昨日の1~3月分に引き続き、今年一年を振り返ります。やはりご紹介した全件はさすがに紹介しきれませんので、主なものに限らせていただきます。また、書籍等の発行日は奥付に従いました。そこで、実際に店頭に並んだ日と異なる場合があります。ご了承ください。
4月2日(火)
第63回連翹忌を、千代田区の日比谷松本楼さんで開催いたしました。全国から70余名の皆様にお集まりいただき、光太郎を偲ぶひとときを共に過ごしました。

同日、岩手花巻の旧太田村で詩碑前祭、市街松庵寺さんで連翹忌法要が開催されました。
さらに同日、文治堂書店さんから当会顧問・北川太一先生著 『光太郎ルーツそして吉本隆明ほか』が刊行されました。
やはり同日、高村光太郎研究会さんから『高村光太郎研究(40)』、当会から『光太郎資料51』が刊行されました。
4月3日(水)~8日(月)
中央区の日本橋三越本店美術特選画廊さんで「E.O展 ~多摩美出身作家~ vol.3」が開催され、昨年、智恵子の故郷・福島二本松にある智恵子生家で、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭 2018」の一環として開催された、切り絵作家の福井利佐さんの作品展に展示された「荒御霊(グロキシニア)」が出品されました。
4月6日(土)~6月30日(日)
文京区立森鷗外記念館さんで特別展「一葉、晶子、らいてう―鷗外と女性文学者たち」が開催されました。智恵子が創刊号等の表紙絵を描いた『青鞜』がらみの展示がありました。
4月10日(水)~12日(金)
渋谷区の澁谷伝承ホールさんで「Yプロジェクトプロデュース公演 ブーケdeコンセール 詩劇と音楽 長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、」の公演がありました。
4月13日(土)~6月30日(日)
福島県いわき市の草野心平記念文学館さんで、企画展「草野心平 蛙の詩」が開催され、光太郎が序文執筆、題字揮毫、装幀などにあたった心平著作が展示されました。
4月19日(金)
横浜市のKikcafeで「ロコさんの朗読会 春風にさそわれてよむ詩~「智恵子抄」~「ポケット詩集」」が開催されました。朗読は石川弘子さんでした。
同日、龍星閣さんから『澤田伊四郎 造本一路』図録編が刊行されました。初版『智恵子抄』他、数多くの光太郎著書が写真入りで紹介されています。
4月28日(日)
徳島県郷土文化会館(あわぎんホール)さんにおいて、「平成31年度 東京藝術大学音楽学部同声会 徳島県支部主催演奏会」が開催され、松岡みち子氏作曲の独唱歌曲「智恵子抄」より抜粋で演奏が為されました。
5月3日(金)~26日(日)
花巻市の花巻高村光太郎記念館 森のギャラリーで、「美しきものみつ―光太郎と智恵子の息吹―」が開催されました。地元の画家・多田民雄氏と、陶芸家の安部勝衛氏の、光太郎智恵子にちなむ作品が展示されました。
5月12日(日)
すばる舎さんより、アンドルー・B.アークリー氏著『陛下、今日は何を話しましょう』が刊行されました。新天皇陛下と「智恵子抄」にまつわるエピソードが紹介されています。
5月15日(水)
花巻市の山口小学校跡地に於いて、第62回高村祭が開催されました。総合花巻病院さんの後藤勝也院長による記念講演「高村光太郎と花巻病院」が行われました。
5月18日(土)
昭和34年(1959)、第2回高村光太郎賞を受賞した彫刻家の豊福知徳氏が亡くなりました。
同日、二本松市の鐵扇屋サウンドリゾート蔵さんで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんのコンサート「モモの智恵子抄」が行われました。
5月25日(土)
港区のサントリーホールさんで「第35回アイメイトチャリティーコンサート」が開催されました。女優の一色采子さんによる朗読「詩と音楽のマリアージュ 高村光太郎作「智恵子抄」より」がプログラムに入っていました。
