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テレビ放映情報です。

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2019年7月30日(火) 6時35分~6時45分  再放送 17時00分~17:10

日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら『日本語感覚』を身につける番組。言葉を覚え始めるお子さんから大人まで、あらゆる世代の方を対象に制作しています。今回は、玉屋鍵屋、文楽/智恵子は東京に空が無いといふ「あどけない話」高村光太郎、ヨシタケ×山陽のおよおよ/「蟹工船」小林多喜二、歌/浜辺の歌、五十三次ロケンロー。

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公式サイトに拠れば、「今週は、リクエストを頂いた回の再放送です!」だそうで、調べてみましたところ、平成29年(2017)6月29日に初回放映のあった回のようです。

文楽の三代桐竹勘十郎さんによる人形浄瑠璃仕立てで、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の冒頭2行「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ。」が、50秒間で演じられます。

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この番組、時折、光太郎詩を取り上げて下さるので、ありがたい限りです。再放送や過去の映像の使い回しも多いのですが、それでもありがたく存じます。

ちなみにここ数年ですと、「人に」(大正元年=1912)、「道程」(大正3年=1914)、「」(大正2年=1913)、「冬が来た」(大正2年=1913)など。それらの回も再放送を望みますし、新作もどんどん作っていただきたく存じます。そして、主な視聴対象である小さいお子さん達に、光太郎の名と作品を刻みつけていただきたいものです。


ちなみに明晩はNHK BSプレミアムさんで、やはり「あどけない話」に関わる「偉人たちの健康診断東京に空が無い “智恵子抄”心と体のSOS」が放映されます。併せてご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

ロダンに対する敬愛の情が此の訳をさせたのは素よりの事である。面白づくと一緒に考へられては堪らない。

雑纂「「ランスの本寺」の正誤と訂正、其他」より
 大正4年(1915) 光太郎33歳

翌年、単行書として刊行される光太郎訳の『ロダンの言葉』に関して。「面白づく」は「おもしろいというだけで、無責任にすること。興味本位」。そんなものではないのだよ、という宣言です。

雑誌系を2件。


まず、NHKサービスセンターさんで発行している『NHKウィークリーステラ』。NHKさんのテレビ・ラジオ番組ガイド的な雑誌です。

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明後日放映の「偉人たちの健康診断 東京に空が無い “智恵子抄”心と体のSOS」が、意外と大きく取り上げられています。

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高村光太郎と妻・智恵子の愛の記録 『智恵子抄』を現代医学の視点で読み解く

 太平洋戦争前夜の1941年8月、ある一冊の詩集がこの世に出た。彫刻家の高村光太郎が、妻・智恵子との日々をつづった『智恵子抄』だ。
 明治末期、まだ女性が画家になるなど考えられなかった時代に画家を目指した智恵子。世間の冷たい目にさらされる中、「芸術は自由であるべき」と主張する光太郎に出会い、2人は結ばれる。
 しかし生活は困窮、結婚の翌年、智恵子は肺結核を患う。病状が悪化するたびに福島県の実家へと赴いた智恵子は、東京よりも濃い安達太良山の青空を“ほんとの空”と呼んで愛した。現代医学の視点から見ると、自然に親しむことは副交感神経を活性化し、リラックス効果を得ることができるという。
 智恵子が40代半ばになったころ、商売をしていた実家が倒産。直後から智恵子には、幻覚の症状が表れ、それを絵に描き写すようになる。医師の診断は現代で言う「統合失調症」。入院した智恵子は、差し入れの千代紙などを使って切り絵に没頭していった。近年の研究によると、統合失調症の人は好きなことに熱中すると、症状が安定するという。
 智恵子は何に苦しみ、何を救いとして生きたのか? 美しくも悲しい2人の愛の記録『智恵子抄』を現代医学の目でひもとく。


NHK BSプレミアムさんで、初回放映は明後日、7月25日(木)です。再放送は来週8月1日(木)の朝。ぜひご覧下さい。


続いて、毎月ご紹介しています『月刊絵手紙』さん。「生(いのち)を削って生(いのち)を肥やす 高村光太郎のことば」という連載があり、今号は昭和14年(1939)の随筆、「書について」から。

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平成29年(2017)の12月号でも、まったく同じ文章が使われましたが、今号が光太郎も絶賛した良寛の書を特集しているということで、あえて同じものを再録したとのことです。

この連載もさらに長く続いて欲しいものです。


【折々のことば・光太郎】

僕の芸術のよい所とわるい所とをたしかにありありと、感知し得るものは世に二人しかない。君は其の貴い一人だ。君にこのあはれな集をおくる僕のまづしい喜びを信じて下さい。

雑纂「水野葉舟宛「道程」献辞」より 大正3年(1914) 光太郎32歳

親友の作家・水野葉舟に贈った第一詩集『道程』の見返しにしたためた文言です。

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二人しかない」という「僕の芸術のよい所とわるい所とをたしかにありありと、感知し得るもの」の一人が葉舟。もう一人は、おそらく智恵子でしょう。

明治末に急逝した碌山荻原守衛が存命であれば、ここに加わったかも知れませんが。

TBSさん系のローカルテレビ局・IBC岩手放送さん。毎週金曜日の夜に「ぶっくまーく岩手」というミニ番組を放映なさっているそうです。

「ブックマーク」は栞(しおり)ですね。「しおりをはさんで、また見たくなる。そんな岩手の映像を、毎週お届けします。いにしえから受け継がれてきた伝統の匠の技、北国ならではの美味しい食べ物、 懐かしくも美しいみちのくの風景、岩手ファンを増やす魅力的な観光地、など、など。2分30秒に凝縮した珠玉の映像と音声で、つづって行きます。」だそうで。

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ネット上でも配信されており、先週、花巻高村光太郎記念館さんの回がアップされました。

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いつ放映されたものかよくわかりませんが、雪の季節のロケだったようで……。

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彫刻作品が展示され、詩の朗読を聞けるコーナーもある、第一展示室。

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光太郎の遺品や書などを展示する第二展示室。

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隣接する、光太郎が昭和20年(1945)の秋から丸7年間を暮らした山小屋(高村山荘)の紹介も。

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全国ネットでも放映していただきたいものです。

また、学校さんも夏休みに入り、そろそろ梅雨明けでしょうし、夏の観光シーズンとなります。ぜひ現地にも足をお運びいただきたく存じます。


【折々のことば・光太郎】

宮沢賢治の清書原稿は甚だきれいであるが、その手記初稿の難読さは想像以上で、殆と古代エジプト的イエログリフに近い。編者はその解読に一方ならぬ努力をしてゐるが、筆写の際、万一にも魯魚の誤なきを期しがたい。

雑纂「宮沢賢治文庫おぼえ書」より 昭和21年(1946) 光太郎64歳

『宮沢賢治文庫』は、昭和21年(1946)から同24年(1949)にかけ、日本読書購買利用組合から、光太郎と賢治の実弟・清六の編集で6冊が刊行されました(予定では全11巻)。装幀・題字は光太郎。各巻に光太郎と清六による「おぼえ書」が収められています。

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当方手持ちのものは、花巻高村光太郎記念館さんに無期限貸与中(笑)。第二展示室にて展示されています。上記は平成28年(2016)にTVIテレビ岩手さんで放映された「5きげんテレビ」から。キャプションが間違っていますが。

それにしても、賢治の筆跡を「イエログリフ(ヒエログリフ)」とは、すごい例えですね(笑)。もっとも、こういう状態ですからむべなるかな、という気もしますが。

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以前もちらっとご紹介しましたテレビ放映情報です。

偉人たちの健康診断「東京に空が無い “智恵子抄”心と体のSOS」

NHK BSプレミアム 2019年7月25日(木) 20時00分~21時00分  再放送 8月1日(木) 8時00分~9時00分

健康のヒントは歴史にあり!歴史上の人物の日常生活や病歴、さらには健康へのこだわりから、現代の私たちが元気で長生きするためのヒントを探ります。

太平洋戦争前夜の1941年、一冊の詩集「智恵子抄」がベストセラーとなった。彫刻家・高村光太郎が、画家を目指す妻・智恵子との出会いから死別までの27年間の愛の軌跡をつづった純愛詩集だ。そこには、夫・光太郎をこよなく愛しながらも数奇な運命に見舞われた智恵子の、心と体が発するSOSが記されていた!そして、ついに心を病んでしまった智恵子の心を、夫のもとにつなぎとめた奇跡の○○○とは?時代を超えた純愛物語!

【出演】 関根勤 カンニング竹山 榊原郁恵
【解説】 郷原宏 河村正二 宮崎良文 池淵恵美
【司会】 渡邊あゆみ

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当会顧問・北川太一先生がお持ちの、智恵子から母・センに宛てた書簡が紹介されるそうで、その他、NHKさんですのでCMが入りませんから、正味1時間、けっこうみっしり詰まった内容になるかと存じます。

スタジオゲストの郷原宏氏は、昭和58年(1983)に、未来社から『詩人の妻 高村智恵子ノート』という書籍を刊行された方で、平成27年(2015)にBSフジさんで放映された「発掘!歴史に秘めた恋物語~高村光太郎と智恵子~決して女神でない」にもご出演なさいました。

NHKさんというと、やはり平成27年(2015)に、「歴史秘話ヒストリア 第207回 ふたりの時よ 永遠に 愛の詩集「智恵子抄」」を放映して下さいましたが、その際の映像がいろいろと使い回しされるようです。

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今回の予告編に出たこちら。左は「ヒストリア」の再現Vに出演された鈴木一真さんと前田亜希さん。右の『智恵子抄』は、「ヒストリア」の際にお貸しした当方手持ちの『智恵子抄』です(笑)。昨年放映された「民謡魂 ふるさとの唄 福島県二本松市」でも使われました。どうもNHKさん内部でアーカイブ的な映像として登録されているようです。

こちらも前田亜希さんですね。

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番組内容紹介にある「心を病んでしまった智恵子の心を、夫のもとにつなぎとめた奇跡の○○○とは?」の「○○○」、最初は「レモン」かな、と思っていました。昭和13年10月5日(水)、南品川ゼームス坂病院で、光太郎が持参したレモンをがりりと噛んで、一瞬、意識が正常に戻って逝ってしまった智恵子。そこで、レモンには精神を落ち着かせる効用が……的な話になるのかなと思っていましたが、どうもそうではないようです。

予告編に拠れば「○○○」は「アート」。なるほど、最近はやりのパラアート的な部分、アートセラピーなどの分野で智恵子の紙絵が取り上げられることも多いので、そっちか、という感じでした。

ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

自分の彫刻がもう一ぺん生きかえつて来たのを、大変ありがたいと思つて感謝しております。

談話筆記「裸婦像完成記念会挨拶」より 昭和28年(1953) 光太郎71歳

智恵子の顔を持つ、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の完成記念会での挨拶から。

よくあるたとえの、ローソクの火が燃え尽きる前に一瞬輝きを増す、まさしくそれが起こったわけで、同じ挨拶で光太郎が述べたとおり、像の制作中はそれまで悩まされていた結核性の喀血も不思議と止んだそうです。

まじめな論文などでは許されないのでしょうが、あの世から智恵子が力を貸してくれた、的な、そんな解釈をしたくなります。

地上波テレビ朝日さん、そして系列のBS朝日さんで放映中の「やすらぎの刻~道 テレビ朝日開局60周年」。先月放映の第48話、そして直前の第47話でも、光太郎の『智恵子抄』が取り上げられました。

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倉本聰さんによる、その脚本集第一巻が出版されました。

やすらぎの刻~道~ 第1巻

2019年6月21日 倉本聰著 双葉社 定価1,800円+税


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4月からテレビ朝日系で毎週月曜日から金曜日に約1年にわたり放送される連続ドラマ「やすらぎの刻 ~道」の原作本。テレビ全盛期を支えた者だけが無償で入れる老人ホーム「やすらぎの郷」を舞台に名優たちが演じる現代劇は前作「やすらぎの郷」と同様に展開される一方で、今回は主人公・菊村栄(石坂浩二)がドラマ内で執筆するシナリオ「道」が新たに映像化される。

第50話までが収録されており、『智恵子抄』に触れられた第47話、48話も収められています。

第47話、48話とも、主人公である石坂浩二さん演じる脚本家の菊村栄が、どこに発表する当てもなく書いているシナリオ「道」が、菊村の脳内ドラマとして描かれる「道」パート。戦前から戦時中の山梨県の架空の集落「小野ヶ沢」が舞台です。

47話では、「道」パートの語り手である農家の四男坊・根来公平(風間俊介さん)が母(岸本加世子さん)を亡くし、その知らせを受けて海軍航空隊に入営していた次兄の公次(Kis-My-Ft2の宮田俊哉さん)が帰省、公平と三男の三平(風間晋之介さん)が、村の共同墓地で公次を出迎えたシーン。昭和16年(1941)の晩秋、太平洋戦争開戦直前という設定です。

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公次、久しぶりに目にする故郷の山々を前に……

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そして美術好きな三平に向かって……

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さらに「読んでみろ。沁みる」。敬愛する兄の言葉に、三平は……

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続いて第48話。

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夜になって、公次が三平・公平の部屋にやってきて……

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手に取ってみる三平と公平。すると、書き込みのしてあるページがあることに気づく二人。それは「あどけない話」(昭和3年=1928)のページで、「阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ。」の箇所、「阿多多羅山」が消されて「小野ヶ沢」となっています。

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第47話での公次のセリフ「いいな、小野ヶ沢は」は、この伏線だったというわけで……。

この後、夜が明けたらまた基地に戻らねばならない公次のホイスパーで、「あどけない話」。公次はおそらく、米英との戦争が始まれば南方に派遣されるであろうこと、そして無事帰ってくるのが困難であろうことが分かっています。それだけに故郷の風景は心に沁みたのでしょう。

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沁みました(笑)。

脚本集第一巻、一般新刊書店で平積みになっています。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

かういふ質問には私にはまつたく苦手です。希望はあるけれど、予測は無いのです。(希望を書いてよければむろん新興リアリズムの詩の横溢を望みます。)

アンケート「貴下は後継詩壇を背負ふ人として如何なる人々を推されるか」
全文  
昭和5年(1930) 光太郎48歳

新興リアリズムの詩」は、この時期の光太郎が近い位置にいたプロレタリア詩、アナーキズム系を指すのではないかと思われます。そういった方面に期待は寄せるが、それが主流になることもないだろうという光太郎の予想、みごとに当たります。そして光太郎自身も、軍部翼賛の方向に……。

昨日、NHK Eテレさんで放映された日曜美術館「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」を拝見しました。

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先般、未公開作品100余点が発見され、また脚光を浴び始めてい夭折の天才画家・村山槐多(明治29年=1896~大正8年=1919)。その早すぎる晩年に光太郎と交流がありました。番組サブタイトルの「火だるま槐多」は、光太郎が彼に捧げた詩「村山槐多」(昭和10年=1935)から採られ、その説明もありました。

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コメンテーターとしてビデオ出演なさり、さらに槐多の詩の朗読も披露された詩人の高橋睦郎氏は……。

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ちょっとカチンときましたが(笑)、まぁ、たしかにそうとも言えますね。

そして槐多絵画の代表作や、新たに見つかった作品などが、彼の詩と共にいろいろ紹介されました。

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知っているようでよく知らなかった、槐多の短い生涯もうまくまとめられており、非常にわかりやすく見応えもありました。

次の日曜の夜、再放送があります。

日曜美術館 「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

NHK Eテレ 2019年6月30日 20:00~20:45

自由奔放な絵を描き、22歳の若さで夭折した村山槐多。没後100年にあたる今年、展覧会開催を機に新発見の作品も相次いでいる。村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく
火だるまのような色、ガランス(暗赤色)こそ槐多の絵の最大の特徴である。『自画像』や『カンナと少女』。そして赤いオーラを放ちながら裸の僧侶が小便する『尿する裸僧』。今年は槐多が亡くなって丁度(ちょうど)100年。展覧会の開催を機に新発見の作品も相次いでいる。番組では、新たな作品の紹介をまじえながら、村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく

【ゲスト】美術史家…村松和明
【出演】世田谷美術館館長…酒井忠康 詩人…高橋睦郎
【司会】小野正嗣 柴田祐規子


再放送といえば、地上波テレビ東京さんで、今年4月に放映された「開運!なんでも鑑定団」。ゲスト秋川雅史さんが、光雲作の木彫の名品「寿老舞」をお持ちになった回。

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系列のBSテレ東さんで放映があります。

開運!なんでも鑑定団【秋川雅史のお宝がスゴイ&日本のゴッホ(秘)絵画】

BSテレ東 2019年6月27日(木)  19時55分~20時55分

歌手・秋川雅史のお宝に衝撃の鑑定結果!さらに秋川の意外な趣味とは?▽母が70万円で購入した妖しい輝きを放つ大きな水晶球は本物?▽“日本のゴッホ”山下清の貴重絵も!

