一昨日、茨城県笠間市に、映画「天心」を見に行くと共に、日動美術館さんにも行って参りました。
 
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こちらは銀座の日動画廊創業者、長谷川仁・林子夫妻により創設された美術館で、光太郎の作品は収蔵されていないようですが、彫刻や絵画で、光太郎と深い交流のあった作家の作品がたくさん並んでいます。
 
一度は行ってみようと思いつつなかなか果たせず、一昨日、初めて行ってみました。
 
正面入り口を入ると右手に「パレット館」。名だたる画家達が愛用したパレット、さらにパレットに絵を描いたものが展示されています。
 
左手が「フランス館」。こちらに光太郎と親交のあった画家たちの作品が展示されています。具体的には岸田劉生、藤田嗣治、藤島武二、梅原龍三郎、安井曾太郎などなど。それらが並ぶ1階の展示室は「長谷川仁・林子記念室」という名前になっていますが、その室名を書いた扁額は草野心平の揮毫でした。意外なところで意外な人の名を目にしました。
 
2階展示室は、フランス印象派系の作品など。こちらも光太郎が評論で取り上げたり、知遇を得たりしていた作家の作品が多く並んでいました。ルノワール、ドガ、セザンヌ、モネ、マチス、ピカソ……。
 
やはり本物は違いますね。収蔵作品は3,000点ほどだそうで、展示替えもあり、下のパンフレットにある高橋由一「鮭」などは見られませんでした。
 
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「フランス館」入り口あたりから、奥の「野外彫刻庭園」にかけて、やはり光太郎と親交のあった彫刻家の作品もたくさん並んでいました。佐藤忠良、舟越保武、本郷新、菊池一夫などなど。
 
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これで、屋内展示でもいいので、何かしら光太郎の作品があればいうことなしです。
 
「野外彫刻庭園」を通り抜けると、「企画展示館」です。「世界文化遺産登録記念 東海道五十三次と富士山写真展」が開催中でした。富士河口湖町立河口湖美術館さんとのコラボ企画で、広重の「東海道五十三次」、そして公募入選の富士山の写真がずらっと並んでいます。富士山と、それを取り巻く四季折々の自然。やはり日本人の魂をゆさぶる風景ですね。 
 
同館には、徒歩20分くらいのところに「春風萬里荘」という別館がありますが、こちらには行きませんでした(映画「天心」を観る都合がありましたので)。こちらは陶芸家の北大路魯山人の旧居を移築したものだそうで、茅葺き入母屋造りの重厚な建築だそうです。
 
魯山人は光太郎と同じ明治16年(1883)の生まれ。今のところ、二人の間に直接のつながりは見いだせていませんが、どこかしらで接点はあったのではないかと想像しています。ちなみに「春風萬里荘」にも心平の書が展示されているそうです。また折を見て、こちらにも行ってみたいと思っています。
 
というわけで、日動美術館。都会の喧噪を離れた雰囲気も非常に好ましいと感じました。ぜひ足をお運びください。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 1月28日

昭和9年(1934)の今日、草野心平により『宮澤賢治追悼』が刊行されました。
 
光太郎は「コスモスの所持者宮澤賢治」を寄稿しています。歿後間もなく、まだ一般にはほとんどその存在を知られていなかった賢治に対し、光太郎は以下のように語りました。
 
内にコスモスを持つ者は世界の何処の辺遠に居ても常に一地方的の存在から脱する 。内にコスモスを持たない者はどんな文化の中心に居ても常に一地方的の存在として存在する。岩手県花巻の詩人宮澤賢治は稀にみる此のコスモスの所持者であつた。