいろいろありましたが、皆さん、一生懸命演(や)られていました。「活動理念」として、「市民劇団として、子供から大人まで、今まで芝居を見たことのない観客にもわかりやすく楽しめる芝居を提供できるように取り組む」(同)という、それは達成できていたな、という感じでした。

ただ、ストーリー的には、少し手を広げすぎかなという感もありました。与謝野鉄幹と晶子に山川登美子、島村抱月で松井須磨子、岡本一平(東京美術学校での光太郎の同級生です)・かの子、大杉栄には神近市子及び伊藤野枝、平塚らいてう&奥村博史、そして光太郎智恵子……。それぞれのカップル(三角関係も含め)の愛憎や苦悩を細かなエピソードで描き、その分、2時間以上の長い舞台になっていました。

まぁ、それだけに、「新しい女」を目指しながら、皆、それを果たせず挫折した女たち、といった点は強調されましたが。

光太郎智恵子に関しても、大正元年(1912)の犬吠埼(具体的な場所は特定されませんでしたが)でのエピソード以外にも、智恵子が心を病んでからの九十九里浜(こちらも九十九里浜とは明言されませんでしたが)での様子も描かれました。
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まぁ、そうした中で、世間の偏見や因習と戦い続け、刀折れ矢尽きた女たち、的な感じが鮮明に描かれることにはなり、それを狙ったのだろうと思いました。
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8月には、「第29回たちかわ真夏の夜の演劇祭」というイベントに参加なさり、再演されるそうです。
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また近くなりましたら、ご紹介いたします。

それにしても、東京都は新型コロナによる3度目の緊急事態宣言が今日からということで、昨日の会場のひなた村さんも今日から閉鎖だそうです。1日ずれていたために休演にならずにすんで、よかったと思いました。本来、この公演、一年前に予定されていたものでしたので……。まったく、いつまで続くコロナ禍ぞ、という感じですね……。

【折々のことば・光太郎】

井戸の水急にふえる。稍濁る。 後刻水汲みの時、鼠一匹井戸の中に溺れてゐるのを発見、引き上げて南瓜の肥料に埋める。多分薬をくつた鼠ならん。井戸の蓋を必ずする事にする。


昭和22年(1947)7月23日の日記より 光太郎65歳

蟄居していた花巻郊外旧太田村の山小屋での生活、こうしたエピソードからも、壮絶なものだったことがうかがえます。







昨日の朝刊を開き、劇作家の清水邦夫氏の訃報が出ていて、驚きました。

劇作家の清水邦夫さんが死去 蜷川幸雄さんとコンビ

001 若者の苦悩やいら立ちを描いて人気を集めた劇作家の清水邦夫(しみず・くにお)さんが15日午後0時46分、老衰のため死去した。84歳。新潟県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。
 1960年代後半から70年代初めにかけて、演出家の蜷川幸雄さんとのコンビで「真情あふるる軽薄さ」「ぼくらが非情の大河をくだる時」などの作品を発表し、全共闘世代の熱い支持を得た。
 妻で俳優の故松本典子さんらと演劇企画集団「木冬社」を結成。戯曲の代表作に「タンゴ・冬の終わりに」「エレジー」「弟よ」などがある。
 岸田国士戯曲賞、泉鏡花文学賞などを受賞。小説も執筆し、芥川賞候補にも挙がった。
(共同通信)

清水氏、平成3年(1991)には、光太郎智恵子の物語「哄笑―智恵子、ゼームス坂病院にて―」を、記事にもある木冬社さんの公演として実施されました。演出も同氏でした。
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平成5年(1993)には再演。
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その後、各地で巡回公演もされたようです。

いずれも光太郎役は小林勝也さん、智恵子役は清水氏の奥様だった故・松本典子さんでした。

脚本は、平成4年(1992)刊行の『清水邦夫全仕事 1981~1991』(河出書房新社)に掲載されています。智恵子が心を病んだ昭和初期のきな臭い世相を背景に、虚実の入り乱れた不思議な世界でした。

また、昭和58年(1983)初演の『いとしいとしのぶーたれ乞食』でも、光太郎智恵子に触れられていたようです。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

サダミさん宅の幸子さん来て、ドンといふ米のアラレ菓子、鰯の生干などもらふ。廿三日節句の菖蒲湯に来よとの事。

昭和22年(1947)6月19日の日記より 光太郎65歳

「ドンといふ米のアラレ菓子」、「ポン菓子」という呼称が一般的でしょうか。圧力を掛けて開放、膨張させたものです。

当方、最近、朝食(パン食)には、これを欠かしません。グノーラ的に牛乳をかけていただいています。光太郎が食べたものと全く同じかどうかわかりませんが。
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都内から演劇公演の情報です。

ひなた村劇団第40回公演「青鞜の女たち」

期 日 : 2021年4月24日(土)
      東京都町田市本町田2863
時 間 : Aキャスト13:00~ Bキャスト16:00~
料 金 : 無料(要予約)