MC 今田耕司 福澤朗  ゲスト 秋川雅史  アシスタント 片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
出張リポーター 松尾伴内(出張鑑定in 茨城県五霞町)  ナレーター 銀河万丈、冨永みーな


それぞれ見逃されている方、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

一、肌の凍る様な冬が好き。
二、空気の透きとほつた山が好き。

アンケート「どちらが好きか」より 明治45年(1912) 光太郎30歳

一は「夏と冬と」、二は「山と海と」という設問に対しての回答です。生涯冬を愛し、晩年には岩手の山中に独居自炊の生活を送った光太郎らしい回答です。

またテレビ放映情報です。

光太郎と交流のあった夭折の天才画家・村山槐多(明治29年=1896~大正8年=1919)。先般、その未公開作品100余点が発見され、また脚光を浴び始めています。それらを展示している愛知県岡崎市のおかざき世界子ども美術博物館さんの「没後100年 岡崎が生んだ天才 村山槐多展」でのロケを中心にしています。

日曜美術館 「火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」

NHK Eテレ 2019年6月23日(日) 9:00~9:45  再放送 2019年6月30日 20:00~20:45

自由奔放な絵を描き、22歳の若さで夭折した村山槐多。没後100年にあたる今年、展覧会開催を機に新発見の作品も相次いでいる。村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく
火だるまのような色、ガランス(暗赤色)こそ槐多の絵の最大の特徴である。『自画像』や『カンナと少女』。そして赤いオーラを放ちながら裸の僧侶が小便する『尿する裸僧』。今年は槐多が亡くなって丁度(ちょうど)100年。展覧会の開催を機に新発見の作品も相次いでいる。番組では、新たな作品の紹介をまじえながら、村山槐多の絵を詩の朗読とともに見ていく

【ゲスト】美術史家…村松和明
【出演】世田谷美術館館長…酒井忠康 詩人…高橋睦郎
【司会】小野正嗣 柴田祐規子

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サブタイトルの「火だるま槐多」は、光太郎詩「村山槐多」(昭和10年=1935)から採って下さいました。

    村山槐多

 槐多(くわいた)は下駄でがたがた上つて来た。
 又がたがた下駄をぬぐと、
 今度はまつ赤な裸足(はだし)で上つて来た。
 風袋(かざぶくろ)のやうな大きな懐からくしやくしやの紙を出した。
 黒チョオクの「令嬢と乞食」。

 いつでも一ぱい汗をかいてゐる肉塊槐多。
 五臓六腑に脳細胞を遍在させた槐多。
 強くて悲しい火だるま槐多
 無限に渇したインポテンツ。

 「何処にも画かきが居ないぢやないですか、画かきが。」
 「居るよ。」
 「僕は眼がつぶれたら自殺します。」

 眼がつぶれなかつた画かきの槐多よ。
 自然と人間の饒多の中で野たれ死にした若者槐多よ、槐多よ。


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以前にも書きましたが、槐多は詩も書き、光太郎に見て貰ったりもしていました。歿した翌年、大正9年(1920)には、『槐多の歌へる』の題で詩集が出版され、光太郎も推薦文を寄せています。番組紹介で「詩の朗読とともに」とあるのは、おそらく槐多の詩でしょうが、光太郎の「村山槐多」もぜひ取り上げていただきたいものです。

詩「村山槐多」は、槐多の死後17年も経ってからの作です。同様に、翌年には歿後26年経った親友の碌山荻原守衛を偲ぶ「荻原守衛」という詩も書いています。双方、根柢には先に逝ってしまった敬愛すべき親しい芸術家への哀悼の意がこめられ、似たような読後感を受けます。なぜこの時期に、という疑問が残りますが。

ちなみに、来月末から、長野県上田市でも槐多の作品展が開催されます。残念ながら休館となってしまった信濃デッサン館さん、それからこちらは現在も健在の戦没画学生慰霊美術館・無言館さん館長の窪島誠一郎氏が槐多に惚れ込み、かつては信濃デッサン館さんで描いた作品を多数展示されるなどしていた縁ですね。関連行事として窪島氏とおかざき世界子ども美術博物館副館長代行・村松和明氏の対談も予定されています。


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さらにちなみに、美術図書出版の老舗・求龍堂さんから、『真実の眼ーガランスの夢 村山塊多全作品集』というカタログレゾンネ的な書籍も出版されました。編著は村松氏です。

他紙は存じませんが、『朝日新聞』さんでは広告も出ました。ただ、求龍堂さん自体のサイトにはまだ情報が出ていないようです。

当方、上田の展覧会には参ずるつもりです。関連する情報等出ましたら、またご紹介します。

さて、「日曜美術館」さん、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

ロダンの彫刻や素画は近代が有し得た天才性の一分水嶺である。一均衡である。此巨大な芸術家の暗示する未だ目覚めざる美が東洋に在る事を信ずる私達は、先づ此古代的近代人の閲歴から生れた言葉を深く味ひたいと思ふ。

雑纂「訳書広告「続ロダンの言葉」」全文 大正9年(1920) 光太郎38歳

この年刊行された光太郎訳『続ロダンの言葉』の広告から。

いったいに光太郎は、自己の芸術を推し進めるだけでなく、先人(ロダンやミケランジェロその他)や同時代の芸術家(槐多や守衛など)にも学び、いいものはいいと評価する姿勢を崩しませんでした。

論語に曰くの「学而不思則罔 思而不学則殆」ですね。先人などに学ぶだけで自分なりの考えを持たなければ真の理解にはたどり着かず、自分だけの考えに頼って広く他から学ぶことをおろそかにすれば、独断に陥って危険だ、といったところでしょうか。光太郎はこのあたりのバランスが絶妙だったように思われます。

テレビ放映情報です。

たけしのニッポンのミカタ! 老若男女がなぜ登る?山に魅せられたニッポン人

テレビ東京 2019年6月21日(金) 21時54分~22時54分

▽山頂に渋滞!9000人が集まる安達太良山の山開きに密着 ▽個人で山を購入!? 一万坪をひとり占め…山の(秘)楽しみ方 ▽人生が変わる!? 三浦豪太&市毛良枝が山で出会った奇跡の風景 ▽登山者数世界一! あなたの知らない高尾山

司会   ビートたけし、国分太一 
ゲスト  三浦豪太(プロスキーヤー・登山家)、市毛良枝(女優)

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智恵子の故郷・福島二本松に聳え、先月19日、第65回山開きが開催された「ほんとの空」のある安達太良山。その山開きの様子が紹介されます。

当方、今年、山開きに合わせ、初めて山頂まで登りました。そこでもしかすると当方も映るかもしれません(笑)。ロープウェイの奥岳登山口駅で、テレビ局スタッフらしき皆さんに「切符を買っているところを、手だけ撮らせて下さい」と言われ、承諾いたしました。地元のローカルニュース系だろうと思っていたのですが、ことによるとこの番組ということも考えられます。山頂付近ではテレビ局さんらしきクルーには気づかなかったのですが(番組紹介にあるとおり、多くの人で人山の黒だかりでした(笑))、途中の登山道でそれっぽい人達を追い越したような気もします。

安達太良山と光太郎智恵子との関わり、そして「ほんとの空」的な紹介が少しでも為されれば、と思っております。キー局がテレ東さんで、全国的には試聴可能地域が限られますが、番販の形で他局系でも遅れて放映されるようですので、各地域でご注意していて下さい。

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【折々のことば・光太郎】

大酒はもとより大毒。のまずにすむなら酒はのまぬが一番。もしのむなら安くてわるい酒は禁物。高くてもよい酒が結構なれど安くてよい酒なら尚ほ結構な道理でございます。

雑纂「古雅清醇 ゐなか酒「花霞」引札」より
 大正12年(1923) 光太郎41歳

「花霞」は、智恵子の実家、福島県油井村(現・二本松市)の長沼酒造で作っていた日本酒のブランドです。この年9月1日の関東大震災後、とにかく物が不足していたことから、光太郎が東京に取り寄せ、自ら荷車を引いて売り歩いたとのこと。ラベルや引札も木版で作りました。引札は二本松の智恵子記念館さんに展示されています。

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ちゃんとやればそれなりに商売になったのでしょうが、結局は友人知己にただで呑まれてしまい、ほとんど儲けにならなかったとのこと。当会の祖・草野心平は無実です(笑)。この頃はまだ光太郎と知り合っていませんし、第一、中国に居ました。

まず出版系から。

NHK大河ドラマ・ガイド いだてん 後編

2019年7月5日 NHK出版 定価1,100円+税

話題の大河ドラマ、ガイドブック第2弾!
巻頭は、阿部サダヲ×中村勘九郎×役所広司の座談。
新聞記者・田畑政治の同僚、世界の舞台で大活躍の水泳選手など、新しい登場人物を一挙紹介! 
関東大震災、第二次世界大戦の足音……逆境の中でも輝くアスリートの栄光と苦悩、それを支える人々の泣き笑い。000
波乱万丈のドラマをさらに深掘りできる一冊!

【章立て】
 座談 阿部サダヲ×中村勘九郎×役所広司
 出演者紹介&インタビュー
 水泳チーム座談会
 水泳撮影の舞台裏
 美術特集~関東大震災からの復興を描く
 女子アスリートの系譜
 オリンピックとその時代
 あらすじ
 大友良英とスゴ腕ミュージシャンたち
 実感放送~スポーツ中継の歴史をひもとく
 いだてん新聞 ほか

主に9月15日(日)放映の第36回までをカバーする内容です。以後の放映については9月に「完結編」が刊行されるそうです。

「あらすじ」の項で、第36回までのかなり詳細な内容が明らかになっています。「ここまでネタばらしちゃっていいのか?」と思うほどでした。それによれば、昭和11年(1936)のベルリンオリンピックまでが描かれています。

このドラマ、これまでも、光太郎智恵子ゆかりの人物が登場していました。光太郎がその肖像レリーフを手がけた嘉納治五郎師範(役所広司さん)、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が顕彰する対象の武田千代三郎(永島敏行さん)、そして小学生だった智恵子をかわいがり、道を示した寺島しのぶさん演じる二階堂トクヨ(トクヨについてはまた明日、詳述します)……。

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今後登場する新キャラの中にも、光太郎ゆかりの人物が多数含まれます。

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まず、アスリート系。今後、水泳陣がクローズアップされていきまして、代表チームを引っ張るリーダー的な存在・高石勝男。斎藤工さんが演じられます。

昭和6年(1931)、雑誌『モダン日本』に掲載されたアンケート「私の贔屓(ひいき)集」での光太郎の回答が以下の通り。

 野球     贔屓人物移動中にて挙げ難し
 庭球     コオシエ
 ラグビー  いまだ渾沌たり
 陸上競技  走高跳のキムラ
 水上競技  曾てタカイシなりしが今移動中
 将棋     土居八段、関根名人、
 碁      呉少年

「コオシエ」はフランスのテニス選手。昭和5年(1930)には来日し、東京や大阪で日仏対抗の試合を行っています。「キムラ」は早稲田大学の学生だった木村一夫。アムステルダム(昭和3年=1928)、ロサンゼルス(昭和7年=1932)の両オリンピックでともに6位入賞でした。「土居八段」は土居市太郎、「関根名人」は十三世名人関根金次郎。碁の「呉少年」は呉清源です。そして「タカイシ」が高石勝男。「移動中」って、光太郎、冷たいですね(笑)。


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続いて、上白石萌歌さん演じる前畑秀子。ロスでは銀、4年後のベルリンでみごと日本女性初の金メダリストとなりました。

以前にこのブログに書きましたが、光太郎、彫刻家の眼で観て、前畑の身体美を絶賛しています。昭和16年(1941)、『読売新聞』に連載された座談会「新女性美の創造」から。

 吉田 「水泳の人の身体は違ふ。」
 高村 「前畑さんなどは普通では肥りすぎてゐるやうにい
     はれるけれども、僕などの立場から見ると実に美し
     いものですね。」
 竹内 「前畑さんは丁度理想的な寸法で決して肥りすぎて
     はをりません。あの人がドイツから帰つて来た日に
     私、宿舎へ行き、身体測定をしました。(略)寸法で
     いひますと身長が一六〇糎、胸の周りが九〇・二
     糎。(略)それから目方はあの人は五八瓩です。」

「吉田」は吉田章信(体育研究所技士・文部省体育官)、「竹内」は医師の竹内茂代です。

当時の日本女性の平均値は身長150㌢、体重53㌔㌘ぐらいだったそうですので、たしかに立派な体格です。同じ座談によれば、前畑と死闘を演じたドイツのゲネンゲルも全く同じ体格だったそうです。


「いだてん」、幻に終わった昭和15年(1940)の東京オリンピック招致の話にもなりますので、そうした関係から政治家の面々も登場します。

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昭和7年(1932)の五・一五事件で暗殺された犬養毅(塩見三省さん)。「木堂」の号で書家としても有名だった犬養、光太郎はその晩年に書かれた「書についての漫談」(昭和30年=1955)の中で、書家としてより書の理論家としての犬養を高く評価しています。


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昭和11年(1936)の二・二六事件で命を落とした高橋是清。今年3月に亡くなった萩原健一さんです。光太郎、昭和2年(1927)の随筆「人の首」で、肖像彫刻を作ってみたい人物を挙げていますが、その中に高橋の名も。曰く「写真で見ると、高橋是清氏と、浜口雄幸氏とが面白い」。政治家で名を挙げているのはこの2人だけです。

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今後、五・009一五事件や二・二六事件、それ以前に次回6月16日(日)の放映から大正12年(1923)の関東大震災が描かれますし、やがて嘉納治五郎が必死の思いで誘致に成功した東京オリンピックも日中戦争の影響で返上と、ある意味悲惨な時代が舞台となっていきます。それにもめげず、それぞれの競技に打ち込むアスリートや、体育行政関係者達の姿が今後の焦点。元々時代劇の流れをくむ大河ドラマ、定番の戦国時代や幕末の合戦や斬り合いなどの代わりに、スポーツによる戦いが描かれ、その意味では従来の大河に対するアンチテーゼともいえるかもしれません。

ちなみに右は『NHK大河ドラマ・ガイド いだてん 後編』に掲載されている写真。光太郎の父・光雲が主任となって制作された上野の西郷隆盛像ですが、関東大震災直後の写真で、台座や像のあちこちに尋ね人的な張り紙が為されています。


余談になりますが、「いだてん」、当方自宅兼事務所のある千葉県香取市でもロケが行われています。

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6月2日(日)放映の第21回「櫻の園」。大正9年(1920)のアントワープ五輪で惨敗して帰国した水泳代表チームが、現地での屈辱を回想するシーン。

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古式泳法で泳ぐ日本チームが、練習用プールで欧米選手に笑いものにされた、という設定です。世界の主流は新しく考案されたクロールに移っていましたが、日本にはまだ伝わっていませんでした。

この練習用プールとして使われたのが、香取市と茨城県稲敷市にまたがる横利根閘門(よことねこうもん)。利根川と、その支流である横利根川の間に設けられたレンガ造りの水門で、船が航行する際に二つの川の異なる水位を調整してから通るための施設です。閘門はパナマ運河がこの方式ですし、東京の下町にもいくつか現存しています。

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光太郎が第一詩集『道程』を刊行し、智恵子と結婚披露を行った大正3年(1914)に工事が始まり、大正10年(1921)に完成しました。現在はあまり船舶の通行はありませんが、現役です。補修は行われたものの、ほぼ建造当時の姿を残し、平成12年(2000)には国指定重要文化財に認定されました。

したがって、「いだてん」の役者さん達が泳いでいたのは、川です(笑)。オンエアが6月では、まだ寒い時期のロケだったでしょうに……。

背景に小さく映っている建物がこちら。機械室のような。これもほぼ当時のままです。たしかにアントワープっぽいかもしれません(笑)。

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古式泳法をせせら笑う欧米選手の背後に映っている並木。香取市の木に指定されているポプラです。

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香取市、江戸時代から続く古い街並みも残っており、旅番組(最近は散歩系番組)などで取り上げられることも多く、また、ドラマや映画のロケにもしょっちゅう使われています。NHKさんですと、やはり大河ドラマ「八重の桜」(平成25年=2013)や連続テレビ小説「花子とアン」(平成26年=2014)など。横利根閘門も、泉ピン子さん主演の2時間ドラマ「名司会者・寿鶴子殺人スピーチ(2) 花嫁に忍び寄るストーカー そして父が殺された!14年前の殺人事件に翻弄された運命の恋人達に捧げる涙の結婚式」(平成18年=2006・フジテレビ)などのロケが行われました。隠れた桜の名所でもあります。

閑話休題。「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)」、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

この奈良にまゐりてより、私ただ夢ごこちに日を送り居ることに候。南大門の仁王の前に初めて立ち候ときの私、斑鳩(いかるが)の法隆寺に金堂の壁画を透し見し時の私、何知らずわななきしこの腕お察し下されたく候。

雑纂「「相思」より」全文 明治34年(1901) 光太郎19歳

東京美術学校の修学旅行で初めて奈良を訪れ、古仏の数々に接した際の感動を、書簡体で与謝野夫妻の『明星』に寄せたものです。後に知るロダンの彫刻と併せ、これらも光太郎彫刻の骨肉の一つとなりました。

まず明らかに「智恵子抄」に触れられるもの。

やすらぎの刻~道 #48 テレビ朝日開局60周年

地上テレビ朝日 2019年6月12日(水)  12時30分~12時50分
BS朝日      2019年6月13日(木)  7時40分~8時00分

巨匠・倉本聰氏が1年間をかけて描くのは、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯。そして『やすらぎの郷』のその後。2つの世界が織り成す壮大な物語!