同日、早川書房さんからハヤカワ文庫の一冊として、霜月りつさん著『本屋のワラシさま』が刊行されました。いわゆるライトノベル系の小説で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして使われています。
5月28日(火)~~6月2日(日)
豊島区のシアターKASSAIさんで演劇公演・夢のれんプロデュースvol.1「いとしいとしのぶーたれ乞食」「朝に死す」が開催されました。光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)が劇中で使用されました。
5月30日(木)
春陽堂さんから七北数人氏著『泥酔文学読本』が刊行されました。「α次元にいる智恵子」という項で、詩「梅酒」にからめ、光太郎智恵子が取り上げられています。
6月1日(土)
宮城県女川町さんの広報誌『広報おながわ』中の連載「あの日あの時 女川町史」で、平成3年(1991)建立の高村光太郎文学碑が紹介されました。
同日、『朝日新聞』さんの書評欄に「(ひもとく)ノートルダム大聖堂 永遠への足場、固める再建へ」という記事が掲載され、4月に火災に見舞われたノートルダム大聖堂にからめ、新潮文庫版『高村光太郎詩集』が取り上げられました。執筆は東京外国語大学名誉教授・西永良成氏でした。
6月2日(日)
札幌文化芸術交流センターSCARTSさんで、新関伸也氏(滋賀大学教育学部教授)による講演会「近代日本彫刻のあけぼの―高村光雲・光太郎、荻原守衛を通して―」が開催されました。主催は本郷新記念札幌彫刻美術館さんでした。
同日、中野区の古民家asagoroさんで、月の映像詩上映会「ツキミチルノコト」vol.8が開催され、みのもかおりさんによる朗読で「智恵子抄」が取り上げられました。
6月2日(日)~8月18日(日)
米国ワシントンDCのナショナル・ギャラリー・オブ・アートさんで、「The Life of Animals in Japanese Art(日本美術に見る動物の姿)展」が開催され、光雲作の木彫「老猿」が出品されました。
6月3日(月)
青土社さんから、中村稔氏著『高村光太郎の戦後』が刊行されました。
6月7日(金)
同日、山と渓谷社さんからヤマケイ文庫の一冊として『名作で楽しむ上高地』が刊行されました。大森久雄氏編によるアンソロジーで、光太郎の「智恵子の半生(抄)」「狂奔する牛」を含みます。
同日、盛岡市の盛岡少年刑務所さんで、第42回高村光太郎祭が開催され、受刑者による光太郎詩の朗読等が為されました。
6月9日(日)
地方紙『福島民報』さんの一面コラム「あぶくま抄」で、NHKさんの大河ドラマ「いだてん」の重要な登場人物だった二階堂トクヨと智恵子の関わりについて触れて下さいました。
6月11日(火)・12日(水)
テレビ朝日さん系列で放映中のドラマ「やすらぎの刻~道」の第47話・48話で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして取り上げられました。シナリオ集が6月21日(金)に刊行されています。
6月15日(土)
文治堂書店さんからPR誌『トンボ』第8号が発行されました。拙文「連翹忌通信(五) 「光太郎遺珠」その四」が掲載されています。
6月16日(日)
光太郎智恵子に関する書籍を数多く刊行して下さった出版社・二玄社さんの創業者、渡邊隆男氏が亡くなりました。光太郎と同じ青山斎場において、9月30日(月)にお別れの会が催されました。
6月17日(月)
金沢市民芸術村PIT2ドラマ工房さんにおいて、朗読公演「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子~本田和の語り」が開催されました。語り・本田和さん、チェロ・林口眞也さんによるものでした。
6月17日(月)・18日(火)
福島県二本松市の智恵子のまち夢くらぶさんの山梨・静岡研修旅行が行われ、清春白樺美術館、富士川町高村光太郎文学碑、沼津第一小学校などのゆかりの地を訪問したそうです。
