4/17 追記 誠に残念ながら、新型コロナの影響で、本展は中止となりました。

富山県から企画展情報です。チケット販売会社さん等のサイトには、既に今月初めくらいから記述がありましたし、ポスターやフライヤー(チラシ)は既にこちらに届いていたのですが、正式な館のHPに昨日アップされましたので、解禁かな、というわけで。新型コロナの関係で延期とか中止とか、そうならないかと思っていたところ、とりあえず予告が出まして、ほっとしています。

チューリップテレビ開局30周年記念「画壇の三筆」熊谷守一・高村光太郎・中川一政の世界展

期 日 : 2020年5月22日(金)~7月12日(日)
会 場 : 富山県水墨美術館 富山市五福777番地
時 間 : 午前9時30分~午後6時00分
休 館 : 月曜日
料 金 : 前売り一般1,000円 当日一般1,200(1,000)円 大学生1,000(700)円 ( )内20人以上の団体


「書は最後の芸術である」――高村光太郎のこの言葉に引き寄せられるように、「画壇の三筆」と題して、熊谷守一(画家)、高村光太郎(詩人・彫刻家・画家)、中川一政(画家)の三人展を開催します。明治・大正・昭和へと連なる日本の近代美術の展開のなかで、ほぼ同時代を生きた三人の芸術家。その作品は、<西洋>化する日本の美術と<東洋>的な精神との折衝のなかから出現した、《模倣を嫌う》確固たる日本人の絵であり、彫刻であり、その書にはそれぞれの芸術感がよくあらわれています。本展では、書作品に、日本画、墨彩画、彫刻、陶芸を加えて、三人の芸術の足跡を辿ります。生涯にわたって美の理想を問い続けた三人の日本人芸術家が到達した、究極の表現世界をご鑑賞ください。

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関連行事

映像で見る三巨人 会場:映像ホール 各日①11:00~ ②14:00~ 各回先着100名

 Ⅰ.「モリのいる場所」          5月23日(土)  6月21日(日)
     熊谷守一夫妻の日常を描いた傑作。 出演:山崎努 樹木希林
 Ⅱ.「高村光太郎」             5月24日(日)  6月27日(土)
     ブリヂストン美術映画シリーズより
 Ⅲ.「中川一政生誕百年 記念番組」 5月31日(日)  6月20日(土)
     制作:北陸放送・北陸スタッフ

ギャラリートーク 会場:展示室1.2 要観覧券
 ① 5月30日(土) 講師:徳井静華氏(白山市立松任中川一政記念美術館学芸員)
 ② 6月14日(日) 講師:高松源一郎氏(ギャラリー晴耕雨読代表)
 ③ 7月5日(日)   講師:富山県水墨美術館学芸員 


光太郎、熊谷守一、中川一政、三人の書作品を軸とする展覧会です。

このうち熊谷と中川の書は、ほぼほぼまとめて所蔵されているところからの借り受けだそうでしたが、問題は光太郎。駒場の日本近代文学館さん、花巻高村光太郎記念館さん、そして今年1月に亡くなった当会顧問であらせられた北川太一先生宅以外は、どこにどういう書作品が所蔵されているのか、よくわからないとのことでした。

そこで当方の出番となりました。全国のめぼしい光太郎書作品、それから彫刻や絵画も出したいというので、そうしたものの所蔵先(団体・個人)を紹介したり、ところによっては借り受けの交渉に同行したりしました。

これがなかなか大変でした。まず、熊谷、中川の書は、大きい作品をたくさん出すということで、光太郎についても基本的には大きな書、という制約(結局は色紙や短冊も出しますが)。次に、せっかく素晴らしい大きな書を持っている館さんでも「うちでは他館さんへの貸し出しは行っていませんので……」と断られることも。そして、やはり現実的な問題として、借り受け金額の問題。それで折り合いが付かず、断念したケースもありました。

そうしたハードルを何とか乗り越え、かなりの優品が集まりました。関係各位には大感謝です。また改めて詳細をご紹介しようと思っておりますが、本邦初公開(つまりは世界初公開)のものも複数ありますし、通常は各所蔵先の収蔵庫に入っていて、滅多に見られないものも数多く出ます。

というわけで、目玉だらけなのですが(笑)、まず1点だけ超目玉を挙げろ、と言われたら、その存在自体ほとんど知られていない、とんでもないものということで、下記でしょうか。

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書単体ではなく、木彫の蝉に書がついている形です。これまで、木彫の蝉は4点の現存が確認できていましたが、これは新発見の5点目です。実は4点のうちの1点が所在不明になっていまして、それがまた出てきたのかと最初は思ったのですが、違いました。

所蔵されているのは京都の古美術商さん。当方、平成27年(2015)に、拝見に伺いました。木箱、それから袋もついていまして、それぞれにまごうかたなき光太郎の筆跡と印(箱と袋も展示されます)。箱書きによれば、昭和6年(1931)作ということで、驚きました。これまで確認されていた蝉は、すべて大正末のものだったからです。もっとも、同じ木彫の「白文鳥」や「蓮根」も同じ頃の作なので、不思議ではありません。

そして袋(おそらく智恵子手縫いのものです)にしたためられているのは、他の木彫作品にもそうしたように、短歌――これもこれまで知られていなかった歌です。

遠く来るうねりはあをくとど崎の岩白くして蝉なきしきる

「とど崎」は、岩手県宮古市の魹ヶ崎(とどがさき)です。この蝉の作られた昭和6年(1931)、新聞『時事新報』の依頼で紀行文「三陸廻り」を執筆するため、まさに蝉鳴きしきる8月から9月にかけ、約一ヶ月の行程で三陸海岸一帯を旅した折の作でしょう。「三陸廻り」の「宮古行」の回(全十回連載の最終回)には、「やがて海が暮れかかる頃、新聞の写真で見たトド崎の灯台を通過する。灯台で赤ランプを出す。船が答へる。」とあります。

この三陸旅行中、智恵子の心の病が顕在化、危険回避のため、光太郎は木彫用の彫刻刀類をすべてしまい込み、以後、きちんとした木彫作品は作られなくなりました。したがって、もしかすると、現存が確認できている光太郎最後の木彫作品、ということになります。「白文鳥」、「蓮根」との前後関係が不明ですが(ちなみに「白文鳥」、「蓮根」も今回の展示に並びます)。だめもとでご紹介し、借り受けを依頼していただいたところ、他の所蔵作も一緒に貸して下さることになり、喜んでおります。

その他、単体の書でも、本邦初公開のもの等、しつこいようですが目玉だらけです。また折を見て、ご紹介します。

一部の方には、昨日ご紹介した『光太郎資料53』などとともに、フライヤー(チラシ)、それから招待券をお送りします。新型コロナ騒ぎが早く終息して、皆様に足をお運びいただきたく存じます。

4/17 追記 誠に残念ながら、新型コロナの影響で、本展は中止となりました。


【折々のことば・光太郎】

花は何でも好きですが、桜の花の明けつぱなしの趣は又他に類が無くて好きです。

アンケート「京都御室のさくら」より 大正14年(1925) 光太郎43歳

下記は、自宅兼事務所から徒歩30秒の公園のソメイヨシノ。3月21日(土)の撮影で、昨日あたりはもう満開でした。

4月2日(木)、連翹忌の集いを開催するはずだった松本楼さんがある日比谷公園の桜も、今頃さぞ美しかろうと思います。来年以降、また皆様と桜を愛でたいものです。

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