出演
 清野菜名 風間俊介 宮田俊哉(Kis-My-Ft2) 佐藤祐基 風間晋之介 井上希美
 木下愛華 (他)
作  倉本聰
主題歌 中島みゆき『慕情』『進化樹』『離郷の歌』
(株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ)

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放映開始前の4月、このブログでご紹介しましたが、いよいよ劇中で「智恵子抄」が取り上げられる回の放映があります。舞台は太平洋戦争開戦前夜、山梨県の山間部・「小野ヶ沢」という架空の集落です。元養蚕農家だった根来家、語り手の四男・公平(風間俊介さん)は、半年ほど前の父(佐戸井けん太さん)に続いて母(岸本加世子さん)を亡くします。公平の親友たちの家を含む集落のかなりの世帯が開拓団として満州に渡る直前、という設定です。霞ヶ浦の海軍航空隊に入営していた次男の公次(Kis-My-Ft2の宮田俊哉さん)が、母の死の知らせを受けて帰郷、公平に『智恵子抄』を渡すそうで。昭和16年(1941)という設定ですから、龍星閣版『智恵子抄』はこの年8月に刊行されているので、矛盾はありません。

書き込みのしてあるページがあることに気づく公平。それは「あどけない話」(昭和3年=1928)のページで、「阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ。」の箇所、「阿多多羅山」が消されて「小野ヶ沢」となっているそうです。

このドラマ、人にとっての「故郷」「原風景」とは何か、的な問いかけが全体を貫くメインテーマとなっており、そうした中でこのような展開となるのでしょう。

ネット上では無料配信も為されています。


続いて再放送ですが……。

昼の特選ドラマ劇場 おかしな刑事~居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査 東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!

BS朝日 2019年6月13日(木)  12時00分~13時55分

伊東四朗が叩き上げの刑事、羽田美智子がエリート警視という凸凹父娘コンビを演じる大人気シリーズの第8弾 ‼ 篤志家の社長が刺された! その背後には、30年前、東京タワーの下で起きた誘拐事件の影が…!?

出演 伊東四朗 羽田美智子 石井正則 小倉久寛 辺見えみり 山口美也子 木場勝己 小澤象
   丸山厚人
 菅原大吉 (他)

初回放映は平成23年(2011)。その後、年に数回、地上波テレ朝さんや系列のBS朝日さんでくり返し放映されています。当方、しばらくその存在に気づきませんで、今年の4月、やはりBS朝日さんでの再放送を初めて観ました。

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事件の鍵を握る母子が、智恵子の故郷・福島二本松出身という設定(実際には違うのですが……)。

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そこで、伊東四朗さん扮する鴨志田刑事、娘の(実は秘密)岡崎警視(羽田美智子さん)と共に、二本松へ。岳温泉、安達太良山、智恵子生家、その裏手の鞍石山などでロケが行われました。

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ところで下の画像の石碑、安達太良山にあるようなのですが、当方、場所が分かりません。先月、安達太良山の山開きに参上した際に探したものの、見つけられませんでした。情報をお持ちの方はご教示いただけると幸いです。

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さらに、光太郎の父・光雲が手がけた仁王像が納められた信州善光寺、そして光太郎智恵子が結婚の約束を結んだ上高地をめぐる旅番組。

美しい日本に出会う旅▼初夏、新緑の上高地へ 北アルプスの絶景秘湯と天空の花園

BS-TBS  2019年6月12日(水) 21時00分~21時54分

いま一番美しい季節を迎えた信州へ!善光寺参りをスタートに、安曇野・上高地へと絶景をめぐる初夏の旅です。七味唐辛子に並ぶ大人気名物が、「鯉焼」。そのこだわりの秘密とは?北アルプスの絶景が映る田んぼの絶景、安曇野。ここだけの不思議な蚕は、若草色でした!上高地への入り口に、絶景露天風呂の湯宿がありました。でも離れの湯は、なんと車で20分の秘湯?そして今だけの幻の花・ニリンソウの絶景を求めて、上高地ハイキングへ。そこで出会ったのは伝説の画伯でした。瀬戸康史さんがご案内します。

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安曇野も入っていますので、碌山美術館さんも取り上げていただきたいところですが……。


それから、光太郎第二の故郷ともいうべき岩手・花巻。光太郎を敬愛し、光太郎もその才を高く評価していた宮沢賢治がらみです。

心に刻む風景 宮沢賢治(3) 岩手県花巻市…教師として訪れた地

地上波日本テレビ 2019年6月12日(水)  21時54分~22時00分

歴史に名を残す人物の誕生の地や活躍の舞台、終の棲家などを訪ねます。今も残る建物や風景から彼らの人生が浮かび上がってきます。

語り 中村吉右衛門

5分間番組です。(3)ということで、先々週は盛岡、先週は小岩井農場でした。で、明日が花巻。賢治は花巻出身なので「訪れた」というのはおかしいような気もしますが……。光太郎がその碑文を揮毫した「雨ニモマケズ」碑あたりを紹介してほしいものです。


それぞれ、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

ひどい時には右手は使へず、左手でハガキなどを書く時もある。卓に向つて字を書くといふ姿勢そのものにすでに病因の一つがあるかと思ふこともある。しかし今年あたりはどうしてもこの病気を退治して、もう一度彫刻の仕事にとりかかりたいと思ふので、自分の健康について、今いろいろ検討を加へてゐる。

散文断片「健康について」より 昭和31年(1956) 光太郎74歳

亡くなったその年の、おそらく正月に書かれたと思われるボツにした原稿の断片から。光太郎、最期まで自身が結核であることを認めたがらず、恢復に一縷の望みを寄せていました。単に生きながらえたいというより、やはり彫刻がやりたかったのですね。

直接、光太郎智恵子には関わりませんが……。

まず、昨日朝のNHKさんの「ニュース おはよう日本」。愛犬の散歩を終え、リビングで新聞のテレビ欄に目を落とすと……。

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「上皇ご夫妻・約60年前の秘蔵フィルム」。「これは!」と思い、急いでテレビをつけましたが、時既に遅く、天気予報が始まったところでした。なぜ「これは!」と思ったかというと、4月に信州安曇野の碌山美術館さんにお邪魔した際、そういうお話を伺っていたからです。

その後、ネットで調べましたところ、やはり碌山美術館さんがらみでした。

上皇ご夫妻・約60年前の秘蔵フィルム

4月に退位された上皇さまと上皇后さま。
約60年前の姿を修めたとされる16ミリフィルムが長野県安曇野市・碌山美術館に残されていた。
美術館には日本近代彫刻の父・荻原碌山の作品などが展示されている。
碌山美術館・濱田卓二は「上皇ご夫妻が美術館にご来館されたことがあり、そのときの記録フィルムと伝わっている」と話す。
昭和36年3月、穂高町報には当時皇太子ご夫妻だったお二人が長野県内での視察の途中に美術館に立ち寄られたという記録が残っている。
民間人がビデオカメラを持っていること自体が珍しかった時代、地元の中学校教師が撮影したものを寄贈した。
しかし美術館には再生機がなく、中身が確かめられたことはなかった。
専門業者に再生を依頼したところ、3月の雪の中の上皇ご夫妻の様子が1分40秒間うつされていた。
お二人はこの訪問の2年前にご結婚し、翌年には長男になる天皇陛下がお生まれになっていた。
成城大学非常勤講師・瀬畑源は「ご夫妻で全国に行きはじめる初期の時代の映像。美智子妃はまだ地方視察に行くことがほとんどなかったと思う。国民との関係をどう作るのか、自分たちがどう理解しないといけないのかということを実際に実地で学んでいったという時期」と話す。
当時美術館でご夫妻を迎えた彫刻家・荻原碌山の親族・荻原義重は「わずか数メートル前で皇太子ご夫妻をお迎えできることは昔はなかった。皇室と一般の人たちの垣根が取り払われた感じがした」という。



民間人がビデオカメラを持っていること自体が珍しかった時代」という部分がおかしいのですが(ビデオカメラという物自体おそらく存在しませんで、当時は16ミリカメラです)、現今の若い人々にはそのあたりの区別が付かないのでしょう。

ご成婚が昭和34年(1959)、それからほどなく碌山美術館さんを訪れられたそうで、まだ個人美術館というものが珍しかった時代、おそらくお二人での最初の個人美術館ご訪問だったのでは、というお話でした。現在では碌山荻原守衛の作品以外に、親友だった光太郎の作品も複数展示して下さっている同館ですが、当時はまだ光太郎作品の展示はなかったように思われます。

その後のご訪問はないということで、館の方では、また改めてゆっくりいらしていただきたいというようなお話をされていました。実現してほしいものです。


テレビ系の話題を出しましたので、ついでというと何ですが、光太郎智恵子ゆかりの地や光太郎周辺人物に関わる近々放映の番組をご紹介します。

まず、大正元年(1912)、結婚前の光太郎智恵子が愛を確かめ合った、千葉銚子犬吠埼。

ブラタモリ#136 「銚子~銚子はなぜ日本一の漁港になった?~」

NHK総合 2019年6月8日(土) 19:30~20:15

水揚げ量8年連続日本一!千葉県・銚子漁港に全国の漁船が集まる秘密をタモリさんが解き明かす!▽“トンガリ”地形が生んだ奇跡の漁場▽しょうゆマネーが漁港を生んだ!?
「ブラタモリ#136」で訪れたのは千葉県・銚子市▽銚子はむかし島だった?犬吠埼で1億2000万年前の地層を手がかりに、太平洋に突き出したトンガリ地形の秘密を探る▽坂道の上に広がる台地で生まれた高級品とは?▽銚子電鉄・緑のトンネルに「鉄道大好き」タモリさんも大興奮!▽江戸時代の銚子にばく大な利益をもたらした「しょうゆ」にかくされた秘密とは!?▽マイナス35度!巨大冷凍工場が日本一の銚子漁港を支えた!

出演 タモリ 林田理沙  語り 草彅剛

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この番組では、一昨年、「#81 十和田湖・奥入瀬 ~十和田湖は なぜ“神秘の湖”に?~」が放映され 、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を2秒間(笑)映して下さいました。ちなみに先週の放送は、当方自宅兼事務所のある千葉県香取市でした。


続いて、光太郎の姉貴分・与謝野晶子がらみ。

百年名家 「金沢八景に残る明治の薫り~旧伊藤博文金沢別邸と旅館 喜多屋~」

BS朝日 2019年6月9日(日) 12時00分~12時55分

今回訪ねるのは、景勝地・金沢八景。すっかりと様変わりしてしまった町並みの中、与謝野晶子が愛した料亭旅館と伊藤博文が建てた海浜別荘には、明治の薫りが残っていた。

出演 八嶋智人、牧瀬里穂   案内人 水沼淑子(関東学院大学教授)


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この番組では、平成24年(2012)に、東京千駄木の光太郎実家に隣接する旧安田楠雄邸が取り上げられたことがあります。


さらに、NHK Eテレさんの「日曜美術館」。連翹忌にも何度かご参加下さった、神奈川県立近代美術館の水沢勉館長がゲスト出演。

日曜美術館 「エロスと死の香り~近代ウィーンの芸術 光と影~」

NHK Eテレ 2019年6月9日(日)  8:00~8:45
      再放送 6月16日(日) 20:00~20:45

120年前のウィーンで人間のエロスを描き出したクリムト。一方で老いや死のモチーフにも臨んでいた。クリムトに影響を受けたシーレも含めウィーンの芸術の光と影を描く。
19世紀半ばからの都市改造で町並みが生まれ変わったウィーン。その公共建築物の絵画の仕事を請け負ったのがグスタフ・クリムト。当初は伝統的な絵画を描いていたが、飽き足らずウィーン分離派を結成。人間のエロスを奔放に描き、批判も受けた。更に建築、工芸などあらゆるジャンルを融合させる総合芸術を目指した。エゴン・シーレは、若くして父親を亡くし、死の恐怖を感じながら自我を見つめるように自画像を描き続けた。

ゲスト 神奈川県立近代美術館館長…水沢勉 藤原紀香  司会 小野正嗣 柴田祐規子


現在、東京都美術館さんで開催中の「クリムト展 ウイーンと日本1900」にからめた内容です。ウィーン分離派を代表するグスタフ・クリムトとエゴン・シーレにスポットが当たります。水沢館長、広い守備範囲の中でもウィーン分離派には一家言お持ちで、関連する御著書も多数。そして、クリムトやシーレと同じウィーン分離派の作家であるヨーゼフ・エンゲルハルトが明治37年(1904)のセントルイス万博のために制作した寄木細工「Merlinsage」が、明治44年(1911)に、智恵子が描いた雑誌『青鞜』の、有名な表紙絵の元ネタであることをつきとめられたりもなさっています。そのあたりのお話がちょっとでも出るといいのですが……。

それぞれ、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

こつちがのん気に構えていれば、向うものん気で、明けつぱなしで話が出来る。まつたく花巻はいい温泉である。

談話筆記「花巻温泉」より 昭和31年(1956) 光太郎74歳

光太郎最後の談話筆記です。かつて足かけ8年を過ごした花巻周辺の温泉郷中の、大澤温泉、鉛温泉、花巻温泉、台温泉などについて、実地に訪れた経験を元に語っています。そして最後にそれらを総称して、上記の発言。他の有名な温泉地と異なり、こすっからい対応をする宿などどこにもなかったと褒めています。

いずれも小ネタ的な感じですが、4件ほどご紹介します。

遠くへ行きたい「元世界王者内藤大助もノックアウト!岩手の若きチャンプ達」 岩手県一関~花巻

地上波日テレ 2019年4月28日(日)  6時30分~7時00分

元ボクシング世界チャンピオンの内藤大助が様々な分野の若きチャンピオンに会いに岩手県を旅する。▽1.絶景渓谷“厳美渓”に130年続く名物“空飛ぶだんご”▽2.岩手発祥“わんこそば”の小学生チャンピオンが魅せる驚異のすすり▽3.1300年の伝統芸能“鬼剣舞”の危険な技に挑戦!▽4.絶品!バケツでジンギスカン▽5.世界チャンプを生んだ高校ボクシング部員と拳の語らい▽6.浴槽から湧き出る!?レトロな温泉

旅人 内藤大助

最後の「レトロな温泉」というのが、光太郎もたびたび宿泊し、堪能した鉛温泉藤三旅館さんの、白猿の湯です。番組公式サイトから。

「花巻温泉郷」の「鉛温泉 藤三旅館」は600年の歴史を持つ温泉だ。レトロで風情ある温泉の名物は自噴天然岩風呂「白猿の湯」。湯口はなく、浴槽の底から湯が湧き出てくるという。そのため風呂はかなり深く、立って入るのが流儀だ。内藤は温泉につかりながら、若者たちに熱いパワーをもらった、平成最後の「遠くへ行きたい」を振り返る。

その他、宮沢賢治御用達で、やはり光太郎も足を運んだ花巻市街のそば屋「やぶ屋」さんも登場します。

岩手といえば「わんこそば」。内藤は「やぶ屋 花巻総本店」で、わんこそばに挑戦することに。笹川博之さんによると、わんこそばは花巻が発祥なのだそう。店内には勢いよくそばをすする先客たちが。小学生の菊池陸くん、高橋世良くん、板橋暖人くんの3人組で、「元祖わんこそば全日本大会 小学生の部」で2年連続で優勝したチャンピオンだという。内藤は世良くんと3分1ラウンド勝負で、わんこそば対決をすることに。勝敗はいかに?


