カテゴリ:音楽/演劇等 > 音楽

注文しておいたDVDが届きました。

今年1月に公演があった、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団さんの第146回定期演奏会ライヴです。
001
新実徳英氏に委嘱作曲の「愛のうた ― 光太郎・智恵子 ―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」、初演が含まれています。
056
057
楽譜が1月に全音さんから出版されており、購入。メロディーなどはこんな感じかというのは何となく分かっていましたが、実際の演奏を聴いてみるとやはりいろいろ発見がありますね。普通は「百聞は一見にしかず」ですが、音楽に関しては「百見は一聞にしかず」。楽譜を見ているだけではわからないことだらけでした。

ステージに上がった合唱団員は50名ほど。オケはオケの編成としては少なめで、サブタイトルに「フルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」とあるとおり、管はフルートとクラが1本ずつのみ。トランペットやらトロンボーンやらの金管は入っておらず、打も入っていません。合唱50人に対しては、この位の編成が適正なのでしょう。大編成でわちゃわちゃやる「第九」のような曲でもありませんし。もっとも、「第九」は合唱曲としてとらえるとかなり異端なのですが。
058
全6曲中の1曲目、「山麓の二人」。通常、「智恵子抄」を組曲にする場合、最初は光太郎と智恵子が出会った頃や智恵子がまだ健康だった頃の詩(「人に」とか「あどけない話」とか)をテキストにする例が多いのですが、いきなり「わたしもうぢき駄目になる」。不安を煽るような曲想で、「この組曲全体で作られるのは、甘ったるい情調本意の世界観ではないんだぞ」と宣言しているかのようでした。
059
2曲目、「千鳥と遊ぶ智恵子」。1曲目と較べると、九十九里浜の色鮮やかな初夏の風景、その一部と化した智恵子が描かれているだけあって、陽の光を感じさせるような明るい感じの部分も。それでもフルートやテノールのソロで表現される千鳥の鳴き声が、もの哀しさを湛えています。
060
続く「値がたき智恵子」。もはや完全に夢幻界の住人となってしまった智恵子。ア・カペラの歌から始まり、すぐ歌なしのオケ。それが掛け合いのように繰り返され、やがて中間部では渾然一体に。終盤、またア・カペラの部分も。
061
「間奏曲-悲しみの淵へ-」。歌詞はなく、歌が入るところはヴォカリーズです。言葉に出来ない光太郎の思い、というイマジネーションでしょうか。
062
そして智恵子の臨終を謳った「レモン哀歌」。ドラマとしてはヤマ場の部分ですが、全体に抑制され、訥々とした光太郎のモノローグといった感がありました。ところどころ激しい部分もありましたが。高音二声が「智恵子はもとの~智恵子となり~」とやっている裏でバリトンとベースが「智恵子~智恵子、智恵子」と連呼するなど、「なるほど」と思いました。最後も「写真の前に挿した桜の花かげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」の後にトゥッティーで「智恵子~」。同じ手法は最後の「元素智恵子」でも使われていました。
063
光太郎が花巻郊外旧太田村の山小屋で蟄居生活を送っていたイメージ。諦念も感じさせつつ軽快な8分の6拍子が基本。特にこの曲ではクラが効果的に使われているように感じました。最後は長いヴォカリーズのあと、やはり原詩にはない「智恵子智恵子智恵子ー」。この程度の詩の改変はありでしょう。
064
作曲の新実氏がステージに上がり、指揮の佐藤正浩氏とのトーク。
066
065
光太郎智恵子に関する話がほぼなかったのが残念でしたが……。

DVDとブルーレイ、送料込みで5,000円。映像無しのCDは同じく3,000円です。オンラインで注文可。ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

大宮工作所より回転台、心棒届く、板も届く、 小坂さんくる、とりつけ夕方になる、

昭和28年(1953)1月24日の日記より 光太郎71歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のために移り住んだ東京中野の貸しアトリエに、彫刻用回転台の部品が届けられました。部品は前年から届いてはいましたが、この日で全て揃い、組み立てたようです。

回転台は、平成30年(2018)、
十和田湖観光交流センター「ぷらっと」さんに寄贈された、戦時中の高射砲の台座を改造した大きなもの。手配をしたのは助手を務めた小坂圭二でした。
000 003
001
002
004

PR誌というか文芸同人誌というか、不思議な雑誌の『とんぼ』。当会顧問であらせられた故・北川太一先生の御著書を多数刊行されている文治堂書店さんの発行です。

第14号が過日届きました。
002 001
作曲家・仙道作三氏による北川先生の追悼文「人間の魂を愛し続けた人 北川太一」が掲載されています。仙道氏、平成元年(1989)に、北川先生監修、山本鉱太郎氏台本の「オペラ智恵子抄」を書かれ、都内や光太郎ゆかりの宮城県女川町などで上演されました。その話を根幹に、やはり北川先生が関係なさった「オペレッタ注文の多い料理店」(平成4年=1992初演。公式パンフレットに北川先生の「オペレッタ「注文の多い料理店」に寄せて」という一文)、「オペラ五重塔」(平成7年=1995初演。幸田露伴の『五重塔』を元に、北川先生が台本ご執筆)等についても言及されています。

それから、平成29年(2017)に亡くなった、版元の文治堂書店さん創業者・渡辺文治氏の追悼文「渡辺文治さんのこと」(佐藤博久氏ご執筆)も掲載されています。

ついでに言うなら、当方の連載「連翹忌通信」。前号までは、留学中にアメリカからイギリスへ向けて乗船した船ブロンズ彫刻「手」に関するものなど、新たに発見された光太郎文筆作品等について書いてきましたが、今号からは「もの」の発見に関わる内容で書くことにしました。そこでまず、花巻高村光太郎記念館さん所蔵の、イギリスの染色作家、エセル・メレ作のホームスパン毛布について。あと2年くらいはこの手のネタで攻めようと思っております(笑)。

ご入用の方、文治堂さんのサイトまで。頒価500円だとのことです。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃藤島さん亀井勝一郎氏同道来訪、一時NHKの車にて放送会館、30分間対談放送、一月三日午前十一時半放送の由、(録音)、


昭和27年(1952)12月25日の日記より 光太郎70歳

NHKさんのラジオで放送された、光太郎と諸人物との対談は、この年3月の真壁仁とのもの、昭和30年(1955)の草野心平とのものの録音がNHKさんに残っており、それぞれそこから文字に起こして『高村光太郎全集』に載せてあります。また、平成17年頃、盛岡放送局のアナウンサー(氏名不詳)との対談(昭和24年=1949、何らかの事情で未放送)を録音したテープも見つかり、こちらも文字に起こして北川先生と当方の共編『光太郎遺珠2006』に掲載しました。

ところがこの日の亀井との対談は失われています。亀井側の資料等で、一部分でも文字起こししたものでもあれば、と思うのですが……。

名古屋から演奏会情報です。

ランチタイム名曲コンサート vol.2313 音の情景 語りの調べ ~風を聴く~

期 日 : 2022年5月20日(金)
会 場 : 宗次ホール 名古屋市中区栄4丁目5番14号
時 間 : 11:00開場 11:30開演
料 金 : 1,000円
出 演 : 佐藤美和(ピアノ) 野田育子(語り)
プログラム :
 風にのる智恵子(高村光太郎 詩)/シューマン:飛翔
 翼(平田聡 詩)/ショパン:幻想即興曲
 他

「ことば」と「音」が出逢い、「生きたドラマ」を紡ぎ出します。風に耳を傾けながら、春から初夏へ巡る季節の一時をご堪能下さい。
000
シューマンやショパン、リストなどのピアノ曲に乗せて詩の朗読、というコンセプトのようです。ピアノの佐藤美和氏のブログがこちら

語りの野田育子氏、かつてFM愛知NHKで番組アシスト、リポーター・アナウンサーを務められ、現在は名古屋の「プロデュース・アイ」という会社の代表として各種イベント司会者・講師、読み聞かせ、詩の朗読などの活動を行われているそうです。

お近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

六時半帝劇、藤間節子さんリサイタル、高松宮、小川未明さんきている、終幕後節子さんと母君にあふ、

昭和27年(1952)11月30日の日記より 光太郎70歳

藤間節子」は舞踊家。のち、黛節子と改名します。光太郎の承諾を得て、昭和24年(1949)と翌年には「智恵子抄」を舞踊化、やはり帝劇(帝国劇場)で公演しました。光太郎生前に行われた「智恵子抄」二次創作の唯一の例です。その際にはパンフレットに光太郎の推薦文が掲載されました。

その後、「智恵子抄」を含まないリサイタルにも光太郎は推薦文を寄せ続け、この日のリサイタルのパンフレットにも載りました。

 はからず今年は東京に暫く居ることになり、藤間節子さんのリサイタルを見ることが出来るわけで、それを今からたのしみにしてゐる。あの岩手の山の見晴らしに立つて、今頃は藤間さんが帝劇でやつてゐるのだな、と思を馳せてゐた数年前のことを、今は夢のやうにおもひ出す。今年は小川未明さんの童話を踊るといふので尚更期待を大きくしてゐる。藤間さんの芸術がだんだん幅をも加へてきてゐるに違ひないと想像できることは喜である。

この日撮影された客席の光太郎。光太郎の右隣が小川未明、さらにその右隣が高松宮夫妻のようです。
001

今年3月リリースのCDです。

シンガーソングライター 加藤昌則歌曲集

2022年3月23日 Octavia Records Inc 定価3,200円+税

宮本益光(バリトン) 加藤昌則(ピアノ) 崎谷直人(ヴァイオリン)

このようなタイトルのアルバムを発表する日が来るなんて、舞台に立ち始めたころは考えもしませんでした。クラシックというジャンルで、作詞・作曲を演奏家本人が担当すること自体、かなり珍しいことだと思います。二人が出会って、もう30年近くなります。がむしゃらに突っ走った20代、少しずつ認められてきた30代、自分のことが少しだけわかってきた40代、私たちはそれぞれの領域で活動を積み重ねつつ、知らぬ間に二人の世界を拡げてきたのだと思います。これは二人の日記帳のようなもの。二人にしか描けない魂の記録です。
宮本益光

作曲家・加藤昌則と歌っている宮本益光は東京藝大の同期だ。加えて、ここで作曲家はピアニストでもあり、歌手は詩人でもある。(中略)
加藤昌則という仲介者を経て自作を声に乗せることができている宮本益光は、まことに稀有な演奏家だ。「もしも歌がなかったら ゲーテは詩なんて書かなかっただろう」という自身の言葉(「もしも歌がなかったら」)の「ゲーテ」は、「私」と置換してもいいのである。微妙な音色の変化を含ませつつ、すべての曲に真正面から取り組む「詩人の歌唱」には、ただ感嘆。見事というほか、ない。
池辺 晋一郎(ライナーノーツより)
001
曲目
 魔女の住む街 (詩・宮本益光)
 祈りの街 (詩・宮本益光)
 城壁となって (詩・宮本益光)
 落葉 (詩・千家元麿)
 俺らの町の数え歌 (詩・宮本益光)
 桜の背丈を追い越して (詩・宮本益光)
 詩がある (詩・宮本益光)
 そこにある歌 (詩・宮本益光)
 彦星哀歌 (詩・宮本益光)
 ここで歌うだけ (詩・宮本益光)
 レモン哀歌 (詩・高村光太郎)
 さくら (詩・たかはしけいすけ)
 「ME」より 恋歌 (詩・たかはしけいすけ)
 「花と鳥のエスキス」より ぼくの空 あたらしい日がくるたびに(詩・たかはしけいすけ)
 「名もなき祈り」より 空に 今、歌をうたうのは (詩・宮本益光)
 もしも歌がなかったら (詩・宮本益光)
 平和へのソネット (詩・宮本益光)
 またね、またね (詩・宮本益光)
002
アルバムタイトルが「シンガーソングライター」ですが、「自分で作詞作曲し、歌う」という通常の意味のそれではありません。まず作詞は全20曲中、大半が歌唱担当の宮本益光氏。氏はバリトン歌手でありながら、詩集も出版なさっているそうです。そして全20曲、作曲はピアノを担当なさっている加藤昌則氏。というわけで、いわばお二人の合作。いうなれば「シンガーソングライターズ」とでも言うべきかと存じます。

宮本氏作詞でないものは、氏の詩の師・たかはしけいすけ氏の手になるものが5曲、光太郎とも交流のあった千家元麿のテキストで1曲、そして光太郎の「レモン哀歌」。

この「レモン哀歌」がプログラムに入っていたコンサート等は、当方が把握している限り、令和元年(2019)に加耒徹氏の歌唱で「歌道Ⅱ」と題した公演が福岡と東京で行われた他、同年の「4人のバリトンコンサート ハンサムなメロディー」でも加耒氏が歌われました。また、今回のCDで歌われている宮本氏で、「午後の音楽会 第136回プレミアムコンサート 宮本益光×加藤昌則 デュオリサイタル」。こちらは今年の2月、横浜での公演でした。それから情報を把握しておらずご紹介出来ませんでしたが、先月末に愛媛県八幡浜市で開催された「宮本益光バリトンリサイタル SINGER SONGWRITER 加藤昌則歌曲集」でも演奏されています。CDの発売記念的なコンセプトでしょう。宮本氏は八幡浜ご出身だそうです。
005
「レモン哀歌」、これまでも様々な作曲家の方々などが曲を付けて下さっていますが、解釈がそれぞれですね。今回のように単発の場合と、組曲や歌曲集の中の一篇という場合では扱い方が異なってきますし、独唱の場合と合唱の場合とでも違います。バックボーンがシャンソンというモンデンモモさん、歌唱なしのインストゥルメンタルでピアノの荒野愛子さんなどはさらに毛色が変わっていますし。ちなみに演歌の坂本冬美さんにも「レモン哀歌」という曲があります。ただし、こちらは光太郎詩ではなく作詞家・たかたかし氏の詞ですが。
003
「レモン哀歌」だけでなく、他の詩まで範囲を広げれば、「道程」には、かの坂本龍一氏が曲を付けて下さいましたし、その他箏曲などの純邦楽、'70年代にはフォークソング調、さらには詩吟的なものや浪曲風まであります。それらを聴き較べてみるのも一興です。

さて、CD「シンガーソングライター 加藤昌則歌曲集」、ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

うどんをとる、余は全部嘔吐す、 夕食とらず、


昭和27年11月24日の日記より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作に当たり、以前の花巻郊外旧太田村での蟄居生活中に悩まされていた結核性の肋間神経痛はかなりおさまったものの、それでも万全の体調とは言えない日々でした。光太郎の命ものこりあと3年半ほどです。

楽譜の新刊です。

朝岡真木子歌曲集2

2022年4月15日 朝岡真木子作曲 全音楽譜出版社 定価2,800円+税
001
朝岡真木子の珠玉の歌曲作品集。


収録曲
 祈りのように  作詞 : 貞松瑩子
 口笛  作詞 : 西岡光秋
 君死にたもうことなかれ  作詞 : 与謝野 晶子
 さくらの はなびら  作詞 : まど・みちお
 風のこころ  作詞 : 大竹典子
 さんまのうた  作詞 : 大竹典子
 そのとき 十八の春  作詞 : 岡崎カズヱ
 今をしむ  作詞 : 岡崎 カズヱ
 梅干し  作詞 : 岡崎 カズヱ
 メヌエツト  作詞 : 立原道造
 灯台への道  作詞 : 柏木隆雄
 おにぎりのうた  作詞 : 柏木隆雄
 黒豆のなっとう  作詞 : 中野惠子
 ながれ星  作詞 : 星乃 ミミナ
 水たまり  作詞 : 星乃 ミミナ
 吹抜保  作詞 : 茨木 のり子
 春のとおりゃんせ  作詞 : 宮中雲子
 対処  作詞 : 宮田滋子
 まど・みちおの詩による組曲「りんごを ひとつ」  作詞 : まど・みちお
  あめ/ことり/貝のふえ/ちいさな ゆき/はっぱと りんかく/一ばん星/リンゴ
 組曲「智惠子抄」  作詞 : 高村 光太郎
  人に/あどけない話/千鳥と遊ぶ智惠子/値ひがたき智惠子/レモン哀歌

