カテゴリ:東北 > 福島県

智恵子の故郷に聳え、光太郎が詩「あどけない話」(昭和3年=1928)に謳った安達太良山。このブログ、このところ、紹介すべきネタが大杉多すぎで、今日は安達太良山関連、一気にご紹介します。

まずはテレビドラマです。

プレミアムドラマ山女日記3 「あどけない空・安達太良山」

NHK BSプレミアム 2021年10月31日(日) 22:00〜22:50 再放送11月7日(日) 16:45~17:35

【出演】工藤夕貴 若村麻由美 中村俊介 本仮屋ユイカ 湯江タケユキ 高橋長英 小林綾子 田中健

会社勤めを辞め、北アルプス山麓で登山ガイドとして成長を続ける独身女性・柚月。彼女の元には今日も人生の苦悩を抱えた様々な依頼客が訪れる―。人気山岳ドラマのシーズン3。
045
第3話としての詳しいあらすじが発表されていませんが、予告編から。

毎回、なにがしかの屈託を抱えた人々が、登山ガイド・立花柚月(工藤夕貴さん)の案内で山を登り、背負った荷物を山に置いてくる(比喩表現です。本当にザイルやらアイゼンやらをぶちまけてくるわけではありません(笑))という展開です。

第1話は、登山ガイドを目指す女子大生(中田乃愛さん)と、それに反対するシングルマザーの母親(高島礼子さん)が白馬岳に。第2話は、熟年離婚を考える妻(市毛良枝さん)と、ワガママな夫(石丸謙二郎さん)で、雨飾山へ。

そして第3話の安達太良山。ゲストは小林綾子さん、高野長英さんなど。
006
048
046
047
安達太良山はもちろん、岳温泉さん、二本松市街でもロケを敢行。
007
010
ゲストの登場人物は、一話完結で心の荷物を山に置いてきますが、レギュラー陣はそうはいかないようで、それぞれにやはりいろいろ抱え込んでいます。まぁ、全6話の中で徐々に解決していくのでしょう。

主人公・立花柚月。喫茶店マスターのお父さん(田中健さん)と、亡くなったお母さん(朝加真由美さん)を巡ってギクシャク。
009
柚月の元カレ(中村俊介さん)。偶然、柚月と再会したものの……。
049
柚月の暮らす村で、新たに当選した女性村長(若村麻由美さん)。柚月のお父さんと、その昔……。
050
原作は湊かなえさんの小説『残照の頂 続・山女日記』(幻冬舎・11月刊行)だそうで、いかにも湊さんらしい人間ドラマですね。

ぜひご覧下さい。

続いて、地元紙『福島民報』さん、10月17日(日)の記事。

【アウトドア キャンプ 自然と生きる】地元誇る「ほんとの空」 安達太良山(二本松、郡山、猪苗代、大玉)

011 彫刻家で詩人高村光太郎の詩集「智恵子抄」で詠まれた「ほんとの空」が広がった。二本松、郡山、猪苗代、大玉四市町村にまたがる安達太良山(1700メートル)は日本百名山の一つ。気軽に登山を楽しめる山として多くの人に愛されている。豊かな自然を抱く安達太良山を訪ねた。
 二本松市の奥岳登山口に、あだたら高原リゾート「あだたら山ロープウェイ」の山麓駅があり、登山の基点となっている。山麓駅から乗車し、約10分で八合目の薬師岳直下の山頂駅に到着した。近くのパノラマパークから安達太良山の山頂を眺めたが、小雨が降り、もやがかかっていて山頂は見えなかった。
 登山道を歩き出す。緩やかな傾斜が続く。途中、ヤマウルシなどが真っ赤に色づき、季節の移ろいを感じる。歩き続けると、次第に空が明るくなってきた。気温も上がってくる。やがて周囲の木々は低木が目立ち始める。山頂に近づくと、道が岩場になる。慎重に登り続けて山頂に到着した。登り始めてから1時間半程度だった。
 到着してから、しばらくすると晴れ間になり、眼下に雲海が広がった。乳首山と呼ばれる岩峰の頂上からは四方が見渡せる。青い空と幻想的な雲海、山肌の紅葉の景色に登山客は見とれていた。
 日本最古の歌集万葉集には安達太良山に関する歌が三首詠まれている。「安太多良の嶺(ね)に伏す鹿猪(しし)のありつつも吾は到らむ寝処(ねど)な去りそね」など、いずれも男女の愛に関する歌だ。生命力にあふれる様子が、雄大な山のたたずまいと重なる。
 一緒に登った地元の登山ガイドの渡辺茂雄さん(48)は「ロープウエーを使えば初心者でも登山が楽しめる。秋の紅葉は見事で、四季折々で美しい表情を見せてくれる」と魅力を語る。古代から親しまれている山は、これからも地元の誇りであり続ける。

■なすびのお薦めポイント 初心者も楽しめる
 紅葉の季節は見事な景色が広がります。山頂から眺めた雲海は最高のご褒美でした。比較的緩やかなので、初心者でも楽しむことができます。
004
なすび」はタレントのなすびさん。福島ご出身で、エベレスト登頂のご経験もおありです。そのため、安達太良山の山開きイベントなどにゲストとして招かれることが。

記事にあるとおり、ちょうど今頃、紅葉が美しいのでしょう。

最後に、「ほんとの空献立」。二本松市の智恵子が生まれ育った旧安達町地区。こちらは安達学校給食センターさんが調理等に当たられているようですが、月イチくらいのペースなのでしょうか、小学校の児童さんたちのリクエストを取り入れた「ほんとの空献立」が饗されています。先月は、川崎小学校さん考案の「ほんとの空献立」でした。

10月19日(火)は、智恵子の母校・油井小学校さんの児童の皆さん考案の「油井小 ほんとの空献立」だったとのことで、同校のサイトに写真が掲載されていました。
012
残念ながら、品目の名前が書かれていなかったのですが、美味しそうですね。

今後とも継続してほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

晴れ、くもり、温、雪とけはじめる、


昭和26年(1951)2月27日の日記より 光太郎69歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村、根雪の溶け始めが2月末。やはり、過酷な環境ですね。

まずは地方紙『福島民友』さん。10月7日(木)の記事です。智恵子記念館での紙絵実物の公開と、智恵子生家の二階部分特別公開について。

高村智恵子の紙絵実物展示 二本松の記念館、生家居室も公開

 二本松市出身の洋画家高村智恵子を顕彰する同市智恵子記念館と智恵子の生家は2日、秋の特別公開を始めた。普段展示していない紙絵の実物などを通し、来場者が智恵子に理解を深めている。
 記念館では11月14日まで、智恵子が病床で制作した紙絵の実物が展示されている。紙絵は紙質が悪く、照明などで劣化しやすいため通常、複製を展示する。このため本物に触れる機会を―と年2回、実物を展示していて、今回は「青い魚と花」や「菊」「小鉢」「ぶどう」など10点を選んだ。
 生家では、非公開の智恵子の居室が特別公開されている。智恵子は、福島高等女学校を卒業するまでと、詩人で彫刻家の高村光太郎と結婚後に帰省すると居室で過ごしたという。公開は11月14日までの土、日曜日と祝日の午前9時~午後4時。
 開館時間は午前9時~午後4時30分(最終入館は同4時)。水曜日休館。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。
008
007
続いて、FNN系のニュース番組から。トピックニュース的に、経済的な部分での新たな取り組みの紹介ということで、岳温泉の「あだたらの宿扇や」さんが取り上げられました。10月9日(土)に放映されたようです。

後継者不足解消へ...個人版M&Aマッチング

働く人に役立つプラスαな考え方に注目する「αism」。後継者を探したい人と、あとを継ぎたい人。その両者を結ぶ新たなプラットホーム。
020
天然温泉100%の源泉かけ流し。
021
情緒あふれる和風旅館のオーナーは、飲食業を本業とする男性。今、トレンドになりつつある、個人による新たな事業承継の形とは。

福島・二本松市にある名湯「岳温泉」。メインストリートにある「扇や」は、天正2年創業の400年以上続く老舗の旅館。
004
006
歴史に裏打ちされたおもてなしが魅力のこちらの旅館だが、東日本大震災をきっかけに経営は苦境に立たされていた。
009
「扇や」女将・鈴木亜矢さん「(従業員)みんなの生活が成り立たなくなってしまったら本当に申し訳ないことですし、そちらはすごく最後まで悩んでいた」
010
この旅館の存続の危機に手を挙げたのが、新たにオーナーに就任した菅又信也さん。
011
「扇や」をM&Aで取得・菅又信也オーナー「元々、自分が旅館が好きだったのもあるが、この扇やが閉じてしまうと、この温泉街にとっても非常にダメージですし、1つのめぐり合わせかなと」
012
013
菅又さんと旅館をめぐり合わせたのは、ネット上で事業の後継を探したい人と、あとを継ぎたい人をM&Aで結ぶプラットホーム「BATONS(バトンズ)」。

菅又さんの場合、飲食業を経営しながらセカンドキャリアの充実のため、この旅館をM&Aした。

菅又オーナー「安達太良山の中腹にある温泉街なんで、(高村)光太郎さんの書であったり、高村智恵子さんの紙絵、切り絵、この土地を感じてもらえるところに、力を置いてやってきています」
015
016
017
018
この事業承継により、おかみさんはじめ22人の雇用はそのまま維持され、温泉街の空洞化回避にもつながった。
019
バトンズが扱う事業承継の案件、およそ3,670件のうち、970件余りは500万円以下。

これまでの経験を生かし、起業を考えていた人や夢だった仕事への手掛かりとして、個人による小規模の事業買収のケースが増えているという。

「バトンズ」大山敬義CEO「地元のいいもの、それを生かしたものは、やろうと思っても、東京にいて始められるものでもない。あるいは、それを知る機会さえない。多くのやる気のある若者が、地方に行くことで地域の活性化にもなる。それが1つのネット時代のM&A事業承継の形なのかなと思います」

「なるほど」という感じでした。実際、岳温泉さんでも、東日本大震災後、廃業を余儀なくされた旅館が複数あります。また、コロナ禍の影響もあるのでしょう、全国で有名旅館等が閉鎖、というニュースも耳にします。都内でも、数年前に鳴り物入りでオープンした、ある文豪の名を冠した高級旅館も暖簾を下ろすそうで……。

これはもしかすると、私設美術館、私立文学館などの文化施設にも適用できるのかな、などとも感じました。行政が支援に入ったり、第3セクター化したりするだけでは、根本的な解決にはならないような気もしています。公設の館も、逆にこうしたシステムを使って民間に譲渡するなどもありのような気がします。

今後、こうした取り組みがどんどん広がっていくことを期待します。

【折々のことば・光太郎】

やぶやにて(すきやき)少々たべ、ハイヤーでかへる。


昭和26年(1951)1月20日の日記より 光太郎69歳

やぶや」は、現在も花巻中心街で営業を続ける老舗の蕎麦屋さんです。宮沢賢治の御用達でもありました。

ハイヤーで帰ったのは、滞在していた花巻病院長・佐藤隆房宅。普段、数㌔㍍の距離なら歩く光太郎でしたが、この時期、結核性の肋間神経痛などでかなり体調を崩していました。

10月5日(火)は、智恵子忌日。その臨終を謳った光太郎詩「レモン哀歌」にちなみ、「レモンの日」とされています。智恵子の故郷・福島二本松では、智恵子を偲ぶ「レモン忌」の集いが開催されていましたが、昨年に続き、今年も中止。来年以降はまた旧に復して欲しいものです。ちなみに10月5日その日を「レモン忌」と称する場合もあります。

そんなこんなで、9月26日(日)の『朝日新聞』さん、「朝日歌壇」欄。
001
新潟の方の作品「肺を病み心を病みて忌日あり春の檸檬忌秋のレモン忌」。選者・永田和宏氏曰く「二つの忌、わかりますか。」

言わずもがなですが、「春の檸檬忌」は、梶井基次郎忌日です。梶井の代表作「檸檬」にちなみ、3月24日が「檸檬忌」と名付けられています。梶井は明治34年(1901)生まれ、歿したのは昭和7年(1932)、光太郎智恵子と同時代を生きていますが、『高村光太郎全集』にその名はなく、直接の交流はなかったものと思われます。

続いて、東京都江戸川区。区立図書館さんのYA(図書館用語で10代の青少年を指します)サービス担当者会さんが発行されている、ティーンズに向けた広報紙『Teens'Newsletter Patter Patter Paper』の第64号、9月15日(水)の発行でした。「たんじょうせきものがたり」という連載で、「レモン哀歌」を引いて下さっています。
004
「トパアズいろの香気が立つ」。初めてこの詩を読んだ小学校5年生の時、この表現に接し、頭をガンと殴られたような感覚がしました。「すごい」と。

最後に智恵子の故郷・二本松市さんの広報誌『広報にほんまつ』10月号。

まず、恒例の智恵子生家二階部分の特別公開、智恵子紙絵の実物展示について。

005
今日がスタートですね。以前はこの時期に現代アートの「福島ビエンナーレ」とのコラボで実施されていましたが、このところ、単独での実施のようです。

同じく『広報にほんまつ』、三保恵一市長のコーナー。
006
「智恵子抄」、「ほんとの空」の語を配して下さいました。ありがとうございました。

こちらでも触れられているように、智恵子生家/記念館以外にも、「菊花展」(旧・二本松の菊人形)や、安達太良山の紅葉など、見どころが多い時期です。

コロナ感染には十分お気を付けつつ、ぜひ足をお運びください。

おまけ。

以前にご紹介した「レモン哀歌」トートバッグ、入手しました。
004
005
006
003
もったいなくて使えませんが(笑)。

【折々のことば・光太郎】

村長さん、浅沼校長さん同道にて夕方来訪、アトリエの記事につき釈明あり、改めて断る。
昭和26年(1951)1月3日の日記より 光太郎69歳

「アトリエの記事」は、地元紙に載ったもので、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の有志が、光太郎のためにアトリエを新築することが決まったと、既定の事実のように報じられ、寄付金集めまで始まってしまいました。

光太郎は「金の不自由な今日多くの人々に負担を背負わせることは忍びない、アトリエは小生自身でできるときに建てたい、それまではこのままにしておいて下さい」ということでこれを固辞しています。

我々の世代が小中学生だった頃と較べ、学校給食もだいぶ様変わりしているようです。「食育」という部分が強調されたり、地産地消にこだわったりといった取り組みは、けっこう以前から行われていたようです。或いは、子供たちの意見を取り入れた献立の実施なども。

さて、智恵子の故郷・福島県二本松市、旧安達町。こちらは安達学校給食センターさんが調理等に当たられているようですが、9月22日(水)は「ほんとの空献立」だったとのこと。

言わずもがなですが、『智恵子抄』所収の光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)に出てくる「ほんとの空」の語を冠して下さっています。ありがたし。「鬼婆献立」でなくて良かったと思いました(笑)。

智恵子生家からそう遠くない、上川崎地区にある市立川崎小学校さんのサイトから。

ほんとの空献立

9月22日
この日の給食は、6年生が考えた「ほんとの空献立」でした。
内容は、さつま芋ごはん、県産鮭の西京焼き、ほうれん草のソテー、きのこ汁、巨峰、牛乳です。
家庭科の授業で学んだことを活かして、秋の味覚たっぷりの栄養バランスのとれた献立を考えました。とてもおいしくいただきました。

画像が小さかったので、他を当たってみましたところ、智恵子の母校・市立油井小学校さんのサイトに大きく掲載されていました。
003
秋らしいメニューですね。

さらに油井小さんによれば、献立を考えたのは川崎小さんの児童の皆さん、鮭は「阿武隈川メイプルサーモン」だそうです。定番の牛乳は、福島ときたら酪王さんかな、と思ったら、違いました(笑)。

平成30年(2018)の『福島県学校給食研究会栄養士部会会報』から。
004
これによると、3年前にはすでに「ほんとの空献立」、実施されていたのですね。存じませんでした。個人的には「もずくスープエビ団子入り」が気になります(笑)。

ところで、昨今の学校給食は、やはりコロナ感染対策と云うことで、机は黒板に向けたまま、さらに「黙食」としているところが多いそうで、そういった部分では、子供たちもちょっとかわいそうですね。中にはその方が気が楽でいい、という子供もいるのでしょうが。

