2022年12月

2022年の最後の日となりました。

昨日まで、このブログサイトでは光太郎歿後年譜的に今年1年の主な出来事をご紹介して参りましたが、振り返ってみると、コロナ禍前の状況にかなり戻った感がしました。一昨年はとにかく自粛・自粛で各種イベントが軒並み休止、昨年もその余波がまだ続いていました。それが今年、特に秋以降はイベントの開催がまた以前のように為されるようになってきたように思われ、ありがたく存じました。ただ、関係者の方にコロナ感染が出て、中止となった公演等もあり、まだまだ予断を許さぬ状況ですね。

それから、コロナ感染症で、という方はいらっしゃらなかったように見受けられましたが、関係者の方々の訃報が相次ぎ、残念でした(例年のことではありますが……)。改めまして今年一年で亡くなった関係の皆様に、謹んで哀悼の意を表したいと存じます。

コロナ禍前の状況、といえば、皆様から頂いた郵便物に貼ってあった切手のJOCS(日本キリスト教海外医療協力会)さんへの寄付。整理するボランティアさんの密を避けるということで2年ほど受付が休止されていたのが復活したので、約3年分をまとめてお送りしました。
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ご協力団体一覧」ということで、サイトに当会の名も載せて下さっています。

それからベルマークは「ベルマーク教育助成財団」さんに、さらに未使用の筆記用具やらノートやらがごっそりあって、これらは「NPO法人もったいないジャパン」さんに、それぞれ当会の名義で寄付させていただきました。

さて、別件で、明日放映されるテレビ番組の情報です。

暦に集う 「ダイヤモンド富士」

私たち日本人が暦の訪れを感じるのは、「自然」「生きもの」「人々」が見せてくれる、四季折々の表情です。「暦に集う」では日本各地の祭りや行事に集まる人々、四季の花々、季節の生き物たちなど、心温まる季節感を全国各地に追って、“味わいのある集い”を紹介します。

甲府盆地の南西に位置する山梨県・富士川町に、早朝多くの人が集っていました。実はここは「ダイヤモンド富士」の撮影スポット。富士山頂からのご来光を撮影するためです。朝7時20分、雲一つない空に「ダイヤモンド富士」が現れました。詩人の高村光太郎はこの地を訪れた際、「こんな立派な富士山は初めてだ」と感嘆したそうです。一年の始まりを「ダイヤモンド富士」で迎えて、今年も良い一年になることをお祈りしています。

【語り】三田寛子
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舞台は山梨県南巨摩郡富士川町上高下(かみたかおり)地区。昭和17年(1942)、光太郎が詩部会長に就任した日本文学報国会と読売新聞社が提携して行われた「日本の母」顕彰事業のため、光太郎がこの地を訪れました。それを記念して光太郎文学碑が昭和62年(1987)に建てられています。

その碑にほど近い場所が「ダイヤモンド富士」が見られるスポット。過去にやはり光太郎にからめ、『日本経済新聞』さんや、『毎日新聞』さん、漫画『ゆるキャン△』などで紹介して下さいました。

元日早々番組説明欄に光太郎の名が入った番組の放映があるとは、来年は良い年になりそうな予感が致します。

皆様もどうぞ良いお年を。

【折々のことば・光太郎】

夕方花巻の木彫家佐藤清三郎氏くる、観音山の観音のこと、監督といふ事断り、

昭和30年(1955)10月21日の日記より 光太郎73歳

清三郎」は「精三郎」の誤記です。佐藤は「瑞圭」と号した仏師で、光雲の孫弟子に当たります。花巻の出身で、昭和23年(1948)には光太郎が蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れたこともありました。その山小屋にほど近い音羽山清水寺さんなどに作品が残っています。

「観音山」云々は詳細不明です。

今年一年を振り返る企画、最終回です。

10月4日(火)
若松英輔氏著『言葉を植えた人』が亜紀書房さんから刊行されました。「かたちの詩人――舟越保武」という項で光太郎に触れられています。
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10月5日(水)
当会から会報的な『光太郎資料』第58集を発行いたしました。

10月7日(金)
当会の祖・草野心平が創刊した詩誌『歴程』編集発行人で日本現代詩人会元会長の詩人・新藤凉子氏が亡くなりました。

10月8日(土)~12月11日(日)
千葉県市川市の市川市文学ミュージアムさんで、「月に吠えらんねえ展<ようこそ!おもひ まぼろし ことだまの街へ>」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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10月9日(日)~11月8日(火)
神奈川県鎌倉市のカフェ兼ギャラリー笛さんで「回想 高村光太郎と尾崎喜八 詩と友情 その9」が開催されました。関連行事として10月16日(日)には朗読会も催されました。

10月11日(火)
心とカラダを整える おとなのための1分音読CDブック』が自由国民社さんから刊行されました。俳優の平田満氏による「道程」の朗読も含まれています。
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10月19日(水)~11月10日(木)
埼玉県東松山市の市民文化センターさんで、「彫刻家 高田博厚展2022」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。

10月20日(木)~11月21日(月)
岩手県花巻市の土沢カフェくるみさんで、「器と楽しむ光太郎ランチ」展が開催され、michino氏の色鉛筆画が展示されました。
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10月22日(土)~2023年1月29日(土)
文京区立森鷗外記念館さんで「特別展 鷗外遺産~直筆原稿が伝える心の軌跡」が開催され、新発見の光太郎から鷗外宛書簡が展示されました。
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10月25日(火)~10月30日(日)
大阪府豊中市の日本民家集落博物館さんで、「第28回游心会書道展-智恵子抄を中心に-高村光太郎の世界」が開催されました。

10月27日(木)~11月8日(火)
福島県二本松市の智恵子生家/智恵子記念館さんで「智恵子記念館開館30周年記念事業」が行われ、紙絵実物展示、生家二階部分特別公開、そして智恵子が着る予定だった花嫁衣装の特別展示が行われました。
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10月27日(木)~11月1日(火)
石川県金沢市の文化ホ-ル展示ギャラリーさんで「教材としての芸術資料 ー金沢美術工芸大学所蔵の工芸優品選ー 新キャンパス移転プロモーション展」が開催され、光太郎実弟にして鋳金の人間国宝だった豊周の作品が展示されました。

11月1日(火)~2023年3月31日(木)

福岡県柳川市の北原白秋生家・記念館さんで「北原白秋没後80年特別企画展~白秋と若き文士たち~」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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11月2日(水)~11月6日(日)
文京区の旧安田楠雄邸で、「となりの髙村さん展 第3弾 髙村光雲の仕事場」が開催されました。

11月6日(日)
えつ子とまき子のコンサート 2022秋」が中央区の王子ホールさんで開催され、朝岡真木子氏作曲の「「智惠子抄」より 」あどけない話・レモン哀歌が演奏されました。歌唱は清水邦子氏、ピアノは朝岡氏でした。
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11月7日(月)・11月8日(火)
シャンソン系歌手モンデンモモさんのコンサート「新・智恵子抄 智恵子飛ぶ」が渋谷区のアコスタディオさんで開催されました。

11月8日(火)
文京区のBON ARTさんで朗読系の公演「満ちてゆく秋の午後 IN BON ART & 霜月 満月 一日遅れの誕生日」があり、仏訳『智恵子抄』の『Poèmes à Chieko』から、「山麓の二人」が朗読されました。
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11月8日(火)~11月21日(月)
茨城県水戸市の茨城大学図書館さんで、「茨城大学五浦美術文化研究所所員企画展2022 「つなぐ人 つなぐ文―手紙に「見る」そのひとらしさ―」が開催され、光太郎書簡が展示されました。

11月10日(木)
中央区の三越劇場さんで「朗読劇 智恵子抄」公演が行われました。昨年上演されたものの再演で、智恵子役が一色采子氏、光太郎役は松村雄基氏でした。11月13日(日)には、二本松市安達文化ホールさんで福島公演も行われました。
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11月12日(土)
京都市の本屋ともひさしさんで「茶子 TeaTime 小さな朗読会 ~2022 秋~」が開催され、「智恵子抄」中の詩篇朗読がありました。

11月12日(土)~12月3日(土)
京都市の知恩院さんで「秋のライトアップ2022」が行われ、光雲作の聖観音像のライトアップも為されました。
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11月12日(土)~12月25日(日)
和歌山市の和歌山県立美術館さんで「ニッポンの油絵 近現代美術をかたち作ったもの」展が開催され、光太郎油絵「佐藤春夫像」が出品されました。
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11月17日(木)
大分市のiichiko音の泉ホールさんで、コンサート「「智恵子抄」~智恵子と高村光太郎の生涯をたどって~」が行われ、清水脩氏作曲の「歌曲集「智恵子抄」(全曲)」が、三人の歌手の皆さんによって演奏されました。

11月20日(日)
『日本経済新聞』さんが、「美の粋 パンの会 文学との響き合い(下) 高村光太郎、作家の主観を重視 メンバーの間で「生の芸術」論争」という2面ぶち抜きの大きな記事を掲載して下さいました。

同日、兵庫県神戸市の日本基督教団神戸聖愛教会さんで、「やすらぎコンサートin神戸 癒しの響き 鐘シンフォニー(和編鐘)への誘い」が開催されました。和編鐘・有機音氏、朗読・大山りえ氏による「智恵子抄より 「愛はすべてをつつむ」抜粋版」がプログラムに入れられ、当方が「光太郎智恵子と神戸」と題し講話を行いました。
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11月23日(水・祝)~2023年3月21日(火・祝)
花巻市の花巻高村光太郎記念館さんで、企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」が開催中です。

11月26日(土)
文京区のアカデミー千石さんで第65回高村光太郎研究会が開催されました。発表は「彫刻家 高村光太郎」西浦基氏、「旧居アトリエと智恵子抄ゆかりの田村別荘(その変遷と間取りについて)」安藤仁隆氏でした。
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12月4日(日)
鳥取県日野郡日南町の日南町総合文化センターさんで、「Art train 2022『藝術列車』プレイベントVol. 0.5」が開催され、シャンソン系歌手モンデンモモさんによる「舞踊音楽劇 文藝ビジュアル『智恵子飛ぶ』」がプログラムに入れられました。
 
12月8日(木)
光太郎が登場人物の一人である演劇「青年団第96回公演『日本文学盛衰史』北海道・岩手公演」巡回が、北海道網走郡大空町教育文化会館さんで始まりました。原作が高橋源一郎氏、脚本・演出は平田オリザ氏でした。11日(日)には北海道中川郡幕別町百年記念ホールさん、13日(火)で北海道富良野市の富良野演劇工場さん、15日(木)に北海道大麻中町のえぽあホールさん、18日(日)が岩手県盛岡市の盛岡劇場さんでした。
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12月10日(土)
日本詩人クラブさんの2022年12月例会が、新宿区の早稲田奉仕園さんで開催され、当方の講演「2022年の高村光太郎――ウクライナ、そして『智恵子抄』――」、会員の皆様による「高村光太郎「智恵子抄」朗読ドラマ――発刊80周年を過ぎて振り返る」が行われました。

同日、文治堂書店さんからPR誌『とんぼ』第15号が発行されました。勝畑耕一氏による、当会顧問であらせられた故・北川太一先生の奥様で、北川先生同様、生前の光太郎をご存じだった北川節子様の追悼文が掲載されています。それから、当方の連載「連翹忌通信」も。

12月10日(土)~2023年1月22日(日)
岩手県花巻市内の文化施設である、花巻新渡戸記念館、萬鉄五郎記念美術館、花巻市博物館、花巻市総合文化財センター、高村光太郎記念館の5館が連携し、統一テーマにより同一時期に開催される企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」が行われています。花巻高村光太郎記念館さんでは『高村光太郎の「開拓に寄す」』と題し、寄贈資料「開拓に寄す」とともに、関係資料の展示を行いました。
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12月14日(水)
ToneforestさんからCD「Be -別宮貞雄 歌曲集-」がリリースされました。別宮貞雄氏作曲「歌曲集 智恵子抄」全曲の、紀野洋孝氏(テノール)、森裕子氏(ピアノ)による演奏が収められています。

12月17日(土)~2023年2月19日(日)
杉並区立郷土博物館さんで、企画展「生誕130年 詩人・尾崎喜八と杉並」が開催中です。光太郎に関わる展示も為されています。
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12月22日(木)
岩手県盛岡市の岩手大学学生センターさんで「岩手大学人文社会科学部【宮沢賢治いわて学センター】第16回研究会」が開催され、エリック・ブノワ 氏(ボルドー・モンテーニュ大学教授/フランス文学)、中里まき子氏(岩手大学人文社会科学部准教授/フランス文学)による「高村光太郎と宮沢賢治の喪のエクリチュール:『智恵子抄』仏訳体験に触れながら」という発表が為されました。

12月23日(金)~2023年3月15日(水)
福井市の福井県ふるさと文学館さんで「福井県ふるさと文学館・荒川区吉村昭記念文学館おしどり文学館協定5周年記念イベント 特集展示 津村節子「智恵子飛ぶ」~芸術家夫婦を描いて~」が開催中です。
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山梨県の中央線社さんから文芸同人誌『中央線』第79号が発行されました。坂本富江氏による「甲州の森の詩人 野澤一という人」が掲載されました。

それから、その都度の項には入れませんでしたが、花巻市のoffice風屋さんから、「光太郎レシピ」が連載されている『花巻まち散歩マガジンMachicocoマチココ』が4冊発行されました。今年途中から、それまで隔月刊だったものが、季刊へと移行されました。
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また、毎月15日には、道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんで豪華弁当「光太郎ランチ」が限定販売されました。
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以上、今年一年を振り返る「回顧2022」でした。

【折々のことば・光太郎】

前水道工事屋くる、湯沸器とりつけ終る、


昭和30年(1955)10月19日の日記より 光太郎73歳

終焉の地となった中野の貸しアトリエ。ガスは引いてあったので、ガス湯沸かし器でしょう。昭和30年当時、既にあったのですね。

今年一年を振り返る、7~9月編です。

7月1日(金)
土曜美術社出版さん発行の雑誌『詩と思想』7月号で光太郎と交流のあった詩人・高祖保の特集が組まれ、光太郎にも触れられました。
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7月4日(月)
岩手県花巻市の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんへ、隣接するガソリンスタンド「リベルタはなまき西南SS」のオープンを記念し、運営会社の冨士見総業さんから光太郎・賢治関連等の新刊図書が大量に寄贈されました。

7月6日(水)
宝島社さんから硯昨真氏著のライトノベル『小説家・芥木優之介には恋と飯が足りていない』が刊行されました。「高村光太郎の牛鍋」の章で、詩「米久の晩餐」(大正10年=1921)がモチーフとして使われました。
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7月8日(金)・7月9日(土)
大阪府豊中市の大阪大学豊中キャンパス 学生会館で、「劇団星今宵 第一回公演 売り言葉」の公演がありました。登場人物が智恵子一人の演劇で、脚本は野田秀樹氏でした。

7月9日(土)
新宿区の矢来能楽堂さんで、和編鐘奏者・有機音(ゆきね)氏による「CD発売記念コンサート in矢来能楽堂 癒しの響き 鐘シンフォニーへの誘い」が開催されました。菜月ひとみ氏朗読による「智恵子抄より 愛はすべてをつつむ」がプログラムに入っていました。
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7月16日(土)~9月30日(金)
花巻高村光太郎記念館さんで、令和4年度高村光太郎記念館企画展「光太郎、海を航る」が開催され、光太郎から実弟道利に宛てた留学中のローマ絵葉書などが展示されました。

7月16日(土)~9月19日(月)
青森市の青森県近代文学館さんで、令和4年度特別展「教室で出会った文学」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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7月17日(日)
宮野真生子氏著、奥田太郎氏編『言葉に出会う現在』が、ナカニシヤ出版さんから刊行されました。「「一つになる」愛の果てに」の章が「⑴ 高村光太郎・智恵子夫妻の悲劇」「⑵ 二人が目指した理想の結婚」「⑶ 「一つになること」の真相」「⑷ 不可能な理想と化した「愛」」という構成になっていました。

同日、文芸評論家の近藤信行氏が亡くなりました。元山梨県立文学館館長であらせられ、在任中の平成19年(2007)には、同館で企画展「高村光太郎 いのちと愛の軌跡」を開催して下さいました。その際には、関連行事として、光太郎令甥で写真家であらせられた故・髙村規氏、世田谷美術館館長・酒井忠康氏との鼎談「高村光太郎の人生 パリ・東京・太田村」をなさったり、同展図録には館長としての巻頭挨拶文「開催にあたって」、論考「高村光太郎の“戦後”」をご執筆されたりしました。

7月31日(日)
岩手県花巻市で、小学生時代、生前の光太郎にかわいがられ、近年まで光太郎の語り部として活動されていた高橋征一氏が亡くなりました。
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7月(日付不明)
michino絵本 器と楽しむ光太郎ランチ』が刊行されました。企画デザイン/文/写真/発行 やつかの森LLCさん、色鉛筆画/MICHINO氏でした。刊行を記念し、花巻市の道の駅はなまき西南さんで「器と楽しむ光太郎ランチ」展が開催されました。

8月4日(木)
『財界ふくしま』2022年9月号が、㈱財界21さんから発行されました。「時代の最先端を走り抜いた福島県出身の偉大な女性たち、そして現在日本の看護を支える「令和の瓜生岩子」―新島八重、高村智恵子、田部井淳子、そして福井トシ子―」という記事が掲載されました。
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8月5日(金)
渡辺祐真/スケザネ氏著『物語のカギ 「読む」が10倍楽しくなる38のヒント』が、笠間書院さんから刊行されました。「第二章 虫の視線で読んでみる」中の「メタファーを使いこなせ!-『呪術廻戦』で呪術師たちは何を祓うのか?」で、詩「道程」(大正3年=1914)を引いて下さいました。