続いては、当会の祖・草野心平がらみで。

校歌を訪ねて「第104回 福島県川内村立 川内小学校」

BS-TBS 2019年5月2日(木)  18時24分~18時30分

誰にでもある小学校や中学校の校歌の思い出。この番組は東日本大震災の被災県を中心に小中学校の校歌を紹介します。
今回ご紹介する学校は、福島県川内村立川内小学校。学校が建つ川内村は、東日本大震災による原発事故で全村避難となった地域。幸い放射線量が少なかったため、翌年には川内村で学校生活を再開できました。そんな川内小学
校の校舎は木のぬくもりが温かい、平屋のオシャレな校舎。児童たちも隠れ家的スペースの「デン」や、畳敷きの「図書室」などお気に入りの場所で楽しく学校生活を送っています。また川内小では他県との交流も盛んで、長崎大学や北海道の士別市の学校などお互いに行き来して交流を深めています。番組では、そんな川内小での学校生活や、他県との交流、そして将来の夢について児童たちにインタビュー。また川内小学校の校歌を、全校児童による斉唱でお届けします。



心平が愛したカエルにちなみ、心平を名誉村民として下さった川内村の川内小学校さんが取り上げられます。この番組、これまでにも同じ川内村の川内中学校さんや、「いのちの石碑」の活動で光太郎と関わる宮城県の女川中学校さんなどが取り上げられています。


川内中学校さんの校歌は心平の作詞ですが、小学校さんの方は、丘灯至夫作詞。やはり福島出身で、二代目コロムビア・ローズさんが歌った「智恵子抄」の作詞者です。


続いても福島系です。 

新 鉄道・絶景の旅 「仙台~三春~いわき みちのく桜紀行」

BS朝日 2019年5月2日(木)  19時00分~20時54分

春のみちのくを満喫!東北屈指の桜の名所めぐり▽8000万年もの歳月をかけて築かれた大自然の造形美!あぶくま洞を探検▽桜の絶景駅▽ビックリ仰天!桁違いの超~デカ盛りメニューを発見▽ビール焼きそば?▽郷土名物!ふくしまブルブル?▽激安!アイスバーガーの元祖…青春の味!?▽三春名物!ピーマン味噌で食べる?三角油揚げ▽白石名物!うーめん?▽地味に有名?評判の駅弁▽鉄道遺産・レンガの油庫▽東北本線▽磐越東線   

船岡の一目千本桜▽二本松・合戦場の枝垂れ桜▽三春の滝桜▽名山!安達太良連峰&蔵王連峰▽色彩のハーモニー!枝垂れ桜&春モミジ▽花の楽園!菜の花で描く…ハートマーク

ナレーター 林家たい平

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昨年5月に初回放映があり、再放送です。

智恵子の故郷、二本松が大きく取り上げられます。ただし、光太郎智恵子の名は出てきませんでした。

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二本松駅のシーンでは、そうというナレーションはありませんでしたが、光太郎の詩碑が映りました。

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光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の一節を刻んだ詩碑で、建立は昭和51年(1976)です。その他、二本松城、合戦場のしだれ桜などが紹介されます。


最後は光太郎の姉貴分・与謝野晶子がらみ。

高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?▼中国画家の水墨画…コウエツ…高額鑑定

BS-TBS 2019年5月2日(木)  21時00分~21時54分

高島礼子が日本全国の蔵へ!埋もれた家宝捜索の旅。  江戸時代勝山藩の城下町として栄えた岡山県真庭市勝山。 創業200年を超える老舗酒蔵に残されていたのは、 与謝野晶子の歌。そして、清末期・中国の画家の水墨画! 驚きの高額鑑定が!  人口1000人の日本一美しい村・新庄村。 4軒の蔵を大捜索!「村に1軒しかない宿に、蔵に眠る品々を集めて飾りたい!」 という依頼にチーム高島が全力で協力! 見つかったのはベロアイの器…アメリカ製の・・・!?  福岡県朝倉市。 30年手つかずの蔵!家主も知らない蔵の中を徹底捜索!  築220年のお宅で出会ったコウエツナナシュとは? 父から受け継いだ品に驚きの評価!

出演 高島礼子 「蔵」のスペシャリスト一級建築士の渡辺義孝さん 「くらや」の鑑定士・山岡真司さん

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今月4日放映の同じ岡山県真庭市編では、光太郎の朋友だった陶芸家バーナード・リーチの作品が取り上げられました。その際は情報を得るのが遅れ、事前にこのブログでご紹介できませんでしたが……。


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今回は「与謝野晶子の歌」だそうで、晶子も鉄幹ともども各地を旅し、行った先々でいろいろ書き残したりしていますので、期待できそうです。


それぞれぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

むやみに計画を壮大にしてそのために神身を労し過ぎ、仕舞に何のために苦しんではゐるのか分らなくなり、果ては絶望的破壊的な考へ方まで抱くに至るやうな例もままあるのは気の毒である。分相応より少し内輪なくらゐに始めるのがいいのだと私は信じてゐる。

散文「開墾」より 昭和22年(1947) 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)前に、僅かばかりの畑を作って農耕に従事したことを指します。僅かばかりの畑が、自分一人でやって行くには分相応というわけで。

農耕に限らず、全ての仕事に当てはまるような気もしますね。ただ、こういう言い訳をして可能性に蓋をしてしまうのもどうかとも思いますが。

終わってしまった話ですが、光太郎の父・光雲の関連で2件。

まず、テレビ東京系で先週火曜日(4/16)に放映された「開運! なんでも鑑定団」。

ゲストはテノール歌手の秋川雅史さんでした。秋川さん、ご自身でも独学で木彫を手がけられているということで、鑑定依頼品は秋川さんが尊敬する光雲の木彫。

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入手の経緯がとても面白い話でした。

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結局、600万円でご購入とのこと。

そして、日本大学芸術学部さんの大熊敏之先生による鑑定。本人鑑定額は買ったと時と同じ600万円でしたが……。

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オープン・ザ・プライス!

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なんと倍の1,200万円!

それもそのはず。

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弟子の手が入った工房作ではないというわけで。

さらに……。

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この作品、見覚えがあると思って調べてみましたところ、平成14年(2002)に茨城県近代美術館さん他を巡回した「高村光雲とその時代展」に出品されていました。

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題して「寿老舞」。確かに浅草の骨董商・晴雅堂清水さんで所蔵されていたものです。

大正13年(1924)の作ということで、この年、光雲は皇室に納められた「松樹鷹」、「養蚕天女」(東京国立博物館特別展 御即位30年記念「両陛下と文化交流―日本美を伝える―」で先月まで展示されていました)など、傑作を作っています。

秋川さん、いい買い物をしましたね。

公式サイトはこちら。系列のBSテレ東さんでは2ヶ月遅れくらいで放映がありますし、地上波テレ東さんでもいずれ再放送があります。また、テレ東系列以外の地方局でも、いわゆる「番販」の形で、休日の昼間などに放映される場合がありますので、ゲスト秋川さんの回でチェックしてみて下さい。


続いて、昨日行われた「第604回毎日オークション 絵画・版画・彫刻」。やはり光雲作という彫刻が2点、出品されました。

まず、木彫の「大黒天」。昭和6年(1931)の作。高さ7.5㌢の小さなものです。

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予想落札価格が50万円から80万円という設定でしたが、実際には160万円で落札されました。


もう1点、昭和5年(1930)の「世直福神(2点1組)」。こちらはブロンズで、大きさ的には「大黒天」とほぼ同じです。


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予想落札価格は20万円から30万円。結果は21万円でした。


やはり光雲彫刻、人気が高いというわけですね。今後も末永く愛され続けてほしいものです。


明日は光雲木彫を観て参ります。


【折々のことば・光太郎】

その無数に舞ひ落ちてくる雪片の動きを見つめてゐると眩暈をおこします。何だか気持ちのよい眩暈です。自分のからだが宙に浮くやうな気がします。

散文「雪解けず」より 昭和21年(1946) 光太郎64歳

7年間の蟄居生活を送った、雪深い花巻郊外旧太田村の山小屋での作です。「眩暈」は「めまい」です。

NHKさんの大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」。視聴率的には厳しい状況だそうですし、レギュラー出演者の逮捕などのケチもつきましたが、当方は毎週楽しく拝見しております。

先週は統一地方選挙速報の関連で放映が休止でしたが、今週の第14回から新章に突入します。 

いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~ (14)「新世界」

NHK総合 2019年4月14日(日) 20時00分~  再放送 2019年4月20日(土) 13寺05分~
NHK BSプレミアム  2019年4月14日(日) 18時00分~

ストックホルムから帰国する四三(中村勘九郎)。報告会で大勢の高師の仲間が健闘を称える中、敗因を厳しく問いただす女性が出現。永井道明(杉本哲太)の弟子・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)である。同じ頃、孝蔵(森山未來)は四三とは逆に東京から旅立とうとしていた。円喬(松尾スズキ)とは別の師匠について地方を回るのだ。自分は円喬に見限られたと落ち込む孝蔵。しかし、出発のとき、新橋駅に円喬が駆けつけて−

出演
中村勘九郎,綾瀬はるか,生田斗真,永山絢斗,満島真之介,山本美月,近藤公園,武井壮,森山未來,神木隆之介,
橋本愛,荒川良々,峯田和伸,松尾スズキ,柄本時生,杉本哲太,中村獅童ほか

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明治45年(1912)のストックホルムオリンピック編が終わり、時代は大正へと移ります。そして新キャストが続々登場。

その一人が永島敏行さん演じる武田千代三郎。

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以前にもご紹介しましたが、元青森県知事で、十和田湖の景観に打たれ、道路の開墾等に尽力しました。そのため、雑誌『太陽』で初めて十和田湖の美しさを世に広めた大町桂月、武田に協力して十和田湖周辺の整備に力を尽くした法奥沢村長・小笠原耕一と共に、「十和田の三恩人」と讃えられました。

昭和28年(1953)に除幕された、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」は、元々周辺の国立公園指定15周年を記念し、「十和田の三恩人」を顕彰するためのモニュメントとして作られたものです。

右は「乙女の像」除幕式の際に、関係者に配られた光太郎による記念メダルの石膏原型。肖像は大町桂月ですが、武田の名も刻まれています。

青森県知事退任後、武田は大日本体育協会副会長に就任。箱根駅伝の開催に取り組み、「駅伝」の名付け親ともなります。

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もう一人、「この人も出るか!」と驚いたのが、二階堂トクヨ。演じられるのは寺島しのぶさんです。

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二階堂は宮城県三本木町(現・大崎市)の出身です。地元の小学校で准訓導として教壇に立ちながら宮城県の師範学校入学を目指していましたが、明治28年(1895)、同県では女教員は休みが多い、能率が上がらないなどの理由で女教員廃止決議が採択されてしまいました。そこで、隣接する福島県師範学校に入学しようとしましたが、こちらは福島県に籍が無ければ不可。そこで、初代福島民報社長にして国会議員でもあった小笠原貞信の養女となり、小笠原姓となりました(のちに「二階堂」に復姓)。

そしてめでたく福島師範を卒業し、赴任したのが智恵子の母校・安達郡油井村(現・二本松市)の油井小学校でした。明治32年(1899)、智恵子は高等科に在学中で、トクヨは智恵子の6歳下の妹・ミツ(尋常科2年)の担任となりました。さらにそれだけでなく、トクヨは智恵子をかわいがり、智恵子は友人と共にトクヨの下宿を訪ねたり、一緒に安達ヶ原を散歩したりしたとのこと。

向学心溢れるトクヨは、さらに同33年(1900)には東京女子高等師範に進学しました。この際には智恵子の実家・長沼家が資金援助を行ったらしいとのこと。智恵子との直接の関わりは1年間だけでしたが、智恵子は強烈な印象をトクヨから受けました。同じように油井小学校で教壇に立った後に日本女子大学校に進学した服部マスもおり、智恵子が日本女子大学校に進む希望を固めたのは、この2人の影響が大きいようです。

智恵子が日本女子大学校に進んだのは明治36年(1903)、この年、トクヨは女高師の最終学年でした。記録は確認できていませんが、おそらく、上京した智恵子はトクヨと再会し、久闊を叙しただろうと推定されます。

翌年、女高師を卒業したトクヨは、金沢の高等女学校に赴任。ここで体操の授業を持たされたことがきっかけで、体育のスペシャリストになっていきます(本来の専門は国語だったそうですが)。明治44年(1911)には、母校の助教授となり、大正元年(1912)には、英国留学。その際、横浜港には智恵子、さらに光太郎も見送りに現れたそうです。同4年(1915)に帰国、東京高師教授就任、同11年(1922)、二階堂体操塾(現・日本女子体育大学)設立……すごい女性ですね。

ちなみにここまで、佐々木孝嘉氏著『ふるさとの智恵子』(昭和53年=1978 桜楓社)を参考にさせていただきました。

「いだてん」。このトクヨの活躍も楽しみにしつつ、拝見したいと思います。皆様もぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

自然は人をつくる。この霊峰の此の偉容に毎日毎朝接してゐる上高下の部落は幸である。
散文「日本の母」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

「霊峰」は富士山。「上高下」は、光太郎が詩部会長に就任した日本文学報国会と読売新聞社が提携して行われた「日本の母」顕彰事業のため訪れた、山梨県南巨摩郡穂積村。現在の富士川町上高下(かみたかおり)地区です。

ここは冬至の前後、日の出が富士山頂付近からのぼる「ダイヤモンド富士」の名所としても有名です。

明日から始まるテレビドラマです。

やすらぎの刻~道 テレビ朝日開局60周年記念

テレビ朝日 2019年4月8日(月)~ 毎週月~金  12時30分~12時50分 
BS朝日     4月9日(火)~ 毎週月~金  7時40分~8時00分 地上波の一日遅れ再放送

巨匠・倉本聰氏が1年間をかけて描くのは、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯。そして『やすらぎの郷』のその後。2つの世界が織り成す壮大な物語!

“姫"こと九条摂子(八千草薫)が世を去ってから、2年余り。相変わらず『やすらぎの郷 La Strada』に暮らす脚本家・菊村栄(石坂浩二)は、古い資料の中に1冊のシナリオを発見する。その脚本は10年ほど前、大型ドラマスペシャルとして撮影寸前まで進みながら制作中止になったもので、白川冴子(浅丘ルリ子)と水谷マヤ(加賀まりこ)も出演予定だった。しかし、突然プロデューサーの財前(柳葉敏郎)と連絡がつかなくなり…!?

出演者 石坂浩二 ミッキー・カーチス 加賀まりこ 橋爪功 山本圭 浅丘ルリ子 柳葉敏郎 他
作   倉本聰
音楽  島健
主題歌 中島みゆき『慕情』『進化樹』『離郷の歌』
     (株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ)

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一昨年、同局で放映され、大きな話題を呼んだ「やすらぎの郷」の続編です。

単なる続編ではなく、石坂浩二さん演じる主人公・シナリオライターの「菊村栄」による、戦前戦中のを山梨を舞台にしたスペシャルドラマ「道」が、劇中劇ならぬ菊村の「脳内劇」として、展開します。

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昨年、製作会社の角川大映スタジオさんからメールをいただきました。何でこちらに連絡が? というと、ドラマの中で光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)を使う、というのです。

該当箇所の台本もPDFで添付して下さいました。

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「しの」というのが、「道」の主人公、浅井(根来)しの。思春期、青年期(昭和編)を清野菜名さんが、晩年(平成編)では風吹ジュンさんが演じられます。山梨県の山間の集落に生きる少女で、14歳の時、わけあって根来家に引き取られてきた、明るくお転婆な性格。特技は薙刀だということです。

「公平」は、同じく風間俊介さん→橋爪功さん。しのが引き取られた養蚕農家・根来家の四男で、しのに恋心を抱くという設定。

さらに公平の兄、「公次」。Kis-My-Ft2の宮田俊哉さんが扮します。口下手だが、働き者で家族思い。後に海軍に志願するそうです。

「三平」は、根来家三男(風間晋之介さん)、「ニキビ」は公平の親友(関口アナンさん)です。

「小野ヶ沢」は、物語の舞台となる山梨県の架空の地名と思われます。


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「あどけない話」が使われるのが、いつごろの放映回なのかまではご教示いただけませんでしたが、台本のページ数が「48-○○」となっていますので、第48回あたりなのかな、と思っています。情報が入りましたらまたご紹介します。


ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

ちやうど明治さかんな頃のこととて世の中はどんどん進んでくる。僕たち青年の眼には庭の色までもまるで毎日変化し、生き生きとして見えるやうであつた。さういふ時代には何でも実に面白かつたし、僅かな間ではあるが朝から晩まで実際大へんな勉強をしたものだつた。

談話筆記「美術学校時代」より 昭和17年(1942) 光太郎60歳

光太郎が東京美術学校に在籍していたのは、数え15歳の明治30年(1897)から同じく24歳の同39年(1906)まで。彫刻科の予科から本科を卒業した後も、徴兵猶予の意図もあって研究科に残り、さらに同38年(1905)には西洋美術を学び直したいと、黒田清輝らが教鞭を執っていた西洋画科に再入学しました。この時の同級生に藤田嗣治や岡本一平(太郎の父)らがいました。ただ、同科は中退の扱いで、欧米留学に出ています。

明日の月曜あたり、さまざまな学校さんで入学式・始業式が多く行われるのではないでしょうか。青年諸君、しっかり「勉強」してください。ただし、「勉強」といっても、教科書を使っての座学だけではありません。

ちなみにこの談話筆記、ながらく初出掲載誌不明で、筑摩書房さんの『高村光太郎全集』でもそうなっていますが、昭和17年(1942)の雑誌『知性』第5巻第9号に掲載を確認しました。同号、増刊号の扱いなので、検索の網から漏れていたようです。

2件ほどご紹介します。

まず、おそらく朗読系の公演だと思われます。詳細がよくわからないのですが……。

話楽庵  弥生の会

期  日 : 2019年3月31日(日)
会  場 : 話楽庵 栃木県小山市萱橋730-9

時  間 : 14:00〜
料  金 : 1,000円
出  演 : わたなべ紀子
演  目 : 下野古麻呂物語
        高村光太郎 智恵子抄より「あなたはだんだんきれいになる」「レモン哀歌」 
                     他

弥生の月は、私の誕生月です。20日に還暦を迎えます。還暦は、生まれ変わって新しい人生を歩み始めるという意味もあるとか…新たな話楽の世界を作り上げていきたいと、思います。

話楽…話は、楽しい。音楽と話の融合。そして…音霊と言霊の世界。流体話法・流体演技・共鳴体の世界。


続いて、テレビ放映情報。

おかしな刑事~居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査(8) 東京タワーは見ていた! 消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!

