10月6日(日)、朝4:30に千葉の自宅兼事務所を出まして、1泊2日の東北周遊へ。

まずは前日が忌日だった智恵子を偲ぶ「第25回レモン忌」が開催される、智恵子の故郷・福島二本松。いつもは愛車を駆って馳せ参じていますが、今回はその日のうちに岩手花巻まで行く都合上、公共交通機関を利用しました。

会場は智恵子生家に近い、ラポートあだちさん。

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千葉を出た時はちょっとした雨でしたが、こちらは曇り空。かすかに雲間に青空がのぞいていました。

午前10時、開会。まずは第一部の開会行事。

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ステージ上の智恵子肖像に献花・献果。果実はもちろんレモンです。

参会者(40名ちょっと)全員で、光太郎詩「風にのる智恵子」を群読。

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主催されている智恵子の里レモン会、渡邊会長のご挨拶。

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渡邊会長、過日の千葉大停電の際には、お見舞いということで早々に二本松銘菓・玉嶋屋さんの羊羹をお送り下さり、当方、大感激でした。

レモン会さんが設立30周年ということで、その関係のお話も。

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全員で記念撮影をした後、第二部の記念講演。このブログにたびたびご登場いただいているテルミン奏者・大西ようこさんによる「もう一つの智恵子抄」。

音楽ユニット「ぷらイム」としてご一緒に活動されているギターの三谷郁夫氏とともに、演奏や掛け合い漫才のような楽しいトークを交え、しかし内容的には昭和16年(1941)のオリジナル『智恵子抄』をわかりやすく、しかも深く考察されたお話でした

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当方、お二人の背景のスクリーンに投影されるスライドショーの担当で、タブレットを操作しつつ拝聴しました。時折、次ぎに行くタイミングを間違え、怒られました(笑)。


第三部は昼食を頂きながらの懇親会。連翹忌スタイルで、スピーチが入ります。

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智恵子と同郷で、智恵子をモチーフにした作品も数多く遺した故・大山忠作画伯のご息女にして、女優の一色采子さん。二本松観光大使も務めていらっしゃいます。

お父様の作品を集めた二本松駅前の大山忠作美術館さんで、今週末から始まる「新五星山展」のPR。

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名前に「山」のつく五人の日本画家の作品を集めた展覧会です。今回は横山大観、山口蓬春、杉山寧、横山操、そして大山画伯。「今回は」というのは、前回があったわけで、「新」がつかない「五星山展」が(東山魁夷、高山辰雄、平山郁夫、加山又造、大山忠作)平成25年(2013)に開催されています。思えば一色さんとのお付き合いはここから始まりまして、もう五年経つか、という感じです。今回、一色さんがギャラリートークを務められるということで、来月初めにお伺いすることにしました。

スピーチの合間に一色さんといろいろお話させていただきました。渡辺えりさんと共演なさった昨年の舞台「喜劇 有頂天団地」の件、渡辺さん作の舞台「私の恋人」を拝見した際「一色さんによろしく」と伝言された件、それから今年5月の「第35回アイメイトチャリティーコンサート」の件、そして拝見・拝聴に伺うはずが愛車の故障で断念した先月の「にほんまつart fes」の件などなど。何と今回一色さんが二本松に来られる途中で愛車が故障ということで、難儀されたそうです(笑)。


書家の菊地雪渓氏。今年の連翹忌でもご披露いただきました、「智恵子抄」から六篇を書かれ、第38回日本教育書道藝術院同人書作展会長賞を受賞された書をご持参。

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仙台ご在住でたびたび「智恵子抄」を取り上げて下さっている朗読家・荒井真澄さん。

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このあと、荒井安達駅から仙台駅までご一緒させていただきました。普段は味気ない一人旅の当方が、すてきな女性と二人、夢のような時間でした(笑)。

最後に有志の方々が二本松のソウルソングである二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(昭和39年=1964)を熱唱。

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来年の再開を約して閉会となりました。

参会後、レモン会の方が車を出して下さり、大西さんとそのご一行、荒井さんと共に智恵子の生家/智恵子記念館へ。

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この時期には、普段は非公開の智恵子の居室を含む2階部分、そして智恵子紙絵の複製でない実物が期間限定公開されています。

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2階にはなぜか顔ハメが(笑)。

さらに裏山の「愛の小径」へ。ここを訪れた光太郎を智恵子が案内して歩いたという証言が残されています。

稲荷八幡神社さんには、大正5年(1916)、帰省中だった智恵子の筆になる「熊野大神」碑。

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堂々とした書ですね。

光太郎詩「道程」(大正3年=1914)詩碑(「詩碑」というより光太郎詩をモチーフにしたオブジェ、という感じですが)、さらに「樹下の二人」(大正12年=1923)詩碑。

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さらに展望台まで足をのばし、「あれが阿多多羅山」、「あの光るのが阿武隈川」、智恵子生家、そして「ほんとの空」などを展望。
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その後、レモン会の方に安達駅まで送り届けていただき、鉄路を乗り継いで花巻へ。花巻篇は明日、レポートいたします。


【折々のことば・光太郎】

常に物の中心を掴む事、むしろ常に物の中心を掴まうとする内心の生活、此が大切なのだ。此所からいろんな貴重なものが発足するのだ、此所を発足点にしないと、千差万別の途に迷ふ事となる。

散文「所謂好趣味の人たる勿れ」より 大正6年(1917) 光太郎35歳

ここで光太郎が否定しているのは、外面的な観察、半端な知識の摂取に終始することです。