8月6日(土)
3D彫刻複製さんから 「西郷隆盛像」高村光雲【大】が発売されました。
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8月6日(土)~9月25日(日)
台東区の 東京藝術大学大学美術館さんで、特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」が開催され、光雲作の「矮鶏置物(ちゃぼおきもの)」(明治22年=1889)、「鹿置物」(大正9年=1920)が展示されました。

8月7日(日)
北海道北見市総合福祉会館さんで「北見市朗読赤十字奉仕団創立40周年記念朗読会」が開催され、岩井正氏(元NHKアナウンサー)による「高村光太郎「智恵子抄」から「智恵子の半生」」がプログラムに入りました。

8月9日(火)
第9回 松岡貴史&みち子作品展 小川明子、加耒徹が歌う 新作日本歌曲コンサート」が世田谷区のオーキッドミュージックサロンさんで開催され、松岡みち子氏作曲の新作(初演)「『智恵子抄』~女性から見た智恵子と光太郎の愛のかたち~」が演奏されました。徳島公演が8月30日(火)、徳島県板野郡北島町の北島町立図書館 創世ホールさんで行われました。
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8月10日(水)
杉並区の名曲喫茶ヴィオロンさんで、朗読公演「ノスタルジックな世界」が開催され、「智恵子抄」が取り上げられました。朗読はMIHOE氏、藤澤由二氏がピアノ演奏をなさいました。

8月18日(木)
競馬に関するエッセイ集『月をみるケンタウルス 紳士の心得帳』(法橋和彦氏著 未知谷さん発行)が刊行されました。「松若騎手を悼みおくる高村光太郎の「秋の祈」」、「魔の三年目の悪相(紳士の心得帳1)」という章で光太郎詩が引用されました。
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同日、盛岡市ご在住だった、光太郎の年齢の離れた従妹、加藤照さんが亡くなりました。105歳の大往生でした。

8月16日(火)
当会顧問であらせられた故・北川太一先生の奥様、節子氏が亡くなりました。御夫妻で最晩年の光太郎を訪問されたことがおありでした。

8月18日(木)
福島県二本松市で、智恵子顕彰団体「智恵子の里レモン会」会長を務められていた、渡辺秀雄氏が亡くなりました。

8月26日(金)
郁朋社さんから智本光隆氏著の小説『猫絵の姫君 戊辰太平記』が刊行されました。若き日の光雲が登場します。
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8月27日(土)
盛岡市の岩手県立美術館さんで、「館長講座2022 作り手の視点 第2回 岩手の美術教育」が行われ、光太郎に触れられました。講師は同館館長・藁谷収氏でした。

8月30日(火)
朝日新聞出版さんから高橋源一郎氏著『ぼくらの戦争なんだぜ』が刊行されました。光太郎が序文を書き、詩「軍人精神」を寄せたアンソロジー『詩集 大東亜』、光太郎が推薦文を書いた山本和夫編『野戦詩集』などを取り上げ、光太郎にも言及されました。
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9月3日(土)~10月10日(月・祝)
調布市武者小路実篤記念館さんで、秋季展「作家の筆跡(ひっせき)」所蔵原稿名品展が開催され、
光太郎が訳した『ロダンの言葉』の一節「鐘の鳴るのをきゝに ロオマに行きたい」を光太郎が揮毫した短冊、実篤の書いた光太郎追悼文(昭和31年=1956)の原稿などが展示されました。

9月10日(土)~10月8日(土)
港区のタカ・イシイギャラリーさんを会場に、現代アート作家・梅津庸一氏の個展「緑色の太陽とレンコン状の月」が開催されました。光太郎の評論「緑色の太陽」からのインスパイア作品が展示されました。

9月10日(土)
平櫛田中著、小平市平櫛田中彫刻美術館さん編『平櫛田中回顧談』が、中央公論新社さんから刊行されました。随所で光雲、光太郎に触れられています。
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9月11日(日)
岩手県一関市の一関文化センターさんで、「曽部遼平 増田達斗 リートデュオリサイタル」の公演があり、増田達斗氏作曲の「あどけない話」がテノール歌手・曽部遼平氏の歌唱で演奏されました。豊橋公演が9月23日(金・祝)に開催されました。

9月15日(木)
京都市の池坊学園こころホールさんで「モンデンモモありがとうコンサート はじまりは 花に溢れ」が行われ、シャンソン系歌手のモンデンモモ氏と、華道家のロザリア氏のコラボによる「智恵子抄」収録詩にモモ氏が曲を付けた作品の演奏、ライブパフォーマンスが行われました。
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9月17日(土)~9月19日(月・祝)
特別企画 秋川雅史 木彫展」が、中央区の靖山画廊さんで開催されました。昨年の二科展入選作「木彫楠公像」が展示されました。

9月17日(土)
兵庫県養父市のやぶ市民交流広場さんで、「豊岡演劇祭2022」の一環として、高橋源一郎氏原作、平田オリザ氏脚本の演劇で、光太郎も登場人物の一人である演劇「日本文学盛衰史」が上演されました。9月24日(土)、25日(日)には豊岡市民会館さんでの上演もありました。
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9月17日(土)~10月16日(日)
第46回千葉県移動美術館」が木更津市郷土博物館金のすずさんで開催され、光太郎ブロンズ「薄命児男児頭部」が展示されました。
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9月22日(木)
岩手県花巻市で、光太郎が山居7年を過ごした高村山荘などを巡る「新花巻発見探訪ツアー太田・湯口地区」が開催されました。花巻市コミュニティ会議の地域振興部会さんが主催でした。

9月24日(土)
NHK FMさんの「ビバ! 合唱」で「合唱で聴く詩人の世界(13)~高村光太郎の世界」のオンエアがあり、清水脩氏、鈴木輝昭氏、西村朗氏、三好真亜沙氏、新実徳英作曲の「智恵子抄」詩篇に作曲された合唱曲が一挙に放送されました。
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同日、台東区の旧東京音楽学校奏楽堂さんで「清水邦子リサイタル 清水邦子が贈る朝岡真木子の世界」が開催され、朝岡真木子氏作曲の独唱歌曲「組曲 智恵子抄」の演奏が行われました。歌唱は清水邦子氏、ピアノは朝岡氏でした。
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9月24日(土)・9月25日(日)
京都市の東山青少年活動センターさんで「演劇ビギナーズユニット2022(#28)修了公演XX文士(ハロゲンブンシ) 日本文学盛衰史」の公演がありました。高橋源一郎氏原作、平田オリザ氏脚本の演劇で、光太郎も登場人物の一人でした。

9月25日(日)
椿エンタープライズさん主催の演劇公演『
百花繚乱』が、福岡市のシアターカフェ愛と青春のふる~れさんで行われ、玄海椿氏のひとり芝居「智恵子抄」が上演されました。
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9月30日(金)
福島県二本松市で智恵子顕彰活動に当たっていた「智恵子の里レモン会」さんが、会長であらせられた渡辺秀雄氏の逝去に伴い、解散することを発表しました。

明日はこの項の最終回、10~12月をご紹介します。

【折々のことば・光太郎】013

藤島宇内氏くる、武智鉄二氏の話を伝言、面のスケッチを示すこと、京都の或職人がそれによつて面打をすること、「智恵子抄」能形式演能のこと、


昭和30年(1955)10月9日の日記より
 光太郎73歳

武智鉄二構成演出、観世寿夫作曲の新作能「智恵子抄」。光太郎も乗り気で、面のスケッチも残しましたが、結局、光太郎生前には実現せず、昭和32年(1932)になって上演されました。

以後、ダイジェスト版の舞囃子の形式などで演じられることが多くありました。来年2月にも公演があります。近くなりましたらご紹介します。


今年1年を回顧する第2回、4~6月分です。

4月1日(金)
齋正機氏著『福島鉄道物語』が福島民報社さんから刊行されました。「ほんとの空」という章で智恵子に触れられています。
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同日、青土社さんから発行されている月刊文芸誌『ユリイカ』、4月号の巻頭に文芸評論家・中村稔氏による、当会顧問であらせられた故・北川太一先生の回想文「故旧哀傷・北川太一 」が掲載されました。

4月2日(土)
第66回連翹忌でしたが、新型コロナウイルス感染症のオミクロン変異株による第6波で「まん延防止等重点措置」が発令され、集いは3年連続での中止となりました。

同日、高村光太郎研究会さんから『高村光太郎研究(43)』が発行されました。安藤仁隆氏による「光太郎・智恵子が暮らした旧居アトリエの建築について」、「智恵子抄ゆかりの「田村別荘」(その変遷と間取りについて)」、当方編集の「光太郎遺珠⑯」、「高村光太郎没後年譜 令和2年1月~令和3年12月」等が掲載されました。
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さらに同日、当会から『光太郎資料』第57集を発行いたしました。

4月2日(土)~5月8日(日)
台東区の東京藝術大学大学美術館さんで「藝大コレクション展 2022 春の名品探訪 天平の誘惑」展が開催され、光太郎の父・光雲を含む帝室技芸員とその候補者、東京美術学校教授らにより制作された木製のつづら折りになる小屏風「綵観」が出品されました。
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4月2日(土)~6月26日(日)
長野市の長野県立美術館さんで「善光寺御開帳記念 善光寺さんと高村光雲 未来へつなぐ東京藝術大学の調査研究から」展が開催され、光雲とその高弟・米原雲海による善光寺仁王像関連の展示が、AR技術を駆使して為されました。

4月9日(土)~6月5日(日)
神奈川県平塚市の平塚市美術館さんで「市制90周年記念 リアル(写実)のゆくえ 現代の作家たち 生きること、写すこと」が開催され、光雲木彫「魚籃観音」「寿老舞」が展示されました。その後、栃木県足利市立美術館さんに6月12日(日)~7月21日(木)、富山県高岡市美術館さんで7月29日(金)~8月31日(水)、広島県ふくやま美術館さんが9月23日(金・祝)~11月20日(日)、新潟市美術館さんへ11月29日(火)から2023年1月29日(日)、それぞれ巡回があり、さらに福岡県久留米市美術館さんには2023年2月11日(土・祝) 〜 2023年4月2日(日)で巡回予定です。
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4月15日(金)
全音楽譜出版社さんから『朝岡真木子歌曲集2』が刊行されました。独唱歌曲の組曲「智惠子抄」を含みます。

4月16日(土)~6月19日(日)
茨城県筑西市のしもだて美術館さん、廣澤美術館さん、板谷波山記念館さん3館合同の同時開催で「特別展 生誕150年記念 板谷波山の陶芸-近代陶芸の巨匠、その麗しき作品と生涯-」展が開催され、光太郎ブロンズ「手」、光雲木彫「三猿置物」「瓜生岩子像」が展示されました。その後、6月25日(土)~7月24日(日)に石川県立美術館さん、9月3日(土)~10月23日(日)で京都市の泉屋博古館さん、11月3日(木・祝)~12月18日(日)には港区の泉屋博古館東京館さんを巡回しました。来年1月2日(日)~2月26日(土)には茨城県近代美術館さんに巡回予定です。
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4月16日(土)~6月26日(日)
島根県益田市の益田市立雪舟の郷記念館さんで「雪舟等楊 終焉の物語 ~室町から令和へ~」展が開催され、光雲作の「雪舟禅師像」が出品されました。

4月19日(火)
朗読系公演「My Favorite Story ~美しき詩の世界~」が、荒川区の日暮里サニーホールさんで開催されました。「「智恵子抄」より抜粋 光太郎.智恵子へのオード」(宮尾壽里子氏の翻案構成・朗読、電子ピアノ・Yoshi氏)がプログラムに入りました。
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同日、渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホールさんで「第11回 21世紀合唱音楽祭」が開催され、安藤由布樹氏作曲「女声合唱組曲 青鞜の女たち(ショパンのエチュードに基づくパラフレーズ) 」の初演がありました。「樹下の二人(高村智恵子のつぶやき)」を含みます。

4月22日(金)
NHK青森さんで放映されているロカールワイド「あっぷるワイド」で「"わが詩をよみて人死に就けり" 高村光太郎 ~「乙女の像」に込めた願い~」の放映がありました。
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4月23日(土)~5月8日(日)
千葉県成田市の三里塚コミュニティセンターさんで「三里塚の春は大きいよ! 三里塚を全国区にした『幻の軽便鉄道』展」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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4月28日(木)~5月29日(日)
二本松市の智恵子生家/智恵子記念館さんで「高村智恵子生誕祭」が開催され、紙絵の実物展示、生家2階特別公開、上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵」体験等の催しがありました。

4月29日(金)
BS松竹東急さんで、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」(岩下志麻さん、丹波哲郎さん主演)が放映されました。再放送は5月1日(日)でした。
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4月29日(金)~5月5日(木)
鎌倉市の建長寺得月楼さんで「三門楼上五百羅漢特別展」が開催され、通常非公開の光雲の師・高村東雲による鋳銅五百羅漢像の一部が展示されました。
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4月30日(土)
河出書房新社さんから同社編集部編『吉本隆明 没後10年、激動の時代に思考し続けるために』が刊行されました。随所で光太郎に触れられています。

5月16日(月)
地上波NHK総合で「鶴瓶の家族に乾杯 市川猿之助が鎌倉でがんばる人を探す旅&坂道を走る人を叱る」の放映があり、光太郎実妹・しづ令孫の山端夫妻がご出演、光太郎やしづについて語られました。
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5月17日(火)
戦中、戦後に光太郎と交流のあった渡辺正治氏(渡辺えりさん御父君)が亡くなりました。
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5月18日(水)
CD「朗読喫茶 噺の籠~あらすじで聴く文学全集~あらくれ/詩集「永訣の朝」/金色夜叉」が、噺RECORDさんからリリースされました。光太郎詩「樹下の二人」、「あどけない話」、「風にのる智恵子」、「山麓の二人」、「レモン哀歌」、「亡き人に」を含みます。朗読なさっているのは、声優の森川智之氏でした。
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5月20日(金)
名古屋市の宗次ホールさんで「ランチタイム名曲コンサート vol.2313 音の情景 語りの調べ ~風を聴く~」が開催され、シューマン作曲「飛翔」に乗せて、光太郎詩「風にのる智恵子」朗読が為されました。ピアノは佐藤美和氏、朗読は野田育子氏でした。
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5月23日(月)~6月1日(水)
豊島区の映画館・新文芸坐で「丹波哲郎 生誕100年祭」が開催され、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」も上映されました。

6月1日(水)
写真家の田沼武能氏が亡くなりました。生前の光太郎を撮影された他、光太郎令甥でやはり写真家だった髙村規氏とは、同じ木村伊兵衛門下ということで親しくなされ、平成26年(2014)の規氏のご葬儀では、弔辞を読まれました。

6月2日(木)
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団さんの第146回定期演奏会DVDが発売されました。1月に公演があった演奏会のライブ録画で、新実徳英氏に委嘱作曲の「愛のうた ― 光太郎・智恵子 ―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」、初演が含まれています。
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6月10日(金)
文治堂書店さんからPR誌『とんぼ』第14号が発行されました。作曲家・仙道作三氏による当会顧問であらせられた北川太一先生の追悼文「人間の魂を愛し続けた人 北川太一」、平成29年(2017)に亡くなった、版元の文治堂書店さん創業者・渡辺文治氏の追悼文「渡辺文治さんのこと」(佐藤博久氏ご執筆)、当方の連載「連翹忌通信」が掲載されました。

6月13日(月)
BSJapanextさんで、二本松市を舞台とした「徳永ゆうきの一期一会はなうた旅 #12」の放映があり、智恵子に触れられました。再放送が6月20日(月)に為されました。
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6月17日(金)~7月23日(土)
京都市の京都精華大学ギャラリーTerra-Sさんで、「京都精華大学ギャラリーリニューアル記念展 越境ー収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」が開催され、 3月、東京上野の森美術館さんで開催された「VOCA展2022 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」に、智恵子紙絵、『青鞜』表紙絵オマージュの「はいけい ちえこ さま」を出品され、VOCA佳作賞を受賞された谷澤紗和子氏が、同作を出品なさいました。

6月27日(月)
石川善助詩集『亜寒帯』復刻版』が、モリナカヒデキ氏編で、あるきみ屋さんから刊行されました。昭和11年(1936)刊行の元版の光太郎による序文も収録されました。
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6月30日(木)
文藝春秋さんから夢枕獏氏著『仰天・俳句噺』が刊行されました。「第四回 「おおかみに螢が一つ――」考」という章で、光太郎について触れられています。

同日、河出書房新社さんから奥泉光氏/加藤陽子氏著『この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか』が刊行されました。「Ⅱ なぜ始めたのか、なぜ止められなかったのか」で光太郎に言及されています。
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明日は7~9月を。

【折々のことば・光太郎】

后、NHKより録音にくる、草野心平さんと「よもやま話」2回分、20分づつ2回、十月十八日、廿五日放送の由、


昭和30年(1955)9月25日の日記より 光太郎73歳

この際の対談テープがNHKさんに残っており、そこからCD化もされました。余命半年余りの光太郎でしたが、声にはまだ張りがあり、気のおけない心平との対談ということもあり、楽しそうに笑う場面も見受けられました。

もうそういう時期か、という感じですが、今年1年を振り返ります。今日は1~3月です。最初にお断りしておきますが、主な事項のみの紹介とさせていただきます。

と、その前に、昨年のこの項で漏れていた、昨年12月の件を少し。

2021年12月15日(水)
西川清史氏著『文豪と印影』が左右社さんから刊行されました。昭和15年(1940)、詩人の宮崎丈二を通じて依頼した、中国の斉白石制作の印が紹介されています。
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2021年12月20日(月)
あすなろ書房さんから宮川健郎氏編『日本の文学者36人の肖像(上)』が刊行されました。「高村光太郎 近代詩の父」という項を含みます。

