昨日は福島県の郡山市、それからいわき市に行っておりました。2回に分けてレポートいたします。

まずは郡山。市中心部の郡山市公会堂で開催された、「第2回朗読パフォーマンス声人(こえびと)LIVE ∞生きる∞」。を拝見して参りました。

イメージ 1



会場の郡山市公会堂は、建物自体が登録有形文化財に指定されています。こういう場所での公演というのもいいものだと思いました。

001

この手の建造物は、通常、入口の扉を開けるとホワイエ的な空間があるのですが、ここはそうではなく、いきなりホールなので、びっくりしました。

イメージ 5

今回、客席としては使用しませんでしたが、2階席もあったりして、これまたレトロでいい感じでした。

イメージ 6

会場後方には、書家の方が書かれたという「あどけない話」(昭和3年=1928)。

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

先月拝見に伺った「第38回日本教育書道藝術院同人書作展」でも感じましたが、書家の皆さん、光太郎詩からインスパイアを受けるというケースが多いようで、ありがたいかぎりです。

「ほんとの空」と安達太良山の水彩画も。

イメージ 12

ご出演は朗読パフォーマンス声人(こえびと)さん。郡山のコミュニティFM・ココラジでパーソナリティーを務められている宗方和子さんという方が代表で、宗方さんが講師を務められているカルチャースクールでの生徒さん達がメンバーだそうでした。

智恵子の故郷、二本松に近い郡山で、地元の方々がこうした公演をなさって下さるというのが非常にありがたいところです。

二部構成で、第1部は『朗読 アラカルト』、三つの作品から。ロバート・マンチ作「ラヴ・ユー・フォーエバー」――岩崎書店さんから刊行されている絵本です―――。斎藤隆介作「ベロ出しチョンマ」――今年の連翹忌で朗読をお願いした山田典子さんがご出演された朗読系の演劇公演「智恵子から光太郎へ 光太郎から智恵子へ ~民話の世界・光太郎と智恵子の世界~」でも取り上げられました。我が故郷・千葉県の義民・佐倉宗吾伝説を元にしています。そして、黒柳徹子さんの「窓ぎわのトットちゃん」からの抜粋。

以前にも書きましたが、公共交通機関に揺られている際に読むミステリーや時代小説などを除き、光太郎関係以外はあまり読まない当方にとって、こうした朗読系公演で、普段接しない作品に接するのは実に新鮮な感じです。また、出演者の方々の、一生懸命伝えようとする姿勢にも好感が持てます。

第2部が「ドラマリーディング  ロンド ~智恵子抄 雷火~」。「佐藤春夫原作」となっていまして、佐藤の『小説智恵子抄』を下敷きにはなさったのでしょうが、ほぼほぼオリジナルの脚本で、宗方さんの手になるものだそうでした。「雷火」は光太郎詩「おそれ」(大正元年=1912)中の「あなたの今言はうとしてゐる事は世の中の最大危険の一つだ/口から外へ出さなければいい/出せば即ち雷火である」から採られた一言です。ちなみにこのフレーズ、智恵子からの愛の告白を意味します。

明治末の光太郎智恵子の出会いから、昭和13年(1938)の智恵子の死(今年が歿後80周年です)までの、光太郎詩の朗読を中心に、二人の共棲生活の軌跡が描かれていました。説明に当たる部分は説明に終始せず、主に智恵子が母・センや親友・田村俊子に送った手紙を朗読するというかたちで説明し、うまい手法だな、と思いました。また、時間の経過と共に光太郎智恵子役の方が交代し(20代、結婚当初、智恵子晩年の頃と3組)、それで時間の経過を表すという手法も用いられ、面白い試みだなと思いました。

「ドラマリーディング」と銘打っていますので、出演者の皆さんは、基本的に台本片手に演じられていました。今年の1月に目黒で拝見した「MAIA STARSHIP朗読劇 いやなんです あなたのいってしまふのが −智恵子抄より」もそうでしたが、下手に暗記しようとしてかえって「こうだったっけ?」的に自信なさげになったり、間違いだらけの朗読やセリフ回しになったりするより、割り切って台本片手の方がずっといいと感じました。何より、出演者の方々の熱演あってのことですが。

ヤマ場では、ダンサー・橋本みなみさんがご登場。千々に乱れる智恵子の心を舞踊で妖しく表現。

イメージ 10

橋本さん、ベリーダンスがご専門だそうで、中東系の音楽に乗せての舞でしたが、壊れて行く智恵子がよく表現されていました。

最後は出演者全員で「あどけない話」の朗読。

イメージ 11

左から、柳敬助、智恵子晩年の頃の光太郎、青年期の光太郎、結婚当初の光太郎、智恵子の姪にしてその最期を看取った長沼(のち宮崎)春子、晩年の智恵子、智恵子の母・セン、結婚当初の智恵子、20代の智恵子、柳八重

後ろのスクリーンには、会場後方に展示されていた「あどけない話」の書と、安達太良山の水彩画が映り、心憎い演出でした。

終演後、出演者の皆さんによるお見送り。

イメージ 13

イメージ 14

この公演、郡山市の「ファミリーホームいぶき」さんで生活している子供たちの通学支援チャリティーを兼ねているとのことで、募金箱に募金をし、さらに、宗方さんと少しお話をさせていただきました。今後、二本松でのレモン忌や当会主催の連翹忌等でご縁が持てればと思っております。

その後、いわき市の草野心平記念文学館さんで開催中の「開館20周年記念 夏の企画展 宮沢賢治展 ―賢治の宇宙 心平の天―」へ。そちらについては明日、レポートいたします。


【折々のことば・光太郎】

基調としての季節感に裏うちされぬ日本文学といふものをあまり見なかつた。日本文学にとつて季節の感情ほど読者に直接にアッピイルし易い武器はなかつた事を意味する。日本特有のセンチメンタリズムには必ず背景として又基調として、月が冴えたり、花が散つたり、風鈴が鳴つたり、虫がすだくといふやうな「身にしみる」道具が具備する。

散文「日本の秋と文学」より 昭和6年(1931) 光太郎49歳

いわゆる「もののあはれ」。それはそれでいいとして、それだけにたよっている浅薄な文芸作品はいただけないというのです。同時に、自分は決してそんなものは書かないぞという表明でもありましょう。