新刊情報です。 
2018/09/13  髙橋秀紀著 歴史春秋社 定価1,800円+税

智恵子の母親「セン」は、私生児として貧しい母子家庭に生まれ、子守や女中をしながら成長して結婚し、やがて母と養父が始めた造り酒屋を相続し二代目となった。酒屋は繁盛して豪商となり、「セン」は八人もの子宝に恵まれ、子供達には高等教育をして、なに不自由ない極楽のような生活ができた。だが、養父や夫が亡くなり息子の代になると、世間の不景気もあって酒屋が倒産した。(あとがきより)
000



目次 
 第1章 父なし子 
 第2章 結婚 
 第3章 成長する酒造店 
 第4章 人生の天国 
 第5章 繁栄の中で 
 第6章 忍び寄る暗い影 
 第7章 酒造店の倒産 
 第8章 流浪の身 
 第9章 人生の地獄 
 第10章 六道の世を生きて 

智恵子の母・長沼セン(明治元年=1868~昭和24年=1949)を主人公とした小説です。

これまでに智恵子を主人公とした小説は複数刊行されていますが、センを主人公としたものはおそらく初めてではないでしょうか。

過日、小平市平櫛田中彫刻美術館さんでの企画展「明治150年記念特別展 彫刻コトハジメ」の拝観、吉村昭記念文学館さんでの「第2回 トピック展示「津村節子『智恵子飛ぶ』の世界~高村智恵子と夫・光太郎の愛と懊悩~」の拝観のため上京した折、行き帰り、それから移動中の車内で一気に読み終えました。

おおむね史実に基づき(あえて史実と反する内容にした箇所も見られますが)、センとセンを取り巻く人々が実に生き生きと描かれています。ある意味、智恵子実家の長沼酒造興亡史とも言えます。

評伝の形式で智恵子の生涯にスポットを当てた、松島光秋氏著『高村智恵子―その若き日―』(永田書房 昭和52年=1977)、佐々木隆嘉氏著『ふるさとの智恵子』(桜楓社 昭和53年=1978)、伊藤昭氏著『愛に生きて 智恵子と光太郎』(歴史春秋社 平成7年=1995)などが先行しますが、小説の形式で描くことで、その時々の人々の思いがより鮮明に浮き彫りにされ、なるほど、これが小説の強みだなと思わせられる箇所が多くありました。

特に最終章で、追われるように後にした油井村(現・二本松市)を久しぶりに訪れ、長沼酒造の破産や智恵子をはじめとする子供たちの不遇な死を嘆くセンを、菩提寺である満福寺の住職が諭し、それによって救われた気持ちになれるシーンなど。

先週、『福島民報』さんに紹介記事が出ています。

イメージ 2
ちなみに、昭和3年(1928)、箱根で撮られた光太郎智恵子夫妻とセンの写真。
003
版元サイトから注文可能です。ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

同君が人をやつつける時は、人をマイナスにするのでなくて、プラスにしようとあせつてゐるのがよく見えた。私の祖父は生粋の江戸人であつたが、自分の可愛がる人間を殊に口ぎたなく罵つたものである。「てめえのやうな役に立たずが……」などと人によく言つてゐた。

散文「大藤君」 昭和2年(1927) 光太郎45歳

「大藤君」は大藤治郎。大正15年(1926)に歿した詩人です。

可愛がる相手だからこそ、奮起を促すためにあえて厳しい叱責を与える、そういうことはよくあります。それも度を過ぎると昨今あちこちで問題になっているパワハラということになってしまうのでしょうが。