「満目蕭條」という語で、冬の厳しい美と、自分の生き方を重ねた光太郎。
 
一昨日(元日)の西日本新聞さんにはこんなコラムが載りました。
 
冬に題を求めた詩を高村光太郎はいくつも書いた。〈きつぱりと冬011が来た〉で始まる「冬が来た」はよく知られている。そのなかで〈冬よ/僕に来い、僕に来い〉とも書いている
▼「冬が来る」と題した詩もある。〈冬が来る/寒い、鋭い、強い、透明な冬が来る〉で始まる。「冬の奴(やつ)」という詩にはこんな一節も。〈ああ、冬の奴がおれを打つ、おれを打つ。/おれの面皮をはぐ。〉
▼木々を裸にし、万物に生地をさらさせる冬が、光太郎は好きだった。人の心の風景からも飾りものをはいでいく決然とした寒さを愛した。精神を研がせ、鍛えてくれる厳しさを友とした
▼今冬の日本列島は12月から震えた。冬が来るのも、寒気が厳しさを増すのも、早かった。冬将軍に抱かれて迎える新年は気分がいっそう締まる。暖房の効いた家から抜け出し、澄んだ冷気に洗われながら光太郎の詩を口ずさみたくなる
▼空の下で身一点に感じることができれば万事において文句はない、と書いた詩人もいる。寒空の下で身一点に感じるものがあれば、正月と向き合う心の背筋が張る。モノがあふれる現代では、そぎ落としたい精神のぜい肉を誰しも少なからずまとっている
▼光太郎は「冬の言葉」と題した詩で〈冬が又(また)来て天と地とを清楚(せいそ)にする。〉ともつづった。詩人に倣って構えていえば、新年がまた来て天と地とを清楚にする。そして、人には皆、正月はきっぱりとやってくる。
=2013/01/01付 西日本新聞朝刊=
 
「人には皆、正月はきっぱりとやってくる。」その通りですね。皆さんはどのようなお正月をお過ごしでしょうか。テレビでは被災地の正月の風景がよく流れています。
 
あらためて、今年一年が良き年であることを祈ります。
 
【今日は何の日・光太郎】1月3日

明治34年(1901)の今日、鎌倉で与謝野鉄幹率いる新詩社の集いに参加。由比ヶ浜で焚火をして20世紀の迎え火としました。