宮城レポートの最終回です。

8月10日(木)、2泊した女川町を後に、千葉の自宅兼事務所に戻る前、松島町に立ち寄りました。

松島湾。
PXL_20230810_005801927.MP
PXL_20230810_005811640
目的地は瑞巌寺さん。こちらの宝物館で、先月から「一関恵美 墨画展〈千貫乃風 sengan no kaze〉」が開催されています。一関さんには、10年前の連翹忌の集いでアクションペインティングをお願いいたしました。
PXL_20230810_005322127 PXL_20230810_004315095
まずは本堂に礼拝。
PXL_20230810_003911714
さらに庫裡へ。
PXL_20230810_003959006
こちらには、光太郎の父・光雲の手になる彩色聖観音像が納められています。
12fb5960 6444060b
元々は、昭和2年(1927)に宮城電鉄が松島まで延伸された際、無事故等を祈願して同社が発願。当初は瑞巌寺さんではなく、松島海岸駅近くのお堂に納められていましたが、その後、こちらへ移されました。当方、こちらを拝観するのは3回目でしたが、何度観ても神々しいお姿です。

続いて宝物殿。こちらで「一関恵美 墨画展〈千貫乃風 sengan no kaze〉」が開催中です。
PXL_20230810_005127399
002
003
フライヤーには先述の聖観音像。その作品も展示されていました。下記は一関さんサイトより。
無題
その他、花鳥風月、伊達政宗公などなど。
001
ロビーに展示されていた七夕飾りのみ、撮影可でした。
PXL_20230810_005012525
PXL_20230810_005027740 PXL_20230810_005020687
PXL_20230810_005036229
こちらは10月1日(日)までの開催。ぜひ足をお運び下さい。

以上、宮城レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

いつてみたいのは年来の事ですが、去年の夏以来ちゑ子の病気がわるくて此頃では小生一日も外出する事不可能になりました、 ちゑ子の恢復するまでは小生禁足の状態です、


昭和8年(1933)12月4日 更科源蔵宛書簡より 光太郎51歳

釧路在住の詩人・更科からの北海道に来ませんかという誘いに対しての返答です。年が明けると智恵子の病状も少し快方に向かいますが、この頃はかなりひどかったようです。