さて、ここから2022年。

1月4日(火)~1月23日(日)
特別展 和歌山と皇室―宮内庁三の丸尚蔵館名品展―」が和歌山県立博物館さんで開催され、後期展示で光太郎の父・光雲の木彫「猿置物」(別名「猿・三番叟」 大正12年=1923)が出品されました。
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1月10日(月・祝)
東京芸術劇場さんで慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団さんの第146回定期演奏会が行われ、新実徳英氏作曲 『愛のうた ― 光太郎・智恵子 ―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために』の委嘱初演がありました。指揮は佐藤正浩氏、管弦楽はザ・オペラ・バンドさんでした。

1月15日(土)
同曲の楽譜『愛のうた―光太郎・智恵子―男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために[ピアノ・リダクション(四手連弾)版]』が、全音楽譜出版社さんから刊行されました。
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1月15日(土)~3月13日(日)
群馬県立土屋文明記念文学館さんで、第114回企画展「写真で見る近代詩—没後20年伊藤信吉写真展—」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。

1月19日(水)   
岩手県の地上波テレビIBCテレビさん「で「わが町バンザイ【花巻市】」が放映され、高村山荘、道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんの模様が紹介されました。
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1月20日(木)
致知出版社さんから齋藤孝氏著『齋藤孝の小学国語教科書 全学年・決定版』が刊行されました。光太郎詩「道程」、「レモン哀歌」が収められました。
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1月21日(金)
第2回 JILA朗読芸術祭」が墨田区のすみだトリフォニーホールさんで開催されました。朗読「智恵子抄 より」がプログラムに入れられ、小林己恵子氏、鈴木裕美氏の朗読が披露されました。

1月24日(月)
集英社さんから武田綾乃氏原作、むっしゅ氏作画のコミック『花は咲く、修羅の如く』第1巻が発行されました。朗読を愛する少女を主人公とした漫画で、光太郎詩「道程」が取り上げられました。
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1月25日(火)
地上波NHK Eテレさんで「びじゅチューン! 老猿は主役じゃなくても」が放映されました。アニメーション、歌、解説は井上涼氏でした。
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2月2日(水)~3月21日(月)
大阪市の大阪中之島美術館さんで開館記念の「Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり―」展が開かれ、光雲作の木彫「砥草刈(とくさがり)」(大正3年=1914)が出品されました。
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2月3日(木)~2月9日(水)
新宿区の日本写真会館さんで「髙村達写真展 髙村光雲の仕事」が開催されました。

2月5日(土)
亜紀書房さんから若松英輔氏著『詩集 美しいとき』が刊行されました。「あとがき」で光太郎に触れられていました。
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2月23日(水)~5月15日(日)
岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんで、「第二弾・高村光太郎の父・光雲の鈿女命(うずめのみこと) 受け継がれた「形」」展が開催され、光雲木彫「鈿女命」、光雲原型制作の鋳銅仏「准胝(じゅんてい)観音像」などが展示されました。

2月23日(水)
フェリシモミュージアム部さんから「日本近現代文学の世界に浸る 文学作品イメージティー」が発売されました。「高村光太郎著『智恵子抄』× 天のものなるレモンの紅茶」がラインナップに入っていました。
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2月24日(木)
横浜市栄区民文化センター リリスホールさんにおいて、「午後の音楽会 第136回プレミアムコンサート 宮本益光×加藤昌則 デュオリサイタル」が開催されました。宮本益光氏の歌唱で、加藤昌則氏作曲「レモン哀歌」がプログラムに入っていました。
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3月1日(火)
学研プラスさんから芳賀靖彦氏編『マンガ 教科書に出てくる美術・建築物語 ② 日本の美術 下』が刊行されました。雛川まつり氏作画「高村光雲「老猿」」が含まれていました。

3月1日(火)~3月6日(日)
中央区の東京銀座画廊・美術館さんで「古稀 北野攝山書展」が開催され、光太郎詩「牛」を書かれた作品が出品されました。
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3月2日(水)
NHK仙台放送局さん制作のローカルラジオ番組「ゴジだっちゃ!」で、道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんで、毎月15日に限定販売中の豪華弁当「光太郎ランチ」が取り上げられました。
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3月5日(土)~5月29日(日)
京都市の清水三年坂美術館さんで「明治・大正時代の木彫」展が開催され、光雲木彫14点が展示されました。
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3月11日(金)~3月30日(水)
台東区の上野の森美術館さんで現代アートの「VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」展が開催され、谷澤紗和子氏作の智恵子作品(紙絵、雑誌『青鞜』表紙絵)からのインスパイア「はいけい ちえこ さま」が出品されました。

3月13日(日)
中央区の王子ホールさんで「朝岡真木子 歌曲コンサート 第5回」が開催され、朝岡真木子氏作曲の独唱歌曲「組曲〈智恵子抄〉」から「人に」が演奏されました。歌唱は清水邦子氏でした。
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3月19日(土)~4月9日(土)
大阪市のstudio Jさんで、現代アート作家・谷澤紗和子氏の個展「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 -」が開催され、智恵子作品(紙絵、雑誌『青鞜』表紙絵)からのインスパイア作品が多数展示されました。

3月20日(日)
日本近代文学館さんから『日本近代文学館年誌-資料探索』第17号が発行されました。吉田昌志氏による「尾崎紅葉と高村光太郎 ――その肖像制作をめぐって――」が掲載されました。
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3月23日(水)
Octavia Records IncさんからCD「シンガーソングライター 加藤昌則歌曲集」がリリースされました。歌唱は宮本益光氏。加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」が収められました。

3月25日(金)~4月5日(日)
京都市の知恩院さんで「春のライトアップ2022」が行われ、光雲作の鋳銅聖観音像もライトアップされました。
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3月28日(月)
書肆九十九合同会社さんより小田原のどか氏著『近代を彫刻/超克するー雪国青森編』が刊行されました。昨年12月から今年1月にかけて(本来2月まででしたが、コロナ禍のため会期短縮)、青森市の青森公立大学国際芸術センター青森 [ACAC]さんで開催された彫刻家・小田原のどか氏の個展「近代を彫刻/超克するー雪国青森編@ 国際芸術センター青森」図録です。光太郎作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像 昭和28年=1928)」を大きく取り上げています。

3月30日(水)
NHKラジオ第1さんの「マイあさ!」で、道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんで、毎月15日に限定販売中の豪華弁当「光太郎ランチ」が取り上げられました。
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同日、オンライン会議アプリzoomを使用したリモート講座「若松ゼミ◆詩の教室 言葉のかたち、かたちであるコトバ――高村光太郎訳『ロダンの言葉抄』を読む」の第1回が配信されました。4月27日(水)、5月25日(水)と、全3回でした。
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明日は4~6月を振り返ります。

【折々のことば・光太郎】

藤原嘉藤治氏くる、開拓十周年のこと「岩手川」とバタをもらふ、


昭和30年(1955)9月24日の日記から 光太郎73歳

藤原嘉藤治は、生前の宮沢賢治の親友で、光太郎ともども戦前の『宮沢賢治全集』出版にも携わりました。

戦後は郷里岩手に帰って岩手県開拓者連盟の仕事につき、昭和25年(1950)には、花巻郊外旧太田村に蟄居中だった光太郎に開拓5周年記念の詩「開拓に寄す」執筆を依頼、そして10周年となったこの年も記念の詩を依頼しました。光太郎はそれに応え「開拓十周年」という詩を執筆しています。

その辺りに関わる展示が、現在、花巻高村光太郎記念館さんで共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」の一環としての『高村光太郎の「開拓に寄す」』で取り上げられています。

新刊系2冊ご紹介いたします。

まずは山梨県の中央線社さんから発行されている同人誌『中央線』の第79号。
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文芸誌というわけではなく、広く社会評論なども掲載されており、「総合同人誌」と銘打たれています。主に山梨県にご在住だったり、同県ご出身だったりという方々が寄稿されているようです。韮崎市ご出身で、平成27年(2015)にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智博士の玉稿も掲載されています(というか、大村氏が「発行人」ということになっています)。また、当方、4年近く同県に居住していたことがあり、執筆者の皆さんのお名前を見て、「ああ、甲州特有の苗字だな」などと思いました。
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閑話休題、やはり韮崎市ご出身で、太平洋美術会(智恵子が籍を置いていた太平洋画会の後身)に所属されている坂本富江氏による「甲州の森の詩人 野澤一という人」が掲載されています。

野澤一は、現在の笛吹市出身の詩人で、市川三郷町の四尾連(しびれ)湖畔に山小屋を建て、独居自炊の生活を送った時期もありました。光太郎に私淑し、ほぼ一方的に光太郎へ膨大な書簡を送り続け、光太郎もその得意な才に注目し「大龍の訪れ」と評しました。戦後になっての光太郎の花巻郊外旧太田村の山小屋での蟄居生活、他にもそういう人物はいましたが、野澤の影響もあったのではないかと思われます。

坂本氏の稿は、そうした野澤と光太郎の関わりなどを論じたものとなっています。地元の皆さんに、地元出身ながら忘れられかけている先駆者の業績を紹介するという意味で、意義あるものと思われます。

奥付画像を載せておきますので、ご興味のおありの方、連絡先まで。
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もう一冊、新刊、というより復刊です。

着眼と考え方 現代文解釈の方法〔新訂版〕

2022年12月10日 遠藤嘉基/渡辺実 著 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 定価1,500円+税

伝説の参考書『現代文解釈の基礎』の姉妹編、待望の復刊! 70の文章を読解し、言葉を「考える」ための、一生モノの力を手に入れよう。解説 読書猿。

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元版は、昭和35年(1960)。さらに今回の底本となった新訂版は昭和54年(1979)、中央図書出版さんから刊行されています。

元々は高校生向けの現代文参考書と思われますが、「日本語の教養を身につけたい全ての人へ」というキャッチコピーで、文庫判で覆刻したものです。昨年には姉妹編の「着眼と考え方 現代文解釈の基礎〔新訂版〕」が覆刻されて、意外と話題になったようで、二匹目のドジョウを狙ったと見えます。

光太郎の「気について」という散文が取り上げられています。昭和14年(1939)、雑誌『蛮』に掲載され、2年後に評論集『美について』に収録されました。そこで、本書では「美について」の題で掲載されていますが、正しくは「気について」です。「気」は、「気韻生動」などの「気」です。

類題の形を取り、全文(200字余りの短いもの)を5つに分けてバラバラに配置し、正しい順番に並べ替えよ、ということになっています。原題が「気について」であるということがわかっていれば、容易に正解にたどり着けます。しかし、提示されている題は「美について」。これだとちょっと迷いますね。それを狙ってあえて「美について」の題にしたのか、それとも単なる誤植の類なのか、著者のお二方が既に鬼籍に入っており、確かめようがありませんが。

元版が60年以上前ですが、大学入試共通テスト対策等にもまだ充分使えそうですし、筑摩書房さんの狙い通り、一般の読者にも有益な書物といえるような気がします。ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

神経痛少〻いたむ。多くベッドにゐる、 家政婦さんよくはたらく、


昭和30年(1955)9月23日の日記より 光太郎73歳

「家政婦さん」はこの2日前から来てくれるようになった堀川スイ子。その前に雇っていた家政婦さんが今一つだったそうで、新しく雇い、今度は光太郎のお気に召したようで、その最期までを看取ってくれました。

翌年、光太郎が歿した直後に発行された『文芸 臨時増刊 高村光太郎読本』に、堀川による「高村先生の思ひ出」という飾らない文章が掲載されています。

2022年も残りあと僅かとなりました。もうすぐ2023年、兎年となります。

 そこで、展覧会情報等のサイト「インターネットミュージアム」さんのイベント。

ミュージアム干支コレクション アワード 2023 兎

2023年は卯年。インターネットミュージアムでは「兎」が入っている館蔵品をサイトでご紹介するとともに、好きな1点にネットで投票していただく「ミュージアム 干支コレクション アワード」を実施します。

投票期間 12月13日(火) 15:00 ~ 2023年1月26日(水) 15:00

お一人様、一日一票のみ投票可能です。複数回の投票は行えません。詳しくは、「ミュージアム 干支コレクション アワード 投票について」をご覧ください。
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エントリー (全 70 点)
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全国の美術館さん所蔵の「兎」の名品がエントリー、投票が行われています。

竹橋の国立近代美術館さん所蔵の光太郎木彫「兎」(明治32年=1899頃)も参戦。一館一点のエントリーだそうでして、膨大な所蔵品を誇るMOMATさんではこれを選んで下さったというわけで、ありがたいことです。
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東京美術学校在学中、数えで17歳の作品です。とても10代の少年の作とは思えませんね。まぁ、父・光雲なりその高弟なりの作った手本があって、それを模刻したものかもしれませんが。

投票の途中経過も公開中。それを見ると光太郎の兎、苦戦中のようです。ぜひ皆様の清き一票を(笑)。

【折々のことば・光太郎】

智恵子の命日、 くもり、晴、暑、 平熱、


昭和30年(1955)10月5日の日記より 光太郎73歳

昭和13年(1938)に歿した智恵子の忌日。光太郎生前最後となりました。戦後すぐの花巻郊外旧太田村蟄居時代は、ほぼ毎年、花巻町に出て、松庵寺さんで父・光雲、母・わかのそれと併せて法要を営んでもらっていましたが、もはやほぼ臥床していたこの年は、特別に何も行えませんでした。

テレビ放映の情報です。

まずは「開運!なんでも鑑定団」。地上波テレビ東京さんで8月30日(火)に初回放映のあったものの再放送。

開運!なんでも鑑定団3本の矢!戦国大名<毛利家秘宝>衝撃値!

地上波テレビ東京 2022年12月25日(日) 12:54〜14:00
BSテレ東 2022年12月29日(木) 18:54〜20:54


■3本の矢…戦国大名<毛利家3代の秘宝>に衝撃値■樹齢500年…アノ超絶彫刻にも使用<巨木宝>に仰天鑑定額■ブルース・リーら…<伝説映画>お宝一挙鑑定

【MC】今田耕司、福澤朗  【ゲスト】クミコ(歌手)
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
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BSテレ東さんでの放映は、他の回と2本合わせての放映となります。

問題の鑑定依頼品は、トチノキのテーブルと椅子。長野県の方からの鑑定依頼でした。
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由緒があるものではなく、現代の実用家具だそうですが。
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司会の今田耕司さんが座らせてもらったところ……
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ここで、トチノキについての解説。
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連翹忌の集いで使わせていただいている日比谷松本楼さん近くの桜田通りです。
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さらに木材としてのトチノキ。
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ここで、番組説明にある「アノ超絶彫刻」。光太郎の父・光雲の代表作「老猿」です。
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なるほど。

光雲が使ったのは栃木県鹿沼市のトチノキ。伐採した後の切り株からまた芽が出、10年ほど前にはまだ健在だったそうですが、現在はどうなっているのでしょうか。

ちなみに「老猿」、上野の東京国立博物館さんの所蔵で、今年は常設展にずいぶん長い間展示していただきましたし、来年3月から竹橋の東京国立近代美術館さんで開催される記念展「重要文化財の秘密」展に目玉の一つとして貸し出されます。また近くなりましたらご紹介します。

余談ですが、番組内ではトチの実の紹介も。
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これはパリ留学中の光太郎が好んで食べた食材の一つです。さすがに番組でそこまでは触れられませんでしたが。

もう1件。

宮川一朗太のおっ!さんぽ #37

BSJapanext(無料) 2022年12月26日(月) 19:58〜21:00

俳優・宮川一朗太が、おっさんの嗅覚をいかして北海道・東北地方の知られざる魅力を掘り起こします!その地でしか味わえない極上グルメに、息を飲む絶景など、旅気分をゆったり楽しめる60分!
今回は福島県・二本松市をお散歩!
▼あの有名人の御用達?名物のソースカツ丼 ▼極上の癒し、安達太良山の岳温泉 ▼世界一の日本酒、奥の松酒造

出演者 宮川一朗太
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智恵子の故郷・福島二本松を、俳優の宮川一朗太さんがお散歩。光太郎智恵子、「智恵子抄」、「ほんとの空」といった話になるかどうか……というところですが。
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それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】000

夕方草野心平氏くる、「文学アルバム」について、すしを一緒にたべる、玉ずし、


昭和30年(1955)9月11日の日記より 光太郎73歳

「文学アルバム」は、筑摩書房発行の『日本文学アルバム 高村光太郎』。光太郎が歿しておよそ2週間後の翌年4月20日に刊行されました。

幼少期からの光太郎の生涯を豊富な写真で追ったもので、亡くなる直前の光太郎、そのゲラを確認し、「That's the endか」と言ったと伝わっています。

智恵子がらみの最近の地方紙記事を2件。

まずは共同通信さんの配信記事で、全国の地方紙に掲載された記事です。

東京舞台さんぽ 「レモン哀歌」詩碑のある大井町

 彫刻家で詩人の高村光太郎(1883〜1956年)の「レモン哀歌」は、妻智恵子をしのんで編んだ詩集「智恵子抄」の中の1編。国語の教科書に取り上げられるなど、広く知られた近代詩の一つだ。東京都品川区のJR大井町駅近くにある詩碑を訪ねた。(共同通信=近藤誠)
 駅の東口から出て、北東にゆるゆると下るゼームス坂通りをしばらく進み、小道で左折すると、レモン哀歌の碑に出合う。晩年の智恵子はこの地にあったゼームス坂病院で療養生活を送り、38年に52歳で死去した。
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 「そんなにもあなたはレモンを待つてゐた/かなしく白くあかるい死の床で」。智恵子の臨終を詠んだ詩が刻まれた碑は、推定される智恵子の背丈に合わせ、地元有志によって建てられた。手向けられたレモンが、晩秋の陽光を受けて輝いていた。
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 病院の名前にも関連するゼームス坂は、幕末に来日し、明治維新後はお雇い外国人として旧日本海軍の指導に尽力したという英国人J・M・ゼームスが暮らしたことから名付けられた。
 もとは浅間坂と呼ばれる急坂で地元の人々が大変苦労して歩いていたが、坂の途中に住んでいたゼームスが私財を投じて緩やかな坂に改修した。いつとなく、親しみと感謝を込めてゼームス坂と呼ばれるようになったという。現在ゼームス邸跡にはマンションが立っている。
 JR大井町駅の西側に店を構える「お江戸鎧せんべい岩本米菓」では、2019年からレモン哀歌にあやかったおかき「品川浪漫 レモン愛菓」を販売している。一口頬張ると香ばしい米のおいしさと、爽やかなレモンの風味が広がる。
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 【メモ】詩人の萩原朔太郎(1886〜1942年)は25年に群馬県から上京、大井町で生活を始めた。大井町緑地児童遊園には詩集「青猫」をモチーフとした「花子と太郎」像が設置されている。
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訪れたことのない方、ぜひ一度、足をお運びいただき、智恵子に思いを馳せていただきたいものです。

