写真系の展覧会情報です。情報を得るのが遅れ、既に始まっています。

高橋昌嗣展 文士の逸品 物から物語へ。002

期   日 : 2017年10月21日(土)~10月28日(土)
会   場 : アートスペース煌翔 
       東京都杉並区南阿佐ヶ谷3-2-29
時   間 : 11:00~19:00
料   金 : 無料

写真家・高橋昌嗣さんが撮影してきた、文士たちの愛用品の写真展。

元になったのは、雑誌『文藝春秋』に連載された「文士の逸品」(1997年7月号〜2001年9月号連載)で撮影されたもの。いま『サライ.jp』で「漱石と明治人のことば」を連載中の文筆家・矢島裕紀彦さんとの二人三脚の取材で、その後、同タイトルの単行本として一冊に纏まった。

山口瞳の帽子、向田邦子のシャツジャケット、金子みすゞの手帳、中山義秀のハガキ、芥川龍之介のマリア観音像、小泉八雲の蛙の灰皿、佐佐木信綱の風帽、椎名麟三の鉛筆削り、田山花袋の版木、西田幾多郎の人形、有吉佐和子の三味線、川端康成の土偶、森鴎外の双六盤、斎藤茂吉のバケツ、志賀直哉の杖、与謝野晶子の訪問着、井上靖の靴、坂口安吾のストップウオッチ、梶井基次郎の鞄、北原白秋の硯箱、尾崎放哉のインク瓶、壺井栄の姫鏡台、寺山修司の人形、樋口一葉の櫛、田中英光の本、岡本かの子のロケット、萩原朔太郎のギター、高村光太郎の長靴、中勘助の匙、野上彌生子の伎楽面、谷崎潤一郎の長襦袢、山本有三の戸棚、泉鏡花の兎の置物、幸田露伴の煙管……これでもまだ、展示作品の半分にも満たない。

時として数々の作家達に創作の情熱を与えたり、時には折れそうな心を支えたりもしたであろう愛用品たちの姿は、作品からは伺えない文士たちの“人間”としての存在を、問わず語りに伝えてくれる。


同タイトルの単行本」は、文藝春秋社さんから平成13年(2001)に刊行されています。

光太郎の長靴は、おそらく、花巻高村光太郎記念館さんの所蔵003のものでしょう。身長180㌢超と、当時としては大男だった光太郎、手足も並外れて大きく、足のサイズも30㌢超だったそうです。そのあたり、手前味噌になりますが、平成24年(2012)にTBSサービスさん刊行の『爆笑問題の日曜サンデー 27人の証言』中の、当方の談話筆記「光太郎の足は三十センチあった⁉」でご紹介しております。

右の画像は、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため再上京した、昭和27年(1952)のもの。それまで蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村で、農作業の際に履いていたであろう長靴で、かまわず東京の街に現れました。

その後も、長靴に国民服というこの出で立ちで都内を闊歩(美術展などにも)、「あら、高村光太郎よ」と奇異の目で見られたそうですが、全く気にしなかったとのこと。さすがです(笑)。

光太郎の長靴以外も、「斎藤茂吉のバケツ」だの「坂口安吾のストップウオッチ」だの、「何じゃ、そりゃ?」というものがたくさんありますね(笑)。しかし、そいうったものにも、それぞれのドラマがあるのでしょう。

ぜひ足をお運び下さい。


【折々のことば・光太郎】

二つに割れた世界の間に挟まる者に 一九五〇年は容赦もなからう。 白く冷たく雪に埋もれた正月を 東北は今どんな決意で迎へる気だ。

詩「一九五〇年」より 昭和24年(1949) 光太郎67歳

仙台に本社を置く地方紙『河北新報』の、翌年元日号のために書かれた詩です。そこで、「東北は今……」となっているわけです。「二つに割れた世界」は東西冷戦を指します。

あと2ヶ月ちょっとで、2018年です。自公連立与党の圧勝に終わった衆議院選挙を経て、新聞紙上ではもはや既定路線のように「改憲」の文字が目立ちます。2018年、どうなることやら、ですね。

ところで、今回の選挙でも、福島の原発事故の処理もまだ終わらないというのに、エネルギー政策がまったくといっていいほど争点に上らなかったように思います(選挙区によってはそうでもなかったのかも知れませんが)。果たして、それでいいのでしょうか……。