ハードカバーの文庫化です。今朝の『朝日新聞』さんには大きく広告も出ていました。 

2020年8月7日 伊集院静著 双葉社(双葉文庫) 定価800円+税

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郷里の山口から上京した青年・詩人美。中原中也、高村光太郎などを詩を愛する心優しい青年は、新宿・歌舞伎町で暮らす叔父の無塁のもとに身を寄せた。詩人美は叔父のもとで様々な人と出逢い、恋をしたり、勝負の厳しさを味わったり人として成長していく。伊集院静でなければ描けない極上の青春物語。

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元版は平成30年(2018)に同じ双葉社さんからハードカバーで出ていました。その時点では光太郎がらみとは存じませんで、文庫化されて初めて購入した次第です。

当方、伊集院さんの小説はこれまで読んだことがありませんで、こういう小説を書かれる方なのか、と思いました。ただ、小説ではない、古今の「書」を紹介する『文字に美はありや』(平成30年=2018 文藝春秋)という書籍は拝読しており、その軽妙かつ奥深い内容には僭越ながら感心致しておりました。

さて、双葉社さんのサイトには「極上の青春物語」とありますが、健全な青少年には薦めにくい一冊ですね。主人公の詩人美(しじみ)、18歳で上京し、破天荒な叔父の無累(むーる)の元に身を寄せつつ、競馬、麻雀、丁半博打、競輪等のさまざまなギャンブルや、風俗嬢との恋などを通して成長して行く、というストーリーです。途中、詳細は略されつつ、3年ほどアジア各地を放浪、という設定にもなっています。そういうわけで健全な青少年は決して真似をしないように(笑)、です。ただ、そうした自分では決して歩まないような山あり谷ありの人生を追体験できるというのが、小説を読む醍醐味の一つではありますので、そういう意味ではよろしいか、と。

同じくギャンブル狂の天衣無縫な叔父や周辺人物のセリフにも、人生訓が散りばめられています(かなり強引ですが(笑))。

さて、主人公が詩人美(しじみ)という名前ですので、さまざまな近代詩がモチーフとして現れます。最も多く引用されるのは、中原中也の「ポツカリ月が出ましたら/舟を浮べて出掛けませう。」の「湖上」(昭和5年=1930)。その他、萩原朔太郎や石川啄木、そして光太郎。

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お約束の(笑)「道程」(大正3年=1914)が使われています。

しかし、どうもこの1カ所だけかな、という感じです。ただ、500ページ超の分厚いもので、まだ5分の3ほどしか読了していませんので、終盤にまた出てくるようなことがあったらすみません(笑)。

とにもかくにもお買い求めを。


【折々のことば・光太郎】

私のやうな無風流漢には趣味ある探しものなど、めつたにありません。唯年中探し求めてゐるのはよいもでるです。

散文「探してゐるもの」より 大正13年(1924) 光太郎42歳

『東京朝日新聞』に載った文章の一節ですが、アンケートに近いものがあるようで、同じ題で吉野作造の文章も掲載されています。また「もでる」と平仮名表記になっているあたり、談話筆記なのかな、という気もします。

で、「もでる」は彫刻のモデルです。大正時代、まだ美術家たちはモデルを雇うのに苦労していました。竹久夢二や伊藤晴雨が使った佐々木カネヨ(お葉)のような職業的なモデルもいましたが、光太郎、そういうモデルには食指が動かなかったようです。そこでモデル募集の新聞広告を出したりもしたのですが、うまく行きませんでした。