福島二本松レポートの2回目です。

昨日は、旧安達町のラポートあだちさんで開催された智恵子を偲ぶ集い、第21回レモン忌に参加して参りました。智恵子の命日である「レモンの日」は今日なのですが、毎年、それに最も近い日曜日ということで期日が設定されています。

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まずは主催者の智恵子の里レモン会・根本副会長による開会の辞、黙祷。続いて智恵子肖像への献花、献果(レモン)と続きました。

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さらにモンデンモモトリオによる献歌。

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主催者挨拶、来賓祝辞、参加者全員による記念撮影と続いて、休憩を挟み、第二部は二本松在住の児童文学者・金田和枝さんによる記念講演。

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金田さんは昭和5年(1930)、東京のお生まれですが、同20年(1945)に二本松に疎開、女学校を終えられ、教職に就かれました。二本松に移られた頃の智恵子生家の印象、その後、歴史春秋社さんの依頼で『智恵子と光太郎』を執筆されることになり、光太郎智恵子についていろいろ調べられたお話などがありました。

また、最近は車椅子生活になられ、二本松の福祉施設におすまいですが、そこでの体験から、病気というものについてのお話は、参会者の胸を打つものでした。どんな病気にかかっていても、それが自分。同じホームにいらっしゃる認知症の方が、毎日のようにお話しする内容も、その人の歴史、心の病になった智恵子も、あの美しい紙絵制作に没頭できたのはかえって幸せ、などなど。

第三部は食事をいただきながらの懇親会。今年の第59回連翹忌で演奏を披露して下さったテルミン奏者の大西ようこさんがご出演。

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モンデンモモさんとのコラボも実現しました。

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遠く花巻や東京、大阪からも参加者が集まり、地元の方々を含めてスピーチ。当方もNHKさんの「趣味どきっ!」「あさが来た」などの宣伝をして参りました。

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「ほんとの空」の雲の上の智恵子も、きっと喜んでいたのではないでしょうか。ちなみに来年は智恵子の生誕130周年になります。さらに顕彰の気運が高まってほしいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月5日

平成16年(2004)の今日、当会顧問北川太一先生著『画学生智恵子』が蒼史社から刊行されました。

智恵子忌日「レモンの日」に合わせての刊行で、若き日の智恵子評伝です。

第一章 絵を描く女子大生
 『三つの泉』/日本女子大学校/選科生智恵子/画家志願
第二章 太平洋画会研究所
 研究生として/研究所経緯/亀高ふみ子回想/動き始めた時代
第三章 渦巻く美術運動の中で
 新しい潮流/動坂の下宿/第七回太平洋画会展/光太郎帰朝/智恵子日々/第三回文展
第四章 研究生群像
 明治四十三年という年/善太郎と与平/閉ざされた時代/競技会/二人の女子研究生
第五章 画家智恵子
 雑司ヶ谷界隈/『青鞜』の表紙絵/鮮烈なデビュー/光太郎訪問/画家として/第十回太平洋画会展/「新しい女」/「あねさま」と「団扇絵」/富本一枝の回想
第六章 恋-「大風のごとく」
 婚約者/明治終焉/犬吠岬/ゴシップ/自分自身の恋/佐藤澄子聞き書/光太郎の恋文
第七章 山上にて
 上高地へ/『日本アルプス』/ウェストンに遭う/山上の二人
第八章 上高地以後
 「僕等」/智恵子の詩

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