続いて智恵子の故郷・福島県の『福島民友』さんから。

ほんとの空...古里の情景たっぷり 来春開校・二本松実業高の校歌

 県教委が8日発表した二本松実業高(二本松市)の校歌には、豊かな歴史と文化があり、美しい自然を持つ二本松市の風景が表現されている。同校は県立高校改革の一環で二本松工と安達東が統合して来春開校する。
 校歌は、両校の伝統を受け継ぎながら、機械システム科や生活文化科など専門的な知識を学ぶ学校の生徒として、地域社会と共に未来へ向けて歩んでいく生徒を表現した。
 歌詞は校歌制作委員会が決定し、「安達太良山」「阿武隈川」「睡蓮(すいれん)」など、二本松市の景色をイメージさせる言葉が登場する。4番まであり、「現在(いま)を生きる これからの人」、「創ろう未来 つなごう心」など前向きな言葉を共通の歌詞に仕上げた。
003 作曲は、富岡小、富岡中の校歌の作詞作曲などを担当した福島市ゆかりの音楽家・大友良英氏が手がける。
 ◇二本松実高校歌◇
  1番
 空の青さに 陽(ひ)の光
 榎戸(えのきど)の丘 一瞬(とき)の風
 力漲(みなぎ)り 舞う砂けむり
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 遥(はる)かな夢を ほんとの空に

  2番
 白く聳(そび)える 故郷(ふるさと)の
 安達太良山の 季節(とき)の雲
 掌(てのひら)見つめ 歯を食いしばり
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 明日(あす)を探して ほんとの空に
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  3番
 瞳に映る 煌(きら)めきは
 阿武隈川の 悠久(とき)の色
 その身に宿る 手業の実り
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 希望を胸に ほんとの空に

  4番
 睡蓮(すいれん)の花 微笑(ほほえ)ほほえんで
 霞(かすみ)が池に 青春(とき)の影
 まっすぐな道 どこまでも往(ゆ)き
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 生きた証(あかし)を ほんとの空に

4番まである校歌歌詞、すべての結びに光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語を配して下さいました。現在の二本松工業高校さん、安達東高校さん両校の生徒さんから校歌に入れてほしい言葉を募り、両校の先生方で作る校歌制作委員会が作詞されたそうです。

そして作曲が何と「あまちゃん」や「いだてん」の大友良英氏。スカ調のにぎやかな校歌になるんじゃないかと、余計な心配をしてしまいます(笑)。是非とも野球の甲子園に出場していただき、この校歌を全国に響かせていただきたいものです。

【折々のことば・光太郎】

「家の光」の人くる、「青年」を盤に吹込むとのこと、


昭和30年(1955)8月26日の日記より 光太郎73歳

『家の光』は光太郎もたびたび寄稿していた雑誌。版元の家の光協会は全国農業協同組合、現在のJAグループさんの関連団体でした。

そこで校歌ならぬ団体歌のような「家の光つどいの歌」のレコードを制作、そちらには光太郎は関わっていませんが、B面に光太郎詩「私は青年が好きだ」(昭和15年=1940)と、竹内てるよの「わたくし」の朗読をプレスしました。
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上記画像、当方が入手した現物なのですが、ジャケット、歌詞カード的なものがついておらず、詳細が不明です。発行年月日、朗読者、「家の光つどいの歌」の方の作詞者、作曲者、歌手などなど。情報をお持ちの方、御教示いただければ幸いです。

当時流行っていた「ピクチャーレコード」という種類のSP盤ですが、レトロな感じが実にいいですね。

共に小説家の故・吉村昭氏と奥様の津村節子氏の偉業を讃え、津村氏の故郷・福井県の福井県ふるさと文学館さんと、吉村氏を顕彰する荒川区吉村昭記念文学館さんが、「おしどり文学館協定」を結んだのが平成29年(2017)。1周年を迎えた平成30年(2018)には、合同企画展「津村節子~これまでの歩み、そして明日への思い~」が開催されました。その際には津村さん代表作の一つである小説『智恵子飛ぶ』に関する展示も行われました。

今年は5周年ということで、記念イベント等が両館で行われていますが、その一環として福井会場の方で『智恵子飛ぶ』関連の展示が始まります。

特集展示 津村節子「智恵子飛ぶ」~芸術家夫婦を描いて~

期 日 : 2022年12月23日(金)~2023年3月15日(水)
会 場 : 福井県ふるさと文学館タイムリースポット 福井県福井市下馬町51-11
時 間 : 平日 9:00~19:00 土・日・祝 9:00~18:00
休 館 : 月曜日(祝日の場合は翌日) 12月29日(木)~1月3日(火)
料 金 : 無料

平成29年11月5日に、吉村昭記念文学館と福井県ふるさと文学館は、おしどり文学館協定を締結しました。この協定に基づき、展示等を開催します。荒川区とゆかりの深い芸術家夫婦の高村光太郎と高村智恵子の葛藤を描いた津村節子『智恵子飛ぶ』を紹介します。
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小説『智恵子飛ぶ』は平成9年(1997)、講談社さんの刊行。平成12年(2000)には文庫化も為されています。津村氏は同作で芸術選奨文部大臣賞を受賞されました。

智恵子の生涯を描いた長編小説ですが、光太郎智恵子と同じく夫婦同業の芸術家夫妻であった津村氏ならではの視点で、智恵子の苦悩や、苦悩だけでない喜び、しかし刀折れ矢尽きて毀れてしまった智恵子の姿がかくあったろうと思わせられる描写がされています。

やはり平成12年(2000)には、智恵子役・片岡京子さん、光太郎役が故・平幹二郎さんで舞台化(新橋演舞場さん)。翌年の京都公演では、光太郎役は近藤正臣さんでした。

004ついでというと何ですが、つい最近、新橋演舞場さんでの初演の際の台本を入手しました。この手のものは公刊されるわけではなく、スタッフやキャストの皆さんに配られるもの。そこでそれらの方などが売りに出さない限り市場に出回ることはありません。案の定、ちょい役で出演されていた女優さんの名が表紙にうっすらと鉛筆で書き込まれていました。

驚いたのは書き込みの多さ。その女優さん、ご自分の登場シーンのみならず、おそらく同じ事務所の先輩女優さんと思われる方のシーンでもマーカーを引いたり、鉛筆で書き込みをしたりなさっていました。また、稽古の途中でセリフや動きが追加・変更されたり、場面の順番が入れ替わったりということが随分とあったようで、それらの訂正や、追加で配られたと思われるコピーの貼り付けなどもかなりの箇所で為されており、一つの舞台を作り上げるにも並々ならぬ苦労があったんだな、というのが偲ばれました。

ちなみにこの手の台本類、やはり舞台のもの、映画のもの、テレビドラマのもの等々各種取り添えております。展示等で必要な場合にはお声がけ下さい。

閑話休題、福井県ふるさと文学館さんの展示、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

賢治全集推せん文2枚清書、


昭和30年(1955)8月20日の日記より 光太郎73歳

「賢治全集」は筑摩書房版。翌年から刊行が始まりました。光太郎は装幀、題字揮毫も手がけています。

岩手から学会情報です。

岩手大学人文社会科学部【宮沢賢治いわて学センター】第16回研究会

期 日 : 2022年12月22日(木)
会 場 : 岩手大学学生センターA棟1階G19教室 岩手県盛岡市上田3-18-8
       & オンライン(WebExウェビナー使用)
時 間 : 17:00~18:00
料 金 : 無料

講 師 : エリック・ブノワ 氏(ボルドー・モンテーニュ大学教授/フランス文学)
      中里まき子氏(岩手大学人文社会科学部准教授/フランス文学)
演 題 : 高村光太郎と宮沢賢治の喪のエクリチュール:『智恵子抄』仏訳体験に触れながら

 講師は、本学部と交流協定を結んでいるフランスのボルドー・モンテーニュ大学教授のエリック・ブノワ氏(フランス文学)と本学部准教授の中里まき子氏(フランス文学)です。
 主たるトピックは、昨年中里氏がブノワ氏の協力を得てフランスのボルドー大学出版から上梓なさった、高村光太郎『智恵子抄』の仏訳版 Poèmes à Chieko についてです。まず、中里氏による日本語での講話、次にブノワ氏によるフランス語の講話(通訳は中里氏)という構成となります。
 今回はコロナ禍下ではありますが、講師方のご希望により、対面とオンライン併用のハイフレックス形式での開催となります。会場へ直接お越しいただく場合もオンラインでの申込が必要となりますので、下記、ご確認宜しくお願い申し上げます。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。
 なお、コロナ禍拡大の影響により、オンラインのみの開催となる可能性もあります。その節は速やかに大学および学部HPやML等でお知らせいたします。悪しからずご了解ください。

☞【登録リンク】
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仏訳智恵子抄『 Poèmes à Chieko』は、昨年4月に刊行されました。それを記念して、今回と同じく訳者の中里まき子氏、エリック・ブノワ氏によるご発表「『智恵子抄』仏訳(TAKAMURA Kôtarô, Poèmes à Chieko)の刊行をめぐって」が、日本比較文学会東北支部さんの「第23回比較文学研究会」の中で、昨年7月に行われています。

今回はさらに宮沢賢治もからめてのお話になるとのこと。オンラインでの試聴も可だそうです。ご興味のおありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

<夕方モデルさんくる 結婚後はじめて、元気なり、>


昭和30年(1955)8月19日の日記より 光太郎73歳

「モデルさん」は旧姓藤井照子。昭和27年(1952)から翌年にかけ、光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のモデルを務めました。結婚を機にモデル業はやめ、品川の方に住んでいたようです。以前から書いていますが、いまだご存命なのかどうか、不明です。情報をお持ちの方、御教示いただければ幸いです。


昨日のこのブログ、光太郎第二の故郷・岩手県花巻市で販売されている豪華弁当「光太郎ランチ」の件、花巻高村光太郎記念館さんで開催中の企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の件につきましてご紹介しました。

すると、午後になって、『花巻散歩Machicoco(マチココ)』さんの最新号が届きました。
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平成29年(2017)の創刊以来、「光太郎レシピ」という連載が続いています。「光太郎ランチ」同様、やつかの森LLCさんのご協力で、光太郎の日記や書簡、周辺人物の証言などから、光太郎が食べたメニューを現代風にアレンジして紹介するものです。ちなみに表紙の焼きおにぎりは関係ありません(笑)。

今号はこちら。「カブとインゲンのブルイエとヴァンショー(ホットワイン)」だそうで。
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もう1件、グルメ系で。

今年2月に、通販会社・フェリシモさんから「日本近現代文学の世界に浸る 文学作品イメージティー」が発売されました。〈高村光太郎 著『智恵子抄』×天のものなるレモンの紅茶〉を含む4セット(他に〈中島敦著『山月記』× 虎に還るように色が変化するお茶〉〈室生犀星著『蜜のあわれ』× 燃えている金魚のように赤いお茶〉〈江戸川乱歩著『孤島の鬼』× 宝石より魅力的なチョコレートの紅茶〉)で、申し込むと毎月1セットずつ届く(バラ売りはなく、届く順番もフェリシモさん任せ)というシステムです。

004一般のお店で取り扱いが始まりました。もしかすると複数のお店で販売されているかも知れませんが、当方が情報を得たのは横浜桜木町のSTORY STORY YOKOHAMAさん。JR桜木町駅を出てすぐの「コレットマーレ」さん5階にある、老舗書店の有隣堂さん系列の書店兼雑貨店です。上記4セット以外にも、それ以前からフェリシモさんで出していた「日本近現代文学の世界へ 文学作品イメージティー」の4セット(〈芥川龍之介著「蜘蛛の糸」×蓮が香る紅茶〉〈夏目漱石著「虞美人草」×アイスクリームが香る紅茶〉〈坂口安吾著「桜の森の満開の下」×桜が香る緑茶〉〈宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」×苹果(りんご)が香る紅茶〉)も販売されています。

過日、都内に出た際に桜木町まで足を伸ばし、〈高村光太郎 著『智恵子抄』×天のものなるレモンの紅茶〉と、〈宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」×苹果(りんご)が香る紅茶〉を買い込んで参りました。バラで複数ずつ買えるというのがありがたいところです。
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〈高村光太郎 著『智恵子抄』×天のものなるレモンの紅茶〉は以前にもいただきましたが、〈宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」×苹果(りんご)が香る紅茶〉は初。「苹果(りんご)が香る」ということでしたが、フレーバーはきつくなく、爽やかな感じでした。
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複数点ずつ購入して参りまして、ギフトにも使っております。皆様も是非お買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

ラジオで日米水泳をきく、

昭和30年(1955)8月6日の日記より 光太郎73歳

「日米水泳」は「第4回日米対抗水上競技大会」。「フジヤマのトビウオ」と称された古橋廣之進らが出場し、神宮水泳場、さらに大阪でも開催されました。

光太郎が戦後7年間の蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)近くの道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント、ミレットキッチン花(フラワー)さんで毎月15日に限定販売中の豪華弁当「光太郎ランチ」、今月販売分の画像が届きました。
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今月のメニューは青豆入り麦飯、白六穀ご飯、チキンステーキ、ロール白菜、いか大根、かぼちゃ煮、塩麹入り卵焼き、お新香、焼きりんごだそうです。意外とヘルシーな献立かな、という気がしました。

グルメ系でもう1件。

高村山荘と隣接する花巻高村光太郎記念館さんで開催中の企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」、今月初めに現地に赴き、展示解説の動画撮影に臨みましたが、先週、公開されました。

令和4年度高村光太郎記念館企画展「光太郎、つくりくふ。-おやつ編-」展示解説①

令和4年度高村光太郎記念館企画展「光太郎、つくりくふ。-おやつ編-」展示解説②

令和4年度高村光太郎記念館企画展「光太郎、つくりくふ。-おやつ編-」展示解説③

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計40分ほどを3本に分割しています。何とまぁ、かなりの手間だったと思いますが、字幕をつけて下さったので、当方の顔より字幕の方をご覧になって下さい(笑)。

企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」は来年3月21日(月)までの開催です。

ところで、同時開催されている花巻市内の他の文化施設4館との共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」について、地元紙『岩手日日』さんが報じて下さいました。

先人の偉業知って スタンプラリーも 市内5施設共同企画展

 2022年度花巻市共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」は、市内五つの文化施設で開かれている。各施設が花巻ゆかりの先人らを取り上げ、偉業への関心や古里への愛着を育む。期間中はスタンプラリーなどのイベントもある。2023年1月22日まで。

 花巻新渡戸記念館(高松)、萬鉄五郎記念美術館(東和町土沢)、市博物館(高松)、市総合文化財センター(大迫町大迫)、高村光太郎記念館(太田)の5館が連携した企画展。

 花巻新渡戸記念館では十和田市の開拓に貢献した新渡戸稲造の父十次郎、萬鉄五郎記念美術館では石川啄木らとともに活躍し、同級生だった萬とも生涯を通じて交遊があった東和町出身の歌人小田島孤舟、市博物館では杣(そま)やマタギなど山をなりわいの場とした人々、市総合文化財センターでは早池峰山の植物研究に関わってきた先人、高村光太郎記念館では光太郎の詩「開拓に寄す」などを紹介している。

 14日には、市民ら22人が参加して共同企画展開催の5館を巡るツアーが行われ、各館の企画展担当者による展示解説や調査研究の成果に耳を傾けた。市博物館の松橋香澄学芸調査員は「山をなりわいの場とした人の暮らしや道具を紹介する展示。名前は伝えられていないが、今につながる暮らしをつくった先人たちを知ってほしい」と話していた。

 スタンプラリーは、開催館5館中3館のスタンプを集めると記念品がもらえる。残る2館と協賛館1館のスタンプでさらに記念品が入手できる。協賛館は宮沢賢治記念館、宮沢賢治イーハトーブ館、宮沢賢治童話村、石鳥谷農業伝承館、石鳥谷歴史民俗資料館、早池峰と賢治の展示館。記念品の受け取りは開催館のみ。

 問い合わせは市文化会館=0198(24)6511=へ。

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こちらは来年1月22日(日)までの会期です。

もう現地は雪に包まれる日が多くなっていますが、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

夕食は桑原氏紹介の神田淡路町の支那料理「好々」の出張料理、女将来て料理す、北京料理、皿数多くして中西氏宅一同にてくふ、アトリエに桑原氏とくふ、中々美味、

昭和30年(1955)7月24日の日記より 光太郎73歳

4月末からこの月初めまで、宿痾の肺結核のため赤坂山王病院に入院していた光太郎。結局、治癒は難しいとのことで中野の貸しアトリエに戻って療養。食慾は衰えず、この日は中華料理に舌鼓。「中西氏宅」は貸しアトリエの大家、「桑原氏」はそちらと親しかった美術史家・桑原住雄です。