だいぶ収まってきたコロナ禍ですが、まだまだ油断は禁物。一日も早く収束・終息してほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

学校に立ち寄る。上田先生日直。狭山茶を学校に進呈。生菓子を出して茶をいれて一緒にのむ。郵便物うけとりてかへる。


昭和24年(1949)1月14日の日記より 光太郎67歳

この日は、花巻電鉄で花巻町中心街に買い出しに行った帰りでした。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋近くの山口小学校、郵便物は配達夫も学校までしか届けてくれないので、その受け取りのためなどでよく立ち寄った光太郎、お茶を出されることもしばしばだったため、茶葉を差し入れ。ささやかな心遣いですね。

001アート系雑誌の『美術の窓』さん、今月号。巻頭特集が「コロナ禍でもやっぱりアートが好き」ということで、昨年から続く、各種展覧会などの中止等やさまざまな問題を取り上げて、横尾忠則さんら作家さんやキュレーターの方々へのインタビュー、コロナ禍と美術界の動向についてまとめた年表などで構成されています。

ちなみに表紙がなぜ「モナ・リザ」なのかというと、横尾さんの作品であるということと、ダ・ヴィンチが生きた時代は欧州でペストが猛威を振るい、ダ・ヴィンチが「感染症流行の原因は都市環境にあり」と、理想の都市環境アイディアを作成したりしたことにちなみます。

その特集の中で、コロナとは直接関わりませんが、今年1月に亡くなった、彫刻家の橋本堅太郎氏の追悼記事的なものも4ページ。ご執筆は、当方もいろいろお世話になっている、小平市平櫛田中彫刻美術館学芸員の藤井明氏でした。また近くなりましたら詳細を御紹介しますが、同館では9月17日(金)から「橋本堅太郎展―無分別」を開催予定とのことで、その「番宣」ならぬ「展宣」を兼ねています。
002
氏の遺作にして、今年3月、JR東北本線安達駅前に除幕された智恵子像「今 ここから」が大きく取り上げられています。
003 005
藤井氏曰く、

故郷の安達太良山の方角に蝶のように重ねた両手を向けて立つこの像は、絶望の状況下にも希望を失わず、52年の生涯を生き抜いた智恵子のイメージが投影されている。そこには、東日本大震災で大きな被害を受けた故郷に対する橋本の強い思いが込められているが、同時に彼も想像しえなかった、今日の状況を生きる全ての者に対する強いメッセージにもなっているのではないだろうか。

なるほど。

ちなみに、関東地方限定と思われますが、8月29日(日)の午後、地上波テレビ東京さんの「開運!なんでも鑑定団」再放送で、橋本氏の作品が出品されます。

開運!なんでも鑑定団【アノ有名女優が巨匠の彫刻に!?&お宝探し旅で超絶値】

テレビ東京 2021年8月29日(日) 12:5414:00

本人登場…アノ<有名女優>が20代で<巨匠彫刻家>のモデル!?衝撃鑑定額■特別企画<今田&福澤のお宝探し旅>…超絶値お宝が続出■超貴重<宇宙秘宝>に驚き値

知人から「会社を畳むのでもらってほしい」と頼まれた木彫りの裸婦像。あまりの美しさにひと目で気に入り、タダでもらうのも心苦しく100万円で購入した。実は、ある有名女優が若手時代にモデルを務めた作品だというのだが、似ているような似てないような…。スタジオにはまさかの女優本人登場でお宝とご対面。鑑定結果に一同驚愕!

出演者
【MC】今田耕司、福澤朗
【ゲスト】加藤綾菜
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】今田&福澤の北海道小樽・お宝見つけ隊!
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな

本放送は、4月20日(火)に放映された回です。その後、系列のBSテレ東さんでは、7月15日(木)に放映がありました。

「アノ有名女優」は、高畑淳子さん。無名時代にアルバイト的にモデルを務められたそうで、ご本人もご出演。
92521a26-s
5269f26d-s
ついでというと何ですが、もう1件、やはり二本松系テレビ番組の再放送を御紹介します。

土曜劇場 おかしな刑事〜居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査 「東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!」

BS朝日 8月28日(土) 21:00〜22:54

テレビ朝日系列で2011年に放送された第8シリーズ。ある日、東京タワー近くの公園を訪れた鴨志田は、30年前に同所で起きた幼女誘拐事件の被害者の父と再会する。その事件の主犯は交通事故死、懸命な捜査の甲斐なく共犯者の行方もわからないままだった。その夜、会社社長の冬木が刺され、重体となる事件が発生。冬木のもとには「東京タワーは知っている」という脅迫状が届いていた。そんな中、ホームレスの男・駒田が刺殺体で発見された。鴨志田は“駒田”という名字が気にかかり…。

出演者
伊東四朗、羽田美智子、石井正則、小倉久寛、辺見えみり、山口美也子、木場勝己、小沢象、丸山厚人、菅原大吉 (他)

智恵子の故郷・二本松が事件に関わる舞台の一つという設定で、智恵子生家や安達太良山でロケが行われました。
b99b1559
それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

山口山はまだ緑濃けれど田面は一面に黄いろ。山口山うつくし。


昭和23年(1948)9月18日の日記より 光太郎66歳

「山口山」は、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の裏山。小屋から見える田は黄色く色づいて、美しい風景が広がっていました。

当方自宅兼事務所のある千葉県北東部は、早場米の産地ですので、もう稲刈りが始まっていますし、まだの田も黄色く色づいています。岩手とは1ヵ月以上ずれているかな、という感じです。
KIMG5276
KIMG5274

一昨日・8月20日(金)は、光太郎詩集『智恵子抄』が刊行されて80年の節目でした。
000
その関係で、智恵子の故郷・福島二本松で、智恵子顕彰活動に当たられている「智恵子のまち夢くらぶ」さんが、様々なイベントを計画していましたが、やはりコロナ禍収束せずということで、そのうちの2つを中止するという連絡が届きました。

中止となったのは、10月に予定されていた「「智恵子抄」安達太良キャンプ」、11月の「第2回全国「智恵子抄」朗読大会」。このうち、前者では、当方、パネルディスカッションのパネラーをを頼まれておりました。
001
001
残念ですが、致し方ありますまい。

同時に企画されていた、「「智恵子抄」総選挙」については、予定通り実施するとのことでした。

その辺にもからめた記事が、8月17日(火)の地方紙『福島民友』さんに大きく出まして、そのコピーも同封されていました。WEB上にアップされていない記事でしたので、存じませんでした。

美求める同志 生きた証し 高村光太郎「智恵子抄」 読み継がれ80年

 詩人、彫刻家の高村光太郎の詩集「智恵子抄」が出版され、20日で80年になる。詩集の主題となった妻智恵子の地元二本松市では、詩集から「推し」作品を募るなど記念事業が進行中だ。時の試練を経て今もなお人々を魅了する詩集は、現代に何を語りかけるのか。節目にひもといてみたい。
 「智恵子抄」は1941(昭和16)年8月20日、龍星閣から出版された。智恵子が精神を病んだ末に亡くなったのは38年10月5日。光太郎は当初刊行に乗り気ではなかったが、版元の澤田伊四郎が説得。光太郎自ら智恵子との恋や生活、病と死、その後も募る思いを歌った詩を抄出し配列、構成したとされる。
 「二人が知り合ってからの全生涯を貫く、これは稀有(けう)な愛の詩集である」。光太郎と親交のあった詩人草野心平が新潮文庫版(56年)に寄せた一文だ。妻をいちずに切々と歌い上げた詩集は夫婦の「純愛」というイメージで語られ、映画やドラマの題材、結婚祝いの品となるなど広く親しまれた。

「純愛」に異議
 一方、この詩集を手放しに“美しき相聞歌”とする理解には、光太郎の資質だけでなく、性の問題や二人が生きた近代という時代など、さまざまな観点から異議が唱えられた。評論家の吉本隆明は光太郎による智恵子の美化、無機質化を指摘。肝心の「愛」に至っては「高村の一人角力(ずもう)」と辛口だ(「高村光太郎」)。
 文学批評の中でも、特に70年代ごろから盛んになったフェミニズム批評は女性を巡る表現や歴史的状況に着目。詩集の解釈に新たな側面を切り開いた。封建的価値観が息づく一方、自我の目覚めを促した近代。当時の女性教育の最高学府・日本女子大を卒業、画家を志した智恵子は時代の最先端を行く「新しい女」と目された。女性解放運動の先駆けとなる雑誌「青鞜(せいとう)」創刊号の表紙絵を手掛けたことでも知られる。
 論者は、光太郎という強烈な個性との出会い、芸術に懸ける生活と現実の隔たり、実家の没落、既成の抑圧的な男女関係の構造など、智恵子がその精神を破綻させる道筋を跡付けた。「光太郎は、その痛ましい智恵子の悲劇から眼(め)をそらさず、真正面から受けとめた。『智恵子抄』はその証し」とする理解(駒尺喜美「高村光太郎のフェミニズム」)はそうした成果の一つだ。
 加えて、智恵子を「無垢(むく)の象徴」とし「男女の性愛を崇高な愛の型に変える思想操作」を読み取る解釈(水田宗子「ヒロインからヒーローへ」)、詩集を理想化「精霊化」された智恵子の「殉教」の書とする刺激的な論も出された(黒沢亜里子「逆行の智恵子抄」)。

「破綻は運命」
 記念事業に取り組む「智恵子のまち夢くらぶ」代表の熊谷健一さん(70)が詩集と出合ったのは高校1年の時。「偽らざる第一印象」は「こんな純粋な愛が世の中にあるはずがない」。「作品が美しすぎて信じられなかった。反抗期だったのかな」と笑う。88年の智恵子没後50年事業に携わったのを機に再び詩集と向き合い、いまやライフワークとなった。
 熊谷さんは、光太郎と智恵子の関係を「男女というより同志。互いに美を求めた求道者」と捉える。「二人は理想を現実の修羅場で実現しようとした。生活は目的ではなく手段で、破綻は運命」と熊谷さん。それでも「授かった命を燃焼させ、矛盾や葛藤の中、懸命に生き抜く人間の姿を詩集は示している」と語る。
 光太郎は「智恵子抄その後」のあとがきに「『智恵子抄』は徹頭徹尾くるしく悲しい詩集であつた」と記した。摩擦に生きる苦しみか、同志を亡くした喪失感か。その意味を光太郎は書いていない。だが、光太郎が人々の心をつかむ詩を残し、病床の智恵子は美しい紙絵を残した。二人が芸術に命を燃やしたのは確かだ。

一番好きな作品「総選挙」 二本松で記念事業
 「智恵子のまち夢くらぶ」は「智恵子抄」出版80年記念事業として、龍星閣出版の「智恵子抄」「智恵子抄その後」収載の36作品から「心に響く一番好きな作品」を投票してもらう「総選挙」を実施中だ。
 投票方法は、はがきに作品名と選んだ理由(100字以内)、住所、氏名、年齢、電話番号を記し、智恵子記念館(郵便番号969-1404、二本松市油井字漆原36)へ郵送する。締め切りは10月31日。二本松市市民交流センターにある専用投票用紙、投票箱でも受け付けている。
 開票結果の発表は、11月21日開催予定の大2回全国「智恵子抄」朗読大会の席上で行う。投票者の中から抽選で80人に記念品を贈る。問い合わせは代表の熊谷健一さん(電話090・7075・6742)へ。


「総選挙」、まだ応募が少ないとのことでした。奮ってご応募下さい。

【折々のことば・光太郎】

昨夜銀河明瞭に見えはじめたり。夜明けは冷える。蚊帳の中にて毛布を重ねる。

昭和23年(1948)8月31日の日記より 光太郎66歳

「銀河」は天の川でしょう。「光害」などとは無縁だった、花巻郊外旧太田村の初秋の夜、美しく見えたはずです。

智恵子の生家にほど近い、福島県二本松市の道の駅安達「智恵子の里」さん上り線物産コーナーにて、「レモンコーナー」が設置されているそうです。

twitterの投稿から。

上り線物産コーナーではレモンコーナー展開中🍋🍋

当駅の愛称「智恵子の里」の由来となっている高村智恵子の夫高村光太郎が詠んだ『智恵子抄』(「レモン哀歌」)にちなんだオリジナル商品を販売してますが、特にレモンは暑い夏にピッタリですよ\(*ˊᗜˋ*)/
001
オリジナル商品」について調べました。

まず、『レモンライスの素』🍋540円(税込み).。
008 007
ベーコンのコクと玉ねぎの甘さに、レモンの爽やかさがプラスされてサッパリしたお味に✨ 人気酒造さんの日本酒 桜福姫の酒粕を使用した酒塩入りなので旨味も増してます!(※お酒の味はしません)
炊きたてご飯(3合用)に混ぜるだけで簡単調理♪ ピラフのような味わいです。上下線のお土産屋さん(物産コーナー&銘産コーナー)で販売しています。

だそうです。

地方紙『福島民報』さんにも紹介されました。
002
続いて、『れもん餡まん』110円(税込み)🍋。
010 009
二本松市内の菓子処 勝田屋さんにお願いして作っていただきました。バターの風味のふんわり生地と爽やかれもん餡の相性がいいんです! 爽やかなれもん餡は暑い夏でも美味しくいだけます。ぜひお試し下さい。上下線のお土産屋さんで販売しています。

とのことでした。

その他、一番上の画像には、以前にご紹介した「安達ハチミツと有機レモンのドレッシング」が写っています。さらに「レモンあまざけ」「塩レモンとザーサイ」「レモン冷やし中華」なども。

あちら方面にお住まいの方、行かれる方、ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

オクステールにゑん豆とササギとを入れ葱とニンニクとにて味をつけ、塩、コシヨーでつくる。味が十分といへず。予期よりも脂肪少し。まづくはなし。

昭和23年(1948)8月1日の日記より 光太郎66歳

前日に貰った牛の尾を煮込み、その他の具材を入れて味付け。思ったよりうまく出来なかったようですが、山中のあの小屋でオックステールスープを作ろうとする熱意には脱帽です。
20170818_636132

一昨日、昨日と、みちのくの光太郎智恵子ゆかりの地、十和田湖と安達太良山でランタン打ち上げイベントが行われました。その報道をご紹介します。

まず十和田湖。「第56回十和田湖湖水まつり」の一環としての「スカイランタン」。『東奥日報』さん。

夜空にランタン、幻想の輝き/十和田湖

 十和田湖畔休屋で7日夜、湖水まつり(同実行委主催)が開かれた。オレンジや青の光がともったスカイランタン1130個が浮かび上がり、来場者が幻想的な輝きに見入った。イベントは昨年に続き2回目。ランタンは縦約60センチ、横約35センチで、発光ダイオード(LED)を内蔵。「AOMORIバルーン集団ねじりんご」と共同で製作した。
 来場者は会場内の各所にそれぞれ陣取り、ランタンが飛び去らないように取り付けた20メートルのひもを使って、思い思いの高さでランタンを夜空に浮かべた。フィナーレには約5分間、花火が上がり、花火とスカイランタンの光が夜空を彩った。
 家族と会場を訪れた青森県十和田市の美容師・佐々木美由紀さん(27)は「ランタンには家族が健康でいてほしいという願いを込めた。子どもたちも『きれい』と言って楽しんでくれた」と話した。
 会場にはフードコートが設けられ、かき氷などを食べながらゆったりと過ごす人も見られた。遊覧船による約50分のナイトクルーズも行われた。
001
『デーリー東北』さん。

夜空に浮かぶ明かりに願い込め 十和田湖湖水まつり開幕

 十和田湖湖水まつりが7日、十和田市の休屋地区で開幕した。夜には市民の願いが書き込まれた1131個のスカイランタンが打ち上げられ、参加者が夜空に広がるオレンジとブルーの柔らかな明かりに、新型コロナウイルスの早期収束などの願いを込めた。
 ランタンの打ち上げは、昨年から実施しており、今年は新たに湖上から眺める遊覧船ナイトクルーズや花火のショーも行った。
 この日は、参加者が、午後8時半の合図で一斉にランタンを夜空に放った。
 十和田市東二番町の主婦福田麻衣さん(39)は「家族が仲良く元気に暮らせることを願った」、長女の莉子ちゃん(5)も「映画みたいできれい。また見たい」と満足げな様子だった。
002
『北鹿新聞』さん。

