期日的には少し先の話ですが、〆切りの日程が迫っておりまして……。
期 日 : 2022年1月29日(日)
会 場 : 花巻市生涯学園都市会館(まなび学園) 岩手県花巻市花城町1-47
時 間 : 午前10時30分から正午 まで
料 金 : 1,000円程度(材料代、保険料)
対 象 : 花巻市在住の小学生とその保護者5組(抽選)
注)きょうだいなどの場合は1名まで同行できます
注)きょうだいなどの場合は1名まで同行できます
締 切 : 1月6日(金)
高村光太郎にちなんだおやつを親子で作る講座です。そば粉を使ったカップケーキを作り、光太郎と食について学びます。
現在、花巻高村光太郎記念館さんで開催中の企画展「光太郎、つくりくふ。 光太郎の食 おやつ編」の関連行事です。
光太郎が昭和20年(1945)秋から、花巻郊外旧太田村の山小屋で始めた蟄居生活。光太郎は、米よりも入手しやすいそば粉を使ってパンを作ることを思いつきます。味噌を加え、重曹をいれて焼いてふくらませ、もらい物のバターや黒蜜などをつけて食べてみると、なんとも美味しかったようで、繰り返しこれを作って食べていました。
講師はやつかの森LLCの皆さん。道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント、ミレットキッチン花(フラワー)さんで毎月15日に限定販売中の豪華弁当「光太郎ランチ」や、花巻のタウン誌『花巻散歩Machicoco(マチココ)』さんに連載中の「光太郎レシピ」のメニュー考案をなさっている方々です。それらでもそば粉のパンは取り上げられていました。
対象は花巻市内ご在住の方に限るようですが、他の自治体等の皆さん、こういう取り組みもあるよ、ということで、ご参考までに。
明日もグルメ系の話題をご紹介します。
【折々のことば・光太郎】
宮崎丈二氏くる、「花霞」売出しの木版びらを持参、大正十二年のものらし、
「宮崎丈二」は詩人。この頃、よく光太郎が起居していた貸しアトリエを訪れていました。「「花霞」売出しの木版びら」は、関東大震災直後、光太郎が智恵子の実家の福島長沼酒造から銘酒「花霞」を取り寄せ、にわか酒屋を始めた際に撒かれたものです。

宮崎がどうやってこんな古いものを入手したのか、そのあたりは謎ですが。申 込 : 定員をこえる場合は抽選となります。
定員に達しない場合は、定員に達するまで引き続き募集いたします。
定員に達しない場合は、定員に達するまで引き続き募集いたします。
次のいずれかの方法でお申し込みください。
花巻市生涯学習課(0198-41-3587)へお電話ください。
専用申込フォームへアクセスし、必要事項をご入力のうえ、ご送信ください。
高村光太郎にちなんだおやつを親子で作る講座です。そば粉を使ったカップケーキを作り、光太郎と食について学びます。

光太郎が昭和20年(1945)秋から、花巻郊外旧太田村の山小屋で始めた蟄居生活。光太郎は、米よりも入手しやすいそば粉を使ってパンを作ることを思いつきます。味噌を加え、重曹をいれて焼いてふくらませ、もらい物のバターや黒蜜などをつけて食べてみると、なんとも美味しかったようで、繰り返しこれを作って食べていました。
講師はやつかの森LLCの皆さん。道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント、ミレットキッチン花(フラワー)さんで毎月15日に限定販売中の豪華弁当「光太郎ランチ」や、花巻のタウン誌『花巻散歩Machicoco(マチココ)』さんに連載中の「光太郎レシピ」のメニュー考案をなさっている方々です。それらでもそば粉のパンは取り上げられていました。
対象は花巻市内ご在住の方に限るようですが、他の自治体等の皆さん、こういう取り組みもあるよ、ということで、ご参考までに。
明日もグルメ系の話題をご紹介します。
【折々のことば・光太郎】
宮崎丈二氏くる、「花霞」売出しの木版びらを持参、大正十二年のものらし、
昭和30年(1955)11月6日の日記より 光太郎73歳
「宮崎丈二」は詩人。この頃、よく光太郎が起居していた貸しアトリエを訪れていました。「「花霞」売出しの木版びら」は、関東大震災直後、光太郎が智恵子の実家の福島長沼酒造から銘酒「花霞」を取り寄せ、にわか酒屋を始めた際に撒かれたものです。