6月23日(日)
松本市音楽文化ホールさんで、地元のアマチュア合唱団コーロ・カンパーニャさんの第7回コンサートが開催されました。「清水脩 高村光太郎の世界」と題したステージで、「亡き人に」「智恵子抄巻末のうた六首」「私は青年が好きだ」が演奏されました。
同日、札幌市教育文化会館さんの小ホールで、北海道教育大学札幌校グリークラブ・混声合唱団 OB・OG演奏会が開催され、やはり清水脩作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」が演奏されました。
さらに同日、NHK Eテレさんで「日曜美術館 火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」の放映があり、光太郎にも触れられました。再放送は6月30日(日)でした。
さらに同日、双葉社さんから喜国雅彦氏著の漫画『今宵は誰と ―小説の中の女たち―』が刊行されました。「レモンを噛む女『智恵子抄』」で、光太郎智恵子に触れられています。月刊誌『小説推理』に、平成28年(2016)から連載されている同名の漫画の単行本化です。
6月28日(金)
俳優の高島忠夫さんが歿しました。昭和43年(1968)には、梅田コマ・スタジアムで上演された北條秀治脚本の舞台「名作劇場第二作 智恵子抄」で、光太郎役を演じられました。
6月30日(日)
神奈川県相模原市のホテルラポール千寿閣さんで、「兼古隆雄ギター名曲の楽しみ」が開催され、俳優の山本學氏による「レモン哀歌」「荒涼たる帰宅」の朗読が為されました。ギター伴奏は兼古隆雄氏でした。
明日は7~9月です。
【折々のことば・光太郎】
おそろしい思惟と情念とにふくらみながらも、心平の蛙は泥の中でクリリムクリリムと鳴く。詩が音韻と言葉の活性とにあることを此の詩集ほどよく明かにする書は無いに違ひない。私は此の一事だけでも彼の詩業を偉とするものである。
4月2日(火)
第63回連翹忌を、千代田区の日比谷松本楼さんで開催いたしました。全国から70余名の皆様にお集まりいただき、光太郎を偲ぶひとときを共に過ごしました。

同日、岩手花巻の旧太田村で詩碑前祭、市街松庵寺さんで連翹忌法要が開催されました。
さらに同日、文治堂書店さんから当会顧問・北川太一先生著 『光太郎ルーツそして吉本隆明ほか』が刊行されました。
やはり同日、高村光太郎研究会さんから『高村光太郎研究(40)』、当会から『光太郎資料51』が刊行されました。
4月3日(水)~8日(月)
中央区の日本橋三越本店美術特選画廊さんで「E.O展 ~多摩美出身作家~ vol.3」が開催され、昨年、智恵子の故郷・福島二本松にある智恵子生家で、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭 2018」の一環として開催された、切り絵作家の福井利佐さんの作品展に展示された「荒御霊(グロキシニア)」が出品されました。
4月6日(土)~6月30日(日)
文京区立森鷗外記念館さんで特別展「一葉、晶子、らいてう―鷗外と女性文学者たち」が開催されました。智恵子が創刊号等の表紙絵を描いた『青鞜』がらみの展示がありました。
4月10日(水)~12日(金)
渋谷区の澁谷伝承ホールさんで「Yプロジェクトプロデュース公演 ブーケdeコンセール 詩劇と音楽 長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、」の公演がありました。
4月13日(土)~6月30日(日)
福島県いわき市の草野心平記念文学館さんで、企画展「草野心平 蛙の詩」が開催され、光太郎が序文執筆、題字揮毫、装幀などにあたった心平著作が展示されました。
4月19日(金)
横浜市のKikcafeで「ロコさんの朗読会 春風にさそわれてよむ詩~「智恵子抄」~「ポケット詩集」」が開催されました。朗読は石川弘子さんでした。
同日、龍星閣さんから『澤田伊四郎 造本一路』図録編が刊行されました。初版『智恵子抄』他、数多くの光太郎著書が写真入りで紹介されています。