明治44年、日本初の女性の手による女性の為の雑誌「青鞜」が発刊された。「元始女性は太陽であった」
中心となった人物が、フェミニスト、平塚雷鳥。そして、彼女の思想に賛同した、神近市子、長沼智恵子、伊藤野枝、物集和子らとともに活動を開始する。
そこに、目をつけたのが、評論家の生田長江。彼の紹介で、歌人の与謝野晶子、女優 松井須磨子、作家 田村俊子などを巻き込み、雑誌「青鞜」は華々しく創刊するが…。
明治の後半、欧米ではフェミニズムが叫ばれていた時代、日本では、女性には良妻賢母の道しかなかった。
そんな時代に彼女たちは、何を感じ、何を考え立ち上がったのか。
社会の風に逆らいながらも強く光り輝く女性たちの物語。

《ご予約方法》
コロナ感染拡大防止の為、席数を制限しております。
観覧ご希望の方は、お手数ですが次のいずれかの方法で事前予約をお願い致します。
①ひなた村劇団員・舞台出演者に直接予約
②メールで予約 info.hinatamuragekidan@gmail.com
③電話で予約 050-5896-1376
尚、コロナ感染症の状況によってはチラシ記載事項に変更がある場合がございます。
ホームページ、ツイッターなどでご確認ください。
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というわけで、智恵子も登場。『青鞜』メンバーを描く舞台等の場合、その最初期だけ関わった智恵子はあまり登場しないのですが、今回はしっかりキャストに入っています。ありがたし。

この公演、元々は昨年5月に予定されていたのですが、新型コロナのため延期となり、1年越しで実現することになりました。ただ、客席数を減らす対応をなさるそうで、先日、予約の電話を入れた際には既にキャンセル待ち、ということでした。

とりあえずこういう公演があるんだよ、という情報としてご紹介いたします。

【折々のことば・光太郎】

「展望」へ十五日まで詩稿を送る旨ハカキ速達 分教場にゆきしが配達夫既に来てしまひたり。ハカキをあづける。


昭和22年6月1日の日記より 光太郎65歳

何気に書かれていますが、「詩稿」は、自らの生涯を振り返り、戦争責任を省察した連作詩「暗愚小伝」です。

演劇公演の情報です 

チエコ

期 日 : 2021年1月28日(木)~2月1日(月) 1月31日(日)は生配信
会 場 : 両国・エアースタジオ   墨田区両国2丁目18-7ハイツ両国駅前地下1階
時 間 : 1/28 18:00~ 1/29 15:00~ 18:00~ 1/30~2/1 13:00~ 15:00~ 18:00~
料 金 : 公演チケット¥3,000 配信チケット¥2,500 
出 演 : 坂口実成夢 雛衣 山端零 宇木達哉 霧嶋あさと 砂浜みまれ 林田葵 阿部優華
      神野祥 二木将 早川真矢 楓明堂ふみたろう 三上夏生 渡辺広大
脚 本 : 野口麻衣子
演 出 : 野地伸吾
主 催 : 劇団空感エンジン
協 力 : RMP アミティープロモーション WESSAP オムニア
      サンミュージックアカデミー 
ゆーりんプロ

詩人・高村光太郎とその妻智恵子の愛の物語。智恵子の死後、智恵子抄を作ろうと、友人の草野心平と中原綾子を呼び、智恵子の思い出を振り返る。
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同じ脚本の公演が平成25年(2013)平成30年(2018)にも同じ会場であり、それぞれ拝見して参りました。奇を衒わない正統派の脚本で、非常にわかりやすい舞台でした。

登場人物は7人。光太郎、智恵子、光太郎実弟の豊周、智恵子を看取った姪の春子、当会の祖・草野心平、光太郎に心酔していた歌人の中原綾子、智恵子の親友・田村俊子。それぞれがそれぞれの立場で喜怒哀楽し、結局、ハッピーエンドにはならないのですが、さりとてお涙頂戴の安っぽいメロドラマでもなく、ある意味爽やかな印象でした。

主催者側で対策は講じているようですが、移動中も含め、コロナ禍には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。また、1月31日(日)には生配信もあるそうで、そちらもどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

鼻緒をつくつてゐる。布をさきて三ツあみにして芯をつくり、新聞紙で巻き、之に色の布をかぶせて縫ひ、下駄にすげる。

昭和21年(1946)3月21日の日記より 光太郎64歳

花巻郊外旧太田村の山小屋生活では、こんなものも自作していたのですね。

今月2日、政府は秋の褒賞受賞者を発表しました。このうち、当方の気付いた範囲では、光太郎関連のお仕事をなさったお二人の方が、ともに学術研究、芸術などの分野で活躍した人に贈られる紫綬褒章を受章されました。