BS朝日 2019年4月1日(月)  21時00分~22時54分

伊東四朗が叩き上げの刑事、羽田美智子がエリート警視という凸凹父娘コンビを演じる大人気シリーズの第8弾 ‼ 篤志家の社長が刺された! その背後には、30年前、東京タワーの下で起きた誘拐事件の影が…!?

出演
 伊東四朗 羽田美智子 石井正則 小倉久寛 辺見えみり 山口美也子 木場勝己 小澤象 丸山厚人
 菅原大吉 (他)

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地上波テレビ朝日さんで、平成23年(2011)年に初回放映があったものです。その後、テレ朝さんや系列のBS朝日さんで何度か再放送されています。

上記の番組説明では書かれていませんが、初回放映時のサブタイトルが「地上333メートルの殺意!! ホームレスが隠した事件の謎!? 安達太良山で待ち受ける真実!! 『智恵子抄』に秘められた想いとは…」。その後、そのサブタイトルが使われなくなり、「智恵子抄」がらみの内容だとわからなくなってしまいました。

昨年の暮れにも再放送があり、この手のサスペンスものがとにかく大好きな愚妻が拝見、「こんなドラマやってたよ」と教えてくれ、ようやくその存在に気づいた次第です。

調べてみましたところ、智恵子の故郷・二本松でもロケが行われ、櫟平ホテルさん、二本松市さん、岳温泉観光協会さんなどが協力に名を連ねています。岳温泉さん、智恵子生家、その裏山の光太郎詩碑がある鞍石山などでもロケがありました。

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羽田美智子さんといえば、平成27年(2015)にNHK Eテレさんで放映された「趣味どきっ!女と男の素顔の書 石川九楊の臨書入門 第5回「智恵子、愛と死 自省の「道程」 高村光太郎×智恵子」」にもご出演。最近では今年封切りの北原白秋を主人公とし、光太郎も出演した映画「この道」では与謝野晶子役をなさっていました。

ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

私はその頃の数年間家事の雑務と看病とに追はれて彫刻も作らず、詩もまとまらず、全くの空白時代を過ごした。私自身がよく狂気しなかつたと思ふ。其時世人は私が彫刻や詩作に怠けてゐると評した。

散文「自作肖像漫談」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

「その頃」は、智恵子の心の病が顕在化した昭和6年(1931)から、南品川ゼームス坂病院に入院させた同10年(1935)の頃です。同9年(1934)には光太郎の父・光雲が胃ガンで没してもいます。

そうした事情に通じていない無責任な世間は、光太郎が怠けていると評したとのこと。残酷といえば残酷ですね。

昨日に引き続き、3月9日(土)、NHK BSプレミアムさんで放映されるドラマ「女川いのちの坂道」関連で。

本日発売の、『NHKステラ』さんに、紹介記事が載りました。

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もう少し大きく取り上げられるかなと思っていましたが、そうでもなく……。

しかし、ラジオを含めて、他にも東日本大震災がらみの番組がたくさん放送されるとのことで、それらの紹介がたくさん載っていました。出来る限り視聴しようと思いました。

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『NHKステラ』さん、定価300円です。ぜひお買い求め下さい。


民放さんでもこの時期、通常の報道番組中で東日本大震災がらみのコーナーを付くって下さったりしているようで、「女川いのちの坂道」で重要なモチーフとなる「いのちの石碑」について、テレビ朝日さんが取り上げて下さいました。取り上げられるという情報を得られませんで、見逃しましたが、昨日の「ワイドスクランブル」、それから今朝の「グッド!モーニング」中の「池上彰のニュース大辞典」で紹介されたとのことでした。

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また、「ザ・テレビジョン」さんのサイトには、「女川いのちの坂道」主演の平祐奈さんのインタビュー。

■ 平祐奈が東日本大震災当時の心境を語る

――東日本大震災当時、平さんは小学6年生。このドラマの主人公・咲と同い年なんですね
当時のことは、今でも覚えています。あの日は東京にいたのですが学校がちょうどお休みで、のどの調子も悪くて母と病院に行っていました。待合室で待っていたら最初は観葉植物がゆらゆら揺れて、立ち上がろうと思った瞬間に大きく揺れました。その後はどうやって1階まで降りよう、どうやって避難しようかと不安でしたね。
 地面にひびが入るのも初めて見ましたし、帰ったら家の中は誰かが入ったんじゃないかってくらい散乱していて。私は大人になれないのかも、と思うくらい怖かったです。未来が見えない感じで…。でも母と一緒だったので、すごく安心できたのを覚えています。
――当時の東日本の映像はニュースなどでご覧になっていましたか?
 衝撃的でした。私は家でテレビを見ている一方で、何で東北はこんなことになっているんだろうと。同じ時間に同じ日本にいるとは思えなかったです。
――今回は被害が大きかった女川で撮影されたんですよね?
2018年の9月に、女川にお邪魔させていただき撮影しました。女川はキレイに整備された所もありますが、海側はまだあのころのままだったり、整地したけれどそのままで何もなかったりと、7年半経ってもこんな状況なんだと思う部分と、7年半経ってやっとこうなったんだと思う部分があって、複雑な気持ちになりました。
でも今、女川で暮らしている人はそういういろんな思いを乗り越えて笑顔でいる。私たちも撮影終わりに地元のお店に行ったのですが、みなさんすごく温かったんです。明るくて気さくで。そんな姿を見ていたら、この方たちだから乗り越えられたんだなと思いました。
――モデルとなった「女川1000年後の命を守る会」の存在は知っていましたか?
 恥ずかしながら今回のドラマを通して知ったのですが、私と同い年の方がやっていることにも驚きましたね。小学6年生の時に被災して、中学生でこのプロジェクトを考える…。私にはない発想で本当に素晴らしいと思います。
 私が何かできることがあるかな?と考えた時、この活動をもっと全国に広めたいと思いました。この作品に出られたことが、いいきかっけになればいいと思います。

――色々と考えることも多かった作品だと思いますが、視聴者の方にメッセージをお願いいたします。
このドラマは、本当に多くの方に見ていただきたい作品。「女川1000年後の命を守る会」のことを知ってもらいたいし、今の女川も見てもらいたい。そして(登場する)色んな方の言葉の重みを、感じとっていただきたいです。
 被災された方にも、もちろん見てもらいたいですが、特に私と同世代の方にこそ見てもらいたいです。咲のセリフでもありましたが、8年経って「関心がない人が多くなってきている」現状もあると思います。今まで考えてこなかったことを、考えるきっかけにしていただければいいなと思います。


何度も書いていますが、かつて女川町に建っていた、昭和6年(1931)の光太郎の女川来訪を記念する「高村光太郎文学碑」――東日本大震災の津波に呑まれて亡くなった故・貝(佐々木)廣氏が中心となって、昭和6年(1931)に光太郎が訪れたことを記念して建てられたもの――の精神を受け継ぎ、費用全額を寄付で集めた「いのちの石碑」をめぐる実話を元にしたドラマ。ぜひご覧下さい。


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【折々のことば・光太郎】

生来夏に弱い体質ではあるが昨年ばかりはまるで為事が出来なかつた。為事をしたいと思ふ程なほさら虚脱を感じて意気をするのも厭に思へた。それで思ひきつて昼間は遊ぶ事、夜は読書だけといふ事にした。何も為ないと決心するといくらか楽な気持ちになつて少しは動けた。

散文「蟻と遊ぶ」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

この文章が発表された3カ月後、心を病んで南品川ゼームス坂病院に入院していた智恵子が亡くなります。直接の死因は肺結核でしたが、入院生活は昭和10年(1935)からのことで、その間、快方に向かうことのなかった智恵子を目の当たりにし続け、光太郎も精神的に疲弊していったように思われます。実際、夏の暑さに弱かった光太郎ですが、どうもそれだけでなく、抑鬱状態にあったようにも思えます。

先だってもご紹介しましたが、かつて女川町に建っていた、昭和6年(1931)の光太郎の女川来訪を記念する「高村光太郎文学碑」――東日本大震災の津波に呑まれて亡くなった故・貝(佐々木)廣氏が中心となって、昭和6年(1931)に光太郎が訪れたことを記念して建てられたもの――の精神を受け継ぎ、費用全額を寄付で集めた「いのちの石碑」をめぐる実話を元にしたドラマです。

震災復興支援にも力を入れられているNHKさんらしく、BSプレミアムでは毎日のように5分間の番宣番組が流されていましたが、一昨日の3月3日(日)には、地上波の「どーも、NHK」でも番宣がありました。

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いよいよ本放送が今週土曜日となりました(BS4Kさんではすでに先行放映がありましたが)。

ドラマ"女川 いのちの坂道"

NHK BSプレミアム 2019年3月9日(土)  22時00分~23時00分


東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県女川町。卒業間際で被災した子どもたちは「千年後のいのちを守ろう」と、あの日津波が到達した場所に『いのちの石碑』を建てる活動を続けている。ドラマはその実話をもとに今年20歳になる若者たちの今を描く。12歳で被災した咲が恋人翔太とともにたどる青春ロードムービー。ドラマの見どころは全編ドローンによるダイナミックな映像。女川の風景と咲の心をドローンカメラがとらえる!
■あらすじ
 咲(サク)は、「いのちの石碑」活動の中心メンバーだったが、地元の高校を卒業と同時に、ダンサーになる夢をかなえるため、上京して1年半になる。映像作家を目指す彼(翔太)もできて、新しい一歩を踏み出したつもりだったが、偏見の目でみられることを恐れ、自分が被災者であること、母親が未だに行方不明であること…を翔太にも打ち明けられず、生きづらさを感じていた。
 咲は、もう一度故郷と向き合ってみようと、ドローンカメラを携えた翔太と共に女川への旅を決意する。「この道を登って避難した」「この体育館で、眠れない夜を過ごした」…ふたたび“あの日”をたどることで、咲は自分自身の原点と向き合うことになる。そして、町の人々と共に石碑まで登る避難訓練の中、「いのちのつながり」を確信していく。

出演  平祐奈 平埜生成 岡本夏美 皆川猿時 田根楽子 ほか

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ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

人はむかし海から出て来た。海にかへると本能は強く深い。浪に研がれた肌をひるがへして、海の獲物を手づかみにする時、自分のものを自分が取る我を忘れたよろこびに人は身ぶるひする。漁撈は最も根源的な生業だ。

散文「漁」全文 昭和13年(1938) 光太郎56歳

島国で、海と共に生きてきた我々日本人。時に牙を剥くこの海と、これからも共生していかねばなりません。

巨大防潮堤。力学上、垂直に近い壁を立てることは不可能で、高さの2倍から3倍の幅で、断面が三角形のスロープにする必要があるそうです。震災後、女川町ではそれを造るという選択をしませんでした。代わりに居住区域はすべて高台にし、海岸近くは事業所や商業施設としています。

4件ほどご紹介します。

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2019年3月1日(金) 6時35分~6時45分  再放送 17:00~17:10

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今回は、花鹿亭/「テスト」瀧川鯉八、ヨシタケシンスケ僕の前に道はない僕の後ろに道はできる「道程」高村光太郎、野村萬斎/ややこしや「まちがいの狂言」高橋康也、百人一首/恋すてふわが名はまだき立ちにけり…(壬生忠見)、名文/祗園精舎、歌/蜘蛛の糸

出演 美輪明宏 野村萬斎 野村裕基 おおたか静流 うなりやベベン 瀧川鯉八 ほか

2月15日(金)に初回放映のあったものの再放送です。過去の映像の使い回しで、ヨシタケシンスケさんのイラストにのせ、坂本龍一さん作曲の「道程」が流れます。

アーサー・ビナード 午後の三枚おろし

文化放送 2019年3月1日(金) 17:34~17:44 

詩人、アーサー・ビナードが、特定のテーマ(例:「チャップリン」や「歴代の総理大臣」など)を取り上げ、今につながる“考えるヒント”を提供する番組。朝は「武田鉄矢今朝の三枚おろし」、午後は「アーサー・ビナード午後の三枚おろし」でお楽しみください。
今週は「恋し合っているかい?」をテーマに、文豪と呼ばれた5人の作家たちが書いたラブレターを紹介します。 (月)芥川龍之介 (火)樋口一葉 (水)太宰治 (木)石川啄木 (金)高村光太郎

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「斉藤一美のニュースワイド SAKIDORI !」という番組の中のコーナーだそうです。

おそらく、結婚前に光太郎から智恵子に宛てた、大正2年(1913)の1月28日の書簡が紹介されるのではないでしょうか。この書簡は、確認できている限りほぼ唯一、奇跡的に残っている光太郎から智恵子への「ラブレター」的なもので、昨年、宝島社さんから刊行された『文豪たちのラブレター』、平成25年(2013)にNHKさんで放映された「探検バクモン 男と女 愛の戦略」、故・渡辺淳一氏著『キッス キッス キッス』(平成14年=2002)などでも取り上げられました。

どーも、NHK

NHK総合 2019年3月3日(日) 11時20分~11時54分

おすすめ番組を紹介する▽週刊どーもナビ:「Nスペ “黒い津波”知られざる実像」「落語ディーパー!」「めざせ!オリンピアン」「ドラマ“女川 いのちの坂道”」など、1週間の見たい番組、気になる番組が見つかるかも▽NHKの取り組みを紹介!

司会 今泉マヤ 中條誠子

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3月9日(土)にNHK BSプレミアムさんで放映されるスペシャルドラマ「女川 いのちの坂道」の紹介があります。このドラマ自体についてはまた改めてご紹介します。

おはなしのくにクラシック 「短歌」

NHK Eテレ 2019年3月4日(月) 9時10分~9時20分

近代以降、正岡子規によって確立された短歌は、石川啄木、斉藤茂吉、与謝野晶子らによって、時代ごとの心情を映してきた。俵万智にまでつながる短歌の歴史とその魅力を知る。

出演 白井晃  語り 小林ゆう

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光太郎智恵子には触れられませんが、光太郎の師・与謝野晶子、さらに新詩社での兄弟弟子・石川啄木が取り上げられます。

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それぞれぜひご視聴ください。


【折々のことば・光太郎】

私は鳥獣を飼ふのがいやで、殊に馴らすのがきらひだ。自然に馴れるのは文句は無いが、巣から雛をとつたり、空腹にして置いて餌で馴らしたりすののがいやだ。小鳥を馴らして自分の口からカステラ等を喰はしてゐる写真を見ると嘔吐を催すやうだ。

散文「某月某日」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

光太郎、画家の岡田三郎助からもらった黒猫を飼っていた時期もありましたが、猫かわいがりはせず、餌など猫が自分でネズミを捕って何とかしていたそうです。

他にも、同じ文章で語っていますが、木彫のモデルにするために鳥や魚を飼育することはあっても、用が済めば放してやっていたとのこと。

連作詩「猛獣篇」で、駝鳥やライオンなど、動物園に居る動物たちの悲哀に仮託して自らを語っていた光太郎ならではですね。

3/9(土)にNHK BSプレミアムさんで放映されるスペシャルドラマ「女川 いのちの坂道」の番宣番組「ドラマ"女川 いのちの坂道"メイキング」を、昨日、拝見しました。

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5分間のミニ番組ですが、これを見ただけでぐっときました。

東日本大震災の津波で倒壊、流失するまで女川町に建っていた、昭和6年(1931)の光太郎の女川来訪を記念する「高村光太郎文学碑」の精神を受け継ぎ、東日本大震災後、費用全額を寄付で集めた「いのちの石碑」をめぐる実話を元にしたドラマです。

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主人公・咲(19)は、その建立に携わったメンバーの一人。演じるのは平祐奈さん。

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いろいろあって、高校卒業後、女川を離れ、久しぶりの帰郷という設定だそうです。

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上京して知り合った彼氏(平埜生成さん)は、映像作家志望だそうで、ドローンが登場。

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実際にはプロのドローンパイロットの方が操縦し、女川の空撮風景が随所に使われています。

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JR石巻線女川駅裏の共同墓地。「何も入っていないお墓もあるんだよ」と、咲のセリフ。