湖上彩る花火とランタン 十和田湖 湖水まつり 「コロナ収束」の願いも

 小坂町と青森県十和田市にまたがる十和田湖畔で7、8日の両日、十和田湖湖水まつり(実行委主催)が開かれた。観光客らはスカイランタンと花火の共演を楽しんでいた。
 夏の十和田湖の活性化を目的に行われており、今年で56回目。新型コロナウイルス感染症対策で入場者を制限し開催した。
 7日夜、参加者はヘリウムガスを浮力とし、発光ダイオード(LED)ランプを内蔵した「スカイランタン」を購入。ランタンに願い事を書き、ひもをつけて午後8時30分に一斉に空に上げた。
 オレンジ色や青色の1131個のランタンが夜空に輝く中、200発の花火が音楽に合わせて打ち上げられた。入場した観光客、約2400人は幻想的に漂うランタンと十和田湖の水面に反射して輝く花火に「きれい」などと歓声を上げて楽しんでいた。
 同時刻に行われた「十和田湖遊覧船ナイトクルーズ」では観光客が湖上から花火を楽しんでいた。
 このほか、午後5時から同9時まで焼きそばなど5店の飲食店ブースが出店した。
 親子で訪れた青森県南部町の30代の女性は「ランタンにコロナ収束の願いを書いて飛ばした。今年初めての素晴らしい花火だった」と笑顔で話した。
014
続いて、安達太良山。『福島民報』さん。

福島・二本松の夜空にランタン舞う 願い事託しフェス

 ランタンに願い事を託して夜空に放つ「LEDスカイランタンフェスティバル」は7日、福島県二本松市のあだたら高原リゾートで始まった。9月19日まで計8回実施する。
 赤、青、緑、ピンク、オレンジの5色の発光ダイオード(LED)を入れたランタンに、参加者が願い事を書いた短冊を結んで空に放した。開催中の「あだたらイルミネーション」と合わせて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 今後は14、21、28、9月4、11、18、19の各日に催す。午後6時に受け付けを開始し、同8時にランタンを空に放つ予定。参加料は3500円(税込み)。前日までに要予約。問い合わせは富士急安達太良観光へ。
000
記事にあるとおり、安達太良山では来月中旬までの土曜日と、9月19日(日)に開催されます。コロナ感染にはお気を付けつつ、コロナ収束の願いを込め、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

岡本弥太の除幕式は今日午後の由。

昭和23年(1948)7月17日の日記より 光太郎66歳

岡本弥太(明32=1899~昭17=1942)は高知出身の詩人で、光太郎と直接会ったことはなかったようですが、生前唯一の詩集『瀧』を光太郎に贈り、光太郎からの礼状が届けられたりしました。そうした縁から、高知に建てられた詩碑の揮毫を光太郎が依頼され、それに関する記述です。
015

昨日に引き続き、智恵子の故郷・福島二本松からの情報です。

プレスリリースから。

60万球が光り輝く福島の夏の風物詩「あだたらイルミネーション」7/31(土)開幕! 今年で開催10周年!カラフルなインスタ映えメニューも多数登場!

 富士急安達太良観光株式会社が展開する「あだたら高原リゾート」(福島県二本松市)では、2021年7月31日(土)~9月20日(月祝)の期間、「あだたらイルミネーション」を開催いたします。

 今年で10年目を迎える本イベントは、光の天の川を中心に花や動物などをモチーフにした様々なイルミネーションが楽しめる夏の風物詩です。60万球にパワーアップした今年は、「光の天の川」が過去最多の8色になって光り輝くほか、虹色の「光のアーチ」やたくさんのひまわりが壁に飾り付けられた「光のサンフラワー」などフォトジェニックなスポットが新たに登場し、安達太良山の斜面を彩ります。また、暗闇に光るかき氷や、光る氷ドリンクといった光るメニューも登場し、イベントを盛り上げます。

 さらに、期間中の特定日には、あだたら高原の夜空に願いを込めてたくさんのスカイランタンを浮かべる参加型のイベント「LEDスカイランタンフェスティバル」も開催。イルミネーションの輝きと相まって、ここでしか見られない幻想的で美しい光景が広がります。

 また、夜だけではなく昼から来ても楽しめる「あだたら高原リゾート」では、夏限定の爽やかなメニューが多数登場。梅の酸味がアクセントの「梅とチキンのさっぱり冷やしうどん」や岳温泉名物の温泉たまご「とろんたま」と納豆、オクラ、みょうががトッピングされた「とろんたま入り 冷やしネバトロうどん・そば」のほか、高村光太郎の『智恵子抄』で謳われた「ほんとの空」をイメージした「あだたらソーダ」や「あだたらかき氷ソフト」はインスタ映え間違いなしです。
001
002
 あだたら高原リゾートでは、ご来場いただく全てのお客様に安心してお楽しみいただけるよう、感染症対策を徹底しております。この夏は、阿武隈の山々を見渡す絶景の大パノラマと幻想的なイルミネーションの世界を楽しみに、「あだたら高原リゾート」へぜひお越しください。

【「あだたらイルミネーション」概要】
・開催期間
 2021年7月31日(土)~9月20日(月祝)
 ※8月30日以降は、金・土・日・祝日のみの営業
・営業時間
 19:00~21:00
 ※ロープウェイの上り最終20:30、下り最終20:50
・料金
 入場料:中学生以上500円、小学生以下300円
 入場料とロープウェイ乗車料のセット:中学生以上1,300円、小学生以下800円
・特設サイト
000
■ LEDスカイランタンフェスティバル開催!
 昨年初開催し大好評をいただいたイベント「LEDスカイランタンフェスティバル」が今年の夏パワーアップして開催。オレンジ、ピンク、グリーン、ブルー、レッドの5色のランタンが登場。ここでしか見られない幻想的で美しい光景が広がります。
・開催日
 8月7日(土)、14日(土)、21日(土)、28日(土)、
 9月4日(土)、11日(土)、18日(土)、19日(日)
・時間
 18:00受付開始、20:00ランタンリリース予定
・料金
 3,500円(ランタン1基、イルミネーション入場料1名分含む)
・参加方法
 各開催日前日までの予約申込み
 ※各日先着100名様限定
007
というわけで、盛りだくさんの内容となっています。

スカイランタンフェスティバル、昨年は秋口に行われましたが、好評につき、回数が倍増しました。こちらは「ほんとの空に願いをこめて」のサブタイトルが付いています。

「ほんとの空」をイメージした「あだたらソーダ」や「あだたらかき氷ソフト」、この季節、毎日でも賞味したいものです(笑)。

コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

キヤベツにたかる蟲にD・D・T・をまく。

昭和23年(1948)6月10日の日記より 光太郎66歳

「DDT」は「ジクロロジフェニルトリクロロエタン」、日本では現在使用禁止となっている強力な殺虫剤です。

当方の年代ですと、かつてそういうものが使われていた、という知識はありますが、現物は見たことがありません。若い世代の皆さんには、「何のことやら?」でしょう。

農薬以外に、シラミ等の駆除にも用いられ、終戦直後などは、子供たちが頭からぶっかけられた、などということもあったようです。

『福島民報』さんの記事で、智恵子の故郷、福島二本松からの情報です。

周遊観光タクシーが20日から半額 来年2月末まで 福島県二本松市

 夏の観光シーズンに合わせ、福島県二本松市内の名所を巡る「にほんまつ周遊観光タクシー」が20日から通常の半額で利用できる。二本松地区ハイヤータクシー経営者協議会の企画で来年2月末まで。
 JR二本松駅と岳温泉発着で市内を巡る15コースを想定している。4人乗りの小型の場合、二本松駅発着で霞ケ城公園、智恵子の生家、市内各蔵元を巡る「ほろ酔いコース」は、通常1万円が5000円に、岳温泉発二本松駅着で東北サファリパーク、霞ケ城公園、安達ケ原などを巡るルートは通常1万2000円が6000円になる。
 問い合わせ、予約はタクシーを運行する昭和タクシーか、丸やタクシーへ。

二本松市さんのサイトに、パンフレットが出ています。
000
001
002
007
昨年も同様のキャンペーンを打っていましたが、好評につき、今年も実施、というところでしょうか。現地では、路線バスも無くはないのですが、やはり玄関横付けで廻れるタクシーの方が楽でしょう。

公共交通機関を利用してあちら方面に行かれる際には、ぜひご利用下さい。

【折々のことば・光太郎】

ひる前藤島宇内氏の「谷間より」といふ題簽を二枚書き封書にする。


昭和23年(1948)6月8日の日記より 光太郎66歳

藤島宇内は、当会の祖・草野心平の『歴程』に拠った詩人です。『歴程』同人の中では、戦後、いち早く光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れています。

その後も、昭和27年(1952)になって、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作の際には、青森県とのパイプ役の一人となり、さらに光太郎上京後には、中野のアトリエに足繁く通い、身の回りの世話等をしてくれました。
008

都内からコンサート情報です。

林光ソングをうたい継ぐ(5)~ほんとうの空へ(1990年代)

期 日 : 2021年7月24日(土)
会 場 : トッパンホール 東京都文京区水道1-3-3
時 間 : 開場 14:00 開演 14:30
料 金 : 前売4,000円(全席指定) 当日4,500円

出 演 : 竹田恵子(歌) 井口真由子(pf)

曲 目 : 林 光(詩:宮沢賢治):序詞《注文の多い料理店》より
      林 光(詩:宮沢賢治):すきとおるものが一列
      林 光(詩:与謝野晶子):初夏
      林 光(詩:まどみちお):ハコベのはな
      林 光(詩:林 光):月の船の歌《万葉集》による
      林 光(詩:佐藤 信):ほんとうの空へ
       他

今回のコンサートの副題は、「ほんとうの空へ」。「フェイクの時代」だからこそ、「ほんとう」が気になります。それはどこからやって来るのでしょうか。「正しさ」をめぐる言葉のバトルとは違って、もっと底の底にある感情の出どころ。そこには「ほんとうのたべもの」の賢治がいます。まど・みちおや与謝野晶子、そして万葉集やこどもたち。
感染予防の対策には万全を期すつもりです。2回のワクチン接種もコンサート前に終える予定でいます。今回はYouTubeの配信もありませんので、ぜひ会場に足をお運びいただければ幸いです。
落ち着かない日々が続きますが、どうぞご自愛の上、当日お目にかかれることを心より願っています。
007
008
竹田恵子さんという方、故・林光氏の歌曲を歌い継がれることも、活動の柱となさっているようで、その一環としてのコンサートです。

副題が「ほんとうの空へ」ということですが、同名の曲がプログラムに入っています。これは、平成7年(1955)に福島県で開催された、第50回国民体育大会(国体)の際に「ふくしま国体讃歌」として作曲され、開会式で、福島県内の高校生による合唱、福島県警察音楽隊によって演奏された曲です。


上の動画で、6:35頃から、バックに流れているのがそうでしょう。林氏というと、ちょっと難解な現代音楽、というイメージが当方にはあるのですが、こちらはこういう機会での音楽だけあって、素直なメロディーラインのようです。

国体自体のキャッチフレーズも「友よ ほんとうの空に とべ!」でした。

言わずもがなではありますが「ほんとうの空」の語は、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)からのインスパイア。本来「ほんとの空」ですが、時折、「う」の入った形で二次使用されています。特に東日本大震災、それに伴う福島第一原発の事故後、福島の復興の合い言葉として、一人歩きを始めた感がありますが、福島国体は平成7年(1995)。こうした例の最も早いものの一つではないかと思われます。

コンサートでは、他に、光太郎と交流のあった宮沢賢治や与謝野晶子の作品に曲を付けたものも演奏されるそうです。

コロナ感染にはお気を付けつつ、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

午後一時より横湯橋渡初式に出かける。三時頃に漸く式はじまる。それまで草原で休みゐたり。
昭和23年(1948)5月22日の日記より 光太郎66歳

「横湯橋」は「おうゆばし」と読み、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋から南に1㌔あまりの、現在は県道37号線(花巻平泉線)の寒沢川にかかる橋です。

4月に『読売新聞』さんが報じて下さいました、「「智恵子抄」総選挙」の件。7月10日(土)に『福島民報』さんにも記事が出ましたのでご紹介します。

詩集「智恵子抄」で一番好きな作品は? 福島・二本松市で総選挙

 詩集「智恵子抄」の出版80周年を記念して、心に響く一番好きな作品を選んで投票する「あなたが選ぶ『智恵子抄』総選挙」が行われている。主催する福島県二本松市の智恵子のまち夢くらぶの熊谷健一代表は「智恵子抄を改めて、じっくり味わってほしい」と参加を呼び掛けている。
 「智恵子抄」は1941(昭和16)年に出版された。詩人で彫刻家の高村光太郎が妻智恵子への愛をうたった。智恵子の故郷二本松の情景が浮かぶ「樹下の二人」「あどけない話」をはじめ、かけがえのない存在を慈しむ思いに満ちた作品の数々は、今も多くの人の心を打つ。
 智恵子のまち夢くらぶは80周年に当たり「東日本大震災から10年、コロナ禍の今こそ、二人の純愛の意味を問いたい」と総選挙を企画した。投票候補は「智恵子抄」と、1950年に出版された詩集「智恵子抄その後」に収録された36作品。
 投票ははがきに(1)一番好きな作品名(2)その理由(100文字以内)(3)氏名(4)住所(5)電話番号(6)年齢―を書いて郵便番号969―1404 二本松市油井字漆原町36 智恵子の生家記念館宛てに郵送する。抽選で80人に記念品を贈る。JR二本松駅近くの市民交流センターには専用の用紙と投票箱があり、直接投票できる。
 投票期間は10月31日まで、1人1回。結果は11月21日に市内で開く第2回全国「智恵子抄」朗読大会で発表する予定。問い合わせは智恵子のまち夢くらぶの熊谷代表 電話090(7075)6743へ。
 投票候補は次の通り。
 「人に」「或る夜のこころ」「おそれ」「或る宵」「郊外の人に」「冬の朝のめざめ」「深夜の雪」「人類の泉」「僕等」「愛の嘆美」「晩餐」「樹下の二人」「狂奔する牛」「鯰」「夜の二人」「あなたはだんだんきれいになる」「あどけない話」「同棲同類」「美の監禁に手渡す者」「人生遠視」「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」「値いがたき智恵子」「山麓の二人」「或る日の記」「レモン哀歌」「荒涼たる帰宅」「亡き人に」「梅酒」「うた六首」「元素智恵子」「メトロポオル」「裸形」「案内」「あの頃」「吹雪の夜の独白」
006
007
美術館さんや文学館さん等での企画展示などもそうですが、始まったところで報道していただいて人寄せになり、しばらく間を置いてまた報道が出ると、一旦落ち込んだ人出が回復するということがよくあります。そうした意味では、この時期に地元紙で報道して下さるのも有り難いことです。

その詩を選ぶ理由を100字以内、というのが少し面倒だと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひ、投票、よろしくお願い申し上げます。〆切りは10月31日(日)だそうです。

【折々のことば・光太郎】

午后、部落の保健婦の人来りてビタミンBの注射をしてくれる。一日二本位づつつづけてするといいとの事。明日より学校へ行くついでに開拓団事務所(学校前)に立寄る事にする。そこに毎日出張して居らるる由。

昭和23年(1948)5月1日の日記より 光太郎66歳

光太郎、のちには自ら注射を打つようになり、愛用の注射器は遺品として、花巻高村光太郎記念館さんに展示されています。

ビタミン注射、現代でも疲労回復、滋養強壮などの目的で行われているのですね。存じませんでした。

地上波日本テレビさん系で放映されている5分間番組「心に刻む風景」。先週、6月30日(水)から、全6回(毎週水曜夜)で「高村光太郎・智恵子」の放映が始まりました。

まず明日の放映分の予告から。

心に刻む風景 高村光太郎・智恵子 #2 フランス・パリ…パリの芸術を求めて

地上波日本テレビ 2021年7月7日(水) 21:54〜22:00

歴史に名を残す人物の誕生の地や活躍の舞台、終の棲家などを訪ねます。今も残る建物や風景から彼らの人生が浮かび上がってきます。

#2 舞台(フランス・パリ)
110年ほど前に、パリの街にやってきた光太郎。
パリの芸術を見て、衝撃を受ける。
帰国後は彫刻家・詩人としても斬新な作品を発表し続ける

