まずは、今週末から始まる企画展情報です。 

特別展「生誕140年 与謝野晶子展 こよひ逢ふ人みなうつくしき」

期 日 : 2018年3月17日(土)~5月13日(日)
会 場 : 神奈川近代文学館 第2・3展示室 横浜市中区山手町110 港の見える丘公園内
時 間 : 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
料 金 : 一般600円(400円) 65歳以上/20歳未満及び学生300円(200円) 高校生100円
      中学生以下無料 *( )内は20名以上の団体料金
休館日 : 月曜日(4月30日は開館)

2018年は、歌人・与謝野晶子(1878~1942)の生誕140年にあたります。20世紀の幕開けの年、22歳の晶子が高らかに恋愛を謳いあげた第一歌集『みだれ髪』は、近代日本の文学界に大きな衝撃を与え、新しい詩歌の時代を切り拓きました。文学史上に燦然と耀くその魅力は、今なお褪せることはありません。本展では、現在も多くの読者に親しまれている晶子の2作品-『みだれ髪』と、晶子訳「源氏物語」を軸に、さまざまな晶子の貌を紹介します。
師であった与謝野鉄幹への恋を貫き、情熱の歌人として知られる晶子は、5男6女を育てた母親でもありました。一家の家計は晶子の筆が支えていたこともあり、歌人としてのみならず、詩、評論、小説、童話、古典研究など、さまざまなジャンルで幅広い執筆活動を行っています。明治、大正、昭和にいたる激動の時代のなか、文学者として、また一人の女性として、常に先駆的な立場で生き抜いた人生は、現代の私たちにも強いメッセージを投げかけています。
本展は、堺市博物館・さかい利晶の杜 与謝野晶子記念館をはじめ、多くのご関係の方々、団体にご協力を仰ぎながら、数々の貴重資料とともに、晶子の波瀾の人生を辿ります。

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関連行事

生誕140年 与謝野晶子展 記念イベント
 4月 7日(土) 講演会Ⅰ「『恋衣』そして晶子と古典」 講師:尾崎左永子
 4月21日(土) 講演会Ⅱ 「近代を創る―鉄幹晶子の五十年」 講師:三枝昻之
 5月 5日(土・祝) 講演会Ⅲ 「『みだれ髪』―もうひとつの読み方」  講師:今野寿美
 4月14日(土) 朗読会 与謝野晶子「新訳源氏物語」から「桐壺」「若紫」  出演:竹下景子

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ギャラリートーク
 会期中毎週金曜日 各日14:00~ 参加無料・申込不要(要展示観覧料)
 会場=展示館1階エントランスホール


光太郎に関わる展示や、関連行事の講演等でも光太郎がらみのお話などがあるかと存じます。ぜひ足をお運びください。


いろいろ紹介すべき事項が重なっておりまして、もう少し。続いてはラジオ放送の情報です。 

NHKカルチャーラジオ 文学の世界 「詩と出会う 詩と生きる」  【今を生きる詩~高村光太郎と柳宗悦のまなざし】

NHKラジオ第2放送003
 2018年3月15日(木) 午後8:30~午後9:00(30分)
 再放送3月22日(木) 午前10時00分~ 午前10時30分

講師 : 若松英輔

彫刻家・高村光太郎(1883~1956)は言葉によって生気を写し取ろうとした詩人だといえるかも知れません。戦後7年間、岩手県花巻の郊外で独居生活中、彫刻を作りません。彼は触覚を超えるものと静かな対話を続けたのでしょう。一方、民芸運動を率いた柳宗悦(1889~1961)は優れた宗教哲学者でもありました。彼は詩人の作品に刺激されながら詩作を独特に進化させます。


テキストが既に発売されており、過日のこのブログでご紹介しました。

批評家・随筆家の若松英輔氏による「詩と出会う 詩と生きる」。毎回一つのテーマで近現代の「詩人」の作品を取り上げ、その背景に迫ります。

若松氏の定義では、「詩人」の幅が広く、今回光太郎とともに取り上げられる柳宗悦などは、通常、詩人の範疇に入りませんが、「広い意味での「詩」の作品を残している人々」だそうです。


続いて、訃報を1件。

国文学者の平岡敏夫氏死去

 平岡 敏夫氏(ひらおか・としお=国文学者、詩人)5日午後0時27分、肺不全のため東京都内の病院で死去、88歳。
 香川県出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻豊子(とよこ)さん、長男可奈之(かなし)氏。
 筑波大教授、群馬県立女子大学長などを歴任。北村透谷や夏目漱石をはじめとする日本近代文学研究で知られ、著書に「日露戦後文学の研究」「佐幕派の文学史」など。詩集も多く残した。


かつて至文堂さんから発行されていた雑誌『国文学解釈と鑑賞』の第41巻第6号(昭和51年=1976)「―特集 高村光太郎その精神と核―」に「国家と天皇と父と」、第63巻第8号(平成10年=1998)「特集 高村光太郎の世界」には「作品の世界『智恵子抄』」という論考を発表されるなど、光太郎に関するご著作もありました。平成27年(2015)に思潮社さんから刊行された『平岡敏夫詩集』にも、光太郎論が掲載されていました。


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連翹忌にも、5回ほどご参加下さっていました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

書はあたり前と見えるのがよいと思ふ。無理と無駄との無いのがいいと思ふ。力が内にこもつてゐて騒がないのがいいと思ふ。悪筆は大抵余計な努力をしてゐる。そんなに力を入れないでいいのにむやみにはねたり、伸ばしたり、ぐるぐる面倒なことをしたりする。良寛のやうな立派な書をまねて、わざと金釘流に書いてみたりもする。書道興つて悪筆天下に満ちるの観があるので自戒のため此を書きつけて置く。

散文「書について」より 
昭和14年(1939) 光太郎57歳

昨日と同じ文章から、今日は末尾の部分です。通常、このコーナーでは同一作品から2箇所以上採ることはしていないのですが、今回は例外。書の世界でも大きな足跡を残した光太郎の書論が非常に鮮明に表されていますので。