朝岡真木子さんという方の作曲された、独唱歌曲の作品集です。大トリの位置に「組曲「智恵子抄」」全5曲が収録されています。

当方が把握している限り、昨年今年と、この中から抜粋でプログラムに入った演奏会が開催されましたし、令和元年(2019)には全5曲が演奏された演奏会「伊藤晶子ソプラノリサイタル ~演奏生活70周年を記念して~」もありました。ただ、この時のプログラムと今回出版された楽譜集とで、構成が違っています。演奏会では今回の楽譜集に無い「風にのる智恵子」が入っていて、逆に楽譜集に掲載されている「値ひがたき智恵子」がありませんでした。「風にのる智恵子」は、結局、ボツにしてお蔵入り、ということでしょうか。楽譜集に載っていた初演記録では、「人に」「あどけない話」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」の全4曲という扱いで、平成13年(2001)に初演されていました。

楽譜集が手元に届きまして、早速、キーボードでメロディーを追ってみました。割と素直に作曲されていて、意外といえば意外でした。独唱歌曲だから、というためかもしれません。合唱だと、各声部の掛け合いやら和音やらで、これでもか、これでもかと、非常に複雑な作りになっている曲が多いのですが、独唱は伴奏としてのピアノがあるものの、基本的にメロディーライン一本での勝負、すると、衒う必要もないのかな、と思いました。

それでも単純明快というわけでもなく、転調や拍子の変更などもあり(多用、というほどではないのでそれが煩わしくありません)、さらに組曲全体での構成の妙に感心しました。

楽譜集巻頭の朝岡さんによる「はじめに」から。

 歌曲を作曲します時は、まず最初に詩を何度も朗読して、そのイメージや色合いを味わい、大切な言葉、空気感、言葉のリズム感などを受け取っています。

当然といえば当然ですが、これが出来ていない「何でこの詩にこういうメロディーなんだ?」という作品も少なからずあるように思えてなりません。それがその作曲者の解釈なんだといわれればそれまでですが……。その点、今回の「組曲「智恵子抄」」、いい感じです。

「いやなんです/あなたのいつてしまふのが――」と、智恵子への抑えられない想いを謳った「人に」。しかし、その想いも高らかな愛のほめ歌というわけではなく、「おずおずと」という側面があり、そうした部分がよく表されていると思います。

「あどけない話」。智恵子の心を病む前段階の、「あどけない」といいつつ「あどけなくない」内容。その不安感、しかしまだここで踏みとどまれれば……という感じ、そういったものが上手く表現されているように感じます。思い切ってピアノ伴奏を単純化し(途中まで右手一本です)、この後の曲想との違いを明確にしてもいるようです。

「千鳥と遊ぶ智恵子」。アレグロ→アダージョ→モデラート、最後はレントまでテンポを落とし、不安を煽るような半音進行が見事です。終末部分はメロディー無しの朗読という指定です。

部分的な変更を除いて8分の5拍子、アレグレットの「値ひがたき智恵子」。毀れてしまった智恵子、それをなすすべもなく見つめる光太郎の姿が浮かびます。

そして終曲「レモン哀歌」。これまでと一転して静謐な世界。うまいまとめ方です。

楽譜集が出ると、CDも欲しくなってしまいます。どこかのレーベルさんでおねがいしたいところですね。また、楽譜集が出たことにより、演奏会等で取り上げられる機会が増えることも期待いたします。

【折々のことば・光太郎】

不在中朝日社会部の人来て飛行機にのれといひをりし由、


昭和27年(1952)11月18日の日記より 光太郎70歳

戦前は、新聞社がまだ珍しかった飛行機に文士を乗せてレポート等を書いてもらうという企画がよくありました。昭和4年(1929)には斎藤茂吉ら4人の歌人がやはり朝日さんの飛行機に搭乗し、機上で短歌を詠んだり、昭和10年(1935)には読売さんが「流行作家リレー飛行」なる企画を立ち上げ、林芙美子が「飛行機の旅」というエッセイを書いたりしました。

戦後もまだこういう企画があったのですね。残念なことに光太郎は断りましたが。

都内から演奏会情報です。

11回 21世紀合唱音楽祭

期 日 : 2022年4月19日(火)
会 場 : 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール 東京都渋谷区桜丘町23-21
時 間 : 開演18:30(開場18:00)
料 金 : 4,000円(全席自由・税込)

出演/曲目
 指揮 鈴木与志一  合唱 クロスロード・アカデミー・コア
 ピアノ 服部真由子

 浅井和夫 朗読と女声合唱のための無言歌「杜の声」(詩/浅井和夫)
 泉田輝子 カンタータ “アヴェ・マリア” 
  ~3人の独唱者(ソプラノ,メゾ ソプラノ,アルト),
  女声合唱とピアノの為の~《初演》
 田丸彩和子 混声合唱のための 「ヴォルガの少女」 (詩/木下宣子)《初演》
 久行敏彦 夢見る人~混声合唱とピアノのための交聲詩~《初演》
 安藤由布樹
  女声合唱組曲 青鞜の女たち(ショパンのエチュードに基づくパラフレーズ) 《初演》
   元始女性は太陽であった(詩/平塚らいてう)
   山の動く日来たる(詩/与謝野晶子)
   樹下の二人(高村智恵子のつぶやき)
   君死にたまふことなかれ(詩/与謝野晶子、原曲/吉田隆子、編曲/安藤由布樹)
   ふけよ荒れよ嵐よ風よ(詩/伊藤野枝)
  カンタータ この灯を永遠に 2021年改訂版 (詩、脚本/安藤由布樹) 《改訂初演》
   ソプラノ独唱:新南田ゆり バリトン独唱:春日保人
001
002
安藤由布樹氏による「女声合唱組曲 青鞜の女たち(ショパンのエチュードに基づくパラフレーズ) 」。平塚らいてう、与謝野晶子、伊藤野枝、そして智恵子……。「濃い」ですね(笑)。

合唱としては初演だそうですが、調べてみましたところ、Youtubeに女性二重唱での演奏がありました。


こちらは「元始女性は太陽であった(詩/平塚らいてう)」と「山の動く日来たる(詩/与謝野晶子)」。昨年、同じ会場で開催された「第27回日本現代音楽展」の録音のようです。

これはぜひ、楽譜も出版していただきたいものだと思いました。

ご興味のある方、コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃花巻新報の平野さん車にて迎にくる、 藤島さん東京よりくる、 精養軒にて午后三時頃より送別会30人ほど、後車にて大沢温泉、客多し、


昭和27年(1952)10月10日の日記より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のための約7年半ぶりの帰京前日です。

都内から演奏会情報です。

朝岡真木子 歌曲コンサート 第5回

期 日 : 2022年3月13日(日)
会 場 : 王子ホール 東京都中央区銀座4-7-5
時 間 : 14:00開演
料 金 : 4,000円(全席自由)

昨年の延期公演です。出演者、曲目が少し変更になりました。

出演者 : 内田もと海 黒川京子 品田昭子 福成紀美子(以上S)
      清水邦子Ms 吉田伸昭T 馬場眞二Br 朝岡真木子(作曲・p)
曲 目 : 
 組曲〈智恵子抄〉より「人に」 詩:高村光太郎
 組曲〈あなたへ〉より「あなたへ」「夢とおく」 詩・星乃ミミナ
 組曲〈きらり きーん〉より「さくら」他 詩・矢崎節夫
 「ママへ」「今をしむ」「しだれ桜」 詩・岡崎カズヱ
 「菜の花時雨」 詩・木下宣子
 「メヌエット」 詩・立原道造
 「灯台への道」「春満開」 詩・柏木隆雄 (新作初演)
 「確かな一歩」「やさしい歌」 詩・柏木隆雄
 まど・みちおの詩による組曲「リンゴをひとつ」全7曲 (新作初演)

お申し込み : エンゼル音楽事務所(angelongaku@gmail.com, 090-1703-5387)
001
曲目はすべて、朝岡真木子さんとおしゃる方の作曲だそうです。個人的には存じ上げない方なのですが、「組曲 智恵子抄」を作曲され、令和元年(2019)には全曲の改訂初演が行われていますし、昨年も抜粋で「レモン哀歌」が演奏されています。

今回は「人に」が、東京二期会さん所属、メゾソプラノの清水邦子さんという方の歌唱でプログラムに入っています。清水さん、9月には「組曲 智恵子抄」の全曲を歌われるそうです。

コロナ感染には十分お気をつけつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

十時公会堂にて国分知事等とあひ独立記念式、後講演一時間ばかり。後カホクといふ料亭にて御馳走になる、国分知事、阿部副知事等、


昭和27年(1952)5月3日の日記より 光太郎70歳

「独立」は、第二次大戦正式終結のためのサンフランシスコ講和条約関係。前年9月8日が調印式で、この年4月28日に発効しています。その結果、GHQによる占領体制が解除、日本の主権が回復しました。

「国分知事」は国分謙吉。初の民選知事でした。国分と光太郎は、昭和25年(1950)に新聞社の企画で対談を行っています。「公会堂」は盛岡の県公会堂。前日から盛岡入りし、定宿の菊屋旅館(現・北ホテル)に宿泊していました。

この際の講演の筆録等も未発見です。

神奈川県から演奏会情報です。

午後の音楽会 第136回プレミアムコンサート 宮本益光×加藤昌則 デュオリサイタル

期 日 : 2022年2月24日(木)
会 場 : 横浜市栄区民文化センター リリスホール 神奈川県横浜市栄区小菅ケ谷1-2-1
時 間 : 13:15開場 14:00開演
料 金 : 全席指定 2,500円
出 演 : 宮本益光(Bar) 
加藤昌則(Pf)
曲 目 : 
 加藤昌則/宮本益光 詩:もしも歌がなかったら 
詩がある 桜の背丈を追い越して
 加藤昌則/高村光太郎 詩:レモン哀歌
 加藤昌則/たかはしけいすけ 詩:ぼくの空 他

月に1度、特別な時間をお届けする「午後の音楽会」シリーズ。平日の午後に、いつもより少しだけおしゃれをして、コンサートに出かけてみませんか?

オペラ界のスター宮本益光とクラシック講座でお馴染み加藤昌則が「午後の音楽会」シリーズに登場
005
006
加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」がプログラムに入っています。ピアノは加藤氏ご自身。同曲、令和元年(2019)に目黒で開催された「4人のバリトンコンサート ハンサムなメロディー」、福岡と豊洲で公演のあった「加耒徹バリトンリサイタル2019 〜歌道Ⅱ」で、それぞれ演奏されました。加藤氏曰く「その死への美しすぎる情感を、敢えて後年に浄化したものとして捉えて書いた」。

コロナ感染には十分お気をつけつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

午前宮城県白石町より紙布製造の人佐藤忠太郎といふ老人来訪、片倉小十郎時代よりの紙布の話をきく、見本をもらふ、


昭和27年(1952)3月22日の日記より 光太郎70歳

佐藤忠太郎は明治34年(1901)、白石の生まれ。すると、この時点で50歳ちょっとのはずで、「老人」というには当たらないような気がしますが、紙布(しふ)織りに取り組んでいた人物、ということで間違いないでしょう。その工房は現在も続いています。

J-pop系の新盤LPレコードです。

Love Logic<Clear Pink Vinyl/限定盤>

発売日 2022年2月16日005
アーティスト Minuano
レーベル Be Thankful Records
収録曲
 レモン哀歌
 春宵の哀しみ
 果てるともなく続く宙
 それいゆ
 午后の翼
 恋人たちの雨
 裸足のシルエット
 雨色日記
 恋、咲き初めり
 陽だまりの午後に


昨今、アナログレコードの人気が再燃しているとのこと。音楽はデータ配信で購入するのが当たり前、CDの市場もどんどん先細り、という時代なのに、です。価値観が多様化していることの表れの一つなのでしょうが、「データ配信では得られない、手で触れられる“新しい”価値」「デジタルにはない柔らかな音質」「インテリアとしても美しいジャケット」といった点で、若い世代にも浸透してきているそうです。
006
最近は、あえてアナログレコードでしか新譜をリリースしないアーティストまでいるそうですし、過去の作品のリマスターなどもCDではなくアナログレコードで、というケースも目立ちます。

そうした流れの中での発売なのでしょう。「Minuano」というユニットの「Love Logic」というアルバム。平成21年(2009)にCDが発売されていましたが、限定版としてLPレコードが海外で生産され、逆輸入の形で販売されるとのこと。YouTubeにもアップされているのに販売するあたり、コアなファンの存在を見越してのことなのでしょうか。

「Minuano」に関しては、令和元年(2019)の『CDジャーナル』に以下の紹介。

パーカッショニストの尾方伯郎が主宰するプロジェクト。Lampの榊原香保里をヴォーカルにフィーチャーし、MPB、ジャズ、シティポップ、ソフトロック、クロスオーヴァーなどを現代的に再解釈したポップスを追求。2009年に1stアルバム『Love Logic』、翌2010年に2ndアルバム『ある春の恋人』を発表。2012年のデジタルEP『夏の幻影 EP』を経て、2019年に3rdアルバム『蝶になる夢を見た』をリリース。

ここに記述はありませんが、ボサノバ的なテイストも盛り込んでいるようです。1曲目、「レモン哀歌」。イントロのフルートがそんな感じです。



歌詞は光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)そのままではなく、それからのインスパイア。

 トパァズ色の香気 哀しくとろけて007
 囓りかけた愛を追いやる夕闇
 なまぬるい風が 辺りに一面
 窓硝子越しの季節がふるえた

 夜に揶揄われて 二人は有耶無耶な儘
 時間だけが過ぎてゆく 蝕むように

 月あかり照らす 老頭児たちの群れ
 手招きするように 二人を誘う

 夜に揶揄われて 二人は有耶無耶な儘
 時間だけが過ぎてゆく 蝕むように

 空想に耽る 遠い日々を想って
 嗚呼、溜め息一つ 静かな遊泳

 月あかり照らす 老頭児たちの群れ
 懐かしい音楽に 縺れて踊る


「智恵子抄」インスパイアの楽曲、米津玄師さんの「Lemon」などもそうだそうですが、過去にもさまざまなアーティストの方々が取り組んで下さっています。こうして復刻されることも喜ばしいことですし、さらにいろいろと新作が出ることも期待します。

【折々のことば・光太郎】

終日雪ふつてゐる、風なし、夜より朝にかけますます厳寒、0下15度、 ひる頃更科源蔵氏来訪、一時頃辞去。ヰスキー、チーズ等もらふ。


昭和27年(1952)2月5日の日記より 光太郎70歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋、断熱材などの防寒設備などまったくないあばら屋でした。昭和20年(1945)から数えて7度目の冬とはいえ、老躯にはこたえたことでしょう。

更科源蔵は、北海道弟子屈在住だった詩人。同じ北国の更科も、光太郎の暮らしには驚いたのではないでしょうか。

放映順で3件ご紹介します。

まずは光太郎の父・光雲の代表作「老猿」(明治26年=1893)。

びじゅチューン!「老猿は主役じゃなくても」

NHK Eテレ 2022年1月28日(金) 15:55〜16:00 1月31日(月) 05:50〜05:55

発想の源は、高村光雲「老猿」(東京国立博物館)。この彫刻は、そのまわりだけ空気がちがうような、圧倒的な「ドラマ性」を感じさせます。もし脇役としてキャスティングされたとしても、その存在感の強さで主役を食ってしまうでしょう。「白雪姫」の小人C役、「桃太郎」のサル役…。たまたま脇役として起用されて現場のパワーバランスをおかしくさせてしまうストーリー。「老猿」と周囲とのギャップを楽しんでください。

【出演】井上涼,【声】ジョリー・ラジャーズ

061
062
本放送が1月25日(火)にあり、拝見しまして、笑いました。

なぜか「老猿」、芸能界にいて、しかしその圧倒的な存在感ゆえ……。
063
064
065
066
あらゆる場面で主役を喰ってしまうという設定。

白雪姫の小人Cの次は、「ドラマスペシャル桃太郎」(笑)。
067
068
069
さらに羽毛布団のCMでも。
071
このCMを見たネット民がざわつき、バズり……(笑)
072
073
074
そこで所属事務所も考えて……
075
アニメーションと歌の作者、井上涼さんによる解説は、的確です。
077
076
息子の光太郎にも触れて下さいました。
078
実はアニメーションでも光太郎が登場。
070
ありがとうございます。

続いて歌謡番組。昨年からくり返し再放送が為されています。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭

BSテレ東 2022年1月28日(金) 17:58〜19:00

「日本歌手協会歌謡祭」名曲&懐かしの名場面を一挙放送!