ナレーション 日本テレビアナウンサー辻岡義堂
055
先週放映の#1は、「福島・二本松 智恵子抄のはじまり」でした。
041
042
JR東北本線二本松駅前にたたずむ智恵子像「ほんとの空」。今年1月に亡くなった、故橋本堅太郎氏の作品です。
040
043
044
045
福島二本松の、智恵子生家。まずは一階の帳場や座敷など。
046
047
続いて二階の智恵子の居室(通常、非公開)。
048
049
050
再び階下。座敷から望む庭。
051
光太郎の留学仲間でもあった画家・津田青楓に語ったされる、智恵子の言葉から。
052
生家裏山、光太郎と智恵子が歩いた「愛の小径」。
053
振り返ると、智恵子生家。
054
CMを除くと、実質、2分ちょっとですが、いい感じです。

明日のパリ編も、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

午后ズボン下右膝の破れを修繕、布をウラに二枚あてる。


昭和23年(1948)4月3日の日記より 光太郎66歳

光太郎、裁縫は不得手でしたが、そうそうやってくれる人もいないので、仕方なく自分で縫うしかありませんでした。

松尾芭蕉の『奥のほそみち』の冒頭部分にある「股引のやぶれをつづり」を思い出します。ただ、そちらは芭蕉がみちのくへの旅に出る支度の一環でしたが、光太郎は、まだこの後4年半、花巻郊外旧太田村の山小屋にこもり続けます。

当会の祖・草野心平の関連です。

まず、7月3日(土)、『福島民友』さんの一面コラム。

編集日記 かわうちワイナリー

 詩人草野心平は酒をこよなく愛した。自らは、味よりも酔いを好む方だからと「学生飲み」を自称していた。酒にまつわる逸話にも、事欠かなかったようだ
 ▼経営していた居酒屋「火の車」では、酒のつまみ作りに腕を振るい、文豪や文化人らでにぎわった。心平が好きだったものの一つにイワナがある。創作の場だった川内村でも、釣れたばかりのイワナのワタを串に刺して焼き、いろりばたで味わっていた(「酒味酒菜」中公文庫)
 ▼村はいま、ワイン用のブドウの産地づくりを進めている。山あいに広がるブドウ畑には7品種、約1万1000本が栽培され、醸造施設「かわうちワイナリー」も先月下旬に開所した
 ▼秋の収穫を待ち、来春には待望の村産ワインが誕生する見通しだ。村の特産品を活用し、ワインに合う料理の開発にも知恵を絞っていこうとしている。心平がほれ込んだイワナも、村自慢の産品の一つだ
 ▼心平は焼酎をベースにしたブドウ酒を造ったことがある。ある名産地のブドウ酒試飲会に誘われたとき新しいヒントが得られるのではないか―と思ったものの、つい行きそびれてしまい未練が残った話も書いている。村のワインを飲んだら、どんな感想を漏らすだろう。

双葉郡川内村は、モリアオガエルの生息地・平伏(へぶす)沼を抱え、その縁で、隣接するいわき出身の「蛙の詩人」・心平が同村にたびたび滞在、村民と深く交流を持ちました。そこで、同村では心平を名誉村民に認定して下さいました。

その川内村で、ワイナリー。元は、東日本大震災による福島第一原発の事故の被害からの復興、ということで構想されました。ブドウは放射線に強いそうで。

『福島民報』さん、先月末の記事。

「かわうちワイナリー」開所式 福島県川内村 年間1万本以上生産目指す

 福島県川内村のワイン醸造施設「かわうちワイナリー」は26日、村内上川内の高田島ヴィンヤード内に完成し、開所式が行われた。関係者が東京電力福島第一原発事故からの農業再生の柱になる施設の完成を祝った。今秋に収穫するブドウから醸造を始め、年間1万本以上を生産予定。「かわうちワイン」の販売を通して国内外に村の魅力を発信する。
 開所式には約60人が出席した。遠藤雄幸村長が「川内村の元気な姿を広く見せていきたい」とあいさつ。ワイナリーを運営する、かわうちワイン社長の猪狩貢副村長が開所までの経緯を紹介した。
 内堀雅雄知事が「村の魅力が高まり、交流人口の拡大につながることを期待している」とあいさつし、横山信一復興副大臣、葉梨康弘農林水産副大臣、江島潔経済産業副大臣兼原子力災害現地対策本部長らが祝辞を述べた。遠藤村長らがテープカットし、開所を祝った。
 施設は鉄骨造りで建築面積は561平方メートル。醸造用のタンクのあるタンク室や貯蔵庫、ブドウを搾る機械などを備える。一般向けに不定期で見学会を開くほか、将来的にはワインの試飲や販売も行い、交流やにぎわいの拠点にする。
 高田島ヴィンヤードは阿武隈高地の最高峰・大滝根山を望む標高約700メートルにある。約3ヘクタールの畑で1万1000本のブドウを栽培。昨年秋には初収穫を行い、初のワインが完成した。
 昨年末に村に移住し、ブドウ栽培の責任者を務めている同社の安達貴さん(34)が醸造も担当する。出席者にタンク室などを案内した安達さんは「ブドウはおおむね順調に育っている。魅力的で特徴のあるワインを造りたい」と決意を語った。
003
仙台に本社を置く『河北新報』さん。

川内村にワイナリー 地元でブドウ栽培、避難解除5年、産業化目指す

 東京電力福島第1原発事故で一時全村避難を強いられた福島県川内村に26日、ワイン醸造所「かわうちワイナリー」が開所した。村内で収穫したブドウを原料にしたワイン開発事業に、官民一体で約6年前から取り組んでいて、村は「かわうちワイン」を核とした新たなまちづくりを進める。
 現地であった記念式典には関係者ら55人が出席し、完成を祝った。ワイナリーは村北部の小高い丘の大平地区に建設され、栽培や醸造、瓶詰めを一貫して行う。750ミリリットル換算で1万9000本の生産が可能で、今秋収穫分から醸造を始める。
 標高約750メートルの周囲には約3アールのブドウ畑があり、シャルドネなど数種類のブドウの木約1万1000本が植えられている。ワインの味を左右するとされる土壌にはミネラル分を含む花こう岩の成分が含まれているため、良質なブドウが育つという。今年3月には昨秋に収穫されたブドウを山梨の工場に委託醸造した「シャルドネ2020」が披露された。
 2015年からワイン造りの構想が練られ、翌年に地元住民らによるブドウ栽培が始まった。17年には村も出資する醸造会社「かわうちワイン」が設立された。同社はレストランや宿泊施設などの経営も検討している。栽培・醸造責任者の安達貴さんは「まだ準備ができた段階。選ばれ続けるワインを造りたい」と話す。
002
確かに心平に飲ませたかったところですね(笑)。

その川内村で、2年ぶりに、心平をたたえる「天山祭り」が今週末に開催されます。

第56回 天山祭り開催のお知らせ

今年度の天山祭りは、新型コロナウイルス感染拡大予防のため、参加者を福島県在住の方100名程度に限らせて開催いたします。また、会場での飲食物の提供及び飲食も控えさせていただきます。

日 時 令和3年7月10日(土) 午前10時から正午まで
場 所 天山文庫前庭(雨天時は川内村村民体育センター)
参加者 福島県在住の方 100名程度
参加費 1人500円
※ 来場者にはお土産を配付させていただきます。

000

当方、4回ほど参加させていただきました。生前の心平が愛し、心平没後は心平を偲ぶ意味合いを持たせ、さらに東日本大震災後は、村の復興祈願も兼ねたイベントとなりました。

会場の天山文庫(上記画像イラスト)は、心平の別荘的な建物で、心平から寄贈された書籍が所狭しと置かれているため「文庫」の名が冠されています。建設委員には光太郎実弟にして心平と親しかった、髙村豊周も名を連ねました。

例年ですと、かつて心平が主宰した『歴程』同人の皆さんなどによる、心平詩の朗読等が盛り込まれていましたが、今年は規模を縮小しての開催のようで、どうなりますことやら。

福島ご在住の方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

「光太郎詩集」再版のため検印紙一〇〇〇枚捺印。


昭和23年(1948)3月26日の日記より 光太郎66歳

「光太郎詩集」は、鎌倉書房版『高村光太郎詩集』。前年7月に初版が出た、光太郎初の単独選詩集で、『道程』時代の明治末から、『智恵子抄』所収の「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1941)まで、70篇余の詩が収められています。編集・装幀・跋文は心平でした。

跋文から。

現代日本最高の詩人が岩手の山奥の藁と泥とがたぴしの板とでできた小さな小屋で独り貧寒の自炊をしながら、むしろ伝説的な精進に昼と夜とを過ごしてゐることを一応私は報告しておきたい。
私の家の竹藪ではもう鶯もなきはじめたが、あの掘立小屋の界隈は陣陣さむく、まだまだレントゲン色の吹雪もやつてくるだらう。超人的な貪婪な、六十五歳の美のかたまりがそこにゐる。


「検印紙」は、奥付に貼る紙片。印税を計算するためのもので、著者が捺印することになっていました。現在は廃止されています。

智恵子の故郷・福島県二本松市の広報紙『広報にほんまつ』2021年7月号から。

まず三保恵一市長による連載「市民が主役。~市長からの手紙」。光太郎智恵子に触れて下さいました。
004
「散歩やウォーキングに出かけてみませんか?」というサブタイトルで、「智恵子の杜公園は、智恵子と光太郎が歩いたという『愛の小径』があり……」。二本松市レベルになると、「彫刻家・詩人の高村光太郎(1883~1956)」ではなく「光太郎」、「光太郎の妻で二本松出身の智恵子」でもなく「智恵子」で通じてしまうのですね。

5月16日(日)、コロナ禍のため関係者限定で行われた、安達太良山の山開きの様子でも。
005
曰く「これからの夏山シーズンには、安達太良山では、「ほんとの空」が登山客を出迎えます」。

「ほんとの空」といえば、下記の画像は、日本テレビさんで6月30日(水)に放映された「心に刻む風景 高村光太郎・智恵子 #1 福島・二本松」から。
040
この番組については、またのちほど詳述します(ネタは小出しにせよ、というわけで(笑))。

ところで、同じ『広報にほんまつ』の先月号。6月17日(木)、NHK Eテレさんで放映された「ふるカフェ系 ハルさんの休日 福島・二本松〜城郭内の素敵な洋館カフェ!」で取り上げられた、古民家カフェ「8月カフェ」さんについての記述がありました。
007
「手厚い補助金」とありますが……
008
だ、そうで。

価値あるものを残す取り組み、大切ですね。

【折々のことば・光太郎】

食事支度中、湯本村元村長杉村松三郎氏、湯本小学校長金子昌一氏同道にて、ワタルさん案内にて来訪。校歌の事なり。断り、その理由をよく説明す。

昭和23年(1948)3月5日の日記より 光太郎66歳

校歌の作詞依頼は山のようにあったのですが、結局、生涯に一篇も作詞しませんでした。自由に作れないというのもあったでしょうし、戦時中の翼賛活動への悔恨から蟄居生活を送っている最中ということで、遠慮したというのもあったように思われます。

ただ、校歌ではない団体歌的なものは、2篇だけ作っています。

まず、昭和17年(1942)、岩波書店の「店歌」として、「われら文化を」。作曲は信時潔でした。もう1曲は、「初夢まりつきうた」(昭和25年=1950)。こちらは正式な団体歌というわけではありませんし、詳しい経緯が不詳なのですが、おそらく花巻商工会議所などからの依頼で作った、いわば「商店街の歌」的なものです。邦楽奏者・杵屋正邦により作曲されています。

それぞれ団体歌といっても、「
〽嗚呼、岩波~」とか「♪ はぁなまーきー、しょーこーかーい」といった歌詞にはなっていません。

またしてもネタ不足に成って参りまして、そういう時には「最近手に入れた古いもの」。新刊書籍等とは異なり、ここで紹介しても、同じものを皆様が入手できるとは限りませんが、苦肉の策ということでご寛恕を。

今日、明日と二回に分けてご紹介しますが、今日は智恵子関連の記事が載った古い女性雑誌を2点。

まずは昭和42年(1967)、千趣会さん発行の『COOK』という月刊誌の第10巻第2号。千趣会さんといえば、現在は大手通販会社ですが、この頃は雑誌の刊行も手がけていたのですね。

この号から「文学を味わう旅」という連載が始まり、その第一回が「「智恵子抄」愛の遺跡」。
001 002
まずは巻頭のカラーグラビアで、福島と千葉の風景が、計7ページ。
003
004
011
005中ほどに本文が10ページ。そこそこの分量です。

昭和42年(1967)というと、智恵子が数え53歳で歿して約30年。直接、生前の智恵子をご存じの方々がまだかなりご存命で、証言が掲載されています。現在では既にお亡くなりでしょうが。

そのうち、医師の古川盛雄さん。智恵子の弟・啓助の同級生でした。小学生だった明治末、啓助のところに遊びに行った際、たまたま帰省していた智恵子に絵の手ほどきを受けたという回想が載っています。

白いハンカチの上に白い卵を載せ、描け、というもので、小学生には難題だったそうです。ただ、昭和53年(1978)に刊行された、佐々木隆嘉著『ふるさとの智恵子』(桜楓社)では、このエピソードは記憶違いで、学校で教師から与えられた課題だったかも知れない、と、古川さんの証言が変化しています。

いわば「新証言」も。

赤い着物を着た女の人が通りかかったとき、智恵子さんはこう言った。「赤い着物の女の人がきたので、町がきれいになったでしょう。きれいだなと思ったら、赤い着物を着た人のいる町を描きなさい」。そしてその女の人が行ってしまうと、町が何か寂しくなっているのが、古川さんにもはっきり感じられた。

「新証言」は、他にも。明治末に智恵子生家の向かいに引っ越してきたという、佐藤りねさん。智恵子より1歳年上です。

智恵子さんはなァ、丈やからだのこっぽりした、色のそれは白い、かわいらしい子だったな。しゃり気のねえ人だったな。その時分は女の人は銀杏(いちょう)返しとか丸髷(まげ)とかを結ったもんだべ。でも智恵子さんは、今の人みたいに髪をぐるぐると巻きあげておりましたな。
(略)
引っ越したころは、智恵子さんは東京の美術学校さ、行っていると聞いておりましたな。しかし帰郷して家におります時は、毎朝のようにあの人は、そのお花畑で花を摘んでいなさった。赤や黄色や紫の花々にかこまれてなァ、智恵子さんがたたずんでおりますと、とても美しいお人に見えました。摘んだ花を大事そうに抱えてきなさったが、たもとからこぼれた手首が、それはもう、ほっそりとしていて、雪のように白いお手でしたな。


先述の『ふるさとの智恵子』にも、佐藤さんの回想が掲載されていますが、この内容はありませんでした。「東京の美術学校」は太平洋画会(現・太平洋美術研究所)のことでしょう。

もう1冊、時代は下って平成5年(1993)発行の『週刊女性』第37巻第14号。こちらには「生きた、愛した、時代をつくった 日本を創った女たち」という連載の51回目で、「詩人・彫刻家高村光太郎の妻 高村智恵子」が6ページ。
006 008
こちらは、よくまとまっているなとは思うものの、特に目新しいことは書かれていません。ただ、問題はドーンと大きく掲載されている、智恵子の写真。これが大きく載っているがために購入しました。
007
卍繋ぎの紋様の着物を着たこの写真、『アルバム高村智恵子―その愛と美の軌跡―』(平成2年=1990 二本松市教育委員会)などの、いわばオフィシャルな書籍には載っていません。当方の手元にある中では、暁教育図書さん発行の『日本発見人物シリーズ 大正の女性群像』(昭和57年=1982)に小さく載っているだけでした。そちらと比べると、『週刊女性』の方は、顔の陰などに修正が入っているようです。
009
30代から40代位でしょうか。どちらにも詳細なキャプションが無く、いつ撮影されたものかわかりません。出どころも、です。

情報をお持ちの方は、御教示いただけると幸いです。

それにしても、昔の女性誌、こうした近代文学、芸術系に関する記事がよく載っていて、あなどれません。最近のものは……ですね。たまたま光太郎智恵子に関する記事が見当たらないのでそう感じているだけかも知れませんが。

【折々のことば・光太郎】

朝ワタルさん学校の子供三人にソリをひかせて、木炭五俵届けに来らる。いつぞや十二俵(二十俵のところ)だけ届いてゐるのでその残部の由、空俵持ちゆかる。あと三俵は田頭さんから来るとの事。


昭和23年(1948)2月2日の日記より 光太郎66歳

「木炭20俵」、想像が付きません(笑)。

智恵子の故郷・福島二本松発のイベント情報です。

【オンライン】にほんまつで あなたのほんとうの「  」を見つけませんか?