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元の野球場に建てられた仮設住宅。かつて光太郎文学碑の建立に奔走し、あの日、津波に呑まれて亡くなった貝(佐々木)廣氏の奥様がお住まいでした。震災の翌年には、この中央の坂本龍一マルシェで、第21回女川光太郎祭が開催されました。

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ドラマの本編は3月9日(土)。番宣番組は再放送で2/21(木)11:40~11:45、2/22(金)27:55~28:00、2/23(土)9:25~9:30、2/24(日)23:55~24:00に、いずれもNHK BSプレミアムさんで放映されます。ぜひご覧下さい。


続いて、NHK Eテレさんの「にほんごであそぼ」。2月15日(金)の放送回、「僕の前に道はない僕の後ろに道はできる「道程」高村光太郎」と予告が出ていたので拝見しましたが、過去の映像の使い回しで、坂本龍一さん作曲の「道程」が流れました。

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こちらは3月1日(金)、6時35分~6時45分と17時00分~17時10分に再放送があります。


もう1件。  

フランス人がときめいた日本の美術館 #21「朝倉彫塑館(東京都台東区)」

BSイレブン 2019年2月22日(金) 20時00分~20時58分

美術ファンの間でベストセラーとなっている書籍『フランス人がときめいた日本の美術館』を番組化。著者で、数々の美術展をプロデュースしているフランス人美術史家、ソフィー・リチャード氏のメッセージをもとに、フレッシュで透明感のある旅人たちが、日本の美術館の魅力・価値を発見していく、美術探索ドキュメンタリー。 さらに、周辺の観光情報など紀行要素もプラスして、「週末に出かけたくなる美術館」をご紹介します。

日本にはバラエティに富んだ魅力的な美術館があります。それを気付かせてくれるのは、フランス人の美術史家・ソフィー・リチャードさん。10年かけて日本の美術館を巡り、その魅力をまとめた書籍『フランス人がときめいた日本の美術館』が話題となっています。
そんな彼女のメッセージをヒントに、「トキメキ」の旅に出掛けるのは、女優の藤田可菜。
今回、ソフィーさんがオススメするのは、東京・谷中にある「朝倉彫塑館」です。谷中は、昔の東京がそのまま残る風情あるエリア、猫の街として有名です。そんな街中に異彩を放つ、黒に塗られたコンクリートと伝統的な日本家屋のコントラストが印象的な建物が、今回ご紹介する彫塑家朝倉文夫の自宅兼アトリエだった美術館です。2001年には国の登録有形文化財に登録され、2008には「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されました。朝倉は、早稲田大学にある「大隈重信像」の作家としても有名。ソフィーさんが注目した地下に設置された電動昇降台や、水の豊かな故郷大分に想いを馳せて造られた庭を埋めつくす池、それを飾る日本各地から取り寄せた石など、随所に朝倉のこだわりが見えてきます。さらに、猫好きでもあった朝倉の猫の彫刻はまるで生きているかのよう。朝倉の愛情が感じられる作品です。朝倉はこのアトリエで、後進の育成にも力を注ぎました。「朝倉彫塑館」は、彫塑家朝倉文夫の愛情とこだわりを感じるそんな美術館でした。
 
紹介作品:「大隈重信像」「墓守」「時の流れ」「砲丸」ほか

出演者 旅人:藤田可菜(女優・タレント)  語り:椎名桔平

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光太郎と同時代の彫刻家・朝倉文夫の個人美術館・朝倉彫塑館さん。当方も2度ほどお邪魔しました。こちらには朝倉が買い求めた、光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)が所蔵されており、時々展示されます。確認できている限り、大正期に鋳造され、台座の木彫部分も光太郎が彫った3点のうちのひとつです。それも紹介していただけるとありがたいのですが……。


【折々のことば・光太郎】

此の肖像はもう「或日の印象」ではありません。それ故特定の年齢も其処に無く、特殊の表情もありません。ただ一個の魂が彫刻的表現をもつて其処に存在してゐるに過ぎません。生命の有無は唯作品のみが證となるでせう。

散文「おわびとお礼と」より 昭和8年(1933) 光太郎51歳

智恵子の母校・日本女子大学校から大正8年(1919)に依頼された同校創立者の「成瀬仁蔵胸像」に関してです。試行錯誤の繰り返しで、作っては毀し、毀しては作り、14年かかって、昭和8年(1933)にようやく完成。それだけに、自信作となりました。たしかに光太郎肖像彫刻の一つの頂点ですね。

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ちなみにここで言う「生命の有無」に関し、光太郎は朝倉の彫刻をあまり高く評価していませんでした。

第63回連翹忌(2019年4月2日(火))の参加者募集中です。詳細はこちら

テレビ放映情報、4件ほど。  

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2019年2月15日(金)6時35分~6時45分  
        再放送 17時00分~17時10分・3/1(時間同じ)

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今回は、花鹿亭/「テスト」瀧川鯉八、ヨシタケシンスケ/僕の前に道はない僕の後ろに道はできる「道程」高村光太郎、野村萬斎/ややこしや「まちがいの狂言」高橋康也、百人一首/恋すてふわが名はまだき立ちにけり…(壬生忠見)、名文/祗園精舎、歌/蜘蛛の糸

出演  美輪明宏 野村萬斎 野村裕基 おおたか静流 うなりやベベン 瀧川鯉八 ほか

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この番組、何度か「道程」を取り上げて下さっています。その際の映像の使い回しなのか、新作なのか、不明ですがとりあえず。

ドラマ"女川 いのちの坂道"メイキング

NHK BSプレミアム  2019年2月17日(日)  17時20分~17時25分

全編ドローンで描くドラマ「女川 いのちの坂道」。震災で深刻な被害を受けた宮城県女川町。12歳で被災した咲が恋人翔太とたどる青春ロードムービー。その舞台裏に密着!

東日本大震災で甚大な被害に見舞われた宮城県女川町。卒業間際で被災した子供たちは「1000年後のいのちを守ろう」と、あの日津波が到達した場所に『いのちの石碑』を建てる活動を続けている。ドラマはその実話をもとに今年20歳になる若者たちの青春群像をロードムービータッチで描く。このドラマの見どころは異例の全カットドローン撮影。放送に先立ち、その舞台裏をメイキング映像も織り交ぜ、余すところなく伝える。

出演 平祐奈 平埜生成

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3/9(土)に、やはりNHK BSプレミアムさんで放映されるスペシャルドラマ「女川 いのちの坂道」の番宣番組です。

かつて女川町に建っていた、昭和6年(1931)の光太郎の女川来訪を記念する「高村光太郎文学碑」の精神を受け継ぎ、費用全額を寄付で集めた「いのちの石碑」をめぐる実話を元にしたドラマです。その建立に携わっている若者たちは、今年、成人式を迎えました。3/9の本編と併せてご覧下さい。

 

ブラタモリ #126 パリ ~パリはなぜ華の都になったのか?~ 

NHK総合 2019年2月16日(土) 19:30~20:15

ブラタモリ海外編、第2弾はフランスのパリ!
「凱旋門」や「エッフェル塔」などの観光地や美しい町並み。さらにファッション、アート、グルメを求め、世界中から集まる観光客は実に年間2360万人!世界の人気観光地ランキングでもナンバーワンの街です。そんなパリを形容する言葉としておなじみなのが“華の都”。なぜ、パリは人でにぎわう美しい“華の都”になったのでしょう?その秘密にタモリさんが迫ります。
まずは有名な「ノートルダム大聖堂」があるシテ島へ。実はここ、2000年に渡ってパリの“中心”とも言える場所。その証拠が大聖堂の足元にあると言うのですが・・・???謎のマークの上で、ぐるぐると回る外国人観光客とタモリさんが国際交流!?さらに、町のなかでみつけた奇妙な段差。実はこれ、超大規模な町の改造の痕跡。さらにそこからパリを代表するオープンカフェが誕生した・・・ってどういうこと?
そしてあるホテルの地下に入っていくと、なぜかそこに、現れたのは「謎の都市」だった???誰も知らない、パリの意外な姿があきらかに!

出演 タモリ 林田理沙   語り 草彅剛

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ブラタモリ #127 パリの美 ~パリはなぜ華の都になったのか?~

NHK総合 2019年2月23日(土) 19:30~20:15

舞台はフランス・パリ。今回こだわるのはパリの「美」です。数多くの美術館があり、著名な芸術家を生み出してきたパリは、まさに芸術の都。統一された建築物と街角のブロンズ像や彫刻はパリの美しさを引き立てています。実はこれも、パリ独自の「地形」「地質」と関係があった???「コンコルド広場」「オペラ座」「凱旋門」「モンマルトルの丘」をめぐりつつ、「美」と「地質」の意外な関係をブラタモリ的視点からひもときます。
パリと言えば、特徴的なのは白く美しい建物の数々。統一感のある道沿いの建物には、さまざまな制限がかけられています。中でもその統一感を決定づけているのは「石材」。その大量の白い石材は何?そして一体どこから持ってきたのか?その答えは、パリ市内の中心部、地下20メートルにあった?
さらに凱旋門の屋上にも上ったタモリさん。そこで目にした、美しきパリの風景とは?

出演 タモリ 林田理沙   語り 草彅剛

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一昨年には「#81 十和田湖・奥入瀬 ~十和田湖は なぜ“神秘の湖”に?~」で、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を映してくださった「ブラタモリ」。過日放映のローマ編につづき、2週連続で、光太郎が1年近くを過ごしたパリを取り上げます。光太郎の名はおそらく出てこないとは思いますが、1週目には詩「雨にうたるるカテドラル」(大正10年=1921)に謳われたノートルダム大聖堂などが紹介されますし、2週目では「パリの美」ということですので、光太郎の心の師・ロダンには触れていただきたいものです。

まだ放送予定が出ていませんが、再放送があるはずですので、本放送後にレポートします。


それぞれぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

風雪の為すがままにまかせて、しかも必然の理法にたがはず、内から営々と仕事してゐる大地の底知れぬ力にあふと、私の心はどんな時にもふるひ立つ。百の説法を聴くよりも私の心は勇気をとりかへす。自然のやうに、と思はずにゐられなくなる。

散文「満目蕭條の美」より 昭和7年(1932) 光太郎50歳

「寒い、寒い」とちぢこまっていては駄目なのですね(笑)。

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自宅兼事務所近くの田園風景です。

それぞれ再放送ですが、テレビ放映の情報です。ぜひご覧下さい。 

クローズアップあおもり「十和田湖をみつめて」

NHKBSプレミアム 2019年1月21日(月)  10時45分~11時13分

国立公園に指定されて2016年に80年を迎えた十和田湖。NHKが1年撮影してきた四季折々の雄大な風景と湖畔の人々の営みを美しい映像とともにお送りします。

鮮やかな新緑、澄み渡る空の青、燃えるような紅葉、真っ白な雪景色…。山々の色彩を鏡のように映し出す十和田湖には、四季折々の魅力が詰まっています。十和田湖から流れ出る奥入瀬渓流の美しさも、人々の心を引きつけてやみません。一方、湖畔を開拓して暮らしてきた地元の人たちは、厳しい自然の中でさまざまな努力や工夫を重ね、山と湖の恵みをうけて生活を営んできました。湖が育む豊かな動植物と人々の暮らしを見つめます。

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元々、NHK青森放送局さんが平成28年(2016)に制作、青森県内では同年、全国ネットでは翌年、当時放映されていた「スタジオパークからこんにちは」という午後の情報番組の中で放映されました。

光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が映ります。

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続いてNHK Eテレさん。 

にほんごであそぼ

2019年1月23日(水)  6時35分~6時45分  再放送 17:00~17:10 

2歳から小学校低学年くらいの子どもと親にご覧いただきたい番組です。日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができます。今回は、きっぱりと冬が来た。「冬が来た」高村光太郎、擬音アニメ/ぎゅうぎゅう、百人一首/君がため惜しからざりし命さへ…(藤原義孝)、おのまとペア/バスケットボール、花鹿亭/桂宮治、名文/祗園精舎、歌/ペチカ、パプリカ、ベベンの冬が来た

出演 美輪明宏 神田山陽 小錦八十吉 おおたか静流 うなりやベベン 白A 桂宮治 ほか

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今月9日に放映された回の再放送です。

子役タレントくんによる光太郎詩「冬が来た」(大正2年=1913)の朗読と、うなりやベベンさんの歌で「ベベンの冬が来た」が含まれています。

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以前にも書きましたが、うなりやベベンさん=浪曲師の国本武春さんは、平成27年(2015)に逝去されました。しかし、この番組では、国本さんの功績をたたえ、ご生前の映像を使い続けています。いい話です。

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それからこの番組では、このところ毎日、米津玄師さん作詞・作曲・編曲の「パプリカ」という歌が流れています。「2020応援ソング」だそうです(演奏は米津さんではありませんが)。


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米津さんといえば、昨年、ドラマ「アンナチュラル」のテーマ曲「Lemon」が大ヒット、大晦日の紅白歌合戦にも特別出演され、話題となりました。

この「Lemon」、ネット上で「光太郎の「レモン哀歌」(昭和14年=1939)からのインスパイアでは」という記述をたくさん見かけましたが、米津さんご自身がそうおっしゃっていなければこのブログではご紹介できないな、と思っておりました。

すると、実はご自身で、かなり早い時期に「レモン哀歌」に関する発言をなさっていました。

昨年3月のCDリリース前に、音楽チャート・Billboard(ビルボード)の日本公式サイト「Billboard JAPAN」さんに載ったインタビュー

--米津さんは文学もお好きだと思うんですけど、私はタイトルを見たときに梶井基次郎の『檸檬』が頭をよぎりました。
米津玄師:確かに「レモン」って文学的なニュアンスがあるとは思ってて。他にも高村光太郎の『智恵子抄』(「レモン哀歌」)とか。そういうものからレモンが無意識的に自分の頭の中にはあって、そこから出てきたっていう面はあるかもしれないです。

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もっと早く気づくべきでした。

遅ればせながら、CDを購入するつもりでおります。皆様もぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

東京の白昼は、天空とそれからべつたり低く積まれたガラクタで出来てゐる。ポオズを持たない自動車が青蟹のやうに歩いてゐる。芥のたまつた川口の三角洲。渾沌たるは終りなりや、始めなりや。

散文「街上に満ちる詩」より 昭和6年(1931) 光太郎49歳

「レモン哀歌」同様、「智恵子抄」に収められた「あどけない話」(昭和3年=1928)の、「智恵子は東京に空が無いといふ/ほんとの空が見たいといふ」などと呼応しているように感じます。

新刊情報です。智恵子の故郷、福島二本松に聳える安達太良山関連で、光太郎智恵子に触れられています。 

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山を愛するすべての人へ 臨場感あふれる映像で名峰に迫る 自然派ドキュメンタリー

遠くに望めば穏やかな表情を見せる安達太良山。しかし、その稜線に立った者は大きな口を空に向かって広げた爆裂火口の荒々しい姿を見せつけられる。そんな安達太良山は、厳冬期を迎えると登山者の覚悟を試すかのような凍てつく寒さと深い雪に覆われる。それでも人は冬の安達太良山に心惹かれ足を運ぶ。その理由とは?


