北の文学 第86号
2023年5月27日 岩手日報社 定価1,100円+税同誌、年2回の発行で、毎号、作品の公募を行っているそうです。
「小説・戯曲・文芸評論」の3部門だそうですが、小説の応募が大多数。今号では応募総数27篇で、内訳は小説21篇、戯曲と文芸評論が3篇ずつ。各部門で優秀作を選ぶわけではなく、3部門を通観して優秀作を選ぶ形で、今回の受賞(優秀作2篇、入選2篇)はすべて小説でした。どうもこのところ小説のみ選ばれているようです。
受賞作決定の際の『岩手日報』さん記事はこちら。
で、優秀作の一つ、瀬緒瀧世氏の「fantome(ファントーメ)」。昭和20年代前半の花巻と郊外旧太田村を舞台とし、光太郎も登場します。タイトルの「fantome」はエスペラント語だそうで、英語の「fantome(ファントム)」からの派生でしょうが、名詞ではなく形容詞のようです(あえて細かな訳は載せません)。
主人公である10歳の少女・シズ江は、他の人間には見えぬそこにいるはずのない人が見え、さらに会話もできるという特殊能力の持ち主。そこで、「fantome」です。ちなみにその力のない普通人も、シズ江と手をつなげば同じことができるという設定です。
シズ江はその力で、光太郎の山小屋で「蒼白い顔をした女」と、花巻まつりの夜に花巻上町通りで「季節外れの黒いコートを着た男」を見、会話をします。そしてシズ江と手を繋いだ光太郎も……。光太郎ファンの皆様には、それぞれ誰なのか、言わずもがなでしょうね。
選評に次のようにありました。
高村光太郎との交流を、村に住む少女の視点から描いた幻想的な物語。史実に基づくエピソードを織り交ぜ、詩情豊かに表現した。
たしかに「幻想的」。一歩間違えば「荒唐無稽」に陥るところですが、その一歩を間違っていません。ただし、一点、史実と異なるところがあり(一昨年刊行されたある書籍に同じ誤りがあり、どうもその書籍を参考にされてしまったようで)ますが、いたしかたありますまい。
当方、いただいてしまいましたが、オンラインでの購入も可能です(最上部リンク参照)。ぜひお買い求めを。
昨夜銀座の辻村農園にてダリアの球根を選び荷造を叮嚀にして直接農園より御送附いたすやう依頼致し候 球には皆それぞれ名称を附するやうたのみ置き候
明治期創業の「辻村農園」は神奈川県小田原市にあり、この頃、東京にも売店を設けていました。そこで買い求めたダリアの球根を、福島の智恵子の実家に送りました。福島では珍しい花で、近隣の人々が長沼家の庭にずいぶんと見に来たそうです。