いずれも開催中の企画展です。

コレクション企画展 みんなの美術室

期 日  : 2018年1月2日(火) ~ 2月5日(月)
会 場  : 島根県立美術館 島根県松江市袖師町1-5
時 間  : 10:00~18:30
料 金  : 一般 500(400)円 大学生 300(240)円  小中高生 無料
        ( )内は20名以上の団体料金
休館日  : 火曜日

島根県立美術館が所蔵する版画・油彩・彫刻を中心に、<かたち><いろ><構成>や<技法><材料>など、美術をめぐるさまざまな要素について紐解きながらご紹介します。作品とともに分かりやすい資料をあわせて展示し、美術の基本を楽しく学ぶことができます。また、クイズパネル「アート7つのなぞ」やワークシート、持ち帰りできる鑑賞ガイド(小冊子)「‘みんなの’美術資料集」などもご用意し、子どもも大人も美術に親しんでいただける工夫がいっぱいの展覧会です。

イメージ 1


というわけで、ポスター、チラシにドーンと光太郎の「手」。

関連行事として、1月28日(日)には、「館長の特別授業」だそうで、同館の長谷川三郎館長が、「手」に就いて語られるとのことです。

お隣広島の呉市立美術館さんで開催中の「開館35周年記念 呉市立美術館のあゆみ展」でも、「手」が出ています。ブロンズの場合、同一の型から取った同じものが複数存在する場合があるので、実は「手」は全国にいくつあるかわからないほど多くあります。光太郎生前に鋳造されたものはおそらく3点しか確認できていませんが。


もう1件。こちらは光太郎ハガキが展示されています。

画家の手紙 制作と友への思い

期 日 : 2017年12月23日(土)004~2018年1月28日(日)
会 場 : 調布市武者小路実篤記念館
       東京都調布市若葉町1-8-30
時 間 : 午前9時から午後5時まで
料 金 : 大人(高校生以上)200円、小・中学生100円
      市内在住の65歳以上は無料
      市内在住・在学の小・中学生は土曜日は無料
休館日 : 月曜日

実篤と交流のあった画家達の手紙から、画家ならではの視点や、個性豊かな書き文字の魅力をご紹介します。
武者小路実篤が学習院の友人と共に創刊した同人雑誌「白樺」は、文学だけではなく、美術も積極的に取り上げ、当時日本ではあまり知られていなかったロダンやゴッホを紹介したほか、美術展覧会も催し、美術を志す若者達に大きな影響を与えました。
「麗子像」などで知られる岸田劉生は、実篤との出会いを「第二の誕生」と表すほど強く感化されました。劉生から実篤に宛てられた手紙には、遠く離れた場所に住む実篤に「会えなくて淋しい」という、友への熱い思いが込められています。また実篤の著作「友情」の装幀を依頼されて「君の出す本は皆僕にさせてもらへバ光栄と思っている」と書いたり、実篤の著作を読んで自分の作品への意欲がかき立てられたことなどもつづられ、お互いに自分の仕事を高め合う関係であったことが伺えます。
当館には他にも、河野通勢、木村荘八、梅原龍三郎、安田靫彦、福田平八郎など日本近代絵画を代表する様々な画家の手紙が数多く所蔵されており、実篤との深い交流の様子や、制作への思いをみることが出来ます。本展覧会では、こうした手紙を取り上げ、画家ならではの言葉や視点、手紙の文言から見えてくる関係性、普段余り目にすることのない画家たちの個性豊かな文字の面白さについて着目します。彼等が手がけた装幀や挿絵も併せてお楽しみください。


画家ではありませんが、光太郎の葉書(昭和23年=1948)も出ています。

イメージ 3

確認できている、唯一の武者小路宛て書簡です。当方、7年ほど前に現物を見せていただきました。娘婿の武者小路穣が花巻郊外太田村の山小屋を訪れた件、武者主宰の雑誌『心』の件などが書かれ、「新しい村30年記念展覧会」に彫刻を出品するよう依頼がありながら難色を示したりもしています。

それぞれぜひ足をお運びください。


ところで、太田村の山小屋といえば、『朝日新聞』さんの土曜版。「みちのものがたり」という連載があり、今日は「高村光太郎「道程」」というタイトルで、太田村の山小屋(高村山荘)が紹介されます。昨年暮れに高村山荘、それから隣接する高村光太郎記念館さんを訪れた際、取材が入ったことを教えていただきました。先週出た予告では「次回は、高村光太郎「道程」。妻・智恵子を亡くした後、多くの戦争協力詩を発表し、戦後は岩手県に蟄居(ちっきょ)した芸術家の人生の道程をたどります。」とのこと。

7時46分追記 こんな感じでした。

イメージ 4



【折々のことば・光太郎】

如何なる新しいイズムも結局絵画が絵画を忘れては其れが何だ。画技そのものに具象して惻々人に逼るもの、其れが無くて何の絵画だ。

散文「七つの芸術」中の「一 絵画について」より
 昭和7年(1932) 光太郎50歳

この一節の少し前には「少し進んだ連中でも、気韻とか情趣とか、「何とも言へませんな」式の気分を喜ぶ。そこでずるい画家の思はせぶりにだまされる。」という部分もあります。

小手先の技術におぼれ、本質を追究しない多くの画家、そしてそれに踊らされる人々への警句です。