昨日開幕した杉並区立郷土博物館さんの企画展「生誕130年 詩人・尾崎喜八と杉並」を拝見して参りました。尾崎喜八は杉並に暮らしたこともあり、光太郎と交流の深かった詩人です。

同館には平成29年(2017)、『高村光太郎全集』に漏れていた光太郎書簡を拝見するため訪れましたので、2度目でした。

最寄りの光太郎京王井の頭線永福町駅。光太郎のDNAを受け継いだ彫刻家・佐藤忠良の作品。
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徒歩十数分で同館に到着。
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豪農の家だったところに建てられており、長屋門は昔のまま、裏手には母屋も。
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敷地内の本館は近代的な建築です。
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観覧料100円を払って、早速拝見。
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当然、尾崎の生涯についての展示がメインで、著書や草稿、遺品、尾崎の写った写真パネル、写真が趣味だった尾崎が写した写真パネルなどなど。著書も数十冊をずらっと並べると圧巻の見映えでした。

そして交流のあった人々ということで、光太郎との関わり。光太郎が尾崎の結婚祝いに贈ったミケランジェロの模刻「聖母子像」、光太郎から尾崎宛の葉書(昭和21年=1946)も展示されていました。驚いたことに、帰ってから調べましたところ、この葉書は『高村光太郎全集』に漏れていたものでした。尾崎宛書簡は全集に10通ほど掲載されており、そのうちの1通だろうとたかをくくっていたのですが、違いました。

それから、尾崎が撮影した光太郎写真、尾崎一家(妻・實子――光太郎の親友・水野葉舟の息女、長女・榮子)と光太郎の写真(いずれも駒込林町の光太郎アトリエ兼住居で撮影)。集合写真は4人が写っている部分を引き伸ばした形でよく拝見しますが、元版は背景の光太郎アトリエの窓や二階の出窓などがしっかり写っていて、驚きました。最近、建築としての光太郎アトリエに興味を惹かれているもので。
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他に光太郎とも交流のあった人々についての展示も興味深く拝見しました。尾崎岳父にして光太郎の親友・水野葉舟、思想家の江渡狄嶺、彫刻家の高田博厚、「ロマン・ロラン友の会」で一緒だった片山敏彦、当会の祖・草野心平など。

意外だったのは、上井草にホームグラウンドがあったプロ野球の球団「東京セネタース」との関わり。球団歌の作詞をしたり、選手や監督とも個人的な交流があったりしたとのこと。これは存じませんでした。

図録が刊行されていました。A4判48ページで600円。入館料100円といい、実に良心的です(笑)。しかし600円と侮るなかれ、充実の内容です。
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ぜひ足をお運びの上、お買い求め下さい。会期は来年2月19日(日)となっています。

【折々のことば・光太郎】

午后四時半中西夫人くる、桑原さん澤田さん草野さんくる、支度して五時過退院、ハイヤー2台、 伊藤信吉氏奥平さんアトリエにくる、 無事に過ごす、横臥 玉ずしの夕食、

昭和30年(1955)7月8日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核の悪化で4月末に赤坂山王病院に入院しましたが、退院。しかし、治癒したわけではなく、逆に治癒の見込みも薄く、といって、今すぐどうこうというわけでもないので、それなら高い入院費を払い続けるより、自宅療養に切り替えることにしました。この後は「チーム光太郎」ともいうべき医師団が代わる代わる往診に訪れます。

信州安曇野の碌山美術館さん。光太郎の親友・碌山荻原守衛の個人美術館ですが、光太郎のブロンズ作品も多数所蔵、入れ替えながら展示して下さっています。

今年7月から8月にかけ、昭和33年(1958)竣工の本館(碌山館)修復のためのクラウドファンディングが行われました。当初目標額は700万円。それがあっという間に達成され、セカンドゴールの1,200万円、サードゴールの1,800万円も次々にクリア。最終的には、1,088名の方から総額23,702,000円が集まったそうです。

この秋から早速改修工事が始まり、それもほぼ終わったようです。

地元紙『信濃毎日新聞』さん、11月17日(木)の記事。

美術館を守ろう CFで広がる支援の輪、改修や展示充実に 中信の文化施設で予想超える反響

 中信地方の美術館が施設を維持・管理していくために行ったクラウドファンディング(CF)に県内外から多くの支援が寄せられている。新型コロナ下で集客が安定せず、美術館の経営が厳しさを増す中、文化施設を後世に残したいという趣旨に大勢が賛同。関係者らは予想を超えた反響を喜び、施設を守っていく決意を新たにしている。
 安曇野市出身の彫刻家、荻原碌山(ろくざん)(本名守衛(もりえ))の作品を展示する同市穂高の碌山美術館で今月上旬、国登録有形文化財「碌山館」の改修工事が始まった。壁の剥離やひびを直し、扉や雨どいを修繕する。工事は12月中に完了する見込みで、碌山館の展示物は一時的に美術館の別の建物に移している。
 碌山館は1958年4月に開館。教会風のれんが造りで市内観光の見どころの一つとなっていたが、壁にひびが入ったり、雨漏りしたりするなど傷みも目立っていた。新型コロナの感染拡大で来館者が減少し、自己資金での修繕は難しいとみて、7月15日から8月末までCFで改修工事の資金を募った。
 目標の700万円は開始2週間で突破し、8月末までに県内外の1088人から2370万円余が集まった。「結婚式の前撮り写真を撮影した思い出の場所」「なくならないでほしい」など多くのメッセージも寄せられた。中には支援金を手渡しに訪れる人もいたという。
 碌山館はもともと、地元住民らの寄付によって建てられた。学芸員の武井敏さんは想定を超える支援に感謝しつつ「この場所と雰囲気を守っていかねばならないと感じた」と気を引き締める。残った資金は別の建物の改修などに充てる方針という。
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 同市穂高有明の絵本美術館「森のおうち」は、4月20日から5月末にかけてCFで運営資金を募集。入館者数の減少に加え、併設して営業している結婚式場や宿泊施設の収入も落ち込んだことから、施設を存続させるため広く協力を求めた。絵本作家いせひでこさんや作家の柳田邦男さんらも応援メッセージを寄せ、県内外の513人から目標の800万円を超える1400万円が集まった。
 資金は人件費や光熱費など運営資金の他、施設の魅力向上に使う。展示品を並べるショーケースを新調し、美術館のじゅうたんを張り替え、敷地内に桜の木を植えることも計画する。学芸員の米山裕美さんは「皆さんに支援をいただける施設なんだと実感し、励みになる」と話した。
 展示内容の充実にCFを活用する施設もある。木曽町新開に19日にオープンする公設民営の「ふるさと体験木曽おもちゃ美術館」は、館内で遊べるおもちゃを拡充する費用として9月20日にCFを開始。当初目標の300万円は10月中に超え、今月5日までに413万円余が集まった。
 木製の積み木やパズルなどベースとなる備品は町が購入するが、指定管理者として施設を運営する同町のNPO法人「ふるさと交流木曽」は、「木曽らしい体験ができるプログラムを充実させたい」と判断。地元特産の野菜や果物をかたどった木のおもちゃ、木曽五木を加工したおもちゃなどを新たに製作する。星野太郎副館長は「子どもたちに木曽町特産の木になじんでもらい、町の魅力や文化も伝えていきたい」と話している。

で、今月初め、「返礼品」が届きました。寄付のコースによって、あらかじめこれこれ、と指定出来るシステムで、当方が申し込んだのは鋳金製のペーパーウェイト。材質は錫で、同館のワークショップで扱われているものです。その他、ポストカードと無料入館券。
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煉瓦造りのロマネスク風の碌山館がモチーフ。いやぁ、実にシャレオツですね。

ところで同館、12月21日(水)~12月31日(土)まで冬期休館だそうです。で、来年1月1日(日)から再び開館とのこと。1月の方が寒い気がするのですが(笑)。

きれいになった同館、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

后関先生くる、退院の話相談


昭和30年(1955)7月2日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核の悪化で4月末に赤坂山王病院に入院しましたが、退院の話。しかし、治癒したわけではなく、逆に治癒の見込みも薄く、といって、今すぐどうこうというわけでもないので、それなら高い入院費を払い続けるよりは、自宅療養に切り替えてはどうかという話でした。

ちなみに光太郎の生命の炎、燃えつきるまであとちょうど9ヶ月でした。

昨日のこのブログで、先週、地方紙二紙に掲載された一面コラムをご紹介しましたが、昨日の『福島民報』さんの一面コラムにも智恵子の名が出ていました。アニソン歌手の水木一郎さんが12月6日(火)に亡くなったことを受けてのものです。

あぶくま抄 ロケットパンチ

♪空にそびえるくろがねの城…。歌い出しから胸は躍った。♪無敵の力はぼくらのために…。強靱[きょうじん]なパワーで自分たち子どもが守られているような気がした。「マジンガーZ」の主題歌を半世紀にわたって歌い続けた水木一郎さんが世を去った▼「アニメソングの帝王」と評され、持ち歌は1200曲を超えるが、当初は子ども相手の歌と軽んじられた。アニメが世界に誇る日本の文化に定着するまで並々ならぬ苦労があったからこそ、若手に優しいまなざしを向け、アニキと慕われた▼実父のように敬愛した小野町出身の作詞家丘灯至夫さんから、10曲以上の楽曲を受けて足場を築く。仲間と登山部を結成して2015(平成27)年、安達太良山に登った。丘さん作詞のヒット曲「智恵子抄」の譜面を山頂で配り、「ほんとの空」に感謝の歌声をささげた。恩義を忘れぬ人柄がしのばれる▼革ジャンに赤いスカーフを巻いた姿は、昭和の子どもを熱狂させた正義のヒーローそのものだった。不穏な令和の今に憤りを感じつつ旅立ったに違いない。追悼にふさわしい言葉が浮かんできた。地球の平和を乱す不義へ、天上から今度は自ら飛ばせ、鉄拳ロケットパンチ。
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水木さんが「アニソン登山部」を結成されたというのは存じていましたが、故・丘灯至夫氏作詞の「智恵子抄」(昭和39年=1964 二代目コロムビア・ローズさん歌唱)のからみだったとは初めて知りました。山頂で歌われたということも。そういえば水木さん、都内で開催された「丘灯至夫さんの作品を歌う会」にも参加なさっていました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

さて、先月から今月にかけ、全国の地方自治体さんの広報誌に光太郎やその父・光雲、さらに智恵子の名。まぁ、どれもほんのちょっとですが(笑)。

鹿児島県いちき串木野市さんの『広報いちき串野』11月24日号。
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同市は「短歌のまち」を標榜しているそうで、同市出身の歌人・萬造寺斉の紹介。与謝野夫妻の新詩社を通じ、光太郎とも交流がありましたので、光太郎の名も出して下さいました。

続いて、新潟県新発田市さんの『広報しばた』12月1日号。
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それ以前の号から「もっと知りたい! 郷土の偉人 大倉喜八郎」という連載が為されていたようで、この号では大倉と交流のあった人々の紹介。「芸術家」として、木彫による肖像彫刻の制作を依頼された光雲、そのための原型塑造を作った光太郎の名が出ています。

さらに、市町村ではなく、県。群馬県さんの広報誌の増刊的な『tsulunos PLUS(ツルノスプラス)』の12月号。特集が「群馬発、世界に誇る温泉文化」だそうで、草津温泉の紹介の中に光太郎智恵子の名。
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ただし、「「草津」の碑」は智恵子療養のために訪れた昭和8年(1933)の作ではなく、昭和2年(1927)のものですが。

最後に智恵子の故郷、福島県二本松市さんの『広報にほんまつ』12月号。「第27回 智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール」表彰式の話題。
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光太郎つながりで花巻からも募集していたのですね。

少しずつですが、いろいろ取り上げて下さりありがたいことです。しかし、「高村光太郎? 誰、それ?」、「高村光雲? 知らんなぁ」、「高村智恵子? 聞いたことない」という状況になると、こうは行きませんので、そうならないよう努力いたします(笑)。

【折々のことば・光太郎】

細雨、涼、 横になると痰せきが出る、相当に出るやうになる、


昭和30年(1955)6月26日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結果のため、赤坂山王病院に入院したものの、病状は一進一退でした。治癒に至るには既に進行しすぎていたようです。

先週になりますが、地方紙二紙の一面コラムで光太郎に触れて下さいました。

12月6日(火)、仙台に本社を置く『河北新報』さん。

河北春秋

PXL_20221215_001147173 葉を落とし「箒(ほうき)」になった姿に、詩人高村光太郎は<きつぱりと冬が来た>と詠んだ。イチョウが季節の移ろいを告げている。葉がカモの水かきに似ていることに由来する中国の「鴨脚」の発音が語源とされる▼仙台藩出身で日本初の近代的国語辞書『言海』を編んだ大槻文彦(1847~1928年)はイチョウの語源に「脳を悩まし」「満腹の疑い」を抱き続けていた。増訂版となる『大言海』では「鴨脚の字の、支那、宋代の音なり」と示し、記す▼「此語原は、予が三四十年間、苦心して得たるものなり」。永島道男著『言葉の大海へ「大言海」を愉しむ』に詳しい。「辞書の中に筆者が顔を出すなんて」信じられないけれど、「苦心の、苦心の、苦心の末に解明したのですからわかってあげたい」とも▼文彦、祖父の蘭(らん)学者玄沢、父の儒学者磐渓。「三賢人」を輩出した大槻家関係資料(一関市博物館所蔵)が国の重要文化財に決まった。『大言海』草稿など4000点を超える▼文彦は玄沢の遺戒「遂げずばやまじ、の精神」で編さんしたと、『言海』の巻末「ことばのうみのおくがき」に書く。必ず最後までやり遂げよ。求められるのは決意、責の重さへの自覚と覚悟か。職を去った閣僚たちを他山の石に、遺戒を心にきっぱりと刻もう。

このところの気候は、いかにも「きつぱりと冬が来た」ですね。画像は自宅兼事務所近くのイチョウの古木です。こちらもまさしく「箒」になってしまいました。

続いて、『東京新聞』さん。12月8日(木)付けです。

筆洗

 「記憶せよ、十二月八日/この日世界の歴史あらたまる/アングロ・サクソンの主権、この日東亜の陸と海とに否定さる」−。高村光太郎の詩である。一九四一年、真珠湾攻撃への興奮が伝わってくる▼真珠湾攻撃の日である。光太郎に限らず、その日、日本人は熱狂した。長年の米英による圧力。その閉塞(へいそく)感を打ち破る奇襲に対し、国民は胸のすくような思いとなった。分からないでもない。しかし、それが国民に塗炭の苦しみを与える悲劇の入り口であった▼あの時代にむしろ近づいてはいないか。弾道ミサイルなどの発射拠点を攻撃する敵基地攻撃能力の保有をめぐる議論が進む▼共同通信の世論調査によると約六割が敵基地攻撃能力の保有を容認している。弾道ミサイルが発射される前に基地を攻撃することができれば、国民はより安全になるはず。そう考えるのも理解できる。自衛のためと言われれば、反対もしにくい▼それでも身構えるべきはそれが専守防衛の枠組みを超え、国際法の禁じる先制攻撃と結果的に何も変わらぬ危険性があることだろう▼ミサイル発射の動きを見て敵基地を攻撃したとする。それで敵国がわが国への攻撃を断念してくれるとは考えにくく、待っているのはわが国の敵基地攻撃に端を発した長きにわたる戦争状態ではないのか。臆病か。されど、悲劇の入り口に二度と近づきたくないのである。

まさにわが意を得たり、という内容でした。そこで、12月10日(土)に行われた日本詩人クラブさんの12月例会での講演で紹介させていただきました。

さて、もう1件。

過日ご紹介した杉並区立郷土博物館さんでの企画展「生誕130年 詩人・尾崎喜八と杉並」。明後日開幕ですが、その予告報道が共同通信さんから配信され、全国の地方紙に載ったようです。

詩人・尾崎喜八回顧展、写真家側面も 東京の杉並区立郷土博物館

 009 山と自然を題材にした詩や散文で知られた尾崎喜八(1892~1974年)の回顧展「生誕130年 詩人・尾崎喜八と杉並」が17日から、東京・杉並区立郷土博物館で開かれる。2023年2月19日まで。尾崎の子孫から寄贈された多数の資料を公開する。
 尾崎はクラシック音楽を巡る随想、外国文学の翻訳も手がけた他、写真にも関心を寄せ、山野の植物、雲、長く住んだ杉並の農村風景などを数多く撮影した。
 本展は自ら撮影した写真約60点、著書約50点、詩人で彫刻家の高村光太郎から贈られた彫刻や、詩人でドイツ・フランス文学者の片山敏彦、詩人・歌人で野鳥研究家の中西悟堂らとの交遊を示す写真やはがき、フランスの作家ロマン・ロランからの手紙などで構成する。
 尾崎は東京市京橋区(現東京都中央区)で生まれ、商業学校を卒業した後、会社勤めをしながら文学活動を始めた。代表作に詩集「花咲ける孤独」(55年)、随筆集「山の絵本」(35年)、随筆「音楽への愛と感謝」(73年)がある。
 関東大震災後から終戦前年まで、実家へ戻った間を除いて現在の杉並区に在住。戦後は長野県富士見村(現富士見町)で足かけ7年過ごし、数々の作品を書いた。その後東京に戻り、晩年は神奈川県鎌倉市で暮らした。
 担当の学芸員は「尾崎の業績全般を知ってもらいたい。地元杉並の人や詩に関心のある人はもちろん、写真関係の方にも見ていただけるとうれしい」と話している。
 観覧料100円。休館日は月曜と第3木曜(祝日の場合は翌日)、12月28日~1月4日。
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ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