日 程 : 2021/06/19(土)
時 間 : 13:30-15:00
場 所 : Web会議システム「Zoom」を使用します。
       Zoomの使い方につきましてはこちらの利用ガイドよりご覧下さい
料 金 : 無料
主 催 : 福島県二本松市
共 催 : 認定NPO法人ふるさと回帰支援センター

高村光太郎の妻、智恵子の出身地である福島県二本松市。「東京には空がない」「ほんとの空がみたい」という智恵子さんが想った、美しい風景が今も広がっています。

二本松市は、福島市、郡山市の間に位置する人口約55000人の都市で、安達太良山や温泉を楽しめる高原エリア、城下町の風情を残す便利な街中エリア、新規就農者も活躍している里山エリアの3つからなり、同じ市内でも様々な暮らし方が可能で、移住実績も堅調です。

今回は、元地域おこし協力隊でデザイナーの女性、テレワークで移住した子育て中の男性をゲストに迎え、移住のきっかけや、充実した暮らしについてインタビュー。当日は、キャンプ場より中継があるかもしれません。

オンラインセミナーで、ほんとうに叶えたい暮らしをみつけてみませんか?

詳細
◎二本松市移住PR動画の放映
◎先輩移住者フリートーク 「先輩移住者の話を聞いてみよう!」
【Uターン者】武藤琴美さん(ゆきしろ屋デザイナー・二本松市移住支援アンバサダー)
【子育て世代】丹治慶太さん (テレワーク勤務中)
◎二本松市の紹介など

※オンラインで質問等をお受けします。視聴のみの参加も可能です。
締め切り日 2021/06/15
お申し込み お申込みはこちらから
お問い合わせ 二本松市 秘書政策課 地方創生・新エネ推進係 電話:0243-24-7120
002
似たような趣旨のイベントは以前もあり、このブログでご紹介しました。
 第1回二本松市田舎暮らし体験ツアー。(2019/6)
 智恵子の生家2階・智恵子紙絵特別公開/福島圏域合同移住セミナー。(2019/9)
ただ、コロナ禍前でしたので、その頃は実地に現地で農業体験をしたり、都内で相談会の形式で行ったり、さらにYouTube等でPR動画の公開がなされたりでした。


で、今回はZoom使用によるオンラインセミナー形式だそうで。

コロナ感染拡大で様々な「禍」が生じましたが、このようにオンライン形式でさまざまな事柄が為される体制が広まったのは、「災い転じて……」の例と言えるのではないでしょうか。ただ、何でもかんでも「オンライン」でも困りますが……。

ご興味のおありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

終日音も無く雪ふりつづく。細かきやはらかき雪、風なく静かにふりつむ。一尺余つもりたる上、尚夜に入りてもふる。明朝は相当の積雪量ならん。屋根の雪おろしせねばなるまじ。往来途絶える。


昭和22年(1947)12月12日の日記より 光太郎65歳

何気ない日記の記述ですが、詩的に感じます。のちの詩「典型」(昭和25年=1950)では、「小屋を埋める愚直な雪、/雪は降らねばならぬやうに降り、/一切をかぶせて降りにふる。」と表しています。

智恵子の故郷・福島二本松関連の新商品等を3件。

まずは地方紙『福島民友』さんの記事から。

もちもち食感!ざくざくいなり 福島県二本松市、道の駅安達で新発売

002 二本松市の道の駅安達「智恵子の里」を運営する市振興公社は、同道の駅下り線の道ナカ食堂で、オリジナルのレトルト商品「ざくざく炊き込みご飯の素」を使った「ざくざく炊き込みいなり」(130円)を新発売した。
 ざくざくは、慶事や祭事などで食べられる同市の郷土料理。ダイコンやニンジン、ゴボウといった野菜などをざくざくとさいの目に切り、煮干しなどのだしで煮た汁物。同道の駅では食堂で提供するほか、ざくざくを取り入れたカレーやうどんなども販売している。
 新商品は、ざくざくを食べやすい創作メニューにしてさらに周知するため開発された。鶏肉やゴボウ、シイタケ、ダイコン、ニンジン、高野豆腐入りの炊き込みご飯の素を、同市産のうるち米ともち米に混ぜて炊き込みのおこわを作り、県産の油揚げに包んだ。もちもちした食感が味わえ、甘めに煮た油揚げがアクセントとなっている。1個140グラムで食べ応えもある。
 問い合わせは同道の駅下り線(電話0243・24・9200)へ。

「ざくざく」。最近は二本松の郷土料理として、大々的にアピールされるようになりました。以前はそうでもなかったのですが、地元以外の方々が「これは!」という反応を示し、地元の皆さんもその価値を再発見した、ということなのではないかと、勝手に想像しております。違ったらごめんなさい(笑)。

で、レトルトの炊き込みご飯の素。美味しそうですね。平成25年(2013)の第8回大会で1位になった「なみえ焼きそば」、翌年の第9回大会で1位の「十和田バラ焼き」のように、B-1グランプリ出場を目指しては? と思うのですが……。

続いて、やはり『福島民友』さんから。

安達東高生が作りました、オリジナル「蜂蜜」3種 道の駅で販売

004 安達東高畜産専攻班の生徒は5月31日、二本松市・道の駅安達「智恵子の里」下り線内の二本松ベーカリーで、今春採取した蜂蜜で作ったオリジナル商品「あいさつ坂~はるのそよかぜ」の販売を始めた。
 販売したのはヤマザクラとリンゴ、フジの3種類。養蜂の生産実習に取り組む畜産専攻班の2、3年生17人が5月に巣箱から採蜜した。今年は開花が早く、販売も昨年より1カ月早い。糖度は80度ほどで例年通りのおいしさに仕上がったという。今後、栗やフジと、さまざまな花の蜜でできた「百花蜜」を生産する。
 安斎息吹さん、安斎彪賀さん、中村凛々香さん、今野駿仁さんの3年生4人がヤマザクラ30個、リンゴ36個、フジ42個を納品。店頭に立ち、自分たちで作った蜂蜜を来店客にPRした。安斎息吹さんは「蜂蜜は花によって特徴が異なる。いろんな味を楽しんでほしい」と話した。
 価格は90グラム入り486円。問い合わせは同道の駅下り線(電話0243・24・9200)へ。

こちらは新商品ではなく、以前から同校で取り組んでいたものですが、季節商品ということで、今年の分の出荷、というわけでしょう。高校さんでの取り組みということは、携わる生徒さんが毎年変わっていくわけですが、伝統として受け継いでいって欲しいものです。

最後に、「共同通信」さんの関連団体「47CLUB」さんでの新商品。「47」は「47都道府県」の「47」で、52紙の地方紙が加盟する「全国の地方新聞社厳選の名産・特産・ご当地グルメ」の通販サイトです。

マグカップ そら

003「ほんとうの空」安達太良の空の色をイメージしたスカイブルーがさわやかなマグカップです。毎日お使いいただきたい商品です。

産地(最終加工地) 福島県二本松市
内容量 重さ200g
サイズ/寸法/重量 径9.5cm / 高さ7.5cm / 容量200cc
販売期間・販売数 販売数 50個
贈答用包装

中国北宋時代の青磁は、「雨過天青」と言われる雨上がりの湿った空の青色を出そうとしたものだそうですが、青磁の青よりもこちらの青の方が、「ほんとの空」(「あどけない話」昭和3年=1928)の青に近いような気がします。

それぞれぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

物音一つせぬやうに世界しづまり返り、時〻軒の雪の落ちる音がするのみなり。コンロのヤカンに湯がわいて松風の音。 何もせず、コタツにあたり、何かをよみあさる。

昭和22年(1947)12月11日の日記より 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋、吹雪というわけではなかったようですが、前日からの雪が屋根に20㌢以上積もっていたとのこと。雪は音を吸収しますので、ほんとうに静かだったのでしょう。いやがうえにも「自省」を強いられる日々だったのではないかと思われます。

昨日の『福島民報』さんから。

【にほんまつ検定】身近な産業に関心を

 二本松商工会議所は初のご当地検定「にほんまつ検定」の問題を募集している。歴史や文化だけでなく、会社自慢なども可能なのが特徴だ。子どもに古里への関心と郷土愛を高めてほしいとの願いを込めた。問題を通して地元の企業や産業の発信にもつながる。広がりを期待する。
 検定問題の応募は商工会議所の観光振興委員会が二十日まで受け付けている。歴史、文化・芸能、産業、食、観光、言葉、自然、地理、スポーツなどが対象でジャンルを問わない。四者択一の形式とする。応募作を基に委員会が問題を作成し、子どもが取り組みやすいよう「二本松の提灯祭り」などに合わせた検定実施を検討している。
 委員会は作問例を挙げている。「二本松市名誉市民ではない人は誰?(答え・高村光太郎)」「二本松市でお祭りの際などによく作られる郷土料理はどれ?(答え・ざくざく汁)」といったオーソドックスな問題から「二本松御苑は提灯祭りの時に毎年若宮地区で出店を出しているが、一番人気の商品は何か?(答え・デニッシュバー)」など地域の生活や出来事に密着した問題も募るとしている。
 松坂豪智委員長は「検定を受けた子どもが家庭で親に尋ねれば、親も調べるようになる。まず地元の人間が知ることが大切」と話す。提灯祭りの七町の太鼓台が奏でる多彩な祭りばやしの名前や特徴など、答えは学校の授業では分からない。古里に興味を持ち、地域の話題に詳しい子どもが鼻を高くできる問題になるだろう。
 商工会議所が実施するからには、家具や菓子など、二本松が誇る産業の問題も多く組み込んでほしい。名品の製法や匠の技は、日本が誇る「手わざ」に関心を持つきっかけになる。酒造業や醸造業に関する問題も、伝統産業や発酵文化への理解を深める。街に並ぶさまざまな店の自慢の一品なども面白い。
 ものづくり振興の観点からは、工業系の問題をぜひ入れたい。身近な工場でつくられる製品の特徴や、それらが県外・海外に輸出され多くの人の役に立っているのを知ることは、地元企業への就職意欲を高めるに違いない。工業に欠かせない数学の素養では、江戸・明治期に算術の問題図を記して市内の神社や寺に奉納された「算額」という歴史的な遺産があり、問題の素材になりそうだ。
 足元にある知識や素材を掘り起こし、毎年新しい検定問題を作っていけば、時代に合わせて長く魅力を放つ企画になるだろう。
003
最初に見出しを見て、「おお、二本松でもご当地検定をやったのか」と思いましたが、さにあらず。これから実施するので、その問題募集だそうで。

そこで問題の例として光太郎の名。ありがとうございます(笑)。調べたところ、同市の名誉市民は、次の通りでした。光太郎の孫弟子にして、霞ヶ城の二本松少年隊像二本松駅前安達駅前の智恵子像などを作られた故・橋本堅太郎氏。女優・一色采子さんのお父さまにして、智恵子をモチーフにした絵も複数描かれた故・大山忠作画伯。そして、放射線医学の世界的権威、故・高橋信次氏。ちなみに福島出身の文化勲章受章者は5人。そのうち2人、大山画伯と高橋氏が二本松名誉市民ということで、二本松率が高いのは驚きです。余談ですが(笑)5人の中には当会の祖・草野心平も含まれます。

各地で、官民問わずご当地検定がいろいろ為されていますね。光太郎第二の故郷ともいうべき岩手花巻で昨年実施された「はなまき通検定」では、光太郎がらみの問題が複数出題されました。また、実施後だいぶ経ってから気づいたので、このブログではご紹介していませんでしたが、群馬県のNPOが主催している「赤城山検定」でも、光太郎の名が、複数年、複数級(3級:入門編、2級:上級編、1級:達人編)の問題に散見されます。
004
そして、平成30年(2018)、やはり二本松で開催された「智恵子検定 チャレンジ! 智恵子についての50問」。当方も問題作成にあたりました。

探せばもっといろいろあるのでしょう。

さて、「にほんまつ検定」、ぜひとも光太郎智恵子がらみの設問をお願いしたいところですね。続報が出ましたらまたご紹介します。

【折々のことば・光太郎】

不在中、バケツの中に松茸入れてあり。 夕方サダミさん立寄り、ウエツコをもらふ。「御霊前へ」二包みお渡しす。(二百円)。 夜松茸ウエツコ油いため。中〻美味なり。

昭和22年(1947)10月15日の日記より 光太郎65歳

一週間程山小屋をあけて、花巻町中心街に滞在し、帰って来た時の記述です。松茸を置いて行ってくれた村人がいた、と、何とも気前のいいことで(笑)。「ウエツコ」は岩手の方言でシメジのことです。

昨日の『福島民友』さんから。

残雪踏みしめ頂へ、安達太良山で山開き 山頂でのイベントは中止

 二本松市などにまたがる安達太良山(1700メートル)は16日、山開きが行われた。県内外から詰め掛けた登山客が山頂を目指し、夏山シーズンの到来を告げる日本百名山の登山を楽しんだ。
 新型コロナウイルスの感染防止のため、昨年に続き山頂での行事は全て中止に。安全祈願祭は、山頂の代わりに奥岳登山口で行った。
 低気圧の影響であいにくの曇り空となり、詩集「智恵子抄」につづられた「ほんとの空」も顔をのぞかせなかったが、登山客は残雪を踏みしめるなどして山頂に到達。仲間と共に弁当を広げるなど思い思いに過ごし、山開きを満喫した。
004
昨年に引き続き、コロナ感染対策として、山頂イベントが中止ということでしたので、スルーしようと思っていたのですが、「智恵子抄」、「ほんとの空」の語を使われてしまっては、紹介しないわけにはいきません(笑)。

続いて『福島民報』さん。それらの語は出てきませんが。

安達太良で山開き 新型コロナ受けイベントは中止

 日本百名山の一つ、安達太良山は十六日、山開きした。登山者が互いに間隔を空けながら山歩きを楽しんだ。
 新型コロナウイルス感染拡大防止のため昨年に続いて規模を縮小し、ミズあだたらコンテストなど山頂での行事を中止した。二本松市などでつくる安達太良連盟による安全祈願祭があだたら高原スキー場ランデブーで行われた。
 七カ所の登山口のうち、メインの奥岳登山口からはマスク姿の登山者がロープウエーや徒歩で山頂を目指した。ショウジョウバカマの桃色のかれんな花やハクサンシャクナゲのつぼみを眺め、残雪を踏みしめながら一歩一歩登った。
 標高約千七百メートルの山頂付近は霧が流れ、雄大な景観は望めなかったが、登山者は歩く喜びを満喫した。福島市の会社員紺野徹也さん(58)は家族三人で登頂し「昨年も登ったが今年は雪解けが早い。山は風が通り、ソーシャルディスタンスも取れるのでいい」と話していた。
 山開きの記念ペナントは密を避けるため、前日から配布した。
005
山頂でのイベントは中止となったものの、入山規制がかかっているわけではないので、登られた方は多かったようですね。

「屋外だから」と油断せず、楽しんでいただきたいものです。

【折々のことば・光太郎】003

午前買物、モノゲンを見つけ買ふ、高価なれど(百匁一五〇円)品質よささう。悠文堂にて新約聖書を求める。


昭和22年(1947)10月14日の日記より
 光太郎65歳

「モノゲン、懐かしい!」と思ったら、ところがどっこい(死語ですね(笑))、いまだブランド名は存続していました。ただし、現行のものは液体洗剤のようですが。画像を見て「懐かしい!」と言えるのは、一定以上の年代の方でしょう。ただ、昭和20年代にこのヒツジのイラストがあったかどうかまでは調べていませんが。

悠文堂」は書店でしょうか。調べたのですが、わかりませんでした。

テレビ放映情報です。

美しい日本に出会う旅▼福島 花めぐり湯めぐり 絶景の桃源郷と山桜のはちみつ酒

BS TBS 2021年5月12日(水) 21:00〜21:54

瀬戸康史さんが案内する福島の春。遅い春を迎え、山も里も花盛りです。春の名所・花見山、実は花木農家が手塩にかけて育てた「畑」って、ご存知でしたか?今も進化を続けています。福島ではずせないのは温泉めぐり。こけしブームに盛り上がる土湯温泉に、岳温泉。山道をゆけば、土日限定の日帰り湯を発見!自慢は湯とおかみさん。人気の秘密とは? 知られざる絶景が、桜峠。山全体に植えられた山桜が色とりどりに咲き誇ります。その桜から生まれるはちみつが、世界最古の酒に変身?しだれ桜咲く町・喜多方は、実はレンガの町。モダンなレンガ造りの蔵があちこちにあるのです。これも喜多方名物!さらに、このレンガが生む美味がレンガ焼きのせんべいでした。福島の絶景と、訪ねたくなる湯の町めぐり。お楽しみに!