4月28日(日)
徳島県郷土文化会館(あわぎんホール)さんにおいて、「平成31年度 東京藝術大学音楽学部同声会 徳島県支部主催演奏会」が開催され、松岡みち子氏作曲の独唱歌曲「智恵子抄」より抜粋で演奏が為されました。
5月3日(金)~26日(日)
花巻市の花巻高村光太郎記念館 森のギャラリーで、「美しきものみつ―光太郎と智恵子の息吹―」が開催されました。地元の画家・多田民雄氏と、陶芸家の安部勝衛氏の、光太郎智恵子にちなむ作品が展示されました。
5月12日(日)
すばる舎さんより、アンドルー・B.アークリー氏著『陛下、今日は何を話しましょう』が刊行されました。新天皇陛下と「智恵子抄」にまつわるエピソードが紹介されています。
5月15日(水)
花巻市の山口小学校跡地に於いて、第62回高村祭が開催されました。総合花巻病院さんの後藤勝也院長による記念講演「高村光太郎と花巻病院」が行われました。
5月18日(土)
昭和34年(1959)、第2回高村光太郎賞を受賞した彫刻家の豊福知徳氏が亡くなりました。
同日、二本松市の鐵扇屋サウンドリゾート蔵さんで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんのコンサート「モモの智恵子抄」が行われました。
5月25日(土)
港区のサントリーホールさんで「第35回アイメイトチャリティーコンサート」が開催されました。女優の一色采子さんによる朗読「詩と音楽のマリアージュ 高村光太郎作「智恵子抄」より」がプログラムに入っていました。
同日、早川書房さんからハヤカワ文庫の一冊として、霜月りつさん著『本屋のワラシさま』が刊行されました。いわゆるライトノベル系の小説で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして使われています。
5月28日(火)~~6月2日(日)
豊島区のシアターKASSAIさんで演劇公演・夢のれんプロデュースvol.1「いとしいとしのぶーたれ乞食」「朝に死す」が開催されました。光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)が劇中で使用されました。
5月30日(木)
春陽堂さんから七北数人氏著『泥酔文学読本』が刊行されました。「α次元にいる智恵子」という項で、詩「梅酒」にからめ、光太郎智恵子が取り上げられています。
6月1日(土)
宮城県女川町さんの広報誌『広報おながわ』中の連載「あの日あの時 女川町史」で、平成3年(1991)建立の高村光太郎文学碑が紹介されました。
同日、『朝日新聞』さんの書評欄に「(ひもとく)ノートルダム大聖堂 永遠への足場、固める再建へ」という記事が掲載され、4月に火災に見舞われたノートルダム大聖堂にからめ、新潮文庫版『高村光太郎詩集』が取り上げられました。執筆は東京外国語大学名誉教授・西永良成氏でした。
6月2日(日)
札幌文化芸術交流センターSCARTSさんで、新関伸也氏(滋賀大学教育学部教授)による講演会「近代日本彫刻のあけぼの―高村光雲・光太郎、荻原守衛を通して―」が開催されました。主催は本郷新記念札幌彫刻美術館さんでした。
同日、中野区の古民家asagoroさんで、月の映像詩上映会「ツキミチルノコト」vol.8が開催され、みのもかおりさんによる朗読で「智恵子抄」が取り上げられました。
6月2日(日)~8月18日(日)
米国ワシントンDCのナショナル・ギャラリー・オブ・アートさんで、「The Life of Animals in Japanese Art(日本美術に見る動物の姿)展」が開催され、光雲作の木彫「老猿」が出品されました。
6月3日(月)
青土社さんから、中村稔氏著『高村光太郎の戦後』が刊行されました。
6月7日(金)
同日、山と渓谷社さんからヤマケイ文庫の一冊として『名作で楽しむ上高地』が刊行されました。大森久雄氏編によるアンソロジーで、光太郎の「智恵子の半生(抄)」「狂奔する牛」を含みます。