楽曲
「智恵子抄」二代目コロムビア・ローズ
「東京のバスガール」初代コロムビア・ローズ&二代目コロムビア・ローズ
「ガード下の靴みがき」大石まどか
「アルペン・ミルクマン(山の人気者)」関大八
「巴里の空の下 セーヌは流れる」かいやま由起
「枯葉」美川憲一
「個人授業」晃(フィンガー5)
「可愛い真珠」西崎緑
「黒ネコのタンゴ」皆川おさむ
「おんなの出船」松原のぶえ
「男の港」鳥羽一郎
「女の港」大月みやこ
「舟唄」八代亜紀

<司会>合田道人 伍代夏子
000
もう1件。

にほんごであそぼ「日本全国いいとこコンサート in 福井」(3)

NHK Eテレ 2022年2月2日(水) 08:2508:35  再放送 17:00~17:10

日本語の豊かな表現に慣れ親しむ番組。今週は、福井県からコンサートをお届け!今回は…「ベベンの冬が来た」高村光太郎「冬が来た」より 作曲:うなりやベベン、「スキー」作詞:時雨音羽 作曲:平井康三郎 編曲:ASU、「北風小僧の寒太郎」作詞:井出隆夫 作曲:福田和禾子 編曲:ASU。ほかに「切れ者寿限無」「超切れ者寿限無」。福井県坂井市 文化の森・YURI文化情報交流館ハートピアホールで公開収録
057
060
「うなりやベベン」こと、浪曲師の故・国本武春さんによる「ベベンの冬が来た」、子供たちの歌とダンスで。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

夜早くねる、 やはり自分の小屋がよし。

昭和26年(1951)12月9日の日記より 光太郎69歳

前々日は花巻台温泉松田屋旅館、前日は盛岡菊屋旅館(現・北ホテル)に宿泊。その間にラジオ出演などを済ませています。移動はほぼタクシーでした(この頃の光太郎は各種印税などで使い切れないほど現金があったようです)が、当時の道路事情では、長時間の乗車は疲れたのではないでしょうか。


合唱曲楽譜の新刊です。

愛のうた―光太郎・智恵子―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために[ピアノ・リダクション(四手連弾)版]

2022年1月15日 高村光太郎作詞 新実徳英作曲001
 全音楽譜出版社 定価2,700円+税


高村 光太郎の詩集「智恵子抄」より5篇を選び作曲。
委嘱:慶應義塾ワグネル・ソサィエティー 
初演:2022年1月10日 東京藝術劇場 
指揮:佐藤正浩 管弦楽:ザ・オペラ・バンド 
合唱:慶應義塾ワグネル・ソサィエティー

I. 山麓の二人          7’10”
II. 千鳥と遊ぶ智恵子      7’20”
III. 値(あ)ひがたき智恵子  2’30”
間奏曲 ー哀しみの淵へー   5’30”
IV. レモン哀歌        7’40”
V. 元素智恵子         4’50” 

トータル 35’00”

商品説明にあるとおり、慶應義塾ワグネル・ソサィエティーさんの委嘱作品で、今月10日の同団第146回定期演奏会において初演が為されました。

その際はオケ伴でしたが、発売されている楽譜の伴奏譜(最近は「伴奏」という言い方もあまりしなくなってきましたが)はピアノ2台の設定です。練習の際、あるいは本番でも、オーケストラを雇う予算など無い、という場合にはこの構成で十分可能です。ちなみにオケ譜は全音さんでレンタルして下さるそうです。

合唱でピアノ2台という楽譜、おそらく初めて目にしましたが、1段(ホモホニックな部分)ないしは2段(ポリフェニー的な部分)で4パートが押し込んであるので、歌う方としてはちょっと見にくい感じです。その分、ユニゾンの部分も結構あったりしますが。
002
といって、T1、T2,バリトン、ベースで4段にすると(歌う方としてはその方がありがたいのですが)、ページ数が倍増以上となり、とんでもないことになるでしょう。現状でも100ページ超と、この手の楽譜としては厚めです。

もっとも、1段に押し込んである方が、自分のパートと他パートとの関係性がよりわかりやすい、という声もありましょうが。

ところで、どんな感じかな、と、各曲の主旋律的なパートやヤマ場と思われる箇所では和音をキーボードで弾いてみました(初演のDVDを注文してあるのですが、まだ届きませんで)。智恵子の心の病を強調した部分では不安を煽るような半音進行など、いかにも、という感じでしたし、そうかと思うと素直なメロディーラインの部分もあったり、不協和音の連続からきれいに解決していく過程に妙味があったりと、唸らされました。

リズム的にも複雑(8分の6拍子で4連符と2連符に分けてあるなどの箇所が平気で出てきます(笑))、全体に音域が高め(T1にH音!)だったりもし、ある程度ハイレベルの合唱団でないと歌いこなせないような気がしますが、抜粋してコンクールの自由曲などにはいいのかも、という感じです。ただ、7分程の演奏時間の曲はギリギリかな、と思いますし、四手連弾を伴うため、少人数の団では無理でしょう。

巻頭に作曲者、新実氏の言葉。

 男声合唱ファンの皆さんが「一生に一度は歌いたい」と思ってくださるような曲をものしたい、そんな不遜な思いを心に暖めながらこの曲を書き続けたのでした。
 男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラ、という夢のような編成、そこにどうのような世界が誕生するのか。書き手にとっては想像の翼がどこまでも広がっていくチャレンジングで楽しい時間を過ごしたのです。
 指揮者の佐藤正浩さんからいくつかのテキストを提案いただいたのですが、最終的に高村光太郎の詩集『智恵子抄』にしよう、と考えが一致し、2020年後半にその詩集から5篇を選び、構想を練りました。
 2021年2月くらいから作曲に取りかかり足かけ半年、7月末にやっと全体が出来上がりました。全体とはすなわちオーケストラ版、それとピアノ連弾伴奏版の二つのヴァージョンで、実はこの2種のヴァージョンをほぼ同時に作り上げるのが、なかなかに手のかかる仕事でもあったのです。連弾版を作っておけば、練習の時に便利ですし、オーケストラ版ではできない時に使うこともできる、そう考えたのです。
 時間がかかったもう一つの理由は、光太郎の智恵子への想いをできるだけ深く読み取り音化したかった、言葉の背後にあるものを感じ取り自分のものにしたかった、そんなこともあったのでした。
 人間は誰しも青春を生きている、僕はそう思う。ましてや青春そのものを生きている大学生や若者たちは『智恵子抄』から大きなものを受け取ることになるだろうし、そうあって欲しい。
 この作品は決して易しくはない。が、歌うことを通じ、聴くことを通じ、「青春」にあるすべての方々に届くものでありますよう、願って止まない。
 最後にこの貴重な機会を下さった佐藤正浩さんはじめ、OBや大学の関係各位の皆さま方、そして初演に取り組んでくださる大学生の皆さんにこの場をお借りして心よりの謝意を表します。


青春そのものを生きている大学生や若者たちは『智恵子抄』から大きなものを受け取ることになるだろうし、そうあって欲しい。」まさにその通りですね。そういう考えからの二次創作は大歓迎です。音楽に限らず、演劇、文芸作品、造形作品、映像作品などなどでも。ただし、健全なリスペクトとある程度妥当な解釈に基づいてもらわないと困りますが……。

さて、興味のある方、ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

午前東京より横田正治、佐藤文治といふ二人の青年学徒来訪、 そのうち草野心平氏来訪、昨夜関登久也氏宅泊りの由、いろいろのもらひもの、ヰロリで暫時談話、 後洋服をあらためて一緒に出かけ、花巻伊藤屋にて四人でビール等、草野氏と共にタキシで台温泉松田家にゆき一泊、ビール等〈(あんま)〉
昭和26年(1951)12月7日の日記より 光太郎69歳

横田正治」は、正しくは「横田正知」。のち、宮沢賢治や若山牧水らについての書籍を執筆しています。「伊藤屋」は、建物は建て替わっていますがJR東北本線花巻駅前に健在です。

台温泉松田家」は「松田屋」の誤り。松田屋旅館さんは当時の建物のまま健在です。

山形県から演奏会情報です。

合唱団じゃがいも第48回定期演奏会 林光さん没後10年を偲んで

期 日 : 2022年1月15日(土)
会 場 : 山形市民会館 大ホール 山形市香澄町2-9-45
時 間 : 14:30 開演 (14:00 開場) 
料 金 : 一般 1,500円/学生 800円/高校生以下 無料

林光さん 没後10年を偲んで
芸術監督 林 光 さんと一緒に演奏した初演作品などを中心に演奏します。
●令和三年度県民芸術祭特別参加 ●山形市芸術祭参加

作曲:林光 指揮:鈴木義孝
ピアノ:郷津由紀子 クラリネット:郷津 隆幸 ヴァイオリン:茂木 智子

宮沢賢治詩華集
 序詞 海だべがど 「無声慟哭」から ポラーノの広場のうた ほか
谷川俊太郎詩華集
 空に小鳥がいなくなった日 三つのイメージ 死んだ男の残したものは
 歩くうた ほか
佐藤信詩華集
 三十五億年のサーカス ほんとうの空へ うた ねがい ほか
そのほか
 ソング・劇中歌など
002
プログラムに入っている「ほんとうの空へ」は、平成7年(1955)に福島県で開催された、第50回国民体育大会(キャッチフレーズ「友よ ほんとうの空に とべ!」)のために作曲された「ふくしま国体讃歌」です。開会式で、福島県内の高校生による合唱、福島県警察音楽隊によって演奏されました。

林氏が没後10年ということもあり、また演奏される機会が増えてきたようで、昨年は独唱歌曲のコンサートで取り上げられています。

光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」、あるいは「う」を補っての「ほんとうの空」(できれば光太郎が書いた通りの「ほんとの空」で統一して欲しいのですが……)という語、特に東日本大震災による福島第一原発のメルトダウン以後、福島県を語る枕詞的によく使われるようになりました。しかし、林氏の「ほんとうの空へ」もそうですが、その使用例は意外と古く、昭和54年(1979)には、福島県と福島県観光連盟が「観光ふくしま」キャンペーンのキャッチフレーズに使ったあたりからではないかと思われます。

昨年12月22日(水)の『福島民報』さん。

「福島県 今日は何の日」1979(昭和54)年12月22日 「〝ほんとの空〟があるふくしま」 決定

 県と県観光連盟が「観光ふくしま」のキャッチフレーズを発表した。全国から2920点の応募があり、高村光太郎の「智恵子抄」から引用した〝ほんとの空〟を使い、澄んだ青空を持つ本県のイメージを表現した。
 当選作に応募したのは東京都の主婦。この他、「やまといで湯と歴史が招く」「もうひとつのふる里」が優秀賞だった。

昭和54年の紙面の画像も載っていました。
000
「ほんとの空」、末永く愛されて欲しいものです。

【折々のことば・光太郎】

十一月三日頃が紅葉の頂上と見ゆ、美しさ限りなし。ウルシ、ハゼは既に散れど 楢、ツツジ等紅、栗黄色となる、一体に金茶いろ。


昭和26年(1951)11月3日の日記より 光太郎69歳

「ほんとの空」の下、安達太良山の紅葉も見事ですが、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋周辺も、秋本番には美しい紅葉に覆われます。

都内からコンサート情報です。

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 第146回定期演奏会

期 日 : 2022年1月10日(月・祝)
会 場 : 東京芸術劇場 東京都豊島区西池袋1-8-1
時 間 : 17:00開場 18:00開演
料 金 : S席 3,000円 A席 2,000円 B席 1,000円(全席指定)
オンライン配信 : 1月 10日 (月) 18:00~1月13日(木)23:59 1,500円

曲 目 :
 男声合唱組曲『クレーの絵本 第2集』
  作詩 谷川俊太郎  作曲 三善晃  指揮 浜田広志

 『Cole Porter Song Album』
  作詞 Cole Porter  作曲 Cole Porter  編曲 前田勝則  指揮 佐藤正浩
  ピアノ 前田勝則 ソプラノ 藤谷佳奈枝

 『Paul Hindemith – A Composer’s World in His Works for Male Chorus –』
  作詩 Bert Brecht 他  作曲 Paul Hindemith  指揮 田中裕大(学生)

 『愛のうた ― 光太郎・智恵子 ―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラの
  ために』<委嘱初演>
  作詩 高村光太郎  作曲 新実徳英  指揮 佐藤正浩  管弦楽 ザ・オペラ・バンド
  1.山麓の二人
  2.千鳥と遊ぶ智恵子
  3.値ひがたき智恵子
  間奏曲―哀しみの淵へ
  4.レモン哀歌
  5.元素智恵子
001
メインの第4ステージが、委托初演『愛のうた ― 光太郎・智恵子 ―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために』。オケ伴か、と驚きました。

作曲は新実徳英氏。当方、最近やめてしまいましたが学生時代から本格的に合唱をやっており、学生時代に、故・川崎洋氏の詩に曲を付けた氏の合唱組曲を歌いました。その印象から、新実さんが智恵子抄か、という感じでいます。

楽譜が全音さんから発売予定です。104ページと、かなり分厚いものですね。伴奏は四手連弾のピアノ・リダクションだそうです。Amazonさんでも扱っており、早速予約しました。

東京芸術劇場さんのチケットは完売のようですが、オンライン配信があります。また、のちにCD、DVD、BDも販売とのこと。ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

よみうりの記者くる、東京本社より余が重態とのデマあるにつき訪問せよとの電話ありし由。写真とつてかへる、


昭和26年(1951)10月17日の日記より 光太郎69歳

どこからそういうデマが発生したのでしょうか(笑)。

音楽系の公演情報を2件。

まずは名古屋から、独唱歌曲系です。

日本歌曲コンサート~朝岡真木子の歌曲を中心として~

期 日 : 2021年12月19日(日)
会 場 : 電気文化会館 ザ・コンサートホール 愛知県名古屋市中区栄2丁目2-5
時 間 : 13:15開場 14:00開演
料 金 : 全自由席 3,800円 ※当日券の販売はございません。
      チケットをお求めの上ご来場いただきますようお願いいたします。

監 修 : 関定子
出 演 : 石川能理子、加川文子、鎌田哲、久保田道子、鈴木寿恵、鈴木啓之、冨田美穂、
      夏目久子、野瀬洋子、藤田桂子、水谷友香、森口紀代美、若狭真美
ピアノ : 山下勝

曲 目 : 
 朝岡真木子 : 私に歌があればこそ/なぎさ/”智恵子抄”より レモン哀歌
         ”あなたへ”より 生命の彩り
 橋本國彦 : 斑猫


002
作曲家・朝岡真木子さんによる「レモン哀歌」がプログラムに入っています。

一昨年、やはり名古屋の同じ会場で開催された「伊藤晶子ソプラノリサイタル ~演奏生活70周年を記念して~」では、この曲を含む「智恵子抄」五曲が演奏されました。

もう1件、東京都八王子市から。こちらはどちらかというと舞踊系のようです。

こうもりクラブプロデュース 星降る夜のクリスマスオイリュトミー

期 日 : 2021年12月23日(木)
会 場 : 八王子市芸術文化会館大ホール いちょうホール 東京都八王子市本町24-1      
時 間 : 18時半開演(開場は開演の30分前 / 受付は45分前開始)
料 金 : 全席自由  前売り 3,000円 当日 3,500円

”クリスマスとは、ちょっとした余分のことを誰かのためにしてあげること。”  
–  チャールズ・シュルツ

歩んできた道を、そっと振り返る季節。あなたには想いを伝えたい人がいますか。クリスマスの夜に響く美しい音楽とよろこびの言葉。さあ、長いトンネルをくぐり抜けて、クリスマスを祝おう!