さまざまな「週刊百科」ものを手がけられているDeAGOSTINIさんから、一昨年刊行されたシリーズの44号。「日本百名山」に選定された山を中心に、各地の名峰を紹介するものです。平成25年(2013)から同27年(2015)にかけ、BS TBSさんで放映されていた「日本の名峰・絶景探訪」という登山番組とタイアップ。同番組を収めたDVDが付録として毎号ついています。本誌の構成も、そのDVDに準じているようです。

同番組では、安達太良山は2回取り上げられました。いずれも平成26年(2014)で、#32 「雪煙舞う厳冬の安達太良山」、#58 「紅葉色めく湯の山 安達太良山」。そのうち、タイトルでわかるとおり、厳冬の安達太良山の方が取り上げられています。

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安達太良山が「智恵子抄」に謳われた山であること、周辺情報として智恵子生家・智恵子記念館などの紹介にもページを割いて下さっています。

付録DVDでも。

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ナビゲーター役は女優の春馬ゆかりさん。奥岳登山口からくろがね小屋を経て、安達太良山頂、そして同じ連峰の鉄山へ。

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ちょうど今の季節がこんな感じなのだろうと思いますが、まさに「雪山」です。

大きめの新刊書店さんでしたら、普通に並んでいます。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

まつたく北極熊のやうだ。華氏八十度となると私は、そろそろ生理機能が狂つて来る。九十度以上の東京の夏は私の生活能力を大半奪ふ。筋肉労働に近い仕事の方はまだ出来るが文筆による仕事は殆ど不可能の状態である。

散文「百三十五番」より 昭和2年(1927) 光太郎45歳

光太郎は夏の暑さに弱く、逆に冬の厳しい寒さを好んだことは有名です。

華氏80度は、現在、通常使われている摂氏に直すと26.7度。同90度は32.2度。やはり温暖化が進んでいなかった昔の方が、夏の暑さもそれほどでなかったように思われます。35度以上の猛暑日が当たり前という現代の東京に光太郎がいたら、どうなることでしょうか。逆に樹氷モンスターが出現する厳冬期の安達太良山などは、光太郎にとってパラダイスかもしれません(笑)。

今年のNHKさんの大河ドラマが、明後日から始まります。 

いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~

2019年1月6日(日)~
本放送 NHK総合 日曜 20:00~ BSプレミアム 日曜 18:00~ BS4K 日曜 9:00~
再放送 NHK総合 土曜 13:05~    BS4K 土曜 8:00~

1959年、五輪招致目前の東京。落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)は日本橋を通り寄席に向かっていた。その日、高座で志ん生が語り出したのは、50年前の日本のオリンピック初参加にまつわる噺。1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していた。スポーツという言葉すら知られていない時代。初めての派遣選手をどう選ぶか。日本オリンピック史の1ページ目を飾る物語。

出演  中村勘九郎 阿部サダヲ 生田斗真 森山未來 神木隆之介 竹野内豊 役所広司 ほか
噺・出演  ビートたけし

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前後半、途中で主役が替わるという大河ドラマ史上初の試みが為されます。

前半は、日本人初のオリンピック選手・金栗四三(かなぐり・しそう)。歌舞伎の中村勘九郎さんが演じられます。後半は、」阿部サダヲさん扮する昭和39年(1964)の東京オリンピック招致に奔走した田畑政治。


「この2人がいなければ日本のオリンピックはなかった」というキャッチコピーです。


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金栗、田畑、ともに光太郎智恵子や光雲との直接の関係はなかったようですが、関わりのあった人物が登場します。

まず、講道館柔道創設者・嘉納治五郎師範(講道館柔道初段の当方、畏れ多くてとても呼び捨てに出来ません(笑))。演じられるのは役所広司さんです。

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公式サイトから。

金栗四三の憧れの人物であり、人生の恩師。金栗の進学する東京高等師範学校の校長。講道館柔道の創始者でもあり、”日本スポーツの父”と呼ばれる。アジア初のIOC委員として、日本のオリンピック初出場のために奮闘し、選手団団長として参加。人並み外れた情熱と、ひょうひょうとしたユーモアを併せ持つ大人物。


光太郎、昭和9年(1934)に、嘉納師範の肖像レリーフを作っています。文京区の講道館さんの2階にある柔道資料館に収蔵されています。

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ただし、クレジットは光雲。光雲はこの年胃ガンで亡くなっており、光雲に依頼があったものの、もはやそれに応えられず、光太郎が代作したのでしょう。

制作に際し、光太郎が嘉納師範と会ったかどうか不明ですが、有名な嘉納師範の肖像写真と似た構図ですので、それを元に作ったという線が濃厚であるような気がします。

10年ほど前でしょうか、このレリーフがネットオークションに出たことがあります。その際は画像だけでは真贋の判断がつかず、入札しませんでした。その後、出品されていないようですが、いずれ入手したいと思っております。

光太郎と嘉納師範の僅かな関わりがもう一つ。

明治39年(1906)からの海外留学に出る前の光太郎、当時日本に入ってきた鉄アレイを使ってのボディービルにはまっていました。その提唱者がドイツ人ボディビルダー、ユージン・サンドウ。明治33年(1900)に、サンドウの著書が『サンダウ体力養成法』として邦訳され、50版以上を重ねるちょっとしたベストセラーとなりました。おそらく光太郎もこれを読んだと思われます。その序文を書いたのが、誰あろう嘉納師範でした。

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「サンドー式体操」と呼ばれたトレーニングで鍛えた光太郎、そのおかげで留学先のニューヨークで、米国人学生との喧嘩に完勝したそうです。

「いだてん」での嘉納師範、かなり重要な役どころのようで、おそらく早い段階から活躍するようです。

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もう一人、間接的ながら光太郎と関わった人物が、「いだてん」に登場します。

やはり金栗にからむ、大日本体育協会副会長・武田千代三郎。演じられるのは永島敏行さん。少し後になってからのご登場のようです。


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武田が大日本体育協会副会長に就任したのは、大正2年(1913)。その直前までは青森県知事でした。当時の知事は民選ではなく、中央からの派遣。武田は筑後柳川の出身です。赴任先の青森で見た十和田湖の景観に打たれ、道路の開墾等に尽力しました。実はそれ以前に、明治天皇から十和田湖について訊かれたものの、満足に答えられなかったことを恥じて、早速十和田湖を観に行き、「こんな美しい場所だったのか」と仰天したそうですが。

そのため、雑誌『太陽』で初めて十和田湖の美しさを世に広めた大町桂月、武田に協力して十和田湖周辺の整備に力を尽くした法奥沢村長・小笠原耕一と共に、「十和田の三恩人」と讃えられました。

昭和28年(1953)に除幕された、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」は、元々周辺の国立公園指定15周年を記念し、「十和田の三恩人」を顕彰するためのモニュメントとして作られたものです。

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昨年、永島さんが武田役でご出演、という情報を得、それなら観なければ、と思った次第です。

ちなみに当方、20年ほど前に、永島さんを羽田空港でお見かけしました。和服にインバネスの出で立ちで、「いやー、かっこいい」と思いました。

今後、他にも光太郎智恵子や光雲と関わった人物が登場するかも知れません(いっそのこと、光太郎智恵子や光雲も登場させてほしいのですが)。

追記 智恵子の小学校時代の恩師・二階堂トクヨも登場しました。

皆様もぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

しかし木彫は短歌のやうな面白味があつて此上なく私の心を慰めてくれる。彫つてゐながら如何にも気持がいい。

散文「近状」より 大正13年(1924) 光太郎42歳

「蝉」や「鯰」などの木彫小品を作っていた時期の文章から。光太郎の生涯の中で、最も平穏だった時期です。

テレビ放映情報です。 

「西郷どん」総集編 第一章「薩摩」

NHK 総合      2018/12/30(日) 13:05~14:05
NHK BSプレミアム 2019/1/2(水)    8:00~9:00

薩摩(鹿児島)の貧しい下級武士の家の生まれた熱血漢、西郷吉之助(鈴木亮平)は、カリスマ藩主・島津斉彬(渡辺謙)と出会い、歴史の表舞台へと飛び出していく。少年から青年へと成長していく立身出世青春編。

出演
鈴木亮平 瑛太 黒木華 桜庭ななみ 北村有起哉 高橋光臣 渡部豪太 堀井新太
増田修一朗 塚地武雅 藤真利子 水野久美 大村崑 北川景子 沢村一樹 小柳ルミ子
青木崇高 鹿賀丈史 平田満 ほか

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先頃、放映が終了したNHKさんの大河ドラマ「西郷どん」。その総集編が、4章に分けて放映されます。

地上波NHK総合さんでは12月30日(日)の午後、合間にニュースや翌日の紅白歌合戦の番宣番組をはさんで、4時間で放映されます。BSプレミアムさんでは、1月2日(水)に、やはり一気に放映されます。

今年1月7日(日)の第一話、明治31年(1898)の、光太郎の父・光雲が主任となって制作された上野の西郷隆盛像除幕式のシーンから始まりました。

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西郷の妻・糸の「うちの旦那さぁはこげな人じゃあいもはん!」の爆弾発言。過日の最終話で、その真意が、西郷隆盛は高い所にいて人から見上げられるような人ではなく、人々と同じ地平を走り回る人だった、という意味であることが明かされました。

総集編でこの除幕式のシーンが入るかどうか、何とも言えませんが、とりあえずご紹介しておきます。


西郷像といえば、12月19日(水)、福岡に本社を置く『西日本新聞』さんの一面コラムで、光雲にからめて触れて下さいました。

「西郷どん」上野の像、なぜ軽装? 背景に政府の思惑

 NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」が終わった。維新の立役者の生涯を描いた物語が面白くないはずはない。舞台は九州、せりふは鹿児島弁とあって、例年になく日曜の夜が楽しみだった
▼ドラマの完結に合わせたように、東京・上野公園にある西郷隆盛像がきのう、除幕から120年を迎えた。恰幅(かっぷく)の良い着流し姿で愛犬を連れた像は、私たちが抱く西郷のイメージそのものだ
▼実は西郷の写真は一枚も残っていなかったという。作者の高村光雲は弟の西郷従道やいとこの大山巌をモデルにした西郷の肖像画を参考に像を制作した
▼完成した像を見た西郷の妻は「主人はこんな人じゃなかった」と落胆したとか。風貌が似てないというより、浴衣のような軽装で人前に出る無礼な人ではなかった、と言いたかったそうだ。鹿児島市・城山にも西郷像が立っている。こちらは直立不動で立派な軍服姿だ
▼故人を顕彰する像は正装が常識。上野の像が軽装になったのには理由がある。西南戦争で反乱士族の首領に担がれた西郷は、政府に弓引く「逆徒」とされた。大日本帝国憲法発布に伴う大赦で名誉回復すると、人気の高い西郷の像を造る計画が持ち上がった
▼だが、政府内には西郷への反発もまだ強く、威厳のある姿の像は許されなかったのだ。姑息(こそく)な思惑は裏目に出たか。「上野の西郷さん」は飾り気のない親しみやすさで、ますます庶民に愛されることになった。
=2018/12/19付 西日本新聞朝刊=


「西郷どん」の放映は終わりますが、この後も、上野の西郷隆盛像は人々に愛され続けていってほしいものです。


【折々のことば・光太郎】

それは本当に亙るものの価値が益進むに従つて、曾て歓迎せられたものも歓迎せられなくなり、曾て味解せられたものも味解せられなくなり、しかも却つて、人間の心の隅々に不滅の光を瀰漫させ、いつしらず人間の美の常識を高め、否定する者の心をも否定せられながら浸潤して止まず、遂に一のクラシツクとなつて人類の一角に常明の燈台となつて聳立するといふ、方程式のやうな方式に善くかなつてゐるからである。

散文「「流星の道」読後」より 大正13年(1924) 光太郎42歳

この年刊行された、大先輩・与謝野晶子の歌集『流星の道』の書評の一節です。この時期になると、章子の短歌は、もはや『みだれ髪』の頃の鮮烈さを以て世上に受け入れられなくなっていることに対し、上記のように述べています。しかし、「一のクラシツクとなつて人類の一角に常明の燈台となつて聳立する」、ある意味、王道の作品なのだというわけですね。

同じことは、光太郎詩(特に戦後の)、それから建立後しばらく経ってからの西郷隆盛像などにも当てはまるような気がします。

先週土曜日、テレビ東京さんの「美の巨人たち 上野のシンボル!高村光雲『西郷隆盛像』が愛され続ける理由」の放映がありました。

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西郷の妻・糸が、除幕式の際に「うちの旦那さぁはこげな人じゃあいもはん」と言ったというエピソード(結局、当方が知りたいその出典は紹介されませんでしたが)から、像の制作にあたった光太郎の父・光雲らの苦労話が色々と紹介されました。

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光雲については、西洋の写実を取り入れた先進性を紹介してくださいました。

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コメンテーターとして、当方もお世話になっている小平市平櫛田中美術館さんの藤井明学芸員氏がご登場。

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NHKさんの「日曜美術館」等にもご出演されている藤井氏、いつもながらに的確なコメントです。

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今年初公開された、顔のない西郷像原型の写真なども使われました。

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確実に本人だと言い切れる写真の残っていない西郷隆盛、そこで、光雲が参考にしたのがキヨッソーネの描いた肖像画。他に生前の西郷を知る人々の意見を随分聞いたそうです。

結果、何とか本人に似た顔になりましたが、糸は納得いきません。それは、顔の問題でなく、服装の問題。

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この点に関しては、この像は兎狩りの姿だということで。しかし、なぜそんな姿になったのかというと、当初は軍服姿や騎馬像の構想があったものの、やはり恩赦で復権したとはいえ西南戦争で大君に弓を引いた人物、ということで、その構想が却下されたためでした。

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そこで、西郷の従弟、大山巌が……

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当方、このエピソードは存じませんでした。

その結果、着流し姿となったというわけです。

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このあたりについて詳述している当時の文献、読んでみたいのですが……。

テレビ東京さん系列のBSテレ東さんで、12月29日(土)の18:00~18:30にも放映があります。テレビ東京さん系の放送局がない地域の方、こちらでご覧下さい。


そして日曜日には、NHKさんの大河ドラマ「西郷どん」最終話。

1月の第1話が西郷像の除幕式のシーンから始まり、最終話でも像に触れられるかと思っていましたが、残念ながら像は登場せず。しかし、西郷の死後、当時の人々が大接近していた火星を「西郷星」と呼んで拝んでいたというエピソードの中で、やはり糸が「うちの旦那さあはあげな高い所に居て人から見上げられるようなお人ではなかった」と言うシーンがありました。脚本の中園ミホさん、これが第1話の除幕式で糸が「うちの旦那さぁはこげな人じゃあいもはん」と言ったという理由につながるのですね。なるほど、そういう解釈も成り立つな、と思いました。

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ところで当方、新選組や会津藩、彰義隊などを好むもので、この1年、「西郷どん」は観ていませんでした。そこで最終話を観て初めて知ったのですが、「美の巨人たち」でも紹介された、上野の西郷さんが連れている愛犬の「ツン」も登場していたのですね。存じませんでした。

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それから、最後のかつての盟友・大久保利通がその開催に心血を注いだという設定になっていた内国勧業博覧会。「西郷どん」では触れられませんでしたが、この時に、光雲は師匠・高村東雲の名で白衣観音像を出品、見事に一等龍紋賞に輝きました。博覧会というものが全く周知されていなかったこの当時、東雲は出品の依頼に対し、わけがわからないし面倒だと考えたので高弟の光雲に自分の名で出品させたのです。それが一等龍紋賞。しかし、それがどれほどすごい賞かというのが、もらってからもよくわからなかったというのだから笑えます。そのあたり、昭和4年(1929)に刊行された光雲の談話筆記『光雲懐古談』に記述があります。「青空文庫」さんで公開して下さっていますので、お読み下さい。

「西郷どん」最終話、NHK総合さんで、12月22日(土)、13:05~14:05に再放送があります。見逃した方、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

妾がマツスネエを唄へば妾のマツスネエですよ。伊十郎が勧進帳を唄へば伊十郎の勧進帳ぢやありませんか。

散文「ノンシヤランス」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

「ノンシヤランス」は仏語の「 nonchalance 」。「のんき」とか「投げやり」「無関心」といった意味です。女優と脚本家の会話、という設定で書かれたもので、ある意味、短編小説のような趣もあります。

引用部分は女優のセリフ。「妾」は「めかけ」ではなく「わたし」と読みます。「マツスネエ」はジュール・マスネ。「タイスの瞑想曲」などで有名なフランスの作曲家です。「伊十郎」は芳村伊十郎、長唄の名人でした。

要するに、扱う作品の芸術性も大事だが、演者の芸術性にもっと評価を与えるべき、という趣旨です。「何を」より「いかに」ということですね。造形芸術にも当てはまる問題です。

NHK Eテレさんの楊枝教育番組「にほんごであそぼ」。たびたび光太郎詩を取り上げて下さっていますが、「牛」(大正2年=1913)が使われました。12月4日(火)に最初の放映があり、来週18日(火)、再放送されます。 

にほんごであそぼ

NHK Eテレ 2018/12/18(火) 6時35分~6時45分/17時00分~17時10分

楽しく遊びながら“日本語感覚”を身につけることができる番組。今回は、牛はのろのろと歩く…「牛」高村光太郎、投稿ややこしや、絵あわせ百人一首、歌/銀河鉄道の夜。

出演 美輪明宏、野村萬斎、野村裕基、小錦八十吉、おおたか静流 ほか


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「牛」は長い詩ですので、抜粋で。子供たちが入れ替わり立ち替わり、ワンフレーズずつ朗読。

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締めは、美輪明宏さん。

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過日、やはり「牛」からのインスパイアを含む、和合亮一さんの新刊詩集『QQQ』をご紹介した際にも書きましたが、子供達にはポジティブな「牛」を味わってほしいものです。

そのためには、大人たちが「平凡な大地」を子供たちに残してやらなければなりません。「放射線まみれの危険な大地」でなく、「平凡な大地」を、です。


【折々のことば・光太郎】

潜心(アリエエル パンセエ)のない、ただの縮小や模型は、彼にとつて何の可笑味もない。

散文「量の有する滑稽性」より 明治44年(1911) 光太郎29歳

「アリエエル パンセエ」は仏語の「arrière pensée」。「潜心」、つまり「心を落ち着けて一心に考えること」の意です。

元々の大きさ(量)に意味があるものを、無理矢理に縮小しても、滑稽にしかならないという論旨です。例として上げている一つがパリの凱旋門。今やパリ名所となっていますが、元々はローマ皇帝セプチミウス・セヴェルスがローマに建てさせた高さ21メートルのものを模し、ナポレオンが高さ15メートル足らずでイミテーションを作らせたもの。同様に、富士山を立体模型にしても雄大な感は得られない、と、まぁ、そのとおりですね。

