光太郎の母校・東京藝術大学大学美術館さんからの情報です。

東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!

期 日 : 第1期:2017年7月11日(火)~8月6日(日)
      第2期:2017年8月11日(金)~9月10日(日)
会 場 : 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、3、4 東京都台東区上野公園12-8
時 間 : 午前10時 - 午後5時 7月11日(火)は午後6時まで開館
休館日 : 毎週月曜日(7月17日、8月14日は開館)、7月18日
料 金 : 一般 800円 (600円)  高校・大学生 500円 (400円)
       ( )内は20名以上の団体料金

東京藝術大学は今年、創立130周年を迎えます。これを記念し、大規模なコレクション展を開催します。
東京美術学校開設以来、積み重ねられてきた本学のコレクションは、国宝・重要文化財を含む日本美術の名品ばかりではなく、美術教育のための参考品として集められた、現在では希少性の高い品々や、歴代の教員および学生たちが遺した美術学校ならではの作品が多くあることが特徴となっています。
本展では、多様なテーマを設けて、すでに知られた名品だけでなく、これまで日の目を見ることの少なかった卒業制作などの作品、模写、石膏像や写真・資料類にもスポットをあてることによって、藝大コレクションの豊富さ、多様さ、奥深さをご紹介します。また、近年の研究成果を展示に反映させ、コレクションに新たな命を吹き込まれていくさまもご覧いただきます。
いったい何が飛び出すか、予測不可能な藝「大」コレクション展。どうぞご期待ください。

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関連行事

シンポジウム「藝大コレクションと美術教育」
 日時:7月11日(火)18:00~19:30(開場17:30)
 会場:東京藝術大学美術学部中央棟1階、第1講義室
 参加方法:直接会場へお越しください。(事前申込不要、先着180名)
 パネリスト:保科豊巳(本学理事)、日比野克彦(本学美術学部長)、
        秋元雄史(本学大学美術館館長)、
千住博(日本画家)、
        古田亮(本学大学美術館准教授)
パンドラトーク
 本学教員を中心とした多彩なゲストが、作品を解説・紹介します。
 7月14日(金)北郷悟(本学美術学部彫刻科教授)「ラグーザの彫刻作品について」
 7月22日(土)O JUN(本学美術学部絵画科教授)「私の自画像」
 8月26日(土)木島隆康(本学大学院美術研究科教授)「油絵の修復」
 9月2日(土)小山登美夫(ギャラリスト・明治大学国際日本学部特任准教授)
        「ギャラリストからみた藝大生」
 9月 9日(土)佐藤道信(本学美術学部芸術学科教授)「藝大の130年」
 9月10日(日)桂英史(本学大学院映像研究科教授)「映像作品の現在」
 集合場所:東京藝術大学大学美術館地下2階 展示室2
 開始時間:各回とも14:00(開場13:30)
 所要時間:1)~3)は約45分 4)~6)は約90分
 参加方法:直接地下2階展示室2へお越しください。(事前申込不要、先着100名)
 ※ただし当日の観覧券が必要です。
 ★各テーマ、所要時間は変更になる可能性がございます。

スペシャル・トーク 山口晃×古田亮 「ヘンな東京藝大」
 日時:8月19日(土)14:00~16:00(開場13:30)
 会場:東京藝術大学美術学部中央棟1階、第1講義室
 参加方法:当日13:00より、第1講義室前の受付にて整理券を配付します。先着170 名
 ※ただし、本展の観覧券(半券可)が必要です。


光太郎作品は、同校卒業制作の「獅子吼」(明治35年=1902)。ブロンズに鋳造されたものは、これまでも各地の企画展等でよく出ていましたが、今回は、「石膏原型一挙開陳」というコーナーで、鋳造前の石膏原型が展示されます。鋳造されたものも一緒に並ぶそうです。

光太郎が同校木彫科を卒業したのは明治35年(1902)7月(この後も研究科に残り、さらに同38年(1905)には西洋画科に再入学します)。卒業制作品の展覧会「東京美術学校生徒成績品展覧会」は、同校を会場に開催され、この際には今回展示される石膏原型が出品されています。ちなみに光太郎は第2位の成績でした。

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他に、創立130周年記念ということで、アーカイブ的なコーナーも設けられ、同校教授だった光太郎の父・光雲に関する展示もあります。

いずれもガラス乾板による展示で、「楠木正成像制作のための木型」、「高村光雲《松方正義像》制作のために撮影された本人の写真 」。

楠木正成像」は、皇居前広場に建っている銅像で、光雲が主任となり、美術学校総出で制作されました。その木型の完成記念に撮られた集合写真です。壮年期の光雲も写っています。

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「松方正義像」も光雲を主任として木型が作られました。こちらは何と、銅像ならぬ銀像として鋳造されています。

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ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、 限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。 わたくしをよぶ声をしきりにきくが、 智恵子はもう人間界の切符を持たない。

詩「値(あ)ひがたき智恵子」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳

それはそれで、ある意味、幸せだったのかも知れません……。