【構成 演出】野口泉
【音楽群舞オイリュトミーフォルム・振付】定方まこと
【出演】
 三上周子(こうもりクラブ) 清水矢須江(こうもりクラブ) 野口泉(こうもりクラブ)
 角田萌果(劇団青年座) 清水隆陽路 尾崎梓(Lands and Skies) 
 尾崎行輝(Lands and Skies) 定方まこと 
【ピアノ演奏】  島岡多恵子 橋本祐子

【演目】
 J.S.バッハ『楽しき狩りこそ我が喜び』より第9曲「羊は憩いて草を食み」(bwv208)
 ルドルフ・シュタイナー『魂のこよみ』より第38週 「聖夜の情景」
 ショパン ピアノソナタ3番第3楽章
 ブラームス ピアノソナタ3番第3楽章
 ショパン ノクターン8番 Op.27-2 他
001
000
オイリュトミー」は、オーストリアの教育家、ルドルフ・シュタイナーによって始められた、「運動を主体とする芸術」。

出演される角田萌果さんという方のTwitter投稿に、「高村光太郎・相田みつを・茨木のり子さんらの詩を組み合わせた、若手オイリュトミスト:清水隆陽路さんとのコンビ作品もあります。」との記述がありました。
003
それぞれご興味のある方、足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃高村晴雲夫妻来訪、北海道よりの帰途の由。夕方まで談話、ビール2本、のり、牛かん2もらふ、一緒にビール。短冊5枚かく、観音木彫をもらふ。

昭和26年(1951)8月12日の日記より 光太郎69歳

高村晴雲」は、光太郎の父・光雲の師匠・髙村東雲の孫で、のちに三代髙村東雲を名乗ります。しばらく北海道にいたようですが、この年帰京し、北区十条に居を構えました。令孫・三代晴雲氏は鎌倉ご在住で、今もご活躍中です。

この折に光太郎が貰ったという観音像、花卷高村光太郎記念館さんに残されています。
001

本日も、福島二本松ネタで。

『福島民報』さんの記事。

福島・JR安達駅に駅ピアノ 設置記念し優雅なコンサート楽しむ

 福島県二本松市のJR安達駅の東西自由通路に22日、誰でも自由に弾ける「駅ピアノ」が設置され、オープニングコンサートが開かれた。
 安達地区は芸術家高村智恵子の古里で、駅を利用する観光客や住民、学生らに気軽に音楽や芸術に親しんでもらおうと、あだち観光協会が企画。楽団「Koike Strings」のメンバーとピアニストの嶌田さやかさんが「Believe」などを披露した。市民らが大勢訪れ、駅ピアノと弦楽器の柔らかな音色を楽しんだ。市観光大使の女優大山采子さんが駆けつけ、「安達の街がキラキラしていく」とあいさつした。
   ◇  ◇
 Koike Stringsの弦楽九重奏公演は23日午後2時から市コンサートホールで開かれる。12月12日には安達文化ホールで朗読劇「智恵子抄」が催され、大山さんらが出演する。
004
同じ件で、『福島民友』さん。

「駅ピアノ」利用スタート! 福島県・安達駅西口の展望スペースに設置

003 二本松市のあだち観光協会は22日、JR安達駅西口の展望スペースにスタンドピアノを設置した。誰でも自由に弾くことができる「ストリートピアノ」で、24時間開放する。
 同駅は、通勤通学の利用が多いほか、同市出身の芸術家高村智恵子の生誕地として観光客も利用する。これら駅利用者に音楽に親しんでもらうのが狙い。併せて、同市安達地域の小中学生が描いた絵画30点も自由通路に展示した。展示は来年1月22日まで。
 設置に合わせて式典が行われ、加藤和信会長が「地域を盛り上げるために何かをやりたいという思いが駅ピアノにつながった」と説明。三保恵一市長が「ほんとの空と美しい音楽で笑顔を広がることを願う」と述べ、にほんまつ観光大使で女優の大山采子さんが期待を語った。
 「Koike Strings(コイケ・ストリングス)」によるコンサートも開かれ、ピアニストの嶌田さやかさんが「幻想曲さくらさくら」で駅ピアノを弾き初めをした。童謡メドレーや「千の風になって」などピアノとアンサンブル演奏も展開された。

智恵子には触れられていませんが、テレビユー福島さん。

JR安達駅に「駅ピアノ」設置

 福島県二本松市の駅に、誰でも自由に弾くことができる「駅ピアノ」が設置され、22日オープニングセレモニーが行われました。
 この「駅ピアノ」は「駅を利用する人にピアノを通して音楽や芸術に親しんでほしい」と安達観光協会が発案し、二本松市のJR安達駅の2階に設置されたものです。
 セレモニーのあとに行われたオープニングコンサートでは、ピアニストと弦楽器奏者が演奏を披露。集まった人たちは美しい音色に聞き入っていました。
 この駅ピアノは誰でも自由に弾くことができるということです。



三保市長、それから二本松観光大使の一色采子さんのお姿が見えますね。

安達駅、かつてはレトロな駅舎(下記画像)でしたが、平成28年(2016)にリニューアルされました。
001
今年3月には、1月に亡くなった橋本堅太郎氏の遺作である智恵子像「今ここから」が、駅前に設置されました。そして今度は「駅ピアノ」。なかなか粋な計らいですね。

誰でも自由に、というところが売りですが、地方の、それもターミナル駅でもない安達駅に、というのはなかなかの英断と思います。誰も指一本触れない、ということになって欲しくないものですし、だからといって、無理くりイベントを企画して……というのも本末転倒のような気もします。自然な形で愛され続けていってほしいものですね。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃三人にて花巻精養軒。盛岡多賀園細川氏より北京料理を持ち来り、三浦さんといふ人の料理をくふ。二十人程集まる、


昭和26年(1951)6月17日の日記より 光太郎69歳

前日に、光太郎作詞の「初夢まりつきうた」舞踊の発表会兼光太郎の講演会があり、花巻温泉紅葉館に泊まった流れです。

盛岡多賀園」は、盛岡の岩手県公会堂内にあった老舗レストラン。「細川氏」は、おそらくその創業者で、ベルリン大使館付料理長を務めた細川睦夫と思われます。

昨日の午前中、情報検索をしておりますと、ツィッター上に、「NHKさんで放映中の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の次週予告で、光太郎作詞の戦時歌謡「歩くうた」が流れた」という書き込みが複数ありました。

当方、拝見しておりませんで、驚いて、12:45からの再放送を見てみたところ、たしかにそのとおりでした。
045
046
047
048
049
050
051
052
3人のヒロイン(上白石萌音さん・深津絵里さん・川栄李奈さん)が、母から娘へとバトンをつなぐ三世代100年のファミリーストーリー」ということで、現在、戦時中が描かれていますので、それもありかな、と、思いましたが、意外といえば意外でした。

「歩くうた」は、昭和15年(1940)、光太郎が作詞し、飯田信夫の作曲で「国民歌謡」として発表されました。飯田信夫は「隣組」なども手掛けた作曲家です。翌年には徳山璉(たまき)の歌唱でレコード化され、それなりにヒットしたようです。歌詞など詳しくはこちら
017
確認できている限り、戦時中にレコードは4種類リリースされています。徳山歌唱のものが2種、合唱によるものが1種、歌のないインストゥルメンタルバージョンが1種。戦後も故・小沢昭一さんや佐川満男さん、藍川由美さんなどがカバーしていますし、ブラスバンド用に編曲されたCDなども出ています。

故・髙村規氏や、故・金田和枝さんなど、戦時中に少年少女だった方々の中には、この歌を歌いながら行進するように登下校した、という思い出をお持ちの方がいらっしゃいます。それにしても、令和の現代に、「次週予告」で10秒ほど流れただけで(「作詞・高村光太郎」というテロップなどありませんでした)、光太郎の「歩くうた」だ、とわかる方々が結構いらしたことに驚いております。まぁ、「何だ、あの曲は?」と、歌詞を手がかりにネットで検索された方もいらしたかもしれませんが。

ちなみに来週の「カムカムエヴリバディ」は、「学徒動員に応じて、稔(松村北斗)と勇(村上虹郎)は出征。安子(上白石萌音)は娘のるいを授かる。一方、戦況は悪化し本土への空襲が頻度を増す中で、岡山も大空襲を受け、市内の大半が焦土に。その後まもなくして終戦を迎える。空襲で家族を失い、悲しみに暮れる安子だったが、父の金太(甲本雅裕)に和菓子作りを教わり、焼け跡で和菓子を売り始める。そんな中、安子の元にさらなる訃報が届く。」だそうです。

「次週予告」だけでなく、本編でも「歩くうた」が流れるのでしょう。気をつけてみてみたいと思います。

それ以外に、光雲、光太郎智恵子がらみの番組も。

京都紅葉生中継2021 「古都を照らす希望の光〜曼殊院の紅葉を堪能!高島礼子」 

BS11イレブン 2021年11月23日(火) 19:03〜20:54 

夜の闇を照らし、希望の象徴とされる「光」。時に豊かな時間を過ごすために、時に孤独や不安と抗うように願いを込めて灯し続けられてきた古都の「光」「ともしび」をテーマに、ライトアップされた名所の紅葉とともに綴ります。メインスタジオは、京都洛北の「小さな桂離宮」曼殊院門跡。宮中の造形美を受け継ぐ格式高い門跡寺院の紅葉は、鮮やかな差し色となる名高い紅葉スポットとなっています。

今夜はそんな曼殊院門跡から生放送でお送りいたします。コロナ禍の今こそ自宅で楽しんでいただきたい京都の紅葉。ゲストには俳優の高島礼子さん、音楽ゲストには、ギタリストの押尾コータローさん、解説には国際日本文化研究センター井上章一所長をお迎えし、KBS京都・BS11の共同制作でお送りします。京都の紅葉と希望の「光」、そして、華麗なテクニックを駆使したギターの音色で彩る風雅な2時間をお楽しみください。

【メイン舞台】『曼殊院門跡』
洛北の一乗寺に築かれた格式高い門跡寺院で、伝教大師最澄が比叡山延暦寺に建立した道場が起源で、桂離宮を造営した八条宮智仁(としひと)親王の御子・良尚(りょうしょう)法親王が現在の地に造営して以来、宮中の造形美を受け継ぐ寺院として知られており、楓が茂る石段の上に立つ勅使門や、山際の紅葉が鮮やかな差し色となる枯山水庭園が名高い。

【中継先】
『知恩院』
(法然が開いた浄土宗の総本山。三門をはじめ御影堂など大伽藍を誇る。友禅染の始祖・宮崎友禅生誕300年を記念して造られた庭園「友禅苑」の池には、高村光雲作の聖観音菩薩立像が立ちライトアップに浮かびあがる)
『金戒光明寺』
(「くろだにさん」として親しまれる浄土宗発祥の地。幕末には京都守護職本陣が構えられた新選組ゆかりの寺としても有名。参道脇にたたずむ五劫思惟阿弥陀仏も人気)

出演者 高島礼子(俳優) 押尾コータロー(ギタリスト)
    井上章一(国際日本文化研究センター所長)
018
生放送の番組だそうですが、現在、ライトアップ中の知恩院さんからの中継も入るとのこと。番組説明に光雲作の聖観音像に関する記述がありますので、そちらも取り上げられるのでしょう。

もう1件。

<BSフジサスペンス劇場>浅見光彦シリーズ22 「首の女」殺人事件 

BSフジ 2021年11月26日(金) 12:00〜13:58

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は?宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは?浅見光彦が事件の真相にせまる!!

