千葉県佐倉市の志津図書館さん。毎月、佐倉市近隣エリアへの「マイクロツーリズム」と題し、館内の一角で近隣地域の歴史的スポット等をパネルや映像、関連図書等で紹介なさっています。

昨年10月が富里市七栄の「国登録有形文化財 旧岩崎邸末廣別邸」、11月で佐倉市下志津原と四街道市内に残る「旧軍施設の遺構」、12月には総武本線の駅でありながら秘境感漂う「JR南酒々井駅」を起点に、地酒・甲子正宗の醸造元である「飯沼本家」がそれぞれ紹介されました。

そして今月は「日本一短い鉄道 芝山鉄道「芝山千代田駅」を起点に、成田市三里塚記念公園」。

明治の初めから三里塚の地にあって、〝桜と馬の牧場〟として長い間多くの人々に親しまれてきた旧宮内庁「下総御料牧場」は、成田空港の建設に伴い昭和44年に栃木県塩谷郡高根沢町に移転しました。
園内には、我が国の畜産振興のパイオニアとして輝かしい足跡を残してきた御料牧場の名を永くこの地にとどめるため、旧御料牧場事務所を模して建設した「三里塚御料牧場記念館」があり、御料牧場の歴史、皇室と御料牧場の関わりについての資料、御料牧場の畜産機材などが保存・展示されています。
また、各国の大公使を招待する園遊会場、皇族の宿舎として使用された「三里塚貴賓館」、大平洋戦争開戦時に、皇族〈東宮:現在の上皇〉の使用を想定して建設された「防空壕(御文庫)」があります。
広い敷地にはマロニエの並木道が続き、三里塚ゆかりの水野葉舟、高村光太郎の文学碑などもあり、市民の憩いの場となっています。
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三里塚記念公園は、宮内庁の旧御料牧場があった場所に整備されています。そこからほど近い場所に、第一期『明星』時代からの光太郎の親友であった水野葉舟が移り住んだことから、大正末に光太郎も訪問、詩「春駒」を作りました。昭和52年(1977)には公園内に光太郎自筆稿を元にした詩碑も建立されています。

また、昨年には公園近くの三里塚コミュニティーセンターさんで、「春駒」の一節を冠した「三里塚の春は大きいよ! 三里塚を全国区にした『幻の軽便鉄道』」展も開催されました。

御料牧場だけあって、貴賓館や、戦時中にはやんごとなき方々のための防空壕も建設。そのあたりについても紹介されているとのこと。

こちらの展示、さらには三里塚公園さん自体も、ぜひ足をお運び下さい。

それにしても志津図書館さん、こうした地域の歴史をを掘り起こすミニ展示を毎月なさっているその姿勢には頭が下がります。全国の類似施設の方々、ご参考になさって下さい。

【折々のことば・光太郎】

午后自由国民社の人くる、花巻温泉のこと談話筆記七枚位、


昭和31年(1956)2月15日の日記より 光太郎74歳

花巻温泉のこと」は、「ここで浮かれ台で泊る/花巻」の題で、4月発行の『旅行の手帖』第26号に掲載され、9月には『ポケット四季の温泉旅行』に転載されました。

「花巻温泉」といいつつ、花巻温泉さんだけでなく、鉛温泉さん、大沢温泉さん、台温泉さんなどにも触れ、かつて花巻郊外旧太田村に蟄居していた際にたびたび訪れた各温泉の魅力や思い出を、楽しげに語っています。

この手の談話筆記、光太郎生涯最後のものとなりました。