旅の案内人・語り:瀬戸康史

003
008
006
初回放映が一昨年5月だったそうで、その際には気づきませんでした。

花の名所、福島市の花見山が取り上げられる他、「ほんとの空」があると智恵子が言った安達太良山麓の岳温泉さんも紹介されます。
007
宿泊されるのかどうか不明ですが、取り上げられる宿は花かんざしさん。当方、宿泊したことはありませんが、日帰り入浴をさせていただいた記憶があります。

それから、番組説明の中で気になるのが「山道をゆけば、土日限定の日帰り湯を発見!」というくだり。もしかすると土湯温泉の山中にある不動湯さんかな、と思いました。

不動湯さんは、昭和8年(1933)、心の病が昂進した智恵子の療養のため、東北と北関東の温泉巡りをした際に二人で泊まった宿です。
005
かつてはその際の宿帳が現存し、光太郎智恵子が泊まった部屋ともども拝見させていただいたのですが、平成25年(2013)に火災で全焼、建物も宿帳も灰燼に帰しました。その後、残った露天風呂を使って、土日祝日限定の日帰り温泉施設としてリニューアル。当方、平成29年(2017)、よく調べずに行ってみたところ、平日だったので入浴は出来ませんでした。

番組説明の「山道をゆけば、土日限定の日帰り湯を発見!」が、不動湯さんであることを祈ります。違ったらごめんなさい(笑)。まぁ、岳温泉さんは必ず取り上げられますので、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

右眼結膜に白点あり、トラならずやと思ふ。尚坊主蚊に眼のふちをくはれ、はれる。

昭和22年(1947)9月19日の日記より 光太郎65歳

「トラ」は眼病の「トラコーマ」、別名「トラホーム」です。現代の日本ではほとんど聞かなくなったと思われます。それがすぐわかってしまうのは、当方の年代のせいでしょう(笑)。

ちなみに光太郎のトラ疑惑は杞憂に終わったようでした。

先月24日の『読売新聞』さん。おそらく東北各県版での連載と思われます。

とうほく名作散歩 詩集智恵子抄 福島県二本松市 愛する妻思う青い空

 福島県二本松市は、詩人で彫刻家だった高村光太郎の妻・智恵子(1886~1938年)が生まれた土地だ。
 生家に近い鞍石山の周辺は「智恵子の杜公園」として整備され、光太郎の詩碑が建つ。4月上旬に訪れると桜がちょうど満開で、残雪を抱く安達太良山(標高1700㍍)が西の方角に見えた。頭上は雲一つない青空が広がっている。
 〈智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。(中略)阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ。〉(あどけない話)
 高校の教科書にも掲載されている詩集「智恵子抄」に収められた作品の有名な一節。東京で妻が思いをはせた遠い古里の空を、光太郎はそう詠んだ。
 17歳で上京した智恵子は日本女子大学校(現在の日本女子大)に入学し、卒業後、洋画家の道に進む。知り合いの紹介がきっかけで光太郎と出会い、28歳で結婚した。
 ところが、東京の生活は順風満帆とはいかなかった。都会暮らしになかなか慣れず、展覧会に出した自身の絵画が落選したこともあって、気分はふさぎがちだった。年に数か月は二本松の実家で過ごし、たまに光太郎も一緒に滞在した。
 「智恵子の苦悩をよく理解した上で、光太郎はあえて直接書かずに『あどけない』と表現した。そのことが詩に深みを与えている気がする」。地元の市民団体「智恵子のまち夢くらぶ」の代表、熊谷健一さん(70)はそう語る。
001
       ◇
 造り酒屋だった生家は現在、1階が一般公開されている。台所や居間のほか、少女時代に使用していた琴や、光太郎の影響でベートーベンの交響曲第6番「田園」を好んで聞いたという蓄音機を展示。戦前の瀟洒(しょうしゃ)な暮らしぶりがうかがえる。
 生家の隣には酒蔵をイメージした智恵子記念館がある。ここで目を引くのは、色紙を切ってつくる「紙絵」の作品群だ。心の病を患い、52歳で亡くなる智恵子が晩年に病室で創作にのめり込んだ。
 「千数百枚に及ぶ此等の切抜絵はすべて智恵子の詩であり、抒情であり、機智であり、生活記録であり、此世への愛の表明である。此を私に見せる時の智恵子の恥かしさうなうれしさうな顔が忘れられない」と光太郎は随筆で書いている。
 智恵子の解説本の編さんに関わった二本松市教育委員会の元職員、根本豊徳さん(69)は「残された紙絵はどれも素晴らしく、やはり天性の才能があったことを思わせる。光太郎は詩で、智恵子は紙絵で、それぞれ夫婦愛を表現したのでしょう」と指摘する。
 作品に登場する智恵子は優しくて、はかない印象だった。だが、生まれ育った二本松を歩いてみると、自然豊かな土地で芸術家としての感性を磨き、生きることに最後まで無器用だった一人の女性の姿が浮かび上がってきた。
無題
心に残る詩「総選挙」
 「智恵子抄」は太平洋戦争が始まった1941年に出版された。明治から昭和にかけて高村光太郎が妻への思いを詠んだ詩29編のほか、短歌などが収められた。光太郎の研究で知られる文芸評論家・北川太一は「若者の心をとらえ、さまざまな形で絶えることなく読みつがれ、人々の心に浸みとおっていった」とつづっている。繰り返し映画やテレビドラマにもなった。
 二本松市ではさまざまな顕彰活動が展開されている。
 「智恵子のまち夢くらぶ」は、生家沿いの県道の名称を全国から募集し、「智恵子純愛通り」と命名。出版から80年となる今年は光太郎の詩から最も心に残った作品を決める「総選挙」を10月まで実施している。
 生家のそばにある「戸田屋商店」は30年前にスーパーを改装し、高村夫妻の著書や土産品を置くようになった。店主の服部弘子さん(75)は「せっかく二本松に来てくれた人に、少しでも智恵子さんのことを覚えて帰ってもらいたい」と話す。店内には客が持ち寄った智恵子の写真や新聞記事の切り抜きなどが並ぶ。
 市教委は「智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール」を毎年開催している。福島県内と、光太郎ゆかりの地・岩手県花巻市の小学生が参加できる。

メモ
 智恵子の生家と智恵子記念館は、JR東北線安達駅から徒歩で20分。東北自動車道・二本松インターチェンジからは車で10分。
 生家では、智恵子の誕生日の5月20日に合わせ、「高村智恵子生誕祭」を毎年開催する。今年は4月24日からで、2階居室を特別に公開するほか、智恵子の紙絵をモチーフにした切り絵体験もできる。両施設の入館料は共通で、小・中学生210円、高校生以上410円。開館時間は午前9時~午後4時半。毎週水曜と年末年始は休館。
 智恵子の杜公園の入り口までは生家から歩いて5分ほど。2人が散歩した山道を30分ほど登ったところに、光太郎の詩碑「樹下の二人」がある。詩の描写そのままに、安達太良山や阿武隈川が眼下に望める。
002
昨日ご紹介した「詩集典型 岩手県花巻市 光太郎牛の如き魂刻む」と同じ、「とうほく名作散歩」という連載の一環です。同じ作家が続けて取り上げられるのは珍しいような気がします。もっとも、今回は光太郎より智恵子がメインですが。

「「智恵子抄」総選挙」に関してはこちら戸田屋さん小学生紙絵コンクール生家2階居室の特別公開紙絵の制作体験についても、それぞれリンクをご参照下さい。

【折々のことば・光太郎】20a98038

姉咲子の命日、 今日も雨やまず、ふつたりやんだり。


昭和22年(1947)9月9日の日記より
 光太郎65歳

光太郎の長姉・(さく/咲子)が亡くなったのは明治25年(1892)、咲は数え16歳、光太郎はその時同じく10歳でした。55年も前のことを、日記に記しているのですね。もっとも、母・わかの命日が翌日なので、セットで記憶していたのでしょう。わかが亡くなったのは大正14年(1925)でした。

狩野派の日本画を学び、将来を嘱望されていた咲。幼い光太郎にとっては自慢の姉でした。

牽強付会のそしりを受けそうですが、同じく絵画の道を志していた智恵子に、光太郎は咲の俤を見たのかもしれません。

昨日、『広報にほんまつ』5月号を取り上げた中で触れた件などにつき、地方紙2紙でも記述がありましたので、ご紹介します。

まず、『福島民友』さん、昨日の一面コラム。

【4月28日付編集日記】智恵子抄

二本松市の小高い里山にある智恵子の杜公園を訪れ、高村光太郎と智恵子が肩を並べて散策したという山道をたどった。見晴らしが良い場所もあり、野鳥のさえずりが響く。2人は当時、どのような時間を過ごしたのかと、思いをめぐらせた▼光太郎が亡き妻への思いを込めて出版した「智恵子抄」にある詩「樹下の二人」は100年ほど前、現在の公園がある場所から眺めた安達太良山や阿武隈川の風景が題材とされる。真筆を刻んだ詩碑は、公園のシンボルとして全国のファンが訪れる▼光太郎と智恵子の顕彰活動を進める同市の市民団体が今月から、「あなたが選ぶ『智恵子抄』総選挙」と題し、好きな詩への投票を募っている。智恵子抄の出版80周年を記念し、「智恵子抄その後」も含め、作品の魅力と2人の生涯に理解を深めてもらう▼二つの詩集から候補作とした36編には教科書をはじめ、さまざまな機会に読んだ記憶がある作品が目に付く。初めて詩集を手にした10代のころ、純愛を貫いた2人に憧れたことが懐かしく思い出される▼公園内には石碑や彫刻作品も並ぶ。2人が思い出を刻んだ地に足を運び、今も輝きを放つ詩集の世界に浸り、心に響いた作品を選ぶのもいい。

同じ『民友』さんで、遡って一昨日の記事。

智恵子創作の紙絵展示 記念館で生誕祭、5月30日まで

 二本松市の智恵子の生家・智恵子記念館は、同市出身の洋画家高村智恵子が生まれた5月20日にちなみ、今年も生誕祭を繰り広げる。トップを切り24日、同記念館で、智恵子が病床で創作した紙絵の実物展示を始めた。展示は5月25日まで。
 智恵子はゼームズ坂病院に入院した2年間、千数百点の紙絵を制作した。同館は高村家から譲り受けた24点を収蔵する。
 ただ紙質が悪く、照明などで劣化しやすいために通常は複製を展示。このため年2回、収蔵品から10点を選び、実物を公開している。今回は「青い魚と花」や「菊」「小鉢」などを展示した。
 開館時間は午前9時~午後4時30分(最終入館は同4時)。水曜日休館。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。
居室を特別公開 
 智恵子の生家では、普段公開していない智恵子の居室の特別公開と、同市の伝統工芸品「上川崎和紙」を使った紙絵の制作体験を実施する。
 居室の公開は29日に始まり、5月30日まで大型連休中と土、日曜日など実施。紙絵体験は5月15~30日の土、日曜日に行い、智恵子の作品を題材にカードやしおりを作る。参加費は入館料に含まれる。開館時間は午前9時~午後4時。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。
003

別件で、同じ二本松市の大山忠作美術館さん関係。

大山忠作美術館、5月1日から特別企画 絵はがきプレゼントなど

 文化勲章受章者で、二本松市出身の日本画家大山忠作の誕生日5月5日にちなみ、大山忠作美術館は5月1~5日、二本松市の同館でゴールデンウイークイベントを展開する。
 期間中、来館者に「智恵子に扮する有馬稲子像」や「遅日」「古壁群相」など大山作品をプリントした絵はがきをプレゼントする。また5日には、未就学児と団体以外の来館者に「鯉魚絵付飾大皿『游』」の絵柄をデザインしたマグネットを数量限定で贈る。問い合わせは同館(電話0243・24・1217)へ。
カーネーション販売会
 併せて同館を運営するNPOまちづくり二本松は1日午前10時から、二本松市市民交流センターで、安達東高生が栽培したカーネーションの販売会を開く。限定100鉢でなくなり次第終了する。問い合わせは同センター(電話0243・24・1215)へ。
005
故・大山忠作画伯は、女優の一色采子さんのお父さま。同郷の智恵子をモチーフにした絵を複数描かれています。そのうち、記事にある「智恵子に扮する有馬稲子像」は、昭和51年(1976)、新橋演舞場で開催された「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」の中で、北條秀司作「智恵子抄」の智恵子を演じた有馬稲子さんをモデルにして描かれたもの。同館の目玉作品の一つでもあります。

続いて、『福島民報』さん。以前にご紹介した「アマビエマスク」シリーズの新作だそうで。

新型アマビエマスク発売 富樫縫製と民報印刷 福島県内4市で

 ウイルス飛沫(ひまつ)などの微粒子を医療用マスク並みに防御できるフィルターを内蔵し感染予防機能を強化した地域限定デザインマスクの販売がいわき、福島、二本松、会津若松の四市で始まった。
 いわき市のいわき・ら・ら・ミュウでは、フラダンスを踊るアマビエ「フラビエ」、サーフ板を持つアマビエ「サーフビエ」の二種類を販売。福島市のラヴィバレ一番丁では、クロマグロを担ぐアマビエの「アドリアちゃん」を扱っている。二本松市の道の駅安達上下線では五月二十日に生誕百三十五年を迎える「智恵子抄」で知られる市内出身の洋画家・高村智恵子をモチーフにした「檸檬(れも)ビエhyper」、会津若松市のトラッドハウス「フキヤ」では、オリジナルデザインの赤べこの「ナノクラスブロッカー」を売っている。福島市の県観光物産館では、新型アマビエマスク「ナノビエブロック」のアマビエデザインとべこビエデザインの販売を開始した。
 富樫縫製(二本松市)と民報印刷(福島市)がフィルターの世界的な専門メーカー・ヤマシンフィルタ(横浜市)と連携し開発した。フィルターは一般財団法人カケンテストセンターによる微粒子捕集効率(PFE)試験で、0・1マイクロメートルの微粒子を99%カットした。一枚千百円(税込み)。
000
008
「Hyper」ではないプロトタイプの「檸檬ビエマスク」は、既に昨秋、販売が開始されていたようです。「Hyper」はその名の通り、ウイルス等のシャットアウト機能が更にパワーアップしたものだそうで。デザイン的にはプロトタイプと同一のようです。
006
007
泉下の智恵子は苦笑しているような気がしますが(笑)。

【折々のことば・光太郎】

花巻より青年二人(東京と黒沢尻の人)来る。宮沢清六さんより委托のトマト一個、金瓜一個、胡瓜、せんべい等もらふ。二時過ぎまで談話。辞去、宮沢賢治研究者。

昭和22年(1947)8月19日の日記より 光太郎65歳

「青年二人」、氏名は書かれていませんが、「東京」の方は、のち、国語学者となった宮地裕(みやじゆたか)氏です。氏のエッセイが、以前、光村図書出版さん刊行の中学校用の国語の教科書に掲載されていて、この際のエピソードが記されていました。平成9年(1997)~同13年(2001)に「言葉はどこからどこへ」と題し3年生用、ほぼ同一の内容で「胸の底の人と言葉たち」の題で同18年(2006)~同23年(2011)の1年生用