同じような例、さらには場違いな建築装飾や、猿真似的な西洋の模倣が東京じゅうに溢れかえっている、という警句です。現代にも通じますね。

過日もちらっとご紹介しましたが、テレビ東京さんの美術系長寿番組「美の巨人たち」で、光太郎の父・光雲が主任として制作に当たった上野の西郷隆盛像が扱われます。  
BSテレ東  2018年12月29日(土) 18:00~18:30

太く濃い眉、しっかり見つめる目、一文字の口もと…西郷の死から21年後に建てられた高村光雲作『西郷隆盛像』は“これぞ西郷”というイメージを作り上げました。ところが完成当時、西郷の妻は「主人はこんな人じゃない」と批判。それでも光雲は、このような批判が起こるのを覚悟で、あえて西郷をこの姿で残したと言います。一体この銅像の何に問題があったのでしょうか?日本一有名な銅像の堂々たる姿に潜む意外な真相に迫ります。

ナレーター 小林薫/神田沙也加

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ちなみにNHKさんの大河ドラマ「西郷どん」は、翌16日(日)が最終回です。

1月の第1話「「薩摩のやっせんぼ」は、上野の西郷像除幕のシーンからでした。

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そこで西郷三番目の妻・糸が叫びます。

最終話でも西郷像に関して、できれば光雲も登場させてほしいものですし、この辺りのエピソードについて、「美の巨人たち」で紹介されるようです。話の出所等も紹介していただけるとありがたいのですが……。

それぞれ、ぜひご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

英国の芸術の中で、一番英国人の気質の美点を表して居るのは建築だ。彫刻はペケ。絵画は一般に英国人の執拗な点をよく示して居る。コンスタブルでも、タアナアでも、近くはヰスラーでも少し面白い画家は皆英国離れがして居る。可笑しな現象だ。其の癖此等の人を通じて底に流れて居る一脈の水は、争はれない「アングロサクソン」の色である。

散文「画室日記の中より」より 明治41年(1908) 光太郎26歳

ニューヨークに続いて移り住んだロンドンでの感想です。かなり的確に当時の英国美術を観察しています。一面では保守的な部分も持っていた光太郎、ニューヨークでは感じなかった重厚な歴史の厚みを感じ、また、それを好意的に捉えてもいます。

テレビ東京さん系列で、昨日放映された「土曜スペシャル いい旅・夢気分 紅葉めざして乗り継ぎ旅スペシャル」。光太郎最後の大作「乙女の像」ががっつり取り上げられました。取り上げられるかどうか微妙だなと思って、このブログでは事前にご紹介しなかったのですが……。

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3本立ての1本目で、太川陽介さん、蛭子能収さんの「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」コンビに、マドンナ釈由美子さんの3人で、奥入瀬渓流、十和田湖、弘前などを巡るコース。

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「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」では、平成25年(2013)に、太川さん、蛭子さんに、さとう珠緒さんを加えた3人で、山形は米沢市から本州最北端・青森県大間崎を目指す途中に十和田湖、奥入瀬を通られました。平成28年(2016)にはDVDが発売されています。

今回は、八戸からスタート。

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蛭子さん、平成25年の記憶がありません(笑)。

路線バスで紅葉の奥入瀬渓流に向かい、途中下車。

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撮影日が10月30日(火)だったそうで、何とまあ、当方が彼地に行っていた2日後でした。

再びバスで、十和田湖畔休屋へ。

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真っ先にお二人が向かったのは……。

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「おお!」という思いと、「くっ、ブログで紹介しておくんだった」という思いでした(笑)。

光太郎の名もしっかり出して下さいました。

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また、いろいろなアングルから像を撮影して下さってもいました。

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ここで、マドンナ・釈由美子さんと合流。

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十和田湖畔で昼食。釈さんは十和田バラ焼きを召し上がっていました。

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さらに、宇樽部地区からボートで湖上散策。

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この日の宿は、昭和27年(1952)、光太郎も泊まった蔦温泉さん。

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翌日、八甲田山麓を越えて青森市へ。何と、酸ヶ湯温泉では雪。そういえば、当方が行ったとき、市役所の方が「そろそろ八甲田では降るでしょう」とおっしゃっていました。

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その後、黒石を経由して弘前へ、という行程でした。

3本立ての残り2本は、競馬の武豊騎手と、小泉孝太郎さんが、やはり光太郎も泊まった宝川温泉を含む群馬の名湯の数々、フィギュアスケートの村上佳菜子さんで、光太郎智恵子婚約の地・信州上高地。

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偶然でしょうが、光太郎ゆかりの地のオンパレードでした。

テレビ東京さん自体、または系列のBSテレ東さんなどで再放送があるといいのですが……。また、テレ東系でない地方テレビ局でも、いわゆる「番販」の形で、休日の昼間などに放映される場合があり、そうなってほしいものです。

情報が入りましたら、ご紹介します。


【折々のことば・光太郎】

書く事以外に何の求めるところもない竹林の清さが其処にある。それは又竹林のやうな根の強さを思はせる。

散文「永瀬清子詩集「諸国の天女」序」より
 昭和15年(1940) 光太郎58歳

永瀬清子は現在の岡山県赤磐市(当方も一度足を運びましたが実にいいところです。)出身の女流詩人です。

昨夜放映されたTV番組を2本、ご紹介します。

まず、NHK Eテレさんの「びじゅチューン!」。古今東西の美術作品を、愉快なアニメーションと唄で紹介する5分間番組です。光太郎ブロンズ彫刻の代表作「手」(大正7年=1918)をモチーフとした、新作の「指揮者が手」が初披露されました。

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「手」が燕尾服に身を包み、コンサートで指揮者を務めるという、何ともシュールな設定です(笑)。バックには、とぼけた歌詞のゆる~いワルツ。作詞作曲、歌唱、それからアニメーション制作のすべてを、マルチアーティスト・井上涼氏が手がけています。

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右下には光太郎。そして光太郎へのオマージュとして、鯰やレモンが登場。ロダンを肴にした「ランチは地獄の門の奥に」でもそうでしたが、わかる人にしかわからない遊び心が散りばめられています。

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なぜか「手」によるテルミンのソロも。どうも「て」で韻を踏んでいるようです。

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光太郎の紹介もきちんとなされます。詩人としても活躍したこと、ロダンの影響を強く受けたことなど。

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井上氏、この「手」のフォルムが、何かを伝えたいと訴えていると感じたとのこと。そこからのインスパイアなのですね。

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アニメーションは、通常の歌付きバージョン(公式サイトに動画掲載)と、コーラス入りバージョンの2回、流れます。合間に井上氏によるトーク、さらに最後にも井上氏がご登場。「道程」を紹介して終わります。

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来週月曜日、11月5日の早朝5時55分~6時00分と、深夜24時50分~24時55分(11/6未明)に、それぞれNHK Eテレさんで再放送があります。



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柳原白蓮、そして光太郎の師・与謝野晶子の2本立て。晶子の部分は平成23年(2011)放映の「今こそ夫婦のチカラ! ~明治最強カップル 与謝野晶子と鉄幹~」からの使い回しが多かったようです。

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当方もお世話になっている歌人の松平盟子氏のコメント。平成23年のオンエアからの使い回しだそうで。

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さかい利晶の杜 与謝野晶子記念館さんなどに取材した新たな映像も。

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晶子の動画も流れ、興味深く拝見しました。

『明星』に集った若き才能、という部分で、光太郎の名が出るか、と思っておりましたが、そちらは啄木、白秋、吉井勇。

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「びじゅチューン!」に続いてロダン。

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残念ながら、光太郎には触れられませんでした。しかし、なかなか見応えがありました。

こちらも再放送があります。11月3日(土) 、午前10時05分~10時50分、やはりNHK総合さんです。見逃した方、ぜひどうぞ。


もう1点、やはり晶子がらみのTV番組の放映がありますのでご紹介します。平成27年(2015)に放映されたものの再放送だそうですが。 

日本伝統温泉の旅 #5「群馬県 法師温泉 長寿館」

BS12トゥエルビ 2018年11月5日(月)  27時00分~27時30分(11/6未明)

日本は、3000以上の温泉地を持つ温泉大国。私たち日本人は、遥か昔から、大地からの大いなる恵みを楽しみ、愛し続けてきました。日本各地に残る伝統の温泉地を紹介します。

群馬県みなかみ町にある、法師温泉。その昔、弘法大師が発見したのがその名の由来とも言われています。周囲の優雅な自然のもたらす日本情緒が、与謝野晶子ら多くの文人たちにも愛された、伝統ある温泉です。

ナレーション 千葉繁

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群馬県の法師温泉さん。「与謝野晶子ら多くの文人たちにも愛された」とありますが、光太郎も大正末から昭和初めにかけ、4回程訪れています。

そのうち、昭和4年(1929)には、詩人の尾崎喜八とともに訪れ、尾崎が詳細な回想を残しています。当方には未踏の地、いずれ行きたいと思いつつまだ果たしていません。この番組で予習した上で、行ってみようと思います。


テレビといえば、各地のローカルニュースで光太郎の名が出ています。あすはそのあたりを。


【折々のことば・光太郎】

美術と音楽はその領域をまるで異にしながら、即ち内と外、造型把握と内面創造との各自の特質を堅持しながら、しかも全く同一といつていい精神高揚の究極性を持つて居り、相互が相互を拒否しながら養ひ合つてゐるのである。
散文「たのしい望み」より 昭和23年(1948) 光太郎66歳

「びじゅチューン! 指揮者が手」を観つつ、当方も同じようなことを感じました。

テレビ番組の放映情報、2件です。それぞれ、ぜひご覧下さい。 
 2018年10月31日(水) 19時50分~19時55分/ 11月5日(月)  5:55~6:00/24:50~24:55

古今東西の美術作品を井上涼のユニークな発想でうたとアニメーションに。
今回は、高村光太郎の彫刻「手」(東京国立近代美術館所蔵)。この彫刻は、指をやんわり曲げていたり親指が反り返っていたりと、細かいニュアンスを伝えようとしているみたいに見える。これは、オーケストラを動かす指揮者なのかもしれない!
「て」という音を効果的に取り入れた歌詞で、左手一本で音楽を自由にあやつる孤高の指揮者を歌う。

出演 井上涼  声 ジョリー・ラジャーズ

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古今東西の美術作品を脱力系のアニメーションと唄でいじる5分間番組です。平成27年(2015)には、光太郎が敬愛したロダンの「地獄の門」をモチーフにした「ランチは地獄の門の奥に」が放映されました。

公式サイトでは過去の放映作品の唄の部分がすべて見られますが、どれもこれも笑えます。光太郎の「手」が、どう料理されるか楽しみです。


もう1件。直接光太郎には関わりませんが。 

歴史秘話ヒストリア「新発見!晶子と白蓮 情熱の女たち」

NHK総合 2018年10月31日(水)  22時25分~23時10分
     再放送 11月3日(土) 10時05分~10時50分

今夜の主人公は、情熱の歌人・与謝野晶子と柳原白蓮。連続テレビ小説『花子とアン』で脚光を浴びた白蓮は、大正時代、意に染まぬ夫への「絶縁状」を新聞紙上に発表して駆け落ちを決行、世間の常識に立ち向かう。今年生誕140年を迎える晶子も、女性の情念を大胆にうたった作品を世に問い、さらに自立した女の生き方を実践した。新発見の歌や未公開の動画もまじえ、思うままに恋をし、力強く生きた、2人のりりしい姿を描く。

出演 原沙知絵 袴田吉彦  キャスター 井上あさひ

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光太郎の師・与謝野晶子が取り上げられます。


晶子といえば、先週土曜日(10/20)、NHK Eテレさんで放映された「第48回 NHK講談大会」で、神田陽子さんが「炎の歌人 与謝野晶子の生涯」を演じられました。

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今年6月には、チバテレさん他で放映された「浅草お茶の間寄席」で、同じ神田一門の神田京子さんがこれを演じられました。定番の演目なのですね。


先週のNHKさんといえば、BSプレミアムさんで放映されている「にっぽん縦断 こころ旅」。俳優の火野正平さんが自転車で日本各地を廻る番組です。19日(金)の放映では、花巻を訪れられました。

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その中で、光太郎が戦後の7年間を過ごした旧太田村の法音山昌歓寺さんが大きく取り上げられました。光太郎もたびたび訪れた古刹です。光太郎は観音像を彫る依頼を受けながら果たせず、その歿後、光太郎に代わって、交流のあった彫刻家・森大造が代作しました。

公式サイトから。

東京・府中の李 淳子さんのご両親は、昭和の初め頃、朝鮮半島から日本に渡り東京に住んでいました。しかし戦争が激しくなり、家族全員で疎開したのが岩手県花巻市。淳子さんは地元の小学校に通い、友だちと遊んだのが昌歓寺です。戦後もしばらく花巻で暮らし、その後両親は朝鮮半島へ戻り、両親と会うことができなかったと言います。家族・兄弟の思い出の地、花巻。そのランドマークともいえるのが昌歓寺。そこが淳子さんの「こころの風景」になりました。再訪したくとも高齢のため行けないという淳子さんのために、正平さんは花巻城址を出発して秋色に染まった北上盆地を走ります。

この番組は、火野さんが、視聴者の方から寄せられた「ずっと残したいふるさとの風景」に関するお手紙で紹介された場所に行く、というコンセプトで、番組の最初と最後に火野さんがお手紙を朗読なさいます。今回のお手紙がこちら。光太郎と同じ時期に旧太田村に疎開されていた東京在住の方から。光太郎にも触れて下さっています。

 正平さん、おはようございます。番組をいつも楽しみにしています。
 私の心に残る風景は岩手県花巻市太田にある昌歓寺(しょうかんじ)です。
 昭和のはじめの頃、朝鮮半島から日本に移り住んだ両親は東京に居を構え、私たち子供8人をもうけ大家族で暮らしていましたが 戦争が激しくなるとともに家族全員を連れ岩手県花巻市に疎開しました。私が小学生の頃でした。
 戦争が終わった後もしばらく当地にとどまり、私は高校時代までを花巻で育ち過ごしました。
 勝手のわからない土地で8人の子供たちを養うのでさえ大変なのに ましてや戦時中皆が窮乏した時代です、両親の苦労はいかばかりであったことかと思います。
でも、家族思いの両親のもとで兄弟仲良く過ごし、また地元の学校でできた友達たちとも仲良くなり、戦争を避けるための疎開先とはいえ、岩手時代のことは楽しい思い出ばかりです。
その当時の思い出の場所が昌歓寺です。
 私たちが通った太田小学校の近くにあり、友達たちと立ち寄っておしゃべりに花を咲かせたりしました。
また、詩人の高村光太郎さんも当時こちらに疎開されており、高村さんを慕って訪ねてくる多くの学生が昌歓寺を宿にして滞在していました。
 歴史の古いお寺ですが、今で言えば太田のランドマークのような場所であったと言えるかもしれません。
 戦後 世の中も落ち着きを取り戻し、私たちの家族も東京に戻りましたが、私が主人と結婚した年に、両親は隣国でのままならぬ暮らしに終止符を打とうと、朝鮮半島に戻りました。
 必ずしも容易でない時代環境のもとで、その後 両親と存命中に再会することは叶いませんでした。まだ二十代で両親と別れることになった私には、花巻は両親や兄弟との思い出の土地です。
 仲良く温かった家族の思い出、そしてその土地の象徴であるような昌歓寺。
 私はお陰様で子供たちに恵まれ、今年90歳を迎える主人と平穏な日々を送っています。ただ遠出は難しい状況です。
どうか正平さん、私の家族の思い出の土地、花巻市太田と昌歓寺に訪ねていって頂ければ、心から嬉しく思います。
 宜しくお願いします。

花巻市街を出発された火野さん、リンゴ畑やお手紙の主が通われていた太田小学校などを経由し、昌歓寺さんを目指します。

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その後、もう少し足を伸ばせば光太郎が7年間暮らした山小屋(高村山荘)なのですが、そちらには行かれなかったようで、残念でした。

「第48回 NHK講談大会」ともども再放送を期待しますし、未公開映像の特別編なども時折放映されていますので、そうした中で光太郎ゆかりの地が取り上げられてほしいものです。


さて、「びじゅチューン」、「歴史秘話ヒストリア」、それぞれご覧下さい。


【折々のことば・光太郎】

馴れきれないものは失策する。馴れきれるものは瞞着するのである。

散文「豊島与志雄氏著「猫性語録」」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

猫が持つ肉食獣としての野生の夢想に自己を仮託した、豊島与志雄の随筆集『猫性語録』評から。自身も連作詩「猛獣篇」を書き、荒ぶる野生の魂を自己内部に見いだしていた光太郎、共感を持って同書を捉えています。

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