光太郎智恵子に関わるテレビ番組の再放送情報を、2件。

放映順に、まずは7月19日(月)に初回放映があったものです。

ニッポン美景めぐり 十和田・奥入瀬

BSフジ 2021年11月7日(日)  03:00~03:30 

日本の美しい景観を求めて、俳優・和合真一がカメラ片手に日本各地をめぐる旅番組。
今回の旅先は、青森県の十和田市。十和田ビジターセンターで十和田湖の歴史を学ぶ。名産のひめます料理やご当地グルメを味わう。美しい景勝地、奥入瀬渓流を散策。大自然が生んだニッポンの美景をご紹介。

旅人:和合真一 ナレーター:服部潤
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十和田湖と奥入瀬渓流が扱われ、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」も。
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春先のロケだそうですが、ひんやりとした空気感が感じられました。

続いて、ドラマです。10月31日(日)に本放送がありました。

プレミアムドラマ山女日記3 「あどけない空・安達太良山」

NHK BSプレミアム 2021年11月7日(日) 16:15~17:05

会社勤めを辞め、北アルプス山麓で登山ガイドとして成長を続ける独身女性・柚月。彼女の元には今日も人生の苦悩を抱えた様々な依頼客が訪れる―。人気山岳ドラマのシーズン3。

柚月(工藤夕貴)の元に、会社員時代に親友だった向井英子(小林綾子)から帽子の制作依頼が届く。柚月はうれしくて、仕上げた帽子を手に英子が夫の宏治(湯江タケユキ)と暮らす福島の二本松を訪れる。宏治は震災で傾いた老舗和菓子店を営む両親を助けるため会社を辞めて英子と息子を連れて実家にUターンしていた。久々の再会に胸を躍らせて和菓子店を訪れた柚月。しかし、待ち受けていたのは英子のひどく冷たい態度だった。

【出演】工藤夕貴 若村麻由美 中村俊介 本仮屋ユイカ 湯江タケユキ 高橋長英 小林綾子 田中健
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今回の主な舞台は、智恵子故郷の二本松に聳える安達太良山。

その前に、二本松市街でもロケが為されました。
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主人公の登山ガイド・柚月(工藤夕貴さん)の、昔の親友・英子(小林綾子さん)が、夫の実家の老舗羊羹屋「玉福屋」で働いているという設定です。
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「玉嶋屋さんじゃん!」と叫んでしまいました。玉嶋屋さんは実在の老舗羊羹屋さんです。CGか何かで看板や暖簾などを合成しているのか、ロケのために付け替えたのか。羊羹作りのシーンなども、実際の店内を使っているようでした。

ドラマの「玉福屋」は、東日本大震災で経営が厳しくなり、英子の一家が都内からUターンして手伝っているという設定でした。ただし、英子の夫の宏治(湯江タケユキさん)は、より収入を得るため、実家の羊羹屋ではなく、土木業についています。店は宏治の父(高橋長英さん)と、英子で製造販売を切り盛り。宏治はそのことに負い目を感じています。宏治の母は認知症で施設通い、宏治たちの一人息子は小学校を不登校気味……。

そんなこんなで、英子も屈託を抱え、店まで会いに来た柚月につい冷淡な対応を取ってしまいます。さすがに悪いと思ったのか、長野に帰ろうとする柚月を二本松駅で呼び止め……。
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右下に停まった「玉福屋」の軽ワゴンの前、「智恵子抄」詩碑が映っています。

英子の悩みを聞こうとする柚月、二本松霞ヶ城に英子を連れ出し……。
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故・橋本堅太郎氏作の二本松少年隊像。

二人は天守台まで登って……。
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深田久弥の『日本百名山』を、ほぼ暗記している柚月、同書にも取り上げられている光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の一節を口ずさみます。

英子の悩みの概要を聞いた柚月、二本松にもう一泊することにし、翌日、英子を安達太良山登山に誘います。「行ってこい」と、実はいい人の義父に後を押され、英子は初めての安達太良山登山。これまで、そういう余裕もなかったようでした。
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ロープウェイを使うコースではなく、あえて奥岳登山口からくろがね小屋を経て、歩いて山頂まで。苦労しつつも、たまたま行き会った大阪のおばちゃん登山者(お約束で「飴ちゃん」をくれます)などにも励まされ、登頂成功。

そして山頂のシーンで、改めて「あどけない話」。
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それぞれに悩みを抱える宏治や息子の姿も。
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いろいろ苦しい状況に、「自分が頑張らなきゃ」と、自らを追い込んでいた英子、もっと周りに頼ろうと気づきます。
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下山はロープウェイを使うルートで、山頂駅近くのこの場所も。
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めでたしめでたし。

ただし、毎回ゲスト出演者に関しては、一話完結で「めでたしめでたし」ですが、柚月とその周辺はそうではないようで、次回以降に引っ張られます。これもお約束ですね(笑)。

御覧になっていない方、ぜひどうぞ。

ちなみに、安達太良山、明日、11月5日(金)、やはりNHK BSプレミアムさんで再放送がある「新日本風土記 お風呂の旅」でも、くろがね小屋が取り上げられます。残念ながら光太郎智恵子、ほんとの空、といった話にはなりませんが。

【折々のことば・光太郎】

夜胸をむす。むしてる時は快し、


昭和26年(1951)4月17日の日記より 光太郎69歳

むす」は「蒸す」。具体的にどうやっていたのかよく分からないのですが、宿痾の結核性の肋間神経痛治療のため、蒸していたとのこと。お湯に浸した蒸しタオル等を当てていたのかもしれません。