同日、盛岡市の盛岡少年刑務所さんで、第42回高村光太郎祭が開催され、受刑者による光太郎詩の朗読等が為されました。
6月9日(日)
地方紙『福島民報』さんの一面コラム「あぶくま抄」で、NHKさんの大河ドラマ「いだてん」の重要な登場人物だった二階堂トクヨと智恵子の関わりについて触れて下さいました。
6月11日(火)・12日(水)
テレビ朝日さん系列で放映中のドラマ「やすらぎの刻~道」の第47話・48話で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして取り上げられました。シナリオ集が6月21日(金)に刊行されています。
6月15日(土)
文治堂書店さんからPR誌『トンボ』第8号が発行されました。拙文「連翹忌通信(五) 「光太郎遺珠」その四」が掲載されています。
6月16日(日)
光太郎智恵子に関する書籍を数多く刊行して下さった出版社・二玄社さんの創業者、渡邊隆男氏が亡くなりました。光太郎と同じ青山斎場において、9月30日(月)にお別れの会が催されました。
6月17日(月)
金沢市民芸術村PIT2ドラマ工房さんにおいて、朗読公演「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子~本田和の語り」が開催されました。語り・本田和さん、チェロ・林口眞也さんによるものでした。
6月17日(月)・18日(火)
福島県二本松市の智恵子のまち夢くらぶさんの山梨・静岡研修旅行が行われ、清春白樺美術館、富士川町高村光太郎文学碑、沼津第一小学校などのゆかりの地を訪問したそうです。
6月23日(日)
松本市音楽文化ホールさんで、地元のアマチュア合唱団コーロ・カンパーニャさんの第7回コンサートが開催されました。「清水脩 高村光太郎の世界」と題したステージで、「亡き人に」「智恵子抄巻末のうた六首」「私は青年が好きだ」が演奏されました。
同日、札幌市教育文化会館さんの小ホールで、北海道教育大学札幌校グリークラブ・混声合唱団 OB・OG演奏会が開催され、やはり清水脩作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」が演奏されました。
さらに同日、NHK Eテレさんで「日曜美術館 火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」の放映があり、光太郎にも触れられました。再放送は6月30日(日)でした。
さらに同日、双葉社さんから喜国雅彦氏著の漫画『今宵は誰と ―小説の中の女たち―』が刊行されました。「レモンを噛む女『智恵子抄』」で、光太郎智恵子に触れられています。月刊誌『小説推理』に、平成28年(2016)から連載されている同名の漫画の単行本化です。
6月28日(金)
俳優の高島忠夫さんが歿しました。昭和43年(1968)には、梅田コマ・スタジアムで上演された北條秀治脚本の舞台「名作劇場第二作 智恵子抄」で、光太郎役を演じられました。
6月30日(日)
神奈川県相模原市のホテルラポール千寿閣さんで、「兼古隆雄ギター名曲の楽しみ」が開催され、俳優の山本學氏による「レモン哀歌」「荒涼たる帰宅」の朗読が為されました。ギター伴奏は兼古隆雄氏でした。
明日は7~9月です。
【折々のことば・光太郎】
おそろしい思惟と情念とにふくらみながらも、心平の蛙は泥の中でクリリムクリリムと鳴く。詩が音韻と言葉の活性とにあることを此の詩集ほどよく明かにする書は無いに違ひない。私は此の一事だけでも彼の詩業を偉とするものである。
散文「草野心平詩集『蛙』に寄す」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳
上記4月13日(土)の項にも関わる、当会の祖・草野心平への評です。
「そんなご大層なもんじゃありませんよ」という心平の声が聞こえてきそうですが(笑)。
「そんなご大層なもんじゃありませんよ」という心平の声が聞こえてきそうですが(笑)。