<出演者>
中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作 榎木孝明 野際陽子ほか
019
故・内田康夫氏原作の2時間ドラマで、初回放映は平成18年(2006)、その後、繰り返し再放送が為されています。光太郎彫刻の贋作を巡る殺人事件が描かれ、花巻の旧高村記念館、二本松の智恵子の生家などでもロケが行われました。かなり内田氏の原作に忠実に作られています。

それぞれ、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

夕方弘さん来て明夕六時ラジオでブランデンブルグ六番があるとの事、


昭和26年(1951)5月29日の日記より 光太郎69歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋で、ラジオ放送は光太郎にとって無聊をかこつ慰謝となっていました。「ブランデンブルグ」はバッハ作曲。光太郎は昭和23年(1948)に、「ブランデンブルグ」という詩を書いています。開拓団の弘青年、それを知っていて、光太郎に放送予定を教えてあげたのでしょう。

『毎日新聞』さん、月曜日の夕刊に、「美とあそぶ」という連載があります。各界で活躍する著名人の方々が、御自身の美術にまつわる体験等を、3週前後に分けて語られています。

11月8日(月)、15日(月)は、テノール歌手の秋川雅史さん。音楽活動のかたわら、木彫にも取り組まれていて、今年9月に開催された第105回記念二科展の彫刻部門で、見事、入選を果たされました。秋川さん、光太郎の父・光雲のファンだそうで、テレビ東京系「開運! なんでも鑑定団」に、光雲の真作を引っ提げてご出演なさったことも。二科展入選作も、光雲が主任となって制作された「楠木正成像」の模刻でした。

で、11月8日(月)の「美にあそぶ」は、その二科展入賞作について。

美とあそぶ 秋川雅史さん/1 これまでで一番の自信作

 2021年第105回記念「二科展」の「彫刻部門」に初めて出品し入選しました。入選できるか自信は半々。知人からは約100件の祝福メールが来て、06年に紅白歌合戦への出場が初めて決まった時以来の反響の大きさでした。
 作品は「木彫楠公(なんこう)像」。皇居前にある楠木正成の銅像をモチーフにしました。著名な彫刻家の高村光雲の写真集でこの銅像の存在を知り、形のかっこよさに魅了され、大きな目標になりました。
 音楽活動は新型コロナウイルスの感染拡大で制限され、年に70~80あったステージは8割以上なくなりました。昨年は半年間ゼロ、今年も3カ月間ゼロという時もありましたが、マイナス思考になってはいけないという気持ちでした。毎日、彫れる時間がたくさんでき、かなり集中できましたし、相当きあいも入りました。4~5年かかるところを3年で完成。これまでの作品で一番の力作で、自信作です。
017
01815日(月)には、彫刻に手を染められたきっかけについて語られていました。公演で訪れられたドイツで購入した鷹の木彫を見ているうち、「自分でも作れそうだ」とお思いになったとのこと(それもすごい話ですが(笑))。その後、東急ハンズさんで買われた彫刻刀(笑)を使い、我流で始められたそうですが、我流では限界がある、と、仏師の関侊雲氏に師事なさったそうです。

関侊雲氏、「雲」の字が号に入っているので、光雲系かと思ったのですが、さにあらず、京都の松久朋琳の流れを汲むとのこと。そして、秋川さんが最初に作られたのが、右の「聖観音像」だそうです。見事ですね。

このあたり、『婦人公論』さんのサイトでも紹介されています。誌面への掲載はなかったようなのですが。

今後とも、ご本業の音楽、そして彫刻と、ご活躍を続けていっていただきたく存じます。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃朝日新聞の記者盛岡よりくる。小屋建築の記事らし。写真とつてゆく。

昭和26年(1951)5月27日の日記より 光太郎69歳

小屋建築」は、この頃行われていた山小屋の増築工事です。

主要紙の古い記事も、可能な限り調査しているのですが、この記事は未見です。気をつけて調査してみます。

4件ご紹介します。

まず、『神戸新聞』さん一面コラム。10月29日(金)の掲載でした。

正平調

いつか読んだ五行歌を覚えている。〈藤井寺球場の/汲(く)み取り式の女子トイレ/壁一面の落書きを忘れない/「おまえら悔しいないんか/日本一になりとうないんか」と〉(大西直子)◆「藤井寺」「汲み取り」に時代がしのばれるが、「悔しいないんか」の心は関西のプロ野球チームをひいきとする現代のファンにも通じよう。今年もあかん、もう応援なんかやめやめ、とぼやきまくって幾星霜◆オリックスが「がんばろうKOBE」を掲げて連覇して以来、実に25年ぶりにパ・リーグを制した。かつて藤井寺を本拠としていた近鉄との統合以降でも初めてである。いくら雌伏とはいえ、ずいぶん長かった◆24年間で最下位9度を数え、「神戸から大阪に行ったから弱いんや」と本拠移転への恨み節が聞かれたこともあった。涙でしょっぱい歓喜の味わいは、信じて待ち続けた方たちにとって格別の美味であったろう◆丑(うし)年にちなみ、年明けのこの欄でも紹介した高村光太郎の詩「牛」をあらためて読む。〈牛はのろのろと歩く〉はご愛嬌(あいきょう)として、これから日本一を目指す令和の猛牛戦士とファンのみなさんに、次の一節を贈りたい。〈(牛は)自分の仕事をしてゐる/生命(いのち)をくだいて力を出す/牛の力は強い〉◆念ずれば、扉は開く。

パ・リーグを制したオリックスバファローズがらみで、光太郎詩「牛」(大正2年=1913)。「年明けのこの欄」は、1月4日(月)の掲載分でした。

セ、パ共に、上位3チームによるCSは、11月6日(土)開幕。個人的には、いろいろご縁のある東北を本拠地とする、東北楽天ゴールデンイーグルスに下剋上していってほしいのですが(笑)。

続いて『朝日新聞』さん。おそらく九州の地方版に載ったものと思われます。

鹿児島高校が銀賞「舞台で『愛』を伝えられた」 全日本合唱コン

 第74回全日本合唱コンクール全国大会(全日本合唱連盟、朝日新聞社主催)の高校部門が30日、大分市のiichiko総合文化センターであり、九州支部代表としてBグループ(33人以上)に出場した鹿児島は銀賞を受賞した。
 出場5回目の鹿児島が自由曲に選んだのは、高村光太郎作詩、西村朗作曲の「千鳥と遊ぶ智恵子」。絶望に差し込む光のような愛を歌うよう心がけた。副顧問で国語を教える石川美由紀教諭の指導で、光太郎の作品も学んだ。顧問の片倉淳教諭は、「詩を読んで曲をつけた作曲者の気持ちが表現できた」と話した。
 部長の福留ゆう菜さん(3年)は、「『愛』を歌で表現するのが難しかった。同じ『ちえこ』でも、呼びかけなのか、いとおしさを込めているのか、発音一つで違ってくる。舞台で『愛』を伝えられたと思う」と笑顔を見せた。
004
006
10月30日(土)、31日(日)に大分で開催された、全日本合唱コンクール全国大会 中学校・高等学校部門。唯一、光太郎詩をテキストにした曲を自由曲に選んで下さった、九州代表・鹿児島高等学校音楽部さんが、見事に銀賞をゲット。おめでとうございます。

絶望に差し込む光のような愛を歌うよう心がけた」「同じ『ちえこ』でも、呼びかけなのか、いとおしさを込めているのか、発音一つで違ってくる」、まさしくその通りです。こういう点を自分たちなりに一生懸命考えて表現しようとすることで、いい演奏につながったのでしょう。

次は、やはり一面コラムで、『中日新聞』さん。一昨日の掲載分です。

中日春秋

閻魔(えんま)大王のところには「浄玻璃(じょうはり)の鏡」というのがある。人のそれまでの善悪の行いを映すそうだ。なにも大王のもとまで行かずとも人にはそれぞれ浄玻璃の鏡の役をする顔がある−と述べたのは、多くの顔を見つめ深く思索した詩人、彫刻家の高村光太郎である▼<顔ほど正直な看板はない…精神の高低から、叡智(えいち)の明暗から、何から何まで顔に書かれる>(随筆『顔』)。顔とは看板のように雄弁に語るものであり、ごまかしはきかないと。「選挙の顔」にも、当てはまりそうである▼ひと月前、看板を岸田総裁の顔にかけ替え、衆院選に臨んだ自民党は政権を維持した。古い看板のままならば、ひどい結果もあったはずで、危機に底力を見せたと言えそうだ。半面、議席は伸び悩んだ。新しい顔に書かれた、ごまかせない何かを読んだ有権者も、少なくなかったのではないか▼人の話をよく聞く耳があると言い、弱者にやさしそうな経済政策を口にしていた。なのに選挙戦になると、新しい顔にあったはずの独自の色は薄れていった▼<浄玻璃にきまりの悪い図が写り>。閻魔様の御前を詠んだらしい古川柳。さして変わらないと有権者が首をひねる、自民党にはきまりの悪い図が伸び悩みの一因を物語っているのではないか▼破顔一笑の民意とはなっていない。失望の色を浮かべた人々を思い浮かべよと結果には書かれていよう。

引用されているのは、大正13年(1924)のエッセイ「顔」。「青空文庫」さんで全文が公開中です。短いものですので、ぜひお読み下さい。

肖像彫刻や油絵の肖像画、自画像、時にカリカチュアを多く手掛けた光太郎ならではの感じ方ですね。そこにさきの衆議院選挙をからめて、と、上手い構成です。

破顔一笑の民意とはなっていない。失望の色を浮かべた人々を思い浮かべよと結果には書かれていよう」。こういう言説を「負け犬の遠吠え」と捉えるか、「民主主義の根本たる少数意見の尊重」とするか、今後に注視したいものです。

最後に、新聞ではないのですが、智恵子の故郷、福島県二本松市の広報誌『広報にほんまつ』。

また改めて詳しくご紹介しますが、同市の観光大使を務められている女優の一色采子さん(お父さまの故・大山忠作画伯が二本松ご出身)が智恵子役を務められる舞台の案内が掲載されています。
007
こちらの舞台、先行して銀座でも公演が行われます。当方、ちょっとだけお手伝いさせていただいておりまして、銀座公演の方を拝見に行く予定です。

ちなみに光太郎役は、横内正さん。一色さんとは、かつてシェークスピア劇などでご一緒されていました。当方、「水戸黄門」の「格さん」のイメージが強いのですが。

この件、先述の通り、また後ほど詳しくご紹介します。また、一部の方々には、采子姉御からの至上命令で(笑)、ご案内をお送りしますので、よろしく。

【折々のことば・光太郎】

夕方棟上。大工さんのりとをあげ、余餅まき。子供等ひろふ。


昭和26年(1951)4月15日の日記より 光太郎69歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の増築に関してです。餅まきをする光太郎、それを拾う村の子供たち、微笑ましい光景です。

合唱系の情報を2件。

まずはコロナ禍のため、昨年は中止となり、2年ぶりの開催となる全日本合唱コンクール全国大会。

第74回全日本合唱コンクール全国大会 中学校・高等学校部門

期 日 : 2021年10月30日(土) 高等学校部門 Aグループ/高等学校部門Bグループ
        〃   31日(日) 中学校部門混声合唱の部/中学校部門同声合唱の部
      それぞれライブ配信あり
会 場 : iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ 大分県大分市高砂町2番33号
時 間 : 両日とも9:45開演
料 金 : 両日とも2,300円 ライブ配信1,500円
主 催 : 全日本合唱連盟

「全国大会の歌声」が再びホールに帰ってきます。第74回全日本合唱コンクール全国大会(全日本合唱連盟、朝日新聞社主催)は30、31日、大分市での中学校・高校部門で幕を開けます。コロナ禍で昨年の大会が中止となり、2年ぶりの開催。今年は新たに、オンラインによるライブ配信も実施します。
006
010高等学校部門Bグループ(33人以上の大編成)で、九州代表として出場される鹿児島高等学校音楽部さんが、西村朗氏作曲の「千鳥と遊ぶ智恵子」を自由曲で演奏されます。

こちらは「混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」」全3曲中の1曲です。鹿児島高等学校音楽部さんは、平成30年(2018)の第71回大会でも、同じ組曲中の「レモン哀歌」で出場なさいました。

「混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」」は、平成20年(2008)、関西合唱団さんの依嘱で作曲され、初演が行われました。楽譜は全音楽譜出版社さんから刊行されています。その中に作曲者・西村朗氏の解説があり、今回演奏される「千鳥と遊ぶ智恵子」に関しては、「海辺の風光の中での夢幻的な魂の孤独。異界からの千鳥の声と智恵子の遠景。」と書かれています。

楽譜を見ると、ポリフォニーの部分がほぼなく、あまり昨今のコンクール向きでは無いような気もします。ただ、西村氏が「異界からの千鳥の声」とする「ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――」の三回目の部分だけは、四声の掛け合いと複雑なピアノがポリフォニックに絡み合う構成になっています。それが徐々にまたホモホニー的に統合されていくあたり、展開の妙ですね。

鹿児島高等学校音楽部さんには、「もう天然の向うに行つてしまつた智恵子」と、愛別離苦の涙を流す光太郎の世界観を、しっかりと表現していただきたいものです。

もう1件、合唱のオンライン合同演奏会だそうで。

第5回 ガッSHOW TV!!

期 日 : 2021年10月24日(日)
時 間 : 20:00~
配信URL: 
Mu Project / ムウ・プロジェクト - YouTube
料 金 : 無料

「ガッテレ」は、東京で活躍する男声合唱団「Mu Project」様が主催する〝オンライン合唱祭〟です。
出演団体が過去の演奏、もしくは新規に録画した演奏を提供し、それらを一つの番組として、YouTube上で配信されます。
011
012


都内の合唱団CANTUS ANIMAEさんが、安藤寛子氏作曲の「智恵子の手紙」でご出演。この曲は、タイトル通り、昭和6年(1931)7月29日消印の、智恵子が母・センに送った手紙を中心にしたその前後の「智恵子の手紙」をテキストとしています。平成28年(2016)、晴海の第一生命ホールさんで開催されたCANTUS ANIMAEさんの第20回演奏会で初演されました。

当方、拝聴に伺いまして、オーソドックスな合唱曲を想像していたところ、完全に裏切られました(いい意味で)。まるでオペラの一幕のようなステージでした。

その際のパンフレットから。
014
013
おそらくこの時の演奏の模様が配信されるのだと思われます。

ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

忠也さんホツキ貝持参、三馬印十一文半ゴム靴進呈、余には小さすぎるもの。

昭和26年(1951)2月13日の日記より 光太郎69歳

忠也さん」は、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの住人。「三馬印」は、現在も「株式会社ミツウマ」として健在の長靴等のメーカーです。

十一文半」は、約29㌢。それが「小さすぎる」というのですから、笑えます。若い頃の自己紹介的な文章では、自分の足のサイズを「十三文半」と書いていました。約34㌢です。

オンラインでの配信です。もう明日になってしまいましたが……。

第12回RCAテルミンの夕べ

期 日 : 2021年10月23日(土)
時 間 : 14時~

テルミンミュージアムでは、月に1回、RCAテルミンの実演奏を行う「RCAテルミンの夕べ」を開催しており、毎回、ゲストにお越し頂いております。

「第12回RCAテルミンの夕べ」のゲストは、初代ウルトラマンのスーツアクターにして、ウルトラセブンではアマギ隊員を演じられました古谷敏さんです。

今回は、チャットを用いた、古谷さんとのゲームも予定しております。YouTubeのアカウントをお持ちでない方は、是非、この機会にアカウントをお作り頂いて、ログインの上、ウルトラマンとのゲーム大会に参加して頂くと、より楽しいかと思われます。

テルミン好きの方も、特撮好きの方も、『智惠子抄』好きの方も、ご覧頂けましたら幸いです。

チャットによる参加可 ※アーカイブに残りますので、配信後は、いつでも同じURLで視聴可能です。

■上演予定:
『智惠子抄その後』より 『ウルトラマンになった男』より ほか
007
009
これまで光太郎智恵子オマージュのコンサート等を何度か開催して下さった、テルミン奏者の大西ようこさんが、ご自宅の一部である逗子市のテルミンミュージアムから配信なさいます。

ゲストは古谷敏さん。初代「ウルトラマン」のスーツアクターにして、「ウルトラセブン」ではウルトラ警備隊のアマギ隊員役でした。大西さんのテルミン演奏にのせて、「智恵子抄その後」からの朗読をなさるとのこと。
014 008
「ウルトラセブン」、現在、NHK BSプレミアムさんで4Kリマスター版が放映中(毎週月曜 午後11時15分)。懐かしさのあまり、毎週拝見しております。ちなみに明後日、10月24日の放映は、子役時代の松坂慶子さんが出演されている伝説の回です(笑)。

ところで大西さん、昨夜、やはりNHK BSプレミアムさんでオンエアされた「ニッポンぶらり鉄道旅 JR横須賀線 なるほど!ナットク」にご出演なさいました。

リポーターの井上拓哉さんが、テルミンミュージアムさんをご訪問。
040
演奏を披露されつつ、テルミンの魅力等をご解説。
041
番組案内に「「テルミン」と「茶道」の世界の意外な共通点とは?」とありましたが……
042
043
044
テルミンは、電磁場を演奏者が手で干渉し、音を出す楽器ですが、近くを人が通っただけで反応してしまうそうで、そういった意味では、演奏会の会場全体が演奏に参加しているともいえ、それが「一座建立」にも通じる、と、そういうわけでした。井上さんも当方も「なるほど!ナットク」でした。