まず、俳優の中井貴一さん。『毎日新聞』さんから

俳優・中井貴一さんに紫綬褒章 「自分の人生、間違いばかりではなかった」

9 社会派ドラマからコメディーまでこなす幅広い演技力で、40年近く日本の芸能界を支えてきた。紫綬褒章の知らせに「必死に一つの事を継続する。その結果が今回のご褒美につながったのかと、自分の人生、間違いばかりではなかったと安堵(あんど)しております」とコメントを寄せた。

 1981年のデビュー以来、多くの映画やテレビドラマに出演。数々の映画賞に彩られた俳優人生だが、「振り返ればアッという間。最近でも己の進歩の無さに愕然(がくぜん)とする事も多々あります」と謙虚に見つめる。新型コロナウイルス禍では「人の心までもが侵される事が、最も恐れるべき事」とし、「我々の仕事を通して少しでも安らぎにつながるよう、愚直に生きてまいりたい」と決意をつづった。
 父は37歳で死去したスター俳優、佐田啓二さん。「この褒章は無念にも早逝(そうせい) した父と供に受けさせていただきたい」と敬愛の念をにじませた。

中井さん、平成17年(2005)にキングレコードさんから発売されたCD「日本の詩歌 高村光太郎」で光太郎詩25篇の朗読をなさっています。
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久々に聴いてみましたが、張りのある伸びやかなお声で、丁寧に読まれています。キングさんのサイトで調べたところ、廃盤となってしまっているようですが、通販サイトなどではまだ入手出来るようです。ぜひお買い求めを。

それから中井さん、直接、光太郎には関わりませんが、昨日もこのブログで触れた、光太郎ゆかりの地・宮城県女川町の復興を描いた平成28年(2016)の映画「サンマとカタール~女川つながる人々」では、ナレーションを担当なさいました。
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こちらはDVD化され、やはり通販サイト等でまだ入手可能のようです。

続いて演出家の鵜山仁さん。『朝日新聞』さんから

「多様性を発展させたい」 演出家・鵜山仁さん

AS20201101001419_comm 「舞台演出はひとりでは何もできない職業。スタッフ・キャストが集まる現場を代表していただけるのだと思う」。受章の知らせを受け、稽古場で接してきた人々の顔が浮かんだ。
 所属する文学座で38年にわたって「グリークス」などの多彩な作品を手がけ、こまつ座では「父と暮せば」「人間合格」など幾多の井上ひさし戯曲に向き合った。過去に芸術監督も務めた新国立劇場の「リチャード二世」で先月、12年かけて全5作を上演したシェークスピア歴史劇シリーズが完結。「長年継続していくと作品が違う形で見えてくる」。慶応大では合唱に打ち込み、オペラの演出も多い。
 コロナ禍の中で演出作の公演中止が相次ぎ、演劇の存在意義を改めて考えた。「一色に染まらず、違う物の見方や問題提起を打ち出せるかが勝負。多様性を発展させていければと思っています」

鵜山さん、平成23年(2011)に、光太郎を主人公とした渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」の演出を手がけられました。脚本は昨年、ハヤカワ演劇文庫の一冊として上梓されています。
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初演は東日本大震災直後ということもあり、予定の回数を上演できませんで、翌年、再演されました。当方、そちらを拝見。その際のパンフレットには、鵜山さん、「再演にあたって」という文章を寄せられています。
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主人公の光太郎を演じられた金内喜久夫さんは今年お亡くなりになりましたが、空の上から鵜山さんのご受賞を喜ばれているのでは、と存じます。

というわけで、お二人の受賞、まことに喜ばしく存じますし、今後のさらなるご活躍にも期待したいところです。

ところで、こうした褒賞、さらにはやはりこの時期の文化勲章や文化功労者、叙勲なども、「総合的、俯瞰的に人選」し、あがってきた推薦名簿などからも認定を拒否して名前を除外することもあるのでしょうか(笑)。

【折々のことば・光太郎】

どういふ風な人達を私が嫌ふかはお解りの事と信じてゐます。

散文「どういふ風な人達を私が嫌ふか」より 大正5年(1916) 光太郎34歳

雑誌『秀才文壇』第20年第9号に、「芸術家書簡集」の総題で、武者小路実篤、萩原朔太郎ら24名の書簡が紹介されている中の一篇です。

内容的には、大正元年(1912)に第一回展覧会を開催し、翌年、同人間の意見の相違から解散したヒユウザン会(のちフユウザン会)と、光太郎、岸田劉生らによってその後結成された生活社に関わり、大正2年(1913)の書簡からの引用と思われます。宛先はおそらく『秀才文壇』編輯に携わっていた、美術にも造詣の深かった野口安治でしょう。

芸術上の考え方については、光太郎、妥協を許さず、「こういう人達とは一緒にやっていけない」と判断すると、ばっさり切り捨てる傾向がありました。同じヒユウザン会に所属しながら『高村光太郎全集』にほとんど名前が見あたらない人々が、そういう人達なのでしょう。

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