転出証明書瀬川さんより届く、


昭和30年(1955)6月4日の日記より 光太郎73歳

「転出」は、戦後7年間の蟄居生活を送った岩手から東京中野へ、です。

元々、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」完成後は、岩手に帰るつもりでいた光太郎、実際、像除幕後の昭和28年(1953)初冬に10日間ほど帰ったのですが、宿痾の肺結核の悪化が山での暮らしを許さず、再々上京していました。それでも住民票を移動させずにいましたが、もはや身体の状況が山へ帰ることは不可能なほど悪化しているという自覚があったのでしょう、岩手の知人を介し、とうとう転出届けを出しました。届けの日付は6月1日だったことが、『高村光太郎全集』に漏れていた葉書の発見により、10年ほど前に明らかに出来ました。

また、かつて光太郎が暮らしていた稗貫郡太田村は前年に周辺の村とともに花巻町に合併、花巻市となったことも転出の一因と思われます。もはや太田村が無い、というのは光太郎にとって淋しかったのではないでしょうか。

追記 御本人がコロナ感染で延期だそうです。

まずは演奏会情報を。

紀野洋孝テノール・リサイタル

東京公演
 期 日 : 2022年12月18日(日)
 会 場 : 旧東京音楽学校奏楽堂 東京都台東区上野公園8番43号
 時 間 : 18:30開場 19:00開演
 料 金 : 前売 一般 1,000円 学生 1,000円 当日 一般 3,500円 学生 1,500円

大分公演
 期 日 : 2022年12月23日(金)
 会 場 : iichiko音の泉ホール 大分県大分市高砂町2番33号 
 時 間 : 18:30開場 19:00開演
 料 金 : 前売 一般 1,000円 学生 1,000円 当日 一般 3,500円 学生 1,500円

出 演 : 紀野洋孝(テノール) 森裕子(ピアノ)
曲 目 : 
 F.P.トスティ:〈薔薇〉〈祈り〉〈理想の人〉
 山田耕筰:〈この道〉〈かやの木山の〉〈六騎〉〈城ヶ島の雨〉〈みぞれに寄する愛のうた〉
 別宮貞雄:歌曲集《智惠子抄(改訂新版)》

博士号取得とCD“別宮貞雄作品集「Be」”の発売を記念して、東京と大分で『紀野洋孝テノール・リサイタル』行うことになりました!!! リサイタルの前半はお馴染みのトスティと山田耕筰の作品、後半は博士課程でも研究してた別宮貞雄の超大作《智惠子抄》を演奏します!! 《智惠子抄》は歌曲を超えたモノドラマのような作品で、涙なしには歌えない、聴けない、劇的で感動的な名作です! 別宮貞雄生誕100年没後10年の超特別メモリアルな今年聴いてほしいゴリゴリに押しに推しまくっている名作です!本当に沢山の方に知ってほしい、聴いてほしい、歌ってほしい作品です!
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故・別宮貞雄氏作曲の「歌曲集 智恵子抄」全曲が演奏されます。同曲は昭和57年(1982)の作品で、翌年に初演、昭和61年(1986)には音楽之友社さんから楽譜が刊行されています。

CDでは、故・永田峰雄氏による演奏で全曲が収録されたものが出ている他、抜粋で収められているものが数種類。紀野氏他、演奏会でもぽつぽつプログラムに入れて下さっている方もいらっしゃいます。共に男声、女声、双方が取り組んで下さっています。

他の作曲家の方の「智恵子抄」と較べ、別宮氏のそれは先に曲ありきではなく、本当に智恵子を思う光太郎の語り口が感極まってメロディー化したような、そういう感じに聞こえます。紀野氏曰く「歌曲を超えたモノドラマのような作品で、涙なしには歌えない、聴けない、劇的で感動的な名作」。なるほど、と思いました。

今回の演奏会はCD発売記念ということで、そのCD、注文しておいたのが昨日届きました。歌曲集「智恵子抄」ほか、別宮氏の作品を集めたものです。

Be -別宮貞雄 歌曲集-

2022年12月14日 Toneforest 定価3,000円+税

紀野洋孝(テノール) 森裕子(ピアノ)

歌曲集《智惠子抄(改定新版)》 詩:高村光太郎
 1. 人に002
 2. 深夜の雪
 3. 僕等
 4.晩餐
 5. あどけない話
 6. 人生遠視
 7. 千鳥と遊ぶ智惠子
 8. 山麓の二人
 9. レモン哀歌
歌曲集《淡彩抄》 詩:大木惇夫 
 10.泡001
 11. 蛍
 12. 入墨子
 13. 涼雨
 14. 別後
 15. 燈
 16. 天の川
 17. 青蜜柑
 18. 鷺
 19. 春近き日に
歌曲集《二つのロンデル》より 詩:加藤周一
 20.  さくら横ちょう

早速拝聴しましたが、紀野氏の歌唱、光太郎の魂が乗り移ったかのような、心の叫びがあますところなく表現されていました。

ぜひお買い求め下さい。

ところで、毎日更新しているこのブログサイトですが、紹介すべき事項が多く(もう今年いっぱいは書くことが決まっているような状況です)、失礼とは存じますが、クラシック歌曲系がらみで併せてもう1件。

今日の『朝日新聞』さん朝刊にバリトン歌手・坂本博士氏の訃報が出ていました。

坂本博士さん死去

 坂本博士さん(さかもと・ひろし=バリトン歌手、サカモト・ミュージック・スクール校長)3日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去、90歳。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻旦子(あさこ)さん。
 54年、東京芸大声楽科卒。57年に藤原歌劇団公演「ラ・ボエーム」のマルチェッロ役でデビュー。63年に始まったNHK「歌おうよ世界の友よ」に1年間レギュラー出演するなどメディアでも活躍。作曲家としても東日本大震災復興のための「絆三部作」など、歌曲、合唱曲、ミュージカルなどを幅広く手がけた。

坂本氏、昭和50年(1975)、キングレコードさんからリリースされた「なつかしの国民歌謡 NHK国民歌謡」というLPレコードで、光太郎作詞、飯田信夫作曲の「歩くうた」(昭和15年=1940)を歌われていました。
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謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

三時半、北川太一氏くる、智恵子の原稿二枚持参、クツキーをもらふ、


昭和30年(1955)5月27日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核悪化により入院していた赤坂山王病院に、当会顧問であらせられた故・北川太一先生がお見舞いに行かれました。こうした機会に北川先生は光太郎本人へ、その生涯に関しての聞き取り調査を行い、「高村光太郎聞き書」(『高村光太郎全集』別巻所収)としてまとめられました。

「智恵子の原稿」は詳細不明ですが、おそらく北川先生、智恵子が雑誌に寄稿した散文の原稿を入手され、光太郎に見せたのでは、と思われます。懐かしい智恵子の筆跡を見たであろう光太郎、どのような感想を持ったのか、あいにく、日記には記されていませんが。

都内で光太郎にもからむ内容の企画展です。

企画展「生誕130年 詩人・尾崎喜八と杉並」

期 日 : 2022年12月17日(土)~2023年2月19日(日)
会 場 : 杉並区立郷土博物館 東京都杉並区大宮1丁目20番8号
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日・毎月第3木曜日(祝日と重なった場合は開館、翌日休館)
      12月28日~1月4日
料 金 : 100円(中学生以下、障害者手帳を提示する方および付き添いの方は無料)

詩人・尾崎喜八(1892年~1974年)は、白樺派から出発し、杉並で「自然と文学」の金字塔となる作品を多く遺しました。大正12年(1923年)の関東大震災後に作家・水野葉舟(みずのようしゅう)の親友であった農業思想家・江渡狄嶺(えどてきれい)の導きで現在の高井戸東に新居を構えた尾崎は、翌春、水野の娘・實子(みつこ)と結婚してそこに暮らしました。のち、昭和19年(1944年)まで、現在の南荻窪、善福寺と戦前の杉並に住み、野鳥研究家・中西悟堂(なかにしごどう)とは自然・野鳥を、詩人・片山敏彦(かたやまとしひこ)とは海外の新しい文学を探求して、『山の絵本』などの博物誌を書きました。また、ノーベル賞作家ロマン・ロランと交友してその文化使節を杉並に迎えるなど、世界文学とのつながりを持ちました。

本展では、寄贈を受けた資料の中から、尾崎がガラス乾板・写真に残した100年近く前の杉並の農村風景や生態系の様子とともに、深い交流のあった高村光太郎ら文学者とのかかわりなどを紹介します。
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関連行事 石黒敦彦氏講演会 
 第1回 「詩人・尾崎喜八」 令和4年12月18日(日曜日)
 第2回 「口語自由詩と昭和の杉並・武蔵野」 令和5年1月15日(日曜日)
 時 間 午後2時 から 午後4時 まで
 対 象 中学生以上の方
 場 所 郷土博物館
 講 師 石黒敦彦氏(尾崎喜八孫・東京工芸大学講師)

詩人・尾崎喜八はおそらく『白樺』を通じて光太郎の知遇を得たのではないかと思われますが、光太郎の親友だった水野葉舟の娘・實子と結婚し、さらに光太郎と深く交流するようになったようです。光太郎は結婚祝いにミケランジェロの模刻「聖母子像」を夫妻に贈りました。

令嬢の故・榮子さん。当方、2度ほどお会いしましたが、生前の智恵子をご存じでした。令孫の石黒敦彦氏はご健在で、連翹忌の集いにもたびたびご参加下さっています。

石黒氏の依頼で、少しだけ協力させていただきました。尾崎一家を高井戸に招いた思想家・江渡狄嶺と光太郎のからみについて。光太郎は江渡が拓いた農場に建てられた霊堂「可愛御堂」の設計を担っていまして、そのあたりについて資料を提供しました。

光太郎、葉舟、尾崎、江渡、さらにそこにロマン・ロランつながりで片山敏彦や渡仏前の高田博厚なども加わった人脈が形成されており、非常に興味深いところです。

当方、初日の12月17日(土)に伺う予定です。皆様も是非どうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ひる頃理髪くる、350円払、


昭和30年(1955)5月20日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核悪化による、赤坂山王病院入院中の一コマです。入院はしたものの、危篤状態というわけでもなく、調子のいい時には床屋さんを呼んで理髪してもらったりもしていたようです。

先週書きかけて途絶してしまった新刊紹介の続きです。

当会顧問であらせられた故・北川太一先生の御著書を多数刊行されている文治堂書店さんから発行されている文芸同人誌的な『とんぼ』。第15号が届きました。
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版元店主・勝畑耕一氏による「追慕録」に、今年8月に亡くなった北川節子様の追悼文が掲載されています。節子様、当会顧問であらせられた故・北川太一先生の奥様で、北川先生同様、生前の光太郎をご存じの方でした。

それから、手前味噌で恐縮ですが、当方の連載「連翹忌通信」。前号から最近の「もの」の発見ということで、今号は花巻市に寄贈された光太郎の父・光雲作の木彫天鈿女命像と、鋳銅製准胝(じゅんてい)観音像について。

ご入用の方、文治堂書店さんまでご注文なさってください。頒価500円+税とのことです。

新刊、といえば、最近、光太郎の名を冠した自費出版の書籍が出ました。早速購入してみましたが、読み始めて驚きました。「こんなものを出版するとは何事だ」という感じで。

極端な話、1ページに1箇所は事実誤認。それから同じく1ページに1箇所は根拠不明の独断(そういう事実は確認出来ていないという事柄を根拠にしての論の展開)。さらにいうなら、1ページに1箇所は「てにをは」の崩壊や誤字脱字。人様に読んでいただくという姿勢が欠落しています。話の進め方もあっちへ行ったりこっちへ行ったりで、明治期の話かと思うと突然脈絡もなく戦中や戦後の話に飛び、予備知識がない読者には、いつの話をしているのかさっぱり分からないと思います。途中、いろいろ出典が書かれてはいるのですが、どうも『高村光太郎全集』に眼を通していないようですし。いくら自費出版だといっても、ありえませんね。

3分の1くらいまでは我慢しながら読んだのですが、途中でやめました。時間の無駄ですし、精神衛生上もよくありません。

「××」という本が出ているのに、なぜこのブログで紹介しないんだ? と思われた方、そういうわけですのでよろしく。

【折々のことば・光太郎】

二時回診、ラジオで角力、


昭和30年(1955)5月19日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核悪化による、赤坂山王病院入院中の一コマです。

この日、光太郎が聴いていた大相撲中継は、夏場所。かの栃錦が横綱として優勝し、のちの大横綱となる初代若ノ花が関脇でした。平幕には元寺尾関・元逆鉾関の父・鶴ヶ峯など。大鵬はまだデビューしていませんでした。

昨日は、日本詩人クラブさんという団体の2022年12月例会にお招きいただき、都内に出ておりました。基本、クローズドのイベントでしたので、このブログではご紹介していませんでしたが。

会場は新宿区の早稲田奉仕園さん。
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キリスト教系の施設ですが、この中にリバティホールというスペースがあり、そちらで。下記は開会前です。
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講演を仰せつかりまして、約60分、喋らせていただきました。
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日本詩人クラブさんでは、ほぼ毎月、「例会」を催され、その都度さまざまなテーマを設定なさっています。今年5月は西条八十を取り上げ、9月には「国際交流」とのことでインドの詩人の方をお招きしたということでした。

で、12月例会は光太郎。会員であらせられる曽我貢誠氏、宮尾壽里子氏がご推挙下さって、当方が講演をすることに。以前からそういうお話があったのですが、コロナ禍の関係で延び延びとなって、本来は『智恵子抄』発刊80周年に当たる昨年のはずだったようですが。

まぁ1年遅れではありましたが『智恵子抄』、そして太平洋戦争開戦の12月8日の翌々日ということもあり、さらに今年起こって今も続くロシアによるウクライナ侵攻にもからめまして、演題を「2022年の高村光太郎――ウクライナ、そして『智恵子抄』――」とさせていただきました。初版『智恵子抄』の刊行が太平洋戦争開戦前夜の昭和16年(1941)8月、収録詩の最後のあたりは泥沼化していた日中戦争との絡みも語られており、『智恵子抄』と戦争は切っても切り離せない関係にあります。

自分ではあまり見たくないのですが(笑)、YouTubeにアップされています。以前も書きましたが、人前でしゃべるのは抵抗はありませんがさりとて自信もありません。

後半は「高村光太郎「智恵子抄」朗読ドラマ――発刊80周年を過ぎて振り返る」。会員の皆さん、すなわち詩人の方々が演じられました。
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脚本は宮尾氏(上記画像左端)。以前から朗読のお仲間と同様の公演を何度かなさっていて、それをアレンジしたという感じでした。

プロの役者さんや朗読家の方ではなく、詩人の皆さんが演じられたわけですが、日頃から「言葉」に対して鋭敏な感覚を持たれているご一同、なるほどねと思わされるステージでした。こちらもYouTube動画に当方の講演の後に収録されています。当方の講演よりそちらをご覧下さい(笑)。

それにしても、詩人の皆さんがこういう団体を結成され、詩作だけでなくいろいろな活動を行われているということを、当方、お話を頂くまでよく存じませんでした。2月24日(木)に始まったロシアによるウクライナ侵攻に対しても、翌3月には早速反対声明を発表なさっていますし。そのあたりを踏まえ、日中戦争・太平洋戦争中に、光太郎はじめ、殆ど全てといっていい詩人達が犯した戦争推進協力の過ちを繰り返さないよう、まぁ、それ以前にそういう状況にしないためにも、詩人の皆さんの出来ることをなさって下さいとお願いして参りました。言わずもがな、かも知れませんが。

戦争と光太郎については、また近々、このブログで取り上げます。以上、レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

からだのいたみまだあり、中腰の位置の時痛し、


昭和30年(1955)5月5日の日記より 光太郎73歳

宿痾の肺結核による赤坂山王病院への入院が前月30日。入院はしても積極的な治療ができるわけでもなく、こういう状況でした。光太郎余命あと1年足らずです。

テレビ放映情報です。

まずは完全に光太郎がらみ。

にほんごであそぼ「道程」

地上波NHK Eテレ 2022年12月13日(火) 8:25~8:35 再放送 12月15日(木) 16:15~16:25

こどもスタジオ・ひこうき山陽/僕の前に道はない 僕の後ろに 道は出来る「道程」高村光太郎、四字熟語かるた/東奔西走、投稿ごもじもじ、名文を言ってみよう!/寿限無、童謡「スキー」

【出演】神田山陽(三代目),おおたか静流,小山春朋,中村彩玖,川原瑛都,川田秋妃
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同番組、これまでも「道程」などの光太郎作品を取り上げて下さっています。今回の放映で流れるのが使い回しの映像なのか、新作なのか、判然としませんが……。

続いて、光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の立つ十和田湖系で2件。いずれも明日のオンエアです。

ミステリー 十和田湖に消えた女 死体の胸に真紅の花

BS松竹東急 2022年12月11日(日) 15:00~17:00

警視庁の山城部補(藤岡琢也)は、連発する婦女暴行殺人事件に頭を悩ませていた。被害者は主婦、OL、ホステスとさまざまだが、異様な事に死体にはいずれも赤いスプレーが浴びせられていた。山城は推理マニアの画家波多野(片岡孝夫)に相談する。

【出演者】片岡孝夫(片岡仁左衛門)、佳那晃子、藤岡琢也、沢井孝子、小林昭二、
     清水紘治、にしきのあきら、夏樹レナ ほか
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初回放映は昭和57年(1982)、原作は笹沢佐保氏だそうです。

釣りびと万歳 錦秋の湖 紅のヒメマスを追う 〜山本千尋 十和田湖〜

NHK BSプレミアム 2022年12月11日(日) 17:30~18:00

黄葉で彩られた十和田湖で、俳優の山本千尋さんがヒメマス釣りに挑戦する。産卵期に入って赤い婚姻色をまとった秋ならではの美しいヒメマスを釣り上げることはできるのか?

