昨日の『日本経済新聞』さんの一面コラムです。 

「春秋」 

 そんなにもあなたはレモンを待つてゐた――。世に知られた高村光太郎の「レモン哀歌」である。死の床の智恵子がその柑橘(かんきつ)をがりりと噛(か)むと「トパアズいろの香気」がわき立ち、しばし意識がよみがえる。レモンの刺激によって智恵子は「もとの智恵子」に戻るのだ。
 
▼理化学研究所などのチームが、常識破りの手法で新たな万能細胞作製に成功した。マウスの細胞を弱酸性の溶液に浸すだけで、さまざまな臓器や組織の細胞に育つべく「初期化」されるという。やはり酸っぱい刺激は生命を突き動かす……とは小欄の勝手な連想だが、目からウロコのこの大発見は全世界を興奮させている。
 
▼開発をリードしたのは理研の小保方晴子さんだ。哺乳類では木の枝やトカゲの尻尾みたいに簡単な刺激で細胞が再生することはない、という生物学の常識に挑んで実験を続けた。笑われもしたが、いろいろ試すうちに弱酸性の液がその力をもつことを突きとめたという。30歳の女性研究者の、しなやかな発想の勝利である。
 
▼白衣にかえて祖母にもらった割烹(かっぽう)着をまとった姿は自然体で気負いなく、新世代の活躍に心洗われる思いだ。もっともこの万能細胞がヒトでも作製可能か、再生医療に役立つようになるか、今後の研究は多難だろう。「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」。光太郎の「道程」を胸の底に、惜しみないエールを送る。
 
先日、あらゆる細胞に変化する可能性を持つ「STAP細胞」という万能細胞を作り出すことに成功した研究チームのリーダー、小保方晴子さんに関しての内容ですね。

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過日ご紹介した『朝日新聞』さんの「野茂の前に道はなかった」という記事でも、野球殿堂入りを果たした野茂英雄さんの業績にからめ、光太郎の「道程」が使われていました。
 
小保方さんにしても、野茂さんににしても、こうした様々な分野でのパイオニア的な皆さんへのエールとして、「道程」をどんどん使っていただきたいものです。
 
このところ、「道程」がらみのネタの日には必ず書いていて、しつこいようですが、今年は詩「道程」執筆100周年、詩集『道程』刊行100周年です。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 2月1日

昭和2年(1927)の今日、雑誌『婦人之友』に智恵子の散文「画室の冬――ある日の日記――」が掲載されました。
 
書簡を除き、公表された智恵子の文筆作品の中で、最後のものです。
 
一部、引用します。
 
 朝の香はパパミンの花さく野の味がする。清らかな白い息をつく大空、新らしいマント、家々、水晶の装身濡れ雫する樹木、誰れかを待つ敷物を取かへた道路、オランジユの太陽がいま、熱い凝視をつづけながら、煙る梢を離れるところ。
 何もかも生々として、何もかもすつきりとのびあがつて、きりきりと裸形を寒風にさらす、辛烈な健康、冬。