大西さん、これに先立って、今月初めにはテレビ神奈川さんにもご出演。そちらは千葉県の奥地に住む当方、視聴できませんでしたが、のちにYouTubeにアップされたのを拝見しました。


5:00頃からです。

さて、「第12回RCAテルミンの夕べ ウルトラマンが読む「智恵子抄」」、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

八日大工さん小屋の西側の寸法をとる。材木の用意のため。一間だけのばすつもり。寝室のため。

昭和26年(1951)2月10日の日記より 光太郎69歳

宿痾の結核性肋間神経痛がひどく、真冬の山小屋暮らしには、正直、もう耐えられなくなりつつありました。そこで、山小屋を増築し、暖かいスペースを造ろうと思い立ちました。

のちに、前年に『智恵子抄その後』を刊行した龍星閣が、明確な印税制を採っていなかったため、その代わりにと、増築の費用を負担することで合意し、6月に竣工しました。

2件ご紹介します。

放映順に、まず、ローカル放送で申し訳ありませんが…… 

ちば見聞録 #45 九十九里紀行 

チバテレ第2(チバテレミライチャンネル) 2021年10月20日(水) 7:05~7:30

三方を海に囲まれ、温暖な気候と豊かな自然に恵まれた千葉県。それぞれの地域で独特かつ多彩な文化を育んできました。美しい自然・伝統文化・郷土史を美しい映像とともに“ふるさと千葉”を伝えます。

千葉県の象徴でもある九十九里浜を屏風ヶ浦から南下し、伝説や名所などを紹介。
[エリア]九十九里
[ポイント]〆粕、飯岡助五郎、定慶寺、矢指ヶ浦海水浴場、あさひ砂の彫刻展美術、いわし資料館、干鰯、百人塚、千人塚、太東埼灯台
016
015
017
「ちば見聞録」は、平成26年(2014)から同28年(2016)までに、計78本が制作された30分番組で、千葉県各地の歴史紀行的な内容。昭和48年(1973)から平成16年(2004)にかけて制作された「房総プロムナード」の後継番組です。これまでも繰り返し放映されております。

「#45 九十九里紀行」は、平成27年(2015)初回放映。昭和9年(1934)に智恵子が半年余り療養生活を送った片貝海岸に立つ、昭和36年(1961)除幕の「千鳥と遊ぶ智恵子」詩碑が紹介されます。
018
動画投稿サイトYouTubeで見られるのですが(14:43頃から)、DVD等に収めたいという方、ぜひどうぞ。千葉県内だけでなく、隣接都県の一部でも視聴可能です。


もう1件、BS放送です。おそらく光太郎智恵子には関わらないと思うのですが……。

ニッポンぶらり鉄道旅「JR横須賀線 なるほど!ナットク」

NHKBSプレミアム 2021年10月21日(木) 19:30〜20:00 
           再放送 10月23日(土) 07:45〜08:15


全国の鉄道に乗って沿線の魅力を紹介!井上拓哉さんが「JR横須賀線」に乗って、横浜から久里浜まで「なるほど!ナットク」を探す旅。グルメから不思議な電子楽器も登場!

JR横須賀線で、井上拓哉さんが横浜から久里浜まで「なるほど!ナットク」を探す旅。【横浜】シューマイ売り出し大作戦!中華街で考案のシューマイ鍋!【鎌倉】元アナウンサが伝える紙芝居の世界へご招待!【逗子】電子楽器「テルミン」と「茶道」の世界の意外な共通点とは?【衣笠】日本ならではの季節の行事に合わせたお供え・しつらいの研究家の願いとは?【久里浜】ヨットで世界一周!冒険家の不屈の精神にあるものとは?

【リポーター】井上拓哉,【語り】TARAKO
010
009
これまで光太郎智恵子オマージュのコンサート等を何度か開催して下さった、テルミン奏者の大西ようこさんがご出演。

「電子楽器「テルミン」と「茶道」の世界の意外な共通点」とありますが、大西さん、茶道裏千家準教授でもあらせられ、テルミンは「意識が内に向く感覚がお茶と似ている」だそうで。

リポーターの井上拓哉さん、やはりNHKさんの連続テレビ小説「あさが来た」では、波瑠さんが演じた主人公・あさ(智恵子の母校・日本女子大学校創設に寄与した広岡浅子がモデル)の娘婿の啓介(工藤阿須加さん)の親友役、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」では、ブルーインパルス隊員の役を演じられました。
012011
ちょっぴり不思議ちゃんの要素もお持ちの(笑)大西さん、イケメン井上さんと、どういう化学反応を起こしたのか、興味深いところです。

ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

朝会計をすまし、山にゆかんとせしがリユツクが重すぎるので花巻駅にゆき、伊藤屋にて中食、ハイヤーをたのみて院長さん宅に来る。二三日又滞在のつもり。

昭和26年(1951)2月2日の日記より 光太郎69歳

湯治的に10泊した大沢温泉を引き払い、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋に帰ろうとするも、宿痾の結核性肋間神経痛がまだ治らず、花巻町に出て、花巻病院長・佐藤隆房宅に向かいました。

この年はずっと体調がすぐれず、「死」を意識し始めたのもこの頃ではないかと思われます。そのことが、翌年、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作を引き受けることにつながったような……。

伊藤屋」は、建物は建てかわったものの、現在も花巻駅前に健在です。

沖縄から演奏会情報です。

沖縄県立芸術大学音楽学部第32回洋楽定期公演~沖縄から発信する現代の音楽~

期 日 : 2021年10月2日(土)
会 場 : 沖縄県立芸術大学奏楽堂ホール 
       沖縄県那覇市首里当蔵町1-4 首里当蔵キャンパス内
時 間 : 18:00開場 18:30開演
料 金 : 無料(要整理券)

演目・演奏
 柴 佑:Rondo for Violin and Piano
  Violin 古藤 千晶 Piano 玉木 日菜
 油田 燿:Endless Cycle
  Marimba 宮里 凛花 Horn 仲尾 蘭 Piano 名護 茉里奈
 金城 亜美: "If the doors open someday" for string quartet
  Violin I 阿波根 由紀 Violin II 田場 尚子 Viola 佐渡山 安哉 Cello 城間 恵
 江幡 侑奈:《冬が來た》高村光太郎の詩による
  Soprano 山本 奏美 Piano 坂田 歩
 杉山 湧生:《線香花火》―弦楽四重奏のための―
  Violin I 阿波根 由紀 Violin II 田場 尚子 Viola 佐渡山 安哉 Cello 城間 恵
 安元 麦:《光の道》 ―ピアノとヴァイオリン、チェロのための―(2020/2021年改訂)
  Violin 田場 尚子 Cello 城間 恵 Piano 上田 勇貴
 土井 智恵子:HAJICHI BLUE (委嘱新作・世界初演)
  歌三線 新垣 俊道 琉球笛 入嵩西 諭 Violin 岡田 光樹 Cello 林 裕 Piano 新崎 誠実
 塚本 一実:Increasing lights 〜for solo flute〜
  Flute 飯島 諒
 ヤニス・クセナキス (1922-2001/アニバーサリー作曲家没後20年)
  :Psappha pour Percussion Solo(1975)
  Percussion 屋比久 理夏
005
沖縄で「冬が来た」。まぁ、土地柄はあまり関係ないのかもしれませんが。当方、20年近く前、12月の暮れに沖縄に行きましたが、チョウチョが舞っていましたし、石垣島の海でダイビングをしました。海に入ると、海水温が冷たいと感じ、思わず「冷てっ!」と言ったら、インストラクターさんに「気のせいです、ここは沖縄ですから」と返されました(笑)。

ちなみに光太郎には「琉球決戦」(昭和20年=1945)という実に陰惨な翼賛詩がありますが……。

閑話休題。今回の演奏会、主催は沖縄県立芸術大学さん、企画は同大音楽学部音楽表現専攻 作曲理論コースさんだそうで、そちらの教職員の方々、学生の皆さんによる演奏会のようです。

公式サイトには「本公演の実施方法については、検討中です。決定後は本ページにてお知らせします。」とあり、やはりコロナ禍の影響なのでしょう。9月25日(土)に同じ会場で行われた別の演奏会は無観客で実施、後日、動画配信だったそうで。

今回の演奏会、有観客だったとしても、動画配信していただきたいものです。

【折々のことば・光太郎】

胸から脇腹にかけての赤はれとぶつぶつは寄生虫か、腫物か、丹毒類か不明。わるくもならず、よくもならず、 天気になり次第花巻にゆきて院長さんに見てもらふつもり、ともかく三年前かひたるサルゾールをつづけてのむ。

昭和25年(1950)12月31日の日記より 光太郎68歳

昨日も書きましたが、光太郎日記、前年1月22日から、この年12月30日までの分が失われています。どこかにひっそりと残っていないものでしょうか。

「ぶつぶつ」は帯状疱疹だったようです。

歌手の方々に関するニュースを2件。

まずは「千の風になって」などで知られる、秋川雅史さん。趣味で木彫をなさっていましたが、このほど、二科展で入選を果たされたそうで。

『日刊スポーツ』さん。

テノール歌手秋川雅史「二科展」彫刻部門で入選 芸能界初の快挙

 テノール歌手秋川雅史(53)が、21年第105回記念「二科展」に出品し1日、彫刻部門で入選した。関係者によると、彫刻部門での入賞は、芸能界では初めてだという。
 秋川が木彫刻を趣味にしていることは広く知られていたが、公募展に出品するのは今回が初めて。作品は「木彫楠公像(楠木正成像)」。
 秋川は「入選いたしました。ありがとうございます。もちろん私は、歌手なんですが、木彫刻も本気で取り組んでおりまして、二刀流ではございませんが、実はすでにお寺の方にも私の製作した仏像を奉納させていただいております。昨年はコロナの影響でほとんどのコンサートがなくなってしまい、その間はステイホームで家で彫刻を彫る毎日でした」とコメントした。
 秋川によると、だんじり彫刻では有名な愛媛県西条市の出身であることから、子どもの頃から、素晴らしい彫刻を目にして育ったという。また、11年前に仕事で訪れたドイツで「鷹」の彫刻を買って帰り、それを眺めていたら自分でも彫れるんじゃないかと思ったのが、本格的に始めるきっかけになったという。
 今回製作した「楠木正成像」は皇居前にある銅像に影響を受けて製作。秋川は「皇居前の像は下から見上げるのですが、私は木に落とし込む訳ですから上からも眺める姿になります、なので馬の尻尾の形状や、顔の目線を上に向く様にしたり、自分なりのエッセンスを入れ込んだ、秋川雅史の、木彫楠公像として作品に仕上げました。また、この作品は一木から掘り出しており、細かい彫刻刀が届かないところなどは特注の彫刻刀を作ってもらったりなど、こだわりにこだわり3年掛かって完成させました」。
 最後に、「彫刻家としてはこうして二科展で入選いただきましたが、歌手としての登板は、8日に東京オペラシティで行います。そちらの方も是非お越しください(笑い)」とコメントした。

◆第105回記念「二科展」 
▼会場 国立新美術館 
▼会期 9月1日~13日。(7日は休館日)
▼時間 午前10時~午後6時
▼主催 公益社団法人 二科会
000
日テレさん。

テノール歌手・秋川雅史 二科展、彫刻部で入選「ステイホームで生活は彫刻家」

 「千の風になって」などで知られる、テノール歌手の秋川雅史さんが、第105回記念「二科展」彫刻部に出品し、初入選をしたことを所属事務所が発表しました。彫刻部での入選は芸能界では初めてだということです。
 彫刻が趣味だという秋川さんは「今回、第105回『二科展』彫刻部で、私の製作した「木彫楠公像(楠木正成像)」が入選いたしました。ありがとうございます」と喜びを明かしました。
 さらに「みなさんは秋川雅史というと『歌手』だと思っている方が多いと思います。もちろん『歌手』なんですけれども、実は『二刀流』じゃありませんけれども、彫刻の方も本気で取り組んでいまして、すでに3つのお寺さんの方にも私の仏像を奉納させて頂いているくらい彫刻家としての活動も行っております。昨年はコロナの影響で8割・9割の歌の仕事がなくなってしまったので、まさにステイホームで生活は彫刻家といった感じでこの作品を作りあげました」と語りました。
 今回入選したのは『木彫楠公像(楠木正成像)』。秋川さんは作品について「皇居前にある楠木正成像の銅像に影響を受けて製作したのですが、銅像って目の上の位置に飾られているので、下から見上げる形で制作をするんですけれども、今回はそれを木に落とし込むということで、上から眺める姿ということで、少し馬の尻尾の流れを上向きにしたりとか、顔の目線を遠くに持っていったりとか、自分なりのエッセンスを組み込んでいって、そして秋川雅史の『木彫楠公像』という作品に仕上げました。また、この作品は一木から掘り出しており、細かい彫刻刀が届かないところなどは特注の彫刻刀を作ってもらったりなど、こだわりにこだわって3年掛かって仕上げた作品であります」と、熱い思いを明かしました。
003
006
入選作は、「木彫楠公像(楠木正成像)」。東京美術学校として依頼を受け、光太郎の父・光雲が主任となって制作され、明治33年(1900)、皇居前広場で除幕された「楠木正成像」をモデルになさいました。

秋川さん、光雲愛が半端なく、光雲の木彫を入手されたりもされていて、この作も光雲へのオマージュですね。

『日刊スポーツ』さんの記事に有る通り、第105回二科展、六本木の国立新美術館さんで、13日までの開催です。コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

さらに、訃報を一つ。今日の朝刊を見て、「ありゃま」と思いました。いわば、秋川さんの大先輩の方でして。

「時事通信」さん。

西脇久夫さん死去 コーラスグループ「ボニージャックス」、85歳

007 コーラスグループ「ボニージャックス」のメンバー、西脇久夫(にしわき・ひさお)さんが8月30日午前8時50分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。85歳だった。宮城県出身。葬儀は近親者で済ませた。
 早稲田大グリークラブ出身の男性4人でグループを結成し、1958年にボニージャックスとしてデビュー。トップテナーを務めた。
 ボニージャックスは、童謡の「ちいさい秋みつけた」「手のひらを太陽に」やロシア民謡の「一週間」など5000曲以上の幅広いレパートリーを持ち、63年から3年連続でNHK紅白歌合戦にも出場した。

『東京スポーツ』さん。

「ボニージャックス」西脇久夫さん死去でメンバーが追悼

 4人組コーラスグループ「ボニージャックス」の西脇久夫さんが、肺がんのため8月30日、午前8時50分に都内の病院で亡くなった。85歳。故人を悼みメンバーがコメントを寄せた。
 バスの玉田元康は「ボニージャックスは63年、グリークラブ時代を含めると67、8年になります。長い長い付き合いでした。肺癌という重い病気と頑張って闘った。最後まで歌おうとしていた姿が忘れられません。長い間ご苦労様でした」。
 バリトンの鹿島武臣は「昨日から解散しないでくれという電話が鳴りっぱなしです。西脇は根っからのリードボーカル、生まれながらのテノール馬鹿でした。目立ちたがり屋、キザ、我儘、スター意識ギンギラギン。しかし、コーラスグループにはテノール馬鹿が必要なのです」と追悼。続けて「これからは残された3人で頑張ります。我々には定年がない代わりに仕事がこなくなったらおしまい。連日パラリンピックが教えてくれています。『失ったものを数えるな。残っているものを数えろ!』往生際の悪いのは僕らの売りです」と決意を新たにした。
 また、ともに活動していた「ベイビーブー」のリーダー・ユースケは「先日、宮崎の童謡コンサートでご一緒させて頂いたばかり。あまりに突然の訃報で現実を受け入れきれずにいます。生涯歌い続けてこられたそのお姿と歌声、目に耳に残っています。今はただ、西脇さんのご冥福を心よりお祈りしております」とコメントを寄せた。