それによれば、まず花巻町の宮沢家を訪れた宮地氏たち、郊外太田村の光太郎の山小屋にも足を運ぼうとしたところ、未知の人物が訪ねていっても光太郎に追い返されることがよくある、とわかっていた清六が野菜類などを持たせ、それを届けるという名目を与えてくれたとのこと。泣かせるエピソードですね。

ところで、この項を書くために調べていたところ、宮地氏、今年2月に逝去されていました。存じませんでした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

智恵子の故郷、福島県二本松市の広報紙『広報にほんまつ』の5月号、智恵子の名が18回も出てきました(笑)。

まずは1月に亡くなった同市名誉市民にして、光太郎の父・光雲の孫弟子にあたられた彫刻家・橋本堅太郎氏の遺作となった智恵子像「今ここから」除幕について。智恵子の名がまず2回。
000
次に、同市で智恵子顕彰にあたられている「智恵子のまち夢くらぶ」さん主催の「智恵子抄総選挙」の件で、7回。
003
続いては、「高村智恵子生誕祭」。特に式典等があるわけではないのですが、智恵子生家で紙絵の制作体験と、裏手の記念館で通常は複製が展示されている紙絵の真作の展示と、これをもって「生誕祭」と称しています。このところ、それぞれ年中行事となっています。なぜか生家2階部分の限定公開は別枠です。
004
005ここで「智恵子」が8回。ここまでで累計17回。最終18回目は、裏表紙のカレンダー欄に1回。これで18回です。

それから、ついでというと何ですが、「阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ。」(「あどけない話」昭和3年=1928)と謳われた、日本百名山の一座・安達太良山の山開きの件も紹介されていました。

ただ、以前は必ずといっていいほど「ほんとの空」の語を配して下さっていたのですが、このところお見限りのようで(笑)。
006
また、昨年に続き、コロナ禍のため山頂イベントは中止だそうです。残念ですが致し方ありませんね。

公式フライヤーはこちら。こちらも「ほんとの空」の語はなし。
007
おそらく画像は一昨年のものと思われます。この中に当方もいるかも知れません(笑)。またこの頃のように、山頂での山開きがにぎわってほしいという願いが込められているのでしょう。まさしく当方もそうであってほしいと祈るばかりです。

【折々のことば・光太郎】

十一時頃分教場行、郵便物。 ひるかへると、あとからワタルさんに案内されて水沢の大川英八といふ(画家か)人子息と共に来訪、濁酒一升もらふ。フナ雀やき少〻、いろいろ話。

昭和22年(1947)8月11日の日記より 光太郎65歳

「ワタルさん」は、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村山小屋近くの住民、「大川英八」は画家で、橋本八百二の師にあたる人物。萬鉄五郎とも交流があったそうです。

「雀やき」の語で、「えっ?」と思いました。当方自宅兼事務所のある千葉県香取市佐原地区の名産品だからです。ちなみに友人(地元の名士ですが)がこの手の店を経営していたりします。「雀やき」と言っても、雀を焼くわけではなく(京都伏見では本当に雀を焼いた料理があるそうですが)、川魚です。名の由来は諸説あるようですが、電線に並んでとまっている雀の姿に似ているためとか、江戸時代のお殿様が雀と勘違いしたからとか、いろいろ言われています。
008
一度、青森の方にお送りしたことがあります。半分は「えっ、雀?」という反応を期待してのことでしたが、まんまとその通りのリアクションで、してやったり、でした(笑)。

それにしても光太郎の日記に出てくるということは、昔は意外と一般的だったのかな、と思いました。また、日記のこの部分をして、「光太郎は山小屋生活で雀まで食べていた」と勘違いしないで下さい(笑)。

状況をわかりやすくするために、KFB福島放送さんのローカルニュースから。

宮沢賢治直筆の手紙も展示 収蔵資料展「寺田弘」

福島県郡山市出身の詩人故寺田弘(てらだ・ひろし)さんの直筆の詩などを集めた資料展が開かれています。

004
会場には遺族から寄贈された資料など140点が展示されています。
寺田さんは著名な詩人たちと交流していて16歳で同人誌を創刊するなど早熟な詩人として知られています。
中には宮沢賢治が、亡くなる16日前に書いた手紙や高村光太郎から贈られた掛け軸など貴重な資料も展示されています。
005
資料展はこおりやま文学の森資料館で開かれています。
003
一昨年、寄贈の際の報道があり、そのうちに展示があるだろう、と思っておりましたところ、おお、いよいよか、というわけでした。

しかし、報道の映像を見て、唖然としました。
000
「高村光太郎から贈られた掛け軸」として紹介されたうち、向かって右、「あれが阿多多羅山 あのひかるのが阿武隈川」と、詩「樹下の二人」(大正12年=1923)の有名なリフレインが書かれたもの、これは完全に複製です。

元は、当会顧問であらせられた故・北川太一先生が、詩集『智恵子抄』の見返しに揮毫してもらったもの。
006
上の画像は、平成28年(2016)、二本松市の歴史資料館さんで開催された「智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界」の際の展示です。
001
光太郎歿後に、そこから版を起こし、色紙や軸装のものなどの複製が作られました。軸装の方は、やはり二本松市の智恵子生家の座敷にも、複製だと判った上で掲げられています。また、二本松霞ヶ城にある昭和35年(1960)建立の智恵子抄碑のブロンズパネルも、ここから文字を起こしました。
007
もう1点の「いくら廻されても針は天極をさす」の方は、真筆であることを期待します。

光太郎、この短句を好んで書き、類例の画像がいくつか手元にあります。下のものが最も有名なもので、昭和44年(1969)、求龍堂さんから刊行された『高村光太郎賞記念作品集 天極をさす』の題字もここから採りました。こちらは「まはされても」のくだりが仮名書き。「針は」の「は」が変体仮名風にカタカナの「ハ」。
002
郡山で展示されているものは、「廻されても」と、漢字、「は」は「は」で平仮名になっています。そこで、上記の書からの複製ではないことが判ります。

ただ、昭和55年(1980)に、六耀社さんから「いくら廻されても……」の書幅複製が販売されたという記録があり、「廻されても」と漢字になっているのが気がかりです。もしかすると、これなのかな、と。

近いうちに行って確認してみたいと思っております。

展示についての詳細は、以下の通り。

収蔵資料展「寺田 弘」

期 日 : 2021年4月24日(土)~6月13日(日)
会 場 : こおりやま文学の森 郡山文学資料館 福島県郡山市豊田町3-5
時 間 : 午前10時~午後5時
休 館 : 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
料 金 : 〈個人〉一般 200円 高校・大学生等 100円         
              〈団体〉一般 150円 高校・大学生等  70円
                中学生以下・65歳以上・障害者手帳をお持ちの方は無料

こおりやま文学の森資料館には数多くの文学資料が収蔵されています。収蔵資料展は、新たに購入したものや寄贈されたものなどの未公開資料を中心に選出し、普段目にする機会が少ない貴重な資料を広く市民に紹介するものです。
 
今回は、郡山市出身の詩人で平成 25年に死去した寺田弘の資料を、ご遺族からの寄贈により収蔵した原稿や詩集を中心に、宮沢賢治の書簡、高村光太郎の掛け軸などを紹介します。

【折々のことば・光太郎】

深澤さんに「ホメラレモセズ苦ニモサレズ」揮毫を渡す。龍一氏よりたのまれしもの。
昭和22年(1947)8月9日の日記より 光太郎65歳

「深澤さん」は、画家の深澤紅子。この日、盛岡「婦人之友」友の会の女性陣40名程と共に、光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村を訪れました。

「龍一氏」は、深澤紅子子息。東京美術学校彫刻科に在籍されていた昭和18年(1943)、学徒出陣に際し、駒込林町の光太郎アトリエ兼住居を三人の先輩方と共に訪れ、激励の言葉をもらったそうです。光太郎はその際の様子を、同年、詩「四人の学生」に綴りました。

海軍で各地を転々とされた龍一氏、最終的には人間魚雷「海龍」を擁する特攻隊に配属されたそうですが、出撃命令が出る直前に終戦となり、無事、復員しました。

龍一氏、平成27年(2015)の連翹忌にご参加下さりましたが、平成30年(2018)に亡くなられました
008
こちらが深澤家に残されている光太郎の書。日記にある書か、或いはのち、昭和25年(1950)に光太郎が深澤家を訪問した際に書かれたものと思われます。

昨年、富山県水墨美術館さんで開催予定だった「「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展」展にて、本邦初公開の筈でしたが、コロナ禍のため中止。展示作品の選択、借り受け交渉など、1年以上にわたって協力させていただいただけに、実に残念に思っておりましたところ、今年10月8日(金)~11月28日(日)に、仕切り直して開催されることとなりました。こちらも出品されるはずです。

智恵子の故郷、福島二本松関連で2件。

まずは例年、春と秋に行われている、智恵子生家の2階特別公開について。二本松市さんの広報紙『広報にほんまつ』から。

智恵子の生家2階特別公開000

期 日 : 2021年4月29日(木)~5月30日(日)
     の土日・祝日
会 場 : 智恵子の生家
福島県二本松市油井漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
料 金 : 大人(高校生以上) 410円(360円)
      子ども(小・中学生) 210円(150円)
      ( )内団体料金 含智恵子記念館観覧料

智恵子を育んだ「生家」の2階を、特別公開します。智恵子が暮らした旧長沼家の雰囲気をご堪能ください。

建物内では係員の指示に従って下さい。

来館の際にはマスクの着用と検温の実施にご協力下さい。

平成27年(2015)から始まったこの企画、当方も何度かお邪魔しました。その年によって、「高村智恵子生誕祭」の一環として行ったり、そうでなかったりといろいろですが、昨年と今年はコロナ禍の影響もあって、生誕祭とは切り離しての実施のようです。

平成27年(2015)秋のレポートですが、こちら

コロナ感染にはお気を付けつつぜひ足をお運び下さい。

それから、やはり二本松がらみということで、昨夜、NHK Eテレさんで放映された「にっぽんの芸能 人、鬼と成る〜舞踊“安達ケ原”〜」を拝見しました。
040
049
今年3月に国立能楽堂で行われた公演の録画です。

舞方は3人。
052
050
051
シテ、ワキ、ツレ、そしてシテが「実は○○だった」と、伝統的な能の形式に則っていますが、面を付けない「素踊り」。
047
053
048
久しぶりにこの手の番組を拝見し、新鮮でした。

遡りますが、本編の前に、イラストを使ってのあらすじ紹介。ここで物語の舞台としての二本松の紹介があればなおよかったのですが、残念ながらそれはありませんでした。
042
043
044
045
046
結局、鬼女は、山伏の法力で折伏させられます。

意外に思ったのは、鬼女がなぜ鬼女になってしまったのかの説明が無かったこと。

二本松に伝わる伝説では、鬼女の名は「岩手」。元は京の都で公家に仕えていた女房だったのですが、その家の姫が重い病となり、それを治す薬は人間の胎児の生き肝と知り、それを求めて各地を転々。やがてカモとなる若い妊婦に出会って殺し、胎児の生き肝を手に入れたものの、殺した妊婦は自分の娘だった、というわけで、岩手は錯乱して鬼女に成り果て、殺戮を繰り返していたというのです。

当方、寡聞にして存じませんが、能の「黒塚」でもこの辺りの経緯は語られていないのでしょうか。

さて、「にっぽんの芸能「人、鬼と成る〜舞踊“安達ケ原”〜」」、4月26日(月)、やはりNHK Eテレさんで再放送があります。ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

畑手入。草とりは暑熱と坊主蚊とに恐れて中〻出来ず。


昭和22年(1947)7月21日の日記より 光太郎65歳

草取りは本当に大変ですね。自宅兼事務所の庭も、芝生が芝生ではなく、雑草の方が多い状態で、このところ、夕方や曇りの日を狙って、電気式の草刈用バリカンで刈っていますが、中々進みません。意外と腕力を使いますし、かがんでの作業が腰に来ます。

智恵子の故郷、福島二本松に伝わる鬼婆伝説。能「黒塚」の原作となり、広く知られています。

舞台となった場所は、二本松市北部の安達ヶ原。現在は「安達ヶ原ふるさと村」という施設が出来、隣接する観世寺さんには、鬼婆が住んでいたという岩屋や、少し離れた場所には鬼婆の墓といわれる「黒塚」も残っています。

大正9年(1920)、智恵子の父・長沼今朝吉の三回忌法要のため、光太郎も智恵子の実家を訪れ、先に帰省していた智恵子と合流しました。この際に実家附近を二人で歩き回り、その体験が、詩「樹下の二人」(大正12年=1923)のモチーフとなったようです。歩いた場所は、智恵子実家の裏山や、安達ヶ原。「樹下の二人」には詩本体の前に「みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ」という短歌一首が附されています。また、最晩年の「高村光太郎聞き書」には、当会顧問だった故・北川太一先生の「「樹下の二人」も『明星』ですね。その頃のことをうかがいたいのですが」という問いに対し、「「樹下の二人」の前にある歌は安達原公園で作ったんです。僕が遠くに居て智恵子が木の下に居た。」と答えています。光太郎智恵子が安達ヶ原を訪れたのは間違いありません。

光太郎、その折にでも、鬼婆伝説のことを聞いたのかもしれません。あるいは既に能「黒塚」を知っていて、予備知識があったとも考えられます。のちに智恵子の心の病が昂進してからの詩「山麓の二人」(昭和13年=1938)では、「意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて/のがれる途無き魂との別離」と、唐突に「鬼」の語が現れますが、あるいは安達ヶ原の鬼婆が頭をかすめたのではないでしょうか。

さて、鬼婆関連。

まずはテレビ放映の情報です。

にっぽんの芸能「人、鬼と成る〜舞踊“安達ケ原”〜」

NHK Eテレ 2021年4月23日(金) 21:00~21:55
再放送   2021年4月26日(月) 12:00~12:55

福島県・二本松市、安達ケ原に伝わる鬼女の伝説を舞踊にした作品「安達ケ原」を、3月に行われた特別日本舞踊公演からお送りします。出演は花柳寿楽、若柳壽延、猿若清三郎ほか。シテ(老婆実は鬼女)を演じた花柳寿楽のインタビューを交えてお楽しみいただきます。歌詞や演出は能「黒塚」から取られており、振り付けは二世花柳壽楽。前半は改心を見せている鬼の姿をしっとりと、後半は怒りに満ちた様子を描いた、舞踊の大作です。

【司会】高橋英樹,【アナウンサー】中條誠子,
【出演】花柳寿楽,若柳壽延,猿若清三郎,杵屋勝四郎,杵屋巳之助,杵屋勝四助,
    杵屋栄八郎,松永忠一郎,杵屋勝十朗,福原百七,堅田新十郎,堅田喜三郎,
    住田長十郎
009
008
物語の舞台としての二本松の紹介の中で、光太郎智恵子に触れていただければありがたいのですが……。

舞踊で「安達ヶ原」といえば、一昨年には、「にほんまつart fes」というイベントの一環で、親しくさせていただいている女優の一色采子さん(お父さまが二本松ご出身で智恵子の絵も複数描かれている故・大山忠作画伯)と、福島市出身の舞踊家・二瓶野枝さんによるコンテンポラリーダンス「妖艶 Bewitching」の公演があったりもしました。この際は、当方、これを観に行く途中で愛車が故障、泣く泣く引き返し、後に報道で様子を知った次第です。

また、平成28年(2016)には、現代アートの「福島ビエンナーレ」の一環として、智恵子生家を会場に、小松美羽さんによるインスタレーションが行われ、やはり鬼婆伝説がモチーフとされました。

平成30年(2018)には、二本松で公開収録されたNHKさんの「民謡魂 ふるさとの唄」で、「あまちゃん」や「八重の桜」、「いだてん」などにもご出演された大方斐紗子さんが鬼婆役でご出演。ただし、この鬼婆は智恵子と光太郎の仲を取り持とうとする、いい鬼婆(笑)でした。
040
041
さて、「にっぽんの芸能」、ぜひご覧下さい。

