日本の近代思想を読みなおす3 美/藝術
2024年3月7日 稲賀繁美著 末木文美士/中島隆博責任編集 東京大学出版会 定価5,400円+税ヨーロッパの基準で日本文化を判断し、そこにいかなる「美」の存在、むしろ不在を認定するか、あるいはいかなる「藝術」の発見を認知するか、それとも否認するか、その闘争の場として「日本の近代思想」における「美/藝術」は「読みなお」しを迫られている。本書はその視角から美/藝術を活写する。
二 実践者と研究者と
三 輸入概念としての「美」「藝術」
四 内と外との鬩ぎ合い
五 海外発信の使命と蹉跌と
六 「日本」固有の「美の本質」探求とその自己矛盾
七 国際的評価基準と「美」や「藝術」の位相
八 先行業績の瞥見と再評価
九 「脱近代後」から回顧する「日本近代の美/藝術」
一〇 本書の前提と限界
Ⅰ 「藝術」の「制度」と「近代」
二 『国華』第一巻第一号序文/"Introduction to the New English Edition"
三 九鬼隆一 序『稿本帝国日本美術略史』"Préface",Historie de l'art du japan
四 岡倉覚三『茶の本』The Book of Tea
五 高村光雲『高村光雲懐古譚』
Ⅱ 東洋美学の模索
一 橋本関雪『南画雑考』
二 園頼三『感情移入より気韻生動へ』
三 金原省吾『東洋美論』
四 鼓常良「結語」『日本藝術様式の研究』
五 小出楢重『油絵新技法』
二 Marie C. Stopes, Plays of Old Japan, The Nô
三 大西克禮『幽玄論』
四 Bruno Taut “Wie ich die japanische Architectur ansehe
Ⅳ 「日本美」の彼方への思索――伝統と創造との綻び目
二 柳宗悦「日本人の工藝に対する見方」 The Responsibility of the Craftsman
三 矢代幸雄「滲みの感覚」
四 丹下健三「桂にいたる伝統」 The Tradition leadung up to Katsura
五 岡本太郎「イヌクシュックの神秘」 L’énigme d’Inoukshouk
岡本太郎「宇宙を彩る――綾とり・組紐文の呪術」 le jeu de berceau
「日本の近代思想を読みなおす」という全15巻のシリーズ中の3巻目です。幕末から昭和の岡本太郎あたりまでの、いわばその時点でのエポックメーキング的な書籍、論文その他をピックアップし、その美術史的位置づけや背景、その後に与えた影響などをつぶさに検証しています。原文の抄録も「資料編」として掲載。非常に読み応えがあり、なるほどと目を開かれる部分が少なくありませんでした。
上記目次で色を変えておきましたが、第Ⅰ章で光太郎の父・光雲の『光雲懐古談』(昭和4年=1929 万里閣)、第Ⅲ章で光太郎の『印象主義の思想と芸術』(大正4年=1915 天弦堂書房)から「ポール セザンヌ」、評論「触覚の世界」(昭和3年=1928 『時事新報』)が取り上げられています。
ただ、残念なのがありえないほどの誤植の多さ。目次からして『光雲懐古談』が『光雲古譚』とか『光雲懐古譚』になっています。そうかと思うと本文では正しく『光雲懐古談』となっている箇所もあったりします。また、光太郎の『印象主義の思想と芸術』は全ての箇所で『印象派の思想と芸術』と誤記。「ポール・セザンヌ」と書かれている題名も正しくは「・」なしの「ポール セザンヌ」です。さらに本文中にやはり光太郎の評論集『造型美論』(昭和17年=1942 筑摩書房)が紹介されていますが、これも『造形美論』……。どうすればこうやって取り上げる書籍等の題名を誤記できるのかと呆れてしまいました。せっかくの労作なのにもったいないというか……。そうなると、当方の詳しくない他の作家の部分でも同様の誤記が少なからずあるのではないかと勘ぐってしまいます。当方も時々やらかすのであまり大きなことは言えませんが……。
ついでにいうなら、いちいち気になって仕方がなかったのが、旧字と新字の混交。なぜか「芸」の字、旧字の「藝」と新字の「芸」が混ざっています。何かこだわりがあるのかも知れませんが、使い分けている基準や意図が全く不明です。きちんと校正者の校正を経ていないのでしょうか(経ていれば『光雲懐古談』『光雲古譚』『光雲懐古譚』、「藝」「芸」が共存していることは有りえませんね)……。そういった部分では版元の姿勢も問われます。
まぁ、そういう点を差っ引いても日本近代の美術思想史を概観する上では良書といえます。誤植の多さには目をつぶってあげて、お読み下さい。
【折々のことば・光太郎】
ミカンはまことに珍重、早速夕食後にコタツでいただきました。昔一晩に一箱たべてしまつたやうな時代のあつた事を思ひ出しました。
最近ではミカンも貴重品のような気がします。一度に2つも食べると罪悪感に責めさいなまれます(笑)。