当方、ボニージャックスさんの2枚組CDを1点、所持しています。コロムビアさんから平成9年(1997)リリースの「ボニージャックスの日本の唱歌」。下の画像、右から二人目が、亡くなった西脇さんです。
001
こちらには、光太郎作詞の戦時歌謡「歩く歌」(飯田信夫作曲)が収められています。
002
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

十時松庵寺。院長さん夫人、宮沢老人、勝治さん来集。


昭和23年(1948)10月9日の日記より 光太郎66歳

「松庵寺」は、花巻市街に現存する寺院です。花巻及び郊外太田村在住時代、ほぼ毎年、この時期に、光雲、智恵子、そして母・わかの法要を営んで貰っていました。

「院長さん」は、花巻病院長・佐藤隆房、「宮沢老人」は賢治の父・政次郎、「勝治さん」は光太郎を太田村に誘った元分教場教師・佐藤勝治です。

平成30年(2018)、ドラマ「アンナチュラル」のテーマ曲「Lemon」が大ヒットし、その後も精力的な活動を続けられているJ-POPアーティスト米津玄師さん。

インタビューの中で「Lemon」は、光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)からのインスパイアがあるかも知れない、と、御自身でおっしゃっています。

その米津さんが、インテリアグッズを展開する「REISSUE FURNITURE」(リイシュー ファニチャー)を立ち上げられたとのこと。

第1弾アイテムとして、「Lemon」をはじめ、これまで発表してきた楽曲「Flamingo」「海の幽霊」「馬と鹿」「Pale Blue」をイメージしたフレグランス「Room Perfume」(ルーム パルファム=部屋用香水)の発売を発表なさいました。

Room Perfume - Lemon REISSUE FURNITUREシリーズ#1

楽曲「Lemon」をイメージしたルームパルファム。

「米津玄師 2018 LIVE / Flamingo」「米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃」の演出で使用した香りで、レモンの爽やかさとほろ苦さが、部屋をやさしく包み込んでゆきます。クリスタルの形をしたガラスボトルは、光によって表情を変え、エレガントなひと時を演出します。

ボトルカラー Lemon Yellow Designed by Kenshi Yonezu ¥5,830(税込)
001

米津さんのコメント。

非日常が日常へと変化しそうになっているこの頃、自宅で過ごす時間の重要性を見直さなければならないと感じています。ライブツアーがおいそれと組めなくなって以来、何か新しい軸を一つ作りたいと思い、今回REISSUE FURNITUREを始めることにしました。
部屋は自分の精神とシンメトリーな部分があると思います。部屋がほんの少し豊かになることで、健やかに日々を生きる一助になることを願います。

ボトルは米津さん御自身のデザインだそうで、そういえば、米津さん、御自身のアルバムのジャケット等もデザインされています。

ご興味のある方、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

ひる前に余は揮毫。桶屋さん(大橋大人)の為に「木竹諧和」と書き宮崎鯉軒翁喜寿のために「天地寿」と書く。


昭和23年(1948)10月1日の日記より 光太郎66歳

「大橋大人(たいじん)」は大橋喜助。花巻一の桶作りの職人で、宮沢賢治の父・政次郎、花巻病院長・佐藤隆房、そして蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の村人達の厚意で光太郎に贈られた風呂桶を制作しました。「諧和」は「やわらいで親しみあうこと」の意。木や竹などの材料を「諧和」させる見事な匠の技へのオマージュですね。

「宮崎鯉軒」は宮崎仁十郎。茨城取手の素封家で、智恵子の最期を看取った姪の春子と結婚した宮崎稔の父親です。戦前から光太郎と交流がありました。
006 002
さらにこの後、完成した風呂場を「無可有殿」と名付け、横書きにした書も書きました。「無可有」は中国の古典「荘子」が出典で、「自然のままで何も作為がないこと。また、そのような状態や境地」といった意味です。いかにも光太郎が好みそうな言葉だと思います。
007
画像はその際の書を木の板に写したものです。

テレビ放映情報です。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭

BSテレ東 2021年8月23日(月)  17:58〜18:54

「日本歌手協会歌謡祭」名曲&懐かしの名場面を一挙放送!

「智恵子抄」二代目コロムビア・ローズ
「東京のバスガール」初代コロムビア・ローズ&二代目コロムビア・ローズ
「ガード下の靴みがき」大石まどか
「アルペン・ミルクマン(山の人気者)」関大八
「巴里の空の下 セーヌは流れる」かいやま由起
「枯葉」美川憲一040
「個人授業」晃(フィンガー5)
「可愛い真珠」西崎緑
「黒ネコのタンゴ」皆川おさむ
「おんなの出船」松原のぶえ
「男の港」鳥羽一郎
「女の港」大月みやこ
「舟唄」八代亜紀

<司会>合田道人/伍代夏子

昨年亡くなった、二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(丘灯至夫作詞 戸塚三博作曲)がラインナップに入っています。

不定期に放映されている番組のようで、過去の日本歌手協会歌謡祭のアーカイブ映像を再編集したものです。

今年1月の放映は、昨年亡くなった歌手の皆さんのそれを特集したもので、やはり二代目ローズさんの映像が使われました。
041
042
ローズさんの映像は、昭和57年(1982)の第5回歌謡祭から。
043
044
045
再びこの回の映像が使われるのか、他の年のものなのか、不明ですが。

ちなみに、8月27日(金)放映分では、今月14日に亡くなったジェリー藤尾さんの歌唱映像が流れるそうです。ジェリーさん、一昨年には『智恵子抄』もモチーフとして使われたドラマ「やすらぎの刻~道 テレビ朝日開局60周年」にご出演されていました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

テレビ放映ということで、もう1件、NHK Eテレさんの「にほんごであそぼ」。来週には、今年6月に放映された、光太郎詩「道程」を扱った回が再放送される予定でしたが、高校野球の雨天順延が続き、無くなってしまいました。残念です。

【折々のことば・光太郎】

朝食後ハガキ書、及(花巻新報)といふ文字を揮毫。


昭和23年(1948)8月25日の日記より 光太郎66歳

『花巻新報』は、『岩手自由新聞』『岩手大衆新聞』『読む岩手』を統合して誕生した地方紙ですが、戦前にあった『花巻新報』の名を踏襲しました。

その題字の揮毫を光太郎が依頼されたというわけです。光太郎筆の題字、昭和35年(1960)の終刊号まで使われました。

創刊号(復刊号)のコラム「伯楽茸」でこの題字に言及されています。

◆本紙の題字は高村光太郎先生の筆だが、先生は本職の木彫のほか詩文、書画にも最高境地を示す日本文化界のえがたい宝だ◆稗貫郡太田村山口部落の山中に農民の飾りない敬いと親しみをうけて手作りの小家で天地草鳥を見つめ世界の大勢を案じている姿には大芸術誕生の脈動を感ずる◆所が世間はガサツなもので「私は遠方の者ですが、今度この辺へ用字があつて来たので一寸ツイデに寄りました」ナドと、寸暇をおしんで芸術に精進する老先生の大切な時間をムダにさせる文化人があるなどは、同じ「文化人」でも原子爆弾と竹ヤリほどのちがい

「用字」は「用事」の誤植ですね。

同じ号には光太郎の「希望 親切な案内役を」という談話筆記も掲載されました。
000  001

若干、先の話ですが、コロナ禍による中止/延期、又は無観客開催などの発表があるやもしれませんので、その前に。

東京混声合唱団特別演奏会~田中信昭と共に~東混オールスターズ

期 日 : 2021年8月31日(火)
会 場 : 東京芸術劇場 東京都豊島区西池袋1-8-1
時 間 : 19:00 開演(開場18:00)
料 金 : 一般:4,500円 学生:1,500円

【プログラム】
パレストリーナ:『教皇マルチェルスのミサ』より「サンクトゥス」
西村朗:混声合唱とピアノのための組曲『レモン哀歌』より「レモン哀歌」
上田真樹:混声合唱とピアノのための組曲『夢の意味』より「夢の意味」「夢の名残」
野平一郎:混声合唱のための幻想編曲集『日本のうた』より「ずいずいずっころばし」
小山清茂:「誕生祭」
ブラームス:「祝祭と格言」
シェーファー:「ガムラン」「ミニワンカ」
ラフマニノフ:『晩禱』より 第2曲、第9曲
三善晃:混声合唱曲『小さな目』より

【指揮】:田中信昭 / 山田和樹 / キハラ良尚 / 松原千振 / 大谷研二 / 水戸博之
     山田茂 / 髙谷光信
【ピアノ】:中嶋香 / 萩原麻未
【合唱】: 東京混声合唱団

WEBサービス『カーテンコール』にて公演のLIVE配信を行います!
価格 1,500円(税込み) 購入・視聴はこちら 
000


田中信昭氏は、指揮者にして東京混声合唱団の創設者。おん年93歳です。平成元年(1989)、赤坂草月ホールで開催された仙道作三氏作曲のオペラ「智恵子抄」初演の際、伴奏の10人編成管弦アンサンブルの指揮をして下さったりもしました。

今回、田中氏の指揮で、西村朗氏作曲の「レモン哀歌」(平成21年=2009)がプログラムに入っています。この曲は、全3曲から成る「混声合唱とピアノのための組曲『レモン哀歌』」の最終曲。当方の把握しているところでは、全日本合唱連盟さん主催の「平成30年度(第71回)全日本合唱コンクール」の高校Bグループ(33人以上の大編成)に出場なさった九州地区代表・鹿児島高等学校音楽部さんが、この曲を自由曲に選ばれていました。

そちらを御紹介した時には気づかなかったのですが、YouTube上に、この曲がアップされていました。ただ、あまりバランスのいい演奏ではありませんが、楽譜を見ながら曲の感じを掴むのにはいいのかな、という動画です。


「混声合唱とピアノのための組曲」ですから、ピアノは単なる伴奏ではなく、ウェイトがかなり大きいと、ここしばらくの流行ですね。ただ、上記の動画ではピアノが大きすぎて歌詞がよく聴き取れません。

東混さんのコンサートでは、絶妙のバランスでの演奏が聴けることと存じます。

ご興味のある方、コロナ感染には十分お気を付けつつ、足をお運び下さい。また、WEBでのLIVE配信も用意されているとのことですので、ご活用下さい。

【折々のことば・光太郎】

二三日前の夜関上場の娘さん寒沢川にはまつて死んだ由、狐のわざといふ。


昭和23年(1948)8月17日の日記より 光太郎66歳

「関上場」は光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の地区名です。狐の件、光太郎は無論のこと信じなかったでしょうが、村人の中には、まことしやかにそう噂する人がいたようで、戦後になってもそうだったのだなぁと思いました。

都内からコンサート情報です。

林光ソングをうたい継ぐ(5)~ほんとうの空へ(1990年代)

期 日 : 2021年7月24日(土)
会 場 : トッパンホール 東京都文京区水道1-3-3
時 間 : 開場 14:00 開演 14:30
料 金 : 前売4,000円(全席指定) 当日4,500円

出 演 : 竹田恵子(歌) 井口真由子(pf)

曲 目 : 林 光(詩:宮沢賢治):序詞《注文の多い料理店》より
      林 光(詩:宮沢賢治):すきとおるものが一列
      林 光(詩:与謝野晶子):初夏
      林 光(詩:まどみちお):ハコベのはな
      林 光(詩:林 光):月の船の歌《万葉集》による
      林 光(詩:佐藤 信):ほんとうの空へ
       他

今回のコンサートの副題は、「ほんとうの空へ」。「フェイクの時代」だからこそ、「ほんとう」が気になります。それはどこからやって来るのでしょうか。「正しさ」をめぐる言葉のバトルとは違って、もっと底の底にある感情の出どころ。そこには「ほんとうのたべもの」の賢治がいます。まど・みちおや与謝野晶子、そして万葉集やこどもたち。
感染予防の対策には万全を期すつもりです。2回のワクチン接種もコンサート前に終える予定でいます。今回はYouTubeの配信もありませんので、ぜひ会場に足をお運びいただければ幸いです。
落ち着かない日々が続きますが、どうぞご自愛の上、当日お目にかかれることを心より願っています。
007
008
竹田恵子さんという方、故・林光氏の歌曲を歌い継がれることも、活動の柱となさっているようで、その一環としてのコンサートです。

副題が「ほんとうの空へ」ということですが、同名の曲がプログラムに入っています。これは、平成7年(1955)に福島県で開催された、第50回国民体育大会(国体)の際に「ふくしま国体讃歌」として作曲され、開会式で、福島県内の高校生による合唱、福島県警察音楽隊によって演奏された曲です。


上の動画で、6:35頃から、バックに流れているのがそうでしょう。林氏というと、ちょっと難解な現代音楽、というイメージが当方にはあるのですが、こちらはこういう機会での音楽だけあって、素直なメロディーラインのようです。

国体自体のキャッチフレーズも「友よ ほんとうの空に とべ!」でした。

言わずもがなではありますが「ほんとうの空」の語は、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)からのインスパイア。本来「ほんとの空」ですが、時折、「う」の入った形で二次使用されています。特に東日本大震災、それに伴う福島第一原発の事故後、福島の復興の合い言葉として、一人歩きを始めた感がありますが、福島国体は平成7年(1995)。こうした例の最も早いものの一つではないかと思われます。

コンサートでは、他に、光太郎と交流のあった宮沢賢治や与謝野晶子の作品に曲を付けたものも演奏されるそうです。

コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

午後一時より横湯橋渡初式に出かける。三時頃に漸く式はじまる。それまで草原で休みゐたり。
昭和23年(1948)5月22日の日記より 光太郎66歳

「横湯橋」は「おうゆばし」と読み、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋から南に1㌔あまりの、現在は県道37号線(花巻平泉線)の寒沢川にかかる橋です。

昨日は千葉市文化センターで開催された「潮見佳世乃歌物語コンサート 智恵子抄・羽衣伝説」を拝聴して参りました。
KIMG5140 KIMG5139
003 001
002
ジャズシンガーの潮見さん、お父さまの故・高岡良樹氏が始められた「歌物語」というジャンルも引き継がれています。様々な文芸作品等をそれぞれ数十分のステージで、歌や語りで紡ぐというものです。昨日はそのうちの「羽衣伝説」と「智恵子抄」。

前半が「羽衣伝説」。現在の千葉市に残る羽衣伝説を元にしたものです。全国各地に残るそれと異なり、のちに「千葉氏」の姓を賜ったという平常将、その子・平常長ら実在の人物が登場します。
KIMG5142
004
休憩を挟み、後半が「智恵子抄」。

「歌物語」に入る前に、ア・カペラで光太郎詩の朗読二篇。昭和11年(1936)作の「鯉を彫る」と、同7年(1932)作の「もう一つの自転するもの」でした。

「もう一つの……」は、前年の満州事変勃発などを背景に、どんどんきな臭い方向に進む世情に抗し、「もう一つの自転するもの」が自分の中にあるのだ、と宣言する内容(しかし、数年後には抗しきれず、智恵子の死に伴う空虚感などもあって、一気に大政翼賛の方向に梶を切ることになりますが)。

「鯉を彫る」は、新潟長岡の素封家・松木喜之七に依頼された木彫の鯉を制作している様子を詩にしたもの。つい先だって、その関係で長岡に行って参りましたので、奇遇に驚きました。
002 KIMG5144
朗読に続いて、いよいよ歌物語。

当方、3回目の拝聴となりましたが、それぞれ伴奏の楽器が異なっていまして、曲や全体の構成は同じでも、全く違うステージという感じでした。

最初に聴いた時の伴奏はキーボードとアコースティックギター。そこで、ニューミュージックやジャズのテイストが強く感じられました。今年3月、熱海で拝聴した際には、ピアノ一本。するとクラシック音楽に近い感じでした。

今回は、ピアノ(TATOO)に加え、尺八(小湊昭尚)、そして箏(市川慎)。いやがうえにも「和」。間奏的にインストゥルメンタルの部分もかなり長くあったりし、アレンジが大変だったのでは、と思いましたが、終演後、潮見さんとお話ししたところ、そこは皆さんプロフェッショナル、ツーとカーで、けっこうひょいひょいできてしまったとのこと。素晴らしい!