舞台は東北の森の懐深く。黄金色に色づく木立を水面に映す十和田湖。俳優の山本千尋さんがヒメマス釣りに挑戦する。目指すのは産卵期に入って赤い婚姻色をまとった秋ならではの美しいヒメマスだ。産卵のため浅瀬にやってくる魚をねらうのか、回遊する魚をねらうのか。エサで釣るのか、ルアーで誘うのか。時事刻々と姿を変える秋景色の中、1匹を目指した山本さん。その奮闘の先に待ち受けていた結果は!?

【出演】山本千尋 【語り】生瀬勝久
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両番組とも、ちらっとでも「乙女の像」を写していただけるとありがたいのですが……。

それぞれ、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

十時半、中西夫人桑原氏、草野氏三人にてフトン荷物をつくり、車2台で山王病院に入院、佐野氏も来る、皆にて用事をしてくれる、うな丼を余はくひ、皆は銀座にゆき、テーブル等かつてくる、 午后院長さん長谷氏来診、


昭和30年(1955)4月30日の日記より 光太郎73歳

大正8年(1919)には腸チフスで駒込病院への入院経験がある光太郎、呑気にうな丼を食べたりと、今回の入院にもさほど動じていなかったようです。もっとも、宿痾の肺結核の快癒はもはや難しいと、諦念に似た心境だったのかもしれません。










一昨日、昨日に続き、新刊系のご紹介を、と思っておりましたが予定変更で、演劇の公演情報です。気づくのが遅れ、5公演中1公演が終わっていました。

青年団第96回公演『日本文学盛衰史』北海道・岩手公演

原作:高橋源一郎 作・演出:平田オリザ

文学とは何か、人はなぜ文学を欲するのか、人には内面というものがあるらしい。そして、それは言葉によって表現ができるものらしい。しかし、私たちは、まだ、その言葉を持っていない。この舞台は、そのことに気がついてしまった明治の若者たちの蒼い恍惚と苦悩を描く青春群像劇である。

高橋源一郎氏の小説『日本文学盛衰史』を下敷きに、日本近代文学の黎明期を、抱腹絶倒のコメディタッチでわかりやすく綴った青春群像劇。初演時に大きな反響を呼び、第22回鶴屋南北戯曲賞を受賞した作品の待望の再演となる。笑いの中に「文学とは何か」「近代とは何か」「文学は青春をかけるに値するものか」といった根本的な命題が浮かび上がる、どの年代でも楽しめるエンタテイメント作品。
[上演時間:約2時間40分(予定)・途中15分の休憩あり]
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原作:『日本文学盛衰史』(講談社文庫刊)
高橋源一郎の長編小説。『群像』に1997年〜2000年にかけて連載。
日本近現代文学の文豪たちの作品や彼らの私生活に素材を取りつつ、ラップ、アダルトビデオ、伝言ダイヤル、BBSの書き込みと「祭」、たまごっち、果ては作者自らの胃カメラ写真までが登場する超絶長編小説。第13回伊藤整文学賞受賞作。

大空公演
 期 日 : 2022年 12月8日(木)
 会 場 : 大空町教育文化会館 北海道網走郡大空町女満別西3条4丁目1-11
 時 間 : 18:30~
 料 金 : 前売券(全席指定) 一般=2,000円  高校生以下=1,000円

幕別公演
 期 日 : 2022年 12月11日(日)
 会 場 : 幕別町百年記念ホール 北海道中川郡幕別町字千住180-1
 時 間 : 15:00~
 料 金 : 前売券(全席指定) 一般=3,500円  高校生以下=1,000円

富良野公演
 期 日 : 2022年 12月13日(火)
 会 場 : 富良野演劇工場 北海道富良野市中御料
 時 間 : 19:00~
 料 金 : 予約(全席自由)一般=3,000円 演劇工房会員=2,500円 小中高生=1,500円

江別公演
 期 日 : 2022年 12月15日(木)
 会 場 : えぽあホール 北海道大麻中町26-7
 時 間 : 19:00~
 料 金 : 予約(全席自由)一般=3,500円 学生=2,000円 小中高生=招待(要予約)

盛岡公演
 期 日 : 2022年 12月18日(日)
 会 場 : 盛岡劇場メインホール 岩手県盛岡市松尾町3番1号
 時 間 : 14:00~
 料 金 : 前売券(全席指定)一般=4,000円 U-25チケット=2,000円

初演は平成30年(2018)。原作は高橋源一郎氏。夏目漱石、島崎藤村、田山花袋、石川啄木、芥川龍之介、北原白秋ら、近代の文豪達の群像劇だそうで、光太郎も登場人物の一人に名を連ねています。

ただ、光太郎が登場人物の一人である旨が前面に押し出されておらず、今回も気づくのが遅れましたし、調べたところ「豊岡演劇祭2022」の一環として、9月には兵庫公演も行われていました。また、同じく9月には青年団さんではなく京都市の演劇セミナーでも取り上げられています。

それぞれお近くの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

午后草野君、関先生、岡本先生来り、病院行をすすめられ、山王病院といふに卅日入院ときまる、一日1,500円の由、


昭和30年(1955)4月28日の日記より 光太郎73歳

「関先生」「岡本先生」は共に医師。他の複数の医師ともども、いわば「チーム光太郎」を組み、光太郎の診療に当たっていました。

たまっている新刊等紹介の2日目です。こちらも刊行から2ヶ月経ってしまいました。

言葉を植えた人

2022年10月4日 若松英輔著 亜紀書房 定価1,500円+税

〈暗闇にあるとき人は、一つの言葉を抱きしめるようにして生きることもあるだろう〉――確かな杖となる言葉を味わうエッセイ集。

舟越保武、 志村ふくみ、石牟礼道子、吉本隆明、池田晶子、神谷美恵子、北條民雄、宮﨑かづゑ、井筒俊彦……。言葉にならないものの波打ち際に立って言葉を紡いできた人々の、珠玉の名言と対話するように紡がれるエッセイ集。

本当の誇りとは、誰かの役に立っていると感じることではおそらくない。それは愛される者であるよりも、愛する者であることを真に望む、自己への信頼なのである。(本文より)
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目次
 祈り001
 かたちの詩人――舟越保武
 アッシジの聖女――舟越保武
 生ける幻――舟越保武
 彼方からやってくる色――志村ふくみ
 光の人――志村ふくみの詩学
 秘められたコトバ――志村ふくみと石牟礼道子
 常世の国と「沖宮」――石牟礼道子
 語らざるものからの手紙――石牟礼道子
 叡知の遺産――石牟礼道子
 死者たちとの連帯を求めて――宇井純
 生命のつながり――中村桂子
 世界という書物――池田晶子
 無垢なる魂への贈り物――上皇后美智子さま
 詩人はなぜ、思想家になったのか――吉本隆明の態度
 かなしみの詩学――中原中也と小林秀雄
 魂との邂逅――中原中也の詩学
 「生きがい」の哲学の淵源――神谷美恵子
 幸福の哲学者――神谷美恵子003
 いのちのひびき――北條民雄の詩学
 幸福の証人――宮﨑かづゑ
 求道としての哲学――久松真一
 宗教を超えて――久松真一の書と霊性
 言葉といのちのコスモロジー――大峯顯
 月影の使徒――河波昌
 哲学は人間を救い得るのか――井筒俊彦
 詩人哲学者の誕生――井筒俊彦
 文化の奥に潜むものを求めて――井筒俊彦
 言葉とコトバ――井筒俊彦
 禅の彼方、禅の深み――鈴木大拙の悲願
 霊性と宇宙の地平――山崎弁栄と内村鑑三
 内村鑑三の書
 批評家の誕生――粟津則雄の眼
 あとがき


様々な新聞雑誌等に発表されたエッセイの集積です。

目次に光太郎の名は見えないのですが、光太郎と交流の深かった舟越保武の項で光太郎に触れられています。曰く「彫刻家高村光太郎の真の後継者は、舟越保武ではなかったか。一見すると似ていない作風だが、一個の存在のなかに永遠の実在を見つけようとした態度において二人は強く響き合う。高村光太郎が作る蟬は、岩手の山を飛ぶ蟬であり、同時に永遠なる世界に生きる蟬でもある。舟越が作る女性も、この世の人でありながら同時に、悠久(ゆうきゅう)の世界を生きる人でもある。

また、舟越による光太郎評も紹介されています。

そういえば若松氏、今年刊行された詩集『美しいとき』のあとがきでも、光太郎と舟越について触れて下さっていました。また、他の書籍でも。

『NHKカルチャーラジオ 文学の世界 詩と出会う 詩と生きる』。
『詩と出会う 詩と生きる』。

ほんの少しだけ光太郎に触れられているという御著書はまだあるかもしれませんが。

それぞれぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

午后岡本先生血清をとりにくる、とたんに血痰が出る、それをみせる、かなり出る、 横臥安静、

昭和30年(1955)4月11日の日記より 光太郎73歳

この日の症状は喀血に近い状態だったようで、これを機に、月末には赤坂山王病院に入院ということになってしまいます。

「芸術の秋」が過ぎ、きっぱりと冬が来ました。

思えばこの秋は、光太郎智恵子、光太郎の父・光雲がらみのイベントやコンサート、美術館さん等での展示などがたくさん行われ(展示等でまだ続いているものもありますが)、それらの紹介やレポートなどで毎日てんやわんや(死語ですね(笑))でした。イベント系は期日があるので、ブログで紹介するにもタイミングがありまして……。今月もさまざまなイベント等があり、追々紹介していきますが、ようやく一段落という感じです。

そこで、期日がないため後回しにしてきてしまっていた新刊紹介を、今日から3日間続けます(飛び込みで何もなければ、ですが)。

刊行順に、まず、光雲が登場する小説です。だらだら後回しにしていたら、刊行から3ヶ月経ってしまいました。

猫絵の姫君 戊辰太平記

2022年8月26日 智本光隆著 郁朋社 定価1,500円+税

フランス革命の女戦士マリアンヌのように幕末維新を駆け抜けた新田義貞の末裔・武子姫。やがて鹿鳴館の華になる――。

目次
 序章  黒船の海
 第一章 風吹く大地の姫君
 第二章 密勅
 第三章 新田官軍
 第四章 戊辰無情
 第五章 明治の風景
 第六章 維新の十字架
 第七章 箱館戦争
 終章  鹿鳴館の華

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主人公はのちの井上馨夫人・武子。元勲であった夫とともに、いわゆる鹿鳴館外交を担った女性です。ちなみに鹿鳴館の開館は明治16年(1883)、光太郎が生まれた年です。その鹿鳴館外交については終章で扱われる程度で、メインは武子の少女時代からそこまでの歩み、特に戊辰戦争時です。

武子は上野国の小領主・岩松俊純の娘として生まれました。それが嘉永3年(1850)ですので、同5年(1852)生まれの光雲より2歳年長です。岩松家は鎌倉時代末期の新田義貞の子孫にあたるという触れ込みで、幕末には新田姓に戻し、戊辰戦争時にはいわゆる官軍側にたって「新田官軍」を編成、幼い頃からお転婆(これも死語ですね(笑))だった武子も銃をとって参戦しました。「八重の桜」の山本八重、後の新島八重のようですね。立場は逆ですが。

ところでタイトルの「猫絵」は、まだ平和だった頃、俊純が歳末になると猫の絵を描いて世話になった人々に贈る習慣があり、それを方々に届けるのが武子の役目だったというところから来ています。ちなみに小説の中では、「武」にはほど遠く温厚な人物であった俊純を、武子が「猫絵を描くしか能がない」と蔑む描写が見られます。しかしその猫絵がのちに一家やさらに戊辰戦争の行方をも変えるきっかけになる……という展開です。

当方、「敗者の美学」とでも言いましょうか、旧幕側の人物たち――旧会津藩、新選組、彰義隊、遊撃隊など――にシンパシーを感じており、いわゆる官軍側の人物を主人公としたものはまず読みません。そこで、この小説に描かれている事柄がどの程度史実に即しているのかよくわからないのですが……。

さて、「第五章 明治の風景」及び「終章 鹿鳴館の華」に、若き日の光雲が登場します。

006昭和4年(1929)刊行の『光雲懐古談』に、光雲は大隈綾子(大隈重信夫人)と旧知の間柄だったことが記されており、綾子と武子もつながりが深かったため、作者の智本氏、光雲と武子もどこかで出会っているはず、と、登場させたのでしょう。武子、綾子、光雲の三人が会しているというシーンがあります。光雲はまだ「光雲」と号して独立する前、高村東雲の元での修業時代です。そこで「第五章 明治の風景」では、幼名の「光蔵」。「終章 鹿鳴館の華」で、実は「光蔵」は高村光雲だった、というわけです。

小説中の光蔵少年、かなりのおっちょこちょい(これも死語ですね(笑))で、いきなり往来に飛び出し、薩摩の兵にぶつかってあやうく斬られそうになったりしています。実際、『光雲懐古談』などで、光雲は自らをおっちょこちょいと評しており、そういうエピソードがあっても不思議ではないでしょう(笑)。

ただ、苦言を呈させていただければ、「光蔵」のルビが「こうぞう」になっていること。正しくは「みつぞう」です。右は『光雲懐古談』から。

余談になりますが、光太郎も本名は「みつたろう」。「みつぞう」の「みつ」を採ったわけです。のちに自ら「こうたろう」と名乗るようになりましたが。

そういう部分は差っ引いても、実に面白い小説です。官軍側が主人公ですが、旧幕側の土方歳三、小栗忠順らも気骨或る人物として描かれていますし。

ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

幸子さんくる、東芝のミキサー持参、13,000円のもの、10,000円に割引の由、

昭和30年(1955)4月10日の日記より 光太郎73歳

幸子さん」は、光太郎が戦前から行きつけにしていた三河島のトンカツ屋の娘。アルバイト的に光太郎が起居していた貸しアトリエの片付け等に訪れていました。

東芝のミキサー」は下のようなものだったと思われます。

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12月3日(土)、花巻高村光太郎記念館さんでの、企画展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の展示解説動画撮影を終え、市街に戻りました。

宿泊先は在来線花巻駅前の商人宿。なんだかんだでここに泊まるのも7、8回目でしょうか。このブログを始めてからも5回目です。
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チェックインし、一休みした後、道路を挟んで向かいのグランシェール花巻さんへ。
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改装中ということで、シートに覆われていました。

来年2月14日(火)、こちらに隣接するなはんプラザさんでのイベントの打ち合わせ。詳細はまた後ほどご紹介いたしますが、主催は太田地区振興会さん。「太田地区」というのは、光太郎が戦後の7年間、蟄居生活を送った旧太田村です。宮沢賢治実弟の清六の令孫・和樹氏と当方で、賢治と光太郎の接点、光太郎の花巻疎開の経緯などについて、2時間近くの公開対談。そこで、太田地区振興会の役員の方々、和樹氏も交え、夕食を頂きながら打ち合わせでした。

翌朝チェックアウトし、あいにくの雨の中、レンタカーを北に向けました。目指すは盛岡の西に位置する雫石町です。

花巻高村光太郎記念館さんでは、開催中の企画展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」と並行して、花巻市内の他の文化施設4館との共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」で、『高村光太郎の「開拓に寄す」』と題し、光太郎と開拓農民たちとの交流などをテーマにしたミニ展示を行います。

メイン展示物は、最近寄贈された、昭和25年(1950)に旧太田村で蟄居中だった光太郎が作った詩「開拓に寄す」の光太郎直筆高を精密印刷したもの。光太郎も参加し、盛岡市に於いて開催された岩手県開拓五周年記念の開拓祭で参会者に配付されました。当時としてはなかなかの出来で、直筆と見まごうものです。そこで、テレビ東京さん系の「開運!なんでも鑑定団」に、同じものが出たことがあります。依頼人は直筆と信じていたようで……。しかし、印刷ということで1万円ほどでした。また、以前に寄贈されたものは令和元年(2019)から翌年にかけ、花巻市総合文化財センターさんで展示されました。

で、雫石町に、やはり同じ書をブロンズパネルに写して嵌め込んだ石碑があるという情報を得まして、この際だから見ておこうと思った次第です。

東北自動車道を盛岡ICで降り、北西方向へ。目指すは長山地区の開拓記念公苑というところ。岩手山の山麓というか中腹というか、そんな感じです。

途中に有名な小岩井農場さんがありました。そういえば、賢治ゆかりの地です。
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当方、学生時代に訪れたことがあり、懐かしく思いました。もっとも、今回は立ち寄りはしませんでしたが。

このあたりから雨は霙まじりとなりまして、やがて……。
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さらに北上して開拓記念公苑に近づくと完全に雪。それも大雪となりましたが、ともかく到着。
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一帯は民家もほとんどありません。なぜこんなところに公園的なスペースを造ったのか、という感じでした。

公苑内には多くの石碑や石仏が。
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目指す碑は、「戦後開拓50周年記念」という名称でした。
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平成7年(1995)の竣工のようです。

光太郎詩「開拓に寄す」のブロンズパネル。
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「おお」という感じでした。

この詩の中の一節を写した碑は、光太郎が蟄居生活を送っていた旧太田村にも建てられています。前日に撮っておいた写真。
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「太田開拓十周年記念」碑。昭和51年(1976)の建立です。