さて、やはり鬼婆がらみの別件、地方紙『福島民友』さんから。

怖くて...うまい!「おにばばソフト」 「酪王いちごオレパフェ」も

007 二本松市振興公社は今月から、二本松市の安達ケ原ふるさと村と道の駅安達「智恵子の里」下り線で、独自商品の「酪王いちごオレ」ソフトクリームをベースにした新スイーツを発売した。
 ふるさと村は、「安達ケ原の鬼婆」伝説をモチーフにしたオリジナル商品開発の第3弾となる「おにばばソフト」(600円)。「怖くて...うまい!」をキャッチフレーズに、出刃包丁や骨の形をしたクッキーをトッピングし、血をイメージしたいちごソースを使った。食事処のよってっ亭で販売している。
 道の駅では、いちごオレのパフェを考案した。酪王いちごオレソフトに、カラフルな色合いのあられの一種「おいり」をトッピングし、かわいらしいスイーツに仕上げた。あられの食感がおいしさを引き立てる。道ナカ食堂で400円で販売している。
 同公社は「同じソフトクリームをベースにする商品のギャップを楽しんでもらいたい」としている。

同じ件、福島テレビさんでも報じられていました。

恐怖を覚えるおいしさ!?鬼婆伝説の地・安達ケ原に誕生したソフトクリーム

二本松市振興公社・吉清水朋子さん:「安達ヶ原の鬼婆は、この土地ではとても有名で、この鬼婆伝説を皆さんに知って頂きたいと」
000
福島県二本松市の『安達ヶ原ふるさと村』
この地に伝わる鬼婆伝説をPRし、コロナ禍で減少した観光客を呼び戻そうと令和2年8月8日に、「オニババプロジェクト」が立ち上がった。
002
鬼婆のリアルさ怖さを、ありのまま売り出していこうというプロジェクトで、第1弾は、トートバッグや缶バッジを制作。第2弾は、出刃包丁を模したハンバーグがのっている「オニババ出刃ーグカレー」
003
そして、第3弾。4月5日に発売されたのが…
黒い角に白い髪の毛、しわしわで牙のはえたこわ~い表情!血のついた出刃包丁や骨…その名も「おにばばソフト」。
◇「おにばばソフト」600円(税込)
004
二本松市振興公社・吉清水朋子さん:「ふるさと村で大人気商品の『酪王いちごオレソフト』を土台にして、鬼婆の顔をプリントしたクッキー、生クリームで表現した鬼婆の髪の毛、角、出刃包丁のクッキー、骨のクッキー、意味ありげに赤いソースがかかっています」
006
試行錯誤を重ね、出来上がるまでに4ヵ月ほどかかったそう。
二本松市振興公社・吉清水朋子さん:「鉛筆で何度もデッサンをして、クッキーに焼いたときにいかに簡単にきれいに顔にでるかっていうのを何枚も何枚もクッキーを作って、型を作ってプリントクッキーが仕上がりました」
005
二本松市振興公社・吉清水朋子さん:「”おにばばソフト”を知って頂いて、鬼婆っているんだってこと、それがさらに二本松のPRにつながることが一番だと思っています。『怖くてうまい!』ソフトクリームを楽しんで頂けたらと思います」
*****
<二本松市の安達ヶ原に伝わる鬼婆伝説>
病を抱えるお姫様の乳母だった女性は、お姫様を助けるためには妊婦のお腹の中にいる子どもの生き肝を飲ませる必要があった。ある日やってきた妊婦のお腹を切りましたが、なんとその妊婦は自分の娘だったのです…ショックのあまり、鬼婆になってしまったという…
<安達ケ原ふるさと村> 福島県二本松市安達ケ原4-100

当方は「ちょっと、無理……」という感じですが、度胸のある方、ぜひどうぞ(笑)。

【折々のことば・光太郎】

「展望」に原稿着の由にて臼井吉見氏より一五、〇〇〇圓小為替により送り来る。

昭和22年(1947)6月23日の日記より 光太郎65歳

「原稿」は、自らの生涯と戦争責任を綴った連作詩「暗愚小伝」です。「臼井吉見」は掲載紙『展望』の編集長でした。

「暗愚小伝」、18ページに亘る掲載ではありましたが、その稿料が15,000円というのは、当時の物価から換算すれば破格の金額のように思われます。当方、現代でも15,000円の原稿料を貰えることはほとんどありません(笑)。

お世話になっている福島県いわき市の草野心平記念文学館さんから、年報の第21号が届きました。多謝。発行が2020年3月31日ということで、1年前のものですが、なぜか毎年、この時期に1年遅れで届きます。
001 002
内容的には平成30年度(2018年度)の事業報告的なところがメインです。そこで、当方も拝見に伺った、光太郎にも関わった企画展「宮沢賢治展 ―賢治の宇宙 心平の天―」、「草野心平の居酒屋『火の車』もゆる夢の炎」等について、詳述されていました。
000 001
また、「火の車……」の関連事業として開催された、料理研究家の中野由貴さんによる「居酒屋「火の車」一日開店」について、4ページ。
003 002
さらに、当方は欠礼しましたが、企画展の関連行事等ではなく単独で開催された、当会会友・渡辺えりさんによる「文芸トーク 東北の文学 光太郎・賢治・心平」の筆記録も、5ページにわたって掲載されています。
002 003
渡辺さん、これまでも各地でのご講演や、テレビ番組等で、お父様の正治氏と光太郎の交流について語られてきまして、ここでもそうした内容の部分があります。ところが、ある程度の長さが活字になっているものはこれが初かな、という感じです。その他、スペイン・ゲルニカ平和博物館のレポート的な内容や、東京や花巻でのご体験、心平や賢治へのまなざしなど、興味深く拝読しました。

その他、栗原敦氏(実践女子大学名誉教授)、牛崎敏哉氏(宮沢賢治記念館学芸員)、和合亮一氏(詩人)、安斉重夫氏(彫刻家)のご講演や対談等も活字になっています。

ご入用の方、同館までお問い合わせ下さい。

【折々のことば・光太郎】

朝八時頃阿部弘さんと瀬川孝蔵氏と同道来訪、クキの生きてゐるのを数尾持参。此所で料理されて朝食。生の石たたき。酢みそつけ。塩焼。ヰロリの火にかざしてやく。二尾生かしておく。クキの鱗に霰縞あり、美し。


昭和22年(1947)5月21日の日記より 光太郎65歳

「クキ」は川魚の「ウグイ」のことです。当方は「塩焼」が非常に美味しそうに感じます。

鱗の模様に美を見いだすあたり、光太郎の本領発揮ですね。

今年、2021年は詩集『智恵子抄』発刊80周年ということになり、智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰活動をなさっている「智恵子のまち夢くらぶ」さんの主催で、さまざまな記念事業が計画されています。そのうちの「「智恵子抄」総選挙」について、今月3日の『読売新聞』さん福島版の記事。

「智恵子抄」推し作品求む 詩集出版80年を記念 二本松の団体

 詩人で彫刻家の高村光太郎が妻・智恵子への思いをつづった詩集「智恵子抄」出版から今年で80年となるのを記念し、智恵子が生まれた二本松市の団体「智恵子のまち夢くらぶ」が、詩集の中から最も心に残った作品を決める「総選挙」を開催する。光太郎の命日の2日、募集を始めた。同団体代表の熊谷健一さん(70)は「多くの人に楽しんで応募してほしい」と呼びかけている。
009
 同団体は、市内や関東圏などに住む50~80歳代の男女25人で活動。智恵子ゆかりの地を観光客に案内するツアーや、高村夫妻についての勉強会を開くなど顕彰活動に取り組んでいる。智恵子の生誕120年や没後70年といった節目には、朗読会やコンサートといったイベントも企画してきた。
 今年は「智恵子抄」出版から80年だが、コロナ禍で大勢の人が集まる活動は難しく、全国に投票を呼びかける「総選挙」を計画した。「おうち時間で詩集をゆっくり読んで、2人の波乱万丈の人生から、それぞれの生き方のヒントを得る機会にしてもらいたい」という。
 募集対象は、出版社・龍星閣の「智恵子抄」と続編「智恵子抄その後」の36作品。最も印象に残った1作品を選び、郵便はがきに〈1〉作品名〈2〉選んだ理由(100文字以内)〈3〉氏名〈4〉住所〈5〉電話番号〈6〉年齢――を書き、「智恵子記念館」(〒969・1404 二本松市油井漆原町36)に送る。二本松市本町の市民交流センターには、手作りの投票箱と用紙が置かれており、直接応募できる。締め切りは10月31日(消印有効)で、応募は1人1回まで。抽選で80人に、光太郎と智恵子の記念品を贈る。
   開票結果は、同団体が11月21日に開く予定の第2回全国「智恵子抄」朗読大会で発表される。熊谷さんは「応募してくれる方々がどのような作品を選ぶのか興味深い。まだ読んだことがない方にも、この企画をきっかけに作品のファンになってもらえたらうれしい」と話している。
 問い合わせは、熊谷さん(090・7075・6743)へ。
001
002
龍星閣版の『智恵子抄』、それから『智恵子抄その後』の詩篇が対象で、新潮文庫版などには掲載されているものの、龍星閣版にはない「涙」、「からくりうた」、「松庵寺」などはエントリーされていません。

どの詩が第1位になるか、興味深いところです。何となく、「これかな、いや、こっちも有り得るな、待てよ、こいつも捨てがたい」という予想はできますが、明言は避けましょう。また、福島の団体が主催というのも、カギになるような気もしています。

夢くらぶさん主催の「「智恵子抄」出版80周年記念事業」、他にもいろいろ計画されています。
003
005
また近くなりましたら詳しくご紹介しますが、10月には「「智恵子抄」安達太良キャンプ」(当方、パネルディスカッションのパネラーをを頼まれております)、11月には「第2回全国「智恵子抄」朗読大会」だそうです。

ともあれ、まずは総選挙。「投票された方から抽選で80名様に記念品をプレゼントいたします」だそうで、おそらく、結果如何に関わらない抽選でしょう(当方、勝手に便乗して胴元となり「3連単」とか「オッズ何倍」とかやりたくなってしまいますが(笑))。ふるってご応募下さい。

【折々のことば・光太郎】

午前八時頃定見さん宅にゆき、ホームスパン見学。土沢の及川善三氏方に居らるる福田春子さんといふ女の人講師なり。織り終りあり。仕上げの縮絨といふ工作の見学、手伝ひ。
昭和22年(1947)5月20日の日記より 光太郎65歳

「及川善三」「福田春子」は、それぞれ正しくは「及川全三」「福田ハレ」。それぞれホームスパン作家として活躍しました。光太郎愛用の猟人服は、のちに福田が織った生地を使って作られています。

この日、光太郎が蟄居生活を送っていた太田村山口地区に、福田が講師として来、村人にホームスパン制作の講習を行ったとのこと。光太郎の興味深く見学、さらには「手伝ひ」とまで書かれていますね。

さらに講習終了後、福田に、智恵子遺品にして、イギリスの染織工芸家エセル・メレ作のホームスパン毛布を見せてあげています。

智恵子の故郷・福島県二本松市の広報紙『広報にほんまつ』今月号に、『智恵子抄』所収の「あどけない話」(昭和3年=1928)に由来する「ほんとの空」の語が、ドーンと。
002
003
010
同市はここのところ、「桜の街」としてもPRに力を入れており、一昨年には「2019全国さくらシンポジウム」の会場となりました。「ほんとの空にさくら舞う」は、その際のテーマでしたが、その後もこうして使用され続けています。昨年の『広報にほんまつ』4月号にも同趣旨のページがありました。

ただ「桜がきれいだよ」だけより、美しい青空を背景に、と売りにできるのは、二本松市の強みというか、ある意味、ずるいというか(笑)。

で、市内の桜の名所がいくつか紹介されています。ところが、市内に桜の名所、銘木が多すぎて、昨年とはまた違ったラインナップになっています。昨年は智恵子生家/智恵子記念館裏手の智恵子の杜公園が取り上げられましたが、今年は智恵子と直接関わる場所は紹介されていないようです。もっとも、古木であれば、生前の智恵子が見た可能性は否定できませんが。

広報紙には掲載がありませんでしたが、同市の公式フェイスブックでは、智恵子の杜公園の桜も紹介されていました。
011
それから、智恵子の母校・油井小学校の桜も。
019
少し前にも書きましたが、同市在住の友人によれば、今年はかなり早く咲き始めているとのことで、いかに東北とはいえ、ぼやぼやしていると散ってしまいそうですね。

ライトアップやら、いろいろと関連イベントがあるようですので、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

朝夕美しく巧妙な囀りをする小鳥あり、ツグミか。 油蛇を見る。


昭和22年(1947)5月13日の日記より 光太郎65歳

翌年、光太郎は「クロツグミ」という詩を作りました。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村に生息していたのですね。クロツグミは夏に日本にやってくる渡り鳥。その声を光太郎は「こつちおいで、こつちおいでこつちおいで。/こひしいよう、こひしいよう、」と表しました。ある意味、光太郎自身の心の声のようでもあります。

「油蛇」は、どうもジムグリの方言のようです。全長1㍍ほどにもなる蛇です。

都内から現代アートの展覧会情報です。

もやい展2021東京

期 日 : 2021年4月1日(木)~4月8日(木)
会 場 : タワーホール船堀 東京都江戸川区船堀4丁目1-1
時 間 : 10:00~20:00 7日(水)21時まで 8日(木)17時まで
休 館 : 会期中無休
料 金 : 無料

3.11 そして福島原発事故から10年。 絵画、彫刻、写真、 映像、そしてパフォーマンス… 表現は未来へ何を語り紡ぐのか? 金沢21世紀美術館で好評を博した「もやい展」が 2021年春、東京にあらわる! そして、立ち寄ったあなたも未来への表現者の一人となる。
020

002
003
出展作家:安藤榮作/ウッキー富士原/大塚久/片平仁/金原寿浩/加茂昂/加茂孝子/小林桐美/小林憲明/鈴木邦弘/津島佳子/中筋純/fuu/矢成光生/山内若菜

基本、現代アートの展覧会ですが、展示室に於いてステージパフォーマンスも行われます。
019

明日、4月5日(月)、19:00からは、「高橋アキ(ピアノ)×清水寛二(能楽、謡)」。

4月5日(月)開演:19:00@タワーホール船堀2F ”瑞雲”
高橋アキ:サティ、シューベルト、湯浅譲二、武満徹
清水寛二:観世元春「隅田川」より謡 柳田國男「遠野物語」より朗誦
     高村光太郎「智恵子抄」より朗誦
011

能楽師・清水寛二氏による朗唱「「智恵子抄」より」。清水氏、銕仙会さんご所属だそうで、そうなると、同会の祖とも言うべき観世寿夫昭和32年(1957)に新作能「智恵子抄」を上演しており、そのあたりとも関係があるのかな、と思いまして調べたところ、平成22年(2010)6月にあった公演「観世寿夫三十三回忌 観世雅雪二十三回忌 追善能」で、清水氏が地謡を務められていました。

高橋アキさんという方のピアノ。郡山ご出身の
湯浅譲二氏の作品がプログラムに入っています。湯浅氏といえば、「二本松市民の歌」の作曲者ですし、平成28年(2016)には、郡山市制施行90周年・合併50年を記念する「あれが阿多多羅山 バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の2人』による」も作曲されています。今回の演奏曲目は不明ですが。

メインの現代アート展示の方も、「ほんとの空」を希求して已まない、福島の人々の声なき叫びの代弁、といった趣の作品が多く出ているようです。
001
002
003
004
ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

山口部落のスケツチをする。「至上律」に送る淡彩画にするため。 山桜美しく赤らむ。
昭和22年(1947)5月5日の日記より 光太郎65歳

『至上律』は、北海道で開拓に当たりながら詩作を続けた更科源蔵を中核とした雑誌です。「淡彩画」は、この年11月発行の第2輯にカラーで掲載されました。
022
現物は花巻高村光太郎記念館さんの所蔵です。

↑このページのトップヘ