箏も、当初は通常の十三弦のみの予定だったのが、十七弦も加えてみよう、ということで、市川氏、二面を行ったり来たりでした。
KIMG5141
KIMG5146
全体に、かなりドラマチックな構成で、初めて聴いたと思われるお客さんが当方の周囲にいらっしゃいましたが、演者の皆さんの織り成す世界にぐいぐい引き込まれているな、というのがよくわかりました。

構成は、「樹下の二人」(大正12年=1923)、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「千鳥と遊ぶ智恵子」/「風にのる智恵子」(昭和12年=1937/昭和10年=1935)、「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「亡き人に」(同)。これらが、メロディーのついた「歌」、そうかと思うと「語り」のみ、また、それらを交えた形で、そして先述の通り、インストゥルメンタルの間奏(以前拝聴した2回より長いものでした)と、実に変化に富んでいました。

今後も折に触れ、演じていただきたいものです。

以上、レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

中島中将開墾地放棄の由。


昭和23年(1948)1月4日の日記より 光太郎66歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れた村人たちとの、茶飲み話に出て来た話題です。

中島という人物、海軍中将だったそうで、ネットで調べてみたのですが、該当する人物が見つかりませんでした。下の名前も分かりません。光太郎が花巻疎開に際し、世話になった佐藤隆房の遠い姻戚らしいようです。光太郎が山小屋で暮らし始めた後、近くにの開拓地に入りました。

典型的、ステレオタイプの愚かな軍人だったようで、村人たちの助言には聞く耳を持たず、馬鹿なことをいろいろやって、自分で自分の首を絞めていたとのこと。

例えば、草を刈るにしても、軍刀を力任せに振り回して斬ろうとしていたそうで、村人が「それじゃ、切れません。片手で草を束ねて、もう一方の手に持った刃物で切れば楽に切れますよ」的なアドバイスをしても、「これがわしのやり方じゃ!」。

家を建てる際も、縄文時代の竪穴住居のように、地面に穴を掘って「板の節約じゃ!」。山の麓なのですぐ水が湧き、到底無理でした。

積極的に村人の助言を聞き、皆に敬愛されていた光太郎とは真逆ですね。結局、2年ほどで開墾地を放棄し、何処かへ消えていったようです。光太郎はこの人物を冷ややかに見ているだけでした。

こんな馬鹿な将校に率いられて進めた戦争で、先述の松木喜之七ら、徴発された兵らがあたら貴い命を落としていたわけで……。

畠山智行氏。俳優兼「津軽弁ロックシンガー」だそうです。

光太郎詩「道程」(大正3年=1914)インスパイアの曲を作られ、動画投稿サイトYouTubeにアップなさいました。
002

昨年567(コロナ)が始まってあまり歌えなかったこの歌 今年も歌って行きます 津軽弁ロックシンガー始めて6年目に突入しました 色んな事がありました 全国車で下道で移動 歌も活動も全て獣道でした その思いを高村光太郎さんの道程を津軽弁で朗読し(道、津軽弁でけんどと言います)歌にしました

内容は 他人と同じ人生は嫌で生きて来た だから自分が切り開いた自分の道(人生)だ 今振り返った時辛い時苦しい時 あなたが私を支えてくれた この道はみんなの道だ こんな内容の歌です
畠山氏ブログより)


実際の投稿動画がこちら。


歌の前に、津軽弁による「道程」朗読が入ります。

わのめさけんどねぇ                                           僕の前に道はない
わの後さけんど出来ら                                       僕の後ろに道は出来る
うおりゃ!!自然よ                                                  ああ、自然よ
とっちゃよ                                                                父よ
わがおがらへでけだ                                   僕を一人立ちにさせた
うんだでぐでっけぇとっちゃよ                                      広大な父よ
わがらまなぐばはなさねんでまもてけ              僕から目を離さないで守る事をせよ
むったどとちゃの気迫ば                                            常に父の気魄を
わさぁぱんぱんにしてけ                                              僕に充たせよ
この果でねぇけんどの行ぎさぎさぁ                            この遠い道程のため
このめねぇ生様の行ぐどごさぁ                                  この遠い道程のため

その後の歌も、「going my way」的な内容で、だから最初に「道程」か、という感じでした。

津軽弁ということもあり、高木恭造の詩を想起しました。

畠山氏の作品の方が、格段にポジティブですが、DNAを揺さぶられるというか、何というか、そういう部分では同じ根っこを感じます。

ちなみに今日は、ジャズシンガー・潮見佳世乃さんの「歌物語コンサート 智恵子抄・羽衣伝説」を聴いて参ります。

こうした2次創作によって、光太郎智恵子の世界を広めていただくことは大歓迎です(健全な精神に基づくリスペクトが伴うことが条件ですが)。各分野の表現者の皆様、よろしくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】003

「智恵子抄」三冊白玉書房より届く。


昭和23年(1948)1月3日の日記より
 光太郎66歳

白玉書房版『智恵子抄』。昭和19年(1944)太平洋戦争の激化により、オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)版元の龍星閣が休業、昭和25年(1950)に再興し、翌年には『智恵子抄』復元版を出版しますが、その間、昭和22年(1947)から白玉書房版が刊行されていました。昭和25年(1950)の第5刷まで確認できています。
 
オリジナル『智恵子抄』に、「松庵寺」(昭和20年=1945)、「報告」(同21年=1946)の2篇が補われましたでした。どちらも智恵子の命日(10月5日)に書かれたものです。
 
ただ、白玉書房社主の鎌田敬止は、そもそもの版元である龍星閣の澤田伊四郎と十分に連絡を取っていなかったようで、この出版には若干のトラブルが生じました。

千葉県からコンサート情報です。

潮見佳世乃歌物語コンサート「智恵子抄・羽衣伝説」

期 日 : 2021年6月20日(日)
会 場 : 千葉市文化センター 6階・スタジオⅠ 千葉市中央区中央2-5-1
時 間 : 【昼の部】開場14:00/開演14:30(SOLD OUT)
      【夜の部】開場16:45/開演17:15
料 金 : 前売 4,000円 当日4,500円

出 演 : 潮見佳世乃(歌と語りと鳴り物) 
TATOO(ピアノ) 
      市川慎(箏) 小湊昭尚(尺八)


市制100周年を記念して、6月20日(日)千葉市文化センター6階 スタジオ1にて、歌物語コンサートを開催いたします。語ります物語は、千葉市の伝説「羽衣伝説」そして、高村光太郎の「智恵子抄」。歌物語で文学の名作・伝説を体感して下さい。どうかあたたかい応援をよろしくお願いいたします。只今チケット発売中です。

「歌物語」とは、父高岡良樹が創りだした、文学、演劇、音楽を融合させたこれまでにない芸能ジャンルです。琵琶法師や浄瑠璃など、物語を語る先人たちの伝統を引き継ぎながら、創作した物語に演劇的要素と音楽を取り入れ、奏でる音楽は、ジャズ、フォーク、ポップスなどを独自にアレンジしたもの。
ぜひ、この機会にご鑑賞ください。

※新型コロナウイルス感染拡大防止対策の為、定員数を減らし開催させていただきます。
001
002
当方、潮見さんの「歌物語 智恵子抄」、2度拝聴しました。1度目は平成27年(2015)、都内大森のライブハウスで。2度目は今年3月、熱海の起雲閣さんで。どちらも素晴らしいものでした。

オリジナルの曲に乗せて、「智恵子抄」所収の詩10篇弱を、歌と語りで紡ぐという基本的な構成は変わらないのだと思いますが、今回はピアノに加え、箏や尺八と、和楽器を伴奏として演(や)られるそうです。箏は一般的な十三絃にプラスして十七絃も使ってみようか、というお話でした。当方、十七絃を使った演奏は一度、拝聴したことがありますが、単に音域が広いというだけでなく、低音域の響きがベースギターのようにしっかり支えていると感じました。

「智恵子抄」以外に「羽衣伝説」。静岡三保松原のそれが有名ですが、東京湾岸の千葉にもあったのですね。千葉県民でありながら存じませんでした(汗)。もっとも、「羽衣伝説」は日本国内だけでなく、西アジアのあたりが発祥らしく、ヨーロッパ、東南アジア、なんとアフリカや北米にもあります。そういった部分でも、非常にロマンを感じます。

新型コロナ感染症対策として、キャパを減らしての実施だそうで、既に昼の部は完売だそうですが(すみません、当方も昼の部で申し込みました(笑))、夜の部はまだ余裕があるようですし、昼の部もキャンセル等が出るかもしれません、上記リンクまでお問い合わせ下さい。

【折々のことば・光太郎】

終日雨、小雪、あられ等。時々鼠出る。 朝八時頃までねすごす。


昭和22年(1947)12月2日の日記より 光太郎65歳

「朝八時頃までねすごす」。「山中暦日なし」とはいいますが、光太郎、その日の日付がわからなくなることはあっても、体内時計の時間はかなり正確で、朝寝坊はめったにしませんでした。農閑期に入り、少し気が抜けていたようです(笑)。

都内から演奏会の情報です。

平松混声合唱団 第36回定期演奏会 明日へ向かって発つ~心ひとつに~

期 日 : 2021年5月21日(金)
会 場 : 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール 東京都渋谷区桜丘町23-21
時 間 : 開場 6:15pm 開演 7:00pm
料 金 : ¥3,000(全席自由)

指 揮 : 平松剛一  合唱 : 平松混声合唱団   ピアノ:金井信

第36回定期演奏会は感染症に対策しつつ開催いたします。

曲目
 群青(福島県南相馬市立小高中学校平成24年度卒業生/詩) 小田美樹/曲
 景色がわたしを見た 寺島尚彦/曲
 混声合唱組曲 「レモン哀歌」 より 平吉毅州/曲
 カイト 米津玄師/曲
 旅立ちの日に 坂本浩美/曲
 You Raise Me Up R. Lovlant/曲
 瑠璃色の地球 平井夏美/曲  
  他
003
平松混声合唱団さんは、昭和57年(1982)に結成されたアマチュア合唱団ですが、これまでに全国合唱コンクール金賞受賞、海外での公演も行うなど、ハイレベルな団です。

故・平吉毅州氏による混声合唱組曲「レモン哀歌」は、同団の委嘱作品として作曲され、「あどけない話」、「山麓の二人」、「千鳥と遊ぶ智恵子」、そして「レモン哀歌」の全4曲です。
002
全4曲の初演は平成5年(1993)。その後、音楽之友社さんから楽譜集、フォンテックさんからCDも発売されました。
001
楽譜集に掲載された、作曲者、故・平吉毅州氏の言葉「哀切なる,その愛」。

 平松混声合唱団の主宰者であり指揮者である平松剛一氏から、新作依嘱のお話をうかがった時、詩は作曲者が選んでよい、とのことだった。
 その条件は、作曲する側にとってとても嬉しいことであると同時に、仲々厄介なことでもある。
 世の中に、素晴らしい詩は沢山あるのだけれど、いざ、合唱組曲のための……となると、その選択は容易でない。極端な云い方をすれば、詩が決まった時点で作曲の仕事の半分は出来たみたいなもの、なのである。
 この曲の場合も、詩が最終的に決するまでに多くの時間を必要とした。
 詩を、小説や評論などと共に乱読したのは、私の場合、10代から20代にかけての頃だったように思う。その後も、今に至るまで、年に一度くらいは、新宿の紀伊国屋あたりで何時間も立ち読みをしては、1冊2冊と買い込んできてしまう。
 しかし、やはり若い頃に読んだもの程心の中に残っているようで、特に「智恵子抄」は、いつか、作曲してみたい、と思い続けてきた詩である。
 「そんなにも、あなたはレモンを待っていた……」の一節は、ずっと私の胸の中にすみついていたような気がする。
 光太郎の詩は、決してきれいごとではない、日常生活における生身の人間の、痛切な愛をうたったものである。作曲するにあたって、あらためて「智恵子抄」を読み通し、最終的に選んだ4篇を、彼等夫婦の、人生の景色の順序に従って組曲とした。光太郎の世界にどこめで踏み込めたのかどうか、私にはわからない。しかし、私なりに充実した仕事をさせていただいたという実感は確かにある。
 智恵子の作った数々の紙絵の、その見事なかたちと色彩は、今も私の網膜に鮮やかに写っている。時に口汚く声高に夫を罵しるかと思えば、療養地で作りためたそれらの紙絵を、はにかみながらそっと夫に差し出す智恵子の姿が、夫婦の間の、愛憎の葛藤に身を灼かれているようで、何とも痛々しい。
 狂気と正気の間を生き抜いた智恵子、それを一緒に生きた光太郎。哀切としかいいようがない。
 おわりに、この曲を書かせて下さった平松剛一氏と、感動的な初演をして下さった平松混声合唱団の皆さん、そして出版に御尽力いただいた音楽之友社の市川徹氏に、心からの感謝の意を表する次第である。


ひさしぶりにCDを聴いてみました。

めまぐるしく変わる拍子とテンポ、散りばめられた複雑な和音(時に不協和音)、非常に細かく指示されたディナミーク、いかにも現代音楽ふう、と思いきや、M1「あどけない話」からM4「レモン哀歌」まで一貫してイ短調(終末部はハ長調)、「なるほど」と思いました。

また、平吉氏がこだわったであろう「狂気と正気の間を生き抜いた智恵子」を表すような、不安定な音型が随所に現れ、逆にありのままの智恵子の一切をを包み込む光太郎を表現したであろう部分では、ポリフォニーを避け、ホモホニックな展開。難易度はなかなか高めです。

さて、今回の演奏会。「混声合唱組曲 「レモン哀歌」 より」となっていますので、抜粋での演奏なのでしょう。

会場の渋谷区文化総合センター大和田さくらホールさん、キャパは367席だそうですが、コロナ感染対策として50㌫までの入場制限とのこと。感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

四時半頃賢治の会会場にゆく。「生必」二階。余も十五分ばかり話。会衆多し。後鹿踊を前庭にて見る。


昭和22年(1947)9月21日の日記より 光太郎65歳

昭和8年(1933)のこの日に亡くなった宮沢賢治を偲ぶ賢治祭。岩手在住時の光太郎、ほぼ毎年欠かさず参加していました。

「生必」は「生活必需品組合」。戦時中に全国的に組織された、配給等を管轄するためのもののようです。戦後も配給制度が続いたため、まだ存続していたのですね。

↑このページのトップヘ