さて、開拓記念公苑には「拓魂」碑という碑もありまして、昭和45年(1970)にこの碑が造られたのがこの公苑の始まり的な……。こちらは開拓25周年記念だそうで。
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碑の裏面に、やはり光太郎詩「開拓十周年」のブロンズパネル。
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「開拓十周年」は、昭和30年(1955)の作。やはり盛岡で開催された記念式典に寄せて作られた詩で、5周年の「開拓に寄す」同様に光太郎筆跡を写した印刷物が配布されたそうです。そこからさらにこの碑面を作ったのでしょう。

この詩の印刷物は県外の開拓関係者にも配付されたそうで、現在の福島県南相馬市小高地区には、この詩を読んで感激した平田良衛という人物によって、配付されたその年(昭和30年=1955)にこの詩の全文を刻んだ碑が建てられました。ただ、筆跡は地元の書家のもので、おそらく碑に写すことも光太郎の許可を得ていなかったのではないかと思われます。まぁ、それでも光太郎生前に建てられた数少ない光太郎詩碑の一つということにはなるのですが。

二つの詩とも、「開拓」とまでは行かないものの、太田村の山小屋前に畑を開墾し、まがりなりにも農業に取り組んで野菜類はほぼ自給していた光太郎の作だけあって、実体験に基づいた具体的な記述がなされています。光太郎が蟄居生活を始めた後、山小屋近くに開拓地がひらかれ、そこの住民とも親しく接した光太郎は、彼らから聞かされたの体験談も盛り込んだのでしょうし。決して机上で生まれた詩ではないということです。そこで開拓関係者たちの心を揺り動かしたのでしょう。

そういえば、光太郎と親しく交流していた画家の深沢省三・紅子夫妻子息の故・竜一氏が開拓に携わり、昭和25年(1950)の1月には、光太郎が雫石の氏のお宅に2泊しています。その際には好物の牛乳を一升も飲んだそうで(笑)。場所的には旧西山村、この公苑のある長山地区もかぶります。光太郎もこの辺に来たんだなぁ、と、感慨深く思いました。

雪の開拓記念公苑を後に、下山。やはり小岩井農場近くで霙、さらに下ると雨。岩手山、おそるべしでした(笑)。

盛岡駅前でレンタカーを返却、帰途に就きました。
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さて、共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」は12月10日(土)から。並行しての企画展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」は開催中です。ぜひ、花巻高村光太郎記念館さんまで足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

先日来食事は中西夫人が作りくれる、 ひるワラサ切身2 ヒジキ、


昭和30年(1955)4月17日の日記より 光太郎73歳

昭和27年(1952)の帰京後も、基本的に自炊していた光太郎ですが、宿痾の肺結核のため、そろそろ自炊も不可能になりつつありました。「中西夫人」は起居していた貸しアトリエの大家さんです。

一昨日、昨日と、一泊二日で岩手に行っておりました。レポートいたします。

12月3日(土)、新花巻駅に正午頃到着。
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待合室兼観光案内スペース。
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花巻東高校出身の大谷翔平選手コーナー。
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午後2時から花巻高村光太郎記念館さんで、現在開催中の企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の展示解説をせよ、ということで、駅でレンタカーを借り、市内太田地区方面へ。

まだ時間が早いので、記念館にほど近い道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんへ。
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産直コーナーの中に、光太郎関連グッズ等のスペース。
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少し離れたところで、先頃発売され始めた新商品「こうたろう&ちえこ ブランデンブルグの森」が販売されていました。それから、「智恵子のレモンキャンディ」も。
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無料休憩スペース的な一角に、今夏、道の駅に隣接して作られたガソリンスタンド「リベルタはなまき西南SS」のオープン記念で、スタンドを経営する冨士見総業さんから寄贈された光太郎賢治関連書籍等のコーナー。
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その脇では、「宮沢賢治と俳句」というミニ展示。
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花巻俳句協会さんの肝煎りのようでした。
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さて、花巻高村光太郎記念館さんへ。

といっても、まずは記念館ではなく、敷地内の高村山荘。光太郎が戦後の7年間を過ごした山小屋です。套屋に覆われたこの山小屋内に光太郎の魂の分霊がいまも居るような気がしていまして、「光太郎先生、また来ました」とご挨拶。今年3回目ですが(笑)。
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既に雪が降ったのですが、まだ根雪になってはいません。
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そして記念館。
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早速、展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」を拝見。
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昨今のこの手の展示で流行ですが、大きなタペストリーが実に効果的です。等身大(より小さいのですが)光太郎パネルも。こちらは以前に作られたものの使い回しです。
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そうこうしているうちに市役所の皆さんがご到着。当方のべしゃくる解説を録画し、YouTubeで配信するそうで、光太郎の生涯を俯瞰しつつ、関連するパネル展示ごとにシナリオを考えて喋りました。

図録、とまではいきませんが無料で配付の冊子。
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前半部分は当方の執筆です。配信動画用に喋った内容もこちらとかぶっています。
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というわけで、「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」、期間が長く来年3月21日(火・祝)まで。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

夜新宿天兼といふにて天ぷら夕食、車で往復<天兼といふ家中々上等、>


昭和30年(1955)4月9日の日記より 光太郎73歳

天兼」さん、現在も新宿に健在です。おそらく再訪したいと思ったのでしょうが、残念ながら宿痾の肺結核のため、この日が生涯最後の外食(入院食は除きます)となったようです。

昨日から一泊二日で岩手県花巻市に来ております。

花巻高村光太郎記念館さんで11月23日(水)から開催されている企画展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の展示解説をYouTubeで配信するというので、その収録がメインでした。

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さらに夕方からは、花巻市街で来春行われるイベントの打ち合わせ。

今日は雫石町まで足を伸ばします。詳しくは帰りましてから。

光太郎第二の故郷とも言うべき岩手県花巻市。市立の博物館等5館が統一テーマの元に行う共同企画展です。コロナ禍により、2年ぶりの開催となります。

令和4年度共同企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」

市内の文化施設である、花巻新渡戸記念館、萬鉄五郎記念美術館、花巻市博物館、花巻市総合文化財センター、高村光太郎記念館の5館が連携し、統一テーマにより同一時期に企画展を開催します。

期 日 : 2022年12月10日(土)~2023年1月22日(日)

統一テーマ 「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」

花巻新渡戸記念館  テーマ「新渡戸稲造の父・十次郎」
 新渡戸稲造の父であり、十和田市の開拓などに貢献するも、若くしてこの世を去った新渡戸十次郎の生涯を紹介します。

萬鉄五郎記念美術館  テーマ「歌人・小田島孤舟展」
 花巻市東和町出身の歌人・小田島孤舟は石川硺木らと共に活躍した「岩手歌壇の父」であり、同級生であった萬鉄五郎とも生涯を通じて交友がありました。本展では、孤舟の作品と生涯を巡るほか、萬鉄五郎との関わりにも焦点を当てて紹介します。

花巻市博物館  テーマ「山の暮らし」
 総面積の半分以上を山林が占める花巻市には、山を生業の場とし、山と暮らしてきた人々がいます。
本展では、その人々が使用した様々な道具やかつての写真などから、花巻での山の暮らしに迫ります。

花巻市総合文化財センター  テーマ「早池峰の花を紹介した人々-早池峰植物研究小史-」
 幕末に植物採集の指導や学術発表を行ったロシア人植物学者マキシモビッチや、その指導を受け早池峰山の植物採集を行った須川長之助など、早池峰山の植物研究に関わってきた先人の足跡をたどります。

高村光太郎記念館  テーマ『高村光太郎の「開拓に寄す」』
 「開拓に寄す」は、高村光太郎が昭和25年に盛岡市で行われた岩手開拓五周年記念開拓祭に寄せた詩です。今回の企画展は寄贈資料「開拓に寄す」とともに、関係資料の展示を行います。

協賛館
宮沢賢治記念館、宮沢賢治イーハトーブ館、宮沢賢治童話村、石鳥谷農業伝承館、
石鳥谷歴史民俗資料館、早池峰と賢治の展示館

ぐるっとまわろう!スタンプラリー
 共同企画展の会期中、開催館5館のうち3館のスタンプを集めた方に記念品を差し上げます。さらに、開催館5館すべてといすれかの協賛館1館の計6個スタンプを集めた方には、さらに記念品を差し上げますので、この機会にぜひ足を運んでみてください。

 今回の開催館5館すべてをバスに乗って一日で巡るツアーです。参加料、入館料ともに無料!!(注 昼食代は自己負担)さらに各企画展の担当者が解説をしてくれます。
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高村光太郎記念館さんでは、『高村光太郎の「開拓に寄す」』。

「開拓に寄す」は、昭和25年(1950)、花巻郊外旧太田村に蟄居中だった光太郎が作った詩の題名です。11月9日作で、翌日から3日間の日程で、光太郎も参加し、盛岡市に於いて開催された岩手県開拓五周年記念の開拓祭に寄せて作られた詩です。当時、岩手県開拓者連盟の仕事をしていた紫波町出身の藤原嘉藤治(生前の宮沢賢治の親友)を通じ、光太郎に依頼があったと推定されます。

光太郎の詩稿を写真製版し、凸版印刷にしたものが参会者に配付され、光太郎生前には全文が活字になった記録が見あたりませんが、光太郎没後の昭和31年(1956)、光太郎実弟にして、家督相続を放棄した光太郎に代わって髙村家を嗣ぎ、後に鋳金分野の人間国宝となった豊周(とよちか)の編集になる詩集『典型以後』に収められました。

その凸版印刷にしたものは、令和元年(2019)に花巻市総合文化財センターさんで展示されましたが、また新たに寄贈され、それを中心に、他の開拓関係資料等も出すとのこと。例によって当方が説明パネルを執筆させていただきました。

高村光太郎記念館さんでは、11月23日(水)から他の企画展示「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」も開催されており、今回の『高村光太郎の「開拓に寄す」』は、それほどスペースを使わず、常設展示室の一角で行うのではないかと思われます。

今日から1泊2日で、当方、花巻に赴きます。「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の展示解説を動画配信するというので、その収録です。ついでに開拓関係で、雫石町まで足を伸ばして調査をして参ります。既に花巻でも初雪が観測されており、気合いを入れていかねばなりません(笑)。

皆様も是非どうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ラジオ東京の人くる、KRの今夕の智恵子抄放送のこと、夕方奥平さんくる、七時辞去、 ストーブ、 七時20分放送をきく 便 <放送は東山千栄子、可不可なし、>

昭和30年(1955)4月4日の日記より 光太郎73歳

「ラジオ東京」「KR」は、現在のTBSラジオさんです。女優の故・東山千栄子さんの「智恵子抄」朗読があったとのこと。

「智恵子抄」その他の光太郎詩にオリジナルの曲を付けて歌われている、シャンソン系歌手のモンデンモモさん。今年も「智恵子抄」がらみのコンサート等を京都都内で開催されてきましたが、今度は鳥取だそうです。

Art train 2022『藝術列車』プレイベントVol. 0.5

期 日 : 2022年12月4日(日)
会 場 : 日南町総合文化センター 鳥取県日野郡日南町霞785
時 間 : 12:30~
料 金 : 1,000円

日南町発の芸術の祭典が始まります。ピアノ・二胡 ・朗読とチェロ演奏・ビジュアル華道・パントマイム・シャンソン・イタリアオペラ・歌舞踊・神楽 など、 様々な藝術とのコラボレーションステージも予定しています。ユーチューブでのライブ配信も行います。
https://www.youtube.com/watch?v=2T0Df090SHk

第1部
 二胡演奏/山本佑佳 ヴィジュアル華道/Rosalia Belmondo パントマイム/魁士
 ピアノ演奏/中島巌 ヤングアーティストバレエ/岩佐久美子バレエスクール
 朗読とチェロで親しむ『徒然草』/和貝晴美・なりかわあきよ
第2部
 舞踊音楽劇 文藝ビジュアル『智恵子飛ぶ』
  歌舞踊/モンデンモモ ピアノ/田中幸子 チェロ/なりかわあきよ

第3部
 「シャンソン」 歌唱/松尾芳紀・森岡優子 ピアノ/田中幸子
 「わが太陽! カンツォーネ イタリアオペラの輝き」
   歌唱/若井健司 ピアノ/大山まゆみ

 ここに『たたら物語』生まれる!!
  歌舞踊/モンデンモモ ピアノ/中島巌 二胡/山本佑佳 日南神楽神光社
  華道/Rosalia Belmondo 
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お近くの方(遠くの方も(笑))、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

誕生日、 椛澤さんくる、クツ下、抹茶をもらふ、 カマクラの吉野秀雄さん夫人くる、ソーセージをもらふ、いろいろの話、 秋田の大野さんといふ女性くる、 奥平さんくる、ゐなりずしをもらふ、桑原さん加はり、三人と夜九時頃まで話、すしをくふ、ケーキをくふ、


昭和30年(1955)3月13日の日記より 光太郎73歳

明治16年(1883)生まれの光太郎、この日で満72歳となりました(すぐ上に「光太郎73歳」と書いているのは、数え年です)。しめしあわせてのことではないのでしょうが、ほぼ臥床している光太郎の見舞いを兼ねて、多くの人が誕生祝いに訪れました。

椛澤さん」は茶道家。「吉野秀雄さん夫人」は吉野登美子。元八木重吉夫人でしたが、八木が早逝した後、歌人の吉野秀雄と再婚しました。「奥平さん」と「桑原さん」は美術史家。「秋田の大野さん」だけは詳細が不明です。

プレゼントをいろいろもらい、しっかりバースデーケーキも食べたのですね(笑)。

2件、ご紹介します。

<BSフジサスペンス劇場>浅見光彦シリーズ22 「首の女」殺人事件

BSフジ 2022年12月2日(金) 12:00~14:00

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。
 光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は?宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは?浅見光彦が事件の真相にせまる!!

<出演者>
 中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作
 榎木孝明 野際陽子 ほか 
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006初回放映は平成18年(2006)。年に1、2回繰り返し再放送されています。

故・内田康夫氏による原作小説は昭和61年(1986)の刊行。智恵子の故郷・福島二本松も事件の舞台の一つということで、岳温泉、智恵子生家/智恵子記念館などでもロケが行われました。また、ドラマの中での設定は花巻ではありませんでしたが、花巻の旧高村光太郎記念館でも。

平成30年(2018)には、あさみさとる氏の作画で漫画化もされました。今夏にはカップリングの作品を変えて再刊されています。版元のぶんか社さんのサイトで紹介されたらこのブログで取り上げようと手ぐすねひいていたのですが(笑)、結局、同社のサイトには情報がアップされませんでした。新作ではないからかもしれません。

もう1件。ただし光太郎智恵子には直接関わらないと思われますが……。

中山秀征の楽しく1万歩!小京都日和「島根・津和野で風景画の絶景小道を行く」

BSイレブン 2022年12月6日(火) 20:00~20:58

★歩けば、そこかしこで懐かしい風景や人々の暮らしに出会える町、小京都。悠々たる歴史と文化に裏付けされた、私たち日本人のこころのふるさと。そんな素敵な町を、中山秀征さんが1万歩目指して歩きます! 小京都で身も心も健康に! さあ、出発です!

 第9回【“山陰の小京都”島根・津和野町】今回、中山さんが訪れた小京都は島根・津和野。山あいを流れる川に沿って細長く広がる町で、津和野藩の城下町として栄えました。武家屋敷が立ち並んでいた江戸時代の面影が残る風情ある街並みで、山陰の小京都といわれています。通り沿いの水路には色鮮やかな錦鯉が優雅に泳ぎ、穏やかな街の雰囲気を感じさせます。
 今回は、江戸時代の津和野の風景や文化が描かれた「津和野百景図」を手に街歩き。昔と今の風景を見比べながら、当時の名残を見つけていきます。
昔懐かしい蒸気機関車が展示してある津和野駅を出発した中山さん、早速、気になる看板の店を発見。「鯉の米屋」という名の通り、庭の池にはたくさんの鯉が。その数に圧倒されます。
 そして、古い武家屋敷や白壁の塀が美しい殿町に入ると、大きな門があった場所や橋のたもとにある松の木など、江戸時代の風景画との共通点を見つけて大興奮!また、無数に連なる鳥居の石段を登った坂上にある太皷谷稲成神社では、町を一望。さらに、文豪・森鴎外の旧家や、フランス人店主のお茶屋さんなど、町中をくまなく回ります。津和野名物の黒いいなり寿司も堪能!
 地元の方々と触れ合いながら、歴史が息づく津和野の町を歩きました。お楽しみに!

出演者 中山秀征  ナレーター 小島奈津子
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現在、文京区立森鷗外記念館さんで開催中の特別展「鷗外遺産~直筆原稿が伝える心の軌跡」で、新たに発見された光太郎から鷗外宛の長い書簡が展示されていますが、それを含む約400通もの各界から鷗外宛書簡が寄託された森鷗外旧宅/森鷗外記念館さんが取り上げられます。タイムリーですね。そういう話題になるかどうか微妙ですが。

同館、一度行ってみたいと思いながらまだ果たせていませんで、映像でどんなところなのか見てみようと存じます。皆様も是非ご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

電報局までゆきて盛岡美校の堀江赳氏に卒業式(明日)の祝辞を送る、「ビノチカシゲンイワテニミツ」といふもの、


昭和30年(1955)3月10日(木)の日記より 光太郎73歳

盛岡美校」は、花巻郊外旧太田村蟄居中に何度も訪れた岩手県立美術工芸学校。再上京後も毎年祝電を送っていましたが、この年が最後となりました。

電報局」はおそらく現在のNTT東日本中野ビル。起居していた貸しアトリエから直線距離で500㍍ほど。どうしても祝電を送らねばと、つらい身体をおしての約10日ぶりの外出でした。

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