昨日は上野、銀座を廻っておりました。

まず上野。イチョウが、いい感じに染まっていました。公園内の東京都美術館さんで「第43回東京書作展」(12月2日(木)まで)が開催されており、そちらを拝観。
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一昨年の第41回展で、内閣総理大臣賞を受賞された菊池雪渓氏から招待券をいただきまして、拝見に伺った次第です。

その菊池氏の出品作。光太郎も敬愛した蘇東坡の七言絶句です。見事ですね。
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このところ、光太郎詩が書かれた作品が上位入賞となるケースが続いていたのですが、残念ながら、今回は上位10点ではそれはありませんでした。

こちらが内閣総理大臣賞他、上位入賞作品。
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それらに次ぐ「優秀賞」に、昭和29年(1954)1月の雑誌『婦人公論』に発表された詩「十和田湖畔の裸像に与ふ」を書いた作品が入っていました。
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菊池氏、この作品をかなり推されていたそうですが。

その他の入選作で、光太郎詩を書かれたもの。
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「智恵子抄」から「樹下の二人」(大正12年=1923)。雄渾な筆致が、光太郎詩の世界観をよく表しているような気がしました。

それから、おそらく無鑑査の作品なのでしょう。「審査会員」の方々の作品。

光太郎詩の原点の一つ「根付の国」(明治44年=1911)。
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昭和2年(1927)に訪れた草津温泉を題材にした詩「草津」
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「独り酸素を奪つて」(昭和4年=1929)。
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続いて「依嘱」作品。かつて同展で上位入選されたりした方々の作のようです。

「花下仙人に遭ふ」(昭和2年=1927)。
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連作詩「猛獣篇」中の「苛察」(大正15年=1926)。有名な「ぼろぼろな駝鳥」(昭和3年=1928)同様、会場の東京都美術館さんのお隣、上野動物園さんで発想を得た詩です。
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おそらく、光太郎詩が書かれた作品は以上でした(もし見落としがあったらすみません)。今回はいつにも増して多かったように思われます。やはり光太郎詩の持つ、ある種の精神性的な部分や、内在律といったものが、書家の方々の創作意欲をくすぐるのではないかと、勝手に想像しております。

同館では、他の書道展も開催されていました。ただ、そちらは光太郎詩文を書かれた作品が出品されているという情報を得ていませんで、パス。

書家の皆さん、書道展主催の方々、その手の情報がありましたらお知らせください。できる限りご紹介いたしますので。

この後、銀座に出まして、「朗読劇 智恵子抄」の稽古を拝見して参りました。明日はそちらのレポートを。

【折々のことば・光太郎】

尚今日午后教員実務(インターンの如きもの)の人十二人ばかり太田校から来る、山口校にて見学、後余を訪問、草原にて談話一時間、


昭和26年(1951)6月29日の日記より 光太郎69歳

今でいう、教育実習生のような人々なのでしょう。この時代から「インターン」という語がすでに使われていたのには、少し驚きました。